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マルサスからホーナーへの5通の書簡

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(1)

1803年[推定]

もし間違いに気づいたらすぐに知らせるというのが私の希望ですから、あ なたの広く読まれている書評誌に次のような言明を載せられる余地があれ ばとてもうれしく思います。

『人口論』第2版の第4章で私は次のことを証明しようとしました。年々 の出生数に対する年々の婚姻数の比率が、通常そう考えられているように婚 姻の平均的な多産性ではなく、違ったものを表しているということです。つ まり、それは新生児のうち自身の婚姻まで生きる者の比率です。私は、おそ らくかつては、この結論に至るような一連の理由を取り上げることに一生懸 命でした。いくつかの国々の戸籍簿を見る際の難しさを解決すると思われた

この手紙には日付がなく、キノーディに保存されているマルサス著作集第2版 のホーナーによる写しに紛れ込んでいた。

『エディンバラ・レビュー』誌のこと。フランシス・ホーナーはエディンバラ 大学でデュガルト・ステュアートに学び、1802年であるから、この書簡の前年、

同誌が創刊されたときのメンバーの一人であった。ホーナーはこの後、14編の 論説を同誌に寄稿している。

マルサスからホーナーへの5通の書簡

山 崎 好 裕

(翻訳)

福岡大学経済学部

−125−

( 1 )

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からです。それは他の解決策が容易には見出されなさそうな困難でした。私 の非常に数学のできる友達からの示唆と、私自身の父によるこの主題への 考察によって、間違っていたのは私で、たとえ古くからの理論に間違いが あったとしても、私の代替案ももっと間違っているということを悟らされま した。

一つの戸籍を見たとき、もちろん、出生と婚姻は同じところに記載されて います。しかし、ある特定の年の戸籍を見た場合、その年の婚姻とその婚姻 に基づく出生とは同時ではありませんし、出生とその原因となった婚姻とは 同時ではありません。結果として、どんな戸籍簿にあっても出生の婚姻に対 する比率は、結婚に至る子供の数も、一つの結婚から生まれる子供の数も表 していないことになるのです。これは人口が増加していても減少していても 同じです。しかし、両者について何かは言えます。後者の方が前者よりも時 間的に近いのです。つまり、時間的距離が、婚姻とそれがもたらす出生の方 が、出生とその結果の結婚よりも近いのです。実際、出生と婚姻の様々な比 率から引き出された推測についてプライス博士の手記を、かつて私は間違い と指摘しましたが、今は正しいと思っています。もし彼に誤りがあるとすれ ば、それは一般的、実際的な結論の方であって、それが基づいている理由付 けではありません。

戸籍における年々の婚姻数と出生数の比率が表しているのは、成長して結 婚する新生児の比率と婚姻の多産性との両方です。これら二つの要因は戸籍 記録に対して正反対の効果をもたらします。将来結婚に至る新生児の比率が 大きくなれば、婚姻数と出生数の比率も大きくなります。他方、婚姻の多産 性が大きくなれば、婚姻数と出生数の比率は小さくなっていくでしょう。結 果として、ある一定の限界の範囲内で、結婚に至る新生児の比率と婚姻の多

マルサスの友人ウィリアム・オッターの兄、エドワード・オッターのこと である。

−126−

( 2 )

(3)

産性とがともに大きくなれば、婚姻数と出生数の比率は全く不変になるかも しれません。また、この理由によって、異なった国の戸籍記録で、婚姻と 出生に関してしばしば同じ状況が目撃されるのに、人口増加率が著しく異な るということが起こり得るわけです。かといって、ロシアのいくつかの州で 報告されている人口増加を、戸籍記録では1対3とも1対3.6とも言われる 婚姻出生比率と拙速に結び付けることはできません。というのは、この場合、

2回目、3回目の結婚ということを十分に考慮に入れたとしても(これは通 常よく行われる訂正ですね。)、生まれたすべての子ども、あるいはほとんど すべての子どもが自身の結婚まで生きることは不可能ですから。それゆえ、

次のことを想定する必要があります。つまり、ロシアの戸籍記録では婚姻を はるかに超えて、出生数にかなりの見落としがあるということです。どうも 他の説明は考えにくいでしょう。

