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日本の現代神学──キリスト教倫理学の可能性── (2)

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(2)

著者 佐々木 勝彦

雑誌名 東北学院大学キリスト教文化研究所紀要

号 36

ページ 1‑19

発行年 2018‑06‑30

URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024393/

(2)

日本の現代神学

 ── キリスト教倫理学の可能性 ── (2)

佐々木 勝彦

第四章「神学的相対主義」

第四章は,I「新しい共同体の倫理学の方法論」,II「歴史的相対主義から神学的相対主 義へ」,III「神学的相対主義の神学的性格」,IV「神学的相対主義の視野」,V「社会倫理 学的批判」,VI「価値の秩序と価値相対主義の克服」の六節から構成され,最後に〈付論〉

「アラン・ブルームにおける価値相対主義の批判」」が付加されています1

① ここで,われわれの基本的態度を明確にしておきたい。それは本章の方法論的議論 の基本的態度であるが。それにとどまらず,それは,本書が提示する倫理学的探究の基本 的態度でもある。つまり,われわれがここで企てていることは,トレルチとバルトの間に あって,それは(これと同じ表現を用いた)リチャード・ニーバーとは異なった内容にお いてであるが,方法論的にも内容的にも第三の道を行くということである。トレルチの「文 化価値」の認識を,バルトの超越的視点と,対立させることなく,両者を《神学的相対主 義》において止揚して関連づけ,そして文化価値を一概に否定的に平板化しヴェーバー的 価値自由の立場にとどまるのではなく,かえって価値の相対性において現実的にはなお《よ り高い》価値と《より低い》価値があることを認識し,その価値の上下を《識別》的に判 1 「日本の現代神学 ── キリスト教倫理学の可能性 ── (1)」を発表してからすでに一年の時が経

過しました。そしてこの作業は,さらに一年後まで続く予定です。このように一冊の本(上下二巻)

を紹介するのに三年もの時間をかけることは,常識的にはありえないことです。「倫理」に関す る書物は,常に「不変的要素と可変的要素」との関係が問われるため,その書物のもつ意味は「時 代の状況」と無関係であるというわけに行きません。しかも本稿は,「教育現場」に関わる方々 をその読者として想定しているため,この問題はさらに複雑になります。現代の教育に関わる方々 に,研修用の「サブテキスト」として読んで欲しいという期待をもちつつ書いています。もしも この一年の間に,「時代の状況」が全く違った方向に進み始めているとすれば,この書物を紹介 する意味も改めて問われなければなりません。

 しかし筆者のみるところ,その必要性はなさそうです。宗教改革によって「点火」された「自 由の灯」は,四方八方から吹きつける強風にもかかわらず,消えるどころか,時代はむしろ「真 の自由の光」を求めて,「あえいでいる」ようにさえ映るからです。今回とりあげる「神学的相 対主義」は,このような状況においてこそその真価を発揮する可能性を秘めています。

 では,早速,第IV章の内容に入ってみましょう。ここでも,時代精神に逆らって,「急がず,

あわてず」読み進みたいと思います。なお,「日本の現代神学 ── キリスト教倫理学の可能性

── (1)」では,I,II,IIIなどの表記を「項」としましたが,本書全体の目次内容からすれば,「節」

とする方が適切であるため,以下の論考においては「節」と呼ぶことにします。

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断し,そうすることによって《よりよい》ものを倫理的目的として追求し,それを生かす ことを試みる行き方である。それがこの新しい共同体の倫理学の道なのである。バルトに は一種の価値ニヒリズムの影がある。啓示の立場に立って自然神学を排除するのは,人間 的な文化価値の上下に意味を見出さないからである」(219頁,I)。

※ 引用 ① には,著者自身が述べているように,本書の基本的姿勢がまとめられてい ます。したがってわれわれは繰り返しこの箇所に戻って考えてみる必要があります。トレ ルチとバルトの間にあって,「第三の道」を行く,これが「大木神学」の目指す「キリス ト教倫理学」の方向性です。では,この「第三の道」を切り開く「神学的相対主義」とは どのようなものでしょうか? 結論を先取りすると,その手懸りとされているのは「ライ ンホールド・ニーバーの神学」であり,著者はこう述べています。「この問題を考えてい く際,われわれの方向は,クリスチャン・リアリズムに立ったライホールド・ニーバーの 行き方に近づくことになるであろう。トレルチとバルトを止揚する道,それは方法論的に は,ラインホールド・ニーバーの考え方を《神学的相対主義》において捉え直すことによ り探求されねばならない。それがわれわれの《基本的態度》である。神学的相対主義にお いて,バルトとニーバーとの統合もあり得る。ここに呈示する神学的相対主義とは,バル トの「啓示」の思想を《徹底》することによって,かえってニーバーの「識別的判断」を 取り入れることを方法論的に可能にするものである」(220頁)と。

なお著者はこの後に,神学的相対主義が日本における《倫理学的成熟の課題》(222頁)

と深く関連していることを指摘しています。近代社会の倫理問題は「心情倫理」では解決 できないにもかかわらず,日本では,今なお,「責任倫理」を生きる主体が確立されてお らず,このような状況にあって,神学的相対主義は,「人権」のような特定の歴史的文化 の中で生まれ,そして養われてきた文化価値を正当に評価する道を切り開く,と述べてい ます。なお,著者は心情倫理の問題を,「心情の純粋さをもって戦場に赴くことの挫折の 経験」(223頁)から捉えており,問題の核心は「心情の純粋さではなく,その純粋な心 情が,《何》に向けられるべきか」にあると考えています。それは,究極的には「人に従 うのか,それとも神に従うのか」という「キリスト教への回心」の必然性を問うことに通 じています。著者によると「このような問題意識」は欧米のキリスト教世界にはみられま せん。それは「外国の倫理学書の翻訳によって解決されることはなく」(224頁),邦訳さ れたボヘンヘッファーの「服従」の倫理を読んだところで解決されるものではありません。

したがって日本におけるキリスト教倫理学は,「何に」「なにゆえに」従うのかを常に問わ ざるをえなく,文化価値の問題を歴史神学の視点から問う必要があるのです。

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② 「ラインホールド・ニーバーの思想を支えるのは預言者アモスである。旧約の預言 者にまで遡るなら,われわれは,預言者の思想の中に,神学的相対主義の原型を見るので ある。それは,神の神判の思想における神の民族的利害からの超絶,ヤーウェ神がイスラ エル民族神であることの《拒否》である。預言者の思想は,イスラエルの信仰がマルティ ン・ノートの言う「イスラエルにとっての新しい状態とその意味」として論じる状況との 関わりにおいて人間の知的世界に出現する。そこに初めて「世界史」として将来概念化さ れるべき,世界の見方が登場する。まずノートの明確な叙述をここに引用する」(235頁 以下,II)。

