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(1)

EC ON OM IC S OF  T EC HN OC RA CY

読ん で

は し が き

第二章 生きる問題

第三章 何の為の貨幣なるか 第四章 価格制度とは何か

第五章 現在の価格制度は如何なる働をしているか

第六章 惨澹たる無駄

第人章 吾等は改造し得るや 1 使

E C O N O M I C S O F   T E C H N O C R A C Y

(2)

第十一章

第十二章

第十四章

第十五章第十六章

第十七章第十八章

第十九章第二十章

7 ¥  

1社会の貨幣

吾等は余暇そ如何に使用するか

其に就いて為すべきものほ何か

:::

第二提案:::通貨制度

第三提案:::実業家の計画

:

:

l

荒療治

政府に就いて起h来る変化立何か

吾等は敢て改造するや

l

L A

カ 三

わたくしのペンから出る一語たりとも氏の著書の内在的価値を増進することが出来ずとも︑其の書を一般に紹介す

ることを光栄に思う︒何故なれば︑氏の書は旧事物に対する新思想の紹介者達によって進められて行く思想の一般論

議から生ずる問題を啓蒙し得ることを信ずる︒

l

ル氏は其の著新共和国(一九三二年)の中にテクノクラシ!の主唱者達が抽象的に論述している処

()

を︑次の如き通俗的言葉で述べている︒

機械及び余分の人力使用の増加に伴い︑或一定量商品の生産に要する労働量は漸次減少している︒

(3)

現代産業に於げる根本的事実は︑物質資源に対するエナ

l

ジの適用であるつ

}

米国に於けるエ十

l

1

調査会辻︑生産の量に驚くべき増加を来し︑国内一般の人々に対して普遍的繁栄の可

能性を再現するための便宜を明かにすc

)

入手を省く機械の迅速なる使用は︑人間を狼狽させる程の速度をもって人間労働に代用され︑テクノロジカル

‑アンエンプロ

l

イメントは漸次に増大す︒

現行価格制度又は賃銀制度の下に於いて︑経済機関の運行を継続するために︑生産と購買力との効果ある均衡

を保持することは不可能である︒

()

この傾向に於いて︑価格制度は吾々を袋小路に導主︑其処で価格制度は崩潰に直面するだらう︒

目前に迫れる惨禍から逃れる道は︑生産をエンヂニア

l

又はテクノクラットの手中に投ずるにあり︑彼等は近

代生産の機械化及び其の基礎単位(エナ

l

l

単位)が富の生産に使用されていることを十分に理解している︒

といっている︒ (/¥) 

しかるに経済思想史に関して︑可なりの知識を有する人も︑新らしい服装をして︑旧思想を認め従来真の人聞が生 活してきたような粘り強い事実と単純さを︑テクノクラシ!の歌劇の中に認めている︒レエイグ氏自身も亦経済学者

として︑其の中に過度の単純化︑陳宵な概念とを見出しっ︑も尚テクノクラシ

l

の本質的真理を是認している︒乙乙

に氏の書の真の価値が存している︒彼は平易な言葉の中に︑商業は実に高度に錯綜している乙と︑機械工学よりも社

会工学を包含すること︑社会は生産機械の如く︑人文の合成物なる乙とや︑而してテクノクラシ!の原理がアメリカ

人の生活に適用さる﹀乙との困難なことは︑生産装置や水力使用の設備をするより甚にしく難事であることを言明し

ていると同時に︑テクノクラシ!の本質的真理を明確且つ有効ならしめんと努力している︒

レ エ イ ン グ 氏 の ( 開 わ

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︒司吋開わ国

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を読んで

(4)

第一章

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は生れたか

誠に人の世は不思議なものである︒われらは此の世の何処にも貧乏と失望と困惑とを見出す

ι

例えば不毛の無人島 に於いて︑飢餓に瀕せる人は哲理の中には避難所を発見するとしても︑遂いに餓死するだろう︒然るに豊富から只一 枚の硝子によって離間されていて︑其の圏外にある餓えたる人間は哲理からは除外されねばならぬ︒先づ飢餓が彼に 打ち勝つ前に︑何故に其の只一枚の硝子が破壊出来ないかを︑不思議に思う幾多の理由を持つのである︒

而して確かに現在もこの状態がわれわれ人間に直面しているのである︒過去に於いて貧困は其の大部分が歓乏に基 因した︒人間は食物の不足によって飢え︑着物がないので寒さを感じ︑薬なきが故に病気に苦しんに︒然るに現在で は捨てる程否燃料に供する程の食料の中にいながら飢えに泣き︑仕事も持にない人がいる︒棉花は堆積して山を成し ているのに繊維工場は其の門一戸を鎖して煙突は煙も吐かず︑我々は充分に着ることも出来ない︒此等の事実は誰にも よく知れきっているが︑其の論理的研究に烹つては比較的最近始められたに過ぎない︒物があり過ぎて︑貧乏の存す

る処には︑過去に於いて経済学者が論難せる如︑き︑白然は斉茜なりと一五う必一.些は最早ない︒過失は自然に非ずして明

かに人間にあるのである

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人間はこれまで︑自然を征服するには驚くべ

L¥

c

土地の生産は過去に於 いて︑夢想だにせざりし迄に激増し︑地球内部の恩恵︑即ち内部構造物は︑次から次へと起り来る新需要に対して原 料を提供すべく発見された︒ム日然の諸力は︑人聞の必要号充たすために︑科学者や専門家の研究技術を通じて益々利 用せられるに