1810年2月5日、ハートフォード

あなたの手紙はヘイリーベリーの大学に送られていました。しかし、私 はまだハートフォードから引っ越していないものですから、昨日やっと受け 取ることになったのです。私はあなたから、私の好奇心をかなり刺激する話 題が聞けてとてもうれしく思います。ただ、私の手元の情報が不足している ために、今のところその好奇心を満足することはできていませんが。また、

私は文面から今あなたが何をしているかを知って実に喜ばしく思っていま す。なぜなら、あなたの手のうちにある問題はまさしく解決の方向に向かっ

マルサスがここに書いているのは、時系列データとクロスセクション・デー タとの区別の問題、あるいは、後者から前者をどう推測するかという問題 である。

マルサスは1805年、東インド会社の社員教育機関であるヘイリーベリー・

カレッジの教授に就任し、生涯その職にあった。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −127−

( 3 )

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ていると確信できるからです。私は『モーニング・クロニクル』誌の第2号 を読んできました。そして、あなたのしていることとそれが紹介された仕方 が受け取った称賛についてお祝い申し上げます。私はあなたのスピーチのご く一部しか読んでいないと思うのですが、私が知ることができた内容からす るとどうもその問題に関する私たちの考えは実質的にそう違わないようなの です。私はどこにも、あなたがほのめかしているリカードウ氏やマシェット 氏についての正当化を見つけることができませんでした。その問題について、

私が総体として採用してもよいと思っている見方は次のとおりです。

私の考えでは、商人たちが感じているショックは現代ヨーロッパの混乱 した状況から来ています。過去1年半から2年のナポレオンの侵攻は商品の 交換のための貴金属の使用をより必要なものに、したがって、その前より一 般的なものにしました。このことで増加した、貴金属の使用から来る需要は、

大陸における貴金属の価値を増しました。もし、貴金属の流通が自然なもの であれば、つまり、紙券が銀行において金と引き続き交換可能であれば、ギ ニー金貨や金塊のかなりの規模での輸出がおこり、それが直ちにこの国の通 貨の価値を大陸と同じ水準まで引き上げたことでしょう。そして、その後、

通常の経過が見られたに違いありません。しかしながら、私たちの通貨は現 時点で、実に多くの紙券から構成されていて、しかも、その紙券には正貨で 支払い可能ではありませんので、こうした均等化の過程は容易に起こり得な いのです。たとえ、流通しているごくわずかの金がすべて輸出されたとして も、そうした結果になるには少なすぎるでしょう。もし銀行券の増発がこう した流通における空隙をただ埋める程度のものであれば、貴金属価値の水準

同年の2月1日であるから、この書簡の4日前、当時のイギリスにおける 金地金の高騰問題を調査する、下院地金委員会の委員長にホーナーが就任 した。この委員会がまとめた『地金報告』の主な執筆者もホーナーである。

当時のイギリスでは、大幅な物価上昇、金地金の高騰、為替レートの下落 などが見られていた。『地金報告』はこの原因を巡る論争を引き起こした。

−128−

( 4 )

(5)

を回復する見込みはないでしょう。このような環境下では、この国の通貨価 値は大陸の諸通貨より低い水準に留まらざるを得ません。為替レートは私た ちにとって大幅に不利になり、貴金属の輸出に伴うプレミアムは永続的なも のになります。私たちは、イングランド銀行が紙券をほとんど、あるいは全 く増発しなければ、このような事態を目撃することになるでしょう。そのこ とは、大陸で金塊や通貨に起こっている価値の変化という状況と全く別に生 起するかもしれないのです。イングランド銀行が正貨での支払を制限するこ とで、事態が通常の通貨流通に戻ることが妨げられたのです。

もし、論文からはそう見えるように、あなたがイングランド銀行券の増発 に全く訴えていないならば、私は現状のようになったのは私が述べたことが 原因だと強く主張します。イギリスの商人たちが現在の困難な状況の下で新 たに切り開いた通商経路には、以前の経路に比べて、より早い決済と多くの 貴金属の使用がどうしても必要です。ただ、気を付けなくてはいけないのは、

