早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊15号‑1 2007年9月
195
確率観念の発達に関する先行研究の概観と今後の課題
伊 藤 朋 子
1.日的
本稿の目的は,主に幼稚園から小学校高学年までの子どもを対象とする「確率観念の発達」をめぐ る日本と欧米の先行研究を概観することによって,確率的推論研究の今後の課題を明らかにすること である。 2節でPiaget&Inhelder (1951/1975)による偶然観念の発生に関する研究を, 3節でそれ以 降に展開されたそれをめぐる主要な論争を概観し, 4節で先行研究の問題点と今後の課題を考察する。
4節で考察する問題点は,未だ決着がついていない認知的バイアス(基準率無視base‑rate neglect (Kahneman&Tversky, 1973)や連言錯誤conjunction fallacy (Tversky&Kahneman, 1983)など)を 対象とするこれまでの確率的推論研究に共通する問題点であると考えられる。したがって本稿の意義 は,このような概観を通じて(2, 3節),認知的バイアスの出現メカニズム解明につなげられる研究 上の足がかり(今後の課題)を見出そうとする点(4節)にある。
ここで,本稿で用いる用語(確率観念,知的操作,必然,偶然)の定義をしておく。確率とは,辛 象の起こる確からしさを数量的に表したものである。これは,論理的確率(例.サイコロの目の出方 には6通りあり,各々の目の出方には優劣がつけられないので, 1の目が出る確率は1/6),頻度論 的確率(例.人口100万人のうち10人がある病気を発症している場合,その病気を発症する確率は 1/100000 ,主観的確率(1回しか起こらない事象について確率を推論する場合。例.明日Aさんが 死ぬ確率)の大きく3つに分けられる。確からしさを数量的に表すには,このように主に3通りの考
え方がある。但し,一般に「確率」といった場合には特にこれらは区別されていないため,本稿でも それに倣って,これら3つを総称したものを確率観念とする(なお本稿では,原文でideaとされて
いるものを観念, conceptとされているものを概念と訳した。 Piaget&Inhelder (1951/1975)を除く 多くの研究ではこれら2つは特に区別されていないと考えられるが,本稿では原文に忠実に訳出して おくことにする)。知的操作(mentaloperation)とは, (1)内化された(思考において心的に遂行し
うる), (2)可逆性をもった, (3)何らかの不変量(保存)を前提とする, (4)他の諸操作と協応し あって1つの全体構造をなす行為のことである(Piaget, 1970/2007,p. 9)。知的操作は生得的に備わっ ているのではなく,発達に伴って徐々に(漸進的に)構築されていくものと考えられている。必然と は因果系列に支配されていてそれ以外の現象が起こりえないこと,偶然とは必然的な因果系列から逸 脱しているようにみえる現象のことである(Figurel)。必然的な現象は演樺的操作による再構成が
相補的関係
必蒸 商 然
因果系列に支配されて 必然 的な因果系列 か いて, それ 以外の現象 ら逸脱 しているように
が起こり得ないこと
↑
みえる現象のこと
↑ 再構成が可能
寅籍的操作による現 再構成が不可能 Figure l 必然と偶然の関係
可能だが,偶然による現象は演樺的操作による再構成 が不可能であり,両者は相補的な関係にある。
本稿をまとめるに至った経緯を明らかにするために は,基準率無視や連言錯誤をめぐる先行研究の大まか な流れに触れておく必要がある。 18世紀の啓蒙思想期 から1960年代頃までは,不確実な状況下での人間の判 断について,概ね人間の合理性が信じられていた。と ころが1970年代以降になると, Kahneman&Tversky (e.gリ1973)に代表されるHeuristics&Biasesアプローチの提唱者らによって,基準率無視や達吉錯誤 などの現象が明らかにされ,人間の非合理的な側面が強調されるようになった(e.g.,市川, 1996)。
彼らは,確率法則を規範解とする立場からこれらの現象を確率的推論の認知的バイアスとみなし,代 表性(representativeness)などのヒューリスティックス(Tversky&Kahneman, 1974)に基づいてこ
