博 士 ( 医 学 ) 進 藤 学
学 位 論 文 題 名
cDNA array を用いた浸潤性乳管癌における 遺伝子発現解析
学位論文内容の要旨
背 景 と 目 的
乳 癌 は 臨 床 的 に 多 様 性 を も っ て お り , 遠 隔 転 移 , 局 所 再 発 , 補 助 療 法 へ の 反 応 な ど , 多 彩 な 臨 床 経 過 を た ど る . こ の よ う な 多 様 性 は 個 々 の 癌 に よ り , 乳 癌 細 胞 の 増 殖 , 浸 潤 , 転 移 に 関 連 す る 多 数 の 遺 伝 子 の 異 常 の 蓄 積 が 異 な る こ とに 起 因す ると され る. 浸潤 性乳 管癌 は,
乳 頭 腺 管 癌 , 充 実 腺 管 癌 , 硬 癌 の3型 に 亜 分 類 さ れ る . こ れ ら の3組 織 亜 型 は そ の 予 後 が 異 な る こ と が 知 ら れ て お り , 生 物 学 的 悪 性 度 が 異 な る こ と は 事 実 で あ る , こ の よ う な 亜 分 類 と 関 係 す る 遺 伝 子 は 現 在 の と こ ろ 不 明 で あ り , 分 子 生 物 学 的 病 態 が 異 な る か ど う か も ま た 不 明 で あ る . 一 方 , 腋 窩 リ ン パ 節 転 移 の 有 無 は乳 癌 に・ おい て最 も強 カな 予後 因子 とさ れ , 全 体 的 治 療 方 針 の 決 定 に 際 し 重 要 で あ る . す な わ ち 腋 窩 リ ン バ 節 転 移 の な い 乳 癌 患 者 に 腋 窩 郭 清 を 行 う こ と は 無 駄 な 侵 襲 を 加 え る こ と に っ な が る . 近 年 , 遺 伝 子 異 常 の 複 合 の 結 果 生 じ る 遺 伝 子 ネ ッ ト ワ ー ク の 異 常 を 網 羅 的 にcDNA arrayを 用 い て 研 究 す る ア プ □ ー チ が 注 目 さ れ , 癌 の 層 別 化 , 分 子 病 態 の 解 明 に 有 用 な 方 法 で あ る こ と が 示 さ れ て き た , 本 研 究 に お い て は ,cDNA arrayを 用 い て 浸 潤 性 乳 管 癌 に お け る 上 記 の3つ の 亜 分 類 の 遺 伝 子 発 現 プ ロ フ ァ イ ル を 解 析 し , 分 子 病 態 上 異 な る 特 性 を 有 す る か ど う か を 検 討 し た . ま た , 腋 窩 リ ン バ 節 転 移 の 有 無 を 予 測 す る 遺 伝 子 発 現 バ タ ー ン を 同 定 し , 術 前 に 腋 窩 リ ン バ 節 転 移 の 有 無 ひ い て は 腫 瘍 細 胞 の 転 移 好 性 を 予 測 で き る か 否 か を 検 討 し た ,
方 法
2000年 か ら2002年 の 間 に 北 海 道 大 学 附 属 病 院 腫 瘍 外 科 , お よ び 関 連 施 設 に お い て 外 科 的 切 除 さ れ た90例 の 浸 潤 性 乳 管 癌 を 対 象 と し た . 浸 潤 性 乳 管 癌 は , 乳 癌 取 り 扱 い 規 約 の 組 織 学 的 分 類 に 従 い 乳 頭 腺 管 癌 , 充 実 腺 管 癌 , 硬 癌 に 亜 分 類 し た . 凍 結 組 織 か らmRNA を 抽 出 ,RT−PCRに よ り cDNAを 増 幅 ,Biotin標 識 を 行 い ,1289種 の 癌 関 連 遺 伝 子 の 搭 載 さ れ た ア レ イ フ ィ ル タ ー にhybridizeし た . 