藤原章生『絵はがきにされた少年』
著者 斉藤 龍一郎
雑誌名 PRIME = プライム
号 23
ページ 89‑91
発行年 2006‑03
URL http://hdl.handle.net/10723/612
南アフリカ共和国ジョハネスバーグ支局長を5年半 手元にあるアフリカ関連記事データベースで、
絵はがきにされた少年 の著者・藤原章生さん 発信記事を探すと、 45本出てきた。 著者は、 「ア フリカを探って 特派員の発信録」(http://www.
max.hi-ho.ne.jp/africa/) で、 自身が執筆した記 事を公開している、 ということもあり、 5年半、
毎日新聞ジョハネスバーグ支局長としてアフリカ 各地を取材した藤原章生さんの名前は、 評者にな じみのあるものだった。 その藤原さんが執筆した ノンフィクションが第三回開高健ノンフィクショ ン賞を受賞し本になった。
著者自身が直面した現実を記録する
この本は、 著者自身が直面した現実を記録しよ うとする試みと、 老人たちのことば、 振る舞いに よってアフリカの現実を描き出そうとする試みを 感じさせる。
「第一部 奇妙な国へようこそ」 は、 著者自身 と家族の体験をもとに書かれている。
小学校就学前の息子とダーバンの海辺を歩いて いた時の問答から始まる 「どうして僕たち歩いて るの」 は、 道路を歩いているのは黒人だけ、 保育 園のスタッフの役割と肌の色が結びついていると いう差別の存在を描いている。 インドのカースト 制社会を目の当たりにして、 子どもの時に差別の 現実を知っていたらもっと違った大人になっただ ろうに、 と考えたことがあった著者は、 現実に差 別社会で生きる自分の子どもが、 差別を差別と意 識するよりも先に差別する側に立った目で周囲を 見ていることを知って愕然とする。
「何かを所有するリスク」 では、 連れ合いが住 居の目の前で銃を向けられ 「ハイジャック (車強 奪)」 に遭った事件を振り返っている。 著者自身 の頭に銃を突きつけられ車もカメラも奪われた経 験も記されている。 「何かを所有するリスク」 か らの安全を求め、 一軒家ではなく集合住宅に住み、
高い塀とリモコンで開閉する門に守られて人々が 暮らす南アの現実が、 これほど鮮明に伝わってく るのは、 著者自身に関わる事実の記述だからだ。
「あるカメラマンの死」 は、 「ハゲワシと少女」
― 89 ― 書 評
絵はがきにされた少年
斉 藤 龍一郎
(特定非営利活動法人アフリカ日本協議会)
藤原章生 2005年 集英社
でピュリッツアー賞受賞後まもなく自殺したカメ ラマンの友人への取材をもとにしている。 自身も カメラマンである友人は、 アパルトヘイト時代の 政権が黒人居住区にばらまくために開発したドラッ グ依存症だったカメラマンを、 ドラッグから引き 離すつもりでスーダンへ連れて行ったことを語っ た。 少女をハゲワシから守ることよりも撮影を選 んだと問題にされた写真についても、 米国で展開 された非難が取り上げていない事実を明らかにし ている。 限られた時間の中で 「絵になる写真」
「ニュースになる話」 をひねり出そうとする 「報 道」 のあり方そのものへの問いかけが感じられる。
老人たちが語ったこと、 語らなかったこと
「第二部 語られない言葉」、 「第三部 砂のよ う、 風のように」 は、 「ひまがあればあちこちの 老人の話を聞いて歩いていた」 という積み重ねを 背景に書かれている。 インタビューの前にいだい ていた先入観や期待に応じる言葉が語られなかっ た場面が少なくなかったこと、 「語られない言葉」
がたくさんある中で、 著者は、 「語られない言葉」
を、 たくさんの老人たちとの対話の中で得た 「特 別な想像力」 (98頁) で補いつつ、 表題作 絵は がきにされた少年 、 チェ・ゲバラの コンゴ戦 記 をルワンダの老いた王族の視点から捉え返し た ゲバラが植えつけた種 、 アンゴラの反政府 軍支配地で産出された紛争ダイヤモンドを世界市 場につなぐ位置にいるポルトガル系混血老人を描 いた 混血とダイヤモンド ほかの作品を書いた。
著者の記述の史料的価値、 限られた時間での取 材をもとにした 「語り」 の真偽は、 今後の研究対 象だ。 インタビューそのものが困難だったのか、
