『三玉挑事抄』注釈 秋部(上)
著者 岩坪 健
雑誌名 人文學
号 195
ページ 239‑292
発行年 2015‑03‑15
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014106
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
岩 坪
健
本 稿は
﹃三 玉挑 事抄
﹄秋 部の 138番 から 199番 まで を掲 載す る︒ 担当 者は すべ て本 学博 士課 程在 学者 で︑ 以下 の通 りで ある
︒な お各 項目 末尾 の︵
︶ 内に は︑ 担当 者の 氏名 を示 した
︒ 森あ かね
・風 岡む つみ
・平 石岳
・劉 野・ 加藤 森平
・呉 慧敏
・大 杉里 奈・ 廣瀬 薫 凡例
一︑ 翻刻 は原 文の まま を原 則と して
︑誤 字・ 脱字
・濁 点・ 当て 字・ 仮名 遣い 等も 底本 の通 りに した が︑ 読解 や印 刷の 便 宜を 考慮 して 次の 操作 を行 った
︒ 1 句 読点 を付 け︑ 会話 文な どは
﹁
﹂で 括り
︑底 本の 旧漢 字・ 異体 字・ 略体 は通 常の 字体 に改 めた
︒ 2 誤 写か と思 われ る箇 所に は︑ 右側 行間 に︵ ママ
︶と 記し た︒ 3 和 歌の 上に
︑通 し番 号︵ 138〜 199︶ を付 けた
︒ 一︑
﹇ 出典
﹈の 欄に は︑ 和歌 と注 釈本 文の 典 拠 を示 す
︒和 歌 には
﹃新 編 国 歌大 観
﹄の 歌 番 号︵ 万葉 集 は 旧番 号 の み示
― 239 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
す
︶を 記 す が︑ 無 い 場 合 は﹁ 該 当 歌 ナ シ﹂ と 表 記 し
︑﹃ 三 玉 和 歌 集 類 題﹄ に あ れ ば 部 立 な ど を 示 す
︒注 釈 本 文 が
﹃新 編日 本古 典文 学全 集﹄
︵ 小学 館
︒略 称
﹃新 編 全集
﹄︶
︑ ま たは
﹃新 釈 漢 文大 系
﹄︵ 明 治 書院
︶に 収 め られ て い る場 合 は︑ その ペー ジ数 も記 載す る︒ ただ し﹃ 新釈 漢文 大系
﹄の 白氏 文集 で未 刊の 巻は
︑続 国訳 漢文 大成
﹃白 楽天 全詩 集
﹄に よる
︒ 一︑
﹇ 異同
﹈の 欄に は︑ 翻刻 本文 との 異同 を 列 挙す る
︒た だ し︑ 濁点 や 送 り仮 名 の 有 無︑ 漢字 と 仮 名の 相 違︑ 仮 名遣 の 相違 は取 りあ げな い︒ 和歌 の本 文は
﹃新 編国 歌大 観﹄ と︑ 注釈 本文 は原 則と して 版本 と︑ それ ぞれ 比較 する
︒異 同 がな い場 合は
﹁ナ シ﹂ と記 し︑ ある 場合 は﹃ 三玉 挑事 抄﹄ の本 文│ 異文 の順 に列 挙す る︒ 複数 の作 品す べて に異 同 がな い場 合は
︑書 名を まと めて 列挙 して
︑末 尾に
﹁ナ シ﹂ と記 す︒
○ 源氏 物語 は︑ 絵入 り承 応版 本
︵略 称﹃ 承 応﹄
︒ 国文 学 研 究資 料 館 のホ ー ム ペ ージ に 公 開︶ と︑ 北村 季 吟﹃ 源 氏物 語湖 月抄
﹄︵ 略 称﹃ 湖月 抄﹄
︒﹃ 北 村季 吟古 註釈 集成
﹄新 典社 を使 用︶ によ る︒
○ 伊勢 物語
・大 和物 語・ 枕草 子・ 古今 集序
・八 代集
・和 漢朗 詠集 は︑
﹃ 北村 季吟 古註 釈集 成﹄
︵新 典社
︶に よる
︒
○ 竹取 物語 は絵 入り 版本
︵無 刊記 版︒ 同志 社大 学所 蔵︶ によ る︒
○ うつ ほ物 語は 文化 三年
︵一 八〇 六年
︶補 刻本
︑狭 衣物 語は 承応 三年
︵一 六五 四年
︶版 本に より
︑い ずれ も三 谷栄 一﹃ 平安 朝物 語板 本叢 書﹄ 有精 堂を 使用 する
︒
○ 漢籍 も同 志社 大学 に版 本が ある 場合 は︑ それ を用 いる
︒な い場 合は
﹃新 釈漢 文大 系﹄ など によ る︒ 一︑
﹇ 訳﹈ の欄 には 翻刻 本文 の現 代語 訳︑
﹇考 察
﹈の 欄 に は和 歌 と 典拠 と の 関係 な ど︑
﹇ 参 考﹈ の欄 に は 参考 資 料 など を 記す
︒ ﹃三
玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 240 ―
一︑ 歌題 が同 じで ある 和歌 が連 続す る場 合︑ 底本 では 二首 めか らの 歌題 は省 略し てい るが
︑本 稿で は﹇ 訳﹈ に限 りす べ ての 歌に 題を 示し た︒ ただ し補 足し た歌 題に は︵
︶ を付 けて
︑底 本に はな いこ とを 示す
︒ 秋
部 新秋 露 138仙 人の たふ さに うく るた めし をも 君に はし めの 秋の 白露 文 選︒ 斑固
︑西 都賦 曰︑ 抗テ 二
仙︱
掌ヲ 一
以 承レ
露ヲ
︒ 漢 武故 事曰
︑上 作二
承 露盤 仙人 掌ヲ 一
︒擎
二
玉︱
盃ヲ 一
以取
二
雲︱
表ノ
之露
ヲ 一
︒ 和二
玉︱
屑ニ 一
服レ
之ヲ
求二
不︱
死ヲ 一
云 云︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九
〇九 番︒ 文選
︵賦 篇︶ 上︑ 西都 賦︑ 四四 頁︒ 漢武 故事
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ た ふ さ にう く る│ た ふさ に う つる
﹂﹁ 君 に はし め の
│君 に はじ め て﹂
︒﹃ 文 選
﹄ナ シ︒
﹃ 漢武 故 事﹄
﹁上 作二
承 露盤 仙人 掌ヲ 一
︒擎
二
玉︱
盃ヲ 一
│上 於二
未 央宮
一
︑ 以レ
銅 作二
承露 盤一
︒ 仙人 掌擎
二
玉 杯一
﹂﹁ 和二
玉︱
屑ニ 一
服レ
之ヲ
求二
不 死ヲ 一
│ 擬レ
和二
玉 屑一
︑服 以求
レ
仙﹂
︒
﹇ 訳﹈
新た な秋 の露
て の ひ ら
仙 人が 掌で
︵露 を︶ 受け たと いう 例は ある が︑ あな たに 今年 最初 の秋 の白 露を
︵さ さげ よう
︶︒ 文 選︒ 班固 の西 都賦 によ ると
︑天 に向 かっ て仙 人の 掌を おし あげ て甘 露を 受け る︒ 漢 武故 事に よる と︑ 帝は 承露 盤を 作っ た︒ 仙人 は掌 で玉 の盃 を捧 げも ち︑ 雲の 表面 の露 を取 る︒ それ を玉 の粉 と 混ぜ 合わ せて 飲み
︑不 死を 求め た云 々︒
― 241 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
﹇ 考察
﹈前 漢の 武帝 が神 仙境 を模 して 造営 した 宮殿 にお いて
︑不 死の 薬を 作ら せた 故事 によ る︒
﹇ 参考
﹈﹃ 漢武 故事
﹄の 本文 異同 には
︑竹 田昇
・黒 田真 美子 編﹃ 中国 古典 小説 選 穆天 子伝 漢 武故 事 神異 経 山海 経 他﹄
︵ 明治 書院 二
〇〇 七年
︶を 使用
︒﹃ 円機 活法
﹄の 巻二
︑露 にも
﹃漢 武故 事﹄ を引 くが
︑﹁ 和 玉屑 服之 求不 死﹂ を 欠く
