解説療法が奏功した一事例
著者 矢野 啓明
雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要
巻 15
ページ 69‑81
発行年 2015‑03
出版者 東京家政大学附属臨床相談センター
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010094/
1.はじめに
大うつ病性障害(major depressive disorder,
以下、うつ病と略記する)は、抑うつ気分、あ るいは興味・喜びの喪失をともない、食欲低 下、不眠、精神運動性の焦燥または制止、気力 減退などを特徴とする精神疾患である(Ameri-
can Psychiatric Association: APA, 2000)
1)。うつ病 の生涯有病率は、男女合わせると約 15%、女 性では 25%ともいわれており、発達障害、物 質使用障害、不安障害、パーソナリティ障害な どを併存することがしばしばあるとされる2)。 うつ病患者が何らかの不安障害を併存する割合 は、うつ病患者の約半数の47.2%というデータ がある11)。うつ病患者の75%以上が、複数回の 抑うつエピソードを経験しており、特に2年以 内の再発率が高い障害と考えられている9)。うつ病の治療法としては、軽症の場合には、
全例に支持的精神療法、心理教育、必要に応じ て、SSRIや
SNRI
といった抗うつ薬による薬物 療法、認知行動療法が選択肢とされている9)。 中等症から精神病性の特徴を伴わない重症のう つ病には、SSRI、SNRI、三環系抗うつ薬など の薬物療法、場合によって修正型電気けいれん 療法(ECT)の実施などが推奨され、必要に応じ て、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の併用、気分 安定薬や非定型抗精神病薬による抗うつ効果増 強療法、治療効果のエビデンスが示されている 精神療法(Evidence Based Psychotherapy:EBPT)の適用が挙げられている9)。治療効果のエビデ ンスが示されている精神療法としては認知行動 療法が挙げられており、日本では2010年4月 の診療報酬改定からうつ病に対する認知行動療 法が保険点数化された。うつ病に対する治療的 介入として、認知行動療法は重要なものとなっ ている。また、現在のところ、うつ病に対する 精神療法の有効性については、認知療法と対人
休職期間を終え、焦燥感を訴える患者に対して 問題解決療法が奏功した一事例
矢野 啓明
A Case of Problem Solving Therapy Succeeding for a Patient who finished a Leave of Absence Period
Hiroaki YANO
要旨
本論文は、転勤した先でうつ病と診断され休職し、元の職場にて復職した患者に対して、認知行動療法を行なった面接過 程について報告をする。面接開始当初、本症例は抑うつ感よりも焦燥感が優位であり、面接時間の30分前に来院し、「早く 始めて欲しい」「早く何とかして欲しい」と主張した。ネズら(2008)の事例定式化に基づき、金井(2005)の提案する問題 解決療法の手順に則り、面接を進めた。その結果、抑うつ症状(SDS)、不安症状(STAI)、人格検査(TEG)において改善が みられ、主訴とされた症状がみられなくなった。
キーワード:大うつ病性障害、休職、焦燥感、問題解決療法
旭神経内科リハビリテーション病院
関係療法が有効、行動療法、ケースマネジメン ト、短期非指示的心理療法、問題解決療法が有 用とされている10)。
問題解決療法では、介入によって患者の問題 解決能力や問題への対処能力が向上すること で、日常における問題に患者が自らの力で対処 できるようになり、精神的健康を維持できるよ うになると考えられている8)。患者の問題解決 能力が十分でない場合や、問題解決に積極的に 取り組んでこなかった場合などでは、問題解決 療法が有効であると考えられる。
うつ病に対する問題解決療法では、最初に、
臨床家による評価と自記式尺度によって、抑う つ症状の重症度の評価を行なう。そして、手段 としての中間目標と治療ターゲットを設定し、
