博 士 ( 法 学 ) 田 中 拓 道
学 位 論 文 題 名
福祉国家の思想的源流
‑19 世紀フランスの社会経済学・共和主義・連帯主義―
学位論文内容の要旨
本 綸 文 は以 下 の 二 点 を 課題 と す る 。 @革 命 期 に 提 起さ れ た秩序 観が、1830年代 の「社 会問 題」認 識によ って 問 い 直 され るまで の思想 的経 緯を明 らかに するこ と、 @「社 会問題 」への 対応を 担っ た複数 の思想 潮流 の対 抗 関 係 を検 討し、 革命以 降の フラン ス政治 ・社会 思想 史を( 複数の 近代) 儉の選 択の 過程と して再 構成 する こ と で あ る。
@ フラ ン ス 革 命期 には 、伝統 的「社 団国家 」に代 わり 、私的 自律を 有する 個人 と、彼 らの合 意によ って正 統 化 され る 公 的 権 カ とい う 二 元 的 構造 の 秩序 像が提 起され た。そ れは 平等主 義的なr人 民」の 理念と 、事実 的 不 平等 ( 貧 民 )の 存在 という 乖離を 内に抱 えてい た。 これを 媒介す る試み は、 革命期 以降の (政治 化され た 公 共 性 ) 、 ( 社 会 科 学 の 公 共 性 ) 、 ( 社 会 化 さ れ た 公 共 性) と い う 三 っ の観 念 に よ っ て整 理 さ れ る 。 第 ー に 、 革 命中 期以降 の共和 主義者 は、 「公的 領域」 の担い 手を、 私的 自律を 有する 個人で はな く、国 家 に よっ て 形 成 さ れ る愛 国 的 「 市 民Jと 想 定 し た。
第 二 に 、 革 命期 の ( 政 治 化さ れ た 公 共 性 )の 観 念 が 、 現実 には恐 怖政 治を導 いたこ とによ って 、19世紀 初 頭の 思 想 家 は、 「政 治」に 代わる 「社会 」を秩 序の 基盤と 見なし 、そこ に内 在する 法則の 「科学 」的認 識 を 探求 し た 。 彼 ら によ れ ぱ 、 公 的利 益 は知 識人の 主導す る「社 会の 科学Jによ って見 出され 、それ にした が っ た統 治 の 刷 新 が 必要 で あ る 。
第 三 に 、1830年代以 降、 産業化 の進展 ととも に生じ た都 市労働 者層に おける 膨大 な貧民 の出現 によっ て、
「 社会 問 題Jが 主題 化 さ れ た 。 「社 会Jと は 経済 的 領 域 で はな く、個 人を 取り巻 く生活 環境、 衛生 ・労働 習 慣 、家 族 形 態 な ど 、集 合 的 「 モ ラルJの領 域を意 味し た。「 社会問 題」認 畿に おいて は、産 業化に よって 個 人 の私 的 自 律 と公 的秩 序を支 える基 盤それ 自体が 危機 に陥っ ている と捉え られ た。こ れ以降 の政治 ・社会 思 想 は、 公 私 の 二 元 的秩 序 観 に 代 わり 、 個 人 の 存立 を 支 え るr社 会Jの 再組 織化を 行うと いう課 題に よって 規 定 され る 。
@19世 紀 フ ラ ンス の 「 社 会 問題 」 へ の 対 応 は、 国 家 形態 では なく、 国家一 市場一 中間 集団ー 家族を 組み合 わ せた 「 福 祉国家 体制Jとし て提起 された 。その 統治 像は、 いかな る社会 的価 値を優 先する かに応 じて、r政 治経済学」(自由)、「社会経済学」(共同性)、「共和主義J(平等)、「連帯主義」(公正)の四つの思想潮流に 区 別 で き る 。19世 紀 末 に 至 る 思 想 史 は 、 こ れ ら 四 潮 流 の 対 抗 関 係 の 歴 史 と し て 再 構 成 さ れ る 。 第2章 では 、「 政治経 済学」 との対 比に おいて 、「社 会経済 学Jの思想 を検討 した 。「政 治経済 学」は 、ア ダ ム. ス ミ ス 以 降 のイ ギ リ ス 政 治経 済 学 の 影 響を 受 け て形成 され た思想 である 。それ は19世 紀初頭 に生ま れ、 七月王 制期を 通じて 支配的 であ り、そ の後も 一定の 影響 を持ち 続けた 。「社会問題」への対応の文脈で、
こ の思 想 は 国家介 入に対 抗して 「産業 (市 場)の 自由」 を擁護 する ことを 最も重 視する 。それ を支 える社 会 一85一