︒
︵森 あか ね︶ 新秋 雨 139秋 はま たき のふ けふ かの 桐の 葉の つれ なき 色に 雨お つる 声 白 氏文 集︑ 長恨 歌︒ 秋︱
雨梧︱ 桐 葉ノ
落ル
︱
時
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑三 一七 一番
︒白 氏文 集︑ 巻一 二︑ 長恨 歌︑ 八一 三頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃白 氏文 集﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
新秋 の雨 秋 はま だ昨 日か 今日
︑始 まっ たば かり で︑ いつ もと 変わ らな い色 をし た桐 の葉 に雨 が落 ちる 音が する
︒ 白 氏文 集︑ 長恨 歌︒ 秋雨 の中
︑梧 桐の 葉が 落ち る時
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 長恨 歌﹄ は︑ 玄宗 皇帝 が亡 くな った 楊貴 妃を 偲ぶ 箇所
︒
﹇ 参考
﹈類 歌﹁ 人は 来ず 掃は ぬ庭 の桐 の葉 に お と なふ 雨 の 音の さ び しさ
﹂︵ 建 保 二 年︵ 一二 一 四︶ 内 裏歌 合
︑十 七 番︑ 秋 雨︑ 源通 具︶
︒
︵ 風岡 むつ み︶ 都早 秋
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 242 ―
140音 羽山 けさ 吹か せや 都に はま た入 たゝ ぬ秋 を告 らむ
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑六 八〇 四番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
都の 秋の 初め 音 羽山 に今 朝吹 く風 は︑ 都に はま だ訪 れて いな い秋 の到 来を 告げ てい るの だろ うか
︒
﹇ 考察
﹈出 典 は 141番 歌 に同 じ
︒﹃ 湖 月抄
﹄の 頭 注 に﹁ 松虫 の 初 声 さそ ふ 秋 風は 音 羽 山 よ り 吹 き そ め に け り﹂
︵ 後 撰 集︑ 巻 五︑ 秋上
︑二 五一 番︑ よみ 人し らず
︶を 引く よう に︑ 音羽 山は 秋を 告げ る山 とし て詠 まれ た︒
︵ 平石 岳︶ 残暑 141秋 かせ そま た入 たゝ ぬ涼 しさ の音 羽の 山や 行て たつ ねん 椎 本 巻 云︑ 七 月 は か り に な り に け り︒ 都 に は ま た 入 た ゝ ぬ 秋 の け し き を
︑ま き の 山 辺 も わ つ か に 色 つ き て 云 々︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑七 七九 七番
︒源 氏物 語︑ 椎本 巻︑ 一七 八頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒﹃ 承応
﹄﹃ 湖 月抄
﹄﹁ 秋の け しき を│ あき の気 色を
︑音 羽の 山近 く風 の音 もい とひ やゝ かに
﹂︒
﹇ 訳﹈
残暑
︵都 には
︶秋 風は まだ 吹い てい ない
︒音 羽の 山に 行き
︑涼 しさ を探 して みよ うか
︒ 椎 本の 巻に よる と︑
︵ 薫が
︑久 しく 訪れ てい なか っ た 宇治 の 八 の宮 を 訪 ねて み る と︶ も う七 月 ご ろに な っ てい た
︒都 には まだ 訪れ てい ない 秋の 気配 を︑
︵ 宇治 川に 近い
︶槙 の尾 山の あた りも かす かに 色づ いて きて 云々
︒
― 243 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
﹇ 参考
﹈﹃ 古今 集﹄ に詠 まれ た音 羽山 は︑ 京都 市山 科区
︵山 城国 と近 江国 との 国境
︶に ある 音羽 山と 考え られ る︒ しか し
︑六 波羅 探題 の設 置に 伴い
︑京 都 市 東 山区 の 音 羽山 が 交 通の 要 所︵ 所 謂﹁ 渋 谷越
﹂︶ に な り︑ 中世
・近 世 に おい て は後 者が 音羽 山と して 認識 され てい た︑ と指 摘さ れて いる
︵奥 村恒 哉﹁ 歌枕
﹃音 羽山
﹄に つい て﹂
︑﹁ 鹿 児島 県立 短 期大 学紀 要 人文
・社 会科 学﹂ 三〇 号︑ 昭和 五六 年一 月︶
︒
︵ 平石 岳︶ 早秋 142来 る秋 もお なし 宿り そ一 葉ち る枝 にの み住 鳥も こそ あれ 格 物論
︒鳳
ハ
瑞︱
応ノ
鳥︑ 太平
ノ
世ニ
則見
ル
︒非
ニレハ
梧︱
桐一ニ
不レ
栖
︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑六 三〇 番︒
﹃円 機活 法﹄ 巻二 十三
︑飛 禽門
︑鳳 凰︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新 編 国 歌大 観
﹄ナ シ︒
﹃ 円機 活 法﹄
﹁ 太平
ノ
世│ 太 平之 世
﹂﹁ 則 見ル
︒
│則 見ル
︒ 其ノ
為タ ルコ ト レ
形
︑鶏 頭
︑蛇 頸
︑燕 頷
︑亀 背︑ 魚尾
︑五 彩ノ
色ア リ
高サ
六︱ 尺︱ 許
﹂︒
﹇ 訳﹈
早秋 一 葉が 散る
︵桐 の︶ 枝に しか 住ま ない 鳥も いる が︑
︵ その 鳥は
︶巡 って 来た この 秋も 同じ 枝に 宿る こと だ︒ 格 物論
︒鳳 凰は 人間 の良 い行 為に 応じ て現 れる めで たい 鳥で
︑太 平の 世に 現れ
︑梧 桐以 外の 木に は宿 らな い︒
﹇ 考察
﹈﹁ 一葉 ちる
﹂は
﹁一 葉落
テ
而天 下知
レ
秋
﹂を 踏ま える 133︒ 番歌 およ 143び 145〜 番歌
︑参 照︒
︵ 廣瀬 薫︶ 初秋 露
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 244 ―
143天 の川 とわ たる かち の雫 より 一葉 の露 もち りや そふ らん
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑七 七九 六番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
初秋 の露
︵七 夕の 夜︑
︶天 の川 を渡 る舟 の櫂 から 滴る 雫を 受け て︑ 一枚 の葉 に結 ぶ露 も︵ いつ もよ り︶ 多く 散る だろ うか
︒
﹇ 参考
﹈出 典は 145番 歌に 同じ
︒
︵加 藤森 平︶ 初秋 風 144朝 毎に さそ 吹そ はん 秋風 をい かに おと ろく 一葉 成ら ん
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑七 七九 五番
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
初秋 の風 朝 ごと にさ ぞか し吹 きつ のる 秋風 に︵ 季節 の移 り変 わり を感 じて
