まえがき=近年,自動車ボディの軽量化のため,エンジ ンフードやトランクリッドなどのパネルへのアルミニウ ム合金板(以下アルミ合金板)の適用が増加しており,
主として 5000 系(Al-Mg 系)と 6000 系(Al- Mg-Si 系)
のアルミ合金が用いられている1),2)。これらのアルミ合 金板を自動車ボディ部品に成形加工する際には,鋼板と 比較して成形性の劣ることが課題となる場合があり,特 に鋼板との差異が大きい成形要素の一つに伸びフランジ 性が挙げられる3)。
従来より鋼板では伸びフランジ性について詳細な調査 が行われており,せん断(打抜き)型クリアランス等の フランジ端加工条件によって伸びフランジ性が大きく変 化し,一般に切削加工の場合よりも成形限界が低下する ことが知られている。また,この伸びフランジ成形限界 を向上させる技術として,削り抜き法4)や局部焼鈍5)が 提案され,効果が検証されている。しかし,アルミ合金 板においては伸びフランジ性についての報告例は少な く,打抜きクリアランスの影響は小さい3)との報告もあ るが十分明確にはされていない。また,高温で穴広げ試 験を行うことで伸びフランジ成形限界の向上を検討した 例が報告されている6)ものの,前記の削り抜き法や焼鈍 による効果を評価した例は見られない。鋼板において伸 びフランジ性との相関が知られている極限変形能や加工 硬化特性について,アルミ合金板と鋼板では大きく異な っており,またアルミ合金の種類や調質によっても差異 が大きい。
本研究では,加熱による素材特性の変化が小さい 5000 系 O 材を用いて,伸びフランジ性に及ぼす打抜き型クリ アランスの影響,および焼鈍による伸びフランジ性の向 上効果を調査した。また,加工硬化特性の大きく異なる 5182-O 材および 6022-T4 材を用いて削り抜き法による伸 びフランジ成形限界の向上効果を調査した。
1.実験方法
1.1 供試材
自動車構造部品用として代表的な非熱処理型アルミ合 金板である 5052-O,5154-O,5182-O の 2.5mm 厚材を,
打抜きクリアランスの影響試験および打抜き後焼鈍する 試験に用いた。また,5182-O と,自動車パネル部品用途 として代表的な熱処理型アルミ合金である 6022-T4 の各 2.0mm 厚材を削り抜き法の試験に用いた。表 1に供試材 の機械的性質を示す。
1.2 初期穴加工
打抜き穴加工条件の影響を調査するため,表 2左欄に 示す通常のパンチおよびダイを用いて,クリアランスを 供試材板厚の 5 〜 40%となる条件で穴径 20mm の初期穴 加工を行った。また,表 2 右欄に示す段付きパンチ(図 1)
*アルミ・銅カンパニー 真岡製造所 アルミ板研究部 **アルミ・銅カンパニー 真岡製造所 技術部
自動車パネル用アルミニウム合金板材の伸びフランジ成形
Stretch Flange-ability in Aluminum Alloy Sheets for Automotive Body Panels
Stretch flange-abilities in 5000 and 6000 series aluminum alloy sheets were investigated using the hole expansion test. The hole expansion limit ( λ ) of 5000 series aluminum alloy sheets was directly affected by the piercing tool clearance and the work hardening behavior of the hole edge. The effect of cut off punching on λ in 5182 and 6022 alloy sheets was also investigated. For 6022 alloy sheets, the λ-value was improved by cut off punching, however there were no effects observed for 5182. Obviously, the work hardening behavior on the 2nd punched hole edges for 6022 and 5182 alloys are different.