れらを説明した(詳細は伊藤, 2006a,2006b,2007aを参照のこと)0
伊藤(2006a,2006b)では基準率無視に関する先行研究を,伊藤(2006a,2007a)では連言錯誤に関 する先行研究を,歴史的視点ならびに現在的視点に立って概観し,今後の課題を展望した。筆者の基 本的立場では, 「確率量化」 (中垣, 1989)に関わる知的操作は,具体的操作期以降,漸進的に構築
されていくものであり,確率的推論課題での正判断はこの知的操作の構築の現れであると捉えている (確率量化とは,確率に関する四則演算を,知的操作の獲得水準に従って階層的に捉え直したもので ある)。この捉え方では,確率的推論にみられる種々の認知的バイアスは,知的操作の発達過程の中 に位置づけられる判断タイプの一つの現れということになる。したがって,諸々の判断タイプを,確 率量化の水準という観点から分析するためには,発達的研究が不可欠であると考える。
基準率無視を扱った研究のうち子どもを対象としたものには,例えばJacobs&Potenza (1991)や Zhu&Gigerenzer (2006)などによる研究があろうJacobs&Potenza (1991)は, 1, 3, 6年生の子 どもと大学生を対象に,社会的領域と物理的領域の判断における2種類の判断方略‑ 「基準率の利 用」と「代表性ヒューリスティック(Kahneman&Tversky, 1973)の利用」一に関する研究を行った。
Zhu&Gigerenzer (2006)は,子どもでもベイズ型推論課題が解けるという主張をした。連言錯誤を 扱った研究のうち子どもを対象としたものには,例えばFisk&Slattery (2005)などによる研究があ ろう。そこでは, 4‑5歳児, 8‑10歳児を対象に条件次第では子どもでも規範的判断が可能なこと, 但し,この能力を支えるメカニズムの解明は今後の課題であることを指摘した。子どもを対象として 基準率無視や連言錯誤を扱った研究は,このように皆無というわけではない。だが,基準率無視や連 言錯誤を扱う研究は,そこで用いる課題が大人にとっても大変難しい課題であるために,大人を対象
とする研究に比べて,子どもを対象とする研究は極めて乏しいといえる。加えて,仮に子どもを対象 とした研究でも,単に調査対象者を子どもにしているというだけで,必ずしも「知的操作の構築」と いった発達的観点に立っているわけではない,という問題点もある。
確率観念の発達に関する先行研究の概観と今後の課題(伊藤) 197 基準率無視や連言錯誤に関する先行研究のこれらの問題点を踏まえ,伊藤(2007b)では,形式的 操作期の中学生と大学生を対象に,確率的推論様式の発達に関する研究を行った。そこでは, 「確率 量化以前の段階0」 〜 「ベイズ型推論(ベイズの定理を適用して行う条件付確率の導出)が可能な段 階Ⅲ」からなる,確率量化の水準に基づく発達段階のうち,中学生は概ね「1次的量化(『可能な事 象に対する当該事象の比率』という確率の定義をそのまま適用して行う確率量化操作)のみ可能な段 階Ⅰ」にあること,大学生は概ね「2次的量化(1次的量化による確率の乗法的合成)が可能な段階Ⅱ」
に到達していることを明らかにした。しかし,そこで分析したのは, 1次的量化が概ね可能になる中 学生以降の量化であって,基本的な確率量化が可能になる前の量化は分析していない。
以上をまとめると,これまでの研究には,子どもを対象に基準率無視や達言錯誤を扱った研究が少 ない,基本的な確率量化が可能になる前の量化は明らかにしていない,といった問題点があることが わかる。確率に対する認知についてより包括的な研究を行うためには,中学生以前における確率観念 の発達も調べる必要があるだろう。このような問題意識に基づき,まずは2, 3節で,確率観念の発 達をめぐる日本と欧米の先行研究を概観することにする。
2. Piaget&lnhelder (1951/1975)による偶然観念の発生に関する研究
確率観念の発達に関する体系的な研究はPiaget&Inhelder (1951/1975)に始まるといっても過言 ではないだろう。 Reyna&Brainerd (1994)は,確率判断の発生に関する諸研究を3つの時代に分け, Piaget&Inhelder (1951)による研究が行われた時代をその第1の時代に位置づけた。第1の時代は, 理論,データ共にPiaget&Inhelder (1951/1975)に支配された時代であった。 Piaget&Inhelder (1951/
