ウイクセル資本理論とワルラス 1
ウイクセル資本理論とワルラス
児玉元平
l
その資本理論の展開において,ウイクセルに最も決定的な影響を与えたも のは勿論ベエーム・バヴエルクであった。しかしその外にワルラスがあっ た0資本理論に関するかぎりベエーム・パウエルクの影響はその積極的な側 面においてであり,ワルラスの影響はその消極的な側面においてであった。
ヒックスはウイクセルについてつぎのように述べている。「ウイクセルは価 値に関してはワルラス派であったが,資本に関してはオーストリア派であっ た0」ウイクセルは価値論のみならず経済分析の方法論においてもワルラス
(1)
的な一般均衡の方法をとっている。むしろ,ウイクセルはオーストリア的理 論とワルラス的理論との問に存在した溝に架橋した最初の人と看倣るべきで ある。ところで,ワルラスの資本利子論が彼の一般的均衡理論体系において 占める位置についてヒックスはつぎのような見解を示している。「ワルラス の資本理論はパレートによって簡単に無視された。それは,なんらの承認さ れたロザーヌ的伝統とはならなかったし,逆に逸脱的なものとして排除され る可能性を含むものである。それにもかかはらず,この資本理論はそれが有 用な理論となるためには,細部にわたって補修の必要があるにしても長所を もっている。」ワルラスの資本理論がロザーヌ的伝統よりの逸脱であるとい
(2)
う評価の理由は安井教授はまたつぎのように説明する。「ワルラスの取扱い が,もっぱら,固定資本に体現せられた営利資本のもたらす利子,この意味 において,ベエームのいわゆる耐久財からの利子に限られ,生産過程そのも のから生ずる生産利子,換言すれば,ベエームのいわゆる企業家の資本利潤 にたいしてなんらの立言をもなしえないこと,ここに,ワルラスの利子理論
がロザーヌ的伝統からの逸脱のごとく宕倣され,彼の系列を引く学者によっ てさえ従来重視されなかった一半の理由が存するのであろうD そして,かか る欠陥を生ぜしめた原因は,彼が生産理論における時間的要系,すなわち,
生産期間の怠義を十分に把握しなかった事情に求められる。約言すれば,ワ ノレラスの利子理論は,耐久財からの利子の説明としても,固定資本の耐久WJ
聞を無視した点で不完全であり,企業家の資本利潤の説明に関しては,生産 期間を捨象することによって全く無力となる。」安井教授の乙の解釈は全く
( 13)
ウイクセル的で、ある。ワルラスが,彼の資本理論でとりあげた資本は固定資 本財であり,それは亦Eの記号で示される商品によって代表せしめられ永久 的存在としての性格があたえられるD そして,市も,総収益率(利子率)の 決定においてとりあげた資本財の価格は,新資本財の価格でこの価格がその 生産費にひとしいという条件によって純収率がきまる。そ乙で,新資本財市 場が問題となるから,一一ワノレラスにあっては資本理論の中心課題は実物資 本の貸付を考察することであって,貨幣資本市場は実際的には有用であって も,一つの理論的比足にすぎない。一一この財にたいする需要として純貯蓄 の存在が必要とされるにいたり,ここに,ワノレラスをして発展的経済の想定 を不可避ならしめるO ワルラスの分析にたいするウイクセノレの批判はまずこ の点にあてられるo しかし,ウイクセノレのワlレラス資本理論に対する根本的 な批判はその完全なる時間的要素の無視という点で、あった。ウイクセノレ自身 のワノレラス分析にたいする攻撃は彼の生涯にわたってかなりの変化を見てい るが,第一次的には利子率の決定は発展的経済の想定の下でのみ取り上げる べき問題であるかどうかであった。
既述のごとく,ウイクセノレはその経済分析の一般的方法としてはワルラス 的な一般均衡分析の線を歩むものの,ワjレラスにおける生産過程の時間的要 素を完全に無視した点で,資本理論ではワノレラスから離脱し,ジエボンズ,
ベエーム・パヴェノレクの線にそって分析を展開するo ウイクセノレにあって は,資本理論の中心課題は資本家的生産過程を分析することであり,利子 率,賃金率,地代と生産のl時間的構造の相関関係を追求することであった。
この点で,ウイクセルによれば,ワルラスの資本理論はたとえ耐久財をモデ
ウイクセlレ資本理論とワlレラス 3
jレに導入したとしても,非資本家的生産の理論にすぎない。とのような反省 (4}
はハイエクにおいても存在するD ハイエクによれば,資本理論が従来たんに 利子率の存在,その決定を説明する理論の付属物かのごとく取扱われてたと とろに資本理論の発展に不幸な結果をもたらしたのである。との反省がハイ
(5)
エクをしてベエーム=ウイクセノレの線にそったところの資本構造の理論を展 開せしめるにいたったのであるO 彼によれば,資本と利子の理論は生産の時 間的構造の問題に不可分的にむすびついているのである。
資本理論においてワノレラスとウイクセノレとが提起した問題意識は全く異質 的なものであり,ワノレラスは,資本財価格,したがって利子率決定のメカニ ズムの解明を第一次的目的な問題とし,そのために交換と生産の一般均衡治 的分析を前提とした。ワノレラスの効用函数は想像的な商品Eによって代表さ れる資本財が導入されており,資本財の売買はどちらかといえば,消費者的な 立場から考察されているD ウイクセノレの立場は企業者的側面から生産におけ る資本の根本的な役割を分析するととであり,生産過程の時間的変化と企業 者利潤,賃金率,地代との関係を考察する乙とが第一次的目的であった。ま た別の観点からいえば,ワノレラスの資本利子論は余りにも一般均衡理論体系 に適合的に考察された結果,彼の理論は,利子論 l乙対してなさるべき要求を 完全にみたしていないのであるD ワノレラスの発展的経済の想定に対して,ウ イクセノレの分析は全く定常的経済を想定しており,比較静学的な分析の限界 内を出ることがなかったにもかかわらず,今日の勤学的資本理論において は,ウイクセル効果の吟味を通じて,ロビンソンによって継承せられ,さら
