米国大統領選挙投票日直前の2 0 1 6年1 0月3 1日、同 年1 2月号のこの欄で、私は、大多数の予想通りヒラ リー・クリントン氏が勝ってガラスの天井が破られ るのか、予想外にドナルド・トランプ氏が勝ってこ れまでと異なる世界がやってくるのか、危険を冒し て自分の見通しを述べてみようと思った。
私の見通しはトランプ氏が勝つというものであっ た。ゼミでどちらが勝つと思うか聞いてみたところ、
世界のニュースなどに多く接した学生諸君は、「ヒ ラリーに決まっているでしょ」と言うので、私はト ランプが勝つと思うと言ってみたところ、驚いた様 子だった。
さて、再びこの欄に執筆する順番が回ってきた。
今度は、今や世界市場の関心の的となっている米中 貿易戦争の行方に関して、再び危険を冒して私の見 通しを述べてみたいと思う。
今年度後期の国際金融論の講義の中で、授業から 脱線して、大まか以下の三つの見通しについて述べ た。その第一は、バブル崩壊で中国は敏感な弱点を 抱え込んでいるので、米国に負けるほかにない、と いうことである。
米国の金融部門を除く企業、家計、政府合計の債 務の
GDP比は、リーマン・ショック前の3~4年 間の内に2 1 0%程度から2 4 0%程度にまで急膨張した 後、リーマン・ショック後から2 0 1 7年末までの1 0年 間は2 5 0%弱で増えていない。これに対して、 中国 では、リーマン・ショック前の3~4年間の1 4 0%
程度から20 1 7年末には25 5%程度にまで急膨張して いる。この内、企業・家計が、2 1 0%強を占めてい る。バブル膨張の推進力となるのが金融の梃、この 債務の急膨張であることは、つい最近、我々も経験 したことである。
一旦バブルが崩壊すると、不良債権が激増し、金
融恐慌に至り、急激な債務削減が起こり、実物経済 を不況のどん底に引きずり込む。金融緩和や財政支 出増大などのマクロ経済政策よりも、不良債権の元 となっている企業等の整理・再生といった外科手術 を行わなければ、失われた1 0年~2 0年となることは、
すでに経験済みである。
2 0 1 7年1 0月の中国共産党大会では、日本の轍を踏 むことを恐れ、2 0 2 0年までの3年間の内に、膨張す る債務を削減することを第一の重要課題とした。し かし、この政策のために民営企業は資金調達に行き 詰まり、2 0 1 8年の秋には金融恐慌も起こりかねない 事態に追い込まれたと思われる。1 1月1日、独裁体 制を強めたはずの党の「核心」習近平最高指導者は、
民営企業の経営者を集めて、「資金調達難を解決し ます」と約束せざるをえなかった。
中国は、決めたばかりの党大会方針を放擲し、特 融と言ってもよい大金融緩和に転換した。金融当局 は、 「財政政策が積極的でない」と財政省を批判し、
責任を押し付け合っている。インフラ建設や減税な ど財政省も支出を拡大し、再びマクロ経済政策に頼 る、かつて我が国で見た光景を再現している。
こうした中での米国との貿易戦争である。中国景 気を支えるはずの輸出が打撃を受ければ、中国の弱 点は一層深刻になり、抜き差しならない事態に至る と思われる。中国には米国と対決する余裕はなく、
米国との貿易戦争に負けるほかにないと思う理由で ある。
次に、見通しの第二は、習近平最高指導者の失脚 である。経済の異変は政治の異変を引き起こす。
改革開放以来、紆余曲折はあったかもしれないが、
中国は、国有企業の役割を低下させ民間企業の役割 を高めていく政策を進めてきたかと思う。また、企 業における党細胞、党委員会の役割を低下させ、企
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アカデメイア
米中貿易戦争の行方
―素人の「希望的」観測―
商学部長
井 上 伊知郎
業経営の自立性を高めていく方向へ進んできたかと 思う。
習氏はこれを大きく逆転させて、国有企業の合併・
再編を強行して国有企業体制を強化し、企業におけ る党委員会の役割を高めてきたように思われる。ま た、企業には国に協力する義務を課す法律を制定し た。国有企業は巨大化し、技術を持った海外企業を 買収して、中国の技術発展の速度を高めている。
中国では人件費が上昇し、今後は技術を発展させ 生産性を高めていかなければ、次の発展段階に進め ないところに来ている。1 0年間の内に技術を発展さ せ生産性を高めて技術立国となり、先進国の地位に 立つというのが「中国製造2 0 2 5」であろう。そして、
1 9 49年の建国から10 0年後の20 4 9年には、かつての ように「中華」となるのが「中国の夢」というわけ であろう。それが実現するのであれば、確かに習氏 は毛沢東や 小平と並び称されるのかもしれない。
小平は「韜光養晦(とうこうようかい)」を外 交・安保方針としたが、それは「才能を隠して、内 に力を蓄える」 「爪を隠し、才能を隠し、時期を待 つ」方針を意味したと思われる。習氏はその方針を 卒業して、東シナ海に軍事拠点を拡散し、米国に太 平洋の半分を要求し、「アジアインフラ投資銀行」
「一帯一路」で戦後の世界経済体制にあからさまに 挑戦するようになった。
さすがに、米国はこのような「中国の夢」を容認 できなくなったと思われる。中興通訊(
ZTE)を叩 き、華為技術(ファーウェイ)を叩き、先進各国に 呼びかけて、中国の技術革新を封じ込めようとして いる。
知的財産権を踏みにじり、技術移転を強要し、先 進技術を買収して、国有企業の技術革新を速めるこ とは、もはや困難であろう。多額の国家補助金を投 じて国有企業の技術革新を速め、世界市場で競争す ることは、もはや困難であろう。それは、これまで のような習氏の「指導」を続けることが、もはや困 難であることを意味しないであろうか。また、米国 の方針をここまで転換させた責任を問われないであ ろうか。習氏は失脚するか、生き延びようと思えば、
人材を大幅に入れ替えて政治的妥協を図るか、いず れかになるであろう。
最後に第三に、中国が今後進む道についての私の
「希望的」見通しについてである。
中国は、先に述べたように、改革開放以来、国有 企業の役割を低下させ民間企業の役割を高めていく 政策を進めてきた。また、企業における党細胞、党 委員会の役割を低下させ、企業経営の自立性を高め ようとしてきた。これこそ、
WTOのルールに整合 し、世界の市場経済に整合して、技術立国を実現す る方向ではないのか。かつて進もうとした道への復 帰である。米国も容認せざるをえない唯一の道と思 われる。この方向に整合した政治体制も必要となろ う。日本、韓国、台湾、香港は、その方向に協力を 惜しまないであろう。道ははるかに長く困難なもの になると思うが、真に持久戦に値する道と考える。
私は中国に関する素人である。しかし、専門外の ことであっても持てる知識を振り絞って仮説を立て、
現実の展開によって検証を繰り返すことは重要と考 えている。部分は全体と深く関係しているからであ る。
(2 0 1 9/1/2 9)
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