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(1)

地域在住高齢者が家庭で実践できる複合的転倒予防策の提案

-転倒予防にかかわる身体的要因からの考察-

2020 年 3 月

九州保健福祉大学大学院

(通信制)連合社会福祉学研究科 社会福祉学専攻 

D311401  小橋 拓真

(2)

目 次

序 章        1.本研究の社会的背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

1

2.本研究の学術的背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

4

第Ⅰ章 ヒトはなぜ転倒するのか -転倒に関する基本的知見-

1.ヒトの姿勢制御と加齢に伴う変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

11

2.我が国における転倒の実態 -実態調査と研究報告- ・・・・・・・・ 

13

 3.転倒の内的要因 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

15

 4.転倒の外的要因 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

16

5.我が国における転倒予防への対応の現状と課題 ・・・・・・・・・・・ 

17

第Ⅱ章 研究の目的と意義

1.問題の所在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

20

 2.研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

21

 -地域在住高齢者が家庭で実践できる複合的転倒予防策の提案-

 3.仮説 -複合的転倒予防策の効果- ・・・・・・・・・・・・・・・・ 

21

 4.意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

22

第Ⅲ章 高齢者の転倒予防策の効果Ⅰ

 -足趾把持筋力トレーニングによる足趾・扁平足の接地状態の改善と 転倒予防効果の関連-

1.研究の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

23

 2.研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

23

 3.方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

24

 4.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

30

 5.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

35

(3)

第Ⅳ章 高齢者の転倒予防策の効果Ⅱ

-床マーキングトレーニングによる認知情報処理能力賦活と 転倒予防効果の関連-

1.研究の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

41

 2.研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

42

 3.方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

43

 4.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

47

 5.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

48

第Ⅴ章 高齢者の転倒予防策の効果Ⅲ

-立位や歩行活動時に重錘負荷による固有受容器の賦活化と 転倒予防効果の関連-

1.研究の背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

53

2.研究の目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

54

 3.方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

55

 4.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

59

 5.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

59

第Ⅵ章 結論

1.研究の総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

64

 2.今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

68

引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

70

(4)

序章

       1.本研究の社会的背景

 我が国の高齢化は,類をみない早さで進行している.内閣府(

2018

)によると,平成

29

2017

)年の総人口に占める高齢化率は

27.7

%であり,世界で最も高い値となってい る.さらに

2065

年には,高齢化率は

38.4

%となり,約

2.6

人に

1

人が

65

歳以上 になると予想されている.高齢化の進展に伴い,

2000

年より施行された介護保険制度の受給 者について,

2001

年では約

280

万人(厚生労働省,

2001

)であったが,

16

年後の

2017

年では約

600

万人(厚生労働省,

2017

)と約

2

倍に増加し,介護給付費の総額は,

2001

年の約

4.6

兆円から

2016

年では約

10.4

兆円となり,今後も増加することが予想

(厚生労働省老健局,

2016

)されている.

2006

年での改正介護保険では,運動機能の向上 や閉じこもり予防等,日常生活の維持向上を目的とした介護予防の取り組みが進められ,健康寿 命の延伸のための対策が,国を挙げてより積極的に取り組まれてきた.

 我が国の要介護状態となる主な原因には,認知症(

18.0

%),脳血管疾患(

16.6

%),高 齢による衰弱(

13.3

%),骨折・転倒(

12.1

%),関節疾患(

10.2

%)等がある(厚生 労働省,

2018

).これを要介護度別にみると,要介護

1

から

5

では認知症が

24.8

%,脳 血管疾患が

18.4

%,高齢による衰弱が

12.1

%であるのに対し,要支援

1

から

2

では 関節疾患が

17.2

%,高齢による衰弱が

16.2

%,骨折・転倒が

15.2

%となっている.

要支援者の多くは,体を動かさないことによる心身の機能低下(廃用症候群)が懸念されている

(厚生労働省,

2016

).この廃用症候群への早期の予防を図り,要支援および要介護に至って いない地域在住高齢者に対して,身体機能の維持向上を図り,健康寿命の延伸につなげることが 大切である.

 要介護状態を引き起こす原因の

1

つに転倒があり(星地・星野,

2012

),この転倒を予 防することは要介護状態の重度化を防ぐ方策の

1

つとなる(白岩ら,

2018

).高齢者は転 倒により,硬膜下血腫等の頭部外傷(武藤・金子,

2016

)や,骨折(鈴川ら,

2009

)等身 体機能に大きな影響を及ぼすことが報告されている.また,外傷にはつながらなくても転倒を き っ か け に , 転 倒不 安を抱き 活 動量が低 下す る 者 が い る と 報 告 (

Bertera and

Bertera,2008

)されている.我が国における地域在住高齢者の

1

年間の転倒率は約

20

である(

Demura et al.,2010

;長屋・荒川,

2003

;鈴木ら,

1999

).そして転倒する 場所は,屋内が

20

%から

30

%,屋外が

70

%から

80

%であり屋外での転倒発生率

(5)

が高い(川上ら,

2006

).屋外で転倒が多い理由には,地域在住の活動性の高い高齢者は屋 外へ出歩く機会が多いため,転倒の危険が高い(亀井ら,

2009

;井口ら,

2007

)ことが 考えられる.また,屋内や屋外の活動に関わらず,高齢者は加齢とともに転倒の発生率は上昇

(新野ら,

2003

;安村,

1999

)している.転倒で受けた外傷により日常生活活動範囲が大 きく狭小化することで,不活動から身体機能低下を引き起こし,生命や日常生活動作,生活の質 等に重大な影響を及ぼすと指摘(杉原ら,

2005

)されている.高齢者福祉の領域においても,

高齢者の社会参加活動等を進め,その人らしい生きがいのある高齢期を支援することが求められ ている(川廷,

2010

).したがって,地域在住高齢者を対象とした転倒予防の推進は,介護 予防において大きな意義がある.

 

2006

年の改正介護保険制度により開始された介護予防事業では,運動器機能向上教室等で運 動指導等の介護予防の取り組みが行われてきた(厚生労働省,

2014

)が,運動器機能向上教 室を終了して

6

ヶ月後や

1

年後には,約

5

割から

6

割の者が運動を中断している現状に ある(みずほ情報総研株式会社,

2014

.

高齢者の介護予防のためには運動が有効であるこ とは明らかであるものの,教室参加を終えると半数以上の者が運動継続には至っていない現状が ある.また,

Krug

ら(

2014

)は運動を促しても運動を継続できなかった者の割合は約

7

割にも及ぶという報告をしている.我が国においても,藤沼(

1995

)は,運動指導後,指導 前に運動していなかった者の約

4

割は

6

ヶ月以内に運動を中断していると報告している.こ の中断の背景には「時間がとれない」等の理由が報告(健康・体力作り事業財団,

1997

;藤沼,

1995

;佐藤ら,

1994

)されている.さらに,征矢野ら(

2006

)も健康教育受講者の運 動を中断する理由には「運動施設が遠い」,「機会がない」,「時間がない」,「教室を終了し た」,「天気・天候」等があると報告している.地域在住高齢者が継続的に運動に取り組むため には,運動や体力の向上を実感することや,運動教室等に通い仲間同士で労う等の情緒的なサ ポートや,運動を促してくれる人がいる等のソーシャルサポートが良好な健康行動につながると 指摘(重松ら,

2007

;高橋ら,

2008

)されている.