(6) (7) に,同定資本財の耐久期間に関するウイクセjレのモデノレは,ソローによって 巨視的な分配と成長の理論に利用されているo ソローはウイクセルをつぎの ように評している。1"ウイクセjレを繰返し読むことは常に楽しいことであ るO 程を明らかにするにあれほど率直で而も陽気で,彼の手法の力について はあれほど謙遜的な大経済学者は他に存しない。彼のオーカーマン問題の数 学的分析」のような専門的な労作でさえ,それが合む資本理論の力と現代性 からだけでなく,以上の閉tdJからでも魅力的なのである。乙の簡単.な論文 (72 の年に苫:かれた -~1:評の一部)で,ウイクセルば, -T'TI のすっきりとしたオース
トリア資本理論を,而も完全なるワノレラス一般均衡体系の中に巧妙におさま るような仕方で展開しているoJ他方において,ワノレラスの資本理論はその
(8)
発展的経済の構想にもかかわらず,静学的一般均衡理論発展の中に埋没して しまった。
(9)
2
前節で要約的に示したワJレラスとウイクJレの対比をもう少し掘り下げて吟 味しようo既述のごとく,ワルラスの資本利子論は彼の一般均衡理論体系の 中にはめこまれているから,この体系を明示する必要が生じるo しかし,こ こでは,彼の利子論の説明にとって本質的と考えられる側面だけを強調し,
特に利子自体及び資本財価格と数量に関する決定方程式だけを分離せしめる 乙とにしようD ワノレラスの資本利子論は「純粋経済学要論」第10部で展開さ
( 10)
れる。ワjレラスによれば,利子問題が導入された場合新に登場する未知数 (11)
は,(1)節約の数量, (2)利子率, (3)新に生産された資本財の数量, (4)その価格 である。この未知数を解くための方程式は(1)利子率及び他の財の価格の函数 としての節約を示す式, (2)節約の価値と新に生産された資本財の価値の均等 を示す式, (3)これらの資本財の生産資とその価格との均等を示す式, (4)資本 財の割引された用役価値とこれら資本財価格との均等を示式の 4佃 で あ
るO ここに節約乃至は貯蓄と投資を合む経済が想定されていることは明らか であるD
ここで,ワjレラスの貯蓄の意味を吟味する必要があるD ワノレラスは,消費 者が供給する用役の価値が,消費者の需要する財の価値をこえる超過額は,
所得の消費を乙える超過額と同じであるという I乙の超過額は負となりう る口換言すれば,それは消費の所得をこえる額に変りうるo そとで,われわ れは,個々人は,彼自身が消費する用役は別として,彼の所有するすべての 用役のみならず,彼の資本財の一部を売却するものと想定しなければなら ぬD これは資本の食い潰し (eatinginto one' s capital) というo この負の 超過額が個々人の資本財の総価値より大である乙とさえお乙りうるo その場 合,個人は自分自身の財産だけでなく他人の財産をも消賀しているのであ
ウイクセJレ資本理論とワルラス 5 る。」乙こからさらに進んでワルラスは三つの可能性をつぎのように示 す。仰)
(1) 資本財の減価償却と保険とをカバーするに必要な額に丁度ひとしい正の 超過額。この場合,個人は,その所有する資本の量を増減なくコンスタント
に保有するo
(2) 減価償却と保険に必要な額より小なる正,零,負の超過額。この場合,
個人はその資本財の一部を賀消しているo
(3) 減価償却と保険に必要な額より大なる正の超過額。この場合,個人はそ の資本財の量を増加しているoそこで,生産者は新資本財を生産している。
乙こで,ワノレラスの貯蓄の定義が示されるo I貯蓄は所得の消費をこえる超 過額と本来の意味における資本の償却と保険をカバーするに必要な額との正 の差であるoJワノレラスでは資本財の所有者は個人乃至は消費者であり,そ
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れはEという商品, (乙れを有価証券と考えてもよい)によって代表され るD 資本の使用者としての生産者乃至は企業者的側面は軽視されている。こ の点ウイクセノレとは全く対照的である。と乙ろで,ワノレラスの定義における 貯蓄は純貯蓄を怠味し,所得の消費超過額は粗貯蓄を意味するものと解して よい。以上の考察はミクロ的であるO 純貯蓄が正であれば個人の保有資本量 は増大するD マクロ的水準に拡大しても上の推理は妥当する。かくて,ワノレ ラスによれば,純貯蓄が正で,固定資本財の呈が増大する場合,発展的経済 を意味するo ワノレラスはまた新資本財にたいする需要が正であれば,その時 は経済は発展的であると述べている。 Iわれわれは交換方程式の左辺には,
Eの用役供給を,また右辺には正の産出物需要をおいたからわれわれは後者 の項目に新資本財にたいする需要を付加しようD そしてそれは常に正である と仮定する。この仮定をおくことによって,われわれは,発展的な社会にお ける新資本財の生産の研究に限定し,退歩的な社会における現在資本財の消 費の研究はこれを省略するoJリンダールはこのワノレラスの文句に誤りがあ
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ることを指摘する。 I純貯苔が正であるかぎりにおいてのみ,社会は発展的 である。ワノレラスが自ら注意したように,新資本財の需要が旧資本財の償却 と保険よりも大でなければ正の純貯蓄は存在しないのであるoJもとより,
