Mahakarmavibhaiga所
引 の
経 ・律 に つ い て
並
川
孝
儀
1
1922年 ネ パ ー ル よ り発 見 され た 梵 文 写 本Mahakarmavibhanga(MKV)は 1932年s.Leviに よ っ て そ の 註 釈 書Karmavibhangopadesaと 共 に,そ し て 更 にMKVと 同 系 の 一 連 の 資 料,即 ち2種 の 漢 訳 『仏 為 首 迦 長 者 説 業 報 差 別 経 』,r分 別 善 悪 報 応 経 』 とTib訳Karmavibhanga(Lasrnamfar'byedpad,中 央 ア ジ ア 出 土 梵 文 断 片 きukas且tra,MajjhimaNikaya所 収 のCula・
kammavibhangasuttaと そ の 註 釈,ク ッチ ャ 語Karmavibhangaの 断 片 が 所 OO 収 さ れ,博 士 の 厳 密 な 文 献 学 に 基 づ い た 研 究 と共 に 出 版 され た 。MKVと 同 系 の 経 典 に は 他 に2種 の 漢 訳 と1種 のTib訳 が 存 在 す る。 求 那 跋 陀 羅 訳r仏 説 鸚 鵡 経 』(大 正1・888b-891a) 失 訳r仏 説 兜 調 経 』(大 正1・887b-888b) 陥7〃zα 擁 疏 αカ9αnamadharmagrantha(Laskyirnampargyurbazes
byaba'ichoskyig動 の(TTP.vol.39126-3-3∼131-1-7) こ れ ら 同 系 の 経 典 群 も成 立 史 的 考 察 に よ っ て2類 に 大 別 で き る 。 よ り初 期 的 形 態 を 有 す る も の と してCulakammavibhangasutta,『 中 阿 含 経 』(170)「 鸚 鵡 経 」,『仏 説 兜 調 経 』,『仏 説 鸚 鵡 経 』 で あ り,こ れ ら よ り展 開 し た と考 え 得 る も の と し て はMKV,2種 のTib訳 κα7〃zα"励説9α,Karmavibhanganama dharmagrantha,2種 の 漢 訳 『仏 為 首 迦 長 者 説 業 報 差 別 経 』,『 分 別 善 悪 報 応 経 』 と で あ る 。 こ れ ら一 連 の 経 典 は 在 家 者 に 対 す る 業 報 思 想 を 説 くが,そ れ は 一53一
業 報 の差 別 を主 題 と して,前 半 部 は 導 入部 と して の因 縁 談,後 半 部 は 何種 類 に
も亘 る業 報 分 別 の類 型 とい った形 式 よ り成 り立 っ て い る。 上 述 した2種 の分 類
は この後 半 部 の類 型 数 を 基 準 と した,即 ち 前 者 は業 報 分 別 を14に 分 類 して い る
の に対 し,後 者 は70種 以 上 に もの ぼ る点 か ら考 察 され る。MKVは
後 者 に 属す
0るが,そ れ に属 す る経 典 群 も各k分 類 数 に 多少 の変 化 が見 られ,又 業 報分 別 を
行 な う際,そ
こに 因縁 談 が 記 され て い る経典,漢 訳2本
の如 くそ うで ない経 典
とい った 具合 に そ の他 小 さ な相 違 点 も含 め て 異 な っ て い る。 本 論 では これ らの
比 較 研 究 を 目的 とは して い ない 為,そ
れ は別 稿 に譲 る と して も,少
な く と も
MKVはTib訳2本,漢
訳2本
と も異 な って お り,そ の相 違 点 を 単 に 成 立史
的 に考 察 す るの み な らず,部 派 的 理 解 に よって 研 究 され な けれ ぽ な らな い こ と
も事 実 で あ る。
部 派 の所 属 問 題 を論 じる時,種
々 の方 法 は 存 在 す るが,文 献 中 に引 用 され る
経 典 等 が 存 在 す る場 合,そ れ らを 吟 味 す る方 法 も一 つ の意 義 を有 す る。 事 実,
MKVに
は多 数 の経典 及 び律 等 が引 用 され て お り,先 ず これ ら と関 連 資 料 等 と
の比 較 研 究 に よ って所 引経 典 等 が 経 典 史 上 如 何 に 位 置付 け られ るか を定 立 しな
け れ ば な らない 。 この考 察 の結 果 は 自か らそれ らを所 引す るMKVの
所 属 部
派 の輪 郭 を 現 わ に して くれ る こ とに他 な らな い。
こ こ でMKVに
お い て26回 に亘 り,20種 に の ぼ る 所 引経 典 等 を以 下 に列 挙
す る 。 (1)sutra Kalikasutra Nandikasutra Bakapratyekabrahmasutra Purvaparantakasutra ≦aky・,ut・a Karmavibhangasutra 螽・a卿y・ph。1・,Ut・a Dhananjayasutra (p.33) 3回(P.33,42,44) (pp.34-35) 2回(PP.39-40,P.67) (p.42) app.46-47) (pp.49-50) (pp.55-56)6i・alak・ ・ut・a(p.56)
Cakravartisutra・(pp.59-60)
(Abhidharmacakravartisutra)2回(P.94,103) Daksinavibhangasutra(p.61) . Rajopakirnaka(pp.70-71)
Devatasutra2回(P.89,94) (2)jataka Simhajataka(p.44) 6yamak・jat・k・(P.50) 6yamajataka2回(p.55,56) (3)そ の 他 Saptasuryopadesa(pp.36-37) OO (Abhidharma)Cakravartisutravibhanga(p.102) Mahisasakavinaya(p.60) これ ら の 中,取 意 し て 紹 介 す る 場 合,又 実 際 に 原 文 を 引 用 す る 場 合 も あ る が,上 記 以 外 で 経 典 名 を 明 記 し な い で 引 用 す る場 合 も多k見 られ る 。 本 論 で は 所 引 され る経 典 等 す べ て を 記 述 し 得 な い の で,こ れ ら の 中,上 記 の 主 要 な5経,律,そ し て 経 典 名 が 明 記 され て い な い 引 用 文 を2種 取 り上 げ て 吟 味 を 試 み る も の で あ る。
2
MKV所
引 の律 は3例 見 い 出せ るが,そ
の中2例 は単 にvinayeと
出典 が 明
記 され な い で引 用 され て い る。 以 下 順 次 に3例 各kを 考 察 す る。
(1)anahisasakagotrantariyavinaye
先 ず 出 典 が 明 記 され て い る1例 を示 す 。 これ は 外 国 で果 報 を受 け る業 は何 で
あ るの か とい う業 の分 類 の 因縁 談 で,家 住期 の人kは 父母 と出家 者 に供 養 し,
出 家 者 は 阿闍梨 と和 尚 に供 養 しな けれ ば な らない とい う段 で引 用 され て い る。
即 ち,
一55一yathaMahisasakagotrantariyaVinaye`rthotpattimdharayanti. yathahaBhagavan.nabhiksavahacaryopadhyayananaprstvadesan-taramgantavyam.kasmad.bhavatibhiksavojivitantarayobhavati brahmacaryantarayobhavatipatracivarantarayah.bhutapurvambhik-SaVOMaitrayajnonamasarthavahaputraasiditi.(p.60) こ こ でMahisasakagotrantariyaVinayeは2つ の 意 味 を 提 示 して い る。 一 つ はMahisasakaVinayeと あ る 故,化 地 部 の 律,即 ち 『五 分 律 』 を 意 味 して い る と い う点,他 はgotrantariyar異 な っ た 部 派 で あ る」 がMahisasakaと 同 格 でVinayeを 修 飾 して お り,「 異 な っ た 部 派 で あ る 化 地 部 の 律 に 」 とい う 意 味 に な る が,こ こ で,こ のgotrantariyaな る 語 は 部 派 所 属 の 問 題 に 一 つ の 明 確 な 態 度 を 表 明 して い る 。 「異 な っ た 部 派 で あ る 化 地 部 」 とは 化 地 部 以 外 の 部 派 を 明 示 し て い る こ とに 他 な らず,そ れ 故 こ れ は 所 引 し て い るMKVが 化 地 部 と は 異 な っ た 部 派 に 所 属 して い る資 料 と して 位 置 付 け られ な け れ ば な ら な い 。 こ の 引 用 文 が 収 め られ て い る と思 わ れ る現 存 漢 訳 『五 分 律 』 に お け る該 当 個 所 を 調 査 した が 遺 憾 な が ら見 い 出 し得 な い 。 こ の こ と は 如 何 な る理 由 で あ る か は 種 々 の 推 測 は 可 能 と して も不 明 で あ る。 