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読解発問を援用し映像を深く「読む」 日本語授業の試み

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読解発問を援用し映像を深く「読む」

日本語授業の試み

―CM を用いたクリティカル・ビューイングの実践―

高橋 敦・篠崎 佳恵・清水 美帆・臼井 直也

キーワード:‌‌発問,クリティカル・ビューイング,批判的思考,映像素材,

CM,メディア,授業実践

はじめに

日本語教育の分野では様々な映像が教材として用いられるが,その活用法は体系化され ておらず,具体的な授業デザインの設計が課題になっている。映像の活用方法として,

「視聴後,Q&Aやディスカッションをする活動に偏っている」という調査結果があり(保 坂他,2012),多くの教師がこれらを実施していると思われるが,その実施方法について も,具体的な指針はなく,多くの教師が迷いや不安を抱えながら授業を行っているのが現 状ではないだろうか。そこで本実践では,日本語教育において映像を活用にするにあたっ ての具体的な授業デザインを提案したいと考えた。

授業デザインにあたっては,「まず授業目標を明確にし,その上で,目標と照らし合わ せて効果的な使い方を検討することが重要である」(保坂他,2012)。本実践では,昨今の 留学生を取り巻くメディア環境を踏まえ,留学生が映像として表現された情報を日本語の みで正しく理解し,さらに自分で解釈できるようになることが必要だと考え,映像の内容 の「正確な理解」と,それを踏まえた推論による「深い理解」,そして「批判的思考」の 養成を授業目標に設定した。これは,クリティカル・リーディング(以下,CR)の考え 方を踏まえたものである。読解の分野においては,文章のより深い理解を促すための

CR

に関する研究の蓄積が進んでいる(伊佐地,2016 等)。そこで,本実践では

CR

で重視さ れている「発問」を援用し,映像作品を用いた授業を試みた。

1. 先行研究のまとめと本実践の位置づけ 1.1 クリティカル・リーディングと発問の関係性

日本の大学生に対する英語読解教育で

CR

を実践した伊佐地(2016)の実践研究では,

「発問」の重要性を指摘している。「発問」とは「生徒が主体的に教材に向き合うように、

授業目標の達成に向けて計画的に行う教師の働きかけ」と定義されている(田中・田中,

(2)

2009,p.16)。伊佐地によると読解における発問は,事実情報の把握を目的とした「事実 発問」,テキストに明示されていない事柄を推測することが必要な「推論発問」,読み手の 考えや態度を答えさせる「評価発問」に分けることができ,教師はこれらを効果的に用い る必要があるという。「事実発問」によりテキストを正確に理解し,「推論発問」により理 解を深め,「評価発問」によって読み取った内容についての考えや態度をまとめていくと いうプロセスが,「深い読み」につながるということである。さらに,テキストの記述に 対して疑問を投げかけたり,テキストとは別の観点から考えさせたりするための「クリ ティカル・リーディング・クエスチョン」も用いて,批判的思考力の養成を目指してい る。

また,日本語教育の分野における

CR

の実践については,舘岡(2015)や奥田他(2013)

の読解教材が挙げられる。これらも,質問への回答やディスカッションを通して批判的な 読みを促すという姿勢が共通しており,伊佐地の「発問」に通じるものがある。

1.2 本実践の位置づけ

以上の先行研究を踏まえ,本実践では,読解発問の考え方を援用しながら,日本語能力 と同時に,映像を批判的に読み取る力の向上を目的とした授業の設計および実践を試み た。本実践ではこの映像を批判的に読み取る活動をクリティカル・リーディングから派生 したクリティカル・ビューイング(Critical Viewing,以下

CV)とする。CV

とは,「映像 からの情報を無批判に受け入れるのでなく,複眼的かつ主体的に検討しながら読み取る」

ことと定義する。CVはメディア・リテラシーの向上にもつながることが期待される。

2. 授業実践 2.1 授業設計

授業を組み立てるにあたり,まずは映像素材の選定を行った。映画,ドラマより制作 者・消費者など複数の立場が比較的明確で検討しやすいこと,また映画やドラマだと時間 的制約から「全部見せても見せなくても問題が発生する」(保坂他,2012)のに対し,授 業で扱いやすい短さで完結していることから,ウェブ