治療の最終目標を立てる。ネズら(2008)8)で は、5つの中間目標が提案されており、(1)非 機能的思考の軽減、(2)問題解決能力の向上、
(3)セルフコントロールスキルの向上、(4)正 の強化の確率を高めること、(5)社会的/対人 関係スキルの向上が挙げられている。さらに、
手段としての中間目標と治療の最終目標を明確 化するために、目標達成マップ(Goal Attainment
Map:GAM)を作成する。目標達成マップで
は、最終目標を達成するための中間目標を明示 し、それらを達成するために適用可能な介入戦 略を記載する。そして、目標達成マップが患者 にとって妥当なものかを患者とともに確認し、目標達成マップに基づいた仮説を検証してい く。介入を実施し、治療の最終目標に向かって いるようならば、その介入は妥当と考え継続す るし、治療の最終目標に貢献していないような らば、問題解決のプロセスの元に戻り、問題を 再検討していく。そうして、治療の最終目標を 達成していくのである。
本論文では、うつ病と診断されて休職し、復
職したものの不安・焦燥を訴える患者につい て、ネズら(2008)8)の事例定式化から治療デザ インを作成し、金井(2005)6)が記述する問題解 決療法の手順を用いて介入を行なった面接の経 過を報告する。金井(2005)6)では、問題解決療 法の手順が簡潔に分かりやすく記述されてお り、患者の説明に用いることが容易であった。
また、面接において工夫した点についても考察 を行なった。なお、症例報告については、本人 および医療機関より了解を得た。
2.症例概要
症例は、論文の趣旨を損なわない程度で、個 人が特定できないように改変を加えた。
症例:40代男性、一般企業営業職(以下、Cl.と 略記する)
主訴:
(1)部下への指示がうまく出せない。
(2)人間関係がうまくいかない気がする。
(3)会社でうまく振舞えていない。
(4)自信が持てない。マイナス思考に陥り、
常に不安感がある。
(5)同僚に「お前はダメだと思われているので はないか」と考えてしまう。
来談経路:母親が治療のために外来を受診して おり、母親から通院中の病院で心理療法を実施 していることを聞き、Cl.は心理療法を希望し て自ら受診した。
診断:大うつ病性障害
薬物療法:前院通院時には不眠と焦燥の症状が 強く軽度うつ病と診断され、抗うつ薬(ミルタ ザピン)15mg1錠を就寝前に内服していた。当 院通院時には不眠症状が軽減しており、不眠時 に頓服として抗不安薬(エチゾラム)0.5mgを1 錠内服するように処方されていた。
家族歴:現在は、妻、息子、娘の4人暮らし。
Cl.の母親が数年前に軽度の脳梗塞を発症した
以外、特別な受診歴はない。既往歴:なし。
成育歴:高校まで性格的に「打たれ弱かった」
が、大学生の時に自転車を始めて「気が強く なった」。大学卒業後、一般企業に営業職とし て勤務して20年以上経過している。
現病歴:
X-1年4月にA
県へ管理職として単身赴任をした。X-1年6月に職場の対人関係 から不安感が強くなり、不眠となった。B病院 を受診し、適応障害の診断を受けた。母親の話 では、「1日に10数回、毎日のように電話がか かってきた」とのことだった。電話の内容は、
不安感の訴えとともに「今の状況を何とかして 欲しい」という要求であった。X-1年9月に 1ヵ月間の休職をして、X-1年10月に元の職 場(C県)に管理職として復職したが、症状が残 存し、Dメンタルクリニックを受診した。Dメ ンタルクリニックでは、軽度うつ病と診断され た。X-1 年 12 月には症状軽快し、抗うつ薬
(ミルタザピン)の服薬を終了した。同僚から
「お前はダメだ」と思われているのではないか、
と不安感は残存したため、服薬ではなく心理療 法を希望して、X年4月に当院を受診しうつ病 と診断された。このとき、妻の話では、「不安 を訴えて1日に4~5回電話がかかってくる」
とのことだった。
初診時問診結果:
SDS
(Self-rating Depression Scale) 44点(軽度 抑うつ域)STAI
(State-Trait Anxiety Inventory) 状態不安:39点(段階2)、特性不安:54点(段階4)
TEG
(東大式エゴグラム) W型(CP 15点、NP 12点、A 18点、FC 6点、AC 12点)面接の枠組み:主治医の指示のもと、1回50 分で1~2週間に1度の受診を継続した。診察
