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米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考 察

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米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考

著者 岩月 真也

雑誌名 評論・社会科学

号 117

ページ 151‑178

発行年 2016‑06‑30

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014607

(2)

要約:本研究の目的はメリーランド州モンゴメリー学区とコロラド州デンバー学区の事例 を通して米国の賃金制度の仕組みを明らかにすることである。

次の2つが明らかとなった。すなわち,第一にモンゴメリー学区とデンバー学区の業績 給適用外の教師の賃金制度は,学歴資格と経験年数に基づいて昇給する仕組みであった。

両学区ともに学歴資格によってGradeが区分され,Stepの上限に達するまで経験年数に応 じて昇給する仕組みであった。

第二に米国の業績給は「追加的報酬」を意味していた。デンバー学区の業績給について もやはり「追加的報酬」であった。評価はStudent Growth, Market Incentives, Knowledge and Skills, CPEという4領域からなり,それらのIncentiveBonusもしくはSalary increase あった。これらIncentiveに必要な賃金原資は追加的に確保されていた。

キーワード:教員評価,労使関係,ProComp,「追加的報酬」,アメリカ

目次 1.はじめに 2.賃金制度

2-1.モンゴメリー学区の賃金制度 2-2.デンバー学区の賃金制度 2-3.小括

3.業績給

3-1.米国における業績給の概要

3-2.モンゴメリー学区の業績給に対する態度 3-3.デンバー学区のProComp

3-4.小括 4.おわりに

1.はじめに

本研究の目的はメリーランド州モンゴメリー学区とコロラド州デンバー学区の事例を

────────────

同志社大学研究開発推進機構・社会学部助手

2016217日受付,2016328日掲載決定

論文

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する 一考察

岩月真也

151

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通して米国の賃金制度の仕組みを明らかにすることである。

我が国において,教員評価制度が2000年前後に導入された。現在,一部の自治体に ついては評価結果と賃金とを結合させるに至っている(岩月2015)。日本の教員評価制 度に関しては多くの研究が行われてきたものの,日本の制度的特質を明らかにするまで には至っていない。日本の事情のみを対象としていては必然であろう。日本の制度的特 質を探るためには,諸外国の事情を観察した後にもう一度日本の事情を観察する必要が ある。

諸外国の教員評価に関する我が国の研究を見渡してみると,いわゆるPay for per- formance−業績に基づいた報酬(以下,業績給と称す)−に言及する研究がいくつか存 在する。しかし,教員評価に焦点を当てているので致し方ないことではあるものの,賃 金制度の仕組みを踏まえた上で教員評価の仕組みを明らかにしようとする態度は希薄で あった。たしかに,諸外国の教員評価それ自体の仕組みは部分的には紹介されている

(勝野2003,八尾坂2005,藤村2011)。しかし,諸外国の教師の賃金がどのように決定

されているのかが分からない。ただし,米国の教師の賃金制度については下村(1980)

が丁寧な分析を行っている。多くの地域から収集し賃金表の分析は米国の賃金制度を理 解する上で非常に参考になる。しかし,業績給の仕組みを取り込んだ賃金制度について はやはり分からない。結局のところ,「いくらもえるのか」の仕組みが分からないので ある。賃金を受け取る当事者に自身の身を置けば,賃金決定の仕組みに無関心ではいら れないだろう。したがって,教員評価はそれ自体の仕組みに関する理解のみでは十分な 理解にたどり着くことはできず,教員評価は当事者が得ている賃金を決定する仕組みの 中に位置づけられていなければならない。教員評価は賃金制度の仕組みの一つの部分で あるということを認識することが,教員評価を検討する前提にまずは置かれなければな らない。このように認識してみれば,教員評価をきちんと理解するためには,賃金制度 の仕組みを明らかにすることが肝ということになる。

また,賃金制度の仕組みという枠組みの中で教員評価=業績給を捉えることに加え て,賃金制度をどのような手続きで構築しているのかに関する労使関係の解明もこれま での研究は手薄であった。やはり,賃金制度と業績給に加えて,労使関係の仕組みに関 する事実を発見し,発見した諸事実を整合的に説明されなければ,賃金制度を本当に理 解したことにはならないだろう。とはいえ,これらすべてについて一度に言及すること はできないので,本稿では賃金制度,業績給を検討するに留まる。具体的な研究課題は 次の通りである。

本研究の課題は,第一に米国の賃金表を吟味し,昇給の仕組みを明らかにすることで ある。賃金制度を理解する上では最も基本的な作業である。第二に賃金制度の一部分を 成す業績給の仕組みを明らかにする。業績給が導入されている地域の賃金制度は,業績

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給の仕組みそれ自体を理解していなければ明らかにできたとは言えないからである。何 がどのように評価され,評価結果はどのように賃金と結びついているのか。この点の把 握が第二の課題である。ただし,本稿はあくまで業績給の概要を論じるに留まる。詳細 については改めて記したい。

本研究は事例研究の方法を採用した。本事例の対象地域はメリーランド州のモンゴメ リー学区とコロラド州デンバー学区である。モンゴメリー学区を選定した理由の一つは Collective bargaining(以下,団体交渉と称す)が機能していること,もう一つは業績給 が導入されていない典型的な地域であるということである。業績給が導入されている賃 金制度を理解する際,業績給の導入されていない地域の賃金制度を理解することは欠か せない。デンバー学区を選定した理由の一つは,やはり団体交渉が機能していること,

もう一つは業績給が導入されているということである。

調査方法はインタビュー調査である。インタビュー対象者は主としてモンゴメリー学 区のPresident of Montgomery County Education Association(モンゴメリー学区の教員組 合である。以下,Montgomery County Education AssociationはMCEAと称す。),同学区 の小学校長,デンバー学区のPresident of Denver Classroom Teachers Association(デン バー学区の教員組合である。以下,Denver Classroom Teachers AssociationはDCTAと 称す。)である。デンバー学区のPresidentへのインタビューに際して,Presidentの友人 であるジェファソン学区(Jeffco Public Schools(JPS))の Assistant Directorにもインタ ビュー調査ができた。そのAssistant Directorは日本への留学経験があり,日米の教育事 情に詳しかった。その他,モンゴメリー学区とデンバー学区への調査前には,米国最大 の教員組合であるNational Education Association(1)(以下,NEAと称す。)の方々にもイ ンタビュー調査を行った。

