高地子音推移における摩擦音化 の段階
し 福 本 義 憲
1.germ・*p,*t,*kは高地ドイツ語方言においてよく知られた高地子音推移を
受け,古高ドイツ語では語頭および語中の重複子音と部分的に子音の後では破 1
A 擦音P£ts, kxとなり,語中の母音に続く位置では重複摩擦音f£35, xx(hh)
となって現われる。germ.*P,*t,*kはid&*b,*d,*9からゲルマン語子音推
・ 移を経て発展したものであり,その由来からゲルマン語共通基語においては気 音のない純粋な無声閉鎖音であったと考えられる。この無帯気の無声閉鎖音が 母音に続く位置において重複摩擦音に至る音声的な段階は,P音を代表にとれ
ば破擦音の出現をも含み込む形で*P>*ph>pf>ff(>f/ff)と推定され,これ 2
ェいわば暗黙のうちに定説として認められている。Wilmannsによれば,無声 3
ツ鎖音の推移は帯気音〉破擦音〉摩擦音というく軌道〉を進行したのである。
Tschirchは第1段階としての帯気音化に続いて破擦音が生じる過程を「この 気音hがそれぞれ先行する閉鎖音の調音位置に倣って摩擦音へと鋭音化し破擦 音と呼ばれる閉鎖音+摩擦音の子音連鎖p£ts, kxが生み出された」(第2段 階)とし,次にこの破擦音から重複摩擦音へ進む過程を「新しく形成された摩
擦音(−f)は本来の(先行する)閉鎖音にその調音法を強要した……」(第3段 4
K)同化作用として説明する。表現はどうであれ,語中の新しい摩擦音が語 頭・重複子音および子音後に現われる破擦音と発展の段階を共有したとするも のである。今これを帯気音化の段階を含めて摩擦音化の三段階説と呼ぶことに
しよう。青年文法学派にとっては,このような三段階の変化は漸進的に進行す る極めて自然な,無条件的な変化であった。帯気音の出現も,帯気音から破擦 音が生じるのも漸進的な無条件な音声変化の法則にかなったものであり,破擦 音から摩擦音への変化もまた然りである。語頭・語中重複音および子音のあと
で破擦音の段階にとどまったのは特殊な条件に支配されたためであり,それは 5
u閉鎖入音が先行する子音または語頭(語境界)によって護られて」いて摩擦
●
音への自然な漸進的な変化が妨げられた結果であるとされる。しかし,このよ うな摩擦音化の三段階説は定説化してはいても決して証明された事実ではな い。三段階説が設定されるのは異なる位置での破擦音の存在と並んで,母音に
続く位置で摩擦音が重複音として現われるのを容易に説明しうるためであるこ 6
ニは13rauneがすでに述べている。重複摩擦音の出現が別の原理によって説明 が可能であるならば,そして筆者はそれが音韻論的な音節構造の制約として説 明しうると考えるのであるが,そうであれば破擦音段階の設定は必要性をもた ないことになろう。重複音の出現を音節構造的に理解するための前提として,
従来さまざまな形で主張された破擦音段階の設定の妥当性をまず検討してみる 必要がある。むろん,この段階の設定が疑しいとすれば当然のことながら母音 のあとでのph>pfという第2段階も崩れることになる。したがって,破擦音段 階の設定の例証としてあげられる方言的音形,歴史的表現がまず問題となる。
さらに,推移の段階設定にとって重要な手掛りを与えるのはいうまでもなく高 地方言における推移の方言分布である。その際,子音推移が限られた方言に発 生し他方言へと伝播したのか,それとも各方言において自発的に起こったのか の判断が大きな重要性をもつことになろう。
Schwe圭kleはpfからfへの音声変化を例証するものとして東部方言におけ 7
骭齠ェf音をあげている。チューリンゲン・サクソン地域では上部方言のpf一
はf一が対応する:fund(Pfund)・fヒfer(Pfeffer), ferd(Pferd),£enig(P圭en− 8
nig), flaum9(Pflaume)。これは一見pfからfへの音声的な変化が起こった かのように見えるが,Wredeがすでに明らかにしたようにこの語頭fは東部
ドイツの植民地域において中部・低地ドイツ語のP一と上部方言のpf一が混 9 、
清した結果であり,漸進的な音声変化を示すものではない。おそらくこれは 10Schirmunskiのいうようにpf一が中部・低地ドイツ語の音韻組織にないために
もっとも近いLで代用されたというより,新しい植民地域におけるpfLとP一
の並存によって生じた一種の言語的均衡化を示すものであろう。その際pf一と 11P一とを区別するf音が重要な要素として残されたと思われる。いずれにして
も,この語頭f音が新しい植民地域での方言的混清の結果生じたものであるこ とはその分布の地理的条件からみて疑問の余地はないと思われる。p音に関し てしばしば議論の対象となるものには,そのほかに古高ドイツ語期における古
アレマン方言での語頭およびmのあとでのf表記がある:f飼(phad), faf面 12(phaffen), n6gen(phlegen), ch6mfo(chempho)。語中の破擦音はNotkerで
は規則的にpfで表記され(6pfer, sk6pfヒn),他のアレマン方言の文献でも多 13
ュはpfだがf表記が用いられる場合も少なくない:sce琵n, sceffen, staffin。
古アレマン方言における語頭のf表記は古層に属し,古高ドイツ語後期には次
第にph, pf表記に替られ, Notkerでも写本によっては(Psalter)すでにph表 14
Lが目立つ(phad)。現在のアレマン方言では一様に破擦音pfを示していると ユ5
アろからfは古アレマン方言固有の破擦音表記と考えられるのが普通である.
