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修 士 論 文 要 旨修 士 論 文 要 旨

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(1)

修 士 論 文 要 旨

(2)

地球社会論専攻9月修了

紛争後国家における治安部門改革に関する一考察

―シエラレオネを事例に―

藤長 礼子

指導教員 山田 満 教授

要  旨

 紛争終結後,不安定な秩序を回復し,維持することは,紛争後国家が再び惨禍にみまわれることなく,将来の平 和を構築していくために欠かすことができない最低条件である。2003年に世界銀行が発表した報告書において,紛 争後国家では5年以内に再び紛争が生じる危険性が約44%に上る,と報告されている。そのため,国内で生じる暴 力に対処できなかった脆弱な国家が,物理的暴力を回収し,法の支配に基づいた民主的な治安提供組織を再構築す ることは,国家再建の要であり,近年その重要性が指摘されている。

 この問題意識と密接に関わって実施されるSSRとは,国家が国内秩序を掌握し,法の支配に基づいた治安提供 を確立することを目的として行われる一連の改革を指す。だが,カンボジア,ハイチ,東ティモール等,紛争終 結後にSSRが実施されたものの,国際社会が撤退すると紛争が再燃してしまう例が度々生じた。その中で,シエ ラレオネは2002年に紛争が終結し,2005年の国連シエラレオネミッション(United Nations Missionin Sierra Leone: UNAMISL)の撤退以降も,大規模な武力衝突もなく比較的安定し,SSRのGood Practiceとしての評価を得た。

 シエラレオネの事例は,①ドナー間調整の円滑さ,②ローカルオーナシップの発揮等が,その主たる成功要因で あったと先行研究で指摘されている。

 本稿では,シエラレオネにおけるSSRのリードドナーであるイギリスの活動に焦点をあて,改革を通じてシエ ラレオネにおける治安部門がどのように変容したのかを考察している。考察にあたって,Michael Brozskaが提唱す るSSRの評価枠組みから援用し,①暴力の再発,②パトロン・クライアント関係,③非公式主義を分析の視座と して設定した。結論では,最終的にこの事例がシエラレオネであるからこそ成功したのか,それとも今後,他の地 域でも汎用可能な一般性を持つ事例であるのかを言及している。

政策科学論専攻9月修了

中国系多国籍企業のグローバル戦略

―対日進出に際する M&A を中心として―

関 晶晶

指導教員 長谷川 信次 教授

要  旨

 従来,多国籍企業は海外進出する際に,所有特殊的優位(O優位)が必要条件として強調された。そのO優位と投資の受入国の 立地特殊的優位(L優位)及び内部化優位(I優位)を結合し,他の先進国あるいは途上国へ直接投資を行う。これは,ダイニング

(1979)に提出されたOLIパラダイムである。

 しかし,中国系多国籍企業は,先進国の多国籍企業のようなO優位が持っていないにもかかわらず,対日のM&Aについて,

2006年から増加の傾向があるが,2009年以後,急速に増加しつつある。

 以上の研究背景をもとに,本論文では,中国系多国籍企業は,先進国の多国籍企業のようなO優位が持っていないにもかかわら ず,なぜ対日M&Aを急速に増加させたのか,という疑問を抱いた。本論文では,中国系多国籍企業による対日M&Aの意思決定 プロセスに注目し,OLIパラダイムをベースに,中国系多国籍企業の対日M&Aの決定要因を探っていきたい。

 本論文は5部分から構成されている。

 第1章では,中国系多国籍企業の出現背景と対外・対日直接投資の現状を説明する。その上で,中国企業の対外直接投資では,

M&Aを行うことが重要な役割を果たすことを確認する。

 第2章では,多国籍企業の諸理論を取り上げる。しかし,そのいずれもが,中国系多国籍企業による対日M&Aをうまく説明で きないことが明らかとなる。そこで,多国籍企業の海外進出の決定要因について説明したOLIパラダイムを取り上げる。

 第3章では,OLIパラダイムをベースとして,中国系多国籍企業による対日M&Aの動向を考察する。しかし,従来のOLIパラ ダイムでは中国系多国籍企業による対日M&Aをうまく説明できないことが明らかとなる。そして,O優位を持たなくても,L 位とⅠ優位があれば,海外進出することができるという仮説を提示する。その理由について,中国系多国籍企業による対日M&A の決定要因分析によると,日本の優れた技術,日本市場の潜在力,日本政府・企業の誘致,在日の中国企業家の仲介といったL 優位と日本の経営資源の獲得,日本での事業展開にかかる時間の短縮,シナジー効果による競争力の増大といったM&Aでの統合 によって実現しうるⅠ 優位が存在するこそ,中国系多国籍企業がO優位なくても対日M&Aができる。

 第4章では,中国系多国籍企業による対日M&Aの事例(サンテックによるMSKのM&A,蘇寧電器によるラオックスのM&A) にもとづいて,提示した仮説を検証する。

 第5章で結論と研究限界,今後の研究課題を示す。

(3)

地球社会論専攻3月修了

「教育関係」のシステム論的考察

―教育と自己生成のあいだ―

佐藤 義明

指導教員 田村 正勝 教授 要  旨

 本論文は,学校における「教師−生徒」「教える−学ぶ」関係についての議論,「教育関係論」を主題とする。

 従来,教育関係は「うまく教えれば,よく学ぶ」という予定調和的な図式で了解されていた。このような図式 は,教室での日常的な実践から教育政策に至るまで自明のものだった。しかし,「教育の問題化」にともない,そ の自明性が問われるようになった。問題の多くは,教育関係成立の困難に起因するものだからである。その背景に は,近代の歩みが行きついた社会状況がある。

 一方,教育関係をめぐる議論の根本には,「教育的二律背反問題」という近代教育の原理的難問がある。それは,

「自律と他律」「自由と強制」「個性化と社会化」「教科中心主義と児童中心主義」など,二項対立的な教育原理につ いての問題である。その淵源は,カントなどの啓蒙主義思想が唱えた「自律的主体の他律的形成」という近代教育 の理念にある。近代教育は,この問題にともなう教育主体と学習主体間の葛藤の克服を課題として展開してきた。

そして,それは今日の教育実践や教育問題においても通底している。

 本論文では,この問題を媒介項に,従来の教育関係論のあり方を批判し,システム理論の枠組みで教育関係の再 考を行なう。第1章では,近代教育の論理と教育的二律背反問題についての歴史的考察を行なう。第2章では,近 代化の進展と教育関係論の展開について考察する。教育関係の自明性を支えた歴史的社会的条件,その変化による 危機,さらには従来の教育関係論の問題点を議論する。第3章では,ルーマン教育システム論の理論考察を通じ て,教育的二律背反問題の再解釈を行なう。そして,システム論的視座から「教育関係」概念を再検討する。

 その結論は,「教師が生徒を教育するのではない。葛藤を重ねる関係性が生徒を教育する。」である。

知的財産をめぐる法哲学的論考

―ベルヌ条約から TPP まで―

小林 綾子

指導教員 古賀 勝次郎 教授 要  旨

 本論文は,権利者に独占的で排他的な権利を付与する著作権法は競争と自由を前提とする現代社会になじむもの であるのか,考察することを試みるものである。

 第1章では,関連する法規の内容と制定の歴史を振り返る。米国がTPPに参加する狙いは,中国に対して,知 財をはじめとするサービス部門の輸出を増やし,アメリカ国内の雇用の促進をはかるものである。そのための方法 として,著作権保護期間の延長と非親告罪化を唱えるものである。

