詩劇CainにみられるByronの姿
著者 辻 忠一
雑誌名 主流
号 29
ページ 72‑87
発行年 1967‑04‑10
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016712
詩劇 C a i n にみられる Byron の姿
辻 忠
1
Byronは旧約聖書の物語をテーマにして二つの詩劇を書いた. すなわ ち,創世記第4章に出てくる, AdamとEveの長男 Cainが弟 Abelを 殺した人類最初の殺人事件を取扱った Cainと,同じく第6主主からはじま るところの,あの有名な「ノアの箱舟」を取扱ったHeavenand Earthと である. この小論においては前者について論じ,それを通してみられる作 者 Byronの姿を捉えてみたいと思う.
Cai:η が1821年12月ロンドンの JohnMurray社から出版されると,
たちまちにして, blasphemousであるという理由で,四方八方から猛烈な 攻撃をうけた.牧師たちはこの作品を排撃するための説教を行なった.し かしながら一方,大陸の批評家たちはCainを賞讃し,英国内における状 態にむしろおどろいた.その最も代表的なのは老 Goetheであって,c.αtn
を以て ..,so unique in its beauty as not to be found a second time in the world"と激賞した. もちろん英国においても少数の支持者はあった.
W alter Scott, Shelley,それに Byronの親友であり,彼の伝記を書いた Thomas Mooreなどがそれらであり,Mooreは, If1 am not mistaken,
2) 3)
it will sink deep into the world's heart ;円と手紙で書いて異郷の親友を なぐさめはげましている.
さて,詩劇 Cαinは3幕から成り,第2幕は更に2場にわかれている.
前述のようにこれは創世記から取材したものであるが9 第1幕と第2幕は Byronの創作であり,第3幕にもかなり創作のあとがみられる.聖書の登
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 73 場人物は, Adam, Eve, Cain, Abel,それに theLordであるが,この作 品では女性は Eveのほかに, CainとAbelの そ れ ぞ れ の 妻 で あ れ 同 時 に妹である AdahとZillahが登場する.なお聖書:で Cainの妻があらわ れるのは,彼がエデンの東に住んでから後であり,その名前はわからない.
このほかにCainにおいては,SpiritsとしてAngelof the LordとLucifer の2人が登場するが,聖書にある theLordは登場しない.
第一幕は TheLandωithout Paradise‑Time, Sunriseとなっており,
Adam一家の6人が神に Sacrifice~ど捧げているところから始まる.やが て両親にひき続いて Abel,Zi1lah, Adahの3人が退場し, Cainひとり残 ったところへ Luciferが現れて2人の対話となり, CainはLuciferに随 って未知の世界の探究に出かけようとする. そこへ Adahが Cainを迎 えにくるが,彼の固い決意をひるがえすことはできない.
第2幕第1場は TheAbyss of喧paceで, Cainは Luciferといっしょ に地球からだんだん遠ざかり9 広大な宇宙を見せられるが
r
死の神秘」の解決はまだつかない.第2場のHadesはうす暗くて静かな「死の王国」
である.ここで Cainは生命を造り出したものを呪う.
第3幕は TheEarth, neαr Eden, as in Act 1となっており,聖書の筋 書にのっとって書かれている.兄弟がそれぞれいけにえを供えるが9 口論 のすえに弟を殺し,両親の呪いをうけた Cainは,天使から額に焼印を押 され,妻子と共にはてしない流浪の旅を始める.
2
この作品の主役は題名の示すとおり Cainであるが, Luciferという偉 大な魔霊を創作することによって, Byronは9 これら2人の口を通して読 者に語りかけているとみることができる.LucIferは第1幕から現れ,第 2幕で大活躍をする.彼は skepticである Cainにいろいろ話しかけて,
ついに彼をつれ出して, TheAbyss of争ace や Hades円を飛びま
74 詩劇 Cainにみられる Byronの姿
わり,弟 Abel殺しの遠因をつくる.創世記第3章にはあの有名な,蛇が Eveをだますところがあるが,陰険でわるがしこい蛇の代りに, Byron は この雄大なLuciferを登場させたと考えることができる.このようにみて くると,この詩劇の表題の下に,創世記第3章第1節の冒頭の Nowthe serpent was more subtil than any beasts of the fIeld which the Lord God had made."なる一文が書かれてある理由がわかるのである. もし Luciferの登場がなければ,この詩劇は,単なる平凡な宗教劇に終り,英 国内はおろか,ヨーロッパ大陸においても大して問題にされなかったであ ろう.
