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智山學報 第67 - 002安井 光洋「『中論』注釈書の漢訳について」

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≪抄録≫

 Bhāviveka の著作 Prajñāpradīpa(PP)は Nāgārjuna の主著 Mūlamadhyamakakārikā (MMK)の注釈書であり、チベット語訳(PP Tib.)と漢訳『般若灯論釈』(灯論) が現存している。これら 2 種の翻訳について、これまでの研究において扱われて きたのは専ら PP Tib. であり、灯論について論じられたものは極めて少ない。その 理由としては灯論の訳者である波羅頗迦羅蜜多羅 Prabhākaramitra による漢訳の不 備が挙げられる。  しかしながら、近年の研究において「灯論の価値が見直されるべき」という提 言がなされ、改めて灯論に関する研究が行われるようになった。そしてそれらの 研究に基づき Akahane[2013]では PP Tib. と灯論について「両訳のサンスクリッ ト原点が異なっていた」という仮説が提示された。  これについて、実際に両訳の相違点を精査したところ、PP Tib. と一致しない 灯論の記述の中で、先行する漢訳 MMK 注釈書である青目釈『中論』(青目註) と一致するという例が確認された。青目註は鳩摩羅什による漢訳のみが現存して いる。  よって本稿においてはそれに該当する例を PP Tib.、灯論、青目註の 3 種のテ キストの中から挙げ、比較を行うことで、灯論について上記先行研究の仮説とは 異なった観点から考察を試みた。  実際に例として挙げたのは MMK 第 18 章第 7 偈と、それに対する灯論と青目 註の注釈である。この注釈の中で、灯論に青目註と同一の記述が認められ、さら にそれは PP Tib. には見られないものであった。また、その青目註の記述につい ては、訳者である羅什によって意訳された偈頌と対応した内容となっているた め、原典由来の記述ではなく、羅什によって加筆されたものであると考えられる。 そのため、灯論に見られる同一の記述については同論の漢訳の際に先行して漢訳 されていた青目註の記述から流用されたものであるという結論にいたった。

『中論』注釈書の漢訳について

安井 光洋

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はじめに

 Bhāviveka(ca.490/500-570) の 著 作 Prajñāpradīpa (PP) は Nāgārjuna(ca.150-250)の主著 Mūlamadhyamakakārikā (MMK)の注釈書であり、チベット語訳(PP Tib.)と漢訳『般若灯論釈』(『灯論』)が現存している。これら 2 種の翻訳について、 これまでの研究において扱われてきたのは専ら PP Tib. であり、『灯論』について 論じられたものは極めて少ない。その理由としては『灯論』の訳者である波羅頗 迦羅蜜多羅Prabhākaramitra(564-633)による漢訳の不備が挙げられる。この問 題については昭和初期の月輪賢隆氏による一連の研究1において論じられている が、それ以降『灯論』が学界において主体的に論じられることはなかった。  しかしながら、近年の研究において「『灯論』の価値が見直されるべき」とい う提言がなされ、改めて『灯論』に関する研究が行われるようになった。そして それらの研究に基づき Akahane[2013]では PP Tib. と『灯論』について「両訳の サンスクリット原点が異なっていた」という極めて興味深い仮説が提示された。  これについて、実際に両訳の相違点を精査したところ、PP Tib. と一致しない『灯 論』の記述の中で、先行する漢訳 MMK 注釈書である青目釈『中論』(『青目註』) と一致するという例が確認された。『青目註』は鳩摩羅什(ca.350-409)による漢 訳のみが現存している。このことから『灯論』と PP Tib. の相違点について論じ るには、上述のような原典レヴェルでの相違という可能性の他に、漢訳時の『青 目註』からの流入という可能性も想定する必要がある。  よって本稿においてはそれに該当する例を PP Tib.、『灯論』、『青目註』の 3 種 のテキストの中から挙げ、比較を行うことで、『灯論』について上記先行研究の 仮説とは異った観点から考察を試みたい。 1.先行研究による見解  まず、『灯論』について先行研究による見解を改めて確認していこう。 月輪[1929a] p.6 然るに西蔵訳から推して全くの誤謬と見做される個処も少くなく、又翻訳の 仕方が前後甚だ不統一で、殆ど訳語の規定と云ふ様なこともなく。或は最も 大切な本論偈を勝手に抹消したり敷衍したり、或は何等本論にない文言を少 なからず混入したり、実に言語道断、乱暴極まる訳し方を肯へてしている。(中