︶︑ 一 枚の 木の 葉は どれ ほど 驚い てい るだ ろう か︒
﹇ 考察
﹈出 典は 145番 歌に 同じ
︒当 歌で
﹁一 葉﹂ が﹁ お ど ろく
﹂の は
︑秋 が 深ま り 風 が強 く な る と吹 き 飛 ばさ れ て しま う から
︒
︵加 藤森 平︶ 荻 145秋 は来 ぬ一 葉の うへ の風 より も心 にも ろき 荻の 音か な 淮 南子
︑出 于夏 部︒
― 245 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑六 五七 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
荻 秋 が来 てし まっ た︒
︵﹁ 一 枚の 葉が 落ち て︑ 天下 は秋 を知 る﹂ とさ れる
︶木 の葉 に吹 きつ ける 風よ りも
︑心 には かな く 聴こ える 荻︵ の葉 の上 を吹 き過 ぎる 風の
︶の 音だ なあ
︒ 淮 南子
︑夏 の部 に出 る︒
︵ 133番 歌︑ 参照
︶
﹇ 考察
﹈当 歌は 133番 歌の
﹃淮 南子
﹄﹁ 一葉 落テ
而 天下 知レ
秋﹂ を引 き合 いに 出し
︑そ れ以 上に 秋を 感じ させ るも のと して 荻 が風 にそ よぐ 音を 挙げ る︒
﹇ 参考
﹈﹁ 秋 は な ほ夕 ま ぐ れこ そ た だな ら ね 荻 のう は 風 萩 の 下 露﹂
︵﹃ 和 漢 朗 詠 集
﹄上
︑秋
︑秋 興
︑二 二 九 番
︑義 孝 少 将
︶︒
︵加 藤森 平︶ 江荻 146更 ぬる か入 江の 荻の 花の 色も 白き をみ れは 月の した かぜ 琵 琶行
︒潯︱
陽ノ
江ノ
︱
頭リ ニ
夜 送レ
客ヲ
︒楓︱
葉 荻花 秋瑟︱
々︒ 主︱ 人 下レ
馬ヨ リ
客ハ
在レ
舩
︒挙
レ
酒欲
レ
飲無
二
管︱ 絃一
︒酔
テ
不レ
成レ
歓ヲ
惨ト シ テ
将ニ ス レ
別レ ン ト
︒ 々︱ル ヽ
時茫︱
々ト シ テ
江浸
ス レ
月ヲ
云云
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 九六 番︒ 白氏 文集
︑巻 一二
︑琵 琶引
︑二 七七 頁︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 白氏 文集
﹄﹁ 琵琶 行│ 琵琶 引﹂
﹁ 瑟々
│索 索﹂
︒
﹇ 訳﹈
入江 の荻 の花
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 246 ―
夜 も更 けた のか なあ
︒月 に照 らさ れて 入江 の荻 の花 も白 いの を見 ると
︑荻 の葉 に風 が吹 いて いる こと よ︒ 琵 琶 行︒ 潯 陽 の長 江 岸 辺で
︑夜
︑客 を 見 送っ た
︒あ た り 一面
︑紅 葉 と 白い 荻 の 花 の 穂 が さ わ さ わ と 風 に そ よ ぐ
︑も の寂 しい 秋景 色で ある
︒主 人は 馬を 下り
︑客 は船 中に いて
︑酒 杯を 挙げ て飲 もう とす るが
︑酒 に伴 う管 絃 の調 べも ない
︒そ んな 酒は
︑酔 って も一 向に 楽し くは なく
︑傷 まし い気 持の まま いざ 別れ よう とし たが
︑そ の 別れ の時
︑果 てし なく 広が る長 江は
︑昇 った ばか りの 月を その 水面 に浸 して いた 云々
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 荻の 花の 色も 白き
﹂と は︑ 秋に 咲く 荻の 花の 穂の ほか
︑月 光も 秋も 白い とい う意 味︒ 秋は 五行 思想 で白 色に 配 する
︒
︵ 呉慧 敏︶ 乞巧 奠
柏 玉
147 ほ しま つる 庭の 灯九 重に あひ あふ 数も 空に しる らし
ヌ リノ
乞 巧奠
︒江 次第 曰︑ 立ツ 二
黒︱
漆 燈︱
台 九本
ヲ
於件
ノ
机ノ
四方 四角 中︱
央ニ 一
加二
打︱
敷一
︑謂
二
之ヲ
九︱ 枝︱ 燈一
内︱
蔵 寮供
ス 二
御燈 明ヲ 一
云云
︒
﹇ 出典
﹈三 玉和 歌集 類題
︑秋
︑星 夕灯 花︒ 江家 次第
︵神 道大 系︶
︑巻 八︑ 七月
︑七 日乞 巧奠 事︒
﹇ 異同
﹈﹃ 三玉 和歌 集類 題﹄
﹁ 乞巧 奠│ 星夕 灯花
﹂︒
﹃ 江家 次第
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
乞巧 奠 七 夕の 星を 祭る 庭の 灯は 九本 あり
︑空 で出 会う
︵星 の︶ 数が 自然 に分 かる よう に︑ 宮中 で出 会う
︵人 の︶ 数も 自然 に 分か るだ ろう
︒ 乞 巧奠
︒江 家次 第に よる と︑ 黒塗 の灯 台九 本を その 机の 四方 四角 と中 央に 立て る︒ 打敷 を敷 き︑ これ を九 枝灯
― 247 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
と 言う
︒内 蔵寮 が灯 明を 捧げ る云 々︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹁九 重﹂ に宮 中と 九枝 灯︑
﹁空 に﹂ に天 空に と自 然に の意 味を 掛け る︒
︵劉 野︶ 148た へか たき 契を やお もふ かす こと も二 のほ しの 中の 細緒 は 紅 葉賀 巻の 詞︑ 夏の 部に しる し侍 り︒ 江 次第 曰︑ 乞巧 奠︑ 東北
ノ
机︒ 自二
御 所一
│申
二
下 筝一 張ヲ 一
︑ 置二
東 北 西 北 等ノ
机 上ノ
北ノ
妻ニ 一
延喜 十五 年 例 用二
和 琴一
︑立
レ
柱有
二
三︱
様一
常ニ
用二
半呂 半律
ヲ 一
秋ノ
調子 也︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑七 四九 二番
︒江 家次 第︵ 神道 大系
︶︑ 巻八
︑七 月︑ 七日 乞巧 奠事
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 江家 次第
﹄﹁ 東北
ノ
机自
二
御 所一
│ 東北 机︑
同レ
上
︑但 無レ
針
自︑
二
御所
一
﹂︒
﹇ 訳﹈
︵ 乞巧 奠︶
︵七 夕に
︶供 える 箏の 琴は 中の 細緒 が切 れや す い が︑ その 琴 も 二つ の 星 の仲 の
︵年 に 一 度し か 会 えな い
︶堪 え がた い 逢瀬 を思 って いる だろ うか
︒ 紅 葉賀 巻の 詞︒ 夏の 部に 記し てあ りま す︒
︵ 132番 歌︑ 参照
︶ 江 家次 第に よる と︑ 乞巧 奠︑ 東北 の机
︒御 所よ り箏 一張 りを 申し 受け て︑ 東北 や西 北な どの 机の 上の 北の 端に 置 く︒ 延喜 十五 年の 例で は和 琴を 用い る︒ 琴柱 の立 て方 には 三様 あり
︑常 に半 呂半 律を 用い て︑ 秋の 調子 であ る
︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹁た へが たき