※ ② の最後に挙げられているノートの引用文には次のような言葉が記されています。

「預言者は,自分たちの時代の出来事を,全世界の歴史として神の側から理解した最初の 者である。すなわち,過去の歴史の経過を総括的に回顧して解釈したのではなく,また漠 然とした未来の展望において未来の一般的な出来事を預言したのではなく,彼らの現在の 出来事の中に,神によって計画された行為の始まりを認識したのである。われわれは,人 間の歴史においてこの『預言』の現象に対応するものを,現実に知らない。とりわけ,イ スラエルの近隣の民族の世界においては,同じようなものが何も知られていない」と。

著者はその「神学的相対主義」の典拠となるテキストとして,アモス書九章七-一〇節 と申命記二六章,さらにエゼキエル書一六章三節を挙げています。アモス書の当該箇所に はこう記されています。

「全世界の神」

7 イスラエルの人々よ。わたしにとってお前たちは,クシュの人々と変わりがないで はないかと,主は言われる。わたしはイスラエルをエジプトの地から,ペリシテ人をカフ トルから,アラム人をキルから,導き上ったではないか。

8 見よ,主なる神は罪に染まった王国に目を向け,これを地の面から絶たれる。ただし,

わたしはヤコブの家を全滅させはしないと,主は言われる。

9 見よ,わたしは命令を下し,イスラエルの家を諸国民の間でふるいにかける。ふる いにかけても,小石ひとつ地に落ちないように。

10 わが民の中で罪ある者は皆,剣で死ぬ。彼らは,災いは我々に及ばず,近づくこと もない,と言っている( アモス9 : 7-10 )。

※ ここでは,神はもはやアブラハム,イサク,ヤコブの神ではなく,「全世界の神」

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として示され,イスラエルにとって最後の勝利であるべき「主の日」が「裁きの日」となっ ています。神はこの審判において自らを民族宗教の神としてではなく,それを否定する神 として啓示しています。申命記二六章五-一〇節では,全世界は神の視野から見下ろされ,

「出エジプト」の出来事でさえ一個の民族移動の物語として相対化されています2。 ところが,イスラエル神は裁きの神であると同時に,選びの神でもあり,アモス書三章 一-二節はこう語っています。

「神の選び」

1 イスラエルの人々よ,主がお前たちに告げられた言葉を聞け ── わたしがエジプト の地から導き上った全部族に対して ──

2 地上の全部族の中からわたしが選んだのは,お前たちだけだ。それゆえ,わたしは お前たちを,すべての罪のゆえに罰する( アモス3 : 1-2 )。

※ 著者はこの箇所について二つの点に注目しています。ひとつは,「旧約聖書特有の《人 格関係》の基礎構造」(239頁)がみられることです。つまりここには「我と汝」の人格 関係がみられます。もうひとつは,二節にでてくる「それゆえ」が人間の「《宗教的願望 を破壊している》」(240頁)ことです。そして著者は,II「歴史的相対主義から神学的相 対主義へ」をこう締めくくっています。

「こうして,アモスの預言の中に現れた神の視野は,イスラエルを《相対化》しつつも,

イスラエル的宗教性を《深める》ことによりきわめて《イスラエル的なもの》と言わねば ならないのである。このような特質は,おそらくこの全体を日本のような非イスラエル的 視点から見ることによって,よく見えることであろう。そのような見方は,日本の伝統に は存在しない。日本では,戦前の哲学者がなしたように,歴史的相対主義を受け入れて,

西欧を相対化し,それによって《自己絶対化》を試みた。しかし,イスラエル的信仰,と りわけ預言者的な神の神判の信仰においては,神とイスラエルとは絶対的に区別され,ま さに神は天に在まし,イスラエルは地にあって,他民族と同列へと相対化されるのである。

この相対化が,他民族にはできないことであり,そこに顕著にイスラエル的なものがある と言わねばならない」(240頁)。

2 本章の最後の部分では,この審判の思想について,「旧約聖書の預言者的信仰にある審判の思想は,

そこから自己絶対化の否定が出てくるとともに,そこから自己批判の精神も出てくる源泉である」

(270頁)と述べ,預言者的信仰と日本人の「自愛」の精神との差異が強調されています。

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③ 「問題は,相対主義者がその主体を相対化できるか,ということである。真に相対 主義者が自己を相対化できるのは,《自殺的》なことであろう。《もしそうでなければ》そ のような自己相対化は,あたかも命綱を掴んで深淵に身を投ずるようなものである。その 命綱とは,救済である。《救済が前提となって,初めて人間は自己を相対化できる。》それ 故,神学的相対主義とは《救済の論理》である。その救済とは,神の長い腕に支えられて いること,キリスト,聖霊に支えられていることである。それは自己相対化の深淵に投身 する人間を救う恩寵である。そのようなものとして,それは神学的な可能性,つまり《神 学的》相対主義なのである」(242頁,III)。

※ 引用 ③ に明示されているように,「神学的相対主義」とは,救済の体験とその自覚 的省察に基づく論理であり,「救われる」という経験がなければ理解しがたい論理です。

したがって大木神学を理解しようとする者は,自らの信仰体験とそれに基づく論理を整理 しておく必要があります。仮にその内容が福音主義の伝統に属するものであるとすれば,

それは,ルターが再発見した「聖書のみ」「信仰のみ」「恵みのみ」の論理として整理され るはずです。そして事実,大木神学の根底にはこの宗教改革の精神が生きています。

④ 「もしこの《神学的》相対主義を図示するならば,それはあの《歴史的》相対主義 における富士登山の譬えとは逆の構図となる。それは下に深淵が開けるからである。

この論理は日本においては理解しにくいことであるが,大峰山の荒行の光景は一つの譬 えとして有効であると思う。それは,人を荒縄で縛り後ろから同僚が支えて,断崖にその 人を吊り下げ深淵をのぞましめるという荒行であるが,そのとき人間は普段見ることので きない深淵の岩襞を見る。そこまで人間が降下されなければならない。人間が山上の安全 なところから眺めるのではない。自分が深淵までおろされてその《底》を見るのである。

それが自己相対化の譬えである。そこで相対性の《底》を見る。しかし,もし後ろからの 支えなしに落下してその底を見たならその瞬間,その人は底に打ちつけられて死んでしま うのではないか。なお生きて底を見ることが可能であるのは,その人が背後から支えられ ているからである」(242頁以下,III)。