 第2章では,ロックとルソーの思想に依拠し,著作権が認められる根拠を模索する。端的には,所有権の根拠は 労働にある。土地を耕作した者に対して,その結果生じた果実を無事に収穫させるために,土地の所有権が認めら れるようになったのが始まりである。

 第3章では,第2章を前提に,著作権保護期間の是非について論ずる。いわく,果実に対する所有権が認められ るのはその果実が腐るまでである。したがって,著作物についても,「果実」が「腐る」まで,保護期間が認めら れるべきである。しかし,その期間は「果実」によって異なるため,一律の保護期間を定めることは不当である。

「果実」に対する保護期間が認められるのは,労働に対する報酬を得る機会を充分に与えるためであるため,その 期間を「果実」ごとに決定するのが相応しい。

 第4章では,我が国で非親告罪化した場合の影響について論ずる。国際的な犯罪について機動的に対処すること ができるよう,非親告罪化することが国際的な協調の中で求められている。しかし,我が国においては,クリエイ ティブ・コモンズのような意思表示システムが確立していないため,2次創作活動への影響が懸念される。

 第5章では,現在JASRACが上告中の,著作権管理事業業界における排除型私的独占が疑われる事例を元に,著 作物の価格の決定について論じた。

(4)

東西経済思想の比較研究

―司馬遷とアダム・スミスから見る―

熊 英

指導教員 古賀 勝次郎 教授

要  旨

 現代中国は経済発展に伴い,様々な問題が生じた。特に,環境問題と道徳問題が深刻になり,現代経済発展の妨 げとなっている。本稿は経済学を歴史的な視点から考察し,更に東西経済思想の比較研究を通じて,東西思想の 融合の現代的意義を明確にしたい。研究対象としては東洋の司馬遷の著した『史記』の「平準書」や「貨殖列伝」

と,西洋のアダム・スミスの著した『国富論』の経済思想の比較である。分析方法は東洋の中国と日本の経済思想 史,西洋のイギリスとフランスの経済思想史の流れを分析し,司馬遷とスミスの経済思想の比較をモデルとして,

東西融合の道を探すことである。第1章は東西経済思想についてである。第2章は司馬遷と『史記』についてであ る。第3章はアダム・スミスと『国富論』についてである。第4章は司馬遷とスミスの経済思想の比較研究と現代 的意義についてである。

 結論としては現代中国の環境問題と道徳問題の対策には他国の経験が生かされるべきであり,自国の有する経済 思想が日本における経済思想のように,東西思想の融合の上での独自性が保たれることが必要であることを明らか にしたい。中国は環境対策についてさまざまな計画の立案や法律整備等の面で努力しているが,環境破壊の具体的 な事例を見れば,未だに解決していない問題が非常に多い。中国では最近,環境汚染の深刻化が相次いで問題に なった。中国は環境保護を基本的な国策に組み入れ,重要視している。中国政府は一連の環境管理の方策を試行し ている段階にある。しかし,環境破壊を効果的に防止することができなかった。中国の環境問題を改善していくに 当たって政府と市場と社会全体が協力しなければならない。中国は経済を発展する際に法の本質を再検討する必要 があり,そして倫理道徳を重視すべきであることを明確化したい。

想像力と人間本性

―ヒューム『 A Treatise of Human Nature 』を通して―

平川 己津子

指導教員 那須 政玄 教授 要  旨

 想像力という人間の持つ有限の中の無限なる力は,人間の本性を成り立たせるのに不可欠な力であり,人間を人 間たらしめている力といえる。ヒュームはできる限りこの力を私たちの外,宇宙の果てまでも向けることを提案す る。その力こそが己の中に「生」,「死」,「存在」を生成するものなのである。

 この論文はこのような人間の想像力の働きについて考察する。主要の参考図書として,18世紀のスコットランド 哲学者であるデイビッド・ヒュームの『A Treatise of Human Nature』を使い,想像力の働きと人間本性について論 じる。

 本論は四つの章により構成されており,第一章ではヒュームの思想の背景を明確にしていく。時代と思想の背景 をみることによって,続く想像力と人間の本性への理解へと繋げる。第一節では英国における中世から近代の歴史 と思想の背景について,第二節ではヒュームの思想に最も影響を与えたと思われるヒューマニズムについて明らか にしていく。第二章では観念について論じる。想像力によって生成される知覚の一つである観念を読み解いてい く。第一節では知覚の中の観念と印象を考察して,第二節ではヒュームのいう無限分割可能から無限分割不可能ま での経緯について論じ,第三節では観念と想像力の関係をみていく。第三章は空間と時間の観念を検討する。第一 節では空間を,第二節では時間を考察した後に,第三節でそれら二つの観念の働きとそれによって生まれる観念を 論ずる。第四章は今まで述べてきたことの結論であり,第一節ではヒュームの考える想像力に基づく人間の持つ力 をまた,第二節では想像力と人間本性の関係を綜合的にまとめあげて,全体の結論とする。

(5)

地域社会における多文化共生の現状と課題

―東京都新宿区の行政と市民の連携を事例として―

小沼 由佳

指導教員 成富 正信 教授 要  旨

 2012年現在,日本に滞在する203万人ほどの在留外国人は1970年代以前と比べて,多国籍化しながら増加してい る。また,当初は労働目的で来日した外国人も,日本において家族や子どもを持ったことなどにより長期滞在化・

定住化する傾向を見せている。しかし,このように在留外国人数が増加しているにもかかわらず,現行の国の法律 や制度が外国人の受け入れに十分対応できる体制を整えていないことが原因で,住民への行政サービスの提供主体 である地方自治体はさまざまな課題に直面している。しかも,グローバル化や日本における人口減少や少子高齢化 がさらに進行することや,日本に外国人労働者が今後流入してくる可能性があることを考えると,外国人住民にか かわる課題は,近い将来,全国の地方自治体に共通の課題となることが容易に予想できるため,地域における国際 化に対応するためにも,総務省によって多文化共生が推進されてきた。

 そして,総務省が公表している「多文化共生推進プログラム」のなかでは,地域社会における多文化共生を推し 進めるうえでは,都道府県や市区町村などの行政だけではなく,地域で活動しているNGOやNPO,自治会や市 民が連携や協働を図ることが重要だと指摘されている。この点に関して,在留外国人数が全国で最も多い基礎自治 体である東京都新宿区において行われている多文化共生政策では,行政と市民がどのように関わり合っているのか を調査したのが本研究である。そして,「新宿区多文化共生まちづくり会議」を調査した結果として現段階では,

この会議が地域の人々同士で地域の課題を共有する場として機能していることを指摘した。その上で地域が抱える 課題にどのように取り組むべきかについて,日本人と外国人がより活発に議論したうえで,それを区の取り組みに 反映して行くことが今後の課題だと結論づけた。

「盛り場」コミュニティのエスノグラフィー

杉山 巧

指導教員 成富 正信 教授

要  旨

 本稿は,新宿区歌舞伎町を対象地区とした風俗街に関する地域研究である。対象地区である歌舞伎町は,警察,

行政から見れば,暴力団犯罪,売春行為といった犯罪が発生しやすいという危惧から恒常的に取締り活動や犯罪抑 止に尽力してきた。

 しかし,行政,警察といった秩序維持・犯罪抑止をする側の視点に重きが置かれ,そうした手段の対象,つま り,キャバクラをはじめとする風俗店といった社会的なコントロールの影響下にある側の人々の関係性がいかなる ものであるのかについては明らかにされていない。そこで,本稿は,社会的コントロールの対象者の行為準則にも 着目し,風俗街がいかなる関係性で結ばれているのかについて検討し,明らかにした。