. h 一った︒然るに孜々人間は其の片山を協力せしめる︑ォーがナイズすると一五うことを深く研究せざるが

故に︑此等天与の賜を人類大衆の利益と幸福に貢献せしめることが出来なかった︒此処に問題は存する︒何が我々社 会組織の歓陥か︒何が硝子一枚を通して其の後方にある明富なる物資に到達せしめることを妨害する

ω

c

(5)

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ガニゼ

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ガニゼ

l

シヨンがないと云う意味ではないが︑全体として我々経済活動の範囲に於ける真のシステムが存在し

ていると云う事は非常に難かしい︒第一社会的観点から何が生産の役目であるかと一五う問題に就いて考えようともし

なかった︒売らんがための商品生産には充分の考慮が払はれたが︑其れ等商品が実際的に使用されると云う万面には (協力)のないことである︒勿論個人経営の産業や仕事

何も考えられなかったと云う事は過言ではあるまい︒

然るに只売ると云う事︑にけが︑人間生活の真の目的ではない︒子供ですら其れを使用せんと欲する人がいなければ

作らない万がましだと理解する位な事は出来るのに︑概して我々人間は子供の有する知去すらも之を示し得なかった︒

免に角︑彼等はこんな風に思うた︒若し各臼が其の商品を売らんがために努力3えしたならば︑其の結果製品は多分

之を使用せんと欲する人々の手に渡るだろうと︒然るに其の仮定は明かに現状の一部すが如く失敗であった︒何故なれ

ば製品は今や使用者の手に渡る事は甚だ困難である︒

商品を生産することは︑技術的問題であり︑売る事は商業上の問題に属し︒人間相互関係の秩序は︑社会問題であ

るが︑供給︑装置︑労働︑動力並に技術の見積︑而して此等を人間の要求に適用せしむる様に研究することは︑技術

工学上の問題である︒人類は未だ此処に直面していないが︑其の事実の強打は日々に増加力を以って実現に迫ってい

尚時々新語が出現して︑永い聞の論争より遥かに有益に想像力を刺戟しに︒其の新語の一つは十数年前に出来たも る ︒

ので直ちに一般流行語となってしまった︒テクノクラシ!と云う言葉である︒文字通りに其の語は技術家の支配を意

味し(手⑦円三ゆえなの

F E n E

ロ)丁度デモクラシー(同

F O E ‑

︒え吾ゆ︻芯目︒ω

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が人民の支配の意を示

すと同じである︒

レエイング氏の(開口︒

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匂吋開の出

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(6)

然るに此の新語は其の語の成立に与えられたる事実の真価が解かるる迄︑導主得るに成功せずんば︑a

ては︑充分なものではない︒此の一小本の中に著者の目的は︑テクノクラシ!と云う誌の意味と含蓄と︑其の背後に

寧ろ其の内部に存する思想が何辺にあるか︑又其の言葉が此の混沌たる世界に何等かの希望を提供し得るかを研究す

る乙とに存している︒

第二章

問 題

先つ第一に︑私は何が真に生きると云う経済的問題であるかの簡単なる言葉に就いて一一

してみようペ人間も一動‑ d

物であるが故に︑生きんとせば先づ栄養を必要とする︒第一の生活必需品は衣︑食︑住及燃料であるつ熱帯地万に於

ては︑只この中の食料のみが重要であるが次第にこの四者が全世界の生活の某礎を構成する︒此の四者なくしてば︑

人間生活がたとへ出来るにしても︑其は少くとも無価値なものに過ぎ人︒私は今者停に就いて論議することを避けよ う︒基礎的必要条件が満されるならば慰安を求むることは︑又よしゃ者修品に対してさえも︑経済的技術の状態が共

れ等の生産を一全当と認めさえすれば︑何等下品なことではない︒私は人間生活が単なる食物の資料及び衣服の原料を

使用すると云うことのみでないことにも反対はせない︒世には沢山の希求さるべきものがある︒即ち娯楽︑美術︑tH

楽︑文学就中劇は︒然るに此等のものは基礎的必需品なくしては得ることは不可能である︒必需品なくしては吾々は

生存が出来ない︒人間はパンのみにて生きられないが然しパンなくしては又生きられない︒

それ故に生きる問題はそれ自身︑物質的必需品中の食料と密接なる関係がある︒人間の他の欲求は︑社交的動物と

して尚満されねばなるまい︒よしゃ経済問題が解決され︑衣食住又はそれに相するものが確かに与えられたとしても

(7)

