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マーロウの位置 : Lord Jim考察

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マーロウの位置 : Lord Jim考察

著者 源馬 英人

雑誌名 主流

号 51

ページ 95‑109

発行年 1990‑03‑20

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015077

(2)

マーロウの位置: LordJim 考察

1

源 馬 英 人

95 

コンラッド(JosephConrad)の小説技法を論じる場合,語り手マーロウ (Marlow)の重要性が頻繁にとり上げられる.z マーロウは単なる語り手 ではなく,同時に,小説中の行為者でもある.マーロウの行為は,彼自身を 含む登場人物たちの行為を彼なりに総括し聴き手に物語る,という三重構造 になっているのである.一連の[マーロウもの]の含蓄が,行為者兼語り手 という彼の機能の二重性に大きく依存する点を見落としてはならない.本稿 ではLordJimを例にとり,マーロウの特殊な役割jについて考えてみたい.

Lord Jimは,全四十五章中,冒頭四章以外は最後十章の書簡を含めすべ てマーロウの語りの形式をとる.聴き手に与えられる主人公ジム (Jim)の 映像はマーロウが描くジム像である.マーロウは,ジムの生涯を聴き手に物 語るという行為を通じて,彼自身とジムとの関わり方の是非を改めて確認し ようとする.それゆえ,もし聴き手(読者を含む)が自分なりのジム像を描 こうとすれば,マーロウがジムに対してどう関わり,どういう立場からジム の「伝記口述者

J

の任務を果たしているかを先ず突き止めねばならない.換 言すれば,聴き手は,自分と主人公ジムとの問のどこにマーロウが立ってい るのか,或いは立とうとしているのか,その位置を把握せねばならない.そ れを行って後はじめて,聴き手は鮮明なジム像を描くことができるのである.

加えて,マーロウの位置を正しく掴むことは,彼の役割の意義を明らかにし,

延ては作者コンラッドの生の概念を部分的にせよ捉えることにもなろう.

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96  マーロウの位置:LordJim考察

Lord J仰の結末は印象的である.主人公の死に臨む態度は堂々として悲 劇的で、あり,カタルシス的感覚すら惹起する.だがその一方で,最後まで払 拭されぬ不明瞭感もまた,そこにはある.劇的且つ不明瞭な結末は, Lord Jim以外にも,同ctoryをはじめ,コンラッドの多くの作品の特徴である.3

コンラッド文学の魅力の一つが,この相反する要素を合わせ持つ結末にある といってもよかろう.さて, LordJimに焦点を当てると,問題の不明瞭感は,

ジムに対する語り手マーロウの感情的相魁に起因している.マーロウの葛藤 は彼自身とジムとの聞の心理的距離を時々変化させ,その結果,彼から聴き 手に与えられる無数の断片的ジム像は,その寸法,明度,色合いをめまぐる しく変え,しばしば激しく矛盾する.しかも,時間軸を破壊したマ}ロウの 語りは独特の緊張感を生み,それが彼の内的葛藤と相乗的に作用し合う結果,

聴き手は,話が終わった後も迷路に取り残されたような感覚に陥るのである.

そこで,不明瞭感の主因であるところのジムに対するマーロウの感情的相 魁,及び心理的距離の変化を,具体的に見ていこう.マーロウは,ジムを見 た最初の瞬間から相手に対する両極の感情に捕らえられる.乗客ごと船を棄 てるという大罪を犯しながら超然として反省の気配のないジムに,マーロウ は憤激する.同時に,彼はジムの表情や姿勢の中に実直な人間性を見てとり,

「甲板を任せられる」という,船乗りの最大級の賛辞をもってジムを受け入 れる.偶然見かけただけの,まだ言葉も交わさぬジムという男は,既にこの 時,人間の倫理という大命題をマーロウに考えさせる具体的材料として,マー ロウの心の奥深く入り込んでいるのである.彼はジムを「我々の仲間(one of us) 

J

と評するが,この言葉は小説中に繰り返し現れ, LordJim解釈の キー・ワードになっている.4 彼は自分がジムに執着した理由を次のように 分析する.