しかし,先行研究では,運動等による身体活動量は自宅周辺の環境が作用することが報告

(尼崎ら,

2014

)されており,運動教室への通いやすさが運動継続に関わっていることも考 えられる.喜多ら(

2012

)は目的地への行きやすさとして,地形の影響や手すりの有無,天 候等環境的な事情に加え,加齢変化等による身体機能低下,移動に対する時間的余裕,乗降時の 運賃支払い能力等の移動に対する個人属性を挙げており,高齢者特有のアクセシビリティ

Accessibility

)の問題を挙げている.このアクセシビリティは,都市や地域の立地分析にお

(6)

いて,ある行動のために向かう場所へ近づきやすさ,行きやすさを示す概念である(原科ら,

1990

).アクセシビリティの

1

つである高齢者の移動しやすさについて,藤原ら(

1996

) も,

60

代で

7.7

%,

70

代で

14

%の者が手すりなしで階段を上ることができないと述 べており,高齢化が進展する地域では,加齢変化による身体的機能低下に加えて,段差や急な傾 斜のある環境や,電車やバスの便数減少等といった公共交通の利用可能性を制約する要因等も考 えられる.

さらに,このような運動教室等への通いを困難にするアクセシビリティの問題に加え,人が 健康的な行動へ改善するために役立つ環境条件として,運動施設等身体活動促進のための物理的 環境や,ソーシャルサポートを担う組織体の形成等の社会的環境が十分に整備されていない(荒 尾,

2013

)こともあり,高齢者の運動実践に地域差が生じているとも指摘(李ら,

2013

) されている.このように,地域における環境によっても身体活動や運動の取り組みやすさの違い が生じてくる.また,仮に近隣に運動教室等の場があったとしても,運動のために一日の時間を どれだけ配分できるのかという点でみることも運動継続に関わる課題である.重松ら(

2007

) は,「運動していない者」,もしくは「ほとんど運動をしていない者」は運動に対する意欲が低 いため,運動する時間が無いと感じていると報告している.さらに運動をするにしても個人での 実践を望んでいることからホームエクササイズプログラムを提供し,まずは一過性の運動効果に 気づいてもらうことが大切であると述べている.この家庭で運動を継続するためのアプローチと して,専門家によるフォローアップ教室の開催や当事者による自主グループを形成することで,

自宅で運動継続に至ったことが報告(小島ら,

2007

;藤本ら,

2009

)されている.しか し,人材や場所の確保等の運営面に課題があることが指摘(荒尾,

2013

)され,依然として,

運動教室を終了した者のうち,約半数が中断している現状である(みずほ情報総研株式会社,

2014

).また,

65

歳から

75

歳の「ウォーキングや軽い運動」の行動率は,男女ともに

50

%程度であるが,

70

歳代後半以降は

10

%未満である(総務省,

2016

).高齢者 は,風邪等で軽微な安静をとるだけでも,機能低下に陥りやすい.馴染みの友人を訪ねに出かけ る,買い物に行く等,人が社会生活を営む上で必要な行動範囲が維持されていても,老化や不活 動による体力低下,風邪等の体調不良等が生じると,日常的な行動範囲は徐々に狭まっていくこ とが予想される.したがって,時間の制約や地理的特性,運動意欲の程度といった個人的特性の 影響が最小限となり,家庭での日常生活の中で付帯的に取り組める簡易な運動方法を提案し,転 倒予防効果を検証する必要がある.

(7)

2.本研究の学術的背景

 転倒予防策についての過去の研究では,歩行や階段昇降等の日常生活動作の再訓練(武藤,

2008

;長澤,

2003

),立ち上がり動作(武藤,

2008

)やマシントレーニング(川俣ら,

2012

)等の筋力トレーニング,太極拳(武藤,

2008

;金・黒沢,

2006

)や片足立ち(武 藤,

2008

;池添・市橋,

2009

)といったバランス訓練等が行われ,その有用性が報告されて いる.この運動効果が明らかにされているものの中から,家庭での日常生活において転倒予防策 として実施および継続可能な方法を検討していく.そのため,バランスを保つとはどのような状 態であるのか,加齢変化によりバランス機能にどのような変化がもたらされるのか等,高齢者の 転倒リスクについて整理した上で過去の研究のレビューを行う.

 

Horak

ら(

1997

)は,バランスを保った姿勢は重心が支持基底面の近くに保たれている

状態であるとしている.そのためには,重心を動かそうとする外力に対して受動的に反応するこ ともあれば,身体自らの運動によって内的に生み出される不安定化の力に先行して予測的に反応 することもある.このとき神経系が不安定な状態を感知あるいは予測して,身体に作用する力を 補完したり,協調したりすることで,重心は調節されてバランスが保たれるとされている.この バランスを保つためには,視覚や前庭感覚,聴覚,体性感覚,運動器機能が関わっており,これ らの連携した働きに障害が生じることで,平衡異常をきたすとされている(

Iverson et

al.,1990

).地域在住高齢者の転倒要因については,約

40

%につまずきがみられており

(大久保ら,

2010

;金ら,

2001

),転倒方向は前方あるいは斜め前方への転倒が約

70

%であった(大久保ら,

2010

).特に高齢者は,歩行速度や歩幅の減少(

Brown et

al.,1995

),足趾と足首の感覚神経における伝達速度の低下等(

Duthie,1989

)により,

つまずく可能性がある.また加齢現象により,筋全般の萎縮と筋力低下,視覚や聴覚の低下,神 経 系や心 血 管系,心理系や 認 知 機 能 の低 下等 姿 勢 制 御 に 関 わ る様 々な 変 化 が み ら れ る

Thornby,1995;Dewane,1995

).したがって,若年者や中年者よりも高齢者の方がつまず きや転倒の可能性が高い(

Demura et al.,2003

).

 高齢者を対象に運動機能改善を目的とした介入では,外乱の有無(大渕ら,

2004

),歩行訓 練(

Hornbrook et al.,1994

),階段昇降(長澤,

2003

;大峯,

1986

)等,運動の再訓練 により歩行パターンの安定化を図っている.また,自重負荷や重錘バンド等を用いた抵抗トレー ニングやストレッチング等の柔軟体操を合わせた運動により,膝伸展筋力の向上,

Timed Up

and Go Test

(以下,

TUG

)や

10m

歩行時間の短縮,片脚立位時間の延長等が報告(滝

本ら,

2009

)されている.太極拳(金・黒澤,

2006

Woollacott and Tang,1997

),

(8)

片足立ちや継ぎ足歩行(島田・内山,

2001

;Shimada and Uchiyama,2003)等は,高齢 者のバランス能力を向上させることが報告されている.金(

2002

)は,太極拳は片足立ちを 左右交互に繰り返すことで重心移動を伴う動作であり,片足立ちの支持時間も全体の

3

割を占 めると報告している.こうした太極拳特有の動作によりバランス機能が向上するのではないかと いう報告(金・黒澤,

2006

)もされている.

 また

Eng

ら(

1994

)は,爪先離地から両下腿交差の遊脚初期と,下腿下垂位から接地 までの遊脚後期の

2

つの時期における転倒回避のためのステップ動作について報告している.