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リングーJレは,ワノレラスの分析を低く評価しているわけではない。資本及び 利子の問題を一般価格形成の問題と結びつけた点で,ワjレラスの功結を高く 評価しているO しかし, リンダーノレにあっても,ワルラスが生産の時間的要 素の重要性を完全に無視した点で,資本lこ関辿した主要な諸問題を分析する 可能性が排除されてしまったことを意味する。 I生産における時間的要素の 主要性は,単に耐久資本生産の可能性にのみあるのではなくて,生産過程自 体において用いられるさまざまの時間量にたいする般会にあるo この後者の 事情はすべて生産に関述しており,したがってまた,耐久資本財の場合にお いても考慮せらるべきであるG しかしこれはワノレラスによって完全に宕過さ れており,そのために,彼の分析の一般性は著しく減少したのである。」
U日 ワjレラスは,本来的な資本,即ち,固定資本財を擬制的な商品E(いまこ れを有価証券で体化されているとしよう)で代表せしめて,資本財を永久的 な存在に転換するD この場合,資本財は減価償却と保険費用によって自動的 に補填されているという仮定がおかれている。ニュメレール財で測ったー単 位の純収入を永久的にあたえるとすると, Eの価格は,
p.= 1 ω
i は利子率を示す。このような方法ですべての資本財をその収益力を基礎と して同質的な財の量に還元せしめることができるo永久収入を生む資本財K は亦価格をもっ,この価格はその用役価格より減価償却費等を差引いて,乙 れを利子率で割ったものにひとしいD
Pk=
旦守
Pk̲ (2)ここで, Pkは資本財Kの価格,Pkは用役価格 mは資本財価格の百分比で 示された償却分を示すD いま純用役価格をれで示すと, (2)は
Pk=
子
で示されるから,資本財をE単位で示すと,
Pk
pe
(3)
(4) そこで資本財は有価証券に体化された商品Eのれ単位で示される口個別的 経済主体の側からの資本財需要はこのEの賠入を意味する。この Eの需要函 数は,
ウイクセノレ資本理論とワノレラス 7 de=fe (p't ……, p' p……, p' k……, Pb……, pe) (5) この式で, Pt……は土地用役tの価格, pp・..…は労働用役pの価格, Pk・・
ば資本財Kの用役価格, Pb は消費財bの価格, p. = 十 は 財Eの価 格を示す。この財に対する個別的需要を集計して総需要をうるO 貯蓄をSで 示すと,つぎの式をうるD
S =D.p. =F. (p' t ……, p' p・..…, P'k……, Pb……, p.) p. (6)
p. =l/iであるから,
S =F. (p' t ……, p' p'"…, p' k…・・・、 Pb……, i) (7) いま利子率以外の価格を所与として貯蓄と利子率またはE商品価格との関係 を示す曲線はつぎのごとく示される。横軸に貯蓄,縦軸lこ価格を測るO 利子
Pe=+ IT
S
O
率 が き わ め て 低 い,逆に言えばき わめて高い peの 水準では貯苔は零 となり,利子率が 上昇し, peが 低 下するにつれて貯 苔は増加しS点に いたるo この水準
S以上に利子率が上 昇すると再び貯苔 は 減 少 し は じ ぬ , p. = 0では貯蓄は零となる。利子率がある水準以上 になると貯蓄が減少しはじめる理由はこうであるD 手JI子率が無限大の場合,
貨幣ー単位の貯蓄によって無限に大きな永久的収入がえられるから,実際に はほとんど何にも貯苔されないと考えればよい。しかし,非常に正5い利子率 の水準で貯蓄が最小であり,また非常に低い利子率で同様に貯蓄が最小であ るならば,その中間的な利子率の水準で貯苔が最小となるような点があらね ばならない。
(17)
i庁苔は均衡において新に生産された資木財の価値にひとしい。新資本財"!乙
たいする需要にその価格を乗じたものが貯蓄にひとしくなければならない,
そこで,
S =D' kP' k +D" kP九,+・・・… (8) D'k, D九……は各新資本財の需要量を示し, P' k, P九はそれぞれの価格を 示す。新に生産される資本財の量を決定するものは何にか,均衡供給量は,
資本財の価格はその純用役価格を利子率で割引いたものに,またその生産賀 にひとしいという条件をみたすものでなければならない。そこで,各資本財 について,
(2)式が成立して
P' kπ~
一 一
Pム日グk ‑一πグP' k=k' tP
ぺ
+・・・・・・+k'pP'p+・・・・・・+k'kP' k(9)
)
nH U
‑ ‑ A
(
ここでkは各要素の投入用役量を示す。
以上は利子論にとって本質的な方程式だけを分離したものであるo ワルラス 自身はこれを一般均衡体系の中にはめこんでいるo
( 1 日
ワノレラスでは利子率の決定は総貯蓄を含む発展的経済の中で分析せらるべ きであった。ところで,ワノレラスの示した分析方法は静態的な経済で使用さ れる分析方法であった。何故にワルラスはそのような静態的方法をとった か。ワノレラス自身の分析は一期間単位に限定されている。そこで,ワノレラス によれば,経済の与件が一定期間不変とされるならば,その経済は静態的と 看倣されるというのである。ワルラスはつぎのようにいう。 iかくて資本形 成における均衡は,原理的には確立するであろう。それは与えられた期間中 において蓄積されるべき貯蓄と供給せらるべき新資本財との閣の相互交換に とって有効に確立されるであろうD その期間中は与件の変化は許されない。
経済は発展的であるけれども,それはしばらくの聞は静態的であるoなんと なれば,新資本財は考察の期聞に続く期聞にいたるまではその経済に何らの 割役を演じないからであるo Jワノレラスの方法はちょうどケインズの分析に
( 1) 9
おける投資と資本ストック増加との関係を想起せしめるロケインズは投資の
ウイクセル資本理論とワノレラス 9 資本増加にもとづく生産力効果を無視して,もっぱら投資の乗数効果に分析 の焦点を合せた。ケインズの分析が短期的,比較静学的と称せられるのも乙 の点においてである。われわれがワノレラスについて先ず問題とする乙とは,ワ ノレラスが静態的な経済では資本財の売買はお乙りえないとすることである。