イギリスの通商を制約している、こうした貴金属の使用の増加は観測できる 効果を生み出さないだろうということです。それは大陸に比べて我が国の金 塊の価値を高めるでしょうし、正貨の受取ということに関して特別な条件の ない国々との間で交易条件を改善するでしょう。前者の件に関して、事前に 満たされなければならない必要条件の一つは、我が国の金塊の市場価格が大 陸のそれに等しいかどうかということです。私が現状をそのように考えてい るように、絶え間ない正貨の流出によって事態がそうでないならば、困難の 原因を現在進行中のイギリスの交易における金銭的な不足に帰することはで きず、イギリスと大陸の通貨の相対価値に影響を与えるような、もっと一般 的な本質を持つ何らかの原因を考えなくてはならないでしょう。その原因と はイングランド銀行券の増発かもしれませんし、大陸における貴金属の過 度の使用かもしれません。前者は我が国の通貨を大陸に比べて減価させる でしょうし、後者は大陸の通貨を我が国の通貨に比べて増価させるでしょう。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −129−

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どちらの場合でも、我が国の為替相場や、鋳造所での価格に比べて貴金属の 市場価格がどのくらい高いかということに与える影響は同じです。ただし、

どちらであるかによって、イングランド銀行の理事たちの罪の大きさには大 きな違いが出ますが。

とは言え、イングランド銀行理事の罪深さが両者で異なるにしても、いず れにせよ全く責任がないことにはなりません。そして、どちらの考えが正し いとしても、今問題になっている害悪を癒す方法は紙券の縮減以外にないの です。イングランド銀行に規制がかけられる以前の物事の自然な状況では、

どんな原因にせよ、イギリス通貨に比べて大陸通貨が増価すれば、銀行券が 還流して金と交換され、その金が輸出されることで事態が正されました。規 制の間は、イングランド銀行理事たちにとって、正貨と交換できるために保 持している価値とほぼ同じだけしか銀行券を発行できないとされ、それは必 ず守らなければならないものでした。現在の流通における最も大きな害悪は、

それが以前のようには、必然的に変化する大陸の通貨価値に自らを合わせる ことができないということです。いま必要なのは、イングランド銀行理事側 の関心、知識、無私です。それらの性質は全体として彼らが期待以上に持っ ているように見えるのですが、問題を解決するのに十分なほどには持ってい ないと思われるものです。紙券の発行を十分に制限することは実際容易では

リカードウらの地金派は、イングランド銀行券の過剰発行が原因でイギリ ス通貨の減価が生じていることを主張した。『地金報告』も基本的にはこと 立場であり、イングランド銀行券の発行規制と2年間の兌換再開を勧告し た。

地金派に対して反地金派は、イギリスの現状を金需要の増加と不利な国際 収支状況に起因するものとした。通貨の過剰発行はないという主張である。

1811年、下院は戦争下の政治的配慮から『地金報告』の勧告を拒否して反 地金派が勝利するかたちになった。しかし、ナポレオン戦争が終結すると 地金派の主張は下院に受け入れられて、19年の兌換再開条例として結実し た。

−130−

( 6 )

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ないことでしょう。なぜなら、イングランド銀行は半年ごとの配当や政府に 継続的に支援するなどのために多額の支払を余儀なくされているからです。

もし、紙券の発行を制限すれば、商人向けの割引を狭め、我が国の通商に混 乱を与えて、広く非難を呼び起こしかねないでしょう。それでもなお、紙券 の縮減は私には唯一の解決手段に思われます。そして、引き起こされると思 われる非難に対しては、その国の通貨価値や信任が変動しているような状況 では、いずれにしても商人たちが何らかの混乱にさらされることは自然なこ とであるということで答えたいと思います。たとえ、それが自然でない状態 で、しばらくの間苦しんだり、是正を不可避としたりするような場合に比べ れば大きくないにしてもそうなのです。いずれにせよ、紙券の縮減は徐々に 行われる必要があります10

商人間の交易で貴金属の使用が増えていることは、商業信用が被っている ショックからまずは生じていると私は先に述べましたが、ヨーロッパで正貨 での支払を要求する勢力が増していることによって大いに増幅されているわ けですし、大半がそうして引き起こされているかもしれません。