 まず,新宿における歌舞伎町以前の「盛り場」の様子を概括し,そもそも新宿や歌舞伎町がどのようにして発達 してきたのかを検討する。その後,風俗街や集娼地帯といったまちに影響を与えた活動として,「廃娼運動」も重 ねて取り上げた。

 その後,方法として参与観察,インタヴュー調査,文献研究を通じ,新宿の「盛り場」=歌舞伎町に関与する商 店街組合,キャバクラ嬢,従業員といった人々が日常的にどのような意識や規範=エスノグラフィーをもっている のかということを明らかにした。

 他方,従来から行われた社会的コントロールに関しては,①フォーマル・コントロール,②インフォーマル・コ ントロール,③革新的コントロール,④空間管理型コントロールと4つに分類し,その都度行われた社会的コント ロールを検討した。

 そして,歌舞伎町における「安全・安心のまちづくり」の実践として行われた「歌舞伎町ルネッサンス」がまち に与えた影響を重ねて検討課題とした。

(6)

「ポスト・モダン」以降のクラシック音楽愛好家たち

川島 史博

指導教員 周藤 真也 准教授 要  旨

 近代日本に輸入されたクラシック音楽は,優れた西洋文化の一環としてきわめて「まじめ」に聴取される対象 だった。クラシック音楽を「正しく」聴くことは先進国である西洋の進んだ精神に触れ,近代化を推し進めるため の「高級文化」として摂取された。時代の変遷とともに,そうした「まじめ」で教養的な音楽聴取は崩壊していっ た。かつての聴衆の間で共通のスターだった巨匠演奏家は没し,音楽は価値なく並べられ,正しく理解されなくて もよい「ポスト・モダン」的なものへとその聴取は変質していった。

 本論は,この時代の先すなわち今を生きる聴衆の姿を描くものである。我々はこうした人びとを,「クラシック 音楽愛好家」と呼ぶ。現代の愛好家たちは,近代のきわめて「まじめ」な,聴くことを通して高度な文化に触れよ うといったような聴取とはかけ離れている。彼らが「聴き比べ」に興じ徹底的に差異を楽しむ姿は,優れた理解者 である巨匠演奏家の演奏を通して作曲家の精神を聴くといったようなまじめさは持ち合わせていないが,聴き比べ を通して作曲家に迫ろうとする行為は,「軽やかさ」とはまた別の側面を見せる。近代の聴衆が作曲家の精神とい う背景を読んでいたのに対し,現代の愛好家たちもまた,演奏の向こうに作曲家や演奏家,演奏や録音にまつわる 言説やその他さまざまなものを見ようとする「重々しさ」に満ちている。その消費行動はカタログを埋めようとす る力に引きずられ,網羅的に「聴く」ことが目指される。人びとは絶えず記憶を「話し」,分衆化された人びとを つなぎとめる。「読む」ことで深められた理解は,「話す」ことで擬教養化する。演奏会はシミュラークルを「見 る」場として存在すると同時に,その態度はきわめて「まじめさ」が求められる。愛好家たちは,時に軽やかにな りつつも,音楽につきまとう近代性からは逃れられず,その狭間に浮きながら音楽を愛好している。

人肉捜索にみる中国の市民社会の現在

郎 易

指導教員 周藤 真也 准教授

要  旨

 21世紀に入って以降,中国においてインターネットは急速に普及しており,社会全体に影響を及ぼしている。一 方,インターネットを介した事件・事故も年ごとに増え,無視できない社会問題になっており,その中で最も注目 されるのは,「人肉捜索」と呼ばれる群集活動である。

 人肉捜索とは,中国のインターネット上で出現した,多数の匿名の人々の力を利用して,ある人物の情報や事 件の真相を解明する活動である。しかし,しばしば被捜索者の実生活に多大な影響を及ぼす社会活動となるため,

ネット暴力と考える人も少なくない。本論文は,人肉捜索を中立的な立場に立って,その歴史や機制を研究し,人 肉捜索の正の側面と負の側面を明確にすることを通して人肉捜索の中に中国の市民社会の現在を「発見」すること を目指す。

 本論では,まず人肉捜索の成立の条件を確認する。人肉捜索はデジタル情報技術に基づいて行われており,電子 メディア時代の産物である。また,それにはいくつかの規則性があり,人肉捜索そのものや捜索者たちの行動を定 義している。

 人肉捜索は,D・リースマンの言う,伝統指向型,内部指向型,他人指向型の三つの社会的性格を併せ持ち,こ れらの社会的性格に応じて,伝統社会,市民社会,大衆社会の各側面を持つ。その参加者にも熱狂的に捜索活動を 推進する者がいる一方,公共圏を構築して社会を改良を目指す者も少なくない。また,中国伝統文化を代表する儒 家思想も,道徳裁判で社会を維持することを提唱することや法律を軽視する観点によって,人肉捜索に様々な影響 を与えている。

 人肉捜索の中には様々な問題もあるが,それは一般的なネット暴力と異なり,暴力的手段を用いて不正行為を禁 止し伝統的道徳観を守ることを通して,市民による自律的な判断に基づいた社会の再構成が図られているのである。

(7)

既婚女性の継続就業に対する両立支援策の効果について

飯塚 比名子

指導教員 小島 宏 教授 要  旨

 本論文の目的は日本において子を持つ既婚女性の継続就業に対して仕事と出産・育児に関するどのような両立支 援策が効果を有しているのかを実証的に検討することである。全国を対象とした分析をするとともに全国の都道府 県を女性の年齢階級別有業率で3つの地域に分け,地域ごとに既婚女性の継続就業に効果を有している両立支援策 は異なるのかどうかも分析している。

 厚生労働省雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課「両立支援にかかる諸問題に関する総合調査」(2009)の個票 データを用いて,継続就業の有無に対して二項ロジスティック回帰分析を行ったところ,以下のような結果となった。

 全国の分析では育児休業制度,同居,認可保育所,認可外保育所の利用が統計的に有意に継続就業の確率を高 め,両立支援策の利用可能性に影響を与えると思われる子を持つ前の働き方に関する変数のなかでは子を持つ前に 大企業で働いていたこと,正社員であったことが有意な正の効果をもった。女性の有業率が台形型の地域では育児 休業の利用と子を持つ前に正社員であったことが統計的に有意な正の効果をもった。M字型地域では育児休業制 度,短時間・短日勤務制度,認可保育所の利用が継続就業の確率を高め,また子を持つ前に大企業に勤めていたこ と,正社員であったことが統計的に有意な正の効果をもった。その他地域では育児休業制度,同居,近居,認可保 育所,認可外保育所が継続就業の確率を高め,子を持つ前に大企業に勤めていたこと,正社員であったことも有意 に正であった。

 特に台形型地域は他の地域より有業率のM字のくぼみが小さいが,育児休業制度を除く両立支援策が継続就業 に対して統計的に有意な効果を持っていなかった為,この地域では育児休業制度を除く両立支援の有無に関わらず 継続就業をする,またはしなくてはならない要因があるのかもしれない。

近年の日本における結婚タイミングの規定要因の研究

小池田 一孟

指導教員 小島 宏 教授 要  旨

 近年,日本の少子化は周知の問題となっている。少子化の主な要因は,人口学において研究実績から,明確にさ れてきた。それは,女性の出産年齢が遅れていることにある。そして,その出産年齢の最も大きな要因となってい るのが未婚化・晩婚化である。

