アチック民具研究の道すじ : 収蔵状況とのかねあ いにおいて
著者 中村 俊亀智
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 8
号 4
ページ 839‑863
発行年 1984‑03‑28
URL http://doi.org/10.15021/00004443
中村 アチ ック民具研究の道 すじ
ア チ ッ ク 民 具 研 究 の 道 す じ
収 蔵 状 況 と の か ね あ い に お い て
中 村 俊 亀 智 *
The Attic Museum, its Contribution to Japanese Ethnology
Shunkichi NAKAMURA
In 1921 the Attic Museum was founded at Mita, Minato- ku, by Keizo Shibusawa. He and his followers conducted studies on the folk tools and utensils of Japan. Although they presented their research results on footwear, snow shoes, and basketry, among other topics, and they contributed much to material culture studies, in Japan, their work is little known.
I have analized the Attic Museum catalog and investigated how the collections were actually used in the studies made by Shibusawa and his associates.
1.報 告 の あ らま し E. EM の収 蔵 方 式
皿.研 究 との か ね あい w. 課 題
1 . 報 告 の あ ら ま し
1921年 , 東京 三 田 に結 成 され た ア チ ック ・ミュー ゼ ァ ム (以 下 AM とい う) は,
お よそ10年 後 , 独 自の 民 具分 類 体 系 を もつ に いた った。 この体 系 (附 表 1,以下 AM 民 具分 類 とい う) は AM の 「民 具 蒐 集 調査 要 目」 に具 体 的 に の べ られ て い る が [ア チ ック ・ミュ ー ゼ ァム 1936b:1−12],それ は また標 本 資 料 の 置 き場 所 さえ 許 す な ら・
た とえ ば 図書 のNDC (日本十 進 分 類 法) や UDC (国 際十 進 分 類 法) の よ う に資料 の 配架 に もいか せ るよ う考 え られ て い た ふ しが あ る1)。
* 国 立 民 族学 博 物 館 第 5研 究 部
1) も ちろ ん標 本 資 料 と して の民 具で は, 図書 の よ うに形 が そ ろ って い ない か ら,分 類 そ の まま の順 序 で配 架 す る こと は普 通 の場 合 には むず か しい 。 な お, AM 民 具 分類 (附 表 1) は AM の10年 あ ま りにわ た る民 具 の 収 集 と収 蔵 の経 験 か ら生 ま れ た か ら, た いへ ん 現 実 的で しか も便 利 につ くられて い る。現 在 で は これを使 う人 はほ とん どな い けれ ど も。
839
国立民族学博物館研究報告 8巻4号 そ の 理想 は, 1938年 開館 した 財 団 法人 日本 民 族学 協 会 附 属 民族 学 博 物 館 (以 下 EM とす る) にお い て一 部 実 現 され るが, そ れ は実 際 に は どの よ うな もの だ った の だ ろ う か 。
AM で も EM で も, 資料 の 整 理 と 収 蔵 の 仕 事 は 直 i接研 究 に結 び つ いて い た が,
AM や EM で は AM 民i具 分 類 を あ て は め て , 実 際 に は どの よ うな群 をつ くり, そ こか らどの よ うな 研究 を ひ き だそ う と した の だ ろ うか。
この …報告 は EM の終 りの 頃 つ く られた 標 本 資 料 の所 在 簿 を手 が か りに, AM , EM 内 部 で す す め られ て いた研 究 の様 子 を思 い うか べ な が ら, 以 上 の点 を ま とめ た もの で あ る。
収 蔵 の や り方 は標 本 資料 の いれ もの と して の建 物 や 収 蔵設 備 と も関 係 す るか ら, ま ず そ の 様 子 か ら説 明 して お こ う。
皿.EM の 収蔵 方式
1938年 , 東京 北多 摩 郡 下保 谷 (現 保 谷市 東 町) に EM の 本 館 が建 て られ た 。 木造 平 屋 建 て 1188m 2。 そ の 巨大 な切 妻 の屋 根 に は明 りと りが あ り,ひ ろい廊 下 を 中心 に 4陳列 室 , 5収 蔵 室 , 3整 理 室 , そ れ に応 接 室 , 映 写室 , 工 作 室 ,宿 直 室 な どが 配 置 され て い た (図 1)。
この建 物 を, 一 般 の人 た ち に も公 開 され て い た陳 列室 ・応 接 室 ・映 写 室 な ど の部 分 と, 一般 の人 た ち に は公 開 さ れ な い (特 定 の研 究 者 な ど に公 開 され る) 部 分, 通 路 ・ 宿 直 室 な どの部 分 に わけ , 図 1を もと に して , そ れ ぞれ が建 物全 体 に どれ ほ どの割 合 を しめて いた か を 出 して み る と, つ ぎの よ うに な る。
A 公 開部 分
陳列 室 40.6% 応 接 室 ・ 1.2% 映写 室 3.4%
B 非 公 開部 分
収 蔵室 32.5%
整 理 室, 工 作 室 8.5%
C その 他
通 路 , トイ レ 10.O%
宿 直 室, 土 間 3.8%
この うち整 理室 , 工作 室 は ほ どな く収 蔵 庫 とな った か ら, EM で は陳列 のた あの広
840
中村 アチ ック民具研究 の道す じ
図 1 財 団法 人 日本民 族 学 協会 附 属 民 族 学博 物 館 (1938−1962) 本 館 の 平面
さ と標本 資 料 の 収 蔵 部分 とが ほ ぽ 同 じ割 合 を もって い た こ とがわ か る。 その点 か ら,