其処には解決を要する幾多の問題が存するであろう

c

然しそれは経済学徒のなすべき範閲を越えている

c

従ってこの

問題は一種の提案として述べられる︑即ち世界に充分なる資源を提供せよ︑或るものは既知の︑或るものは末知のl

吾々地球に住する人聞に物質的必需品を供する為に︑何が既知の資源を抽出するに又末知の財源を発見する最良の万

法なるや

c

一般的に云えば二つの異った方法を案出する乙とが出来る︒ー一つは盲人の手探りで当るか当らぬかの純然たる出

来事︑他は科学的の方法である︒勿論実際にはこの二つを結びつけて使用しているが︑最近では科学的万法が非川に

進歩して来た︒人聞は最初前者のみに依っていた︒彼は根茎を探し求め︑野︑献を要撃し︑問一を設け︑木の葉ゃち皮を

着物に使用し︑洞穴又は樹間に粗屋を作り漸次人間力を自然の上に加えっ︑遂いに臼然を支配し始むるに至ったc

然の物資を人聞の生活に適合せしめ︑動物の毛皮に代うるに植物の繊維を粗織し︑自然

ω

洞穴は獣皮木皮等をμ

する小屋や︑煉瓦造と進み︑遂に木材を伐り石材を採掘するに至った

c

人智の進歩に伴うて︑人間生活えの適用は最も大切な事であった︒屋根を支うるに粗材は石柱となり︑藁

ω

繊維を

混じて使用されたる粘土は数世紀後の今日では周知の鉄筋コンクリートに迄進歩した︒初期の非常に単純幼稚なる製

糸機は数世紀後には篤くべき現代繊維工場の多数のスヒンドルに進歩した乙専門技術の取得と︑原料使用に対する人

智の進歩はすべて発展の基礎をなす︒

然るに永い問只動力として使用されたものは︑人間と動物の筋力であった

U

職人の労働骨折は︑木材を使用に適す

る形に作り上げ︑遅々たる牛引耕作は全く近世まで人類努力の特質であった︒真の変化は人間がれ然力を支配して人

間筋力に代用せしむる時に始った︒

此処に強調されねばならぬ点は︑変化する速度の変化である︒

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︒司吋史

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句︒︒門目︒向︒}同州凶口問 3)

技師は之

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(8)

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を加速度と称している︒数千世紀ならずとも︑数百世紀の発展の主は︑未聞の原始人其の食料は根茎や果実の自然物

と︑十八世紀の農夫は鋤や鍬を使用して其の住家は木造又は石造で寺院や教会堂は石材工事であった事と比較して見 ても明かである︒真の自然力支配はここ数世紀のことで︑蒸汽力や電力の使用はつい近世に行はれ︑而かも最近の発

達と其の変化率は実に驚歎の外はない︒

特に人間相互間の関係は著しく変化し︑或一人が後万へ退けは退く程︑孤立的で他人との関係が薄く︑前進すれば

する程︑彼は其の同輩の仕事に関する様になって来た︒人間生活が社交的になれば︑それだけ生活は錯綜して来るつ

以前に大工は木を伐り倒し︑其れを種々加工して︑家具を作り上げた︒然るに現今では伐木夫が先づ之を伐り倒し︑

其れから色々な手段によって︑製材工場に運ばれ︑複雑な而も非常な動力を利用して︑板や柱に作られ︑其の板や柱

はもっと複雑な機械に掛けて︑再三切断されて︑椅子︑テーブル︑箱︑戸等幾多の異った物に作られる︒ラジオキア

ピネットの製作には数千人が貢献している︒各自ほ其のラジオ箱の完成に少量づつの労作を提供するつ充づ伐木犬︑

木挽︑石炭と鉄鉱を採掘する鉱夫︑それから鋼鉄に︑機械えと︒機械工は鋼鉄を適当な形に作り︑機械削は其れを組 立︑技師は機械を考察し︑科学者は物理の法則や機械学を発見して︑全体を可能ならしめ︑総て此等の者と他の幾多

の人が協力して初めて此処に完成されるのである︒

勿論此れは無数の各自労働と他の多くの人々の労力が︑協力せしめらるる為に︑丹精して作られたるオ

l

ガニゼ

l

シヨンの必要なる事を明かに指示している︒然るに現花のオ

l

ガニゼ

l

シヨンなるものは︑注意考慮せられたる人間

思想の成長せる結果よりなるも︑真に本質的のものに非らざることを再三一口せざるを得ない︒

社会は試練と︑誤謬中ったり中り損ねたり︑永い聞の経験を経て︑次第に社会制度を改革して来た︒前川紀の中に

は︑遊牧民の社会を燦然と記録し︑精功なる土地所有を某一礎として結ばれたるコ寧ろ混沌たる封建制度︑中川紀の商

(9)

人並に同業組合︑十八世紀の家内生産︑及単純工業制度︑職工組合︑雇主組合︑商業会議所︑

l

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ヂヤ

i

コンバイン云々と際限もなく進歩発展して来たっ

第三章

何の為の貨幣なるや

此の広汎に亘る分業を可能ならしむる為に︑発達を要する機構中で最も大切なものは︑交換に関する問題既ち通貨

制度並に物価制度である︒貨幣の説明と︑其れに関係せる諸問題を此の一小本に纏めることは不可能であるが︑五口々

が物貨制度の破棄を考慮する前に︑少くとも貨幣の何者なるやを知って置くべき必要がある︒

商品交換の行はるる処には︑何時も交換に用いらるる品物の比較価値を知る必要がある︒勿論最も簡単なる方法は

物々交換である︒最良の一例は此を学校の運動場でエンドレス・スワップ

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をやっている子供等

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43

切開ニロ肉)交換する乙とは最後の商業形式であるが︑簡単なる方法は直ちに不十

分なものとなり︑むしろ価値の評定が時々煩鎖の問題となる︒この困難から逃れ得る最も平易な方法は或る一物品を

比較の基準に使用するにあり︒ の関係に見出す︒スワツピイグ

戸の見積を聞はれた一職人に就いて次の物語がある︒彼の答に日く︑其の戸の高さは三枚の煉瓦の長さと︑

木片と彼の手掌の広きであると︒此れは大体に於いて正確ではあったが︑馬鹿らしい程不便である︒か︑る不便困難

は碩尺の発明によって解消された︒同様に何々の物品は︑一ブツセルの穀物︑又は一鎖の貝殻︑牛二頭と同値である

と云う様になった︒ホ

l

iはアキレスの楯の価値は牛三十頭に等しいと評価した︒

時の経過に伴って︑種々の理由の下に金が比較の土台として最適当のものとなった︒五口々は尚むしろ錯綜せる方法

で金を商品価値の決定に使用している︒即ち特定量の金︑米国に於いては二二・八グレインの純金を用い︑之を8

レエイング氏の(史

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(10)

