天台教観における仏身観とその特色
||釈尊観にふれながら1
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星
宮
智
光
︵ 叡 山 学 院 ︶ 日本近代における仏教研究を﹁人文史的科学﹂の立場から先導し、大乗非仏説論の発端をつくった姉崎正治︵一八 七 三 J 一 九 四 九 年 ︶ は 、 ﹃ 仏 教 聖 典 史 論 ﹄ ︵ 明 治 三 十 二 年 刊 ︶ に お い て 、 天 台 教 判 に つ い て つ ぎ の よ う に 述 べ た 。 思ふに仏教思想の非科学的なるは、其大乗仏説論を以て最となす。此癌疾の因て来る所既に久し、支那諸宗 派の教相判釈なる者は、数千の年所を経幾多の民族諸種の文明に接して鍛練開発し来りし歴史的思想を説明し て、釈仏一生五十年の説法に摂し、従て諸種の思想源泉多数の著作編纂に成りし仏典を釈仏在世の文書とし、 其聞の撞着径庭を説明せん為には、衆生機根異なるが故に釈尊亦方便化導の説をなせし跡なりとと断じぬ。︵略︶ 智顛の五時八教に至りでは繊巧委曲を尽し、以後仏典統一を主張し大乗仏説を説く者、皆其後塵を拝するのに して、敢て新疑点を援き新見地を求めんとする者あるなく、終に今日の化石的仏教哲学となりて、 日に近世文 化と背馳するに至れり︵ 1 ︶ 。 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 昼 宮 智 光 ︶ 一 八 九天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 一 九 O 姉崎が、このように教相判釈をきびしく批判する真意は、仏教の歴史的発達の究明によってはじめて大乗の真価が 把握されると主張するにあった。ここに、 日本近代の仏教研究は歴史的存在としての釈尊の全体像を追求するとい う新しい課題を担うことになる。他方、大乗諸宗の宗派創設の根拠となっていた教判は、歴史的実証研究の立場か らはことごとく庭称を受けるようになる。とくに、大乗仏教の哲学的展開の究極であるとまで称された天台法門に おける教判やその前提となる釈尊観は、虚妄の説として完膚なぎまでに排斥された。歴史的釈尊の追求は、大乗諸 宗の釈尊観に深刻な衝撃をあたえたのである。 しかし、姉崎の教判批判の真の意図は、 学者は五十年の問中印度に於ける釈仏仏智の発展を信ぜんと欲する為に、幾千万年世間に於ける人類の精神社 会の人文に開展し来れる大法智身を観る能はざるなり。 と述べられるように、大乗仏身観の排斥ではなく、むしろ﹁人文に開展し来れる大法智身を観る﹂ことによってそ の真価を発揮することにあった。かれは、大乗仏教の法身の信仰の成立については 仏教自然の発達は、教法真理を仏陀とする法身の観念を完備して、仏陀即仏智を形而上的本形と合一したり。 ︵略︶法身即智身常住の信仰は、仏教の宗教井に哲学をして、 一転旧套を脱せしめたり、此新仏教は即大乗なり と す ︵ 2
︶ 。
と述べて、その思想史的意義を評価しているのである。 姉崎をはじめとする歴史的実証研究の立場からの教判批判によって、歴史的釈尊の意義がいっそう明らかになっ た。それとともに教判の根本の意図が客観的史実を述べることではなく、自証の立場から経典を体系的に位置づけょうとするところにあり、そしてその体系化の意図を教祖の伝道のねらいとそこから為される処置に仮託し置き換 えているという真意も明確に自覚されるようになった。近代における代表的な天台学僧の福田莞顛師は よし天台の五時判が歴史研究と矛盾する所があっても︵略︶天台大師の五時判建立の由拠は、全く法華経に在 り、大師は仏陀の本旨は法華経に始めて現はるる事を発悟し、法華経の所説に立脚して建てた教判なる故、法 華経の力が喪失せざる限り、天台の教判は絶待に破壊するもので無いと考へる︵ 3 ︶ 。 と、その所信を吐露している。 そこで、以下において、ことごとく批判の的とされてきた天台教判に現われている仏身観あるいは本門開顕の仏 身観をとりあげ、とくに釈尊観にふれながら、その構造と特色を考察してみたいと思う。 章 安 潅 頂 ︵ 五 六 一 J 六 一 一 一 一 一 ︶ は 守 摩 詞 止 観 ﹄ の 冒 頭 で 、 天 台 智 韻 ︵ 五 三 八 J 五 九 二 ︶ の 止 観 法 門 講 述 の 縁 由 を 叙 べ 、 そ こで止観明静の法門が如何なる次第を経て相伝してきたかを金口相承と今師相承の二つによって説明している。金 口とは如来黄金の色身の口業という意味であるが、金口相承とは釈迦如来より迦葉、阿難を経て第十三祖龍樹に至 り、さらに第二十三︵四︶祖師子にまで伝法したことを一不すものである。今師相承とは、止観の法門が南岳慧思から 天台智顛に伝えられ、慧思は北斉慧文より授法したことを示すものである。そして、両相承は相互に連結して、瞳志 文が中智二論によって一応三観を悟得したところより、中智二論の著者龍樹を高祖となすこと、 さらにその元由は 釈尊にあることを的示しようとするものである。 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 九
