福岡市の都市下層における野宿者ネットワーク —野宿生活の意味世界— [ PDF
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(2) ない」という規範は「互いに知り合う」ことを確かに妨げ. 3章からは実際の調査で明らかになった内容に入ってい. るが、その一方で逆説的に、寄せ場労働者全体を「過去が. く。福岡市の野宿者の数については、福岡市が行った調査. ある人」として抽象化し一般化して把握することを可能に. や新聞発表などを参考に野宿者数を約600人と判断した。. する。このような秩序のもとでの共同性は、可視的なもの. 特徴としては、野宿者が福岡市内の広範囲に分散している. としてはなかなか姿をあらわさない。西澤はそれを「不可. こと、自転車を利用している野宿者が多いことがあげられ. 視の共同性」と呼んだ(西澤晃彦1995『隠蔽された外. る。そして野宿形態を、 「定住型」 「半定住型」 「移動型」に. 部』彩流社) 。山口は新宿西口の野宿者たちの生きぬくため. 類型化して説明している。また福岡市の日雇労働市場と寄. の選択や方法を「生きぬき戦略」と名づけ、特に野宿者の. せ場築港についても言及している。福岡市の寄せ場築港は. 相互作用に注目し、そこに野宿者が他の野宿者に対して「つ. ドヤ街を持たず、日雇労働市場も分散的である。. ながる戦略」と「断ち切る戦略」を微妙に使い分けながら 生きぬいていることを明らかにした。それは他の野宿者と かかわることで、トラブルに巻き込まれることを避け、モ. 4章では、山口の野宿者の「生きぬき戦略」という概念. ノを共有することで自分の取り分が減ることを忌避する. を継承するかたちで野宿者の世界を記述している。山口は、. 「自己防衛としての断ち切る戦略」 、人の世話にならずに一. 新宿駅西口の野宿者の相互作用に「つながる戦略」と「断. 人で生きていけるという「自立としての断ち切る戦略」 、モ. ち切る戦略」を見い出した。この戦略という概念を用いる. ノを共有したり、声をかけあう「生活扶助としてのつなが. ことで個々の野宿者の選択のプロセスを射程に入れ、彼ら. る戦略」 、排除に対して戦う「抵抗としてのつながる戦略」. の日常の中に紛れもなく存在する「創造性」や「主体性」. であった。これらの戦略を野宿者はフレキシブルに使い分. といったものをすくいあげることができるはずである。そ. けているという。もちろんこの戦略は野宿者の置かれてい. して、社会構造に規定された個人ではなく、個人が作って. る状況、ライフヒストリー、アイデンティティによって多. いく社会のありように注目できると考える。ここでいう戦. 様に彩られている。この議論は、野宿者の日々の営みの中. 略とは非常に包括的な概念である。それは彼らの確固たる. に戦略という概念を持ち込むことで、社会構造に規定され. 意志に裏付けられた積極的なものを指すわけではない。死. た個人(野宿者)ではなく、個人(野宿者)がつくってい. と隣り合わせの野宿者がもしこうしなければ死んでしまう. く社会に注目しようとしている(山口恵子1998「新宿. というような状況で採った消極的な選択や方法も戦略と考. における野宿者の生きぬき戦略−野宿者間の社会関係を中. える。ここでは積極的・消極的、意識的・無意識的に関わ. 心に」 『日本都市社会学会年報』16) 。. らず野宿者の行為から戦略と読み取れるものを解釈し提示. 最後は、構築主義的アプローチで、野宿者問題、寄せ場. している。. 問題が構成されていく過程を分析した論文を紹介している。. 福岡市の野宿者に見られる「時間的移動」 「自転車の利. 