同じく Byronの創作による女性Adahにおいて,
t
皮は2人の女性を描 いていると私は思う. Adahは先に述べたように, Cainの妻であり同時 に妹である.彼女は夫であり兄である Cainに献身的な愛情を捧げる.こ のことからして Byron の描いている1人は, 彼の異母姉で4歳年上の Augusta Byronであると思える. この姉弟が始めて会ったとき,姉はす でに結婚していたが,彼女はこの不幸な弟を心から慰め可愛がった.その 愛情は,しかしながら,姉弟の愛情からやがて恋人同志のそれにまで発展し,しばらく同債の後,遂に Augustaは雄娠した.
Adahにおいて Byronの描いているもう 1人の女性は, 彼が1819年 にヴェニスで紹介された,若くて美しい CountessGuiccioliであろう.
1816年永久に故国を去った Byronは3年後に彼女と出会ったのだが,も し彼女と出会わなかったら,彼はその年英国に帰っていただろうし,もち ろんギリシャ遠征も行なわなかっただろう.というのは,彼がすべての帰 国準備をし,出航の日まで決めてしまったとき, Byronとの別れを悲しむ のあまり, Guiccioliは急病になり, その安否さえ気づ、かわれたので,家 族の者は彼に何とか帰国を思い留まるように懇請してきた.ここに至って Byronは帰国を断念し,急逮ヴェニスから恋人のいるラヴェンナにおもむ いたのである. この伯爵夫人が Byronに与えた影響がその後どんなもの
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 75 であったかは, ラヴェンナでしばらく彼のところに留まっていた親友の Shelleyが次のように伝えている.
Lord Byron is greatly improved in every respect ‑ in genius
,
in temper,
in moral views,
in health and happiness. His connectionwith La Guiccioli has been an inestimable benefit to him
…
He hashad mischievous passions, but these he se巴msto have subdued; and
41
he is becoming, what he should be, a virtuous man.
弟を殺した Cainが拒然としているときに,被をやさしくはげまし,神を
i
信じながら,子供をつれて敢然として夫のあとに従う Adahを描くとき,Byronの胸中には,心から自分を愛してくれた2人の女性, Augustaと Guiccioliの姿が浮んでいたことであろう.
次に気がつくのは,この劇において, Adamはかなり寛大な性格;こ描か れているが, Eveは必要以上に Cainにつらくあたっていることである.
聖書にはもちろん AdamもEveもCainに話しかける個所は見当らな い.殊に最後において, Cainが Abelを殺したのを知って仰天した Eve は,とうてい女性である母親のロから出た言葉とは考えられないような,
はげしい呪いの言葉を Cainに浴せかける. このことからして, Eveにお いて Byronの描いている女性は,非常にヒステリカルな異常性格者であ った彼の母親であると考えられる.あまりにもはげしい性格であったため,
被は遂に耐えきれず, 1806年, 18歳のときに母親のもとから逃れて下宿を している.
3
以上みてきたように,詩劇 Cainの登場人物は, Byron自身およびその 周辺の人々が描かれていると考えられるが, 本稿では主として, Cainと Luciferを通して作者自身の姿がどのように捕かれているかを論じたい.
まず,劇の最初では Adam以下6人が9 神に敬虐な祈りを捧げる場面
76 詩劇 Cainfこみられる Byronの姿
が描かれているが,他の5人はそれぞれ神を讃美するのに,長男の Cain は何もいわずに,ただだまってつつ立ったままである.Adamがそれをと がめると, Whyshou1d 1 speak?" (Act 1, 1. 23)と答える.更に,な ぜだまっているかと問われて, 1have nought to ask." (Act 1, 1. 28)と 答え,何も感謝することはないかと問われても, 否という. 聖書には,
Abe1は「羊を飼う者J,Cainは「土を耕す者」と書いてあるから, 彼は 農夫で菜食主義者であるのだから,素朴で温順な性格なのが普通であろう.