﹂に 絃が 切れ やす いと 我慢 しに くい を︑
﹁な か﹂ に中
︵の 細緒
︶と 仲を 掛け る︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 248 ―
﹇ 参考
﹈﹁ 七夕 は今 日貸 す琴 は何 なら で逢 ふに のみ こそ 心ひ くら め﹂
︵ 六百 番歌 合︑ 乞巧 奠︑ 三一 七番
︑有 家︶
︒
︵大 杉里 奈︶ 織女 契久 149天 の川 すめ るを 空の はし めよ り幾 世を うつ すほ し合 の影
タ ナ ヒ イテ
神 代巻 曰︑ 其ノ
清︱
陽 者︑ 薄︱
靡 而為
レ
天ト
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 八二 番︒ 日本 書紀
︑巻 第一
︑神 代巻 上︑ 一九 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 日本 書紀
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
織女 の契 り︑ 久し
た ら い
天 地が 分か れて 空が 出来 た当 初か ら︑ 澄ん だ天 の川 に輝 く二 つの 星の 出会 うさ まを 多年 にわ たり
︵盥 に︶ 映す こと だ なあ
︒ 神 代巻 によ ると
︑そ の澄 んで 明る い気 が薄 くた なび いて 天と なる
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 日本 書紀
﹄は
︑神 代 巻の 冒 頭
︑天 地 開闢 を 語 る箇 所 488︒ 番歌
︑参 照
︒﹁ 星 合﹂ は︑ 陰 暦七 月 七 日の 夜 に 牽牛 星 と織 女星 が出 会う こと
︒七 夕の 空の 風情 を盥 の水 に映 す風 習が あっ た︒
﹇ 参考
﹈﹁ めづ らし くあ ふた なば たは よそ 人も 影 み ま ほし き 物 にざ り け る﹂
︵伊 勢 集︑ 八 三 番︑ 七月 七 日 たら ひ に みづ い れて 影み ると ころ
︶︒
﹁ 天河 影を やど せ る 水 かが み た なば た つ めの あ ふ せ しら せ よ﹂
︵ 恵慶 集
︑一
〇 番︑ 七月
︑た な ばた まつ りし て︑ たら ひに 水い れて かげ 見る
︶︒
︵ 風岡 むつ み︶ 霧織 女帳
― 249 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
150あ まの 川君 きま さな ん秋 霧の とは りも 誰を 待と かは しる 催 馬楽
︑我 家︒ わい へん は︑ とは り帳 をも たれ たる を︑ おほ きみ きま せ︑ むこ にせ む︒
下略
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 八四 番︒ 催馬 楽︑ 我家
︑一 五三 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 梁塵 愚案 抄﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
霧は 織女 の帳
と ば り
天 の河 を越 えて あな たに 来て いた だき たい
︒帷 のよ うな 秋霧 も︑ 誰を 待っ てい るか 知っ てい るだ ろう か︒
い ち ょ う
催 馬楽
︑我 家︒ 私の 家は
︑帷 帳 も垂 れて いる ので
︑皇 族さ まも 来て くだ さい
︑婿 に迎 えよ う︒
下 略
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 我家
﹂は 寝殿 に帳 を垂 らす こと で︑ 婿を 迎え る準 備を した 女性 の歌
︒当 歌は これ を踏 まえ
︑七 夕の ころ にか か る秋 霧を 帳に 見立 て︑ 織女 が牽 牛と の逢 瀬を 期待 する 気持 を詠 んだ もの
︒
﹇ 参考
﹈本 文異 同に は元 禄二 年︵ 一六 八九
︶版
﹃梁 塵愚 案抄
﹄︵ 早稲 田大 学古 典籍 総合 デー タベ ス︶ を使 用︒
︵ 平石 岳︶ 七夕 草花 151花 はな を時 こそ 有け れ七 夕の にし きの ひも は只 一夜 のみ 允 恭天 皇紀 曰︑ 天皇 聆二
是 歌一
則有 感情 而歌 之曰
︑
サ ザ ラ ガ タ ニ シ キ ノ ヒ モ ヲ ト キ サ ケ テ
ハ
ト タ タ ヒ ト ヨ ノ ミ
佐 瑳羅 餓多 迩之 枳能 臂毛 弘等 枳舎 気帝 阿麻 哆絆 泥受 迹多
!
比 等用 能未﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 五四 番︒ 日本 書紀
︑巻 一三
︑允 恭天 皇︑ 一一 八頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄
﹃日 本書 紀﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
七夕 の草 花
つ ぼ み
ど の花 にも
︵蕾 が開 く︶ 時が ある のだ なあ
︒七 夕の 錦の 紐は
︵一 年で
︶た だ一 夜し か解 かれ ない が︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 250 ―
允 恭天 皇紀 によ ると
︑天 皇は この
︵衣 通郎 姫の
︶歌 をお 聞き にな り︑ 感動 して 歌を 詠ま れて 仰せ られ るに は︑ 細 やか な模 様の 錦の 紐を 解き 開い て︑ 幾晩 でも 共寝 した いも のだ がそ うも いか ない
︒た だ一 夜限 りだ
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 日本 書紀
﹄は 允恭 天皇 が衣 通郎 姫の とこ ろを 訪れ
︑和 歌の 贈答 をす る場 面︒ 天皇 は︑ 衣通 郎姫 の姉 であ る皇 后
︵忍 坂大 中姫
︶の 嫉妬 心を 気に して いる
︒当 歌は これ を踏 まえ
︑七 夕の 牽牛 織女 の一 夜の 逢瀬 を天 皇と 衣通 郎姫 に なぞ らえ たも の︒
﹁ 紐解 く﹂ には 花の 蕾が 開く
︑と いう 意味 もあ る︒
﹇ 参考
﹈本 文異 同に は寛 文九 年︵ 一六 六九
︶版
﹃日 本書 紀﹄ を使 用︒
︵ 平石 岳︶ 七夕 木 152あ まの 川う き木 の道 の絶 さら はい まも 見て しか ほし 合の 空 博 物 志 曰︑ 天︱
河与
レ
海 通
︑海︱
浜 年︱
々 八 月 有二
浮︱
槎一
往︱ 来
︒不
レ
失レ
期ヲ
︑ 博︱
望︱
侯 張︱ 騫 乃 多 賚二
粮︱
食ヲ 一
乗レ
槎ニ
︑而 去 忽不
レ
覚二
昼︱
夜ヲ 一
奄 至二
一処
一
︒見
二
城 郭居 室ヲ 一
︑ 望二
室中
ヲ 一
多見
二
織︱ 婦ヲ 一
見二
一︱
丈夫 牽テ レ
牛ヲ
渚︱
次ニ
飲ヲ 一レ
之ニ
云云
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 五七 番︒ 祖庭 事苑