 本研究では,未婚化・晩婚化の要因を解き明かすことを研究の目的としたい。そのために,東京大学社会科学研 究所の「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(Japanese Life Course Panel Survey)」を利用し,イベン トヒストリー分析という分析手法を用いて,実証研究を行っている。男女の結婚タイミングに初職の就業に関する 変数,または生育環境の社会経済的変数が与える効果を検証する実証研究を行った。結果は以下のようになった。

 学歴別に分析を行った結果,男女ともに非正規雇用が結婚タイミングを統計的に有意に遅らせることがわかっ た。また,男性の場合,大企業に勤めるほど,結婚がはやまり,女性の場合,特定の専門職に就いている場合結婚 が早まるという結果になった。

 次に,15歳時の家庭環境の情報をもとに,15歳時の暮らし向き,15歳時の持ち家の有無,15歳時の父母の就業に 関する変数等について,男女の現在の結婚のタイミングに統計的に有意性のある効果を有するかを検証した。

 結果は,男性においては,子ども時代の暮らし向きが一般的であったものが,豊かな家庭と比較的貧しい家庭で 育ったものよりも結婚が遅くなっていることを明らかにした。ただし,その効果は男性のみに発見でき,女性で は,過去の経済状況が結婚に影響を与えていなかった。

 生育環境が結婚タイミングに影響を与える可能性はいくつかの仮説があるものの,そのことが実証研究として検 証されている研究はほとんどない。この知見が,日本の結婚の研究の一助となることを願う。

(8)

東北アジアにおけるトランスナショナルなネットワークと地方自治体

―「日ロ沿岸市長会議」の事例に注目して―

金子 祐介

指導教員 多賀 秀敏 教授 要  旨

 本稿は,東北アジアにおけるトランスナショナルなネットワークに注目し,中でも先駆的な自治体外交を展開す る日ロ沿岸市長会議の事例を取り上げた。そして,「なぜ,日ロ沿岸市長会議は冷戦期より開始され,現在まで消 滅せず存続しているか」という問いを明らかにすることで,「平和構築」に向けた,地方自治体の持つ主体的契機 を検証し,直線的発展史観では看過されてきた複合性をも分析することを試みた。

 第1章では,先行研究を批判的に整理し,研究課題を浮き彫りにした上で,本稿の位置づけを明確した。次 に,本稿で依拠する分析概念・分析視角について検討した。第2章では,まず,日ロ政府間関係について簡潔にレ ヴューし,その基本的構図を抽出した。その上で,次に,日ロ間における「下方」からのトランスナショナルな ネットワークが日ロ政府間関係に従属するものなのか,あるいは,ある一定の距離を置き,時として対抗的な立場 をとるのか,という点について検討した。第3章では,事例研究として日ロ沿岸市長会議を取り上げ,その誕生背 景と1970年7月から1991年8月(第1回会議から第13回会議)までの日ロ沿岸市長会議の活動について記述・分析 した。第4章では,1993年7月から2013年8月(第14回会議から第24回会議)までの日ロ沿岸市長会議の活動につ いて記述・分析を加えた上で,日ロ沿岸市長会議の組織構造と各参加自治体の志向性について考察し,問題点を抽 出した。

 以上,第1章から第4章において得られた知見から,結論では,上記で掲げた問いに対する答えとして「日ロ沿 岸市長会議が『国益』に囚われず,広範囲な分野にわたる協力を展開することで,信頼関係を構築していったから である」とした。この意味で,今日の東北アジアにおいて,日ロ沿岸市長会議をはじめとする「下方」からのトラ ンスナショナルなネットワークが「平和構築」に向けたオルターナティブとしての意義を持ちうると結論づけた。

経済成長と所得分配

―中国の経験から―

顧 寅凡

指導教員 トラン・ヴァン・トウ 教授

要  旨

 中国の地域経済開発戦略の変遷をみると,建国後,国家運営を主導した毛沢東の時代は均整成長パターンだった が,1978年以後の鄧小平時代には不均衡成長パターンへ転じた。

 鄧小平が主導した「改革開放」路線は,既に相応の工業基盤を具備し,沿岸部を持つなどの地理的有利性などを 持っていた東部地域を優先して発展させようとするものであった。これは「先冨論」として有名だが,「改革開放」

路線決定後,約30年間にわたって,中国は年平均10%を超える高成長を続け,現在では世界第二位の経済規模にま で発展した。しかし,一方で東部地域と,発展から取り残された内陸地域(中部や西部)との地域間格差は深刻化 した。

 ウィリアムソンの逆U字型仮説によれば,発展の初期段階で,発展上有利な条件を備えた地域の発展が先行する と,その地域に向かって周辺地域から労働力や資本の移転が進むため,地域間格差が拡大する(分極効果)。この ため,発展の初期段階では不均衡成長となりやすい。しかし,先行して発展した地域の成熟化が進むと,次第に周 辺地域へ資本や労働力の移転が進むようになり,周辺地域の発展が促されるようになる(浸透効果)。こうして,

ある時点をピークに浸透効果が分極効果を上回るようになり,格差は是正されていく。

 現在の中・西部の発展は政策的な後押しによる面が強いが,これら地域のインフラが整備されるに伴い,東部か ら労働力や資本の移動がなされるようになっている。こうしてみるに,中国における地域間格差は,政策に後押し されながら,今後は「浸透効果」の度合いが強まるとみられることから,縮小に向かっていくことが予想される。

中国の発展過程において,ウィリアムソンの逆U字型仮説は妥当性を持つものと考えられる。

(9)

俳句がイマジズムに与えた影響

許 諾

指導教員 池田 雅之 教授

要  旨

 俳句は,世界文学における抒情詩の中で最も短い詩である,と言われている。限られた文字数の中で,日本人の 生活と感覚の特色をスケッチする詩である。

 一方で,イマジズムは英米若い詩人たちにより,およそ1909年から1917年のあいだに,イメージを強調する自由 詩の文芸運動であり,T. S.エリオットによると「現代詩の出発点」である。

 イマジズムのサークルが確立した時代は,政治経済から言えば,帝国主義戦争の時代であり,世界認識から言え ば,近代科学時代の入るところ時期であった。文学的には,ロマン主義が堕落して安易な自己表現へ陥っていた。

それに対し,イマジズムは日本俳句との出会いによって,詩的言語の再創造をめざし,現代社会に相応しい新しい 文学を探求していった。第二次大戦後にいたって,さまざまな文学領域へ流れ込んだ俳句の影響の幅広さと多様性 が見られた。

 「俳句がイマジスト達に与えた影響は,ほとんどだれも想像できなかったほど,大きなものであったと,私は言 いたい。」とジョン·グールト·フレッチャーは死の直前にこう述懐した。その証拠として,1908年7月に,フリン トが守武の「落花枝に帰ると見れば胡蝶かな」と蕪村の「寂として客の絶え間の牡丹かな」の二つを書評で引用し た。その上に,ヒュームが「小さい絵画的な詩」を書き,グループの詩人達が「遊び」として俳句を作ったとフリ ントが証言している。

 文学的アプローチからイマジズムを研究する文献が多いだが,イマジズムは詩歌ジャンルであるうえ,文芸運動 でもある。イマジズムの形成と発展をよりよく把握するために,20世紀初期に英米文学における日本発見を提示す るために,本研究は,俳句がイマジズムに与えた影響を一つの現象として,イマジズム運動という媒体を通じ,文 学分野より,さらに広い範囲に直接的・間接的な影響を考察する。

陰翳から見る日本人の美意識

邵 文君

指導教員 池田 雅之 教授

要  旨

 日本人の生活と言えば,隅々まで「陰翳」というものを発見することができる。日本人の美意識の奥に陰翳というもの があり,陰翳によって,日本の建築,インテリアという室内装飾,陶芸,書画,生け花,造園,料理,菓子など,それぞ れ独立した伝統的な専門分野の芸術性を高めることになったのである。