天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ﹀ 九 濯頂の序文に、付法の由漸を明すところで相承の元由としての釈尊について、 つぎのようにのべている。 然るに流を拒んで源を尋ね、呑を聞きて根を討ぬ。︵略︶行人若し付法蔵を聞かば則ち宗元を識らん。大覚世 尊劫を積みて行満じたまひ、六年に渉りて以て見を伏し、 一指を挙げて魔を降したまふ。始めは鹿苑、中は鷲 頭 、 後 は 鶴 林 な り ︵ 4 ︶ 。 ﹂こに、相承説における釈尊観がみられる。 つ い で 、 いわゆる三種教相の教判のなかに示される開顕の釈尊観がある。 二種教相とは、﹃法華玄義﹄の七番共 解の第一標章のもとに五重玄義を述べるなかで、第五番目に判教として挙げられているものである。それは、爾前 四時︵華厳、鹿苑、方等、般若︶の教説にたいして、第五時法華の優越する点を、 一は根性の融不融、二は化導の始終 と不始終、コ一は師弟の遠近不遠近の教相の三意によせて明らかにした教判である。 一は今番施開の化意を選ぶこと になり、一一は種熟脱の由来を明らかにし、一二は能化の仏身の実事を究めることになる。これは法華経所説の判釈で あるから、本遮二門からみれば、 一と二は迩門、三は本門にあたり、また三周説法からいえば、 一は法説周、警説 周、二は因縁説周にあたるのである。ここで、仏身観︵釈尊観︶にもっとも直接にふれる教相は第三である。 第三教相は、師弟の遠近不遠近の相として一不されているが、 ﹂れは本仏の遠寿を開顕しして師弟ともに久遠の法 縁につながるという点から判釈する。すなわち、雨前諸経の能化教主は、迦昆羅衛城の悉達多太子が六年の修行の 後に伽耶菩提道場で正覚をえられたいわゆる伽耶始成の新仏であるのにたいして、法華においては誼門開顕につづ いて木門も開顕され、能化の仏身は伽耶新成の仏陀ではなくて、実は五百億鹿点劫の当初に成道を唱えた久遠の士口 仏であると開示される。こうして、能化が久遠の古仏であるということは、声聞弟子もその法縁によって入実する
こと久しく﹁内秘菩薩、外現声聞﹂であることが開顕されるのである。 ﹃ 法 華 玄 義 ﹄ 一 ノ 上 で は 、 爾前の諸経と法 華経の教主を三点から比較して、 つぎのように説明している。 衆経には、成く道樹の師の実智始めて満じて道樹を起って始め権智を施すといふ。今経には、師の権実、道 樹の前に在って久久に己に満ずることを明す。諸経には、二乗の弟子、実智に入ることを得ず、また権智を施 すこと能はぢることを明す。今経には、弟子の入実甚だ久しく、また先に解して権を行ずることを明す。また 衆経には尚ほ道樹の前の師と弟との近々の権実務﹄論ぜず、況んや復た遠々をや。ム 7 経には、道樹の前の権実長 遠なることを明す。補処も世界を数ふるに知らず、況んや其の商店数をや︵ 5 ︶ 。 す な わ ち 、 一には雨前諸経は伽耶始成の新仏に権実二智があるとし、法華は久遠成仏の当初より二智が備わるとし ている。二には諸経は二乗に権実二智のあることをゆるさないが、法華は二乗の本地を開顕し久遠以来権実がある とする。三には諸経は伽耶成道の次前の近中近の権実さえ一不さないのにたいして、法華は遠中遠の久遠の権突を談 じているとしているのである︵ 6 ︶ 。 要するに、師弟遠近不遠近相の判釈は、仏寿の久遠をあらわし、弟子の内秘外現の木地を開顕して、権実長遠を 論じ、爾前諸経は覆真方便の教であり、法華経は出世本懐の真実教であることを示そうとするものである。この判 釈において、能化の仏身について、法華経にたいする爾前諸経の教主の格位が判定されており、天台智顎独自の開 権顕実の仏身観が示されている。 ところで、一二種教相をさらに布街して、福田完頴師は諸経にたいする法華の優位をつぎの七項目にまとめて説明 し て い る ︵ 73 一は化導の終窮と未終窮、二は弟子の根性の融不融、三は化儀の四教の用不用、四は諸経の開会と未 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 一 九 三