※ 筆者は,かつて神学校の教室で,この譬を直接聞いたことを今でも鮮明に覚えてい ます。それは神学校の大学院に編入学した最初の年の講義で,しかもそれは,履修単位不 足のために取らざるをえなかった学部の講義でした。それまで「救済」のイメージを模索 していた筆者には衝撃的な譬えであり,その後の思索においても,繰り返しこの譬えに立

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ち帰りました。

これまで,たしかに著者の他の書物においても,何度かこの譬えを目にしたはずですが,

今回初めて,筆者のイメージに思い込みが入っていることに気づきました。というのは,

超越の命綱に支えられた者は「深淵の岩襞」を見ると同時に,深遠を覗き込むと考えてい たからです。著者は明確に「相対性の《底》を見る」と述べているにもかかわらず,筆者 は,その底は見えるはずもなく,言わば「無の深淵」あるいは「無の奈落」を覗き込むと いう具合に解釈していたのです。そこには,この「無の海」あるいは「無の奈落」に引き ずり込まれ,そして溺れ死ぬというイメージが働いていました。筆者は,救いとは,溺れ そうになっている者を「背後から」抱きかかえて救い出す力のように感じていたのです。

いずれにせよ,この譬えは,筆者のうちに,超越に支えられつつ,海から引き上げられ,

更につり下げられた状態で「海」と「世界」をみるイメージとして根づいて行きました。

誤解を恐れずに言えば,それは超越の目をもって世界をみるという感覚です。それは,こ の世界が被造的時間の世界であるとすれば,人間には見えるはずもないその初めと終わり までもが,見えるようなイメージでした。

筆者は,後に,この内実を,主にモルトマンの「宇宙論的終末論」に関する著作を通じ て感得することになるのですが,本書の二四六頁以下に,同じような感覚が明言されてい ることを知り,改めて驚きました。筆者の感じていた事態が明確に言語化されているので す。本論の構成からすればもう少し後段で紹介すべき個所ですが,ここであらかじめその 内容の一部を紹介しておきます。それは次節の「IV 神学的相対主義の視野」の冒頭の部 分です。こう記されています。

「神学的相対主義は,神の下で自己相対化を徹底させることによって,《神からの視野》

を発見することになる。この神からの視野は,人間に対して《客観的視野》を打ち開く。

絶対的な神の下に開かれた視野は,人間から見ればあたかも水平線のように広大なもので あり,そして水平線の彼方まで視点の無限の後退を可能にする。それは客観性の無限の拡 大の可能性を意味する。そしてそこからの客観的視野を開くことを可能にする」(246頁)。

著者はこの文に続いて,ラインホールド・ニーバーの思想を紹介しながらこう述べてい ます。「ラインホールド・ニーバーは,永遠と時間の関係を,第一には永遠が時間の上に あるようなものとし,第二は永遠が時間の終わりにあるようなものと見做したが,時間の 終わりの永遠は,時間の上なる永遠でもあるから,それは永遠に後退する地平線のような ものとなる。こうして垂直次元における神の視野は,人間にとっては 《遥かなる水平線》(地 平線)として現れ,それは人間にとって《客観性の無限的可能性》となる。それは自己を

「外から」「客観的に」見る視点を位置づける。外からの目はその極限において上からの目

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線とその地平線で合致する」(246頁以下)。

筆者は,この時間と永遠の関係について,以上の説明とは少し異なるイメージをもって いました。時間は,そこに始めと終わりがある限り,ある限られた長さをもつ線として存 在し,その初めと終わりに永遠があり,しかもいずれの時間も永遠の今としてそこにある とすれば,時間とは,永遠に包まれた線分のようなものではないかと考えていました。

④ 「救いによって支えられることにより,生きながらにして罪の深淵を見る。その岩 肌の有様をそのまま見る。その岩襞までも探る。それは恩寵の可能性であり,それが恩寵 の論理である。そうでなければ,それは自殺の論理である。いや,それは死んでしまうか ら,論理とならない。《自己を徹底的に相対化する》。《しかしそれは,「神」なしには不可 能だ,神の救済に支えられて,初めて》われわれは《人間の相対性を見る》。そうでない なら,どうしても《見る自分》が残る。それを徹底的に否定するために,神はイスラエル を審判したのである。この相対性を見ることが,唯一,価値ニヒリズムを超克する道であ る。なぜならその徹底の中で価値の相違までも見るからである。……《相対主義は,神学 的でなければ,自己絶対化に陥る》。したがってわれわれは続けてこう言う。《相対主義の 徹底は,必然的に「神学的」相対主義に至る》,と」(243頁以下,III)。

※ ④ ではたしかに「罪の深淵」と言われており,前述した筆者の思い違いにも,一 理あるのかもしれません。いずれにせよ,問題になっているのは「罪(的外れ)」であり,

この罪の深淵を覗き込むことは,救われた者にのみゆるされた可能性です。しがって人間 のもつ「理性」「意志」「感情」では,それを捉えることができず,人間による自己分析は,

たとえそれがどれほど真剣なものであれ,聖書の意味での罪の認識に至ることはありませ ん。

なおこの引用では,神の「審判」は,人間の自己絶対化に向けられていることを再確認 しておきたいと思います。近代の歴史はこの自己絶対化の幻想に振り回された歴史であり,

特に日本においては,今なおその幻想に基づく政治と教育政策が展開されているからです。

日本の伝統的精神も,諸宗教も,この事態に追随することはあっても,依然として「自己 相対化の力」を示すことができずにいます。著者が問いかけているのは,「アモスのよう な神信仰,審判の神の信仰がなければ,自己中心から神中心に転回することはできないの ではないのか」(250頁)ということです。

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⑤ 「神学的相対主義とは,信仰義認の論理の《方法論的展開》である。神学的相対主 義は,信仰義認の真理によってのみ可能となる。それは「義にして同時に罪人」というル ター的命題の展開である。キリストによって義とされていることによって,われわれは自 己を徹底的に罪人であると悟る。それはいわば,自己を罪の深淵に突き落すような認識で ある。ルターの「人格性」には,このようなダイナミックな逆説がある。主体性とは,単 純な《自己》主張ではない。自己《否定》において,神の《肯定》に立つことである。神 のイニシアティヴにおける神の信頼のなかで人間の主体性が確立される。これを,単にブー バー的「我と汝」の対応関係における主体性と同一化することはできないであろう。なぜ ならその関係に入ることのできない罪人としての自己が,その中で明視されているからで ある。