なんとなれば,ワノレラスによれば,かかる財の交換は賀用をこえる収入があ ってのみおこなわれるからであるoそこで,資本財の売買,価格,したがっ て利子率という現象をみるためには,発展的な経済を想定すべきだというの である。資本変化の効果は勤学的な現象であることは勿論であるD しかし,
静態において資本の生産したがって売買が存しないという考えは誤りであ るo ワノレラスは資本財の売買を主として消費者の立場から考察しているo し かし,生産における資本維持という観点からいえば,資本の補填が必要であ
り,したがって,資本の生産がおこなわれるはずであるo 固定的な資本財が 物理的に永久的な存在でなく,破壊消耗せられるものであるならば,静態に おいても資本の補民生産があり,その生産費,価格も存在するはずである。
資本市場の存在をみるためには必ずしも発展的経済を想定しなければならぬ 理由はない。乙の点で,ウイクセノレは,ワノレラスの発展的経済の構想を批判 する r明らかにワノレラスの方法は将来が示す現実の利子率でなくて,貸し 付率の水準がある時点で依存すると乙ろの期待利子をあたえる。乙の点で私 はかつてワノレラスにたいしてなした抗議一一彼の利子理論は必然的に発展的 社会を前提とするという抗議を撤回しなければならない。事実ワノレラス自身 もそう述べていることだが,事の真相は,ワノレラスの理論はまさしく定常的状 態にも適用でき,また実際にそれによって一層厳密性が増すのであるoその 根本の仮定はこうであるD 生産要素は将来においても現在においてと同ーの 相対価値または価格をもっということであるo現実にこれは定常的状態にと ってあてはまるo しかし,生産の均一的な増加を想定するのでなければ,こ れは,発展的経済にあてはまらない。しかし厳密にいえば生産の均一的な増 加というものは考えられない。なぜならば,自然力の総計は増加しえないか らであるoJワノレラスは発展的経済を想定しながらも,固定資本財の用役価
問
格は現在より将来にわたってコンスタントと考えているo 乙の仮定は静態の
下においてのみ妥当するというのがワルラス批判の多くが一致する見解であ るo 例えばノレッツはいう。 Iワノレラスは,資本化される新資本財の用役価格 は,資本財価格を見出すために永久にコンスタントで,且つ考察単位期間内 に形成される価値にひとしいという仮定をおく。しかし,総投資の結果とし て成長する経済では,土地を含めての全ての生産要素が均一的な率で増加す るという不可能な仮定(ワルラスもそのような仮定はしていない)をおくの でなければ,相対価格は期間から次の期間へと変化しなければならぬo資本 のみが増加する経済で,資本財の用役価格が永久に不変であると想定するこ とは許されない。静態的仮定は単純に動態的な経済に適用できないのであ る。」ウイクセノレでも自然的要素の制限の故に均一的に成長する発展的経済
白1)
の構想を否定するが,理論的には全ての生産要素が同一成長率直で成長するよ うな経済を想定するは許されるo今日の成長理論における均衡成長ではこの ような条件がみたされねばならない。しかし,このような動態的な経済にた いしても,静態的均衡分析は殆んど役に立たない。分析用具の勤学化が必要 である。
ワノレラスは資本財を永久的な収入を生む商品によって代表せしめることに よって,永久的な存在に転換せしめた。この想定自体はすぐれた着惣であ るO 個々の資本財は消耗するにしても,有価証券によって代表される資本一 般は永久的存在と考えられるD 動態的な経済では,必然的に相対的価格構造 の変化が生じ,個々の資本財はいつかは償却され姿を没するであらう。耐久 的資本財の耐久性は永久的ではありえない。ただ,想像的な商品E.または 有価証券によって代表される資本は永久的な存在と考えても不自然ではな い。このことは勿論,個々の資本財の用役価格,資本財価格が永久的に不変 だということを合意するものではない。要するに,ワノレラスでは,動態的な 経済を想定しながらも,静態的な考え方の上で分析が展開されている点に大 きな欠陥が存在する。 Jレッツは,ワルラスの考え方lこはベェーム=ウイクセ ノレモデノレに見られたような資本の価値を所与とする仮定のないことを指摘す るoベェーム=ウイクセノレモデノレでは資本の価値をきめる方程式を欠いてい るD ところが,ワノレラスでは,資本財の価値は生産用役の価格から求めら
ウイクセル資本理論とワノレラス 11 れ,そしてこの価格は方程式体系により一義的に決定されるo
3
ワノレラスは,資本及び利子に関連した問題を一般価格形成の方程式体系の 中で解こうとした。彼の資本分析はキューン的表現を用いると,彼の経済理 論のハイライトと称せらるべきものである。しかし,ワjレラスが取扱った資
(22)
本は固定資本財・であり,而も自動的に補填されることによって永久的な所得 の源泉と看倣されるO そこから,資木財の耐久期間に関連する諸問題が完全 に分析の視界からはづされているo ワルラスによれば,全ての消費財は資本 財によって生ずる生産用役の協働の結果である。そこで,彼の資本財には三 つの異なったカテゴリーがあるo土地,労働,そして彼が資本財・フ。ロパーと
l乎ぷものがそれであるo資本財プロパーが即ち生産された耐久資本財なので あるD ワjレラスでは,これらの生産用役は即座に消費財を供給するという意 味で生産には時間を必要としないと仮定される。そこで,ワノレラスは,ベエ ーム・パヴェノレやウイクセノレが考察したような流動資本を無視した。ところ で,資本家生産過程における時間的要素の重要性こそ,ウイクセJレ理論そし て一般的にオーストリア資本理論の最も強調するところであるD ウイクセノレ が,ワノレラスから蹴れた1長大の理由は,ワjレラスにおける時間的要素の無視 にあったと考えてよい。そこで,ワノレラスとウイクセルの対比も乙の生産に おける時間的要素に考察の焦点、をしぼることによってより鮮明ならしめるこ とができょう。