『仏 為 首 迦 長 者 説 業 報 差 別 経 』 や Tib訳Karmavibhanga等 に は こ の 引 用 文 の 対 応 個 所 が 存 在 し な い の で 確 め る こ と も 出 来 な い 。 律 の 引 用 文 は 他 に2例 見 られ る が,こ の 場 合,上 記 の 如 く に は 出 典 名 は 明 記 さ れ て い な い 。 こ の2例 は 上 記 の 直 前 に1例 が,他 の1例 は そ れ 以 後 に 記 述 さ れ て い る 。 出典 名 が 明 記 され て い な い とい う こ と は 如 何 に 理 解 され る べ き で あ ろ う か 。 結 論 的 に 言 え ぽ,そ れ はMKV所 属 の 律 を 指 示 して い る も の と解 し 得 る 。 何 故 な ら,化 地 部 の 律 よ り前 に 引 用 さ れ,出 典 名 が 明 記 され て い な い と い う こ と,そ して こ の2例 の 律 が 他 部 派 所 属 め も の とす る な らぽ,律 の よ う に 部 派 性 の 色 彩 が 強 い こ と を 考xる 時,化 地 部 同 様 部 派 名 を 明 記 す る で あ ろ うか ら で あ る 。 こ の 前 提 の も と に2例 を 以 下 で 吟 味 す る 。 〔2〕vinaye 父 母 と 子 の 関 係,そ し て 阿 闍 梨 ・和 尚 と弟 子 と の 関 係 は 如 何 に あ る べ き か を 一56一
説 く段 で 引 用 され る。 yathaBhagavataVinayauktam. upadhyayasyasisyeputrasamjnabhavati.sisyasyapyupadhyayepitrs-amjnabhavati.evamanyonyanisritahsukhinobhavisyanti.(p.59) 諸 律 か ら こ の 引 用 文 の 該 当 個 所 を 示 せ ば 以 下 の 如 く で あ る。 VinayaPitaka acariyobhikkhaveantevasikamhiputtacittamupatthapessati,antevasikoacari-yamhipitucittamupatthapessati,evamtearena皿annamsagaravasappatissa sabhagavuttinoviharantaimasmimdhammavinayevuddhim.virulhimvepullam apajjissanti.(VinayaPitakavol.Ip.60) r四 分 律 』 世 尊 言 。 自今 已 去聴 有 二和 尚_。和 尚看二弟 子_。当卞如 二児意_看 上。弟 子看 二和 尚 当下如 二 父 意_。展 転 相敬 。重 相 瞻 視 上。如V是 正法 便 得 二久 住_。長益 広 大 。(大 正22・799c) r五 分 律 』 聴 諸 比 丘 有 和 尚。 和 尚 自然 生 心 愛 念弟 子 如児 。 弟 子 自然 生 心敬 重 和 尚如 父。 勤 相 教 誠 更 相 敬 難 。 則 能増 広 仏 法使 得 久 住 。(大 正22・110c) r十 誦 律 』 従 今 諸 有 和 尚 阿 闇 梨 。 看 共住 弟 子近 住 弟 子 。 養 畜 如児 想。 共 住 弟子 近 住 弟子 。 看 和 尚 阿闇 梨如 父 想 。汝 等如 是 展 転相 依 住 。於 我 法 中増 長善 法 。(大 正23・148b) 『摩 訶 僧 祗 律 』 と 『根 本 有 部 毘 奈 耶 』 に は 該 当 個 所 は 見 い 出 せ な い 。 こ の 引 用 文 を 上 述 し た 如 くにMKV所 属 の 律 と の 前 提 に 立 つ な ら ば,先 ず 化 地 部 の 『五 分 律 』,MKVが 北 方 所 伝 で あ る こ と よ り南 方 上 座 部 所 属 のVinayaPitaka, そ して 該 当 個 所 が 見 い 出 され な い 大 衆 部 系 の 『摩 訶 増 祗 律 』 と根 本 有 部 所 伝 の 『根 本 有 部 毘 奈 耶 』 は こ の 引 用 文 の 指 示 す る 文 献 で な い こ と に な る。 即 ち,こ の 引 用 文 は 法 蔵 部 所 伝 の 『四 分 律 』 と説 一 切 有 部 所 属 の 『十 誦 律 』 と対 応 す る こ と と な る 。 『四 分 律 』 と 『十 誦 律 』 とを 厳 密 に 比 較 す る と,例 え ば 前 者 が 和 尚,後 者 が 和 尚 ・阿 闍 梨 と の 若 干 の 相 違 が あ り,こ の 引 用 文 は ど ち ら か と言} ば 前 者 と一 致 す る が,こ の 様 な 差 異 は 訳 出 上 の 要 素 も十 分 に 考 慮 に 入 れ な け れ ば な らず,決 定 し難 い と考}る 方 が 妥 当 で あ ろ う。 い ず れ に して も,こ の 引 用 一57一
文 か らは 『四分 律』 か 『
十 誦 律 』 かが 指 示 され て い る も の と考 え られ よ う。
⑦ 尚,こ の 引 用 文 はTib訳 偸7伽 τ伽 碗9α)/YYI.._も所 引 さ れ て い る が,そ こ で は evamanyonyanisritahsukhinobhavisyantiの 部 分 は 記 され て い な い 。 〔3〕vinaye 続 い て 他 の1例 で あ る が,こ れ は 原 文 引 用 で は な く 「シ ュ ラ ー ヴ ァ ス テ ィ ー の 識 師 の 因 縁 談 が 述 べ られ て い る」 と紹 介 さ れ て い る に 止 ま っ て い る 。 諸 律 を ●o 眺 め る と,例 え ば 『四 分 律 』 巻9,『 五 分 律 』 巻4,『 十 誦 律 』 巻8,『 摩 訶 僧 ⑪ ⑫祗 律』 巻11,『 根 本 有 部 毘 奈 耶 』 巻22等 の 如 くに す べ て の 律 に お い て 識 師 の因
縁 談 が説 示 され て お り,各 々に 若干 の相 違 点 は存 在 す る もの の, 、この 引用 文 か
らは どの律 の因 縁 談 を 指 して い るか は不 明 で あ る。
以上,律
に関 す る例 を 見た が,こ
れ よ りMKVの
所 属 部 派 は 化地 部 で な い
こ とは確 実 で あ り,そ して不 確 実 の要 素 は残 るが 法 蔵 部 か 説 一
一切 有部 で は な い
か とい った 見 解 が 提 示 され る。但 し,今 日現 存 は して い な い が,可 能 性 として
広 律 を 具 え て い た と考 え られ る飲 光 部,正 量 部 等 ち考 慮 に 入 れ る必 要 が あ るか
も知 れ な い 。
3
こ こ で は 経 典 名 が 明 記 さ れ た 引 用 文 を5例 取 り上 げ て 以 下 で 吟 味 す る 。 〔1〕Karmavibhangasntra yathacoktamB加9α η磁6α 励 α79dg翩6Kα 跏 αη∫6鰄9α5觀a tasyakhalupunarAnandapudgalasyanyajatikrtamvakarmapratyu-pasthitambhavati.maranakalevarnithyadrstih.(pp.46-47) こ れ は ヤ マ の 世 界 に 生 じ さ せ る 業 と は 何 で あ る の か を 説 く 段 で 引 用 さ れ る 。 こ の 引 用 文 はTib訳Karmavibhangaに も 見 い 出 せ る が,そ こ で は 経 典 名 は 明 示 さ れ て お ら ず,た だ100巻 本 のNiii(brgyabsduspa'imdolas)と 述 べ ら れ て い る に 過 ぎ な い 。 bcomldan'daskyiskundga'bolabka'stsalpa.kundga'boganzaglala tsherabssnamalabyaspa'ilasnebargnaspargyurtam,tshe'phoba'itshelogparltabargyurpabstanno(TTP.vol.39118-5-4∼5) (訳)実 に 又 ア ー ナ ソ ダ よ,こ の 人 が 他 の 世 に お い て 為 した 業 が 現 世Y'現 わ れ た の で あ り,臨 終 の 時 に 邪 見 を 伴 な う よ うに な っ て い る 。' こ のKarmavibhangasutraの 対 応 経 典 は Mahukammavibhangasutta(MN.136vol.IIIpp.207-215) 「分 別 大 業 経 」(r中 阿 含 』171経,大 正1・706b-709a)
ゆ
UpayikaThu4b$-11b2)⑭