Stecheはこのf表記が実際にf音を表わしたものであり, Notkerの時代以降
にf>pfの変化が起こって現在の方言分布になったと考え,その前段階として 16
垂?р?フ変化が語頭においても古アレマン方言で音声的に起こったと想定する。
Stecheにとってこれは摩擦音化における破擦音段階設定の根拠のひとつであ る。しかし,表記に大きな信頼をおくことは危険であり,とりわけ摩擦音と破 擦音がひとつの表記しかもたなかったのは古高ドイツ語期においてはむしろ通
例であった。zは語頭においては破擦音,語中においては摩擦音または破擦音 17
表記した。古アレマン方言のf表記についてもこれとパラレルな関係をみる ことができる。しかもf表記は古高ドイツ語後期には上部方言に一般的なph に替られる。この表記の変更から古アレマン方言でのf>pfの音声的変化を取
り出す根拠は薄い.Behaghelのいうように古アレマン方言の語頭f表記は書
記法の模範とされたラテン・ロマンス語に語頭p←が存在しなかったところか 18
迢Nこった表記代用とみるぺきであろう。Stecheの想定は表記から直接に音価 を取り出そうとするものであり,それがいかに危険であるかはつねに語史の教 えるところである。アレマン方言での語頭におけるpf>fの想定は方言分布上 からも無理があり,したがってこれは母音のあとでの摩擦音化の破擦音段階の 設定の傍証としては効力がないといわなければならない。
8rauneは子音推移の破擦音段階の設定の根拠として重複音の出現のほかに,
helfen, werfenなどの子音のあとのP>fが破擦音を経たことをあげ,そこに 19
j擦音から摩擦音への変化とのパラレルな関係をみている。1,rに続くgerm.*P は古高ドイツ語諸方言でさまざまに異なった扱いを受ける。上部方言ではlph,
rphが1P£rpfと並んでもっとも多いが,すでに早くからlf, rfも現われる: 20Erpfolt, Erpho−, Erfb−etc. Schatzは実際の発音においても1f/r£1pf/1fの二 21
lの音形が並存していた可能性を考えている。9世紀のうちに一一般に1f, rfに 移行するのはwerfan, dor£hε1fan, wεlfであり,harpfa, gdP£s(c)arp£
ka rpfoは中高ドイツ語および部分的にはそれ以降もpfが残される。 karpfo,
harpfa, scarpfなどについてはgerm.*PPが設定され破擦音の残存が説明され
ることが多いが,*karppo一のような形は他のゲルマン語にはみあたらないこ 22
ニから必ずしも一一般的な承認を得ていない。これらの語については,語固有の 23
史(Less五akのいう文化語彙として)を探る必要があろう。 rp>rpf>rfの変 化はこれらの例外的な語彙を除けばBrauneのいうように音声的な変化として
成立しそうである。しかし,もしrpf>rfの変化が音声的に起こったとしても 24
サれは3子音連鎖の軽減作用(Ekthlipsis)とみるべきであり,子音が先行する 場合の限定された変化である。これは母音に続く位置でpがfに移行する本来 の子音推移とは全く条件の異なる変化であり,Brauneのように両者の間に平行 の関係をみることは適切ではない。この例から母音のあとの摩擦音化に破擦音 を推定することは条件の相違を無視した乱暴な論としなければならない。
語頭k一はスイス方言を中心として摩擦音xをみせ,これはアレマン方語 内での低アレマン方言と上部アレマン方言とを区別する重要な指標である:
№獅??煤Dさらに上部アレマン方言内でも鼻音に後くkxをxとする,ヴアリスを 先端としてイタリア語域内に切り込む形の南端方言とkxを保持する方言に分か れる:dei・xo(denken)−daUkx9(danken).バイエルン方言内では南部にkx
をもつ一一帯がある:kxind, kxnext, doηkxe.この南バイエルン方言では1k, rk 26
ヘ摩擦音として現われる:melxo(melken), merx9(merken).その他の上部 方言では規則的推移形kxは, kh, gh, k,9と子音弱化のために多様な音形をみ せる。したがって南部方言ではkh, kx, xをみるかぎり複雑に入り組んだ一種
の梯状分布を示している。Schirmunsk三は上部アレマン方言におけるkx>xを 27
皷ケのあとでの摩i擦音化での破擦音段階を想定する裏付けと考えている。上部 方言におけるk音の複雑な分布とその歴史的な発展はいまだに十分に解明され
ていない.地理的な条件からみて上部アレマン方言でのXの出現を言語混清と 28
キることは難しいようである。古高ドイツ語期の上部方言では語頭のch表記 が一般的であり。古層に属する文献ではk,cも少なくない。 Notkerではすで
に規則的にch一であり,このch表記の一般化から10,11世紀頃には語頭の 29kx>xが起こっていたと考えられるが, chが摩擦音と破擦音の両方の表記に
用いられていたため移行の時期を確定する手掛りはない。Henzenはもっと遅 30
ュ中高ドイツ語から初期新高ドイツ語に移る時期(13,14世紀)を考えている。
1,rに続くkはNotkerのscalcha:scalh, starcher:starhにみられるch:h
黷驕B古バイエルン方言では語頭での表記は少数のk−,c一を除けばアレマン
方言同様ほとんどch一であるが,1, rのあとでは一一般的なchのほかに1h, 32
窒?C lc, rcも少なくない:Folhmar, Folcrat, Ruodfolch・ここではlp・rpの場
合と同様にxとkxの音形が並存していたと考えることができる。 xはlp鰐 rpf>1£rfと同じく三子音連鎖の軽減化とみるのが自然であろう。古アレマン 方言における語頭x一はこの子音軽減化との関連で捉えることができる。子音 を環境とした音声変化が子音と語境界との共属性によって語頭に移されたので 33?驕Bこの経過は方言分布にも反映しており,南バイエルン方言でのkx−,−rx,
一1x,−nkh,上アレマン方言でのx−,−rx,−lx,−nkx,南アレマン方言でのx−・ 3−rx,−1x,一・x一という梯状分布から,まずr,1のあとでの一x,そして語頭に
移行したX−,さらに鼻音に続くXという歴史的な変化の進行を読み取ること ができる。したがって母音のあとに起こった本来の子音推移k>XXとは関係 のない変化とみるべきであろう。アレマン方言での語頭kx>xとは別に上部 方言では全く逆の方向の現象がある。かつて上部方言に広く分布していたと思 われるkxは中部および北バイエルン方言,シュヴァーベン方言では帯気音kh
@ 35
ノなる。これは全ての位置で起こり,kx−>kh−一,−kx−〉−kn−,1, r, n+kx>−kh として現代の方言(さらにこれに子音弱化が加わって)に現われる。破擦音kx は上アレマン方言において摩擦音化し,他の上部方言では帯気音化するという 全く方向の異なる変化を取けたことになる。上アレマン方言のX一は上部方言 の中でも極めて限定された地域に生じた,おそらくk音そのものの音声的特異 性と係わる特殊な変化であり,音韻的には子音と語境界の共属性に依存するも のであろう。母音に続くp,t,kを摩擦音化した高地子音推移とは条件,地域,