は1ヶ月に1回の頻度であった。
3.面接経過
面接は、1回50分で第1セッションから第4 セッションにアセスメントとプレテストを行な い、第5セッションに治療方針の決定、第6 セッションから第9セッションに問題解決療法 の手続きの実施、第10セッションにポストテ ストを行なった。その後、第11セッションか ら第14セッションにフォローアップを行ない、
第15セッションの面接時にこれまでの総括を 行なった。本報告では、15回の面接を6期に 分けて記述する。
第1期 アセスメントと面接目標の設定:
第1セッションから第4セッション
(X年5月から6月)
当院受診時には、Cl.は休職期間を終えたば かりであったが、会社には勤務していた。しか し、不安感が強くみられ、また、第1セッショ ンから第4セッションまでの間は、面接者(以
下
Co.と略記する)に対して一方的に話し続け、
焦燥感が強くみられていた。
第1セッションでは、最初に、主訴と現病歴 の聴き取りを行なった。主訴は、(1)部下へ指 示を出すときに不安を感じる、(2)人間関係が うまくいかない気がする、(3)会社でうまく振 舞えていない、(4)自信が持てない。マイナス 思考に陥り、常に不安感がある、(5)同僚に
「お前はダメだと思われているのではないか」と 考えてしまう、という5つにまとめられた。
それらの主訴から、面接目標は「部下への指 示を出す際に感じる不安を少なくすること」
「低下した自信(自己評価)を回復すること」と して同意が得られた。これらの面接目標を達成 するために、当初はアサーション・トレーニン
グと認知再構成法の適用を考えた。面接目標の 設定時には、Cl.は「早く何とかしないといけな い。元の通りにならないといけない」と発言し、
強い焦燥感がみられた。また、「ネガティブ思 考から元通りにポジティブ思考になりたい」と 以前のようになりたいと話していた。Cl.は、
「自分は体育会系の大学出身」と話し、発言内容 からも物事を勝ち負けで判断する傾向がみられ た。A県の転勤先で休職をして、元の職場であ
る
B県に戻ってきたことを「負けて帰ってきた」
と表現した。
第2セッション時には、予約時間の30分前 に来院し、受付に「できれば早めに(カウンセリ ングを)始めて欲しい」と訴えた。Co.は、予約 時間の変更は予め連絡があれば対応できるが、
当日に突然変更することはできないことを伝え たところ、Cl.は納得を示した。しかし、面接 終了時に面接時間の終わりを伝えると、Cl.か ら「何も進んでいない」「話すだけで何も変わら ない」等の発言がされた。ここでは、Co.は、面 接目標を決定するために、現在困っていること とこれまでの症状などを聞く必要があること、
現在の問題を解決するためには相応の時間が必 要であることを説明した。Co.からの説明によ り、Cl.は納得を示した。
第2セッションと第3セッションでは、プレ テストとして
SDS、STAI、TEG
を実施した。心理検査の結果のフィードバックは口頭で行 なったが、Cl.は「口頭ではなく、具体的に何を すればよいか、紙で欲しい」と要望した。第4 セッションでは、心理検査の結果について数値 とコメントを記入した紙面を用意して、フィー ドバックを行なった。TEGの結果(W型)につ いてフィードバックを実施した際には、その結 果を聞いてCl.自身がどう思ったか、自身では どうすれば良いと思うかを質問したが、「それ
よりもどうしたら良いかを教えて欲しい」と人 から答えを求める傾向がみられた。
第4セッションでは、伊藤(2005)5)の文献で 使用されているアセスメント・シートを用い、
現在の状況のアセスメントを行なうとともに、
認知行動療法の説明を実施した。また、フェネ ル(2004)4)の文献を紹介し、自己評価(自尊心、
セルフ・エスティーム)の説明を行なった。こ れらのやり取りの中で、「家族ならば親身にサ ポートするべきだ」「自分の症状を早く誰かが 何とかするべきだ」という発言がみられた。そ のような考えから、母親や妻に対して1日に何 度も電話を繰り返し掛けたり、母親や妻に対し て「今の状況を何とかして欲しい」という要求が なされたと考えられた。しかし、自己評価につ いての説明や認知が感情や身体反応、行動に影 響を与える、認知が変われば感情も変わってく るという説明に「しっくりこない」と発言した。
