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(1)

 独立行政法人日本学生支援機構(2018)によれば,

全国の775校の大学での発達障害学生数は,2018年 は5,063人と増加の一途をたどっている。発達障害学 生の中でも,最も多いのは自閉症スペクトラム障害

(Autism-spectrum disorder:以下ASD)であり(独立 行政法人日本学生支援機構,2018),ASDを持つ学生 に対する支援の重要性が増している。

 ASDとは,生後30ヶ月までに発症する先天的な脳 の機能障害で,主要な発達障害の1つである(千住,

2014)。ASDの障害特性は主に,「他者との交流がう まくできない」などの社会性の障害 ,「状況に応じた 話し方ができない」などのコミュニケーションの障 害,特定の事柄に対する強い「こだわり」として現れ る 想 像 力 の 障 害 と い う3つ で あ る(Wing  & Gould,  1979)。また,「スペクトラム」とは「連続体」を意味 する概念である。すなわち,これら3つの障害特性を

有していたとしても,その症状の度合いが個々人に よって異なる(軽度な者から重度な者までが存在す る)ということが,この概念によって説明されている。

 通常,ASDと診断される場合,これらの障害特性 の度合いが強いことが条件となる。この障害特性の度 合いを測る一指標として利用されるのが自閉症スペク トラム指数(Autism-Spectrum Quotient:以下AQ)で ある。AQでは知的障害を除いた,純粋な自閉度の高 低がスペクトラムとして成り立っているとされてお り,ある一定の自閉度(カットオフ)を超えると,

ASDと診断される可能性が高くなる。また,ASDな どの発達障害の診断を受け,かつ社会的障壁により生 活に制限がある場合,地域での生活支援や発達障害の 特性に応じた適切な就労機会の確保のような法律上で の支援を受けやすくなる。しかし,診断を受けていな い者の中にも,AQ得点が比較的高く,日常生活にお いて不適応感を抱えており,支援ニーズが高い可能性 がある者が少なからずいると考えられる。本研究では このような者たちをASD傾向者と呼び,「ASDの診

自閉症傾向を持つ大学生における対人不安と社会的スキ ルの自己評価が対人場面からの回避行動に与える影響

大藤 健寛 松葉 百合香 飯島 有哉

1

 桂川 泰典  

早稲田大学

Infl uences of social anxiety and self-assessment of social skills on avoidance behavior from interpersonal situations in university students with autistic tendencies

Takehiro OHTOH, Yurika MATSUBA, Yuya IIJIMA1, and Taisuke KATSURAGAWA (Waseda University)

 People with symptoms of autistic spectrum disorder (ASD) who do not receive a diagnosis and cannot receive support are likely to exhibit maladjustments such as school refusal and social withdrawal. Preceding research has shown that school refusal and social withdrawal are closely related to displays of avoidance behavior in interpersonal situations.

In this research, we examined the infl uence that the self-assessment of social skills and social anxiety had on subjects’

avoidance behavior in interpersonal situations among people with symptoms of ASD. The results showed ASD tendency mediates self-assessment of social skills and social anxiety to affect avoidance behavior in interpersonal situations when considered as the relationship between variables in all samples. To support people with symptoms of ASD in reducing their avoidance behavior and anxiety in interpersonal situations, it may be helpful not only to focus on the degree of achievement of social skills in everyday situations but also to improve their self-assessment of social skills.

Key words: people with symptoms of autistic-spectrum disorder, self-assessment of social skills, social anxiety, avoidance behavior from interpersonal situations

Waseda Journal of Clinical Psychology 2019, Vol. 19, No. 1, pp. 21 - 27

1 日本学術振興会特別研究員(Research Fellow of Japan Society for the Promotion of Science)

(2)

