著者 森田 喜基
雑誌名 新島研究
号 106
ページ 174‑190
発行年 2015‑02‑28
権利 同志社大学同志社社史資料センター
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014636
実践紹介
同志社国際学院初等部における
「新島先生の時間」
森 田 喜 基
はじめに 研究の目的
同志社の校祖新島襄が小学校について語った記録としては、
基督主義ノ学校ハ幼稚園ヨリ大学ニ至ル迄実ニ必要ノモノト信スレド モ、当時我輩ノ力尚微々タリ1)
1880(明治13)年11月20日の熊本講演の際に
今小学校ノ教方ハ実ニ以前ノ寺小屋学問トハ遙ニ優等ナル者ナレトモ、
唯々智識発達主義ニシテ更ニ廉恥ノ風ヲ引起ス等〔ノ〕事ニハ力ナク、
其教員タル者ハ多ク些少ノ月給ヲ貪ルノ徒ニシテ、恐クハ人才ヲ養成シ タキト云精神ニハ乏シク、甚シキニ至テハ教員カ生徒ヲ誘導シテ酒店ニ 入リ妓楼ニ登リ淫乱放蕩ヲ少年ニ教ユル風モマヽ世間ニアレバ、現今世 ヲ憂フルノ人之ニ痛歎セサ〔ル〕ハナシ・・2)
1883(明治16)年1月16日に
夕食後、原田助らのクラス16名を茶菓に招く。アメリカの大学、政党、
教会、田舎の景況について話し、日本の人心一新のためには小学校の改 良が必要であると説く。3)
などがあげられる。新島は当時の小学校の荒廃を嘆き、その改良の必要性、
それに対して幼少期より一貫した全人教育の同志社における展開を夢として 語り、その事業を後進に託したのである。そして学校法人同志社は現在2つ の大学、4つの中学・高等学校、2つの小学校、幼稚園、インターナショナ ルスクールの併せて14の学校を擁する学園となっている。それは2006年に 岩倉に同志社小学校、2011年に同志社国際学院初等部がそれぞれ設立され たことにより、幼稚園から大学院まで同志社で学ぶことが可能となったこと によるものである。ただそれが単なる「エスカレーター式」に大学まで上が れるシステムであって、同志社独自のアイデンティティである建学の精神の 基づいた一貫教育でなければ、それは新島の夢見たものとは言えない。今一 度新島が「基督教主義ノ学校ハ」と語ったキリスト教主義教育によって貫か れた「同志社」、その切り口としての「新島を学ぶ」「新島に学ぶ」というこ とが、同志社にある小学校において、特に同志社国際学院初等部で、どのよ うに展開されているのかについて、その実際とコンセプトを紹介しつつ、今 後の課題について考察するものである。尚本報告は、同志社大学同志社社史 資料センター第1部門研究(新島研究)2013年度11月研究会(2013年11 月11日)での研究発表に加筆修正したものであるが、その際多くの映像を 用いて実践を報告したため、極めてその内容に近づけるべく、いくつかの写 真を提示している。
2011年開校した同志社国際学院
同志社国際学院初等部について
同志社国際学院は、「キリスト教主義」「自 由主義」「国際主義」という同志社の教育理 念に基づき「よりよき人生を営むために生涯 にわたって学び続ける人を、よりよき世界を 実現するために世界を結ぶ行動をし続ける人 を、そして、神様から与えられた生命を正し く生き る た め に 愛 を 深 め 続 け る 人 を 」 を Mission Statementとして京都府木津川市に 2011年4月に初等部が、9月に国際部がそれ ぞれ開校され、初等部は2015年春に最初の 卒業生を出すこととなった。初等部のカリキ ュラムの特色は、大きく2つある。一つはイ