《信仰において》,人間は自己を徹底的に《相対化》できる。信仰において不信仰を認め ることができる。自己絶対化が罪であるなら,神学的相対主義において人間はその罪を悟 る。人間は信仰において罪を悟る。「義にして同時に罪人」という逆説は深い妥当性をもっ ているのである。

信仰は,内容的に言えば,《救済によって》成立する。救済によって人間は神と結合さ れる」(244頁,III)。

※ 「信仰」という語は,どうしても人間主体に関わる概念であるかのような印象を与 えますが,本来それは「関係概念」であり,引用文の最後に述べられているように,《救 済によって》成立する「関係」を指しています。それは,神に捉えられ,そしてそれに身 を委ねる「関係」を指しており,本来それは与えられるものです。「義」も同様に「関係 概念」であり,正しい関係を指しています。この正しい関係が破れている状態,それが罪 であり,この破れた関係を神の側から一方的に回復する振る舞い,それが恵み,恩寵,あ るいは愛と呼ばれている事態です。

「義にして同時に罪人」とは,神の側から見るかぎり,その破れた関係は,神の働きか けにより一方的に「正しい関係」へと回復されており,この神による救いの視点から,初 めて自らの罪の事態を「ありのままに」みることができるようになることを指します。し かしそこでは,この恵みにもかかわらず,人間はこの洞察をすぐに忘れてしまうことも示 唆されています。信仰に生きる罪びとは,「神の絶対的愛」に包まれながらも,自己絶対 化の誘惑にさらされている存在なのです。

⑥ 「神学的相対主義とは,信仰の命綱に摑まって,自らの不信仰つまり罪を認識する。

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そこでたしかに自らを徹底的に世俗化する。《しかし》,それにとどまらず,世俗を解放す るのではなく,世俗を聖化との緊張関係のなかに引き止めるのである。むしろそれは,

ヴェーバーの言うような《世俗内的禁欲》という在り方において大きく構造化されるであ ろう。それが,われわれの神学的相対主義なのである。

背後にある命綱の象徴が示すものは,《聖霊》である。人間の信仰の背後に三位一体の 神における聖霊なる神が存在する。聖霊なる神が「義にして同時に罪人」ということを支 える「ジュンテーゼ」である。聖霊の支えなしには,「義人である」ことの可能性はないし,

また「同時に罪人」という認識もあり得ない。それ故,われわれは,聖霊のみわざの論理 としての神学的相対主義ということを考えねばならない。神学的相対主義とは,三位一体 の内なる聖霊なる神が人間を救済するみわざの中で現れ出る論理構造である。《聖霊によっ て》人間は,自己を徹底的に《相対化》させることが可能である。自己が罪人であること を覚りつつ,そのような罪人を義人とする神の愛を知る。聖霊によって神の愛が注がれる。

そしてその愛によって赦されて,《たえず聖霊に帰り行く》のである。本章の初めに述べ たことだが,聖霊論が,神学的相対主義の方法論的探究がめざすべき秘境とも言うべきと ころであろう。それは聖霊がそのジュンテーゼをつくり出すからであり,それ故,人間は 聖霊によってキリストを証しし,自らの罪の深淵を見るのであるが,それが人間のあらゆ る論理,たといそれが「逆説」であっても,そのような論理で捉え得るものではなく,聖 霊による可能性として人間は絶えず聖霊に帰り行かねばならないのである」(245頁以下,

III)。

※ これがIII節の結びの言葉です。ここに来て,あの命綱は三位一体なる神の聖霊の 働きを比喩的に表現したものであること,そして神学的相対主義はこの聖霊の働きつまり

「《生きた聖書的信仰の論理》」(245頁)の説明に他ならないことが,明らかになります。

⑦ 「《なぜ日本においては》自己自身の客観的歴史的認識が出来ていないのか。なぜそ れは,日本の知性にとって,非常に《困難》であるのか。レーヴィットは,日本における 自己批判の欠如の原因について,倫理的次元における問題性の指摘を行った。彼は,その 原因を「日本的自愛」という自己執着にあると言う。しかしいかにこの自己執着から脱却 できるか。レーヴィットはそれを言わない。それは,日本の精神がその自愛の重力圏から,

どう超え出ることができるか,ということであろう。それは,キリスト教的《回心》のよ うなものである。しかし,それは,《自己相対化の力》をもつかどうかである。アモスの ような神信仰,審判の神信仰がなければ,自己中心から神中心に展開することはできない

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のではないか」(250頁,IV)。

※ この箇所は,④ の解説のところで言及した,日本における「審判の神の信仰」の もつ射程に関する議論の導入部に当ります。なぜ日本の知性は自らを相対化できないのか,

それは《回心》の経験がないからであると断言されています。しかもその批判は,日本の 知性のみならず,戦時中の日本のバルト受容に見られる神学的「ゲルマン捕囚」にも向け られています。日本のプロテスタンティズムに必要なのは「神学的相対主義」であり,そ れによって自らの歴史的個性を再認識し,それを批判的に継受することです。著者の表現 によると,それはこうなります。「その特質は,「自由教会」としてのキリスト教である。

それが憲法にある「教会と国家の分離」の原則である。その原則がプロテスタント的キリ スト教から歴史的に由来するものであることは,例えば,神道の人が見抜いている。プロ テスタンティズムの自己喪失が,そのことを見抜くことを不可能にしている。この自己欺 瞞の罪の罰としての自己喪失が,日本プロテスタンティズムの日本社会における歴史的使 命を分からないものにしている。

神学的相対主義は,歴史的相対主義を《許容》するほどに《ラディカル》な相対主義で ある」(251頁)。

⑧ 「神学的相対主義は,宗教史的視野を許容する。キリスト教をも諸宗教と《並んで ある》一個の宗教として《認める》。キリスト教を,バルトのように,「宗教でない」とし て「非宗教化」することが,神学的相対主義における垂直次元を捉える意味を認めるが,

神学的相対主義は,歴史的宗教としてのキリスト教の《水平的次元をも》見るのである。

キリスト教が現実において一個の宗教としての形態をとることも認めることができなけれ ばならない。その意味で,キリスト教が宗教社会学の対象となることを,拒絶することは

《できない》」(253頁以下,IV)。

※ この箇所は,第IV節「神学的相対主義の視野」第(3)項「多元的視野 ── 神学 と社会学・心理学・宗教史」に属し,著者はここでヒックの「宗教的プルラリズム」を批 判しつつ,こう言います。「神学的相対主義は,それ故,ヒックのように「神は多くの名 をもつ」とは言わない。むしろ《イエス・キリストにおいて啓示された神の名をもつ神へ の信仰が,キリスト教をも自己相対化する》のであり,諸宗教的プルラリズムの間に置か れている自己を見出すことになるのである。しかし,神学的相対主義のもつプルラリズム の視野は,ヒックのそれとは《似而非》なるものである。また神学的相対主義が容認する