ウイクセノレ自身,彼がワjレラスより離れた理由をつぎのように説明してい る Iこの点について,ワルラスは,以前の交換現象の同じ原理にしたがっ て,財の生産現象を実際的な方程式で要約するというきわめて武讃に値する 試みをお乙なった。彼によれば,経済的生産は,生産物と労働土地資本の生 産用役の聞の交換に外ならず,そして,最終的には,生産はこれらの生産用役 自身の問の交換ですらあると考えられるのであるo この分野では,ワノレラス の研究はおそらく経済問題について今日までに吉かれたもののなかで最も抽 象的で難解なものにぞくするo これらの問題に関する彼の仮定の重要性と彼
の結論の正当性を正確に評価することは容易な仕事ではない。しかし,私 は,彼の生産理論は,資本の概念に関する彼の古風な一方的解釈一一それは 彼の表現の徹底的な改訂によってのみ除去せられるものと考えられるーーに 関連した根本的な誤りにおかされていると確信することができた。それ故 に,私は,ワノレラスを離れてもって最近の資本理論一ーその出発点はヂエボ ンズに見出されるが,ベエーム・パヴェノレクのすぐれた労作「資本の積極理 論」において十分に展開された一ーをとるようになった。」資本理論の根本
邸)
的な課題は,生産過程において資本が果たす役割を分析することであった。
ウイクセノレによれば,資本が生産過程において取得する基本的な特徴は,時 間的要素を媒介としてであった。その点でウイクセノレは批判するo rワルラ スが厳密に数学的な形態で展開した生産の理論は,それがいかに巧妙なもの に見えようとも,その成果をして必ずや虚妄ならしめざるをえない一つの原 理的誤謬をおかしている口即ち,そこでは生産における時間の;意義が全く無視 されている。」生産における時間的要素の意義を無視するならば,資本の本質
白却
は把握できないのである。 rそれは一一ワノレラスの分析は一一何故に一定 量の現存社会資本が一定水準の利子率一ーより高く,またより低くないとこ ろの一一ーを生ずるのであるかという問題になんらの解答をあたえることはで きないのであるO 生産における時間的要素の重要性はワノレラスとその学派と によって決して適切に評価されておらない。生産期間または資本投資期間と いう考え方は,ワノレラス=パレートの理論には存在しないのであるoその理 論にあっては,資本と利子は土地と地代と同列なのである。換言すれば,そ の理論は,たとえ,耐久的な而も表面的には破壊されない手段が考慮されて いるにしても,本質的には非資本家的状態の下における生産の理論にすぎな いのであるoJ
白5)
ワノレラスにしろウイクセノレにしろ共に資本の生産力的側面は強調してい るO ウイクセノレは,むしろこの生産力的側面を,時間選好的側面を排除し て,分析の前面におし出しているo オーストリア学派による生産力は,時間 の生産力,待望の生産力,時間によって変形された本源的生産要素の生産力 なのであるo しかし,ワノレラスにとっては,乙の時間的側面は意味はない。
ウイクセJレ資本理論とワノレラス 13 資本はたんに他の生産要素と同列の要素にすぎない。ウイクセノレはオースト リア的伝統にしたがって,資本家的生産における時間乃至資本の時間的構造 を 特 に 強 調 し た 結 果 , 資 本 の 時 間 的 成 層 化 (stratification of capital through time)。資本の水平的ディメンション (horizontaldimension)と 立体的ディメンション (vertical dimension),資本投資の重心 (center of gravity of capital investment) ,資本の高さと幅 (heightand breadth)
というような概念で表現される体系的な資本構造分析を展開している。乙の
問)
点で,ワノレラスの生産函数が横断面的な性質のものであるのにたいして,ウ イクセノレの使用した生産函数はきわめて縦断面な性質をおびているものとい ってもよい。
ウイクセノレの資本理論はその基調は最後までベエーム・パヴエル的であっ たけれども一一ーもっとも耐久的資本財を取扱ったモデルではベエーム・パヴ エノレクを離れているが一一三つの発展段階を経過しているo 第一段階の資本 理論では,資本は本来非利子取得者に対する前払基金,生活基金的な性質を もっという考え方が強調されているo
r
消費しうる財,即ち,制限的な使用 行為の系列の中で,そのすべての有用性を消尽するような財が,また資本家 的に使用せられ,したがって,その全価値が所有者によって貯えられ,所得 を提供しうるという一見逆説的な現象一一経済メカニズムのこの恒久的運動 がわれわれが乙こでより深く考察すると乙ろの資本理論の真の核心を形成す るのであるoJこのように資本のもつ賃金地代にたいする前払的基金の観点白7)
からウイクセノレはワノレラスを批判してつぎのようにいう
r
ワノレラスは ,.tこだ耐久財のみを資本とよび,これを取扱い,原料,半製品,労働者の生産手 段を資本として取扱はない。流動的な資本の所有者が労働者,地主に前払い するものを,ワノレラスは全く資本として取扱わない。それ故に,ワノレラスに おいては,労働者と他の生産者は生産期間中は自分自身の力で生活を支え,
その生産用役にたいする報酬は,生産完成後においてのみ当該生産物の売上 代金より受取ると暗黙的に仮定されているD こ の こ と は 明 ら か に 誤 り で あ るo この解釈では,生産における資本の役割が完全に看倣される。かかる看 過の必然的な結果は,これらの生産と交換の方程式は利子率の水準について