第4セッション時に行なったネズら(2008)8)
の目標達成マップを事例定式化(ケース・
フォーミュレーション)として図1に示す。第 4セッション時には、「部下への指示を出す際 に感じる不安を少なくすること」「低下した自 信(自己評価)を回復すること」を面接目標とし ており、それに抑うつ・不安症状の軽減を加え て、治療の最終目標とした。治療の最終目標を 達成するために、治療のターゲットとしては、
(1)低下した自尊心(自己評価)、(2)「負けて 帰ってきた」、周りから「ダメだと思われてい る」などの自己批判的な思考、(3)部下に指示 を出すときの不安感、(4)会社内での不安感、
(5)焦燥感を想定した。Co.や病院に対して一 方的な要求をしてしまうこと、妻や母親に頻回 に電話をしてしまうことを焦燥感の現れと考え た。
低下した自尊心(自己評価)と自己批判的な思
考に対しては、自己評価とは何か、自分を大切 にするとはどういうことか、などの自己評価に 関する心理教育を介入戦略として挙げた。ま た、認知再構成法は、自己批判的な思考、部下 に指示を出す場面で「ダメだと思われているの ではないか」と考えてしまうことに対してアプ ローチできると考えた。部下に指示を出すとき の不安感に対しては、アサーションに関する心 理教育と実際場面のロールプレイを行なうこと で介入できると予測した。最後に、会社で感じ る全般的な不安感と焦燥感に対しては、筋弛緩 法や自律訓練法といったリラクセーションを行 なうことで軽減できると戦略を立てた。
第2期 停滞と批判:第5セッション(X年6月)
第5セッションでは、第4セッションから引 き続き、フェネル(2004)4)の文献から自己評価 に関するワークを行なった。自己評価とは「自 分に対して抱く全般的な意見や、人として自分 におく価値」のことで、「否定的な色合いの場 合」自己評価が低いということを説明し、Cl.自 身の自己評価について質問を行なった。しか し、Cl.は、「よく分からない」と回答した。
第5セッションと同日に行なわれた主治医の 診察では、診察の予定時間が30分であったの に時間を延長して1時間程話をした。Cl.は、
「偉い先生がこんなに時間を使ってくれた」と喜 んでいた反面、カウンセリングに対しては、
「話すだけ」「何も進んでいない」と批判的な発 言を繰り返した。妻に対する批判も強く、「カ ウンセラーからもっと妻にサポートするように 言って欲しい」という要求がみられた。カウン セリングに対する批判をアジェンダとして取り 上げ、Cl.と相談の上「目に見える形で前進して いる感覚を得る」という目標を追加した。
目標を追加するとともに、Cl.が自身の問題
解決を
Co.や母親や妻に要求をしてくる依存的
な傾向から、自分の問題を自分で解決するとい う姿勢に変えていくことが重要と考えた。自分 の問題を自分で解決する姿勢を形成するために は、問題解決に直面していることを
Cl
自身が 認識し、問題解決に取り組む姿勢を持ち、解決 法を考えていく必要がある。そのためには問題 解決療法の手続きが適していると考えられた。したがって、「目に見える形で前進している感 覚を得る」ため、そして、自分の問題を自分で 解決していく姿勢を形作るために、会話でのや り取りだけではなく、書面を用いることが有効 と考え、金井(2005)6)の問題解決療法の手順を 表1のような書面にまとめた。さらに、事例定 式化についても図2のように、治療ターゲット として「依存的な傾向」と「回復・問題解決に向 かっている感覚」を追加し、適用可能な治療戦 略に問題解決療法を追加した。
第3期 問題解決療法:第6セッションから 第9セッション(X年6月から8月)
金井(2005)6)の問題解決療法の手順では、
(1)問題に対する考え方をポジティブにする段 階、(2)問題を明らかにする段階、(3)多くの 解決方法を考える段階、(4)適切な解決方法を 考える段階、(5)選択した解決方法を実行し、
その効果を検証する段階といった5つの段階が 提案されている。
第6セッションでは、表1に記載した問題解 決療法の手順の(1)問題に対する考え方をポジ ティブにする段階について解説を行ない、(2)
問題を明らかにする段階について、自身が抱え ている問題を自分なりの言葉で記述するように ホームワークとした。第7セッションでは、Cl.