(12)

プルラリズムは,スタティックな並立状態ではなく,その中に必然的に起こる《競合競争》

を否認しない。それは《ダイナミック》なプルラリズムとなるであろう」(255頁)。

※ ここでは,第四章の冒頭で「トレルチとバルトの間にあって」「方法論的にも内容 的にも第三の道を行く」と言い切った著者の思いが,方法論的一貫性をもって表現されて います。トレルチの「文化価値」の認識と,バルトの超越的視点を「神学的相対主義」に おいて止揚し,関連づけるという大胆な構想が,他宗教との競合と競争さえ引き受ける地 平を切り開くというのです。

しかしここには,いったい誰が,この構想に従って,《ダイナミック》な生き方を引き 受けるのかという現実問題も生じてきます。これについては,本稿の最後に考えてみましょ う。

⑨ 「価値判断の基準とは何か。われわれは,神学的相対主義の構造の《基本》として の《神関係》が価値判断の《機軸》となると考える。預言者的相対主義は,神との《人格 的関係の中で》開示された視野である。この人格的神-人関係が,自己相対化を支えている。

つまり神学的相対主義とは,この人格的神-人関係を排除し無視しては成り立たない。機 軸なしに車輪は回らないようなものである。この機軸が回るのではなく,それによって車 輪が回る,つまり相対主義が回るのである。この人格関係それ自体が,この神学的相対主 義を支えているものとして,《究極》の文化価値ということができるであろう。この人格 関係における人間の人格性,その人格性は神との関係なしには成り立たないものであり,

そのようなものとして神学的相対主義の機軸である。これは歴史の《中に》現れて歴史を

《超える》ものである。神学的相対主義が開示する歴史的世界には,先にも言ったように,

相対化的拡散と人格的収斂の弁証法がある。歴史的世界に広がる相対的地平でのあらゆる 歴史的営為は,相対化的拡散だけでなく,人格的収斂をもつ。その歴史的営為は,この機 軸,つまり人格の問題に関係する。それが倫理問題として現れ出るわけである。こうして

「人格性」があらゆる価値判断の基準となる」(269頁以下,VI)。

⑩ 「ニーバーが言うように「生き生きとしたキリスト教信仰は,その最善の判断に従っ て,取り入れたり退けたりしつつ,その時代の文化との継続的やりとりをしなければなら ない。」このニーバーの考え方にもし補充すべきものがあるとするならば,それは,判断 の基準として,神学的相対主義の機軸としての神との人格関係,そしてその人格性をもっ と明らかにすることであると思う。この人格性は,歴史の或る特定の状況においては,そ

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れ自身が「人権」として権利化され,その最高の文化価値としての形態を明らかにするこ とになる。神学的相対主義の機軸は,人格と人権の関係,つまり人格の自己対象化として の人権の成立として現れる。それをわれわれは,次章の「自由の伝統」において見ること になるであろう」(271頁,VI)。

※ ⑨ と ⑩(第VI章の結びの部分)によると,神学的相対主義は「神と人間の人格的 神関係」を基本としていること,そして「人間関係」はその「神関係」によって開示され る「人格」と,その現実化としての「人権」を内容としていることが改めて確認されてい ます3。なお ⑩ には,「大木神学におけるニーバーの神学思想の受容」について考える際に,

注目すべき指摘がみられます。

第五章 自由の伝統

第五章は,I「序論 ── 「人類の多年にわたる自由獲得の努力」」,II「自由の伝統の理解 と継承」,III「「イデ・フォルス」としての自由」,IV「「福音的自由」から「市民的自由」

へ ── 自由の伝統の形成 (1)」,V「信教の自由と宗教寛容 ── 自由の伝統の形成(2)」,

VI「「自由の伝統」の存在論的次元」,VII「自由の伝統の継承の問題」の七節から構成さ れています。

3 以上が第四章の概略ですが,ここで取り上げられなかったテーマも少なくありません。その中で も,神学的相対主義の内容を深く知るうえで役立つと思われる個所を挙げておきますので,ゆっ くり味わってみてください。

 (1) 「《実存的なものと社会的なものとの結合は,神学的相対主義における可能性である》。つ まり,神のもとで,その両契機は結びつく。実存的なものと社会的なものとの具体的結合は,《教 会的》なものとなる。われわれは,教会という共同体を,新しい共同体と見做す。それについては,

第六章の「主体性の問題」のところで論じることになる」(255頁以下)。

 (2) 「バルト神学のもつもうひとつの問題の社会倫理的批判は,「神の言葉」への《集中》と いうことが日本社会で生み出す教会の社会からの《乖離》である。戦争前後日本のバルト主義者 が強調した《説教》の重視は,神学的には正しいが,それによって外に荒れ狂う社会の問題から のデタッチメントを正当化することになった。神と人間の区別の主張のもつ《神学的正しさ》は,

教会と日本社会との間の離別を正当化するという《社会倫理学的誤り》を生み出した」(258頁)。

 (3) 「神学的相対主義は,一方において《寛容》の論理であり,他方において諸価値観の《自 由競争》の論理である。もっと正確に言えば,一方において寛容の論理であり,他方において寛 容における自由競争の論理でもある。…… 競争とは,寛容を前提とした一種の《真理探究の方式》

なのである。相対性の容認は,《そこまで》容認することでなければならない。神学的相対主義は,

絶えず相対主義的静態を克服する《動き》の中に立つのである。神学的相対主義は《ダイナミッ クな》相対主義である」(262頁)。

 (4) 「旧約聖書の預言者的信仰にある審判の思想は,そこから自己絶対化の否定が出てくると ともに,そこから自己批判の精神も出てくる源泉である」(270頁)。

(14)

① 「イェリネックが,人権概念の法制史的探究の線を,アメリカの植民地諸州の憲法,

そしてイギリスのピューリタン革命時代のレヴェラーズの『人民協約』にまで遡らせたこ とは,その意味がこれまで十分に理解されないできたにもかかわらず,極めて重要な歴史 的発見と言わねばならない。われわれは,《そこに》日本国憲法の基礎理念としての「人 民主権」の思想,「人権」の理念のまさに《源流》を見出す」(15頁以下,I)。