それが Luciferに教育される以前に,これだけの態度を示している.
第1幕の中頃で, Luciferと神について対話中, Luciferは,自分は神と 共通するものは何も持っておらず,また持とうとも思わないし,神とは離 れて住んでいるが,自分は偉大で,自分を崇拝する者はたくさんいるとい
う. しカミし Cainは,
1 never As yet have bow'd unto my father's God, A1though my brother Ab巴10ftimplores That 1 wou1d join with him in sacrifice:‑
Why should 1 bow to thee? (Act 1, 11. 307‑311) という.これらは Byronの前作Manfredと共通する skepticismである.
更に,劇の最初と最後の部分において,次のような rebelliousな場面が みられる.
その一つは,上述のように,神に対する不敬な態度を父にたしなめられ,
母からも Contentt出he白巴 wi江thwha批ti .
あるが,これに対して,ほかの者が退場したあとのSoliloquy‑‑C Cainは, 1 sought not to be born; nor love the state / To which that birth has brought me." (Act 1, 1 1.68‑69)といっている.性格異常の母親に苦
しめられた作者の第一声とみることができょう.
今一つは,弟殺しのあとの場面である.世にも恐ろしい呪いを浴せて母
詩劇 Cμinにみられる Byronの姿 77 親が去ったあとへ,主の使いがあらわれて Cainの額に焼印を押す.普通 の者ならば,これで完全に打ちのめされてしまうのだが, Byronの自我は,
決してここで Cainに泣き言をいわせない.それどころか,次のような痛 快な質問を天使に向ってさせているのである.
It burns
My brow, but nought to that which is within it.
1s there more? 1et me meet it as 1 may. (Act III, 1. 1500‑502) 額は焼けるが,頭の中にあるものは何一つ焼けない.まだこれ以上に処罰 をうけるのなら,堂々とうけてみよう,といわせている.このあたり Byroll の面白躍如たるものがある.
次にわれわれは,この劇の中心テーマとも思われる「死」について,し ばらくみていこう.
r
無限の知識と撤底の論理とを求め」て勇躍未知の世 界に探究に出かけた Cainは,宇宙の広大さに魂をうばわれ,日頃なやん でいる「死」について考え始める.死は両親からうけついだ恐ろしい遺産 であり,決して幸福な遺産ではない.長い間ただ苦しみぬくだけで,その 結果死んでしまう人間という存在に,新しい生命を与えることは,ただ死 というものを繁殖させるだけであり,いたずらに人殺しを増やすだけのこ とである.人間はただ苦しんで死ぬために生れてきたのである.この苦し みから解放されるためにはただ死あるのみ.Peter L. Thorslev,J
r.も‑ those death‑wishing outcast wanderers, cursed of God ‑ made a deep impression on Byron's mind. The themes are repeated many times in his poetry, especially in Childe Harold, in Ma
. n
斤ed,and in Cain.といっているように, Byronの作品は,彼自身,不幸にも何回となく体験 させられた「人間の悲劇」に対する深い同情が,根幹をなしている.
Luciferによって広大な宇宙をみせられたのであるが,
r
死の神秘」の解 決はまだつかない.Cainは次に ,Hadesへつれていかれる. ここはうす78 詩劇UCainにみられる Byronの姿
暗くて静かな「死の王国」であり,ここで Cainは,生命を造り出したも のを呪う.