(4)

マーロウの位置:Lord♂加考察 97  Was it  for my own sake that I wished to find some shadow of an ex‑ cuse for that young fellow whom I had never seen before, but whose  appearance alone added a touch of personal concern to  the thoughts  suggested by the knowledge of his  weakness一一−madeit  a thing of  mystery dterror←ー−likea hint of a destructive fate ready for us all  whose youth一一一inits  day一一一hadres在日ibledhis youth? I fear that  such was the secret motive of my prying.(p.  51)5 

注目すべき点は,マーロウがジムを一人の罪人として冷淡に見るのではなく,

ジムに失敗が状況次第では誰にでも起こりうることだとしてP その普遍的本 質を把握し,ジムの不運をよく理解していることである.こうしてマーロウ は,実際のつきあいが始まる前に既に自己の内部でジムと関わり,ジムの近 くに自分を置く.そしてこれ以後ジムとの関わりが深まるにつれ,彼はジム に対する両極の感情の間で往復を繰り返し,それに従ってジムとの心理的距 離も変化する.

彼がジムに惹かれる最大の理由は,被に「我々の仲間

J

であると直感させ たジムの人間的資質である.彼は,ジムが,決して才走ってはいないがその 存在が忠誠心に基づいている人間だと感じる.加えて,彼自身船乗りである マーロウは,事件の瞬間のジムの苦境を何ひとつ考慮せぬ裁判の残酷な皮相 性を痛感し,ジムに同情を禁じえない.

逆に,彼がジ、ムへの反感を捨てられぬ理由は,「空想の乞食 (imaginative beggar) 

J

という彼のジム評に端的に示されている.パトナ (Patna)号事 件についてジムは,自分の犯した罪を悔いるより,船に留まっていれば彼の ものとなった筈の名誉を取り逃したことを,ただ悔しがるだけである.極度 にロマンティックなエゴイズムゆえにジムは自分の弱さを直視できぬのであ り,マーロウがジムを嫌悪するのはまさにこの点である.彼はジムの失敗に 潜む本質的普遍性を認めはするものの,その罪の普遍性だけを訴えて自己正

(5)

98  マーロウの位置:LordJim考察

当化を図るジムを許すことができず,明確な距離を保とうとする.こうして 彼は不安定な往復運動を己の内部で繰り返す.運動の振幅は交際の深まりに 比例して広がるが,中心点は次第にジムに接近していく.そして,シャム国 軍の不良士官がジムによって河に放り込まれる事件が起きた頃には,あちこ ちを転々とするジムの放浪行為が,実は,休息を求める退却ではなく,名誉 回復の機会を求める必死の挑戦だと察知できる位置まで,ジムに近づいてい

る.

... it  was not relief he wanted; I seemed to perceive dimly that what  he wanted, what he was, as  it  were, waiting for,  was something not  easy to  define一一一somethingin  the  nature of  an opportunity. (pp.  201‑2) 

理知的レヴ、ェルにおいては,おそらく,この時点で彼はジムに最も近づいて いる.

一方,感情的レヴェルでは,パトゥサン(Patusan)に向かう船上の別れ の場面で彼らの距離は急速に縮まり,一種肉親の情が互いに通い合う.但し これは,パトゥサンでの危険に対する心配と,この直前,彼らの間にあった 敵意の反動とが,別離の情と結合した結果の剥那的接近にすぎず,重要度の 点でシャム事件後の接近に一歩譲る.

マーロウとジムとの積極的な関わり合いはこの船上の別れで終わってい る.これ以後,ジムはマーロウの手を離れて一人歩き

ι

ており,一方,マー

ロウは,ジム本人を含む数人から集めた情報をつなぎ合わせ,ジムの足跡の 確認、に精を出す.彼はパトゥサンでのジムの成功を喜び,ブラウン(Brown) 事件によってもたらされた悲劇的最期についても,ジム自身による名誉回復 の究極的達成であるとしてその選択を受け入れようと努める.だが彼は,ジ ムの死に心を動かされると同時にやりきれなさをも感じる.つまり,「我々 の仲間

J

である筈のジムとの距離を,彼は,ジムの死後も埋めることができ

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マーロウの位置:LordJim考察 99  ないのである.

I I  

マーロウが或る一線を越えてジムに近づけぬのは,人生の捉え方や処し方 において両者の間に隔たりがあるからだが,ここでその相違の実態を,「パ トナ号事件

J

,「放浪」,「パトゥサン」の三点に絞って確かめながら,彼がジ ムをどんな人物として見,どう関わっているか,調べてみたい.

