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「高齢者等の住み替え支援事業の考察」

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高齢者等の住み替え支援事業の考察

< 要 旨 > 平 成 15 年 度 住 宅 ・ 土 地 統 計 調 査 の 世 帯 類 型 別 の 居 住 面 積 の 分 布 を 見 る と 、 65 歳 以 上 の 単 身 ま た は 夫 婦 の 持 ち 家 世 帯 の 54 % が 100 ㎡ 以 上 の 広 い 住 宅 に 住 ん で い る 一 方 で 、 子 育 て 世 帯 の 誘 導 居 住 面 積 水 準 達 成 率 は 全 国 42 % 、 大 都 市 圏 37 % で あ り 、 子 育 て 世 帯 が 世 帯 人 員 に 見 合 っ た 広 め の 住 宅 を 確 保 で き て い な い こ と が 明 ら か と な っ た 。そ こ で 、高 齢 者 の 高 齢 期 に 適 し た 住 宅 へ の 住 み 替 え を 促 し 、 空 い た 住 宅 を 賃 貸 供 給 す る こ と で 、 子 育 て 世 帯 が ゆ と り あ る 住 宅 に 住 め る よ う に 国 土 交 通 省 所 管 事 業 と し て 「 高 齢 者 等 の 住 み か え 支 援 事 業 」 が 実 施 さ れ て い る 。 本 稿 で は 、 市 場 の 失 敗 の 観 点 か ら 制 度 導 入 の 根 拠 を 検 討 し た 上 で 、 こ の 制 度 が 市 場 の 家 賃 に 与 え る 効 果 に つ い て 、 東 京 都 の 4区 の 賃 貸 情 報 を も と に 、 実 証 的 に 評 価 を 行 う 。 分 析 の 結 果 、 制 度 導 入 後 の 高 齢 化 率 、 居 住 面 積 と の 関 係 で 制 度 が 家 賃 へ 統 計 的 に 有 意 な 影 響 を 及 ぼ せ て い な い こ と が 明 ら か と な っ た 。 こ の 分 析 結 果 を 踏 ま え 、 市 場 の 失 敗 に 対 す る こ の 制 度 設 計 が 非 効 率 な も の と な っ て い る こ と を 示 し 、 市 場 の 失 敗 対 策 と し て の 政 策 の あ り 方 を 明 ら か に し た 。

2012年(平成24年)2月

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU11003 小川 香名子

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目次 第1章 はじめに ... 1 第2章 制度の想定する市場の失敗に関する理論分析 ... 2 2.1 子育て世帯の誘導居住面積水準確保について ... 3 2.1.1 子育て世帯が誘導居住面積を有することの正の外部性 ... 3 2.1.2 制度の仕組み ... 3 2.2 高齢者の高齢期に適した住環境への住み替えを促すことについて ... 5 2.2.1 高齢者の住み替えがもたらす「正の外部性」 ... 5 2.2.2 制度の仕組み ... 5 第3章 制度が市場に与えている影響に関する実証分析 ... 6 3.1 分析対象 ... 6 3.2 分析方法 ... 7 3.3 推計モデル ... 7 3.4 データ ... 8 3.5 推計結果 ... 8 3.6 推計結果の考察 ... 10 第4章 政策の妥当性に関する考察 ... 10 4.1 高齢者の賃貸供給阻害要因について ... 11 4.2 正の外部性対策について ... 11 4.2.1 転貸先を子育て世帯に限定していないことについて ... 11 4.2.2 この制度の利用を50歳以上の高齢者に限定していることについて... 13 4.2.3 高齢者の正の外部性対策について ... 13 第5章 政策提言 ... 14 5.1 正の外部性に関する制度設計への提案 ... 14 5.2 まとめと今後の課題 ... 15 謝 辞 ... 16 参考文献 ... 16

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第1章 はじめに

平成15年度住宅・土地統計調査により高齢者の約8割が持ち家を有しており、世帯類型別の居 住面積の分布を見ると、65歳以上の単身または夫婦の持ち家世帯の54%が100㎡以上の広い住宅 に住んでいることが明らかとなった。一方で、子育て世帯については、誘導居住面積水準達成 率1は世帯の全国42%、大都市圏37%であり、子育て世帯は世帯人員に見合った広めの住宅を確 保できていないとの調査結果が出た。 そこで、高齢者が現在住んでいる広い住宅を賃貸市場へ供給し、高齢者は高齢期に適した住 環境へ移り住むとともに、子育て世帯が安い賃料でゆとりある住宅に住むことができる仕組み をつくるため国が基金を拠出して制度化したのが、平成18年10月から事業実施している「高齢 者等の住み替え支援事業」である。 この制度の概略は、一定の耐震性を有する住宅を高齢者から中間法人等が長期的に借り上げ、 子育て世帯等に3年間の定期借家で転貸する。最初の転貸借契約成立後は、転貸先がなく空き家 となった場合も賃料支払いを保証するというものである。 この制度の実績をみると、一般社団法人 移住・住みかえ支援機構(JTI)2が事業を開始した 平成18年10月から平成23年9月までの制度活用実績は、制度利用申し込み341件、入居者決定276 件3と利用者数が少ない。そのため、制度目的に対応する制度構造の効率性における問題が考え られる。 この制度に関連する研究としては以下のものがある。 定期借家制度の効果については、大竹・山鹿(2001b)が50㎡以上の物件について、一般借家 の家賃よりも統計的に有意に低く、契約期間が長くなればなるほど家賃が高くなることを実証 している。園田(2003)は高齢者に関する各種賃貸住宅施策について概観し、高齢者の住宅施策 と介護保険の連携の在り方について論じている。大垣(2007、2010)は制度実施者の立場から この制度の運用経過、課題・評価について論じている。 しかし、この制度が市場に及ぼす影響について実証分析を行ったものはない。 そこで、本稿では、制度が有効に機能していれば比較的広い家に住んでいると考えられる高 齢者からの賃貸供給が増え、その結果広い家の家賃が下落すると考えられることから、ヘドニ ック分析により、高齢化率が家賃に与える影響を評価する。分析の結果、制度導入後に有意に 家賃低下に影響を及ぼしていないことが示された。このことから、制度が市場に影響を与えて いない可能性がある。この結果を受けて、この制度の効率性からの問題点及び市場の失敗対策 としての政策のあり方について検討した。 以下、次のような構成となっている。まず次章において、制度の想定する市場の失敗につい て経済学に基づく理論分析を行う。第3章において、市場に及ぼしている制度の効果について重 回帰分析に基づく計量経済分析を行う。第4章において、政策手段の妥当性を考察し、政策提言 を行う。第5章において、まとめと今後の課題を提示した。 1 豊かな住生活の実現の前提として多様なライフスタイルに対応するために必要と考えられる住宅の面積に関する水準として「誘導 居住面積水準」という基準を設けている(出典:住生活基本計画)。住生活基本計画で子育て世帯における達成率の目標を掲げて いる。 2 平成18年10月から『一般社団法人 移住・住みかえ支援機構(JTI)』が、厚生労働省と国土交通省が管轄する公益法人である財団 法人高齢者住宅財団の住宅支援保証業務の実施主体として認定を受けて事業を実施している。 3 住み替え支援事業の事業主体である「一般社団法人 移住・住み替え支援機構」提供データ