天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ﹀ 一 九 四 開 会 、 五は二乗の成仏と不成仏、六は今番化源の説不説、 七は久遠本地の開顕と不開顕である。ここで、 とくに仏 身観にかかわるのは六と七とである。 六の今番化源の説不説とは、 ﹃法華経﹄化城轍品第七の所説によるものである。 仏陀が裟婆世界に出世し化導を 設ける目的は、三千塵点劫の過去に下種して置いた弟子の根性が熟したので、この世に出現してさらに前四時四十 年余の教化を施して、これを調熟し、最後に法華経を説いて成仏させたと開示し、今日の化導の根源が三千塵点劫 の過去にあることを明かしている。これにたいして、爾前諸経には化導の根源がまったく説かれておらないという の で あ る 。 七の久遠本地の開顕と不開顕とは、繭前諸経では仏陀の本地は隠して、仏陀は菩提樹下成道の近成の仏であると す る が 、 ﹃法華経﹄如来寿量品第十六では本地を開顕して、 仏陀の成道は五百億塵点劫の過去にあることを説き顕 わし、それ以来、仏陀はたびたび裟婆世界に出現しては衆生を教化してきたことが説かれている。これが久遠本仏 の 開 顕 で あ る 。 ところで、法華経迩門においてはいまだ仏身の開顕はなく伽耶新成の仏にすぎず、本門において本地久遠の仏が 開顕されるわけであるが、智韻においては本述不二とされる。そして、今番教化の中心であるこ乗が成仏の自覚を うるのは、迩門の開顕によって仏知見に悟入するのであるから、 むしろ迩門をその立場にすると考えなければなら ない。本門の仏身開顕も、このような迩門化導につづく自爾の用と考えられるわけである。 以上、金口相承の元由としての釈尊、三種教相の一の師弟遠近不遠近相の判釈で明らかにされた開権顕実の仏身 続 を み て き た 。
本門に開顕された木地久成の仏身は、天台智顎によれば、三身即一、 一身即三身の三身相即の仏身であるとされ る。ここでは、伽耶新成の釈迦仏は応身仏として規定されるのはいうまでもない。 智韻における仏身観としては、二身説、コ一身説、本遺説、 四教四仏説等が挙げられるが、仏身を法身・報身・応 身の三身によって説明する三身観がもっとも重要であり詳細である。三身説は、智顎の著作講述の随所において説 か れ て い る 。 ﹃法華玄義﹄の遁門十妙の第五で三法妙を明かすなかの類通三身︵ 8 ︶ 、 ﹃金光明玄義﹄の十種三法の三 身 義 を 説 く と こ ろ 、 ﹃維摩経玄疏﹄や﹃維摩経文疏﹄仏国品の釈のところ等、 そしてもっとも詳細で体系的なのは 可法華文句﹄寿量品釈の説明である ﹃法華文句﹄寿量品の釈では、まず僧叡、慧観、道生、道朗等の羅什門下の法華研究の仏身観、あるいは劉此や 法雲の仏身観をいちいち取り上げて批評を下だした後︵ 9 ︶ 、 つづけて智顛自身の仏身観を展開している
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智鎮の一二身説は守法華論﹄にもとやついているのであるが、その文証が﹃法華経﹄のなかに存在しないのにたいし て、法報応の三身の文字はなくとも能詮の教文を正しく把握すれば、その典拠となるはずであると説く。そして、 ﹃法華経﹄はたしかに﹁過去の久成を以て宗となせば点塵もて界を数ふること其文則ち多し、未来の常住は文則ち 少﹂いけれども、文証は存在するとして、 方 便 品 の ﹁ 世 間 相 常 住 ﹂ 、 寿 量 品 の ﹁ 我 常 住 於 此 ﹂ 、 ﹁ 常 在 霊 鷲 山 乃 余 諸 住処﹂等の文言を引いている。この法身が常住法身であるためには三徳を備えなければならないが、これについて も法華経の﹁権実二智﹂は般若、﹁三世一不現﹂は解脱、﹁実相本地﹂は法身であると釈して、﹃法華経﹄の説く法身 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 九 五天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 官 智 光 ﹀ 一 九 六 は、三徳百六足の常住法身であると明かすのである。 智 顛 は 、 まず﹃成実論﹄によって二身説をのべる。 ﹂れは﹁如実の道に乗じ来りて正覚を成ず、故に如来と名 く﹂に基づいて、真身と応身を分つものである。すなわち、如実の道に乗じ来たりで正覚を成ずるのが真身如来で あり、如実の智をもって如実の道に乗じて三有に来生して正覚を成ずることを一不すのが応身如来であるという。 つ い で 、 一二身如来というのは、﹃智度論﹄に﹁法相の如く解し、法相の如く説く、 故に如来と名づく﹂とあるの に も と づ く 。 