調査対象者へのアクセスは連合→日教組→NEAというルートを通じて行った。最終 的には,NEAの国際関係部のジル・クリスチャンソン氏とのメイルでのやり取りを経 て,NEAおよびMCEA, DCTAを訪問することができた。本調査は多くの方々の協力 なしには実現できなかった。本稿はその研究成果の一部である。また,2015年度の米 国調査については科学研究費補助金(研究課題名;「日米における教育力の組織的基盤 の解明」平成27年8月〜平成28年3月,研究活動スタート支援)の研究成果の一部で ある。

インタビューを行った対象者および所属,日程,調査項目は表1にまとめた。

本稿の構成については,2節においてモンゴメリー学区とデンバー学区の賃金制度の 仕組みを明らかにする。3節では業績給の概要を把握して上で,実際に導入されている デンバー学区の業績給を検討する。なお,デンバー学区の業績給を検討する前に,業績 給に対するモンゴメリー学区の態度も確認しておく。4節では明らかになったことをま

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 153

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とめ,今後の研究課題を示した。

2.賃金制度

2節ではモンゴメリー学区とデンバー学区の賃金制度の仕組みを検討する。以下,各 学区の賃金制度を検討する際,各学区の賃金表を参照する。各学区の賃金表を理解する 前提として,米国の賃金表は学区ごとに異なっていることを理解しておかねばならな い。モンゴメリー学区の賃金表は,メリーランド州の数ある学区の賃金表の一つに過ぎ ない。メリーランド州内の複数の学区ごとに賃金表は異なっている。デンバー学区につ いても同様である。コロラド州内の複数の学区ごとに賃金表はやはり異なっている。し たがって,本研究で参照する賃金表は州内の全ての学区をカバーするものではなく,本 事例の学区のみをカバーする賃金表である。各学区の賃金原資は政府財政,州財政,学 区財政によって支えられている。それゆえ,州間,学区間において小さくない賃金格差 が生じることとなる。

ただし,米国の賃金制度において,学区ごとに賃金表が異なるとはいえ,実は賃金制 度の仕組み自体には大きな違いはないとみてよい。管見の限り,昇給の仕組み自体は共 通している。結論を先取りして言えば,米国における教師の賃金表は,学歴資格と経験

1 インタビュー・リスト

対象者 所属 年月日 調査項目

Senior Program/Policy Analyst NEA 2014/9/16 米国の教育制度

労使関係の概要 Senior Program/Policy Specialist/ Analyst NEA 2014/9/16 Pay for performance Manager/ Collective Bargaining and Compensation NEA 2014/9/16 米国の賃金制度

団体交渉

Senior Policy Analyst/ Labor Economics NEA 2014/9/16 米国の賃金制度 団体交渉

President MCEA 2014/9/18 賃金制度,団体交渉

Principal Elementary

School 2014/9/18 教育実践,授業見学

評価制度

President DCTA 2015/11/27 賃金制度,ProComp

団体交渉

Assistant Director JPS 2015/11/27 賃金制度,ProComp

団体交渉

President DCTA 2015/11/30 賃金制度,ProComp

団体交渉

President DCTA 2015/12/4 賃金制度,ProComp

団体交渉 米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察

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年数に基礎づけられている。各学区の賃金表の違いは,Gradeの区分,Stepの数,賃金 の額である。それでは,モンゴメリー学区の賃金制度から順に言及していこう。

2-1.モンゴメリー学区の賃金制度

まず,モンゴメリー学区のプロファイルを不十分ではあるけれど紹介しておこう。モ ンゴメリー学区はメリーランド州にある24学区の中の一つの学区である。前述したよ うに学区ごとに賃金制度は異なっている。モンゴメリー学区の財政は米国の中でも非常 に恵まれている地域の一つである。モンゴメリー学区の賃金制度は,MCEA とモンゴ メリー学区の教育委員会であるMontgomery County Board of Education(以下,MCBE と称す。)との団体交渉で決められている。MCEAはメリーランド州教員組合である Maryland State Education Association(以下,MSEAと称す)に加盟している。MSEAもま たNEAに加盟している。MCEA はMSEAおよびNEAの下部組織ということである。

MCEAの組織をみてみよう。MCEAはモンゴメリー学区のテニュアおよびノンテニ ュアの教師,サポートスタッフ(2)を組織している。組合組織率は97% である。組合員 はMCEAに組合費を支払い,団体交渉に際しては発言権が与えられる。非組合員は組 合費を支払う必要はもちろんないものの,組合費とほぼ同額のAgency FeesをMCEA に支払わなければならない。Agency Feesとは団体交渉を行うMCEAに対する交渉代 理費用である。例えば,MCEAが団体交渉を通じて賃上げを勝ち取った場合,MCEA 未加入の教師の賃金も賃上げの対象となる。そうすると,MCEAは実質的には組合員 の賃金に加えて非組合員の賃金についても交渉しているということになる。それゆえ,

非組合員は組合費とほぼ同額のAgency Feesを組合に支払うことになっている。ただ し,非組合員は組合費とほぼ同額のAgency Feesを支払うものの,非組合員ゆえに団体 交渉に際しての発言権は与えられていない。このAgency Feesの存在がMCEAの組合 組織率の高さの一因になっているといえよう。このような高い組合組織率のMCEAと MCBEとの団体交渉を経て定められた賃金制度を次にみてみよう。

モンゴメリー学区の賃金制度はどのように運用されているのだろうか。表2はモンゴ メリー学区の賃金表のイメージである(3)。Gradeは学歴水準を意味する。BAは学士保 有者,MAは修士保有者,MEQは修士相当の能力保有者,MA/MEQ+30は修士及び修 士相当の能力に加えて30単位分の単位修得者,MA/MEQ+60は修士及び修士相当の能 力に加えて60単位分の単位修得者を意味する。なお,博士資格の保有者はMA/MEQ+

60のGradeに含まれることとなる。このGradeごとに賃金表のレーンが区分されてお

り,上位のレーンほど賃金の額が高くなっている。

Stepは経験年数を意味する。経験年数一年ごとにStepが1つ増加する。Stepが1つ 増加するごとに昇給する仕組みになっている。つまり,昇給はGradeとStepに基づい

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て決定される。ただし,Stepによる昇給は永続的ではない。BA Gradeについては10 年で上限に達する。他のGradeについては,25年で上限に達する。例えば,1年目の 学士保有者の教師は次のようになる。1年目はBA GradeのStep 1に位置することにな る。2年目になれば,BA GradeのStep 2に上る。しかし,年数を経てStep 10に達す ると,経験年数のみでは昇給しなくなる。一方,MA/MEQ の資格保有の教師の場合,

