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佛教大学総合研究所紀要 2006(別冊)号(20061225) 129米澤実江子「『荘厳記』について (浄土教典籍の研究)」

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全文

(1)

について

はじめに

﹃荘厳記﹄の具名は﹁擢邪輪荘厳記﹂といい 明 恵 一 房 高 弁 (一一七三()一二三二、以下明恵) あ る 。 による撰述(一二二二) で 本書は、﹃選択本願念仏集﹄(法然一房源空(一 一 三 一 一 一

、-ノ 一一九八、以下﹃選択集﹄) の批判書として著した 二二二)において略して著さなかった内容 をあらためでまとめ、﹃擢邪輪﹄での批判を補うことを目的と して著されたものである。このような理由から著された﹃荘厳 ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ ( 三 巻 、 記﹄ではあるが、諸本の調査ならびに内容については﹃擢邪 輪﹄に比べ未だまとまったものがない。そこで、本稿はこれら の二点について述べるものである。

諸本について

本書諸本の所蔵については、﹃お茶の水図書館蔵新修成筆堂 文庫善本書目﹄、﹃叡山文庫天海蔵識語集成﹄、﹃国書総目録﹄、 ﹃鎌倉旧仏教﹄等によれば次のとおりである。 ︻写本︼お茶の水図書館(鎌倉初期写、 天 海 蔵 ( 叡 山 文 庫 ) 。 ︻版本}寛永三年(一六二六)版香川大、京大、他。 {活本︼﹃高僧名著全集﹄九、﹃浄土宗全書﹄八、﹃日本大 蔵経﹄華厳宗章疏下。 一 帖 ) 、 仁 和 寺 、 ﹂の中、仁和寺所蔵本については﹃鎌倉旧仏教﹄に﹁(仁和 寺所蔵﹃擢邪輪﹄(三巻各由来を異とする取集本))巻下と殆ど 同じ体裁の袋綴り冊子(墨付き二四丁) の﹃荘厳記﹄があり、

(2)

併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 本周恰筆と思われるが、書写の奥書はない﹂と記されている。版 本は先の目録等の記載の他に、大谷大学、大正大学、龍谷大学 等に併教大学図書館所蔵寛永三年版と同版が蔵されている。 石川文化事業財団お茶の水図書館成筆堂文庫 (以下成筆堂文庫)蔵本、叡山文庫天海蔵蔵本、併教大学図書 こ の 度 、 ( 財 ) 館蔵寛永三年版について調査させて頂くことができたので、そ る の結果について、成筆堂文庫蔵本を底本として述べることとす 同 ︹1] 書誌概略(文中﹁/﹂ は底本における改行を示す。以下 成筆堂文庫蔵本 員 数 一 冊 ~p 記 ︼ ﹁ 方 便 智 院 ﹂ ( 朱 方 印 ) 量︼縦二六、二糎×横十五、四糎 ︼押界(界高、二二、二糎) ︻ 法 界 題 愈︼なし 外 題 ︼ ﹁ 荘 厳 記 ﹂ 内 題 ︼ ﹁ 擢 邪 輪 荘 厳 記 ﹂ 尾 題 ︼ ﹁ 擢 邪 輪 荘 厳 記 一 巻 ﹂ ︻ 丁 数︼六九葉 一 三 O 本 文︼全体一筆、訓点、注記。片面八行 奥 書}(裏表紙見返) 建暦三年六月廿二日 沙門高弁 於高尾寺別院栂尾住房草之了 この写本は、﹁方便智院﹂の朱方印を有することから、もと 高山寺方便智院所蔵であったことがわかる。また﹃お茶の水図 書館蔵新修成賞堂文庫善本書目﹄には、﹁明恵自筆﹂と記され ている。そこでこの写本に附されている見せけちに着目し、検 討してみる。(行取りは底本に随った、()内は﹃浄土宗全 書﹄八巻(以下﹃荘厳記﹄の引用は﹃浄全﹄) 下、他の訓点省略、太字は筆者による) の頁とその上 ①十五丁オ ( 七 七 九 頁 下 ) 者量此智詮一切諸法悉皆平等而独自在 不等耶是故内自平等為皆平等而独自在 大浬繋外不失照名菩提智賓性論中如光 ②二七丁オ ( 七 八 四 頁 下 ) 唯惣説法住時分也云末法万年者約興 廃差別封詮道以教道為末法万年者約 興廃差別封詮道以教道為末於教道中 取上品教道不論下品教道例如於正像中唯 ③三

O

丁 ウ ( 七 八 六 頁 上 )

(3)

也彼文也彼文一多謝弁謂於二二千界中有多 ①は、前行の﹁皆平等而独自在﹂を繰り返し書写したための 見せけちであると考えられる。②は、見せけち直前の文字が ﹁末﹂であることから、目移りによって前行の﹁法万年者約興 廃差別封詮道以教道為末﹂を繰り返し書写したものと考えられ る。③もまた前の三文字である﹁也彼文﹂を繰り返し書写した ための見せけちである。 これらの見せけちの状態からは、手元に原本があり、 それを 書写したために生じたものではないかと考えることができる。 このことが肯首される場合、﹁明恵自筆﹂とされていることに 再考の余地があると考えられる。 叡山文庫天海蔵蔵本 叡山文庫には以下の﹃荘厳記﹄が蔵されている。 ︻ 写 本 } ﹁ 天 海 蔵 ﹂ ( 1 0 / 3 9 / 2 1 0 ) 和綴じ一部一冊 ︻刊本︼﹁慈眼堂蔵﹂袋綴じ一部一冊寛永三年の刊記 寛永三年の刊記 ﹁真如蔵﹂袋綴じ一部一冊 これら三部の中、刊本の二冊は、俳教大学蔵本と同版であ る。以下は﹁天海蔵﹂所蔵の写本について示す。 ︻員数︼一冊。︻体裁︼袋綴じ装{印記︼遊紙ウ左下﹁山門蔵 本﹂(黒方印)、一丁オ右下﹁天海蔵﹂(黒方印)。︻外題︼擢邪 ﹃荘厳記﹄について 輪荘厳記全。︻内題︼擢邪輪荘厳記一巻。︻尾題︼擢邪輪荘厳 記一巻。︻題愈︼なし。︻法量︼縦二一、三糎×横十八、七糎。 ︻界}なし。{丁数︼墨付き六十四丁(遊紙前後各一紙)、一面 九行、一行十七文字、︻奥書︼なし。最終葉に﹁天海﹂

(

1

一 六 四 三 ) 署 名 、 在 判 ( 方 印 ) 。 内容は、数箇所の誤字と、五十七丁オにおいて、一行前後し ている箇所が一箇所確認できる。返り点、連続付、送りがな等 は、忠実に底本に依ったものか否かは不明である。 併教大学蔵寛永三年版(﹁極楽寺文庫 /377 ﹂ ) ︻員数}一冊。︻体裁}﹃擢邪輪﹄巻下と一具・袋綴じ装。{印 記︼なし。︻題愈︼巻下の刷り題愈(﹁擢邪輪下﹂)の下方に 墨書にて﹁荘厳記入﹂とある。︻法量︼縦二六、七糎×横 十 八 、 0 糎。︻内題︼擢邪輪荘厳記一巻。︻尾題︼擢邪輪荘厳記 一巻。︻丁数︼五一丁。︻界︼単界。一面十行、一行二十字。 ︻奥付︼建暦三年六月廿二日沙門高排/於高尾寺別院栂尾住房 草之畢(本文と同版) 今 + 紘 一 巻 以 7 7 石水院経蔵之本繕写之頗/可謂正本失但如下愚小 才何排字画之靴/舛哉庶後見之輩使魯魚葎鴻改正之者不/亦宜 乎/時元和己未秋八月日沙門通暁(異版) 為流通将来重加精校命工更刻之/安置栂尾山高山寺観海院/寛

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併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 永三年龍集良日(異版) [ 2 ] 校異による検討(校異の結果を示す場合、所蔵本の別は )内の表記とする) 成賓堂文庫蔵本(成本) を底本とし、叡山文庫天海蔵蔵本 (叡本)、俳教大学図書館蔵寛永三年版(寛本)を校本として、 注記を中心に検討をしてみた。(以下、成本の該当箇所、( 内は﹃浄全﹄の頁とその上下を示す) ①文字・語句の異なり(傍点筆者) -四八丁ウ ( 七 九 三 頁 下 ) 成本・叡本﹁輪上文約加行差別一出二義不同一﹂ 寛 本 ﹁ 輪 上 文 約 一 一 加 行 差 別 一 出 二 三 義 不 同 一 ﹂ この一文は、﹁輪﹂すなわち﹃擢邪輪﹄における次の文を指 す 。 但 約 一 一 加 行 差 別 一 論 二 其 不 同 一 時 有 一 一 一 念 仏 非 一 一 観 仏 一 謂 如 二 愚 鈍 女 人 等 称 名 念 仏 一 不 レ 観 一 一 仏 色 相 等 一 故 非 二 観 仏 一 有 一 一 称 念 義 一 故 立 一 一 念 仏 名 一 是 故 念 仏 義 寛 通 一 一 観 仏 一 故 観 仏 三 昧 経 等 以 レ 観 一 一 仏 身 色 相 等 一 名 一 一 念 仏 三 昧 一 此 例 諸 経 論 非 レ 一 観 仏 義 狭 有 下 不 レ 通 一 一 観 仏 一 称 名 念 仏 義 上 故 は、加行の段階において、その内容は異なるもの ﹁ 念 仏 ﹂ の、仏の身色を観ずる観仏の義と、非観仏である称名の義とを

含むことから﹁寛い﹂意味があるとし、﹁観仏﹂ は非観仏の称 名は含まないので﹁狭い﹂意味であるとする。﹃荘厳記﹄では この内容を指していることから、成本、叡本の﹁二義﹂が正し い と 考 え ら れ る 。 -四九丁オ ( 七 九 三 頁 下 ) 成本・叡本﹁観者観見是恵心所業﹂ 寛本﹁観者観見是恵心所分末﹂ この一文は﹃擢邪輪﹄からの引用である。﹃擢邪輪﹄では ﹁観者観見是恵心所業﹂となっていることから、成本、叡本が 正しいと考えられる。 -四九丁オ ( 七 九 三 頁 下 ) 成 本 ・ 叡 本 ﹁ 断 疑 為 業 云 々 今 所 一 一 一 日 ﹂ 寛本﹁断疑為業別今所言﹂ ( 七 九 八 頁 上 ) 成本・叡本﹁照触第十地職位菩薩﹂ 寛本﹁照第十地職位菩薩﹂ 以上のことから、成本によって、内容を明確に把握できる箇 所が確認できる。又これらの他に、成本の﹁花﹂、﹁反﹂は寛本 -五九丁ウ においては概ね﹁華﹂、﹁獲﹂となっている。 ②見せけち・訂正(﹁書誌概略﹂での三箇所を除く) -七丁オ ( 七 七 六 頁 上 )