Cursed be He who invented lif巴thatleads to death! Or the dull mass of life, that, being life, Could not retョin,but needs must forfeit itー
Even for the innocent 1 CAct II
,
sc. ii,
1 .118‑22) そしてLuciferから,お前の父親をも呪うかときかれ9 父は自分に生命を 与えることによって自分を呪った.また禁断の木の実をもぎとることによ って,自分の生れない前から自分を呪ったではないか,と答える.つまり,苦しんで死ぬためにのみ存生するものを 1人でも多く生むことは,まこ とに呪わるべきことだ,と Cainはいう.自分はやがて苦しんで死ぬ運命 にあるのだから,せっかく「よみの国」へつれてきてもらったので,地球 へ帰らず、に永久にここに留まりたい,というが, Luciferは,お前がここ へ来るためには9どうしても「死の関門」をくぐらなければならないのだ,
とさとす.そして,
It may be death leads to the highest knowledge;
And being of all things the sole thing certain, At least leads to the surest science; therefore
The tree was true, though dead1y. CAct II, sc. ii, 1 .1164‑167) と, Luciferらしく, intellectuallyに死の定義を下す.そして,死につい て全く無知である Cainが,死をこのようにのみ理解したところに,彼の 悲劇があったのではなかろうか.このあたりは,第3幕の弟殺しの場を盛 り上げるための伏線とみられ,なかなか巧みな手法である Cainの心の 中では,徐々に,死に対する観念がまとまりかけてきたのであるが,その 状態を, William H. Marshallは次のように説明している.
Thus death slow1y emerges in Cain's consciousness as a bene五cient
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 79 force, made meaningful as Lucifer's arguments erode Cain's under‑ lying belief in universal anthropocentricity and in preservation of
8)
self and kind.
Cainがこのように考えをまとめかけてきたところへ9 前記の, Lucifer の死の定義をきいて,
Man's death is requisite to his ful1 intellectual freedom, that only
9)
through sorrow can Truth lead to Goodn巴ss. と思うようになる.
このようにして CainはLuciferから,死は最高の知識に導くかもしれ ないと教えられ,自分の心の中で,死は beneficientforce円である,と 考えていた.その Cainが,やがて弟殺しの大罪を犯し,目前に死の正体 をまざまざとみせつけられ, 定然として立ちつくすのである. そして,
Luciferが教えてくれた死の観念を完全に否認し‑C,悪夢から覚める.
次にわれわれがみていきたいのは, in tellectualな Luciferにも,人間 Cainの説く「愛情」はどうしても理解できないラということである. 前 記の Hσdesにおいて, Luciferから死の定義をきいたあとで, Cainは,
この「よみの国Jへおりて来る前に,無数の天球が光り輝いているのをみ たが,あれはあんまり美しすぎて,あの中へは悪は入ることができない.
しかし自分の知っている一ばん美しいものは,近くヘ寄ってみたときに一 ばん美しい,と Luciferにいう.ではその美しいものは一体何だ,という 質問に対して, Cainは白信をもって次のように答える.
My sister Adah, ‑All the stars of heav巴n, The deep blue noon of night, lit by an orb Which looks a spirit, or a spirit's world‑
The hues of twilight ‑ the sun's gorgeous coming His setting indescribable, which五l1s
M y eyes with pleasant巴sttears as 1 behold
80 詩劇 Cainにみられる Byronの姿 Him sink, and fee1 my heart float soft1y with him A10ng that western paradise of clouds,
The forest shade, the green bough, the bird's voiceー →
Th巴vesperbird's, which seems to sing of 10ve, And ming1es with the song of cherubim, As the day closes over Eden's walls;一
Al1 these are nothing, to my eyes and heart, Like Adah's face; 1 turn from earth and heaven
To gaze on it. (Act II, sc. iiラ11.255‑269) 行情詩人として,また romanticist,humanistとしての Byronの面影がう かがえるせりふである.Adahにおいて作者が描いている 2人の女性につ いては,前章で述べた.とにかく,
r
愛する」ということが, Lucifむ に は 受け容れられない.滅びなければならないものを愛しているお前をあわれ んでやる,といわれて Cainは9 何ものをも愛しようとしないあなたはpほんとうに可哀そうな人だ,と応酬する.このあたりの Cainは, Lucifer と対等に話しをして一歩もゆずらない.鋼鉄のような感じの偉大なLucifer にも,人間の愛情はわからない.このことについては, Thors1ev, Jr.も,
Lucifer's views stand unchallenged by anything except Cain's quite
10)
human questioning. と述べている.
妻をこの世で一ばん美しいと思う Cainのあたたかい一面をみたので、
あるが,更に,第3幕には次のような場面がある.