を 挙 げ る こ とが で き る が,そ の 他 関 連 資 料 と してAbhidharmakosabhasyaと ⑮ そ の 註 釈 書Abhidharmakosavyakhyaと カミ知 ら れ る 。た だ,経 典 名 に 関 し て 上 記 の 経 典 嫡 す べ てMaha一 が 付 さ れ て い る の に 対 し,こ の 引 用 経 典 名 は 付 さ れ て い な い 点 に 相 違 が 見 ら れ る 。 故 に,こ れ ら を 対 応 経 典 と 速 断 す る こ と に は 問 題 が あ り,こ の こ と は 引 用 文 と 上 記 経 典 と の 対 応 個 所 が 一 致 を 見 な い 点 か ら も 言 い 得 る 。 今,Mahakammavibhangasuttaを 例 に と り,文 脈 上 対 応 す る で あ ろ う 個 所 を 示 す 。 tatr'Ananda… …(中 略)・ 一 ・ pubbeva,ssata血katamhotipapakammamdukkhavedan3yam,pacchava,ssa tamkataxnhotipapakammamdukkhavedaniyam,maranakaleva'ssahoti micchaditthisamattasamadinna;(MN.vol.IIIp.21411.8-11,p.21511.7-10) こ の 文 は 衆 生 を4種 に 分 類 し,そ の 中 悪 業 を 離 れ て 来 世 に お い て 悪 趣 に 生 じ る ⑰人,又 悪 業 を 行 ない来 世 に お いて 悪 趣 に 生 じる人 を説 く個 所 に記 述 され て い る
が,引 用 文 が対 応 す る とす るな らば この 個 所 以外 に考 え られ な い。 引 用 文 は 大
変 短 い為
対 応 関 系 を厳 密 に論 じる こ とは で きな い が,文 脈 上 か らは類 似 は し
て い る もの の 文 章構 造 上 引用 文 の前 半 部分 が 異 な って い る もの と言 わ なけ れ ば
な らな い。MKV所
引 のKarmavibhangasutraは
上 記 経 典 と全 く異 な った系
統 の経 典 な のか,同 系 の経 典 な の かは 判 断 しか ね るが,仮 に 同系 との前提 に 立
脚 す るな らば,上
記 経典 等 とは異 な った 伝 承,即
ち根 本 有 部系 のUpayika,
説 一 切 有 部 系 と言 われ る 「
分 別 大 業 経 」 と相違 した伝 承 と考}7Lざるを 得 ない 。
尚,Tib訳Karmavibhangaも
経 典 名 が 不 明 記 の 為 そ の名 を 知 る こ とは で き
一59一な い が,MKVと
同一 線 上 に お い て伝 承 され た1勲 解 脇励1漉9α5励 ㍑ を所 引
して い る。
ノ
〔2〕Sr議mapyaphalas瓧ra Sramanyaphalasutre`tyayadesanamkrtam.pratisamdadhatikusalamu-lani.tenamaranakalecittamprasaditam.asthibhirapiBuddham Bhagavantamsaranamgacchami.saupapannamatraevacyavati. (pp.149-50) こ れ は 地 獄 に 墜 ち て も す ぐ に 生 ま れ 変 る 業 を 説 く 段 で,そ れ を 阿 闍 世 王 を 例 に と り,そ の 因 縁 談 を 論 じ る 申 で 引 用 さ れ る 。 こ の 引 用 文 はTib訳 翫7フ πα拡 bhangaに も 見 い 出 す こ と が で き る が,そ れ を 以 下 に 示 すO semsmyosparbyaspadandgesbyongi'brasbu'imdolas sdigbragstodgeba'irtsababragspadantshe'phokarruspayancadkyan sansrgyaslaskyabssumchi'ozesgsolbaltabuste,deskaddusintomi bzadlasrnamsbyaspanibdaglasmoddanrabtobragspadansdomparbyed pasdedagsrabs'gyurgyissintortsanasphyincesmismra'o. (TTP.vol.39119-3-6∼7) (訳)罪 を 懺 悔 し て 善 根 を 積 み,死 に 際 し て 骨 に な っ た 後 で も 仏 に 帰 依 す る と願 う如 くで あ っ て,,そ の よ う),YY`非常Y'恐 し い 業 を 為 す 場 合,自 を 戒 め,よ く 懺 悔 し て, そ し て 持 戒 を 為 す こ と に よ っ て,こ れ ら を 少 な くす る か ら と い っ て も 完 全 に 根 本 的 に 無 くな っ た と は 言 え な い 。 両 者 を 比 較 す る と,MKVの 引 用 文 に はTib訳Karmavibhangaの 引 用 文 の 後 半 部 分,即 ちdeskaddu5121tumibzadlasrnamsbyaspani以 下 が 述 べ られ て い な い が,前 半 部 分 は ほ ぼ 合 致 す る 。 今 こ こ でTib訳 瑜7解 αη∫・ bhangaに 所 引 さ れ て い る 経 典 を 列 挙 す る と, Kalikasutra(Nagpoyodpa'imdo) , Nandikasutra(senge'iskyesba'irabs) Karmavibhangasutra(尚,先 述 し た 如 く,こ れ はbrgyabsduspa'imdo と 表 記 し て い る に 過 ぎ な い) 自rama阜yaphalasutra(dgesbyongyi'brasbu'imdo) 6yamakajataka((d)karsamgyiskyespa・irabs)Mahakarmavibhanga所 引 の経 ・律 に つ い て Cakravartisutra('khorlosgyurba'imdo) で あ る が,そ の 他 に 経 典 名 が 記 さ れ て い な い 引 用 も若 干 認 め られ る 。 こ れ ら の 引 用 文 はMKVの そ れ と よ く一 致 して お り,こ の こ とはMKVとTib訳 Karmavibhangaと が 同 一 経 典 を 依 所 と して 引 用 して い る こ とに 他 な ら な い 。 ノ と こ ろ で 論 を 元 に 戻 す と,Sramanyaphalasutraの こ の 引 用 文 もTib訳 の 後 半 の 部 分 が,後 続 す る も の と推 定 さ れ る 。 ノ さ て,SramanyaphalasutraYこ 関 連 す る 資 料 は 次 の4点 で あ る 。 8跏zα 伽 曜)halasutta(DN.Ipp.47-86) 「沙 門 果 経 」(P長 阿 含 』(27)大 正1・107aff.) r仏 説 寂 志 果 経 』(大 正1・270cff.) r増 一 阿 含 』 巻39(7)(大 正2・762a-764b) こ れ ら4資 料 と 上 記 の 引 用 文 と の 対 応 関 係 は 存 在 し な い が,文 脈 上xて 対 応 す る で あ ろ う個 所 を 挙 げ る な らSamannaphalasuttaで は 第99節 の 阿 闊 世 王 が 世 尊 に 懺 悔 告 白 す る 部 分 が そ れ に 該 当 す る 。 SowhambhanteBhagavantamsaranamgacchamidhammancabhikkhu-sam-ghanca,upasakammamBhagavatadharetuajjataggepanupetamsaranam gatam.(DN.Ip.8511.12-15) ⑱ 「沙 門 果 経 」 で は 又 白レ仏 言 。 我 今 再 三 帰三依仏_帰 三依 法_。帰 三依 僧_。 唯願 聴 下我 於二正法 中_為 中優 婆 塞 上。自今已 後 尽 二形 寿_不 殺 不 盗 不 婬不 欺 不 飲 酒 。(大 正1・109c) と あ る が,両 者 と も 引 用 文 と表 現 を 異 に して い る こ と が 判 る。 こ の 他 の 関 連 資 ⑲
料 と して 『四分 律 』 雑 健 度 に説 か れ る 「
沙 門果 経 」 に 相 当す る部分 が存 在 す る
が,こ れ は8易 伽 競 妙 加Zα3π'宛の第40-98節
に 一致 して い るの で あ り,今 問
題 と して い る個 所 は残 念 な が ら見 る こ とが で きな い。 又,こ れ に 比 定 され る梵
.,文 断 片 も存 在す るが,こ れ も第71-81節
に対 応 す る のみ で,同 様 に 比較 し得 な
⑳い 。更 に 『
摩 訶 僧 祗 律』 に も4回 引 用 され て い るが,こ
こに も該 当 す る個 所 は
存 在 しな い 。 そ して,又,阿
闍世 王 伝 説 に 関 す る諸 文 献 に お い て も この引 用 文
の如 き記 述 表 現 は 見 い 出 し得 な い。 いず れ に して も,こ の 引用 文 は パ ー リ文 献
は勿 論 の こ と 『
長 阿含 』 の 「
沙 門果 経 」 に も 『仏説 寂 志果 経 』,『 増 一 阿含 』・
-61一
と も全 く異 な る伝 承 と して 位 置 付 け られ な けれ ぽ な らな いで あ ろ う。
ノ
