英語科におけるコミュニケーション能力育成の課題 改訂学習指導要領の意図するもの
長 澤 邦 紘*
(1992年10月7日受理)
Communicative Competence Revisited:
Implications of the Revised Course of Study for ELT in Japan
Kunihiro NAGAsAwA*
(Received October 7,1992)
Abstract
This article attempts to identify and discuss innovatlons in the newly−revised Course
of Study in terms of syllabus deslgn, the concept of communicative competence,
learners attiude to communication and evaluation of communicative competence. It is
demonstrated that central ideas suggested there are derived from recent researches oncommunlcative competence and EFL methodology and in its related disciplines such as
syllabus design, humanistic psychology and neurolinguistics. But these new ideas seem to be clted from these researches in a rather unsystematic way. This paper tries to integrate them into a more systematic framework for teaching communicativecompetence.
・ は じ め に
平成元年におこなわれた学習指導要領(外国語)改訂の眼目はコミュニケーション能力の見直し とコミュニケーションに対する態度養成の強調とみなすことができる。従来の英語教育では、コ ミュニケーション能力とはとりも直さず言語能力、そして言語能力すなわち文法能力という考えが 支配的だった。これに対して、改訂された学習指導要領(以後「改訂学習指導要領」という)では、
近年発展してきたコミュニケーション能力の研究をふまえた上で、より広いコミュニケーション能
*茨城大学教育学部英語教育講座(〒310茨城県水戸市文京2丁目1−1;English Language Teaching, Faculty
of Education, Ibaraki University, Mito, Ibaraki 310 Japan).
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力の概念を打ち出し、それを習得の目標にかかげている。また、コミュニケーションに対する態度 養成の問題は、日本人学習者が外国語を習得する上で障害となる心理的要因あるいは社会的・文化 的要因を重視し、その解決を目指そうとしている。しかし、これら学習指導要領の改正点の具体的 意味は必ずしも学習指導要領の本文に明示されているわけではなく、その執筆者によって書かれた 解説書と合わせ読むことによって初めて明らかになることが多い。本稿ではその解説にあたる文書 として和田 稔・羽鳥博愛(編)r改訂中学校学習指導要領の展開 外国語(英語)科編』(明治図 書,1989)、和田 稔・小池生夫(編)r改訂高等学校学習指導要領の展開 外国語(英語)科編』
(明治図書,1990)および「平成4年度地区別中学校教育課程講習会資料(外国語)」(文部省)を とりあげる。これらの文書のうち「平成4年度地区別中学校教育課程講習会資料」がもっとも具体 的に改訂学習指導要領の理念を表現していることがわかる。それは、一言でいうなら、コミュニ ケーション中心の言語教育(Communicative Language Teaching)の理論と実践から生まれた種々の 考え、人間中心の心理学や神経言語学にもとつく人間中心の言語教育(Humanistic Language Learning)の理念である。本稿の目的は、これらの理念とそれが示唆する言語教授法が、欧米で発展
してきたこれらの言語教育の理念や方法論の革新とどのように関わっているかを明らかにし、その 上で、それらの考えがシラバスや教科書の編成、教室での指導法、そして評価の方法にどのような 意味をもつか検討することにある。
1 シラバス編成上の問題
昭和52年度版学習指導要領(以下「旧学習指導要領」)は文法・構造中心のシラバスであり、それ にもとついて作られる教科書もまた文法・構造中心であったということができる。つまり、教科書 の各単元の学習目標はある特定の文型や語彙を習得することにあるのである。その上、これら文法 項目の配列については学年指定があり、シラ・ミス編成でいう grading が部分的にではあるが初め から決められていたのである。これに対して、改訂学習指導要領は従来になかった新しい方向を示
し、教科書の編成にも大きな変革を期待しているのがわかる。以下、今回の改訂の理念がシラバス 編成上でもつ意味と教科書編成の問題に投げかける意味について検討してみる。
1.1シラバス編成の問題
改訂学習指導要領の最大の特色の一つは言語材料(文型などの文法項目)の記述が本文から別表 にまわされ、学年指定がはずれた点である。これに関して「3内容の取扱い」は次のようにふれて
いる。
(1)言語活動を活発にするために、別表1に示す言語材料以外に、話し手や聞き手の考え、感情などを表 現するのに必要な言語材料のうち基本的なものを取り上げても差し支えない。
これに言及して和田・羽鳥(1987:46)(以下r展開(中)』)は次のように解説している。
これは表面上は言語材料についての記述であるが、実際には題材として取り上げることに密接に関係し ている。
「話し手や聞き手の考え、感情などを表現する」というのは、文法中心の教材編成に代わるものとして、
大いに英語教育界に話題を投げかけている、発想別の教材編成の考え方である.発想別というのは、たとえ ば、喜び、うれしさ、怒り、悲しみ、苦しみ、驚き、失望、満足、恥ずかしさ、残念、希望・願望、提案、
依頼・要求などをあらわす種々の表現のことである。こういうことに関する言語表現を扱おうとすると、
その状況を作る題材を考えなくてはならないことになる。
ここでいう「発想別の教材編成」とはふつう「ノーショナル・シラバス」とよばれているもので ある。「ノーショナル・シラパス」はもともとはWilkins(1973;1976)によって提唱された考え で、その後van Ek and Alexander(1975)によって世に広められた。それは従来の文構造や場面 を中心にしたシラバスではなく、「ノーション」(notions)つまりことばの意味を中心にしてシラバ ス編成をすべきだという考えである。ウィルキンズの業績はその意味の範疇化を行った点にある.
それによれば、従来の文法的な意味(例:比較、過去、受動態、主語・述語など)に加えて「言語 機能に関する意味」(categories of communicative function)という範疇をもうけた・ウィルキン ズによれば「言語機能」(language functions) とはことばを使うときの社会的な目的のことで、
「挨拶する」「人を誘う」「依頼する」「許可を求める」「陳謝する」「苦情を言う」「言い訳をする」
などの、我々が日常行っている言語行為を指す。上記引用文中の「発想」の各項目のうち、喜び、
うれしさ、怒り、悲しみ、苦しみ、驚き、失望、満足、恥ずかしさ、残念希望・願望はウィルキ ンズの「言語機能」の分類のうち「個人的感情」(personal emotions) に、提案、依頼・要求は
「勧告」(suasion)に入れられるものである。ここで感情に関する項目が多いのは「話し手や聞き 手...の感情などを表現する」という規定のためであろう。「話し手や聞き手の考え_などを表 現する」ものとしては、提案や依頼のほかに「賛成する」「言い訳をする」「予定を述べる」「判断す る」などの数多くの言語行為がありうるわけであるが、改訂学習指導要領はこれらのうち中学校あ るいは高等学校で扱いうるものは扱ってよいという考えを示したのである.