は「書けるところは全て書いてきました」と(3)
多くの解決方法を考える段階、(4)適切な解決
方法を考える段階、(5)選択した解決方法まで 全てを書き上げてきた。そのため、第7セッ ションから第10セッションにおいて、Co.と
Cl.
で記入内容を確認しながら内容の補足と修正を 行なった。表2に
Cl.が記入した内容の一部を
記載する。第9セッションでは、Cl.は「今まで同じこと をグルグル考え続けていたが、自分の中で答え が見えた」と発言し、「部下の面倒を見るように なった。自身の成長を実感している」「体調を 崩したのは“神様がくれたきっかけ”」等、発言 内容が前向きになっていった。
第4期 ポストテスト:第10セッション
(X年8月)
自分の問題について自分で考え、自分で解決 法をみつけるというプロセスを経て、症状の訴 えがみられなくなった。第10セッションでは、
ポストテストとして
SDS、STAI、TEG
を実施 した。図3にプレテスト-ポストテスト-フォ ローアップにおけるSDS
とSTAI
の得点、図4 には、プレテストとポストテストにおけるTEG
の得点を示した。全体的に心理検査の得 点に改善がみられ、TEGでは、W型からNP・
A優位型となった。現実場面での「部下への指
示がうまく出せない」「自信が持てない」「同僚 に“お前はダメだと思われているのではないか”と考えてしまう」等の不安は大幅に軽減したと 語られた。目下の症状が軽減したので、今後は 月1回のフォローアップ・セッションとするこ とに同意を得た。
ポストテストの結果:
SDS
39点(健常域)STAI
状態不安:36点(段階2)、特性不安:44点(段階3)
TEG NP・A
優位型(CP 11点、NP 17点、A 17 点、FC 10点、AC 2点)第5期 フォローアップ:
第11セッションから第14セッション
(X年9月から12月)
フォローアップ・セッションでは、月1回の 面接を行ない、症状が再発していないかを確認 しつつ、症状がみられそうなときにはどのよう に対処しているかなどが話された。その中で
「役員から叱責されることがあったが、自力で 気持ちを持ち直し、対処できた」と語られた。
「言われてもそれほど気にならなくなったし、
言いたいやつには言わせておけばいいとも思え るようになった」「今の自分には“弾性”“吸収 力”があり何とか平気」とも発言された。本ケー スでは、積極的な認知再構成法の手続きを実施 していないが、カウンセリングのやり取りの中 で別の見方に気づき、ストレスが低減し、思考 が柔軟になった印象であった。
第14セッションでは、フォローアップ・テ ストとして
SDSのみ実施し、さらに得点の減
少がみられた。カウンセリングで得られた効果 が持続していることが確認された。フォローアップ・テストの結果:
SDS
30点(健常域)第6期 総括:第15セッション(X+1年1月)
第15セッションでは、「仕事の感覚も取り戻 して“戻ってこられた”」と話していたため、こ の回にて面接の総括を行なった。回復に役立っ たもの、同じような問題が生じたときにどのよ うに対処するか、などが話され、カウンセリン グ初期に共有した面接目標(「部下への指示を出 す際に感じる不安を少なくすること」「低下し
た自信(自己評価)を回復すること」)が達成さ れたことが
Cl.に確認が取れたため終結となっ
た。4.考察
本事例は、カウンセリング開始時には抑うつ 感よりも焦燥感が強くみられており、「早く何 とかして欲しい」と訴え、一方的に話し続けた。
また、他にも、妻や母親に対して1日に何度も 電話をして「今の状況を何とかして欲しい」と訴 えたり、予約時間の 30 分前に来院し、「早く
(カウンセリングを)始めて欲しい」と受付に伝 えたこともあった。
Cl.は、発症当初、A
県に単身赴任をし、単身赴任先で管理職を任されていた。単身赴任先の 職場で徐々に孤立していき、不安と不眠が強く みられるようになり、会社に行くことができな くなった。この時点では、対人関係の明らかな ストレッサーから発症しており、A県の病院精 神科では「適応障害」と診断された。元の職場に 管理職として復帰した後も、薬物療法により、
不眠症状は軽減したものの、「負けて帰ってき た」という思いから、「同僚から「お前はダメだ」
と思われているのではないか」と不安感が生じ、
「部下への指示がうまく出せない」状態が続い た。発症から10ヵ月経過し、心理療法を希望 して受診した。
主訴の聞き取りにおいて、「低下した自信を 早く回復したい」というCl.の希望が聞かれたた め、カウンセリングの初期には自己評価につい て説明し、Cl.自身の現在の自己評価について 質問を行なった。同時に、図1のような事例定 式化を行ない、認知再構成法やアサーション・