先ず,パトナ号事件である.ジム本人はこれを,自分を突然襲った運命の 卑怯な不意討ちであり,自分の真価を歪め名を辱める不当な仕打ちだと考え る.ジムは己の行為の正当性を測る尺度として「覚悟(readiness)

J

という 概念を特別に重視するが,パトナ号が海上の浮遊物と衝突したのは,自分が

まだ notready である一瞬の隙に仕組まれた毘だと考えるのである.その ため,事件の核心であり且つ彼自身の行為である「ジャンプ」についても,

ポートファク

先に船を棄てた船長たちの呼び声が,まるで鈎棒で百|っかけるように無意識 の彼を甲板から跳ばせたのだと決めつけ,沈没の恐怖から衝動的に逃れた自 分の弱さを直視することを拒む.ジムのこうした性格は,作品冒頭の船員養 成学校時代のエピソードに,既に顕れている.暴風の猛威に思わず怯み遭難 者救助に遅れた自分を,彼は,己の本来の姿と認めず,自分は天地の卑劣な 不意討ちに遭い勇気を示す機会を奪われたのだと考える.彼は自分の失敗を 不運な偶発事として片付け,次こそ勇気と能力を示してやろうと危険を待ち うけるのだが,この時点で既に,事故発生前と同様の英雄的空想、の世界に再 び埋没している.つまりジムは,夢想、の世界ではどんな危険に対しでも

ready である反面,現実的には来るべき危険に対し,常に備えの不十分な not readyの状態にあるのである.

マーロウはジムの矛盾を見逃さない.パトナ号事件そのものについては,

彼もこれを,ジムを襲った残酷な試練であると判断するが,ジムのようにこ れを不当な仕打ちだとは考えない.事故当夜の己の苦境を強調しマーロウを

(7)

100  マーロウの位置:LordJim考察

自分の同盟者にしようとするジムに対し,マーロウは事件をあくまでジム個 人の問題に留める辛隷な言葉を返し,ジムの苦境については「君は試された のだ」と結論する.つまり彼は,試練にあったことではジムに同情するが,

試練の結果を謙虚に見つめぬジムに対しては,徹底して批判的姿勢を貫くの である.

次はジムの放浪である.ジムは「白紙の状態」で再出発できる新天地を求 め,白人社会から逃れるように転々と放浪を続ける.だがマーロウは,白紙 に戻るために現在の場所を拒否するという行為自体,パトナ号事件の幽霊を 自ら.引きず、っている何よりの証拠だと考え,ジムが白紙に戻ることは永久に 不可能で、あると確信している.その彼がジムをーか所に留めておけぬのは,

ジムを駆り立てる衝動の中に,パトナ号事件の幽霊と対決しようとする意志 を感じ取っているからである.もしジムの放浪が幽霊との対決行為であるな らば,それは他者の介入を許さぬ,ジム一人の世界での決闘でなければなら ない.これを理解するに及んで,マーロウはシュタイン(Stein)に頼み,

少なくとも白人船員社会からだけは隔絶された辺地パトゥサンにジムを送り 込む.但しこれは,打つ手仁窮した彼の,ーか八かの強行措置である.

さて,舞台はパトゥサンに移る.この地での成功から得た知勇と正義の体 現者という地位がもたらす満足を,一方で心ゆくまで味わいながらも,パト ナ号事件清算の確信にジムはなお到達できない.しかし,その理由が何であ るのか彼は敢えて突き止めようとせず,パトゥサンというカプセルの中に自 分を閉じ込める.マーロウは,ジムが過去の恥辱に執効にこだわり続ける理 由として,ジムのアイデンティティが今なお白人社会の中に置かれているこ とを看破している.白人社会への復帰を渇望しながら,自ら招いた恥辱のた めにそこへ戻っていけぬジムのデイレンマを,マーロウはよく理解している.

その上,パトゥサンでのジムの幸福がやがては崩壊する運命にあることを,

彼は二つの理由から直感している.第一に,コルネリウス(Cornelius)以 外の唯一のヨーロッパ人であるジムは,言わば孤立によって護られており,

(8)

マーロウの位置:LordJim考察 101  それは外部からの侵入者によっていつ破られるかも知れぬということであ る.第二は,ジムの成功が,その舷い光輝にも拘らず「苦痛の終わり」とい う感じを伴っていないことである.だが,相変わらず幽霊との一騎打ちを続 けるジムに援助を拒絶する強固な意志を感じ,彼はそのまま立ち去る.