早稲田大学臨床心理学研究 第 19 巻 第 1 号 22

断を受けていないがASDの特徴を持っており,日常 生活において不適応感を抱える者」と定義し,診断を 受けているASD者と区別する。また,診断がなく,

AQ得点が低い者を非ASD傾向者とする(Figure 1.)。

 ASD者の中には,その障害特性により特に対人場 面での不適応を抱えている者が多いとされる(斎藤,

2010;佐々木,2010;杉山,2008)。ASD者が抱える

代表的な不適応としては不登校や引きこもりが挙げら れ( 加 茂・ 東 條,2010; 近 藤,2001; 杉 山,2001),

これらの不適応に対人場面からの回避行動が関連して いることが先行研究から考えられる。具体的なASD 者における対人場面からの具体的な回避行動として は,児童期において,教師や支援者に対する攻撃行動 による対人回避行動が見られる(竹村・杉山,2003)。

また,漆畑・加藤(2003)は高機能広汎性発達障害

(ASDの先行概念)の児童における不登校の事例から,

児童たちの特徴として対人回避の習癖を挙げている。

これらの先行研究から,ASD者の不登校や引きこも りの要因として対人場面からの回避行動があると考え られる。

 ASD傾向者もASD者と同様に対人場面から回避行 動を行うことで不適応を抱えていると考えられるが,

ASD傾向者に対する研究は少ない。不登校や引きこ もりといった深刻な問題を未然に防ぐためにも,ASD 傾向者についての知見を集め,診断を受けている ASD者だけではなく,診断を受けていないASD傾向 者に対する支援策を検討する必要がある。

 先行研究より,ASD傾向者における対人場面から の回避行動を促す要因の1つとして対人不安が想定さ れる。成人ASD者,社交不安障害者,非ASD者の社 交不安の出現頻度を比較した研究によって,ASD者 は非ASD者よりも対人場面で不安を感じやすいこと が示されている(Bejerot, Eriksson, & Mortberg, 2014)。

さらに,向井(2001)は既存の対人不安の理論モデル に共通する特徴として,対人不安が回避行動に影響 し,その結果として他者からの友好的な関わりを妨げ るような望ましくない対人パターンを生じさせること を明らかにした。したがって,ASD傾向者において も,対人場面での不安状態によって,対人場面からの 回避行動が生じると予測される。

 加えて,ASD者の対人場面からの回避行動は,社 会的スキルの自己評価からも影響を受けている可能性 がある。ASD者を含む発達障害者は思春期,青年期 において他者と自分との違いに気づき始めるが,その 理由を理解できないことから自分自身を責め,自己評 価の低下などの二次障害を起こす(別府,2006)。特 に,ASD者の自己評価の低下に関しては,自己の社 会性を低く評価する傾向があるとされる(Bauminger,  Shulman,  & Agam, 2004;Capps, Sigman,  & Yirmiya,  1995;岡,2006)。これらの先行研究において,社会

性を評価する尺度の項目が対人関係に関することに言 及されていることから,社会性とは社会的スキルに言 い換えられると考えられる。したがって,ASD者は 社会的スキルの自己評価が低いと考えられる。また,

一般に,社会的スキルの自己評価と他者との関係を回 避する欲求には負の相関がある(渡部,1999)。すな わち,ASD傾向者においても,自身の社会性を否定 的に捉える自己評価が,対人場面からの回避行動に影 響を与えると考えられる。

 ASD傾向者における対人場面からの回避行動の要 因として対人不安と社会的スキルの自己評価が挙げら れたが,2つの要因の関係性についての知見として,

原田・島田(2002)は,一般に,社会的スキルの自己 評価と対人不安には負の相関があるとしている。ASD 傾向者においても負の相関が見られると予想される が,ASD傾向者ではよりその相関が強まると考えら れる。なぜなら,ASD傾向者において,不快刺激は 時間による軽減がなされず,タイムスリップ現象によ る再体験を繰り返すからである(杉山,2016)。杉山