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第2章 制度の想定する市場の失敗に関する理論分析

この制度は高齢者に賃貸借市場に住宅を供給することを促している。 賃貸供給の促進のため、この制度が設けている仕組みとしては以下のものがある。①この制 度を扱う仲介業者にハウジングライフプランナー資格4を必須条件とする、②公的機関たる中間 法人を介在させ期間の定めのない賃貸借契約を結び、転貸借にあたっては、定期借家契約を結 んで住居を利用させることで、自己都合解約制限リスクのない長期賃貸借契約を実現する、③ 基金による空室保証で、安定した収入を確保する。以上、3点の対策である。 こうした、高齢者等の住み替え支援制度による住宅供給促進の根拠として、国土交通省住宅 局住宅総合整備課(2003)は、子育て世帯と高齢者世帯の世帯人員数に要する広さに関し、住 宅のミスマッチが生じていることを問題視し、また、住田(2007)も同様に両者の抱える居住 ニーズと住宅ストックのミスマッチ状態の解消を想定している。大垣(2007)も高齢者の住み 替え支援と世帯間住宅循環を目的に、この制度は導入されたとしている。これらいずれの議論 でもミスマッチを制度導入の理由としているが、「子育て世帯と高齢者世帯の世帯人員数に要す る広さに関し住宅のミスマッチが生じている」ということであれば、制度導入の根拠は世帯人 員数の要する広さが満たされないことが市場メカニズムにゆだねただけでは解決しないという 点にあることになる。 このような、ミスマッチが問題であるという根拠としては、この制度が家主として想定して いる高齢者側と転借人として想定している子育て世帯側における制度が想定している外部性5 問題と考えられるだろう。 本節では、これら制度の仕組みから想定される転借人たる子育て世帯が誘導居住面積を満た す住居に住むことによる外部性と、家主たる高齢者が高齢期に適した住環境へ住み替えること による外部性についてそれぞれ検討する。 4

ハウジングライフ(住生活)プランナ-(Housing Life Planner)とは、住まいに関するアドバイザーであるハウジングプランナ ーと、人生設計に関するアドバイザーであるライフプランナーを一体化したことば。具体意的には、移住・住み替え支援制度の利 用者に対する制度説明や、住宅や住まい方を軸とした人生設計に関するアドバイスを行う専門家。(出典:HLPセンターHP) 5 外部性とは、市場を通すことなく、ある経済主体から他の経済主体に対して、便益や損失を与えることをいう。(出典:中川『公 共経済学と都市政策』47頁) 図1-1 住み替え支援のスキーム図 一般社団法人 移住・住みかえ支援機構(JTI)HPから抜粋

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2.1 子育て世帯の誘導居住面積水準確保について

この制度は子育て世帯の誘導居住面積水準を満たす世帯割合を増やすことを目的としている ことから、子育て世帯が誘導居住面積を有することでもたらされる正の外部性について考察す る。

2.1.1 子育て世帯が誘導居住面積を有することの正の外部性

この制度は、一定の耐震性を有する住宅を高齢者から中間法人等(以下「借り上げ主体」と いう)が長期的に借り上げ、子育て世帯等に3年間の定期借家で転貸する仕組みをとっている。 定期借家制度を使うことで、転借人が支払う転貸借料は普通借家よりも賃料が安い。賃貸期 間は一定だが、高齢者が借り上げ主体との賃貸契約を解除しない限り、優先的に同じ建物で新 たに定期借家契約を結ぶことができるため、普通借家よりも家賃が安い分、子育てのために広 めの住宅が必要な子育て世帯のニーズが高いことを想定している。 この点、子育て世帯の誘導居住面積達成率が低いことを問題とし、制度を正当化するとすれ ば、外部性などの要因が考えられる。 子育て世帯、特に若年子育て世帯は所得が低く、教育費や養育費に係る費用が大きいため、 住居へ支出できる費用負担が困難な傾向にあり、他の世帯に比べ居住水準が低い傾向がみられ る。しかし、社会の未来を担う子どもの心身における健全な育成は社会にとって有益なもので ある。そのため、子育て世帯が適切な負担でゆとりある住宅に居住することができ(誘導居住 面積の確保)、安心して子どもを産み育てられることは、社会にとっても正の外部性を有すると 制度が想定していると考えられる。また、十分な学習スペースの確保も期待できない場合、家 庭における教育環境が子どもの知的成長を阻害する可能性も考えられる。 そこで、子育て世帯における誘導居住面積の確保が、それらの事象の発生を防止し、医療、 教育面での正の外部性を有すると想定していると考えられる。