化 学 発 光 はCDPーStarを 用 い た streptavidin―biotinylated allくaline phosphatase systemにて 行い ,ア レイ フィ ル ター を 画 像 化 , 個 々 の 遺 伝 子 の 発 現 強 度 の 数 値 化 を 行 っ た . デ ー タ の 解 析 に 際 し , ま ず 分 類 し た そ れ ぞ れ の カ テ ゴ リ ー で 発 現 に 統 計 学 的 有 意 差 を 認 め る 遺 伝 子 を 選 択 し た , こ の 分 類 に つ い て , 選 ば れ た 遺 伝 子 発 現 値 に よ る デ ー 夕 空 間 の 分 離 性 を 教 師 ぬ し 学 習 法 で あ るEM ア ル ゴ リ ズ ム に て 確 認 し , 次 の 解 析 に 進 ん だ . 不 必 要 な ノ イ ズ と し て の デ ー タ を 省 く た め 特 徴 選 択 を 行 い , パ タ ー ン 分 類 を 行 う 遺 伝 子 セ ッ ト を 抽 出 し た . 特 徴 選 択 にsequential
forward selection
を採用し,k ーnearest neighbor 法によりle ave ―one ーout 法を評価し て誤識別率が最小となる遺伝子セットを検索した.
結果
1
. 40 例の乳頭腺管癌,
27例の充実腺管癌,23 例の硬癌の各群間で発現に有意差のある 遺伝子を抽 出した,乳 頭腺管癌と充実腺管癌を比較すると差異発現を示す
120遺伝子
が抽出された.同様に,乳頭腺管癌と硬癌,充実腺管癌と硬癌を比較すると差異発現を
示す遺伝子としてそれぞれ122 遺伝子,49 遺伝子が抽出された,分類の妥当性を検証
するために,EM アルゴリズムによる教師なし学習を行い各組織型間の識別率を検討し
た.乳頭腺管癌/充実腺管癌,乳頭腺管癌/硬癌,充実腺管癌/硬癌の識別率はそれぞ
れ76.1 %,79.4 %,88 %を示し,これらの3 つの組織亜型の分類の部分デー夕空間の比
較的よい分離が示された.
2
.遺伝子発現プ口ファイルにより腋窩リンバ節転移の有無が予測可能かどうかを検討し
た. 90 例の浸潤性乳管癌において40 例は腋窩リンバ節転移陽性,50 例は転移陰性で
あった.浸潤性乳管癌全体では,腋窩リンバ節転移陽性例と陰性例を比較すると,57
遺伝子で発現が有意に異なり,これらの57 遺伝子をからsequential forward selection
法により腋窩リンパ節転移の有無を予測する最適遺伝子セットを選択すると,誤識別率
が最小となる14 ないし
17遺伝子が抽出されたが,誤識別率は
16.7%であり比較的高
い値を示した.続いて浸潤性乳管癌を各組織型に亜分類し同様の解析を進めた.乳頭腺
管癌において最小の誤識別率7.5 %を得る2 ないし9 遺伝子により構成される
4組の遺
伝子セットが選択された,充実腺管癌においては最小の誤識別率O %を得る3 ないし82
遺伝子により構成される
80組の遺伝子セットが選択され,硬癌においては最小の誤識
別率O %を得る5 ないし
13遺伝子により構成される9 組の遺伝子セットが選択された.
考察とまとめ
近年,
cDNA arrayを用いて乳癌患者の予後予測に有用となる遺伝子発現パターンの抽出 を試みる研究がさかんに報告されている. cDNA array により数千の遺伝子発現情報が一 度の
assayで一挙に取得できるため,遺伝子ネットワークの異常を網羅的に解析するこ とが可能となった.