マーロウの危倶の実現がブラウン事件であり,この最後で且つ最大の試練 こそ,ジムが求めてやまなかった「機会jである.ブラウン事件はマーロウ にとっても青天の霧震であり,その顛末を語る彼の語調は,以前の冷静且つ 批判的な調子から一変,ジムを哀惜する感傷的色合いを帯ぴる.彼はジムが 待ち望んだ「機会

J

の苛烈な素顔に衝撃を受け,その反動からジムの最後の 選択を是認しようと努める.だがジムの生涯ということになると,マーロウ はこれを簡単に総括できない.ウルフ(VirginiaWoolf)が述べるところの

「墓碑銘」を,彼は,ジムに対しては捧げることができぬのである.6 彼は,

波i閣の生涯を閉じたジムを「我々の仲間

J

と,ただ繰り返し呼ぶばかりであ る.

それでは,この「我々の仲間」という言葉でマーロウが定義しようとする

「我々jとは,一体どんな人間集団なのであろうか.小説中から拾った九例 をもとにそれを考えてみよう.なお,下記引用文中のイタリック体はすべて 筆者の使用による.

A. I watched the youngster there. I liked his appearance; I knew his  appearance; he came from the  right place;  he  was one of us.  He  stood there for all  the parentage of his kind, for men and women  by no  means  clever  or  amusing,  but  whose very  existence  is  based upon honest faith, and upon the instinct of courage.(p.  43)  B..  . this appearance appealing at  sight to all my sympathies: this 

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102  マーロウの位置:Lordim考察

frank aspect, the artless  smile, the youthful seriousness. He was  of the right sort; he was one of us.p.  78) 

C.'He swayed me. I own to it,  I own up. The occasion was obscure,  insignificant‑what you will: a lost youngster, one in a million 

‑but then he was one of 町 ・ the mystery of his attitude got  hold of me thoughhe had been an individual in  the forefront  of his  kind,  as  if  the  obscure  truth  involved  were momentous  enough to affect mankind's conception of itself..(p.  93)  D.

H e ;  

looked at me very steadily, very sever巴. I was being bul‑

lied now, and it  behoved me to make no sigh lest by a gesture or  a word I should be drawn into  a ftaladmission about myself  which would havhadsome bearing on the case. ー.Dont forget  I had him before me, and really he was too much like one of us not  to be dangerous.p.  106) 

E. He wouldnt let  me forget how imaginative he was.  How  could  I tell?  Even Stein  could say no more than that  he was  romantic. I only knew he was one of us. And what business had he  to be romantic?(p. 224) 

F. He had told me he was satisfied  ..  nεarly.Thisis  going further  than most of us  dare.  I‑who have the  right  to  think myself  good enough‑dare not.  Neither does any of you here,  I sup‑ pose?  ..  Let no soul know, since the truth can be wrung out of  us only by some cruel,  little,  awful catastrophe. But he is  one of  us, and he could say he was satisfied ... nearly.pp. 324‑5)  G. It  remains  in  the  memory motionless,  unfaded,  with  its  life 

arrested, in an unchanging light.  . But as to what I was leaving  behind,  I cannot imagine any alternation.  .  They exist  as  if 

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マーロウの位置:LordJim考察 103  under an enchanters wand. But the figure round which all  these  are grouped  that one lives,  and I am not certain of him. No  magicians wand can immobilise him under my eyes. He is  one of  us.(pp. 330‑1) 

H.  "Jim had been away in  the interior for more than a week, and it  was Dain Waris who had directed the  first  repulse.  That brave  and intelligent youth ('who knew how to fight after the manner of  white men ) wished to settle the business off‑hand, but his people  were too much for him. He had not Jim's racial prestige and the  reputation of invincible, supernatural power. He was not the visi‑ ble,  tangible incarnation of unfailing truth  and of unfailing vic‑ tory. Beloved, trusted, and admired as he was, he was still one of  them, while Jim was one of us.(p.  361) 

I. But we can see him, an obscure conqueror of fame, tearing him‑ self out of the arms of a jealous love at the sign, at the call of his  exalted egoism. He goes away from a living woman to  celebrate  his pitiless wedding with a shadowy ideal of conduct. Is  he satis‑ fied  quite, now, I wonder? We ought to know. He is  one of us .. 