EM は建 て は じめ か ら展 示 中心 の建 物 と して で は な く, 多 くの標 本 資 料 を保 存 し,研 究 に役 立 たせ るで あ ろ う研 究施 設 と して 計画 され て いた こ とが わ か る。
5っの 収 蔵室 は入 口 に近 い と ころか ら,便 宜 的 に第 1室 , 第 2室 , 第 3室, 第 4室 とよ ばれ , い ちばん 奥 ま った 大 収蔵 室 は まん な か か ら 2部 分 にわ け, 第 5室 , 第 6室
841
国立民族学博物 館研究報告 8巻 4号 とな って い た。 EM が解 体 され た と き, 第 5 ・第 6室 に は AM か ら移 された 国内外 の標 本資 料 。 第 4室 に は財 団法 人 日本 青年 館 か ら移管 された 資 料。 第 3室 は 日本 民族 学 会 が 1938年 に派 遣 した バ サ リ ン調 査 によ って 集 ま った資 料 , 同1937年 北 千 島 占守 島 の発 掘 調査 の 出土 資 料 な ど。 第 2室 は, 一 名漁 具 室 と い って漁 業 関 係 の標 本 資 料 。 第 1室 は AM 以 後 に 集 ま った 資 料 。 整 理 室 に は第 2次 大 戦 前 シ ンガ ポー ル で集 め られ た イ ン ドネ シァ や オ セ アニ アの資 料 。 それ に台 湾 の カ ゴ細 工 な どが お か れ て い た。 陳 列 室 の 一部 に は1957年以 降 3次 にわ た って 派遣 され た 東 南 ア ジ ア稲 作 民 文化 総 合 調 査
団収 集 の資 料 が常 時 陳 列 され て いた 。
この よ うに, 結 果 的 にみ て, EM で は集 ま って くる資 料 を まず集 めて きた 人 別 (採 集者 , 収 集 者別 ) に わ け, 場 所 を か え て収 蔵 す る方 式 が と られ て いた 。 そ れ は, お お くの 場 合 , EM の い い方 に した が え ば 地域 文 化 別 , む しろ種 族文 化 別 に標 本 資 料 を わ けて お くや り方 で も あ った。
第 1室 に は壁 に木 の作 りつ けで押 入 の よ うな棚 , 第 2 ・第 3室 は奥 行 45cm ほ ど の移 動 で き る粗末 な木 の棚 , 第 5・第 6室 に は奥 行 90cm ,幅 181.8 cm ,高 さ 2.5 m く らいの 木 の 戸 棚 が あ り, 資 料 を保 管 す る の につ か わ れた 。
第 5 ・第 6室 の戸 棚 は上 中下 3部分 か らな り, 下 段 は 4っの 引 出 し, 中段 は 中 がみ え るガ ラスの 戸 棚 , 上段 は戸 袋 にな って い た。 この 戸 棚 は, 建 物 を 解体 す る ときわ か った こと だが , 四 隅 に支柱 をた て た作 りつ け の もの で ,支 柱 は床 板 を つ きぬ けて 床 下 まで 深 くつ き さ さ って い た。
この戸 棚 は, 下 段 の 引 出 しへ 衣 類 を いれ, 中段 の ガ ラス 棚 に は履 物 を い れ, 上 段 の 戸袋 へ は ワ ラ細 工 の しめ 飾 りの類 を いれ る とい う よ う に, つ と めて AM 民 具分 類 体 系 を生 か す よ うに, 同 じ民 具 は 同 じ場 所 に ま とめて お くよ う工 夫 して あ った。
な お, これ らの戸 棚 に はい り きれ な い もの は壁 に釘 を打 って そ れ に か け, 戸 棚 の 中 段 の ガ ラス戸 の な か は, い まで い う収 蔵 展 示 風 に整 理 され て い た。
AM 以 来 の 資料 を収 めた 第 5 ・第 6室 で は,と く に同 じ民 具 が 数多 く集 ま って い る よ うな 場合 , それ らを形 の 違 い に よ って わ け, さ らに その な か は 県別 にわ けて 配 架 す る方式 が と られた 。
原則 的 に は以 上 の よ うで あ った と して, 実 際 に は EM で はど の よ うに民 具 を わ け,
どの よ う に配 架 して いた の だ ろ うか。
1962年 ,EM の 標 本資 料 が 国 に移 り, 当 時 の文 部 省 史料 館 へ 移 され るよ うに な った とき, 資 料 の収 蔵 状 況 の もとの形 を尊 重 し, 同 じ棚 にあ る民 具 は同 じ箱 に いれ て 運 び,
AM の民 具分 類 をな るべ く生 かす 方 法 が と られ た。 附 表 2は第 5・第 6室 と第 2室 の 842
中村 アチ ック民具研究の道す じ
分 の箱 の 番 号, 内容 点 数 (件 数) を , そ の と き作 られ た EM の 『民 具 標 本 所在 簿 』 か ら抜 きだ した もの で あ る。
AM や EM で は理 想 と して は,同 じ民 具 は 同 じ場所 に ま とめて お くべ き もの だ った の だ か ら,附 表 2と EM の 収 蔵状 態 を思 い うか べ な が ら,この 所在 簿 か らさ らに 同 じ
もの の箱 同志 を ま とめ, その 収 集 場所 (所用 地 )別 にわ けて み る と表 1の よ うにな る2)。 表 1は, よ うや くそ の土 台 を か た め つつ あ った AM や EM の民 具研 究 が どれ ほ ど の研 究 素 材 の 上 に きず かれ つ つ あ った か (も ち ろん 館 に集 め られ た資 料 以 外 の資 料 に つ い て もおお くの 調査 が な され た ), その ひ とつ の 目 安 にす る こ とがで き る。
も しそ うだ と した ら, これ らの 標 本 資料 は ど の よ うな 研究 に結 びつ き, ど の よ うな 研 究 方 向 を ひ らいて い ったの だ ろ うか。
AM , EM の 仕 事 は, ま だ充 分 に紹 介 さ れて いな い の だ か ら, 表 1の 順序 に した が って 大筋 をみ て ゆ こ う。
㎜ . 研 究 と の か ね あ い