 本論文は日本人の生活の陰翳美について研究し,陰翳の好みの原因を分析し,陰翳に対する美意識から日本人の美意識 を論じて,最後に,伝統と現代を結び,結論とした。

 第一章では,三つの部分に分け,様々な例を挙げながら生活の陰翳美について語っている。まずは日本建築の特色とい う角度から「陰翳」の美しさを説明する。日本座敷の美の要素はこの間接の鈍い光線にほかならない。次は能の陰翳美で ある。能楽に関しては,昔から暗い舞台で演出されてきている。能楽の美しさとは,特殊な陰翳の世界である。最後は日 本料理の陰翳美である。日本料理が常に陰翳を基調にし,闇という物と切っても切れない関係にある。それに日本人は食 器の色や壁の色と調和するように工夫する。

 第二章では,なぜ日本人は陰翳が好きかを分析する。ひとつの原因は国民的な習慣である。光の足りない実際の自然環 境では,日本人は暗さに慣れるようにするのみならず,さらに暗さから美を発見し,その美が一つの習慣として日本人の 観念に定着したのである。もうひとつの原因は自然との融合である。自然に融和しようとする意志を持つので,装飾や不 自然な美しさを抜きして,自然のままの陰翳の美を求める。ほかは日本伝統の色彩観もうその原因だと思う。伝統の日本 文化は余韻,幽玄などの感じを重んじる。日本の色彩と言えば,一種の淡々たる灰色の陰翳の色調を帯びている。

 第三章では,陰翳美から日本人の美意識をまとめた。日本人は闇や影の中に美を見い出し,光の陰翳に美しさを感じ,

ゆらめくあかりに深い情緒をよせる。『陰翳』『粋』『侘び』『寂び』などは,日本人特有の美意識の用語である。日本の持 つ美意識,それは陰影や粋などに代表されるものであろうが,とりわけ日本独自のわび,さびからの『陰』のモチーフを うまく題材に用いている。陰翳に楽しみ,美しいと思うのは,日本人ならではの美意識といえる。これは不完全・不充足 を求める美意識である。

 第四章では,伝統と現代を結び,結論とした。特に,陰翳を失いつつ現代社会において,再び陰翳の世界を呼び返して みたい。

(10)

日本人の死生観の形成

―平安中期から鎌倉期を中心に―

道下 航

指導教員 池田 雅之 教授

要  旨

 日本人の死生観を考察するにあたって,まず仏教流入以前について論ずる。『古事記』における「彼岸」思想,

葬送儀礼,霊魂観からみたい。文献学だけではまかないきれないため,考古学や民俗学の研究を中心に扱う部分も ある。仏教以前を古来の死生観とする。

 次に仏教,特に浄土教思想から死生観をみたい。浄土教が大陸から日本へ流入し,奈良期,平安期でどのように 受容されたかの過程をみる。奈良期,浄土教は追善儀礼として受容されたが,平安中期に入ると厭離穢土・欣求浄 土という浄土教の本来的な意義を有するにいたる。その背景として,政治体制の変動によって貴族社会に無常観が 覆い,戦乱や災害の多発によって仏教界が叫んでいた末法の世が貴族社会でも信じられるようになったことがあげ られる。一方で,古来の山の他界観が仏教や道教などと習合することで山の宗教化がおこる。山の霊験の素地は古 来の山の他界観であった。

 仏教界と貴族社会で浄土教思想が盛んになる頃,源信が『往生要集』を著した。陰惨な地獄描写により日本人の

「彼岸」思想に大きな影響を与えた。『往生要集』を扱う意義として,地獄の詳細な描写は日本に地獄の恐怖を根付 かせたことと,念仏の指南書として道俗混交の念仏結社をつくり,後の民間仏教の土台をつくったことである。平 安中期以降,天台教団は国家と密教修法で深く結びついており,それに反発した僧が在野へと活動の場を求めて いった。親鸞,一遍は民間仏教者の最たる例であるが,奈良期にさかのぼってもそうした聖の存在は確認されてい る。仏教界,貴族社会,庶民社会を同信で結びつけた聖の存在価値を明らかにしたい。

 一方で,『日本霊異記』や『今昔物語集』から聖がどのような唱導をしていたかがわかるが,庶民の地獄観は同 時代における貴族社会のそれとは異なるものであった。両者の「生」の思想と「死」の思想にどのような隔たりが あるか考察したい。そして,異なる信仰の一つとして地蔵信仰をあげ,庶民の死生観について論じたい。

紛争後社会における真実と和解

―グアテマラの移行期正義を中心に―

木﨑 浩一

指導教員 山田 満 教授

要  旨

 本論文では,平和構築における「移行期の正義(Transitional Justice)」を扱っている。紛争後社会において,正 義を可能にするものは何だろうか。恐怖と監視が渦巻き,正義の実現が困難であると思われるグアテマラを事例 に,紛争後社会における正義と真実を求める活動に焦点を当てた。議論の手順としては,冒頭で移行期正義の系譜 や先行研究に触れつつ,グアテマラの実例を挙げながらこれを論じた。コンストラクティヴィズムに基づく,キャ サリン・シキンク(Kathryn Sikkink)らの「規範のカスケード(Norm Cascade)」及び「正義のカスケード(Justice

Cascade)」という概念に着目し,これがグアテマラの文脈においても当てはまるという仮説を設定した。

 36年に及ぶ内戦を経て,グアテマラは未だ復興の途中にある。2013年にはジェノサイドの首謀者とされるリオ ス・モント(José Efraín Ríos Montt)元将軍を起訴することが可能となった。後に無罪となってしまうものの,自 国の裁判所で元国家元首を裁く,その試みがなされたことは,ラテンアメリカのみならず,世界的に見ても画期的 な出来事であった。

 実際に紛争後のグアテマラでは例えば,真実委員会や遺体発掘作業,記念碑の建設,補償プログラム,さらに市 民の手によって運営された民衆法廷などが実施されている。こうした動きは,市民社会や国際社会の働きかけと不 屈の努力によって,徐々に広がりつつある。それは「規範の起業家」,「記憶の起業家」と呼ばれる活動家らが「正 義の起業家」へと変貌する過程でもあったと捉えることができよう。

 平和構築及び移行期正義では当事者間の和解が目指されるが,グアテマラは和解には程遠い状況にあると言わざ るを得ない。現在も続いている先住民/非先住民の歴史的な分断を克服し,グアテマラに根強く残る構造的・文化 的暴力を解決しない限りは,和解は到底達成できないままである。

(11)

日中における反戦主義への認識

―宮崎駿作品に対する若者世代の視点から―

張 萍

指導教員 山田 満 教授

要  旨

 本研究は宮崎駿の反戦主義を媒介として,日中の異なる歴史認識という背景で育ってきた両国の若い世代が,そ れに対してどのように考えているのかを考察するものである。宮崎駿ほど中国でも日本でも広く人気を博している 文化人はいない。日中両国の人々は,彼の作品に含まれているヒューマニズムの思想に憧れる一方,戦争の記憶と 歴史教育の差異により,彼の反戦主義というものに対して異なる見解が存在している。その異なる視点が主に二つ の点に分けられる。一つ目は,宮崎の反戦主義は果たして根本的に戦争を反対するものだと言えるのかということ である。二つ目は,宮崎の反戦主義は第二次世界大戦の歴史をどのように捉えているのかということである。