1975)は,ビー玉遊びやコイン投げ遊びの実験によって,子どもにおける偶然観念の発生を研究した。
そこでは,子どもの理解水準に合わせて質問を構成し,臨機応変に質問を追加したり削除したりする 1対1の「臨床法」という面接技法が用いられた。例えばコイン投げ遊びの概要は,以下の通りである。
そこでは,一方に十字架が,もう一方に丸が描かれた通常のコインと,両面とも十字架が措かれてい るインチキなコインとが用いられる。はじめに,通常のコインを1つ投げたとき何が出るかを子ども に予想させる。次に,実際にそのコインを投げてみて面の絵を確認させる。これを何度か繰り返した 後に,いくつかの通常のコインを同時に投げたとき,どのように面が出るかを予想させる。その後, 子どもに気づかれないようにコインをインチキなものに取り替えて,いくつかのインチキなコインを
同時に投げ,全てに十字架が出たときの子どもの反応を調べる。これを何度か繰り返した後に,最初 に用いたコイン(通常のコイン)でも全てに十字架が出ることがあり得るかを尋ねる。
Piaget&Inhelder (1951/1975)のこれらの研究によると,偶然観念の発達過程は,第Ⅰ段階 ‑7, 8歳),第Ⅱ段階(7,歳11, 12歳),第Ⅲ段階(ll, 12歳〜)の3段階に区分できるという。前 操作期に相当する第Ⅰ段階は,演樺的操作からなる参照システムがないために,可能性(possibilit占)
と必然性(necessit占)とが未分化な段階,つまり,偶然や確率などの観念がない段階とされる。具体 的操作期に相当する第Ⅱ段階は,論理数学的操作の出現に伴って,偶然という観念が現れ始める段
〇〇〇〇〇
\ / \ / A A'
※B⊃A, B⊃A', B=AUAが成立するo
Figure 2
全体と部分の関係
階とされる。この段階になると,演緯的かつ操作的な必然的関係が理解で きるようになるため,それに合わない現実の予測不可能性,という個々の 偶然の変化がもつ横棒的ではない特性を理解できるようになり,可能性と 必然性とが分化してくるという。つまり,偶然という観念の理解には,必 然という観念の理解が必要だと考えられている(Figurel)。さらに,この 段階になると,全体と部分の包含関係の理解(Figure2のB⊃A, B⊃A'),
および全体を構成する要素間の分離(Figure2のB‑AUA')が具体的操作 として可能になるため,複数の可能性(例えばFigure2において5つの要素から成るBから要素を 1つ選ぶとき, 5通りの可能性があるということ)を同時に考慮することができるようになるという。
形式的操作期に相当する第Ⅲ段階になると,偶然と演樺的操作とが統合され,組み合わせというシス テムや割合という観念の構築に伴って,確率事象といえども,偶然の散らばり方が構造化され,統計 的法則性をもつことが理解できるようになるという。
3. Piaget&lnhelder (1951/1975)の研究をめぐる論争
Piaget&Inhelder (1951/1975)による研究以降,確率観念の発達に関する研究は非常に盛んになっ た Reyna&Brainerd (1994)は, Piaget&Inhelder (1951)による理論を,人間の思考と個体発生に 関して包括的な見解を与えるものであるとしながらも,その経験的根拠を薄弱なものであると捉え た。彼らはこのような背景から,確率判断の発生に関する諸研究の第2の時代を, Piaget&Inhelder (1951/1975)による理論とデータ間のアンバランスを正そうとした時代であったと述べた。以下で は, Piaget&Inhelder (1951/1975)を支持する肯定的諸研究(3‑1), Piaget&Inhelder (1951/1975) に対する批判的諸研究(3‑蝣2) , Piaget&Inhelder派と反Piaget&Inhelder派の方法論的和解の試み(3‑3) という3点から, 1960年代以降行われたPiaget&Inhelder (1951/1975)の研究をめぐる論争を概観 する。