(1994)はASD傾向者が遥か昔のことを突然に想起し,

あたかもつい先ほどのことのように扱う現象をタイム スリップ現象と定義している。ASD傾向者は対人場 面での失敗などの社会的スキルの自己評価を低下させ るような出来事を記憶すると,その後タイムスリップ 現象を引き起こす度に,その出来事を想起すること で,社会的スキルの自己評価の低さを日常生活で常に 意識しやすくなると推測される。社会的スキルの自己 評価の低下が対人不安を高めるということを踏まえる と,日常的に社会的スキルの自己評価の低さを意識し やすいASD傾向者は,非ASD傾向者より対人不安が 上がりやすく,さらにより対人不安の生起する頻度も 高いと考えられる。これらのことから,ASD傾向者 では非ASD傾向者よりも社会的スキルの自己評価が より対人不安に影響を与えると考えられる。つまり,

ASD傾向者において,社会的スキルの自己評価が対 人不安を媒介して対人場面からの回避行動に影響を与 えることが考えられる。

 以上を踏まえ,本研究では,ASD傾向者において,

社会的スキルの自己評価と対人不安が対人場面からの 回避行動にどのような影響を与えるのかに関するメカ ニズムを検討することを目的とする。また,本研究に おける仮説を「ASD傾向の低い者に比べてASD傾向 の高い者は,社会的スキルの自己評価がより対人不安 を媒介して回避行動に影響を与える」として検証を行 う。本研究で得られた知見によって,ASD傾向者の 対人場面からの回避行動を抑制するための介入ポイン トが明らかになり,回避行動およびそれに伴う不登校 や引きこもりといった不適応状態への支援が行われる ことが期待される。

(3)

方  法

調査対象者

 首都圏の大学に在籍する大学生330名を対象に質問 紙調査を実施した。そのうち275名から有効回答が得 られた(有効回答率83.3%)。有効回答者の性別の内 訳 は 男 性151名, 女 性124名 で あ り, 平 均 年 齢 は 20.11歳(SD = 1.36)であった。

調査材料

自閉症スペクトラム指数日本版短縮版:AQ-J-16(栗 田他,2004) 健常範囲の知能をもつ成人の自閉症傾 向 の 程 度 を 測 定 す る 尺 度 で あ る。Baron-Cohen,  Wheelwright, Skinner, Martin, & Clubley(2001)による 自閉症スペクトラム指数(AQ)の日本語版である自 閉症スペクトラム指数日本版(AQ-J)(若林・東篠・

Baron-Cohen, & Wheelwright, 2004)を基にした短縮版 である。本尺度は単因子で構成されており,16項目4 件法となっている。各項目において,自閉症傾向を示 す側に「あてはまる」あるいは「どちらかといえばあ てはまる」という回答が得られた場合は 1点を与え,

「どちらかといえばそうではない」あるいは「そうで はない」という回答が得られた場合は0点を与え,合 計得点が高いほど自閉症傾向が高いことを示す。な お,カットオフ得点は12点である。

Kikuchi s Scale of Social Skills:18 items(KiSS- 18)(菊池,1988) 社会的スキルを自己評価によっ て測定する尺度である。本尺度は単因子で構成されて おり,18項目5件法となっている。合計得点が高い ほどソーシャルスキルに対する自己評価が高いことを 示す。

対人不安意識尺度(林・小川,1981) 一般人の中に 見られる対人恐怖症的傾向を測定する尺度である。66 項目5件法となっており,合計得点が高いほど対人恐 怖症的傾向が高いことを示す。本尺度は,「対人関係 で緊張する悩み」「自分や他人が気になる悩み」「集団 に溶けこめない悩み」「多勢の人に圧倒される悩み」

「自分に満足できない悩み」「気分が動揺する悩み」「く つろいで人とつき合えない悩み」「ささいなことを気 に病む悩み」「生きている充実感がない悩み」「気分の すぐれない悩み」「目が気になる悩み」「変な人に思わ れる悩み」の12の下位尺度で構成されている。本研 究では,先行研究から特に対人場面と関連があると思 われる「対人関係で緊張する悩み」「自分や他人が気 になる悩み」「集団に溶けこめない悩み」「多勢の人に 圧倒される悩み」「くつろいで人とつき合えない悩み」

の5因子32項目を使用した。

Liebowitz Social Anxiety Scale 日本語版(LSAS-J)