まず、法身如来とは﹁如とは法如々の境は非因非果にして、有仏無仏、性相常然なり。 一切処に遍じて有ること なきを如と為す。動ぜずして市して至るを来と為す。﹂のを指していう。 報身如来とは、﹃智度論﹄で﹁法相の如く解するが故に、 如来と名づくにとのべているもので、 ﹁ 法 如 如 の 智 も て如々真実の道に乗じて来て妙覚を成ずるに、 智 は 如 の 理 に 称 ふ 、 理に従って如と名づく。 智に従って来と名づ く 。 L を 指 す 。 応 身 如 来 と は 、 ﹃智度論﹄に﹁法相の如く説く故に如来と名く。﹂とのべるもので、 ﹁如々の境と智と合するを以 ての故に、即ち能く処々に正覚を成ずることを示す。水銀は真金に和して能く諸の色の像を塗る、功徳は法身と和 して処々に応現して往く。八相成道して妙法輪を転ずる。﹂のを指す。 さらに、法身仏を見直遮那と名づくといい、普賢観経によって偏一切処と翻ずとのべている。また﹃党網経﹄に よって、報身仏を麗舎那と名づけ、浄満と翻ずといい、応身如来を釈迦文と名づけ、度沃焦と翻ずとのべている。 ほかに、この一二身は理と智と悲であるともいわれ、三一諦に配すれば法身は中、報身は空、応身は仮であるともいわ
れ る 。 しかも、これら三如来は﹁単に取らば則ち不可なり。﹂といわれるように、三身融通しているとされる。﹃浬繋経﹄ にある﹁法身も亦非、般若も亦非、解脱も亦非。三法を具足するを秘密蔵と称し、大浬梁と名づく﹂という一二徳不 縦 不 横 説 を 引 い て 、 一異も縦横も並列もあるべからず、円に三法を覧て仮名の如来と称すとのベて、一二如来の一異 にあらざることを説くのである。 ところで、この三如来の名については、 ﹃法華経﹄のどこにも説かれておらないが、 経 の 本 義 に も と い つ い て 、 こ のような解釈が成立するというのである。すなわち、寿量品に﹁非如非異非如三界見於三界﹂とあるのは、偏如で はなく円如を顕わしており、法身如来に当る。また﹁如来如実知見三界之相﹂というのは、如々の智、如々の境に 称っており、この一切種智の知見は仏眼であって、報身如来に当る。 ﹁ 或 示 己 身 己 事 、 或示他身他事﹂というのは、 応身如来に当るのである。 しかし、もし但だ性徳の三如来ならば横、但だ修徳のコ一如来ならば縦にとどまることに なる。如来が法性にのみとどまってもし融通しないならば、それは別教の立場である。今は円教の立場であって、 二 身 即 − 、 一即三身の不縦不横の三如来が説かれているのである。 つまり、円教においては、法身如来にも報応二 身を具し、報身如来にも法応二身を具し、応身如来にも法報二身が備わるとする。こうして、法身如来としての毘 宜遮那仏に報身如来としての宜舎那仏、応身如来としての釈迦仏が個別に並存するとか、前後して生ずるとかいう の で は な く 、 三身は一体であるというのが、智顛の力説するところである。この円仏果成の相を﹃法華玄義﹄七ノ 上では 道場は虚空を以て座となし、 一成一切成なり。批麗遮那、偏一切処、舎那釈迦の成亦一切処に遍す。コ一仏具 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 一 九 七
天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 昼 宮 智 光 ︶ 九 八 足 し て 欠 滅 あ る こ と な く 、 一 二 仏 相 即 し て 一 異 あ る こ と な し ︵ 日 ︶ 。 と の べ て い る 。 なお、﹃法華玄義﹄の三法妙を説くところにおいても、 この三身を真性軌、観照軌、 資成軌の三法に類通して、 そ の 不 縦 不 横 手 ﹂ 説 い て い る ︵ ロ ︶ 。 この不縦不横の円の三身は、法華爾前の諸教のなかにも具しているけれども、それは遮門中の所説と同じもので あって、この発逃顕本の一体三身の如来こそ寿量口聞の仏であり、法華経に至ってようやく開顕されたと説かれる。 つ ま り 遁 門 で は 問 権 顕 実 の 仏 身 を 説 い て コ 一 身 の 不 縦 不 横 を 一 不 し 、 さらに本門で開遮顕本するところに、法華経の仏 身説の特長があると、知百韻は発揮するのである。 ところで、智韻が三如来の名を考え出すにあたっては、直接的には菩提流支訳の﹃法華経論﹄のつぎの文によっ て 示 唆 を 、 つ け た と 思 わ れ る 。 成 大 菩 提 無 上 を 示 現 す る が 故 に コ 一 種 の 菩 提 を 一 不 す 。 一に応化の菩提とは随所に応現して即ち為めに示現す。 経の出釈氏宮の如くなる故なり。二に報仏の菩提とは十地満足して常浬繋を得、経の我実成仏己来無量無辺劫 の如くなる故なり。一一一に法仏の菩提とは如来蔵性浄浬繋不変を謂ふ。経の如来如実知見三界之相の如くなる故 な り 。 この示唆をもとにして、一二種の菩提に対応する意義をもっ文言を寿量品のなかに求めたものであろう。