改訂学習指導要領の本文でこの「発想」の問題にはっきりと言及しているのは各学年の「言語活 動」の項で、次のような記述になっている。(中学校学習指導要領の場合)
ア 聞くこと
曾)質問、指示、依頼、提案などを聞いて適切に応ずること。
イ 話すこと
ω あいさつ、質問、指示、依頼などに適切に応答すること。
ウ 読むこと
(イ)質問、依頼などの文を読んで適切に応ずること。
数ある「発想」の中から質問、指示、依頼、提案、あいさつだけが選ぼれているのは、これらが教
室英語、特に外国人講師とのティーム・ティーチングにおいて多く用いられる教室英語との関係で
不可欠のものと考えられているからである。r展開(中)』(pp.62−63)はこれを次のように説明し
ている。
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「教室英語」は、これまでも、英語の運用力を重視する指導において広く用いられてきたものであるが、
近年、全国の中学校にもネイティブ・スピーカーが多数導入されるに至って、ますますその必要性、実効力 が高まっている。授業を進めるために、ネイティブ・スピーカーが生徒に対して行う英語での質問や指示、
或いは依頼や提案などを的確に聞き取って、適切に応じることができなければ、英語の授業は進まない場 合も考えられるのである。
質問する、依頼する、提案するなどに代表される言語機能の教育方法は、 Functional Approach とか Communicative Approach と呼ばれ、外国語教育の方法論の発展に大きく貢献したのである が、その方法論の中核的な概念ともいえる言語機能がわが国の学習指導要領に取り入れられたとい
うのはやはり歴史的に意義のあることであろう。旧学習指導要領においても、その目標のかかげ方 や言語活動の記述の中にコミュニカティヴ・アプローチの考え方は散見されたが、前述したように、
教授細目(言語材料)の配列そのものが文法・構造主義のものだったので、その理念は徹底されな かったうらみがある。今回の改訂では、Functional ApProachが一挙に顕在化したということにな
る。
「発想別」シラバスについて高等学校の改訂学習指導要領が触れているのは「内容の取扱い」に おいてである。(項目番号は原文のまま)
オーラル・コミュニケーションA
(2)感想、感情などを表わす効果的な表現を指導するよう配慮するものとする。
オーラル・コミュニケーションC
(1)提案、主張、論証などを表わす効果的な表現を指導するよう配慮するものとする。
この規定を受けて和田・小池(1990)(以下『展開(高)』)は「感想、感情」としては具体的に次
のものをあげている。(かっこ内は原文にある例文)〃々θ3αη44∫∫Zf々θ3(11ike/enjoy/love。一 D),蜘・・…η4・ηη・脚・・(Oh, th・t i・g・・d new・.),・eg・et(It ・unf・・tuanat・th・t. .), w。rry
(What s wrong with you?), surprise, preferences, wishes, hope, wanting things, praise and
criticism・blame, complaints, apologies, thanks (PP.146−148).これらの概念はほとんどvan Ekand Alexanader(1975) からの引き写しということができる。また「提案、主張、論証」につい て『展開(高)』はIwould like to suggest. (提案),What do you think. ?(質問),
You re right・/1 m sorry you re wrong.(賛成及び反対),1 m quite sure. (主張), This is the best way・because・ (論証)などの例をあげている。これらの言語機能はWilkins(1976)で は argument という項目でまとめられている言語機能とほぼ一致している。
以上見たように、改訂学習指導要領がシラバス編成上の問題として含む新しい提案は、従来の文 法・構造中心のシラバスからノーショナル・シラバスへの方向転換を示唆していることである。
「別表1に示す言語材料以外に」とあるように、別表1に示された文型その他の文法項目は当然盛 り込まれなければならないが、そのほかにさまざまな概念や言語機能を教える道を開いたのである。
近年、欧米においてコミュニケーション中心の言語教授法が発展してきた背後にはノーショナル・
シラバスの開発が表裏一体の関係で存在してきた。わが国においてもコミュニケーションを重視し
た外国語教育を行おうとする場合は、シラパス編成の問題は避けて通ることのできない問題であり、
今回の改訂学習指導要領はコミュニケーション能力の見直しと相俣った形でこの問題に手をつけた
のである。1.2 教科書編成の問題
改訂学習指導要領が示唆しているノーショナル・シラバスにもとついて教科書が編纂された場合、
その単元構成は全く変わるはずであり、ふつうそれは教師の側の教授法の変更をも要求してくる問 題である。平成4年現在、改訂学習指導要領にもとついた文部省検定教科書はまだ見本本の段階で
あるが、言語機能を単元構成の軸にしている、つまりノーショナル・シラバスにもとついている教 科書は見あたらない。程度の差こそあるが、いずれの教科書も言語機能は散発的に扱っているだけ である。これまでの文法・構造中心の教科書から一気に言語機能中心の教科書に方向転換するには 障害がありすぎると考えられたのであろうか。改訂学習指導要領が打ち出している新しい方向は、
シラバス編成の上から言えばノーショナル・シラバスであり、方法論的見地から言えぼコミュニ ケーション能力の開発であるが、前者に関しては言語機能を分散的に扱うことで、後者に関しては 教科書本文あるいは練習問題に工夫をこらすことで切り抜けようとしている様子が見られる。つま り、ノーショナル・シラバスによる教材編成ができないのであれば、せめて教科書の内容を「コ ミュニカティヴな」ものにして、学習指導要領改訂の趣旨に応えようとしているかのように見える
のである。教材編成に関して『展開(中)』は「[提案、依頼など発想別の]言語表現を扱おうとすると、そ の状況を作る題材を考えなくてはならないことになる」と解説している。つまり、提案するとか依 頼するための言語表現を練習するには、そのような言語行動をとらざるをえない状況をつくった上 で行わなければならないと考えている。従来の文法・構造中心の教科書では、言語形式の獲得に教 授者側の関心が高かったので、その言語形式の練習はそれが用いられる文脈から切り離した形で行 われることが少なくなかった。ノーショナル・シラバスにもとついた教科書では意味の伝達が最優 先されるので、教師はその意味のやりとりが最も自然に行われる状況の設定に腐心することになる。
「状況を作る題材」は教科書が提供しなければならないものでもあると同時に、教師自身が作り出 さなけれぼならないものでもある。次に「提案する」という言語機能を学習するための状況づくり
の例をあげよう。教師は次頁のようなワーク・シートを生徒一人一人にくばり、生徒をペアにする。生徒A、Bは それぞれの指示に従って対話をする。
この場合の状況づくりは「生徒同士が道で出会った」ということである。そこで日常よくあるよ うに、お互いどこかへ行こうと誘い合うのである。この際、ある程度談話が持続するように、Aの 提案をBが1回は断わることになっている。談話の持続ということ以外に、提案を断わる練習をさ せるというねらいもある。いずれにしても、生徒は決められた状況の中で何らかの言語行為をおこ なわなけれぼならない。そして、その発話のすべてが「あいさつをする」とか「人を誘う」とか
「相手の感謝の気持ちを受け入れる」とかの言語機能に関するものである。「どこかに行こうと提案
しなさい」という指示の中には、英作文的な意味での手がかりは何もない。つまり、「エディーは
ジョンより背が高い」という日本文を英文訳するときは、「ジョン」「背が高い」などの語彙的な手
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茨城大学教育学部紀要(教育科学)42号(1993)▲日曜日に道で友達に会いました。これからしたいと思うことをお互いに提案しましょう。
〈生徒Aへの指示〉 〈生徒Bへの指示〉
A:Bにあいさつしなさい。 B:
A: B:Aにあいさつしなさい。
A:どこかに行こうと提案しなさい。 B:
A: B:Aの提案をことわり、別の提案をしなさい.