1. 食 器 ・台 所 用 具 な ど わ ん (椀 , 碗 ), 木 鉢 , 皿 , か め ・壺 , 柄 杓 , 杓 子 , 桶 , た らい , メ ンパ , 鍋 ・鍋 と り ・鍋 し き , べ ん け い , 火 打 が ね ・火 打 石 ・火 打 箱 , 箒 , 雪 か き , そ の 他 。 1960年 代 の は じ め ま で に 約 420点 以 上 を 集 め る こ と が で き た 。 標 本 資 料 が 収 集 さ れ た 県 の 数 は 全 都 道 府 県 の 83% (こ れ を 収 集 県 率 と い っ て お く) に た っ した 。 そ の な か に は そ の 地 方 独 特 の も の が 含 ま れ て い た 。 こ れ らの 資 料 を も と に し て AM や EM の 人 た ち は 民 具 と し て の 食 器 や 台 所 用 具 の さ ま ざ ま と, お ぼ ろ げ な が ら,
そ の 輪 郭 と を つ か む こ と が で き た [宮 本 1973:45−56]。
しか し こ の 分 野 の 資 料 は, い わ ば くれ 手 (寄 贈 者 ・寄 託 者 ・貸 主 な ど ) 本 位 で 集 ま る も の が 大 部 分 3)。 AM で は木 地 屋 の 人 た ち の 仕 事 や 曲 物 な ど に も注 意 して い た が 2) 記 録 に よ って EM の収 蔵状 況 を 具体 的 に知 る に は 2つ の や り 方 が 考 え ら れ る。 ひ とつ は 『民 具標 本 収 蔵原 簿 』 の備 考 欄 に 記入 され て い る収 蔵 場所 の番 号 (記 入 さ れて い る もの と, い な い もの とが あ る) を もと に して あ る棚 に どれ ほ どの 民 具 がお か れて い た かを 推 しは か るや り
方 。 もうひ とつ が 『民 具標 本 所 在簿 』 によ るや り方 で あ る 。前 の や り方 に は多 少 の不 安 があ っ た の で, 今 回 は後 の や り方 に した が った 。
EM の 開始 期 か ら60年 前 後 ま で標 本 資 料 の整 理 に た ず さわ られ たの は 宮本 馨 太郎 先 生 で あ る。
宮 本 常一 先 生 は 日本 常 民文 化 研 究 所 だ った し,正 面 き って 民 具 学 を提 唱 さ れ るよ うに な るの は ず っ と後 の こ とだ った 。 こ の報 告 で 引用 した文 献 に 宮 本馨 太 郎 先生 の 文 献 が多 い の は その た め で あ る。 と くに宮 本 先生 が病 気 に な られ て か らは八 幡 一郎 先 生 が財 団 の 博物 館 担 当理 事 と して 全体 を指 導 さ れ た。
3) AM , EM の標 本 資 料 の集 め 方 に は 2つ の や り方 が あ った。 ひ とつ は 集 め手 と して の館 自体 が 特 定 の資 料 を限 定 して 集 めた 場合 , も うひ とつ は多 少 の枠 や 集 め手 の え りこの み は あ るか も しれ な いが , くれ る人 (くれ 手 ) の もって きた もの は , おお む ね何 で も も らって お くや り方 で あ る。 あ る資 料 を集 め る場 合 この 2つ のや り方 は併 用 され るの が普 通 で あ るが ,前 の よ うな傾 向 が つ よ いの を集 め手 本位 ,後 の傾 向が っ よ い や り方 を くれ 手 本位 とい うこ とに しよ う。 資 料 の 集 め方 には 寄 贈, 寄 託 ,購 入 ,借 用 ,交 換 ,移 管 , な ど の方 法 があ る が , AM , EM で は 原 則 的
に寄 贈 (くれ手 が 資 料 を寄 贈 す る) で あ った。
843
表 1 『民 具 標 本 所 在 簿』の 内 訳
ft ti 0.-
1,食 器 ,台 所 用 具 (11
,12,13,14)
2 自 在 か ぎ (11)
3 ラ ンプ ,行 燈 (12)
4 煙 草 い れ (14)
5 笠 (15)
6 衣 類 (15)
7 み の ,シ ュ ロ 帽 子 (15)
8 わ ら ぐ つ ,草 履 あ しな か ,草 鞍 (16)
9 下 駄 ,竹 下 駄 (16)
10 田 下 駄 (16)
11 か ん じ き (16)
12 お は ぐ ろ 道 具 , く し ・か ん ざ し類 (17)
13 き ね ,う す (13,
21)
14 農 具 (21)
15 蚊 や り,砥 石 袋 (21,22) 16 金自,錠 さ や (22)
17 狩 猟 具 (23)
18 漁 具 (24)
19 紡 織 用 具 (25)
20 畜 産 用 具 (26)
21 ふ ご ,踏 俵 ,い じ こ な ど の ワ ラ 細 工 22 竹 筒 ,さ しな ど の タ ケ 細 工 23 ふ る い ,い か き (21)
24 背 負 い 運 搬 具 (30)
25 こ だ し,て こ 類 (30)
26 そ り ,ネ コ車 (30)
27 天 秤 棒 (30)
28 信 仰 ,行 事 用 具 (62,63)
29 た こ ,羽 子 板 , こ ま な ど (70)
30 笛 (64,70)
31 人 形 な ど (80)
北 青 秋 山 岩 宮 福 茨 栃 群 埼 千 束 神 新 富 石 福 山 長 静 愛 岐 滋 三 和
海 奈 歌
道 森 田 形 手 城 島 城 木 馬 玉 葉 京 川 潟 山 川 井 梨 野 岡 知 阜 賀 重 山
1 16
3 1
2 1
2 2 17
211 2 9 2 1 4
1 3
1 1
1 6 2 1
8 25 6
2 8 2 1 2 1
47 42 18 46 10 15 8 7
1 1 7 4 1
1 2
1 1 5 2
1 3 1
2 1
3 1 2 2
2
3 3
4
1 1 3
4 6
2
1
5 6 3
5 3 1
1
1 1 2 3
1 11 29 3 4 5
1 1
2 3
3 1
1 10 1
2 26 36 1
2
8 10 13 29
1
2 5
3 4 3 1 1
1 16 2 1
5 2 1
3 1 1
2 1 2 1
1
6 1
1 2
12 3 2
6 320 9 7 7
1 3 6
1 4 1 1
24
2 1 5
1 2
1 5
4 6
3 1
2 2 21 56 21 8
9 4 11 2
3 11 11 48 9 2
1 1 1
1 9
3 1 8
1 3 4
6 1 31 4 1 1 1 3 3
3 54 50 34 36 10
1 4 6 1 1
4 3
1 2
4 2 3 2 5 9 4 1 1
1 1 1 3 2
1 1 2 4
4 15 8 7 4 5 3 2 4
1 5 11
7 17 18 3 4 2
1 11 1 1 1 3 1 6 10 1
1 1 1 1
4 26 10 22 4 3 2