時期ともに大きな隔りがあり,これをもって破擦音段階を設定する裏付けとす ることはできない。条件の異なる位置での音韻変化を単純に並置して一方の中 間段階を想定することは音韻変化の多様性を度外視した結果論的な考え方とい わなければならない。
2. これらの異なる位置での音韻変化に平行関係を想定する方法に比ぺれば,
母音に続く位置での推移の中間段階を方言や歴史的表記における破擦音の存在 に基づいて設定する方がはるかに直接的であり,かつ説得力があろう。H6fler は推移線の週辺での破擦音tsの出現をgerm・*tから摩擦音3に至る中間段
1
Kのtsが残存形として残されたものと解釈している。 Bruchもまたルクセン プルク方言,中部フランケン方言でしばしば推移形と並んで現われるts音形を 中間段階の残存形とみなし,とりわけtsが残されたことについてMitzkaの音
韻組織論を援用してtsが他方言で摩擦音へ向う過渡音の段階で,音韻組織にす 2でに/ts/を持っていたフランケン方言に借用されたと考えている。 Mitzkaの
音韻組織による説明が果して妥当かどうかは後に検討するとして,Bruchのあ げる方言的なts音形が中間段階を残したものとみなしうるかどうかを考えてみ なければならない。推移占と破擦音の並存形には,ふたつの種類を区別する必 要がある。ひとつは弱変化jan動詞に属する動詞およびその関連語であり,こ のグループの並存形は中部フランケン方言に限らず上部方言,とりわけアレマ
ン方言に頻繁にみられる:hochalem. schleizen, bair. schlaitzen(nhd. schlei一 Ben);hochalem. graezen, grUessen(nhd. grUBen);hochalem. schweizen,
schweissen,1ux.話w6tson,百wesgn(nhd. schweizen);els. flεtsg, fliessen, lux. 3fleitsgn, fleisgn(nhd. fl6Ben).これらの並存形はj一によってひき起こされた
重複子音(西ゲルマン語子音重複)とj一のない活用形とのパラデイグマ内で
の並存に本来原因があり,いずれかの音形に一般化されたためであるとされ 4
驕@:*flautlu>−tt−〉−ts−(fl6zen),*flautiz>−33−〉−3−(f16fさen). Bruchはノレ クセンブルク方言に現われるbits∂n, be量tsgn:beisgn, bousgn, fldtson:fleisen,
gobets:gobes・swetsgn:sw6sgnをあげ,中部フランケン方言に属するこの方言 では上部方言と異なり長母音のあとでの重複子音が上部方言で子音推移が起こ る前に早々と解消され(−VVtj−〉−VVtレ〉−VVt−),そのあとこの単一子音tに
える。ここでBruchが前提としているのは中部フランケン方言においては西ゲ ルマン語子音重複による重複子音が高地子音推移に先立って簡略化したという 推定である。jの前での西ゲルマン語子音重複ではその作用の範囲に基づいて ゲルマン語内でふたつの大きな方言群が区別されるが,そのひとつは古英語,
古サクソン語(古低地ドイツ語)のように短母音に続く場合に限って重複が起
こった方言群(Ae. skeppian/scieppan, settian/settan;As. settian, leggian)であ
り,もうひとつは長母音のあとにおいても広汎に子音重複を示す上部方言であ
る。このふたつの方言群の中間に位置する中部フランケン方言がどちらのグル 6一プに属するかは意見の分れるところである,Sch伽zeichelは中部フランケン
方言が子音重複に強く参加したばかりでなく,長母音のあとおよびr,1,wの
7
Oでも自発的に子音を重複したと考えている。Franckによれば古層に属する 8
カ献では長母音のあとの重複子音表記は決して少なくない。*pと*kは中部フ ランケン方言において破擦音とならなかったため必ずしも判定は容易ではない 一
閧ウれる。長母音に続くbbを示すのはライン方言のrφ:P(RUbe)であり,
germ・*r6bj6一が再建されるが,もし単子音であるならば中部フランケン方言 10
ナは一fとして現われなければならない,長母音に続くnnの例はSimmlerの
例の中から中部フランケン方言として11世紀のzeinnon(got. tainjo), Otfridの 11uuannu, u畷nne(as.幅nian)をあげることができる。 dでは9世紀のuothdien 12
ias. wadian),10世紀のferleittln(as. Iedian)がある。 Sch Utzeichelのいうよ うに中部フランケン方言における長母音のあとでの子着肩複はおそらく否定す
ることはできないであろう。8ruchのいう高地子音推移に先行する重複子音の 13
P純化も,1uttar, eittar(ahd. IUttar, eittar)の表記の頻度が高いことからすれ ばそれほど古い現象とは考えられない。Franckのあげる例もそれを示してい る。中部フランケン方言でのjan動詞に属する語の一s−,−ts一の並存は上部方 言と同様にパラディグマ内での両匡マ形の一般化の結果と考えるのが妥当であろ
う。
しかしながらH6flerのあげている etz, ditz, allitzやBruchのbetsol:
besal, ets:es(mhd. d5), kretS/kres(Kreis), netst(Nasse),話ots(schuB)な 14
ヌはj接辞による説明は少なくとも直接には困難である。これらの音形はそれ それかなり異なった分布を」ぐしており,H6flerのあげるets, allits(いずれも 古形),Bruchのbetsgl, netst, ets, kretsはいずれも推移線の週辺に分布して いるのが特徴であり,dits,§ots㊦uts)は上部方言にもおよぶ比較的広い範囲 にわたって分布している。推移線週辺にみられるts音形は推移形と非推移形 との方言的混清と解するのが定説であり,これはたとえばほとんど推移線上に
位置する低ヘッセンのWaldeck方言でのha三ts(heiB)がもっとも典型的な例 15
ニされる。また,推移線の外側においても同様な混澹形がみられる:branden−
@ 16
b浮窒〟D f}6ts(FraB), r⑰ts(RuB),§tr面ts(StrauB).中部フランケン方言のbetsel
(mhd.beize1)はSchutzeichelによればアイフェル地方東部および北東部のモー ゼル河北側に分布しており,etsは北ルクセンブルク方言を除けばモーゼル河 中・下流地方およびケルン地方にみられ,Kraits(lux.krets)は今ではライン河一
@ 17
ムの散発的な分布のほかはリプアール方言が中心である。これらの推移線に近
接する方言での破擦音形は推移音sと非推移音tとの混清とみなすのがもっと
も自然であろう。きots冷utsはフランケン方言の比較的広範囲にみられるほか 18
纒舶綷セにおいてもまれではない。SchuB, SchoBはschieBenを中心とする語 19
b群に属しjd&*(s)keud一が語根として再建される。アプラウト階梯の相違 によって強変化動詞*skeutan(schieβen),*skaut6n(弱動詞mhd. sch6zen),
*skut−/skot−(mhd. scho3, schu3),*skutjan(mhd. schutzen),*skot6n(mhd.