A:Bの提案を断わり別の提案をしなさい、 B:
A: B:Aの提案を受け入れなさい。
A:感謝の気持ちを述べなさい。 B:
A: B:Aのことばに応えなさい。
がかり、
「エディーは...よりも...」というような構文的な手がかりがあるが、「提案をしなさい」という指示の中には、期待されている最終的な表現の形がほどんど読み取れないのである。この言 語機能の表現上の特徴をWilkins(1976:42)は「威嚇する」という言語機能に例をとって次のよ
うに説明している。r人を威嚇するときは、たとえば lf you don t get out,1 ll call the police. と
言うのがふつうであって、 1 mthreatening to call the police. とは言わないものである。」(翻訳筆者)
言うまでもないが、ここには上記のような言語活動が行われる前に、提案の仕方やそれの断わり 方、受け入れ方の表現の学習はすでにすんでいるという前提がある。つまり、コミュニケーショソ 中心の指導法においても、いかなる方法であれ新教材の導入がまずおこなわれ、そのあとにコミュ ニケーション活動がくるのがふつうである。ドリルをどの程度おこなってからコミュニケーション 活動にのぞむかは教師の判断である。十分にドリルをおこなってから、その仕上げ的な意味でコ
ミュニケーション活動をおこなう教師もいるし、導入のあとすぐにコミュニケーション活動に入り、
活動をモニターしてみて、言語材料が定着していなかった場合はドリルに戻るという手順を踏む教 師もいる。それは生徒の実態、言語材料の難易などの要素を勘案して教師が決めることになるだろ
う。
「状況を作る題材」の「状況」がどれぐらい実際のコミュニケーション場面に近いかの程度はさ まざま考えられる。上の場合はコミュニケーション場面といってもまだまだ教師統制 (teacher control)が強く残っている。それぞれの生徒が言うべきことの内容、発話の順序などはすでに決め
られている。生徒が決定しなければならないのは、提案の内容とそのための言語表現である。生徒 がおこなうべき言語的行動の内容と形式をどの程度統制するかという問題も教師にまかされている。
教師統制が大きければ大きいほどその活動はドリルの要素をもち、小さければ小さいほど現実のコ
ミュニケーション行為に近づいてくるのである。
2 コミュニケーション能力育成の問題
改訂学習指導要領が従来の文法・構造中心のシラバスに代わってノーショナル・シラパスの採用 を示唆している事情については前節で述べた。本節ではノーショナル・シラバスの開発ととも発展 してきたコミュニケーション能力の研究と改訂学習指導要領が示すコミュニケーション能力の考え の関係について述べることにする。
2.1新しいコミュニケーション能力の考え方
「ノーショナル・シラバス」を提案したとき、ウィルキンズは同時に言語能力そのものについて も新しい考え方を示した。つまり、ウィルキンズが強調した「言語機能」という考えは社会的文脈 の中でのことばの使用に関する概念であった。たとえば、依頼をする場合にはその社会が依頼の表 現として認めている言語形式を用いなければならないし、それが目上の者に対する依頼の場合はそ の人間関係にふさわしい改まった表現をしなければならない。この言語を適切に用いるという能力 は、コミュニケーション能力の先駆的な研究であるHymes(1971)でも重要な要素として考えられ ている。それ以後もコミュニケーション能力の研究はWiddowson(1978),Canale and Swain
(1980),Savignon(1983),Canale(1983)と発展してきた。ここではこの能力の範疇化をもっと も体系的におこなっていると思われるCanale(1983)の考えにそって検討してゆくことにする。
Canale(1983)はコミュニケーション能力(communicative competence)を文法的能力
(grammatical competence)、社会言語的能力(sociolinguistic competence)、談話的能力(dis一 course competence)、方略的能力(strategic competence)の4つの要素から成ると考える。従来の 英語教育は文法的能力、つまり正しい発音、語彙、文の理解と生成の能力にのみかかわり過ぎてき たというのが改訂学習指導要領の認識である。言語教育がこの能力の開発に関わるのは当然のこと として、改訂学習指導要領はここでいうカナルの他の3つの能力について強い関心をもち、その教 育に向けて多くの示唆をおこなっている。「平成4年度地区別中学校教育課程講習会資料(外国 語)」(以下「資料」という)はコミュニケーション能力の3つの「基本的性格」を次のように規定
している。
① コミュニケーションには、伝達手段の観点からは、文字から成立ち、言語使用の観点からは理解と表 現から成り立つ。いずれの場合も、コミュニケーションは、言語の四つの領域と密接にかかわっている。
② 発音・語句・文法などの要素を駆使して意志伝達・交流という目的を果たすことができる能力がコミ ユニケーション能力である。
③ コミュニケーション能力はどのような場面で、どのようなことを、どのような言語形式で言うか、とい う「場面 表現内容一表現形式」のつながりを判断し、それを実際に活用する能力である。(p.10)
①は言語の4つの技能(skills)に関する説明であり、②がカナルの文法的能力、③が社会言語的能力
とそれぞれ一致している。カナルのいう談話的能力と方略的能力に関する規定はここには見られな
いが、「資料」の随所にこれら2つの能力に関する説明は繰り返し見られるので、改訂学習指導要領
のねらいの重要なものであることに変わりはない。では次に、社会言語的能力、談話的能力、方略
120 茨城大学教育学部紀要(教育科学)42号(1993)
的能力の育成について改訂学習指導要領がどのような考えをとっているか、順に見てみよう。