 本研究では,以上の見解を踏まえたうえで,日中の若い世代を中心に対してアンケート調査を行った。調査結果 によると,日中若者が宮崎の反戦主義に対する理解は歴史認識の影響に左右された部分が存在しており,また,そ れぞれの国内の社会背景により日中の若者において異なる視点が生じたということがわかった。しかしながら,日 中の若者の共通視点も存在する。それは,平和世界への強い願望である。宮崎作品から伝えられている平和的な メッセージが日中の若い世代に等しく共鳴されている。

 日中関係は1990年代以来厳しい環境にある。戦後60年の時を経ても,日中関係はいまだに第二次世界大戦の負の 影響を受けている。例えば,歴史問題はまるでその戦争の「延長戦」のようで,日中が互いに理解し合うことので きない部分となっている。しかしその一方で,時代の流れと共に,確かに日中の若い世代の考え方が少なからず変 わったようにも思われる。筆者はこの考えに基づいて本修士論文のテーマを設定として,日中間の正の部分から両 国の平和を考察した。

韓国社会における「南南葛藤」とはなにか

―朝鮮日報とハンギョレ新聞の報道分析を通じて―

丸岡 利栄子

指導教員 山田 満 教授 要  旨

 韓国社会においては「南南葛藤」と呼ばれる現象が存在する。そもそもこの言葉は,朝鮮半島の分断国家同士の 対立を意味する「南北葛藤」という言葉に対比させて,韓国のマスコミが作り出した造語である。論者によって若 干の違いはあるが,一般的には「『南北葛藤』に対照する意味として作られた用語で韓国社会内の葛藤一般ではな く,『南北関係を取り巻く韓国社会の内部葛藤』を指す概念」として認識されている。

 本研究では,韓国のマスコミが「南南葛藤」という言葉を,自社の立場と相反する立場を批判するためのツー ルとして用いている可能性について検討する。「南南葛藤」という言葉は,明確な定義がされていないため様々な 意味で使われており,「南南葛藤」という言葉の解釈をめぐる「葛藤」も存在する。本稿では,社会的対立の普遍 性と特殊性という観点から「南南葛藤」の意味範囲を明確にし,「南南葛藤」とその他の社会的対立との関係を明 らかにする。その上で,朝鮮日報とハンギョレ新聞の報道分析を通じて,「南南葛藤」という言葉が批判のための ツールとして用いられ,結果的に社会的対立が助長されている可能性について検証する。

 これまでマスコミが対立を極端に強調することが「南南葛藤」を生じせしめる一因であるという説明もされて きた。本稿は,これまであまり注目されてこなかった,「南南葛藤」という言葉自体の意味や使われ方の変遷に着 目することで,従来のマスコミ責任論に新たな視座を提供する。さらに,「イデオロギー葛藤」と混同されがちな

「南南葛藤」の意味範囲を明確にすることで,この言葉の解釈をめぐる「葛藤」を緩和させることができると考え る。これにより,「南南葛藤」という言葉によって,単純化あるいは肥大化されてきた北朝鮮関連問題に対する世 論分裂現象も,より客観的かつ正確に捉えることが可能となる。

(12)

国立公園の管理運営体制および管理運営へのエコツーリズムの活用に関する研究

齋藤 峻也

指導教員 黒川 哲志 教授 要  旨

 本論文では,日本国内の自然保護制度の中核を成す,国立公園制度を研究の対象とした。

 自然公園法の下,国の土地所有を伴わずに公園区域を設定し,地種区分に従って土地の公用制限や各種の行為規 制をかける「地域制」の国立公園制度となっており,公園区域の25.8%は私有地である。また,旧国立公園法制定 以来,国立公園は自然の風景地の保護と利用の増進を目的としてきたが,2010年改正では生物多様性確保が目的に 追加。生態系・生物多様性配慮の重要地域として見直され,自然状態のモニタリングと保全策を伴う種々の施策が 導入されている。30カ所,国土面積の5.5%が指定され,年間3億人以上に利用されているにも関わらず,環境省 の人的資源はごく限られている。生態系・生物多様性確保のためのより積極的な保護と,多様化する利用を受け入 れるべく,多くの関係者との協働の重要性は増しており,管理運営体制の協働型での再構築が模索されている現状 と,その現況を調査した。

 併せて,公園毎の管理組織において,国立公園の自然の維持管理策と地域の持続可能な発展を併せて検討するこ とに取り組んでいる諸外国の事例を調査している。

 また,自然を保全しながら持続可能な観光を興し,地域の持続可能な発展へと貢献するエコツーリズムの活用 も,国立公園の今後の管理運営に有効と考え,調査を行った。

 その結果,国立公園の管理運営体制として,公園毎の協働型組織の立ち上げが望ましく,同時にエコツーリズム の振興を図ることで,国立公園における自然の価値の地元からの理解・再評価と,公園の自然資源の維持管理,お よび国立公園周辺地域の発展に資することが可能だと結論づけた。

辛亥革命期の三井物産

―山本条太郎と盛宣懐―

吉塚 康一

指導教員 劉 傑 教授

要  旨

 本論文は辛亥革命期の三井物産をテーマとし,特に当時の筆頭常務であった山本条太郎と,清朝末期の大富豪で あると同時に鉄道大臣でもあった盛宣懐との関係に焦点を当て,論じていく試みである。

 上海での事業活動を通じて盛宣懐と関係を深めた山本条太郎を中心に,三井物産と盛宣懐との長年の関係を明ら かにするとともに,最終的に漢冶萍公司を日中合弁化して革命派への借款を試みた背景には,辛亥革命で失脚し日 本に亡命中であった盛宣懐と,山本条太郎とのホットラインが活かされていたことを,上海図書館に残された盛宣 懐資料を通じて明らかにする。

 三井物産内部の登場人物が全て一枚岩で,言い換えれば創業者益田孝の号令のもとに一丸となって中国事業を進 めていったわけではない。筆者は,益田孝と森恪が積極的に孫文・黄興らの革命派を支援する一方,山本条太郎と 高木陸郎は従来の清朝側とのつながりを重んじ,特に袁世凱や盛宣懐等,清末開明派官僚グループを支持していた と考える。

 その方針の違いを生んだのは益田孝と山本条太郎との対中認識の違いである。明治維新を幕臣として迎え,維新 後は政府,特に長州閥との強力なパイプのもとで,政商として三井物産を発展させてきた創業者益田孝と,三井物 産横浜支店の丁稚奉公上がりで,長年上海駐在を通じて中国人との実際のビジネスの現場経験を重ねることで身を 起した山本条太郎では,中国に対する認識が大きく異なっていた。

 本論文では,三井物産No.1の益田孝と,No.2の山本条太郎との間に,対中認識および対中アプローチに関し てどのような違いがあったのか,またそのような違いがなぜ生じたのか,そして辛亥革命期の混乱期に三井物産内 部でどのように意思決定が行われたのか,また中国側から三井物産を見たときどのように見えたのか,特に盛宣懐 から三井物産がどのように映っていたのか,といった問題を明らかにする。

(13)

孫文の民族,領土認識に関する一考察

―「統一」問題を中心に―

王 素云

指導教員 劉 傑 教授

要  旨

 「中国革命の父」と呼ばれる孫文は,中国の近代国家の形成と建設に指導的役割を演じた人物であり,中国歴史 上著名な政治家・革命家である。1925年孫文が亡くなって以降,彼は中国革命における最も代表的な人物として,

中国革命のシンボルと見なされた。神格化されたぐらいに,彼の「三民主義」を代表とする革命思想は多大な絶賛 を浴びた。そして,中国近代史上最も重要な課題の一つである統一問題において,孫文の「統一」に関する発言,