(5)

謂 く 二而不二也諸順第一義(﹁諸﹂左傍に見せけちし 右 傍 に ﹁ 謂 ク ﹂ ) -二 五 丁 オ ( 七 八 四 頁 上 ) 叡本・寛本﹁二而不二也謂順大一義﹂ 七寓歳等時(﹁等﹂左傍に見せけち) 止 叡本・寛本﹁七寓歳時﹂ -十 三 丁 オ ( 七 七 九 頁 上 ) 諸論諸説皆・シヌ(書損左傍に見せけちし界外に -二 七 丁 ウ ( 七 八 四 頁 下 ) ﹁ 曾 ﹂ ) 万年後時法滅(﹁時﹂左傍に見せけち) 止 叡本・寛本﹁万年後法滅﹂ 叡本・寛本﹁諸論諸説皆曾﹂ -一 二 二 丁 ウ ( 七 八 七 頁 上 ) -女十六丁ウ ( 七 八

O

頁下) 九十九億臆真土麿八十不可説(﹁臆﹂左傍に見せ 止 寛 有 本 差 「か別 有 異 差 (

里別

左 傍 見 せ け ち け ち ) 叡本・寛本﹁九十九億慮真土八十不可説﹂ -十 六 丁 ウ ( 七 八

O

頁 上 ) -四 一 丁 ウ ( 七 九

O

頁下) 此不同分事理(﹁同﹂左傍に見せけち) 止 叡本・寛本﹁此不分事理﹂ 所引観仏三昧経(﹁三味﹂左傍に見せけち) 止 止 叡本・寛本﹁所引観仏経﹂ -十 七 丁 オ ( 七 八

O

頁 下 ) -四 四 丁 オ ( 七 九 一 頁 下 )

コ難

冶 可 」 止 ー 改 め る 冶出之(﹁ご 左 傍 に 見 せ け ち し 又上旬隻非云讐観経(﹁讐﹂左傍に見せけち) 止 叡本・寛本﹁又上旬非云讐観経﹂ 叡 本 ・ 寛 本 ご こ -四 九 丁 オ ( 七 九 三 頁 下 ) -一 二 丁 ウ ( 七 八 二 頁 下 ) 彼少彼児戯論称名(﹁彼﹂左傍に見せけち) 止 叡本・寛本﹁彼少児戯論称名﹂ 次五五百年闘誇堅固(﹁五﹂左傍に見せけちし 止 ﹁五百﹂に改める) -五一丁ウ(七九四頁下) 能 能 ス ル ヵ 通 ス ル ヵ 衆 行 ( ﹁ 能 ス ル ヵ ﹂ 左 傍 に 見 せ け ち し 止 叡 本 ・ 寛 本 ﹁ 次 五 百 年 闘 一 帯 堅 田 ﹂ ﹃荘厳記﹄について

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俳教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 一 三 四 に改める) 叡 本 ・ 寛 本 ﹁ 能 通 ス ル ヵ 衆 行 ﹂ ﹁ 通 ス ル ヵ ﹂ -二 二 丁 ウ ( 七 八 二 頁 下 ) 五 仰云過千

o

百年後釈迦法(右傍に﹁五﹂) -五 二 丁 ウ ( 七 九 五 頁 上 ) 叡本・寛本﹁仰云過千五百年後釈迦法﹂ 称名亦以可用之(﹁用﹂左傍に見せけちし、欄上 に﹁同﹂と書す) -二 五 丁 オ ( 七 八 三 頁 下 ) 於此能住

o

体難有多門(欄上に﹁法﹂) 叡本・寛本﹁称名亦以可同之﹂ 叡本・寛本﹁於此能住法体難有多門﹂ 以 上 の 見 せ け ち で は 、 ﹁ ! ﹂ ﹁ 止 ﹂ ﹁ グ ﹂ の 三 種 が 確 認 で き る 。 -二 六 丁 ウ ( 七 八 四 頁 上 ) 也 劣業所感過此時 o 論三時不同(右傍に﹁也﹂) ③挿入注記 叡本・寛本﹁劣業所感過此時也論三時不同﹂ -十 丁 オ ( 七 七 七 頁 下 ) -二七丁オ(七八四頁下) 輪文 其釈 o 出之(原割注)(右傍に﹁輪文﹂) 也 此 一 心 惣 説 更 無 違 o 開 発 菩 提 心 章 ( 右 傍 に ﹁ 也 ﹂ ) 叡本・寛本﹁其釈輪文出之﹂ 叡本・寛本﹁此一心惣説更無違也開発菩提心章﹂ -二 八 丁 オ ( 七 八 五 頁 上 ) -十 一 丁 ウ ( 七 七 八 頁 上 ) 可 如彼加行無念観等

o

思之(右傍に﹁可﹂) 庭感与教 o 正法中(欄上に﹁例如﹂) 叡本・寛本﹁臆感与教例如正法中﹂ 叡本・寛本﹁如彼加行無念観等可思之﹂ 四 丁 オ ( 七 八 七 頁 下 ) 十 四 丁 オ ( 七 七 九 頁 下 ) 難有末法之言

o

如正像等説年限(欄脚に﹁末ど) 大乗法界無差別 o 説菩提心十二種義(左傍に﹁論 論 ニ 叡本・寛本﹁難有末法之言未如正像等説年限﹂ -L一一 ¥句./ -三 八 丁 オ ( 七 八 九 頁 上 ) 唯出先滅之 o 言(右傍にご﹂) 叡本・寛本﹁大乗法界無差別論説菩提心十二種 義 叡本・寛本﹁唯出先滅之一言﹂

(7)

-四三丁オ(七九一頁上) 叫 ん 一 軒 一 時 切 に 十 O 仏仏名遍数者(左傍に﹁也若シ加所﹂) 也若シ加所 叡 本 ・ 寛 本 日 間 計 一 号 に 十 也 若 加 所 仏 仏 名 遍 数 者 ﹂ ・五一丁オ(七九四頁下) 十地菩薩不離念 o 賓文等是也(右傍に﹁三﹂) -六 一 一 丁 オ 選 此

o

揮者兼摂取也(右傍に﹁選﹂) ( 七 九 九 頁 下 ) 叡本・寛本﹁此選揮者兼摂取也﹂ ④異本注記ならびにその他の注記 叡本・寛本﹁十地菩薩不離念三賓(叡本﹁宝﹂) -三 五 丁 オ ( 七 八 八 頁 上 ) 其イ本 只出愚壊一分也

o

得否碩徳(挿入注記し右傍に 文 等 是 也 ﹂ -五一丁オ(七九四頁下) 四 等 o 者即四摂也(右傍に﹁心ト﹂) ﹁ 其 イ 本 ﹂ ) 叡本・寛本﹁只出愚壊一分也其得否碩徳﹂ 叡本・寛本﹁四等心者即四摂也﹂ -四 一 丁 ウ ( 七 九

O

頁下) 観 答日本願念仏行讐巻巻経中委既説之(右傍に -五 二 丁 ウ ( 七 九 五 頁 上 ) 一 人 警一如有三人無道心之人 o 読諦法華(右傍に﹁ ﹁ 観 ﹂ ) 人 ﹂ ) 叡本・寛本﹁答日本願念仏行讐観経中委既説之﹂ 叡本・寛本﹁警如有二人無道心之人一人読諦法 -四二丁オ(七九一頁上) イ本元 汝集釈此文云言言望仏本願者(右傍に﹁イ本元﹂) 韮 十 ﹂ -五六丁ウ(七九七頁上) 名 非如地上詮会真如 o 摂取(右傍に﹁名﹂) 叡本・寛本﹁汝集釈此文云言望仏本願者﹂ -四 二 丁 ウ ( 七 九 一 頁 上 ) 何 者 讐 観 ィ 経 発 願 文 云 ( ﹁ 讐 ﹂ と ﹁ 経 ﹂ の問、右傍 叡本・寛本﹁非如地上詮会真如名摂取﹂ -五 六 丁 ウ ( 七 九 七 頁 上 ) に ﹁ 観 イ ﹂ ) 多分以意業用為本然 o 真言宗(左傍に﹁依ニ﹂) 依 ニ 叡本・寛本﹁多分以意業用為本然依真言宗﹂ 叡本・寛本﹁何者讐観経発願文云﹂ -女五二丁オ ( 七 九 五 頁 上 ) ﹃荘厳記﹄について 一 三 五

(8)

仰教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 右 凡 傍 諸 に 文 「 含

空与

止薬奪 義 奪 の左傍に見せけちし 寛本﹁凡諸文含与奪義﹂ -六十丁オ ( 七 九 八 頁 下 ) 光明住因也果

o

是現光也(挿入注記し左傍に﹁者 者イ本 イ 本 ﹂ ) 叡本・寛本﹁光明住因也果者是現光也﹂ 墨の濃淡、筆致等から、③に挙げた挿入注記は概ね同筆と思 われるが、④に挙げた注記は別筆と思われる。 [ 3 ] まとめ 以上、成本を底本として﹃荘厳記﹄の字句の異同ならびに注 記について考察してみた。成本における﹁見せけち﹂ は、見せ けちを施し、続けて文章を書していることから、本書製作と同 時のものと考えられる。 また、﹁①文字・語句の異なり﹂ に お いては、成本と叡本とが一致しており、寛本は異なっている。 ﹁ ② ③ ④ ﹂ では女印を除いて叡本と寛本とが一致する。これら のことから、成本において﹁見せけち﹂﹁挿入注記﹂等を施し た内容が、叡本寛本双方の底本の基になっていると考えられる が、①から、叡本と寛本の底本は それぞれ別であったと考え ら れ る 。 一 一 ニ 六 成本は、先の書誌概略での考察において、 その誤記のあり方 から、著者自身が内容を考えながら書いた場合の誤記ではな く、手元に控えがあった上での目移りによる可能性が高いと考 えられ、成本が明恵自筆とされていることには再考の余地があ ることを述べたが、注記等の考察から成本が﹃荘厳記﹄諸本の 原型であると考えられ、 また奥田勲氏、金水敏氏の研究によっ て方便智院の室町期成立の目録に﹁擢邪輪荘厳記﹂の書名が確 認されており、成本はこの﹁方便智院﹂の印記を有しているこ とから、今回調査させていただいたものがそれに該当するもの と考えられる。これらのことから、成本が ﹁ 明 恵 自 筆 ﹂ の如何 に関わらず貴重な書であることに変わりはないものと考える。