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略)却って不必要な個処に羅什訳(筆者注:『青目註』)から無用の補填をな して居る。  まず冒頭でもふれた月輪[1929a]であるが、ここでは『灯論』について極め てネガティヴな評価が下されている。このことから、後世の研究においても『灯 論』とそこに説かれる内容は閑却されてきた2。また、同論文が『青目註』から の補填について言及している点は極めて重要である。しかし、これについて同論 文の本文を確認すると、それに該当する例を一箇所挙げてはいるが、詳細な検討 が行われているとは言い難い3  このように、月輪[1929a]の指摘以来、長く『灯論』とその内容について価 値が見出され、詳細な研究がなされることはなかったが、以下の van der Kuijp [2006]の提言により『灯論』の内容が改めて検討されるようになった。

van der Kuijp[2006] p.171

It is often alleged that the Chinese translation is generally of an inferior quality, but I am not altogether convinced of the cogency of privileging for this reason the Tibetan rendition and by and large ignoring the former, as is by no means infrequently done.  さらに、これに続いて Krasser[2011a]では PP 第 22 章を例として MMK の各 偈に対する PP の注釈の末尾に添えられた付論(digressions)が後代の付加であ り、PP が執筆された当初は存在しなかったという仮説が論じられている。

Krasser[2011a] p.49

The paper argues that certain “digressions” or “appendices” in Bhāviveka’s Prajñāpradīpa (PP) do not belong to the original text of the PP, but were added later.

 そして Akahane[2013]は上記 Krasser[2011a]の論考に基づきつつも、同論 文が例として挙げる第 22 章の付論部分 10 箇所のうち、6 箇所が漢訳に欠けてい るという点を指摘し、このことから PP Tib. と『灯論』のサンスクリット原典が 異なっていたという仮説を提示している。

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Akahane[2013] p.126

Ur-PP (no digression) → PP1 (the basis of PP_chin, which has some digressions) → PP2 (the basis of PP_tib, which has all the digressions)

 以上が『灯論』をめぐる先行研究の見解である。これを見ると Akahane[2013] の仮説は従来顧みられることの少なかった『灯論』とその成立について極めて重 要な可能性を提示するものであるといえる。しかしながら同論文の研究は「PP Tib. にあって『灯論』にないもの」という観点から原典レヴェルでの両者の差異 を考察するというものである。これについて両訳の相違を契機として『灯論』の 成立を論じるならば、「『灯論』にあって PP Tib. にないもの」という観点からの 考察が不可欠であるように思われる。よって以下では漢訳時点で生じたと考えら れる差異と、その淵源について例を挙げながら検証していく。 2.『灯論』の注釈および他本との比較  ここから PP Tib. と『灯論』の相違点について実際に例を挙げながら見ていこ う。今回、例として挙げるのは MMK 第 18 章第 7 偈とそれに対する注釈である。 まず以下に MMK の当該偈と PP Tib. を挙げる。 MMK Chap.18 v.7 Ye [2011] p.304 nivṛttam abhidhātavyaṃ nivṛttaś cittagocaraḥ/ anutpannāniruddhā hi nirvāṇam iva dharmatā/ /

心の活動領域の止滅は、名付けられるべきものの止滅である。 まさに法性は生じることなく、滅することなく、涅槃のようである。 PP Tib. Chap.18 v.7 D.188a6-188b2 P.235a2-6

  de'i phyir/

  srid pa'i sa bon rnam shes te/ /

  yul rnams (rnams D ; na bas P) de yi spyod yul lo (lo P ; bo D)/ /   yul la bdag med mthong na ni/ /

  srid pa'i sa bon 'gag ('gag P ; dgag D) par 'gyur/ /4 zhes bya ba de yang 'thad pa yin no/ /