(3)Sivalakasntra 〔A〕yathaca6勿 あZα々α5露彡プ6Bhagavatoktam. tamevamgrhapatiputramatapitaraupancasusthanesupratyupasthitau pancasusthanesupratisthapayatah.tasyapunargrhapatiputramata- pitrbhyamanukampitasyapurusapudgalasyavrddhirevampratyasam-sitavya・ .(P・56) こ の 引 用 文 は 両 親 に 対 し て 孝 養 を 尽 す と い う 段 で 説 れ る 。 こ れ はSingalova・ dasuttantaの 一 部 分 に 比 定 す る こ と の で き る 引 用 文 で あ る 。MKVに は 更 に そ れ に 比 定 し 得 る 個 所 が 他 に 存 在 し て い る 。 そ こ で は 経 典 を 引 用 す る と い っ た 表 現 で は 示 さ れ て お ら ず,話 の 中 に 組 み 込 れ た 形 で 説 示 さ れ て い る 。 そ れ を 示 す と 以 下 の 如 く で あ る 。 (B)matapitarahpancasthananipratyasaxnsamanahputramicchanti. samvardhitonovrddhibhutanpalayisyatikaryamcakarisyatidravyas-vamicabhavisyati.kalagatana血capitrpindamdasyati.kulavamsas cacirasthitikobhavisyati.inianipancasthananipratyasaxnsamana matapitarahputramicchanti.(P.59) 尚,経 典 中 に お け る 本 来 の 順 序 は 〔B〕 〔A〕 で あ ろ う こ と は 他 の 関 連 資 料 か ら 判 断 し 得 る 。 〔A〕 〔B〕 に 対 応 す る 関 連 資 料 は 以 下 の5点 で あ る 。 5魏g認 αひあ伽 一5初如 撹 α(DN.IIIpp.180-193) 「善 生 経 」(r長 阿 含 』16大 正1・70a-72c) 厂善 生 経 」(P中 阿 含 』135大 正1・638c-642a)⑳
『仏 説 尸 迦 羅 越 六 方 礼 経 』(大 正1・250c-252b) 『仏 説 善 生 子 経 』(大 正1・252b-255a) こ れ よ り 〔A〕 〔B〕 各 々 を 対 応 個 所 と比 較 す る こ と に よ つ て,そ の 資 料 的 意 味 を 考 察 す る 。 〔A〕に 対 応 す る 部 分 は 8魏9屍Zo瘢4σ 一S.Mahakarmavibhanga所 引 の経 ・律に つ い て Imehikhogahapati-puttspancahithanehiputtenapuratthimadisamata-pitaro paccupatthitaimehipancahithanehiputtamanukampanti.Evamassnesa puratthimadisapaticchannahotikhe皿aappatibhaya.(DN.IIIp.18911.14-17) 長 阿 含 厂善 生 経 」 善 生 、 夫 為 二人 子_。当下以二此五 事_敬 副躓父 母x。父 母 復 以e五 事_敬 三視 其子_。… …則 彼 方 安 穏 無 レ有二憂畏_。 團(大 正1・71c) 中 阿 含 「善 生 経 」 子 以 二此五 事 奉三敬 供 三養 父母_。… … 父母 亦 以二五事_善 念二其子_。居 士 子,如V是 東方 二 倶 分 別。 居 士子 、 聖 法 律 中東 方 者 、謂 子 父父 母 也 。居 士 子 、若 慈三孝 父 母_者 必有 二 増 益_則 無 二衰 耗_。(大 正1・641a) 『仏 説 善 生 子 経 』 是 為 東 方 二 分所 欲 者 。 得 古 聖制 法 。 為子 必孝 。 為 父 母 慈 愛 。 士 丈 夫 望 益。 而 善 法不 衰 。(大 正1・254a) 『仏 説 尸 迦 羅 越 六 方 礼 経 』 に は 該 当 部 分 は 存 在 し な い 。 尚,両 「善 生 経 」 中 の … … は 父 母 が 子 に 対 して 慈 愛 す る5点 が 説 か れ る 部 分 で あ る。 比 較 す る と,先 ず こ れ ら の 経 典 が 東 西 南 北 上 下 の6方 中,東 方 に 配 せ られ る 父 母 を 礼 拝 す る と 説 く如 く,東 方(puratthimadisc)を 明 示 し て い る の に 対 し,.〔A〕 に は 全 く 示 さ れ て い な い 点 を 除 く とほ ぼ 文 脈 上 一 致 す る 。 特 にSingalovada-S.と,又 漢 訳 出 上 の 問 題 は あ ろ うが,『 仏 説 善 生 子 経 』 と は 子 が 父 母 に 奉 仕 し,父 母 が 子 を 慈 愛 す る各 々5点 を 説 い た 後 で,ま と め て 述 べ られ る と い う文 章 構 成 上 に お い て 一 致 して い る。 但 し,Singalovada・S.を 見 る 限 り,言 語 及 び 文 章 表 現 に 大 き な 隔 た りが 認 め られ る 。 次 に 〔B〕は 子 が 父 母 に 対 して 奉 仕 す る べ き5点 を 説 い て い る部 分 で あ る が, こ の5点 を 関 連 資 料 の 対 応 個 所 と関 係 付 け て 比 較 す る と次 の 如 くで あ る。 尚, ()内 の 数 字 は 説 示 さ れ て い る 順 番 を 示 す 。 (1)sa血vardhitonovrddhibhutanpalayisyati Singalovada-s,:(1)bhatonesambharissarni (2)karyamcakarisyati Singalovada-s.:(2)kiccamnesamkarissami 長 阿含 「善 生 経 」:(2)凡 有 二所 為_先 白二父母_ 申 阿含 「善 生 経 」:(2)備 三辮 衆 事_ 一63一
『善 生 子 経 』:(2)唯 修 責 負 (3)dravyasvamicabhavisyati Singalovada-s,:(4)dayajjampatipajjami 長 阿 含 「善 生 経 」:(1)供 奉 能 使 。無 。乏 中 阿 含 「善 生 経 」:(1)増 三益 財 物_ (4)kalagatanamcapitrpindamdasyati Singalovada-S,:(5)petanaxnkalakatana甲!dakkhi阜alpanuppadassami 中 阿 含 「善 生 経 」:(5)所 有 私 物 尽 以 奉 上 『善 生 子 経 』:(4)唯 従 供 養 (5)kulavamsascacirasthitikobhavisyati Singalovada-s.:(3)kulavamsamthapessami 長 阿 含 「善 生 経 」:(5)不 レ断 二父 母 所 為 正 業_ 以 上 は 〔B〕 の5点 に ほ ぼ 対 応 す る で あ ろ う個 所 を 挙 げ た が,こ の 中Singalo-vada-s.の(3)は 果 し て 対 応 す る か は 疑 問 が 残 る 。 長 阿 含 「善 生 経 」(3)父 母 所 為 恭 順 不 レ逆(4)父 母 正 令 不 二 敢 違 背_、 中 阿 含 「善 生 経 」(3)所 欲 則 奉(4)自 恣 不 レ 違, 『仏 説 善 生 子 経 』(1)念 思 惟 報 家 事(3)唯 解 勅 戒(5)唯 歓 父 母 は 〔B〕 と 対 応 し な い か,或 い は 決 定 し 難 い も の で あ る 。 『仏 説 尸 迦 羅 越 六 方 礼 経 』 は 訳 出 上 に 種 kの 問 題 点 が あ ろ う が,全 く 異 な っ た ら5点 で あ る と し か 理 解 で き な い 程 相 違 ノ し て い る 。 い ず れ に して も,Sivalakasutraは 〔B〕を 見 る限 り,他 の 関 連 資 料 と は 異 な っ た 伝 承 上 に 定 立 され るべ き性 格 を 有 して い る こ と が 判 る が,し か し 一 連 の文 献 と 同 種 の 経 典 で あ る こ とに 間 違 い の な い こ と も 事 実 で あ る 。 さ て,こ こ で 更 に 一 つ の 関 連 文 献 を 見 い 出 す こ と が で き る 。 そ れ は トル フ ァ ン 出 土 のS4ikhalakasutraで あ る 。 こ の 写 本 は 完 全 で は な い 為 そ の 全 容 を 知 る こ と は で き な い が,〔A〕 〔B〕 に 対 応 す る 部 分Kat.-Nr.412(26-27)を 以 下 に 示 す 。 26(Lii11) R 1十 十 十 十 十(grha)〔pa〕tip(u)tradis〔ah〕 十 十 十 十 十..1〃 2-}一 一1--1--1-(matapi)taraudrastavyamtenaputr(e)namat(a)一}一/// 3十 十(pariharta)vyamkaQtamaipamcabhihsammana十/// 4十 十 十 十..capamcam〔am〕paOda〔 耳1bh〕avatilt〔e〕naputrena〃!