3‑1 Piaget&lnhelder (1951/1975)を支持する肯定的諸研究 Offenbach, Gruen, &Caskey (1984)は,幼稚園児と2, 4, 6年生を対象に,割合判断を行うときに子どもが用いている仮説と 方略に関する研究を行い,そこで得られた結果がPiaget&Inhelder (1975)による発達的系列と一 致していることを示した。またGruen,Offenbach,&Keane (1986)は, 7, 9, 11歳児を対象に, Piaget&Inhelderによる発達段階の水準と,割合推論課題における子どもの反応パターンとの関係を 調べた。そこでは,一般に形式的操作期の子どものみが割合を考慮した解答をすることを示し,割 合推論に対するPiaget&Inhelder (1975)の主張を支持する結果を出した。 Falk&Wilkening (1998) は 6‑14歳児を対象に,子どもの確率調整能力を調べる研究を行った。そこで用いた課題は, 「一 方の壷から当たりビーズを引く確率と,もう一方の壷から当たりビーズを引く確率とが等しくなる ように,一方の壷に当たりビーズを加えさせる」というもので,子ども自身に,与えられた確率と 等しい確率になるような「くじ構成」を作らせる課題であった(中垣, 1997も「割合等化課題」と
確率観念の発達に関する先行研究の概観と今後の課題(伊藤 199 いう同様の課題事態を用いた研究を行っている)。そこでは,大部分の子どもが2つの次元を割合
的に統合できるようになるのは13歳頃であることが明らかになった。彼らは,自分達が用いた確 率調整課題のような課題では, Piaget&Inhelder (1951/1975)の主張と一致した結果が得られると
した。 Kreitler&Kreitler (1986)は, 5, 歳児 3, 9歳児, ll, 12歳児を対象に,比率評価や順 列など,確率的思考に関連するピアジェ的な課題4種類を用いて,確率的思考の発達に関する研 究を行った。そこでは,最も年少の集団から最も年長の集団にかけて成績の水準に向上がみられ, Piaget&Inhelder (1951)を支持する結果が得られたこと,但し, 5, 6歳‑8, 9歳にかけての発達の
方が 3, 9歳 11, 12歳にかけての発達よりもずっと大きく,時期によって発達の度合いが異なる ことなどを明らかにした。
Crandall, Solomon, &Kellaway (1961)は, 15, 16, 17歳の年長者と6, 7, 8歳の年少者を対象に,
「確率学習」に関する研究を行った。そこでは,パターン化された確率提示実験(イとする)と,パ ターン化されていない確率提示実験(ロとする)の各々において,事象の生起確率が80%の条件A と,事象の生起確率が50%の条件Bが用いられた。結果, (1)実験ロの条件Aでは,年長者の方が 年少者の場合よりも, 80%で生起している刺激に対する,生起確率の期待値(expectation)が急速に 伸びていくこと, (2)年長者が示した期待値は,年少者の場合と異なって,刺激の実際の生起確率に 徐々に近づいていくこと, (3)条件Aから条件Bに実験条件が移行した場合,年長者の場合は,香 易にその期待値を変更できることを明らかにした。彼らはこれらの結果から,年少者よりも年長者
の方が確率学習において優れていると考えた Crandall et al. (1961)の研究では, Piaget&Inhelder (1951/1975)による研究は引用されていないが,確率学習においても,学習者の発達水準によって学 習が制約されていることを示すものであり, Piaget&Inhelder (1951/1975)の考え方を支持する結果 といえよう。
3‑2 Piaget&lnhelder (1951/1975)に対する批判的諸研究1960年代に入ると,方法論的観点 からPiaget&Inhelder (1951/1975)に対する批判的諸研究がされるようになり,子どもの「確率学習」
(e.g., Siegel&Andrews, 1962)や「意思決定」 (e.g., Yost, Siegel, &Andrews, 1962)など,非言語的な 行動を確率観念の指標とする研究が多数行われるようになった。