scho55en)がつくられ,すでに中高ドイツ語期から語彙群内で破擦音と摩擦音 20
ニの揺れがみられる:mhd・schu5, schutz, scho3, sch63, schotz.弱変化動詞 mhd・schutzen, scho33enは大きな意味の違いなく用いられており,両者の間で 混清が起こって*schotzen(1u瓦蓉ots∂n)が生み出されたとしても何ら不思議は ないであろう。また,schieBenからの派生名詞としてのSchuB, SchoBは動詞 と比ぺて母音が大きく異なるため,schatzen, SchOtzeと関係づけられて破擦音 形schutz(lu臨§ots, u>o)が生まれた可能性もあろう。これらの破擦音をも っ音形はいずれも言語混清あるいは関連語からの転移によって説明が可能であ
り,子音推移の中間段階としての破擦音と解する必然性はないといわなければ ならない。
3.歴史的な表記の中から中間段階としての破擦音を示すと思われる例を指摘 したのはStecheであり, stopha, scopf, Waccho,8uccelinus, Butzelin, uualo一
pautz, frilatz, gauti−, Stratis−, Creucchovillareの表記例を破擦音段階を設定する 1
?tけとした。同様にBruchは西フランケン方言に属する文献の中から主に
地名を中心にClutzarada, Creucchovilare, Benutzfeld, Bastenacke/Bastenacgke,
Cuhckeme, Remeck, Rodennaccere, Becche,さらに一般語彙としてguats, hutz 2
^uthz, atz/adst/atstをあげて破擦音の段階を示す表記とした。 Stecheのあげる stophaは基本的にこの考察からはずされなければならない。 stopha自体が語
原的に不明なうえに(*−PP一または*−P−), phが破擦音のほかに摩擦音を表 3
Lしえたことを考えあわせれば,明確な判定はこの場合不可能である。p音に
ついての表記解釈の困難は同じくStecheのあげているscopfにもあてはまる。 4
アの語はバイエルン部族法Lex Baiuuariorumにあらわれ,−pf表記のほかに 5
oPh, fph, fpli,£ffa, upha, sculfaの表記異形がみられる。 Stecheは*−PP−〉
*−pfLが後期の写本でf(f)と表記されていることからpf>fの変化と考えて 6いるが,£ffは上部方言では破擦音をも表記しえた:−mf−(−mpf−).また,
tropfb/troffoのようにppとpの並存形の可能性も考慮する必要があろう。
ph, f表記が多義的でありうるためにこの場合もStecheのような明確な判断を 下すことは難しいのである。このような表記解釈の困難はそのほかの例にもつ
ねにつきまとう。f}ilatz(ahd. frila3)はscopfと同じくLex Baiuuariorumに 7
サわれ,やはり写本上の多くの表記異形をもつ:tz, zt, t, zd, stz. Stecheはtz
表記を破擦音を表わすものと考え,推移が終了したのちも前段階の破擦音が古 8
̀として写字生の意識にあったと解釈する。しかしここでも表記に大きな信頼 をおくことは危険であり,zが摩i擦音と破擦音の両方の表記に用いられたこと から,本来破擦音を表わすtzがZと混用されたと考えることもできる。さらに,
frila5の場合には関連する動詞1azenのほかにletzenとの音声的混清も考慮す 9
髟K要があろう。Ietzenはbeenden, bef}eienの意味でも用いられ, setzenの 10
過去分詞活用形gisazterと同じように*gilazterの語形も可能である。 Wein一
できる。さらにSch直tzeiche1の指摘する語末での5>tzの可能性も一概には 12
否定できない。いずれにしてもfrilatzの例から子音推移の中間段階としての 破擦音を読み取る必然性はないと言わなければならない。
13
宴塔Sバルド部族法Edictus Rothari(643)はもっとも古い7世紀末の1を のぞくと8世紀以降の写本として伝承されているが,少なくともgerm・*tにつ
いては子音推移が明瞭にみとめられる。よく例としてあげられるsculdhaisは 14ahd・sculdheizoに対応し, s表記はMitzkaによればこの音声が話し言葉とし 15
て借用されたことを示している。数多くのs表記例のほかに比較的新しい写本 16
wI(1000年頃)では2度古高ドイツ語で一般的なz表記がみられる。 Van der Rheeはsculdhais/sculdahisのs表紀について,この語が当時ラテン語文書の
専門用語としてほとんどラテン語化(sculdassius)されていたため本来の3の 17
ュ音が忘れられてs表記が一般化したと解釈している。ahd.のz表記をほ ぼ完全に示すのはstolesaz(ahd・stuolsazo)である.問題はStecheのあげる uualopautzであり, Van der Rheeによれば写本全体を通してs表記は10回
(L皿,X), zが18回(V, W,1X, XL皿,いずれも9世紀以降の写本),そ 18してtz(皿)はuualoputz(皿)も含めて4回現われる。 Hは8世紀に属する
が,Stecheはこのtz形をオリジナルにあった表記がそのまま写されたと断
定し,Edictus Rothariの成立した643年頃にはgerm.*tはまだ破擦音の段階 19
にあったと推定する。しかしこのtz形を原表記とする必然性はない。むしろ
SchUtzeichelのいうようにs表記がもっとも古い写本1にあるところからすれ ぱ原表記はuua!opausであったとも考えられる。後期においてはahd.のzで 表記され(stolesaz),しかも破擦音はzまたはtzで表記された(iderzon:
idertzon皿, XDことをみれば,そこに混同が起こりzの表記にtzが誤用さ 20
黷ス可能性がある。 とすればこれはLex Baiuuariorumのfrilatzと同じ表記 誤用のケースとみなすことができる。あるいは原表記がuualopautであったと
すれば,すでに推移形を発音した写字生による表記混清(t十z=tz)である可能 21
ォもでてくる。いずれにしてもuualopautzの例から推移の中間段階としての
破擦音を想定するだけの根拠はない。 22
ddictus Rothariにはランゴバルド王Waccho(†539)の名がみえるが,もっ とも古い1にはなく,9世紀前半の皿Wacho以下いずれも新しい写本であ
り,表記はWacho(皿, V, W,皿), Waccho(K), Wacco(X)とch, cch, 23ccの3種類があらわれる。*k/*kkがランゴバルド語においてすでに推移して
いたかどうかについては研究者の意見は分れている。語頭,語中および語末 の*kはほとんどcで表記されこの限りでは推移はみとめられない:carnfio,
marca, gauuercただしHerih 845.重複子音kkをもつgerm・*akr一はc, cc, 24
ch, cchの表記がありもっとも古いものは一accri(五8世紀中頃)である。 ch,
cchは*kkの推移した破擦音を表記したものと解釈することができるが,1000 年前後の写本(WI,】X, X, X正, XE)にはc, ccが特徴的である。これは上にあ
げたWacchoの表記の時代的分布にほぼ対応している。 StecheはWacho,
Waccho, Waccoの表記の中からWacchoを原表記と推定しcchからchと 25