遊脚初期に遊脚側の下肢が障害物につまずくと,接触した足部は直ぐに挙上し障害物の前方へ踏 み出す.一方,遊脚後期に遊脚側の下肢が障害物につまずくと,接触した足部は障害物の手前に 踏みとどまり,もう一方の下肢を前方へ踏み出す.どちらの場合も,前方へステップ動作をとる ことにより,身体が前方へ傾く回転力を消失させたり,減少させたりすることができる.しかし , 適切にステップして接地するためには,つまずいた直後に前方への強い蹴り出しが必要であるこ と(

Pijnappels et al.,2005

;小林ら,

2015

),十分な遊脚時間や前方へステップする足 底部と床面の距離が必要であると報告(

Eng et al.,1994

)されている.つまずき等の外乱刺 激により崩れた姿勢を立ち直らせるためには,前脛骨筋や大腿直筋の働きが必要とされているも のの,高齢者は筋肉の反応潜時の延長や発火頻度の減少,拮抗筋が同時に収縮する時間の延長等 が み ら れ , 加 齢 に 伴 う バ ランス 能 力 の低 下 が示 唆さ れ て い る (

Tang and

Woollacott,1998

).さらに下肢では,足趾の振動刺激認知の閾値の上昇や触覚の感受性の変

化(

Timiras,1994

),アキレス腱反射の消失(

Odenheimer et al.,1994

)等,加齢により 体性感覚の感度の顕著な低下がみられる.高齢者は特に,姿勢や動作の不安定さ等転倒リスクに 関わる下肢における体性感覚の感度が低下する.

体性感覚には,足関節や膝関節等の関節,下肢や体幹等の筋肉や腱にある深部感覚に加え,

皮膚に分布している感覚受容器である皮膚感覚がある.そして足底部の皮膚の感覚受容器は,接 触圧(

Magnusson et al.,1990

)や圧力の分布(

Kavounoudias et al.,1998

)の変化を知 覚している.このような触覚の感受性は,体性感覚の多様な識別に影響を与える.特に高齢者の 場合 , 足 趾 で の感覚が消 失し た り ,触 覚の 変 化 等 の識別力 が

1/15

に低 下し た り す る

Timiras,1994

).これは,高齢者の協調運動や歩行等のバランス調整において関与するもの

である.加齢変化により,足趾等の皮膚に分布している感覚受容器や末梢神経系における運動神 経や感覚 神 経の伝 達 速度 の低 下, 体性 感覚 誘発 電位 の潜時 の延 長が み ら れ て お り

Duthie,1989

),足趾や足底部の触覚の感受性を最大限に高められるよう,床面と足底部の

(9)

接地状態からみた姿勢制御のあり方を検討する必要がある.足底部において,姿勢制御に重要な 役割をもっているものの

1

つに足趾がある(藤原,

1982

;馬場ら,

2000

;加辺ら,

2002

).足趾は,床面を把持する機能があり(村田・忽那,

2002

),高齢者の動的姿勢制 御や転倒との関連が報告(木藤ら,

2000

;小林ら,

1997

)されている.足趾の運動に関 わる短母趾屈筋,長母趾屈筋,虫様筋,短趾屈筋,長趾屈筋の作用による複合的運動で発揮され る力は,上肢における握力に相当し,足趾把持力と呼ばれる(村田・忽那,

2004

).足趾把持 力が高いほど片脚立位時の前方重心動揺制御が小さいことが報告(山口ら,

1989

)されてお り,さらには足趾把持力が歩行時の足の運びを適正化することも指摘されている(金子ら

2009

).この足趾把持力が低いといわれる者に浮き趾がみられている.浮き趾は,統一した見 解はないが,長谷川ら(

2013

)は,静止立位時において左右足趾のいずれかが地面に接地し ていない状態であるとしている.高齢者では,股関節や膝関節の拘縮,脊柱の変形等により重心 が後方へ移動し,足趾の荷重が低下することも浮き趾の原因であると報告(矢作ら,

2004

;平 松ら,

2005

)されている.浮き趾により足趾の荷重量が低下すると,足趾における感覚情報 入力が低下し,正確な運動を調整する機能が低下する(福山ら,

2009

)といわれている.し たがって,足趾の接地状態改善による体性感覚入力の改善を図ることも転倒予防として大切であ る.

また,足趾把持力は足部のアーチ高率と関連があり,アーチ高率が高いほど,足趾把持力は 強い傾向がある(村田ら,

2005

).足趾把持筋力トレーニングにより,内側縦アーチ高率や 足趾把持筋力が向上し,姿勢制御の改善が報告(小林ら,

1997

;福山ら,

2002

;木藤ら,

2001

)されている.このように足趾把持筋力トレーニングによって,足趾の接地状態が改善さ れ,床面からの刺激量が増え,足趾の体性感覚による情報入力が増えることで,歩行運動や姿勢 の安定性が高まるものと推察される.また,足趾把持筋力トレーニングにより,歩行運動の推進 力が向上し,歩行の制動性が高まる(金子ら,

2009

).しかし,足趾把持筋力トレーニング を継続的に取り組むための方法については,今後の課題とされており,具体的な方法は示されて いない.

さらに,近年では,姿勢制御において,中枢神経系が視覚や前庭感覚,体性感覚からの情報 入力等を統括して,以前の経験や運動学習等に基づいて,外乱に対して最良の姿勢応答を選択す る等の高次処理過程が関与する(

Shumway and Woollacott,2007

)といわれている.この ときヒトは,下肢や体幹等からの体性感覚入力,視覚等の感覚入力等,環境から得られる様々な 情報を処理するために,注意分配機能が働いている.例えば,動いている電車内で釣り手を掴み

(10)

直しながら歩く,あるいは行き交う人で混雑した中を通過する等,日常生活では,様々な複数課 題に適切に注意分配しながら,姿勢制御や先を見据えた進路の変更や,咄嗟の転倒回避動作にも 気を配らなくてはいけない.この複数課題に直面した場面で,歩行運動等の主課題に加え,会話 や読解,計算等様々な認知課題を第

2

課題として同時に遂行し,認知情報処理能力の賦活化を 図った転倒予防の調査や対策について報告(山田・上原,

2007

;森下ら,

2013

;高田ら,

2014

Yamada et al.,2013

)されている.特に高齢者の多くは,注意分配機能低下がみられ るため,二重課題条件下での歩行等において,より転倒リスクが高いと報告(村田・津田

2006

)されている.したがって,歩行運動や姿勢制御等の主課題と,認知課題等の第

2

課題 を同時に遂行する二重課題トレーニングは,複数の課題に対して適切な注意を配分する能力を向 上 させ, 転 倒 予 防 に 有 用 な 効 果 を も た ら し て い る (

Yamada et al.,2013

,横川ら ,

2017

).一方,先行研究の対象者は小人数であったことから,二重課題トレーニングによる注 意機能の向上や転倒予防効果についてより多くの被験者を対象とした検証が必要である.