1 1 7
1 3 17 10 11 9 12
1 14
1 5 1 30
1
1 24 1
8 3 22 1 1
1
3 1 7 4 65
1 2 1 2
1
7 1 7 1
1 1
1 2 4
1
1 9
1
7 6
1 1 1
6 3 2
2 2
3
9 12 1 5
3 1 4 1
2 7 1 5 3
2 4 2
3 1
2
1 3 4 4 2 1 1 1
2 1 5 2
5 14 17 11 12 1
1 3 5 13 3
1 22 11 32
1 4
5 4 1 6 111
5 1 1
6
331 1 1 2 4
計 15 81 192 74 199 27 82 26 22 34 64 63 3e2 33 550 36 29 32 26 173 1ヨ8 259 95 29 31 13
備考の数字は箱 の番号,〔 〕の数宇 は国外を含め た合計 奈 京 大 兵 鳥 島 岡 広 山 愛 香 徳 高 福 佐
良 都 阪 庫 取 根 山 島 口 媛 川 島 知 岡 賀
長 熊 大 宮 鹿 沖児 崎 本 分 崎 島 縄
︵国外︶ 計 備 考
2 1 4 4
1 1 3
1
1 2 1 1
1 3 2 9 13 6 25
1 1
1
1
1 1
1 7
5 1
11 23 13
3 12 14 2 7 2 10 1 1 2 1
1
1 2 3
1 1 3
12 4 1 6 6
4
8 27 13 25 13 12 12 19
2
1 2
1 8 7
1
2 1
1
2 1
1 3 2
2 6 2
1
1
1 1
1
2
3 2 2 2 1 1
1
1 1
2 1
8 1
3
2 1 1 1 4
2
1 22 1 11
1 1
1 1 1 3
1
2
6 1
2 3 1
3 1 6 2 9 2 2 1 13 2
1 1 4 1 4 2 1 1 4
1
1 1
2 1 2 5 5 7 3 4 1 7
1
1
2 2 7 2 4 3 1 2 8
1
8
1 1 1
1
7
2 4 1 1
5 36 10
2 1
1 4 1 8 3 20 3
5
6 57 12
2 13
1
3
6 4 1 1
1 1 1
19 12 1 6
22 5 1
15 3
16
1 34 12
16 2
3 6 7 1 3 14
1 4
7 2 1 2 11 7
5
3
(23〕
( 4〕
( 3〕
( 1〕
( 2〕
(1〕
( 5〕
( 3〕
( 7〕
( 7〕
( 1〕
(11〕
( 3)
( 2〕
( 1)
( 1)
(11〕
( 5〕
( 2〕
( 5)
( 8)
302
11 25 39 51 251
59 1099
44
26 44 16
16
77 59
11 16 218 77
96 47
68
42
259
121
6
7 298
55
14 317
506,518,537,538,541,
542,540,625,634,6南
〔424〕
5東 ,5南 〔21〕
624,〔44〕
526,〔38〕
525,543,〔83〕
547,566,564,565,569,
570,571,572,〔351〕
5西 ,6東 ,〔89〕
550,551,553,556,5東 , 546,6西 ,552,554,5北 , 548,557,558,559,560,
563,5南 ,〔1393〕
555,〔66〕
549,561,202,〔16〕
549,〔55〕
526,〔35〕
6西 ,6南 ,〔48〕
519,6西 ,6南 ,〔142〕
521,〔73〕
6西 ,〔26〕
5dヒ,〔22〕
第 2室 ,〔361〕
5南 ,626,627,629,630,
〔135〕
544,545,546,〔126〕
621,633,635,636,〔70〕
606,614,631,〔85〕
604,616,617,〔54〕
547,548,5東 ,6東 ,5北 , 6南 ,601,602,603,613,
611,612,615,〔292〕
605,619,620,622,
〔130〕
5東 ,〔15〕
5南 ,〔9〕
520,522,523,528,530,
628,632,〔423〕 一 部 農 具 あ り 。
513,607,6東 ,〔64〕
6東 ,〔31〕
607,524,5北 ,5南 ,6東 , 6南 ,〔381〕
18 31 27 46 13 52 27 Hl 52 47 39 17 80 52 4 66 19 20 25 320 80
f 3771 5040:
国立民族学博物館研究報告 8巻 4号
[高 橋 1939:28−43],た と え ば 後 の ア シ ナ カ の よ う に , ひ とつ ひ と つ の 民 具 に つ い て そ の 広 が り を 調 べ 作 り や な り 立 ち を 調 べ る に は い た らな か った の で は な か ろ う か 。 2. 自在 か ぎ 21点 。 収 集 県 率 18% 。 くれ 手 本 位 で 集 め られ た 。
3. ラ ン プ ・行 灯 な ど 照 明 用 具 44点 。 収 集 県 率 は 26% に す ぎ な か っ た が , そ れ ら の 資 料 を も と に し て 庶 民 生 活 に お け る 灯 火 の 移 り か わ り を 推 し は か る こ と が で き た
[宮 本 1964]。 EM で は そ れ ら の 研 究 に も と つ い て 借 出 し移 動 展 用 の 標 本 資 料 を 組 み , 灯 火 の 変 遷 に つ い て の パ ン フ レ ッ トが つ く られ た 。 大 部 分 く れ 手 本 位 で 集 め ら れ た 。
4. 煙 草 い れ A M の 分 類 で は 煙 草 の 関 係 は 飲 食 用 具 と 同 じ 項 目 に い れ られ た 。 こ の 分 野 の 資 料 も くれ 手 本 位 。 そ れ で も い ろ い ろ な 形 の も の が 集 ま った 。
5. 笠 1938年 , 民 族 学 研 究 所 関 係 の 仕 事 と し て , 当 時 一 般 で つ か わ れ て い た 笠 (当 然 農 山 漁 村 中 心 ) の 全 国 的 ア ン ヶ 一 ト調 査 が お こ な わ れ た 。 項 目 は種 類 ・形 ・材 料 ・ 作 り方 ・呼 び 名 ・使 い み ち ・作 られ た 所 ・移 り か わ り な ど。 そ れ は A M の 民 具 研 究
の 線 に そ っ て ,そ れ を い っ そ う発 展 さ せ た も の だ っ た 。 そ の 結 果 , 1503通 の う ち 378通