..(p. 416) 

上例中,最も単純な定義はG・ Hの,パトゥサンの住民に対するヨーロッ パ人という区別である.それ以外では A・Bが一見単純だが,「まともな出身

J

或いは「まともな部類

J

という定義は,直感的に訴える要素をもっ反面,厳 密さを欠く.より具体的な検証が必要で、ある. C ・ Dは,マーロウがジム自 身の口からパトナ号事件の説明を開く場面だが,ジムに対する彼の感情の働 きが対照的であるのが面白い.ここでマーロウは人間の行為における真実と 虚偽の問題を直視させられるのだが, Cでジムの中の真実を評価し彼に近づ

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104  マーロウの位置:LordJim考察

くのに対し, Dでは逆にジムの中の虚偽を警戒し,意識的に彼から離れてい る.但しこの会談を通じて,すべての真実には必ず社会的約束が内在し,ま た虚偽にも誠実が内在することをマーロウが痛感する点は,注目すべきであ る.彼は,ジムの必死な態度の背後で揮然一体となった真実と虚偽の中に,

運命の試練から逃れられぬ人間存在の倫理的アイデンテイティの一つの標本 を,また,その傷ついたアイデンティティを火中から拾い上げようとする人 間の宿命的苦闘の一つの例を,目撃するのである.またEでは,ジムをロマ ンティックだとするシュタインの言葉を引き合いに出しながら,マーロウは 彼を「我々の仲間」と呼ぶことで,かかるロマンティシズムがジム一人の問 題に留まらぬことを暗示する.つまり「我々」は,程度の差はあれ,皆,ロ マンティシズムがヲ|き起こす深刻な問題を抱えているのである.残るF ・ I  の二例は,ジムが自分の運命に満足しているか否か,マーロウが推量するく だりだが, Fにおける「我々

J

とは,破局によってのみ露になる己の内なる 真実を直視できる人間であり,一方Iでは,現実保守に対する理念追求の優 先を,その是非は別問題として,少なくとも理解できる人間,それが「我々」

である.

以上,マーロウの見解九例を通観したが,「我々jとは要するに次のよう な人間集団だと定義できょう.即ち,自己及ぴ他人の行為における真実と虚 偽の両方を真正面から見据える,或いは少なくとも見据えようとするだけの 真撃さをもち,大なり小なりロマンティックな夢を胸中に秘めながら,しか もそのロマンティシズムが時として己に与える傷の痛みを理解している,そ ういう人間の集団が「我々jであり,そのすべての属性をマーロウは「まと も」という単純な一語に集約しているのである.因に, Hには白人(非文明 人に対する文明人)という要素が認められるが,これは, LordJimが19世 紀の世界を背景にしているためである.また,ジム以外のパトナ号乗組員の 例に示されるように,白人であることが必ずしも「我々

J

の十分条件になら ぬことも明白である.

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マーロウの佼置:Lordルn考察 105 

結論

以上列挙した「我々

J

の属性中,一体どの点においてマーロウはジムに近 づき,またどの点において離れるのであろうか.それを確認しながら彼の判 断の尺度となる思想を捉え,読者を含む聴き手とジムとの聞のどこに,どん な形で彼が位置を占めるかをまとめ,本稿の結びとしたい.

良きにつけ悪しきにつけマーロウの関心を強く引きつけるのは,過度の名 誉欲に象徴されるジムのエゴイズムとロマンティシズムである.この二要素 は相互に作用し合うことで無限に増大する.更に,生来的責任感と融合する ことで,それらはジムの胸中の造かな高処で成功と美徳の光に包まれ,侵す べからざる規範に昇華する.7 マーロウがジムを嫌悪して離れるのは,この 不安定な規範が成功の夢の方に大きく振れ,ジムを自分の弱さやその弱さゆ えに犯した罪に対して盲目にする時であり,逆にジムに共鳴し接近するのは,

その規範が美徳の夢の方に振れた結果,ジムを人間存在の真実と虚偽に対し 際だ、って敏感にする時である.真実対虚偽の問題に敏感な人間の内部には,

社会的約束に対する責任感が必然的に喚起され,それは義務への忠誠心とし て具体化する.マーロウがジムの生き方に積極的に関与していくのは,ジ ムがこの忠誠心を人一倍強く持つ男だからであり,なお且つ,その忠誠心を 運命によって残酷に試され,挫折した人間だからである.彼は,ジムが致命 的な「ジャンプ」の瞬間においても己の職務に対する忠誠心を失わなかった ことを,ジムが見せる切実な頑さの中に確信する.それゆえ彼はこの若者を 棄てておけぬのである.