2.1.2 制度の仕組み

6 上記のように正の外部性があるとした場合、図2-1に示されるように、私的便益曲線はその財 の社会的価値を表していない。社会的価値は私的な価値よりも大きいので、社会的便益曲線は 私的便益曲線よりも上方に位置する。最適な取引量は社会的便益曲線と供給曲線の交点で与え られる。従って、社会的に最適な取引量は、私的な市場で決まる取引量よりも大きい。政府は 市場参加者を促して外部性を内部化することにより、市場の失敗を正すことができる。正の外 部性への適切な対応としては、市場均衡を社会的最適に近づけるため、正の外部性に補助をす ることが必要となる。 この制度の想定としては、誘導居住面積水準を充たしている賃貸借市場において、子育て世 帯の正の外部性については便益として認識されない。そのため、私的便益曲線と供給曲線が交 わる点Q1の借家数しか取引されないが、正の外部性を含めた社会的便益曲線と供給曲線が交わ る点Q2の借家数が取引されることが社会的に望ましい。また、市場取引価格も若年子育て世帯 が支出しやすいように現在の均衡取引価格である点P1から下げることが望ましい。この場合、 □ACEDの総余剰、△DEFの死荷重が発生している。 そこで、この制度は供給者側に補助金と同様の機能を果たす基金を設けることで、供給曲線 を右にシフトさせ、均衡価格を点P1から点P2に引き下げ、均衡取引量も社会的に望ましい点 6 マンキュー経済学』279頁~280頁の考えを参考にした。

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4 Q2で実現させることを想定していると考える。 正の外部性の量を図ることは困難であるが、仮に子育て世帯が有する正の外部性(□ABHF) と同量の基金(□CGHF)が供給者側に拠出された場合は、正の外部性と基金とが打ち消し合い、 死荷重を発生することなく社会的余剰(△ACF)を最大にすることが可能となる。 ※誘導居住面積水準を満たしている借家市場を想定、単純化のため、従量的な基金支出を仮定する。 図2-1 子育て世帯の住み替えが及ぼす「正の外部性」対策 ~誘導居住面積水準~ (1) 一般型誘導居住面積水準 ① 単身者 55㎡、② 2人以上の世帯 25㎡×世帯人数+25㎡ (2) 都市居住型誘導居住面積水準 ① 単身者 40㎡、② 2人以上の世帯 20㎡×世帯人数+15㎡ 注1:世帯人数は、3歳未満の者は0.25人、3歳以上6歳未満の者は0.5人、6歳以上10歳未満の者は0.75 人として算定する。ただし、これらにより算定された世帯人数が2人に満たない場合は2人とする。 注2:世帯人数(注1の適用がある場合には適用後の世帯人数)が4人を超える場合は、上記の面積から 5%を控除する。 注3:次の場合には、上記の面積によらないことができる。 ① 単身の学生、単身赴任者等であって比較的短期間の居住を前提とした面積が確保されている 場合 ② 適切な規模の共用の台所及び浴室があり、各個室に専用のミニキッチン、水洗便所及び洗面 所が確保され、上記の面積から共用化した機能・設備に相当する面積を減じた面積が個室部 分で確保されている場合

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2.2 高齢者の高齢期に適した住環境への住み替えを促すことについて

この制度は、高齢者が住んでいる住宅を賃貸市場に供給し、高齢者自身は高齢期に適した広 さと設備を有する住環境に住み替えすることを想定していることから、高齢者が住み替えるこ とでもたらされる正の外部性について考察する。

2.2.1 高齢者の住み替えがもたらす正の外部性

この制度は、一定の耐震性を有する住宅を50歳以上の高齢者から借り上げ主体が長期的に借 り上げ、転貸する。最初の転貸借契約成立後は、転貸先がなく空き家となった場合も賃料支払 いを保証する。空室リスクがない分、転借人が支払う賃料の10%が保証準備積立金に充てられ る仕組みとなっている。保証準備積立金では足らない場合に備え、あらかじめ国が支出して基 金(5億円)を用意している。この制度の仲介業者には、制度説明及び住まいを軸とした生活設 計のアドバイスの資格としてハウジングライフプランナー資格の取得を必須条件として課して いる。 また、家主たる高齢者と最終の賃借人(転借人)たる子育て世帯の間に公的な組織が借り上 げ主体として介入して定期借家3年で転貸借するため、高齢者の解約権が制限され賃貸借が長期 化するリスクがない。一方、賃貸借契約を解約する必要がなければ、空室リスクを高齢者世帯 が負わずに長期に定期的な家賃収入を見込むことができ、安定した生活設計が可能となるよう にしている。 このように、高齢者が現在の住宅に住み続けることを問題とし、住み替えを促すこの制度を 正当化するとすれば、外部性などの要因が考えられる。 この点、一般的に子育て期に購入した住宅は、子どもが独立して夫婦世帯になると、身体機 能も低下する高齢者にとっては、広すぎ、逆に使い勝手が悪くなるとともに快適に住むには改 修が必要となる。そのため、加齢に適した規模と設備を有する住居に住み替える方が効率的と 思われる。 また、バリアフリーなど整っていない使い勝手の悪い広い戸建てに住み続ける場合には、そ の不便を補い高齢期の生活に相応しいようにリフォームや介護器具の設置、ヘルパーなどの介 護補助が必要となってくる。この点、介護保険を利用する場合に利用者は要介護度の認定を受 け、その要介護度に応じて介護保険の対象となるサービス費の枠を与えられる。その枠の中で、 かつ、認められている介護サービス内容の利用をする場合には1割しか負担を負わない。利用に あたって、サービス内容の必要性についての制限はない。そのため、利用者側にモラルハザー ド(倫理の欠如)が生じ必要以上の介護保険の利用により介護保険給付を引き上げる恐れがある。 そのため、そのまま高齢期に不適切な居住環境に住み続けることは、介護サービスを非効率 に使う、身体機能の低下を早めるなどの可能性がある。 よって、高齢者が高齢期に適した規模と設備をあらかじめ備えた住宅に住み替えることによ り、設備不備がもたらす過大な介護保険サービスの利用を防ぎ、介護給付の低下、医療保険給 付の低下といった「正の外部性」が生じている可能性がある。