再び地上へ戻った CainはAdahと共に,わが子 Enochの寝顔をのぞ きこむ.お前はまだ,果実をもぎとったこともなければ,裸だということ も知らない.
Must the time
Come thou shalt be amerc巴dfor sins unknown, (Act III, 1. 123‑24)
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 81 と,清らかな顔をみるにつけ,自分の全然知らない罪のためにラこの子も また,苦しめられるときが来ることを思って,不問でならない. うららか な陽ざしを浴びて,夫婦仲良心子供をまん中にして話し合っている風J景 は,第1幕以来緊張し通しであった読者
ι
安らぎの気持を与える.まさ にそれは牧歌的風景で、ある.この場面について BonamyDobr民は,Yet this mix吋 dramahas great dramatic moments on the 'human' side, as when Cain and Adah bend over thεcradle of their Enoch,
11)
a beautifully tender scene;
と述べている Byronの面影をうつしたといわれている Childe Harold もラ Manfredも, Cainに劣らず rebelliousであり skepticalであるが9
伎の主な作品中,Cainを除いて,このような beautiful1ytender scene円
はほかにみあたらない.この詩劇は many‑sided立essといわれる Byron の性格のタ多くの面をi宝えているといえるであろう.
やがて弟 Abelのすすめによって 2人は神に祈る. 祈りがすむと,
Abelの祭壇の上の焔は輝きわたる火の柱となりヲ 空中高くのぼっていく がヲ Cainの祭壇はつむじ風が吹き倒し,果実を地上にまきちらす.Abel は驚いて,エホパが兄さんのことを怒っているから祈れという. というの は, Abelは普通の祈りをしたのであるが Cainは,つい先ほどまでの Luciferの影響が大いにものをいって,直立不動のまま,頭も下げずにや ったのである.Abelはヲエホパにあやまれというが, Cainはヲ果実は地 から出たものだから地へ婦らせよ.おれはもう祭壇は造らない.手しで育て られても最後は血まみれになって殺される仔羊や仔山羊の,血だらけのお 前の祭壇をこわしてやる,という.あの祭壇は,いけにえを受け入れてく れたエホバのものだフという Abelに激怒した Cainの言葉,
His pleasure! what was his high pleasure in The fumes of scorching fiesh and smoking bloodラ
To the pain of the bleating mothers, which
82 詩廓UCainにみられる Byronの姿 Still yearn for their dead offspring? or the pangs Of the sad ignorant victims underneath
Thy pious knife? Give way! this b100dy record Shall not stand in the sun, to shame creation!
(Act III, 11. 298‑304) は,罪のない小動物の血を流して,いけにえにする残酷な行為に対する,
humanist Byronの怒りの声であろう.
そして自分の祭壇の前に立ちふさがる弟を9 祭壇からつかみとった燃え さしの木で9 こめかみをなぐりつけて殺すのであるがラ悪夢から覚めて,
前非を悔いた Cainは,天使に次のように頼みかける.
…but could 1 With my own death redeem him from the dust‑
And why not so? 1et him return to day
,
And 1 lie ghast1y! so shal1 be restored By God the life to him he 10ved; and taken
From me a being 1 ne'er 10ved to bear. (Act III, 11 .511‑516) 一一出来ることなら自分がまっ青な額をして倒れてしまって,その力で,
Abe1をもう一度,蘇らせてやりたい.一一人間 Cainの兄としての願い の言葉である.
以上でわれわれは Cainの性格のいろいろな面をみた.ところでさきに も述べたように Byronは, Luciferという偉大な魔霊を創作することに よって,これら2人の口を通して読者に語りかけている,とみることがで きるので,次は, Luciferが Cainに対してどのような意図を持ち,どの ような作戦に出たかということについてみていきたい.それはとりも直さ ず Byronがなぜ、 Luciferを登場させたか,ということであり,彼が第1 幕と第2幕をどのような意図のもとに創作したか,という問題を解決する
ことになるからである.