称し︑価値比較の手段に採用している︒其処で会計掛は会社の貸借対照表の作成に当って︑借万に幾立方択の鉄筋コ

ンクリートの家屋︑幾立万択の旋盤︑成形穿孔機︑持鉱炉︑計算機︑タイプライター︑デスク︑幾頓の石炭︑何択の

鋼鉄及び真銭︑何平方腐の革云々と記録する様な不可能な事はやってはいない︒

彼は其の価値を金の単位で計算し何千万円の建物何万円の機械等︑こんな風にして遂に合計に達し︑初めて全会社

の価値算定が出来る︒この方法は非常に便利ではあるが︑これは単なる価値評定の一手段であることに留意せねばな

らぬ︒金は宝玉細工や入歯に使用する以外にそれ自体は無価値のものである︒

然るに他に其の使途がある︒即ち貨幣としての使周である︒金は交換を便ならしむるc

例へば牛一頭は四十弗に交 換され︑市して其の四十弗は十弗の時計︑十五弗の帽子︑タバコ五弗︑青物五弗等と︑遂いに四十弗は消費されてし

まう︒之は実に便利である︒

然し金も亦他の品物と同様に其の量及其に対する需要の増加に従って価値を増す

cそこで商業の発達に伴う交換の

増加と商業発展を助成軽便ならしむる為に︑金に対する需要は益々噌加したc

若し金の供給が其に対する需要と一致

せざる場合には︑其の一般供給に対する需要の競争は金の量と交換に提供されたる商品の数量との関係を変化せしめ

一プツセル二弗の麦は一弗に交換された︒た︒即ち四十弗の牛は二十弗に︑

此の故に金の供給が益々其の交換を便ならしむる作用に不平衡を来たした場合は︑物価標準は下落したc此を防止

する為に︑金の供給法其の代用物心発達と︑五口々が銀行と称する柏町なるオ

l

ガニザ

‑ l

廿

補給された︒即ち銀行券︑銀行預金︑政府約束手形等貨幣供給増加に使用された︒此の代用物として使用されたるも

のは︑金と同値であるョ其れ故に紙幣は金貨と等量を買い得るのであるヘ

現今金に対す需要は︑益々増加して来たこ其は近年中顕れた不況に某因するものであるL吾々は紙︐時と金貨とが互

(11)

に同値であることを欲するのみならず︑過去も将来も何時も一弗に対しては一弗だけの物を買い得る事を欲するc

言せば物価標準の安定を欲する︒丁度吾等が度量衡制度の安定を欲するが如く︒此処に私は通貨理論の錯雑せる問題

を含む要求に答う可能性を論ずることは出来ないが︑次の図表の示す如く︑此の点に就いては吾々は痛ましい程無能

であったと云はなければならぬ︒

1~13 ⑥ 1~21 ⑪

⑪  

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人間とは多くの点に於いて奇妙な生物である︒而して象徴と実在と同一視する

と云う︒少しも重要ならぬ共通の習慣を持っている口背ギリシャ人は臼然の力は

其れによく似ているものによって支配されねばならぬと思っていたから︑此の臼

然の力を擬人化して︑直ちに彼等の実在を信じ︑擬人化されたところの性質を研

究することは忘却されたc

吾等も亦フランス︑ドイツ︑イングランドと称し︑全

体として各個性を考慮して論ずるのである︒実際に吾等は一様な性質を持ってい

ると云う資格があると思うc古い地理主日にはよくこんな風に書いてある︒仏人は

愉快な性質を有し︑ダンスや軽い酒がすきで︑ドイツ人は︑どのイギリス人も鼻

が高くてアデノイドと云う一種の風土病に苦しんでいると思っているし︑米国人

はどの露国人も長い顎髭を有っいると思い︑実際に吾々は象徴と実在とを間違っ

て考へている︒

此れが即ち吾等の経済難を理解するに大切なものであるつ何故なれば︑五口等は常に金を︑其の金が象徴するところ

の実在と同一視して来たに人の富ほ弗︑バウンド︑マ

l

ク等で見積られ而して吾等は此の象徴にのみ専念し過ぎて彼等

の実際に支配し得る範囲の貨物と︑収得しうる労務と︑享有し得る歓喜が点の富を形成すると云う事実を忘れているこ

レエイング氏の(史

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冨 同 わ ω

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(12)

五入

此れ等は真に彼の富の実在である︒実在の価値を評価する便利なる方法や︑彼等を交換する都合よき手段を提供する

ところの弗や跨などでは薯もない︒

此の結果吾等は常に金銭問題の苦難に悩まされているのであるじ五口等の研究の深むにつれて︑此の苫難は非常に大

切なる結果を蔵している︒

第四章

価格制度とは何か

吾々の社会には推測が必要である︒各個人の筋力が唯一の動力であった聞は︑産業機構は単純で︑一般の人々は其

の組織を理解することが容易に出来た︒然るに機械時代の到来と共に︑社会の一小部分の人を除いては︑実際何が起

っているかを知る事は甚だしく困難となった︒同業組合や政府の管下に置かれたる支配は︑最円十新産業には不充分の

ものとなった︒否むしろ実際には不充分処か︑遥かに悪いものであった︒教区は其れ自体の貧乏を管理する様にと要

望され︑其故彼等は移民に反対した︒其は貧之教済の為に費用が増加するからとて移入民に反対した︒其処で移動に

対する制限が行はれ︑新設の工場は適当の労働を得ることを妨げられた︒生産品の不正︑反物の丈不足︑多量の水を

含むピ

l

ル等は︑一定の長さ︑一定最少限度強きを有する様に規定さるるに至った︒

然るに新規産業は反物の丈及び其れに要する原料の制限によって︑其の充分なる機能を阻碍された︒近時織機は従

来のものより遥かに広く︑レシlピングロlルは長い織物に適するに.盃った︒此迄少量しか使用されなかった繊維木

綿は羊毛に代用せられ︑妙な原料や︑繊維の混用に対する禁止は厄介物となった︒新式製造者は此等制限の廃止を要

求し︑実際するに任かして只れと云った︒哲学者や経済学者は仏語の

=F

22

ω=

と云う自由不干渉と同じ意

味の言葉を好んで使用した︒

(13)

