国立国語研究所学術情報リポジトリ
撥音の実験音声学的研究
著者 高田 正治
雑誌名 研究報告集
巻 3
ページ 183‑208
発行年 1982‑03
シリーズ 国立国語研究所報告 ; 71
URL http://doi.org/10.15084/00001313
四国の実験音声学的研究
高 田 正 治
1 はじ1めに
標準語の音韻体系の中で特携な位置を占める溌音は語頭に立つことがなく つねに母音に後続して現われ,ほとんどすべてのフォネームに先行すること ができる有声の鼻音である。そして,揆音の調音は,そのおかれている環境 による影響,とくに後続音による逆行的な同化作用をつよくうけてさまざま に変化する。それについての一一般的な説は,p, b, mの前では[m]に, t, d,
dz, n, C, rの前では〔n]に, k, g,℃の前では[lj]に,母音やj, W, hの離 では鼻音化母音に,sの前では[並]または[2]に,そして休止の前では[N]
として実現されるとしている。しかし,これは内省を主とした観察結果によ るものであり,揆音調音時のさまざまな声道の実態が客観的に明らかにされ ているとはいいがたい。そこで,このたび,その実態の一部を,主としてX 線映画の声道正中断面資料によって観諒し,そこからえられた結果について 若干の考察を加えたのでここに報告する。
2 資料・方法
今圏,計測の対象とした資料は,国立国語研究所で作成した16mmX線映 画「日本語の発膏」の第1部および第3部の中の,つぎの3種類のものであ る。なお,()の中の数字はこのX線映画フィルムの中に入っている整理
番丹を示す。
資料1 擁音を構成要素としているつぎの無意味音節列。なお,この報告 では多種多様な擁音を一一括してNで表すことにする。
(a) a−N iiN u N eiN oiN (1−33)
183
(b) aTNa iiNi u−Nu eTNe o No (1−34)
(e) a Npa a Nta aiNsa aiNcja a Nra anNka (1−35)
一般に,(a)の語末のNにおける調音では,[n]のように舌さきで閉鎖が形 成されるばあいもあるが,ここであげたNはそのような調音ではなく,舌の 奥の部分が調音に参加するタイプのものである。
資料E 1個の母音フォネームだけからなる次の無意味音節。
(d) ai: imei: un: e : oi: (1−1)
(e) 2: i: u: e: 6: (3−3)
資料皿 CV i:CVというフォネームの引合ぜからなる次の無意味音節列。
(f) ma :ma mi :mi mL :mu mei:me mo一:mo (1−8)
(9) nan:na ni■二ni nu「:nu ne「:ne non:no (1−18)
(h) llai:nga gii:lji nu一 :iju rpewwi:ne Beiioo (1−26)
この発話資料は,1発話セット当り約5秒という時間制限のもとに,でき るだけ規範的に発音したものである。なお,各発話セットごとに計算した無 意味音節列(または,無意味音節)1個当りの平均発話所要時間は,(a)で
0.38秒,㈲,(e),(d)で0.45秒,(e)で0.40秒,㈹で0.48秒,(9)で0.50秒,(h)で 0.35秒となっていた。
発話者は,琉球大学教授上村幸雄氏(前国立国語研究所 話しことば研究 室長。東京生れ,東京育ち〉であり,このX線映画は1967年に東京大学音声,
言語研究施設の沢島政行・広瀬 肇両氏のご好意によって撮影された16mm 映画であって,撮影速度は24フレーム/秒である。
上記の発話資料の大部分は,発話区間のすべてがトレースされ,声道各部 の内径の計測を主としておこなったが,轟音と深い蘭係をもつ軟口蓋の下降 の程度は,図1に示したように上顎骨の前鼻棘先端aと硬口蓋後端の鼻腔底 部の一点bとのあいだを結ぶ直線a−cに対する角度で表すことにした。こ のぼあいbを中心とする計測用の円弧をもうけ,その円弧と軟口蓋の上面と が交叉する点dと円弧の申心bを結ぶ直線b−dと,上述の直線a−cとが 184
図1 口蓋帆上昇度の欝測法をしめす図
つくる角度θを測定した。なお,点dが直線a−cの上側にあれぽプラスの 値とし,下側にあればマイナスの値とした。
3 結果
忍音は,後続する音の種類によって1で述べたように多種にわたる音声と して実現する。溌音がかかえているこのようなさまざまな音声の中から,撹 音としてより根源的なものを求めようとするばあいには,後続音がゼロのば あいのもの,つまり,語末に位置する溌音をえらぶのが最も適当であると考 えられる。ところが内省を主とした従来の音声学では,この語末の溌音の調 音点については[N],[q],鼻母音などの諸説が出されている。そこで,こ のような語末の揆音を客観的に明らかにするため,このX線映画の資料1一