Step 25に達するまで,経験年数によって昇給が可能となる。もちろん,Step 25に到達

すれば,経験年数による昇給の機会は与えられていない。

Stepが上限に達した教師の賃金を上げるためには,次の2つの道しか残されていな い。一つの道はMCEAとMCBEとの団体交渉を通して,賃金表の額を引き上げる道 である。もう一つの道は上位の資格を獲得する道である。多くの教師は長期休暇を利用 して大学の講義を受け,新たな学歴もしくは単位を取得する。Gradeを一つ上げること ができれば,MA/MEQ+60を保有していない限り,一つ右のGradeのレーンに移動す ることができる。ここでのGradeの移動とは,保有Stepを伴った移動である。すなわ ち,BA GradeのStep 5の教師がMA/MAQを獲得すれば,MA/MAQ Grade のStep 5 へと移動できる。新たな学歴資格の取得時期が昇給時期と重なる際には,昇給分が加味 され,Step 6へと移動することができる。Gradeの移動によって賃金は上昇する。とり わけ,BA Gradeの教師がMA 以上の資格を獲得することができれば,BA Gradeのま

まではStep 10で昇給が止まってしまうところ,Step 25まで昇給し続けることが可能

となる。

モンゴメリー学区の賃金表をよく見てみると,MA/MEQ, MA/MEQ+30及びMA/

MEQ+60それぞれのGradeのStep 19からStep 24までは,実は昇給していない。昇給

はStep 25に達するのを待たなければならない。明確な理由は分からない。離職防止や

モチベーションの維持を意図しているのかもしれない。

2 モンゴメリー学区の賃金表:2014年(Annual)

Grade

Step BA MA/MEQ MA/MEQ+30 MA/MEQ+60

1

2

10 19 25

$46,410

$47,125

&62,201

$51,128

$51,986

$70,330

$94,832 Same

$96,966

$52,630

$54,200

$73,325

$98,870 Same

$101,095

$53,990

$55,562

$75,167

$101,354 Same

$103,634 注)賃金表は20149月時点のものである。

BA : Bachelors(学士),MA : Master(修士),MEQ : Master Equivalency Quality(修士相当能力),

+30:+30単位,+60:+60単位(Doctor(博士)を含む)。

出所:インタビュー記録および収集資料(Contract Agreement)より作成。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 156

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その他,我が国に馴染みの勤勉手当や期末手当等の賞与については存在していない。

その代わり,部活動は追加的な業務と見なされ,追加的な手当が支給される。この手当 の具体的運用についてはなお調べられる必要がある。

以上,モンゴメリー学区の賃金表をみた。一言でいえば,教師の賃金制度は経験年数 と保有学歴および保有単位数に基づいて決まる仕組みであった。ただし,経験年数には 上限が規定されている。BA Gradeは10年,MA/MAQ Grade以上のGradeは25年でそ れぞれ上限に達していた。

2-2.デンバー学区の賃金制度

デンバー学区のプロファイルは次のようである。デンバー学区は200近くもの学区が 存在するコロラド州の中の一つの学区である。貧しい家庭の多さがデンバー学区の特徴 である。学区ごとに賃金表,評価制度の有無が異なっている。これが米国の特徴の一つ であるLocal Controlでもある。

デンバー学区には,2014-2015年現在,185の公立学校が存在する。詳細をみてみる と,就 学 前 教 育(Early Childhood Education-Kindergartens(ECE-K))が3校,小 学 校

(Elementary School)が86校,就学前・小中一貫校(ECE-8)が20校,就学前・小中高 一貫校(ECE-12)が4校,中学校(Middle School)が22校,中高一貫校(6-12)が19 校,高校(High School)が31校である(4)。その内,約30校がCharter Schoolである。

デンバー学区の教員数 は 約5500人 で あ る。約3000人 はDCTAの 組 合 員 で あ る。

DCTAの組合組織率は約55% であった。DCTAの組合組織率はMCEAの組合組織率 よ り も 低 い。組 合 員 に は テ ニ ュ ア,ノ ン テ ニ ュ ア も 含 ま れ て い る。ま た,School Nurses, School Social Workers, School Phycologistsも含まれている。DCTAの組合員は毎 月67ドルの組合費を支払っている。組合員以外の者は,Agency Feeを支払う義務はな

い。毎月67ドルのAgency FeesをDCTAに支払うか否かは個人の自由意思に委ねられ

ている。また,DCTAはコロラド州教員組合であるColorado Education Association(以 下,CEAと称す)に加盟している。CEAもまたNEAに加盟している。DCTAはCEA およびNEAの下部組織である。

教師の担当科目も確認しておこう。小学校教師の科目は,Reading, Writing, Math, Sci- ence, Social Study, Music(選択科目),Art(選択科目)である。中学校および高校の教 師は専門科目のみを担当している。

以上,デンバー学区のプロファイルを簡単に示した。

では,デンバー学区の賃金制度の仕組みをみていくことにする。デンバー学区におい ては,2005年に業績給が導入された。詳しくは後述するけれど,デンバー学区に導入 された業績給は全教師に適用されているわけではない。業績給が適用されている教師と

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されていない教師とが存在する。この両者では賃金決定の仕組みが異なっている。した がって,以下では,まず業績給が適用されていない教師の賃金制度の仕組みからみてい こう。業績給が適用された教師の賃金制度の仕組みについては次節で言及する。

それでは業績給が適用されていない教師の賃金決定の仕組みをみていこう。デンバー 学区の賃金表は,Gradeの区分,Stepの数,賃金の額という点でモンゴメリー学区の賃 金表とは異なっている。しかし,デンバー学区の賃金制度の仕組みはモンゴメリーのそ れと共通している。すなわち,経験年数と保有学歴および保有単位数に基づいて賃金は 決まる。デンバー学区についてもその例外ではなかった。

デンバー学区における教師の賃金表は表3の通りである(5)。縦列はStepを,横列は Gradeを そ れ ぞ れ 示 し て い る。StepはStep 1か らStep 13ま で で 構 成 さ れ て い る。

GradeはBA, BA+30単位,BA+60単位,MA, MA+30単位,MA+60単位,Doctor- ateの7つである。Stepは経験年数に基づいて上がる。すわわち,1年に1 Stepずつ上 がる。Gradeは保有学歴及び単位数に規定される。例えば,学士の資格を有する6年目 の教師は,BA GradeのStep 6に位置付けられる。MA資格を有する8年目の教師は MA GradeのStep 8に位置づけられる。