は全くなんらの知識をあたえないということである。もし,耐久財のみが資 本とみなされるならば,ある地代は,上式の方程式によってきまるが,自身 の資本価値, したがって利子率はきまらない。このことはワノレラスによって はっきりと認められていることであるo しかし,彼は,利子率をきめるに は,定常的経済の分析から,その資本価値が生産賢から決定せられるような 新しい利子生み資本財が生産される発展的経済の分析に転ずることが必要だ というO 乙れは確に誤りであるo定常的経済でも一ーたとえ,生産手段がす べて破壊しないものと仮定しでも一一流動的な資本の利子率は疑いもなくき まるであろう。なんとなれば,生産期間の延長がより有利だということが証 明せられるからであるo ワルラスの生産及び資本の理論は誤まった仮定に依 存し,確定的なものとは看倣することはできない。それは,多くの点で著者 の鋭さを示す証拠であるにしても,問題の正しい核心は彼には明白となっ ていない。この分野で決定的な前進の一歩をすすめた功績はヂエボンズ,
中就ベエーム・パヴエノレクに帰せられる」ウイクセノレは後年カッセノレの Theoretische Sozia1okonomie, 1917の書評において,間) ワノレラスの利子理論 は必然的に発展的経済を前提とし,静態的経済にはあてはまらないという批 判を撤回し,ワノレラスの分析は静態的経済にも適用できるものだと述べてい
るo 側
ウイクセノレは彼の資本理論発展の最終的段階において耐久的資本財のモデ ノレを展開しているO そこでウイクセノレはワルラスをつぎのように批判するO
「ワノレラスは,根本的に資本財を破壊しえないもの,或いは,一定の維持費 (保険費)でもって維持できるような仕方で構成されているものと看倣して いるD このやりかたは必然に問題を単純化するが,その最も重要な側面の多 くを無視するととになる。ワノレラスは,計画された資本財にとってより長期 の耐久性,或いはより短期の耐久性が有利となるという事実一一乙れこそオ ーカーマンにとって主要な問題点なのであるが一ーを考応しないのであ るoJ既述のごとく,ワノレラスは資本財を永久的収入をあたえる架空的な商
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品E,または有価証券によって代表せしめることによって,永久的存在に転 化せしめた。その結果,資本財・の耐久性に関する問題が完全に無視されてし
ウイクセJレ資本理論とワルラス 15 まった。このワノレラスの欠点は,皮肉にも架空的な商品Eというすぐれた着 想に由来するものと考えることができるo
ウイクセノレは「経済学講義」で資本は貯えられた労働用役と土地用役と定 義するD そして,利子はこの貯えられた生産要素用役と直接消費財の生産に 使用される生産要素用役の生産力の差として定義するo I資本は貯えられた 労働と土地であるO 利子は貯えられた労働と土地と現在労働と土地の限界生 産力との差である」利子は余剰であるo定常的状態においては,財と用役の
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交換価値は年々変化しない。そこで,或る年に労働と土地用役を購入して次 の年の生産にあてられる資本にそれらを変換する人は,彼が支払ったものよ りも大なる生産物の価値の獲得を常に考えている。このより大なる生産物の 価値が即ちウイクセノレ的忌味での不IJ子である。ここで,ウイクセノレは利子発 生についてのベエーム・パヴエノレクの第三の根拠,即ち迂回的生産過程の生 産力を利子存在の根拠とする。いま,資本の生産期間一一成熟期間一ーを一 年として,投入された労働をa1,投入された土地用役をb1,とするo さら に現在直接消費財生産に使用されうる労働をし土地用役をbとするo資本 ストックはすべて一年間で消尽されると仮定するo生産函数は,
X=F (a, b, a1, b,) (1) 資本ストックの価値は一定期間労働と土地用役に支払った用役価値の和にひ
としい。均衡では生産物 Xで測った限界生産物についてつぎの関係が成立す るG 実質賃金率をw,地代をrとすると
三X=wθ a .., 立~a b = b (2)
a F ̲̲̲ / , , . '¥ a F
θ五~=w (1
+
i) , -;-~= θb 1 r (1十 i) (3) i は手IJ子率を示す口 (3)式は資本に体化された労働と土地用役の現在価格であ る。これらをw',r'で示すと,通常w'>w,r'> rであり,均衡では,w'‑w r'‑r
一 一一=一一一一一一一
w r (4)
となるo そこで,利子が生産力の差であるならば,貯えられた労働と土地用 役の限界生産物がきわめて低い水準まで低下し,もはや直接労働と土地用役 の限界生産物より大でないならば,正の手IJ子率は存在しないであろう。生産力
とともに,資本供給一一資本の稀少性一ーが利子水準に重要な条件となる「貯 えられた労働と土地の限界生産力がより大であるというのは,現在労働と土 地が,それらが使用されうる目的にたいして相対的に豊富に存在し,他方,貯 えられた労働と土地はそれらが有利に使用される多くの目的にとって同じ程 度に十分に存在しないからである。」明らかに,ウイクセJレは利子の生産力説
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をとっているo利子率決定における時間選好の役割をどれほど認めたかはあ まり明確ではない。キューンの解釈によると,ウイクセノレは,利子決定の生産 力的側面と時間選好的側面とを分離するために定常的状態に移行するo ウイ
クセJレによれば,時間選好は資本蓄積に影響するo しかし,もし蓄積が止 むならば,それは一つのフアターとして無視することができるo定常的状 態における限界時間選好のこの捨象によってウイクセノレは全体としての 経済にとって資本の量はコンスタント,或いは投資期間はコンスタント という仮定を採用するo もっとも,ウイクセノレはまた生産経済において資本
( 3 ¥l
がその生産賀よりも大なる価値を最終財にあたえるという意味で生産的であ るということが,利子支払の必要条件であるが,必ずしも十分条件ではないこ とを指摘しているo