(a)のV「N型の声道正中断面像からNの調音点を求めてみることにしたが,
この映画の静止像では軟口蓋の後端部が不鮮明なため正確な観察がおこなえ なかった。しかし,その部分のうごきがある程度みえてくる動画状態での観 察のたすけをかりて調音点を求めてみると,口蓋垂に奥舌面との閉鎖を形成 しようとするかの如きうごきがかすかにみられ,調音点はどちらかといえば
[i]]よりも[N]に近いものとして観察された。なお,このようなX線映像だ けでは,その調音点における閉鎖の有無を確かめきれないので,鼻を指でふ さいだ状態でのaiN, i「N, u「N, e「N, o「Nの発話を,他の3名の被験者に 185
図2 開票時(上客)と口争蒔(下図){こ おけるパv型のソナグラムの例
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よって調べてみることにした。
その結果は,図2のソナグラム で示されているように,鼻を閉 じないでふつうに発音したとき に現;われていたNの音響パタン が,閉零時にはほぼ欠落してし まう傾向がほとんどの例でみら れた。このことから,vnN型の Nでは軟口蓋と奥舌のあいだで 閉鎖あるいは閉鎖に近い状態が 形成されていることが推定でき
る。
V■N型のNにおけるこのよう な[N]的な調音形成に直接関与 する奥舌と軟口i蓋の両者のうご きを,この資料1一(a)を動画状 態にして観察してみると,奥舌 よりも軟口蓋の方がより活発 に,そして,広範囲にわたって うこいていることがわかり,舌よりも軟口蓋の方がより調音者(articulator)
的で,より主役的な役割をはたしているような印象をつよくうける。このよ うな傾向は,V「N型ほどきわだっていないが,資料1一㈲のV「NV型や資料 1一(c)のV−iNCV型のNにおいても,その痕跡がみられることから,このよ うな性質を,本報告で対象とした資料以外の多くの揆音のばあいでも共通し てもっているものと予測される。撹音調音時の軟口蓋にみられるこのような
うごきは,擁護にとって必要な条件の一つとしての鼻音性の獲得とふかくか かわりをもっている重要なものなので,本報告では,軟口蓋の下降ピーク時 点を擁音の調音上の峰(昌標到達時点)とみなすことにして,以下に,当資 186
同oo日
o V一一1 10 2e m 10 e 図3 v■・N,vXNV, v「Ncv型の無憲味音節列における軟ロ蓋と咽頭後壁の間の距離(V−i)と,軟口蓋下降度(V−2) と,曝頭の網頭腔への出口の幅(LX)の凹田的変化 図3−1
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LX
料のV■N,ザNV, viNCV型の擁音における観察結果を,各調音器官ごとに 述べていくことにする。
3.1.軟口蓋
3。tl. 軟口蓋下降度
資料1一(a),(b),(e)の各発話における軟口蓋下降度(V−2),および軟口 蓋と咽頭後壁とのあいだの距離(V−1),および喉頭腔の咽頭腔への出ロの 幅(LX)についての, X線映薗の各フレームの値を当該音声のソナグラム に当てはめたものが図3−1〜3である。なお,pa 3−1のv、N型のV−1, V−2 の時系列分布図の中に書きこまれている盒印は,pa 3−2のV「NV型の5個の Nにおけるピーク値を,それぞれの対応するV「N型のNの部分に示したも
のであり,a演のNの部分だけに書きこまれている置旧は,図3−3のv「NC V型の6個のNにおけるピーク値:が分布する範囲を示したものであり,×
印は資料fl 一(e)の5個の鼻母音からえられたV−1, V−2の値(平均値)を 示している。また,図3−3下のV壌CV型のV−1, V−2の時系列分布のaiN paのNの部分に書きこまれているmの文字の位置は,資料蚕一ωのmai:m aの二番匿のmのV−1,V−2のそれぞれの値:(平均値)を何している。同様 に,a「「Ncjaのpは資料斑一(9)のni「:niの二番目のnのそれを, a「Nta, a「N raの簸はna「:11aの二番臼の1ユのそれを,♂Nkaの13は資料亙一(h)の環aコ:q aの二番目の彗のそれを示している。