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  de'i phyir de ltar chos thams cad kyi (kyi P ; n.e. D) mnyam pa nyid mya ngan las 'das pa dang mtshungs pa skye ba med par mthong bas ni sems kyi spyod yul ldog par 'gyur la (la D ; ro P)/ sems kyi spyod yul ldog pas ni brjod par bya ba ldog cing/ de log pas ni tha snyad (D.188b) kyi bden pa la mngon par zhen pa'i mtshan nyid kyi spros pa nye bar zhi bar 'gyur ro/ /

  rang gi sde pa dang/ gzhan gyi sde pa kha cig na re/ dbu ma smra ba ni dngos po thams cad la skur ba 'debs pa'i phyir med pa ba dag dang khyad pa ni (pa ni D ; par P) med do zhes zer ba

 そのため   有の種子は識である。諸対象はその活動領域である。   対象が無我であることを見れば、有の種子は滅するであろう。 とも言われることは道理である。  そのため、このように一切法の平等であることは涅槃と同じく、生じるこ とがないと知れば、心の活動領域が止滅し、心の活動領域が止滅することに よって語られるべきものが止滅する。それが止滅することによって世俗諦に 執着する特徴を持つ戯論が寂滅するだろう。  自らの部派と他学派のある者は「中観論者はあらゆる事物を排斥するので 虚無論者たちと区別が無い」と言う。  この注釈において PP. Tib ではまず Āryadeva の著作

が引用されている点に 特徴がある。しかしながら、これについては PP に先行する MMK 注釈書である Buddhapālita の注釈(BP)においても全く同様の引用が認められる5ことから、 Bhāviveka 独自のアイディアではなく、BP の注釈を援用したものと考えられる。 そして、それに続いて偈頌の内容が説明され、さらに仏教内外から中観派への批 判が述べられるという構成になっている。  次に『灯論』の当該箇所を確認してみよう。なお PP Tib. と対応する箇所には 網掛けを施した。 『灯論』 第 18 章第 7 偈 T.30 p.107b1-2, 15-c3   為説息言語 断彼心境界   亦無起滅相 如涅槃法性[7] (中略)如経偈言。

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  識是諸有種 彼識行境界。見境無我已 有種子是滅。[

CŚ Chap.14 v.25

] 此中明有種寂滅。是故言如涅槃。云何如涅槃。謂見一切法無生平等。見平等 已心境界断、心境断已言説亦断。言説断已、世諦相所執戯論得寂滅。是故言 見空戯論滅。有人言。寂滅相者、即是涅槃真如法中性。云何言如涅槃法性耶。 論者言。戯論分別者、謂是世間、是涅槃、或説涅槃無為是寂滅法、執説世間 是生死法。此中論者説。一切諸法若世間、若出世間、無生性空、皆寂滅相。 為著法衆生不知生死即涅槃相。以是故今阿闍梨以涅槃等為喩者、令知諸法従 本以来空無相無作寂滅無戯論故。自部及外人等謂我言。彼中道説無一切句義 与路伽耶説無則無差別。  これを参照すると、冒頭で

を引用する点や、最後に中観派への批判を挙げ る点は一致しているが、その一方で

引用直後や、注釈の中程に PP Tib. には 見られない記述が確認される。そして、それらの例のうち下線部は『青目註』か らの流用と考えられる部分である。これについて『青目註』の当該箇所も確認し てみよう。 『青目註』 第 18 章第 7 偈 T.30 p.24a3-4, 25a7-13   諸法実相者 心行言語断 無生亦無滅 寂滅如涅槃[7] (中略)問曰。経中説、諸法先来寂滅相即是涅槃。何以言如涅槃。答曰。著法者、 分別法有二種、是世間、是涅槃。説涅槃是寂滅、不説世間是寂滅。此論中説 一切法性空寂滅相。為著法者不解故。以涅槃為喩。如汝説涅槃相空無相寂滅 無戯論、一切世間法亦如是。  これを上記『灯論』と比較すると、まず偈頌に見られる「涅槃」という語をめ ぐって反論者による問いが立てられ、それに対して回答するという構成が一致し ていることが分かる。さらにその回答の中でも、「法に執着する者は『是れ世間、 是れ涅槃』という分別を為す」という記述や、「それらが本来はすべて空であって、 寂滅であるということの比喩として涅槃が説かれている」という記述の趣旨にパ ラレルが認められる。  また、詳細な文言については若干、異なっている箇所もあるが、それについて は『灯論』の方により文意を強調するための表現が加えられているという程度の