r
乙のような状態に資本の価値創造的な力,或いは所謂生 産力の全説明がまた見出されるべきであるo 出現するものは単に生産におけ る時間的要素の重要性であるD 勿論,真の志味で人間として自己永続的な自 然力,とくに太陽と地球の物理的化学的諸力のみが生産的である。本源泉要素 一一人間と自然一ーのみが生産的である。しかし,本根的要素は財の即時的生 産に使用されるよりも,もっと速い目的に伎用される場合にその生産力はも っと大となる。既述のごとく,乙の生産能率の増大は利子の必要条件であり,利子の源泉であるD しかし,その理由によって利子率を規定するのではな い。この生産力の増加の一部分は,他の生産要素lζ帰属するしまた帰属しな ければならぬD なんとなれば,それらの協働は必要であり且つまた実際にそ れ自体資本使用の一部分なのである。」ウイクセルの資本理論において説明
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せられなければならなかったものは価値現象であった。即ち,現行価格で資 本の生産物が何故に犠牲にされた資本財の価値より大なる価値をもつのかと いう問題であった。乙れは方程式(2),(3), (4)によって提起された問題であ
ウイクセJレ資本理論とワJレラス 17 るo非定常的な状態の下では,資本財によって生産される生産物の価格は変 化するo ウイクセノレが一貫して定常的均衡を取扱った理由の一つはとのため であるD
4
生産期間乃投資期間という概念は,ウイクセノレの資本理論,もっと一般的 にオーストリア資本理論にとって最も重要な分析概念である。ウイクセノレは いうo r乙の生産期間という新しい概念は,経済学の最も複雑な問題,いま まで説明されておらない問題を組織的に解明することを目的とするoJウイ
(35) クセノレ自身はこの概念の有用性については次第に懐疑的となったが,生産期 間の概念はその後におけるオーストリア資本理論をめぐる論争の中心テーマ であったし,またその論争の結果は不毛的であった。生産と消賀とは完全にシ ンクロナイズされているという観点、から, J. B.クラークやナイトは生産期 間の概念を資本モデノレに持込むことを拒否する r生産と消費との聞にはな んらの時間的問題は存在しない。いかなる生産行為或いは支出といえども,
常に消費される用役の形でか,或いは財理即ち資本の純付加の形でか,生産 それ自身と絶対的同時性をもって瞬間的にその結果を生ずるものである。使 用されるすべての設備の完全な維持(置換えを含めて)は経常的に消設され る用役の生産の一部分である。」さらにナイトはいうo r物理的生産を合む
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意味において生産と称せられるすべてのことがらは,自明的l乙,資本財のIII 換か総ストックの純付加かいづれかを示している口一つの関係では生産期間 は零であり,他の関係では,全体としての社会の清算とともに終るという怠 味で生産期間は無限大であるoJ最近デューイはナイトと異なった観点から
(37)
生産期間という概念を資本理論より追放すべきであると主張しているO デユ ーイは,生産期間という概念は,資本財評価について,また資本蓄積と技術 進歩や節約を規制する要因を追求するには有効な概念ではないとし,利子の 取得,資本財の生産性の問題はもはや生産期間を資本理論に導入せずともと きうるというo おそらく,このデユーイの考え方は今日資本問題を取扱う人
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々にとって共通的な傾向であるかもしれない白相対的[と結実性の少くない生
産期間という概念を迂回してより容易な途をとりながらも, よ り 深 く 資 本 問題を追求する分析用具を見出す傾向が今日存在するといってよい。ロパ ート・ソローの「資本理論と収益率」もまた今日の傾向の代表的なものと宕
(39)
倣してもよいであろう口もっとも全ての人々が乙の生産期間の概念を無用の ものとして放棄してしまっているわけでもない。例えば, ドノレフマンは,浴 槽定理 (bathtubtheorem)の構想をもって生産期間乃至投資期間の概念を 積極的に活かそうとしている。
(40)
こ乙でウイクセjレ的なブドー酒の資本モデノレを取り上げて,生産期間(乙 の場合成熟期間)の;志味を吟味しようO 土地は自由財であり,労働のみが本
位1)
源的生産要素とするD 生産物は外部市場で販売され,一人の労働者の生産物 の価格は時間の函数とする。
P=F(t) (1)
この函数については,時間の限界価値生産物は正でありさらにこれはまた時 間の減少函数とする口
F / ( t ) > 0, F 11 ( t ) < 0 (2) 労働用役は最初の時点で投入せら航るが,労働は成熟期間中維持されねばな
らぬから t期にわたって毎期賃金が支払はれると仮定する。いま,賃金率を
W, Kを 最 初 に 借 入 れ た 資 本 を 一 期 当 り の 利 子 率 , Nを企業によって雇 用された労働量とするO 企業は毎期借入れる資本に利子を支払はねばならぬ
と仮定すると t期間にわたる企業の総支出額は,
C = N w t + K (1 + i) t ‑ K (3) いまN =1,即ち,企業はただ一人の労働者のみを雇用するとする。単利計 算では,
Cニ wt+Ki t (4)
Kはウイクセノレモデノレでは生存手段の価値であり,企業が生産過程を有効に 遂行するために借入しなければならぬ額であるD もし,計画期間の最初にお いて全期間にわたる賃金と利子の支払に必要な額を借入れると,
K=wt十wF (5)
となる。また,利子は毎期支払はれず,売上代金から一括して支払はれるよ