5十 十 十 十 十(ridhrtammat(ap)(i)(ta)ram=apitamputra(m)pamcabhih stha(n)ai/// 6十 十 十 十 十n=apy=avaram=asyabhavatiIa〔tr〕.十 〔m〕e..十 十 十 十 〃/ 27(Liz12) V 1十 十 十 ・十 十 十 十 十 十 十 十S.yatiieva十 十 十 十 十 十 十 十 十 十 十 〔P〕rat(i)c〔cha〕nna 〔bha〕(va)〔t〕(i)Ipu(r)〔v〕(a)〔kha〕ludigary(e)dha(rmavillaye)十
2十 一1--f--1--1-十 一E--f-十十 十vammatapitrka(1).十 十 一1-..-f--1--F-十 一i--f-pitasya
pudgalasyavrddhi(r)=evapratikam(ks)itavya(ku)(salanam) 3-1--F--1-十 十 一1-十(yathakha)(lu)daQksinadig=evamant(evasina)(a)caryo drastavyahten=ante(va)sinaa(ca)ryahpamcabhihstha(naih)十 4-6(略)(pp.55-57) 見 て 判 る 様 に 半 分 近 く が 欠 損 し た 写 本 で あ る の で 厳 密 に は 比 較 で き な い が,先 ず 〔A〕 と の 対 応 部 分 を 見 る と,V-2にmatapitrka〔1〕+++..++++++ pitasyapudgalasyavrddhi〔r〕evapratikam〔ks〕itavyaと あ り,こ れ は 〔A〕 のanukampitasyapuru§apudgalasyavrddhireva血pratyasamsitavyaと ほ ぼ 一 致 す る 。 こ の 部 分 はmatapitr(bhyam)kal(yanamanasapratyanukam> ⑳ pitasyapudgalasyavrddhirevapratikamksitavyaと 復 元 さ れ て お り,両 者 を 見 る と,pudgalasyaとpurusapudgalasya,prati4kahk§ とprati46alpsの 差 異 の 他,kalyanamanasaの 有 無 と い っ た 相 違 が 認 め られ る。 し か し,こ の 相 違 は8∫ カg∂Zo滋4α 一5.の 場 合 と比 べ て 僅 小 で あ る 。 〔B〕 の 対 応 部 分 に 関 して はRの 右 側 が 欠 損 して い る こ と に よ り大 半 が 欠 落 して い る 為 定 か で は な い が,R-4前 後 が 該 当 個 所 で あ ろ う。 しか し,語 字 数 か ら判 断 し てR-4前 後 の ど れ か の 語 句 に 対 応 す べ き で あ ろ うが,,そ うで な い と こ ろ を 見 る と差 異 の 存 在 が 示 さ れ て い る も の と見 る こ とが で き る か も知 れ な い 。 と こ ろ で,こ れ ら一 連 の 経 典 の 原 題 名 は8魏9記o扼 伽 鋤 如 漉 α と して 一 般 的 で あ っ た が,こ こ で 新 た に3動 記 罐 α5魏勉 とSikhalakasutraな る題 名 の 存 在 を 知 っ た 。 そ こ で,今 少 し こ の 問 題 に 触 れ て み た い 。Singalovadaは 写 本 に よ っ てSingala,或 い はSigalaと な っ て い る こ と,註 釈 書 の す べ て の 写 本 に 一65一
ゆ
はovadaが 省 か れ,そ し てSingalovada-s. .の 註 釈 書 名 がSigalakasutta一
ノ
vannanaと な っ て い る こ と を 考}る 時,語 形 上,SingalovadaとSivalaka, 盒khalakaの 隔 た りが 解 消 さ れ る よ うで あ る 。 即 ち,Sigalaka,Sivalaka,Si-khalakaと い っ た 語 形 上 ほ ぼ 同 形 の 題 名 が 並 列 す る こ とに な る 。 こ の 中,Siga一 ノ lakaとSivalakaと は9とvの 語 の 変 換 が 言 語 的 に 可 能 で あ る こ と か らす れ ば,両 者 は 同 形 に な る 可 能 性 が 存 在 す る 。 一 方,khは9,マ と 変 換 は 無 理 の よ うで あ る の`Z,6ikha1・k・ は 嫡 に 蠏 す べ き か 決 断 囃 い. .こ と℃ こ の経 典 の原 題 名 に つ い て考 察 す る こ とは本論 の 目的 で は な い の で差 し控 え るが,
「
善 生 」 の 原 語 は何 で あ るか につ いて は興 味 深 い。 これ に関 して も決 定 し難 い
カ㍉3様
噬
名 に 限 って選 択 力滸 され る な ら貳
語 義 上 に よ りSival・k・ が よ
り適 切 で は ない か と想 定 し得 る で あ ろ う。
以 上Sivalakasutraの 一 部 を 他 ゐ 関 連 資 料 と比 較 し た が,そ れ は い ず れ と も 多 少 を 含 め ℃ 相 違 し て い る こ と か ら,そ れ ら と は 異 な っ た 伝 承 上 に 定 置 さ れ る と 考}て 良 い で あ ろ う。 〔4〕1)aksinavibhangasutra yathahaBhagavanDa"ksinavibhangasutre. yathanandapudgalahpudgalamagamyaBuddhamsaranamgacchati dharma血samghamsaranamgacchatiyathoktanicasiksapadanivak-tavyani,tenanandapudgalenatasyapudgalasyanasakyampratikartum. yadidamabhivadanapratyutthanamatrena'(p.61) こ の 文 は 父 母 と 子 の 関 係 は 弟 子 と 阿 闍 梨 ・和 尚 と 同 様 で あ る と説 く段 に お い て 引 用 さ れ る 。Daksinavibhangasatraの 関 連 資 料 は 次 の3点 で あ る 。 Dα 競 吻 伽 伽 αカgα 翩 彡α(MN.IIIpp.253-257) 厂罌 曇 弥 経 」(r中 阿 含 』180大 正1・721c-723a) r仏 説 分 別 布 施 経 』(大 正1・903b-904b) 今,こ の 引 用 文 と の 各kの 対 応 個 所 を 示 す と, Dakkj吻avibhanga-s.は Yamh',Ananda,puggalopuggalamagammaBuddhamsaranaxhgatohoti,dhammamsaranamgatohoti,samgharinsaranaxngatohoti,imass',Ananda, puggalassaiminapuggalenanasuppatikaraxnvadamiyadidaxnabhivadana- paccupatthananjalikammamsamicikammamcivarapindapatasenasanagilana-paccayabhesajjaparikkharanuppadanena.(p.254) 「罌 曇 弥 経 」 は 阿 難 。 若 有 。人 因 。人 故 得 三自 帰 二於 仏 法 及 比 丘 衆_。 不.疑 二三 尊 苦 習 滅 道_。 成 三就 信 戒 多 聞 施 慧_。 離 。殺 断 二殺 不 与 取 邪 婬 妄 言_離 。酒 断V酒 者 。 此 人 供 三養 於 彼 人_至 二尽 形 寿_。 以e飲 食 衣 被 床 榻 湯 薬 及 若 干 種 諸 生 活 具_不 。得 二報 恩 一。(722a) 『仏 説 分 別 布 施 経 』 は 阿難 当 知 。 所 有 補 特 伽羅 能 起 浄 信心 。 帰 依仏 法 僧 者 甚 為難 事 。 又 復 能 持不 殺 不 盗不 婬 不妄 不 飲 酒 等近 事 戒法 。 如 是補 特 伽 羅 転 復難 作 。 何況 於 仏 世 尊 。 合 掌恭 敬 而 行布 施 。施 已 浄 信於 仏 無 疑 。及 法 僧 伽亦 無 疑 惑 。(903c) で あ る が,こ れ ら を 比 較 す る と,こ の 引 用 文 は 上 記 の 個 所 と文 脈 上 ほ ぼ 対 応 し て い る こ と が 判 る が,し か し差 異 も存 在 す る。 特
にabhivadanapratyutthana-matrenaの 部 分 が 他 経 と 異 な る 。 例 え ば,Dakkhinavibhanga-s.で のsemi・
cikamma血 以 下 のkの 施 与(anuppadana)が 存 在 し な い 。 他 方,漢 訳2訳 とそ の 引 用 文 に あ る 戒(siksapada)の 記 述 はDakkhinavibhanga-s.に は 見 ら ⑳ れ な い 。 こ の 様 に,こ れ ら は 三 者 三 様 の 如 く 各k多 少 の 差 異 が 認 め ら れ る 。 (5)R,ajokirnaka 言α'ατ丿〃96あ9α 〃3θP㍑58π の げ彡5α物 ツπ々'θ卿R易 ブ砂 αん7r解α々αz海滋 彫 α5鋭 ㍑ 〃義 (中 略) dhana血dhanyamjatarupamgavasvamanikundalam dasakarmakarabhrtyayecanyeanujivinah mriyamanasyananvetinapiadayagacchati. yattenakrtambhavatikalyanamathapapakam taddhitasyasvakambhavatitaccaadayagacchati. tasmatkurutapunyanamnicaya血samparayikam punyaniparaloke`sminpratisthapraninamsmrta grhetisthatikayo`ya血smasanepriyabandhavah -67一
sukrtamduskrtamcaivagacchalltamanugacchati.(pp.70-71) こ れ は 裕 福 で は あ る が 慳 吝 に な る 業 と は 何 で あ る か を 説 く 段 で,そ の 例 と し て 引 用 さ れ る 。 散 文(中 略 の 部 分)部 分 は 原 典 を そ の ま ま 引 用 し て い る と い う よ り筋 立 て を 失 な わ な い 程 度 に そ の 一 部 を 抄 出 し て い る か,或 い は 取 意 し た も の と の 疑 問 も 残 る の で,こ こ で は 偈 文 の み を 取 り上 げ,他 の 関 連 資 料 と 比 較 を 試 み る 。 こ の 経 典 の 関 連 資 料 は 次 の3点 で あ る 。 AputtakaESN.III2・10pp.91-93) r雑 阿 含 』1233経(大 正2・337b-338a) P別 訳 雑 阿 含 』60経(大 正2・394a-c) 今,こ こ でAputtakaとr雑 阿 含 』 の 偈 文 を 示 す 。 Dhannamdhanamrajatamjatarupam pariggahamvapiyadatthikinci dasakamrnakarapessayec-assaanugivino sabbamnadayagantabbamsabba卑nikkhippagaminam yancakarotikayenavacayaudacetasa tamhiLassasakamhotitancaadayagacchati tanc-assnanugamhotichayavaanapayini tasmakareyyakalyanamnicayamsamparayikam punnaniparalokasminpatitthahontipaninan(p.93) 時 波 斯 匿 王 念 。彼 悲 泣 。 以 。衣 拭.涙 而 説 。偈 言 財 物 真 金 宝 象 馬 荘 厳 具 奴 僕 諸 僮 使 及 諸 田 宅 等 一 切 皆 遺 棄 裸 神 独 遊 往 福 運 数 已 窮 永 捨二於 人 身_ 彼 今 何 所 有 何 所 持 而 去 於 二何 事_不 。捨 如 二影 之 随7形 爾 時 世 尊 説 レ偈 答 言 唯 有 二罪 福 業_若 人 已 作 者 是 則 己 之 有 彼 則 常 持 去 生 死 未 二 曽 捨_如e影 之 随7形 如 三人 少 資 糧 渉v遠 遭 二苦 難_ 不 。修 二功 徳_者 必 経 二悪 道 苦_如 二人:豊 資 糧 安 楽 以 遠 遊_ 修 徳 淳 厚 者 善 趣 長 受v如 二人 遠 遊 行 歳 久 安 隠 帰_ 宗 親 善 知 識 歓 楽 欣 集 会 善 修 二功 徳_老 此 没 生 二他 世_ 彼 諸 親 眷 属 見 則 心 歓 喜 是 故 当 二修 福_積 集 期 永 久 福 徳 能 為.人 建 三立 他 世 楽_福 徳 天 所 。歎 等 修 二正 行_故 現 世 人 不 。毀 終 則 生 二天 上_(337c-338a)