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ものであり、注釈の構成と内容については明らかに『灯論』が『青目註』に倣っ ていると考えるべきだろう。  さらに、上記『灯論』の注釈の波線を付した箇所については、『青目註』の第 18 章第 7 偈ではなく、他の章の注釈を参照したことによるものと考えられる。 それは以下の記述である。 『青目註』 第 16 章第 10 偈 T.30 p.21b17-19 諸法実相第一義中、不説離生死別有涅槃。如経説、涅槃即生死、生死即涅槃。 如是諸法実相中、云何言是生死是涅槃。  ここに見られる「生死即涅槃」という表現は「煩悩即菩提」と併せて中国、日 本の仏教において重んじられてきたものであるが、これは MMK の涅槃観に基づ きつつも、漢訳者である羅什独自の解釈が反映された表現であると考えられる6 また、この「生死即涅槃」についてはここ以外に『灯論』第 17 章の末尾でも用い られており7、このことからその部分は PP Tib. とは異なった記述となっている8  以上のように、『灯論』は『青目註』から当該の第 18 章第 7 偈だけでなく他の 章に見られる解釈も参照しながら自身の注釈に転用していることが分かる。しか しながら、ここで問題となるのはこの『青目註』とのパラレルがどの時点で成立 したかである。「生死即涅槃」に関しては前述のように羅什独自の表現であると 考えられることから、『灯論』も漢訳時に『青目註』の現行漢訳テキストを参照 した可能性が高いが、それ以外の『灯論』~『青目註』間のパラレルについては 漢訳前の原点レヴェルですでに存在していた可能性がまだ排除できていない。  つまり、PP のサンスクリット原典がインドから中国へ伝播する過程で、既に『青 目註』のサンスクリット原典に存在していたのと同様の記述が流入したという可 能性も考えられるのである。よって以下ではそれについて検証していく。  まず『青目註』の注釈は「問うて曰く、経の中に説く、諸法は先来寂滅相にし て即ち是れ涅槃なり、と。何を以ってか涅槃の如しと言うや」という問いが立て られることから始まる。そして、それに対して「一切法の性は空にして寂滅相な り」、あるいは「汝が涅槃相は空・無相・寂滅にして戯論なし」と答える。この ように注釈で「涅槃の寂滅であること」が論じられているのは、当該の偈頌の最 後が「寂滅なること涅槃の如し」となっていることに起因する。これについては

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上記『青目註』の本文の「寂滅」の語を□で囲う形で示した。  しかしながら、改めて MMK のサンスクリットを確認すると、漢訳の「寂滅」 に相当する語が見られない。よってこの『青目註』の偈頌は羅什によって意訳さ れており、本来原典には見られなかった「寂滅」の語が補われているものと考え られる。そして、注釈部分についてもその意訳された偈頌と対応した内容となっ ていることから、羅什による加筆が施されている可能性が高い。このような羅什 による加筆については『青目註』の序文で、羅什の弟子である僧叡によってすで に言及されている9。これによれば『青目註』の原典には注釈の過不足といった 不備が多く、羅什(法師)が漢訳する際にその内容に加筆、訂正を加えたとのこ とである。そして、上記の箇所もこれに該当すると考えられる。  そのため今回挙げた『灯論』と『青目註』のパラレルについては両者の原典レ ヴェルで生じたものではなく、PP を漢訳する際に先に漢訳されていた『青目註』 から転用されたものであると考えるべきだろう。なお『灯論』の序文を参照する と『青目註』に関する言及が認められる10。このことから、Prabhākaramitra と彼 の訳経グループは『青目註』について認識していたことが分かる。  しかし、『青目註』では偈頌に「寂滅」の語を補って意訳したことをきっかけ として、注釈部分についてもそれに対応した内容に書き換えたという必然性が認 められるが、『灯論』の偈頌を参照すると、そこに訳語として「寂滅」は用いら れていない。  これついて、『灯論』の