どのような原因から来るものであるにせよ、ヨーロッパで貴金属の使用が 増している問題を解明しようとする試みは、探求の目標をはっきりさせるこ とになるでしょう。

あなたにもまた、通常の商人が、受け取った財貨の対価として金塊が輸出 されているかどうか、それとも、為替相場をよく知り得る立場にある金商人 が、昨今の状況下で手形を一般の商人に売ることによって専ら輸出がなされ ているかを確認するチャンスがあるでしょう。一般の商人は金塊を送ること

10 マルサスは地金派に属するが、為替レートの下落は銀行券の過剰発行だけ が原因としたリカードウに対して、対外送金の変化なども重要であるとい う意見を持っていた。後にリカードウも、兌換再開に関する委員会証言で 他の要因を認めている。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −131−

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で取引相手に決済することができるのです。

たとえ、イギリスにおける金塊の価格がまだ大陸のそれに到達していない としても、私は輸入が遅れている部分はごくわずかだと思います。ローズ氏 が反対者に何を言ったとしてもそうです。実際、ローズ氏の結論は完全に馬 鹿げたもので、研究が必要なよく知られた事実に全く反しています。私は輸 入品の価値がどのように決まるかを正確に知っているわけではありませんが、

為替相場がそれに影響を与えないとは思えません。自国の5500万の輸出は為 替相場が20〜25%程度安い場合、4500万の輸入によって相殺されて余りある でしょう。そして、私たちは正貨を放出するようなかたちでバランスに至り ます。このことは税関の勘定を考慮に入れても、現実の事態に一致します。

とは言え、この勘定はあまり信頼できません。なぜなら、(提案されてい るなどの仕方で訂正されない限り)それは、イギリスに有利な恒常的なバラ ンスを想定するという、あなたもちょうどコメントしている、馬鹿馬鹿しさ を含んでいるからです。

我が国の貴金属の多額の輸出がなされる仕方を解明する問いかけは、すべ てたいへん有用なものでしょう。私は何らかの対価として金塊を受け取る仕 方について知りません。その場合、我が国が正貨でかなりの支払いをするこ とは知られているようです。金塊のための排水路はかなりの規模に違いあり ません。正確に表現された限りでの現在の状態では、イングランド銀行はそ の容量の2倍の規模で金塊を輸入しているかもしれませんが、民間の金商人 がそうすることに答えていることには決してならないでしょう。金商人は海 外の金塊よりも安く手に入れられる、銀職人の作ったプレートを購入するこ とに従事しています。

しばらく前に聞いたことがありますが、と言っても、何かその道の権威か らということではないのですが、大陸では銀に比べて金が通常ならぬ値上が りをしているということです。本当でしょうか。貴金属の使用が拡張してい

−132−

( 8 )

(9)

るなかで、遠方への送金には金が有用であることは確かです。

手紙が長くなったことをお許しください。また、書き方も要領を得ないも のでしたね。もっと疑問が沸いたら、また手紙を書きます。政治が相当程度 に進展してくれることを祈ります。ご研究が進展したら是非聞かせてくださ い。家内も読みたがっています。

1813年6月16日、ブライテルムズトン

小麦貿易についての議論をこんなに早く聞けるとは思いませんでした。私 は、あなたが親切にも送ってくださったレポート11に目を通したばかりです。

現在の事態が議会の介入を特に必要としていないと考えている点に、私も同 意したいと思います。しかし、あなたがお持ちのようである、次の意見には 同意できません。すなわち、輸入制限が小麦自給を成長させる傾向を持たな いという見方です。他の土俵の上では議会の政策を疑う十分な理由がありま す。あなたが目的のために犠牲にした富という土俵のことです。しかし、自 国産小麦への需要が増加するときに供給も対応して増加するということを信 じないならば、経済学の最も基本的な原則と思われるもののいくつかを侵し てしまうことになります。1803年に1クォーターの小麦の価格は56シリング にまで下がりました。1804年まで継続して起こった外国産小麦の輸入減少が、

その年の法律によって引き起こされたのでないとは決して信じられません。

1804年から1809年にかけて、貨幣価値の大幅な変化は起きていないのです。

1812年の輸入減少は、124シリングというとてつもない価格(1年前に比べ て30%もの増価)にもかかわらず、きっと、私たちの必要に合わせた小麦供

11 ホーナーは1813年から15年にかけて、穀物法と奴隷制度に反対する論説を 発表していた。1815年3月20日、シティ地区の金融業者は、ホーナーの保 護主義批判に対して謝意を表する声明を発表している。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −133−