cDNA arrayデータを扱う際の問題点は,どのようにして莫大な量の 情報の中から真に重要な特徴を抽出するかである,従って,ノイズの多い特徴を除去し,′
本質的な特徴を同定するために特徴選択法を用い,クラス識別を評価するために最も単純 な識別器で ある
k一
nearest neighbor法を用いた.本研究において,
90例の
invasive ductal carcinomaを乳頭腺管癌,充実腺管癌,硬癌の
3型に亜分類し,遺伝子発現プロ ファイルの相違を比較検討した.今回のデータから,
invasive ductal carcinomaにお けるこの3 組織型で遺伝子発現プ口ファイルが異なることが明らかとなり,分子病態が 異なることが示唆された.しかし,特徴として選択された遺伝子は,全ヒト遺伝子の
3ないし
4%にすぎない1 ,
289個の遺伝子の中での発現差を示したものであり,3 組織型の もつ分子ネットワークの差の一部分だけを反映していることを注意しなければならない.
腋窩リンパ節転移の有無は乳癌において最も強カな予後因子の1 っとされている一方で,
腋窩リンパ節転移の有無の正確な評価には外科的切除されたりンパ節の病理学的診断に依
らざるをえない.しかし乳癌患者の60 〜70 %を占める腋窩リンバ節転移陰性例に対し腋
窩郭清を行うことは,過大な侵襲となり術後のQOL を損ねている.今回の検討により高
い確率で腋窩リンバ節の有無を識別することが判明したが,腋窩郭清の適応を決定する際
の有カな情報を提供するものと思われた.しかし,限られた遺伝子の中から選択された遺
伝子から複雑な遺伝子ネットワークを解明するのは困難であり,乳癌細胞の浸潤能を規定
する分子病態を解明するには,今回同定された遺伝子を糸口として今後さらなる検討が必
要と考えられた.
学位 論文審 査の要旨
学位論文題名
之 敬 也
cDNA array を用 い た 浸潤 性 乳 管癌 に お ける 遺 伝 子 発 現 解 析
乳 癌 は 臨 床 的 に 多 様 性 を も っ て お り 多 彩 な 経 過 を た ど る . こ の よ う な 多 様 性 は 個 々 の 癌 に よ り , 乳 癌 細 胞 の 増 殖 , 浸 潤 , 転 移 に 関 連 す る 多 数 の 遺 伝 子 の 異 常 の 蓄 積 が 異 な る こ と に よ る と さ れ る , 浸 潤 性 乳 管 癌 は , 乳 頭 腺 管 癌 , 充 実 腺 管 癌 , 硬 癌 の3 型 に 亜 分 類 さ れ る が 分 子 生 物 学 的 病 態 が 異 な る か ど う か は 不 明 で あ る . 一 方 , 腋 窩 リ ン バ 節 転 移 の 有 無 は 乳 癌 に お い て 最 も 強 カ な 予 後 因 子 と さ れ , 全 体 的 治 療 方 針 の 決 定 に 際 し 重 要 で あ る . 本 研 究 に お い て は ,cDNA arrayを 用 い て 浸 潤 性 乳 管 癌 に お け る 上 記 の3つ の 亜 分 類 の 遺 伝 子 発 現 プ 口 フ ァ イ ル を 解 析 し , 分 子 病 態 上 異 な る 特 性 を 有 す る か ど う か を 検 討 し た , ま た , 腋 窩 リ ン バ 節 転 移 の 有 無 を 予 測 す る 遺 伝 子 発 現 パ タ ー ン を 同 定 し , 腫 瘍 細 胞 の 転 移 好 性 を 予 測 で き る か 否 か を 検 討 し た . 2000年 か ら2002年 の 間 に 外 科 的 切 除 さ れ た90例 の 浸 潤 性 乳 管 癌 を 対 象 と し た . 浸 潤 性 乳 管 癌 は , 乳 頭 腺 管 癌I充 実 腺 管 癌 , 硬 癌 に 亜 分 類 し た . 