また,「椅子座位で爪先を挙げる」,「椅子の背もたれに掴まり後ろ蹴りをする」(植木ら ,

2006

),あるいはウォーキング(武藤,

2008

)等の筋力トレーニングによりステップ動作 の改善を図ることに加え,下肢や体幹の固有受容器の感度を向上させることも姿勢調整を高める 上で重要である.固有受容器は,筋紡錘と腱紡錘,関節の受容器等をいう.固有感覚情報は,こ の筋や腱,関節や人体等に対する接触刺激や固有受容器の運動から起こる感覚であり,体幹や四 肢の位置(位置覚)や運動の方向(運動覚)の入力情報として,脊髄後索を介して運ばれる

Chaput and Proteau,1996

;後藤,

2005

).このような固有感覚情報等が求心性情報と して伝達されることで,適切なタイミングで筋運動を引き起こすことにつながり,姿勢調整に関 与している(

Luisa et al.,2013

;伊藤ら,

2016

).求心性情報は,中枢神経系において,

情報の統合や修正動作のための判断や選択といった応答準備のための情報処理が行われ,選択さ れた姿勢方略をもって四肢や体幹等へ運動指令が出される(

Quach et al.,2011

).しかし,

この固有受容器の密度や感度は,加齢とともに低下する傾向にあり(

Timiras,1994

),閉眼時 の姿勢制御では,

65

歳以上の者に姿勢動揺が多くみられるという報告(

Pyykkö et

al.,1990

)もある.このように固有受容器は加齢変化によって機能低下がみられるが,一方で

学習機能は維持されるという指摘(

Chaput and Proteau,1996

)もある.したがって,固 有受容器の感度の向上を図るため,四肢や体幹等適度な感覚刺激を繰り返す等して,感覚機能の 賦活化を図ることは大切である(大沼・渡邊,

2006

).また,姿勢制御には上肢や下肢だけ でなく,体幹も関与した働きが必要である.

Hodges

ら(

1997

)は,姿勢制御において四

(11)

肢の運動に先行した体幹筋の運動を報告している.また山下(

1999

)は,腰椎椎間関節には

30

個の固有受容器があり,関節周囲の筋や腱には

29

個の固有受容器があるとし,椎間関節 への機械的刺激は脊椎周囲の筋肉に反射性の収縮を引き起こすとしている.

Cavanaugh

1989

)は,椎間関節の固有受容器に対する機械的刺激により,傍脊柱筋が収縮することを証 明している.近年では,重錘負荷による機械的刺激が筋紡錘から脊髄-小脳への求心性情報入力 を促し,外乱刺激に対する姿勢保持に有効ではないかとの報告(大渕ら,

2004

;原,

2008

; 南雲ら,

2007

Yanagisawa et al.,1987

)がある.しかし,重錘負荷とバランス能力の変 化について量的に検証した報告は十分にされていない.さらに,トレーニングを継続して実施す るには,会場として広いスペースの確保や,日常的に運動時間を確保する等,地域在住高齢者が 恒常的に取り組むには困難な点も否めない.

したがって,末梢神経系から中枢神経系に至る連携した働きを向上させるために,「足趾把 持筋力トレーニングにより,足趾等の接地状態を改善し足部の体性感覚入力の向上を図る」,

「感覚系からの入力情報を統合し,身体状況の把握や動作の修正(主課題)の必要性を判断しな がら,進路にある物や地形の状態等周囲の様々な環境(第

2

課題)に合わせた認知情報処理能 力の賦活化を図る」,「重錘負荷により体幹の固有受容器の感度を高める」といった複合的な転 倒予防策を提案し,その効果を検証する必要がある.また,過去の研究では,足部の体性感覚や 認知情報処理,体幹の固有感覚の機能向上により姿勢制御能の向上についての報告はされている が,転倒予防効果についての量的な検証が不十分である.さらに,これら転倒予防策を継続する 必要性については述べられているが,その継続方法については示されていない.

 現在,家庭で実践するためのアプローチとして,いくつかの報告(重松・中西,

2011

;藤本 ら,

2009

;久保田ら,

2011

)が散見される.これまでの家庭で運動を促す取り組みには,

運動教室時に,動機づけのためのレクチャーや個別相談の機会をもつ(重松・中西,

2011

;鹿 毛ら,

2003

),パンフレット(勝野ら,

2003

)や

DVD

教材(久保田ら,

2011

) を持ち帰る等して,自宅でも続けられるよう動機づけを行うものや,運動指導側が地区公民館や 健康管理センター等に出向き広く開催することで,家庭で実践できるよう啓発するもの(小島ら,

2007

),教室終了後に自主グループ形成を促しソーシャルサポートを促すもの(藤本ら ,

2009

)等がある.運動内容は,介護予防マニュアルにあるストレッチや下肢・体幹等の筋力ト レーニング,片足立ち等のバランス訓練(加藤ら,

2013

)や,椅子座り立ちやもも上げ等自 重負荷のトレーニング(吉子ら,

2013

),演奏を聴きながらテンポよく楽しい雰囲気でスト レッチや体幹や下肢の筋力強化を図る体操(元吉ら,

2010

)等がある.また家庭で運動の継

(12)

続を促すために,運動教室で運動効果や必要性の啓発,自主グループの形成等を行い,教室終了 後のフォローアップの成果も報告されている.しかし,人員の確保や開催場所,移動手段,教材 の用意等様々な課題があり,地域性等を問わない公益性のあるアプローチとは言い難い.また,

家庭で簡易に取り組める内容であっても,運動のための時間や空間の確保も必要であり,運動習 慣のない高齢者や体力が低い者にとっては,運動開始や再開が困難である(健康・体力作り事業 財団,

1997

;藤沼,

1995

;藤本ら,

2009

).したがって,効果的な運動を地域在住高齢 者へ促すには,可能な限り簡便な内容で,時間や場所を問わないプログラムが日常生活の中に提 供されることが望ましい(久保田ら,

2011

;河津ら,

2007

;中川ら,

2007

).

以上のことから,「足趾把持筋力トレーニングにより足部の接地状態を改善して体性感覚入 力の向上を図る」,「二重課題トレーニングにより認知情報処理の賦活化を図る」,「重錘負荷 により体幹の固有受容器の感度を高める」といった複合的な転倒予防策について,可能な限り簡 便な内容で,時間や場所を問わずに日常生活の中で取り組める形で考案し,その効果を検証する ことが必要である.転倒予防効果が認められれば,家庭で継続的に実施可能な方法としての示唆 が得られ,介護予防の一助となることが期待できる.

(13)

第Ⅰ章 ヒトはなぜ転倒するのか -転倒に関する基本的知見-

1.ヒトの姿勢制御と加齢に伴う変化

 人間の歩行周期には,

2

つの片脚立位期があり,

2

本の下肢の間で重心の移動を行ってい る.そのため,片脚立位期には,足の内側縁から外側方向へ重心が移動して不安定さが生じる.

この重心による力のモーメントと,股関節の外転筋や体幹の側屈筋等による力のモーメントが釣 り合い,

2

本の下肢間での体重移動を行っている(

Woollacott and Tang,1997

).そし て,特に歩行周期の踵接地期と蹴り出し期に上半身は股関節の加速に合わせて前後に揺れ続ける ため,直立の姿勢保持が困難になる.このとき,体幹や股関節の筋運動によって微調整されてい

る(

Woollacott,1997

).さらに,重心の前方移動時には,股関節の外転筋や伸筋,屈筋,

膝関節の伸筋と屈筋,足底の屈筋群等の活動がある.これらの筋群の活動が不十分であると歩幅 や歩行速度の減少等の歩行異常をきたすといわれている.こうした歩行異常は多くの虚弱高齢者 にみられている(

Brown et al.,1995

).姿勢制御は,随意運動の前(先行調節)や最中

(連合調節)になされている.このような姿勢制御は,随意運動によって生じる重心の移動を最 小限にする等の調整を行う(

Wade and Jones,1997

).そして,姿勢と随意運動を調整する ためには,環境等に関する情報を視覚,体性感覚,前庭感覚等の感覚系から得ている(

Wade

and Jones,1997

).入力された情報は,中枢神経系の高次機能によって処理され,適切な筋運

(14)

動をもたらすべく運動企図が出され,立位姿勢の保持や運動中の安定化を図るために,神経や感 覚,筋骨格,心血管系等と連携して機能している(

Duthie,1989

).