デンバー学区の賃金表においても,各Stepには上限が設けられている。Step 13に位 置づけられた教師の昇給は止まる。Stepが上限に達した教師が自身の賃金を上げるに は,上位の学歴資格もしくは単位を獲得しなければならない。それが出来れば,Step を保有したまま右のレーンに移動することができる。すなわち,BA資格を有する6年 目の教師が,新たに30単位分を獲得することができれば,BA GradeのStep 6からBA

3 デンバー学区の賃金表:2014年−2015年(Annual)

Grade

Step BA BA+30 BA+60 MA MA+30 MA+60 Doctorate

1 $38,765 $39,049 $39,332 $39,332 $40,623 $43,329 $46,051

2 $39,055 $39,421 $39,789 $39,789 $42,586 $45,415 $48,260

3 $39,165 $39,673 $41,370 $41,370 $44,312 $47,262 $50,237

4 $39,363 $39,889 $42,916 $42,916 $45,998 $49,080 $52,173

5 $39,720 $41,544 $44,739 $44,739 $47,933 $51,148 $54,378

6 $39,959 $43,308 $46,642 $46,642 $49,960 $53,306 $56,691

7 $41,644 $45,145 $48,600 $48,600 $52,102 $55,561 $59,127

8 $43,399 $47,018 $50,656 $50,656 $54,314 $57,932 $61,633

9 $45,215 $49,039 $52,818 $52,818 $56,626 $60,467 $64,314

10 $47,136 $51,120 $55,095 $55,095 $59,076 $63,040 $67,083

11 $49,125 $53,261 $57,425 $57,425 $61,556 $65,747 $69,979

12 $51,221 $55,535 $59,894 $59,894 $64,262 $68,583 $72,989

13 $53,838 $58,379 $63,075 $63,075 $67,460 $72,025 $76,615

出所:DPSのホームページより作成。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 158

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+30 GradeのStep 6に位置づけられることとなる。

デンバー学区についても勤勉手当や期末手当等の賞与は存在しない。しかし,部活動 の手当は整備されているようである。

賃金を上昇させる道は次の3つである。一つの道は経験年数である。ただし,経験年 数だけでは13年で上限に達する。一旦上限に達してしまえば,これ以降は経験年数に よる賃金の上昇はない。

第二の道は学歴もしくは単位の新たな取得である。ではどうやって獲得するのか。モ ンゴメリー学区のケースと同様に,たいてい教師は大学で講義を受けることとなる。具 体的には次のようである。「新たな学歴および単位は主として大学の講義を受けること を通して獲得します。そのためには,夏休み,週末,祝日,授業のない午後の時間を利 用して大学へ通わなければなりません。科目によってはオンラインでの授業も利用でき ます。教師として働きながら大学へ通い新たな単位を獲得することは大変です。BA保 有者がMAを取得するためには,一般的には2年から4年はかかります。私はMAを 取得するのに4年かかりました。仕事と子育てをしながら大学に通うのは容易じゃない わ」(6)

なお,2015年時点のデンバー学区で働く教師の学歴保有率は次の通りであった。BA 保有者が73%,MA 保有者は25%,Doctorate保有者が2% である。BA保有者73% の

中にはBA+30単位およびBA+60単位のGradeの教師が含まれている。MA保有者の

25% についても同様に,MA+30単位およびMA+60単位のGradeの教師が含まれて

い る。教 師 の4人 に3人 が BA保 有 者,4人 に1人 がMA保 有 者,100人 に2人 が

Doctorate保有者という事実からは,新たな学歴資格もしくは単位の取得を通して賃金

を上昇させる道は,決して楽な道ではない。

第三の道は,団体交渉によって賃金表の額自体をベースアップさせることである。現 在のところ,「インフレによる生活費の上昇に応じて賃金を増加させ,たいてい,全員

の賃金が1% は上昇します」(7)。団体交渉によって,賃上げが可能ではあるけれど,イ

ンフレを無視した賃上げはなされていない。あくまでインフレを考慮した賃上げであ る。

以上の3つの道が賃上げの主たる道である。しかし,実はまだあり得る。少なくとも 示唆はされる。それは他の学区へ移動することである。学区によって賃金表が異なって おり,賃金額自体もまた学区によって異なっているということは,賃金の高い学区へ移 動することができれば,経験年数や保有学歴および単位に変化がなくとも賃上げが可能 となる。もちろん,他の学区の学校へ応募して採用されればという条件は付く。このよ うに学区ごとに賃金表が異なるという米国の事情からは,学区間の移動による賃上げの 可能性が示唆される。モンゴメリー学区についても同様である。ただし,実態の解明に

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 159

(11)

ついてはさらなる調査が必要とされる。

以上がPerformance Payが適用されていない教師の賃金制度の仕組みであった。

2-3.小括

モンゴメリー学区とデンバー学区の賃金制度の仕組みをみた。次のことが明らかとな った。

第一に賃金表上の昇給は経験年数に基づきつつも,上限規定が存在している。つま り,Stepに上限が設けられているのである。Stepが上限に達しない限り,経験年数と ともに昇給していく。しかし,上限に達すれば,経験年数だけでは昇給することが不可 となる。モンゴメリー学区の経験年数の上限は,BA Gradeが10年,MA/MEQ Grade 以上は25年であった。一方,デンバー学区の場合,いずれのGradeにおいても13年 で上限に達する。本事例の地域と日本とを比較すると,本事例の賃金制度下において は,経験年数による昇給の上限があまりにも早く訪れる。

第二に学歴資格や取得単位数によってGradeが区分されている。上位の学歴資格や 取得単位数を増やすことによってGradeが上り,それに付随して賃金が上昇する。日 本においては,主任,主幹等の「職」に就くことで本事例で言うところのGradeが上 る。しかし,日本においては,新たな学歴資格や取得単位数に基づいてGradeが上る ことはない。賃金にはどのように影響するのだろうか。この点については調査の必要が ある。教諭職に留まり続ける限り,経験年数に基づいた昇給によって賃金が長期間上昇 するのが日本である。本事例の学区では経験年数を一定程度は加味するものの,新たな 学歴資格や単位取得数を獲得しなければ賃金は上昇しない。日本と本事例の学区とを相 対比較すれば,後者は学歴資格や単位取得による教授能力を重視していると言えるのか もしれない。

第三に賃金表は学区間で異なっている。同一の州内であろうとも学区間において賃金 表は異なっているのである。この学区間の賃金表の違いは,州間だけではなく学区間に 賃金格差が生じていることを意味する。学区の賃金原資は,政府の財政,州の財政,学 区の財政によって支えられているので,裕福な州および学区であれば賃金原資は豊富で ある。逆であれば貧弱となる。州間および学区間の賃金格差についてはより詳細な検討 が必要となることを承知しているけれど,しばしば日本で議論されている地方自治につ いても吟味する必要があろう。