CM

を含むコマーシャルを使用し た。本実践では,その中からストーリーがあって行間を深く読む余地があり,推論発問を 設定しやすい以下の 3 本の

CM

を各企業の許可を得た上で使用した(表 1)。

表 1 実践で使用した CM

略称 企業公式ページにおけるタイトル 長さ

1 回目 午後の紅茶 午後の紅茶 恋愛と体温―遠距離恋愛に関する実験―(日本語字

幕あり) 3 分 42 秒

2 回目 メルカリ メルカリ 17 年夏CM_なくしもの篇 90 秒 3 回目 マルコメ マルコメ 料亭の味 たっぷりお徳 母と息子篇 90 秒

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一つ目の

CM(以下,「午後の紅茶」)は,清涼飲料水メーカー「キリンビバレッジ」製

作で,遠距離恋愛をしている 1 組のカップルにフォーカスし,相手を想う気持ちは,本当 に相手をあたためるのだろうか,という視点から二人のやり取りと体温上昇を検証したド キュメンタリームービーである。二つ目の

CM(以下,「メルカリ」)はフリマアプリ「メ

ルカリ」製作で,幼い娘をもつ母親がメルカリを通して,自身が幼少期に持っていた思い 出の絵本と偶然再会するというものである。三つ目の

CM(以下,「マルコメ」)は食品

メーカー「マルコメ」製作のアニメ

CM

で,社会人になりたての男性が,慣れない新生 活の中で,故郷の母親から送られてくる即席みそ汁を飲むことで母親を思い出しながら成 長していくというストーリーである。これらの

CM

は各授業で表 1 の順で 1 本ずつ使用 した。

CM

選定の次は,実践で使用する発問と活動の設計を行った。前述のとおり本実践では 映像の「正確な理解」と,それを踏まえた推論による「深い理解」,「批判的思考」が授業 目標となっている。そこで,伊佐地(2016)を参考に以下のように設計し,CRにおける クリティカル・リーディング・クエスチョンに対応する発問として,制作者の意図や視聴 者への影響など,映像,ストーリーといった

CM

の内容とは異なる観点から

CM

につい て考えさせるクリティカル・ビューイング・クエスチョン(以下

CVQ)を設定した。以

下は「マルコメ」の発問の流れ及び実際の発問の一部である。

(1)視聴前に既有知識を活性化することを目的とした発問

  例:家庭の味,母親の味という言葉を知っていますか。どういう意味だと思いますか。

(2)事実情報の把握を目的とした「事実発問」(ここからタスクシート使用)

  例:男性に届いた荷物はどこから送られてきましたか。どんな荷物が送られてきましたか。

(3)映像やセリフに明示されていない事柄を推測することが必要な「推論発問」

  例:届いた荷物や味噌汁から,男性は何を感じとりましたか。

(4)CM の内容とは異なる観点から CM について考えさせる CVQ‌

  例:この作品の対象者はどのような人だと思いますか。どうしてそう思いますか。

(5)CVQ についてのグループディスカッション

(6)CVQ の内容を踏まえ CM の評価とその根拠を問う「評価発問」

   例:あなたはこのCMを良いCMだと思いますか。制作者の意図,消費者,社会的影響も考 慮しあなたの意見とその根拠を書きなさい。

図 1‌ 「マルコメ」の発問例とその流れ

発問は視聴前の既有知識の活性化から始まり,事実発問,推論発問,

CVQ

と続き,こ れらの発問が最後の評価発問のヒントとなるよう設計した。伊佐地(2016, p.4)では,

「リーティング指導において評価発問に加え推論発問を与えれば、事実発問を用いなくて も事実情報の理解度の点では問題はない」と述べられているが,事実情報がテキストで明

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示されている読解と違い,映像の場合は事実情報の理解に聴解要素や映像の読み取りが必 要になる。また,テキストと違い何回も読み返すことができないため読解とは異なる結果 になる可能性があり,本実践においては事実発問も行った。また,それぞれの学習者が評 価発問に回答する前に,より多くの視点に触れられるよう,CVQの内容についてグルー プディスカッションを行うことにした。