若しあらゆる種類の制限が除去されたならば︑其処に臼然の進歩が生れ︑自然法其れれ身は総て起り来る人間の困

難に準備する亡らう︒而して遂いに社会は︑かかる完全なる自由によって利せらる︑ならんと

ω

議論が起った一実際

哲学者や経済学者は︑直ちに其の活用が世界的好況をもたらすにらうと云う自然法を組織的に発表し始め亡︑其のず

論要旨は至極簡明であるが︑少くとも論理的であった︒各個人は各臼の利益を追求するものである︒活し彼が何かを

作るならば︑彼は得能うだけの利益の為に作った︒従って各自は其の報酬を最大ならしむる様な物を作らんと欲した心

今彼が靴屋にと考えてみよ︒若其の利益が少いと云う事を知ったならば︑其理由は確に靴が安価すぎたと一五う事であ

り︑此れは又あまり多くの靴が生産されていた事実によらねばならぬ︒然るに他の一万に隣人の裁縫附が遣に善い咋ぃ

活を営んでいたとすれば︑其れは衣服が高価であって︑其の高価は順次に衣服の不足に基因せねばならぬ︒其処で靴 屋は裁縫師に転業せんと決するだらう︒乙の万法によって靴の生産高を減じ︑其の価格を高め残余の靴屋の利益を増

加するだらう︒而して衣服の生産を増して消費者に対しては其の価格を減ずるであらう︒かくして品物を得んと欲す

る人の願望と︑利益を収めんとする生産者との願望の聞にバランスが作られるだろう︒其れ故に如何なる利益も長期 に亘り大き過ぎる事は出来ない︒其は競争が起って︑其の価格を低廉ならしむ︒又同様に如何なる損失もそんなに永 続しない︒其は限界生産者が夫々の商品の生産を停止して︑供給を感じ︑価格を上騰し損失を合理的ならしめ︑遂い

に利益を得るに至るだろう︒

私は今此処にかかる法則を列挙しようとはせない︒只経済発展の事実は次から次えと如斯き法則を打破して行くこ とを明示すれば足るのである︒人間の社会を何等の計画なしにそのまま成長せしむれば︑将来は驚くべき状態に立至

哲学者達は機械の生産力を忘れた︒アダムスミスは古い手工業から驚くべき変化の一例として︑

レエイング氏の(史

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J) ビンの製法に於け

(14)

O

る十八の手順あることを挙げた︒彼は勿論彼の時代には何十倍何百倍と云うことが殆んど奇蹟的と考えられた︒今日

の何百万と云うピンを生産する現代機械の概念さえ有していなかった事は当然である︒

第五章

今日吾等の制度が如何に働き︑又むしろ迭巡していると云うことを正確に吟味するには好個の時であり︑十分なる

根拠が存している︒

其の指導的原理は大体に於て︑統制されたる不干渉主義(わ︒三

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可︒)と云う事が出来ようc

原動力となるものは︑個人の利潤であり︑此の利潤は産業を経営して行く目的として法作上是認せられているc

‑ H

が何か生産し︑其れを売る乙とも︑又彼等の労働を売ることも︑彼の本分であると云はれている

υ

此の制度の組雑なる働きは少くとも︑労働に関する限り驚くべき状態の創造に導いた︒政府は厭々ながらも︑先ず

第一に少年に︑次に婦人︑最後に男子の保護に関する工場法を制定せねばならなくなったじ労働時間の制限︑衛生保

工場並に鉱山に於ける安全装置等が要求さるるに主った︒又時々或る極原料使用は禁止された︒例へばマ

ツチ製造に於いては黄燐︑向器製造に用いる鉛軸薬等の如︑きものである心

抑圧なき自由競争は︑直接の悪影響を防止する為に︑各種の組合聯合の必要をもたらした︒又一致せる契約を示す

為に労働組合に加入せる労働者は︑相互の競争を避けて︑一医主に対向している︒一展主及工場主も亦各積のオ

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シヨンを作って競争の制限を行っている︒即ちブ

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或る場合に︑白由競争は明かに大混乱︑無秩序を惹起し︑少くとも︑部分的

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独占が構成せらるるに五った︑大部

(15)

分の交通期間に最も混乱せる︑競争状態が見出される︒競争は商業の生命ではなく︑むしろ死となって現止れ︑位十川 所有者の利益は必ずしも社会の利益

Lーニ致するちのに非ざる事が明確となって現れたので︑調節機関の設置が必要と

なった︒即ち各州相互商業調査委員会︑聯邦商業調査所︑各州鉄道調査部等と︑総て此等の設立は真の意味に於て

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NA巳円ゅの政策と矛盾するものではあるが︑其れにも拘らず︑あらゆる産業の基礎たる根本思想は︑尚自由競