﹃擢邪輪﹄ならびに﹃荘厳記﹄における﹃選択集﹄批判の内 容について、﹃荘厳記﹄の序では以下のように述べる。 今就一市此擢邪輪一部中所破過失一 (中略)総計レ之有二十六 種過一十三如一一輪文出 v 之 於 一 一 此 記 中 一 亦 加 一 一 三 種 一 総 為 一 一 十六一(中略)︿己上十三種過失中初六過本輪中立一一大段一 破 レ 之 後 七 過 因 ニ 義 便 一 散 一 一 破 之 一 臨 レ 文 可 レ 見 ﹀ 今 此 記 中 加 一 一 三種一者謂一謬一一解摂取不捨名義一過二以二念仏一名二本願一

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而 謬 二 解 観 経 説 不 説 一 過 三 謬 一 一 解 十 声 十 念 義 一 過 ( ︿ ﹀原割注) ﹃擢邪輪﹄では十三の過失を挙げ、﹃荘厳記﹄ではさらに三の そこで、先ず﹃擢邪輪﹄において述 過失を述べるとしている。 べたとする十三の過失を﹃擢邪輪﹄の内容と対応させ、次いで ﹃荘厳記﹄において述べる一一一の過失を列挙すると次のようにな る。(番号は﹃荘厳記﹄序における記載順、訓点省略) ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ 援去菩提心過失(巻上) 一、①以菩提心不為往生極楽行過 弁定菩提心義 弁定二百一十億仏利浄機義 ③云浄土有三悪趣過 ⑨云従浄土浸堕積土悪趣過 二、②言弥陀本願中無菩提心過 三、③以菩提心為有上小利過 四、④言双観経不説菩提心井言弥陀一教止住時無菩提心 過(巻中) 五、⑤言菩提心抑念仏過 弁定念仏定散義 料簡観経疏文 ﹃荘厳記﹄について ⑩執往生宗中観仏三味念仏三昧別体過 五余、⑪謬解光明遍照之経文過(巻下) ⑥ 以 聖 道 門 誓 群 賊 過 失 蹴 一 唯 一 一 一 位 一 一 一 ⑦ 於 群 賊 睦 言 一 中 隠 自 過 失 過 ⑫云仏果一切功徳不及名号功徳過 ⑬能立一宗不成過 ﹃ 荘 厳 記 ﹄ ⑭謬解摂取不捨名義過 ⑮以念仏名本願而謬解観経説不説過 ⑮謬解十声十念義過也加此為十六過失 次に﹃荘厳記﹄の構成を確認する。(︻問端︼ の下は﹃荘厳 記﹄に挙げる﹃擢邪輪﹄の文。( )内は﹃鎌倉旧仏教﹄の頁 とその上下) 一、題目義(﹃浄全﹄七七四頁下、以下同書の頁とその上 下 ) 二、菩提心決中菩提心体性義(七七五頁下)。 所論は﹁弁定菩提心義﹂宝二九頁下) 一 二 、 第 一 門 決 中 ( 七 八 一 頁 下 ) 。 ︻ 問 端 } 輪 云 間 如 一 一 此 文 下 文 一 云 中 品 三 人 無 一 一 菩 提 心 一 故 仏 不 一 一 来 仰 一 云 云 今 何 云 レ 有 一 一 菩 提 心 一 乎 答 下 文 云 不 レ 発 一 一 無 上 大 菩 提 心 一 不 レ 簡 一 一 小 乗 菩 提 心 一 也 一 時 七

(10)

併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ ( 三 二 六 頁 上 ) 四、法住時分義(七八一頁下) ︻ 問 端 } 輪 云 若 約 一 一 第 二 家 説 一 従 一 方 年 一 以 後 至 一 一 万 兵 劫 時 一 若 約 一 一 第 三 家 説 一 従 -一 万 年 一 以 後 至 一 一 七 万 歳 時一也認(三四二頁上) 五、法滅時菩提心経住不住義(七八八頁下) ︻ 問 端 ︼ 輪 云 但 此 義 不 一 一 必 定 執 一 若 非 -一 道 理 一 者 且 為 下 対 二 汝 非 理 執 一 我 亦 致 中 非 理 難 上 一 日 六、第五門決定散章中(七八九頁下) ( 三 五 一 頁 下 ) ︻問端}輪云是故観経疏第四散善義云五従一一若念 仏者一下回得レ為二比類二戸(三五三頁上) 七、第五門決定散章中念仏三昧余行兼不兼義(七九

O

頁 上 ) ︻ 問 端 ︼ 或 於 一 一 念 仏 行 中 一 有 レ 兼 一 一 読 諦 大 乗 等 余 行 一 如二観仏三昧経第十云一等詔(三五七頁上) 八、料簡疏文章中念仏三昧観仏三昧同異義(七九

O

頁 下 ) 。 所 論 は ﹁ 菩 提 心 言 レ 抑 -一 念 仏 一 過 ﹂ ( 三 五 八 頁 上

i

)

九、摂取不捨義(七九四頁上) ︻ 間 端 ︼ 輪 云 望 一 一 地 上 菩 薩 識 所 変 浄 土 一 諸 境 難 レ 通 一 一 有漏無漏一今善導意且挙二無漏義辺一無漏義亦難レ 通 二 心 境 一 善 導 意 亦 取 一 一 無 漏 心 心 所 法 一 ( 三 七

O

頁 下 ) 二 ニ 八 十、人空理中五組空義(八

O

一 頁 下 ) ︻ 問 端 ︼ 輪 云 人 空 理 中 五 趨 皆 空 一 日 以上の十箇が﹃荘厳記﹄に挙げる項目と問端である。これら ( 三 七 三 頁 下 ) は一は題目、二と三は﹁第一の過失﹂ での﹁弁定菩提心義﹂、 四と五は﹁第四の過失﹂ での﹁経道滅尽﹂、六・七・八は﹁第五 の過失﹂での﹁念仏三昧観仏三昧﹂、九は﹁第五の余の過失﹂、 十は﹁菩提心を嬢去する過失﹂ のまとめの内、等について再論 するものである。 また本書において述べるとする三つの過失 ( ⑭ ⑮ ⑮ ) の内、⑭は九の﹁摂取不捨義﹂ において、⑮⑮は八 の﹁料簡疏文章中念仏三昧観仏三昧同異義﹂において論じられ ており、批判項目として挙げられていない。このことは、前の 序に 十三種過失中初六過本輪中立二大段一破レ之後七過因二義便一 散 二 破 之 一 と、﹃擢邪輪﹄で述べる十三の過失の内、後の七の過失は大段 を立てずに﹁義便によって散破﹂したと述べるのと同様に﹃荘 厳記﹄の文中において散破される形式を取るものである。 以上のことから、﹃荘厳記﹄では﹃擢邪輪﹄の﹁題目﹂と、 ﹁大文第一、菩提心を援去する過失﹂の中、第一、第四、第 五、第五の余、等を論じており、﹁大文第二、聖道門を群賊に 喰 え る 過 失 ﹂ については論じていないことがわかる。

(11)

内容概観

[ 題 目 義 ] ここでは﹃擢邪輪﹄の具名である﹁於一向専修宗選択集中擢 邪輪﹂の中に、批判の対象である﹃選択集﹄の名を入れた理由 について、﹃選択集﹄と簡別する為であるとし、また智僚の書 の題名を挙げることによって、このような題目の例は特別のこ とではないことを示す。 [菩提心決中菩提心体性義] 菩提心体性義は、﹃擢邪輪﹄の、第一の過﹁以二菩提心一不レ 為 二 往 生 極 楽 行 一 過 ﹂ の 初 め に ﹁ 先 須 一 一 一 弁 一 一 定 菩 提 心 義 L として 論じられる内容で、そこでは、次の十一の典籍が引用される。 ①善導﹃観経疏﹄﹁序文義﹂。②元暁﹃遊心安楽道﹄。③表公 ﹃ 華 厳 経 文 義 要 決 問 答 ﹄ ( 取 意 ) 。 ④ 善 導 ﹃ 観 経 疏 ﹄ ﹁ 序 文 義 ﹂ ( ① とは別所)。⑤道紳﹃安楽集﹄。⑥世親﹃無量寿経論﹄(取意)。 ⑦世親﹃十地経論﹄(内容指摘)。⑧世親﹃発菩提心経論﹄。⑨ 蓮華蔵菩薩﹃広釈菩提心静。⑩馬鳴﹃大乗起信響。⑪世親 ( お ) ﹃ 仏 性 論 ﹄ ( 取 意 ) 。 ⑫ 龍 樹 ﹃ 菩 提 心 離 相 論 ﹄ 。 この内、①と②は共に菩提心の行相について述べていること を示すものである。③を以て﹁浄土家の発心は縁発心である﹂ ﹃荘厳記﹄について とし、④⑤⑥は③の文証として引用されるものである。⑦は ﹁ 此 菩 提 心 為 下 於 一 一 諸 教 一 有 中 差 別 上 乎 ﹂ と の 設 問 に 対 す る 答 と し て ﹁ 三 乗 行 者 於 一 一 三 乗 菩 提 一 起 一 一 希 求 心 一 随 一 一 其 三 根 差 別 一 出 二 三 種 菩 提 一 ( 中 略 ) 難 レ 有 一 一 分 位 不 同 一 其 心 体 無 一 一 差 別 一 也 ﹂ と す る 文証として引用されるものであり、③⑨⑩は⑦(菩提心体無差 に対して﹁諸宗釈文不同﹂という反問としての引用であ 別 義 ) る。このように文証、反問等の形を取りながら多様な解釈を挙 げ、結論として⑪﹃仏性論﹄の﹁三種仏菩提﹂、⑫﹃菩提心離 相論﹄の﹁法無我平等自身本来不生自性空故﹂等を⑦の文証と して引用して﹁与一一法無我理一相応心指レ此云二菩提心 L ﹁ 諸 教 菩提心其体性無二差別一也﹂等と、菩提心の体性を定義する。 ﹃荘厳記﹄では、﹃擢邪輪﹄において菩提心の体性をこのよう に定義した理由を 此決中所三以明二菩提心体無差別義一者世間浅識男女等聞二 教 文 不 同 浅 深 差 別 一 執 一 一 心 体 各 別 義 一 理解の浅い衆生は﹁経文の不同﹂に執われ、それぞれの文に よって菩提心の体に差別があるものと誤った理解をしてしまう からであると述べる。また 此 心 無 二 差 別 一 通 一 二 切 諸 仏 法 一 以 為 一 一 命 根 一 菩提心は一切諸仏の法を通じて命根であるとし、一方で﹁顕二 其体一教門不同諸義差別﹂するものであるとして、教えの説き 一 三 九

