現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナティフな一読論
第一部
論文
現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対す るオールタナテイブな‑試論
高坂正尭 『国際政 治』・寺島実郎 『世界 を知 る力』・石積勝
「 3
つ の戦 争 を再考す る」の比較 を通 じて大森美紀彦
Ⅰ、問題の所在一 現在 の国際政治状況 と国際政治 <学 >状況
Ⅱ、三著作 の要約
Ⅲ、「政治元理表」 に よる3著作 の再解釈
Ⅳ、国際政治 を見 る新 しい視点 (試論)
Ⅴ、むす びにか えて
Ⅰ、問題の所在一現在の国際政 治状況 と国際政治 <学 >状況
現在の国際政治状況 をどうとらえた らいいのだろ うか。 第二 次大戟後の国 際政治 を概観すれば、連合 国 と枢 軸 国 と世界 を二つ に分 けての大戦 の結果、
連合 国側が勝利 し、 ニュル ンベ ル ク裁判、東京裁判 を経 て、国際連合 を中心 とす る、新 たな国際秩序がス ター トした。 しか し、す ぐに資本主義対社会主 義 とい うめ ざす体制の違いか ら米 ソの二大勢力 に よる冷戦 とい う二極構造が 出来上が った。 この二極構 造 の中で、数 々の武力紛争が起 こった。例 えば、
朝鮮戟争、 中東戦争、ベ トナム戦争、 ソ連の東欧諸 国‑ の侵攻、 アメリカの 中南米諸 国への侵攻等 であ る。
そ うした二極構造が
1 9 8 9
年 の東欧革命で崩 れ始 め る。 1 9 91
年 の ソ連崩壊後、「タガ」が外 れた ように、世界各地で民族紛争が噴 出す る。 同時 に、二極構 造が崩壊す るの を見計 らった ようにイラクの クエ‑ ト侵攻が行 われた。当初、
アメ リカはこの事態 を的確 に把握 で きなかったが、 イギ リスのサ ッチ ャー首 相等の指摘 に、第二次大戦後の世界秩序 に対す る挑戦 であるこ とに気づか さ れ、国連や世界 にはた らきかけて、 イラク ・クエ‑ ト国境 の原状復帰 に向け てイラクを武力攻撃 し、 クエ‑ トの主権 を回復 した。
こう してか ろ う じて第二次大戦 とい う多大 な犠牲 をは らって構築 された世 界秩序が 回復 されたが、2003年 のニュー ヨー ク貿易 セ ンター ビルの 「同時多
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発テロ」では、アメリカは、アルカイダ掃討 と称 してアフガニス タンに対す る武力介入 を行い、 さらには大量破壊兵器の存在 を理由 (後 にまった くの誤 報 だ と判明)にイラクに戦争 を しかけ、 これ を管理下 に置いたのであった。
イラク戦争については、 アメリカに対 して ヨーロッパの伝統的国家 フランス や ドイツが反対の表明をしたが、 イギ リスを味方に強引に攻撃 を行 った。 こ れは 「蛮行」 とも言えるものであ り、 この正当性の薄い戦争 によって、アメ リカはこの後、経済的破綻 をきた したばか りでな く、道義的に一も国際的信頼 を大 きく失った。
今、アフガニス タン ・イラク国内の秩序形成が こう着状態 にあ り、世界は 長期不況の中で、新 しい国際政治秩序 を暗闇の中で手探 りしている、 という のが現在の国際政治状況 と言 えるのではないだろうか。 日本においては、 ま さにこの 「手探 り」状況が鳩山首相の普天間基地問題 をめ ぐる 「迷走」に表 れている。 この 「迷走」 を理由に鳩 山首相の リーダーシップのなさを批判す る声 もあるが、その 「迷走」 は、む しろ現在の国際政治状況の把握の困難性 に基づいてお り、そ う言った意味で、鳩 山首相の現在の姿勢は必ず しもマイ ナスではな く、む しろ従来のアメリカに追随 していればよい として きた旧自 民党政権 よ りも、認識のセ ンスにおいては格段 と進歩 していると言えるだろ
う。
現在の国際政治状況はこのように闇夜 に手探 りといった状況であるが、 こ の手探 り状況 をもた らしている原因の一つに国際政治<学 >状況がある。言 葉 をかえれば、国際政治状況 をとらえる新 しい政治理論の欠如である0
この ような国際政治<学 >状況に対 して、本論文は一つの試論 を提示 しよ うとする。それは故神島二郎が開発 した 「政治元理表」 に基づ く国際政治の 現状認識である。
ここではまず国際政治学の現状 を知るために
1 9 6 6
年 に出版 された高坂正尭『国際政治』 (1)、2010年の寺島実郎 『世界 を知 る力』 (2)、2008年の石積勝
「 3
つの戦争 を比較す る」 (3)の三著 を比較 し、お よそ半世紀 を経た国際政治<学
>の認識方法の変化 を見 ることに したい。 この三著作が、 日本の国際政治学 の流れを把握す るのにふ さわ しいか どうかはもちろん議論の余地はあるだろ う。 しか し、筆者のいわば 「直観」 によるこの三者の選択 による比較分析 は、
結果において、非常に面 白い もの となった。
以下、 まず この三著作の要約 と批評 を行い、次に 「政治元理表」 による三 者の議論の再解釈 を試み、最後 に筆者の国際政治の流れを把握するオールタ ナテイブな試論
‑
「国際政治をみる新 しい視点」を問題提起す ることとする。読者の忌博のない批判 を期待 したい。
現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナテイブな一試論
(1)高坂正尭 『国際政治一恐怖 と希望』
( 1 9 6 6
・中公新書)(2)寺島実郎 『世界 を知る力
』( 2 0 1 0・PHP
新書)(3)右横勝 「三つの戦争 を再考する‑湾岸 ・アフガン ・イラク戦争 と日本一
」
(神奈川大学 『国際経営 フォーラム』所収
2 0 0 8
年・N o . 1 9 )
Ⅱ、3著作の要約
この章では高坂正尭 『国際政治一恐怖 と希望』、寺島実郎 『世界 を知 る力』、
石積勝 「三つの戦争 を再考する‑湾岸 ・アフガン ・イラク戦争 と日本一」 を 簡単に要約 しておこう。
1、高坂正尭 『国際政治一恐怖 と希望』
高坂正尭の『国際政治』は、まさに冷戦の真 っただ中で書かれた ものであ り、
「リアリズム」の国際政治学 を代表す るような著作 である。村 田晃嗣 は
1 9 6 0
年代 に台頭 した 「現実主義者」 として高坂正尭、永井陽之助、神谷不二、衛 藤清吉、若泉散 らをあげているが (4)、「一群の 『現実主義者』 の中で、高坂 正尭 をその代表的論者 と見なす ことに、異論はあるまい」 (5)と高坂 を現実主 義者の代表的論者 としている。本論では、国際政治学者の間で議論 される「リ アリズム」の 「リアル」 を問題 に したい。 よって、 ここではあえて村 田があ げる(高坂の言 う)「理想主義者」である坂本義和や加藤周一等 はとりあげな
い (6)
o
さて本書の 「序章 問題の視角」では、第一次世界大戦 までは権力政治が 赤裸々に、そ して公然 とお こなわれたが、第一次大戟後は、権力政治の否定 を求める動 きが出てきて、平和の志向 と権力政治が併存 して きたことが述べ られる。そ して、国際政治を見る単純 な見方 として(D善玉悪玉論②軍備がな くなれば平和 になるとい うものがあるが、国家間の関係 は 「力」 と 「利益
」
と 「価値」の三つの レベルがか らみあった複雑 な関係であるとする高坂の国 際政治 をみる基本的な見方が提示 さjlる。
第‑章 「軍備 と平和」では、第一次世界大戦後は 「勢力均衡原則」にかわ るものの模索の時代であるという捉 え方が示 される。第一次大戦前の 「勢力 均衡原則」が徹底的に崩れたのは、大量破壊兵器の出現 により武力の均衡 を いつで も破 ることが可能になったこと、大衆の熱情が利益の打算 を超 えて戦 争 を起 こす ようなことが起 きて きたか らであ る。 そ して、「勢力均衡原則」