2.2.2 制度の仕組み

上記のように正の外部性があるとした場合、図2-2に示されるように、正の外部性の内部化を 図っていると考えられる。 私的便益曲線はその財の社会的価値を表しておらず、最適な取引量は社会的便益曲線と供給 曲線の交点Fで与えられる。従って、社会的に最適な取引量は、私的な市場で決まる取引量より

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6 も大きい。そのため、左図のように□ACEDの総余剰、△DEFの死荷重が発生している。そこで、 政府はこの制度により、補助金と同じ役割をする基金を設け空室保証をすることで、外部性を 内部化していると考えられる。すなわち、50歳以上の高齢者が所有している住宅を賃貸供給 した場合に住み替えにより生じる正の外部性と同量の基金(□ABHF)をもうけ空室保証をする ことで、賃貸収入についての不確実性リスクをなくしている。これにより、住み替え後の一定 収入が確保され、高齢者の住み替えに対する需要曲線を右にシフトする。その結果、社会的に 最適な取引量点Q2の住み替え数を実現することができ、死荷重を発生することなく、社会的余 剰を左図の□ACEDから右図の△ACFに最大化することを想定していると考えられる。

第3章 制度が市場に与えている影響に関する実証分析

3.1 分析対象

この制度は平成18年から当初3年間は国のモデル事業として位置づけられ、平成19年から全国 展開するまでは需要が見込まれる首都圏での事業展開を中心としてきた。そのため、分析対象 地域は、より環境の違いの少ない東京都区内の次の4区とした。選考根拠としては、平成23年1 月1日現在の住民基本台帳データ7の高齢化率を元に、高齢化が進んでいる地区「台東区(24.05%)」 と「北区(24.67%)」、高齢化がそんなに進んでいない地区「中央区(16.48%)」と「港区(17.57%)」 とした。 分析対象とした時期は制度実施前である平成18年9月と平成23年12月の2時点のクロスセクシ ョンデータを用いる。 抽出対象物件は大竹・山鹿(2001b)の論文によると定期借家制度の効果は50㎡以上の物件に 統計的に有意にみられることから、50㎡以上の戸建て・マンションを対象とする。 7 東京都のホームページ上の「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」の「平成23年 参考表 第9表 区市町村別年齢(3区分) 別人口の構成比( 平成12年~平 成23年)」のデータ 図2-2 高齢者の住み替えによる「正の外部性」対策

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3.2 分析方法

2011年9月までのこの制度における合計利用件数は276件と少なく、全体の賃貸供給に大きい 影響をもたらしている可能性は低いものと考えられる。 しかし、実際の制度利用件数が少なくても、制度が存在することそのものが潜在的な住宅供 給に与える影響は存在するため、家賃を下落させている可能性は否定できない。ここでは、制 度導入後に潜在的な住宅の高齢化率の地域間の違いに注目し、家賃への影響を定量的に評価す る。 この制度は、賃貸借市場での高齢者による広めの住宅供給が増え、家賃が下がることを想定 していることから、この制度導入が市場において効果を及ぼしている場合には、高齢化率が高 いほど制度が利用される可能性は高く、高齢化率の高い地域の家賃は低くなっているはずであ る。 そこで、「高齢化率が高い地域ほど制度導入後の家賃は低下しているはず8。」との仮説をもと に、この制度の実施により市場家賃がどのような影響を受けたか、及び、家賃に与える高齢化 率と制度導入前後の関係をみるため、重回帰により分析を行う。 さらに、この制度は世帯人員数からみて、広過ぎる居住面積を有する高齢者の住宅が賃貸に 供給されることを想定していることから、制度導入が市場に効果を及ぼしているとすれば、高 齢化率が高い地域での賃貸供給量が増え、取引価格(賃料)が下がるとともに、建物延床面積 が広いほど制度導入後の家賃は低くなっているはずである。 よって、「高齢化率が高い地域で、かつ、建物延べ床面積が広い賃貸物件ほど制度導入後の家 賃は低下しているはず。」との仮説を元に、この制度実施により高齢化率、建物延べ床面積との 関係が家賃にどのような影響を与えたかをみるため、重回帰式により分析を行う。