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傍教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 方においては不同があるとする。このように﹁菩提心体無差 一方で﹁教文不同﹂と述べることについて、先ず菩 提心のご心総説﹂の文証として﹃法界無差別論﹄﹃菩提心離 相論﹄﹃仏性論﹄等を挙げ、次に﹁別説﹂の文証として智僚の 別 ﹂ と し 、 ﹃孔目章﹄﹁賢首品所立発菩提心章﹂の﹁体性者随義不同略有一一 三種二相発二息相発三真発﹂の文を引用して﹁随一一発心浅深一 分 二 始 中 終 不 同 一 ﹂ つ こ と を 示 す 。 このように示すことは、教文には、﹃菩提心離相論﹄等のよ うに菩提心の体を論じる内容と、﹃孔目章﹄のように﹁発門﹂ すなわち衆生の機根に相応した発心について論じる内容等があ ることを示すものである。 以上のことから、﹃擢邪輪﹄の﹁弁定菩提心義﹂ では教門に おける﹁別説﹂として﹃観経疏﹄、﹃遊心安楽道﹄、﹃安楽集﹄等 を挙げ、﹁総説﹂として﹃菩提心離相論﹄によって、菩提心体 の無差別を示し、﹃荘厳記﹄では﹁発門﹂(衆生の機根の差別、 ﹃孔目章﹄)を示すことによって、教文が多様に説かれることを 示 す 。 [ 第 一 文 決 中 ] こ こ で は ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ ﹁ 第 一 の 過 ﹂ 下 、 ﹃ 群 疑 論 ﹄ ) において﹃釈浄土群疑論﹄(以 での﹁中品下生仏不来迎﹂の理由について、 一 四 O 下 文 云 不 レ 発 一 一 無 上 大 菩 提 心 一 不 レ 簡 一 一 小 乗 菩 提 心 一 山 町 ﹃群疑論﹄の﹁中品の三人は無上の大菩提心を発さず、小乗の 菩提心を簡(へだて) なかった﹂とする文を示したことについ て述べるものである。 ﹃荘厳記﹄では﹁仏不来迎﹂ について 先 発 二 大 心 一 薫 一 一 成 種 子 一 後 時 退 レ 心 不 レ 起 一 一 現 行 一 由 下 先 発 一 一 大 心 一 種 子 不 上 レ 失 故 得 一 一 作 レ 因 往 生 一 先ず大心を発してその種子を薫じれば、後に退心して大乗の行 を行わない者でも、大心の種子を失わないことで、往生の因と な る 、 と す る 。 ﹃群疑論﹄では﹁中品下生仏不来迎﹂ の 前 ⋮ に 中 品 三 人 退 一 一 大 乗 心 一 発 一 一 小 乗 意 一 退 一 一 大 乗 行 一 修 一 一 小 乗 前 一 中品の三人は大乗の心と行とをを退し、小乗の意を発し小乗の 行 を 修 す 、 とあることから、﹃荘厳記﹄ではこの内容をふまえ て﹃擢邪輪﹄の説示を説明していると考えられる。﹁大心﹂ と は大乗の菩提心のことであり、大乗と小乗とを峻別することを 示 す 。 ︹ 法 住 時 分 義 ] こ こ で は ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ 第 四 の 過 ﹁ 破 下 云 三 双 観 経 不 レ 説 一 一 菩 提 心 一 井云三弥陀一教止住時無一一菩提心一過上﹂における﹁経道滅尽﹂

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に つ い て 述 べ る 。 ﹃擢邪輪﹄では﹁発心の因縁﹂の例として、釈尊が因位にお いて地獄の衆生であった時、地獄において発心したという﹃大 方便仏報思経﹄の本生語を引用して 此 則 釈 尊 為 一 一 罪 人 一 之 昔 見 一 一 衆 生 苦 一 発 二 菩 提 心 一 有 二 慈 悲 一 人 皆 以 可 レ 同 レ 之 慈悲心があれば、地獄での発心も可能であることを述べ、他に も多くの経典を引用して﹁発心の因縁﹂が多種多様であること を 示 す 。 また 若 有 一 一 発 心 一 者 聞 法 得 道 亦 不 レ 疑 是 故 止 住 百 歳 等 文 亦 約 一 一 経 道 興 廃 二 途 説 也 更 非 レ 謂 下 約 一 一 人 機 一 無 中 如 レ 此 諸 門 上 也 一 ﹁止住百歳﹂とは経道の興廃という観点から述べる一つの解釈 であり、様々な衆生の機根を考えれば教門がなくなることはな い と す る 。 ﹁ 発 心 の 因 縁 ﹂ については多くの経典を引用して詳細に論じ るのであるが、これに比べて、﹁経道滅尽﹂ について引用され る典籍は懐感の﹃群疑論﹄、善導の﹃往生礼讃﹄、環興の﹃無量 寿経連義述文賛﹄、道紳の﹃安楽集﹄の四書のみである。この ことから﹃擢邪輪﹄では﹁発心の因縁﹂が多様に存在すること を示すことに重点をおいたものと考えられる。 ﹃荘厳記﹄では﹁法住時分義﹂ のはじめに ﹃ 荘 厳 記 ﹄ に つ い て 今案一一此法住義一総有一三門二別説三時門二総説法住門然 此 二 門 始 終 無 一 一 相 違 一 也 法住の義には別説三時門と総説法住門とがあり、この二門は矛 盾することはないとし、別説三時門は、諸門に不同はあっても 皆同じく盛衰不同という観点から始中終の義を立てたものであ り、総説法住門は不可思議なる因縁業力によって常住すると述 べ る 。 ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ ﹁ 発 心 の 因 縁 ﹂ の多様性を示すことを中 において 心に論じたことは、発心の可能性を限定することを批判したも の と 考 え ら れ る 。 しかし﹃荘厳記﹄では﹁発心の因縁﹂を示す ための典籍は引用されず、もっぱら﹁経道滅尽﹂ に対する諸師 の異説を示す為に多くの典籍が引用される。このことは、前の ﹁菩提心体性義﹂と同じく、法住義に﹁総説﹂と﹁別説﹂があ り、さらにその別説を詳説することによって、解釈を一つに限 定することを批判するものであると考えられる。 [法滅時菩提心経住不住義] ﹂こでは﹃擢邪輪﹄の次の内容について述べる。 輪 云 但 此 義 不 一 一 必 定 執 一 若 非 二 道 理 一 者 且 為 対 一 一 汝 非 理 執 一 我 亦 致 一 一 非 理 難 一 ここにいう﹁此義﹂とは、﹃擢邪輪﹄において﹃無量寿経﹄ 四

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俳教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ の ﹁ 特 留 此 経 ﹂ の義を﹁阿弥陀仏の願力によって﹃無量寿経﹄ が末世に留まるのは、阿弥陀仏の教えが留まるということであ り、他の経典についていうものではない﹂とした内容を指し ﹃擢邪輪﹄では続けて ﹁ 汝 ( 法 然 ) の誤った執着に対し、我 (明恵)も道理に外れたことを言ったまでである﹂とした。﹃荘 厳記﹄ではこの後半部分について述べる。 ﹃擢邪輪﹄では﹃出生菩提心経﹄を引用し、釈迦が因位にお い て 経 典 を 学 び 、 その善業によって末世に﹃出生菩提心経﹄を 得たこと、薄福の衆生が生死流転の中において阿弥陀仏の願力 によって、﹃出生菩提心経﹄を得たこと、 また阿弥陀仏の願力 によって末世に﹃出生菩提心経﹄が顕揚する等のことを示す。 ﹃荘厳記﹄では、先ず﹃擢邪輪﹄での﹃出生菩提心経﹄の引 用文について 如 於 一 一 彼 後 末 世 一 執 持 在 -一 其 手 一 之 文 者 若 我 為 随 レ 仏 市 学 者 遂 一 一 末法値遇一乎愚-一斯由阿弥陀願力如是果之文一者若我為如レ 願 而 信 者 起 一 一 無 上 道 心 一 乎 ﹁彼の後の末世に於て執持して其の手に在り﹂というのは、仏 に随って学べば末世で (経典に)値遇することをいい、﹁阿弥 陀仏の願力に由り、是の如く果る﹂というのは、阿弥陀の願を 信じれば無上の道心を起こす、 と解釈することを示し、 その上 で法然の解釈に対して 四 汝 失 一 一 釈 文 之 方 軌 一 唯 出 二 先 滅 之 一 言 一 以 此 為 一 一 所 以 一 駿 一 7 菩 提 心 一 釈文の方軌を失し﹁先滅﹂の一言のみに執着して菩提心を廃 するものであるとし、 ま た 菩 提 心 発 起 之 因 縁 随 事 無 量 ( 中 略 ) 一 一 一 一 口 論 往 復 章 段 繁 広 一 経 文 義 随 分 勘 一 一 註 之 一 住 滅 両 義 碩 徳 可 レ 定 一 一 説 之 一 而 巳 発菩提心の因縁は無量であり、解釈も多種多様であって、経文 は各衆生に相応するよう考えられ記録されたものである、 と 批 判 す る 。 先にみたように、明恵は、法滅も発起の一因縁としており、 また仏仏道同であって、阿弥陀一仏も諸仏も同等であり、 そ れ ぞれの願は一切衆生の一々に相応させるためのものである、 と いう立場から﹃出生菩提心経﹄ の解釈を示し、﹃無量寿経﹄の ﹁ 特 留 此 経 ﹂ の文によって阿弥陀仏の教えが末世に留まるとい うことは、諸仏の教えも留まるとする。こうして﹁正論﹂を述 べることで、﹃擢邪輪﹄での﹁此義﹂がどのように﹁非理難﹂ であったかを示すものである。 [第五門決定散章中] ﹂こでは﹃擢邪輪﹄の次の文を挙げる。 輪 云 是 故 観 経 疏 第 四 散 善 義 云 五 従 一 一 若 念 仏 者 一 下 到 得 レ 為 一