︑巻 三︑ 霊槎
︒
ま イ
﹇ 異同
﹈﹃ 新 編 国 歌大 観
﹄﹁ い まも 見 て し か│ い ま も み て し か
﹂︒
﹃ 祖 庭 事 苑﹄
﹁ 不 失 期│ 不 失 信﹂
﹁而 去 忽│ 而 去 忽 忽﹂
﹁望 室中 多見 織婦 見│ 室中 多織 女唯
﹂﹁ 牽牛 渚次 飲之
│牽 牛臨 渚不 飲﹂
︒
﹇ 訳﹈
七夕 の木
いか だ
天 の川 に浮 かぶ 筏の 道が 絶え てい なけ れば
︑今 も見 てみ たい もの だ︒ 二つ の星 が出 会う 空を
︒ 博 物志 によ ると
︑天 の川 と海 は通 じて い て︑ 海 浜 は毎 年 八 月︑ 筏が 浮 か んで 行 き 来 する
︒そ の 時 期を 狙 っ て︑
― 251 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
博 望侯 張騫 が多 くの 食糧 を賜 り︑ いか だに 乗せ て去 ると
︑た ちま ち昼 夜が わか らな くな り︑ たち まち ある 所に 至 った
︒城 郭や 部屋 を見 渡し
︑室 内を 見る と︑ 多く の機 織り 女を 見た
︒あ る青 年が 牛を 岸辺 に牽 いて きて
︑次 に 水を 飲ま せる のを 見た 云々
︒
﹇ 考察
﹈当 歌の
﹁て しか
﹂は 願望 を表 わし
︑張 騫の よ う に自 分 も 見て み た い︑ とい う 意 味︒ 張 騫が 天 の 川に 到 達 した と いう 伝承 は︑
﹃ 源氏 物語
﹄で は﹁ 浮き 木に 乗り てわ れ帰 るら ん﹂
︵松 風巻
︑四
〇七 頁︶ に見 られ る︒
﹇ 参考
﹈張 華著
﹃博 物志
﹄の 原本 は︑ 三世 紀末 に完 成し たと 推定 され る︒
﹃円 機活 法﹄ や﹃ 百子 全書
﹄︵ 一 八七 五年 刊︶ に 収め られ た﹃ 博物 志﹄ とは 本文 がか なり 異 な る︒
﹃ 祖庭 事 苑﹄ は 南宋 の 禅 宗の 辞 典 で 一一 五 四 年重 刊
︒本 文 異同 に は︑ 正保 四年
︵一 六四 七︶ 版︵ 国立 国会 図書 館所 蔵︶ を使 用︒
︵ 廣瀬 薫︶ 七夕 管絃 153け ふに あへ はこ れも 願ひ の糸 竹を 吹つ たへ てよ 天の 川か せ 白 氏詩
︒憶
︱
得 少︱
年ノ
長ク
乞︱
巧ス ル コ ト ヲ
︑ 竹︱
竿頭︱
上ニ
願︱ 絲 多シ
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 六一 番︒ 和漢 朗詠 集︑ 上︑ 秋︑ 七夕
︑二 一二 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 和漢 朗詠 集註
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
七夕 の管 絃 今 日 と い う日 に 出 会っ た の で︑ これ も 管 絃 の上 達 を 願う 五 色 の糸 を 付 け て吹 き 伝 えて お く れ︑ 天の 川 に 吹 く 川 風 よ 白 ︒ 氏文 集の 詩︒ 思い 出し たこ とだ
︒少 年の ころ
︑七 夕の 夜に 将来 の願 いご とを した こと を︒ 竹竿 の先 には 願い
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 252 ―
を こめ た五 色の 糸が
︑た くさ ん付 いて いる
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 願ひ の糸 竹﹂ に﹁ 願ひ の 糸﹂ と﹁ 糸 竹﹂
︵ 管絃
︶を 掛 け る︒ 当歌 は 七 夕の 夜 に︑ 文 筆 や裁 縫 の 上達 を 願 う様 子 を詠 んだ もの
︒
﹇ 参考
﹈現 存す る﹃ 白氏 文集
﹄に 該当 する 漢詩 は見 られ ない が︑
﹃和 漢朗 詠集
﹄で は白 楽天 の作 とす る︒
︵ 廣瀬 薫︶ 七夕 枕 154あ たな らん 契は きか し天 の川 絶ぬ なか れに 枕し つゝ も 晋 書︒ 孫楚
︑字
ハ
子 荊︑ 太︱ 原 中︱
都ノ
人云 云︒ 初楚 少キ
︱
時欲
二
隠︱
居セ ン ト 一
︑謂
テ 二
王︱
済ニ 一
曰︑
﹁当
ニ
欲二
枕シ レ
石ニ
漱一 レ
流ニ
﹂︑ 誤テ
云
︑﹁ 漱レ
石ニ
枕レ
流ニ
﹂︒ 済 曰︑
﹁流 非レ
可ニ レ
枕ス
︑石 非レ
可キ レニ
漱
﹂︒ 楚 曰︑
﹁ 所二
以ハ
枕一 レ
流欲
レ
洗二
其ノ
耳ヲ 一
︑所
二
以ハ
漱一 レ
石ニ
欲レ
厲ン ト 二
其ノ
歯ヲ 一
﹂︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 六六 番︒ 晋書
︑巻 五六
︑列 伝第 二六
︑孫 楚︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 晋書
﹄﹁ 初楚 少時
│楚 少時
﹂﹁ 謂 王済 曰│ 謂済 曰﹂
︒
﹇ 訳﹈
七夕 の枕 あ てに なら ない 約束 は聞 くま い︒ 天の 川の 絶え るこ との ない 流れ を枕 とし て寝 なが らも
︒ 晋 書︑ 孫楚
︒字 は子 荊︑ 太原 中都 の人 云 々︒ 孫 楚 が若 い 頃 隠居 し た いと 思 い︑ 王 済 に言 う こ とに は
︑﹁ 石 に枕 し
︑川 の流 れで 口を すす ぐ﹂ と言 うべ き 所 を 間違 っ て︑
﹁ 石に 口 を すす ぎ 川 の 流れ に 枕 する
﹂と 言 っ た︒ 王済 が
︑﹁ 流 れに 枕し て石 で口 をす すぐ ので はな い﹂ と言 うと
︑孫 楚は
︑﹁ 流れ に枕 する のは 耳を 洗い たい ため
︑石
― 253 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
で 口を すす ぐの は歯 を磨 きた いか らだ
﹂と 言い 返し た︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹁漱 石枕 流﹂ の故 事を 踏ま えて
︑屁 理 屈 をこ ね た 孫楚 の よ うに
︑い い 加 減 な約 束 を され て も︑ 耳 を貸 さ ない と詠 む︒
︵加 藤森 平︶ 七夕 糸 155お もふ こと しる し見 する や七 夕の 手に もを とら ぬさ ゝか にの 糸 帚 木巻 云︑ 立田 姫と いは んに もつ ぎな から す︑ たな はた の手 にも をと るま しく 云々
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 六二 番︒ 源氏 物語
︑帚 木巻
︑七 六頁
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 七 夕の
│織 女の
﹂︒
﹃ 承応
﹄﹃ 湖月 抄﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
七夕 の糸 願 って いる とい う証 拠を 見せ てい るの かな あ︒ 織姫 の織 る織 物に も劣 らな い︵ 見事 な︶ 糸よ