に代わるもの として① カン トやベ ンサムにみ られる軍事力なき平和の模索㊤
「ホ ップズ的」恐怖の均衡論が出て きたが、「軍備規制」 とい う第三の道に活 路がある。それは(1)状況に応 じた軍備 を使用す る(2)軍備 を使 うことは損失 になるとい う認識 を持つ (3)偶発性 を減 らす努力 をする (4)軍拡 を抑 える (5)
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先制攻撃 を諦めさせ るような防御体制 を作 る (6)相互の コミュニケーシ ョン を密 にする、などの方策 を意味す る。
第二章 「経済交流 と平和」では、 自由貿易 とい う予定調和的平和の方法は うま くいかなかった とい う事実の指摘か ら始 まる。「自由貿易」 は相互の 自 制 をもた らすだけでな く、相互の競争 と対抗 をももた らしたか らである。隣 国の富は平和の時は利益 を与 えるが、戦争の時は危険を与 える。そ して、経 済的依存関係は支配 ・服従関係 に転化する。例 えば工業化は
1 9
世紀後半 に ド イツの勃興 をもた らしたが、これはヨーロッパの緊張を創 出 した。 また、ヨー ロッパの世界侵出は2 0
世紀の世界大戦 につなが ったと言 える。一方、第二次 大戟後 に米 ソ 「両極体制」がで きあが ったが、「両極体制」 と言 って も、双 方内部で赤裸 々な収奪があるわけではない。む しろ相互 に協力体制がで きて いると言 える。 とい うの も、第二次大戦後の国際政治は、力で他 を押 さえる わけにはいかな くなっているか らである。世論の力 も政治に大 きな影響 を与 えるようになって きている。 しか し、 このことは 「福祉 国家」な らぬ 「福祉 世界」の実現 とまではいかない。ルソー も指摘 しているように 「人間には自 愛心 と自尊心」があ り、 自尊心 によって 自国中心の考 えになるか らである。国際的経済格差 を埋めるのはなかなか難 しい。国家や経済体制 を文化的相違 を超 えて形成 しなければならないか らである。
第三章 「国際機構 と平和」では、国際機構 による平和の実現の困難性が取 り上げ られる。ルソーは、国家間に全体の利益 を尊重するとい う考えが薄い ということと、世界政府がた といで きて も特定勢力の権力機構 になって しま う恐れを指摘 しているとい う。秩序 とい うものは、力の体系 十価値の体系で ある。 この うち価値の共通性が国際政治では弱い。
国際連盟 と国際連合 を比較す ると、前者は規約違反の判断を各国にまかせ、
強い権限は持てなかった し、後者の安全保障理事会は形の上では多数決だっ たが、米 ソ仏英中は拒否権 を求め、大 きな権限を持ち得 なかった。朝鮮戦争 で制裁決議が可能になったのは、 ソ連が理事会 に欠席 したためであるO とは い うものの、国際連合は必ず しも無力 とは言 えない。それは 「国連における 議論 (世論の力
)
」が 「武力 (強制力)
」行使 をバ ックア ップす るか らである。それで も、国家が武力によって国益 を守 ろうとした時は、世論等は無視 され て しまう。妥協する余裕がある時は世論 に耳 を傾ける。 こうしたことを高坂 は
1 9 5 7
年の シリア ・トル コ国境紛争や1 9 5 8
年 スーダンー エ ジプ ト国境紛争、1 9 5 6
年のハ ンガリー革命、1 9 6 3
年のキューバ危機、1 9 5 0
年の朝鮮戦争等の例 をあげて、実証的に論 じる。高坂 はここで、「雰囲気」や 「イメージダウン」とい う問題 も取 り上げている。国連 における議論 を超 えた、国際的規模のマ
現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナテイブな一試論
スコミなどの働 きによって作 られる雰囲気やイメージのことである。
この章では、国内の言論の 自由と対外政策の関連 について も論 じられてい る。つ まり、国内で民主主義が確立 され言論の 自由があるか らと言って、世 論が国際政治に力 を発揮するわけでない。武力制裁せ よという国内意見が強 くその線 にそって武力行使が発動 される場合がある。民主化 ‑平和ではない ということである。
この章で、 もっとも重要 な指摘 は、「権力闘争の性格 の変化」である。高 坂 によれば、権力闘争が第二次大戦 を境に変わったのだ とい う。そゴ1は 「領 土 を獲得すること」か ら 「人の心 を求めての闘争」 になった。国内において 民衆の隷属化が無意味なように、外国を隷属化す ることは無意味である。経 済的な相互依存 とコミュニケーシ ョンの発達 によって国際政治において経済 と世論の役割が増大 した。国際政治は 「人の心 を捉 える」闘争 になっている が、そ ういった意味で国連の役割は大 きい。一方、非公式の外交官の付 き合 い も重要な要素である (国連の二つの役割一 闘争 と友愛一公式な場 と非公式 の場の意思疎通)0
これ よ り、「休戦」 とい うことに対する高坂の評価が生 じる。高坂 は、第 二次大戦後の武力衝突はすべて 「休戦」 という形で収拾 しているという。例 えばアラブとパ レスチナ、 カシ ミール紛争、朝鮮戦争等である。 このように 考 えると、国連の限界 とい う見方 もで きるが、武力ではな く 「権威」 (実力 と説得の中間形態 ‑ア レン ト)によって秩序 を作 る側面は評価で きるとす る。
終章の 「平和 国家 と国際秩序」では、戦争の原因の説 としての 「帝国主義 論」が まず紹介 される。それには経済理論 としてホブソン、 レーニ ンの もの があ り、社会学理論 としてはシュンペー ター、ベブ レンの ものがあるという。
また平和国家 を自認 した国が軍事大国化 した矛盾例が挙げ られている。第 二次大戦後のアメリカ合衆 国やフランス革命後のフランス、ロシア革命後の
ソビェ ト連邦である。
外交に関 しては(1)策略型 (2)調和型の二つのイメージがある。そ うした中、
現在の国際政治の平和 はやは り 「一時的休戦」 という形 をとっていると言え る。単一の世界政府はなかなか出来そ うもない。ルソーや カン トは国家の独 立を認めその権力の制約 をとなえた。国際政治の単位は国家 にならざるを得 ない。そ うした現実か ら導 き出される国際紛争の解決方法は 「休戦」 とい う 次善の策であ り、お互いに正義 を主張する米 ソが対立す る中では、そ うせ ざ るを得 ないのである(高坂の 「現実主義」)0
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2
、寺島実郎 『世界を知 る力』寺 島の本 は、「我 々日本人はアメリカを通 して しか世界 を見 ない悪い習慣 がないだろうか」 とい う挑発的な問題提起か ら始 まる。第一章ではそ うした 問題提起 に基づ き、ペ リー来航の
1 5 0
年前か ら日露関係が始 まっていること、日本には二千数百年の歴史の、例 えば 『孫子』や 『論語』 を読む 「体内蓄積」
があ り、昔か ら国際人 と言 えるような空海の ような人物が輩出 していること をあげる。 しか し、そ うした豊かな伝統があるのにもかかわ らず、戦後
6 0
年 はアメリカ一辺倒 になっている。第二章 「相 関とい う知」では、まず 「大中華圏」形成の指摘がなされる
。
「大 中華圏」 とは中華人民共和国 ・台湾 ・香港 ・シンガポールなどを含 む経済圏 だ。 この経済圏で活発 な交流が行われている。例 えば台湾 と中国は密接 な関 係 にあ り1 0 0