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つぎに、三如来の寿量についてみてみる。 まず、寿についてみると、寿とは受という意味であり、 一に真如は諸法を隔てない、二に境と智と相応する、三 に一期の報得は百年をも断じないから、受と名づくとされる。そして、これらは三如来に適応するものである。 ついで、量について、初めに義三身に通ずること、第二に四句に約しての別釈、第三に融通、第四に不定、第五 に身に約しての判釈、第六に本迩に約しての判釈、第七は問答釈疑と、これらの七釈をもって説明している。 初めに義一二身に通ずる釈である。すなわち、量というのは詮量を意味し、一二如来に共通するもので、法身如来は 如の理を命とし、報身如来は智慧を命とし、応身如来は同縁の理を命とすることを詮量する。また、一二身の命はそ れぞれ有量、無量、非且亙非無量を詮量するのである。 法身如来の如理の命というのは、有仏無仏性相常然であって、報身のように相応するものでも、応身のように非 相続のものでもなく、また有量でも無量でもない。報身如来の智慧の命とは、如々智が如々の境に契うことで、境 が智を発するを報といい、智が境に冥するのを受という。境がすでに無量無辺常住不滅であるから、智もまた無量 無辺常住不滅であり、あたかも箱大なれば蓋大なるがごとしといわれる。応身如来の同縁の命とは、縁に同じて縁 の長促にあわせて寿命の長短を示すものである。 第二に三身の異同を四句によって釈する。法身は修一証を超越しているから、非量非無量である。報身はいまだ理 を究めず修証によって功用があるので、金剛心の前は有量、金剛心の後は無量である。応身は縁に随うときは有量、 応現の用が断ぜざるときは無量となる。また凡夫は有量無量であって、仏とはいえないとされる。 ついで、常無常 の四句によって分別すると、法身は本有の理が極まって非常非無常である。報身は報の智と境と合するがゆえに非 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 九 九
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常非無常であるが、 ただ正智が円満して不生不滅となり、金剛心の前に過ぐるところから、常に属せられる。応身 は応現の用が尽きることがないので亦常、数々浬築に入るので亦無常、こうして亦常亦無常と名づけられる。凡夫 は金剛心の前に智用増進し、あるいは生滅出没するので無常とされる。 しかし、このように一一一身、凡夫がそれぞれに各一句に配当されるのは別教の場合であって、円教においては三身 それぞれ四句を備えているのである。 一に法身の四句というのは、−非常非無常は凡聖の八倒を破するがためであ り 、2
常とは虚空のごときためであり、3
無常とは凡夫の生滅の倒がないためであり、4
亦常亦無常とは寂にして 双照するがためである。二に報身の四句というのは、−非常非無常とは智の境に冥するがためであり、2
常とは二 乗に出過するがためであり、3
無常とは生滅の倒が無いためであり、4
亦常亦無常とは双照するがためである。三 に応身の四句というのは、−非常非無常とは報に非ず生死に非ざるがためであり、2
常とは常に応同するがためで あ り 、3
無常とは無常に同ずるがためであり、4
亦常亦無常とは両存のためである。 第三に、三身と一身との融通について釈する。すなわち一身即是三身で、 一ならず異ならずの融通関係にある。 ニ身はその体がみな同一なので、 一仏身は諸身の常無常等の寿命の功徳を具すことになる。 第四に、縁によって感見する仏身の寿量に長短の不同があることが釈される。まず、凡夫は見思の惑によって仏 性を見ることができないので磐障膿酷である。蔵通の二乗は四住の煩悩を断ずるがまだ中道を見ず、分段生死を捨 て界外の法性身を受けるがまだ無明を破せず、奉ずるところの仏は方便勝応身である。また菩薩であって、 い ま だ 十地十住の位に登らないものは真如を証していないから、二乗と同じである。しかし、もし無明を破し一分の法身 を受けるものは、報身の寿命を見ることもあるし、 いまだ勝応身にすぎないと解釈される場合もある。