(1)この図3から,擁音における軟口蓋の下降運動のピークが,v「N型の Nではその出わたり付近に,そして,viNV, viNCV型のNではその入りわ たり付近に現れている傾向がよみとられる。一方,撹音のような特殊なフォ
ネームを構成要素としていない音節連続の個々の音節における調音上の峰
.を,このX線映画の他の部分で概観してみると(このばあいは,当該音節の 音節主音は母音であるので,母音の調音者としての舌のうごきを,ソナグラ ムを参照しながら一一つまり,音響との対応をとりながら一観察すること にした),①休止の直前に位置する音節のばあいの調音上の峰は音節末に,
190
② そして,語中の音節のばあいのそれは当該音節の母音の愚心付近に現れ る傾向がみられる。この結果と,上述の三つの型の溌音における調音上の峰 の位置とを比較してみると,ザN型のNにおけるそれは①と同じであるが,
V「NV, V「NCV型のNにおけるそれは①,②のいずれのタイプにも属してい ない。このような比較をとおして,撹音の音節としての独立性にふれてみれ ば,V塘型の語末のNは独立的であるが, V「NVやV「NCV型の語中のNは 独立的であるとはいいにくい。なお,V「NV, V「競CV型のNで,調音上の蜂 がNの入りわたり付近にみられるのは,これらのNが先行母音と比較的かた く結合していることを示しているものと考えられる。
(2)3種類の揆音のあいだでの軟口蓋下降度のちがいを図3で概観してみる と,V「K型のNのそれが最も大きく, V「iNV型, V「NCV型の鋳および鼻母 音のそれはゾN型の約1/2程度の下降度となっている傾向が全体をとおして みられる。なお,V「N型, V「NV型のそれぞれのグループの中では, O「iN,
oiNOの下降度が最も小さく, a櫨, a喰aのそれが最も大きくなっている。
そして,v■NCv型のグループの中ではaコNkaのNの下降度が鍛も小さくな っている。このa「Nkaの結果は,後続するkの調音の影響によるものと考 えられる。また,V「「NV型のNにおける軟口蓋下降度と鼻愚論のそれとがほ ぼ同程度となっているという上記の結果が,母音に先行するNが鼻母音的で あるとする従来からの説を受入れているように思われるが,しかし,動画の たすけをかりた観察結果によると,V「NV型のNにおけるm蓋垂先端付近の うごきには,鼻母音にはみられないra蓋垂音[N3の調音を指向するかの如き うごきがみられるし,また,後述するように軟浅紅以外の舌や下あごなどに も擁音独自のうごきがみられ,母音に先行するNを単純に鼻母音でおきかえ ることには抵抗をおぼえる。なお,このV iNV型のの前後の母音は, Nの影 響をうけて鼻音化母音となっているようすが,図3−2のV−1,V−2の時系列 分布に示されているが,その人溜蓋下降度は,規範的な単独の鼻母音におけ るそれほど大きくなっていない。そして,この下降度は,Nに後続する母音 よりも先行する母音の方が大きくなっており,Nの影響が結合の密な先行母 191
音によりふかくくいこんでいることがわかる。
(3>V■N,viNV, viNCV型の㌶における軟口蓋下降度の時間的変化は, N の区間内で下降あるいは上昇をつづけ,そこから平坦な定常状態を見出すこ とはむずかしい。一個月,V「NCV型のNを音声表記するばあいには, Nに 後続するCと対をなす鼻子音押下,Cと略す)を用いるが,このCを構成 要素とするCV=:CV型の無意味音節列(以下, cvi:CVと略す)の2番目の
。における軟口蓋下降度の時間的変化を資料巫一㈹,⑧,(h)で観察すると,
[m],[nコ,[η]におけるそれには上記のNでみられたような大きな変動が みられず,ほぼ平坦な定常状態がつづいている。このことから,V「NCV型 のNは,その飢寒蓋下降度の時間的変化の側面においてCとは異った性質 をもっていることがわかる。
3.1.2. 軟□蓋と咽頭後壁とのあいだの罎離
(1)v「N,v「NV, v「Ncv型におけるV−1(軟:口蓋あ面と咽頭後壁とのあい だの呼気通路の最園部の正中断面上の広さ)の時闘的変化は,図3に示され ているようにV−1のそれとほぼ相似の傾向を示しているが,その時間的変 化の振幅はV−2の角度のばあいのそれと比べて小さなものとなっている。
また,この3種類の撹音のあいだでのV−1のちがいをmo 3で概観してみる と,V「N型のNが最も大きく,V■NV型, V ]ATCV型のNおよび鼻母音のあ いだではあまり差がなく,v「N型のばあいよりわずかに狭くなっている傾向 が全:体をとおしてみられる。