引用直後の記述を確認すると「此の中に有の種寂 滅するを明かす。この故に『涅槃の如し』と言う。云何んが涅槃の如くなる。」 という他本に見られない記述が認められる。このことから、『灯論』ではこの後 で言及される「寂滅」というキーワードと文脈を整合させるため、この一節が漢 訳時に付加されたものと考えられる。  このように上記『灯論』の注釈では

の引用も含め、原典由来の注釈をその まま漢訳する一方で、その中にインドには存在しなかった『青目註』の注釈も織 り込むことで独自の解釈が成立していることが分かる。そして、それら両者の注 釈内容を整合させるための処置も施されている。このことから上記の例には① PP 原典、②『青目註』、③それらをつなぐための加筆という、由来の異なる 3 種 の記述が混在していることになる。  ここで、この第 3 の記述に関して訳者である Prabhākaramitra 以外の人物の介

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在という可能性も提示しておきたい。それについては Akahane[2015]において 言及されている。

Akahane[2015] p.201

Of course, he ( 筆 者 注:Prabhākaramitra) did not translate these texts only by himself. He worked with the help of Chinese monks and other foreign monks who could speak Chinese, because Prabhākaramitra came to China at the end of his life11

and he probably could not understand Chinese well.

 以上のように、Prabhākaramitra は入唐時点ですでに老齢に達していたため中国 語を十分に理解できず、中国人ないし先に中国へ来ていた異国の僧の助力を得 ながら訳経に従事していたという可能性が上記論文では提示されている。この 仮説に基づくならば、たしかに老齢で入唐し中国語を十分に理解できなかった Prabhākaramitra が、漢訳された『青目註』について知悉していたとは考え難い。 そのため、翻訳にあたって参照された漢訳典籍に関する知識については、訳主で あるPrabhākaramitra だけではなく、それ以外の人物の介在も想定する必要があ るだろう。つまり、この場合は『灯論』に見られる『青目註』の流用に関して、 Prabhākaramitra 以外の何者かの知識が反映されている可能性が考えられるという ことである。  よって今回挙げた例の中からその可能性が想定される箇所を最後に検討してみ たい。それは前述のCŚ の末尾「有の種子は是れ滅す」と、その直後の注釈の「此 の中に有の種、寂滅するを明かす」に見られる「滅」から「寂滅」へのパラフレー ズである。このCŚ における「滅」はチベット語訳では 'gag pa とされているが、 MMK を漢訳する際には羅什も Prabhākaramitra もこの 'gag pa の原語に相当する ni√rudh に対して「寂滅」という訳語は全く用いておらず、一貫して「滅」とい う訳語を用いている。以下はその一例である。 MMK Chap.7 v.26 Ye[2011]p.124

nirudhyate nāniruddhaṃ na niruddhaṃ nirudhyate/ tathāpi nirudhyamānaṃ ca kim ajātaṃ nirudhyate/ /

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PP Tib. Chap.7 v.26 D.110a4,5,6 P.135a1,2,4-5