そして、唯仏と仏とのみは性を窮め源を尽しているので法身を寿命を見ることができるのである。 以上を﹃浬梁経﹄の一一一替によって説明すれば、まず諸々の常法のなかで虚空が第一であるように一切の寿命のな かでは如来が第一であるというのは、法身の寿命は無始無終性相凝湛にして応報二身と異なることを警えたのであ る。二に四河みな大海に帰するがごとしというのは、報身の所修の万善はみな仏の報の寿命の海中に感じるを替え るのである。一一一に阿縛池は四の大河を出すというのは、応身の寿命は法報二身より出て、所化の衆生の機縁によっ て長短があることを害えるのである。 第五においては、寿量品は三身の寿量を説くのであるが、もし別意にしたがうならば、正しく報身の寿量を詮量 することを釈する。ここで、智顛は、寿量品は正しく報身仏の功徳を説いたものであることを、義便と文会のうえ からつぎのように主張する。 義使とは、報身の智慧は上に冥じ下に契ふて三身宛足す、故に義便といふ。文会とは、我成仏してより己来 甚だ大に久遠なるが故に、能く一一一世に衆生を利益したまふと。所成は即ち法身、能成は即ち報身、法と報と合 するが故に、能く物を益す、故に文会と言ふ。此れを以て之を推すに、 正意は是れ報身仏の功徳を論ずるなり。 智韻は、こうして法華経の仏を報身仏であると解釈したが、これはその主要なる特色を指摘したまでのことであっ て、厳密には報身でありつつ法応の二身を具足していることはいうまでもない。これに関して、佐々木憲徳師に、 適切な解釈があるので、これをつぎに引用して説明に代える。 本門に開顕されたる仏陀は、勿論三身相即の身とせられてゐるが、天台大師は特に三身相即のなかの報身仏 を格位とすべきものとし、 五百億塵点も有始の数量と解する意である。蓋しこれは遮門本門相対して一不すとき 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶
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天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 官 智 光 ︶ 二
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二 は、権実の開顕、久近の廃立が行はれるが、それ等は結局、因果の範鴎を通じてゐるものであるから、当然因 果型の至高の仏身たる報身に約し、有始無終に附して現実の成仏を談、ずべきためである。而も報身仏が直ちに 諸法実相の真理と一如的存在相を示してゐる辺を指示したならば、有始無終の当体が直ちに無始無終に止揚せ られて、本覚無作の三身が成立してくる。要するに天台大師がかく報身の格位を守らるるのは従因向果の立場 より本門を眺められた為であるとされやう室。 さで、以上のようにみてくると、三身の相異というものは開悟の段階に応ずるものである。開悟をはなれて、三 身が実体的に個々別々に身寿量を備えているものではない。開倍が深まれば、三十二相の卑劣生身相がそのまま報 身の蔵塵相になり、 ついには一切処に偏満する法身相となるのである。機感の深化にしたがって、応身相は報身相 に ま で 変 化 す る 。 こうして、﹃法華経﹄の教主釈迦仏は応身三十二相を現じつつ、 法華円教を説くことによって報 身の大相を顕わすのである。これが、智顛の三身即一の思想であり、円教の仏身観の特長がここにもっともよく表 われているのである。 第六は、本遮論の立場から三身について釈が行なわれる。まず本地三身を明かす。一二身の種々の功徳はことごと く本時の道場の樹下に久遠の昔に成就したものであって、これを本門と名づける。そして、中間の大通智勝仏や今 日の釈迦仏の寂滅道場において成就した功徳は遁門と名づけるとされる。 ついで、﹃法華経﹄と他の諸経との相異が弁じられる。 諸経に説く本漣論は、 本地の寂滅道場で成就した法報一一 身の功徳を本門とし、本門より起こすところの勝劣両応身の功徳を迩門とする。 そ れ に た い し て 、 ﹃ 法 華 経 ﹄ で は 寂場ならびに中間で成就した三身の功徳を迩門とし、本地の昔の道場において成就したコ一身をもって本門とするのである。そして本遁の聞は、本に非ざれば迩を垂ることなく、迩に非、ざれば本を顕わすことなく、本遁はその体性 は同一であるがゆえに、本近は殊異ありといえども不思議一であると明されるのである。 五 法華教主の仏身は、連門では応身のままであり、本門においては報身為正となる。円教の仏身として三身相即で あるが、遁門では諸法実相を説くので応身の立場をとり、遁門では仏寿の無量を開顕して菩薩を増道損生するがた めに報身の立場をとるのである。