組 織と し て 、 パ トロ ナージ ュ、慈 善組織 の活性 化と 、家父 長制的 家族の 強化 が主張 される 。これ らを通 じた 下 層階 級 の 「 モ ラル 化」の 内容と して重 視され るの は、自 己責任 と勤労 意欲 であり 、未来 の「進 歩」へ のコ ミット メン卜 であ る。
「社 会経済 学」は 、「 政治経 済学Jへの 批判と して、 七月王 制期 に語ら れ始め た思想 であ る。そ れは七月 王制期 の支配 層の うちで も、カ トリシ スム や保守 主義に 近い立 場にあ り、 特に実 践に携わる論者に担われた。
彼らは 「産業 化」 にたい する社 会の「 共同性」の回復を、最も基本的な価値とする。その思想は、経済的「富」
と 社会 的 「 幸 福 」の 区別、 産業化 による 社会の 再階 層化へ の批判 、伝統 的な 階層関 係の維 持と上 層階級 のイ ニ シア テ ィ ヴ に よる 下層階 級の「 モラル 化」、 進歩 への懐 疑など によっ て特 徴づけ られる 。具体 的には 、国 家権カ の分権 化と 、地方 公共組 織と私 的慈 善組織 の結合 、家父 長制的 家族 の維持 、貯蓄・衛生などの「予防」
的 措置 の 重 視 、 実践 的 知 の 蓄 積を 通 じ た 扶 助の 一 般 的 組 織 化な どを特 徴と する。 社会経 済学は 、1848年 の 二 月革 命 期 に い った ん挫折 した後 、第二 帝政下 にル ・プレ によっ て再建 され 、第三 共和政 期には エミー ル・
シ ェイ ソ ン や シ ャル ル ・ ジ ッ ド、 社 会 カ ト リシ ス ム に よ っ て引 き継が れ、20世紀以 降フラ ンス 福祉国 家体 制成立 の一翼 を担 った。
第3章 で は 、1830年 代 以降 の 労 働 者 ・ 職人 層 に 担 わ れた 「 共 和 主 義Jの 思 想 を 検討 し た 。 革 命期 の 共 和 主 義を 引 き 継 い だこ の思想 は、「 人民」 の一体 性の 基礎と なる「 平等」 の実 現を最 も重視 する。 彼らに とっ て 「社 会 問 題 」 とは 、産業 化にと もなう 階層化 と個 人の孤 立化を 意味す る。 それに たいし て、彼 らは理 念的 平 等と 事 実 的 不 平等 の媒介 を、ロ マン主 義的に 表象 された 国家に 期待す る。 国家は 統治機 構では なく、 「友 愛 」の 絆 で 結 び っい た共同 体(ナ シオン )であ る。 それは 拡張さ れた家 族、 アソシ アシオ ンとし てイメ ージ さ れ、 そ れ ら の 社会 的役割 を引き 受ける 唯一の 組織 と想定 される 。具体 的に は、普 通選挙 制と労 働の権 利に よ って 、 国 家 介 入に よる平 等化が 要求さ れる。 「友 愛」の 思想に はここ で採 り上げ た国家 主義的 なもの と、
職 人組 合 や 相 互 扶助 組 合 な ど に依 拠 す る 団 体主 義 的 な も の とが ある。 前者 の潮流 は、48年 二月 革命の 後挫 を 経験 し 、 「 友 愛」 から「 連帯」 べと思 想的再 構成 を行う ことで 第三共 和政 を担う 潮流と 、1870年 パリニ コ ミ ュー ン に 向 か った 潮 流 と に 分岐 す る 。 後者の 潮流は 、ミュ テュ アリス ムやサ ンディ カリス ムと して、 19 世 紀後 半 か ら20世 紀 初 頭 に 受け 継 が れ 、 フラ ン ス 福 祉 国家 体 制に 、団 体主義 的性格 と労働 者の 参加と いう 特徴を 刻印し た。
第4章 で は、 第 三 共 和 政期 の 支 配 層 で ある知 識人、 政治家 などに 担わ れた「 連帯」 の思想 を検 討した 。そ れ は、 第 二 帝 政 下で 「友愛 」を批 判する 共和主 義者 によっ て形成 され、 第三 共和政 期には 社会保 険を正 当化 す る思 想 と し て 一般 に流通 した。 ルヌー ヴィエ 、フ イエな どの哲 学者は 、コ ント実 証主義 の認識 論と、 新カ ン ト哲 学 を 接 合 し、 社会を 「有機 体」と してと らえ ると同 時に、 その結 合の 目的を 「人間 性の進 歩」と 想定 し た。 「 人 間 性 」は 万人の 抽象的 条件の 対称性 (公 正)と いう規 範を導 く。 これら の哲学 はブル ジョワ によ っ て政 治 的 イ デ オロ ギーと して通 俗化さ れ、デ ュル ケムに よって 大学に 制度 化され た。彼 らの思 想から 導か れ る統 治 像 は 次 のよ うな特 徴を持 つ。産 業化( 市場 化)の もたら す負の 影響 に集合 的に対 応する こと、 同業 組 合、 共 済 組 合 、協 同組合 などの 中間集 団の自 治を 基礎と し、そ れらを 包括 して指 導や監 視を行 うとい う形 で、国 家によ る間 接的な 普遍的 社会権 の保 障を行 うこと 、個人 が自己 規律 や社会 化の義務を担うことである。