(2}V「N型,V「NV型のそれぞれのグループの中では, ac「N, aiNaのNが 最も広く,0「N,onNOのNで最も狭い傾向がみられる。また, V「NCV型 のばあいでは,a「Npa,ガNta, a壌saのNが広いグループに属し,これら の半分くらいの鎮でanNka, aiNraのNが狭いグ」Y 一プを作っている。ま た,v「Ncv型のa「Nsa以外の5例のNについて,それぞれの。と対をなす
。を含むcv「:cv型の2番昌の。のV−1との比較をすると,図3−3の分布図 および図6のように,Nは対応するそれぞれのCと岡程度であるか,あるい はやや広い傾向がみられ,後続子音によってNにはCとはことなった擁1音 192
ee 4 V「N型のN(巽線)と轟母音(点線)と単独母膏(鎖線)との声道の比較
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的な性質が,このV−1の側面でそえられているようである。
(3)v「NCV型のNにおけるV−1の時間的変化は,軟口蓋の上昇にともな って,Nの入りわたりから出わたりへかけて減少をつづけ, Nのソナグラム パタンの終端付近で後続子音のための閉鎖にたどりついているようすが図3
−3からよみとられる。このようなN区間内でのV−1の時關的変化からは平 193
璃5 V「NV型のN(実線)と轟母音(点線)と単独母音(鎖線)との声遂の比較
(an N aのNと竃とa)
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坦な定常状態を見霞しにくく,軟口蓋下降度のばあいと同様に,そこには語 中の。における平坦なうごきとはことなった姿が示されている。
294
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図6 v「Ncv型のN(巽線)とcv「;cv型の語中の。(点線)との声道の比較 (但し,左下のanNsaは例外)
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3.2.軟降蓋以外の調音器宮
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軟口蓋以外の調音器官について擁音調音時の特徴を見出すため,資料1一
⑧のV「N型の五つのNの軟口蓋下降ピーク時点における声道正中断面図と,
195
資料豆の規範的な単独の母音および鼻母音の定常部中央付近における声道正 中断藤図とを比較したものが図4である。また,図5は,資料1一㈲のV■
NV型のNについて,同様に,資料liの単独の母音および鼻母音と比較した ものであり,図6は,資料1一(c)のV「NCv型のNと,資料∬のCVn:CV 型の2番目の。とのあいだで,同様に比較したもの(但し,aiNsaのばあい は,[茗]に近い声道として,ここでは仮りにza「:zaの2番目のzの声道を比 較の対象とすることにした)である。これらの比較図は,不動の構造物とし てのk顎を,重ねあわせの基準部として作られている。これらの図から,次 の点を指摘することができる。
(1>vnN, V「NV型のNおける舌の最高点(この報告では,上門歯先端と,
上の歯列に入っている金属の入れ歯の下端とを結ぶ軸を水平面として,舌の 最も高い点を求め,それを舌の最高点とした)を,単独の鼻母音および母音 のそれと比較すると,anN, o=N, a「Na, o「NOのNでは前上方へ, i「N,
図7 aiN, i■N, uiN, enN, oiNの五つのNの声道の比較
aT NのN
i「NのN
♂NのN
♂NのN
♂競のN
コ実線の五角形…規範的な単独の五母音に よる母音五角形
ぬりつぶした玉角形…ぜの香の叢高点に よる五角形
⑫印…醤の直前の母音の舌の最高点』
196
図8 a「Na,炉Ni, uiNU, e「Ne, o「NOの五つのNの国道の比較
ノヘヘ ビ
購の五彫饗講解聯1こいい・
︷
ぬりつぶした五角形…
O印…Nの蕊前の母昔の雪の最高点
・・
: べ 三、 、、
翫.、 、
、、心 Nの看の最蔦点に 、 よる五角形
轟轟1
♂N,i「Ni,♂NeのNでは後方への変化がみられるが, uiN, u「Nuではそ のような変位がほとんどみられない。なお,図4,5の中に示されているN の声道パタンは,軟口蓋下降運動がピークに達したフレーームのものである が,このフレ・一一 ムにおける舌も,当該Nのための舌の運動のピークにほぼ達 している。