トレーニングの実施を計画した。自己評価につ いて取り組むことは、ニーズとしては間違って いなかったように思うが、Cl.は自己評価の説
明や自身の内面的な話題に関して「しっくりこ ない」「よく分からない」と発言し、第5セッ ションでは、「話すだけ」「何も進んでいない」
と訴えた。本事例では、Cl.がどのように感じ るか、どのように思うかという質問は有効では なく、また、認知・気分・身体的反応・行動の 関連について説明をしても理解を示さなかっ た。反対に、話すだけで前に進まないと受け取 られたように思う。これらのことから本事例で は、認知面へのアプローチが難しいと感じられ た。
そこで、「目に見える形で前進している感覚 を得る」という面接目標を追加した。そして、
治療が前進していることを目に見える形にする ためには、会話でのやり取りだけではなく、書 面を用いることが必要と考えた。また、Cl.に は自身の問題解決を
Co.や母親や妻に要求する
依存的な傾向がみられていたため、自分の問題 を自分で解決するという姿勢を持てるようにな ることが重要と考えられた。目に見える形で前 進している感覚を得られるようにしつつ、自分 の問題を自分で解決するという姿勢を持てるよ うにしていくために、金井(2005)6)の問題解決 療法の手順を表1のような書面にまとめた。金 井(2005)6)の記述は、非常に簡潔で分かりやす く、Cl.への問題解決療法の説明に適していた と考えられる。ネズら(2008)8)では、「個々の患者にフィッ トする治療計画を立てる」こと、「患者の個別性 に配慮」し、事例定式化を行なうことが述べら れている。また、「障害に都合のよいモデルを 安易に適用するのではなく、患者個人の変数に 注目しながら…中間目標を作り上げていく必要 がある」と述べられている。本事例では、これ らの言葉を念頭に置いた。
第6セッションのホームワークでは、自身が
抱えている問題を自分なりの言葉で記述するこ とをホームワークとした。しかし、Cl.は第7 セッションでホームワークだけでなく、問題解 決の方法と実行計画まで記述してきた。記載内 容は、表2にあるように必ずしも適切であると はいえない部分もみられるが、問題の全体像を 自分なりの言葉で描き出し、解決するための方 法を自力で考え出すことができたといえるだろ う。振り返ると、これらのことが本事例におい て、大きな転換点になったように考えられる。
第10セッションでは、ポストテストとして実 施した
SDS
とSTAI
の得点に低下がみられ、プ レテスト時にはW
型だったTEG
が、NP・A優 位型に移行していた。本事例では、最初に立てた治療計画では
Cl.
の訴えに噛み合わず、Cl.から批判的な態度を 引き出してしまった。しかし、批判を受け止 め、セッションの進行とともにさらなる情報を 得ることで事例定式化を修正しながら、個々の 患者にフィットする治療計画を立てられるよう により適切な介入を模索していった。本事例 は、予後も良好であり、薬の服用なく2年後に も症状の再発もみられずに経過している。
5.引用・参考文献
1)American Psychiatric Association. 2000
Diagnostic and statistical manual of mental disorders, Fourth Edition, Text Revision: DSM- IV-TR. Washington, DC.(高橋三郎・大野
裕・染矢俊幸(訳) 2003 DSM-IV-TR精 神疾患の分類と診断の手引 医学書院)2)ベンジャミン
J. サドック & バージニア A.
サドック(編)井上令一・四宮滋子(監訳)
2004 カプラン臨床精神医学テキスト第2 版 DSM-IV-TR診断基準の臨床への展開 メディカル・サイエンス・インターナショ ナル
3)ミック・クーパー(著),清水幹夫・末武康 弘(監訳) 2012 エビデンスにもとづくカ ウンセリング効果の研究―クライアントに とって何が最も役に立つのか 岩崎学術出 版社
4)メラニー・フェネル(著),曽田和子(訳)2004 自信をもてないあなたへ―自分でできる認 知行動療法 阪急コミュニケーションズ 5)伊藤絵美 2005 認知療法・認知行動療法
カウンセリング初級ワークショップ―
CBT
カウンセリング 星和書店6)金井嘉宏 2005 問題解決療法.こころの 科学 121,51
−
55.7)中野敬子 2009 ケース概念化による認知 行動療法・技法別ガイド 問題解決療法か ら認知療法まで 遠見書房
8)Nezu, A.M., Nezu, C.M. & Lombardo, E.R.