︒ 帚 木 の 巻 によ る と︑ 染 め物 の 腕 前は 竜 田 姫 とい っ て も不 似 合 いで な く
︑仕 立 物も た な ばた 姫 に 劣 ら ぬ く ら い 云 々︒
﹇ 考察
﹈﹃ 源氏 物語
﹄帚 木の 巻は 左馬 頭が 亡き 妻を 誉め るの に︑ 染め 物上 手の 竜田 姫と
︑機 織り 名人 の七 夕姫 を引 き合 い に 出 し た 場 面
︒奈 良 の 西 方 に あ る 竜 田 山 は 紅 葉 の 名 所 で︑ そ の 女 神 で あ る 竜 田 姫 は 秋 の 神︑ ま た 染 色 の 神︒
﹁さ ゝか にの
﹂は
﹁糸
﹂に 掛か る枕 詞︒ 七夕 の糸 につ いて 153は 番歌 の解 説︑ 参照
︒
︵加 藤森 平︶
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 254 ―
七夕 即事 156宮 のう ちに もる 玉水 も音 すみ て更 るよ おし き星 合の 影 朗 詠集
︒遅︱ 々タ ル
鐘︱ 漏 初テ
長︱
キ
夜
︑耿︱
々タ ル
星︱
河欲
ス ル レ
曙ナ ン ト
天
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑九 七八 番︒ 和漢 朗詠 集︑ 上︑ 秋︑ 秋夜
︑二 三四 番︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 和 漢朗 詠集 注﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
七夕 の詠 歌 宮 のう ちに 漏れ る水 時計 の音 も澄 み︑ 七夕 星の 光を 見て
︑更 けて いく 夜を 惜し く思 うこ とよ
︒ 朗 詠集
︒鐘 の音 も漏 刻︵ 水時 計︶ も遅 々と して 時を 刻ま ず︑ 秋の 長い 夜は 始ま った ばか り︒ 耿々 と夜 空に 輝く 天 の川 を眺 めて いる と︑ よう やく 空の 端が 明る み始 める
︒
﹇ 考察
﹈出 典は 長恨 歌の 一節 で︑ 楊貴 妃を 失っ た玄 宗 の 寂し さ を 描い た も の︒ 秋の 夜 長 を 愁え る 玄 宗に 対 し て︑ 当歌 は 年に 一度 しか 会え ない 七夕 の夜 が更 ける のを 惜し む︒
﹇ 参考
﹈歌 題の
﹁即 時﹂ は詩 題の 一つ で︑ 目 の 前の 風 景 をそ の ま ま詩 歌 に 詠 むこ と
︒漢 詩 の﹁ 鐘漏
﹂は
︑水 時 計 で時 刻 を計 り︑ 鐘を 鳴ら して 知ら せる こと
︒
︵ 呉慧 敏︶ 七夕
柏 玉
157 七 夕の なつ とも つき ぬ岩 枕か はす もま れの あま の羽 ころ も 楼 炭経 曰︑ 以レ
事ヲ
論セ ン レ
劫ヲ
︒有
二
一︱ 大︱ 石 方四 十里
一
百︱ 歳ニ
諸天 来下 取二
羅︱
穀ノ
衣ヲ 一
撫レ
石ヲ
尽サ ン
︒劫 猶ヲ
未タ レ
尽
︒
― 255 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑六 四〇 番︑ 二二 四一 番︒ 雪玉 集︑ 四五 二六 番︒ 万松 老人 従容 録︑ 巻四
︑第 六三 則︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹁ 七 夕の
│七 夕や
﹂︵ 六四
〇番
︶︒
﹃ 万松 老人 従容 録﹄
﹁ 以事 論劫
│ナ シ﹂
﹁撫
│拂
﹂﹁ 尽
│窮
﹂︒
﹇ 訳﹈
七夕 織 姫が 天の 羽衣 で撫 でて も尽 きな い岩 の枕 よ︑ 一年 に一 度し か枕 を交 わす こと がで きな いが
︒ 楼 炭経 によ ると
︑例 を挙 げて
﹁劫
﹂を 論じ よう
︒一 辺が 四十 里の 大石 があ り︑ 百年 に一 度だ け天 上界 の神 々が 地 上に 下り
︑天 の衣 で撫 でて 石は 無く なっ ても
︑劫 はま だ続 いて いる
︒
﹇ 考察
﹈﹁ 岩枕
﹂は 石を 枕に する こと
︒﹃ 万 松老 人従 容録
﹄は 南宋 末の 一二 二三 年に 万松 行秀 が編 集し た仏 教書
︒﹁ 従容 録
﹂の 名称 は︑ 編者 が住 んで いた 従容 庵に 由来 する
︒曹 洞宗 の禅 師で あっ たた め︑ その 宗派 で重 視さ れた
︒
﹇ 参 考﹈
﹁君 が 世 は 天 の 羽 衣 ま れ に き て 撫 づ と も 尽 き ぬ 巌 な ら な ん
﹂︵ 拾 遺 和 歌 集
︑五
︑賀
︑二 九 九 番
︑よ み 人 知 ら ず
︶︒
︵ 呉慧 敏︶ 七夕 扇 158か すと ても 秋の あふ きの 色は いさ 七夕 つめ や心 をか まし 朗 詠集
︒尊 敬︒ 斑︱
女カ
閨ノ
︱
中 秋ノ
扇ノ
色
︒ 東 屋巻 云︑ さる は︑ 扇の 色も 心を きつ へき 閨の いに しへ をは
︑ひ とへ にめ てき こゆ るそ
︑を くれ たる なめ るか し
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑二 六八 五番
︒和 漢朗 詠集
︑上
︑冬
︑雪
︑三
〇八 番︒ 源氏 物語
︑東 屋巻
︑一
〇一 頁︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 256 ―
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 和漢 朗詠 集﹄
﹁斑
│班
﹂︒
﹃ 承応
﹄﹃ 湖 月抄
﹄﹁ ねや のい にし へを は│ ねや のい にし へを ば しら ねば
﹂︒
﹇ 訳﹈
七夕 の扇 貸 すと して も︑ 秋の 扇は 白色 だか ら︑ さあ どう だか
︑織 姫は
︵借 りる のを
︶遠 慮す るだ ろう か︒ 和 漢朗 詠集
︒橘 在列
︒班 婕妤 の寝 室に
︑秋 にな り︵ 無用 のも のと して 捨て られ た︶ 扇の 色︒ 東 屋の 巻に よる と︑ 実は 扇の 色に も心 を留 め な け れば な ら ない 閨 の 故事 を
︵知 ら な いの だ か ら︶
︑ひ た す らお ほ めす るの は愚 かで あろ うよ
︒
﹇ 考察
﹈﹃ 和漢 朗詠 集﹄ には
﹁班 女閨 中秋 扇色
︒楚 王台 上夜 琴声
﹂と あり
︑第 一句 は漢 の成 帝の 愛妃 班婕 妤が 趙飛 燕に 帝 寵を 奪わ れ︑ 我が 身を
︑夏 の白 い扇 が秋 にな る と 捨 てら れ る のに 譬 え た故 事 に よ る︒
﹃源 氏 物 語﹄ の場 面 は 九月 で
︑浮 舟 は 季 節に 合 わ ない 夏 の﹁ 白 き扇
﹂を 持 ち︑ 薫 は 琴を 押 し やり
﹁楚 王 の 台 の 上 の 夜 の 琴 の 声
﹂を 吟 じ て か ら
︑縁 起で もな い第 一句 を踏 まえ た表 現に 気づ いた が︑ ひた すら 薫の 朗詠 に聞 き惚 れる ばか りで 何も 気づ いて いな い 浮舟 を︑ 語り 手は 批判 して いる
︒
︵劉 野︶ 159す つと いふ 思ひ なく てや 七夕 の秋 のあ ふき も手 にな らす らん 斑 婕妤
︑詩 句︒ 常ニ
︱
恐 秋︱
節ノ
至テ
凉︱
!