 視覚,前庭感覚,体性感覚の感覚系から得られる情報は,空間方向認識に用いられている

Wade and Jones,1997

).足趾や足底部,手指等四肢の先端での接触から,身体の動きの中

の方向について情報をもたらし,筋運動により身体の揺れを修正するために伝達される.また,

視覚は,遠方の障害物の形状や配置を早期に発見して,回避行動をとるための情報源となったり

Moraes et al.,2004

),周辺視野等活かして足元周辺の情報をとらえて回避直前の動作の微

調整を行ったり等の役割がある(

Marigold and Patla,2008

).

 また,姿勢制御における感覚情報の精度については,頭部の安定性に左右される.頭部は,歩 行運動中等,上下左右に周期的に揺らいでおり,体幹は前後左右に周期的に揺らいでいる.頭部 は矢状面内と横断面内で身体の並進や傾きを代償するように動いているために,頭部の位置は比 較的一定に保たれている(平崎,

2008

).そのため,歩行運動のように,頭部の位置が振幅 している状況においても,視線の安定が可能となる.身体運動よりも先に頭部の位置を安定させ ることで,前庭感覚でのバランスに関する情報の解釈が向上するため,視覚や体性感覚からの情 報に誤りがあったとしても,不適切な感覚情報と見極めることができる(

Shumway et

al.,1997

).

 しかしながら,以上のような視覚・前庭感覚・体性感覚における情報の優先性は,加齢ととも に変化していく(

Gilsing et al.,1995

).加齢変化に伴う末梢あるいは中枢の感覚系の変化 により,バランス機能が低下する(

Woollacott and Shumway,1990

)と下肢の情報を視覚 的に代償する(吉田ら,

2011

).このように高齢になると,前庭感覚系に関与している受容 器やニューロンが萎縮することが多いことや,末梢神経系での運動や感覚の伝達神経速度の低下 や体性感覚の潜時の延長等から,バランス調整のために視覚情報に依存する傾向があるといわれ

ている(

Gilsing et al.,1995

).姿勢制御において,視覚に大きく依存してしまうと,外乱

が 加 わ っ た と き に 姿 勢 制 御 能 が困 難に な る こ と が 考えら れ る (

Jacqueline and

A.Paige,2001

).例えば,バス等の乗車時や,混雑した人通りの中を歩く等の環境下で予期せ

ぬ揺れ等が生じたとき,正確な体性感覚の情報が得られなければ,バランスを崩す恐れがある.

また,中枢神経系では,加齢とともに皮質の萎縮や細胞の脱落等により,神経伝達の機能低下が 起こる.結果として,中枢神経系での情報処理速度が低下し,適切な姿勢制御が導き出せなかっ たり,応答プロセスに遅延が生じたりする(

Alexander,1994

).

(15)

 さらには,加齢による生理的な変化により,総筋力の減少や素早い収縮を行うⅡ型筋線維の減 少等により,姿勢の安定性がより困難なものになる(

Fiatarone and Evans,1993

).特に 下肢筋力低下は転倒の危険因子として大きく(

Alexander,1994

),膝や足関節の回転時の筋 力が低下している(

Whipple et al.,1987

).外乱刺激を受けて身体の重心を移動する場合,

関節のトルクを発揮して足関節が底屈したり,膝関節が伸展や屈曲をしたりして,体幹を鉛直方 向に保つ足関節戦略は重要であるといわれている(

Horak et al.,1997

van der Wees et al.,2006

Waddington and

 

Adams,2004

).しかし,高齢者は足関節での姿勢制御能 力が低下するために,代償的に股関節が作用する股関節戦略が機能する(

van der Wees et

al.,2006

).股関節戦略は,重心の素早い動きに対応できる利点があるが,関節面と支持面と

の距離が延長されるために効率が悪くなる(小栢ら,

2009

).また,股関節戦略による姿勢 制御では,地面と足底との間に剪断力が増しているために,床面が濡れている等の環境下では,

すべる危険性が高い(

Jacqueline and A.Paige,2001

).また,下肢筋力は

30

代から

80

代 まで に

20

% か ら

40

%低 下す る と い わ れ て お り (

Wolfson et al.,1992

Woollacott,1993

),高齢者の介護施設における転倒経験者の膝や足関節の筋力は,非転倒経

験者より低い傾向にあると報告(

Wolfson et al.,1995

)されている.高齢者は歩行運動や前 方リーチ動作時等において,主動作筋と拮抗筋の同時活動が報告(

Mian et al.,2006

Hortobagyi et al.,2009

)されている.動作時の筋肉の同時活動は,筋張力や関節角度を調節 するときや,急な動き等の減速する時に発生しやすい(

Smith,1981

).相馬ら(

2010

) は,中高年者の前後重心移動中の足関節の同時活動が高まった原因の

1

つに,足関節の筋力低 下を指摘している.高齢者はこの同時活動が増大するために,パフォーマンスの低下(小栢ら,

2009

),関節の剛性を高める等の理由により,転倒の危険性が高まっている(

Hortobagyi et al.,2009

Lee and Kerrigan,1999

).

 転倒は外乱刺激等外界から動揺が加わる等のとき,姿勢制御が素早く適切に応答されていない , あるいはできない状況に置かれているときに起こることが多い(

Williams et al.,1997

).多 くの高齢者は,姿勢制御が乱れたときに,不適切な応答をすることで転倒を引き起こしている

Horak et al.,1997

).適切な姿勢制御は,身体を安定した位置へ戻すために,重心の乱れを

素早く感知し,入力された情報を適切に整理・統合して,適切な運動方略を選択して開始するこ とで得られる.この経過が素早く効果的に行われなくては,バランスを崩して転倒する危険性が ある.バランスを適切に保つためには,視覚や前庭感覚,体性感覚,運動系の連携した取り組み が不可欠であり,これらのいずれかに問題が生じても平衡異常を来す恐れがある.

(16)

2.我が国における転倒の実態 -実態調査と研究報告-

 海外では,

1

年間の

65

歳以上の高齢者における転倒率は約

28

%から

35

%となっ ている(

World Health Organization,2010

).一方,我が国においても,

1

年間の地域 在住高齢者の転倒率は約

20

%であり(東京都老人総合研究所,

2000

;鈴木ら,

1991

; 安村ら,

1994

),約

5

人に

1

人の割合で転倒を経験している.そして,高齢者の大腿部頸 部骨折の約

8

割が転倒によるものと報告(鈴木,

2001

;五十嵐,

1995

)されており,機 能を回復するためには,入院等の長期の安静療養が必要となる.そのため,長期臥床からの抗重 力筋群等の機能低下が生じて歩行困難となる場合もある.また性別では,過去1年間での転倒件 数については,女性の方が男性よりも多いという報告(中ら,

1997

;堀川ら,

2002

;久保,

2001

)や,性別での違いはみられなかったという報告(村木ら,

2012

;三木・嶋山,

2011

)があり,転倒と性差の見解は一致していない.いずれにしても,加齢により転倒の発生 件数は上昇する傾向にある(吉本ら,

2010

;新野ら,

2003

).そして,転倒を契機に健 康課題を抱えてしまうことが,社会的な活動や交流等を阻害する要因にもなっている(藤田ら,

2004

;金ら,

2001

Howland et al.,1993

)ため,転倒予防には早急な対応が必要であ る.