■特集:自動車車体用材料 FEATURE : New Materials and Technologies for Automobile Bodies
(技術資料)
高木康夫* Yasuo Takaki
増田哲也* Tetsuya Masuda
松元和秀**
Kazuhide Matsumoto
Mechanical properties Thickness
Temper (mm) Alloy
El. (%) YS (MPa)
TS (MPa)
26 85
209 2.5
O 5052
25 113
241 2.5
O 5154
28 155
283 2.5
O 5182
30 135
280 2.0
O 5182
28 130
235 2.0
T4 6022
表 1 供試材の機械的性質 Mechanical properties of specimens
(mm) Cut-off punching
Conventional piercing
Die 2nd Punch
1st Punch Die
Punch
φ20.25 φ20
φ19.2 φ20.25
φ20 〜φ21
φ20.25 φ20
φ19.6
表 2 初期穴加工に用いた工具条件
Tool conditions of piercing and cut-off punching
を用いて 1 ストロークで削り抜きを行う方法4)により,
同様に穴径 20mm の初期穴加工を行った。さらに比較と して機械切削加工による試験片も作成した。これらの穴 加工試験片について,穴端部の外観および断面観察を行 った。
1.3 穴広げ試験
初期穴加工を行った各試験片を用いて穴広げ試験によ り伸びフランジ性を評価した。穴広げ試験には図 2に示 す工具を用い,かえりをダイス側とし,一般の洗浄防錆 油をパンチ接触部のみに塗布して,しわ押え圧を 98kN とする条件で行った。伸びフランジ性の評価は穴縁で板 厚を貫通する割れが発生した時点の穴径を,初期穴径 を
0として(1)式により限界穴広げ率λを算出し,こ れを伸びフランジ性の指標とした。なお,穴径の測定は 圧延方向に対して 0 ゜,および 90 ゜方向で測定し,この平 均値とした。λ=(−0)/0×100 (%) ………(1)
1.4 硬度測定
打抜き後の穴端近傍での加工硬化を調査するため,圧 延方向に平行に試験片を切り出し,穴縁近傍の断面にて 硬度測定を行った。硬度は,荷重を 1.96N としてマイク ロビッカース硬度計を用いて測定した。
2.実験結果
2.1 穴広げ率に及ぼす打抜きクリアランスの影響 板厚()2.5mm の 5052-O,5154-O,および 5182-O 材を 用いて打抜きクリアランス()を変えた場合の限界穴広 げ率λの変化を図 3に示す。いずれの打抜き条件におい ても,λは 5052 が最も高く,次いで 5154,5182 の順と なった。また,打抜きクリアランスが 20 〜 25%の条件 でλは最大値を示し,これよりも大きい条件では低下し
た。打抜きクリアランスが 20 〜 25%よりも小さい条件 でもλが低下するが,この傾向は合金によって異なり,
5182 と 5154 では明確に見られるが,5052 では小さい。
2.2 穴広げ率に及ぼす打抜き後焼鈍の効果
前 項 と 同 じ 板 厚 2.5mm の 5052-O,5154-O,お よ び 5182-O 材を用いて,穴打抜き後に 350℃×2h の焼鈍処理 を行い,穴広げ試験を行った場合の限界穴広げ率λの変 化を図 4に示す。焼鈍処理により,いずれの合金および 打抜きクリアランスの条件でもλが向上し,特に焼鈍無 しの条件でλの低下が見られた打抜きクリアランスが大 きい条件(40%)および小さい条件(10%)での向上が 顕著であった。この結果,焼鈍無しの場合と比較して,
打抜きクリアランスが 20 〜 25%で極大値を示す傾向は 同様であるものの,クリアランスによるλの差異は非常 に小さくなった。また,合金間の差異についても焼鈍無 しの場合と順位は同様であるがλの差異が縮小される傾 向が見られた。
2.3 穴広げ率に及ぼす削り抜きの効果
板厚 2.0mm の 5182-O および 6022-T4 材を用いて削り 抜きパンチを用いた穴加工と,穴広げ試験を行った。表 2 および図 1 に示すように,今回の試験に用いた 2 種類 の削り抜きパンチでは,1 段目にφ19.6mm,φ19.2mm のパンチでそれぞれクリアランス 16.3%,26.3%に相当 する条件での穴打抜きを行い,この穴端部をφ20.0mm の 2 段目パンチで削り取ることで最終的にφ20mm の穴 加工を行う。この際,2 段目パンチで削り取る取り代δ 図 1 削り抜きパンチと削り抜き法の模式図
Schematic figures of one stroke cut-off punching 2nd punching 2.0mm 1.2mm 2nd punch
1st punch 1st piercing
Specimen
Die Pad Punch
図 2 穴広げ試験条件
Tool dimensions of hole expanding test R4mm
φ59.6mm φ20mm
φ50mm BHF98kN
10mm/min
R16mm
図 3 限界穴広げ率λに及ぼす打抜きクリアランスの影響 Effect of clearance on hole expanding limit λ
Hole expanding limit λ(%)
70
60
50
40
30
200 10 20 30 40 50
Clearance C/t (%)
5052 5154 5182
図 4 打抜き後の焼鈍による限界穴広げ率λの変化 Variation of hole expanding λ by annealing after piercing
70
60
50
40
30
20
50 40
30 20
10 0
Clearance C/t (%)