※ 筆者は,この引用文の背後に,ニヒリズムに終わることなく,奈落の経験から救い だされ,日本の行くべき道を探り当てた著者の驚きと喜びの記憶が今もありありと息づい ている,と想像しているのですが,これは筆者の身勝手な思い込みでしょうか。そこにあ るのは,今こそ,この道筋を再確認する必要があるとの熱い思いです。

著者は本章の目的をこうまとめています。「われわれは,人権の理念を,イェリネック の発見を基礎として,更にその背景と基礎を歴史的に辿ってみることになる。われわれは その歴史的系譜を「自由の伝統」と規定する。われわれの見方を要約すれば,(イェリネッ クが人権を信教の自由において見たように)人権の基礎に信教の自由があり,それは宗教 改革から由来する宗教の外面的習俗から主体的信仰への内面化のピューリタン的発展(良 心の自由)であり,そのようなものとしての神との直接的霊的な関係の強調,そして国家 権力の迫害から守るため「教会と国家の分離」や「トレレーション」の要求となる,その ような歴史的系譜を,ここで探求することになる」(16頁以下,I)。

② 「「自由の伝統」とは,日本国憲法の「人類の多年にわたる自由獲得の努力」(第 九十七条)の系譜であり,その努力により形成されてきた伝統としてわれわれは規定した。

われわれは,この伝統が,宗教改革なしに発生しなかったこと,しかもそれが十七世紀英 国のピューリタニズム,そしてアメリカのニューイングランドのピューリタニズム,アメ リカ合衆国憲法などを経て,日本にまで来ていることを認める。とりわけその線が,ジョ ン・ミルトンやロージャー・ウィリアムズの人と思想を通過してきたことに注目せねばな らない。この伝統は,デモクラシーや社会的諸自由や「教会と国家の分離」のような近代 憲法的諸制度を生み出してきた。そのようなものとしてそれは《普遍的人類的》であって,

単なる国民文化的なものではない」(18頁,II)。

※ 第II節は(1)「自由の伝統と「ウィッグ史観」」と(2)「自由の伝統と世界史の哲学」

の二項から構成されています。引用文 ② は第 (1) 項の冒頭部分であり,この引用に続いて,

歴史とは「倫理性を欠落した自然的発展過程ではなく,「努力」とか「闘い」という人間

(15)

の理想とそれを実現しようとする意志とによって推進されてきた倫理的過程」であること が再確認され,今やわれわれは「自由の源流に注目し,そこから流れ出る「自由の伝統」

を認識し,そしてそれを評価し,それを担わなければならない」(19)ことが強調されて います。第(2)項はヘーゲルの歴史哲学に焦点をあわせ,フランス革命を自由の現れの 最終段階とみなしたことにみられる諸問題を八頁にわたって論じています。その詳細な紹 介は別の機会に譲る他ありませんが,長く,熱い議論の後で,次のような結論に到達して います。「われわれは,ヘーゲルとは《別様に》世界史を眺め,フランス革命とは《別種の》

由来をもつ「自由の伝統」を振り返り見なければならないと考える」(29)と。

③ 「ブルンナーは,社会的自由を現代世界におけるidée force(推進力としての理念)

のひとつとして捉えた。それは,さきに世界的妥当性を獲得しつつある人権について述べ たが,その動きを内からつき動かす「推進力」として捉えようとする試みと見做される。《イ デ・フォルス》という概念は,「解放としての自由」と「自由意志」との相違を表すのに 有効である。それは,歴史の中に現実的に働き,歴史形成力となっているような観念であ る。「自由意志」を《イデ・フォルス》と呼ぶことはできない。彼は,三つのイデ・フォ ルス,自由と正義と平和とを挙げている」(33頁,III)。

※ 第III章は分量的には短いのですが,神学的相対主義の打ち開く視野の広さをコン パクトにまとめています。今後,倫理学において「自由」について語ろうとする者は,歴 史を動かし,形成する力としての「自由」と,哲学や神学で議論されてきた「自由意志」

の問題を明確に区別する必要があります。本節の最終項である(3)「解放としての自由」

では,マイケル・ウォーザーの『出エジプトと解放の政治学』の内容に言及しつつ,「解 放としての自由」の源泉は出エジプトの出来事にあることが確認されています。著者によ ると,現代日本における倫理学的課題は,戦後導入された文化価値理念であるこの「解放 としての自由」を無自覚に受け入れ,それを享受することを越えて,それがもたらす悲劇 を避けるためにも,その源泉と歴史的過程を学び,それを自覚的に方向づけることにあり ます。

④ 「宗教改革からピューリタン革命へという過程は,内容的に言えば,「福音的自由」

から「市民的自由」へという発展である。そこにわれわれは「自由の伝統」の《基本的形 成》を見る」(37頁,IV)。

(16)

※ 第IV節「「福音的自由」から「市民的」自由へ ── 自由の伝統の形成(1)」と第 V節「信教の自由と宗教寛容 ── 自由の伝統の形成(2)」は,そのサブタイトルから明 らかなように,ルターの発見した「キリスト者の自由(《主体性》としての自由)」が「市 民的自由(権利としての社会的自由)」にまで展開して行く過程で大きな役割を果たした ジョン・ミルトンとロージャー・ウィリアムズの思想を紹介しています。第IV節ではジョ ン・ミルトンの思想が,そして続く第V節ではロージャー・ウィリアムズの思想がそれ ぞれ取り上げられ,後者の場合には,「良心の自由」に基づく権利としての自由が抵抗権 と結びつく必然性が明らかにされています。なお,第IV節第(3)項では,この福音的自 由が市民的「服従」の倫理へと頽落することを阻止し,市民的「抵抗」の倫理へと転換さ せるうえで重要な働きをした「契約思想」の意義が強調されています。

⑤ 「伝統とは単なる歴史の中の流れではなく,本章の始めに述べたようにその中に一 定の文化形態をもつ歴史的動きである。あたかも帯の様な形態をもった流れである。「自 由の伝統」の縦糸は《信教の自由》であり,その横糸は《宗教寛容》である。宗教寛容と は,「教会と国家の分離」という具体的な体制を要求する。信教の自由から宗教寛容(ト レレーション)が要求され,それが「教会と国家の分離」に至る過程は,一個の歴史的過 程である。その歴史的過程とは,ピューリタニズムの歴史における内的変容の過程でもあ る。特に重要なのは,《ミルトン》と《ロージャー・ウィリアムズ》である。これら両者は,

その変容に明白な認識をもち,的確な表現を与えた。ルターから「宗教寛容」と「教会と 国家の分離」への直結がないことは知られているが,カルヴァンからそこへの直結もない。