第四に日本で馴染みの期末手当や勤勉手当なるものは存在しない。その代わり部活動 への手当は整備されているようである。この点の具体的な運用についてはより正確に観 察する必要がある。もし,教師に部活動の顧問になる義務はなく,別途人を雇い,その 者に部活動への手当が支払わるのであれば,教師の働き過ぎに対する規制を意味する。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 160

(12)

少なくとも,土日祝日に関わりなく部活動を行い,わずかばかりの手当で濁されるとい う事態に対する一定の歯止めにはなり得る。部活動に関わる手当とその実態の解明につ いてはきちんと調べられなくてはならない。

3.業績給

前節ではモンゴメリー学区とデンバー学区の賃金表を参照しながら賃金制度の仕組み を検討した。ここではデンバー学区に導入されている業績給の仕組みを検討する。ま ず,米国における業績給の概要を紹介したい。次に,モンゴメリー学区では業績給が導 入されていないけれども,業績給に対する教員組合,教育委員会,校長の態度を確認し ておく。その後,デンバー学区の業績給を検討する。

3-1.米国における業績給の概要

米国における業績給の議論には歴史がある。その議論は実は19世紀末から現在に至 っており,その歴史は挫折の歴史でもあった。その歴史を詳細に検討する余裕は本稿に はないけれど,Johnson and Papay(2009)のRedesigning Teacher Pay : A System for the

Next Generation of Educators と題する論文は米国の業績給を検討する上で参考になる。

以下,Johnson and Papay(2009)を参照しながら米国における業績給を検討したい。

米国の業績給の検討に入る前に,ここで2014年の米国調査での体験を若干述べてお きたい。それはNEAを訪問した2014年9月16日である。NEAのSenior Policy Ana- lystらとのやり取りの中で,私の無知が原因なのだが,私の話に付き合ってくれた NEAの方々を困らせた。なぜ困らせたのか。「私は米国の業績給が知りたい,評価項目 はどうなっているのか,評価結果は給与とどのように結びつくのか,評価者は誰なの か,教員組合はどうして導入を許したのか」というような質問をしたからである。この 質問のどこが困るのか。特定の地域の特定の制度というように質問の対象を限定してい ない質問だから困るではない。答えられないことを質問したので困らせたのである。答 えはこうであった。「我々は知らない。それはローカルが決めていることだ。ローカル コントロールだ」。また私も聞く。「ではどのような賃金制度になっているのか。それも ローカルコントロールなのか」。答えはこうである。「そうだ。それもローカルコントロ ールだ。だから我々は知らない」。私はここでアメリカという国が少し分かった気がし た。ローカルに行かないと評価制度や賃金制度や労使関係は分からないということが分 かった。がっかりする私を見かねてか,Senior Policy Analystが私にくれたのがJohnson and Papay(2009)であった。本書にはいくつか業績給の事例があるので参考になるだ ろうとのことであった。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 161

(13)

話を戻そう。Johnson and Papay(2009)は米国の業績給の特徴を端的に次のように述 べている。「Differentiated pay, pay-for-performance, professional compensation, merit pay,

and performance-based payと呼ばれてきた賃金制度は,数百ドルから数千ドルの範囲

で,教師たちの伝統的な賃金表にbonusesを追加するものであった」(Johnson and Pa-

pay 2009 : 9)と。この一文は米国を表現している。重要なポイントは,「賃金表にbo-

nusesを追加するものであった」という箇所である。ここは立ち止まって考えなくては

ならない。日本における教員評価と賃金との結合の仕組みは,評価結果によって,昇給 額や賞与額を決めようとするものである(8)。つまり,日本の場合,現に存在する賃金原 資を評価結果に基づいてどのように配分するかという仕組みであるのに対して,米国の 場合,現に存在する賃金原資は維持した上で新たに賃金原資を獲得し,その新たな賃金

原資をBonusとして配分するという仕組みである。事実,2006年,業績給のBonusの

ために,政府は1億ドルを提供している(Johnson and Papay 2009 : 9)。Johnson and Pa- pay(2009)は4つの地域の業績給の仕組みの概要−Houston, Hillsborough, Minneapolis, Charlotte-Mecklenburg−を紹介しているけれど,いずれの地域においても,評価結果は

追加的にbonusを支給する仕組みとなっていた(9)。つまり,賃金との関わりでいえば,

米国の業績給の特徴は「追加的報酬」ということである。

表4は各地域の評価制度の仕組みを整理したものである。各地域の評価対象は,教師 の専門性,児童・生徒の学力,専門性と学力の混合のいずれかとされている。報酬は個 人別に支払われる報酬とグループ別に支払われる報酬とがある。さらに個人別報酬は割 合が定められた相対的に配分される報酬とある水準以上の評価の者に配分される報酬と に分かれる。グループ別についても同様である。著者らによると,未だに評価に対する 正当性は獲得されていない。したがって,Redesigning Teacher Pay : A System for the Next Generation of Educatorsというタイトルが付けられているのであろう。

より詳しい業績給の仕組みについては本書を参照にすればよい。ここではその詳細を 理解することが目的ではない。ここでは,賃金原資は確保した上で,新たな賃金原資を

「追加的報酬」として教師に分配する仕組みが米国の業績給であるという理解が重要で

4 4地域における業績給 個人別報酬

相対的

個人別報酬 水準に基づく

グループ報酬 相対的

グループ報酬 水準に基づく

Houston 学力 学力 学力

Hillsborough 混合 学力,専門性

Minneapolis 専門性 学力,混合

Charlotte-Mecklenburg 混合 学力 学力

注)「混合」は「学力」と教師の「専門性」を総合的に評価する。

出所:Johnson and Papay(2009 : 36)より作成。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 162

(14)

ある。業績給は従来の賃金に「追加的報酬」として支払われる。日本で言えば,12か 月分の月例給+(勤勉・期末手当)+「追加的報酬」を得られるということである。教師 たちは得をしても損はしない。業績給はあくまで「追加的報酬」である。

米国における業績給が「追加的報酬」であるということは掴んだ。次にローカルレベ ルでの業績給の仕組みをみてみよう。観察者はローカルにまで下りなければ,その仕組 みは分からない。