万人の台湾人がすでに本土 に移 り住 んでいる。 日本 はすでに対 米貿易で 「飯 を食って」いるのではな く、対 「大中華圏」貿易で 「飯 を食っ て」いる。ところで、 なぜ中国だけがポス ト冷戦で台頭 したのか。それは (
1 )1 9 9 7
年 の香港返還の成功‑・香港 をソフ トランデ ィングさせて発展 していること (2) 台湾に対 して柔軟路線 を取 って、経済協力 を推進 し文化交流 を深めたことによっている。中国はこうした路線で他の社会主義国ではみ られない発展 をと げた。
世界 を見渡す と同様の経済圏がい くつ も形成 されている。「ユニオンジャッ クの矢」 と呼ばれるロン ドン ・ドバ イ ・バ ンガロール ・シンガポール ・シ ド ニーのネッ トワークもその一つであ り、英国に 「ヒ ト・カネ ・情報」があつ まる仕組みが作 り出されている。
この ように
、I T
革命が進む中では、意思疎通が高い (文化 ・言語 ・法的な 仕組みが共通)グループが生 き残 る可能性が大 きい。米 ソの ような大 国が世 界 を動かす時代か ら、ネッ トワークの連動が重要 になる時代 になっている。「ユ ダヤネ ッ トワー ク」 もそんなネ ッ トワークの典型的な例である。ユ ダ ヤ人が世界で大 きな働 きをす る理由は、彼 らに (1)国際主義 ‑国際的連帯 を めざす傾向 (マルクス、国連
、CFR(
外交問題評議会)、 ソロス等の思想 に見 られる)があ り(2)高付加価値主義 (‑無か ら有 を生み出す ということに価値 を見出す。教育に熱意 を持 ち、高い知的 レベルを目指す)があるか らである。この ように現代世界で重要 な役割 を果た しているアクターを見 ると
、I T
革命 とい う 「パ ラダイム転換」が起 こっていることがわかる。ネ ッ トワーク による 「相 関の知」が形成 されているのである。アメl)カが9 0
年代によみが えったのは「 I T
革命」のおかげである。端的に言 えばイ ンターネ ッ トの登現在の国際政治状況と国際政治 <学 >状況 に対するオールタナティフな‑試論
場であった。インターネ ッ トが革命的だったのは、その分散 系 ・開放系のネ ッ トワークである。それは軍事技術の 「民生転用」だったが。
しか し、 アメリカはイラク戦争 (1兆 ドルを超 える戦費、4千人を超 える犠 牲者)とサブプライムロー ンの金融破綻 によってあっとい う間に凋落 して し まった。 オバマは、 この二つ を否定 し、「グリー ン ・ニューデ ィール」政策 を打ち出 している。その核 にあるものは、エネルギー政策の転換つ まり 「太 陽 ・風力 ・バ イオマスによるエネルギー確保」である。
こうした 「再生可能なエネルギー」は 「小規模 ・分散型」 という点 にその 発展の可能性がある。各家庭や地域で発電 しお互いに融通 してい くとい う発 想 は、インターネ ッ トの分散系 ・開放系の発想 につながる。EV(電気 自動車)・
RE(
再生可能エネルギー)・ I T
(情報技術)が うま く相乗すれば文明のパ ラダ イム変換が起 きる。第三章 「世界潮流 を映す 日本の戦後」では
、1 9 9 0
年か ら2 01 0
年の2 0
年 間、日本は 「思考停止状態」であった とい うこれ また挑発的な指摘か ら始 まる。
日本はこの時期、冷戦後のビジ ョンを持 ち得 ないまま、アメリカに追随 した。
小泉政権はその追随を 「改革」 と称 した。
現在必要なのは、「日米関係 は 日中関係」 とする考 え方だ。米中関係 は戦 前か ら良好だった。米中が連携 して 日本 を倒 したのが太平洋戦争。人民中国 の誕生 によって、アメリカはそれを封 じ込めるために 日本の復興 を推進 した。
日本の復興はまさに中華人民共和 国の誕生 によっている。 しか し、今後は 日 米中の トライアングルが重要である。
国境 を超 えたネッ トワークの相 関が
21
世紀の特徴であ り、2 1
世紀 は 「分散 型 ネッ トワークの時代」である。そ うした時代 にむけて、 日本 は①3R(リサ イクル ・リデュース ・リユース)の伝統(参円融 自在 (天台宗などに見 られる相 互融和 ・完全 円満の見方)(釘実態的なモノづ くり、 とい う持 っている長所 を 生かせばこの時代で も生 きてい くことがで きる。第四章 「世界 を知 る力」では、 日本の取 るべ き道 として (1)アメリカに冷 戦型の駐留 を見直 させ る。 (2)一方で、アメリカをアジアで孤立 させない(親 米入亜路線)0 (3)鳩 山の友愛 はオバマの 「核 のない世界
」
「対話 と協調」 と 共振す るので進めるべ きだ。 (4)東アジア共同体 を理想 として推進すべ きだ。(5)世界 を知 る力 をもつためにシンクタンクと通信社 の情報網 を充実 させ る べ きだと、具体的な提言 を行っている。
最後 に認識の方法 として、次の ようなことが重要であるとしている。 (1) 鳥の 目(文献)とフィール ドワー ク(虫の 目)の両方の視点。 (2)「agree to disagree」の姿勢 (対話の前提)。 (3)情報 は教養 を高めるために集めるので
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な く、問題解決のために集めるとい う考 え方
。( 4 )
マージナルな立ち位置 (会 社の外 にも活動の場 を設ける)である。( 3 )
右横勝「 3
つの戦争 を再考す る一湾岸 ・アフガン ・イラク戦争 と日本一」石積論文は 「19世紀の亡霊」「20世紀の秩序」「21世紀の産物」 とい う挑戟 的なネー ミングで、19・20・21世紀の国際政治秩序 イメージを措定 し、それ に基づいて湾岸 ・アフガン ・イラクと三つの戦争事象 を分析 している点に特 徴がある。そ して、具体的には次の
5
つの観点か らの分析 となっている。(i)イラクのクエ‑ ト侵攻 と9.11同時多発テロの違い‑・石積 によれば、「ク エ‑ ト侵攻」は 「19世紀的世界の残淳による20世紀的世界秩序‑の殴 りこ み」であ り、「領土獲得 を意図 した弱 肉強食の19世紀的発想」であった と い う。
これに対 して、「9.11同時多発テロ」は 「21世紀的産物の20世紀的世界 秩序‑ の挑戦」 と位置づ け られる。それは、「資本主義の総本山
」 ・
「世俗 主義の中心点」・「数々の罪 を犯 しなが らい まだ生 きなが らえる西洋近代の フロン トランナー
」の貿易セ ンター ビル‑ のテロであ り、「21世紀」か ら の 「20世紀秩序」‑の挑戦であった。そ して、石積 は容疑者 を 「未来の子」であるとする。 とい うの も彼 らは 「高学歴で コスモポ リタンの生活ス タイ ル」、「グローバ リゼーシ ョンの申 し子」であ り、ある意味 「オームに参加 した若者達 との共通項が多い」。一言で言 えば 「20世紀か らス ピンアウ ト した 『20世紀の鬼 っ子
』
」 なのであるとい う。テロは決 して許 さjtるもの ではないが、右横が彼 らの行動に 「未来」 を見 る理由は、おそ らく軍事施 設ではな く20世紀の現代文明の象徴である貿易セ ンタービルへの攻撃 を仕 掛けたということであ り、彼 らに20世紀的文明一 政治や経済、文化のあ り 方一 に疑問を持つ若者 らしい と批判精神 と犠牲的精神 を読み取 ったか らで はないか と思 う。(ii)三つの戦争の意味
石積 は、本論文で図式 を駆使 し、三つの戦争の違いを分か りやす く説明 しようとする。論文では「事の発端
」
「性質」
「対応」とい う縦軸 をもうけ、「湾 岸戦争」
「アフガニスタン戦争」
「イラク戦争」 を説明 している。それによると、