さらに晩年になって条約改正及び廃止に対する政治活動も高く評価された。

 本論文はより客観的な視点から,孫文の言論や著作に対する整理を中心として「民族」「領土」思想を考察する ことにより,孫文の「統一」思想を再検討した。加えて,このような孫文の領土統一上の構想を再検討する試みに より,具体的に台湾認識を考察した。

 孫文の革命思想は後世に積極的な影響を与え,中国の統一を促したことについて高く評価すべきであるかもしれ ないが,孫文の生涯はあくまでも「中国本部」の統一に尽力することにとどまった。孫文の民族,領土統一思想か ら窺える「漢民族中心主義」及び「大中華民国」のような特徴から,孫文は厳密には漢民族にとっての「革命の 父」であると言うべきであると考えられる。また,外部からの支援を得るためにやむを得ずに中国の権益を外国に 譲るような妥協をしたことについて,たとえ出発点は「統一」であったとしても,結局中国を「分裂」することま でしたとも考えられる。そして,「中国本部」を最優先する領土構想を有する孫文は「中国本部」統一未実現のま ま世を去ったため,台湾統一まで発展することができなかったのも事実である。

北伐時期における蒋介石の対日認識の変遷に関する一考察

―1927年から1928年までを中心に―

秦 之錦

指導教員 劉 傑 教授

要  旨

 1926年,孫文の死去後,黄埔軍官学校の校長を務めていた蒋介石は軍事的な支配力を持つことにより,事実上の リーダーになり,北伐を敢行し,統一を目指した。一方,日露戦争及び第一次世界大戦を通して満蒙における権益 を獲得した日本政府は,それを確保すると決めた。南京事件,山東出兵などの出来事を経て,蒋介石の対日認識は 如何に変わっていくのか。さらに,済南事件後,蒋介石の日記の中で,常に「雪恥(恥を雪ぐ)」という言葉が書 かれていた。いわゆる,済南事件の前後において,蒋介石の対日認識は大きく変わったと判断できる。

 本論文は,1927年から1928年まで,北伐時期における蒋介石の対日認識の変遷を,主に1927年の南京事件,日本 訪問,そして1928年の済南事件を中心に論じる。結論としては,日華合作に大きく期待し,そして日華合作の不可 能性を認識し,最後に日華合作を放棄し,外交政策の重点を転換したという対日認識の変遷である。北伐時期にお ける蒋介石の対日認識は,徐々に悪化しつつ,済南事件によって日本の侵略性と横暴をより一層強く確信させ,必 ず戦わなくてはならないということになった。したがって,済南事件は蒋介石の対日認識及び外交政策の転換点で ある。

 周知のとおり,蒋介石の一生は常に中国近代史と関わっていた。その中でも,日本との外交関係は最も重要だと 考えられる。北伐時期における蒋介石の対日認識を研究することによって,満州事変及び日中戦争時期の一連の対 日外交政策に対する理解に大きく繋がると筆者は考えている。したがって,北伐時期における蒋介石の対日認識の 変遷を分析することによって,満州事変以降の対日外交政策に対する理解に役立つと考えている。

(14)

明治期仏教と初期社会主義

―内山愚童を中心に―

茂木 恵太

指導教員 島 善髙 教授

要  旨

 曹洞宗の僧侶であった内山愚童は,大逆事件に連座して処刑されたという経緯もあって,先行研究ではしばしば 注目されており,内山の生涯を扱った単著も複数出されている。しかしながら,内山の思想そのものを重点的に 扱った研究は未だ見られない。そこで本論文では,内山における仏教(宗教)思想と社会主義との関係を重点的に 考察し,以下のことを新たに明らかにした。

 まず,内山における仏教思想と社会主義との関係の捉え方は,当時の仏教界一般に見られる発想と共通するもの であった。一方,内山の独自性は,伊藤証信の無我愛運動との関係に見出され,精神的平等を唱える仏教と,制度 改革理論としての社会主義とを,内山は無我愛によって揚棄したと考えられる。また,キリスト教社会主義者の石 川三四郎における 信仰の転回 には,内山の指導による坐禅の体験が深く関与しており,禅と社会主義との関係 が示唆的に示されている。

 明治40年以降,内山は無政府主義的な直接行動論に傾いていったが,他の社会主義者とは異なり,分派問題に巻 き込まれることもなく,独自に直接行動論に達した。また,内山は早い段階から直接行動論の理論を理解してお り,後に幸徳秋水と関係したことからの影響はうかがえないことが分かった。さらに,内山が直接行動論に傾倒し た動因として,観光化が進みつつあった箱根という地に身を置いていたことを指摘した。

 また,内山の直接行動論の独自性は,宗教との関係から見出される。例えば,内山が秘密出版した『無政府共 産』などは,無政府主義的かつ非合法的な内容ではあるが,その目的は,「安楽自由」な「天国」としての理想世 界を実現させるため,人々が自明としていることが「迷信」であることを人々に自覚させることであり,内山にお ける一種の宗教観が展開されているといえる。

 以上のことから,内山が初期社会主義運動の中で,内山が独自の思想を持ち,特徴的な位置にあることが明らか になった。

副島種臣の中国観

王 紫晨

指導教員 島 善髙 教授

要  旨

 本論文は副島の対清外交が対ロシア外交,琉球問題,朝鮮問題,台湾問題との関連性に着目する。また,下野後の副島の文章や 未解読の漢詩を解読し,清仏戦争,北清事件などの出来事による東アジアにおける国際情勢変動に対する副島の分析および対清策 を考察する。これにより,副島の中国観を論じる。

 副島は明治初期のさまざまな法律・外交問題に深く参与していた。主だったものは,琉球藩設置の議論,マリア・ルズ号事件の 処理,台湾出兵問題の議論,日清修好条規批准書の交換および同治帝親政婚儀のための清国派遣,征韓論争などである。副島は,

清国の政治体制,清国の外交慣習,東アジアにおける国際形勢に対して,独自の観点を持っていた。その後,副島は明治六年政変 により下野し,興亞会や東邦協会の会頭を務めた。その間も朝鮮問題,台湾問題,清仏戦争など東アジア秩序に関する問題につい ては関心を持ち続けた。晩年には,清国の改革の必要性や日本政府の対清策なども論じた。

 本論文の第一章「副島種臣の明治初年外交意見」では,外務卿就任から1873(明治六)年の下野までを対象とし,副島の対清外 交と対ロシア外交,琉球問題,朝鮮問題,台湾問題との関連性について考察する。

 第二章「清国派遣時期の礼と法」では,同治帝に謁見する礼儀問題・班次問題に対する副島使節団の取り扱いから,副島の中国礼 法と万国公法に対する認識を考察する。また,台湾生蕃地における清国の管轄権に関する取り扱いから,副島の台湾認識を論じる。

 第三章「明治十年以後における副島種臣の対清観」では,副島の清国漫遊の本音を考察し,清仏戦争・甲申事変に関する副島の 分析および対清策,対朝策を考察する。また,日清戦争および北清事件などの出来事による東アジアにおける国際情勢変動に対す る副島の分析,および清国の国内改革が困難であることに対する副島の分析を考察する。

 終章では,副島の外交思想を論じ,副島の中国観を総説する。

 本論文における考察により,副島の中国観の二つの特徴がうかがえる。一つ目は国権至上の強硬論を唱えることである。二つ目 は日本にとって実利をもたらすために,あらゆる方案を考えていた実務家としての側面である。

(15)