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類 一 日 一 蒜 輸 な 具 此 中 既 於 一 一 散 善 義 中 一 立 一 一 三 昧 名 一 此 約 一 一 善 体 一 立 レ 名也 ﹃擢邪輪﹄では﹃観経疏﹄散善義の文を挙げて﹁散善義の中 に三昧の名を立てるのは善行の体から散善の行について述べる ものである﹂とし、散善の行は 約 二 人 位 一 取 レ 之 終 不 レ 発 一 一 定 心 一 故 摂 一 一 散 善 中 一 ( 卸 定心を発すことができない者の行であるとする。 ﹃荘厳記﹄では、﹃観経疏﹄の定善・散善の二義は﹁正宗分﹂ であるが、﹃擢邪輪﹄で散善義に念仏三昧の名を立てる文証と して引用する﹃観経疏﹄の文は﹁流通分﹂の文であると指摘し た上で、この箇所を散善義を示す文として文証に引用したこと を 説 明 す る 。 観 一 一 疏 意 一 有 一 一 二 流 通 義 一 謂 以 一 一 経 行 此 三 昧 者 乃 至 何 況 憶 念 文 一 為 二 定 善 流 通 一 是 故 疏 釈 一 一 此 文 一 中 云 一 明 下 総 標 一 一 定 善 一 以 立 中 三昧之紙上等一一次輪文所レ引即散善流通文也隣一一次上定善流 通文一此文来是故於一一当疏中一設余処所レ言念仏三昧名言難レ 有 一 忌 散 之 濫 一 於 一 散 善 称 名 一 立 一 一 三 昧 名 一 此 解 釈 殊 明 白 也 ﹃観経疏﹄流通分には定善流通義と散善流通義の二つがあ り、定善流通義は﹃観経疏﹄において﹃観経﹄の﹁行一一此三昧一 者現身得レ見一一無量寿仏及二大士一若善男子及善女人但聞一一仏名 二菩薩名一除一一無量劫生死之罪一何況憶念﹂の文を釈すのに四つ ﹃荘厳記﹄について の意義があるとする中の第一をご明下総標定善以立中三昧之 名上﹂とすることから、﹃観経﹄のこの文を指すとする。次に 散善流通義は﹃観経疏﹄において﹃観経﹄の﹁若念仏者当レ知 此人即是人中芥陀利花観世音菩薩大勢至菩薩為一一其勝友一当坐二 道場一生二諸仏家 L の 文 を ﹁ 正 顕 一 一 一 念 仏 三 昧 功 能 超 絶 実 非 一 一 雑 善 得 ? 為 一 一 比 類 L と釈す箇所であるとする。﹃観経疏﹄には前の 文には﹁定善﹂の語があって、後の文には﹁散善﹂の語はない が、この二つの文は並んで述べられていることから、先の文が ﹁ 定 善 流 通 義 ﹂ で、これに続く文が﹁散善流通義﹂ であること は明らかであり、 よって流通分を散善義の文証として引用する ﹂とに問題はないとする。 [第五門決定散章中念仏三昧余行兼不兼義] ここでは﹃擢邪輪﹄の次の文を挙げる。 輪 云 於 一 一 念 仏 行 中 一 有 レ 兼 一 一 読 語 大 乗 等 余 行 一 如 一 一 観 仏 三 昧 経 第 十 云 一 これは、善導が念仏三昧の行儀として称名の一行を勧めるの は、﹁一類の称名の行者の為に一つの方法を示す﹂ものであ り 一方、総ての行者についていうのであれば、読諦大乗、持 戒等の諸縁を具足することによっても念仏三昧が成就されるも のであるということを﹃観仏三昧経﹄を文証に述べ、﹁総﹂と 四

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併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ ﹁ 別 ﹂ の観点から、善導の解釈を別説の一つであるとした文の 一 部 で あ る 。 ﹃荘厳記﹄では 於二諸行中一念仏三昧殊具一一持戒等諸縁一成二就之一也何者謂 余 三 昧 値 一 通 解 行 二 友 一 修 禅 支 分 具 足 発 一 一 近 分 根 本 禅 一 皆 有 一 一 成就之軌儀一又或有四発レ禅未三必云一一見仏聞法一此称名三昧 唯 以 一 一 浄 心 称 名 方 便 一 直 発 一 一 三 昧 一 見 仏 開 法 殊 制 -一 犯 戒 見 慢 等 過 一 可 レ 為 一 一 支 分 一 也 如 下 彼 依 一 一 未 至 定 一 得 一 一 初 二 果 一 等 上 者 入 観 時 雄 レ 不 レ 起 一 一 染 心 一 居 家 聖 者 出 観 時 有 一 一 白 妻 等 愛 染 一 今 称 名 三 昧 尚 可 レ 超 一 一 過 此 二 向 専 修 百 即 百 生 義 是 得 二 成 お ) 一 念仏三昧は持戒等の諸縁を具足することによって成就するもの であり、他の三昧においてもそれぞれに﹁成就の軌儀﹂がある とする。また在家の行者においては禅を発しても見仏聞法でき ない場合があるが、称名三昧は浄心称名方便を以て犯戒見慢等 を制することによって三昧を発して見仏開法することができ、 また軌儀をふまえた称名三味は百即百生するのであるから、未 に依って得る初二果を 至定(初禅定を得るための準備的修行) 超過するものであるとする。 このように、三味には成就の軌儀があり、三昧の状態には ﹁近分定﹂﹁根本定﹂等があり、また行者にも﹁初二果﹂という ﹁位﹂を示すことによって、修行の段階があることを示すこと 四 四 によって、善導の所説がご類の行者﹂﹁一つの方法﹂を説く もの、すなわち別説の一つであるとした﹃擢邪輪﹄の解釈の妥 当性を示すものであると考えられる。 [料簡疏文中念仏三昧観仏三昧同異義] ここでは、﹃観経疏﹄ に説かれる﹁念仏三昧﹂ と﹁観仏三 昧﹂の両三昧における同義と異義について述べる。 ①﹁同義﹂について ﹃擢邪輪﹄では観の成就はすなわち念の成就であり、﹁観仏三 昧と念仏三昧とは異体無し﹂とし、また﹁観見﹂すなわち﹁見 る ﹂ と い う の は 、 心(意識) と眼根(視覚能力)とに因るもの であるので、念と観とは一心であり、 義﹂であるとする。 ﹂の意味において﹁同 ﹃荘厳記﹄では、﹃選択集﹄第十二章において﹁本願の念仏行 は﹃無量寿経﹄に詳説するので﹃観経﹄では重説しない)﹂とす る内容を批判することによって、念仏三昧と観仏三昧との同義 に つ い て 述 べ る 。 先ず﹃観経疏﹄について、 善導釈一一観経持無量寿仏名付属文一云望仏本願等一戸汝集釈二 此 文 一 云 言 一 一 望 仏 本 願 一 者 指 一 一 双 観 経 四 十 八 願 中 第 十 八 願 一 也 一 向 爾 者 説 難 レ 不 レ 説 一 一 発 願 義 一 若 説 二 念 仏 一 者 望 一 一 双 観 経 一 即 是 本

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願 念 仏 也 汝 何 可 レ 云 三 観 経 不 一 一 重 説 一 乎 ﹃観経疏﹄では﹃観経﹄の﹁持無量寿仏名﹂を﹁望仏本願﹂ として﹃無量寿経﹄の本願に依て解釈していることから、﹃観 経﹄の﹁持無量寿仏名﹂とは﹃無量寿経﹄第十八願に説かれる 念仏のことであり、同じく﹁称南無阿弥陀仏﹂ は ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ の本願の念仏を指しているとする。 次に、﹃無量寿経﹄第十八願の﹁乃至十念﹂ を善導が﹁十 声﹂と解釈することについて、 解 日 此 文 委 細 説 一 一 称 名 義 一 何 者 謂 能 所 合 論 称 名 惣 有 一 一 三 法 一 一 念 二 声 三 仏 名 也 ( 中 略 ) 今 以 一 一 仏 名 一 為 一 二 一 法 故 今 言 一 千 念 一 者 其 法 体 即 二 十 一 法 肘 一 日 計 時 沼 十 也 若 加 一 一 所 念 仏 名 遍 数 一 者 即 為 二 三 十 法 一 也 諮 口 一 位 向 山 鯨 腕 ( ね ) 明恵は﹁称名の位には必ず心念有り。十声というは声を挙 げ、必ず心念に摂す也﹂という立場から、称名には、念・声・ 仏名の三の法があり、﹁十声﹂ には十の念法と十の声法と仏名 の一法とで二十一法があるとする。この解釈を基に、善導が ﹃無量寿経﹄の﹁十念﹂を﹁十声﹂と解釈するのは、﹁乃至十念 称南無阿弥陀仏﹂ に二十一の法が含まれていることを示すもの よって﹃無量寿経﹄の 釈するものであるとして、﹃観経﹄においては本願の念仏を詳 で あ り 、 ﹁ 十 念 ﹂ の一句をより詳細に解 細に説くものであるとして、先の﹃選択集﹄の解釈を批判す ﹃荘厳記﹄について る。このように、念・声・仏にそれぞれ法があることを示し、 念と声とを各別に捉える立場は﹃選択集﹄第三章における﹁念 声是ごの解釈に対する批判へと展開する。 念者是心所声者是色心色既異何為一体乎 念とは心郡山)であり、声とは的であるので﹁念声是ごと解釈 することはできないとした上で、﹃選択集﹄において﹁念声是 この文証として引用した懐感の﹃群疑論﹄について次のよう に 述 べ る 。 勘 二 汝 所 レ 引 感 師 解 釈 一 群 疑 論 第 七 釈 三 出 声 称 名 為 一 一 心 念 成 就 方 便 一 処 云 故 観 経 言 是 人 苦 逼 不 レ 達 一 一 念 仏 一 善 友 教 令 三 可 称 一 一 南 無 阿 弥 陀 仏 一 如 レ 是 至 レ 心 令 一 一 声 不 7 絶量非下苦悩所レ逼念 想 難 レ 成 令 一 一 声 不 絶 至 心 便 得 上 今 此 出 レ 声 学 一 一 念 仏 定 一 亦 復 如 是令声不 v 遂 得 一 一 三 昧 一 見 一 一 仏 聖 衆 一 ( 中 略 ) 念 想 為 一 一 自 性 一 称 名 為 一 一 資 糧 一 証 拠 一 (白+交)然目前故 ( 中 略 ) 為 二 声 念 格 別 おしえ ﹃群疑論﹄で﹁今声に出して念仏定を学るのは、絶えず声に まみえ 出すことで仏と聖衆と見ることができる﹂というのは、称名の 相続は心念成就の方使、換言すれば、念想は自性、称名は資糧 と解釈した上での文であるので、﹃選択集﹄でいうような﹁念 古 戸 且 比 一 ﹂ の文証にはならないとする。﹃群疑論﹄のこの文は、 昧の境地(心念成就) に至って見仏(観仏)する、 とあるの 一 四 五