(約 25% ) の 高 回 答 率 を う る こ とが で き た 。 こ の 調 査 に よ っ て 民 具 と して の 笠 に は編 み 笠 ・組 み 笠 ・縫 い 笠 ・押 え 笠 ・張 り笠 な ど が あ り , そ れ に 形 の う え の わ け 方 10を 組 み あ わ せ て 32形 式 に わ か れ る こ とが わ か り, そ れ ぞ れ の 分 布 や 使 い み ち と の か ね あ い な ど が 確 か め ら れ る に い た っ た [宮 本 1940:315−363;1941:191−245]。 83点 (収 集 県 率 43% で そ れ ほ ど た か く な い が ) の 一 部 が そ の 調 査 と 報 告 の サ ンプ ル の 材 料 と し て つ か わ れ た 。
6. 衣 類 仕 事 着 , 野 郎 着 の ほ か 帯 ・前 掛 ・た す き , は ば き ・け は ん , 足 袋 ・手 甲 , そ れ に い わ ゆ る 山 袴 。 収 集 県 率 は 75% で , 山 袴 を の ぞ い て くれ 手 本 位 。 そ れ で も350 点 以 上 が 集 ま っ た 。 山 袴 は 二 布 型 ・四 布 型 ・六 布 型 の 3類 (8種 ) に わ け られ て い る が [宮 本 1977:167−168],そ の 他 は 資 料 の 集 ま り 具 合 も全 国 的 で な か っ た し, 多 く の 課 題 が の こ さ れ て い た 。
7. み の ・シ ュ ロ 帽 子 収 集 県 率 40% あ ま りで 決 して た か い 率 と は い え な い か も し れ な い が , EM の 解 体 ま で に お よ そ90点 の 標 本 が 集 ま っ た 。 そ れ を ひ と つ の よ り ど こ ろ に して 背 み の ・肩 み の ・胴 み の ・丸 み の ・み の 帽 子 ・腰 み の の 6種 類 の 形 わ け が 可 能 に な っ た [宮 本 1960b:1380−1381]。 こ の 分 野 は A M 以 来 の 行 き 方 で は ワ ラ 細 工 と し て よ り も衣 食 住 に 関 す る 民 具 の 一 項 目 と して , 衣 類 の ひ と つ と して と り あ げ ら れ て い た 。 笠 や ワ ラ の 履 物 な ど に く らべ て , そ れ は ま だ 研 究 の 途 中 に あ る よ う に 思 わ れ た 。
8. わ ら ぐ つ ・草 履 ・あ しな か ・草 鮭 AM の 研 究 は 郷 土 玩 具 か ら出 発 し た 。 し か 846
中村 アチ ック民 具研究の道す じ
し研 究 が 本 格 化 した 1925年 以 降 2年 後 に は 民 具 へ 移 り , い っ そ う 人 々 の 生 活 に 密 着 し た 分 野 へ と関 心 が 変 化 して い っ た 。 ア シ ナ カ 草 履 の 調 査 研 究 も そ の ひ と つ 。 そ の 結 果
は 予 報 の 形 を と っ て 『民 族 学 研 究 』 誌 上 に 発 表 さ れ る こ と に な っ た [ア チ ッ ク ・ ミ ュ ー ゼ ァ ム 1935:116−174;1936a:115−245]。 こ う して ア シ ナ カ を 含 む ワ ラ の 履 物 は A M , EM の も っ と も 充 実 し た 収 集 資 料 と な っ て い っ た 。 そ の 数 約 1400, 収 集 県 率 も97.9% に お よ び , 草 履 (ア シ ナ カ を 含 む ) と草 範 の 収 集 は全 国 的 で あ っ た 。 そ の な か に は 集 め 手 本 位 で 集 め た も の が 数 多 く含 ま れ て い た 。
ア シ ナ カ 調 査 の 結 果 , 草 履 に は 足 を の せ る 台 の 作 り方 に 平 行 式 と交 叉 式 の 2種 が あ り, は な 緒 の つ け 方 に よ っ て 結 び 緒 , す げ 緒 , な え こ み の 3つ の 形 に わ け られ , 結 び 緒 型 が 圧 倒 的 に多 い こ と , そ れ が 言 伝 え の 上 か ら も 意 味 を もつ も の だ っ た こ と , ア シ ナ カ 草 履 の 寸 法 の 広 が り (正 規 分 布 の 形 を と る) な ど が , あ らた め て あ き らか に さ れ る こ と に な っ た [ア チ ッ ク ・ ミュ ー ゼ ァ ム 1936b:182−187]4)。
わ ら ぐつ は 草 範 と 同 じ作 りの も の に 爪 掛 を と り つ け た 爪 掛 草 粧 , 足 の 甲 の お お い 部 分 を 作 り つ け に した ス リ ッパ と 同 じ形 の , 狭 義 の わ ら ぐつ , そ れ に さ らに カ カ トあ て 部 分 を と りつ け た 浅 ぐつ , 長 靴 形 の 深 ぐ つ の 4つ に わ け ら れ , そ れ ぞ れ そ の 広 が り が 確 か め ら れ て い た [宮 本 1966:1168−1169]。 そ れ は 民 具 の 形 わ け の な か で も ・ と り わ け 手 ぎ わ が よ い お 手 本 だ っ た 。
草 鮭 は ゴ ン ズ 草 鞍 , 草 履 草 鞘i, 無 乳 草 鮭 , 有 乳 草 鮭 (二 乳 , 四 乳 , 多 乳 ) の 4種 に わ け られ る が [宮 本 1966:lI67−ll68],草 履 ・ア シ ナ カ と ち が い , 使 い み ち と の か ね あ い, 各 形 式 の 広 が り な ど , お お くの 問 題 が の こ さ れ た 。
9. 下 駄 ・竹 下 駄 66点 , 収 集 県 率 32% 。 草 履 , 草 鞍 と と も に 鼻 緒 履 物 類 に は い り , 歯 の 形 に よ っ て 無 歯 下 駄 ・有 歯 下 駄 ・連 歯 下 駄 ・差 歯 下 駄 の 4種 に わ け られ た [宮 本 1966:1166]。 AM , EM の 人 た ち が と り わ け 注 意 して い た よ う に 思 わ れ る の は , 都 会 風 の 桐 下 駄 や 塗 り下 駄 で は な くて , い っ そ う手 作 り の 味 が た だ よ う タ ケ 下 駄 や ス ギ の 連 歯 下 駄 , 無 歯 の 浜 下 駄 , あ る い は 下 駄 の 古 い 作 り方 を の こ した 差 歯 下 駄 の 仲 間 だ