国民学校の一考察

―教科の統合を中心として―

西田 久美子

指導教員 島 善高 教授 要  旨

 本論文は,昭和一六年四月一日から戦後の昭和二二年三月三一日まで続いた日本の国民学校の教科課程を中心に検 証することによって,国民学校の歴史的評価を再検討するとともに,現代の教育への応用を考察したものである。

 戸田金一が『国民学校:皇国の道』(吉川弘文館,平成九年二月)で「『皇国の道』路線の狂信的独尊的愛国心 と,侵略を恥じない主戦論的愛国心が支配していった教育の悲劇である」と評しているのをはじめとして国民学校 は多くの研究者によって厳しい批判の対象にされている。

 しかし,国民学校で,一つの目的達成のために教科・科目の関連を重視した教育方法である「教科の統合」を 行った点は評価できると考えられる。なぜなら,この教育を行うことにより事象に対して総合的に判断する力が身 に付くと考えられ,複数の分野を横断しなければ解決出来ない問題が往々にしてある現代社会でその力は活用でき ると思われるからである。ただし,教科の統合を現代の教育に応用する際,教育に対する捉え方の違いが生じない ように子ども観にも留意する必要がある。

 このことを実証するに当たり,第一章で「戦前の小学校」,第二章で「国民学校令の成立過程」を概説し,第三 章では国民学校に改称された理由・過程について検討した。これらを踏まえた上で第四章では教科の統合の実践的 研究の事例を示すことでその効能を明らかにするとともに,国民学校令成立に大きく関わった伊東延吉と三国谷三 四郎の子ども観の違いを検証することを通して「教科の統合」の現代の教育への応用を考察した。最後に,第五章 では国民学校の実態を国民学校就学経験者にインタビューすることによって明らかにした。なお,ドイツの教育と 日本の国民学校の関連性及び国民学校成立の直接的母体と言える「幹事試案」を作成した伊東延吉についての検証 は今後の課題とした。

日本の企業文化論再考

富山 貴文

指導教員 内藤 明 教授

要  旨

 本論文は,通説における日本の企業文化が持つ虚構性と,実態における日本の企業文化が持つ特殊性に着目した 研究である。特に,家の論理を企業に適用させる「経営家族主義」を,日本の企業文化が持つ虚構性と特殊性を孕 んだものであると考え,その実態にメスを入れていくものである。

 第1章では,通説で語られる日本の企業文化を簡単にまとめる。その際,通説と実態との間にどれほどの落差が あるのかを提示し,論を進めていくための起点とする。

 第2章では,通説で語られる日本の企業文化の虚構性について,いわゆる日本的経営の「三種の神器」や系列な どの具体例を交えつつ論じるものである。これらの要素が日本企業に固有のものではないことや,拡大解釈され受 け入れられていることを明らかにする。

 第3章では,実態における日本の企業文化の特殊性について,社歌や社葬といった具体例を交えつつ論じるもので ある。なぜ,日本の企業文化がこのような特殊性を持つに至ったのか,そしてその意味とは何なのか考察していく。

 第4章では,日本における「経営家族主義」について論じていく。単に,従業員を丁重に扱うという意味での

「(経営)家族主義」ならば,世界的に見られるものである。しかし,企業を擬似的な「家族」とする思想は,海外 には類を見ない。なぜ,このようなことが起きるのか。戦後,家族国家観が崩壊したにもかかわらず,なぜ経営家 族主義的な見方が維持されたのか。第2章で見たように,すべての労働者が終身雇用の恩恵を受けているわけでは ないのに,なぜ,すべての労働者が経営家族主義の庇護を受けているといった通説が出来上がったのか。日本人が

「家」や「家族」に対して抱いている思想や観念を手掛かりとして,考察を進めていくものである。

(16)

都市空間における文化の興隆とイメージ消費

―渋谷の変遷を中心に―

佐藤 まゆみ

指導教員 内藤 明 教授 要  旨

 本論文は,都市空間における文化に着目し,それに付随するイメージがどのように消費されるかを通観するもの である。近代から現在までの変遷を追いながら,渋谷に内在する特徴や唯一性をつまびらかにしていく。

 第1章では都市社会学の歴史と,渋谷についての先行研究をたどり,本論文において渋谷を舞台に選び,都市 を考察した理由を述べていく。第2章では渋谷駅が開設された1885年以降の街の移ろいを鳥瞰する。田園風景の 広野から,一日260万人が乗降する大都市へと成長した要因を歴史の中からみつけていく。第3章では物質的な要 素の分析から渋谷の特徴を見出す。ケヴィン・リンチのいう,都市のイメージをつくりあげる5つの要素「パス path(道路),エッジedge(縁),ディストリクトdistrict(地域),ノードnode(接合点,集中点),ランドマーク

landmark(目印)」を渋谷に当てはめ,街のパブリック・イメージを明らかにすることを試みる。それをふまえ,

渋谷の中でも固有性の強い宇田川町・道玄坂・円山町に焦点を絞り,都市空間に「ハレの世界」が演出されている ことを説明する。第4章ではメディアとの関わりから渋谷のイメージを分析する。文学作品中での渋谷の描かれか たと,雑誌『東京人』における渋谷に関する記事を取り上げ,メディアによって渋谷の盛り場に「虚構空間として のイメージ」が付与されてきたことを示す。最後に,これらの特徴から渋谷は,街自体が,人と文化を欲し消費し ている資本主義そのものであり,人々はそのイメージ空間のなかで消費をおこなっているという理論を展開し,結 論とするものである。

 人が集まると新しい文化が生まれ,さらに新しい人を呼ぶ。こうした循環構造が渋谷の特徴である。代替不可能な 唯一無二の都市空間である渋谷は,今後もそのような位相の街として人々を引きつけながら変化し発展するであろう。

現代における漢字とラテン文字の機能に関する一考察

―日本と欧米の一般社会における文字・表記を中心に―

シャルコ・アンナ

指導教員 笹原 宏之 教授 要  旨

 進化論の影響を大いに受けた文字類型研究においては,世界文字を表意文字・表音文字に分けるアプローチが長 期に亘って通説として認められてきた。この分類では,漢字は表意あるいは表語文字であるのに対しラテン文字は 表音文字とされているが,実際の使用においてはこの分類に当てはまらない例が少なくない。例えば,表音文字と されているラテン文字は,音を表すほか,記号として使われたり,語を表したり,象形的に用いられたりするなど 使用状況や文脈によって様々な働きをもっている。一方で,表意文字とされている漢字は表音的な機能を果たす場 合が少なくない。以上のような問題意識から,本稿では,文字が実際に使われる際の機能に重点をおいて,表意・

表音を文字の分類方法としてではなく,機能の差異という次元で捉えるアプローチを提案した。さらに,表意と表 音という2つの機能の他,「表ニュアンス機能」と「表形象機能」という2つの新しい機能を追加して考察を行っ た。

 第1章では,文字比較研究における漢字とラテン文字の位置づけを検討し,文字類型研究の「表音・表意」分類 の問題点を指摘した。続く第2章においては,欧米と日本の言語学における意味の相違を示しつつ,本稿で扱う文 字関連用語の整理を行った。また,本研究の中心的な概念である「文字機能」の定義と概念の範囲を明確にした。

第3章においては,漢字とラテン文字を異文化要素として取り上げ,いくつかの適合パターンを通して,欧州にお けるラテン文字と日本における漢字の適合メカニズムの比較を行った。第4章では,文字機能を「表音的」,「表意 的」,「表ニュアンス的」,「表形象的」という4つのグループに分けて,実例を提示しながら現代におけるラテン文 字と漢字の働きについて考察した。

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