あるいは著者の 「特別な想像力」 を刺激しなかっ たせいなのか、 女性の語り・生の軌跡に取材した 作品がないのが残念だ。 というのも、 レソトやス ワジランドから南アへ長期にわたって働きに行き、
退職金で牛を買った、 あるいはアルミサッシの窓
のある新居を建てた男たちの一方には、 生まれ育っ た村、 嫁ぎ先周辺から足を踏み出すことなく、 男 手のない家で養父母と子どもたちを育ててきた女 たちがいる。 アフリカの現実を描き出すにあたっ て、 彼女らの声を聴き取る作業が粘り強く行なわ れる必要があるからだ。
坑内の浮き石を落とす
「老鉱夫の勲章」 は、 長年、 南アフリカ共和国 の鉱山で働いたレソトの老鉱夫へのインタビュー に基づいて書かれている。
チームリーダーにまで昇格して30年勤めた金鉱 山を定年退職し、 レソトの家族の待つ村へ帰った 老鉱夫は、 息子について聞かれ、 なれない英語で
「The Western Deep Level, the Third Rift」 と 答えた。 息子が4,000メートルの地下で働いてい るのを誇りにしていることがよくわかる。 南部ア フリカは、 30億年以上も安定した岩盤に位置して いるので、 4,000メートルもの深さの金鉱山があ る。 地下への昇降に時間がかかるため、 勤務ロー テーションには地下での宿泊が組み込まれている と言う。
工学部資源開発工学科卒で鉱山会社に勤めた経 験のある著者は、 老鉱夫が坑内の浮き石落としに ついて語るのを聞き、 鹿児島の金鉱山で見たベテ ラン鉱夫による浮き石落としの情景を思い出した。
「天盤をさっと見渡すと、 三メートルほどの重い 金属棒を左手で支え、 右の手の平で棒の尻を勢い よく押し出す。 その勢いで棒の先端を泳がすよう に岩の割れ目にぴたっと突き立てる。 そこで棒を ひとひねりすると、 若い鉱夫がどうやっても落と せなかった五〇センチ角ほどの岩がザクッとはが れ落ちる。」 (120頁)
著者自身の体験に裏打ちされた記述によって、
一緒に仕事をしている人々が 「浮き石落とし」 の 技量に向ける畏敬の念、 ひいては鉱山労働に従事 する中で培われた老鉱夫の自負心と達成感をずし 絵はがきにされた少年
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りと感じることができる。
著者のインタビューに応じて、 それぞれの生き 方を語ってくれた老人たちは、 あるがままの世界 を受け入れながら家族を養い精一杯生きてきた人々 である。 著者の 「特別な想像力」 を刺激し、 作品 執筆に導いたのは成功者たちの語りと言える。 彼 らの成功体験は、 日本人の新聞記者につながる人 的なネットワークにもつながっている。 アフリカ の現実を知るためには、 もう一方の極にいる人々、
アルミサッシの窓を持たない家に住む人々、 世話 をしてくれる子ども・孫を失った人々の声を聞き 取る作業も必要であろう。
変動する社会の中で生き方を模索する人々の直面 する現実
「語らない人、 語られない歴史」 には、 元服役 囚たちによる劇団を率いる劇作家が登場する。 彼 の父親は、 息子が18歳の時に近所の娘を妊娠させ、
叱られるのが怖さに数日行方をくらました後、 家 へ戻った時、 「いくつになっても、 どんな暮らし をしていても、 子供ができるのは悪いことじゃな い」 と息子に語りかけた。 その後、 息子が車泥棒 に失敗して服役している刑務所に面会にやってき て、 「まあ、 仕方がない、 元気ならいい」 としか 語らなかったと言う。
そうした父親を 「ミスター・ニャウォ」 と呼ぶ 劇作家は、 刑務所を舞台にしたコメディを元服役 囚たちが演じる舞台で成功を収め、 旧黒人居住区 ソウェトで更正活動にも関わっている。 著者によ る老人たちへのインタビューは、 この劇作家やジョ ハネスバーグを舞台に活躍している実業家、 女優 などの手引きによって可能になった。 40代の著者 と近い世代の彼ら、 彼女らが、 国内的な要因、 国 際的な要因によって大きく変動する南ア社会にど のような観点、 スタンスで立ち向かっているのだ ろうか?
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