② 図4のV「N型の5個のNにおける舌の最高点をむすんで五角形を作っ てみると図7のようになり,同様に,図5のv■NV型の5個のNのそれに よって作った五角形は図8のようになる。これらを,両図に書きこんだ規範 的な単独の5母音による母音五角形と比較してみると,vnN, vnNV型のい ずれの擁音五角形も母音五角形のU[m]付近で作られており,これらのNに おける舌がそれぞれの先行母音の位置(es印)から単独母音のU付近を指向 してうこいたことがわかる。そして,このV「N型とV「NV型の二つの揆音 五角形の大きさを比べてみると,前後の母音の影響をうける環境下にある V「NV型の溌音五角形の方が前後にやや大きめとなっている。
197
なお,呼気段落末に位置する溌音は,休止状態への復帰過程で調音され,
調音器富には戦評のための格劉の努力を要しないという説もあるが,ここで 対象としているv■N型の五つのRは,いずれもNの音響パタンのおわりま で,舌が上述のようにこ斑]付近を指向しており,そして,anN, PN, unN,
♂NのそれぞれのNの直後の小休止における舌は,次に発音するv■N型の Vのためのうごきを開始している。また,このa「Nから0「Nまでの一連の 発話セットの最後に位置する,つまり,呼気段落末に位置する。「NのNの 舌は,その音響パタンがおわった直後でE蝿指向のための努力を抱棄したか の如く下降を開始し休止状態に移行しており,この資料に関する限りでは上 記の説は受けいれにくいO
Rに:おけるこのような[田3付近を指向したうごきは,v「N型のNにとっ ては口蓋垂音[N]の調音点における閉鎖を容易にさせるためのものであろう
し,V「NV型のNにとっては,それがふつうの鼻母音とはことなった思出的 な鼻母音の門下をつくりだすために役立っているように思われる。
なお,ここで対象にしているV「NV型のNは前後に同一の母音が配され たばあいだけのものであり,ことなった母音にはさまれたばあいのNの舌の 実態はここでは不明であるが,そのような音声環境下におかれたNにおける 舌の移行軌跡(Nの先行母音から後続母音へ向っての)は,ことなった母音 をむすぶ最短経路とはならず,やはり単独母音の[理1の方向ヘシフトしたも のになると予測される。
㈲ あいつちの時によく発せられる「ウン1の調音上の実態は,このX線 映画資料の申にそれが収録されていないので,それの客観的な観察はここで はできないが,「ン」の弛に「ウン」と,かな2文字で表記されることが多 いのは上記のようなVコN,V「NV型の翼における舌の[皿]指向的な性質と 関連があるように思われる。(約15分間の対話場面に畠現した,肯定の意味 を表わすあいずちの105偲の「ウン」の長さの分布が,この15分間の中の明 示的な言語形式の音声区間からえられた拍の平均値の2倍付近に集中してい たという調査結果とも関連して)
198
(4)viNCV型のNの調音についての従来からの一般的な説は, NがP, b,
mの前では〔mコに,t, d, n, rの前では[n3に, k,9,葛の前では[9]ua, s の前では[重]または[2]になるとされている。このX線映画資料の申で調査 対象とすることができるa噴pa, aiNta,ガNsa, a「Ncja,ガNra, a「Nkaの
6個のNの調音点の実態は,舌さき付近のX線映像が不鮮明であるために,
aiNpa, anNka以外のものについては正確にとらえることができない。しか し,動画状態の観察や,静止像における前舌前部付近の姿がna「:na, nii:nl,
za「:zaの2番Eの子音のそれに似ていることから(図6参照), a「Nta, a「
NSa, aiNcja, a「Maでは舌さきで閉鎖あるいは狭窄が形成されているとい えそうである。なお,ゴNpaのNでは唇の閉鎖が,そして, a「NkaのNで は中舌と軟口蓋とのあいだでの閉鎖が,このX線映像からよみとりうる。
{5)また,V演CV型のNで,このような閉鎖あるいは狭窄が形成されるタ イミングについては,従来から,Nの入りわたりからあるとか, Nの出わた
り付近にあるとか,あるいは閉鎖子音が後続するばあいでもNの区聞内で,
口腔内に閉鎖をほとんど作らなくても容易に発音できる単語がある,という ようにさまざまな説で出ている。このX線映像上で観察が可能なゴNpaの N[m]のくちびるの閉鎖開始時点をソナグラム上で求めてみると,それは直 前の母音とNのほぼ境界に求められる。一一一方,anNta, anNcja, aiNraの舌 さきの閉鎖麗始時点は,Nのための閉鎖形成に関係していると思われる前舌 部分の上昇運動が,すでに直前の母音区間の中央付近からみられることか
ら,Nの入りわたり付近では閉鎖が形成されている可能性が大きい。なお,