(朝倉他,2002) 社会不安症の臨床症状の程度を測 定する尺度である。具体的な対人場面例24項目に対 して4件法によって恐怖感,不安感を生起させる程度 とその場面を回避する頻度を測定することを目的とす る。合計得点が高いほど,対人場面における恐怖感,

不安感が高く,対人場面から回避している頻度が高い ことを示す。本研究では,回避行動を対象とするた め,回避項目の24項目のみを使用する。

 なお,すべての尺度において十分な信頼性と妥当性 が示されている。

調査手続き

 本調査では,授業終了後の教室において,十分な説 明を行った後に,同意を得た対象者のみに回答を求め Figure 1 ASD と支援の関係性。

(4)

早稲田大学臨床心理学研究 第 19 巻 第 1 号 24

た。調査は一斉法により実施され,調査用紙の配布と 同時に調査の趣旨について口頭で説明した。また,調 査用紙の冒頭に,本研究における倫理的配慮について の説明も記載した。

倫理的配慮

 本調査実施の際には,調査対象者に対し,個人情報 の守秘,回答の任意性,本調査に回答しないことによ り不利益は一切生じないこと,質問紙に回答したこと によって調査協力への同意を得たとみなすことについ て口頭および文書にて説明した。また,研究参加者が 質問紙回答中に不快な気分を生じた場合は遠慮なく回 答を中断して良い旨を口頭にて説明した。なお,本研 究は,早稲田大学「人を対象とする研究に関する倫理 委員会」の審査,及び承認を得て行われた(申請番号:

2017‑109)。

結  果

調査対象者の特徴と各変数間の相関分析

 調査対象者の特徴を示すため,各変数の記述統計を

Table 1に示した。また,ASD傾向,社会的スキルの

自己評価,対人不安,回避行動の各変数間において相 関分析を行い,先行研究で示唆されたASD傾向,社 会的スキルの自己評価,対人不安,回避行動の関連性

を検証した(Table 2)。分析の結果,ASD傾向と社会 的スキルの自己評価との間で,強い負の相関が得られ

(r  =  -.52,p  <.01),ASD傾向と対人不安との間で強 い正の相関が(r  =  .53,p  <.01),回避行動との間で 中程度の正の相関が得られた(r  =  .35,p  <.01)。回 避行動と社会的スキルの自己評価との間で,中程度の 負の相関が得られ(r  =  -.45,p  <.01),回避行動と対 人不安との間で,中程度の正の相関が得られた(r  =  .47,p  <.01)。社会的スキルと対人不安との間では,

強い負の相関が得られた(r = .64,p <.01)。

 これらの結果から,ASD者において見られる回避 行動と社会的スキルの自己評価および対人不安との関 連性がASD傾向者においても見られることが明らか となった。また,回避行動と対人不安,社会的スキル の自己評価の相関関係,そして社会的スキルの自己評 価と対人不安の相関関係が示された。この結果から,

先 行 研 究( 原 田・ 島 田,2002; 向 井,2001; 渡 部,

1999)と同様の結果が得られたといえる。

多母集団同時分析による仮説の検証

 AQ-J-16の平均得点(6.20)±1/2標準偏差(1.53) を基準とし,AQ-J-16得点が4点以下であった者を

「ASD傾向低群」(n  = 92,全体の33.5%),8点以上 で あ っ た 者 を「ASD傾 向 高 群 」(n  = 86, 全 体 の

Table 1 各変数の記述統計量

Table 2 各変数間の相関係数

注)**p< .01

(5)

31.3%)として群分けを行った。ASD傾向高群・低群 間における社会的スキルの自己評価と対人不安が対人 場面からの回避行動に与える影響の違いを比較,検討 するために,多母集団同時分析を行った。