'gags ('gags D ; 'gag P) pa 'gag par mi byed de/ / ma 'gags ('gags D ; 'gag P) pa yang 'gag mi byed/ / 'gag bzhin pa yang de bzhin min/ /

ma skyes gang zhig 'gag par 'gyur/ /

『青目註』 第 7 章第 27 偈12 T.30 p.11b28 法已滅不滅 未滅亦不滅   滅時亦不滅 無生何有滅 『灯論』 第 7 章第 25 偈13 T.30 p.78b21 未滅法不滅 已滅法不滅   滅時亦不滅 無生何等滅  他方、羅什とPrabhākaramitra が MMK の偈頌を漢訳する際に「寂滅」を用い ている例の原語を確認すると、それはśānta もしくは接頭辞を伴った upaśānta で ある14。そのため、ここに見られる「滅」から「寂滅」への言い換えはそのよう な漢訳者の翻訳方針を鑑みるとやや不自然であるといえる。  また、これについては偈頌という形式の制約上、文字数を減らすために偈頌で は「滅」を用い、注釈で「寂滅」と言い換えたという想定も可能だが、管見した 限り偈頌のni√rudh が注釈で「寂滅」に言い換えられているという例は見受けら れない。  このことから、上記『灯論』に見られる『青目註』の流用と、それに整合させ るためのCŚ 引用直後の記述の付加という一連の作業については、訳主として記 載されているPrabhākaramitra によるものではなく、彼の周辺の、特にサンスク リットにあまり長じていなかった人物によるものであるという可能性も想定すべ きだろう。 結語  以上のように、『灯論』と PP Tib. の間に見られる相違の成立背景には Akahane [2013]で論じられているような原典レヴェルでの相違の他に、先行して漢訳さ れていた『青目註』からの流用という要因が考えられる。  また、今回挙げた例に見られる『青目註』の流用は、現代の我々の価値観から

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すれば「翻訳」の範囲を明らかに逸脱したものではあるが、必ずしも冒頭で挙げ た月輪[1929a]の指摘するような「不必要な箇所への無用の補填」などではなく、 むしろ PP 本来の注釈に対して、中国独自の解釈を『青目註』から加えることで、 より発展的な解釈を展開させるものである。  またこのことから、『青目註』については漢訳の際に羅什の解釈が加味される ことによって中国に独自の MMK 解釈を成立させただけでなく、後に『灯論』に 流用されるという形で、中国独自の PP 解釈の成立にも影響を及ぼしていると言 えよう。 略号および使用テキスト

BP : Buddhapālita Mūlamadhyamakavṛtti, D. No.3842, P. No.5242 CŚ : Catuḥśataka, D. No.3846, P. No.5246

D : sDe dge edition

MMK : Mūlamadhyamakakārikā → see Ye[2011] P : Peking edition

PP : Prajñāpradīpa, D. No.3853, P. No.5353 T. : 大正新修大蔵経 『開元釈教録』 : T.55 No.2154 『青目註』 : 青目釈『中論』 T.30 No.1564 『続高僧伝』 : T.50 No.2059 『大唐内典録』 : T.55 No.2149 『灯論』 : 『般若灯論釈』 T.30 No.1566 『弁正論』 : T.52 No.2110 参考文献 梶山雄一   [1967]:「知恵のともしび(中論清弁釈)第十八章 自我と対象の研究」『世界の名 著 2 大乗仏典』中央公論社 pp.287-328. 三枝充悳   [1984]:『中論 縁起・空・中の思想』(上・中・下)第三文明社

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月輪賢隆   [1929a]:「漢訳般若『灯論』の一考察」『密教研究』33 pp.1-20.   [1929b]:「漢訳般若『灯論』の一考察(其二)」『密教研究』35 pp.19-32   [1931]:「漢訳般若『灯論』の一考察(其三)」『密教研究』40 pp.43-53 安井光洋   [2016]:「初期『中論』注釈書の研究」博士論文 大正大学 Akahane, Ritsu

  [2013]: On the Digressions of the Prajñāpradīpa, with a Reevaluation of Its Chinese Translation, 印度学仏教学研究 Vol.61 No.3 pp.1182-1188.

  [2014]:Rethinking the Chinese Translation of the Prajñāpradīpa,       印度学仏教学研究 Vol.62 No.3 pp.1217-1224.

  [2015]:Prabhākaramitra: His Name and the Charactersitics of His Translation of the       Prajñāpradīpa, 印度学仏教学研究 Vol.63 No.3 pp.1295-1301.