ウイクセル資本理論とワノレラス うな場合には,最初の借入れは,
K=wt となり,総費用は,
C=wt+wt2i
19
(6)
(7) 労働者が企業者を兼ねているとする。期間の終りで彼にとって売上収入が C にひとしく且賃金率が極大となるような生産期間tの値を求めよう。最初 の条件は, (7)式の場合では,
FCt)‑wt‑wt2i=0 d w
t について微分し,一一一d t =0とおし一階条件は,
d F
一 一=w+2wi t d t
二階条件は,
d2F
一
d P ¥一 一 一
2wiくO(8)
(9)
( 10) これは(2)の仮定によりみたされるo(6)ω式より,
d F =w+2Ki (11)
d t
賃金率を所与として利子率の柿大化をはかる場合にも(9)と(10)の条件をうるo
さらにまた,賃金率と利子率とを所与として総費用と総収入との差を都大化 しようとしても(9)と(10)の条件は均衡でみたされねばならない。(11)式の左辺は 時間の限界価値生産物であり,右辺は時間の限界費用を示す。そこで,均衡 条件は時間の限界価値生産物が時間の限界費用にひとしいことであるO 以上 は企業を孤立的に考察し,必要資金を最初に借入れ,利子を最終の期間l乙一 括的に支払うと仮定した場合である。
もっとも,生産期間にわたる全必要資金を最初に準備しなければならぬ必 然的理由はない。必要に応じて毎期(週で表はしてもよい)分割的に借入れ るようなことも可能であるO このような可能性を考応に入れてつぎのような モデルを怨定してみよう口企業の数を39とし,各企業は生産を第1週に開始 し,第13週自に販売すると仮定するO ここで,資本Kについてつぎのような 定義があたえられるD
(1) KOは第1週の市場日に企業が借入れる資本ストックを示す。
(2) Km は13週日の終りでm賀川・が販売される了度TJijで企業の庄原物に投資
された資本ストックを示す。
(3) K*は投資期間における週の数と利子率とでもって釆じた場合,企業が その期聞にわたって現実に支払う利子総額にひとしくなるような資本の価値 を示し,これを有効資本ストックとよぼう。 tは消賀財の生産期間を示し,
wは週当りの賃金率を示す。企業の借入れはこの賃金の前払のためにのみ必 要であるとするO 全ての企業が第l迫で生産を開始し,第13週で生産物を販 売すると,つぎの生産過程は第14週にはじまり第26週に終るo ところで,利 用しうる資金の外部的源泉がないと仮定すると,各企業は全生産期聞にわた る賃金の前払に必要な全資本を第l迫で確保しなければならないow=20と すると,
KO = w t = 2 0 X13=260=Km U2)
t
= 与
= 1 3 ωそして tはつぎのように解釈することができるo(1)財の現実の生産期間,
(2)Kmを構成するニュメレーノレ財の全ての単位の現実の投資期間(3)一定の賃 金と雇用でもって生産を遂行するに必要な資本の尺度, (4)賃金としての企業 資本の廻転期間口全企業が同じように行動すると仮定すると,マクロ的経済 の水準では,
1(0 =Ko x39=10, 140= Km t=丘 一=13
wX39
このような単純な場合では,社会的資本の投資期間は計算可能であり,労働 ( 1引 (15)
力と賃金率がコンスタントであれば,それは社会の資本ストックを正確に測 るものである。
つぎに,すべての企業が同時的に生産を開始し終了すると仮定しないで,
例えば3企業が13週の生産過程を毎週終了し,生産は期間を通じて均一的に お乙なはれているとしようO このような状態では,企業にとって第1週で最 大資本Kmを確保する必要はない。各週の市場日にその週の前払いに必要な 額を借入れることができる。即ち,
KOキKm ( ' z a ‑ ‑ ρhu )
であるO ここで有効資本という概念が必要となる。これは架空的な大さであ
ウイクセノレ資本理論とワルラス 21 るがつぎのようにして計算されるo第l週のはじめにwを借入れると13週間 分の利子が支払われる。第2週のはじめにwを借入れると12週間分の利子が 支払われるo以下の週についても同じ借入れでは,
13wi+12wi+・・・・・・+wi ( ・E・ ‑ 門︐B)
の支払利子総額をうるo 乙の合計額をして, 13K*iにひとしくならしめるよ うなK*の値を有効資本という口 (1司式は変形して,
13K*i=0.5wi( t ) ( t十 1) t =13であるから,
13K*i= wi(9l)
・.K*=140
(1助
( 19) (20) このような生産の時間的局面では,企業の借入れは260から140に減少するO
このK*をwで除したものを労働用役の有効投資期間とよぶことができるO
t*=
与
;‑=7 凶)w=20では7週間となる。労働は生産に7週間滞留すると考えてもよい。マ クロ的経済の水準では,玄*=5,460となり,
τ * = ‑ E L = 7 ( 2 2 ) wX39
経済は以前では10,140単位の資本を使用したが, この場合では, 5,460単位 の資本を有効に使用していることとなるO そこで,経済における生産の時間 的局面を変化せしめることによって,社会はより小なる資本ストックをもっ て同畳の国民生産をまかなうことができるD
以上は賃金は週1回支払われると仮定した。いま,週2回 支 払 わ れ る と し,企業はまた週2回借入れると仮定しようo iは週あたりの利子率である から,
126X27 ¥
261‑K12= l一 一 一‑l (お) 2 2 2
より K*=135となるO このように賃金支払期間を焔少していくと, K*は次 第に0.5Kffi,即ちK*=130Iこ近づき, t*も0.5t,即ち6.5に近づいていくO
K*=0.5Km, t*=0.5 t
R*=0.5km , τ*=0.5 1: ( 円ノ aA吐) 賃金が連続的に文払われて,そして借入れも述続的におこなわれるならば,有