 分析を行った結果を,以下の図(Figure 2)に示す。

ASD傾向高群では,社会的スキルの自己評価は対人 不安に対して中程度の負の影響を与え(β=  -.40,p

<.001),対人不安は対人場面からの回避行動に対して 中程度の正の影響を与えることが分かった(β=  .47,

p <.001)。ASD傾向低群では,社会的スキルの自己評

価は対人不安に対して強い負の影響を与え(β=  -.53, p  <.001),対人不安は対人場面からの回避行動に対し て中程度の正の影響を与えることが分かった(β= 

.33,p <.001)。

  ま た, パ ラ メ ー タ の 一 対 比 較 を 行 い(Table 3),

ASD傾向高群・低群間でパスの係数同士を比較した。

その結果,社会的スキルの自己評価から対人不安への パスと対人不安から回避行動へのパスでは群間に5%

水準での有意差は認められなかった。

  適 合 度 指 標 に 関 し て は,GFI=.994,AGFI=.962,

CFI=1.000,RMSEA=.000,χ2 (2)=1.671(p  >.10) で あり,十分なものであった。

 パス図全体では有意な結果が得られ,モデルの適合 度も十分であったが,群によるパス比較で有意な差が 得られなかったことから,「ASD傾向の低い者に比べ てASD傾向の高い者は,社会的スキルの自己評価が より対人不安を媒介して回避行動に影響を与える」と いう仮説は支持されなかった。

仮説の再検討によるモデル検証のための共分散構造分析  前節の多母集団同時分析において,パスの係数同士 の比較で有意な差が表れなかったため,仮説は支持さ

れなかった。そこで,ASD傾向高群・低群間で比較 せず,ASD傾向をモデルの一変数として取り込み,

全サンプルを用いて共分散構造分析を行った。

 分析を行った結果をFigure 3.に示す。ASD傾向は 社会的スキルの自己評価に対して強い負の影響を与え

β=  -.52,p  <.001),社会的スキルの自己評価は対人 不安に対して中程度の負の影響を与え(β=  -.49,p

<.001),対人不安は回避行動に対して中程度の正の影 響を与えることが示された(β= .31,p <.001)。

  適 合 度 指 標 に 関 し て は,GFI=.996,AGFI=.965,

CFI=.997,RMSEA=.058,χ2 (1)=1.932 (p  >.10) で あり,十分なものであった。

 パス図全体では有意な結果が得られ,モデルの適合 度も十分であったことから,「ASD傾向の低い者に比 べてASD傾向の高い者は,社会的スキルの自己評価 がより対人不安を媒介して回避行動に影響を与える」

という仮説は一部支持されたといえる。

考  察

 本研究の目的は,ASD傾向者において,社会的ス キルの自己評価と対人不安が対人場面からの回避行動 にどのような影響を与えるのかに関するメカニズムを 検討することであった。

 多母集団同時分析において,社会的スキルの自己評 価による対人不安への影響と,対人不安による対人場 面からの回避行動への影響は,ASD傾向高群・低群 による相違が認められなかった。このことから,ASD 傾向高群・低群の群分けでは,社会的スキルの自己評 価が対人不安を媒介して対人場面からの回避行動に与 える影響に違いが見られなかったといえる。

 ASD傾向を1変数としてモデルに組み込み,共分 散構造分析を行った結果,十分な適合度を示すモデル

Figure 2 ASD 傾向高群・低群間における多母集団同時分析。

 注 1)パスの上が高群,下が低群の係数を示す。

 注 2)GFI = .994,AGFI = .962,CFI = 1.000,RMSEA = .000,χ2 (2)=1.671( p >.10)

***p< .001

Table 3

ASD 傾向高群・低群間でのパス係数比較

(6)

早稲田大学臨床心理学研究 第 19 巻 第 1 号 26

が生成された。このことから,全サンプルにおける変 数間の関連として検討した場合に,ASD傾向が社会 的スキルの自己評価および対人不安を媒介して対人場 面からの回避行動に影響を与えるという一連のメカニ ズムを明らかにすることができたといえる。

 このように,社会的スキルの自己評価と対人不安が 媒介変数として働いた理由として,社会的スキルの自 己評価と対人不安の強い相関が挙げられる。各変数間 の相関分析で得られた相関係数では社会的スキルの自 己評価と対人不安の負の相関が強く見られた。また,