「 連帯 」 の 思 想 は1898年労 働 災 害 補 償法 を 導 い た が 、そ の 後 は、 政治経 済学、 社会経 済学 、サン ディカ リ ス ムと の 思 想 的 対抗 の 中 で 、1930年 まで 統 一 的 社 会 保険 の 制 度化 をもた らせず 、制度 分立 と団体 自治に た い す る 、 国 家 の 普 遍 主 義 的 権 利 保 障 の 弱 さ に よ っ て 特 徴 づ け ら れる フ ラ ン ス 福祉 国 家 体 制 を導 い た 。
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学位論文審査の要旨 主 査 教授 権左武 志 副 査 教授 田口 晃 副査 助教授 辻 康夫
学 位 論 文 題 名 福 祉 国 家 の 思 想 的 源 流
― 19 世 紀 フ ラ ン ス の 社 会 経 済 学 ・ 共 和 主 義 ・ 連 帯 主 義 ―
論文の要旨
本論 文は 、十九世紀フランス における革命期以降の政治思想史を、新たに社会問題に 対処 す べく 展開 され た様 々 な思 想潮 流の 緊張・対抗関係として 描き出し、ニO 世紀フランス の福 祉 国家 思想 を準 備し た 思想 史的 過程 を解明しようとするも のである。第1 章では、革命 期に 提 起 され た共 和主 義的 秩 序観 が、 一ハ 三O 年代 にお け る社 会問 題の 認識 によ り問 い直 され るまでの思 想的経緯を明らかにした上で、第2 章では、七月王政期に見られた「新しい慈善」
を 唱 える 社会 経済 学の 思 想を 、第 3 章 では 、第 二共 和 制か ら第 二帝 政期 にか けて 復活 した
「 友愛 の共 和国 」を 掲 げる 共和 主義 思想を、第4 章では、第三共和制期に連帯の哲学を 提示 し た連 帯主 義の 思想 を それ ぞれ 取り 上げ 、こ れら 相互 の対 抗関 係として十九世紀末ま での フランス思 想史が再構成される。
第1 章では、まず革命期の共和主義思 想を、「公論」「友愛」「貧困」の概念を軸として検 討 し、 愛国 的情念あふれる市民 を担い手とする「政治化された公共性」の挫折した試み と理 解 した 上で 、復古王政期になる と、「政治」に代わる「社会」を新たな秩序の基盤に据 え、
社 会に 内在 する 法則 を 科学 的に 探求 する 「社 会の 科学 」が 模索 されたとする。更に一 八三
〇 年代 には 、産 業化 の 進展 に伴 い生 じて くる 都市 労働 者の 大量 の貧民が「社会問題」 とし て 認 識 さ れ 、 個 人 の 存 立 を 支 え る 「 社 会 」 の 再 組 織 化 が 課 題 に 上 っ て く る と さ れ る 。 第2 章では、七月王政期の支配層(カ トリシズムや保守主義者).に担われた社会問題への 対 応と して 、社会経済学が政治 経済学と対比しつつ検討される。政治経済学が、国家介 入に 対 抗し 「産 業(=市場)の自由 」を重視するのに対し、社会経済学は、産業化に対する 社会 の 共同 性の 回復を基本価値と見 なすものであり、経済的富と社会的幸福を区別し、産業 化に よ る社 会の 再階 層化 を 批判 する 一方 で、 伝統 的な 階層 関係 を維 持しつつ上層階級のイ ニシ ア ティ ヴに よる下層階級の「モ ラル化」を目指す。具体的には、国家権カを分権化し、 地方 公 共組 織と 私的慈善組織を結合 しながら、家父長制的家族を維持する一方で、貯蓄・衛 生な ど の予 防措 置を 重視 し 、実 践知 の蓄 積を 通じ た扶 助の 一般 的組 織化を図ろうとする。 こう し た社 会経 済学の思想は、二月 革命期に挫折した後、第二帝政下で再建され、第三共和 制期 に はシ ェイ ソンやジッド、社会 カトリシズムに引き継がれ、二○世紀になるとフランス 福祉 国家成立の 一翼を担うとされる。
第3 章 では 、一 ハ三 〇年 代以 降の 労働 者・職人層に担われる共和主義の思想を検討す る。