カルヴィニズムの中にピューリタニズムも加えられ,そしてそのピューリタニズムの内的 変容過程が認識される限り,つまりウィリアムズが …… カルヴィニズムの中に加えられ る限り,カルヴィニズムの中からこの近代憲法の原理は発生したと言うことは可能である。

問題は,その内的変容過程の正確な認識である」(44頁,V)。

※ 第V節は,(1)「信教の自由の歴史的経過」と(2)「教会と国家の分離」の社会学 的性格,の二項から成り,さらに前者は(1)「信教の自由の歴史学」,(2)「宗教改革から 宗教改革へ」(3),「トレレーションの神学的構造」から,また後者は(1)「「教会と国家 の分離」の原型」,(2)「パリッシュからコングリゲーションへ」,(3)「コングリゲーショ ンの社会学」から構成されています。

(1) 項と (2) 項の表題と各節の内容は,大木神学を理解するための重要なヒントを提示

しています。それは,「歴史的経過」と「社会学」という表題に現れている関心です。著

(17)

者には多くの著書がありますが,いずれの場合も,その内容はこの「歴史学的視点」と「社 会学的視点」を前提としており,これに「思想史的視点」,具体的には神学のみならず哲 学の視点が加えられています。したがって著者の書物に接する場合には,少なくともこの 三つの視点の存在を意識しつつ読む必要があります。

⑤ の引用文は,第V節の冒頭部分であり,その内容から推測される通り,本節は主にロー ジャー・ウィリアムズ4の信仰的戦いと国家観を紹介しています。その話は,ピューリタ ニズムの歴史の深層に及ぶため,読者はそれについての基礎知識を求められます。著者は,

このピューリタニズムの運動に現れる様々な分裂の歴史とその要因を学ばずに,「信教の 自由」と「宗教寛容」の持つ意味を理解することはできないと考えています。

ここでは,ロージャー・ウィリアムズに言及しているいくつかの箇所を紹介しておきま すので,その前後関係については,直接,本書を紐解いて確かめてください。なお「ピュー リタン革命」と「人権理念の噴出」については,『人格と人権』(下)が参考になります。

(1) 「「個人のもつ,譲り渡すことのできない,生来の,神聖な諸権利を法律によって 確定せんとする観念は,その淵源からして,政治的なものではなく,宗教的なものである。

…… その最初の使徒はラファイエットではなく,ロージャー・ウリァムズである(イェ リネック『人権宣言論争』)」。…… このようなロージャー・ウィリアムズ《発見》が,

十九世紀末のドイツでなされたことは驚くべきことである。ウィリアムズの発見は,人権 理念の源泉の発見と結び合っている。イェリネックの若い同僚であったマックス・ヴェー バーは,…… 同じくハイデルベルクでの若い同僚トレルチもこの発見に深く影響された」

(46頁以下)。

4 『キリスト教人名事典』(日本キリスト教団出版局,1986年)は,ウィリアムズ・ロージャー

(Williams Roger 1603頃-1683.3)について,こう記しています。「イギリス出身の宗教的寛容主義者,

ロード・アイランド植民地の建設者。ロンドンに生まれ,ケインブリッジのペンブルク・コレッ ジで学び,1629年,英国教会の按手礼を受けるが,30年,宗教的自由を求めてアメリカのボス トンに渡る。プリマス(1631-33)とセイラムの分離派教会の牧師となる(33-35)。この間,イ ンディアンの言語を学び,彼らに伝道した。しかし,その後,世俗当局が統一的な教会規律を行 使することに抗議して,セイラムから追放されそうになったため,自ら脱出し,友人のナランガ セット・インディアンからプロヴィデンスに土地を買い,そこに信教の自由の地を建設しようと した(39)。一時帰国して(43),ロード・アイランド植民地建設の勅許を訴え,友人H.ヴェイ ンの支援を受ける。宗教的自由を主張するパンフレット《The Bloody Tenet of Persecution》(「血 にまみれた迫害の教義」,1644)を匿名で出版。J.コットンと激しい論争となり,《The Bloody Tenet of Persecution,Yet More Bloody》(「血にまみれた教義 ── 血の上塗り」)を著わす。教会と 国家の分離,個人の良心を国家の圧力から解放するという彼の考えは,アメリカ・プロテスタン ティズムの貴重な遺産のひとつとして生きている。救いの根拠をめぐってG.フォックスを批判 するなどクエイカー派のその教義には反対したが,彼らがアメリカに来たとき,政治的には受け 入れた。51-54年帰国してロード・アイランド建設の勅許を得,57年まで長官をつとめた。インディ アンの土地に対する国王の権利を否定するなど,彼らのよき理解者としても知られる。」

(18)

(2) 「信教の自由の問題がピューリタニズムの内部で取り上げられたのは,ニューイン グランドの正統派ジョン・コットンと反正統派ロージャー・ウィリアムズの論争において であるが,イングランドではミルトンの『アレオパジティカ』が「出版の自由」の要求と して提起した議論においてであった」(51頁)。

(3) 「ウィリアムズは,真理を保持するのではなく,真理を絶えず探究する。それ故,

一種独特な自己相対化となっていくのである。この真理に対する厳しさが,宗教寛容を要 求することになる。ここにカルヴィニズムにおけるセオクラシーからデモクラシーへの《反 転の内的論理》がある。歴史のアイロニーの一例と言ってよい」(54頁)。

(4) 「注目すべきことだが,ウィリアムズは,真理と平和との一致がはるかな終末論的 可能性であることを認めた。ウィリアムズにおいては,決していわゆる「リアライズド・

エスカトロジー」として現在化するのではなく,そこに 《中間時》という相対的現実場面 を開くことになる。そして,かえって「シヴィル・ピース」(市民的平和)とか「シティ・

ピース」(都市の平和)ということを主張するに至るのである」(57頁)。

(5) 「ウィリアムズは,他方,クェーカーのスピリチュアリズムに対しては,「目に見 える国と教会と諸制度」を …… 擁護した。その擁護の中にも《中間時》の思想が働いて いる」(58頁)。

(6) 「ロージャー・ウィリアムズがマサチューセッツの社会体制の基礎を揺るがす危険 な存在であったのは,彼の所説が「セパラティスト」(分離派)のそれであったからである。

セパラティストとは,…… それは《国教会からの分離》を主張する行き方である。当時 のピューリタンの主流は,そこまで踏み切れなかった。国教会体制にコンフォームしない,

つまりノンコンフォーミストであったが,セパラティストでない生き方を求めた。それは ピューリタンの宗教改革の理念からして,それ以外ではありえなかった。その理念が実現 できるとすれば,……「改革された英国教会」という可能性であろう。しかしながら,半 世紀余りの苦難の中を,ピューリタン運動は進んでいかなければならなかったのであり,