凍 結 組 織 か らmRNA を 抽 出 ,RTーPCRに よ りcDNAを 増 幅 ,Biotin標 識 を 行 い ,1289種 の 癌 関 連 遺 伝 子 の 搭 載 さ れ た ア レ イ フ ィ ル タ ー に ハ イ ブ リ ダ イ ズ し , ア レ イ フ ィ ル タ ー を 画 像 化 , 個 々 の 遺 伝 子 の 発 現 強 度 の 数 値 化 を 行 っ た . デ ー タ の 解 析 に 際 し , ま ず 分 類 し た そ れ ぞ れ の カ テ ゴ リ ー で 発 現 に 統 計 学 的 有 意 差 を 認 め る 遺 伝 子 を 選 択 し た . こ の 分 類 に つ い て , 選 ば れ た 遺 伝 子 発 現 値 に よ る デ 一 夕 空 間 の 分 離 性 を 教 師 な し 学 習 法 で あ るEMア ル ゴ リ ズ ム に て 確 認 し , 次 の 解 析 に 進 ん だ . 不 必 要 な ノ イ ズ と し て の デ 一 夕 を 省 く た め 特 徴 選 択 を 行 い ,/ヾ 夕 ー ン 分 類 を 行 う 遺 伝 子 セ ッ ト を 抽 出 し た . 特 徴 選 択 にsequential forwarcl selectionを 採 用 し ,k一nearestneighbor法 に よ り le aveーone―out法 を 評 価 し て 誤 識 別 率 が 最 小 と な る 遺 伝 子 セ ッ ト を 検 索 し た . 40例 の 乳 頭 腺 管 癌 ,27例 の 充 実 腺 管 癌 ,23例 の 硬 癌 の 各 群 間 で 発 現 に 有 意 差 の
紘
哲
藤 木
内
加 吉
守
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
ある遺伝子を抽出した,乳頭腺管癌と充実腺管癌 乳頭腺管癌と硬癌 充実腺管癌 と硬癌を比較すると差異発現を示す遺伝子としてそれぞれ120 遺伝子,122 遺伝子,
49
遺伝子が 抽出された .
EMアルゴリズムによる各組織型間の識別率は,乳頭腺管 癌/充実腺管癌,乳頭腺管癌/硬癌,充実腺管癌/硬癌それぞれ76.1 %,
79.4%,88 % を示し,これらの3 つの組織亜型の分類の部分デー夕空間の比較的よい分離が示さ れた.
90
例の浸潤 性乳管癌に おいて
40例は腋窩リンバ節転移陽性,
50例は転移陰性で あった,浸潤性乳管癌全体では,腋窩リンバ節転移の有無を予測する遺伝子セット を選択すると,誤識別率が最小となる
14遺伝子が抽出されたが,誤識別率は16.7 % と比較的高い値を示した. 続いて浸潤性乳管癌を各組織型に亜分類し同様の解析を 進めた,乳頭腺管癌において最小の誤識別率7.5 %を得る2 ないし9 遺伝子により構 成される
4組の遺伝子セッ卜が選択された.充実腺管癌においては最小の誤識別率
0% を得る3 ないし82 遺伝 子により構成される80 組の遺伝子セッ卜が選択され,硬 癌におい ては最小の 誤識別率0 %を得 る5 ない し
13遺伝子に より構成される9 組の 遺伝子セッ卜が選択された.
以上の結果から浸潤性乳管癌における
3組織型で遺伝子発現プ口ファイルが異な ることが明らかとなり,分子病態が異なることが示唆された.さらに高い確率で腋 窩リンパ節の有無を識別することが判明したが,腋窩郭清の適応を決定する際の有 カな情報を提供するものと思われた.しかし,限られた遺伝子の中から選択された 遺伝子から複雑な遺伝子ネットワークを解明するのは困難であり,乳癌細胞の浸潤 能を規定する分子病態を解明するには,今回同定された遺伝子を糸口として今後さ らなる検討が必要と考えられた,
口頭発表において,古木教授より硬癌で抽出された遺伝子が少ないことをどのよ うに解釈するか,リンパ節転移の病理診断が100 %正確とは限らないため再評価する 必要はないのか,アレイデータの今後の検証方法に関する質問があった.ついで守 内教授よ り浸潤性乳 管癌の
3組織亜型 が国際的に 認められて いる分類かどうか,
ERBB2