3-2.モンゴメリー学区の業績給に対する態度

モンゴメリー学区は業績給を採用していない。したがって,ここでは業績給に対する モンゴメリー学区の態度を確認することに努めたい。

モンゴメリー学区は業績給に対して否定的な態度であった。MCEAのPresidentは次 のように語っている。「我々はそれ(業績給;岩月)を実施していません。拒否します。

‘No’ と言います。Performance pay はうまくいきません。児童・生徒たちを支援するも のではありません。我々はPerformance payを信頼していないのです。なぜなら,我々 教師の仕事は単純ではありませんが,標準化されたテストのように単純な評価が行なわ れるからです。我々の仕事は複雑です。教育委員会も我々組合もPerformance pay を実 施することには賛成しません。他の地域では行なわれていますが,我々はやりませ ん」(10)。このようにMCEAだけではなくMCBEもまた業績給には否定的な態度を示し ているようである。さらに同様の態度はモンゴメリー学区の校長も示していた。校長は 言う。「裕福な家庭の児童・生徒は相対的に学力が高く,貧しい家庭の児童・生徒は相 対的に学力が低い。したがって,児童・生徒の学力に応じて評価することはフェアでは ない」(11)

このようにモンゴメリー学区の業績給に対する態度は厳しい。業績給を複雑な教師の 仕事を単純な尺度で評価するものと捉え,その導入には否定的であった。また,家庭の 経済環境の差による学力差が評価差となって反映されることに対する公平さの観点から の指摘もなされていた。

モンゴメリー学区に限らず多くの学区が業績給の導入を見送っている。にもかかわら ず,次にみるデンバー学区では業績給を実施している。どのように評価し,どのように 賃金と結びついているのだろうか。やはり,「追加的報酬」なのであろうか。

3-3.デンバー学区のProComp 3-3-(a).ProCompの導入と適用範囲

デンバー学区は業績給を実施している。その業績給はデンバー学区においてProfes- sional Compensation System for Teachersという名称が与えられ,その通称はProCompで

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 163

(15)

ある。以下,デンバー学区の業績給をProCompと称す。

2005年度,デンバー学区はProComp を開始した。ProCompの適用範囲は,Charter Schoolで働く教師を除くすべての教師とStudent Services Professionals(12)(以下,SSPs と称す)である。適用範囲にDCTAのメンバーか否かは問われない。ProCompに参加 するか否かは個々の教師の選択とされている。ただし,2006年1月以降に雇われた教 師については自動的にProComp に参加するものとされている。ProCompに参加しない という選択が可能な教師は,2006年1月以前に雇われていた教師に限られる。Pro- Compに参加しない教師は,2節で言及した従来の賃金制度の下で経験年数および学歴 資格・取得単位に基づいて給与が支払われることとなる。したがって,デンバー学区に は従来の学歴資格・取得単位に基づく賃金制度とProComp に基づく賃金制度という2 つの制度が併存しているということである。

2つの賃金制度が併存している現状に対して,デンバー学区の教育の管理・運営側で あるDenver Public Schools(以下,DPSと称す)とDCTAはProCompに基づく賃金制 度へと一本化しようとしている。一本化を進める理由は,DPS とDCTAとしては,従 来の賃金制度とProCompに基づく賃金制度という2つの制度を同時に運用することへ の負担が大きいからである。もう一つの理由は,従来の賃金制度の財源をProCompの 財源へと移し,ProCompの財源を増加させようとの意図もあるからである。制度運営 の簡素化と財源の増加を意図して,DPS とDCTAの方針はProCompに基づく賃金制 度への一本化である。2015年度については,約9割の教師がProCompに参加してい る。残り1割の教師は従来の賃金制度に位置している。

ProCompが適用されていない教師の従来の賃金制度の仕組みについてはすでに論じ

た。ここではProCompが適用されている教師の賃金制度の仕組みを明らかにしたい。

まず,ProCompに基づく賃金制度については,各教師は経験年数と保有学歴資格お よび単位に基づいて表5のProComp Salary Settingに位置づけられる(13)。この点は従来 の賃金表と類似した賃金表が使用されるけれど,表5が使用されるのはProComp適用 時の教師の賃金の位置付けのみである。経験年数による昇給はなされない。新たな学歴 資格および単位取得による賃上げはなされるものの,従来の賃金制度のようなGrade の移動による昇給の仕組みではない。ProCompに基づく賃金制度は,経験年数と学歴 資格・取得単位数に基づく従来の賃金制度ではない。賃金はProComp による査定に基 づいて上昇する仕組みである。

では,ProCompに基づく賃金制度はどのような仕組みなっているのだろうか。この 問いに答えなければ,ProCompの下で働く教師の賃金決定の仕組みは明らかにできな い。以下,ProCompの仕組みに言及する。

ProCompの仕組みについて言及する前に,ここでProComp を支える財源について言

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 164

(16)

及しておく方がいいだろう。ProCompを理解する上で重要なポイントは,ProCompに

基づくIncentiveは従来の賃金原資を教師に再配分するのではなく,追加的な賃金原資

を教師に配分しているということである。ProCompの導入にあたって,DCTAはPro-

Compに基づくIncentiveに必要な賃金原資を獲得するために,デンバー学区の有権者

に訴えかけた。その結果,約6割の有権者は追加的な財政を確保するための特別税の支 払いを承認した。こうしてデンバー学区は定期的にProCompのIncentiveを教師に提供 するための約3000万ドルの財源を新たに獲得したのである。この特別税は毎年確保す ることができる。つまり,教師に配分される賃金原資は,ProCompの導入を通して,

約3000万ドル増加したということである。この財源がProCompを支えている。それで は,ProCompの仕組みの説明に移ろう。

3-3-(b).ProCompの仕組み

2013年度のProCompの概観は表6の通りである(14)。以下の記述は表6の説明に費や される。

ProCompは4つの領域に分類されている。1つはStudent Growthである。これは児 童・生徒の学力を主として評価対象としている領域である。2つ目のMarket Incentives は不足している職務や指導困 難 校 で 働 く 教 師 を 対 象 と す る 領 域 で あ る。3つ 目 の

Knowledge and Skillsは個々の教師の専門的知識や技能習得に対する領域である。4つ

目のComprehensive Professional Evaluation(以下,CPEと称す)は個々の教師を総合的 な観点からの評価に対する領域である。ProCompにはこのような4つの領域が存在す る。