2.2 実践概要

実践はある日本語学校で 3 回のパイロット授業を経た後,2018 年 2 月に全 3 回(各約 2 時間)で行われた。対象者は,大学院進学を目指す 20 代の中国人学習者 18 名で,おおよ そ

N1 レベルである。

授業を始めるにあたりまず 1 回目の授業の冒頭で,授業の趣旨,映像からの情報を無批 判に受け入れるのではなく,複眼的かつ主体的に検討しながら読み取るという

CV

の概要 について説明した。

各授業は具体的に以下のように進めた。

1. 視聴前:視聴前の発問を行う。その後タスクシートを配付し,発問内容を確認する。

2.  視聴 1 回目:動画を視聴しタスクシートの事実発問に回答させ,正解を確認する。

動画内の重要な語彙文法について説明を行う。

3.  視聴 2 回目:タスクシートの推論発問・CVQに個人で回答・発表させ,全体で共 有する。

4.  ディスカッション:CVQ数問について,4 人程度のグループで話し合いを行いグ ループ毎に発表する。

5.  作文:タスクシートの評価発問への答えを日本語(300 字程度)で書かせ提出させ る。

授業内での動画視聴は全 2 回としたが,動画はインターネット上で自由に視聴できるの で,各学習者はスマートフォンを用い各自必要に応じて視聴を行っていた。本実践は学習 者の能力を測ることが目的ではなく,学習者が疑問を持った場合確認の為視聴を繰り返す ことで理解が深まると考え,スマートフォンでの動画視聴に制限はかけなかった。また,

正解の確認,語彙文法の説明の際も必要に応じて部分的に動画を再生した。

語彙の説明については,例えば「マルコメ」のナレーションに出てくる「段ボールの中 身はいつもとりとめがなかったけど」の「とりとめがない」のような,物語を理解するう えで重要な未習語彙の説明を行った。また,事実発問において正解が出ない場合等もあ り,その際は教師側から口頭で追加の発問を行った。ディスカッションについては意見の 交換を目的としたものなので母語の使用も可とした。

評価発問に対する回答を記述形式としたのは,書くことで話し合い後の内省を促し個人 の考えをまとめさせ,同時に教師が記述をもとに各学生の理解の度合いを把握するためで

(5)

ある。各回欠席等もありメンバーは異なるものの最終的に各回 14 名の作文が提出された。

3. 分析

ここでは,マルコメの活動で提出された作文の実例を挙げながら,各発問に対応すると 思われる要素に注目して,発問がどのように学習者の理解と思考を促しているか分析す る。なお,本稿での作文例はすべて学習者が記述したままとなっている。

まず

CM

を評価した根拠として,即席味噌汁の便利さという制作者の意図が伝わると いう点を挙げている学生が多く見られた。以下に一例を挙げる。

作文例①  (1)この

CM

は良いと思います。まず、(2)制作者はシーンから料亭の味と いう味噌汁の長所は表れます。それは便利さです。(3)主人公はコンビニから ご飯買うとき、二日酔い時、風邪を引いた時、朝ご飯の時、味噌汁にしていま す。つまりゆっくり味噌汁を作られなくても、あたたかい味噌汁を飲めます。

(中略)(4)一年間を経って、主人公の事仕と生活はうまく行きました。それ は味噌汁から主人公への勇気じゃないでしょうか。だからこの

CM

は良いと 思います。(Jさん)

この作文では,(1)が評価発問「この

CM

を良い

CM

だと思いますか。」(2)が CVQ

「この動画の制作者は作品の中でどんなことを伝えたいと考えていると思いますか。」(3)

が事実発問「春、夏、秋、冬、それぞれの男性の状況を説明してください。」(4)が推論 発問「男性の食べている料理はどう変化していますか。それは何を表していると思います か。」に対応していると考えられる。各発問によって深まった理解を総合して根拠とし,

評価発問への回答につなげている好例である。

次に

CM

の理解を踏まえて本授業の目的である批判的思考に基づいて書かれた例を挙 げる。

作文例②  私はこの

CM

がいいと思う。なぜかというと商品であるインスタント的な味 噌汁の活かすシナリオをちゃんと用意して、CMを見る人に「インスタント的 な味噌汁があったら皆同じ場面にあったとき感じられなかったあたたかさはそ ういう風なんだ」と伝え、(1)こういう手抜きぽい味噌商品も日常生活に不可 欠という新しいタイプの考え方が付けられる。たしかに

