修士論文和文要旨
本稿では、1991 年の第5回ラオス人民革命党党大会以降の 1990年代において党の目指 したラオス国民としてのあり方について、同時期に始まった村に称号を与える政策の一つ である文化村政策を通じてその一端を明らかにした。これまで文化村政策に直接焦点をあ てた研究は少なく、この政策がいつ出来たのか、なぜ出来たのかを明らかにすることでラオ スの国民統合に関する研究に新たな視点を提供できるのではないかと考えた。
第 1 章では、他地域の文化村事例についての先行研究を取り上げ、ラオスの文化村事例 との相違点を検討した。特にラオスと類似する政策としてベトナムの国民統合や文化政策 に関してまとめた。東南アジア諸国に見られる民族伝統文化を展示するような博物館的役 割をもつ他の「文化村」と、ラオス国民として一つにまとめることを目的とするラオスの文 化村が異なるものであることを説明した。
第2章では第5回党大会以降の党大会資料を分析した。1986年に開催された第4回党大 会では社会主義経済から市場経済の原理導入を決めた「チンタナカ―ン・マイ」が行われた。
チンタナカ―ン・マイが行われて以降初めての党大会である第 5 回党大会ではこれまでの 社会主義思想を根底に持つ共同体意識からラオス国家として一つにまとまることを目指す 国民国家意識に変化が見られると論じた。
第 3章ではそれらの党大会の文献をより詳しく検討し、特に「文化(Wattanatam)」とい う言葉の使い方に注目して分析した。党は、文化を伝統文化という意味だけではなく、ラオ ス国民として国家をつくり発展させていくための精神力と経済力を兼ね備えた要素という 多様な意味をもつものとして使用し、文化発展は国家発展の上で欠かせないものであると の認識を示した。2000年以降も、科学技術の弊害や外国文化の流入によるラオス文化の喪 失に90年代よりも危機感を抱いているものの、このような文化を国民に普及させる流れは 変化していないことが文献による分析から明らかとなった。小学校で用いられる「道徳」「わ たしたちの周りの世界」や中等教育学校で用いられる「公民」の教科書の分析からも様々な 民族の伝統を守っていきながらも、ラオス国民として他者と団結し、尊敬しあいながら勤勉 な姿勢を持つことや、反対に怠惰な生活を送り悪事に手を染めないような生活を送ること が重要であると国民を教育していることも明らかとなった。
そのようなラオス国民としての最低限の要素を持っているのかということを統治の最小 単位である村レベルで判断するために1994年から現在に至るまで行われている政策が文化 村政策である。第 4 章ではこの文化村政策の詳細を明らかにするため党や文化村政策の管 轄である情報文化観光省の文献から分析を行った。文化村政策は、5 つの条件を 75%以上 達成していると判断されることで文化村という称号を手にできる。その条件は、村の環境に 関するものに加えて、村の人々が自ら行動を起こすことが求められている条件もある。つま り、文化村政策は文化を浸透させるために党から目標を掲げるだけではなく、人々の自助努 力を促し、党の求める文化の獲得に向かっていくような政策であるということが出来る。ま
た、文化村に認定された村は情報文化観光省から証書を授与され、認定後も毎年文化村の条 件が維持、さらに向上していることを示す書類を提出し、郡の役人と面談する必要があるこ とが分かった。
第 5 章で記述した村長を対象に行った聞き取り調査では、そのような書類が村役人の主 観によって記述することが出来るものであり、そのため文化村において党が予め想定した ものとは異なる解釈をしている様子が明らかになった。加えて、文化村政策がラオス国民と して求められている生活の最低基準をクリアしているかを判断する政策であるため、特別 名誉に感じている様子がないことも分かった。反対に称号を手にできないことは不名誉で あると考えていることも明らかとなった。最後に文化村政策を通じて村まで中央の政策方 針を伝達できるようなシステムが一つは確立していることも指摘した。
以上のことから、文化政策は人々がラオス国民としてふさわしい生活を送れるよう自ら 行動を起こすことを促す政策であり、そのような最低条件を達成できていることを確認す る政策である。文化に対する認識は党と村で違いのある部分もあったが、最低限基準を達成 したことを確認する政策であるため、村長にとっては取れて当たり前の政策であり、取れな いと不名誉と思っているということが明らかになった。このような不名誉の感覚を持つこ とで現在まで文化村政策が続いており、党中央から村までの政策伝達システムの一助にな っている可能性も指摘した。しかし、本論文では政策実施側の党や村長側のみ、地域的には ビエンチャン都のみを対象としたため、一般の村人の文化村政策に対する認識や、民族構成 や経済状況の異なる他地域での文化村政策への認識を明らかにすることが今後の課題であ る。