ンターナショナル・バカロレア(The International Baccalaureate)の初等教育 カリキュラム(The IB Primary Years Programme)に準拠した独自の探究型 のプログラムを用いて、探究しながら学び、理解を深めていく「探究型学 習」の展開である。もう一つは、TIE(Time in English)と呼んでいる英語 での授業である。いくつかの教科内容をすべて英語で学び、6年間を通して すべての授業の55% を英語で、残りの45% を日本語で実施している。これ は文部科学省の教育課程特例校の指定を受けて実施している。「探究型」と
「英語」という初等部の学びの柱は、英学校として開校した同志社、そして その自由教育が同志社の教授法は「ドコまでも啓発自習主義で、教師が教へ るといふよりも、寧ろ生徒が自ら学ぶといふこと、即ち生徒自らが指定せら れた学課を準備し教室に出で、教師の前に其準備した学課を復習することで あった。」4)とその草創期より展開されていたことから考えても、「国際主義」
「自由主義」の今日的具現化という側面を持っていることを、改めて定義し ておきたい。そしてその学びを通して得たものを「良心を手腕に運用する」
豊かな心を育てる「キリスト教主義」は、その教育のすべての場において香 同志社国際学院にある良心碑
らなくてはならないし、もともとその教育理念の三要素は個別に存在するの ではなく、「新島」によって、互いに結びつけらえたものであり、3つそろ ってはじめて建学の精神に立った教育を展開していることになると言えると 考える。
同志社国際学院初等部におけるキリスト教主義と
「新島先生の時間」
同志社国際学院初等部では「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」の 教育理念を、小学生という発達段階、そして初等部の教育内容の独自性に合 わせた形で開校後再定義し、それにむけて教育計画を策定した。その内容は 学校パンフレットにも掲載し、または学校説明会で解説することにより、入 学希望者、在校生、それぞれの保護者に説明し、理解を求めている。
『2014年同志社国際学院初等部学校案内』では、それぞれ聖句を当てて教 育理念の解説がなされているので紹介したい。
キリスト教主義 「隣人を自分のように愛しなさい」(ルカによる福音書 10 : 27)
同志社は1875(明治8)年アメリカで牧師となり、日本に宣教師として帰
国した新島襄によって設立された、わが国有数のキリスト教主義学校です。
新島は良心が全身に充満した人物が、同志社から育つことを願いました。そ して「一国の良心」を育てる教育には「知育」だけではなく、神を信じ、真 理を愛し、他者に対する思いやりの情に厚いキリスト教による「徳育」=「こ ころの教育」が必要だと確信しました。頭脳がどれほど良くても、良心がな ければ、その能力をよい方向に使うことができません。聖書を通して他者の 痛みに寄り添い、互いに助け合いながら生きていくことを学んでいくこと、
新島が後世に託したこの使命の上に同志社は建てられています。
自由主義 「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書8 : 32)
新島は「なぜ幕府は我々を自由にしないのか。なぜ我々を籠の鳥か袋の鼠 のようにしておくのか」と思い、自らの人生を自由に開拓すべく、アメリカ へ脱国しました。そして同志社を時代に束縛されず、自ら決断し、自由に生 きる人を育てる場としました。新島はどんな困難な中でも聖書の教えから自 ら考え、自らの道を選択し、そして同志社を設立しました。その自由とは、
自分勝手とは違います。自由に生きるところには、必ず責任が伴います。本 校ではルールばかりでしばられるのではなく、自ら責任感を伴う自由な生き 方を育てていきます。
国際主義 「平和を実現する人々は、幸いである」(マタイによる福音書 5 : 9)