争の観念に立脚していた︒事実は其れを否定せるも思想は尚存していた︒

総べて此の進歩発展から新現象が生まれ出た︒過去に於ける不景気は︑飢陸︑早越︑戦争︑流行病等に基因せるも 今日の不況は此等の諸原因の全然存せざる処からしばしば由来した︒最初は一時的︑而かも部分的失業から始まり︑

遂に風土病となって現はれた︒其処で社会には何時も仕事を見出すことの出来ぬ人聞がいた︒然して不景気中には失 業者の数は益々増加して︑社会の大部分の人間は︑彼等が生存に必要なる物資に対して︑要求されたる価格を支払う

事が出来ぬことを知った︒繁栄好況の極に於いて︑而かも最富国でさえも殆んど二百万の失業者がいた︒

失業者の漸進的増加も︑量的に生産高の減少を来さなかったどころか︑実際は明加を示した︒北米合衆国に於ては 大戦中約二百万人が︑生産的労務から他の方面の事業に移され︑他の二百万は殆んど絶対的に戦時必要品の生産に従

事せしめられたにも拘らず尚事実上︑生産表は就業労働者の少数の割合に増加を示した︒

此の事実は大部分は進歩せる機械生産手段の使用に基因するが︑又労務の協力︑無駄の除去︑即ち使用に対する生 産の観点から︑産業に対するより以上の統制から生れ出たものである︒生産及び消費の両方面から見れば減少どころ

か却って増進していた︒

事実の問題として︑機械は人口に追い付いた︒生産能率は一国人口の増加率より遥かに増進した︒其れ故少数の労 働者が︑益々急速能率で生産を増加することが出来た

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(16)

若し此の状態を継続するならば︑此の事実を研究し︑其の発達を予知せる人々には︑永からずして崩潰の来ること が明かに解るのである︒崩潰が起った時に︑多くの人々は︑其の単なる商業転換の他の一階程にすぎずして︑丁度自 動車が泥にはまり込んで失速する様なもので︑エンジンの暫時停止︑数フィートのへイワイヤーとラッパ

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ングによって・自動車は再び動き出すピろうと信じていた︒

へイワイヤーは働かないし︑ラッパ

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チユピイグは作用をなさないにらう︒其れは最早此れ以上

然るに此の度は︑

統制のない︑而も指導のない自然的発展が存続し得るや否やを深く考慮吟味するの時である︒

第 六 章 惨櫓たる無駄

果して価格制度は︑実際的解決を工作し得るや?吾等人間の生活全行程を願覆せんと望むものは極めて少い︒多く の人は︑其の程度乙そ異なれ︑彼等従来の根本思想を根絶される事には反対する︒在りし事に好意を持ち︑古い親み ある思想を個執せんとする偏見を懐くのは︑実に人間性である︒然るに在来の思想も強き現実と相容れざれば容赦な く捨でなければならぬ︒五千万の人聞が全部間違っている筈はないという事は︑人口に倫灸せる名句なるにせよ︑全 然真実のステートメントとは断言出来ぬ︒五千万だらうが十億だらうが間違っていた︒而して平に事実は偏見には取

り合はぬのである︒

然るに︑工学上の進歩は︑非常な急速度を持って進展するので︑価格制度が改造さるべき運命に逢著していること は正に事実である︒機械工学の進歩せる時代に︑最初の影響効果は︑驚くべき浪費を確かに避けることにある︒即ち 材料に於ても︑時間と人間力の浪費に就いても︒単に販売の為の生産は︑人間の真

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史求を考慮せない︒若し商品が

其の商品が人間の消費に真に価値があるかどうかは殆んど関係した事ではないに

売れるならば︑問題は生じない︒

(17)

商品は確かに売れる

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らうか?其れが実業家の生産に着手する前に考へて見なければならぬ問題どある︒必ずしも

個人を責むべきではない︒各個人は︑人間であると云う不幸な習性を持っている︒彼等は彼等が生まれた社会に生き

なければならぬ︒若し其の社会が商品を売れ︑然らざれば餓死すると云うならば︑生存せんが為に彼等は商品を販売

せねばならぬ︒

其処でラスキンが豊富なる物資は︑健康に益ありと定義せるに従って︑チエイス氏は豊富なる物資は富と矛盾する

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貧乏なりと咽破した︒驚くべき多種多様の物資が貧乏であると表示する事は多くの時日を要するだらう︒実際特許薬

製造業の大部分は此の部類に包含きれ︑化粧品商売の殆んど全部が此の項目に挙げられるだらう︒無数の附属小道具

類は︑概して人間生活には殆んど無効で︑むしろ不必要なものである︒けれども公衆が説伏せられて買うならば其の

生産者達は利益を受けるのである︒

多くの浪費に対して︑なされる努力説得に就いては︑其れが生産者側からは︑浪費でないにしても︑最終消費者側

から見れば浪費である︒広告業に其の例を求めることが出来る︒広告の総てが消費者の利益を考慮して為されるもの

であると云うのは事実ではない︒寛大に見て︑其の十パーセントは教育の目的に必要で︑新生品の在荷と︑川商品の

新使用とを︑人々に知らせる為になされる︒広告業の大部分は︑只市場と事業とを︑甲から乙へ︑乙から甲へと移動

せしむる役割を演ずる為に存在しているに過ぎぬ︒

天然資源の破壊の形式から起る原料の浪費は︑木材及び石油業に於ける不注意から生じ︑其れ故に実際資源の一部

分のみが︑精製品として消費者の手に渡り︑残余は放榔され︑或る場合には︑永久に失ばれる︒諸種の目的に使用す

る形式から起る浪費は︑よし其れが人間の消費に対して︑絶対に危険がないにしても︑少くとも人類の生活には何の

価値も附加しない︒人間力の形から来る浪費は甚忙しく︑而も無効果に使用3れていたc

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六回

吾等は此に再言しよう

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決して個人を責むべ己ではないコ個人のす.場から甲は生存せねばならぬニ若し伎が新式擁