5 ProComp Salary Setting : 2014年−2015年(Annual)

Grade

Step BA BA+30 BA+60 MA MA+30 MA+60 Doctorate

1 $38,765 $39,049 $39,332 $42,538 $42,538 $43,329 $46,051

2 $39,055 $39,421 $39,789 $42,910 $42,910 $45,415 $48,260

3 $39,165 $39,673 $41,370 $43,162 $44,312 $47,262 $50,237

4 $39,363 $39,889 $42,916 $43,377 $45,998 $49,080 $52,173

5 $39,720 $41,544 $44,739 $45,032 $47,933 $51,148 $54,378

6 $39,959 $43,308 $46,642 $46,797 $49,960 $53,306 $56,691

7 $41,644 $45,145 $48,600 $48,634 $52,101 $55,561 $59,127

8 $43,399 $47,018 $50,656 $50,656 $54,314 $57,932 $61,633

9 $45,214 $49,039 $52,818 $52,818 $56,626 $60,467 $64,314

10 $47,136 $51,120 $55,095 $55,095 $59,076 $63,040 $67,083

11 $49,125 $53,261 $57,425 $57,425 $61,556 $65,747 $69,979

12 $51,221 $55,535 $59,894 $59,894 $64,262 $68,583 $72,989

13 $53,838 $58,379 $63,075 $63,075 $67,460 $72,025 $76,615

出所:DPSのホームページより作成。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 165

(17)

さらに,Student Growth, Market Incentive, Knowledge and Skillsの各領域については,

複数の小領域が設置されている。各小領域数は合計で10領域に達している。各領域に

Incentiveがそれぞれ存在し,そのIncentiveが獲得資格を得た教師に分配される。表6

のIndexとはIncentiveの額を算出する基礎となる額である。Indexの額は毎年変動す

6 ProCompの概観:2013年から2014年:Index=$381.18

Area of Focus You earn How much

Student Growth

Top Performing Schools ・Top Performing Schoolsに配置されればBonus。

・DPSSPFポイントに基づいて,Exceeds Ex- pectationsもしくはMeets Expectationsと認めら れれば,Top Performing Schoolsとなる。

$2,439.55 6.4%of Index

High Growth Schools ・High Growth Schoolsに配置されればBonus。

・DPA-SPFStudent Academic GrowthEx- ceeds or Meets Expectationsと 認 め ら れ れ ば,

High Growth Schoolsとなる。

$2,439.55 6.4%of Index

Exceeds Expectations ・Exceeds Expectationsと認定されればBonus。

・教師が指導している4学年から10学年の児童

・生 徒 の50% が,Colorado’s Student Growth Indicatorに 基 づ い たStatewide Student Growth 55分 位 数 以 上 で あ れ ば,Exceeds Expecta- tionsと認定される。

$2,439.55 6.4%of Index

Student Growth Objectives(SGOs)

↓(from 2014-15)

Student Learning Objectives

(SLOs)

・2つの目標を達成すればSalary Increase。

・1つのみの目標達成あればBonus。

$381.18 1%of Index

Market Incentives

Hard to Staff Assignment ・Hard to Staff Assignmentに任命されればBonus が貰える

$2,439.55 6.4

of Index High to Serve school ・High Needs schoolで働けばBonusが貰える。 $2,439.55 6.4

of Index Knowledge

and Skills

Professional Development Units

(PDUs)

・勤続年数(credited service)14年以下の教師が PDUを完了すれば,Salary Increaseとなる。

・勤続年数15年以上の教師がPDUを完了すれ ば,Bonusが貰える。

$762.36 2%of Index

Tuition and Student Loan Reim- bursement

・授業料の支払いや学生ローンの返済。 年間$1000 生涯$4000 Advanced Degrees, Licenses and

Certificates

・新たなAdvanced Degrees, Licenses and Certifi- catesを取得できればSalary Increaseとなる。

$3,430.62 9%of Index 3年に1 Comprehensive Professional Evaluation

(CPE)called for Leading Effective Aca- demic Practice(LEAP)

・勤続年数14年以下の教師がSatisfactoryを獲得 すればSalary Increaseとなる。

・見習い教員は毎年実施,正規教員は3年に1 実施。

見習教員

$381.18 1%of Index 正規教員

$1,144.00 3%of Index 出所:ProComp handbookより作成。

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 166

(18)

る。2013年度のIndex は381.18ドルであった。

以下では,Student GrowthおよびMarket Incentive, Knowledge and Skills, CPEの各領 域を順にみていく。

Student Growth

Student GrowthにはTop Performing Schools, High Growth Schools, Exceeds Expecta- tions, Student Growth Objectives(以下,SGOsと称す)という4つの小領域が存在する。

各小領域は児童・生徒の学力を評価対象としている。

Top Performing Schoolsとは複数の指標から学校の業績を評価するものである。複数

の指標とは,小学校と中学校の場合,学力成長度(Academic Growth),学力水準(Aca- demic Proficiency),児童・生徒の関与(Student Engagement),保護者の満足度(Parent Satisfaction),児童・生徒の在籍率(Enrollment Rates)である。高校の場合,進路の準 備(College & Career Readiness)と進路の改善(Improvement In College & Career Readi- ness Over Time)が小中学校の指標に加わる。これら複数の指標の内,学力成長度が最 も重視されている。次いで学力水準が重視される。小中学校の場合,学力成長度と学力 水準の指標はTop Performing Schoolの評価の約8割を占めている。これらすべての指 標の合計ポイントに基づいて,「Exceed Expectations」もしくは「Meets Expectations」と 認定された学校に所属する全て教師はIndexの6.4% 分(2,439.55ドル)の Bonusを受 け取ることができる。Bonusとは一時的な報酬を意味し,積み上がらない報酬である。

日本でいう賞与と考えればよい。

High Growth Schoolsは,学校の児童・生徒の学力の成長度を評価するものである。

Top Performing Schoolを評価する際に用いた学力成長度がHigh Growth Schoolsの評価 には用いられる。学力成長度に基づいて,「Exceeds」もしくは「Meets Expectations」と 認定された学校に所属する全ての教師にはIndexの6.4% 分(2,439.55ドル)の Bonus が与えられる。High Growth Schoolsの評価指標である学力成長度は,Top Performing Schoolの評価において最も重視されているので,しばしばHigh Growth SchoolsのBo- nusを受け取った教師とTop Performing SchoolのBonus を受け取った教師とが重複す ることとなる。事実,2014年度については,Top Performing SchoolのBonusも受け取 った教師の91% はHigh Growth SchoolsのBonusを受け取っている(15)