後E,ダイナミックパラトグラフ(リオンKK製, DP−01型。調音時にお ける舌と口蓋との接触状態の時間的変化をしらべる装置で,直径1mmの金 電極64佃が配置された厚さ約1mmの人工口蓋を被験者の上あごに装着し,
調音時の養と口蓋との接触の有無を,その電極のOll−offで検出するように なっている。舌と口蓋の接触の{青報は毎秒64フレームのこまかさで得ること ができ,その個々のフレームの時間軸上の位置をソナグラム上に指定するこ ともできる。この装置のことを,以下でDPと略す。)によって収録した同 199
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参考資料
ZUのZ ZUのU 単独発音のU SUのS SUのU
一話者によるこの3個の無意味音節列の数十の発話では,いずれのばあいも 直前の母音とNの境界で閉鎖がほぼ完成されている(図9)。なお,他の話 者による同じ無意味音節列の発話時のDPの結果であるが,発話速度をはや めてみても,Nにおけるこのような舌さきの閉鎖形成のタイミングに変化が 認められなかった。また,筆者のふつうの発話状態で,Nのための舌さきの 閉鎖が形成されていないかの如く内省された単語(たとえば,神田kaNda や,親任siNniNの語中のNなど)の数回の発話をDPで観察してみると,
舌さぎにおける閉鎖がNの入りわたり付近から必ず現われてしまっていた。
なお,このばあい,舌さきの閉鎖を故意につくらないようにして発音してみ ると,Nのあとにみじかいポーズが必ず挿入されてしまっているのがソナグ ラムによってよみとられた。このばあいのみじかいrko 一一ズは,後続する子音 からの逆行的瀬音作用を断ちきるために,やむをえず現われたものと考えら 200
れる。 、
〈6)ザNcv型の6個の無意味音節列のそれぞれのNをDPでしらべてみる と,anNpa, a「NkaのNのばあいは,当然のことながらこの調査の対象か らはずされてしまう(人工口蓋でしらべることが可能な範囲が,歯茎から 高階蓋付近までであるので,ガ行瀬のうちlja, ljoの子音における閉鎖は,
ふつうDPではとらえられないし, a「NpaのNこm]の閉鎖はくちびるである ので)が,その他の4個の無意味音節列のNからは図9に示すDPパタンが えられた。a「Nta, a「Ncja, aiNraのNは,大ざっぱに〔n3として一般に簡 略音声表記されるが,図9のように,a「Ntaでは[n]的であるが, a「Ncjaで は[p]に近く,a「Nraでは[r]とでも表記したくなるようなパタンが示され ている。また,a「NsaのNでは, su, zuの子音や単独母音のuのパタンよ りも,suやzuの母音の[Pt]に最も近いパタンが現われている。なお, DP では観察困難なa「NakのNをX線映画で観察すると, Nの持続中に中舌は上 昇をつづけており,その上昇にともなって口蓋垂音[N]に近い状態から軟口 蓋音肋]の状態へと移行しているうごきがみられる。
〈7)a「NtaのNと, nan:n紋の二つのnの3者のあいだで,舌と口蓋の接触 面積の広さおよびその接触パタンを,DPによって比較してみると, na■:na の二番臼のnよりも一番目のnの方がa「NtaのNにより似ているし,また,
弾き音[∫〕に先行するa「NraのNと, ra「:raの二つのrとをDPで比較して みると,a「Nraの翼はraコ:raの一番臼のr(あるいは,そのrの準備憂心)
に現われることの多い閉鎖の持続(母音闘のrでは現われにくい)における DPパタンによく似ているし,また, ew一一一A話者による他のDP資料の中にあ った「本陣」ltONzin,「半蔵」haNzo:の語中のNでは閉鎖が形成されてい ることから,子音に先行するNには語頭型の鼻子音の持続部がおきかえられ ているといってもさしっかえないようである。
V「NCV型のCにとって,上述のような環境がCの直前に用意されている ことは,その。がちょうど語頭に位置しているばあいの状態に近くなってい ることになるし,また,全般的に,v噴CV型の。におけるDPの接触颪積 201
図10v「N・v「競v型のN,単独の轟母音∫単独の母音における下あご及び くちびるの開き
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(下あご)
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一 ザNV型のN
一一・一ber一■単独の鼻母音 一一撫・一 単独の母音