2.2 社会言語的能力
社会言語的能力とは、与えられたコミュニケーション場面にふさわしい言語を産出したり、また そのような場面の言語を理解したりする能力のことである。コミュニケーション場面を規定する要
素としては、対話者同士の社会的関係、発話の目的・意図、その社会の文化・習慣などからくる談 ま
b上の約束ごと(例えば、問の意味)などが考えられる。改訂学習指導要領その他の関係文書にお いて「社会言語的能力」ということばが使われているわけではなく、またその言及の仕方も系統 だっているわけではないが、内容的にはまぎれもなくこの言語能力を扱っていることが明らかな部 分がある。本文の「目標」の中の「言語や文化に対する関心」がまずそれにあたるものと考えられ る。「資料」ではこれを「日本語と英語の音韻の相違点や類似点、文法上の相違点や類似点、表現や 発想法の相違点や類似点などへの関心」(p.7)と簡潔にパラフレーズし、それらの相違点がそれぞ れの言語が用いられる社会や文化の違いに深く根差しているとしている。これは言語とそれが用い られる社会の規範あるいはその文化との関係を言ったものであり、その関係の中で言語を使う能力 がふつう社会言語的能力とよばれるものである。「資料」はコミュニケーション能力の内容にふれ たところでこれを次のように説明している
コミュニケーション能力は、必要な時に、適切な表現を使って、自分の考えなどを相手に伝えることが できるかどうか、また、相手の伝達したい意向などを的確に理解できるかどうかである。特に、発話や文が
その場面にふさわしいかどうか、外国の人々の生活文化の上から適切なものであるかどうかの判断がコ
ミュニケーションには大切である。(p.3)
上記「基本的性格」の③と合わせ読むと、社会言語的能力とはつまるところ、言語形式と意味と の両面においてことばを適切に用いる能力ということになる。改訂学習指導要領ではこの言語的能 力に加えてジェスチャーなどの非言語的伝達手段もコミュニケーション能力の一部と考えている。
「基本的性格」の③でいうrr場面 表現内容一表現形式』のつながり」とは、とりも直さず 言語形式と意味における適切さのことを言っている。たとえば「目上の者に依頼をする」という状 況があったとする。ここではまず、用いられている表現が依頼をするという目的(言語機能)を果 たしうるものかどうかが問題になる。その表現はあることの描写や叙述や質問ではなく、まぎれも なく依頼のことばになっているかどうかということである。これが表現内容の問題である。次に、
この依頼のための表現は、依頼をしている相手が目上の者であるという状況(場面)を考えた場合 に言語形式上適切であるかどうかが問題になる。これはふつう表現の丁寧さの度合いという尺度で
計られる。Harmer(1983)はことばの適切さを規定する要因として、場面、話し相手、発話目的、表現形 式、話題の5つをあげている。(ここで表現形式とは話しことばと書きことぼ、電報と講演原稿のこ
とばなど、表現のスタイルを意味する。)ことぼの適切さに欠ける例として「資料」はrHow old
are you?Where are you going?Do you have a wife?How much money do you have?などプ
ライベートな質問は好ましくない」(p.3)と言っている。これはハーマーの分類でいうと「話題の
不適切さ」に相当する。 Good morning. が「さようなら」を意味しうるとか、英語の head 必 ずしも日本語の「頭」ではないという解説(p.42)は日本語と英語の意味のずれに言及したもので あり、「日英語の発想の違い」に帰せられる問題である。釣銭を加算式で計算するという例
(p.42)も「発想の違い」の範疇に入れて考えることができる。日本人のいわゆる Japanese smile が外国人に理解されにくいという問題(p.8)や英語の談話における eye contact の重要さ についての言及(p.42)は、日英語における非言語的な行動様式がもつ社会的意味合いの違いにつ いて述べたものである。
最後に、「資料」の説明するところによれば、これらの「言語や文化」に関するの知識は単なる知 識の領域にとどめず、適切な言語行動をとるために生かされるべきものと考えられている。
これらの「知識・理解」は単なる記憶としてだけ蓄積されることなく、それらを積極的に活用し、コミ ユニケーションに生きて働くものとして、身に付けることが大切である。(p.41)
つまりは、社会言語的能力に関わる「言語や文化」に関する知識もコミュニケーション能力の一要 素と考えられ、その習得の状況は評価の対象になるのである。
2.3談話的能力
談話的能力とは、ふつう数個の文あるいは発話からなる談話(discourse)の意味を理解したり、そ れを成立させたりする能力のことである。それは必ずしも話しことばについてのみ用いられる概念 ではなく、書きことばについても用いられる。この能力は談話のさまざまな側面において発揮され る。以下にその主なものを挙げてみる。
(1)言語形式と意味の両面において、相手の意向に添った適切な応答をする。
(2)談話を持続させる。
(3)一連の談話の意味を要約したり要点を把握する。
(4)談話の中の未知の語の意味を類推したり、これから話されることの内容を類推する。
(5)首尾一貫性(coherence)のある談話を理解・産出する。
(6)談話の論理的関係を示す言語的指標(cohesion)を理解・産出する。
上記(1)の能力についてはWiddowson(1978)の説明がわかりやすい。次の例でみてみよう。
1)A:Where s my duster?
B:It s raining.
2)Al Where s my duster?
B: Your duster is under your chair.
3)A:Where s my duster?
B: (lt s)under your chair.