2004
Cognitive-Behavioral Case Formulation
and Treatment Deign: A Problem-Solving
Approach. New York, Springer.
(伊藤絵美(監 訳)2008 認知行動療法における事例定式 化と治療デザインの作成 問題解決アプ ローチ 星和書店)9)日本うつ病学会(監修) 2013 大うつ病性 障害・双極性障害 治療ガイドライン 医 学書院
10)大野裕・的場麻帆・中川敦夫 2004 うつ
(気分障害) 内山喜久雄・坂野雄二(編)
現代のエスプリ別冊 エビデンス・ベース ト・カウンセリング 至文堂
11)Regier, D.A., Rae, D.S., Narrow, W.E., Kaelber,
C.T., & Schatzberg, A.F.. 1998 Prevalence of anxiety disorders and their comorbidity with mood and addictive disorders. British Journal of Psychiatry Supplement, 34, 24 −
28.12)坂本真士・丹野義彦・大野裕(編) 2005 抑うつの臨床心理学 東京大学出版会 13)坂野雄二・丹野義彦・杉浦義典(編) 2006
不安障害の臨床心理学 東京大学出版会 14)丹野義彦 2001 エビデンス臨床心理学
日本評論社
15)東京大学医学部心療内科 1995 エゴグラ ム・パターン―TEG東大式エゴグラム第 2版による性格分析 金子書房
Abstract
This study reports on the progress of a cognitive behavioral therapy interview conducted on a patient who was diagnosed with depression after an intra-company transfer to another prefecture, resulting in their taking a leave of absence before being reinstated to their original workplace. Arriving 30 minutes before the interview’s start time, the patient displayed signs of irritation and impatience rather than depression, insisting a number of times that the interview commence straightaway. As a result of conducting an interview based on Nezu et al. (2008)’s case formulation and the problem solving therapy of Kanai (2005), improvement was confirmed in depressive symptoms (SDS), anxiety symptoms (STAI), and personality tests (TEG), with a discontinuance of the central condition of depression.
Key words:
major depressive disorder, leave of absence, irritation, problem solving therapy
図1 第4セッション時の目標達成マップ
図2 第6セッション時の目標達成マップ
図4 プレテストとポストテストにおける
TEG
の得点図3 プレテスト‐ポストテスト‐フォローアップにおける
SDS
とSTAI
の得点表1 問題解決療法の手順(金井,2005から作成)
表2 問題解決療法のシートへの記載内容
2 問題の明確化 問題は、
(1)仕事をするエネルギーが足りないこと。
(2)ミーティングを避けたいこと。
(3)家族からエネルギーをもらえないこと。
〈うつになった原因〉
単身赴任でA県に行ったこと。
さびしく、孤独であったこと。
いままで一担当者であったが、いきなり
A県の所長となり、部門長としての仕事が何なのか
分からず、何も手をつけることができなかった。⇒ 焦り段階2-3:「関係ある・なし」と「事実か推測か」
私の内面の事実
・頭の回転が鈍く、仕事が手に付かない。→ 本当に少しずつであるがこなしてはいる。
“思い込み”
・チームをまとめられず、リーダーとしての存在感がない。→ 周りの目は冷ややか。
・上司、部下に頼りにされていない。
・今の仕事内容が今の自分に適性がない。
段階2-5:目標設定
“仕事をうまくこなしていくこと”これが善循環の源となるハズ。
段階2-5-2:何が変わる必要があるのか
「自分自身」
段階2-5-4:誰が障害をもたらしているのか
すべては自分自身がもたらしたこと。性格、思考回路、器量のなさ。
段階4-1:具体的な解決方法
自己申告書を出す。→ それまで上司が