モモフ表記が生じたと考えるが,この想定の根拠は明らかではない。 Stecheは
Prokopios(†565)のゴード戦史のoり砒ηgおよびω6耀の表記から*Wakoを 26
ン定し,Waccho表記に推移の中間段階としての破擦音を読み取るのである。
*Wakoの想定をギリシャ語を母国語とするProk。piosの表記のみに頼ること
は危険であり,Prokopiosがゲルマン人名の表記に必ずしも正確でなく,とく 27
ノ重複子音について揺れがあることはSteche自身も認めている。ギリジャ語
においては閉鎖音の重複はきわめてまれであり,これは後期ギリシャ語にも 28
、通し表記上の揺れがみられる。ランゴバルド語において*Wakoあるいは
*Wakkoであったのかの判断を外国文献であるProkopiosの表記だけから下す ことは困難である。むしろゲルマン語においては短形の人名呼称がしばしば 強意的子音重複をもつことに注目しなければならない:S三cco, Otto, Fr五tz,
29̀ttiko.ここから*Wakkoを想定することも十分に可能である。 Edictus Rot一 hariの原表記がWaccoであるとすれば, ahd.において破擦音を表記した ch(Wacho)とccとの表記混清の結果がWacchoと説明することもできよう
(cc+ch→cch)。外国文献に祖型を求める困難はStecheのあげるBuccelenusに ついてもあてはまる。 トゥールのGregor三us(†594)によるHistorla Francorum にあらわれるアレマン族の武将Buccelenus(†553)の名は, Wurmlingenの
槍の穂先のルーン文字Idor量hとともにアレマン方言域での子音推移を示す 30
もっとも早い例とされ,推移の時期設定にも重要な意味をもつものである。
Buccelenusの名はギリシャの歴史家Agathias(†582)のεστひρ6α(552−558) 31
ナはBoひτごλεレ09と表記されているため, Stecheは*8utiHnを想定しGrego一 riusのBuccelenusがgerm.*tの推移の中間段階を表わすと考える。*Butilin の設定がギリシャ語資料のみに依存していることはWacchoの場合と同じであ
り,Bωτ λεン09の語形に全面的な信頼をおくことはやはりできない。*Wako または*Wakkoと同様に古アレマン語においては短形人名の習慣に従って
*Buttllinであった可能性を考えなければならない。*Buttihnであるとすれば
GregoriusのBuccelenusは*ttの推移形を表記した形として理解でき,中間 32
i階の例証としては効力を失うことになる。ヴァイセンブルク皇室文書に,証
驍ェ,*Buttilinの祖型を想定すれば問題はない。
germ.*gaut−(ais1. gautr, ae・geat・1gb・gausus)は規則的な推移を受けると ahd. gauz−,96z一であるが,メロヴィング朝皇室文書にはtiあるいはdで表 記されたもの(gaucibertus 653, gautiobertus 662)があり,また12世紀の写本 によるAnstrudis von Laon(†709)のVitaにはgautsuiniとtsの表記がみ 34
キる。SchUtzeichelはgaut一名について詳しい文献的研究を行っているが,そ れによればSt. GallenおよびReichenauの兄弟会文書にはti, ci表記のほか にtsも少なくない。 SchUtzeichelによればti, ci・ts表記の人名はいずれも西 フランケン王国の出身であり,これは上記の3例も例外ではない。西フランケ
ン・ロマンス語域ではよく知られているようにtlは破擦音化するが, SchUtz− (
eichelはgerm.*gaut一がラテン語化されてgautiu−, gautio(Gautius)となり, 36
した西フランケン方言では当然ロマンス語の言語変化の影響が考えられなけれ
ばならない。ロマンス語・俗ラテン語のti, dの音価は必ずしも明らかでなく,
ti, ciがsiとしばしば混同されたことから逆にti, ciがS音に近い音声になっ ていた可能性も考えられる:palatium−palasium, pretium−presium, depositio−
@ 37
р?垂盾唐奄唐奄潤Dとすればgauti−, gauci一はtから推移した3音を表記していたと考え ることもできよう。また,ts表記は推移形gauz一と非推移形gaut一との音声 的または表記上の混渚の可能性もある。いずれにしてもStecheのいうように ti, ci, ts表記を推移の中間段階とみる必然性は低いのである。10世紀の写本と
して残るロマンス語系の人々のための会話教本Pariser Gespracheもその表記, 38
セ語ともにロマスン語・西フランケン語の影響が大きいとみられる。ghanc hutz
(40,ahd. gang耽1)のh一添加はとりわけロマンス語の音声的あるいは表記的 39
ネ影響の明らかな例である。このhutzのtzについてBruchは破擦音を表記 40
オたものとして子音推移の中間段階とみなしている。 Pariser Gespracheから ahd・5に対応する例をほかにひろえば, guaz(30), guats(104):ahd. uua3,
matzer(57):ahd. me55ir, az(63), atz(97), atst(98):ahd. a5, adst(96): 41ahd・%ut,1atz(101):ahd.1a5, taz(47):ahd. da5などがあり, ahd.にお
いて規則的なzのほかにtz, ts, dsなど表記の揺れが著しい。 h一添加,語形の 不正確さ(ahd・a5およびa5utに対応する語形),表記混用はロマンス語系人に よる写本を思わせ,そこから何らかの音声的な制断を下すことは困難である。
ロマンス語系表記におけるZ,tz, ti,ciなどの表記の混乱はよく知られているとこ 42ろである。語末での強意などによる特殊な破擦音化の可能性も否定できない。
ahd・e55anに対応する例では作為動詞ahd. azz6n, azzenとの混清も考慮しな くてはならないだろう。いずれにしても中間段階としての破擦音をみる根拠は 薄いといわなければならない。 ・
古文献にあらわれる地名表記についても解釈の困難は大きい。Bruchは12,
13世紀の写本による1iber aureus Epternacensisに含まれた古文書にあるCreu− 43㏄hovilare(721年)のcchを中段階の破擦音を示すものと解釈する。これは
StecheもCreucchovillareとしてあげている。このCreuccho一を含む地名は特定 化することができず,西アイフェル13itburgの南西Schankweilerまたは北西 のOberweilerを示す可能1生が考えられているが,規定語をなすCreuccho一は
る。特定化の困難はBruchのあげるBenutzfeld(770年)にもある。この地名 は10〜12世紀の写本による1iber aureus Prumiens三sにBenezfdt, Benutzfdtの
45
¥記異形と並んであり,Benutzfeldがもっとも古い音形を示している。アイ フェルのBinsfeldはlux.ではBentsoltの発音であり, Clerf(CI6rvaux)南
西のB6nonchampを示すともいわれ,またDuren近郊のBinsfeld(13,14世 46
IBinsvelt, Binzvelt)の可能性もある。規定語のBenutz一はahd. binu3, as.