「DにおけるBの応答はAの問いの意向に全く添っていない。これは意味の上からいって不適切
な応答ということになる。2)のBの応答は your duster を繰り返している点が英語における談話
偽規則を破っている。これは1語形式上不適切な応答といえる。3)におけるBの応答のみが言語形
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式と意味の両面で適切である。
(2)の談話を持続させる能力はこれまでの英語教育においてもっとも閑却視されてきたものの一 つである。従来の「対話の練習」は単発的な問いと答えで終わってしまうものが多かった。談話の 持続という場合は、問いと応答が終わっても更にその上に問いを重ねたり、情報を加えたり、感想 を述べたりして対話をふくらましてゆくことを意味する。
(3)の談話の要点をとらえる能力は心理学でいう場依存(field−dependence)や場独立(field−in−一
dependence)の認知様式と関係がある。談話の細部の意味の理解にすぐれている者が必ずしも談話 の概略的意味あるいは中心的意味の理解にすぐれているわけではないことはよく知られている。従 来の英語教育では前者の理解力のみが強調され過ぎたきらいがあった。しかし、実際のコミュニ ケーション場面においては中心的意味をとらえたり、全体的な意味をとらえたりすることが必要不 可欠なので、ここからこの種の談話的能力が重視されるようになったのである。
(4)は2種類の類推力を問題にしている。一つは未知の語句の意味を文脈から類推する能力で、も う一つは、これも文脈から推して、まだ言われていないことの内容を類推する能力である。このよ うな能力は目標言語(現に学習している言語)の能力に由来するのか、あるいは学習者の母国語の 能力に由来するのかははっきりはわかっていない。後者はときに「世の中のことに関する常識」
(knowledge of the world)とよばれているものである。
改訂学習指導要領において談話的能力が問題にされている部分は第1学年の「言語活動」につい て書かれた次の部分である。
ア 聞くこと
曾)質問、指示、依頼、提案などを聞いて適切に応ずること
㈲ 数個の文の内容を聞き取ること。
イ 話すこと
ω あいさつ、質問、指示、依頼などに適切に応答すること。
ウ 読むこと
ω 質問、依頼などの文を読んで適切に応ずること。
㈲ 数個の文の内容が表現されるように音読すること。
依頼などに対して適切に応ずる能力は上記(1)の「相手の意向に添った適切な応答」の能力である。
また、「数個の文」を聞き取ったり、音読するという活動は従来はなかった言語活動で、ここでは新 たに談話についての能力が重要視され始めていることがわかる。「資料」はこのことを別の表現で 次のように述べている。
コミュニケーションの単位は文ではなく、ひとまとまりの発話であり対話である。文というのは言語形 式からみた単位で、実際に生きて使われているのは発話(utterance)である。発話を核にした英語学習が
コミュニケーション能力育成の基本となる。(p.15)
「数個の文の内容を聞き取る」指導の例としてr展開(中)』(pp.69−70)は次の例を挙げている。
① まとまりのある内容を伝える数個の文の中で、語句と語句、文と文との関係に十分注意しながら聞き
取らせる。とくにhe, she, theyなどの人称代名詞、 this, thatやitなどの指示代名詞の文中における指 示関係に注意させる。
② 登場人物や話題、場面等について予想したり、想像力を豊かにして興味をもって聞き取らせる。話の筋 を先取りする程の積極的な姿勢を持たせる。
①は上記(6)でいう談話のcohesionをさぐる活動、②は(4)の類推力を働かせる活動例だということ
がわかる。「資料」の説明を見ると、「コミュニケーション能力を育成するための言語活動を行う場合に留意 すべき点」として次の2点を含めている。
(1)相手の意向などを、場面や文脈から適切に理解できるようにすること。
適釦な場面や文脈の中で英語を聞かせたり、読ませたりすることにより、それまで知らなかった語句な どが類推により理解できるような力を養うことが大切である。
(4)対話を続ける方法や、討論の仕方を身に付けること。
対話を続けたり、討論したりする場合、それにふさわしい技術が必要である。聞いたり、話したりする時 には、話し言葉の特徴を理解して、それらを積極的に使うことである。[省略]
また、対話の練習などにおいては、例えば、
A:Did you study English after supper yesterday?
B:No, I didn t. I watched a baseball game on TV.などのように発展性のある対話ができるように することが大切である。(pp。2−3)
(1)は類推による談話の理解、(4)は談話の持続力の養成に焦点を当てていることがわかる。
2.4方略的能力
Canale(1983:11)は方略的能力を2つの要素からなるものと見ている。一つは、言語使用者が 自分の言語能力に余ることを表現しようとする場合に用いる方略、もう一つは、自分の表現をより 効果的に遂行しようとする意図で用いる方略のことである。後者の例としては、修辞的な目的であ る語句を強めたりするような場合がある。しかし、ここではふつうもっとも一般的に
communication strategy という呼び名で知られる前者の意味での方略について考えることにす
る。
コミュニケーション方略として一般に認められているものには次のようなものがある。
(1)忌避(avoidance)
一 ュ音や意味に自信のない単語の使用を避けたり、自信のない話題を避けたりする。また、言 おうとしたことを途中で完全にあきらめてしまう。
(2)パラフレーズ(paraphrase or circumlocution)
当該の語句を知らない場合、説明的に言い換える。
(3)単純化(adjusting the message)
伝えるべき内容を一部変更したり単純化してしまう。
(4)代用(approximation)
124 茨城大学教育学部紀要(教育科学)42号(1993)
当該の語句に代わることばで代用する。 pine apple と言えないので fruit と言うような場
A口o
(5)新語の創造(creating new words)
母国語の単語をそのまま翻訳して使ったり、目標言語の単語を組み合わせた新造語を使う。
(6)母国語の使用(switching to the mother tongue)
母国語の語句、文などを使う。
(7)非言語的手段(non4inguistic resources)
指さし、身振りなどを使う。
(8)助けを求める(seeking help)
話し相手あるいは第三者にきいたり、辞書を引いたりする。
コミュニケーション方略は、しかるべき表現につまったときの、いわばその場しのぎの表現なの で、これを言語教育の正統的な教授項目として位置づけることは考えにくい。そのために学習指導 要領そのものにこれに関した言及はないが、学習指導要領の解説としてのr展開(中)』や「資料」
では、これを積極的に使うよう奨励している。r展開(中)』は「話すことが最も苦手であるという 生徒」のために、また、語彙が不足な生徒のために「言葉以外のものでも活用する、nonverbal communicationの手段も必要な時には意志伝達の方法として積極的に活用するように指導する」
(p.11)ことを勧めている。これは当該のものの名前がわからなかったときなど、指さしをしなが ら this と言ったりすることなどを意味している。また「資料」ははっきりと「ストラテジー
(strategy)」ということぼを使い、その活用を勧めている。
コミュニケーションをスムーズに進めるためには、多様なストラテジー(strategy)を用いることが必要 である。そのストラテジーのうち主要なのをあげると次の通りである。
ア 相手からの質問などに、YesかNoかなど最小限の応答にとどまることなく、何か一言付け加える習慣
を身に付ける。
Do you like skating? 一 Yes, but I like skiing better.