例えばSiegel&Andrews (1962)は,就学前児を対象に, 2つの対象のうちの一方を選択させると いう二股選択状況(two‑choice situation)にみられる「選択行動」と「強化の程度」に関する研究を 行った。そこでは,正反応に対して与えられる強化の程度が増大すると,正反応の生起確率を最大化 させようとする傾向が子どもに強くみられること,つまり「選択行動」は, 「事象の確率」だけでな く,正反応に対して与えられる「強化の程度」の関数となっていることを明らかにした。ここから彼 らは,非常に幼い子どもでも,確率概念をもっている可能性があると考えた。またYostetal. (1962) は, 4歳10ケ月〜5歳8ケ月の保育園児を対象に,意思決定に関する研究を行った。そこでは,過 切な条件(非言語的を状況)下であれば,幼い子どもでも確率概念に従った行動が可能であることを 明らかにした。これらの結果から,彼らはPiaget (1950)の主張に異議を唱えた。そして,幼い子ど
もの認知能力を研究する際には,適切な強化と統制を伴った,行動的(非言語的)な状況を用いるこ とが重要だと述べた。 Brainerd (1978)は, Piagetが用いた手続きは子どもの日常的な環境でみられ るものではなく,実験室の学習であるとして, Piagetの概念を批判したOそこでは,チュートリアル 訓練の学習効果を支持する立場から, 「前操作期の子どもは具体的操作期の概念を学習できない」と するPiagetの主張を否定した。さらにBrainerd (1981)では,確率判断の発達を,作動記憶の概念 に基づいて説明する理論を提案した。そこでは,就学前児と小学生を対象に研究を行い,子どもの不 完全な確率判断は,特定の知識の欠陥というよりも,作動空間容量(work‑space capacity)の制約の 結果生じる検索の失敗によるものであるとした。 Schlo仕maim (2001)は, 6, 9歳児,大人を対象に, 複雑な賭け事事態での期待値の理解に関する研究を行った。そこでは, (1)いずれの年齢でも,確率
を統合する際には乗法規則を用いること, (2)被験者の多くが規範的な加法規則から逸脱した判断を し,子どもでも,大人にみられる判断パターンと類似した判断パターンを示すこと, (3 最年少児で さえ,確率を抽象的なものと捉えていることを明らかにした。さらに,他の領域では,乗法的な推論 が8歳以前に出現することは通常ないということから,認知の領域(課題)固有性を唱えた。加えて, 確率の公式的な教育を受ける以前の5, 6歳児でも,期待値の概念的理解を日々の生活の中で獲得し
ているとし,早期の直観的な推論コンピテンスの存在を主張した。 Spinillo (2002)も, 7,歳児を 対象に研究を行い, 「量に関する原初的なシェマ(protoquantitave schemes)」という,関係概念の, 早期にみられる直観的な起源の存在を主張した。
Ginsburg&Rapoport (1967)は, 6‑ 11歳児を対象に研究を行い,被験児の年齢と課題の複雑さ とが割合推定に影響を与えること,但し,被験児の割合推定は一般に正確であることを示した。こ こから,子どもでも,最初に与えられた情報から導いた仮説を,その後に与えられた情報に基づいて 更新できると考えた。また,成績がふるわない場合に考えられる理由の一つとして, 「認知的な過剰 負荷」を挙げた。 Ginsburg&Rapoport (1967)の研究では, Piaget&Inhelder (1951/1975)による研 究は引用されていないが,子どもの有能性を唱えたという点では,反Piaget&Inhelder (1951/ 1975) 的な結果といえよう。
3‑3 Piaget&lnhelder派と反Piaget&lnhelder派の方法論的和解の試み1960年代以降になると, 以下に示すように, Piaget&Inhelder派と反Piaget&Inhelder派の採用している方法論の和解を試み る研究もみられるようになった。
Lewis,Wall, &Aron血‑eed (1963)は, 1年生と6年生を対象に,二肢選択の行動に関する研究を行っ た。彼らは, Piaget (1950)の実験が子どもに要求しているのは,言語的かつ認知的な確率評価であ るのに対し, Piaget (1950)の主張に異議を唱えたSiegel&Andrews (1962)の実験や,自分達が用 いた学習パラダイムでは,あまり認知的ではない文脈での非言語的な反応しか子どもに要求してい ないため,そこで得られた結果は,確率概念に基づく「意思決定」の過程というよりも「条件づけ」