こうして、智顎においては本門開顕の木地久成の仏身は報身仏すなわち慈悲救済 の仏として規定されているのであるが、このようなきわめて実践的な特長をもっ仏身観として、十界互目立師、性悪 論にみられる仏凡不二の思想がある。 まず、十界互具とは地獄界、畜生界、餓鬼界、阿修羅界、人間界、天上界の六の迷界と声聞界、縁覚界、菩薩界、 仏界の四の悟界の十界のそれぞれがたがいに他の九界を互具しているということで、これらの十法界はたがいに無 関係に独立して存在するものではないという思想である。たとえば、人間の心に地獄の衆生の根性もあれば仏心も あり、地獄界も他の九法界を円具し、仏界も他の九法界を性具しているということである。九回介は権、仏界は実と 配当すれば、権実不二というところから九界即仏界、仏界即九界となる。またこの十界の通体は十如是であるから、 九界の十如是がすなわち仏界の十如是ということで、十界はみな法体は同一となる。ここに、界々融通する十界互 日六の仏凡不二の仏身観が成立するのである。 と こ ろ で 、 四 明 知 礼 ︵ 九 六
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二 八 ︶ の 教 説 に ﹁ 蛇 鋭 六 郎 ﹂ ︵ M ︶ と い う 論 題 が あ る 。 ﹂れは十界互具の思想から 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶。
天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 二
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四 六即即の行位論を説明したもので、姑践という昆虫にさえも六即が考えられるというもので、仏凡不二の仏身観を 十界中の底下の有情の立場から明らかにしたのである。要約すれば、畜生とはいえ蛤焼も仏と同じく常楽我浄であ るからすべて無上衆生であり無上五陰である。したがって蛤蝶も畜生でありつつ仏に即している。逆に、仏もまた 界互具の原理から無上衆生でありつつその存在に畜生界を内具しているというのである。ここで、仏身にも常住と 無常とがすなわち報身と生身とが融即しつつ互具されていることが明言されているのである。 ついで、如来性悪説︵時︶にみられる仏身観がある。仏性に善悪が木具されてあるという三因仏性論において、この 性悪論が立てられるのであるが、ここで下品衆生の闇提と極果の仏との相異点はどこにあるかといえば、闇提は修 益回を断じっくして性善のみにあり、仏は修悪を断じっくしてただ性悪のみにあるところとされる。しかし、性徳の 善悪は両者に法爾として本具されているのである。こうして、本具の性徳からいえば、仏にも悪はあるといえるわ けで、この点から﹁如来性悪﹂という表現がなされるのである。 ところで、性悪説の主旨は単なる仏性論にではなく、如来の済度可能の根拠を仏性論的に明らかにするところに ある。要約すれば、闇提は性善を断ぜざるをもって修善が起こり、仏は性悪を断ぜず修悪の理に了達しているので、 これに染せられることなく、 かえって性悪を機縁として自在に衆生を済度することができるというのである。大乗 の済度は任運無作でなければならないとされるが、仏と衆生とはともに性徳の善悪を本回向しているので、これを共 通の機縁としてそれが可能となるのである。霊空光謙こ六五一二J一七三九年︶は﹃台宗綱要﹄において、性悪説を極 仏果の功用と初心の修行の二面から説明して、仏果の体に地獄界等の九界の悪を本具するがゆえに任運無作にして 衆生を化すことができると説明している。﹃法華玄義﹄六ノ上の神通妙︵凶︶のところでは、 円教の仏が無作神通であるのは六根清浄だからで、 つまり仏に六根が備わっているからこれを理禅によって清浄ならしめ、これを機縁とし て十界の依正に応同し、折伏摂受の各門に示現することができるとのべているのである。 以上、十界互具、性悪説から仏凡不二の仏身観をみてきたが、それはきわめて実践的で、任運無作のうちに慈悲 済度を現成するものであった。それは、報身仏としての法華仏の基本的性格であるといえよう。 五 智顎は、天台三大部あるいは﹃維摩経玄疏﹄や同文疏仏国品の釈で、 ﹃ 央 掘 摩 経 ﹄ 巻 三 を 引 用 し て 、 如来に五根 がないとするのは声聞の思想であって大乗の仏身には五根が具足していると説いている。この場合の仏身というの は、法身のことで、智顛は報応二身ばかりでなく法身にも五根を具足しているとみているわけである。