Annealed after pirecing
Hole expanding limit λ(%)
5052 5154 5182 5052 5154 5182
を板厚比で表した指標を削り率とし,今回の実験ではそ れぞれ 10%,20%とした。また,比較として通常打抜き 穴および機械加工穴についても同様に穴広げ試験を行っ た。この際,比較の通常パンチは削り抜きパンチで 2 段 目の削り時と同じクリアランス 6.3%となる条件とした。
削り率がλに及ぼす影響を,通常打抜きおよび機械加 工との比較も併せて図 5に示す。今回の実験条件におい て,6022 材では削り率が大きい程λが向上し,削り率 20%では機械切削加工穴の場合とほぼ同等となった。一 方,5182 材においては,いずれの削り率条件においても λの向上効果は見られず,ほぼ同じ値となった。
3.考察
3.1 打抜きクリアランスおよび焼鈍による穴端性状の 変化
打抜きクリアランスによる限界穴広げ率λの変化は,
図 4 の結果より打抜き時に生じる穴端部の加工硬化によ る影響が大きいと示されたことから,打抜きクリアラン スによる加工硬化挙動を調査した。穴端面から 0.25mm 部位にて測定した断面硬度の結果を図 6に示す。ここで は,図中模式図の通り端面形状に沿った 0.25mm 部位で ダレ側表面から 0.25mm ピッチで全板厚にわたり 9 点測 定した平均値を用いた。打抜き後の断面硬度はクリアラ ンスの増加に伴って表面からほぼ直線的に増加してお り,図 3 の穴広げ試験に見られたようなクリアランス 20
〜25%で極大を示す傾向とは対応しない。一方,打抜き 穴加工端面の観察結果から,図 7に示すように 5154-O および 5182-O ではせん断面の比率がクリアランス約 20%で極小となる傾向があり,図 3 のλとほぼ逆の相関 関係が見られる。これは,5052-O ではクリアランス 20%
以下の小さい条件で,λの低下およびせん断面比率の増 加 が 明 確 に は 見 ら れ な い 点 で も 同 様 で あ る。図 8に 5052-O と 5182-O について,クリアランス 10%条件での せん断加工後および焼鈍後の穴端近傍の断面組織を示 す。せん断加工後でもメタルフローがわずかに見られる が,焼鈍後では明確に結晶粒の粗大化が見られ,この部 位でせん断加工時にひずみが加わっていることが分か る。この粗大化部位はせん断面下部で最も大きく,5052- O と比較してせん断面比率がより大きい 5182-O の方が より広い範囲で顕著に生じている。また,粗大化部位は
せん断端からわずかに離れた位置で生じているが,これ はせん断端のごく近傍ではさらに大きなひずみが加わっ た結果,微細な再結晶組織となっているためであり,こ の部位も 5182-O の方がより大きい。合金間で加工硬化 および再結晶の挙動も異なることから単純に比較はでき ないものの,クリアランスが小さい条件ではせん断面比 率が大きいほど端面近傍の加工硬化の程度および範囲が 大 き く な る と 推 測 さ れ る。こ の た め,5182-O お よ び 5154-O ではクリアランスが小さい条件でせん断面比率と 逆相関して限界穴広げ率λが低下したものと考えられる。
図 5 限界穴広げ率λに及ぼす削り率の影響 Effect of cut-off ratio on hole expanding limit λ
λ at machined hole on 6022-T4 and 5182-O
Conventional pirecing 60
55 50 45 40 35 30
Hole expanding limit λ(%)
6022-T4 5182-O
25 20
15 10
5 0
Cut-off ratio δ/t (%)
図 6 穴端近傍の断面硬度に及ぼす打抜きクリアランスの影響 Effect of clearance on cross sectional hardness near edge of
hole 120
100
80
60
40
20
Micro vickers hardness (HV)
Annealed after pirecing
Clearance C/t (%)
50 40 30
20 10
0
5052 5154 5182 5052 5154 0.25mm 5182
図 7 せん断面比率に及ぼす打抜きクリアランスの影響 Effect of clearance on sheared surface ratio
5052 5154 5182 0.6
0.5 0.4 0.3 0.2 0.1
0.00 10 20 30 40 50
Sheared surface ratio
Clearance C/t (%)
図 8 打抜き加工後および焼鈍後の穴端近傍の断面組織 Cross sectional microstructures near the edge of hole after
piercing and after annealing
5052-O 5182-O
Conventional pirecing
After annealing
0.5mm
3.2 削り抜き法による穴端性状の変化
削り抜きパンチによる穴加工でλの向上が得られた 6022-T4 と向上効果が見られなかった 5182-O について,
穴端近傍の断面硬度測定および穴加工時の組織観察を行 った。図 9に削り抜きパンチを用いて 1 段目打抜きを行 った後の試験片にて,穴端から 0.1〜1.5mm の範囲で断 面硬度分布を測定した結果を示す。ここでは,穴端から の各測定位置にて板厚を 4 等分する 3 点で測定を行い,