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併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ で念仏三昧、観仏三味の﹁同義﹂としての文証でもある。 ここでの批判は、﹃荘厳記﹄において新たに加える三種の過 失 の 内 、 ﹁ ⑮ 以 一 一 念 仏 一 名 一 一 本 願 一 而 謬 一 一 解 観 経 説 不 説 一 過 ﹂ な ら び に ﹁ ⑮ 謬 一 一 解 十 声 十 念 義 一 過 ﹂ を 含 む 。 ② ﹁ 異 義 ﹂ について ﹃擢邪輪﹄では、観仏は観見(慧の心作用) であり、仏の色 相に約し、念仏は憶念(忘れないという心作用)であり、広く 諸法に通ずるものであるという点で異義であるとする。 れ は、人位ならびに加行位の異なりから論じるもので、﹁念仏﹂ は各位の異なりに関わらず、称名から観仏まで通じていること の か 義 ら で 寛 あ の る 義 と と す(し る包 観 仏 は称名の段階では顕現しないので狭 ﹃荘厳記﹄では﹃擢邪輪﹄の説示をふまえて、 総 説 二 種 三 味 有 一 一 二 名 一 無 一 三 体 一 於 一 瓦 加 行 位 一 有 一 寛 狭 義 一 約 二 此 差 別 一 釈 二 観 念 二 字 一 以 配 一 一 念 恵 心 所 一 也 念仏三昧と観仏三昧とは別体ではないが、加行位における観と 念には寛狭の差別があり、これによって観・念の二字を慧の心 所と念の心所に配したとする。 また﹃擢邪輪﹄において﹁如一一愚鈍女人等称名念仏一不レ観一一 仏 色 相 等 一 故 非 一 一 観 仏 一 有 一 一 称 念 義 一 故 立 一 一 念 仏 名 一 ﹂ と い う よ う に﹁愚鈍女人の称名念仏﹂という一類を挙げたことについて、 一 四 六 ﹃荘厳記﹄では、念と慧の心所について種々の解釈(﹁宗家﹂の ﹁別﹂とする説、唯識家の﹁不必倶起﹂の説、小乗の﹁遍三性 心﹂の説、大乗有論師の﹁五心所必倶起﹂ に﹃成唯識論﹄において﹁習定愚鈍人﹂ の 説 ) を 挙 げ 、 え ど り に 対 し て 論 じ る 箇 脈 ) を 示すことによって、﹃擢邪輪﹄の説も特殊な例法ではないこと を示す。また﹃成唯識論﹄での論法を示しつつも、内容に至っ ては、﹃成唯識論﹄の﹁習定愚鈍人﹂と﹃擢邪輪﹄での﹁愚鈍 女人(散位称名愚鈍人)﹂とは行者の能力不同によって行の果 にも異なりが生じるとする。 ﹂のように﹁観﹂とは慧の用らきによって所観の境を簡択し た上での﹁観察の義﹂ であり、﹁念﹂とは念の用らきによって であるので、観 曾て所受した境を忘れないという﹁憶念の義﹂ と念とは﹁異義﹂ で あ る と し 、 また加行の各位の異なりに相応 するものであるとする。 [ 摂 取 不 捨 義 ] ﹃擢邪輪﹄﹁第五門決の余﹂ では﹃選択集﹄第七章ならびに に対して﹁念仏衆生摂取不慣の文は、称 名の行者に限らず観仏等の行者も摂取を蒙るとして批判する。 ﹁ 摂 取 不 捨 憂 茶 羅 ﹂ ﹃荘厳記﹄では次の点から批判する。 ①﹁惣じて念仏の義を料簡す﹂として﹃菩提資糧論﹄を文証

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に、念仏には﹁自性念仏﹂と﹁資糧念仏﹂の二種があることを 示し、﹁自性念仏﹂とは﹃観無量寿経﹄の﹁真身観﹂をはじめ 諸宗の念仏による観行のことであり、﹁資糧念仏﹂とは正見と 相応して仏に帰依する一切の善のことであって、称名行はこの 資糧念仏に含まれるとする。またこのような解釈は念仏宗にお いても同様であり。 此二種念仏別説有二浅深差別一通説為一二念仏一 自性念仏と資糧念仏は、行相等の浅深の差別によって別説する が、総じては一つの念仏であるとする。そしてこのような解釈 を示した上で 主伴相従而取レ之皆為一二念仏三昧一摂一一取称名浅行人一者倍 摂ニ取深念行者一理在絶言也 一つの念仏として、称名の浅行人を摂取するのであるから、深 念の行者を摂取するのは当然のことであるとする。 ②﹃擢邪輪﹄の次の文について解釈を示す。 輪云望一地上菩薩識所変一浄土諸境難レ通一一有漏無漏一今善導 意 且 挙 一 一 無 漏 義 辺 一 無 漏 義 亦 難 レ 通 一 一 心 境 一 善 導 意 亦 取 一 一 無 漏 心 心 所 法 一 此の文は、専修人の﹁心光は身光の体である﹂という立場か ら明恵の身光(光明遍照十方世界)と心光(念仏衆生摂取不 捨)とは異なるとする解釈への反問の一部である。 ﹃荘厳記﹄について ﹃擢邪輪﹄ではこの反問に対して﹃観経﹄第九﹁真身観﹂を 文証として、身光が十方の衆生を照らすのは阿弥陀仏の大悲の 心光が専念の行者を摂取するのは阿弥陀仏とこの行 者との感応によるものであると解釈すべきであり、善導も同じ 解釈であるとする。 徳 を 顕 し 、 ﹃荘厳記﹄では先の専修人の聞いの中、﹁今善導意且挙一 7 漏 義辺 L と﹁無漏心心所﹂の二文について述べる。 ②一、﹁且挙無漏義辺﹂について 解日善導疏上下文顕一一浄土依正一多唯明二無漏義一故是以疏 釈 二 地 下 荘 厳 一 中 云 一 明 二 瞳 体 等 是 無 漏 金 剛 二 ロ 又 釈 一 一 池 渠 観 一 中 云 言 一 一 金 剛 一 者 即 是 無 漏 之 体 也 等 一 ロ 此 等 皆 約 一 一 果 徳 一 且 挙 一 一 無漏義辺一不レ尽一一諸門一也又釈二度苦衆生経文一中云浄土之 中一切聖人皆以二無漏一為レ体大悲為レ用畢寛常住離一一於分段 之生滅二戸(中略)此亦未レ尽一語門一也(中略)謂依二善導 意 一 九 品 生 人 一 向 為 一 一 凡 夫 一 往 生 極 楽 後 亦 弁 一 一 勝 進 階 降 一 善導は﹃観経疏﹄において、仏の依正は、その多くが無漏で あることを明かしているとする。依報には地下荘厳、池渠観等 の例を挙げ、これらは﹁果徳に約した﹂解釈であるとし、正報 では浄土の聖人について﹁分段生死を離れる﹂ことのみを述べ ている点を挙げ、これによって善導の解釈は﹁諸門を尽くす解 さらに善導は﹁九品皆凡﹂とすることか 釈ではない﹂とし、 四 F七

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俳教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ ら、凡夫の為の一つの解釈を述べるものであって、往生極楽の 後に勝進階降があることを弁えた解釈であるとする。 ② i 二、﹁無漏心心所﹂について 言 ニ 無 漏 心 心 所 一 者 如 レ 次 配 一 一 弥 陀 心 光 勢 至 智 光 一 ( 中 略 ) 弥 陀 果 満 位 是 覚 王 故 配 一 一 心 王 一 勢 至 居 困 地 是 補 佐 故 配 一 一 心 所 一 ( 中 略 ) 故 云 取 一 一 無 漏 心 心 所 法 一 等 也 可 思 却 無漏の心(心王) 至(困地の菩薩) の心光に、無漏の心所は勢 の智光にそれぞれ配すとし、﹁善導の意も亦 は弥陀(覚王) 無漏の心心所の法を取る﹂とするのは、このような解釈に依る ものであるとする。 以上の二点から、﹃擢邪輪﹄では﹁心光﹂ と ﹁ 身 光 ﹂ の解釈 について述べたのに対し、﹃荘厳記﹄では﹁善導の解釈﹂ は 多 様な解釈のうちの一つを述べるものであることを示す。 ③﹃擢邪輪﹄の次の文について解釈を示す。 輪 云 仏 地 色 心 倶 雄 一 一 尊 高 一 慈 念 功 徳 約 一 一 意 業 一 故 摂 取 不 捨 之 ( 間 ) 言 全 不 レ 関 二 身 光 一 これは、前の﹁専修人の問い﹂ に対する答であり、﹃荘厳 記 ﹄ に お い て 述 べ る ﹁ ⑭ 謬 一 一 解 摂 取 不 捨 名 義 一 過 ﹂ について に あ た る 。 ③一、﹁摂取の義﹂ ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ で は 、 心光摂取について﹁念仏を先とするのは、 仏名を称えても仏を念じることがなければ往生することはでき 一 四 八 ない﹂とし、摂取とは﹁念﹂、すなわち意業による摂取である また善導の﹁三縁の義﹂もこれに准じて知るべきであ と し た 。 る と す る 。 ﹃荘厳記﹄では随義不同であるとして、﹃擢邪輪﹄では﹁証得 ( 問 ) ( 以 ) ( 邸 ) の義﹂﹁感応の義﹂﹁摂(持)の義﹂等を述べたことをいい、﹃荘 厳記﹄ではさらに﹁願行獲得の義﹂﹁受化の義﹂﹁随順の義﹂を ( 肌 ) 挙 げ る 。 ③ー二、﹃選択集﹄第七章章題﹁弥陀光明不レ照二余行者一唯 ( 即 ) 摂二取念仏行者 L について ここでは﹃華厳経﹄から、三つの内容を教証として引用し、 ( 問 ) ﹃選択集﹄における矛盾を示す。 ー﹁仏の因位(十地菩薩) における身光は、諸大地獄の衆生か ら十方の菩薩に至るまで遍く照らす﹂ のであるから、果位 ( 仏 ) に至った後に身光によって照らさない衆生があるという こ と は な い 。 H ﹁十地満時の菩薩は、十方一切の諸仏の照触を受けて成仏す る﹂のであるから、阿弥陀一仏のみが念仏宗以外の菩薩を照ら さないということはない。

m ﹁衆生が五塵煩悩を息め、仏の教えを求めるのは、光明の用 きによる﹂のである。 すなわち、諸仏道同の仏事において、阿弥陀仏一仏のみが例

(21)