っ た 。
10. 田 下 駄 田 下 駄 は 田 の 土 を か き ま ぜ て 細 か く く だ く履 物 , ま た は 泥 深 い 田 の 稲 か り の と き 沈 ま な い よ う に は く履 物 。 E M で は 最 終 的 に 16点 (収 集 県 率 26% ) 集 め ら
4) ア シ ナカ の調 査 に は さま ざ ま の工 夫 が こ ら され た 。 ア シナ カの 内 部 をX 線 で 写 した の もそ の ひ とつ だ し,市 川 信次 氏 の 指 導 で草 間 このえ , 草 間千 代 両 氏 は新 潟 県 東頸 城 か ら長 野県 南 佐久 ま で, 行 くさ き ざ きで (二 人 は ゴゼ を して お られ た ) ア シ ナカ を集 め ,記 録 を つ く って ゆ か れ た 。そ の と きの様 子 は EM の 『民 具 標本 収 蔵 原簿 』 に よ って知 る こと がで き る。 附表 3はそ の とき集 め られ た ア シナ カの 採 集年 月 日 と収 集 場 所 とを順 にな らべ た もので あ る。 これ によ っ て 二人 が た ど られた 道 筋 がわ か る。 この 両氏 の収 集 が EM の履 物 収 集 中 もっ と も密 度 の た か い もの とな った 。お そ ら く他 の 標本 資 料 に つ いて もそ れ は いえ よ う。
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国立民族学博物 館研究報告 8巻 4号 れ た 。 そ の な か に は A M で 注 目 さ れ て い た 箱 型 や す の 子 型 [ア チ ッ ク ・ ミ ュ ー ゼ ア ム 1937:167−168,202−204] が 含 ま れ て い た 。 田 下 駄 は板 型 , 輪 か ん じ き型 ,す だ れ 型 ,す の こ型 ,枠 型 ,箱 型 ,足 駄 型 の 7種 に わ け られ る こ と に な る が [宮 本 1960a:
879−880], こ の 民 具 の 研 究 が す す む の は 第 2次 大 戦 後 。 登 呂 遺 跡 ・山 木 遺 跡 な ど の 発 掘 で 田 下 駄 を 思 わ せ る遺 物 が 多 数 出 土 した こ と に 関 連 して だ っ た 。
11. か ん じ き 雪 の 日 の 履 物 と して の か ん じ き の 研 究 は A M の ア シ ナ カ 調 査 の 路 線 上 で す す め られ た 。 た だ そ れ は も は や 共 同 研 究 で は な く個 人 の 研 究 の 形 を と っ て の こ さ れ る こ と に な っ た [高 橋 1942]。 そ の 結 果 , こ の 民 具 に 単 輪 型 , 複 輪 型 , す だ れ 型 の 3っ の 形 が あ り , 単 輪 型 は 全 体 の 形 が 円 形 の も の , 楕 円 形 の も の , ヒ ョ ウ タ ン 形 の も の が あ る こ と , そ れ ら が 地 方 的 に 偏 り を も ち な が ら広 が って い る こ と, そ れ ら の 形 と 呼 び 名 と の つ な が り も確 か め られ た 。 EM の わ か ん じ き55点 (収 集 県 率 26% , た だ しわ か ん じ き 自 体 分 布 に は 偏 りが あ る) も そ の た め に 役 立 て られ た 。 そ こ に は舟 形 を の ぞ く す べ て の 形 が み られ た 。
IZ お は ぐ ろ 道 具 な ど A M 民 具 分 類 で は この 民 具 は衣 食 住 に 関 す る も の の 最 後 の 項 (衛 生 保 健 用 具 ) に含 ま れ る 。 装 身 具 と と も に A M , EM で は 手 う す な 分 野 だ っ た (収 集 県 率 は 19% )。 AM , EM の 関 心 は も う す こ し別 の と こ ろ に あ った 。
13. 杵 ・臼 1947年 か ら50年 に か け 登 呂 遺 跡 の 発 掘 が す す め ら れ た 。 そ れ を 機 に 木 を 材 料 に した 生 活 用 具 が に わ か に 興 味 を も た れ る に い た っ た 。 EM で は た て (竪 ) 杵 に つ い て の 全 国 的 調 査 が な さ れ , 分 布 図 ・分 布 一 覧 表 が つ く られ [八 幡 1950:82],
形 の う え か ら 5 つ ほ ど に わ か れ る こ とが 確 か め られ た 。 EM の 杵 も資 料 と して つ か わ れ た 。 第 6室 で は 奄 美 諸 島 か ら お く られ て き た 木 の も み す り 臼 が 人 目 を ひ い て い た 。 14. 農 具 鍬 ・鋤 , か ら さ お , こ き箸 , 草 と り, 熊 手 , 土 くれ こ わ し, せ ん ば , 唐 箕 な ど 。 142点 , 収 集 県 率 53% で あ る が , そ の う ち42点 は鎌 , 26点 は 奄 美 ・沖 縄 の ヘ ラ の 仲 間 。 鍬 鋤 に つ い て は , す で に在 来 の わ け 方 が あ り , 農 学 畑 の もの と 考 え ら れ て い た の だ ろ う か 。 EM で は さ ま ざ ま な 形 の もの 10本 ほ ど が 集 め られ た に す ぎ な か っ た 。 た だ , 鎌 に つ い て は 図 面 が つ く られ , 他 の 機 関 の 標 本 資 料 と も あ わ せ て 1冊 の 資 料 集 成 が つ く られ た [宮 本 1953]。 こ の 鍬 鋤 の 分 野 で も ま だ す る べ き こ と が た く さん の
こ さ れ て い た 。
15. 蚊 や り ・砥 石 袋 蚊 や り (蚊 火 ) は 山 で 働 く人 た ち な ど が ブ ヨや カ が こ な い よ う に くゆ らす ポ ロ 切 れ な ど の こ と。 山 で つ か う砥 石 い れ の 袋 と い っ し ょ に して 73点
(収 集 県 率 47% ) が 集 ま っ て い た 。 くれ 手 本 位 だ っ た が , さ い わ い ほ ど よ くま と ま っ た の で , 他 の 調 査 と も あ わ せ て 紹 介 さ れ た [宮 本 1947:44−57]。