binutに対応するが, mhd.ではbin5/bine5, bintzの両形が可能であった: 47ahd. binu5(N.), binze(PL).この5とtzの並存が古風なBenutzfeldにあら
われているとも考えられる。推移形と非推移形との混清も否定できない。同様 48
ノBruchのあげる地名Clutzarada(KIUsserat)のtz表記についても,誤記の 49
ニりわけ多いといわれるcodex Laureshamensisにあることをのぞいても,規 定語Clutza一の語原が明確ではないので音声的な発展を読み取ることが困難で ある。古文書における地名表記の混乱はBruchのあげるk表記の例にとり わけ明らかである。1222年の写本によって伝承されるPr廿mer Ubar(893年)
に含まれる13astenacke, Bastenacgke, Bastenake(Bastnach/Bastogne), Becghe
(Bech), Cuhcheme(Kochem), Remeche, Remeck. Remeghe(Remich), Ro− 50demmaccere(Rodenmacher), Wanpahe(Weiswanpach)は表記の揺れがあまり
?オい。子音推移を示すもっとも早い文献のひとつにかぞえられるRavennatis 52anonymi cosmographia々こはZiaberna(Zabern), Ziur三chi(Z症rich), Uburzis 53
iWUrzburg)など推移を示す地名と並んでStratisburgo(StraBburg)がある。
この地誌の成立は8世紀初頭と考えられるが,写本としては12/15世紀の伝承 54であり,推移の時代設定には必ずしも決定的な効力をもたない。Stratisburgo
は推移のないtをもつが,StecheはRavennaの地誌編者が依拠したであろう
*Stratsburgoを想定し,これがラテン語風な表記stratisburgoに変えられたと 55
яェする。8世紀の文献にはStrat−, Strad一あるいはStrats一の表記も決してめ
づらしくないし,SchUtzdche1はStratisburgoをStrataburgoの誤読または誤 56
Lとする説を紹介している。*Stratsburgoを設定する必然性はないし,もしそ うだとしてもStrat一と推移したStra5−(+)との混清形の可能性があり,それ
がラテン語風に改められたと考えることもできる。並存するさまざまな表記の 57
?ゥら子音推移の痕跡を読みとることはいずれの場合にも大きな困難があり,
Steche, Bruchともに成功したとはいえない。母音に続く位置での摩擦音化の 中間段階の想定は方言的な破擦音形の例からも.つねに解釈の困難を伴なう歴 史的な表記の中からも確実に裏付けることはできないのである。
4.無声閉鎖音推移の方言分布は語中での位置と音形によって明瞭なふたつの 地域に分かれている。語中母音に続く位置での摩擦音への推移は推移線に至る
まできわめて均質的な分布を示す。それに対して,語頭,重複子音,子音に続 く位置での破擦音への推移はもっとも広汎なtsを始めとして音声および位置に よって不均質な段階的分布をもっている。これは,Ahd.期には次のような分 布となる。
(1) a)V_ 方言 b)#_・CC・C_
一mfrk・ 一π
Rhfrk.
一
f£53,xx
Sudrfrk. 一_
@Ostfrk.
1 } 1 …I ilpF 「pf −一一『
ilts
一般には子音推移は「アレマン方言とバイエルン方言がもっとも徹底して行な い,他の高地方言では不完全な,南から北へ向って減少する形で推移を示す」
分布とみられ.そこから子音推移は「南から北へ向う言語変化の運動として伝 1
dしていった」と解釈される。この場合,子音推移は無声閉鎖音推移と有声閉 鎖音の無声音化の総称として用いられ,この全体としての子音推移が上部方言 のいずれかで発生し北へ向って力を弱めつつ伝播したとされるのである。しか し,上にあげた分布から分かることは,無声閉鎖音推移は語中の位置によって 異なった音形と分布をもち,しかも母音のあとの位置での推移は全く均質であ
り,南から北への変化の方向を読みとることはできないということである。破 擦音の出現に関してのみts−pf−kxの順で北から南へ向って推移が増大して いる。この摩擦音と破擦音の不均衡な分布は,子音推移が唯一の音声的現象で はなく,語中の位置によって相異なるふたつの互いに関係のない音声的現象の
結果とみることを迫るものである。Fourquetは「母音のあとでmachen, offヒn, 2
?唐唐?獅 生み出した摩擦音への発展と破擦音化とは関連していない」と述ぺて いる。方言分布をみる限り,関連しているとすればむしろ破擦音化と有声閉鎖 音の無声化である。t音は高地方言の全域にわたって破擦音化するが, pおよ びkではbと9の発展との一致が注目に値する。
(2) p− b− −pp− −bb− k− g− −kk− −gg一 mffk.
Tbbrhfrk. _ 1/
Sudrfrk. iPP
一_ 一 }一_
Ostfrk. 一Lb/P pf 『一一一 』 一『
Bair.
̀lem. 1 噛一
pf
@ P ⊥. __
一一_
PP
@ 一
lk}x k ↓kx
@ 一 kk
このような分布上の一致は,破擦音化と無声辞化が音声的現象としては異なっ てはいてもその成立に何らかの構造的な関連をもっていたこと窺わせる。少な くとも摩擦音化はほかの推移とは明らかに異なる,独立した音韻変化であると 考えざるをえない。むろん,これは子音推移が各方言で自発的に起こった現象 であるということを前提としている。それに対して,従来,先にあげたMoser の説明のように子音推移は伝播によって広まったとする説が一般的であった。
Fringsは「子音推移はアレマン族またはバイエルン族のもとで,おそらく非ゲ ルマン民族との混渚によって生じた。植民史や地名研究からフランケン族が
アレマン族と混合していた様子が分かるが,この混合するうちにフランケン族 3
は500年以降メロヴィンガー朝以来子音推移を受け入れた」と述べているし,
Schirmunskiは「フランケン方言は自発的な摩擦音化を行わなかった。フラン
ケン方言は(アレマン族と¢))交流のうちに完成品としての推移音を借用した」 4
と説明する。伝播論によれば,ts以外の破擦音がないのに対応する摩擦音が存 在することは推移形がそのまま借用されたのであるから当然のこととされるの である。Mitzkaはさらにこの伝播論に各方言での音韻組織の観点を援用し,破 擦音tsがフランケン方言に取り入れられたのは元々この方言にtsが音素とし