*湾岸戦争‑クエ‑ ト侵攻 を事の発端 にしているが、それは第二次大戦 後 「いかなる国 といえどもあか らさまに領土獲得のための侵略戦争 は 道義的にも国際法的にも到底不可能になった」時代 において、「20世 紀の最低の了解事項 を土足で踏みに じる本質 をもった行為」であった。
現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオ‑ルタナテイブな‑試論
これに対 してアメ リカを中心 に した多 国籍軍が組織 され
、「 2 0
世紀 的 国際秩序」が回復 されたのが湾岸戦争である。*アフガ ン戦争‑アフガン戦争はイラク戦争 と同様
「 9 . 1
1同時多発 テロ」に対す る主にアメリカの反応か ら発 した戦争である。 ビンラデ ンを捜 査す るために
「 <
最強の2 0
世紀 国家の最強の軍事力 >で<最弱の2 0
世 紀国家 アフガニスタン>に攻撃」 したのが アフガ ン戦争である。*イラク戦争‑・アフガン戦争 は 「同時多発 テロ」 に対す るアメ リカの過 剰 な反応であったが、国連 はそれを容認 した。 これに対 して、 イラク 戦争 は米英が先導 したいわば 「先制攻撃 的」 な開戦 であ り
、 「 <1 9
世 紀 的世界 に逆戻 りす る ような流儀 >で行 った<蛮行 > とい うはか な い」 ものであった。(iii)米国 と国連の関係
右横 の表現 を借 りれば、 国連 は
「 1 0 0%、2 0
世紀 の産物 であ り2 0
世紀 の 守護神である」。そ うした国連が 「湾岸戦争」
「アフガニス タン戟争」
「イラク戦争」 にどう対応 したかは、国連の性格か ら見 る と自ず と明 らかにな る。
湾岸戦争 においては、国連 と米国の関係 は 「蜜月」の関係 であった。「米 国は国連 を活用 し、国連 もまた米国に大 きく依存 した」。
次にアフガン戦争では、国連は「中途半端 な対応」しかで きなかった。「結 果的に
2 1
世紀か らの犯罪者 を戦争 とい う手段であった として も取 り押 さえ ることがで きれば、それはそれで了 としなければな ら」 ない と国連 は考 え た。最後 のイラク戦争 については、「アメ リカは国連 に完全 にそっぽ を向か れた」。それは
「 2 0
世紀秩序 の守護神 である国連が 自らその2 0
世紀秩序 を 大 きく破壊す る」 ことになると危倶 したか らだ と石積 は言 う。 イラク戦争 は 「狂気の沙汰」であった。 なぜ な らアメリカ 「自らが<1 9
世紀の亡霊の 世界 ><弱 肉強食の帝国主義の世界 >に入 り込んで しまった」か らである。そ して、「米英が長 く保持 していた
2 0
世紀世界秩序 の牽引車 としての尊厳 はここで決定的に失われること」 になった とい う。(iv)日本政府の現実の対応 と右横が考 える 「採 るべ きであった対応」
*湾岸戦争‑ 日本 は1兆円の軍事費 を戦争 に供与 した。 しか し、 クエ‑
トに感謝 されず この後 「湾岸戦争 トラウマ」に悩 まされるようになる。
「普通の国家」 を目指そ うとい う議論が ここか ら起 こった。石積 はこ の戦争 には 「全面的に資金援助 に限って堂 々と協力すべ きだった」 と
している。
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*アフガン戦争‑ 「湾岸戟争 トラウマ」か ら自衛隊艦船派遣 を行 った。
民主党はこの時反対 しなかった。石積 はこの戦争 に対 しては 「限定的 に協力す」べ きだった としている。
*イラク戦争‑ 「湾岸戦争 トラウマ」はイラク戦争 において一層強 まっ た。陸上 ・航空 自衛隊のイラク派遣 まで及んだ。民主党はかろうじて 反対 したが、「平和憲法」との矛盾 に苦 しんだ。石積 は「原理的に反対す」
べ きであった としている。
(V)憲法9条 ・国連 ・近代国家原理 ・政治学
湾岸戦争 ・アフガン戦争 ・イラク戦争 と三つの戟争の分析 を通 じて、石 積の背後 にある思想は憲法9条 に表現 されている思想である。石積 は憲法9 条第二項 について とりわけ注 目し、それは 「近代国家の原理的否定」であ ると言 っている。つ ま り憲法9条第二項 は、平和憲法 と言われているイタ リア憲法などにもない 日本国憲法独 自の ものである。それは 「国の交戦権 は、 これ を認めない」 というのである。そのことは何 を意味するのであろ うか。石積 は交戦権の否定は 「近代国家の原理的否定」であると言ってい る。 こうした思想 こそが21世紀の国際秩序形成に定措 されなければならな い。国連はそ う言った意味で 「21世紀の国際秩序の形成者ではない」ので ある。
憲法9条のこうした解釈 は政治学の再構築 によっては じめて可能になる。
そ うした再構築 を目指 した政治学 に神島二郎の政治学があると右横 は最後 に指摘す る。
(
4 )
「リア リズムー その 日本的特徴」4 7 ‑4 8
頁 (田中明彦 ・中西寛 ・飯 田敬 輔編著 『日本の国際政治学』有斐閣・2009年所収)(5)前掲
4 9
頁。(6)前掲
4 9
頁。Ⅲ、「政治元理表」による3著作の再解釈
本章では3つの著作の特徴 を≡点に しぼってまとめてお こう。
(1)高坂の著書
①高坂の 「リア リズム」‑村 田晃嗣が指摘 しているように
「
『理想主義者』
たちが閑却 しがちな力 (軍事力)の実際的側面 (軍事戦略)を重視 した点 は、 『現実主義者』 たる高坂の貢献だが、彼 はまた軍事力の効用 (代替可 能性)が相対的に低下 しつつあることに も自覚的であった。そ うした認 識に立って、高坂 は力 (軍事力)とともに、利益 (経済)や価値 (規範や道徳、
現在の国際政治状況と国際政治 <学>状況に対するオールタナティブな一試論
文化)か ら成 る多元的な国際像 を明示 したのである。高坂の研究その も のが、戦略研究、経済相互依存、そ して文明論や文化論の三領域 に跨 っ ていた」(7)。つ まり、高坂 は必ず しも国際政治を単純 な弱肉強食の舞台 とは とらえていなかったのである (高坂 の認識
‑
「勢力均衡論」ではな く 「一時的休戦論」)。ただ、本書 は 「力 ・利益 ・価値」の複眼の視点があることや、「一時 的休戟論」 とい う現状把握があることは評価で きるが、 日本の とりまく 国際状況についての分析 は不充分であった。そこか ら見 えて くるのは、
高坂の国際政治学は、欧米の歴史に基づいた国際政治学であった という ことである。
(∋本書は 「国際政治思想史」 となっている‑その豊富な政治思想の引用 には驚か された。例 えば、マキャベ リの 『君主論』の引用、ライプニ ッツ・
サ ンピェ‑ルのく国際法廷設立の議論 >、ベーコンの<力 とは何かの議 論 >、ホ ップズ<国際社会 を万人の万人に対する争い と考 えていなかっ た>、プ‑フェン ドルフ<世界政府は不要である>、モ ンテスキュー<
国際政治は不安な平和であ り永遠の戦争ではない>、中江兆民の 『≡酔 人経絡問答』、E. フロム<恐 れ と疑 いに満 ちた平和 は人間の心理 に悪 い影響 を与 える>、シェリング<軍備 を持 って もそれを使 わない能力が 人間にはある>、カン ト<貿易は相互の利益 にかなう>、 レイモ ン ・ア ロン<ある地域の進歩は他の地域の進歩 を助ける>、 リス ト<保護主義 の思想 >、アダム ・ス ミス< 自由放任の経済学説 >、カール ・マ ンハ イ ム<政治の民主化 と権力増大が結びつ く>、 トクビル<将来アメリカと ロシアが二大強国 となる>、 ミュルダール<福祉世界 を作 るべ き>、ガ ンジー<植民地支配は独立心 を失わせた>、ルソー<人は他 よ り自分の 利益 を第‑にする>、J
,S .