奪二
炎熱
ヲ 一
︑ 棄二
捐セ ラレ テ
篋笥
ノ
中ニ 一
恩︱
情中︱
道ニ
絶ン コト ヲ
︒
﹇ 出 典﹈ 雪 玉 集︑ 九 六 三 番︒ 文 選︑ 楽 府 上
︑四 七 三 頁︒
﹇異 同﹈
﹃ 新 編 国 歌 大 観
﹄ナ シ
︒﹃ 文 選
﹄﹁ 斑
│班
﹂﹁ 凉
!
│涼 風
﹂︒
― 257 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
﹇ 訳﹈
︵ 七夕 の扇
︶ 捨 てる とい うこ とを 考え ずに
︑織 姫は 秋の 扇も 手に 慣れ 親し んで いる のだ ろう か︒ 斑 婕妤 の 詩句
︒い つ も 心 配し て い るの は
︑秋 の 季節 が 訪 れ︑ 涼 風が 夏 の 暑 さ を 奪 い 去 っ て し ま う と︑
︵ 扇 が︶ 箱 の中 に投 げ込 まれ るよ うに
︑︵ 君 の︶ 恩情 も中 途で 絶え てし まう こと だ︒
︵劉 野︶ 叢露 160色 草を 尽し てに ほふ ませ のう ちの 花に は露 も置 まよ ふら む 野 分巻 云︑ 中宮 のお まへ に︑ 秋の 花を うへ させ 給へ るこ と︑ つね の年 より も見 所お ほく
︑色 草を 尽し て︑ よし 有 くろ 木あ か木 のま せを ゆひ ませ つゝ
︑お なし き花 の枝 さし 姿︑ 朝露 の光 も世 のつ ねな らす
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一
〇四 六番
︒源 氏物 語︑ 野分 巻︑ 二六 三頁
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒
﹃ 承応
﹄﹁ 朝露 の光 も│ あさ 夕露 のひ かり も﹂
︒﹃ 湖 月抄
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
草む らの 露 あ らゆ る種 類の 草花 を集 めて 咲き にお う籬 の内 の花 には
︑露 もど こに 置け ばよ いか 迷っ てい るだ ろう
︒ 野 分の 巻に よる と︑ 中宮 の御 庭に は︑ 秋の 花を お植 えに なっ てい らっ しゃ るが
︑そ れが 今年 は例 年以 上に みご
ま せ がき
と な眺 めで
︑あ らゆ る種 類の 草花 を集 め︑ 趣向 に富 んだ 黒木 や赤 木の 籬垣 をそ の間 々に 結い わた して あり
︑同 じ 花で も︑ 枝ぶ りと いい 格好 とい い︑ その 上に おく 朝露 の光 まで も︑ 世間 では 見ら れな い美 しさ であ る︒
﹇ 考察
﹈﹃ 源氏 物語
﹄は 野分 の巻 頭で
︑秋 が深 まり
︑六 条院 の秋 好中 宮の 庭園 の美 景を 描写 した 場面
︒当 歌は
︑あ まり
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 258 ―
の 美し さに 露も 目移 りが して
︑置 き場 所を 決め かね て迷 って いる と詠 む︒
︵大 杉里 奈︶ 原露 161跡 とめ てお とろ の道 のお くま ても 露分 みは や春 日野 の原 周 礼︒ 左九 棘︑ 公卿 大夫 位シ レ
焉ニ
群︱ 士 在二
其ノ
後ニ 一
︒右 九棘
︑公 侯伯 子男 位シ レ
焉ニ
群︱
吏在
二
其ノ
後ニ 一
︒ 拾 芥抄
︒唐 名部 曰︑ 大中 納言 通用 棘︱
路︒ 新 古今 集︒ 俊成 卿︑ 春日 山お とろ の道 の埋 れ水 すゑ たに 神の しる しあ らは せ
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一
〇四 九番
︒周 禮注 疏︒ 拾芥 抄︑ 中︒ 新古 今集
︑巻 第一 九︑ 神祇 歌︑ 一八 九八 番︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 拾 芥抄
﹄ナ シ︒
﹃周 礼注 疏﹄
﹁ 左九 棘公 卿大 夫│ 左九 棘孤 卿大 夫﹂
︒﹃ 新 古今 集﹄
﹁春 日山
│春 日 野の
﹂︒
﹇ 訳﹈
原の 露 春 日野 の跡 を尋 ねて
︑草 木の 乱れ る道 の奥 まで も
︑露 が 置 いた 草 木 を押 し 分 けて み た い もの だ
︒︵ 藤 原氏 の 先 祖の 例 に倣 い︑ 公卿 にま で出 世し たい もの だ︒
︶ 周 礼︒ 左側
︵東
︶に は九 本の 棘木 が植 えて ある
︒こ の場 所は 公卿 大夫 の位 置で あり
︑群 士︵ 上中 下士
︶が 彼ら の 後方 に居 る︒ 右側
︵西
︶に は九 本の 棘木 が植 えて ある
︒こ の場 所は
︑公 侯伯 子男 の位 置で あり
︑鄕 遂都 鄙公 邑 の官 吏が 彼ら の後 方に 居る
︒ 拾 芥抄
︒唐 名部 によ ると
︑大 中納 言の 異称 とし て棘 路を 用い る︒
― 259 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
新 古今 集︒ 俊成 卿︒ 春日 野の 草木 に乱 れる 道の 埋れ 水の よう に︑ 私は 一族 の公 卿の 中で 埋れ てい る︒ せめ て子 孫 にだ けで も︑ 春日 の神 のご 加護 の験 を現 わし てほ しい
︒
とう い ん き ん かた
﹇ 考察
﹈﹃ 周礼
﹄は 十三 経の 一 つで
︑﹃ 儀 礼
﹄﹃ 礼 記﹄ と並 ぶ 三 礼の 一 つ︒
﹃ 拾芥 抄
﹄は 南 北 朝初 期 に 洞院 公賢 が 編 纂し
き うけ い
た 有職 故実 の事 典︒
﹁ おど ろの 道﹂ には 草木 が乱 れ茂 る道 のほ か︑ 中国 で﹁ 九卿
﹂︵ 九人 の大 臣︶ を﹁ 棘路
﹂と 言う こ とか ら公 卿も 意味 する
︒﹁ 春 日野
﹂に は藤 原氏 の 氏 神を 祭 る 春日 神 社 があ り
︑藤 原 氏 を示 す
︒ち な みに 三 条 西実 隆 は内 大臣 にま で昇 進し た︒
︵大 杉里 奈︶ 愛萩 162も ろく ちる 露を かな しむ 心を も花 にわ する ゝ萩 のし た風 古 今の 序の 詞︑ まへ にし るし 侍る
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一
〇〇 二番
︒古 今集
︑仮 名序
︑一 八頁
︒﹇ 異同
﹈﹃ 新 編国 歌大 観﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
萩を 愛で る 萩 の下 を吹 く風 で︑ はか なく 散る 露を 悲し く愛 おし く思 う気 持も
︑萩 の花 を見 ると 自然 に忘 れら れる なあ
︒ 古 今集 序の 文章
︑前 述し てい ます
︒︵ 113 番歌
︑参 照︶
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹃古 今集
﹄仮 名序 の一 節﹁ 花を めて
︵中 略︶ 露を かな しむ
﹂を 踏ま える
︒
︵ 平石 岳︶ 翫秋 花
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 260 ―
163う へた てし 其世 はさ そと 秋の 花野 の宮 人の 跡も なつ かし 野 宮歌 合︒ 順判 云︑ おま への 庭の 面に
︑薄
︑萩
︑ら に︑ しを に︑ 草の かう
︑を みな へし
︑苅 萱︑ なて しこ
︑小 萩 なと
︑う へさ せた まふ
︒松 むし
︑す ゝ虫 を︑ はな たせ たま ふ︒ 人
!