Figure 2. での社会的スキルと対人不安との間のパスは ASD傾向高群では中程度,低群では強い影響度であっ た。このように,ASD傾向の高低に関わらず,社会 的スキルの自己評価と対人不安の相関が強かったた め,ASD傾向が社会的スキルの自己評価および対人 不安を媒介して対人場面からの回避行動に影響を与え たと考えられる。

 しかし,本研究の限界点として,ASD傾向高群に おいて想定される母集団のサンプルが得られていな かった可能性が挙げられる。本研究のASD傾向者の 定義は,「ASDの診断を受けていないがASDの特徴 を持っており,日常生活において不適応感を抱える 者」としている。定義の中における不適応感とは,社 会生活の中で溶け込めずに不安を抱いたり,生活に支 障を来すことで困っていたりすることである。逆に言 えば,本人が困っておらず,生活に支障を来してない のであれば,回避行動を臨床上の問題として扱う必要 はないであろう。質問紙の回避項目では頻度のみを測 定しており,回避行動を行うことによる困難感は確認 できていない。これにより,日常的な困難感が低い者 をASD傾向高群のサンプルに含めていた可能性があ

る。日常的な困難感が低い者はASD傾向が高かった としても,ASD傾向が高く且つ日常的な困難感を持 つ者で予想されるような他の変数への影響が少ないと 予想されるため,高群と低群で有意な差が現れにくく なったと考えられる。

 また,本研究の群設定の限界点についても述べる。

本研究におけるASD傾向高群の定義は「ASDの特徴 を有している者」としており, AQ-J-16得点が8点以 上の者である。AQ-J-16のカットオフは12点であるが,

その基準より低い得点の者も高群に含まれている。こ の点について,自閉症傾向者を対象とする先行研究

( 高 林・ 藤 井・ 菅 野,2013) で は,AQ-J-16得 点 が9 点以上の者を自閉症傾向高群としており,カットオフ より低い得点の者も高群に含めている。したがって,

ASD傾向高群についてカットオフ得点未満の者でも

「ASDの特徴を有する者」として定義した想定母集団 のサンプルは妥当であったと考えられる。しかし限界 点として前述の通り,本研究では日常的な困難感につ いて測定していないため,ASD傾向があることで日 常的に困難を抱いているかは把握出来ていない。

 最後に,本研究の今後の展望について述べる。本研 究で得られた知見を用いることで,ASD傾向をもつ 学生に対し,対人場面での適応に向けて,適切にアプ ローチすることができる可能性がある。具体的には,

ASD傾向者に対して回避行動を減らす支援を行う際 には,社会的スキルを獲得し,かつ社会的スキルの自 己評価を向上させることで,対人不安を低下させる支 援が有効な可能性がある。支援を行う際は,社会的ス キルの自己評価と対人不安の関連性が強いことから,

社会的スキルの自己評価にアプローチすることで対人 不安がどれほど変化するか,支援者が留意することも Figure 3 仮説の再検討によるモデル検証のための共分散構造分析。

 注 1)GFI = .996,AGFI = .965,CFI = .997,RMSEA = .058,χ(1)=1.932(p >.10)

 ***p< .001

(7)

重要となる。また,社会的スキルの日常場面での達成 度を見るだけではなく,本人が社会的スキルを使えた 感覚を持てるように社会的スキルに対する自己評価を 向上させる支援も重要である。社会的スキルの自己評 価にアプローチするためには,自己評価の高低だけで なく,社会的スキルの自己評価に至った理由などの質 的データについても考慮する必要があるだろう。本研 究で使用した社会的スキルの自己評価の尺度は,自己 評価の高低を捉えることは可能だが,自己評価に至っ た理由については調査できない。今後は,社会的スキ ルの自己評価理由について質的に検討し,社会的スキ ルの自己評価へのアプローチ方法の幅を広げることが 必要になると考えられる。

 

引 用 文 献

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参照

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