これについ て、安藤俊雄師は、法身に五根や五陰があるという教説を利用して、三身を通じて身寿量があり、したがって報身 や応身はもとより法身仏をも人格化しようとしたためであると解釈している。そして、法報二身に五根五陰を具す という思想の必然性を、智顛の性具論の基本としての三軌三法の互融相即の思想によって説明する。すなわち、三 身即一の仏身観あるいは法報二身も応身と同じく五根五陰をもっ人格的形体の仏身であると説くのは、三種十法の 思想にもとづくがゆえである。一二身がそれぞれ他の二身を自己のなかに性具するということはコ一諦円融の論理を対 象論的に仏身に適用したものであって、三諦円融の主体的論理を無視して天台の三仏思想を把えることはもともと 天台的ではない。また他面において、行者の主体を問題とし観心の実践において三身を自己の陰妄の一念のなかに 性具することを止観すべきものである百︸と、天台仏身観の根本的用意を指摘している。 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶
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五天 台 数 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶
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教観双修の立場をとる智韻は、観心釈を設け、心に約して仏身を実践的主体的に把捉すべきことが不可欠である としている。それは、仏身を自己の本性と観ずることである。それによって、仏身を軽んじ仏身の客観的実在を否 かえって仏身にたいする帰依心を深めるに至るものである。 定したり、自己について慢心に増長するのではなく、 天台智顛の仏身観では、本門において伽耶始成の釈迦仏は実は久遠本地の本仏であると開顕される。それは法報 応の三身相即の仏であるが、 とくに報身仏として把握されている。この慈悲救済の実践仏は、十界互具、如来性悪 説にみられる仏凡不二の仏身観によって、その根拠をあたえられる。このコ一身相即の本仏は、実際には観心におい て行者自己の本性として己証されるものである。 近代の歴史研究から批判の対象とされた天台の仏身観は、実は大乗の特長を遺憾なく発揮しているというべきで を ま ち た い 。 ある。さらに論ずべき問題も多い。とくに止観実修における仏身観の問題や所居の国土等については、後日の機会 注 ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ ︵ 3 ︶ ︵ 4 ︶ ︵ 5 ︶ ︵ 6 ︶ 姉 崎 正 治 著 ﹃ 仏 教 聖 典 史 論 ﹄ 序 言 。 同 書 、 第 二 部 、 大 乗 の 聖 典 井 に 其 批 判 評 一 、 緒 論 、 聖 典 の 発 生 。 福 田 実 頴 著 τ 天 台 学 概 論 ﹄ 本 論 、 第 一 篇 、 第 二 章 、 第 五 節 、 五 時 に 対 す る 非 難 会 通 、 参 照 。 摩 詞 止 観 一 ノ 上 、 止 観 輔 行 ︵ 会 本 一 ノ 一 ノ 十 一 左 ︶ 。 法 華 玄 義 一 ノ 上 佐 々 木 憲 徳 著 ﹃ 天 台 教 学 ι 第 六 章 、 第 五 節 、 三 種 教 相 、 一 五 二 頁 、 参 照 。︵ 7 ︶福田著、上掲書、本論、第一篇、第一二章、第三節、法華と爾前との不同、参照 ︵ 8 ︶法華玄義 ︵ 9 ︶法華玄義九ノ上 ︵日︶以下、三と四において引用典拠そ一不さない場合は、法華玄義九ノ上からの引用である。ならびに、坂本幸男論文﹁天台 大 師 智 頭 の 仏 身 観 ﹂ ︵ ﹃ 法 華 経 の 中 国 的 展 開 ﹄ 第 一 一 編 、 第 一 章 、 四 ︶ 、 参 照 。 ︵ U ︶法華玄義七ノ上、 ︵ ロ ︶ 法 華 玄 義 七 ノ 上 、 ︵日︶佐々木憲徳著寸天台教学﹄第二章、第四節、方便寿量。 ︵叫︶拙稿﹁大乗仏教における悟りとその階梯﹂︵東北印度学宗教学論集、第 9 号 、 所 収 ︶ 、 参 照 。 ︵日︶拙著﹃天台教観の研究﹄第三章、天台実相論における性悪の問題、ならびに拙稿﹁天台教観における悟りと救いの構造﹂ ︵ 日 本 仏 教 学 会 年 報 、 第 四 十 四 号 、 所 収 ︶ 、 参 照 。 ︵ 日 山 ︶ 法 華 玄 義 六 ノ 上 ︵げ︶安藤俊雄著可天台学論集﹄所収、第二部、天台仏身観の主体的性格、参照。 天 台 教 観 に お け る 仏 身 観 と そ の 特 色 ︵ 星 宮 智 光 ︶ 二