*1 インテリア研究所
立ち上がり補助椅子の開発
本 明子*1 友延 憲幸*1 石川 弘之*1
Development of the Chair to Assist to Stand
Akiko Moto, Noriyuki Tomonobu, Hiroyuki Ishikawa
本研究は,加齢により身体機能が衰えた高齢者の立ち座りを補助する椅子を設計するために,椅子からの立ち上 がり時の動作などを評価したものである。試作した立ち上がり補助椅子を使用した場合の立ち上がり時の動作解析 や重心動揺の計測結果をもとに,その機能の有用性を検討した結果,昇降機能を使用して立ち上がることで,立ち 上がり時のふらつき等を軽減し,安定した動作をうながせることから,加齢による筋力の低下等の理由により自力 での立ち座りが困難になった使用者でも,自力での立ち座りの動作が行えることが示唆された。
1 はじめに
日本は急速に高齢社会を迎えたため,高齢社会に対 する取組や対応が遅れている。80%以上の大多数の高 齢者は,健康で介護を必要としないが,加齢による身 体機能の衰えを援助する生活支援技術を必要としてい る1)。しかし,健康な高齢者の身体機能を考慮した家 具は少なく,使用者に相応しい用具の開発が望まれて いる。身体機能の低下がみられる使用者が安全に使用 できる立ち上がりを補助する椅子の開発を行うに際し,
使用者の動作と動作を補助する装置の動きが適合して いる必要があるとともに,椅子の形態が使用者の姿勢 や動作に適合したものであることがのぞましいと考え られる。立ち上がり時の動作特性や重心動揺を調べた 結果,高齢になるに従い,身体の不安定さが増し2), 脚部や腰部に筋的負担が生じる3)ことが明らかになっ た。これまで,高齢者が椅子を使用する際の姿勢,椅 子からの立ち上がり時の動作解析と重心動揺等の計測 により,補助を必要とする椅子の高さを検討するとと もに,立ち上がりを補助する装置の動きの基礎となる データの収集を行った。その結果,特に高齢者が使用 する補助具として考える場合,座高200mm以下の低い位 置からの立ち上がりの場合は,最も動作が困難である 立ち上がりのきっかけとなる身体を起こす動作から,
立ち上がった後も身体が安定する400mm以上の高さま で身体を支持することが必要となると考えられた。更 に,座高200mm以下の低い位置からの立ち上がりの場合 には身体を上に持ち上げるだけでなく,前へ促すよう な二つの動きが必要となること,200mmより高い座高か らの立ち上がり椅子を考える場合は,身体を上へ持ち
上げる機能のみで前に促す機能がなくても,立ち上が りを補助するためには十分であることが示唆された4)。
更に,高齢者がリラックスした状態での座位におけ る身体計測を行い,椅子の各部寸法を決定した。また,
本研究によって開発する製品は,家庭で使用できる椅 子をターゲットとするために,コンパクトであること が必要とされた。昇降装置部をシンプルにするには,
座面の下に機構部を納める方法が安価で安全であり,
そのためには,椅子の最低高さは200mm前後にし,椅子 の下部に200mm程度のスペースをあけることが望まし かった。
そこで,本研究で開発する立ち上がり補助椅子の仕 様を約200mmから400mm程度までの立ち上がりを補助す るものと想定し,昇降装置部分の試作設計を行い,以 上の条件のもとに試作した椅子を用いて,立ち上がり 補助椅子の有用性を検証した。
2 方法
立ち上がり補助椅子の有用性を検証するために,昇 降機能を使用し立ち上がった場合と,利用せずに立ち 上がった場合との動作の比較を行った。それぞれの場 合の動作をビデオカメラで撮影し,その後,動作解析 装置(新大阪商会製Dynas-3D/G)により身体各部の動 きをスティックモデルに置き換えて解析した(図1)。
被験者は,高齢者層として,70歳以上の男女計17名(男 性7名,女性10名),若齢者層として 20歳代かから50 歳代の男女計19名(男性8名,女性11名)とした。
3 結果と考察
これまでの研究より,高齢者は,立ち上がる際に加 齢により衰えた筋力や脚力を補うために,上半身を大
きく前や下側に動かすことで重心を移動させ腰部を座 面から浮かせる傾向にあった。そのために,若齢者に 比較して,立ち上がり時の重心動揺が大きくなり,前 方や下方への頭部の動きも大きくなることが確認され ている5)。