だが,これほど熱心にジム救済の努力をしても,なお,マーロウにはジム との聞に埋められぬ距離がある.パトゥサンを去るマーロウに,「彼らに伝 えてください……jと呼びかけ,すぐまたれ「いえ 何でもありません」

と取り消す行為が象徴するように,ジムは,心の底で復帰を渇望する白人社 会に戻ることを拒み,自分の希求を理解するマーロウの援助の手も拒絶する.

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106  マーロウの位置:LordJim考察

そこには,恥辱を克服し燦然たる名誉を確立したいと願う激しい欲望と,そ の欲望達成に向けての他者を排した無限の献身という,徹底して自己完結的 なエゴイズムの回路が形成されており,ジムが彼自身以外に唯一頼るマーロ ウといえどもその回路に侵入することは不可能なのである.そして,ジムが 初めて ready な状態で運命に真っ向から挑んだ、その死についても,あまり に完壁なエゴイズム成就の形態に,彼は,感動を覚えながらも呆然とその事 実を受け入れるほかどうすることもできない.ささやかな罪や不名誉が散在 するこの社会に根を下ろすマーロウは,常識豊かな中庸の人であり,極端な 世界を理解はしても,彼自身そこへ入ってはいけない.かつてクルツ(Kurtz) の中の暗黒に魅入られながらその閣の入口で引き返したように,9 今度も彼 は,ジムの夢に共鳴しながらも,結局は常識の世界に戻ってしまうのである.

ジムやクルツのような非凡な人間の中に潜む極端との対決或いは接触を通じ て,マーロウは彼自身,大きな試練を受け,その試練を通して人間存在につ いての理解を深めていく.10 彼は,自分が関わり合った極端な人物につい て,自分と同じ常識人である聴き手に語ることにより己の内部でその試練を 再体験し,そこに含まれる意味を一つ一つ確認しているのである.クルツが そうであったように,ジムもまた極端なエゴイズムとロマンティシズムの持 ち主である.しかもそのジムを「我々の仲間」であると感じるがゆえに,マー ロウが受ける衝撃の大きさは測り知れない.彼には,ジムという一個人を死 に至らしめた夢が,そのまま,全人類を盲目的に駆り立てるところの偉大さ の夢と重なるように思われてくる.まさしくジムはその言葉の最も積極的な 意味における「我々の仲間jとして,人間存在の根底的疑問を彼に投げかけ ているのである.

故国に戻ったマーロウの験にパトゥサンの住民一人一人の姿が,あたかも 一幅の絵のような鮮やかさでよみがえるのに反し,彼らに取り囲まれたジム の姿だけがぼやけているのは,まことに象償的である.パトゥサンの事実上 の統治者として君臨するジムの正体が,安住の地を持たぬ nowhereman  

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マーロウの位置:LordJim考 察 107  であることを,マーロウは悟っている.パトゥサンの海岸で彼を見送るジム の姿を,マーロウは,謎の中心に立っていたと述懐するが,彼にとって謎で あるのは,実は,ジムという人物そのものではなく,ジムの運命なのである.

ジムに安住の地が果しであるのか,もしあるとすれば,それはどんなところ で,ジムがそこに辿り着くのはいつのことなのか,マーロウにはまったく見 当がつかない.それゆえ,聴き手に対してはスピーカーの如く機械的で、冷静 な語り手を装いながら,実際の彼は,ジムのいる場所を正確に把握できぬた め,この男と聴き手の間の一体どこに自分の場所を定めてよいのか解らず,

不安定な足場の上で必、死にバランスをとっているのだ.そして,マーロウの この努力は,取りも直さず,彼自身大いにロマンティックである作者コンラッ ドの,ロマンティシズムの是非と功罪を探求する姿勢が如何に切実で、あるか を物語っているのである.