本校では日常的世界中からやってきた先生やおともだちと一緒に学ぶこと ができます。高学年ではニューヨークの学校との交流など、世界中にお友達 を作り、また実際に会いに行くプログラムもあります。毎日世界の人々や 様々な文化に触れ、英語を通して心を通わせ、お互いの違いを認め合う学び を実践し、本校が考える真の国際人「どこへ行っても通用する人物」「平和 を作りだす人」の育成を目指します5)。
毎朝の礼拝では初等部児童全員がチャペルに集い、週3回の日本語礼拝、
週2回の英語礼拝を通して、聖書に触れ、祈りのときを持っている。また現 在実施されている宗教行事は、主に宗教教育強調週間特別礼拝、イースター 礼拝、花の日礼拝、収穫感謝礼拝、創立記念礼拝、校祖永眠日記念礼拝、ク リスマスツリー点灯式、クリスマス礼拝、地域の方々をお招きするキャンド ルライトクリスマス、東日本大震災をおぼえる礼拝などである。クリスマス には地域の老人ホームと福祉作業所に、クリスマスキャロルを歌うキャロリ ングや、福島県と岩手県にある東日本大震災で被災した幼稚園のお友だちに クリスマスカードを送り、毎月11日に5、6年の「宗教委員会」を中心にそ れら幼稚園をおぼえて募金活動をしている。そのような日常的な宗教行事に よって、「他者と共に生きる」という姿勢を涵養することにつとめている。
そのような中で、では新島襄に関する学びはどのように展開されているの
か。その展開の主たる教科は「宗教」である。巻末資料1「同志社国際学院 初等部 教科別週当たり授業時間数」を見ると一般の小学校での学習科目
「道徳」に対して「宗教」と置き換えられているものである。これは学校教 育法施行規則24条6)によって置き換えが可能となっており、全国の宗教系 小学校ではそれぞれの宗教による教育が行われている。ただ今日「道徳の教 科化」を現政権が進める中で、今後動きに私たちは常に注視しておかなくて はならないことを付記する。
初等部における新島襄に関する学びの特徴は、「宗教」の授業のみならず、
一般の小学校での「社会」や「国語」に当たる探究の単元「UOI(Unit of Inquiry)」や、宿泊学習を通して多角的に新島に関する授業を展開している ことである。そのため「教科横断型」で展開される新島襄に関する学びを、
総じて通称「新島先生の時間」と呼ぶことにしている。これはインターナシ ョナル・バカロレアの初等教育カリキュラムにおいて、それぞれの教科が互 いに協力して展開することを大切にしていること、そしてそれぞれの教科が 教科書の枠にとらわれずに、学びを展開していることから可能となってお り、「新島先生の時間」は各教科の単元として位置づけることができている。
同志社における人間形成は、「宗教」や礼拝の時間のみにおこなれるのでは なく、日々の教科学習、体験学習の中のいたる場面で、その営みが建学の精 神に立脚してこそ、同志社独自の教育と言える。しかし実際にはそれぞれが 求められる指導内容を展開するうえで、そのような独自のカリキュラムを
「一条校」で展開していくのは、私学であってもなかなかできないことであ る。そのような状況下にあって、教科のカリキュラムに建学の精神を盛り込 んでいくことができるその意義は大きいと考える。では「新島先生の時間」
は、小学校6年間を通して、どのような教育計画がなされているのかをまと めてみると次の表のようになる。
学年 教科 単元 内容
1 宗教 よいこころ(良心)について にいじませんせいのおかお
良心碑から学ぶ 新島先生の肖像画を作成
2 宗教 宿泊学習の事前学習 大学設立の夢、同志社墓地に眠る人々
4 UOI Who We Are 人生のロールモデルとしての新島襄
1