そこで,動作解析により得られたスティックモデル
(図2,図3)で,各条件での立ち上がりについて,被 験者の性および年齢層別に,動作時の頭部の動きに注 目して解析を行い,各被験者層別に,立ち上がり時の 額面点の前方向と下方向の最大移動距離に関し平均値 を求めた(図4,図5)。前方向への移動距離について,
t検定を行った結果,昇降機構を使用した場合としない 場合とでは,高齢者男女の被験者層で有意差が認めら れた(p<0.01)。同様にして,額面点の下方向への移 動距離に関して,t検定を行った結果,高齢者の男性被 験者層で有意差が認められた(p<0.05)。
0 10 20 30 40 50 60 70
若齢者男性 若齢者女性 高齢者男性 高齢者女性
被験者層 昇降機能なし
昇降機能使用
* *
0 5 10 15 20 25 30
若齢者男性 若齢者女性 高齢者男性 高齢者女性
被験者層 昇降機能なし
昇降機能使用
**
図 1 立ち上がり動作とスティックモデル
(左:昇降機能使用,右:昇降機能不使用)
図 3 立ち上がり時の額面点の下への移動
昇降機能使用(左)と不使用(右)の場合 図 5 立ち上がり時の額面点の下方への移動距離 (被験者層別の平均値)
図 4 立ち上がり時の額面点の前方への移動距離 (被験者層別の平均値)
10cm 10cm
10cm 10cm
図 2 立ち上がり時の額面点の前への移動 昇降機構使用(左)と不使用(右)場合
頭部の移動距離は,動作時の重心の動揺と相関関係 が認められることより,昇降機構を使用することで,
立ち上がり時の身体のふらつきが少なくなり,重心の 移動距離が小さくなったことから,頭部の動きを抑え ることができたと考えられる。昇降機構を使用して立 ち上がった場合,使用しない場合と比べて,どの被験 者層でも頭部の動きは小さくなったことから,動作が 安定し,楽な立ち上がり動作ができていることが示唆 され,特に高齢者層でその効果が高いことが明らかで あった。
4 まとめ
昨年度,高齢者の使用する椅子の形態を検討するた めに,実際の椅子の使用状況に併せた姿勢において,
使用者の身体計測を行い,椅子の各部寸法の設計条件 を抽出した。これらの結果をもとに,試作品を作り,
さらに評価を実施し問題点の抽出を行った結果,座面 には適度な自由度があることが好まれる傾向にあった ため,座面の寸法を再検討し,幅,奥行ともに広げる こととした。
また,座面の素材に関して,硬さの異なるウレタン とその厚みについて,座り心地がよいと感じるものを 50~70歳代の被験者22名に選んで頂いた。その結果,
硬めで厚みのあるウレタンが大多数の被験者の支持を 得たため,これを使用することとした。
以上の結果と昨年までの研究結果をもとに試作品を 完成させた。試作品の主な仕様は以下のとおりである。
外観:幅 :600㎜
奥行:750㎜
高さ:680~980㎜
重量:20㎏
椅子 座面幅:600㎜
座面奥行:470㎜
座面高:180~480㎜
背もたれ高さ:480㎜
背もたれ角度:15度 座面角度:3度
昇降機能 昇降高さ:180~480㎜
昇降速度:約20秒
試作した椅子は,筋力等の身体機能が低下した使用 者や膝等に故障を抱える使用者が苦手とする,床に近
い低い位置から一般的な椅子よりも少し高い位置まで の動きを補助するものである。試作品を使用した場合 の立ち上がり時の動作解析や重心動揺の計測結果をも とに,立ち上がり時のふらつき等を軽減し,立ち上が りの際に安定した動作をうながせる高さまで,椅子の 昇降機能により動作を補助することができる。この機 能により,椅子から立ち上がることが困難になった使 用者が,自力でも立ち上がりの動作が可能になる製品 であると考えられる。
今後も,多くの方に試用して頂くことより,様々な 意見を集め,試作品に改良を加え,完成度の高い製品 を目指す予定である。
本研究の実験及び調査に関し,協力頂きました各位 に厚く御礼申し上げます。
5 参考文献
1)国民生活白書
2)本明子:デザイン学研究,第47回研究発表大会概要 集,p.260-261(2000)
3)本明子:2002年度大会学術講演梗概集,日本建築学 会, p.319-320
4)本明子:福岡県工業技術センター研究報告,第14号,
p.73-76(2004)
5)本明子:福岡県工業技術センター研究報告,第15号,
p.55-58(2005)