切り又は新香入の歯磨を売るチャンスを得て︑其れが異種類の製造者にる︑乙の販売を減少するとしても︑五日等は甲

を責むる資格はない︒然るに其の結果︑市場には五十種以上の鐘切が販売せられ︑天のみしか知らない程多種多様の

歯磨も︑実は二三種しか︑真に必要ではない︒

尚又論議の必要ある他種の浪費が存在する︒其れは製品を永い使用に耐へる様に作らうとしない事である︒生産者

は註文の多きを欲す︒若し彼が十年間の使用に耐うる物を︑一年間に十年分の需.安を充たすだけの商品を生産し得る

ならば︑彼の工場は十年間に︑九ヶ年は事業を中止せねばならぬ事になる︒この事は︑価格制度の下に於いて︑

民として︑彼には無益な事である︒彼は其の生産品が一ヶ年聞に破壊するか︑又は他の新形の製品を売る為に︑前者

を捨てる様に︑消費者を説伏せねばならぬ︒

然るに製産者が︑ちっと使用に耐うる物を作り︑彼の工場を一年の暮に閉鎖すると仮定せよ︒其の使用人はどうな るか?彼等は明かに失業せねばならぬ︒而して失業辞の数を増加するに至る︒其れ故に白動車製作に於ては︑出来得

る程度の優秀な機械を作らない︒そうしては割に合はない︒自動車は数年間の使用にしか耐えない様に作られ︑其処

で取換業は其の事業を経営することが出来る︒一度使用せる自動車が新しい部分を必要とし︑次第に絶えず修続をせ

ねばならぬ様になって︑もっと多くの材料と人力とが浪費され︑もっと多分の人間性が表示されて来る︒而も自動車 製作業は︑現在最も有力な組織されたる産業であり︑新発明に乗ずるに最も容易な事業の一つであって︑優秀なる技 師は次の如く語る︑現在使用されていない︑知識を持ってすれば︑吾等が今日使用している自動車の五倍十倍否二十

倍も永続使用に適するものを製作することが可能であると︒

最近工学上の進歩の驚くべき奇蹟が︑テクノクラシーとして知られている︑コロンビア大学内の科学者及び技師の

(19)

一団の事業を説明している叢書の中に現はれている︒其れは必ずしも各ステートメントが︑最後的正確性を持ってい

ると容認するものではないc

其の重要なる事実は次の如くである︒即ち新しい発明の使用を遅延するに拘らず︑

の進歩は︑最早価格制度を此れ以上永続せしめざることは火を見るより明かである︒米国特許局の発表によれば︑真

の使用に値する特許の五十バ1

セントは其の俸になっている︒其れはもっと無効果の商品を生産するか︑又は無効果 の商品を︑低能率で生産する処の陳寓なる設備を防止する為に︑故意に買収されたものであると︒

第七章

世には往々にして︑現在の混沌は単なる一時的現象に過ぎずして︑万象の事物は︑自然に其の道を開拓して正道に 復帰すべきものであると云う人がある︒其の言は真実ではない︒其の証拠は過去の歴史

l世界史を見ても明かである︒

先づ変化が起り︑其の後に産業と人事関係に対する革命は間断なく展開している事を示している︒五口等の歴史の何処 にも︑静的社会はあり得なかった︒然るに殆んど︑どの時代にも社会は静的であるとの輿論が支持された︒史家の配 合は変化を来たす原動力(実相)を示し︑どの歴史書も必ず時代別に分っている︒

私は前言せし処を︑更に繰返さねばならぬ︒変化のテンポは増大して来た︒最早変化の移動は遅くない︒故に静的 社会に於ける所信に対する立証は︑皮相のものに過ぎない︒永い聞の而かも加速度的変化の連続の頂点は︑頭と目を 有する何人にも︑五口等の社会は静的ではなくむしろ流転するものなる乙とを明示する︒将来其処には︑如何なる幻影

が存するか︑特に私は目を転ぜんとしている︒

吾々は漂流を続けるかも知れない︒其れには常に可能性が存在し︑等聞に附する事は出来ない︒若し吾等が其の可 能性を無視するならば︑其の時こそ避けられる結果を招来するのである︒二十年前に︑英国の大政治家ロ

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卿は︑五口々は野蛮に向って快走していると云った︒其の当時︑誰も彼の言を信ずるものはなかったが︑現在では