年生1年生は入学して半年がたった秋学期に「宗教」の中に「新島先生の時 間」を入れている。新島の生涯については、その肖像画を描くというところ から展開する。まずは同志社国際学院チャペルに掲げられている新島の肖像 画をじっくり鑑賞し、例えば額の傷や、洋装であることなどに着目し、その 生涯について学んでいく。そして様々な新島の肖像画も紹介したうえで、児 童が新島の肖像画を描いていく。実際の肖像画を丁寧に模写しようとする児 童、また独自の感性で特徴のポイントを押さえつつ描いていく児童など、描 き方は様々である。このことにより新島をより身近な存在としてとらえ、そ の生涯に触れることを目的としている。それは正に子どもたちが大好きな家 族を絵で描くような作業である。新島の肖像画を描くことによって、自らが 学ぶ学校の創立者は、雲の上の存在から、親しみぶかいものとなり、その学 校への愛が生まれることへの一助となると考えている。
また「良心」について学ぶ。まず同志社国際学院正門付近にある良心碑に は、英語の対訳と説明文がある。それぞれが思い描く「良心」をまず列挙 し、それらと新島が語った「良心」の共通点と相違点について気づき、どの ような「良心」が同志社において期待されているのかを、日常の生活の様々 な場面を思い浮かべながら、議論をする。
5 宗教
宿泊 UOI
宿泊学習の事前学習
東京、安中縁の地訪問 宿泊学習の事後学習
東京、安中の新島縁の地、また人々
(小崎弘道、海老名弾正、柏木義円、
湯浅家の人々)について 新聞つくり
6 宗教
宿泊 UOI
宿泊学習の事前学習
アーモスト、ボストン ICTでプレゼンテーション作成
アーモスト、ボストンの新島縁の地、
また人々(ハーディ、テイラー、セイ ヴォリー、シーリー)について 礼拝、下級生への出前授業
2
年生初等部では探究型学習の一環として「本物に触れる」ことを重視し、郊外 学習や、表のように各学年における宿泊学習を実施している。2年生では、
5月に1泊2日で滋賀県琵琶湖に赴き、琵琶湖の水生生物について学ぶが、
1日目に同志社びわこリトリートセンターに宿泊し、2日目に同志社墓地に 赴いている。その事前学習として、「宗教」で「新島先生の時間」を実施し、
大学設立に向け尽力した新島、そしてその最後について学ぶ。同志社墓地で は墓前礼拝をし、新島の墓前にて、同志社で学んでいく決意を新たにする。
4
年生4年生では「宗教」ではなく、「UOI(探究の単元)」において「新島の時 間」を6つの単元の1つ「Who We Are」において、私たちのロールモデル として新島をおき、その生涯を学び、まとめている。児童はまず能田茂著、
本井康博監修『マンガで読む新島襄−自由への旅立ち』(2008年)や『ロビ ンソン・クルーソー(The Life and Strange Surprising Adventures of Robinson
Crusoe)』を日本語、英語でそれぞれが読み、新島の生涯をまとめた掲示物
を4〜5名ずつのグループでまとめていき、参観日において、保護者に向け て発表をした。2013年度には学年で本井康博先生をお招きし、特別講義も 行っていただいた。また新島から導き出される言葉を1つずつあげ、それら が新島の生涯のどの場面において語られていったのかについても調べた。導 き出された言葉として「民主的 自治自立 良心 自由 愛 平和 真理 正義 品性 人格尊重 女性尊重 自責の杖 国際友好 !儻不羈 知徳併 行 私学 キリスト教」などがある。児童は、新島の生涯、またそのアイデ ンティティを表すこれらの言葉が、現代において、また私たちにとってどの ような意義を持っているのかについて、それぞれが考える機会を持った。ま たは「UOI」の学習内容に合わせて、絵本や物語、科学読み物などを読む 様々な形態の読書活動を「LC(リテラチャー・サークル)」と呼んでいる が、そのクラスでも新島について取り上げ、巻末資料2「アニマシオンワー クシート」と呼ばれる作業を以下の問題などと本を照らし合わせながら内容 理解に取り組んだ。
5