その経過はセパラティストへの傾きをもつことになるのである」(65頁以下)。

(7) 「ロージャー・ウィリアムズは,「パリッシュ・チャーチ」と「クリスチャン・コ ングリゲーション」との違いをはっきり意識したひとであった。…… ウィリアムズは,

パリッシュからのセパレーションを明確に主張した」(67頁以下)。

⑥ 「これまでわれわれは,「自由の伝統」の歴史的・社会的な面を見てきた。ここでわ れわれは,目を凝らしてその深層次元を見なければならない。われわれは,第一章におい て,今日の世界の歴史的・社会変動的過程における社会の構造変化を「歴史化」また「自

(19)

由化」と呼んだ。それはヘーゲルやマルクスが考えたような仕方で法則的に動いていない。

それは,ラインホールド・ニーバーのいわゆる《indeterminate possibilities(決定される ことのない可能性)》が泡立つ沸々たる流れである。それにもかかわらず,それはアモル ファスなアナーキックなものでもない。自由化の傾向は,外的には,人間生活を自由にす るような科学技術的発展によって条件づけられている。内的には,人間の「人格」的自己 理解の普及によって支えられている。」(75頁,VI)。

※ 第VI節「「自由の」伝統の存在論的次元」は(1)「自由の伝統と自然の伝統」,(2)

「存在論的変化 ── 自然から自由へ」(3)「自然から自由への哲学的認識 ── ヘーゲル,

シェリング,ハイデガー」(4)「自由の神学 ── フォーサイスとニーバー」から構成され ています。

紙幅の制約があるため,今回は,これらの中から(4)のほんの一部だけを紹介してお きます。著者は,フォーサイスとニーバー5について「フォーサイスは「自由教会」を,ニー バーは「アメリカ」を,その《Sitz im Leben》とした神学者である」(86頁)と述べた上で,

両者の強調点の違いを次のように説明しています。フォーサイスは「宗教改革の完成を,

近代的な憲法原理としての「教会と国家の分離」に見」(87頁)ており,《ピューリタニズ ムにおいて宗教改革は完成する》(同)と考えています。著者によると,「ニーバーにおけ る独自なものは,一方において自然から自由へという過程において自由化の極限的可能性 を認めつつ,他方で,さきに述べた第二のテーゼ,すなわち自由がどれほど増大したにせよ,

人間と歴史とが完全に自然的基盤から離れ得るものではないということをも,正しく洞察 している点である。…… この点でフォーサイスと異なる。ここにニーバーの歴史理解の特 質がある」(89頁)。この視点からみるならば,問題は,人間の自由が自然に制約されてい ることではなく,この制約から完全に自由になることができると妄想することにあり,こ の妄想が罪を生みだすのです。ニーバーは,生と歴史における完成を主張するあらゆる種 類の「パーフェクショニズム」( 完成は可能であると主張する立場 )を否定しており,彼 はこの「人間の自由における罪」という思想をキルケゴールから受け継いでいます。

5 著者はニーバーの神学的背景についてこうまとめています。「ニーバーは,フォーサイスと異なり,

ドイツのルター派的背景をもっているが,しかし,彼自身の教派がインデペンデンシーの流れを 汲んだアメリカのコングリゲーショナリズムと合同したこともあり,《アメリカ人》 になったドイ ツ人としてアメリカの自由を深く理解した神学者であった。ニーバーの神学は,インデペンデン シーという教会の伝統の上に立った神学というよりは,もっと広くアメリカという自由を掲げた 国家,あるいはその文明を踏まえた神学である。バルトとの論争において,ニーバーはみずから アングロ・サクソンの代表をもって任じた。しかし,宗教改革からピューリタニズムへの発展の 意味を理解し,その意味で自由の伝統を自覚的に継承した神学者であった。ニーバーの神学もま た自由の神学である」(89頁)。

(20)

⑦ 「自由の伝統における「過去幾多の試練」とは,しかし,この可能性が決して容易 なものでないことを示す。それは全く不可能ではないが,単純な可能性でもない。自由の 伝統の継承による共同体の形成は,不可能ではないが,困難な課題である。まずそのため には,第一に人間的条件が必要である。第二には社会的条件が整わなければならない」(94 頁,VII)。

※ これは第VII章「自由の伝統の継承の問題」のなかの一節です。すでにみてきたよ うに近代化はその深みにおいて自由化であり,この自由化には肯定的契機と否定的契機が あります。束縛からの解放という意味では,それは肯定的なものですが,あらゆるものが この解放の対象とされると,むしろ確かなものが何もなくなってしまうという不安定な状 況に追い込まれて行きます。かつて「自然」や「宇宙」が担っていた不変性も歴史化され,

遺伝子も操作の対象とされ,やがて人間の自己意識さえ,まったく偶然的なものとみなさ れるかもしれません。すべてが流動化し,変化する偶然的な世界にあるのは,「カオス」

への不安か,せいぜい「状況倫理」だけです。善と悪の区別も相対的なものにすぎなくな ります。今日の「グローバリゼーション」と呼ばれる社会変動もこの自由化の激震のひと つの帰結にすぎません。政治も経済も教育も,この制御不能な変動に,ただ茫然とするか,

過去の栄光にすがろうとするか,目先の利益を獲得するためにただひたらす「現在」とい う一点に集中する他なくなります。そこには真の意味での過去も未来もありません。

著者は,自由な制度が長続きしない例として,様々な共和政体の歴史を挙げていますが,

不幸にして,日本の「憲法改正問題」もまさしくその例のひとつとして挙げられる日が来 るかもしれません。ニーバーが見たように,人間とその業には「罪(的外れ)」がつきま とうとすれば,「成熟した人間」と「成熟した社会」は,人間にとって「不可能な可能性」

でしかありません。ここで求められる成熟とは,「自由を主張しつつ,自由を乱用しない ような倫理的成熟」( Iペテロ二・一六参照 )を意味しています。なお,引用文の最後に でてくる「社会的条件」としては,「教会と国家の分離」に耐えられる,つまり「中間時」

に耐えられる成熟した人間と社会の形成が挙げられています。

二十一世紀は,この自由の問題にどのように対処して行くのでしょうか? 政治的側面 からみるかぎり,自由がもたらす「不安定な変動」に敏速に対処するためと称して,いず れの国もあたかも民主主義に見切りをつけたかのように,「独裁制」に向かっています。

宗教教育は,このような状況においてこそ,「神学的相対主義」の原点に立ち帰る必要が あるのではないでしょうか?

参照

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