 高齢者の転倒の要因について,大腿四頭筋,膝関節や足関節周囲の筋群等の筋全般の萎縮や下 肢筋力の著明な低下(畑山ら,

2008

Whipple et al.,1987

Alexander,1994

),視力や 奥行覚等の視機能の低下(

Alexander,1994

),末梢あるいは中枢の感覚系の変化(岡田,

1996

Woollacott and Shumway,1990

),足趾等足部形態の変化(村田・忽那,

2003

; 福山ら,

2002

),足関節の可動性の低下(

Mecagni et al.,2000

),高次の皮質や中枢 神 経 系に お け る萎 縮や細 胞の脱 落等 に よ る 情 報 の統合 や 応答プ ロ セ スの遅れ

Alexander,1994

),注意機能の低下(山田・上原,

2007

Baddeley,2003

)等,様々 な要因が明らかにされている.多くの転倒は,立位姿勢の保持や歩行運動中に,つまずきや滑り 等の外乱刺激を受けた際に発生している(

Williams et al.,1997

Gabell et al.,1985

).外 乱刺激に対して,素早く感知して適切な応答を選択し実行することで,四肢や体幹を協調させて バランス調整をしたり,踏み直したりしてバランスをとっている.このような姿勢制御には,視 覚,前庭感覚,体性感覚等の情報が入力され,中枢神経系で情報の解釈や整理統合,修正動作の 決定等がされ,適切な筋出力により素早く応答しなくてはならない(

Duthie,1989

Diener

(17)

et al.,1984

).したがって,このような機能低下の予防や遅延を促すことは,高齢者が自立し た生活を続ける上で有用となる(

Harada et al.,1995

).

高齢者の転倒予防のために,これまで多くの運動プログラムが実践されている.体幹や四肢 のストレッチ,股関節や膝関節の周囲筋の筋力強化(井口ら,

2007

),腹臥位での膝伸展訓 練(横川ら,

2003

),重錘バンドを用いた下肢運動(池添・市橋,

2009

),片脚立位(坂 本,

1998

)や継ぎ足歩行(島田・内山,

2001

),太極拳(金・黒澤,

2006

)等のバラン ス訓練,前方側方へのステップ運動(池添・市橋,

2009

),足趾把持筋力トレーニングによ る接地状態の改善(小林ら,

1997

;福山ら,

2002

;木藤ら,

2001

),二重課題ト レーニングによる注意機能向上(山田,

2009

)等があり,立位姿勢の保持や歩行運動等にお いて姿勢制御能の改善等が報告されている.しかし,介入期間が

2

ヶ月から

3

ヶ月と短期間

(島田・内山,

2001

;池添・市橋,

2009

;福山ら,

2002

)であることや,介入半年後の 転倒件数の調査(井口ら,

2007

)であり,天候の影響による転倒しやすい時期も踏まえた

1

年間の転倒件数の調査ではないこと,研究の対象者が

30

数名から

60

名程度の小規模(池 添・市橋,

2009

;島田・内山,

2001

;金・黒澤,

2006

)であること等から,転倒予防効果 についてさらなる検証が必要である.また,運動介入のみを実施した群と二重課題トレーニング と運動を併用した群とで介入効果を検証したところ,両群共に

TUG

や片脚立位,

10m

歩行 時間等運動機能の向上がみられなかったことから,介入頻度や運動強度,対象者数,介入前の身 体機能の高さ等を課題としている(山田,

2009

).したがって,介入期間や運動強度等,先 行研究で課題とされた要因が転倒予防効果に与える影響について,さらに検証が必要である.

また,運動により姿勢制御能の改善や運動介入の有用性は報告されていても,教わった運動 を習慣化するための方策については,具体的に示されていない.運動終了者による自主グループ の育成(大竹ら,

2014

;小野寺・齋藤,

2008

)や,教室終了後の専門家によるモニタリン グの必要性も報告(征矢野ら,

2006

)されている.しかし,教室までの移動手段について高 齢者特有のアクセシビリティの問題がある(喜多ら,

2012

)ことや,開催場所や担い手の確 保等のために,多様な関係者の協力や予算の確保等の政策的なアプローチを必要とする(荒尾,

2013

)等の課題が指摘されている.運動教室等で教わった運動は,転倒予防の効果が報告され ているにも拘わらず,依然として,教室終了後に自宅での運動継続が十分にできていない現状で ある(みずほ情報総研株式会社,

2014

).したがって,介入効果が確認されている運動を普 段の日常生活に取り入れることで転倒予防効果を得ることができれば,個人のライフスタイルを 大きく変えることなく,運動を習慣化するための示唆を得ることができる.

(18)

3.転倒の内的要因

 転倒要因については様々な分類がされているが,一般的な分類としては,加齢変化や疾患,薬 物利用等の身体的要因に関するものを内的要因,段差や履物等生活環境要因に関するものを外的 要因としている(鈴木,

2003

;眞野・中根,

1998

).転倒の発生は年齢を重ねるごとに増 加しており,加齢に伴う身体機能低下が内的要因の1つとなっている(村田ら,

2005

).そ して,

80

歳を超えるとバランスを崩されたときに姿勢を修正することが,さらに困難となる

Thornby,1995

).転倒に関連する加齢変化の特徴には,視覚の変化(

Woollacott and

Tang,1997

),注意配分の低下や姿勢動揺の応答の遅れ等の高次の皮質あるいは中枢機能の変

化 (

Gilchrist,1998

Gavanagh et al.,1997

) , 位置 覚の異常等 の感覚 系の 変 化

Alexander,1994

),加齢による衰弱や不活動等による筋骨格系の変化(

Fiatarone and

Evans,1993

)等がある.転倒の内的要因には加齢変化に加え,立位姿勢の保持の障害として,

不整脈や起立性低血圧,脳卒中や心不全等の循環器系の問題,パーキンソン病や末梢神経障害等 の神経系の問題,関節炎や骨折等の筋骨格系の問題,向精神薬等鎮静剤や利尿薬等の薬剤の作用 等 の 関 与 が 指 摘 さ れ て い る (

Tinetti et al.,1988

Tromp et al.,2001

Tideiskaar,1996

).また,転倒歴それ自体も転倒要因であると指摘されており,その背景に

は,低下した運動機能や意欲低下,精神活動が不活発であること,非転倒者と比べて膝および足 関節周囲の筋力低下があること,加齢の生理的変化に加えて複数の疾患が影響する可能性がある こと等が指摘されている(鈴木,

2003

Duthie,1989

).

転倒の危険因子は多岐に渡って関連しているが,疾患ではない加齢変化による身体機能低下 に対しては,トレーニング等によって予防あるいは機能の強化を図ることが可能である(川上ら ,

2006

;鈴木,

2003

).したがって,高齢者は加齢による感覚系や筋骨格系,中枢神経系等の 姿勢制御能に関わる様々な衰退現象があっても,固有受容器の感度を高めて求心性の情報入力を 向上させたり,筋力強化を図り崩れた姿勢を立ち直らせたりする等して,姿勢制御能を向上させ ることは可能である.しかし,身体的に不活発な生活を続けると転倒リスクはさらに高まる.そ の予防のために,運動を日常的に続けられることは大切であるが,運動継続を促しても「多忙で ある」,「時間がない」,「機会がない」等を理由に中断する者もおり(稲葉ら,

2013

;征矢 野ら,

2006

),普段の生活に運動を定着させることが困難な状況もある.そこで,時間的な 拘束や地理的な条件に左右されることなく,日常生活の中で付帯的に取り組め,個人のライフス タイルを損なわない転倒予防のための運動方法を提供することが課題となる.