て存在したからであり,kx, pfが拒絶されたのは対応する音素が音韻組織の在 5
庫になかったからだと説明する。このような子音推移の伝播論は近年H6fler,
SchUtzeiche1,13ruch, Penz1, Fourquetらの批判にさらされた。 H6Herの東ゲル マン諸民族における自発的な子音推移の主張は別としても,少なくとも高地方 言の子音推移についての自発論には注目しなければならない。とりわけフラン ケン方言での子音推移を上部方言の推移形の音声的借用とするならば,借用が 多くは語彙的な分布にとどまるのに対して摩擦音が高地方言全域にわたって示 す極めて均質的な分布は借用関係だけで説明することはできないとするのは説
得力がある。ただしH6flerの推移分布の解釈において,摩i擦音と破擦音が明
確に区別されていない点や,子音推移の原因を北から南へと向って漸進的に強 6
ワる呼気圧とする考えは必ずしも賛同しがたい。Sch直tzeiche1は文献的な研究 7
ゥら中部フランケン方言での自発的な子音推移を強く主張している。破擦音段 階をもたない中部フランケン方言において子音推移が自発的に起こったとすれ ば,方言分布上の摩擦音と破擦音の相違は自発論によってもっとも簡単に説明 される。これはMitzkaの音韻組織を援用した伝播論が成功していないことか ら逆に裏付けを受ける。均質な分布をもつ新しい摩擦音5はフランケン方言の 音素としては元々存在しなかったのであるから音韻組織に基づく借用というこ
とはそもそも成立しないのである。このことは子音推移の発祥地とされるアレ マン方言,あるいはバイエルン方言についてもあてはまり,この点でも子音推 移の伝播論は効力を失うことになる。高地子音推移は各方言に自発的に起こっ た音韻変化と考えるべきであろう。とすれば,方言分布から摩擦化と破擦化は 異なった音韻変化と解釈するのがもっとも矛盾がない。それは同時に摩擦音化
の中間段階としての破擦音の想定を必然的に拒否するものである。Penzlは上 8
部方言ではpf>ff,フランケン方言ではph>ffの二様の変化を考えているが・
これは母音に続く位置での摩擦音化をさらに異なったふたつの変化に分けてし まうことになる。均質的な摩擦音の分布からは,そのような異なった現象を読 み取る必然性はない。
母音のあとでの摩擦音化が破擦音を経ないで起こったとする見解は,従来ひ
かえめではあるが何人かの研究者によって述ぺられている。Brauneによれば 9
rchererはすでに1870年に破擦音段階の設定を否定している。 Hirtも補足的に ではあるが,破擦音段階が摩擦音を生むのに必ずしも必要ではないと述ぺてい
奄rchatzは中間段階を全く想定せずに閉鎖音から摩擦音が生じたと考えて 11いたようである。Schmittもゲルマン語子音推移も含めて破擦音が推移の一 12段階をなしたとする説に強い疑問を表明している。構造論的考察を中心とす
るFourquetは,母音のあとでの摩擦音化を母音を条件とする弱音化と考え,
「phifa, khoxxonでは弱音化がすでに帯気音の段階で作用した・母音のあと 13
でf,xが成立するためには破擦音への発展は必要なかった」 としている。
Sondereggerは*p,*t,*kからふたとうりの異音系列を想定し,摩擦音へ向う 14
ル音を*F,*Z,*Xとして表わしている。従来の定説である破擦音の段階が摩 擦音化について否定されるとすれば,次に問題になるのは第一段階としての帯
気音化である。破擦音段階の設定のひとつの大きな利点は少なくとも重複音の 出現について自然な音声的説明(pf>ff)を与えることができるということで ある。破擦音段階を否定すれば,今度は第1段階としての帯気音に重複化の音 声的役割が求められることになる:ph>fLたとえば, Schererは重複音を説
明するためにth, ph, kh>5h, fh, xhの帯気摩擦音を設定し気音hの摩擦音へ 15
の同化5h, fh, xh>35, f£xxを考えた。しかしこのような帯気摩擦音の想定 は音声的にみてきわめて不自然といわなければならない。Fourquetは摩擦音 化に前提としての帯気音が必ずしも必要でないといいながらも,高地子音推移
について帯気閉鎖音の音素系列を設定し,この帯気音から音声的に重複摩擦音 16
導き出している。三段階説と同じように,ここでは帯気音が閉鎖音部と気 音部とに分けられて重複摩擦音の成立が説明されており,この点については Fourquetも基本的にはSchererの説とほとんど変るところがない。 Fourquet
の理論を引き継ぐMoulton, Kufnerらも重複音の成立についてFourquetの 17
考えを踏襲するかほとんどふれないかである。ただ,Rdffヒnste三nはFourquet 18
の重複音の説明を不満として音韻論的な把握を試みているが,必ずしも成功し ていない。重複音の出現については別に稿を改めて論じる予定であるが,いず れにしても,破擦音段階を否定する場合にも第1段階としての帯気音化は認め
られることが多い。Fourquet, Moulton, Kufherにあっては帯気音化は弁別素 性の再構成という重要な役割を与えられ,帯気音化は子音推移の音声的なファ 一スト・ステップと規定される。それは「/b,d,9/に対立するすぺての環境にお
ける/P,t,k/の帯気異音の発展」とされ,これが弁別素性の大変更をひき起こ 19
し,さらには有声閉鎖音b,d,9の無声化をもたらすと考えられるのである。し かし,まずこの第1段階としての帯気音化がすぺての位置にあらわれたとする 想定の妥当性を問題にしなければならない。
5.気音は音声学的には閉鎖の開放の瞬間に声帯がまだ有声の状態になってい 1
ないとき一種の過渡音として生じると考えられるが,それは閉鎖音の閉鎖形成 3
が強く,開放に強い呼気圧を必要とするために起こる。帯気音化は強い閉鎖と それを開放する強い呼気を前提としている。Siebsは規範としての標準発音では
無声閉鎖音p,t, kを語中のすべての位置で力強く気音を伴って発音すること 3
すすめている。この発音法が日常語の発音に即したものではなく,舞台発音 としての規範であることに注意する必要がある。Mangoldは舞台発音と緩和さ
れた標準発音のほかに日常語発音を区別して記述しているが,「そこでは気音 4は強勢母音の直前で強く,それ以外では弱いか存在しない」と述ぺている。
舞台発音と緩和された標準発音で要求される語中および語末の気音は,日常語 発音ではもはや現われない:Pakt〔phakt〕, spat〔∫pε:t〕, Taten〔tha:ton〕.