( 9 )

(10)

給を国内で満たすことより、むしろ大陸で小麦を入手することが難しかった ために違いありません。

もし穀物法がなければ、私たち皆の富はもっと早く増加するだろうと私も 間違いなく信じていますが、私たちの消費は現在以上には伸びないだろうと 考えています。ヨーロッパが輸出と輸入ということに関して一つの大きな国 であったら、そこでの農業も一つの大きな国の農業のように行われるでしょ う。よい情報交換がある限り、他の地域のよい土地が耕作されるまで、ある 地域の普通の土地が耕作されることは決してないでしょう。

イギリスは、ヨーロッパのなかでは大きな製造業の地域と考えられるかも しれません。そして、こうした地域ではかなりの量の穀物を他地域から輸入 にするのが当然だと考えられるかもしれません。必要なときには、自ら穀物 を栽培する力を持っていてもそうです。この力を使う上で、農業を伸ばすよ りも製造業を抑制することが必要だと信じるのに十分な理由があります。私 にはこれがシステムに対する本当の議論を形作ることになると思われます。

たいへん重要な議論です。私はこうした手法で自給が可能になると考えます。

中間的で安定した価格ということに関して、私はこの方法で達成可能かど うかは分かりません。食糧の自給が可能になるまで、小麦価格は輸入が可能 な以上の価格に留まるでしょう。また、後に若干の供給過剰が生まれてもそ れは輸出によって緩和されることはないでしょう。国内の高い小麦価格のた めに、価格が安定するかどうかは疑わしくなっています。レポートにある重 要な議論は食糧自給であって、小麦価格を下げることや安定することではあ りません。

地主の利害については、私はあなたと全く意見が一致しません。小麦の名 目価格が高いことは私には有利なことのように思えます。海外起源の商品に 対する大いなる支配力を与えてくれるからです。しかし、人は地主や農業者 の利害を聞こうとはしません。報告や証拠というものはこの点で責任があり

−134−

( 10 )

(11)

ます。正当でない印象を与えるからです。

1815年2月16日

私の本に対してあなたの払ってくれた関心にとても感謝しています。私は あなたが反論に口をつぐんでいることを咎めるつもりはありません。ただ、

私も今、直ぐに取りかからなくてはいけない手紙や原稿の仕事が捗らずにい るのです。告白するなら、私がシティ地区12で見たことから、あなたに現実 的な問題に関して方向転換させることになるとは思っていませんでした。そ れでも、私が書いた地代論についてもう少し好意的であることを期待してい たのです。それは実に興味深く重要な問題です。そして、地代に関する理論 では私は正しいことを言っていると確信しています。あなたが、輸入に関し ての政策、あるいは、無策について、どのような推論を私の理論から引き出 そうとしてもそうです。

私は、そのすべての生産について耳にした、フランスで穀物価格が安いと いうことについて、何を書いたかを言いました。小麦という要因はフランス については働いていません。小麦のフランスでの現状を言えば、革命前とは 随分違っているからです。また、そうした要因はここ20年間、フランスとは 関係ないものです。ただし、1810年の免許に基づく貴金属貿易を除いてのこ とですが。私は「その」ときの小麦価格は今に比べてもたいへん安いもの だったと思っています。それに、旅行者の話では、今年の小麦価格がとりわ け安いとは言われていないようです。それゆえ、私は疑いなく、概ね豊作の 年にはフランスから小麦を輸入すべきだと思っています。小麦という要因を 考えると、私たちが必要とするときの確実な輸入先としていつも頼ることは、

12 原文ではタウンであるが、シティ地区の俗称としてタウンが用いられる場 合がある。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −135−

( 11 )

(12)

必ずしもできないということです。

正直に言って、現在のフランスの法律は実に興味深いもので、なぜ小麦の 自由貿易が現実には理論が教えるような解決策にならないかを理解させてく れます。そして、このような法律が本当の隣国で成立したことは(さらに、