イ 単語や表現が思い付かないとき、他の易しい語句などで言い換える、 paraphrasing の力をつける。
ウ ジェスチャーなどの非言語情報を活用する。どうしても英語が思いつかないような場合にも、ジェス チャーや略図を書いたりして、何とか相手に分かってもらう努力をする。(p.17)
上記「ア」の「一言付け加える習慣」は、カナルの談話を持続させる能力に関わる問題だと思われ る。ここでは communication strategy というよりは conversation technique の一つとして挙 げられていると解釈した方がよいかもしれない。「イ」はパラフレーズ、「ウ」は非言語的手段であ る。このほかにも「コミュニケーション能力においては、メヅセージがうまく伝達できるかどうか が重要で、文法的正確さは第2次的である」(p.17)などの言評にみられるように、いわば「手段 を選ぼず、どうにかして意味を伝える」という姿勢が強い。
日本の中学校レベル、高等学校レベルで今後積極的に教えていかなければならないコミュニケー
ション方略の一つに「母国語の使用」がある。これは英語で表現すべきところをすべて日本語で
一言ってしまうということではなく、部分的な母国語の使用を許すということである。教室で英語を
使ってのコミュニケーション活動をしているとき、たった一つの単語がわからないためにコミュニ
ケーション活動が中断してしまうことはままあることである。たとえば What s the topic of this story? と聞かれて、その答えが「六月の花嫁」だということはわかるのだが、それが英語で言えな
い場合、 lt s ro舷gα古ε観o一肱ηαッo魏θ. と答える方略を教えるのである。また、このような場合Can I say it in Japanese? と一旦断わって、質問者の承諾を得てから It s. と答える習慣を
生徒につけさせるのもよいだろう。
コミュニケーション方略の習得は、その性質上、外国語学習の目標そのものになってはならない ものであろうが、習得の過程において奨励されるべきものではある。それは外国語によるコミュニ ケーション活動に対する学習者の過度の緊張や禁忌の気持ちを和らげ、コミュニケーションに対す るより積極的な態度を学習老の中に醸成する働きをする。コミュニケーション方略の使用はそれ自 体が一つの言語的スキルであるが、同時に学習者の言語使用の心理に大きく関係し、学習効果に影 響を及ぼすものと考えられる。
3 コミュニケーションへの興味・意欲・態度の育成
改訂学習指導要領のもつ新しい考えの一つに「コミュニケーションを図ろうとする態度を育て る」(「目標」)がある。これはより具体的には、各学年の目標の中の「英語を聞くことに親しみ、英 語を聞いて理解することに対する興味を育てる」(第1学年)、「英語を聞くことに慣れ、英語を聞い て理解しようとする意欲を育てる」(第2学年)、「英語を聞くことに習熟し、英語を聞いて理解しよ
うとする積極的な態度を育てる」(第3学年)という言い方の中に表れている。興味、意欲、態度な どの育成が教育の目標に掲げられたということは、それが評価の対象になるということをも意味し、
学習指導要領の改訂としてはかなり大きな発想の転換である。この事情を『展開(中)』は次のよう
に説明している。新たに「(積極的な)態度」を目標に明示したのは、外国語でコミュニケーションする能力を育てるに は、とくに「態度」の在り方が重要と考えるからである。日本の外国語(英語)学習者は、外国語(英語)
についての知識は十分もっているが、その知識を用いて意思を伝達しようとするとうまく運ぽないことが 多い、と指摘されている。その原因は、習得した知識自体が十分ではないこと、知識を実際的能力に変える 指導がまずいこと、など数多く考えることができるが、その内でも積極的に表現しようとすることを防げ る心理的・社会的要因も大きいのではないかと考えられる。このように考えると、「能力」に加えて「態 度」を目標に新たに加えたことの意義が理解できるであろう。(pp.30−31)
「資料」はこの態度の教育についていくつかの例を示しながら解説している。まず第一に、「態 度」という概念を「個人の行動を決定する主体的条件の一つで、興味・関心・意欲も包含した情意 的能力である」(p.16)と規定している。言語学習において学習者の態度・関心が果たす役割につ いては学習心理学などの教えるところであるが、ほかにも今回の改訂では神経言語学(neurolin一 guistics)、人間中心の心理学(humanistic psychology)、人間中心の教育学(Humanistic Education)、誤答分析(error analysis)などの研究成果も取入れている様子がうかがえる。「資料」
の「コミュニケーションへの積極性の育成」(p.5)はこのような背景を念頭においた場合その意味
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がよく理解できる。そこに述べられていることを要約すると、(1)生徒の身近な話題を題材にした り、ゲームなどを取り入れて生徒が自然に英語を使用して活動できるような生徒主体の授業を考え ること、(2)教師自身が英語を使って授業を展開したり、言語活動に教師自ら参加したりすること、
(3)生徒が自発的に英語を使って発言するような指導をすること(pp.3−4)など、授業方法に関す る注意が多く述べられているほか、「発話を促す雰囲気を作ること」があげられている。
(2)発話を促す雰囲気を作ること。
コミュニケーションへの積極性を育成するためには、日頃から生徒と教師、生徒同士で相互に会話を楽 しんだり、認め合ったり、励まし合ったりすることが自然にできるような人間関係を育てなければならな
い。
教師は、生徒の間違いを細かく訂正することよりも、むしろ、進んで意見や考え述べようとする姿勢を大 切にする必要がある。生徒が間違いを恐れず、生き生きと授業に参加するような雰囲気を醸成するよう心
掛けなければならない。(pp.5−6)
ここで強調されているのは、教師と生徒、生徒同士がお互いを認め合うような人間関係、間違いを 恐れずに自分の意見や考えを述べることができる教室風土をつくることである。このような考えは 人間中心の心理学などに基礎をおく人間中心の英語教育(Humanisitic Approach)からきているよ
うに思われる。
人間中心の英語教育はMoskowitz(1978)にもっともよく代弁される外国語教授法で、学習者の認 知面の発達と情意面の発達の両者を合流させようとするところから「合流教育」(confluent education)とも言われ、また、従来の認知的教育に対抗して情意面の発達を重視するところから
「情意的教授法」(affective techniques)とも言われている。長澤(1988:160)によってその特徴を