以上のように大きく5つの領域から野宿者問題に接近し. 用」 「野宿者間の関係の作り方」を戦略と位置づけている。. ていく。このことによって今日の野宿者をとりまく状況の. 一つめの「時間的移動」とは、JR博多駅の野宿者に見ら. 輪郭がはっきりしてくると思われる。. れる。彼らは、人通りの多い始発から終電までは、駅コン コースから去り、終電後になると戻ってきてダンボールハ ウスを組み立て野宿する。そして始発が近くなるとダンボ. 2章では、調査概要を述べている。福岡市をフィールド. ールハウスを撤去し去っていくのである。これは排除やま. とした調査を約3年にわたって行ってきたのであるが、調. なざしを避けるための戦略である。二つめは「自転車の利. 査をはじめた当初と調査の後半では、注目する視点に変化. 用」である。福岡市の野宿者にとって自転車は欠くことの. があった。当初の調査では福岡市の野宿者の全体像を掴む. できないツールとなっている。彼らの主食の一つがコンビ. ことを目的としていた。しかし次第に、野宿者の意味世界. ニエンスストアー(以下コンビニ)の残り物の弁当である。. に興味を抱くようになり、フィールドワークは野宿者と時. 彼らは自転車を利用して、市内に点在するコンビニをまわ. 間を共有する参与観察を中心としたものに変化していった。. るのである。自転車を持つことによって食料や物資を調達. また、この章ではフィールドワークと参与観察の位置づけ、. する機会が増加し範囲が広がる。また彼らの労働の一つで. また私が行った野宿者へのインタビューの方法などを述べ. あるアルミ缶集めにも自転車は利用されている。アルミ缶. ている。. は1キロ50円程度で売ることができる。現金収入が少な い彼らにとってアルミ缶集めは立派な労働である。市内か ら遠く離れた団地の共同ゴミ捨場を彼らは夜通し走りまわ.
(3) る。一日の走行距離は10キロを軽く越える。その他に友. のつながりは、Kさんのアイデンティティを支え、過酷な. 人の野宿者を訪ねる時にも自転車は移動手段として利用さ. 野宿生活を生きぬくことを可能にしている。野宿生活とい. れる。友人と会い、話をし、酒を酌み交わす。寂しさを紛. う過酷な状況では、家族を思ってうつむいていては、生き. らわせる。同じ境遇の野宿者との話は、明日の生きる糧と. ていけない。家族とのつながりを断ち、過酷な野宿生活を. なる。このように自転車は実に多様な使われかたをされて. 生きていこうとする。しかし逆にKさんは、一般社会との. おり、彼らが生きぬくために重要なツールであると思われ. 接触に救われ、生きる希望を抱く。そして、野宿生活を抜. る。三つめは野宿者の相互行為に見られる「つながる戦略」. け出そうとその度思う。一般社会とつながろうとする「一. 「断ち切る戦略」である。これは上記の山口の概念である. 般社会とつながる戦略」である。一般社会を志向するKさ. が、この戦略は福岡市の野宿者にも当てはまる。戦略とい. んにとって、他の野宿者と深いつながりを持ち野宿生活を. う概念を持ち込むことによって、困難な野宿生活を生きぬ. 過ごすことは、野宿を抜け出すためには、してはならない. く野宿者の世界を把握することが可能になる。. ことと心に決めていた。であるから、野宿者と「つながる 戦略」をとろうとしなかった。そして例え、他の野宿者と の食料獲得競争で不利に立たされようと、たとえさみしく. 5章では、4章の「つながる戦略」 「断ち切る戦略」を福. とも、例え、排除にあおうとも、差別のまなざしを浴びよ. 岡市の野宿者の世界に適用し記述する。