Mahakarmavibhanga所 引 の経 ・律 に つ い て 『雑 阿 含 』 の 偈 は 前 半 が 波 斯 匿 王 の 説 い た 偈 で 後 半 が 世 尊 の 答 え 説 い た 偈 と前 後 半 に2分 さ れ て い る の に 対 し,こ の 引 用 文 とパ ー リ文 は 偈 す べ て が 世 尊 の 説 示 と し て い る 点 が 顕 著 な 相 違 で あ る 。 前 半 部 で は 『雑 阿 含 』 とパ ー リ文 が 一 致 し て い る の に 対 し,こ の 引 用 文 は パ ー リ文tanc-assaanugamhotichayava anapayiniに 該 当 す る部 分 は 存 在 し な い 。 又,後 半 部 分 で は 『雑 阿 含 』 は こ の 引 用 文 と パ ー リ文 に 比 べ て そ の 内 容 は 相 当 増 広 さ れ て い る よ うで あ り,大 き な 差 異 が 見 ら れ,更 にMKV所 引 の こ の 偈 文 の 最 後 の2行 は パ ー リ文Vrも 『雑 阿 含 』 に 見 られ な い こ と が 知 れ る 。 以 上 に 見 られ る 偈 文 の こ の 様 な 差 異 は 三 者 各kの 伝 承 の 相 違 を 端 的 に 明 示 した も の と解 し て よ い 。 こ の 引 用 文 の 直 前 に は こ の 経 典 中 に 説 か れ る 因 縁 談 が 取 意 さ れ 説 明 され て い る が,そ こ で こ の 物 語 の 主 人 公 名 がHillisalaと な っ て お り,こ の 点 で もr雑 阿 含 』 で の 摩 訶 男,パ ー リ文 で の 単 な る 普 通 名 詞setthi-gahapatiと 相 違 す る。 しか し,こ のHillisala な る名 前 は 他 の 仏 典 か ら も 定 か で は な い 。 こ の 引 用 偈 文 を 韻 律 上 よ り考 察 す る 時,最 初3行 は 変 則6句,そ れ 以 後 は4句 のslokaと 見 做 せ る が,一 方 で 若 干 崩 れ たmatrasamakaと も 解 せ る 。 パ ー リ偈 文 は 最 初 の2行 はtristubhで あ り,そ れ 以 後 はsloka形 を 呈 して い る が,両 者 と も一 定 の 韻 律 で は 解 釈 で き な い 特 異 形 を 有 して い る。 と こ ろ で,引 用 に 際 し て §atavargeA.gameと 記 述 さ れ て い る が,こ れ は か つ て 存 在 した と考}る 梵 文 経 典Samyukta-,_.を 意 味 す る の で は な い か
ゆ
と推 定 さ れ る が,こ の 用 例 は 先 述 したKarmavibhangasutraYこ も 見 られ,Tib 訳Karmavibhangaに も そ こ でbrgyabsduspa'imdoと 記 され て い る こ とを ノ 考}合 わ す 時,こ のSatavarge.:.… は 単 にSamyukta-agamaを 意 味 す る も の とは 考}ら れ な い 。 む しろ,こ れ らを 伝 承 す る部 派 が 有 し て い た 未 知 の 聖 ⑳典 を 指 示 して い る も の と考 え る方 が妥 当 で あろ う。
4
こ こで は,経 典 名 が不 明記 で 引用 され て い る例 を若 干 取 り上 げ 考 察 す る。
〔1〕 外 国 で報 いを 受 け る業 とは何 で あ る のか とい う段 で,そ の因 縁 談 と して
.'取 り上 げ られ る 。 こ の 場 合 は 他 例 がsutreと の 表 記 で 引 用 さ れ る に 対 し, ⑳ yathaBhagavankathayatiと さ れ,異 な っ て い る。 こ の 原 文 は 非 常)'Y長 文 に 及 び,こ こ で は 記 載 が で き な い 点,そ して,そ れ が 原 典 か ら の 引 用 な の か 取 意 な の か 定 か で な い 点 よ り,そ の 筋 立 を 中 心 に した 関 連 資 料 と の 比 較 に よ っ て, そ の 特 徴 を 挙 げ る の に 止 め る。 関 連 資 料 を 示 す と以 下 の 如 く で あ る 。 Valahassajataka(J.19611pp127-130) Catudvarajataka(J.4391Vpp.1-6) 「商 人 求 財 経 」(r中 阿 含 』136大 正1・642a-645b) こ の 経 典 が 如 何 な る 内 容 を 有 し て い る か 示 さ な け れ ぽ な ら な い が,「 商 人 求 財 経 」 の筋 の 大 略 を 示 す こ とに よ り,そ れ と の比 較 に よ っ て 明 か に した い 。 干 潟 ⑫ 博 士 が 巧 み に そ の 大 略 を 示 さ れ て い る の で,こ こ で は そ れ を 用 い る こ と に す る 。 1昔 多 くの商 人 の一 団が 財 宝 を求 めて 船 で大 海 に 出た。 2大 海 中摩 竭 魚 の為 に破 船 し一 島(そ れ は羅 刹 鬼 女 の 島)に 漂着 した 。 3そ の 海浜 に多 くの 美女(実 は羅 刹 鬼 女)出 で,誘 惑 し各kそ の 家居 に連 れ て行 き, そ こで 悦楽 合 会 して児 を 生 ん だ 。 4た だ 彼女 らが 家 に行 く途 中 云 った 言 葉 の 中IY,厂 この 島 の南 の 方へ は決 して 行 くな」 とい うこ とが あ っ た。 5一 人 の知 恵 あ る商 人,そ の 言葉 を 思 い 出 してい ぶ か り,一 夜 ひ そ か)'YYV南行 して行 く ほ どに,衆 人 の癌 哭 叫喚 の 声 を 聞い た 。 彼 れ進 み 見 るにそ こに は一 大 鉄 城 が あ っ て, 声 は そ の 中か らの も ので あ った 。 6そ の知 恵 人 は城 壁 の大 樹 に 上 り,城 内 を 見 るG',喘 哭 して い た衆 人 の 日,厂 自分 等 は商 人 で宝 を 求 め に海 に 出て,破 船 して この 島に 着 いた 。 美 人 共 の誘 惑 の まま に共 に 住 み児 を生 ん だが,然 し他 の破 船 漂 着 者 が 来た な らば,そ れ らを 引入 れ 新夫 と して 自 分 達を 此 城 中に 入れ てお い て 喰 うので あ る,既Yこ250人 は 喰 われ て しま った,彼 女 等 は皆 羅 刹 鬼 女 であ るぞ 」 と。 7そ の知 恵 人 曰 く 「これ よ り逃 れ る方 法 な きや 」 と,彼 等教 え て 曰 く 「我 等嘗 て天 の 声 を聞 いた 。 即 ち 「月15日 夜,驍 馬 王 が現 わ れ,「 彼 岸 に渡 ろ う と欲 す る者 あ らば 我 れ 安 穏 に渡 そ う」 と再 三 唱xら れ た 。汝 等 も この驍 馬 の 声 を 聞 いた な らば 直 ち に出 で 行 き救 い を求 め られ よ」 と。 8後 に 月15日 夜,果 せ る哉 一 驍 馬 王 来 り呼 んだ 。 彼等 は 馬 王 に乞 うた 。 馬 王 曰 く 「我 汝 等 を救 わ ん。 但 し,か の婦 人 等 は児 を 抱 き来 り汝 等 に 留 まれ とい うで あ ろ う。 汝 等 も し彼等 婦 人 児 女 に 心 ひか れ た な らば,我 が 背 中 に乗 っ て居 て も落 ち て鬼 女 等 の食 と
Mahakarmavibhanga所 引 の経 ・律 に つい て な らん 。 も し心 引 かれ ない な らば,我 が 一 毛 を 持 っ て居 て も必 ず彼 岸 に 達 し得 るで あ ろ う」。 9そ の 通 りに な った 。 MKVの 文 は 上 記 と 大 筋 に お い て ほ ぼ 一一致 す る が 興 味 深 いkの 相 違 も 呈 し て い る。 そ の 点 は1に つ い てMaitrayajnaと い う 裕 福 な 息 子 が 母 親 の 反 対 に も拘 らず,母 親 の 頭 を 蹴 っ て 大 海 に 出 た 点 で,こ れ はCatudvara;」.も 同 じ で あ る。 そ の 航 海 の 無 事 を 願 っ て 人 斎 戒 を 守 り,布 薩 を 行 な っ た 点,2に つ い て,暴 風 に よ っ て 破 船 した 点,3に つ い て,子 を も うけ た 話 は 出 て こ な い 点, 4に つ い て,北 の 方 へ 行 っ て は な ら な い と い う点,6に つ い て,衆 人 の 言 は Maitrayajnaが 行 な っ て き た 行 為 と全 く 同 様 の こ と を 告 白 し,更 に 母 親 の 頭 を 蹴 っ た こ と で 苦 しみ を 受 け て い る と告 白 す る 点 で あ り,羅 刹 鬼 女 に よ っ て 人 が 喰 わ れ る と い う話 は な い 点 。7以 下 は 「商 人 求 財 経 」 と全 く興 味 深 い 相 違 を 呈
してい £
その1の
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を示 す と,御
地獄 の衆人 と同 じ熱
綬
けるめで
は な い か と怖 れ,両 親 に 祈 りを 捧 げ,如 何 な る 境 遇 に 生 まれ よ う と 両 親 に 従 う,と の 誓 願 を 立 て,そ して 又,如 何 な る 人 が 地 獄 に 堕 ち よ う と も そ の 人 の 為 に 地 獄 に 留 ま る,と の 誓 願 を 立 て る。 す る と,先 の 衆 人 の 如 き 苦 痛 を 受 け な く て す ん だ 。 こ の こ と は 実 は 常 に 息 子 の 無 事 を 祈 る 母 親 の 願 い か ら で あ る,と 。 以 上,MKV所 引 の この 経 典 と 「商 人 求 財 経 」 と の 大 凡 の 相 違 を 見 た が, Valaha∬aj.Catudvara;」.と も異 な っ て お り,こ れ ら3種 の 関 連 資 料 各kも 差 異 が 認 め られ る。 特 に 注 意 す べ き は,「 商 人 求 財 経 」,Valahassa;」.は 馬 頭 観 ゆ音 思 想 に 関 す る前 段 階 的 資料 と位 置 付 け られ て い るが,そ の経 典 の結 末 が 馬 王
の救 済 で 南 る のに 対 し,こ の経 典 は 自己 の誓 願 と母 親 の 子 を思 う願 いが 結 末 と
な って い る点 に あ る。 この経 典 は先 述 した 如 く,外 国 で報 い を受 け る業 の因 縁
談 と して 引 用 され て い るの で あ り,こ の結 末 が 主 題 とな っ て い な い こ とを 考}
る時,同
じ筋 立 を 有 しなが ら異 な った 意 味 付 け を もつ この経 典 は3種 の関 連 資
料 と全 く異 な った 伝 承 と考}る
こ とが 妥 当 の よ うで あ る。
(2)
yathacaBhagavatasutrauktam.