外ではないとし、称名の行者のみを照らす﹁摂取不捨憂茶羅﹂ を 批 判 す る 。 ﹁摂取不捨﹂の解釈について、﹃擢邪輪﹄では主に光明の意義 (心光と身光の理解)、摂取の対象となる行(称名に限定しない 念仏善)、善導の解釈等について述べたが、﹃荘厳記﹄では、光 明の照鰯・摂取の主体である仏について述べる。 ③三、﹁選択﹂と﹁摂取﹂ について ﹂こでは﹃選択集﹄第三章の文を挙げる。 双 巻 経 意 亦 有 一 一 選 択 義 一 謂云一一摂取一二百一十億諸仏妙土清浄之行是也選択与摂取 其 言 難 レ 異 其 意 是 同 然 者 捨 一 一 不 清 浄 行 一 取 一 一 清 浄 之 行 一 也 ﹃選択集﹄では﹁選択とは取捨の義﹂といい、また﹁選択と 此中選択者即是取捨義也(中略) 摂取とは同意﹂という。これに対して﹃荘厳記﹄では次のよう に い う 。 若如一一此解釈一者摂取者即是取捨義也然経文既云一一念仏衆生 摂 取 不 捨 一 不 レ 雑 一 一 余 衆 生 一 然 摂 取 若 為 一 一 取 捨 義 一 者 於 一 一 念 仏 衆 生 中 一 取 一 一 何 衆 生 一 捨 一 五 円 衆 生 一 乎 ﹃選択集﹄の解釈では、﹁摂取﹂と﹁取捨﹂とが同義ということ になり、﹁念仏衆生摂取不捨﹂の文は、念仏の衆生の中にも摂 取される者と取捨される者とが生じることになると批判し、 え ﹂ ら ﹃荘厳記﹄について 釈 二 大 阿 弥 陀 経 文 一 可 レ 言 此 選 択 者 兼 一 一 摂 取 一 也 釈 二 双 観 経 文 一 可レ言此摂取者兼一選択一也両経文互顕一三義一也更不レ可レ 云下選択興一一摂取一其言難レ異其意是向上也(中略)大阿弥陀 経云選一一択心中所願一等双観経云其心寂静志無一一所着一乃至 具二足五劫思惟一摂取等故爾者此選択者簡択義摂取者摂持 義也於一一心心所中一是別境五中恵念心所也(中略)集所引 大 阿 弥 陀 経 文 総 通 一 三 百 一 十 億 仏 利 一 故 起 レ 恵 選 一 一 択 其 勝 劣 一 必 有 レ 念 可 レ 摂 一 一 其 妙 土 一 也 双 観 経 文 別 局 一 一 諸 仏 妙 土 中 勝 行 一 故 起 レ 念 摂 一 一 取 之 一 也 故 文 云 一 一 清 浄 之 行 一 是 故 選 択 義 寛 通 一 一 二 百 一 十 億 一 故 摂 取 義 狭 属 一 一 清 浄 行 故 一 組 耕 一 銭 哨 臓 耕 一 一 湖 一 鈎 也 ( 以 ) ﹃大阿弥陀経﹄ならびに﹃無量寿経﹄の文は、ともに選択と摂 また﹃大阿弥陀経﹄では﹁心中の所願を 選択﹂することから、この選択は簡択の義、すなわち慧の心所 取とを兼ねるもので、 であるとし、﹃無量寿経﹄では﹁五劫思惟して摂取﹂すること から、この摂取は摂持の義、すなわち念の心所であるとする。 このように﹁選択﹂と﹁摂取﹂とは同義ではないので、﹁選択 と摂取は同意である﹂ということはできないという批判であ る 。 [人空理中五離空義] ﹂こでは﹃擢邪輪﹄の次の文を挙げる。 一 四 九

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併教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 人空理中五組空 ﹃荘厳記﹄では、この文について澄観の﹃五趨観門﹄を文証 として次のように述べる。 大 乗 中 説 -一 法 空 一 時 五 語 法 皆 空 我 執 何 住 是 故 依 一 一 大 乗 実 義 一 人空理中五植法皆空也然汝之所執始終違一一背此道理一是故 以 為 一 一 性 有 心 一 也 人法ともに空である大乗の理りにおいて五菰皆空であるにも 関わらず、法然の執着はこの道理に違うものである、 と し て 、 法然に対して性有心であると批判する。常に大乗と小乗とを峻 別した立場の批判である。

五 、

構成と内容のまとめ

﹃荘厳記﹄では﹁摂取不捨義﹂ の最後に﹁釈文の方軌﹂ tこ イ〉 い て 述 べ る 。 汝 未 レ 知 一 一 釈 文 方 軌 一 夫 対 レ 文 先 歴 一 一 権 実 一 探 レ 義 両 教 倶 有 判 ニ 浅深一二宗有無定一一半満一(中略)三乗教之分説是一乗海之 一諦也是故一経文義悉含二諸乗法門一各随レ機悟入皆為一一甘 露要門一是名二無障無碍法界法門一 先ず、教文について権教と実教とを区別し、義を探り、両教 共に在ればその内容の浅深を判じ、二宗の有無においては声聞 五 O 蔵教と菩薩蔵教とを定める等と示し、最終的に、三乗の分説は 一 乗 海 の 一 滴 で あ り 、 一つの経文の義は諸乗の法門を含み、衆 生の機に即して悟入する為の甘露の要文であると述べる。これ は明恵の仏教観を端的に示すものである。 ( 印 ) ﹃擢邪輪﹄では多くの典籍を引用し、その解釈を以て、﹃選択 ( 盟 ) 集﹄は経文を誤解し、また善導の意にも反しているということ を立証することで﹃選択集﹄を批判する。﹃荘厳記﹄でも同様 に、多数の典籍を引用するが、その引用態度は﹃擢邪輪﹄での 説示を、﹃擢邪輪﹄と同じ視点から補足するものではなく、異 なった視点から、典籍を論証として引用し、しかも大乗仏教と ( 邸 ) して相反しないことを示すものである。このことから、﹃擢邪 輪﹄と﹃荘厳記﹄は﹁応二機根一設一一随宜法一是大聖善巧也十二 ( 印 刷 ) 部経八万法門浅深差別開合不同専依一一此義一也﹂というよう に、仏の教えが多様な解釈から成り立っている意義は、 一 切 衆 生の人位・行位の異なりの一々に相応するためである、という 立場から著し、反対に﹃選択集﹄は一言一文に執着し、他を廃 すもので、釈文の方軌を逸脱した内容である、と示す意図が あったと考えられる。

(23)

、 注 ( 1 ) ﹃明恵上人行状記﹄下(喜海撰、以下﹃仮名行状﹄) 建暦二年壬申秋比、或所一一シテ上人講経説法ノ次ニ選択集ノ中 一一処処一二向専修ノ行ヲ立トシテ菩提心ヲ接去シ、井聖道門ヲ モテ群賊一一タトウル義を出シテ、重々ノ難決ヲ設ヶ、悌法ノ大 宗一一ソムケルヨイヲ破ス、其後専修人ナカニ彼集ニスへテ此義 無シ、自ノ僻見ヲ述ルナリト云フ聞へアチ、殆ト来聞アルニヨ テカノ決答ノタメニ擢邪輪三巻高山寺ニシテ同年十一月廿三日 コレヲ撰出畢ヌ(中略)又彼擢邪輪ハ専修人ニ対スル難詰ヲサ キトシテ卒がニコレヲ草スル問委細ノ析簡コレヲ略スルニヨテ 同三年月日重テ荘巌記一巻ヲ作テ彼ノ記中ニ残ルトコロノ 義ヲチリハメ樟ス其後流布セスシテナヲ思惟スルトコロニ子細 アルニヨテ同年三月一日始テ現行流布セシムルナリ(高山寺典 籍文書綜合調査団編﹃明恵上人資料﹄一(高山寺資料叢書第一 冊)東京大学出版会、一九七一、四五 i 四 六 頁 ) 。 以上の内容から、﹃擢邪輪﹄は建暦二年十一月廿三日に完成 し、翌年三月一日、高名なる人に進上され、﹃荘厳記﹄は﹃擢 邪輪﹄進上の後、同年六月廿二日に完成したことがわかる。 ( 2 ) ﹃擢邪輪﹄の内容について、箇々の批判を挙げながら全体と しての﹃選択集﹄に対する批判内容を分析したものに、石田充 之﹁高弁の擢邪輪に示す反論の異義﹂(﹃鎌倉浄土教成立の基礎 研究﹄百華苑、一九九六年、一四一 1 一八八頁)があり、また ﹁菩提心説﹂を中心に論じたものに、末木文美士﹁擢邪輪考﹂ (﹃日本仏教思想史論考﹄大蔵出版、一九九三(初出﹁理想﹂ 六

O

六、一九八三))がある。書誌については、梶原隆徳﹁鎌倉 時代の擢邪輪写本並に袋中上人筆評擢邪輪に就いて﹂(﹁専修学 報﹂三、一九三六)、鎌田茂雄・田中久夫校注﹃鎌倉旧仏教﹄ ﹃荘厳記﹄について ( ( 新 装 版 ) 岩 波 書 居 、 一 九 九 五 、 五 一 一 r 1 ' 五一五頁)、拙稿﹁六 波羅蜜寺所蔵﹃擢邪輪﹄について﹂(高橋弘次先生古希記念論 集﹃浄土学俳教学論叢﹄(上巻)二

OO

四年、四二九頁)他が ある。﹃荘厳記﹄の内容については、前川健一﹁擢邪輪荘厳記 について﹂(﹁印度学仏教学研究﹂四六一、一九九七)、拙稿 ﹁﹃擢邪輪荘厳記﹄の一考察引用典籍を中心に!﹂(﹁仏教学会 紀 要 ﹂ 九 、 二

OO

一 ) が あ る 。 ( 3 ) 川瀬一馬編著﹃お茶の水図書館蔵新修成費堂文庫善本書 目﹄(財)石川文庫事業財団お茶の水図書館、一九九二、 一 四 四 頁 。 ( 4 ) 叡山文庫調査会編著(叡山文庫調査会、二

0

0

0

)

O

頁 。 ( 5 ) 補訂版第三巻、六四三頁。 ( 6 ) 鎌田茂雄・田中久夫校注﹃鎌倉旧仏教﹄(新装版)岩波書店、 一九九五、五一五頁。仁和寺所蔵﹃擢邪輪﹄巻下の識語に﹁享 保三年(一五三

O

)