そして山口の「つ. うとも、天神で一人で生活し、一般社会とつながろうとす. ながる戦略」と「断ち切る戦略」が野宿者同士の横の関係. る。これがKさんの「生きぬき戦略」である。. であるのに対し、縦の関係、つまり一般社会に対して「つ. この章では、一般社会と「つながる戦略」 「断ち切る戦略」. ながる戦略」と「断ち切る戦略」が行われていることを明. という枠組みを仮設的に提示することを行っている。一般. らかにしている。ここでは一般社会とつながっていること. 社会と「つながる」ことによって野宿者Kさんのアイデン. でアイデンティティを維持している野宿者Kさんの事例を. ティティは、維持されているのである。野宿者間の相互作. あげる。Kさんは、福岡市に隣接するある郡部の出身で、. 用のみでなく、一般社会との関係、別の言い方をするなら. 以前は日雇労働者として働いていたが、不況と高齢のため. ば、横のベクトルと縦のベクトルで、野宿者の戦略をとら. 仕事に就けず、5年前から野宿生活を余儀なくされている。. え、記述することを目指している。. Kさんは、博多人、九州人以外の人と付き合うことを嫌い、 グループを形成することは、お互いが馴れ合い野宿生活を 抜け出すためにしてはならない事と心に決めていた。また. 6章では、福岡市の野宿者が展開する自転車ネットワー. 他の野宿者との会話は、愚痴や文句ばかりの最低辺の話ば. クの実態と可能性について考えている。そのネットワーク. かりでおもしろくないと言う。そのためKさんは他の野宿. は野宿者が生きぬくための命綱であり、一つの下位文化と. 者とつながろうとしなかった。そこには、 「自立としての断. して位置づけることが可能であると思われる。そして野宿. ち切る戦略」と「自己防衛としての断ち切る戦略」の双方. 者が自転車を利用することで、生態学的制約(距離)を乗. が見られた。そして何とか自分一人で食料を探し、生きぬ. り越えることができ、野宿者同士の出会いをいくつも生み. いていることから、野宿者と「つながる戦略」はとろうと. 出していると思われる。. しなかった。. そこで私が参与観察を行った須崎公園の野宿者Aと野宿. Kさんはその一方で、母親の死をきっかけに、家族とは. 者Bを中心とした野宿者の関係を記述し、野宿者のネット. もう会わないことを誓い、また地元の人と出会う可能性の. ワークが規範、趣味、アイデンティティによってさまざま. あるJR博多駅に近づこうとしなかった。ここに「一般社. な様相を見せていることを明らかにすることを試みている。. 会と断ち切る戦略」を見い出した。逆に、Kさんは毎日会. 須崎公園のAとBを中心とする野宿者ネットワークは、A. うサラリーマンとの会話や、若者とのたばこのやりとりを. とBによって認められる野宿者たちによって構成されてい. 楽しそうに話す。そして野宿者との底辺の会話でなく、普. た。そこでは、ある一定の規範とマナー、共通の趣味が存. 通の人と普通の会話がしたいともらす。そのために新聞を. 在した。そして須崎公園のAの野宿する場所は、約10人. すみからすみまで読み、身なりをきれいにし、天神を離れ. の野宿者が立ち寄っては、去っていく野宿者の発展場であ. ようとしない。ここに「一般社会とつながる戦略」を見い. った。そこは野宿者によって情報が集積し、発信する場で. 出すことができた。Kさんにとってサラリーマンとの会話. ある。そしてAとB、およびその他の野宿者の関係は、共. も若者とのたばこのやりとりも一般社会とのつながりを確. 同生活しているというものではなく、それぞれの野宿者が. 認するひと時なのである。そしてこのひと時の一般社会と. 別々の場所に野宿し、それぞれが須崎公園の集まり以外に.