年生高学年である5、6年生では、宿泊 学習を通して、新島の生涯を追体験し ている。5年生ではまず7月に有志参 加者による「北海道キャンプ」を7月 の夏休み中に2013年度、2014年度に 実施し、9月に東京、安中を訪ねてい る。北海道キャンプでは開会礼拝を日 本キリスト教団函館千歳教会(新島襄
渡航記念礼拝堂)で行い、教会が所蔵している新島の遺髪を見せていただい ている。また函館にある新島縁の地(函館ハリストス正教会、新島襄海外渡 航之碑)をめぐっている。その目的は、2013年度参加者の感想文から示し たい。
私は、ハリスト正教会(原文ママ)が一番心に残っています。ここで、新 島襄先生は学んでいたのだな、と思いました。「外国へ行って勉強がした い」という強い気持ちが伝わってきました。私も、自分がやりたいことを 実現するために、自分がするべきこと(授業で発言することや英語の勉
強)をがんばっていこう、と思いました。北海道で新島先生の気持ちを知 ることができてうれしかったです。5年女児7)
東京、安中への宿泊学習は、「新島先生の足跡を辿る」というテーマと、
「UOI」との関連から「国の仕組みと産業の発展を学ぶ」というテーマの2 つからプログラムが構成されている。後者のテーマに沿った訪問先は、国会 議事堂(参議院)、最高裁判所、国土交通省、農林水産省、そして世界遺産 となった富岡製糸場などである。5年生は東京神田にある新島襄生誕の地碑 を訪ねた後、日本キリスト教団霊南坂教会で毎年開会礼拝を行っている。霊 南坂教会の牧師に説教をお願いし、礼拝後には霊南坂教会初代牧師であり、
同志社第一期生の小崎弘道のお孫さんであ る小崎忠雄さんから「小崎弘道から見た、
また聞いた新島先生について」と題してお 話をしていただいている。東京を離れ、安 中市では安中教会での礼拝と講演、新島学 園中学校の礼拝出席と中学生との交流会、
有田屋や新島家旧邸の見学などをする。新 島の影響を受けた人々の活躍、そしてネッ トワークが全国に広がっていることを体験 し、同志社の一員であることへの自覚と誇 りについて考える機会としている。尚、そ
新島家旧宅前にて 安中教会にて
れぞれの訪問地や縁の人々については、「宗教」で事前学習をし、振り返り は「UOI」の中で新聞つくりという形で行い、発表をしている。
6
年生2014年度開校して4年目にして全学年がそろう完成年度を迎え、6年生の 修学旅行を開催することができた。ニューヨーク、アーモスト、ボストンを 7泊で巡るものであったが、新島縁の地としてはまずニューヨークからバス でアーモストに入り、アーモスト大学ジョンソンチャペルを訪問した。ジョ ンソンチャペル内のアーモスト大学縁の人々の肖像画は近年前面取り替えら れたが、右前方にある新島の肖像画のみ動かされることはなかったというこ とから、アーモスト大学において新島がもっとも尊敬される卒業生となって いることを知った。ボストンでは、新島も下宿した旧ハーディ邸、新島を日 本に送ったアメリカンボードの資料を多数所蔵している会衆派図書館などを 巡り、日曜日の礼拝は新島のアメリカの父ハーディが役員を務めていたオー ル ド サ ウ ス 教 会 で 守 っ た 。 帰 国 後 は 、 修 学 旅 行 で の 学 び を UOI-ICT
(Information and Communication Technology)のクラスで、児童はそれぞれパ ワーポイントなどを用いて、プレゼンテーションを作成しまとめ、英語礼拝 や、低学年への「出前授業」を行い、学内全体と共有した。
オールドサウス教会での礼拝 オールドサウス教会前にて
児童の感想:アーモスト大学のジョンソンチャペルには、一番大切なとこ ろに新島先生の肖像画が飾ってありましたので、自分の学校を誇りに思い ました。6年女児8)
まとめ