の反映であると捉えた。 Davies (1965)は,確率に関する非言語的なテストと言語的なテストの結 果から,前操作期の子どもの非言語的な行動は事象の確率と関連していること,また,このような
確率観念の発達に関する先行研究の概観と今後の課題(伊藤 201 非言語的な行動は,確率概念や,事象の確率と行動との関係を言語化する能力に先行することを示 した。 Davies (1965)は確率概念の獲得を発達的な現象と捉えており, Piaget&Inhelder (1951)を 支持する立場であった Goldberg (1966)は, 3歳10ケ月〜5歳1ケ月までの就学前児を対象に, 2種類の課題条件(Piaget&Inhelder, 1951の方法に類似した条件と, Yost etal., 1962による「意
思決定」の実験方法を修正した条件)を用いて,確率判断に関する研究を行った。その結果, (1) Piaget&Inhelder (1951)の条件よりも, 「意思決定」の条件の方が,正反応数の平均値が大きいこと,
(2) 4, 5歳児の成績は課題条件に強く依存すること, (3)子どもの確率判断は,色の好みや,数と 割合の混同に強く影響される可能性があること, (4)対象となる確率の大きさが判断に影響を与え ることは,大多数の子どもの場合にはないこと,しかし,確率法則を用いている子どもにとっては, 対象となる確率の大きさが0.50に近づくにつれて判断が難しくなること,などが明らかになった。
Carlson (1970)ち,幼稚園児と小学校1, 2, 3, 4, 5年生を対象に,確率判断に関して, 2種類の 評価手段(Piaget&Inhelder, 1951らの課題を修正した言語的な方法と Yostetal, 1962らの「意思決 定」による非言語的な方法)を用いた研究を行った。その結果, (1)確率的推論の発達は,年齢に 伴って単調増加する傾向にあること, (2)言語的な方法と非言語的な方法とでは,確率的推論発達の 異なる側面を評価していること, (3)確率的思考の個体発生に関してPiaget&Inhelder (1951)が主 張した年齢階層は,一般に支持されること, (4)性別や知能は有意な変数ではないこと,などが明ら かになった Huber (1993)は,確率学習,随伴性, Heuristics&Biases,非数量的確率という4つの 観点から確率概念の発達に関する先行研究をまとめ直し,そこで行われた諸研究とPiaget&Inhelder
(1951)の研究とが矛盾した結果を示している理由として,以下の3つを挙げた。第1の理由は,研 究対象としている確率知識や認知的操作の顕在性レベルの違いによるものである。 Huber (1993)は, 子どもや動物には,不確かな情報を処理する何らかの基本的(潜在的)な認知的操作が発生的に備 わっている一方で,顕在的な確率知識は個別的に獲得されなければならないこと,それは年齢と共に 発達するものであることを主張した。つまりHuber (1993)は, Piaget&Inhelder (1951)の研究では, 子どもに自分自身の判断の説明をさせるという方法を用いており,顕在的な確率知識や認知的操作を 対象としていたために,例えば行動を指標として確率概念の発達を分析しようとしていた研究との間 に矛盾した結果が生じたのだと考えた。第2の理由は,研究対象としている確率概念の多様性による ものである。 Huber(1993)は,確率概念には,頻度的概念,ベイズ的概念,質的確率の概念など,様々 なものがあるとし,頻度に基づく確率学習などに関わる認知的メカニズムは,発生的に備え付けられ たものとして発達しているのに対し,数量的確率などの概念は個別的に学習されなければならないと 考えた。第3の理由は,研究で用いる確率課題の多様性によるものである。 Huber (1993)は,確率 課題には,壷などの容器を用いる課題,賭け事態,言語的に記述されたシナリオ,メタ知識を必要と する課題など様々なものがあるとし,用いる課題が異なれば得られる結果も異なるだろうと考えた。