3.3 推計モデル

推計式は以下の通りである。

lnY α + β1DY + β2K + β3DY K + β4M + ∑iXi ε

被説明変数lnYは、家賃(万円/月)を対数にして用いる。 説明変数のDYは制度導入時期ダミーで、制度導入後の平成23年であれば1、制度導入前平成 18年であれば0をとる。Kは高齢化率(%)である。Mは、建物延べ床面積(㎡)で、賃貸物 件の各階・各部屋の床面積の合計である。Xiはその他の説明変数であり、物件の特徴や立地 を示すものとして、最寄り駅までの時間距離(分)、築年数(年)、東京駅までの時間距離(分)、 戸建てダミー、区ダミーである。戸建てダミーはマンションを基準とし、戸建てであれば1 をとるダミー変数である。また、区ダミーは中央区を基準に、港区、台東区、北区、それぞ れの区であれば1をとるダミー変数である。 αは定数項、β、γは係数、εは誤差項である。 DY*Kは、制度実施後の効果を表す変数として、制度導入時期ダミーと高齢化率の交差項を 設定したものである。係数が有意に負となった場合、制度の影響を受けて家賃が下降したと解 8 本件制度では50歳以上の高齢者を対象としているが、実証分析にあたっては統計上の高齢者たる65歳以上をもとにした高齢化率を 使用する。

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8 釈できる。 これらの基本統計量は表3-1のとおりである。

3.4 データ

家賃及び、建物延べ床面積、最寄り駅までの時間距離、築年数は株式会社CHINTAI発行の賃貸 住宅情報誌「CHINTAI」の平成18年9月第一週目号と、平成23年12月中に同社のインターネット 上のホームページ「CHINTAI」にアップされている賃貸情報を用いる。 同月分の賃料データの採取がよいと思われるが、現在HPでの賃貸情報が重視されており、 平成23年9月の賃貸情報誌では、掲載物件が非常に限られた数しか無く、今回の分析対象となる 物件はほとんど掲載されていないことから、平成23年については最新の12月データを採用した。 高齢化率は、東京都のホームページ上の「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」の「平 成23年 参考表 第9表 区市町村別年齢(3区分)別人口の構成比( 平成12年~平 成23年)」 から、住民基本台帳の平成18年と平成23年の各年1月1日現在の各区の高齢化率を用いる。東京 駅までの時間距離は、インターネット路線検索「goo路線」を用いる。 平均値 標準偏差 最小値 最大値 家賃 20.9953 10.33595 8 136.3 ln家賃 2.969183 0.360477 2.079442 4.914858 平成 23 年ダミー 0.890896 0.311882 0 1 高齢化率 19.62588 3.434469 16.48 24.67 延べ床面積 66.94848 19.89975 50 234.7 最寄駅までの時間距離 6.255058 3.542426 1 23 築年数 12.69306 11.12822 0 76 東京までの距離 15.02457 6.261774 2 35 戸建ダミー 0.04263 0.202095 0 1 港区ダミー 0.37211 0.483542 0 1 台東区ダミー 0.179913 0.384254 0 1 北区ダミー 0.171243 0.376857 0 1 観測数 1384

3.5 推計結果

3.3節で導入した推計式の推計結果は、表3-2(1) にまとめられている。 制度施行後の影響を見る平成23年ダミーが入っている説明変数については、統計的に有意 な結果は得られなかった。よって、平成18年と平成23年の家賃データで他の説明変数の影響 を除いた年の違いによる影響は見られないことになる。 また、制度施行後の平成23年ダミーと高齢化率との交差項も統計的に有意な結果は得られ なかった。これは、制度施行後の高齢化率との関係が家賃に及ぼす影響は見られないことを 表している。よって、この制度が実施されたことによる家賃への影響及び、高齢化率との関 表3-1 基本統計量

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9 係でも家賃決定に当たり、十分な影響を及ぼせていないという結果となった。 その他の説明変数については、一般的に予想される結果と整合する。 延べ床面積は広くなるほど、地価が高い傾向が予想されるため、係数が有意に正となって いる。また、最寄り駅までの時間距離、東京駅までの時間距離は駅から遠いほど、築年数に ついては古いほど、地価が低くなる傾向が予想されるため、係数が有意に負となっている。 高齢化率は統計的に有意に正となっている9。これは、高齢者の持ち家率、居住面積は平均 よりも全国的に高いことから、広い面積や戸建てを持つ傾向のある高齢者が多いということ は、賃貸住宅に出る物件の数を少なくし、また物価水準の高い東京において上記傾向のある 高齢者は裕福である可能性があり、賃貸市場に関係している場合には家賃を高めている可能 性があると思われる10 戸建てダミーは係数が有意に負となっている。これは、賃貸に出ている戸建てについては、 築年数が古く、木造等構造の弱いものが多いからではないかと思われる 区ダミーは中央区を基準にしており、台東区や北区は東京の中心部から距離があることか ら各ダミーは有意に負となっている。港区は東京の中心地だが、港区の方が中央区よりも東 京タワーや六本木ヒルズなどのショッピング・レジャー施設が多いため有意に正の係数にな っていると思われる。 ここで、制度が期待するように、延べ床面積が大きい家賃の下落が起こっているかを見る ために、高齢化率と延べ床面積の交差項、その交差項にさらに平成23年ダミーをかけたもの を説明変数に含め、同じ高齢化率の下で、より広い住居の賃貸価格が制度導入後に下落する 傾向があるかどうかを確認する。推定結果は表3-2(2)に示されている。 制度施行後の影響を見る平成23年ダミー及び、高齢化率との交差項についても、先と同様 に統計的に有意な結果は見られなかった。 その他の説明変数については、定数項を除き、先の推計結果と係数の正負及び、有意性に 変化は見られない。 まず、高齢化率と延床面積の交差項については、有意に係数が負になっている。これは、 高齢者の持ち家比率が高い(平成20年住宅・土地統計調査で約8割)ことから、高齢化率の高 い地域はそもそも地域全体に広い住居があるため、家賃が低くなっているか、もしくは制度 導入が無くても高齢化率の高い地域ではそれなりに広い住居の供給が多く、家賃が安かった 可能性があると考えられる。また、平成23年ダミーと高齢化率、延べ床面積の交差項は統計 的に有意ではない。これは高齢化率、延べ床面積との関係でも制度導入が有効に機能してい ないことを示唆している。 9 高齢化率を説明変数として分析している文献がそもそも少なく、ヘドニック法により分析している菅原(2009)の文献においては、 高齢化率は統計的に有意に負の係数となっているが、知り合いの不動産鑑定士の話による推測など明確な根拠を示せていない。そ のため、高齢化率については種々の解釈が可能と思われる。また、環境などすべての影響を受ける地価と家賃の違いもあると思わ れる。 10 平成20年度住宅・土地統計調査の確報集計(全国編)第54表「世帯の種類(3区分)、世帯の型(34区分)、住宅の所有の関係(6 区分)、居住室の畳数(13区分)別普通世帯(高齢夫婦のいる世帯)」において、持ち家の「1世帯当たり居住室の畳数」が65歳未 満単身では32.39畳、65歳以上の単身は34.96畳。2人世帯の平均は39.23畳、65歳以上のみの世帯では、39.75畳。3人世帯平均が41.68 畳、65歳以上の者のみの世帯が48.49畳。4人世帯の平均が42.91畳、65歳以上の者のみの世帯が51.84畳といずれも高齢者世帯の方 が全国平均よりも広い畳数に居住している。