Krasser, Helmut

  [2011a]: “How to Teach a Buddhist Monk to Refute the Outsiders: Text –Critical Remarks on Some Works by Bhāviveka.” Journal of Rare Buddhist Texts Research

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  [2011b]: “Bhāviveka, Dharmakīrti, and Kumārila.” 中国印度宗教史とくに仏教史にお ける書物の流通伝播と人物移動の地域特性(科学研究費補助金 研究成 果報告書)pp.193-242

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Ye Shaoyong(叶少勇)

  [2011]:『中論 梵蔵漢合校 • 導読 • 訳注』中西書局 1 月輪[1929a]、[1929b]、[1931]

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2 「この書の漢訳は『般若灯論釈』と称して、「大正」三〇巻にその全一五巻がおさ められている。唐の貞観四~六年(六三〇~六三二年)に波羅頗〔迦羅〕蜜多羅 (Prabhākaramitra)が全訳した。しかしこの訳者は唯識派に属して中観思想には深 くないうえに、六四歳の高齢でこの書を訳了した半年後に没しており、そのために 校訂・補修はまったくおこなわれず、訳語不統一や誤訳や恣意的な削除や挿入な ど、乱雑や拙劣を責める悪評がすでに古くからすこぶる高い。」(三枝[1984] p.31) 3 月輪[1929a]p.9

4 Catuḥśataka(CŚ)Chap.14 v.25 D.16a5 P.17b8-18a1 5 D.243a2-3 P.274b6-7 6 『青目註』における「生死即涅槃」については拙論[2016]第 4 章参照。 7 この「涅槃即生死、生死即涅槃」という記述について、上記『青目註』では「如経説」 (T.30 p.21b18)とされているのに対し、『灯論』の当該箇所では「如宝勝経偈言」(T.30 p.104a9)というように特定の経典名が典拠として示されている。しかし、この『宝 勝経』という経典がどのような経典であるかは不明である。

8 『灯論』 T.30 p.104a9-10 ; PP Tib., D.178a6-178b1 P.221b7-222a1 9 「而辞不雅中。其中、乖闕煩重者、法師皆裁而裨之。」(T.30 p.1a26) 10 「此土先有中論四卷。本偈大同。賓頭盧伽為其注解。」(T.30 p.51b12-13) 11 Prabhākaramitra の入唐年代については 2 説あり、まず PP Ch. の序文(T.30 p.51a14) をはじめとして、『大唐内典録』(T.55 p.281a12)、『開元釈教録』(T.55 p.553b23)、『弁 正論』(T.52 p.513b10)では貞観元年(627 年)とされる。他方『続高僧伝』には「武 徳九年(626 年)」(T.50 p.440a15)とある。 12 『青目註』の第 7 章では第 7 偈が 2 つに分割されている。そのため、それ以降の偈 頌の番号が他本と比べて 1 つ多くなっている。 13 『灯論』の第 7 章では第 16 偈が欠けている。そのため、それ以降の偈頌の番号が他 本と比べて 1 つ少なくなっている。 14 同じく √śam から派生した語として upaśama が MMK の帰敬偈などで用いられている が、これについては羅什、Prabhākaramitra ともに「寂滅」ではなく「滅」を充てている。 キーワード:Prajñāpradīpa、般若灯論、青目、中論

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緒 言  第圏節 第二節 第四章 第一節 第二節 第五章 第口節 第二節第六章第七章

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最大消滅部分空間問題 MVSP Maximum Vanishing Subspace Problem.. MVSP:

方法は、L-Na 液体培地(バクトトリプトン 10g/L、酵母エキス 5g/L、NaCl 24 g/L)200mL を坂口フラスコに入れ、そこに体質顔料 H を入れ、オートクレーブ滅菌を行

平成25年3月1日 東京都北区長.. 第1章 第2章 第3 章 第4章 第5章 第6章 第7 章

(5) 帳簿の記載と保存 (法第 12 条の 2 第 14 項、法第 7 条第 15 項、同第 16