CM

自体として商品 自体のことは伝え苦いかも知れないし、見た直後ほんとうに消費欲がだせるか どうかも疑惑になれると思いきや、(2)もともといい評価付けられないインス タト味噌の認識を変え、昔最初トイレにはお尻洗い機能が必要みたいな(3)

新しい常識と対応するマーケットを作る点からみると相当面白いと思う。(R さん)     

(6)

この作文では,(1)(2)(3)において,CMが良い印象を持たれないインスタント食品 の社会的評価を変える可能性を予想している。これは,単に

CM

を受動的に理解するの ではなく,評価発問にある「社会的影響」に関連させながら自身の考えを主体的に述べた 例である。

以上,紙幅の都合上,ここでは 2 例を挙げるにとどめるが,これら以外についても,ほ とんどの学習者に,広く複眼的な視点からものを考えようとする姿勢が共通して見られ た。このような姿勢が見られた要因としては「制作者の意図,消費者,社会的影響も考慮 しあなたの意見とその根拠を書きなさい。」と複眼的な視点から作文を書くことを指示し ていたことに加え,事実発問,推論発論で

CM

の持つ暗示的な主張などのヒントを与え た上で,CVQを用い,内容理解とは異なる観点から

CM

について考えさせ,その内容に ついてグループでディスカッションを行っていたことも大きいと考えられる。また読解と の違いについては,CMは映像を読み取る必要があることに加え,伊佐地の実践で教材と して用いられた説明文と異なり,制作者の主張が明示的に示されているとは限らない。そ のため,CMの正確な理解においては,読解以上に発問が重要になるのではないかと感じ た。

おわりに

発問とディスカッションを通して学習者が書いた作文には,「CMで提示された主張を 無批判に受け入れない」「CM制作者や消費者など複数の立場を考慮する」などの批判的 特徴が見られた。また,CM内で明示的に示されていない部分について言及した意見も見 られ,それらは発問によって引き出されたと考えられる。これらは,本実践が学習者に映 像の深い読み取りの機会を与えていたことを示唆している。このことから,CRにおける 発問の作り方が映像を用いた授業においても援用可能であり,映像を用いた授業デザイン の一つの選択肢となることが示された。

今後の展望としては,CVに適した映像の選定,発問の内容や順序などを検討したい。

そのためには,今回の実践の成果物である作文の,より詳細な分析が必要であろう。ま た,今後の実践では,発問の各段階別の理解度の分析や,批判的思考についての客観的尺 度を用いた効果の測定も取り入れたいと考えている。

引用文献‌

伊佐地恒久(2016)「読解発問によるクリティカル・リーディング指導が英語学習者の説明文読解に及ぼ す効果」科学研究費助成事業研究成果報告書(https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT- 25370657/25370657seika/)

奥田純子(監修)竹田悦子・久次優子・丸山友子・八塚祥江・尾上正紀・矢田まり子(編著)(2013)

『読む力 中上級』くろしお出版

舘岡洋子(編)(2015)『協働で学ぶクリティカル・リーディング』ひつじ書房

田中武夫・田中知聡(2009)『英語教師のための発問テクニック―英語授業を活性化するリーディン

(7)

グ指導』大修館書店

保坂敏子・Gehrtz三隅友子・門脇薫(2012)「映像作品を利用した日本語教育の体系化に向けて:海 外における利用実態と教師の意識から」『徳島大学国際センター紀要・年報 2012』47︲59.

参考 URL

「メルカリ 17 年夏CM_なくしもの篇_90 秒」(2019 年 8 月 28 日)

https://www.youtube.com/watch?v=_U9NONhxA1s&list=PLYLwea8TwXVdIeemzDoTL-hIAhuO9vMci 

「マルコメ 料亭の味 たっぷりお徳 母と息子篇 90 秒(2019 年 8 月 28 日)

https://www.marukome.co.jp/cm/ryotei/

「午後の紅茶 恋愛と体温−遠距離恋愛に関する実験−(日本語字幕あり)」(公開終了)

参照

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