同志社国際学院初等部においてどのように「新島先生の時間」が各学年で 展開されているかを紹介してきた。それはただ単に新島の生涯を知識として 習得することを目的とせず、その生涯、そして志について主体的に触れ、学 び、体験することによって、児童一人ひとりがこれから同志社でさらに学 び、自分の生き方を考える礎となればと願っている。これは一貫教育の中に ある私学小学校という特徴の中で、言わば受験なしに系列の中学校へ進学で きる利点を活かし、思い切った実践が可能となっている恩恵を受け、偏差値 を高めるだけの自己愛的教育ではなく、キリスト教主義教育、新島襄という 創立者を学ぶことを通してなされる他者を愛する全人教育を、じっくりと展 開することのできる環境を活かしてなされているのである。「良心之全身ニ 充満シタル丈夫ノ起リ来ラン事ヲ」との新島の願いを受け継ぎ、新島を通し て児童、いや教師も日々「良心」について学びを進めている。しかしそれが 机上の空論で終わるのではなく、日常生活の学校の場やこの先、児童がしっ アーモスト大学ジョンソンチャペルにて ジョンソンチャペルの新島の肖像画
かりと実践できるようにならなければ無意味である。今後更に建学の精神に たった教育の展開を、それぞれの教科、いや教科を超えて学校生活、行事の 様々な場面でさらに充実・発展をさせていかなくてはならない。
今回それぞれの学年、教科にちりばめられた「新島先生の時間」を包括的 に眺めたが、今後の課題も見つかった。例えばより系統立てて学びを進める ために、同志社にある2つの小学校で用いられるような新島襄に関する小学 生向け教材の必要性である。そこにはそれぞれの学年の発達段階に応じて、
どのような展開、カリキュラムが相応しいか等、更なる研究が必要となって くるので、今後の展開に期待したい。低学年向けには新島に関する絵本があ ると、より身近な存在として新島を感じることからまなびを始められるので はないかと感じることが多々ある。
2015年春には同志社国際学院初等部第一期生が同志社国際中学校を中心 に各系列中学校に進学する。一貫教育の中で、それぞれの校種において「建 学の精神」についての学びは展開されているが、今後どのように系統立てて 学びを進めていくのか、初等部内だけではく、また小学校と中学校との間だ けではなく、全学的な研究の必要性を痛感する。初等部での学びが、どのよ うな体系(大計)に位置づけられ、展開していくべきかという視点が今後必 要であろう。
同志社の園児・児童・生徒・学生数は、逆三角形型に増えていく。同志社 国際学院初等部は1学年30人×2クラス、60人の学年編成であり、全員が 同志社大学に進学すると仮定すると、同志社大学の1学年の約100分の1が 同志社国際学院初等部の卒業生となる。彼らはグローバルなコミュニケーシ ョン能力を有し、それぞれの学びを大学、大学院において展開し、大いに同 志社を盛り上げてくれる存在になると期待している。しかし筆者がより期待 していることがある。「諸君ヨ人一人ハ大切ナリ」とは、新島が同志社創立 10周年記念会の祝辞で語った有名な言葉であるが、初等教育から同志社の 建学の精神について学び、この学園で一人一人大切にされ、また人一人を大 切にすることを学んできた100分の1が、同志社が「同志社」であり続ける ための大切な存在、人一人を大切にする体現者となっていくことに願うもの である。
注
1)『新島襄全集』2巻(同朋舎出版、1983年)、p.404.
「基督教皇張論」1883(明治16)年5月 東京で開催された全国基督教信徒親睦 会での演説原稿か
2)『新島襄全集』1巻(同朋舎出版、1983年)、p.358.
3)『新島襄全集』8巻(同朋舎出版、1983年)、p.253.
4)露無文治「思い出多き同志社生活」『創設期の同志社』(同志社社史資料室編、1986 年)、p.4.