Schmittは母音のあとでの摩擦音化に帯気音段階を設定することを疑問視して
いるが,それは気音が自然な発音では弱音節には現われないという彼自身の観 5
察に基づいている。現われるとすれば,それは意識的に美化された発音か強調 のためであり,あるいは均質な文字表記からの影響が考えられる。帯気音化の 傾向が語中または語群の中での位置によって規定されていることは今日では一
般に認められているところであり,弱音節においては気音はほとんど起こら 6
ず,s音のあとでは全く欠けている。語末ではおそらく明瞭化の意識が弱い気 音を生むことがあると考えられる。この事情は方言をみても同様であり,子音
推移を受けなかった低地ドイツ語方言でも気音が現われるのはほとんど語頭に 7
限られる:thit, phipo, phl6Z.上ess五akによればモーゼルフランケン方言およ
び北ラインフランケン方言では推移しなかったp,kは語頭において気音が現 8
われるが,語中では認められない。気音の出現に関して,語頭の強音節位置と 語中の弱音節位置とが日常語発音および方言発音で明確に区別されていること が分るのである。強音節の語頭は強く調音され,それに対して弱音節では当然 9
イ音は弱いのであり,Schmittはこれを強位置,弱位置と呼んでいる。強位置 と弱位置の区別は歴史的にも音韻変化のなかにさまざまな形で反映している。
強位置に含まれるのは歴史的にみるならば単に語頭だけではない。現代方言で は南部のわずかの方言を残して消滅した重複子音はその歴史的な発展の特徴か ら強位置として性格付けられなければならない。図表ωからも分るように重複 子音bbはbに比ぺて無声化の分布が広かったことがそれを示している。古フ ランケン方言では単子音がdで表記されることが多いのに対してddはttま
たはdtである。99もcg(gk)と表記されたが,これを「長子音的発音は強 工0い調音と連合していることが多い」とFranckは説明している。重複子音は閉
鎖の持続が長いのであるから,開放にも強い呼気圧を要し必然的に強い調音と 結びつくことになる。異なる子音に続く場合も大かれ少なかれ同様なことがあ てはまり,とりわけ両唇による閉鎖をもつmのあとでは強い調音が要求され る。このような歴史的にも確認される強位置と弱位置の区別は,高地子音推移 の第1段階とされる帯気音化についても当然考慮されなければならない。音声
19 メ本:高地子音推移における摩擦音化の段階
的現象としての帯気音化はこの語中での位置の区別に従って現われたと考える べきであり,とすれば強位置での帯気音は破擦音へ,弱位置での無帯気音は摩 擦音へと発展したと想定することができる。位置の区別がすでに高地子音推移 に先行して早くから音韻変化を条件付けてきた例をあげよう。i49.*bh.*dh,ヤh はゲルマン語子音推移を受けて有声摩擦音*b*d捲 gとなるが,その後の発展は 語中の位置によって異なる。痛*dは語頭,重複音および鼻音の後において,ま た秘は重複音と鼻音の後の位置で閉鎖音に変化し送あるいは逆にいえば母音 間では有声摩擦音は一時期閉鎖音化をまぬかれた。この右声摩擦音からめ異 音の出現は,高地子音推移における破擦音と摩擦音の分岐に対応している。
8cm・*p,*t,*kの帯気音化がこの閉鎖音化に前後して現われた古い現象である と考えるならば,その気音の現われは音声的現象として当然この強位置,弱位置 の制約を受けていたと考えるぺきであろう。*b*d糖はその後方言的な相違を
みせながら閉鎖音を経て部分的には無声音へと変化してゆくが,中部フランケ 12ン方言では弱位置のbはそのまま保持されて,gem. fと融合する。その他の
方言でも上部方言を除いて多くは強位置と弱位置では(とりわけ重複子音と比 ぺて)異なった発展をみせる。帯気音化においても,弱位置が強位置と同じだ けの調音の強化を受けて気音を生み出したとは考え難いのである。もうひとつ の強位置と弱位置の区別を明瞭に示す例は,ほぽ子音推移と時期的に重なると 想定される摩擦音弱化である。これは西ゲルマン語・北ゲルマン語に広範に現
われ・母音間における有声化がその特徴である。Schwarzはgem.怖が母音 13間ですでに6世紀に有声化していたと推定する。germ.*8もすでに6世紀頃か 14ら母音問で有声化が起こっていたと考えられる。ぷ.においても語中のsはろ 15》と同様すでに有声音であった:163ian−168da. ge7臨fは高地方言におい
て母音間では最初からuと表記されることが多く,語頭には10世紀以降頻繁に 16
なる:缶aua1,0uan・An.でもgem.£歴は有声の環境でb. dと融合する: 17 18he6a, ha侮. A軌も£L・Sはことごとく有声化する。これらの現象は弱位置
の特殊性を浮き彫りにするものであり,帯気音化だけがその例外をなしたとは 考え難い。gem1・bとger双翫fの強・弱位置と帯気音化とをパラレルに置けば 次のようになる。
(3) 強位置 弱位置
b哺 一bb− _ト fL −ffL _▼一 炉7−ppb− −P一
Schmittは他言語との比較から気音がまず語頭において起こるという一般的な 19
考察を述ぺている。子音推移を受けることになる高地方言においても,おそら くまず語頭音に気音が生じ,そして次に西ゲルマン語子音重複によって生じた 重複音に強位置として気音が現われたのである。気音という音声的特徴の共有
した語頭ρと重複音pphは重複を非弁別的素性とすることによって/ph/音 系としてまとめられ,これが語中の無帯気の/p/と音韻的対立を構成したと考 えられる。この/P/が/f/と融合したとき,子音推移が成立したことになる が,この摩擦音との融合を促したのは唇音系列における構造的な要因であった と思われる。この摩擦音はahd・において重複音として現われる。 gemL*Pに 由来する/f/の重複音〔ff〕としての出現は従来試みられてきたような音声的 な説明とは切り離された,新しい音節構造の概念を導入することによってはじ めて説明可能になると思われるのであるが,これは稿を改めて論じなければな らない。そのための前提をなすのが本稿であり,その目的は一応達したと思う。
註
1.1 破擦音の分布はその音価と語中での位置とによって方言的なずれが大きい。これは
改めて4で詳しく扱うことになろう。
2 W.Braune, Zur Kenntnis des Frankischen und zur Hochdeutschen Lautver一 schiebung・PBB 1(1874)S・1ff.;W・Wilmanns, Deutsche Grammatik I(1911)
S.54ff.;Pr. Lessiak, Beitrage zur Geschichte des deutschen Konsonantismus
(1933),&152ff.;H。 Hirt, Handbuch des Urgermanischen I(1931), S.97;
C.Karstien, Historische deutsche Grammatik I(1939), S。135;L, S菰tterlin,
Hochdeutsche Grammatik(1924), S.219;V. M. Schlrmunski, Deutsche Mund一 artkunde(1962), S.350f。;ESchwarz, Die Althochdeutsche Lautverschiebung im Altbairischen, PBB 50(1927), S.242ff.;H. Moser, Zur den beiden Lautver一 schiebungen und ihrer methodischen Behand!ung, DU 6(1964) $60,65;G.
Schweikle, Akzent und 1〜rtikulation, PBB 86(1964)S.249ff.;Fr. Tschirch,
Geschichte der deutschen Sprache I(1971)2, S. 83ff.;H, Penz1, Geschichtliche deutsche Lautlehre(1966)S.65ff.;ders., Vom Urgermanischen zum Neuhoch一 deutscben (1975) S.81ff.
3 W.Wilmanns, a. a.0., S.55