十 一 月 二 十 二 日 育 恰 ( 仁 和 寺 心 蓮 院 住 僧、天正七(一五七九)年寂)﹂とある。 ( 7 ) 併教大学図書館所蔵本書誌解説参照。大谷大学図書館所蔵本 ( 内 宗 大 一

O

五)、大正大学図書館所蔵本(一五四四四二 一、一五四│一一一一一ー二、龍谷大学図書館所蔵本 ( 2 6 8 ・2 /661W) 。 ( 8 ) ﹁方便智院﹂は明恵の高弟定真(一一七三 i 一 二 五

O

)

の 開 基である。定真ははじめ﹁円法房﹂と名乗り、理明房興然 ( 一 二 二 二 一

O

三(武内孝善編﹁理明房興然伝記編年史料 集﹂(﹁高野山大学論叢﹂十八号、一九八三)参照))より密教 を受学し、長く高雄に住した後、明恵に師事した。(﹁空達房定 真﹂(奥田勲﹃明恵 l 遍歴と夢﹄(東京大学出版、一九七八) 一八三頁参照)。定真の血脈については﹁明恵上人の血脈(都 五

(24)

傍教大学総合研究所紀要別冊﹁浄土教典籍の研究﹂ 賀尾流)﹂ならびに﹁高山寺代々記﹂(村上素道﹃栂尾高山寺明 恵上人﹄栂尾高山寺、一九コ二再版)参照。﹃方便智院聖教目 録﹄は室町時代に作成されたもの(旧目録)が一部残ってい る。﹃擢邪輪荘厳記一帖﹄の書名が確認できるのは、この目 録を寛永十年に整理し諸目録を加えて再編した﹃方便智院聖教 目 録 制 開 時 制 録 ﹄ ( 新 目 録 ) に お い て で あ る 。 ( 金 水 敏 ﹁ 方 便 智 院 聖 教目録﹂影印・翻字、解説(﹃明恵上人資料﹄第四、東京大学 出版会、一九九八))。また、奥田勲氏の﹁高山寺経蔵の室町・ 江戸時代の典籍について﹂(﹃高山寺典籍文書の研究﹄高山寺典 籍文書綜合調査団編、東京大学出版会、一九八

O

)

に よ れ ば 、 新目録において確認できる﹃擢邪輪荘厳記﹄の書名は一部残存 の旧目録においても一致しており、奥田氏も﹁現存本には見え ない。成筆堂善本書目所載の一帖がこれか。﹂(一三六頁)とさ れている。他に、旧目録ならびに新目録の一部図版が﹃高山寺 善本目録﹄一

O

五 頁 ( 番 号 一

O

八 、 一

O

九)(高山寺典籍文書綜 合調査団編、東京大学出版会、一九八八)に掲載され、同書に 石塚晴通氏の解説がある。 ( 9 ) ﹁明恵自筆本﹂とされていたものに、後代異議をとなえた例 として、大東急記念文庫﹃光明真言土沙勧信記﹄(影印)にお ける川瀬一馬氏の解説がある。そこには 昭和三一年に本文庫の﹁貴重所解題第二巻仏書の部﹂を執 筆し、その際改めて本書を検討して、その前に文化財の審 定で全巻明恵上人自筆と認められて指定されたものであっ たが、(中略)訂正加筆のみが明恵の自筆であって、本文 は近侍の門弟が師の命により稿補に基づいて清書を行った (中略)ものである。しかしながら明恵自身の著作の底本 としての価値は変わらない。 五 とある。(川瀬一馬監修﹃明恵上人手訂定稿本光明真言土沙勧 信記﹄、財団法人大東急記念文庫、一九八五年、二一九頁下 i 二 二

O

頁 上 ) 。 (叩)慈眼堂蔵の寛永三年版(内典 /6/301/144)( ﹃ 擢 邪 輪﹄三巻(内典 /6/299/142) と共に一部四冊として い る ) 。 (日)真如蔵の寛永三年版(内典 /23/7/739)( ﹃ 擢 邪 輪 ﹄ 三巻(内典 /23/3/695) と共に一部四冊としている)。 (ロ)﹃鎌倉旧仏教﹄三六二頁上(以下﹃擢邪輪﹄の引用は﹃鎌倉 旧仏教﹄の頁とその上下のみとす)。 (日)﹃鎌倉旧仏教﹄三六二頁上。 ( 凶 ) 注 ( 8 ) 参 照 。 (日)﹃浄土宗全書﹄第八巻、七七四頁上(以下﹃荘厳記﹄の出典 は﹃浄全﹄とその頁、上下とす)。 (日)前川氏において既に﹁三はこの、五は四の、六と七は八の傍 論である﹂こと、また﹃擢邪輪﹄﹁大文第二﹁聖道門を以て群 賊に喰える過失﹂は論じられていない﹂等の指摘がなされてい る ( 前 掲 論 文 ) 。 (口)﹁大方広仏華厳経捜玄分斉通知方軌﹂﹃大正新情大蔵経﹄(以 下 ﹃ 大 正 蔵 ﹄ ) 三 五 ( 一 七 一 三 一 ) 十 三 頁 中 。 (日)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁上。﹃観無量寿仏経疏﹄(以下﹃観経 疏﹄)、﹃大正蔵﹄三七(一七五三)二六

O

頁 上 。 (円)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁上。﹃大正蔵﹄四七(一九六五) 一 一 四 頁 中 。 (却)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁下。﹃目新纂大日本続蔵経﹄八、 四 二 七 頁 中 。 (幻)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁下。﹃大正蔵﹄三七(一七五三)

(25)

二 四 八 頁 中 。 (幻)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁下。﹃大正蔵﹄四七(一九五八)七頁 中 1 下 。 (お)﹃鎌倉旧仏教﹄三二

O

頁下。﹃大正蔵﹄二六(一五二四) 二 三 二 頁 下 。 (但)﹃鎌倉旧仏教﹄一三二頁上。﹃大正蔵﹄二六ご五二二) 一 三 八 頁 下 。 (お)﹃鎌倉旧仏教﹄コ二二頁上。﹃大正蔵﹄三二(一六五九) 五

O

九頁中、︻参考︼﹁経説﹂として﹁観身過患発菩提心思惟諸 仏発菩提心﹂の文を引用するが、この文は﹃発菩提心経論﹄に ﹁観身過患発菩提心﹂﹁思惟諸仏発菩提心﹂を四発心の類例とし て出す文である。これを﹁経の一例﹂として挙げたのは義寂 ﹃ 菩 薩 戒 本 疏 ﹄ ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 四

O(

一八一四)六七五頁中)に﹁発 菩提心経云﹂として﹃発菩提心経論﹄の同箇所が引用されてい ることに因ると考えられる。 (お)﹃鎌倉旧仏教﹄=二二頁上。﹃大正蔵﹄一二一一(一六六四) 五 六 四 頁 中 。 ( 幻 ) ﹃ 鎌 倉 旧 仏 教 ﹄ 二 三 二 頁 上 。 ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 一 二 一 一 ( 一 六 六 六 ) 、 五 八

O

頁 下 。 (お)﹃鎌倉旧仏教﹄一三二頁上。﹃大正蔵﹄一ニ一(一六一

O

)

七 九 四 頁 上 。 (却)﹃鎌倉旧仏教﹄ココ二頁上。﹃大正蔵﹄一二一一(一六六一) 五四一頁中。問、三一二頁下。問、五四二頁下。 ( 初 ) ﹃ 鎌 倉 旧 仏 教 ﹄ 一 二 一 二 頁 上 。 ( 剖 ) ﹃ 鎌 倉 旧 仏 教 ﹄ 一 二 一 二 頁 上 。 ( 詑 ) ﹃ 鎌 倉 旧 仏 教 ﹄ 一 二 一 二 頁 上 。 (お)﹃鎌倉旧仏教﹄一二一二頁下。この他、﹃鎌倉旧仏教﹄三二五頁 ﹃荘厳記﹄について 下﹁浄識乃至無漏心者是菩提心也是故初心行者亦以一一菩提心一 為 二 正 因 -得 一 一 往 生 L 。三四一頁下﹁無自性故畢寛真空指-一此真 空 理 } 名 二 二 空 所 現 真 如 一 此 真 如 中 有 -一 不 空 恒 沙 性 功 徳 一 此 性 功 徳 始顕現名二加行因一即是菩提心也﹂。等 (但)﹁無差別﹂﹁真性空﹂等と定義される菩提心は、この後多様に 論 じ ら れ る 。 ( お ) ﹃ 浄 全 ﹄ 七 七 五 頁 下 。 (お)﹃浄全﹄七七五頁下 i 七 七 六 頁 上 。 ﹃ 大 乗 義 章 ﹄ ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 四四(一八五一)五六六頁中)より引用。 ( 幻 ) ﹃ 浄 全 ﹄ 七 七 六 頁 上 。 ( お ) ﹁ 以 ニ 自 性 清 浄 心 不 空 如 来 蔵 一 為 一 一 菩 提 心 体 L ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 三 一 ( 一 六 二 七 ) 八 九 六 頁 中 。 ( 却 ) ﹁ 以 二 第 一 義 空 一 為 一 一 菩 提 心 体 L ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 二 一 三 ( 一 六 六 一 ) 五 四 一 頁 中 。 ( 的 ) ﹁ 以 二 有 為 願 行 一 為 一 一 菩 提 心 体 一 ﹂ ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 一 二 一 ( 一 六 一

O

)

七 九 四 頁 上 。 (叫)智億﹃孔目章﹄、﹃大正蔵﹄四五(一八七

O

)

五四九頁上 1 中 。 ( 必 ) ﹃ 浄 全 ﹄ 七 七 七 頁 下 。 (刊必叩)﹃擢邪輪﹄において発心の諸相を説くのは大門第一第四﹁芸 双 観 経 不 レ 説 } 二 一 菩 提 心 一 井 一 舌 言 吉 百 口 P J 三 ニ 弥 陀 一 教 止 住 時 無 一 二 一 菩 提 心 一 過 ﹂ で あ る 。 (叫)﹃大正蔵﹄四七(一九六

O

)

六 八 頁 上 。 (必)﹃鎌倉旧仏教﹄三二六頁上 1 下 。 ( 必 ) ﹃ 浄 全 ﹄ 七 八 一 頁 下 。 ( U ) ﹃大正蔵﹄四七(一九六

O

)

六 八 頁 中 。 ( 川 崎 ) ﹃ 鎌 倉 旧 仏 教 ﹄ 三 四 三 頁 上 。 こ の 前 に ﹃ 大 方 便 仏 報 思 経 ﹄ ( ﹃ 大 一 五 三

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