まとめてみると、人間中心の英語教育(HA)とは、学習者の認知領域(cognitive domain)の発達と情意領域(affec一 tive domain)の発達を同時に促進することをねらった教育である。簡単に、思考と感情の合流をめざす教 育といってもよい。認知領域とは、知識、技能、理解、思考などを含む領域で、情意領域とは、個人の経 験、願望、興味、価値、感情、空想、関心、意見などの主観的分野を含む領域である。その中間的な領域と して、級友どうしの交流、人間関係、共有、集団力学などを含む相互作用領域(interactive domain)が考え られ、これも学習には大きく関与してくるものと思われる。
人間中心の英語教育では何よりも学習者の自尊の気持ち(self−respect)を大切にする。生徒は自己 の存在を他者から受け入れられ、認められることによって自尊の気持ちを育てていく。自尊の気持 ちが傷つけられるような学習体験から効果的な学習はなされえないと考える。そこで、学習者の心 理的障壁をできるだけ下げるような措置がとられる。生徒に対する教師の態度は決して威圧的で あってはならないし、生徒同士もお互い傷つけ合ったり、脅威となるような言動はつつしむ。この ような教室風土があって初めて生徒は自分の感情、意見、価値判断、願望などを自発的に表現する ことができるからである。上記「資料」の「生徒と教師、生徒同士で...認め合ったり」すること や「間違いを恐れず、生き生きと授業に参加できるような雰囲気」を醸成することの重要性は人間
中心の英語教育の主張してやまない点である。
改訂学習指導要領における情意面の教育に関する考えは、自己実現にねらいをおく人間中心の心 理学や、認知領域と情意領域に能力の分化を認める大脳両半球説等を背景にもつ人間中心の教育の 理論と実践から多くを得ていることがわかる。r展開(中)』は生徒が「積極的に表現しようとする
ことを防げる心理的・社会的要因」を「日本の文化、社会、伝統などに深く関わる」(p.31)もの と考えているが、確かに、自分の意見や感情をはっきりと言語化しない日本人の習慣は国民性に深 く根ざしたものかもしれない。これが外国語の学習となれば、その傾向は一層強まるものと考えら れる。元来、日本の英語教室では正しい文を生成することが自明の前提であったので、生徒も教師
も「間違った文」に対する禁忌の気持ちが強かった。生徒の側から言えば、常に正しい文を言わな ければならず、教師の側から言えば、つねに生徒が正しい文を生成するような言語活動を組まなけ ればならないという考えがあった。そのため、授業形態は常に教師のモニターが可能なクラス全体 の活動、生徒が間違った文を言わなくてすむ教師統制の強い操作的なドリルが多かった。生徒がい つ「ミス」をするかもしれない自由な「コミュニケーション活動」などは極力避けられたのである。
それゆえ、グループ活動やペア活動の活用を示唆し、「メッセージがうまく伝達できるかどうかが 重要で、文法的正確さは第2次的である」(「資料」p.17)と言い切る今回の改訂は、英語教師の言 語習得観、教授法の面で大きな価値の転換を迫るもののように思われる。この「文法的あやまちを 気にせずに積極的に英語を使う」という考えは、コミュニケーション方略の使用の奨励と相俣って 今回の学習指導要領の改訂の眼目の一つとなっている。
4 コミュニケーション能力の評価
改訂学習指導要領の「目標」に新たに加えられた「コミュニケーションを図ろうとする態度」の 評価、そして新しく導入されたコミュニケーション能力の概念に合った評価の基準はどのようなも のであるべきなのか。その理念と実際にふれてみたい。
4.1新しい評価の考え方
従来の日本における英語教育が文法・構造中心のシラバスにもとついた教科書により、言語形式 の習得に偏った教授理論でおこなわれている限り、その評価法も「生徒の使用する語句、文法事項、
文型や表現などのすべてにわたって細かく設定した表現の観点」(「資料」p.28)にもとついた評 価、いわゆる discrete point test による評価が一般的である。これに対して、改訂学習指導要領 が掲げている学習目標の評価は全く新しい方法を要求している。
コミュニケーション能力は言語材料を一つ一つ正確に習得することによって育成されるものではなく、一 つ一つの言語材料の習得が仮に不十分であっても、それらをできるだけ実際に近い場面で、繰り返し多く 使用する過程で育成されていくものである。このようにこれからの英語学力観としては、個々の言語項目 の習得の積み重ねが英語学力であるという考え方ではなく、個々の言語項目を手段とした統合技能の体系 が英語学力であるという考え方をもつことが大切である。(「資料」p.30)
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上記のような評価観はその根底に言語習得に関する一定の考え方をもっている。すなわち、文型や 語彙項目を個別的に覚えていって、その習得が完成したときその結果として一定のコミュニケー ション能力が身につくという考え方である。この伝統的な言語習得方法をWilkins(1976)は
synthetic approach とよんだ。一方、これに対する新しい言語習得の方法は、特定のコミュニ ケーション課題があった場合、それを解決するために手持ちの言語的手段を不完全な形ではあって も統合的に使うことを繰り返し、その中でより正確な用法を身につけていくというものである。こ れをウィルキンズは analytic approach とよんだ。例をあげると、かなりの文型や語彙の知識を もっている学習者でも、現実目の前の「人に何かを依頼する」というコミュニケーション課題を解 決できない場合はいくらでもありうる。個別的な文の種類や文型をいくら多く知っていても、依頼 をするための特有の表現を知らなければ目的は果たしにくいからである。これが従来の synthetic apProach の弱点である。これに対して analytic apProach では「人に何かを依頼する」という課 題を解決するための言語的手段をまず初めに教えてしまうのである。初歩的な段階では依頼表現の ための文の形式が整っていないとか、イントネーションがおかしいなどの部分的欠陥はあるかもし れないが、その発話が全体として曲がりなりにも依頼表現として成り立っていればよしとするので ある。それ以後は、その不完全な表現をより完全なものに近づけてゆくための学習が続けられるの
である。
上記引用の評価観によれば「一つ一つの言語材料の習得が仮に不十分であっても」、つまり文法 的な誤りを含んだ文があったとしても、発話全体としてコミュニケーションを達成していれぽそれ を評価するのである。「資料」はこの考えをより具体的に次のように説明している。