(19)

4.転倒の外的要因

 転倒要因には,身体的要因を主とした内的要因の他に,段差や傾斜のある床面,履物等の生活 環境に関連した外的要因がある(鳥羽ら,

2005

).我が国において,家庭内の不慮の事故で 最も多いものには転倒があり,全体の約

6

割を占めている(東京救急協会,

1999

).特に,

屋内での小さな段差でつまずくことが多いことも指摘されている(上田,

2011

).高齢者の 歩容はすり足となるため,足先が段差で接触しやすいことや,視野が狭く色別や立体感を感じに くいこと等も,小さな段差がつまずきの原因となる理由として指摘されている(柳原ら ,

2008

;上田,

2011

).その他,外的要因には,積雪地域の凍結路面や山岳地帯の坂道の行程 等(籔谷ら,

2016

),滑りやすい床面,電気コードや,めくれたカーペット,室内の敷居,

照度の低さ,スリッパやサンダル等の履物等(鈴木,

2003

)がある.このように,外的要因 の中には日常的な動線上に電気コードを走らせないようにしたり,室内の照度を高めたりといっ た環境整備等の簡易な対応で転倒予防を図ることができるものもあれば,室内の数

cm

の段差 を住宅改修工事する等の経済的な負担がかかったり,積雪地域といった地理的特性の問題等の制 御困難な場合があったりする.

一方,転倒を経験した高齢者は,「不注意であった」,「体が動かなかった」と転倒時のと きのことを振り返っている(鈴木,

2003

;鈴木,

1998

).したがって,段差や滑りやすい といった地形の特徴等に対する注意を適切に分配することで障害物の特性を素早く把握して歩行 動作修正の必要性を判断したり,足部や体幹等の固有感覚の感度を最大限高めることによって修 正動作決定のための情報をより早く収集したりするためのアプローチも,転倒回避の対策として 重要である.注意機能を円滑に分配したり,固有感覚の感度を高めたりするための運動アプロー チはいくつかあるが,運動プログラムを実施するための設備や環境については,「運動のための スペースが狭い」,「身近なところに運動できるスペースが欲しい」等の条件も,運動実施の課 題となっている(万行,

2010

;関口・日下,

2009

).したがって,運動のための設備や環 境の有無を問わず,普段通り過ごす中で運動が継続できる方法を工夫することが課題となる.

5.我が国における転倒予防への対応の現状と課題

 我が国では,高齢化の進展に伴って要介護者が増加の一途を辿っている.

2006

年度から改 正介護保険制度では,予防重視型システムが重視され,介護予防事業が導入された.一次予防事

(20)

業ではすべての高齢者を対象とし,二次予防事業は要支援・要介護に陥る可能性の高い虚弱な高 齢者を対象として介護予防事業が展開された.二次予防事業では運動器機能向上教室や口腔機能 改善,栄養改善等の介護予防事業が展開される.その中でも,転倒・骨折や高齢による衰弱等に よる運動機能の低下は,要介護へ移行する原因の約

25

%を占めると報告(内閣府,

2014

) されており,多くの市町村において運動器機能向上教室が実施されている(加藤ら,

2013

).

教室での運動内容は介護予防マニュアルに基づいてストレッチやバランス訓練,筋力トレーニン グ,歩行訓練等を行っており(介護予防マニュアル改定委員会,

2009

),姿勢制御能等の向 上が報告(無藤ら,

2009

;伊藤ら,

2010

;梶村ら,

2011

;島津ら,

2011

)され ている.体幹や四肢のストレッチ,重錘バンド等を用いた抵抗トレーニング,股関節や膝関節周 囲等下肢筋群の等尺性収縮による筋力強化,片足立ち・継ぎ足歩行・横歩き等のバランス訓練等 を,週

1

回から

2

回のペースで

3

ヶ月から

12

ヶ月くらい継続して行うことにより,膝 伸展筋力の向上や

TUG

10m

歩行時間の短縮,片脚立位時間の延長等が報告(滝本ら,

2009

;遠藤,

2010

;江川・丸山,

2011

;谷田ら,

2011

Nomura et al.,2011

)され ている.

 二次予防事業対象者は,厚生労働省が指定している基本チェックリストによるスクリーニング が行われ,

2014

年度には二次予防事業者の総数は高齢者人口の

9.3

%にも上っているが,

事業参加者は

1

%にも満たない状況である(林・近藤,

2016

).これは介護予防事業の参 加者を高齢者人口

5

%としていた当初の国の目標を大きく下回る結果となった.介護予防事業 不参加者の分析は今後の課題である.また,平成

26

2014

)年度の

65

歳以上の認知症 高齢者数の推計によると,平成

24

2012

)年の認知症高齢者数は

462

万人であり,

65

歳以上の高齢者

7

人に

1

人の割合であったが,平成

37

2025

)年には

5

人に

1

人 の割合になるという推計もある(内閣府,

2017

).現在,ポピュレーションアプローチの一 貫として運動教室やボランティア養成といった地域づくり型介護予防の取り組みが報告(佐々木 ら,

2015

;林ら,

2015

)されている.行政や社会福祉協議会等様々な関係機関が,運動 教室やボランティア等の住民主体の支援活動の推進等,介護予防のための普及や啓発を行ってい る.実際,サロン事業等既存の組織に,介護予防事業を導入して自主グループによる健康教室を 立ち上げ(李ら,

2008

),サロン参加者の要介護認定者が減少したという報告(

Hikichi et

al.,2015

)もある.しかし,このような地域のソーシャルサポートを活かした介入は,地域住

民の主体的な健康行動を促すために有効とされているが,地域資源における多様な情報を集約し,

多様な関係機関や代表者との連携が必要であることと,必要な人材を発掘して育成する必要があ

(21)

る等,環境的な条件や長期的なサポート体制が必要である(荒尾,

2013

).また,健康教室 等の通いを要する場合は,高齢者のアクセシビリティの問題もあり,継続参加には地理的な条件 等地域特性における課題(喜多ら,

2012

)もある.したがって,周囲に運動教室等の参加で きる場がなくても,現在の生活環境下で実践できる個別的な転倒予防に対するアプローチが必要 である.

(22)

第Ⅱ章 研究の目的と意義

1.問題の所在

 転倒の原因は,つまずき等の外乱刺激等を受けた際に,姿勢制御が素早く適切にとれていない ことが多い(眞野,

1999

;大渕,

2003

).適切な姿勢制御を行うには,重心の乱れを素早 く感知し,入力された情報を整理・統合して最良な選択を判断し,必要な動作の修正を開始する ことが必要である.そのためには,視覚や前庭感覚,固有感覚等が適切に入力され,中枢神経系 で認知情報処理がされて,必要な動作の修正が行わなければならない.しかし,これらの機能は 加齢変化により影響を受けて十分な修正が行われず,高齢者における姿勢制御能を不安定化させ ている.固有受容器は加齢による機能低下はみられても,学習機能は維持されており,適度な感 覚刺激によって感度の向上は可能である.足趾把持力を向上させることで足趾の接地状態を改善 させて,体性感覚入力を促したり,腰椎椎間関節の固有受容器に重錘負荷による機械的刺激を与 えて求心性の情報入力を促したりする等,固有感覚の感度を向上させることも転倒予防には重要 である.また,二重課題条件下での歩行訓練を行うことで,歩行(主課題)を自動化させ,歩行 への注意分配が少なくなれば,第

2

課題に向けられる注意が多く分配されて情報処理が行われ,

二重課題による干渉が低下し,歩行運動のパフォーマンスが向上することも報告(

Yamada et

al.,2013

)されている.しかし,これまでの研究では,少人数の被験者であったため,より多

くの被験者を対象とした検証が必要である.