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革命期の共和主義思想を復権させたこの思想は、人民の同質性とその基礎をなす平等の実 現を重視する。社会問題とは、何よりも産業化による階層化と個人の孤立化を意味するの に対し、共和主義者は、ロマン主義的に表象された国家共同体、即ち「友愛」の絆で結びつ いたナシオンヘの帰属により理念的平等の実現を図ろうとするのであり、「友愛の共和国」
は、拡張された家族ないしアソシアシオンとしてイメージされる。こうした友愛の思想の うち、第一に、普通選挙制と労働の権利という形で国家的介入による平等化を目指す国家主 義派ほ、二月革命の挫折後、友愛から連帯ヘ変容し第三共和制を担う勢カと、一八七○年の パリ|コミューンに向かう勢カに分岐していく。第二に、職人組合や相互扶助組合に依拠す る団体主義派は、ニ O 世紀初頭にサンディカリズムや相互主義として受け継がれ、フランス 福祉国家の団体主義的性格を形成したとされる。
第 4 章では、第二帝政卞で友愛思想を批判する共和主義者により形成され、第三共和制期 の知識人、政治家に担われた連帯主義の思想が検討される。まず連帯主義を準備した哲学者 としてルヌーヴィエ、フイエらが取り上げられ、彼らは、コント実証主義とカント哲学を接 合し、社会を相互依存的な有機体と捉える一方で、有機体の結合目的は「人間性」ないし「人 格」の進歩だと考え、万人の抽象的条件の公正さを規範化したとされる。こうした連帯の 哲学を政治的に通俗化したのがレオン・ブルジョワであり、大学内で制度化したのがデュ ルケームであって、彼らの連帯主義は、産業化に対応すべく、同業組合・共済組合・協同 組合の自治を認めっっも、これら中間集団への指導・統制を通じ、国家が間接的に普遍主義 的な社会権の保障を行う、しかも権利保障の裏側として個人に社会的義務の遂行を求める ものであった。こうした連帯思想は、第三共和制期に社会保険を正当化したばかりか、18 98 年災害補償法の制定に寄与したが、その後は政治経済学・社会経済学・サンディカリズ ムとの対抗関係の中で、 1930 年まで統一的な社会保険の制度化に成功せず、分立的制度 と団体自治といった普遍主義的権利保障の弱さで特徴づけられるフランスの福祉国家をも たらすことになった。
評価の要旨
審査の結果、@修士論文で取り上げたデュルケームの政治思想を、第三共和制期に見られ た「連帯主義」の思想潮流内に見事に位置づけた点、◎こうした連帯主義や友愛の思想を、
社会問題への対応策として、フランス留学中に取り組んだ社会経済学の政治思想に関連づ けて、共和主義のディスクールだけで語り切れない十九世紀フランス思想史の新たな見取 り図を描き出した点、◎そこから、ニ O 世紀フランス福祉国家の特殊性を説明しようと試み た点、@しかも、これらをフランスで収集した膨大な一次資料を用いて丹念に論証した点、
一一以上は、主要な思想家に注目する余り、従来の政治学史研究では見落とされてきた十九 世紀フランスの思想的文脈を新規に掘り起こしたものであり、学術的に独創的かつ有意義 な研究として高く評価できる。
他方で、@最初は、社会経済学・共和主義・連帯主義を、理念の変容過程として時系列的 に論じようとしていたのが、担い手を異にする三者の対抗関係へと視点を改めた結果、社会 問題へ の対応を扱 う前半の 1 ・ 2 章と、 共和主義の変容を扱う後半の 3 ・ 4 章が若干乖離 しているかの印象を与える点、◎共和主義思想の中に含まれるはずの社会主義の思想潮流 や、プルードン主義、サンディカリズムが取り上げられていない点、◎「友愛」思想が流れ 込んでいくはずのルナンらナショナリズムの潮流が充分に論じられていなぃ点、@二O 世 紀前半の諸問題を抜きにして、十九世紀思想を、一九六○年以降に成立したフランス福祉国 家体制に無媒介に関連づけてよいのか、―一これらは、本論文の弱点として指摘できる。
だが、視点を変えてみれば、これら問題として指摘された点も、実は十九世紀フランス
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思想史の総合的な見取り図を描こうとした本論文の構想から生じるものであり、むしろ構 想全体のスケールの大きさを証明するものとも言える。従って、審査員全員の一致した評価 として、本論文は法学博士の学位を授与するに充分ふさわしい論文であると判断した。
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