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10 (1) (2) 係数 標準誤差 係数 標準誤差 平成 23 年ダミー 0.07789 (0.15997) 0.09598 0.15874 高齢化率 0.06666 (0.03649) * 0.08965 0.03690 ** 平成 23 年ダミー×高齢化率 -0.00947 (0.00871) -0.00856 0.00886 延べ床面積 0.01147 (0.00023) *** 0.01858 0.00150 *** 高齢化率×延べ床面積 -0.00035 8.92E-05 *** 平成 23 年ダミー×高齢化率 ×延べ床面積 -2.7E-05 3.42E-05 最寄駅までの時間距離 -0.01096 (0.00132) *** -0.01120 0.00131 *** 築年数 -0.00904 (0.00042) *** -0.00891 0.00042 *** 東京までの距離 -0.00153 (0.00087) * -0.00188 0.00087 ** 戸建てダミー -0.06837 (0.02279) *** -0.05479 0.02277 ** 港区ダミー 0.06935 (0.03608) * 0.06946 0.03589 * 台東区ダミー -0.60087 (0.22380) *** -0.59754 0.22254 *** 北区ダミー -0.69948 (0.23813) *** -0.69549 0.23682 *** 定数項 1.40147 (0.61260) ** 0.93835 0.61756 自由度調整済み決定係数 0.8028 0.8065 観測数 1384 1384 ***、**、*はそれぞれ有意水準1%、5%、10%を満たしていることを示す。

3.6 推計結果の考察

推計モデルの結果から、この制度は賃貸市場の家賃決定にあたり、十分な影響を及ぼせてい ないことが明らかとなった。 このことから、制度の仕組みにより高齢者の賃貸供給を阻害している可能性がまず考えられ る。そこで、次章では制度設計の効率性の観点から検討を行うこととする。

第4章 政策の妥当性に関する考察

本章ではまず、なぜ制度が有効に機能しなかったのか、制度利用に係る問題点を高齢者の賃 貸供給阻害要因について考察する。さらに制度導入の根拠となっている①子育て世帯が世帯人 員に見合ったゆとりある広い住宅に住むことによる「正の外部性」②高齢者が高齢期に適した 住宅環境を備えた住宅に住み替わることによる「正の外部性」について、この制度がそれぞれ の市場の失敗に対する効率的な政策になっているかどうかを検証する。 表3-2 推計結果

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11

4.1 高齢者の賃貸供給阻害要因について

ここでは、制度導入にもかかわらず、なぜ賃貸供給が増えていないのかについて考える。 この制度の取り扱いには通常の賃貸借とかなり異なる知識や実務ノウハウが要求されること から、この制度に関する制度説明を行う者は、高齢者住宅財団11が承認し、事業実施主体が運営 する資格制度で認定された住み替え支援事業説明員であることとされている。これを受けて、 JTIではハウジングライフプランナーという資格制度を創設し、高齢者住宅財団より認定を受け ている。ハウジングライフプランナーはこの制度の利用者に対する制度説明や、住宅や住まい 方を軸とした人生設計に関するアドバイスを行う専門家を認定する資格であり、一般の人も取 得可能であるが、この制度の仲介業務を行うためには、同資格の取得が必須条件となっている12 この資格制度は、仲介業者側には参入規制的に働くとともに、住み替え支援制度を利用する にあたって仲介業者の取引費用を高めていると考えられる。 しかし、仲介業者の仲介手数料は宅地建物取引業法により上限が決められている。そのため、 仲介業者は資格取得にかかった費用分を通常の仲介手数料に上乗せすることができない。 結果、仲介業者に対し積極的な資格取得へのインセンティブが働かないため、高齢者の賃貸 供給はそれほど増えなかったのだと考えられる。 今後、住み替え支援制度を促進するには、こうしたハウジングライフプランナー制度を廃止 し、この制度がハウジングライフプランナーに果たすことを期待している役割については、高 齢者にも分かりやすい内容のチラシの設置などによるマニアル化、及び、その運用の徹底で対 応可能であると考える。これにより、参入規制的な資格制度は不要になり、制度が期待するよ うに、より円滑な高齢者からの住宅供給が可能となるかもしれない。 しかし、そもそも政府が高齢者の住み替えを促進する形で住宅供給を増やす必要はあるのだ ろうか。次節以降ではこの制度の想定する正の外部性対策としての妥当性について検討を行う。