フランスの小麦生産が伸びているという現状下では)、全ての受け入れられ た原則に照らして、大きな経済変動を生み出すことにならざるを得ません。

あなたが1813年で終わる過去7、8年に注目して、それより前の7、8年 と比較されるならば、小麦輸入が半分に落ち込んでいることがお分かりにな るでしょう。これはもちろん大きな違いです。今あまり時間がないため、論 文に正確に言及することができません。しかし、イギリス農業における改善 や輸入の困難を示すために1812年を用いることは、あまり整合性がないよう に思います。高い国内価格と比較しながら輸入量が少ないこと(私の表では 115,811クォーター)を論じることは後者を示すことです。また、イギリス が援助なしに不作の年を乗り越え、しかも餓死者が出ていないことは前者を 示します。

私が地代に関する事実から受け取る印象は、あなたと違います。調査した 地主のほとんどは、地代の減少への救済があまり働いていないと考えている ようです。事実が本当に示しているのは、価格低下が地代よりもずっと大き な影響を生産に与えているということです。今耕作されていない粘土質の土 地も、以前の半分か三分の一の収穫が可能かもしれません。しかし、実際に 生産量は十分の一程度に落ち込む可能性が高いでしょう。

耕作に当たっているイギリスの農民が自分たちの賃金低下に十分な注意を 払っていないという点に関して、私はあなたに同意します。そうした低下は 間違いなく起こったでしょうし、小麦の価格低下が賃金低下を引き起こした のだから、それが必ず賃金だけでなく全ての財の「比例的な」価格低下を引 き起こすと結論されても、決して理に勝ちすぎているとは言えないでしょう。

−136−

( 12 )

(13)

私がここで言いたいのは、あなたは基本原理について本質的で根底的な間違 いをしているということです。私は、小麦価格が高い豊かな国での方が、小 麦価格の低い貧しい国でよりも、同じ量の小麦でずっと多くの工業製品や外 国製品を支配できると確信を持って言うことができます。

私は調査にバイアスが付き物であることをよく分かっていますし、そのこ とも配慮に入れているつもりです。

私はあなたの千とか一万という議論に少なからず驚きました。あなたの推 測によれば、小麦が1ブッシェル8シリングで売れれば、農業資本は損失を 被りません。なぜなら、労働は同じ比率で下がりますし、農場の出費も比例 的に低下するため、資本を補填する稼得分は同じ額になるためです。ですが、

労働が小麦価格と比例して減価するなら、どうして千や一万といった金額が 別個に与えられることがあるでしょうか。このような目覚ましい効果を持つ 魔法の力が、10や12ではなく6や8シリングにあるのでしょうか。労働が比 例的に減価しなくても、農業資本は損失を被らない。では、減価するとして、

あなたの言う救済はどこにありうるでしょう。あなたはまさにジレンマに 陥っているのです。

あなたは、どんな地主も私が判事たちによって行われた食糧13割当に行っ た以上の反論14をすることができないことを知るべきです。あなたの、この 問題に対する義憤とは志を一にするものです。ですが、その二つの問題を混 同するのは決して公平、公正とは言えないでしょう。両者はいかなる関係も 持たないと思われるからです。今判事や裁判官が初めて穀物法を援護するよ うになり、教区割当の制度に参加してきたかのように、あなたはおっしゃい ます。ですが、事態はその逆で、輸入制限の法律は(短い例外期間を除け ば)130年に渡って我が国の政策であり続けているのです。

13 原文の

provenda

provender(まぐさ)の間違いか?

14 原文の

refutate

refute

の間違いか?

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −137−

( 13 )

(14)

私たちが他国に依存している期間中実際に起きた価格変動を論じる際に、

私は100年以上前に戻らないことが正しいと信じています。というのも、ど んな制度が採用されていようと、私たちが遡れば遡るほど価格変動が大きく なるからです。私たちがやっと安定的な農業システムを確立できたのは、ア ン女王戦争後になってからのことでした。あなたが1743年から1757年の間に 確認された様々な事例は当を得たものです。正直に言って、私は見つけるこ とができませんでした。さて、問題の理論に戻りましょう。需要と供給の原 則に基づいて言わなくてはならないのは、フランス、バルチック諸国、アメ リカとの間のような小麦貿易に、輸入制限下に比べて価格の大きな変動が起 こることは先験的に予測できるということです。たとえ、理論を支持する事 実がないにしても、それに反するような証拠が提出されることは決してない でしょう。