1 本稿は,日本英文学会中国四国支部第41回大会(198810228)における問題 名の研究発表の内容を論文にまとめたものである.

2 マーロウ論は数多く,枚挙に暇がないが,簡潔で面白いカール(RichardCurle)  の論もその一例である.但し,カールは,作者の分身或いは助手としてのマーロウ を重視するあまり,試練の中で成長する行為者マーロウを軽視している.この点で は後述するダラス (JacquesDarras)のマーロウ論が,より優れているように思う.

Cf. Richard  Curle,  Jos.ψh Conrad and His  Characters (New Yark:  Rusell and  Rusell, 1968), pp. 62‑5. 

3 拙稿「借衣の綻び一一JosephConradのVictoryにおけるHeystの死の意味一一J

(『主流』別冊,太田藤一郎先生追悼号)を参照されたい.

4  「甲板を任せられる

J ,

I我々の仲間

J

というマーロウのジム評については,吉田 徹夫氏のコンラッド論に,本稿と同様の言及がある.参照,吉田徹夫,『ジョウゼフ・

コンラッドの世界一一翼の折れた鳥』(関文社出版, 1980).

5 Joseph Conrad, Lcrd Jim The Worlds Classics

Oxford Oxford University  Press, 1983). 

LrdJimについてはDent版が入手不可能のため,本稿における引用は上記出典 による.なお,このOxford版の編集はDent版に準拠している.

6 And very quietly and compassionately Marlow sometimes lets fallfewwords 

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108  マーロウの位置:LordJim考察

of epitaph which reminds us, with all  that beauty and brilliancy bforeour eyes,  of the  darkness of the  background. (Virginia Woolf, The Common Reader: First  Seri[London:The Hogarth Press, 1975], p.  287.) 

7 ジムはあまりにロマンティックな夢を追い続け,結局,自らを死にヲ!き渡すこと になるが,次に引用するシュタイシの言葉は,夢の不可欠性と限界の定義としでコ ンラッド研究上の最重要の手がかりに数えられる.

A man that is  born falls  into a dream like a man who falls  into the sea. If he  tries  to  climb  out  into  the  air  as  inexperienced  people  endavour to  do,  he  drowns  nicht wah斤 . No! I tell you' The way is  to  the destructive element  submit yottrself, and with the exertions of your hands and feet in the water make  the deep, deep sea kePyou up.Lord Jim, p.  214.) 

8 コンラッドのこの哲学を考えるに際し,興味深い文章がある.日本人船長,森勝 衛との五十年にわたる友情を綴った,ヴァン・デル・ポスト(Laurensvan der  Post)のエッセイ中の次の一節である.

He [Mori] was by far th1greatestsea captain I was ever to meet. For him sail  ing the sea was not just a physical and technical venture but the fulfilment of a  mission to which he felt himself born by life  itself.  He knew his task as a ships  master by heart and performed it  superbly; and with an authority that nevrlost  touch with humanity. But ultimately there was far more than that in his concep

tion of his vocation. Love of his country and people, love of duty and, above all,  love of 

life of maningand a search for greater being were all  united in it.  This 

enabled him to  contain extremes of paradox and tensions that daily tested him.  As we talked at  the heart of his special world, reflected once more in mirrors of  his  special  sea and uplifted  in  temples of  cloud,  I often  thought that  Conrad  would have loved Mori too and put him in a story whrethrough the heightening  of perception, which is  the role of fiction,  the essential quality and truth of the  child‑like man would shine out.(Laurens van der Post, Yet Being Someone Other  [PeuinBooks, 1984], pp. 257‑8.) 

9 Joseph Conrad,Heart of Darkness.   

10  マーロウのこうした人間存在把握の方法を,ダラスは次のように表現している.

Marlow is  the  one who goes from outpost  to  otttpost,  from relay  to  relay,  gathering up in the course of his journey all the scattered fragments of the story  More mobil than the civil servants Crlierand Kayerts in An Outpost of Prag  ress,'  who were simply thrown up on an island of civilisation  surrounded by a  jungle, Marlow patiently follows his  clew of Ariadne and finds  his  way to  the 

(16)

マーロウの位置:LordJim考察 109  Minotaur. (Jacques Darras,  Conrad and tルWest:Signs of Empire [London: Mac  millan, 1982], p.  83.) 

参照

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