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中村 ア チ ック民 具 研 究 の 道 す じ
16. 錠 ・錠 さ や 点 i数26,収 集県 率 13% 。 AM , EM と もに手 うす な分 野 だ った。
鎌 と同 じよ う に銘 を扱 う場 合 に も作 りや その 工 程 につ い て の知 識 が必 要 にな る。 それ らの こ とに研 究 者 が興 味 を ひか れ る よ うにな るの は, も うす こ し後 の こ とで あ る。
17.狩 猟 具 AM の人 た ち もまた , 古 い しきた り を とど め る山 の人 た ち の暮 ら し に, つ よ くひ きつ け られ て いた。 秋 田県 仙 北郡 檜 木 内や [高橋 1937],新 潟県 岩 船 郡三 面 [丹 田 1937],新潟 県北 魚 沼 郡湯 之 谷 ・福 島県 南 会津 郡 檜 枝 岐 ・群 馬 県利 根 郡 片 品村 [金 子 1937] につ いて は, そ れ ぞ れ記 録 がつ く られ て い た し, 愛 知 県 北設 楽 や 宮 崎 県 椎葉 に つ いて も資 料 が よせ られ た。 EM の この 種 の 資 料 は, その 数 こそ す く
な い けれ ど も,火 薬 いれ や 弾 丸 い れ な ど所 に よ って形 が違 い, 今 後 調 べ て みな けれ ば な らな い お お くの 課 題 を 示 唆 して いた 。
18. 漁 具 渋 沢 敬 三 氏 が つ くられ た研 究 機 構 に は AM や EM の ほか, 日本 常 民 研 究 所 の 2部 門 (社 会 経 済 史 の研 究部 門 と水 産 史研 究 部 門 )が あ った。 AM で も薩 南 十 島 の共 同調 査 は記念 す べ き もの だ った し, 漁 業 技 術 や漁 にた ず さわ る人 の暮 ら しに は つね につ よ い関 心 が は らわ れ た。
水 産 史 料 部 門 で は, 1938年 , うけ (笙 ) の 全 国 的 な通 信 調 査 が お こな わ れ , 559通 の うち24% の 回 答 を う る好 成 績 をお さめ た。 そ れ を も と に して, うけ に は返 し一 一度 はい った魚 が 出 られ な くな る仕 掛 ) の 数 に よ って単 舌 式 , 2舌式 , 3舌 式 が あ り,返 しが 胴 か ら自 由 に と り はずせ る取 外 し型 ,返 しが胴 に編 み こま れ て い る編 み こみ 型,
返 しが縄 で胴 に く くりつ け られて い る結束 型 が あ き らか にな り, 賓 の こ うけ, ざ る う け, た て うけ, うな ぎ筒 な どの うけの 形 とお の お の の使 いみ ち との対 応 関係 が確 か め られ る こ と にな った [中村 1969:6−7]。 この 調 査 は単 独 で は未 発 表 に お わ った よ う で あ るが, さ きの ア シナ カ調 査 の 経 験 が ほぼ そ の ま ま うけつ が れ て いた 。
EM の この分 野 は 360点余 り。 収 集 県率 60% 。 舟 の模 型 か らつ り針 ・ぎ じ針 の サ ン プ ル, 網 の 見 本 , ブ ッタ イや タ コッ ボな どが集 ま って いた。
19. 紡 織 用 具 機 (はた), つ む, ひ , お さ, 糸 わ く, 紡 ぎ車 な ど。 これ も くれ手 本 位 で130以 上 が集 め られ た。 収 集 県 率 は 49% で そ れ は かな らず し も全 国的 な もの で はな か った。 AM , EM と も基 幹 産業 に結 びつ く民 具 の収 集 は それ ほど すす ん で いな か った。 た だ登 呂遺 跡 な ど の 出土 品 とのか ね あ いで , つ む ・ひ ・お さな どが と りあ げ られ た し, い わゆ る木 綿以 前 の織 物 と して の 麻 ・フ ジ皮 ・シ ナ ・イ ラな どの 布 や 衣 類 が つ と めて 集 め られ て いた 。 EM で は紡織 技 術 に つ い て の 手 引が つ く られた [宮 本
1952]。 ア シ ナカ の よ うな調 査 は こ こで もみ られ な か った 。
20. 畜産 用 具 ウマ ・ウ シの鞍 , くつ わ, 鼻 木 , くつ (わ ら じ) な ど。鹿 児 島 や岩 849
国立民族学博物館研究報告 8巻 4号 手 の鞍 を は じめ 隠岐 の畜 産 具 な ど も集 ま って いた 。 ウマ ・ウ シの くつ (わ ら じ) はか な り多 くの 地方 か ら集 ま って い た。 最 終 的 にそ れ らは 130点 ほど, 収 集 県 率57% にた っ した。 過 去 の 農 山村 地 帯 で ウ シや ウ マが はた した 役 割 を 思 え ば こ の数 は決 して充 分 な もので はな か った 。
21.ふ ご , い ず め (い じこ), 踏 俵 な どの ワラ細 工 近 代 産業 が発 展 す るか た わ ら で, 日本 で は ワ ラ細 工 が いぜ ん と して 重 要 さを失 わ な か った。 縄 ・む しろな ど の梱 包 材 料 は輸 送 部 門 に は か かせ な い もの だ った し, ワ ラ細 工 は副業 と して お お きな比 重 を しめ て いた 。 商 品化 され た ワ ラ工 品 は, まえ に もま して 生 産 量 が増 し, 全 国 的 に規 格 化 が すす ん だ。
AM や EM の この分 野 で の 関 心 は, ア シナ カ調 査 の よ うな方 向 で はな く, どれ ほ ど深 くワ ラ細工 が 日本 の庶 民 生 活 に結 び つ いて いたか を民 具 の 面 か ら確 か め る こ とだ った [宮 本 1973:69−−75]。 EM に集 ま った この分 野 の ワ ラ細 工 は70点 , 収 集県 率 も38% に す ぎな か った が, それ で もそ の ワ ラ細工 の種 類 を数 え あ げ るだ けで 容 易 にそ れ を 推 しはか る こ とが で きた 。
ワ ラ細 工 を成 りた たせ て い る基 本 的技 術 は ワ ラ以 外 の素 材 (アサ, イ, カ ラ ム シ,