ミル<民族の定義 >、ベ ンサム<国際機構 は不必要 >、モーゲ ンソー<外交が宣伝戦 に退化 >、パ レー ト<政治に おける非論理の重要性 >、ア レン ト<権威 とは実力 と説得の中間の もの>、 シュンペーター<資本主義は反帝国主義的>、 コン ト<工業社会は 戦争 を拒否>、 ロス トウ<共産主義は伝統社会か ら工業社会 に移 る時の 病気 >、再びカン ト<共和制の定義 >、チェーホフ<治療 し得 ない病気
>等々である。
筆者はこうした高坂の豊かな思想史的教養か らた くさんのことを学ん だ。特にルソーに国際政治思想があ り、ベ ンサムに 『永遠平和計画』 な
どの著書があるとい う記述 には目を聞か された。
③ 国際政治を見 る上で様々な視点がある‑上記の思想史的教養の結果で
ProjectPaperNo.21
あろう、高坂の本には 「武力」だけではない、国際政治の秩序形成の様々 な要素が出て きている。中心は 「武力」なのであろうが、「世論」や 「経済」
関係、「国際的雰囲気
」
「ムー ド」の力 を国際政治秩序の形成要因 として あげている。特 に印象 に残 ったのは、第二次大戦後の 「権力闘争」が 「領 土 を獲得すること」か ら 「人の心 を求めての闘争」 になった とい う記述 である‑
「第二次大戦後の権力政治は、大 きく変った。それ までの権力 闘争の 目標 は、 より大 きな領土 を獲得す ることであったが、それはもは や今 日の権力闘争の 目標ではない。 よくいわれることだが、今 日の権力 闘争 は 『人の心 を求めての闘争』である。
」 (8)高坂 は資本主義 と社会主 義の対立 を前提 に して、 自らの体制 を敵対する国の人々に理解 して もら うとい う意味で 「人の心 を求めての闘争」 としているが、国連の評価 を する記述では次の ように言 っている‑
「現代の国際政治における力の闘 争 は人の心 を捉 えることを目標 としてお こなわれているが、国際連合 は その一つの重要 な舞台なのである」 (9)。当時の時代的制約の中で、それ らの指摘 は、後述する 「世論」や 「人心」 につながるような議論 として、高 く評価 したい。
(2)寺島の著書
① アメ リカ中心 の市場経済秩序 の崩壊 を前提 に している‑ 日本 をと り まく国際関係 を
3 0 0
年前の 日露関係か ら見ているように、 この書 は現在、アメリカ中心の国際経済秩序の転換 を前提 に している。そ して、一極中 心の世界秩序ではな く「大中華圏
」
「ユニオ ンジャックの失」
「ユ ダヤネッ トワーク」
「東 アジア共同体」 と地域的経済圏をアクターに した新 たな 国際政治秩序 を想定 している。② 「ヒ ト・カネ ・情報」の流れか ら国際政治 を見直 している。そ して、
武力の視点が まった くない珍 しい国際政治論になっている‑台湾 ・中国 関係 を見 る場合、通常 まず軍事力 を論 じることが多い中、 この書ではピ トの流れに注 目している
。「 1 0 0
万人の台湾人がすでに本土に移 り住んで いる」 とい う記述 はその例である。「ユニオ ンジャックの矢」 を論 じる ところでは、意思疎通が高い(文化 ・言語 ・法的な仕組みが共通)グルー プが生 き残 るとしている。文化や言語、法的な仕組みが人々の一体感 を 作 り、その仕組みの理解 に基づ く国際政治秩序が示唆 されている0「ネッ トワーク」 とはこうした 「ヒ ト・カネ ・情報」の流れのすべてを指 して いる。
「インターネ ッ トの分散系 ・開放系」の発想 は、ボー ダレスを当 然の前提 に している し、国家 を前提 とす る軍事力についての記述は一切 ない。現在のEg際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナテイブな‑試論
単 に経済を中心に国際政治を論 じているのではない、すでに現実が経 済中心に動いていることを明 らかに している書 と位置づけることがで き るだろう。寺島の中には、国際政治における武力の問題がないわけでは ないが、それを本書では全 く問題 に していない。寺島が こうした書 を出 版で きるとい うことは、 こうした認識が受け入れ られる時代状況に現在 なって きたとい うことなのか もしれない。
(参国際政治のアクターの転換が見 られる・‑従来の国際政治学では、その 単位 は国家 を中心 に組み立て られていた。そこか ら
NGO(
非政府組織) や経済のボーダレス化が論 じられてきたのであるが、寺島のこの書では、最初か ら国家 を国際政治の単位 として扱 う視点が希薄である。そこで単 位 となっているのは 「ネ ッ トワーク」である。寺島は 「パ ラダイム転換」
と呼んでいるが
、「 I T
革命」によって、国際政治は一気 に国家 をその主 要なアクターの地位か ら引 きず り落 して しまった と言える。(3)石積論文の特徴
(∋ 「湾岸戦争
」
「アフガン戦争」
「イラク戦争」 と三者 を 「武力」ではな く、アメリカと国連 との関係で見ている‑アメリカと国連の関係で見て いるということは、国際政治において 「武力」が国連によって制御 され ていることに注 目しているとい うことである。「軍隊」 を持 っていない 国連の力はどこにあるのだろうか。高坂は国連の意見 を 「世論」 と表現 したが、それはつ まり言葉の力である。石積 の議論 は国連 とい う言論の 力 とともに、「国連決議」 とい う 「法」 とまではいかないが、世界 に発 せ られる国連の 「解釈」 と言 えるようなものの力に注 目している。 さら に、国際政治における 「戦争批難」や 「制裁」の新聞論調 などに注 目し ている。単なる 「武力」のや りとりでない国際政治の見方が色濃い0 (む未来か ら現在 を見ている‑右横論文の特徴 として、未来か ら現在 を逆 照射 している視点があることである。ニュー ヨーク貿易セ ンター ビルを 中心 とする 「同時多発テロ」 を 「21世紀的産物」 と位置づけている。現 在の国際政治の混迷に光 を与 えるために、未来の姿 を想定するとい う手 法はジャック ・アタリにも見 られるが、示唆に富む。③ 「近代 国家」 に対 して根源的に疑問を呈 している。憲法9条 に対す る 将来的有効性 に対す る確信が示 されている‑高坂 には もちろんのこと、
昨今の国際政治者にもない視点が この視点である。右横 は大熊信行 など を引用 しなが ら、武力 を前提 に している近代国家 を乗 り越 える必要性 を 説いている。その近代国家の論理 を乗 り越 えられない限 り、人類の未来 はないことを示唆 している。その乗 り越 える力 をもっているのが、 日本
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国憲法第
9
条、とりわけ第二項である。「国の交戦権は、これを認めない」とい うこの条項 こそが
、21
世紀の人類の指針 に しなければな らないとす る。私は
2 0 0 8
年1
0月の 「小泉政治 とは何だったのか」 とい う論文において 「政 治元理表」中の1 0
の元理 を以下のように4
分類 して説明 した(10)。Ⅰ
「物理的強制力」 を権力 とする政治元理‑ 「支配元理」
Ⅱ
「もの ・こと ・わざ」 を権力 とする政治元理‑ 「同化元理」
「互換元理」
Ⅲ
「言語」 を権力 とする政治元理‑ 「法元理」
「自治元理」Ⅳ
「非言語」 を権力 とする政治元理‑ 「エ ロス元理」
「知己元理」
「カルマ 元理」
「闘争元理」
「帰暫元理」
こうした4分類 は、当然国際政治分析で も同様 に使 うことができる
0