4.2 正の外部性対策について

この制度の正当化理由である正の外部性対策について制度設計の効率性の観点から検討を行 うこととする。

4.2.1 転貸先を子育て世帯に限定していないことについて

この制度は子育て世帯が世帯人員に応じた、ゆとりある居住面積を有する住宅に住むことに 正の外部性を有すると考えていると想定されるが、転貸借の借り手について、子育て世帯に限 定しておらず、子育て世帯に対してなんら施策を講じていない。その結果、子育て世帯以外の 世帯もこの制度を利用している。 この制度が想定通りに有効に市場で機能した場合には、子育て世帯以外も含めた市場全体の 均衡取引価格が低下するため、正の外部性を有しない子育て世帯以外の直面する市場均衡価格 も低下させることとなり、結果、子育て世帯以外の消費者余剰も増やすこととなる。そのため、 効率的な外部性対策とはなっていない。 11 高齢社会に対応した住宅・生活関連サービスなどに関する調査研究、地方公共団体等の高齢者向け社会に対応した住宅の事業化 の支援、生活関連サービスシステム等を備えた高齢者向け公的住宅の管理運営など、高齢者の家賃債務の保証、住宅改良資金貸 し付け等に係る債務の保証を行うこと等により、高齢社会に対応した住宅・生活関連サービス等の整備の推進及び福祉の推進に 寄与することを目的とする公益法人。住み替え支援保証業務は高齢者住宅財団の業務(出典:JTIハウジングライフプランナー についてのHP) 12 2011年10月31日現在ハウジングライフプランナー登録者数は協賛企業が4,104名、一般の資格者が587名。計4,691名となってい る。

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12 そのため、外部性の対策としては、住宅バウチャー13や補助金など子育て世帯に直接、住居費 にあてることのできる政策の方が効率的であると言える。 図式化したものが表4-1である。 13 バウチャーとは使用目的を限定した個人への補助を言う。バウチャーを与える対象を政策の目的とする世帯に限定することで、 より効果的に性の外部性を有する世帯の需要を引き上げることができる。また、バウチャーの大きな部分が家主に届くため、家主 が積極的に子育て世帯向けの借家を供給してくれるようになる。住宅バウチャーは、日本にはまだないが、アメリカでは多くの人 が使っている(出典:八田『ミクロ経済学Ⅰ』329頁)。 表4-1 子育て世帯と子育て世帯以外の余剰分析図

(15)

13 表4-1について、上部の図で描いている「子育て世帯」の「市場供給曲線」と「市場需要曲 線+正の外部性」の交点たる「点i」が社会的余剰を最大化する均衡点であるが、正の外部性を 認識しない場合には均衡取引量は子育て世帯以外の需要曲線と残余供給曲線が交わる均衡価格 「l」に直面することから、子育て世帯の私的便益曲線が交わる「ce(子育て世帯の取引量)」 と「eh=B(子育て世帯以外の取引量)」までしか取引がなされないこととなる。そのため、子育 て世帯の消費者余剰が△bce、それに伴う正の外部性が□abedである。そして、子育て世帯以外 の消費者余剰△jlnは△jkmと□klnmに分けられ、子育て世帯の図の△adgは底辺Aの長さと高さ ad=jkが同じことから、△jkmと一致する。また、□dehgは上辺がA、底辺Bであり、高さde=kl が同じことから、□klnmと一致するため、「▲ghi」の死荷重が発生する。 一方、下部の図の太線(市場供給曲線+基金)で描いているように、子育て世帯が有する正 の外部性と同量の基金を供給側に支出することで、子育て世帯の私的便益曲線と、子育て世帯 以外の需要曲線と残余供給曲線が交わる市場均衡価格「v」が交わる「子育て世帯」の図の「oq(子 育て世帯の取引量)」と「qt=C(子育て世帯以外の取引量)」まで取引される。よって、子育て 世帯の消費者余剰が△boq、正の外部性が□abqp、子育て世帯以外の消費者余剰は△apr(=△juw) と□pqtr(=□uvxw)の面積分であることから、縦軸から伸びる{「線分ar(市場需要曲線+正の 外部性)」と「線分rt」}と「市場供給曲線+基金」が交わる点tで社会的余剰が発生することか ら、「□rtsi」の死荷重が発生する。 この点、実際の制度の運営状況14を見ても、2011年11月21日現在の本制度利用物件入居契約者 の平均年齢43.6歳、世帯構成は平均3.5人、子どものいない世帯は100/379件、一人暮らし12/ 379件となっており、子育て世帯以外の利用も約1/3見られる。

4.2.2 この制度の利用を50歳以上の高齢者に限定していることについて

この制度は空室リスクを基金で補うことは、補助金と同様の性質を有するが、世帯数に見合 った子育て世帯向けの広い住宅の供給を促すのであれば、供給者を50歳以上の高齢者に限定す る必要性はない。もし、市場に供給するために必要な補助金額が高齢者とそれ以外の者を比べ た場合に前者の方が高い場合には非効率であることから、子育て世帯の正の外部性対策として は効率的な制度設計であるとは言えない。 よって、子育て世帯に適した広さを有する賃貸住宅の供給量を増やすのであれば、補助金(基 金の活用による空室保証)の支出は供給される賃貸物件の面積を基準に行うほうが効果的であ ると言える。

4.2.3 高齢者の正の外部性対策について

高齢者がバリアフリーなどの加齢に伴う生活環境が整っているところに住むことに正の外部 性を想定している。 しかし、正の外部性対策の対象者として、この制度は賃貸物件の供給者たる自宅所有の高齢 者に対する対策しか行っていない。そのため、借家居住など家を所有していない高齢者の正の 外部性に対しては何の対策にもなっていない。 また、長年住み続けてきた現在居住中の住宅に対して有する、愛着や思い出、地域とのつな がりなどによりこのまま住み続けたいと考えている高齢者に対しては、そもそも賃貸供給する 意思がないため、この制度は有効に機能しない。 14 JTI提供データから集計。更新物件も定期借家契約であることから、1件で計算している。