地金問題について敵に塩を送ることになっても、私はそうせざるを得ませ ん。私の目標は正しいのですが、自分自身ではとても駄目な理論家だと思っ ていますので、もし私が現実からの経験に常に心を開いておかないなら注目 に値しないことでしょう。私は、銀行規制以降何が起きたかを、興味深い、

教訓になる一連の事実として考えています。こうした考察は紙幣の理論と、

金塊価格に影響を与える諸原因に解明の光を当てることでしょう。

もし、金と紙券の間の、一般の地金主義者が考えている以上に大きな違い が、商業的な原因と貴金属への固有の需要によって引き起こされていると今 お考えでないとすれば、それは私の考えでは、あなたと意見の異なるときに いつも感じざるを得ない疑いや居心地の悪さを消すような、最も明白な事実 に基づいて得た意見に固執している一つの事例に思われます。

勝手なことを急いで書いてしまったことをお許しください。

−138−

( 14 )

(15)

1815年155月14日、東インド・カレッジ

あなたのご意見を拝聴することが本当に気に入っている経済学に関して、

あなたに一つの質問をすることをお許しいただけますか。

豊かな先進国では小麦が工業製品や外国製品に比べて値上がりするが自然 であるという、一般的に受け入れられた仮定に基づけば、農業者が前貸しす る実物資本は単に農産物だけから成っているわけではなく、犂や荷車、脱穀 機、さらには、労働者が使用する茶葉、砂糖、洋服などなどもあるので、も しより少ない農産物でもって農業者が同量のこれらの品物を買えば、より大 きな量の農産物が農業者と地主の手元に残ることになります。これらは製造 業者や商業者階級の維持や増進の土地からの余剰として使うことが可能です。

経済学者の計算によれば、農業者が手に入れる農産物の三分の一は非生産 的な階級に前貸しされます。この仮定に基づき、1エーカーの農産物を8と して、その四分の一は地主に、四分の三は農業者のものになるとしましょう。

つまり、2が地主に、6が農業者に行くわけです。後者の量の三分の一、つ まり、2が先に述べた品物の購入に支出されます。こうして、農業者は4を 自身の農産物支出や利潤として手許に残します。つまり、彼は粗生産物の半 分の価値を手にします。

今、小麦価格が2倍になり、工業製品と海外製品の価格が四分の一だけ値 上がりしたとしましょう。この場合、全生産物を16で表して、前と同じく、

その四分の一である4が地主に行くとします。ですが、4ではなく2と二分

15 ロンドンの言論界で活躍していたホーナーであったが、経済的には決して 恵まれていなかったため、健康を害してしまう。この書簡の翌年である1816 年10月、主治医のアドバイスに従ってイタリアに療養に出かけたホーナー であったが、数ヵ月後にピサで没した。遺体はリヴォルノのイギリス人墓 地に埋葬された。享年39歳であった。ウェストミンスター・アビーには彼 の像が置かれている。

マルサスからホーナーへの5通の書簡(山崎) −139−

( 15 )

(16)

の一しか、今度は工業製品や海外製品には行きません。結果として、8のう ちの4ではなく、16のうちの9と二分の一が農業者の手許に残るのですが、

割合は二分の一から五分の三に増えています。こうして増えた農産物から、

農業者は比例的に多くの利潤を得ます。そうでなければ、農業者は地主とこ れを分割することになりますので、いずれにしても、小麦価格の値上がりは 以前に比べて土地に投下された資本の生産性を高めるのです。

この命題は国内需要についてとても重要な結論を含んでいると思われます ので、あなたに前提や結論に間違いがないか確認してほしいのです。

興味深い、リカードウ氏の表の問題は、農業者の前貸しが、小麦ではなく 資本を構成する実際の素材か、さまざまな品物を最もよく表現できる貨幣価 額で計算されるべきだということです。私がこの問題で採用した見方によっ て、リカードウ氏の結論は大いに変わることになるでしょう。

私は先日の晩、あなたが銀行規制について行ったスピーチに大いに満足し ています。私はあなたに全く賛成です。私は規制政策についての私の意見に 確信を持てました。私は大衆に譲歩するつもりはないですが、大量の請願に は耳を貸すつもりです。彼らには彼らの道を進ませましょう。ナポレオンが 試みたように。

−140−

( 16 )

参照

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