其の言は正当とされていないか?今日の新聞紙は何時も二三人が産業に復帰せる事を報ずるも︑産業万面から引退す

る人は余り知らせてくれない様であるcバランスの変動は如何であるか︒誰も決定的に知らぬが︑今年は過去のいづ

れの年よりも不況であるだらうと信じ得る幾多の理由は存する︒又仮令何人かによって其の方法は説明されずとも︑

むしろ吾等が奇妙に称している好景気が再来して︑幾分かの失業者数が減少することは︑実際的確実性がある︒産業

手段は急速に進展し︑新発明は生産方面に力を加へ︑人事及び経営方面の新経済学説は︑産業に適用さるるに至った︒

一九二九年の生産は︑確に比較的少数の労働者の手によって成し遂げられた︒

失業者の数は益々増加を示している︒勿論吾々は失業救済に対する幾多有効なる案は作成し得るだらう︒コンミユ

ニテイ・チェス卜運動は愈々猛烈に行われているが︑其の効果は果して如何に︑総ての点から彼等が︑其の苦境を救

済するには︑不充分なる事は明かである︒失業保険制度も制定されるに至るだらう︒仮令︑現在其の制度が無弁別而

かも不完全なる私人又は公衆の慈善に優ると雄も︑要するに其は只貧氏は貧民を支持すると云う意味のものに外なら

ぬ︒吾等は千二百万か千三百万の失業者と其の係累者達を救済することが出来るかも知れんが︑二千万から三千万を

如何に処置するか?我等の工学上の進歩は数百万そこそこの労働者の努力によって︑五口等の買い得るにけを生産する

一万益々増加し来る失業者が果してどうなると思うか?彼等が静かに横はって︑餓死すると思うこ

とは︑不合理な馬鹿げた事だ︒若し暴力団が小さい時には︑警察か軍隊で防止する乙とも出来るが︑飢餓に迫れる群 ことを保証する︒

衆は其のまま静止するとは思われない︒

我々は労働時間守短縮して︑仕事を拡張するだらうか︑而かして賃銀が低下すれば労働者は何処に利益を得るか︒

大多数の者が絶対的飢餓を避け得る代り︑我々全体は只全然半飢餓の状態に陥るだらう︒然るにやがて金銭ではない

(21)

が︑生存上の必需品と生産力とは十分に行き亘る様になる︒漂流を続けることは野蛮に逆戻りすることになり︑其れ

は中世紀の文明に遡りすることになるが︑人口にけは中世紀の二倍三倍に増加する︒此れは自然の真理を啓示して来

た科学者の努力功績と︑エンヂニア

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︑発明家が吾々人間の必要に其の新知識を適用して為し遂げたる幾多の仕事を

無にすることになる︒此の事は可能的であり何等疑の存せざる処である︒然るに仮令其れが許容さるるとしても︑人

聞の聡明と知慧に対しては︑つまらない解釈である︒又一万には吾等は熱誠を以って工学上の変化の事実を受け入れ

る可能性がある︒市して額に汗して食えという長い間の治療法は他に移されるにらう︒(最低賃銀で永い時間労働す

る意)

第八章

此の変化の可能性と︑人事関係並に生活上に起る変化の影響に関しては︑多くの問題が生じて来る︒吾等は暫時専

門的難事を忘却して︑物質的可能性を考究してみよう︒現在有効なる物質的資源と︑人力並に装置から考えて︑現住

する人口に︑衣食住を提供し得る事は物質的に可能性を有するのみならず確実性がある︒

抑も人類が享有し得る生活上の物質的標準︑物資及び労作は︑単に継続し得るのみならず︑驚くべき程度に迄増加

し得ることは確実である︒若し吾等が生産に必要有効なる智能を利用し︑起り来る莫大なる浪費の大部分を︑除去す

る様に社会を調整するならば︑此の増加は︑数世紀の間支持することが出来るのである︒

次に来る問題は︑吾等は其れを為し得るや?此に対する答えは左程明瞭には出来ない︒五口等は曾て試みた事がな

い︒五口等は漂流して来た︒一物から他物えと滑り転んで来た︒吾等の有する生産組織︑就中分配制度は起るに任かせ

て︑人為的に工案され又は管理されもしなかった︒若し上述せる処が真実なりとせば︑其の時吾等は混沌と暗黒の中に

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漂流するか︑又組織ある生活を営まんとするかは︑五口等の選択に任ねられている︒これは勿論実験が必要であり︑試

みて直ぐ成功すると云う事は不合理である︒曾て或る人が︑パアイオリンを弾く事が出来るかどうか解らないと云っ

た事があるが︑無論彼は一度も経験した事が無かったからだ︒其れは丁度世界をオ

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ガナイズされた社会にするとい

う答えと同じであると云えよう︒五日等は一度も試みなかったけれども︑勇敢にやってみる価値はある︒特に第一回の

詰験でバアイオリンを弾くことが出来ると期待されない様に︑数年間に一国を又世界をオ!ガナイズすることは望ま

次に来る問題は︑公明正大なる試験を安全にやる為には︑如何なる条件が必要であるかと云う事である︒曾て小さ

いランカシイア!の市会は︑新たに市庁舎を建築せんとして︑三度の決議案は通過した︒第一市庁舎は建築されるこ

と︑第二は新建築物に古い材料も使用すること︑第三に新築落成迄は︑旧舎を使用すること︑之れが確に我等の問題

である︒何故なれば︑疑もなく︑五口等は少くとも此の後数年は旧世界に生活し︑多くの古い材料を利用せねばならぬ︒

其の解決は不可能ではない︒其れは単に必要なる変化を要する其の変化は少しづっ工案に従って全構造を作り上げ︑

再建築して行く事である︒五日々は新しい革新を包含す︒我等の思想は強く価格哲学に結び付けられている︒我等は象

徴に専念して実在を忘脚した︒五口等は実際に於て︑金銭を必要としないで︑衣食住及び燃料の必要と︑便宜品︑著修

品とを欲し︑而も我等の資源と智力との許す範囲に於て︑出来るだけ大量に其れ等を要求し︑長後に組織ある技術が

支給し得る限り︑公正に全人口に配付することを欲する︒

此の意味は吾等の生存している世界に︑指導精神を有して来た人々を転向せしめる事である︒此は現時の支配的地

位にある実業家に対する批判ではない︒彼等は其の地位を保持して来た︒価格制度に於ては︑其の時宜に適した手段

自然の理法は金を作り利潤を得ることであった︒実際彼等は金を蓄え利潤を得ることが出来た︒然るに最早彼等が金

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