"
に
︑や かて 其物 につ けて
︑歌 を奉 らせ た まふ
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑一
〇三 六番
︒野 宮歌 合︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄ナ シ︒ 正保 四年
︵一 六四 七︶ 版﹃ 歌仙 家集
﹄所 収﹃ 源順 集﹄ 巻一
〇﹁ 順判 云│ ナシ
﹂︒
﹇ 訳﹈
秋の 花を 愛で る 秋 の花 を植 えつ けた 当時 は︑ さぞ や︵ 美し かっ ただ ろう
︶と
︑野 宮に 住ん でい た宮 人の 痕跡 もな つか しく 思わ れる な あ︒
く さ のか う
野 宮 歌 合 にお い て
︑判 者 源 順 が 云 う に は
︑︵ 規 子 内 親 王 は
︶お 住 ま い の 庭 に︑ 薄︑ 萩︑ 蘭︑ 紫 苑︑ 芸
︑女 郎 花
︑苅 萱︑ 撫子
︑小 萩な どを 植え さ せ な さっ た
︒松 虫︑ 鈴 虫を 放 た せな さ っ た︒
︵ その 庭 に 集ま っ た 男女
︶各 人 に︑ さっ そく その 庭に ある 草花 や昆 虫に つい て︑ 歌を 献上 させ なさ った
︒
﹇ 考察
﹈野 宮歌 合は
︑規 子内 親王 が天 禄三 年︵ 九七 二︶ に催 した 前栽 歌合
︒﹁ 女四 宮歌 合﹂
﹁ 斎宮 歌合
﹂﹁ 規子 内親 王前 栽 歌 合﹂ と も 称 さ れ︑ 源 順 が 判 者 を 務 め た
︒当 歌 は そ の 歌 合 に 思 い を 馳 せ た も の
︒﹁ 野 の 宮 人﹂ に﹁ 野 の 宮
﹂と
﹁宮 人﹂ を掛 ける
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 三玉 挑事 抄﹄ 巻 末の
﹁引 用 書 目﹂ に は﹁ 野宮 歌 合﹂ と 記さ れ て いる
︒﹁ 順 判 云﹂ と ある が
︑﹁ お まへ の 庭 の﹂ 以 下の 文章 は︑ 源順 門下 の源 為憲 によ るも の︒ なお 247番 歌の 注釈 本文 に︑
﹁ 順家 集云
︑貞 元元 年︵ 九七 六︶ の九 月︑
― 261 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
斎 宮︑ 野宮 に前 栽う へて
︑ま たよ む︒
﹂ とあ る︒
︵ 平石 岳︶ 秋蘭 已含 露 164藤 はか まほ ころ ひて こそ 紫の 色に くた くる 露も 見え けれ 朗 詠集
︒菅 三品
︒蘭︱ 惠︱ 菀ノ
嵐ハ
摧ク レ
紫ヲ
後
︒
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑三
〇八 三番
︒和 漢朗 詠集
︑上
︑秋
︑菊
︑二 七一 番︒
﹇異 同﹈
﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 和漢 朗詠 集註
﹄ナ シ︒
す で
﹇ 訳﹈
秋の 蘭は 已に 露を 含む 藤 色 の 袴 の縫 い 目 がほ ど け ると
︑衣 の 紫 色 の露 の 部 分が 見 え るが
︑藤 袴
︵蘭
︶の 花 が 咲い て 嵐 で う ち く だ か れ る と
︑紫 色に 染ま った 露が 見え るな あ︒ 和 漢朗 詠集
︒菅 原文 時︒ 蘭や 惠が 植え られ てい る香 草園 に︑ 秋の 嵐が 吹き 荒れ
︑紫 の花 々が うち くだ かれ てし ま った 後に
︒
﹇ 考察
﹈当 歌は
﹁藤 はか ま﹂ に藤 色の 袴と 藤袴
︵蘭
︶︑
﹁ ほ こ ろひ
﹂に き も のの 縫 い 目が ほ ど け るこ と と 花の つ ぼ みが 開 くこ と︑
﹁ 露﹂ に衣 装の 露︵ 袖く くり の紐 の垂 れ下 がっ た部 分︶ と水 の露 を︑ それ ぞれ 掛け る︒
︵ 平石 岳︶ 蘭薫 風 165秋 のか せ匂 ひは をく れ藤 はか まし けき を破 る名 には たつ とも 本 朝文 粋︒ 前中 書王
︑菟︱ 裘ノ
賦︒ 叢︱
蘭 豈ニ
不ン ヤ レ
芳 乎︑ 秋︱
風吹
テ
而 先︱ツ
敗ル
云 云︒
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶
― 262 ―
﹇ 出典
﹈雪 玉集
︑二 六八 八番
︒本 朝文 粋︵ 新訂 増補 国史 大系
︶︑ 巻第 一︒ 和漢 朗詠 集︑ 上︑ 秋︑ 蘭︑ 二八 七番
︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 本 朝文 粋﹄
﹃和 漢朗 詠集
﹄ナ シ︒
﹇ 訳﹈
蘭の 薫風 秋 風よ
︑蘭 の花 の香 りは 運ん でお くれ
︒群 生す る蘭 を打 ち砕 くと いう 評判 は立 って も︒ 本 朝 文 粋︒ 兼 明親 王
︑菟 裘 賦︒ 群生 す る 蘭は
︑ど う し て 香わ し く な い こ と が あ ろ う か
︒し か し
︑秋 風 が 吹 く と
︑真 っ先 にう ちく だか れて
︵香 りを 失っ て︶ しま うも のな のだ 云々
︒
﹇ 参考
﹈﹃ 国史 大系
﹄の 底本 は寛 永六 年
︵一 六 二 九︶ 版︒ 兼明 親 王 は醍 醐 天 皇の 皇 子 で︑ 詩 文に 優 れ た︒ 賜姓 源 氏 で︑ 左 大臣 に出 世し たが
︑藤 原兼 通ら によ って 皇族 に戻 され
︑政 権か ら遠 ざけ られ た︒ 本作 品は その 時の 思い を述 べた も の︒
﹁ 菟裘
﹂は 魯の 国で
︑隠 公が 隠棲 した とさ れる 地名
︒
︵ 廣瀬 薫︶ 槿一 日栄
柏
166霜 のゝ ちは るか にい はん 松の 色も おも へは けふ の露 の朝 かほ 朗 詠集
︒松︱ 樹 千︱
年終
︱ニ
是レ
︱
朽ヌ
︑槿︱ 花 一︱
日自
ラ
為レ
栄ヲ
︒ 又
︑順 詩︒ 十八 公ノ
栄ハ
霜︱ノ
後ニ
露ハ レ
︑一︱ 千︱ 年ノ
色ハ
雪︱ノ
中ニ
深シ
︒
﹇ 出典
﹈柏 玉集
︑七
〇二 番︒ 和漢 朗詠 集︑ 上︑ 秋︑ 槿︑ 二九 一番
︒和 漢朗 詠集
︑下
︑松
︑四 二五 番︒
﹇ 異同
﹈﹃ 新編 国歌 大観
﹄﹃ 和 漢朗 詠集 註﹄ ナシ
︒
﹇ 訳﹈
朝顔 の一 日の 栄え
― 263 ―
﹃ 三 玉 挑 事 抄
﹄ 注 釈 秋 部
︵ 上
︶