5)『2014年同志社国際学院初等部学校案内』
6)学校教育法施行規則24条「小学校の教育課程は,国語,社会,算数,理科,音 楽,図画工作,家庭及び体育の各教科、道徳、特別活動並びに総合的な時間によ って編成するものとする。②私立の小学校の教育課程を編成する場合は,前項の 規定にかかわらず,宗教を加えることができる。この場合においては,宗教をも って前項の道徳に代えることができる。」
7)「2014年北海道キャンプ感想文」
8)「2014年修学旅行感想文」
巻末資料1「同志社国際学院初等部 教科別週当たり授業時間数」
教科 一般小学校での学習科目 1年 2年 3年 4年 5年 6年 探究の単元UOI
with Japanese Teacher
国語 生活 社会
理科 総合的な学習 7 7 7 7.5 6.8 7
ICT 1 1 1 1 1 1
with English Teacher 生活・社会・理科
総合的な学習 1 3 3 3 4
日本語
(にほんご)
ことば 国語 2 2 2 2 1.5 2
LC 国語 2 2 1 1 0.5 0.5
算数/Math
(Math in
Japanese)算数 3 3 3 2.5 2.5 2.5
(Math in
English) 算数 5 5 5 5 5 5
English 外国語活動 2 2 2 2 2 2
Art 図画工作 2 2 2 2 2 2
Music 音楽 2 2 2 2 2 2
P.E. 体育 3 3 3 3 3 2.5
HFL 家庭科 1.7 1.5
宗教 道徳 1 1 1 1 1 1
特別活動 特別活動 1 1 1
計 30 31 32 33 33 34
標準時数 25 26 27 28 28 28
日本語 15 15 14 15 13.3 14
英語 15 16 18 18 19.7 20
日本語比率 50% 48% 44% 45% 40% 41%
巻末資料2「アニマシオンワークシート」
伝記「新島 襄」間違いを探せ!
LC① 4年( )組 名前( )
Q 1:新島先生が生まれたのは下州(今の群馬県)安中はんの江戸屋敷の中でした。
Q 2:新島先生には七五三太という幼名がつけられました。それはおじいさんが、
やっと男の子が生まれたと知って「やった!」と言ったところから名づけられまし た。
Q 3:新島先生のおじいさんは、新島先生を大切にしていることを伝えるために、
「三つ子の魂百まで」と言いました。
Q 4:新島先生が子どもの頃、お父さんお仕事を引き継ぐことになっていましたが、
その仕事は名筆(めいひつ)といって、今でいう書記のような仕事でした。
Q 5:新島先生は、学問を大切になさるはん主の板倉勝殷(いたくらかつまさ)を たいへん尊敬していました。
Q 6:新島先生は13才のころ、海外の船(白船)をみて、おう米がいかに進んでい
るかを目の当たりにしました。
Q 7:脱国(だっこく:国を出て海外へ行くこと)は当時、大変な罪でした。脱国 したものは流罪(るざい)となりました。
Q 8:新島先生が、はんの仕事をぬけ出してまで学んだ学問は漢学でした。
Q 9:軍艦操練所(ぐんかんそうれんじょ)で勉強していた新島先生が、生まれて 初めて乗った船の名前はローバー号でした。
Q 10:新島先生が脱国を決める際、えいきょうされた本があります。それは「十五 少年漂流記(じゅうごしょうねんひょうりゅうき)」でした。
Q 11:1864年9月11日に品川(東京)から船に乗り、新島先生は函館に向かいま
した。
Q 12:そして約2か月のこうかいをへて12月21日に、新島先生は函館へ到着しま
した。
Q 13:新島先生に英語を教えたのはイタリア人のニコライ神父でした。彼は英語を 教える代わりに、新島先生から日本語を学びました。
Q 14:函館で、新島先生はロシアの郵便局を見て、人を大切にするロシアの人々に 感動しました。そして、日本にもこのような人材を育てることの大切さに気が付き ました。
Q 15:脱国する際、新島先生は農民にへんそうし、福士卯之吉(ふくしうのきち)
の助けによって港までたどり着きました。
Q 16:新島先生を乗せて香港(ホンコン)へ向かった船の名前はアメリカ商船ナン キン号でした。
Q 17:その船の船長の名前はセイヴォリーさんで、彼がいなければ新島先生は「ア メリカの父」となるパーティー氏にあえなかったでしょう。
Q 18:1865年7月20日、新島先生はアメリカ・ニューヨークへ到着しました。