の広さが,隅一のCを二成要素とするCV「:CV型の二番爵のCよりも広く,
一番目の。のそれに近い傾向がみられることから,撹音に後続する子音は,
語中に位置してはいるものの,その子音が語頭に現われるばあいの性質を,
先行する挑音によって与えられているようである。
なお,一般に,呼気段落のあたまに位置するP,t, kなどの無声破裂音の 閉鎖持続時間を,ソナグラムなどの音響レベルでよみとることは不可能であ るため,呼気段落間のポーズの長さの計測を正確におこなえないばあいがあ るが,このようなばあい,同一話線内で擁音に後続する当該子音があれば,
その子音の閉鎖持続時間は計測可能であるから,その値:によって呼気段落頭 の問題の子音の閉鎖持続時間を推定するのが,上述の揆音に後続する子音の 特徴からもっとも適当であると考えられる。
202
(8)図4,5の声道から,下あごおよびくちびるの開きを計測し(くちびる の開きは,上下のくちびるのあいだの最短距離を計測した。また,下あごの 開きは,上門歯先端と,上の歯列の第2小鼠歯に充填された金属の入れ歯の 最下端とをむすぶ線を計測基準軸とし,その軸と下門歯先端との最短距離を 計測した。なお,上下の歯が深く咬合し下門歯先端がこの基準軸より上方に きたばあいには,その計測値をマイナスの値とした),ザN,vnNV型の Nにおけるくちびるの開きおよび下あごの旧きと,規範的に発音した単独の 母音および鼻母音におけるそれとを比較したものが図10である。この図か
ら,広母音と組合わさったNにおける下あごの開きが,その広母音を単独に 発音した母音や鼻母音のそれの1/2程度となっているのが隈立ち,このv「N,
v INv型の10個のNが,単独に発音したuからiの開きの範囲に,ほぼ集中 しているようすがよみとられる。また,くちびるの開きも同様に,V■N, V、
NV型の10個のNが,単独に発音したuからiの旧きの範囲に集中してい る。vnN, v「NV型のNの下あごやくちびるにおるけこのようなi, uと 同程度の小さめな開きは,揆音調三時における舌の[m]指向的なうごきを助 けるためのものであると考えられる。なお,このような計測結果をもたらし た図4,5の中の二三の声道パタンは,軟口蓋下降運動がヒ。一クに達したフ レームのものであるが,このフレームの下あご,くちびるの開きも当該揆音 のために最も狭まった状態にほぼ達していることが,このX線映画のフレー ムを追った観察からよみとることができる。一方,後続する子音と対をなす 鼻子音が現われているV「NCV型のNでは, viN, viNV型におけるこの
ような軟口蓋の下降運動と岡期した下あごやくちびるのうごきは現おれず,
下あごやくちびるの閉方向へのうごきのピークは,後続子音の調音と関連し てNの出わたり付近に現われる傾向が図11でみられる。
(9)soft voiceあるいはゆるみ声とかかわりをもっとされている喉頭腔の広 さの状態を,この三つの型の揆音についてしらべるため,喉頭の咽頭腔への 出口の幅をX線映像の正中断面上で計測(図12のa−b間の距離)してみた。
その計測結果が図3−1〜3の三つのしXである。このv「N, ViNv, V INCV 2e3
図11V「NCVにおける下あごとくちびるの開き
﹁幽鶏﹁警醒
10
O10︐mO1020m
邸
怪q3悪撫3黛かs悪脚 a Npa annta a一 }isa aTir cja aMilira a =Nka
し一\_/一V/\一/\___ノ〜一
10Uノ{Lノー\.ノーk/へ._n__. _pt
i一一 20Lsc
m憩
図12LXの計測部位
i−M−
P f
型の三者のあいだで,Nの部分のLXの値を比較してみると・3−1のv「N型 と3−3のvつNcv型の両者のそれは,ほぼ同程度となっていることがわかる が,簡者のこの値は,暇本藷の五母音の中でφるみ母音とみなすことのでき るu[瓢3のLXとほぼ同程度でもある。一方,口腔内で閉鎖あるいは狭窄が はっきり用意されないという点でこの両者とは調音方法が異なるV「NV型の Nの値は∫この両者のそれよりもやや広めとなっていて,このNの喉頭が
よりゆるんだ状態となっていることがわかる。
204
3.3. 携音の持続時間
標準語の忍音は,ふつう語頭に立たず,つねに先行母音に付随して現わ れ,音節としての独立性がよわいが,音数律のうえでは独立した一つの単 位,つまり拍あるいはモーラといわれているものをみとめることができる。
このような知音が,物理的にどのような長さをもっているかをしらべるた め,この報告で扱っているX線映画およびDP資料としてのv「N, v「NV,