Exceeds Expectationsについては,Transitional Colorado Assessment Program(以 下,

TCAPと称す)と呼ばれる州テストにおいて,個々の教師が担当している4学年から 10学年の児童・生徒の学力成長度が評価される。個々の教師には自身が担当した児童

・生徒の50% がTCAPにおいて55分位数以上であれば Indexの6.4% 分(2,439.55ド ル)のBonusを獲得することができる。科目はMath, Reading, Writingである。Top Performing SchoolsとHigh Growth Schoolsが学校に所属する全ての教師に対するIncen-

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 167

(19)

tiveであったのに対して,Exceeds Expectationsは個々の教師に対するIncentiveである。

ただし,Math, Reading, Writingを担当していない教師にはExceeds Expectationsによる Incentiveを獲得する権利が与えられていない。小学校の教師の多くは Exceeds Expecta-

tionsのIncentiveを獲得できる資格を持つが,中学校と高校の一部の教師にはその資格

が与えられていない。Exceeds Expectationsは小学校教師にやや有利なIncentiveであ る。

SGOsは,個々の教師が自身の受け持つ教科に関する目標を校長もしくは教頭と相談 しながら1つもしく2つ設定し,その設定した目標を校長もしくは教頭が評価するとい うものである。その評価結果が「met」であればその目標は達成されたと認定される。2 つの目標を達成した教師はIndex 1% 分(381.18ドル)のSalary increaseを得ることが できる。ここでいうSalary increaseは自身の賃金に積上げることができるIncentiveを 意味する。したがって,月例給与のベースが増加し,次年度以降も保有し続けることが できる。一方,目標の達成が1つのみであれば,Index 1% 分(381.18ドル)の Bonus と な る。こ ち ら は 積 上 げ る こ と が で き な い。Top Performing Schoolsお よ びHigh Growth Schools, Exceeds ExpectationsによるIndex 6.4% 分のIncentiveの額と比較して,

SGOsによるIncentiveの少ない。これは2つの目標を達成した場合のSGOsのIncen- tiveがBonusではなく,Salary increaseであることに起因している。

なお,SGOsは2014年度より評価方法上の変更があった。それに伴い,SGOsという 名称からStudent Learning Objectives(以下,SLOsと称す)という名称に変更された。

驚くべきことは,評価方法の変更後1年目という理由で,2014年度については,すべ ての教師たちのSLOsの評価は「met」という扱いがなされたということである。つま り,2つの目標を設定した教師にはIndex 1% 分(381.18ドル)のSalary increaseが,1 つの目標を設定した教師にはIndex 1% 分(381.18ドル)のBonusがそれぞれ与えられ ることとなった。2015年度のSLOsの評価方法については,2015年12月の調査時点に おいては未定である。

以上がStudent Growthの領域に設置されているTop Performing Schools, High Growth Schools, Exceeds Expectations, SGOsの 概 観 で あ る。Top Performing SchoolsとHigh Growth SchoolsのIncentiveは,個々の教師に対するIncentiveではなく,特定の学校に 対するIncentiveであった。共にBonusとして支給されていた。一方,Exceeds Expecta- tionsとSGOsは個々の教師に支払われる Incentiveであった。Exceeds Expectationsの IncentiveはBonus であったのに対し,SGOsのIncentiveについては1つの目標達成に 対するIncentiveがBonus であるものの,2つの目標達成に対するIncentiveはBonusで はなくSalary increaseとして支払われるものであった。このようにStudent Growthの領 域は,主として児童・生徒の学力を評価対象として,学校に対するIncentiveと個人に

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 168

(20)

対するIncentiveとが組み込まれている。さらに,Incentiveの性質についてもBonusと Salary increaseとが組み合わされていた。

Market Incentives

次にMarket Incentivesをみてみよう。Market Incentivesの領域にはHard to Staff As- signmentとHigh to Serve Schoolの2つの領域が設置されている。

Hard to Staff Assignmentとは不足している職の教師に支払われるIncentiveである。

Hard to Staff AssignmentのIncentiveはIndex の6.4% 分(2,439.55ドル)のBonusであ る。デンバー学区では主として数学担当職や特別支援担当職が不足している。DCTA によると,数学担当者を10人募集しても5人の応募しかないという。不足分はSubsti- tute Teacherで補うこととなる。このような職の不足がHard to Staff Assignmentの設置 を必然化させている。

Hard to Serve School-High Needs Schoolとも呼ばれている−とは,給食費の減額もし くは無料の認定を受けている児童・生徒の多い学校で働く教師に対するIncentiveであ る。Hard to Serve Schoolと認定された学校で働く全ての教師に対して,Indexの6.4%

分(2,439.55ド ル)のBonusが 支 給 さ れ る。実 はProCompの 生 命 線 は こ のHard to

Serve SchoolのIncentiveにあるのかもしれない。貧しい家庭の児童・生徒を受け持つ

教師にとっては,このIncentiveなしに児童・生徒の学力がIncentive獲得条件とされれ ば,アンフェアな仕組みとしてProCompを捉えかねない。しかし,現実には貧しい児 童・生徒の多い学校に対するHard to Serve SchoolのIncentiveが設置されている。その

Incentiveが十分であるのか否かはさておき,設置されていないよりは設置されている

方がフェアな仕組みとしてProComp を捉えるであろう。とはいえ,なぜにHard to

Serve SchoolというIncentiveを設ける必要があったのかは十分に調べられていない。

やはり,貧困家庭の児童・生徒の多い学校はStudent Growth領域のIncentiveを獲得し にくいということなのだろうか,それとも生徒指導の負担が相対的に大きいということ なのだろうか。この点はきちんと調べられる必要がある。

このようにMarket Incentivesは,Student Growthの領域のように児童・生徒の学力を

Incentiveの認定基準に据えるのではなく,不足している職や貧困家庭の児童・生徒の

多い学校に対するIncentiveであった。

Knowledge and Skills

Knowledge and Skillsの領域には,a)Professional Development Units(以下,PDUsと 称す),b)Tuition and Student Loan Reimbursement, c)Advanced Degrees, Licenses and Certificatesの3つが設置されている。それぞれ説明していこう。

PDUsは個々の教師が複数のワークショップの中から自身の専門性向上に資するワー クショップのコースを選択し,同様のコースを選択した教師同士でグループ学習を行

米国教員の賃金制度と業績給の仕組みに関する一考察 169

表 2 モンゴメリー学区の賃金表:2014 年(Annual)
表 3 デンバー学区の賃金表:2014 年−2015 年(Annual)
表 5 ProComp Salary Setting : 2014 年−2015 年(Annual)
表 6 ProComp の概観:2013 年から 2014 年:Index=$381.18

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