「支配 元理」 とはその 「権力」‑すなわち秩序化 をもた らす第一の要因‑が 「物理 的強制力」であるとする 「政治元理」であるが、国際政治では国内政治 と違 っ て、依然 「弱肉強食の世界」であ り、単一の政府がない限 りにおいて、力が ものをい うという認識 は多 くの論者が説いてお り、国際政治 を見 る上でたい‑ん強固な見方である。有斐閣の 『日本の国際政治学』 では、「リアリズム」
として執筆者共通の認識 となっているように思われる。つ ま りその 「リアリ ズム」は高坂正尭 ら 「現実主義者」 によって 日本 に定着 し、田中 ・中西 ・村 田 ら現在の国際政治学会の主要 メンバーよって引 き継がれている(ll)。
国際政治の舞台をみてみると、確かに武力行使 は絶えない。 しか し、同時 に 「武力」が国際紛争 を解決で きていないの も明 白である。典型的な例 は、
イスラエルーパ レスチナ間の国際紛争であ り、双方武力 を行使 してはいるが、
それが 「切 り札」になってこの地の紛争が解決 される見通 しはほとん どない。
む しろ話 し合いによる和平交渉に可能性がある。
戦後 における国際紛争で 「武力」が最終的な決着 をつけた事例 はほとんど ない と言って よい。多 くははっきりと勝敗がつかず、あやふやになって しま う。高坂の言葉で言 えば 「休戦」が最善の状態である。 アフガニスタン問題 もイラク問題 も武力による解決は見込めそ うもない。その地の状態 を表現す る一番多 く使われる言葉は 「泥沼」 とか 「豚着状態」である。
戦後国際政治で唯一 「武力」が秩序形成 に有効だったのは湾岸戦争である。
これは明 らかに多国籍軍の勝利であった。そ して、それは神島二郎の言 うよ うに 「武力」が発動 されるべ き国際紛争だったのである(12)。 この ように戦 後国際政治において 「武力」が効力 を発揮す るケースはほとん どな くなって いる。
どうしてこのようになったか とい うと、現代 における情報の発達が、武力
現在の国際政治状況と国際政治 <学>状況 に対するオ‑ルタナテイブな一試論
行使 を白日の下に曝 して しまうか らである。戦前 日本がやった満州事変のよ うに夜陰に乗 じて戦争 を起 こすなどということはで きな くなっている。武力 行使 は厳 しくその正当性が問われる。 こう考えると、 日本の防衛はアメリカ に拠 っているとよく言われるが、そ もそ も世界中が見ている中、 日本 を一方 的に攻撃する国などを想定することなどで きない。北朝鮮 も夜陰に乗 じて攻 め込むことなど出来ない。テポ ドンの発射な どは、逆 に世界 に見せ るパ フォー マ ンスとなっている。それが 日本攻撃につなが るなどとい うことは とうてい 考えに くい。 この ように考えると、アメリカの核 の傘か らはずれることなど 何 も恐れることはない。憲法9条 に基づいて どうどうと非武装 を標梼 し現実 化すればいい。
「もの ・こと ・わざ」 を権力 とす る 「同化元理」や 「互換元理」 において は、被治者は治者の もつ 「もの ・こと・わざ」 によって言 うことを聞 く。「も の」 とはお金や さまざまな財である。「こと」 とは文化 ・文明のことである。
「わざ」とは利用価値がある技術 を意味する
。
「同化元理」は上下関係であ り、一方の財 ・文化 ・技術が他方 より圧倒的に高い場合 に生 じる治者 ・被治者関 係である
。
「互換元理」はその関係が水平的な場合である。国際政治で例 をあげれば、ODAな どの援助 は 「同化元理」 にな り、対等 の貿易 ・外交交渉などは 「互換元理」になる。「互換元理」の発展 した形が 「市 場経済」である。 また北朝鮮 などに対する 「経済制裁」 というのは 「同化元 理」 を逆手にとった ものである。純粋 な 「同化元理」は返済義務のない経済 援助などである。各種
NGO
などの奉仕的活動は 「同化元理」に 「カルマ元埋」などが加わった場合であろう。
ソ連崩壊後世界中を席巻 した 「グローバ リズム」の名の下の 「市場原理主 義」は、「互換元理」が歪め られた ものである。そ もそ も資本 と情報 に圧倒 的な差があるアクター間において 「市場原理」 を適用 した ら、「強者 (アメリ カ資本)の勝利」が帰結するのは明白なことである。 これ らの 「主義」は 「元 理」の原則 に戻れば是正で きる。
次に 「言語」 を権力 とす る政治元理‑ 「法元理
」
「自治元理」 であるが、これは文字通 り 「言葉」が権力 になる場合である
。
「法元理」の例 は、様 々 な個別の国々の様 々な条約や組織 であ り、大規模 な場合 はEU、ASEANな どの多国間同盟や国際連合、各種NGO
などである。
「自治元理」の例 として 広範な国際的 「世論」の影響力の増大があげ られよう。「法元理」で注 目されるのは、近来の「国連決議」の重要性の高 まりと、ICJ(国 際司法裁判所)お よびICC(国際刑事裁判所)の活動である。近来の最大 の武 力行使は 「湾岸戦争」 と 「イラク戦争」であるが、 この二つの戦争の最大の
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違いは、前者が丁寧に国連決議 を踏 まえたのに対 し、後者 はブ ッシュ大統領 のアメリカが 「単独攻撃主義」 を標梼 し、 イギ リスなどを巻 きこんで国連決 議 を十分に踏 まえずに行 った点である。「湾岸戦争」の成功 と 「イラク戦争」
の失敗は国連の 「お墨付 き」があるかないかであった。つ ま り、 この戦争 に 限 らず現在の戦争は国連や国際世論の 「お墨付 き」がなければその正当性が 確保で きず、その成功 も不可能になるとい う状況 になっている。
I CC
(国際刑事裁判所)の最近の例では、スー ダンのバ シル大統領の逮捕状 請求がある。「ダルフール紛争」 に関わる殺 人でI CC
の検察官が大統領 を訴 追 した(13)0I CC
は0 3
年 に設立 され 日本 も含 め現在1 0 6
カ国が加盟 してお り、対象 は個人で、民族対立 を背景 とす る殺人 ・虐殺 ・強姦 などを 「人道に対す る罪
」
「戦争犯罪」 として裁 く。
「ニュル ンベ ルク裁判」
「東京裁判」で うた われた 「人道に対する罪」が具体 的制度 として実現 したのがI CC
である。そ の実効性 を疑問視す る声 もあるが、08年5月にはコンゴ民主共和 国前副大統 領がベルギー滞在中逮捕 さjtるなどその実効性 は高 まっている。「自治元理」の例 としては、「世論」の国際的な発達がある。 インターネッ トの発達は、従来では考 えられないスピー ドで地球の片隅の小 さな事件 も世 界中に報道 して しまう。先進国の報道機関が派遣 した特派員が瞬時にその地 のニュースを発信 し、世界中の人々は当た り前のようにそれを読む。そ うし た報道は、国内のみならず国際政治に対する人々の 「世論」 を形成 してい く。
また国連や各種 国際組織 においては、従来の大国中心ではな く中小国の立場 も尊重 され、対等の討論が行われるようになって きている。討論の場 は拡張 し、その議論の質は高 まっている。
さて、最後に 「非言語」を権力 とする政治元理‑ 「エ ロス元理
」
「知己元理」「カルマ元理
」
「闘争元理」
「帰智元理」であるが、 これ らの 「元理」は 「非 言語」‑つ まり言葉以外の要素が (まとめ)で重要な意味 をもつ とい うこと を意味する。「政治元理表」では、 この 「非言語」 に分類 される 「政治元理」が半数 を占めるのが特徴である。
これ らの 「元理」はそ もそ も直接面接関係 における政治の 「元理」である。 しか し近来、マスコミの発達によって、国内はおろか地球規模で局所的な政 治現象が報道 され、世界的に 「人心」 (ムー ド・ブーム ・雰囲気)が形成 され、
政治に大 きな役割 を果たす ようになった。世界の片隅の小 さな報道写真や個 人の行動の報道が世界中にひろが り大 きな影響 をもつ ようになった。
「ェロス元理」では、例えば
、2 0 0 5