このように1960年代以降, Piaget&Inhelder派と反Piaget&Inhelder派の採用している方法論の和 解を試みる研究も数多く行われるようになったo Lかしこれらの研究は,和解と言っても列挙的,並
列的であり,両者の方法論の統合には未だ成功していないように思われる。
4.確率観念の発達に関する先行研究における問題点と今後の課題
ここまで2節と3節で, Piaget&Inhelder (1951/1975)による研究と,それをめぐる論争(e.gリ Yostetal, 1962)という大きく2つの観点から,確率観念の発達に関する先行研究を概観してき
た Piaget&Inhelder (1951/ 1975),伊藤(2007b)の研究と, Yostetal. (1962)に代表される Piaget&Inhelder (1951/1975)批判の研究とを対比させると, Tablelのようになるだろう。 Yostet al. (1962)に代表される従来の先行研究には,以下に示すように,幾つかの問題点が残されていると
思われる。
Table 1 Piaget&Inhelder (1951/1975),伊藤(2007b)の研究と, Yost et al. (1962)に代表される従来の 先行研究の対比
研 究 P iaget& In he lder (19 51 ′197 5) 伊 藤 (2 007b ) e ■g ▼,Y o stet al. (1962 )
確 率 観 念 の 主 な 指 標 言語 的反 応 非 言語 的反 応 (行動 )
発 達 段 階 偶 然 観念 の発 達段 階 確 率量 化 の発 達段 階 発達 段階 確率 観念
前 操 作 期 ' 7. 8 歳 ) 第 Ⅰ段 階 偶 然 / 確 率観 念 な し 段 階 0 確 率量 化 以前
原 則 , 想 定 してい :年 少 者 に も年長 者 に
ない ≡も確 率観 念が あ る
具 体 的 操 作 期
(7 . 8 歳 11, 12 歳 ) 第 Ⅱ 段 階 偶 然 / 確 率 観念 が現 れ始 め る 段 階 Ⅰ 1 次 的量 化 の形成 形 式 的 操 作 期
ll , 12 歳 〜 ) 第 Ⅲ 段 階 偶 然 ′確 率 観念 の獲得 段 階 Ⅱ 2 次 的量 化 の形 成 段 階 Ⅲ ベ イ ズ型推 論 の形成
問 題 点
(1) 全 般 的 な 発 達 過 程 しか解 明 して い (1) 非 言 語 的 反 応 (行 動 ) を 分
(1) 誤 判 断分析 が不 十 分で あ る (2 ) 確 率観 念 の指標 が 暖練 であ る (3 ) 包 括 的な理 論構 築 に成 功 して いな い
な い 析 してい ない
(2) 形 式 的 挽 作期 の分 析 に乏 しい (2) 前 操 作 期 ′具 体 的 操 作 期 の (3) ベ イ ズ 型 推論 課題 を扱 っ てい ない 分析 を してい ない
第1の問題点「誤判断分析が不十分であったこと」第1に, Yostetal̲ (1962)らが行ってきた非 言語的反応(行動)を確率観念の指標とする先行研究では,子どもの誤りの個別的な分析が不十分で あったように思われる。何故なら,彼らが用いていた基準の多くは,一般に「いわゆる確率論に従っ た行動を子どもがとっているか否か」というallornothingの二分法であったと考えられるからであ るO確率観念は一朝一夕に獲得されるものではなく, Piaget&Inhelder (1951/1975)が指摘するよう に漸進的に構築されていくものと考えられるため,確率観念の発達を研究するためには,誤りの個別 的な分析が可能な課題事態を用いる必要があるだろう。すなわち,単に規範的正判断が可能か否かと いった二分法的な反応分析しかできない課題ではなく,多様な反応が得られる課題を用いる必要があ るだろう。このような課題を用いることによって,得られた反応から知的操作の構築過程を発達的に 辿ることが可能になるだろう。これによって,従来同じ平面上に置かれてきた諸々の誤りを,知的操 作の獲得水準の現れとして位置づけられるようになると思われる。
第2の問題点「確率観念の指標が唾味であったこと」第2に,先行研究の論争の中には, 「何を 確率観念の指標とするのか」という点が暖味であったために生じたものが多数見受けられるように思 われる。すなわち, piaget&Inhelder (1951/1975)の研究では言語的に得られた反応を確率観念の主 な指標としているのに対し, 3‑2で触れたように,それに批判的な数多くの研究では非言語的反応(行