詩劇UCainにみられる Byronの姿 83 まず自につくのは, Luciferが最初に Cainの前に突如として現われた ときに, Man!"とは呼ばずに, Mortal!" (Act 1, 11. 98)と呼びかけ ていることである.これは以後この劇の中心テーマとなる「死」に対する 予告であるとみることができる.自分自身で Masterof spirits"と名乗
るLuciferは,神は広大で、孤独な王座の上に坐ってフ偉大ではあるが幸福 というわけではない.魔霊と人間とは少くとも同情しあおう.神はみじめ な状態において創造し続けねばならないのだ,と Cainに話しかけること によって9 彼を完全に精神的なとりこにしてしまう.次に「死」について 話し,人間の弱点を巧妙につき, 遂に Cainをして, Letme but / Be taught the mystery of my b巴ing.円(Act1, 318‑319)といわしめている.
そして,すでにみたような未知の世界の探究となる.
次に Luciferは, Cainの弟 Ab巴lについて語る.お前の両親も,エホ バもヲ天使たちもみな Abelを愛している.Abelのいけにえであればエ ホバは受け入れるではないかフといって, Cainに frustrationを起させ,
弟殺しの遠因の一つをつくる. 正直な Cainはわなにかかって興奮し9
あなたはいままで自分にいろいろなものをみせてくれたが9 一体自分はど ういう目的でみて来たのかとたずねる.お前は知識を求めたのではなかっ たのか.お前にみせたもので,お前自身を知ることを教えなかったか,と 魔霊はたずねかえす.この言葉は proudなCainの胸に最後のとどめをさ
し,Cainの解答は, Alas! 1 seem / Nothing." (Act II, sc. ii, 11. 420,
‑421)でありラ二の句がつげない.更に Luciferはたたみかけるように,
人間の本質が nothing円であることを知るのが,人間の知識の最後にい きつくところであり, そのことをお前の子孫に伝えよ, といって Cain を徹底的にみじめな状態に突きおとす. これが Luciferの最初からの意 図であり, Byronが第1幕と第2幕を創作したゆえんであろう.このこと を Byron自身の口から語らせよう.
Cain is a proud man: if Lucifer promised him kingdom, &c. it
84 詩劇 C回inにみられる Byronの 姿
would elate him: the object of the Demon is to必 戸 別shim sti1l further in his own estimation than he was before, by showing him infInite things and his own abasement, ti1l he falls into the frame
12)
of mind that leads to the catastrophe …
さて, Byronはここで,自分自身のことを語っているのである.人間が いかに無力であるかということは,彼自身,理想が高く,反乱lむが強く,
気位が高かっただけに,充分味わったはずである.しかしながら,さすが の Byronも,このままで第2幕を閉じるにしのびず,最後に Luciferを して Cainに次のように語らぜている.
Back
With me, then, to thine earth, and try the rest Of his celestial boons to you and yours.
Evil and good are things in their own essence, And not made good or evil by the giver; But if he gives you good ‑ so call him; if Evi1 springs from him, do not name it m仇e, Till ye know better its true fount; and judge Not by words, though of spiri ,t'ibut the fruits Of your existence
,
such as it must be.One good gift has the fatal apple given‑
Your reason: ‑let it not be oversway'd By tyrannous threats to force you into faith 'Gainst all external sense and inward feeling: Think and endure
, ‑
and form an inner wor1d In your own bosom ‑ where the outward fails; So shall you ne乱rerbe the spiritualNature, and war triumphant with your own. (Act II, sc. ii, 1 1.449‑466)
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 85 Luciferにいわれたように, Thinkand endur己"しておれば,弟殺し の大罪をおかして, dea抗th
のだが,彼の f台ru山1路stむra討tiめonが,その呪うべき行為を抑制させなかった. こ こに Cainの悲劇があるといえよう intel1ectualではあるが,人間であ る以上ラ emotionalであることも止むを得ない.それに対してLuciferは どこまでも冷静でフ上記のような崇高な言葉を語り, reasonとknowledge を代表するものとみるζとができる.つまり極言すれば 2人の対話は9
理性と感情の対話であり9 われわれはこの対話を通じて Byronの中に ある二つの面を知ることができょう.
Byronがこの作品を通して一ばん強調したかったのは第2幕であり,し かもこの Luciferの最後のせりふの,最後の4行, " Think and endure . ではなかっただろうか. このせりふをもって,第2幕は終っているのであ る.