また,転倒予防効果のある運動は報告されていても,自宅での継続的な取り組みについて課 題がある.運動教室を終了した者の約半数は,半年あるいは

1

年経過するとドロップアウトし ている(みずほ情報総研株式会社,

2014

;健康・体力づくり事業財団,

1997

;藤沼,

1995

).その理由には「運動施設が遠い」,「機会がない」,「時間がない」等の理由がある

(征矢野,

2006

).そこで,家庭での運動を継続するためのアプローチとして,運動教室終了 者を対象とした専門家によるモニタリング(征矢野,

2006

)や,自主グループ形成(大竹ら,

2014

)等が行われてきた.しかし,移動手段の課題(喜多ら,

2012

)や,開催場所の整備 や担い手の確保等のために,多機関との連携や予算の確保等政策的な課題もある(荒尾,

2013

).したがって,家庭での日常生活の中で,簡易で継続的に取り組める転倒予防に有効な 運動方法の提案が必要である.

2.研究の目的 -地域在住高齢者が家庭で実践できる複合的転倒予防策の提案-

(23)

 本研究では,つまずき等の不意に外乱刺激を受けた際に,姿勢制御が素早く適切にできないと いう高齢者特有の転倒課題に着目し,末梢神経系から中枢神経系に渡る情報伝達,処理能力の低 下といった複数の転倒要因から複合的転倒予防策を提案し,転倒予防効果を介入研究によって検 証することを目的とする.そのために,転倒予防の効果が認められている運動の中から,地域在 住高齢者が日常的に過ごす中で,付帯的に取り組める

3

つの転倒予防策を提案し,以下の

3

つの介入研究を

100

名以上の集団を対象として行う.

 研究

1

では,椅子座位での日常的な活動の際に,足趾把持筋力トレーニングを取り入れるこ とで足趾や扁平足等の接地状態や姿勢制御能へ与える影響について検証する.

 研究

2

では,居室から玄関先等,日常的な動線上に

3

つの色分けした標的を踏み進める歩 行課題(以下,床マーキングトレーニング)を設定し取り組むことで,歩行(主課題)と 注意課題(第

2

課題)への注意分配機能の活性化を促し,転倒予防効果が得られるかを検 証する.

 研究

3

では,日常生活の中での立位および歩行活動時等の際に

10

分から

20

分程度,約

1kg

の重錘負荷となるウェイトジャケットの装着が,姿勢制御能に与える影響について検 証する.

3.仮説 -複合的転倒予防策の効果-

 椅子座位での日常的な活動時に足趾把持筋力トレーニングを行うことにより,足趾等の接地状 態が改善され,床面からの刺激量が増えることで地形の状況の変化や身体位置がより適切に把握 でき,姿勢調整のための高次の中枢神経系の反応潜時が延長し,より適切に姿勢調整が可能にな ることが推測される.加えて,足趾把持力向上により歩行運動の推進力が向上し,歩容の制動性 が改善される(金子ら,

2009

)ことも予想される.

また,日常生活の動線上にセッティングした床マーキングトレーニングを行うことにより,

歩行(主課題)は自動化され,第

2

課題に注意が分配されることで,踏み進める床の標的の確 認や,方向転換における動作修正の必要性の判断等,様々な知覚情報や情報処理に注意を向ける ことができ,歩行のパフォーマンスが向上することが推測される.

さらに,日常生活の中での立位および歩行活動時等の際に

10

分から

20

分程度,約

1kg

のウェイトジャケットを装着することで,生活活動時に重錘負荷による機械的刺激が腰椎椎間関 節とその周囲の固有受容器の感度を高め,求心性情報入力を活発にして,姿勢制御能を高めるこ とが推測される.

(24)

4.意義

 本研究で提案した日常的な生活活動に付帯的に取り組む形での転倒予防策の実施によって,転 倒予防効果が認められた場合,家庭で継続的に実施可能な方法としての示唆が得られ,介護予防 の一助となることが期待できる.さらに、地域在住高齢者が時間的余裕,地理的特性,運動意欲 の違い等に左右されることなく,家庭での日常生活に付帯的に取り組める複合的転倒予防策につ いて提案することは,転倒によって起こる外傷等の二次的障害の回避や健康寿命の延伸といった 介護予防につながるだけでなく,趣味活動や生きがい,社会参画等個人の慣れ親しんだ生活習慣 が維持されることで,その人らしく過ごすために必要な

QOL

の維持・向上の一助にもなるこ とが期待される.

第Ⅲ章 高齢者の転倒予防策の効果Ⅰ -足趾把持筋力トレーニングによる足趾・扁平足の接地 状態の改善と転倒予防効果の関連-

1.研究の背景

 浮き趾により足趾把持力が低下すると,重心前方移動時に足趾を床面方向へ押圧する力が低下 するために,支持基底面狭小化等からファンクショナルリーチテスト(

Functional Reach

図 2 .足アーチ高率
図 3 . COFP の到達位置の分類 ➄ 総軌跡長 総軌跡長(㎝)は FRT 測定時の COFP の移動距離の総和を示すものである.本研究の 総軌跡長は FRT 測定開始から終了に至るまでの COFP の移動距離総和であり,重心動揺計 ⑥ 外周面積 外周面積(㎠)は重心図の最外周の面積を示す.本研究の外周面積は, FRT 測定開始か ⑦ 短形面積 短形面積(㎠)は重心の前後最大振幅値と左右の最大振幅値の積を示す.本研究の短形面積 は, FRT 測定開始から終了に至るまでの重心の前後最大振幅値と左右の最大振
図 4 .足趾荷重量の抽出範囲 ⑨ 転倒件数  初回面談時に過去 1 年間の転倒件数と,介入 1 年後の面談時に介入後の 1 年間の転倒件 3)足趾把持筋力トレーニング 足趾把持筋力トレーニングは, 浮き趾 群と接地 群それ ぞ れの介入群 に対して,竹井 ら ( 2011 )の手法を参考とした無負荷でのタオルギャザー体操を実施した.方法は,椅子座位に て足趾でタオルを 1 mたぐり寄せる運動を, 1 日当り左右 3 回ずつ, 1 週間当り最大 3 日のペースで実施するよう説明した.このトレーニングは,普段
図 5 .自宅で新聞を読みながらタオルギャザー体操をしている様子 4)トレーニングと測定の手順 対象者を浮き趾群と接地群に分け,さらにそれぞれを介入群と非介入群に分類して,測定項 目①から⑧を,初回と介入 1 年後の 2 回測定した.図 6 にそれぞれの群の分類およびト レーニングと測定の 1 年間の流れを示した. 図 6 .浮き趾群と接地群,それぞれの群の介入群と非介入群の分類およびトレーニングと測定の 手順 灰色部の文献内容を再確認 し,後文(緑色部)を修正し
+3

参照

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