確率観念の発達に関する先行研究の概観と今後の課題(伊藤 203 動)を確率観念の指標としている。言語的反応を指標とするのか,それとも非言語的反応(行動)を 指標とするのかによって得られる結果は大きく変わってくる。それ故,今後はこのような用いる指標 におけるずれを認識したうえで,行動レベルならびに言語レベルから,確率に対する子どもの認知を 包括的に分析する研究が必要になるだろう。
Table lに示すように, Piaget&Inhelder (1951/1975)では,主に前操作期と具体的操作期の子ど もを対象に,偶然観念の発生に関する研究を行っている。伊藤(2007b)では,形式的操作期の中 学生と大学生を対象に,確率量化の発達段階に関する研究を行っている。しかしPiaget&Inhelder
(1951/1975)の研究には, (1)確率観念の全般的な発達過程の解明を目的とするものであって,確率 量化に関わる諸操作の詳細な獲得過程を分析しようとしたものではない, (2)対象としているのは,
もっぱら前操作期に相当する第Ⅰ段階や,具体的操作期に相当する第Ⅱ段階であって,形式的操作期 に相当する第Ⅲ段階の詳しい分析は行われていない. (3)ベイズ型推論課題のような応用的な確率的 推論課題は対象とされていない,などの問題点がある。また伊藤(2007b)の研究にも, (1)分析し
ようとしているのは,いわゆる言語的な手法を用いて得られた確率的推論様式であって,行動レベル の分析は行っていない, (2)対象としているのは形式的操作期の被験者であって,前操作期や具体的 操作期の分析は行っていない,などの問題点がある。
第3の問題点「包括的な理論構築に成功していないこと」第3に,基準率無視や連言錯誤を対象 とする研究にも当てはまることであるが,先行研究では,確率観念に関する人の認知を包括的に説明 する理論の構築には成功していないように思われる。既に指摘したようにBrainerd (1981)は,確 率判断の発達を,作動記憶の概念に基づいて説明する理論を提案している。またReyna&Brainerd (1994)では,確率判断の発生に関する諸研究の第3の時代を, 「判断におけるある種の誤りは,年齢 と共に増大する」というパラドックスによる「理論的な袋小路」に始まる時代としている。彼らは, fuzzy‑trace theory (e.g., Brainerd&Reyna, 1990)という理論によって,このような袋小路を打開でき るとしている。fuZzy‑tracetheoryとは,暖昧(fuzzy)で質的なgist要点,骨子)という表象レベルと, 逐語的な(verbatim)表象レベルの存在を想定し,種々の認知的バイアスの出現をgistの適用によっ て説明しようとするものである。しかしこれらの説明はいずれも,単に問題となっている現象を言い 換えて誤りの出現過程を記述しようとするだけで,認知過程の領域普遍的な理論化には成功していな いように思われる。
以上の問題点から,確率的推論研究における今後の課題は,確率観念に関する認知過程を「包括的 に」説明できる理論,つまり, (1)最もプリミティブな誤判断から規範的正判断に至るまでの反応の 多様性を(第1の問題点より), (2)同一課題内の反応の多様性だけでなく,言語的課題と非言語(行 動)的課題のように,異なる課題間の反応の多様性を(第2の問題点より), (3)前操作期,具体的 操作期および形式的操作期にみられる,知的操作の獲得水準の違いによる反応の多様性を, 「包括的 に」説明できる理論(第3の問題点より)を構築することであると考えられる。そのためには,課題 解決者の確率量化の水準がダイレクトに結果に反映されるような,幼児から成人までを一律に対象に
できるような実験の考案が必要である。このような実験を用いた研究こそが,確率観念の発達過程の 解明と,認知的バイアス(基準率無視,連言錯誤など)の出現メカニズムの解明,ひいては人の認知 過程そのものの解明につながるものと考えられる。
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