幼時から辛酸をなめ,青年時代に結婚生活に破れ,若〈して故国をすて,
あらゆる困難を克服し,しかも毅然として孤高を保った Byronは,たえ ず白分の心の中で, Thinkand endure, and form an inner world in your own bosom."といいきかせていたにちがいない.彼の創作にかかる 一ばん最後に, これらの語句が書かれているのもむべなるかなである.生 涯を通して理性と感情の一致に努力をし続け,たえず自己内部の矛盾にな やんでいた彼はフこの death網wishing wanderer"に深い同情を持ち,
これを劇化したのであった.
4
かくしてわれわれは Cainにおいて「無限の知識と徹底の論理とを求 める」面と,胸の奥に深い愛情と同情心を秘めている面とをみた.また魔 霊 Luciferの偉大な勇気と白己主張をもみた.Luciferを通して,主張し たいことを撤底的に語ったByronは, Cainにおいて,人間の弱さ,なや
86 詩劇 Cainにみられる Byronの姿
み,苦しみ,そして愛情の美しさを語仇人間的な面をもみぜてくれた.
小川和夫氏も述べておられるように, Byronは,
r
自己と異る主人公を創 造することができなかった.はじめからそのようなものに気を惹かれなかったJのである.
Byronの性格は実に複雑である. このことについては WilliamJ. Calvertがラ Keats,Shelley, Byronの3人を評して3 次のように述べてい ることが参考になる.
Where Keats is autumn haze and Shelley pure ether, Byron is rock ‑ and the hard outcroppings may indicate geologic巴pochs or hot underflows of lava that are worth noting and understanding. From whatever angle we approach him, he is highly complex. A complex p巴rsonality,he lived in a complex era, and formed his artistic
14)
aims and inspirations from complex, even contradictory sources. そして更に, この complexpersonalityを深くみていくとヲいまわれわ れが Cainにおいて学んだように,非常に rebellious‑C skepticalな面と,
tender・h回rtedな humanistとしての面との, 二つにわかれるようであ る.鋼鉄のような Luciferを向うにまわして,堂々とわたりあった Cain の心の底には, Adahをこの世で一ばん美しいものと思い,わが子Enoch の将来を案じる,夫として,父としての深い愛情がひそんでいたのである.
注
1) E. M. Butler, Byron and Goethe, Analysis of a Passion (London: Bows of Bows, 1956), p. 185.
2) T. Moore, The
ι
fe, Letters and Journals of Lord Byron (London: John Murray, 1932), p. 553.3) Byronは1816年4月25日に英国を永久に去った.Cainはイタリーのラヴェ ンナにおいて1821年7月16日に起稿され,同年9月9日に脱稿されている.
4) 1821年8月15日附の手紙である.T. Moore, op.αt., p. 522.
5) Cainのテキストは ThePoetical Works of Lord Byron (London: Oxford
詩劇 Cainにみられる Byronの姿 87 University Press, 1961)を{吏用した.
6) 石田憲次, r英文学としての!日約望書とアポクリファJ(研究社,昭35年), p. 553.
7) Peter L. Thorslev, Jr., The Byronic Hero: Types and Prototyρes (Min‑
neapolis: Univ巴rsityof Minnesota Press, 1962), p. 104.
8) William H. Marshall, The Structure of Byron's 11ゐjorPoems (Philadelphia : University of Pennsylvania Press, 1962), p. 146.
9) Jbid., p. 148.
10) Peter L. Thorslev, Jrフo}う.cit. p. 178.
11) Bonamy Dobrるe,ByroがsDramas, Byron Foundation Lecture1962 (The University of Nottingham, 1962), p. 9.
12) 1821年11月3日附でどサからJohnMurrayにあてた手紙である.T. Moore, op. cit. p. 54l.
13) 小)I/;J'I口元「近代英文学と知性一自我の発展ーJ(研究社,昭31年), p. 4. 14) William J. Calvert, Byron: Romantic Paradox (New Y ork: Russell and
Russell, Inc., 1962)ラp.ix.