年 に米国の 「反戦ママ」 シンデイ・シー ハ ンさんの運動が話題 になった。兵士であった息子 を2 0 0 4
年 に失 ったシーハ ンさんの反戦運動 は大 きく取 り上げ られ、 イラク戦争 に対す るアメリカ国内現在の国際政治状況と国際政治 <学 >状況に対するオールタナティフな一試論
の反戦世論 を盛 り上げたばか りでな く世界中に大 きな影響 をあたえた0 ジ ョン ・レノンが 自宅前で射殺 されたのは
1 9 8 0
年の1 2
月8
日であるが、そ の後 も彼 にちなんだ反戟運動はつ きない。名曲 「イマジン」
「平和 を我等 に」
は反戦集会の場で今 も歌い続け られている
。0 7
年 には映画『 PEACE BED
アメリカ
VS
ジ ョン・レノン』が作 られた。アイスラン ドの首都 レイキヤビッ クには世界平和 を祈念する 「イマジン・ピース タワー」が作 られ毎年 ジ ョン・レノ ンの誕生 日と命 日にサーチ ライ トが
2 0 0
メー トルの高 さで照 らされ る。 ジ ョン ・レノ ンは妻のオノ ・ヨー コと「 PEACE&LOVE
」 を訴 え、ニ クソ ン大統領にベ トナム反戦のメッセージを 「歌」 とい う形で発信 した。「知己元理」の権力 は 「出会い」であるが、 日常的にも複雑 な人間関係の もつれが当事者同士が会 うことによって瞬 く間に解決す ることがある。そこ では、交わされる言葉 よりも 「会った」 ことそれ 自体が重要な役割 を果たす のである。国際関係 において も同株であ り、現代国際関係史においてはサ ダ ト大統領のエジプ ト電撃訪問、米 ソの冷戦 を終わ らせたマルタ会談、小泉首 相の北朝鮮電撃訪問などが良い例である。
2 0 0 9
年1 0
月1
1日午前 に岡田外相が電撃的にアフガニスタンを訪問 し、 カル ザ イ大統領 と会談 したことが報 じられた(14)。 この予定 は事前 に知 らされて いなかった。岡田外相 とカルザイ大統領の握手 をしている写真 は、ある意味 小泉首相 と金正 日との握手の写真 くらい衝撃的である。「出会い」の意味 を 民主党政権は理解 して行 ったのであれば非常 に高 く評価で きるが、そ うでな い として もこの 「出会い」の持つ意味は限 りな く大 きい。「カルマ元理」は内心の抑 え られない 「倫理感」・「側隠の情」 な どの気持 ちが行動 となって表れ、(まとめ)に重要な役割 を果たす場合である。 日常 的にも例 えば 「後姿の教育」 などと言われるように、言葉以上 に行動が重要 となる場合があることは誰で も認めるところだろう。世界史的な事例 として は、ガンジーの運動が真 っ先 にあげ られる。 ガンジーは 「塩の行進」や断食 といった 「非暴力 ・不服従」の運動 を貫徹 したが、彼のこうした行動が多 く の人々の共感 を呼んで、イン ドの独立に大 きな影響 を与 えた。 また、彼の死 後 もその行動は語 り伝 えら讃1、全世界の人々に影響 を与 え続けている。
イラク戦争 の時 には、世界中でた くさんのデモが行 われた。一 日に世界 で
1 0 0 0
万人 もの人々が集 まったこともあった。 日本で も新聞報道は少なかっ たが、03年3月に 「イラク攻撃 に反対す る」4万人規模のデモが行われた(15)。 非暴力の静かなデモは、ブ ッシュのイラク戦争 に対す る明 らかなNON
を表 現 した。 こうした名 もない庶民の運動 も 「カルマ元理」の良い例である。次に 「闘争元理」であるが、 この権力は 「真鋭」である。 これは<究極の
PrqjectPaperNo.21
ファイティングスピリッ ト>とい うようなもので、死 して もなお前進 しよう といった類 の闘争心である。「支配元理」の 「武力」が 『孫子』 の兵法の よ うに相手の出方次第でこち らの出方 を変 えるような戟略的な戦い方 を意味す るならば、この「真鋭」は勝 ち負け抜 きで突っ込んで行 くような戟い方である。
この良い例が世界各地で繰 り広げ られている 「自爆テロ」である。「9.11事 件」やイラクやパキス タン等で行 われている 「自爆テロ」は、組織 として政 府の転覆などを目指 しているものではない。む しろその 「戦 う気概」 を示す ことを目的 とするものである。私は 「自爆テロ」 を肯定 しているわけではな いが、なぜ彼 らはこうしたことをす るのであろうか。その疑問はこの 「政治 元理」 を使わない と解けない と私は思 う。
さて最後 に、「帰響元理」であるが、 この例はテ レビなどマスコミの発達、
コンピュー ター技術 の飛躍的発展等 に よる世界規模 での 「人心」 (ムー ド・
ブーム ・雰囲気)形成である。映像で世界の片隅の小 さな事件 も世界的に報 道 される。戟争被害で両親や家 を失い戦争孤児 となった子供の映像 は世界中 にショックを与 え、 こころある人の口か ら口‑伝 え られ、人々の戦争反対の 意識や運動 をもりあげる。オバマ大統領のノーベル平和賞受賞は世界の方向 性 を決める 「ムー ド」 をブ ッシュ時代か ら
1 8 0
度転換 させ、非核 ・平和 を希 求する 「ムー ド」 を国際的に高めてい く。 コンピュー ターを使った 「国際世 論調査」は、イラク戦争やオバマの政策 をめ ぐって行われ、世界の 「ムー ド」を変 えてい く
。
「国際世論」ではな く 「国際ムー ド」 と言 えるような ものが 確実に国際政治で形成 されていると私は思 う。以上 「政治元理表」 を解説 し、それを使 って現在の国際政治の実体 を例 を あげて明 らかに した。現実の国際政治はこの ように多様 な要素が重な り合 っ て動いているのである。それは 「武力」のみで動いているのではない。 む し ろ 「武力」の地位は年 々低下 しているのである。それが現在の国際政治の 「リ アルな姿」である。現在の国際政治学は 「支配元理」中心 になっていて、 こ の 「元理」 に従 う分析 を 「リアル」 (リア リズムの分析)であるとしている。
しか し、それは 「リアル」 どころか、現実の国際政治を的確 に見 ることがで きず、 また的確 な処方隻 を導 きだす ことがで きない。そ うした現実認識 を曇 らせ るような学 として 「リア リズム」の暗雲 を打ち破 って、国際政治の認識 の 「晴れ間」 を出現 させ る必要がある。そ してそれは急がねばならない。
さて、 この 「政治元理」 によって、本論文で取 り上げた3著作 は どう解釈 されるだろうか。
1 9 6 6
年の高坂論文 と2 0 1 0
年の寺島論文 を比較 して著 しい違いは、国際政治 の秩序形成の核 になるものが、一方では 「武力」であるのに対 して、寺島で現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナティフな‑試論
は 「政治元理表」の分類 に従 えば、「モノ ・コ ト・ワザ」 (同化 ・互換)になっ ているということである。石積論文では
「 2 0
世紀的世界秩序」 を論 じようと する時は、国連が中心 におかれている。そ う言 った意味で 「言語」 (自治 ・法) になる。 しか し、「 2 1
世紀的挑戦」 とい う時、その具体的イメージが提示 さ れていないゆえ、それを 「元理」的に位置づけることが で きなかったのは残 念であった。高坂 と寺島 と右横論文 を比較 してみると、はっきりと国際政治の現実がこ の
5 0
年で変化 していることに気付 く。つ まり、「力の支配」か ら 「モノ・コ ト・ワザ」が中心の世界になってお り、 さらに 「世論」や 「法」が重要になって いることが論文の記述 を通 して分かるのである。
寺島論文で指摘 されているように、台湾有事、中国の帝国主義的侵暗の可 能性は極めて低いと言わざるを得ない。中国の軍事費増大 に着 目する「武力
」