ある期間の授業の成果を見る中間、期末や実力テストなどの評価を行う場合は、ある一定の期間に生徒が 習得した言語材料を総合的に使用して、コミュニケーションを図ろうとしているかどうかが評価の対象と なるが、この場合は生徒の使用する語句、文法事項、文型や表現などのすべてにわって細かく設定した表現 の観点に基づいて評価するのではなく、意思の伝達の程度や態度を総合的に広い観点から評価すべきであ る。評価に当たっては、常に、複数の物差しを用意し、ねらいに合った物差しで生徒の活動を評価すること
が大切である。(p.28)
「語句、文法事項、文型や表現などのすべてにわって細かく設定した表現の観点にもとついて評価 する」方法は、従来、学期末などのペーパー・テストでおこなってきたものである。改訂学習指導 要領はこれ以外の評価の方法、つまり「複数の物差しを用意し、ねらいに合った物差しで生徒の活 動を評価する」ことを求めている。評価する側のねらいによって「物差し」つまり評価方法を変え るというのはどのようなことであろうか。ふたたびカナルのコミュニケーション能力の4つの要素 に立ち帰って考えるのが早道である。
カナルに言わせれば、コミュニケーション能力は文法的能力、社会言語的能力、談話的能力、方
略的能力の4つの要素から成り立っている。そして、改訂学習指導要領が明示的でないにしろ、こ
れらの能力の考えをその背景にもっていることは前述した通りである。そこで、改訂学習指導要領
が評価しようとしている能力とカナルの能力の考え方をからめながら、以下考えてみよう。
4.2評価の実際
改訂学習指導要領が評価の対象としている項目は次の通りである。(指導要録の評価項目による)
① コミュニケーションへの関心・意欲・態度
② 表現の能力
③ 理解の能力
④ 言語や文化についての知識・理解
「表現の能力」の評価を例にとれば、従来の評価法は多くの場合、筆記試験による作文力を対象 としていた。そしてその作文力の評価の基準は文あるいは文章が文法的に正しく書けているかどう かということだった。多くの場合、それは和文英訳とか、能動態の文を受動態の文に書き換えさせ るとかの方法でみられた。仮に口頭での構文力をみることがあったとしても、やはりその場合の評 価の物差しは「文法的正しさ」であった。これに対して、新しい学力観にもとつく表現力の評価は、
例えば課題解決型の問題によっておこなわれる。単純に英作文的な問題の出し方ならば、「友達か らペンを借りたいときはどういうふうに言いますか」という問題になるだろうし、課題解決の総合 的な力をみたいのならば、「AETのロビンさんにお願いしたいことを3つ書きなさい」というよう なものになるだろう。この場合の評価の基準は、あくまでも「お願いしたいこと」つまり依頼の文 が3つ書けたかどうかであって、その文が文法的に正しいかどうかは問わないのである。なぜなら、
今ここでみようとしているのはカナルのいう文法的能力ではなく、方略的能力あるいは社会言語的 能力だからである。社会言語的能力は、依頼に入る前の前置き的なことばが使えているかどうか、
あるいは、依頼の表現がその場にふさわしい一定の丁寧さをもっているか、などの基準で計られる ことになる。この例は、表現の能力を計る物差しが2つないし3つ必要であることを示している。
生徒の「統合技能」をより徹底した方法で計りたいと思う教師は、上の「ロビンさんに3つのお 願いをしなさい」式の課題を口頭でおこなわせるかもしれない。(以下は茨城大学教育学部附属中 学校・大録匡行氏の指導例)AET(JTEでもよいが)がいる部屋に生徒を一人一人送り込んで、同 様の課題を達成させるのである。この場合、評価の観点を広げて、口頭による表現力をみるほかに
「言語や文化についての知識・理解」や「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」などをも計 れるようなチェヅク・リストをつくっておく。チェヅク項目としては、たとえば次のようなものが
考えられる。(1)eye contactがとられているか。
(2)話し方は友好的か。
(3)丁寧な表現を使おうとする気持ちがあるか。
(4)ネイティヴ・スピーカーに対して拒否的な態度がみられないか。
(5)意味を伝えようとする意欲がみられるか。
これらの各項目についてたとえば5段階評価を行うのである。このようなインタビュー形式の口頭
試験がもつ利点は、対人的(lnterpersonal)な言語使用場面で生徒が示すさまざまな能力を計るこ
とができるということである。筆記試験では高得点をえる者でも、実際に人と面と向かっての状況
では表現が不得手だという場合であるし、その逆の場合もある。熟考型の生徒は時間の制約のある
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インタビュー形式が不得手である反面、直感的で機転のきく生徒はさまざまなコミュニケーション 方略を発揮してコミュニケーションを成功させることがあるかもしれない。極度のはにかみとか、
ネイティヴ・スピーカー(異人種)への拒否感が強い生徒はコミュニケーション行為がとりにくい であろうし、そのような抵抗感をもたず、積極的に、あるいは親密感をもってコミュニケーショソ を図ろうとする生徒にとっては、そのような性格自体がコミュニケーション行為に幸いする。これ らの要素はすべてコミュニケーション能力の一部として正当に評価されるべきであろう。もちろん、
コミュニケーションに対する意欲や態度は日常の教室のおける活動の中でも観察できる。AETあ るいはJTEに質問されたときの生徒の応答の仕方、ペア・ワークあるいはグループ・ワークでの 活動への参加の仕方などに関して重点的にメモをとることによって生徒個人個人の態度の評価は可
能である。「理解の能力」の評価も新しい方法を求められている。理解の能力の評価という場合、従来は聞 き取りの能力はあまり計られず、読み取りの能力のみに限られることが多かった。新しい聞き取り 活動の典型として、あらかじめ聞き取りのポイソトを与えておき、そのことについてだけ聞き取り の能力をみるという方法がある。たとえば「これからテープでLisaが自分の趣味について話してい るところを流します。Lisaの3つの趣味が何であるか聞き取って書きましょう」というように指示 し、その3点の内容の正誤に関してだけ評価するのである。その解答の仕方はもちろん日本語でも よい。問題の性質によっては記号とか絵で答えるというのでもよい。答えを英語で書かせる方法は、
聞き取り能力だけでなく書く力をも評価していることになってしまうので避けるべきであろう。
以上見たように、新しい評価観は複数の評価基準をもつことを求めている。それは1つの評価項 目を評価するのに複数の基準をもつということである。「表現の能力」をみる場合、文が正しく書け ているかどうかをチェックするのは文法的能力をみるためであり、意味が相手に通じたかどうかを チェックするのは方略的能力あるいは社会言語的能力をみるためである。そして、改訂学習指導要 領の新しい考え方は、これらの諸能力もコミュニケーション能力の一部として考えるということで
ある。