-71一
〔A)①Yatobhiksavahkusalasilavantobrahmacarinahkalyanadharma-nahpravrajitaupasamkramantipancatasminkule`nusamsah pratyanusamsitavyah.katamepanca. ②ihabhiksavahupasamkrantesusilavatsucittaniprasadayanti svargasaxnvartaniyamtadbhiksavahkulamtasminsamayeprati-padampratipannambhavati. ③punaraparambhiksavahupasamkrantesusilavatsuabhivadayanti pratyuttisthanti.uccakulasamvartaniyambhiksavah.tasminsamaye pratipadampratipannambhavati.(pp.40-41) (訳)比 丘 達 よ,善 戒 を も ち,梵 行 を 行 じ,正 し い 教 え を 有 す る 出 家 老 が 近 づ ぐ 家 に は5種 の 称 讃 さ れ る べ き福 利 が あ る 。 こ の5つ と は 何 で あ るか 。 こ の 世 で 比 丘 達 よ,出 家 者 が 近 づ く時,そ の 心 が 浄 信 で あ る な ら ぽ そ の 時 比 丘 達 よ,そ の 家 族 は 天 に 生 ま れ る 道 を 歩 め る の で あ る 。 又 次 に 比 丘 達 よ,出 家 者 が 近 づ く時,礼 拝 し 迎 え る な ら ば,そ の 時 比 丘 達 よ,そ の 家 族 は 高 貴 な 家 柄)'YYL生れ る 道 を 歩 め る め で あ る 。 こ れ と 同 じ 経 典 は 更 に,大 き な 福 利 を も た ら す 業 と は 何 で あ る か を 説 く 段 で も 引 用 さ れ る 。 〔B〕 ⑤punaraparambhiksavahupa"samkrantesuS玉1avatsudanani dadantipunyanicakurvanti.mahabhogasamvartaniyaxnbhiksavas tatkulamtasminsamayepratipadampratipannambhavati.(亘.41) (訳)又 次 に,・比 丘 達 よ,出 家 者 が 近 づ く時,施 し を 与 え,功 徳 を 行 な うな ら,そ の 時 比 丘 達 よ,そ の 家 族 は 大 き な 福 利 を 得 る 道 を 歩 め る の で あ る。 こ の 引 用 文 はTib訳 施 辮 αη∫莇 誠9α で もMKVと 同 様,経 典 名 不 明 記 で, そ し て 〔A〕 〔B〕 各kの 該 当 部 分 が 全 く 同 じ段 に 所 引 さ れ て お り,そ の 内 容 も
⑮
全 く 一 致 し て い る 。 こ の 引 用 文 の 関 連 資 料 は 漢 訳 経,典 に は な く,唯 一,AN.. 199経(ANIIIpP.244-5)と 平 行 経 関 係 が 有 る の み で あ る 。 今,そ の 全 文 を 示 す と 以 下 の 如 く で あ る 。 (1)Yasmimbhikkhavesamayesilavantopabbajitakulamupasankamanti,tattha manussapancahithanehibahumpunnampasavanti.Katamehipancahi? (2)Yasmimbhikkhavesamayesilavantepabbajitekulamupasaxikamantemanussadisvacittanipasadenti,saggasamvattanikambhikkhavetamkulamtasmim samayepatipadampatipannamhoti. (3)Yasmimbhikkhavesamayes51avantepabbajitekulamupasankamantemanussa paccutthentiabhivadentiasanamdenti,uccakul3nasamvattanikambhikkhave tamkulamtasmimsamayepatipadampatipannamhoti. (4)Yasmimbhikkhavesamayesilavantepabbajitekulamupasankamantemanussa maccheramalampativinodenti,mahesakkhasamvattanikambhikkhavetamkulam tasmimsamayepatipadampatipannamhoti. (5)Yasmimbhikkhavesamayesilavantepabbajitekulamupasankamantemanussa yathasattimyathabalamsamvibhajanti,mahabhogasamvattanikambhikkhave tamkulamtasmimsamayepatipadampatipannamhoti. (6)Yasmimbhikkhavesamayesilavantepabbajitekulamupasankamantemanussa paripucchantiparipanhantidhammamsunantimahapannasamvattanikaxnbhik-khavetamkulamtasmimsamayepatipadampatipannamhoti. Yasmimbhikkhavesamayesilavantopabbajitakulamupasankamanti,tattha manussaimehipancahithanehibahumpunnampasavant3ti. 両 者 の 対 応 関 係 は 〔A〕 と パ ー リ 文 の(1)(2)(3),〔B〕 と(5)と で あ り,各 々 ほ ぼ 一一 致 す る 関 係 に あ る が,多 少 の 差 異 は 認 め ら れ る 。 特 に(1)(5)と の 差 異 は 大 き く, そ の 他,(2)(3)(5)各kの 前 半 部 分 も 文 章 構 成 上 全 く 相 違 し て い る 。 と こ ろ で,〔A〕 の 直 後 に 「こ の よ う に 経 典 す べ て が 用 い ら れ る べ き で あ る 」 (evamsarvasutramyojyam)と 説 示 さ れ て い る こ と,及 び 平 行 経 で あ るAN. 199経 は5集(panca-nipata)に 属 し,5種 の 項 目 を 論 じ た 経 典 で あ る こ と を 考}合 わ す 時,こ のMKVの こ の 経 典 も パ ー リ文 の(4)(6)に 相 当 す る 部 分 を 有 し,そ れ を 以 っ て 全 体 と し て い た も の と 推 定 さ れ る 。 い ず れ に し て も,こ の 引 用 文 はMKV所 引 の 経 典 あ 中 で パ ー リ 文 献 に 平 行 経 が あ り,漢 訳 文 献 に は 存 在 し な い 唯 一 の 例 で あ る 。
5
MKVに
所 引 され る経 典 等 を中 心 に そ の 関連 資 料 との比 較 に 基 づ き,そ れ ら
経 典 の伝 承 上 に お け る意 味 を考 察 して きた が,更 に,特 に相 違 し注 意 を 要 す る
個 所 に つ い て は,そ の部 分 的 パ ラ レル を様 々 な文 献 よ り調 査 し,成 立 史 上 か ら
一73一
考 察 す る必 要 が あ る。 しか し,本 論 はMKVの
部 派 所 属 の問 題 を論 究 す る こ
とが 主 目的 で あ っ た為
主 た る関 連 資 料 との比 較 で充 足 され る との 立場 で あ る
こ とを,先 ず こ こで 断 わ って お かね ば な らない。
さて,本 論 で取 り上 げ たMKV所
引経 典 は4種 のr中 阿含 』,2種
のr長 阿
含 』,1種
のr雑 阿含 』,r増 一 阿含 』 と相 当 の差 異 が 存 在 し,中 に は対 応 経 典 で
あ ろ うに も拘 らず,パ
ラ レル が 存 在 しな い場 合 も見 られ,こ れ ら とは全 く別 の
伝 承 と解 す べ き こ とが 判 明 した 。 この こ とは説 一・
切 有 部 系,法 蔵 部 系,大 衆 部
系,根 本 有 部 系 所 伝 の否 定 に他 な らない が,特 に4種 のr中 阿 含』 との相 違 は
決 定 的 と も思}る 意 味 を もち,C.B.Tripathiの
説 とを考 え合 わ す 時,そ れ は
確 実 な もの とな ろ う。 尚,r増 一 阿含 』,r雑 阿含 』 を 関連 資 料 と したMKV所
引 経典 は1種 だけ な の で,こ れ との関 係 は不 確 定 で あ る。 所 引 され て い る律 に
つ い て眺 め る と,化 地 部 の律 が引 か れ て い るが,そ
こで それ を 異 な った部 派 と
規 定 して い る こ とか ら,化 地 部 所 属 が 否 定 され る こ とは 明 白 で あ り,又,2回