(16)

14 そのため、高齢者が有する加齢にともなう住環境改善への正の外部性対策としては、住み替 えと同様の正の外部性を実現するバリアフリーへの補助金や、必要以上の介護保険給付の支出 を防ぐにはモラルハザード対策として介護保険給付の量に応じた料金体系にするなど、直接的 な政策の方が効率的であるといえる。

第5章 政策提言

5.1 正の外部性に関する制度設計への提案

本章に至るまで、この制度ができるに至った背景、及び、制度が想定する仕組みから、この 制度が想定していると思われる市場の失敗を推定し、市場でのこの制度が及ぼす影響の実証分 析を行い、その結果を受けて市場の失敗対策としての制度の効率性について分析を行ってきた。 しかし、そもそもこの制度が対象としているのは個人の所有する住宅であり、排除性、競合 性を有する私的財である。使用・収益(賃貸借)・処分(売却)は本人の自由意思にまかされて おり、利益は個人に帰属することから、市場の失敗の特定にあたっては厳密に行う必要がある。 第2章で、制度の解析のため、あると想定してきた子育て世帯が誘導居住面積を有することの 正の外部性の中身としては、学習スペースを確保するといった「教育」分野での正の外部性と いえる。教育分野における直接的政策による外部性対策に重点を置く方が、間接的となる住宅 政策をとるよりも望ましいと考える。 例えば、奨学金や塾でも使える教育バウチャーを発行するなど教育分野での直接的対策を取 る方が望ましい。 よって、住宅における政策としては、普通賃貸借による情報の非対称性による長期賃貸借の リスクの問題や、耐震性などの建物そのものの情報の非対称性の問題など、住宅そのものから 問題となる市場の失敗に政策を絞るべきである。 高齢者の住み替えを促進することによる正の外部性についても、同様である。 第2章において、高齢者が高齢期に適した規模と設備をあらかじめ備えた住宅に住み替えるこ とにより発生する正の外部性は、設備不備がもたらす過大な介護保険サービスの利用を防ぎ、 「介護給付の低下」、「医療保険給付の低下」という「介護」、「医療」の各分野に分けることが できる。 よって、第4章でも述べたが、「介護」分野での必要以上の保険給付の支出を防ぐには、モラ ルハザード対策として介護保険給付の量に応じた料金体系にするなど、その分野において、よ り直接的で効率的な正の外部性を内部化する政策を取ることが可能であり、そうすることが望 ましいと考える。 そのため、この制度が想定すると思われる市場の失敗たる外部性対策としては、他の直接的 な分野において取り上げるべきものであり、住宅施策としてとりあげるべき市場の失敗とは言 えない。よって、外部性の観点からは市場の失敗のないところへの政府の介入であると言える。

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5.2 まとめと今後の課題

本稿では、高齢者等の住み替え支援事業について、市場の失敗の観点から制度導入の根拠を 検討した上で、この制度が市場家賃に与える効果について、東京都の4区の賃貸情報をもとに、 実証的に評価を行った。分析の結果、制度導入後の高齢化率、居住面積との関係で制度が家賃 へ統計的に有意な影響を及ぼせていないことが明らかとなった。 この分析結果を踏まえ、家賃へ統計的に有意な影響を及ぼせていない原因として、正の外部 性といった市場の失敗に対する政策として、この制度設計が非効率となっていることを示した。 また、この制度が想定する外部性の中身を詳しくみることで、政策のあり方として、外部性 に対しては直接的な政策をとるべきであり、その外部性が直接問題となる「教育」「医療」「介 護」といった分野で対策をとるべきである。この制度が対象とする「住宅」に対する政策は間 接的な施策となり、市場の失敗のないところへの政府の介入であると言えるであろう。 今後の課題としては、本稿では、実証にあたり、東京都4区を対象としたが、この制度は全国 を対象としていることから、制度導入前後のサンプルの対象範囲を広げて計量することで、よ り詳細な実証分析を行う必要があると考える。 また、制度の運用の長さにより市場に与える影響も変わってくることから、今後の制度の運 用を含め長期的視点から、この制度が市場に及ぼす影響の分析を行う必要があると考える。 最後に、本稿では、この制度について費用対効果の面からの分析は行っていない。この点、 市場において行いうるが市場が未熟なため、政府が先導的に仕組みを構築することで市場の発 達を促す可能性も否定しえないことから、費用対効果の分析は今後の課題であると考える。

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謝 辞

本稿の作成にあたり、北野泰樹助教授(主査)、黒川剛教授(副査)、丸山亜希子助教授(副査) には問題提起から理論分析・実証分析に渡り貴重な助言ならびにご意見を賜り深く感謝いたしま す。また、福井秀夫教授(プログラムディレクター)、中川雅之客員教授、安藤至大客員准教授を はじめとするまちづくりプログラムの教員ならびに同プログラムの学生の皆様からは、本稿全般 にわたり貴重な意見を頂戴致しました。ここに記して感謝申し上げます。 また、最適な研究環境実現のため、心身面についても暖かいご配慮をいただきましたプログラ ムディレクターの福井秀夫教授をはじめとする教員ならびに大学スタッフの皆様、そして多くの 面で支えていただいたクラスメイトの皆様に改めて深く感謝申し上げます。 そして最後に、1 年間におよぶ修学期間にも関わらず暖かく送り出してくれた派遣元及び家族に 深く感謝致します。 なお、本稿は個人的な見解を示すものであり、筆者の所属機関の見解を示すものではありませ ん。また、本稿における見解及び内容に関する誤りは、すべて筆者の責任であることを申し添え ます。

参考文献

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参照

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