スゲ , タ ケ, シ ュ ロ, ア ケ ビ, ガマ 等 々) で編 ん だ か ご ・敷 物 ・織物 ・縄 ・うつ わ な どの そ れ と共 通 す る もの を も って い る。 も しそ うな ら, ワ ラ細 工 はい っそ う広 い あ る 種 の 技 術文 化 の ひ とつ の 枝 わ か れ とい う こ とが考 え られ る。 そ う した 見方 か ら, ワ ラ 以 外 の 素 材 を用 いた 茎 皮 せ ん維 文 化 の構 想 が生 まれ る こ と にな った [渋 沢 1960:1]。
22. 竹筒 , さ しな ど の竹 細 工 ワ ラ細工 と同 じよ う にタ ケ細 工 は明 治以 降 も さか ん にお こな われ た。 と くに運 搬 具 や 養 蚕具 で は こ と さ らで , 高 等 小 学校 や実 業 学 校 で は そ の た あ の教 科 書 が つ く られ , 技 術 の体 系 化 が はか られ た 。 その 点 も ワ ラ細 工 と同 じ だ った。 AM や EM で す す め られ た の は, そ う した技 術 に かか わ る問題 で はな く,
や は りタ ケ細 工 が どれ ほ ど広 く深 く庶 民 の暮 ら しに結 び つ いて い た か を確 認 す る こ と だ った [宮 本 1973:57−68]。 衣 食 住 に 関 す る民 具 か ら信 仰 ・行 事 の民 具 や 縁 起 物 ・ 玩 具 にま で, タケ 細工 が多 方 面 につ か わ れて い る こ とを85点 (収 集 県 率 60% ) の 標 本 資 料 に み いだ す こ とがで きた 。
23.ふ るい ・い か き ・か ご 54点 (収 集 県 率 30% )。 置 き場 所 の 関 係 で前 項 と別 に した が, AM ・EM で はタケ 細 工 の仲 間 と して 扱 わ れ て い た。 これ らの民 具 が 土 地 土 地 に よ って形 や 作 りが異 な る こ と, そ れ が と り あ げ られ た の は EM 以後 だ った。 こ れ らの 標本 資 料 に は再 検 討 しな けれ ば な らな い多 くの こ とが らが の こ され た。 それ に もか か わ らず EM の標 本 は前 項 の それ と と もに庶 民 の タ ケ 細 工 の 見 本 と して 充 分 役
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中 村 ア チ ッ ク民 具 研 究 の道 す じ
立 て られ て い た。 借 出 し用 ・移 動 展示 用 の標 本 資 料 に はタ ケ と暮 ら しを主 題 に した 一 群 が あ った。
24. 背 負 い運 搬 具 背 負縄 , 背 負 い か ご, 背 負 梯 子 , 背 中 あ て な ど 292点 。 収 集 県 率 も77% にた っ して いた 。 運 搬 に は頭 にの せ る, 背 負 う, か つ ぐ, か か え る, 車 や櫨 で材 木 を ひ くな ど の や り方 が あ るが , そ の な か で も背負 う た め の民 具 が はや くか ら AM の人 た ちの 関 心 を ひ いて いた。 と くに背 負 梯 子 につ い て ア シ ナ カ と同 じよ うな 全 国 調 査 が お こなわ れ, この民 具 には荷 を支 え る ッ メ と呼 ば れ る部 分 が あ る もの とな い もの とが あ り, お の お の ア シ の長 さな どか ら大 小 二 つ の型 にわ かれ る こ と (無 爪 長 型 , 無 爪短 型 , 有 爪 A 型 ,有 爪 B 型), しか もお の お の が特 有 の地 域 的偏 りを も っ て 広 が って い た こ と。 そ の様 子 か らか つて 無 爪 型 が 全 国 的 に ゆ きわ た って いた ら しい こ と, そ こへ お そ らく朝 鮮 半 島 の同 じ用 具 と結 びつ く ら しい有 爪 A 型 が 九州 を 中 心 にひ ろ が り, つ い で B 型 が瀬 戸 内 そ の ほか に普及 した ら しい こと。 この民 具 に対 す る地 方 的 呼 び 方 もそれ に係 わ りを もつ ら しい こ とな ど が推 測 され るに い た った [礒 貝 1938:271−340]。 それ は AM 以来 の民 具 研 究 が到 達 した も っ と も注 目す べ き研 究 の ひ とつ だ った 。
1949年 ,EM の 仕事 と して 運 搬方 法 と運 搬 具 につ い て の全 国的 な 調 査 が お こ なわ れ ・ 運 搬法 の地 域 的 偏 り, そ の方 法 に対 す る そ の土 地 で の 呼 び方 , 民 具 との 結 び つ き, 暮
らし との かね あ いが あ き らか に された [宮 本 1949]。 これ らの 調査 を も とに して指 定 申請 が 出 さ れ, 標 本 資料 の うちか ら選 び 出 さ れた62点 が1955年 に国 指 定 の重 要 民 俗 資 料 (現 在 は重 要 有 形 民 俗文 化 財 ) とな った。 そ れ は 国の 重 要 民俗 資 料 指 定 の か わ き
り とな った 。
背 負 梯 子 や 背負 いか ご以外 に つ いて の分 析 は後 に の こさ れた 。
25. こだ し, て こ タ ケ の小 さな か ご, ざ る, タケ 以 外 の イ タ ヤ カ エデ や ヒノ キ の 編 み か ご, つ る細工 や スゲ の 編 み か ご な ど。 130点 (収 集 県 率66% )。 一 部 は前 項 の タ ケ 細工 。 また 背 負 運 搬 具 に結 びつ く。
26. 橿 , ネ コ車 雪 のた めの櫨 , 肥 料 を 運 ぶ た め の櫨 , 瀬 戸 内の ネ コ車 な ど15点。
くれ 手本 位 で集 ま った もの だ った 。 この分 野 で の研 究 は ほ とん ど手 つ かず の よ うだ っ た 。 櫨 の ひ きつ な に は珍 しい の がみ られ た。
27. 天 秤棒 か ご な ど を両 端 に さげ る天 秤 棒 , そ れ に棒 の両 端 を とが らせ, そ こに ム ギた ば や薪 な ど さ して 運 ぶ お うご, 普 通 の 天 秤棒 とは逆 に反 りか え って い る伊 豆 新 島 の ソ リテ ン ビ ンな ど。 EM で は運搬 具 の 一 部 と して, つ と めて い ろ い ろな形 の もの が 集 め られ た 。
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