この平均値を用いた。1 段目打抜きの条件は通常パンチ でクリアランスが 16.3%,26.3%の条件に相当し,前項 の結果と同様にクリアランスがより大きい条件で加工硬 化が大きくなっている。また,5182-O と比較して 6022-T4 では穴端近傍での加工硬化がより小さい。この 1 段目の 打抜き後, 2 段目の削り抜きを行った後の試験片にて断 面硬度分布を測定した結果を図 10に示す。また,図中 には比較の通常パンチを用いて打抜き加工を行った場合 と機械切削加工を行った場合の硬度分布も併せて示す。
6022 材では削り抜きにより穴端近傍の加工硬化が小さ くなり,削り率 20%の条件でほぼ機械切削加工と同等と なる。一方,5182 材では削り抜きにより硬度が小さくな るものの,2 段目と同じクリアランス条件の通常パンチ を用いた場合よりもわずかに小さい程度で,機械切削加 工の場合よりも明確に大きな値であった。
図 11に削り率 20%条件の削り抜きにおいて,2 段目加 工途中の断面組織を示す。6022-T4 では取り代部に圧縮
ひずみが集中し,2 段目パンチの 1.0mm 食込み時にき裂 が発生している。これに対し,5182-O では穴端から取 り代部へのせん断変形がより強く生じており,また同じ 1.0mm 食込み時でき裂の発生も見られないことから,
6022-T4 と比較して穴端部での加工硬化がより大きいこ とが分かる。
これらの結果から,6022-T4 においては削り抜きによ りλが向上したのに対し,5182-O では向上効果が認めら れなかったのは,削り抜き穴端部の加工硬化状態が異な っていたことに起因すると考えられる。ただし,今回の 実験では削り率を 2 水準のみとした結果であり,穴端近 図 9 1 段目打抜き後の断面硬度分布 (a)6022-T4,(b)5182-O
Hardness on cross section after 1st piercing in cut off punching After 1st piercing
C/t=16.3%
C/t=26.3%
(a) 6022-T4 (b) 5182-O
110
100
90
80
70
60
Micro vickers hardness (HV)
2.0 1.5
1.0 0.5
0.0
Distance from hole edge (mm)
After 1st piercing C/t=16.3%
C/t=26.3%
110
100
90
80
70
60
Micro vickers hardness (HV)
2.0 1.5
1.0 0.5
0.0
Distance from hole edge (mm)
図10 2 段目削り抜き後の断面硬度分布 (a)6022-T4,(b)5182-O Hardness on cross section after 2nd punching in cut off punching
S/t=10%
S/t=20%
Conventional piercing Machining
After 2nd punching (a) 6022-T4
110
100
90
80
70
600.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Distance from hole edge (mm)
Micro vickers hardness (HV)
S/t=10%
S/t=20%
Conventional piercing Machining
After 2nd punching (b) 5182-O
110
100
90
80
70
600.0 0.5 1.0 1.5 2.0
Distance from hole edge (mm)
Micro vickers hardness (HV)
図11 2 段目削り抜き加工途中の断面組織
Cross sectional microstructures of 6022-T4 and 5182-O in halfway of 2nd punching
6022-T4 5182-O
No crac No crack 1.0
1.0mm Crac Crack
0.5m
傍の加工硬化部を低減する適正な条件を選択することに より,5182-O でもλの向上は可能と推測される。
むすび= 5000 系アルミ合金の O 材を用いて,伸びフラ ンジ性に及ぼす打抜き型クリアランスの影響,および焼 鈍 に よ る 伸 び フ ラ ン ジ 性 の 向 上 効 果 を 調 査 し た。ま た, 5182-O 材および 6022-T4 材を用いて削り抜き法によ る伸びフランジ成形限界の向上効果を調査し,以下の知 見を得た。
(1)5000 系アルミ合金の O 材において,穴広げ率λは打 抜きクリアランス 20〜25%で極大値を示した。こ の極大となるクリアランス条件は合金により若干異 なっており,せん断面比率との相関が認められた。
(2)5000 系アルミ合金の O 材において,打抜き加工後焼 鈍を行うことによりλは大きく向上した。このこと から,クリアランス条件による伸びフランジ性の変
化は主として打抜き時の加工硬化によるものと考え られた。
(3)削り抜きにより 6022-T4 ではλが向上し,削り率 20%の条件で機械切削加工の場合とほぼ同等のλが 得られた。しかし,5182-O においては今回試験を 行った削り率 10%,20%の条件では向上効果が得 られなかった。合金間による差異は穴加工時の加工 効果状態の違いによるものと考えられた。
参 考 文 献
1 ) 林央:軽金属,Vol.55, No.8(2005), p.371.
2 ) 稲葉 隆ほか: R&D 神戸製鋼技報,Vol.55, No.2(2005), p.66.
3 ) 斎藤 洋ほか:軽金属学会第 84 回春季大会概要集(1993), p.311.
4 ) 中川威雄ほか:塑性と加工,Vol.10, No.104(1969), p.665.
5 ) 町田輝史ほか:塑性と加工,Vol.16, No.172(1975), p.365 6 ) 菅又 信ほか:塑性と加工,Vol.39, No.446(1998), p.237.