に 亘 る出 典 不 明記 の 律 の 引用 も,こ れ をMKV所
属 の 律 との 前 提 に 立 脚 す れ
ば,『 摩 訶 僧祗 律 』 即 ち大 衆 部 系 所 属 も否 定 され る こ とに な る。 しか し,こ れ
に は 不 確 定 要素 も多分 に含 ん で お り決 定 的 とは 言 い難 い。 現 存 資 料 とほ とん ど
異 な って い る とい うこ と,及 びMKVに
は 本論 で考 察 した経 典 の他 に 関 連 資
料 が 見 い 出 せ な い もの も多 く存 在 して い る こ とを考}合
わ す と,現 存 資 料 に お
け る伝 承 とほ 異 な った 系 統 に あ る こ とを 示 唆,即 ち,そ の こ とは消 極 的 では あ
るが,部 派 を 想 定 す る一 つ の 根拠 に な り得 るか も知 れ ない 。具 体 的 に 言 え ば,
律 を 有 して い た と考 え られ る飲 光 部,正 量 部 等 を 想 定 し得 る可 能 性 も無 視 は で
きな い 。 一 方 で,相
違 を成 立 史 的理 解 に よっ て 解 消 す る と い う可 能 性 も残 る
が,こ れ は 困 難 を 極 め るで あ ろ う。 いず れ に して も,MKV所
引経 典 は化 地 部
と説 一 切 有 部 系 の もの で は な い こ とだ け は言 い得 るで あ ろ う。
註 ①SylvainLevi:MahakarmavibhangaetKarmavibhangopadesa1932。 尚,山 田 龍 城 『梵 語 仏 典 の 諸 文 献 』pp.39-41,同 「鸚 鵡 経 」 『文 化 』2-3pp.339-349,にこ れ ら 一 連 の 経 典 群 の 紹 介 と研 究 が な さ れ て い る 。 又 訳 ・註 に 関 し て は 岩 本 裕 『初 期 経 典 』 仏 教 聖 典 選 第 一 巻pp・257-335,389-406参 照 。 ② 仏 訳 はL.Feer:FragmentstraduitsduKandjour,AnnalesduMuseeGuimet Tome5PP.250-279尚,山 田 龍 城 氏 は そ れ をTib訳Karmavibhangaの 訳 と し て い る が,誤 ま り で あ る。op,cit,p.41. ③MKVは80,Tib訳Karmavibhangaは101種 同 訳Karmavibharcganama dharmagranthaは84種,漢 訳 『仏 為 首 迦 長 者 業 報 差 別 経 』 は75種 同 訳 『分 別 善 悪 報 応 経 』 は104種 と 各 々 分 類 さ れ て い る 。 ④MKVとKarmavibhangopadesaの 所 引 経 典 等 はS・Leviop・C2t,introduction pp.10-11に ま と め て あ る 。 ⑤ 拙 稿rCakravartis丘tra¥Yっ い て 」 『印 仏 研 』32-2,参 照 。 ⑥ 榎 本 文 雄 「『雑 阿 含 』DevatasamyuktaとDevatasutraの 展 開 」 『印 仏 研 』31-1 PP.(88)一(90)参 照 。 関 連 し て,松 村 恒rDevatas亘traとAlpadevatasutra」 『印 仏 研 』30-2pp.(54)一(60) ⑦TTP.vol.39121-3-3∼4,Levip・198 dpernabcomldan'daskyis'dulbalasgsunspa. rnkhanponislobmalabu'i'duses'joggo,slobmanimkhanpalapha'i 'duses'joggo .debzinduphantshunphamadanbu'i'duses'joggozes gsunspaltabuste. ⑧ 大 正22・624c∬ ⑨ 大 正22・29bff. ⑩ 大 正23・55cff. ⑪ 大 正22・320cff. ⑫ 大 正23・746bff. ⑬ 本 庄 良 文 「シ ャ マ タ デ ー ヴ ァ の 傳 へ る 「大 業 分 別 経 」 と 「法 施 比 丘 尼 経 」」 『佛 教 文 化 研 究 』28PP.95-105参 照 。 同 「シ ャ マ タ デ ー ヴ ァ の 倶 舎 論 註 一 随 眠 品 一 」 『南 都 佛 教 』49PP.23-4. ●Pradhan:p.2811.11ff, ●Wogiwara:p.4471.26ff. ⑯ そ の 他,r成 実 論 』 に 「分 別 大 業 経 」 の 引 用 文 が 存 在 す る 。 大 正32・298a・
⑰Upayika,「 分 別 大 業 経 」 も 文 脈 上 同 じ。 尚,Upayikaに 関 し て 本 庄 良 文op・CZt・
p.104参 照 。 ⑱r仏 説 寂 志 果 経 』,r増 一 阿 含 』 も ほ ぼ 同 じ。 大 正1・276a,大 正2・764a・ ⑲ 大 正22・962bff. ●P.V.Bapat:AnothervaluablecollectionofBuddhistSanskritmanuscripts containingamongothersTheiSramanya-phalaSutraillSanskrit,Annalsげthe 一75一
BhandarkarOrientalResearchInstitutevo1.XXXpP.241-249参 照。 ⑳ 大 正22・294a,270x,447c,482a.こ れ に 関 し て は,平 川 彰 『律 蔵 の 研 究 』pp.773-4 参 照 。 ⑫ 異 本 に 『仏 説 尸 迦 羅 越 六 向 拜 経 』が 存 在 す る 。 北 京 図 書 館 蔵 敦 煌 文 書No.6637。 こ れ に 関 し て,香 川 孝 雄 「敦 煌 本 尸 迦 羅 越 六 向 拜 経 に つ い て 」r佛 教 大 学 研 究 紀 要 』 59PP.1-14参 照 。 ●L.Sander,E.Waldschmidt:SanskrithandschriftenausdenTurfanfunden TeilIVpp.47-64.こ の 資 料 は 榎 本 文 雄 氏 に 教 示 を 受 け た 。 こ こ で 謝 意 を 記 す 。 ⑳ 伽4.p.57note⑫ 参 照 。 膨 ⑳Sumangalavilasinivo1.IIIp.941note参 照 。 ⑳R.Pischel:AGrammarofthePrakritLanguages§231p・194参 照 。 ⑳ トル フ ァ ソ 出 土 の 梵 文 断 片 に 比 定 さ れ る 部 分 が 存 在 す る が,不 確 定 で あ る 。E.Wa-ldschmidt:SanskrithandschriftenausdenTurfanfundenTeilIIIpp.241-2. ⑱ 岩 本op.CZt,P.401註p20)。 ⑳ibid.説2碁 。 ⑳ 現 存 資 料 か ら 百 が 付 さ れ る 聖 典 と し てr摩 訶 僧 祗 律 』 に 増 一 阿 含 が 百 増 と 挙 げ ら れ る が,こ れ と も 異 な っ た も の で あ ろ う。(大 正22・491c) ●Leviop,cit.p.501.14-p.551.16. ⑫ 干 潟 龍 祥 『本 生 経 類 の 思 想 史 的 研 究 』pp・173-4参 照 。 ⑳ 以 下 はL6viop.C2t.p.541.Y5ff. ⑭ 干 潟op.C2t.PP.145-151参 照 。 ⑳ 〔A〕 はTTP.vol.39118-1-5∼8 dpernabcomldan'daskyismdolasgsunspa dgeslondaggrongandurabtobyunbatshulkhrimsdanldanbzin tshansparspyodpa.dgeba'ichoscanrnams'onba'igronderlegspa lna'byunbarrigparbyastelnaganzena.denitshulkhrimsdanldan pa'onsbarnamslasemsdanbar'gyurro.dgesloedag9彡anyande'i tshe,rigsdemthorissuskyeba'ilamdutugspayinno,dgesloe.dag granyantshulkhrimsdanIdanpadag,onsnagusparsmrabadanbsu ba'ilasbyedde.de'itsherigsdedagrigsmthobar'gyurba'ila皿du tugspayinnosesgsunspaltabuste. 〔B〕 はibid.118-2-5∼6 mdodenidlas dgeslondagg彡allyantshulkhrimsdanldanparnams'onspadagla sbyinpabyedcin.bsodnamsbyedpa'irigsdedagde'itshelopsspyod thebar'gyurba'ilamdudugspayinnosesgsunspaltabuste. $KarmavibhangopadesaandBerlinerTexte,WZKSO.10pp.208-219参 照 。