(4) も別の野宿者との関係性を築いているのである。須崎公園. 不断に行われているのである。そしてそれぞれの野宿者が. で共有された情報は、それぞれの野宿者によって別の野宿. 他の野宿者とよりよい関係性を構築できているのである。. 者にひろがっていく可能性がある。そしてこの野宿者のネ. そして造られては壊され、また再生する野宿者間のネット. ットワークを維持しているのが自転車なのである。. ワークは目に見えない形で福岡市に存在しているのである。. 7章では、4、5、6章を踏まえ、野宿者ネットワーク. 8章では、附論として2001年の西日本社会学会で発. と戦略について総括している。6章で紹介した須崎公園の. 表した『都市下層の一側面−ある女性野宿経験者の語りか. 野宿者の関係は、非常に都市的な野宿者の付き合いを連想. ら』を加筆・修正したものを掲載している。ヒデカ(仮名). させる。彼らは酒を飲みに、話をしに、寂しさをまぎらわ. は80歳で住んでいたアパートが壊され、野宿生活を余儀. せるためにここに集まってくるのである。この野宿者の集. なくされた。ここでは野宿生活をする以前、野宿生活中、. まりは、共同生活をしているわけではない。それぞれが別. 野宿生活脱出後と3つの時間にわけ、ヒデカの動きを追う。. の場所で野宿しており、他の野宿者との関係性を築いてい. そのことによって以下の点が明らかになった。①社会保障. るのである。そして須崎公園のAの野宿する場所は、野宿. 制度(生活保護)からの乖離と家族関係の乖離がヒデカに. 者が集まっては散っていく、野宿者の発展場と見ることが. とって野宿生活に追い込まれる決定的な要因になったとい. でき、また情報集積・発信基地となっている。そして、情. うこと。②社会保障と家族関係からの乖離は複雑に絡み合. 報はそこに集まってくる野宿者たちによって他の野宿者へ、. っており、その網の目からヒデカは抜け落ち野宿に追い込. また他の野宿者から須崎公園へと流れていくわけである。. まれたということ。③野宿者間のつながりが1つの出会い. そしてこのようなネットワークは自転車によって維持され. によって形成され、相互に助け合う関係が実際に存在する. ている。. こと。④生活保護を再度取得するプロセスは支援団体の援. 福岡市の都市下層にこのような集まりがいくつも存在し. 助なくしては不可能であったいうこと。ヒデカのライフヒ. ているというのは考えすぎであろうか。そこでは、共同生. ストリーを追うことによって、女性野宿者の実態に迫る。. 活を行いながらもその関係性にとどまることなく、新たな 野宿者との関係性を構築していこうとする野宿者の試みが 見て取れる。そしてさらに言うならば、自転車はホームレ. 以上が修士論文の要約である。この論文の視点は常に野. ス同士が関係を「つなげる戦略」 「断ち切る戦略」に深く関. 宿者と同じ視線に立っていると自負している。そしてこの. 係しているように見える。言うなれば自転車はホームレス. 論文は、野宿者の傍に立ち、野宿者と同じ視線で野宿者世. 同士のつながり調整ツール、ホームレスのライフスタイル. 界を把握しようとするひとつの試みでもある。一般的な野. 選択ツールのもなっていると言える。共同生活を嫌う野宿. 宿者観を突き破り、野宿者の視線から都市と社会を逆照射. 者は多い、そのような野宿者は一人で野宿すればいいので. するひとつのモノグラフである。. ある。もちろんまったく孤立する必要はない。必要な時だ け、他の野宿者と接触を持てばいいのである。他の野宿者 と最小限の付き合いをしながら生きていくことが可能にな っているのではないだろうか。 野宿者は日々の営みの中で、あらゆる戦略を行っている。 その戦略は、すべて生きぬくことと直結している。山口が 提示した、 「つながる戦略」 「断ち切る戦略」は福岡市では、 その分散的状況もあり、目に見えにくいものである。しか し、実際、野宿者の生きる世界に分け入ってみると、そこ では自転車を利用しながら、 「つながる戦略」と「断ち切る 戦略」を使い分けている野宿者の姿があった。そして自転 車の存在が、野宿者の個性にあったライフスタイルを選択 することを可能にし、また他の野宿者との多様な関係性を 可能にしている。福岡市の野宿者を結ぶ都市下層自転車ネ ットワーク内では、 「つながる戦略」と「断ち切る」戦略が.
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