を基調 とす る政治の見方ではな く、「モノ ・コ ト・ワザ」 とい う政治の見方 を使 えば、中国の対外的侵攻の可能性が低いことが見えて くる。中台 ・中 日 の経済的な繋が りの深 さを知れば、い くら中国が空母 を作 ったか らと言 って、
やみ くもに台湾 ・日本 に侵攻す るなどとい うことは考 えに くい。軍事力は、
外 に対する侵攻 ・防衛 よりも自国の経済力 を誇示 し、国内の一体感 を形成す るために使われることが多い。国民 に侵略 される可能性 を自国の軍事力増大 を通 じてイメージさせ ることによって、国内的一体感 を作 る方法は、北朝鮮 が顕著であるが、多かれ少なかれ欧米諸国や 日本 も行っている。世界有数の 軍事力 を持 っている日本が、だか らと言って他 国を侵攻す るな どとは誰 も考 えていないだろう。 日本人は防衛のためだ と思っている し、同様に北朝鮮や 中国の人々も防衛のためだ と思っているだろう。一方、為政者 は国内的統合 に軍事力増強 を使 っている。
右横論文では、アフガンとイラク戦争時にいかにアメ リカが国連の 「お墨 付 き」 を得 ようとしたかが指摘 されている
。
「自治」
「法」 とい う秩序形成が 現今の国際政治では核 になっていることを石積論文は示 している。この ように見て くると、それぞれの論文の核 を 「政治元理表」で整理すれ ば、高坂論文 ‑支配元理 (+自治 ・法)、寺島論文 ‑同化 ・互換元理、石積論 文 ‑自治 ・法元理 となっていることが分かる。 さて、 ここまで来て、私が描 摘 したいことは、 この高坂 ・寺島 ・石積論文には 「元理表」の私の分類では
「非言語」の分析枠組が欠けているということである。つ ま り 「帰
衝 」
「エロ ス」
「カルマ」
「知己」
「闘争」の要素が欠けているのである。現在において も、こうした元理の要素が強 くなっているのは前述の とお りであるが、 こうした 傾向は、次章で述べ るようにます ます大 きくなって来るのではないか と思わ
PrqjectPaperNo,21
れる。寺 島の言 うネ ッ トワーク化 によって、世界 は一つ になろ うとしている。
そ うした世界で、有効 になるのは 「非言語」 に分類 され る政治元理であろ う。
「近代 国家」 は 「闘争」 を克服 し 「自治」 を取 り入れ 「支配」 を核 として 作 られた と私 は思 う。近来言われて きた 「近代 国家」のボー ダレス化 とい う のは寺 島の言 う経済的なネ ッ トワーク
ー
「大 中華 圏」
「ユ ダヤネ ッ トワーク」「ユニオ ンジャックの失」 の発達 といいか えて も良い。元理的に言 えば、「同 化
」
「互換」の要素が国際政治で重要 な位置 を示 しているとい うことである。ここまでが、現代の国際政治 を分析す る国際政治学の水準 と言 えるか もし れない。 この限界 をブ レー クスルーす るのが 「非言語」 に分類 される政治元 理である。「帰
常 」
「エ ロス」
「カルマ」
「知 己」
「闘争」 は基本的に直接面接 関係の政治元理であるが、 これが地球規模の国際政治 に大 きな位置 を占める ようになっているのである。「憲法9条」の「近代 国家」を超 える可能性 とは「政 治元理表」的に言 えばこうい うこと‑ つ ま り 「支配」 を越 えて、他の元理 と りわけ 「非言語」 に分類 される元理が中心 となる秩序形成の可能性‑ である と思 う。 ちなみに「 9 .
11同時テロ」の新 しさとはそれが「闘争」だか らである。右横氏 もそれを示唆 している。その手段 は決 して褒め られるものではないが、
「宇宙船地球号化」す る世界での地球規模の 「異議 申 し立て」とい う側面が
「 9 .
11テロ」 にはある。石積 はこの ことを 「21世紀的産物」 と言 ったのではない だろうか。
(7)前掲村 田論文
5 0
頁(8)高坂 『国際政治
』1 5 2
頁(9)高坂 『国際政治
』1 5 8
頁(10)拙稿 「小泉政治 とは何だったのか‑ 『政治元理表』で解 く現代 日本政治
」 」
(神奈川大学経営学部 『国際経営論集』 第
3 6
号・2 0 0 8
年1
0月)(ll)田中明彦 ・中西寛 ・飯 田敬輔編著 『日本の国際政治1 学 としての国際 政治』 (有斐 閣
・2 0 0 9
年)参照。(12)湾岸戦争 当時、多 くの知識 人が平和解 決 を唱 えてい る時 に、神 島はイ ラクー クエ‑ ト問題 は武力で解決す る外 ない と早 くか ら提言 していた。
イラク侵攻が戦後 国際秩序 を崩す もの と的確 に把握 していたか らであ る。「イラク軍即時撤退以外 な し」(朝 日新 聞 「こえ」欄
1 9 9 0
年・ 8
月1 6
日) お よび 「イラク問題 と日本」 (東京新 聞1 9 9 0
年1
0月3 0
日)参照。(13)
2 0 0 7・7・2 5
朝 日新 聞(14)
2 0 0 9・1 0・1 2
朝 日新 聞( 1 5 ) 2 0 0 3・3・1 2
東京新聞 「こち ら特報部」現在の国際政治状況と国際政治<学>状況に対するオールタナティフな一試論
Ⅳ、国際政治を見 る新 しい視点 (試論)
石積論文では①
1 9
世紀的秩序③2 0
世紀的秩序③21
世紀的秩序 と三つの類型 が示 されている。 この類型 は湾岸 ・イラク ・アフガ ン戦争 を理解す る上で確 かに助 けになるが、厳密 な定義が されているわけではない。 そ こで、私 は、次の ように神島政治学の国際政治認識 に基づ き、 このあた りの ことを次の よ うにまとめていこうと思 う(16)0
①
「 1 9 4 5
年 までの国際政治秩序」‑1 9
世紀的国際秩序 は 「領土獲得」の言 わば 「弱 肉強食」の国際政治秩序 で、第一次大戦か ら第二次大我 を経て 克服 をされて きた ものである。そ う言 った意味で「 1 9 4 5
年 までの国際政 治秩序」 と名付 けたい。② 「武力行使が限定 された
1 9 4 5
年以後の秩序」‑2 0
世紀的秩序 とは石積論 文で も指摘 されているように、国際連合 ‑もともとは第二次大我後の戦 勝国の連合で、その秩序 は国連軍 を持つ世界政府 による秩序 を希求す る ものであ る。「弱 肉強食」 の状態 を廃 し、正統 的な国際的武力 を背景 に した秩序 を想定す るものである。現在2 01 0
年 まで、 この秩序の完成は見 られていない。 しか し、神島の残 したこの時代の秩序認識 を私 な りに理 解すれば、 この時代 は 「国際的に認め られていない武力行使 は認め られ ない時代」 とな り、法律や単独の世界政府や国連軍は形成 されていない が、「武力行使」が認め られ る場合一 言 わば 「判例」が形成 されている 時代 と言 える。 その判例 とは (1)国境 を接 している場合 (2)第二 次大戦 の領土問題 な どが残 っている場合(3)軍事 同盟 を結 んでいる場合である(17)。 そ して、 その判例 の背後 にある ものは、 ニュル ンベ ル ク裁判 ・東 京裁判で、国家の犯罪 に対 して指導者が個人的に裁かれた とい うことの 冷厳 な事実である。
この文脈では、ブ ッシュ前大統領 は厳正 にイラク戦争の開戦責任で問われ る必要がある。 イギ リス議会はイラク戦争 をめ ぐってブ レア‑前首相 を喚問 したが、アメリカ議会はブ ッシュ前大統領 に対 して行 うべ きであ り、 日本で は小泉元首相 に対 して行 うべ きである。
③ 「宇宙船地球号の秩序形成期一現代」
‑21
世紀 を迎 え現在 は、上記 「武 力行使が限定 された1 9 4 5
年以後の秩序」の中で、新 しい国際政治秩序が 胎動 している時期である。そ こで中心 になるのは、武力以外 の権カー 「モ ノ・コ ト ワザ」、「世論十「法」、「人心」であ り、武力 は警察権力 となる。(参と(釘の時期 をどこで区切 るか とい う問題 であるが、それは今動いてい