V「NCV型の音声を計測してみたQなお,この計測に際して, iNの前後の音 素境界の決定は,主としてソナグラムのフォルマントパタンの推移およびソ
ナグラムの上部に併記されている音声の強さの推移とを総合しておこなっ た。なお,この作業が音響レベルだけでは困難なばあいには,DPの接触パ
タンの推移を随時参照することにした。
(1)図3−1のv「N型と,図3−2のV「NV型のソナグラムから, tt 2拍からな るv「N型のぼあいでは,それぞれの無意味音節列がほぼ二つに等分されて いるのがよみとられ,また,3拍からなるv「喪マ型のばあいのそれは,ほぼ 三つに等分されているのがよみとられ,それぞれのNは,平均拍畏(当該無 意味音節列の長さ÷当該無意味音節列の抽数)とほぼ等しくなっていること
つぐ マ ヤ
ヲ刀冴つカ、Qo
〈2)一一方,=k3−3のCを含んだviNcv型のNの長さは, v「N型やv「NV型 のNのような等時的な罰合をもっていないようなので,この型については特 にDPの4回分の音声を計測の対象に加え,その平均値によって図13の左図 を作ってみた。なお,この図の各音素の時間占有率は, (当該音素の長さ÷
当該無意味音節列の長さ)×100によって求めた。この図から,Nの占有率 は,無声子音p,t, s, c, kの前で約24%(平均拍長の約70%の長さ)であ
り,有声子音rの前では約40%o(平均拍長の約20%増の長さ)となってお り,後者のNは前者のNの約1.7倍と長くなっている。ただし,後者がanNr a1例だけで少なすぎるので,他の3名の話者によって,ここで対象として いるv「NCV型の6例の他に, cがb, d, Ze zj, gであるぼあいの資料 205
図13v「Ncv型における音素八時閤占有率(右図は,他の3名による追加資料〉
の結果
V「 N C V 黶@ ・ひ 凸 《〉
ォ の静 鵜陶 一 噂
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oo%(2厩ずつの発話)を採録し計測してみた(図13の右図)。この追加資料の結 果は,無声子音に先行するNと有声子音に先行するNの両グループの平均値 の差がL4倍と,上述のa「Nraの結果に比べてやや小さめになっているが,
やはり,無声子音に先行するNよりも膚声子音に先行するNの方が長めであ る傾向が示されている。
なお,図13の左図の,v「Ncv型のそれぞれの拍の時間占有率は, aiNra では,a (24%), N(40%), ra(9%十28%窯37%)となっており,三つ の拍はおおよそ1:1.7:1.6の長さの割合で並んでおり,a「Npa, a「Nta,
aiNsa, aiNcja, anNkaの5者全体の平均値は,語頭のaが23%, Nが24
%,最後の拍が54%(30%÷24%)となっており,三つの拍はおおよそ1:
1:2の長さの割合で現われている。
2e6
また,この図13の隣りあうフォネームを二つないし三つまとみてみると,
それぞれのグループの長さがほぼそろってくるのがよみとられ,このような 単位で日本語の等時的な綱御がおこなおれているようにもみえるが,この点 に関しては,なお,分析周資料をつみかさねた上で,後日,報蕾したいと思 っている。
4 あとがき
X線映画を主な資料として,標準語の撹音調年時における声道の実態の一一 部を明らかにすると共に,そこからえられた若子の特徴について上述のごと
き考察を加えたが,今後の課題として次の点をあげることができる。
(1)ここでえられたX線映画による結果は,あくまで一一人の話者によるもの であるので,多くの標準語の話者によってたしかめられるべきである。
〈2>この報告で対象とした撹音を含む資料は,限られた先行音・後続音と組 合わさったぼあいのものだけであり,また,アクセントも頭高アクセント型 のばあいだけに限られていたので,他のアクセント型のばあいや,他の先行 音・後続音との組合せのばあいについても調べられるべきである。
(3>この報告では,口蓋垂付近のX線映像が不鮮明であったため,[N]の調 音の実態を正確にとらえることができなかった。今後,他のより確実な方法 によって,より客観的な観察がおこなわれることが望ましい。
最後に,本報告をまとめるにあたり,さまざまな形でかかわりをもたれた 上村幸雄氏(琉球大学),沢島政行氏,広瀬 肇氏(東京大学)および国立 困語研究所内の関係諸民に謝意を表します。
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