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しゅう動面における表面粗さを考慮した

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(1)

しゅう動面における表面粗さを考慮した 定常流型補助人工心臓用メカニカルシールの

潤滑特性に関する研究

Study of the Lubrication Characteristics of the Mechanical Seal for a Rotary Blood Pump Considering the Surface Roughness

on the Sealing Faces

2016 年 4 月

大籔 美貴子

Mikiko OYABU

(2)

しゅう動面における表面粗さを考慮した 定常流型補助人工心臓用メカニカルシールの

潤滑特性に関する研究

Study of the Lubrication Characteristics of the Mechanical Seal for a Rotary Blood Pump Considering the Surface Roughness

on the Sealing Faces

2016 年 4 月

早稲田大学大学院 基幹理工学研究科 機械科学専攻 トライボロジー研究

大籔 美貴子

Mikiko OYABU

(3)

i 目 次

記号 1

第 1 章 緒 言

1・1 本研究の背景 4

1・2 メカニカルシール技術 5

1・2・1 メカニカルシールの概要 5 1・2・2 メカニカルシールの設計 6 1・2・3 メカニカルシールの潤滑状態 6

1・3 従来の研究 8

1・3・1 血液密封下におけるメカニカルシールの潤滑特性に関する研究 8 1・3・2 平行なしゅう動面間における基礎的な潤滑特性に関する研究 9 1・3・3 しゅう動面における表面粗さに関する実験的研究 10 1・3・4 しゅう動面における表面粗さに関する理論的研究 10

1・4 本研究の目的 11

1・5 本論文の構成 12

第 2 章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

2・1 はじめに 14

2・2 実験装置と方法 15

2・2・1 実験装置 15

2・2・2 ヘマトクリット値(Ht値)の調整法 17 2・2・3 血液密封下におけるメカニカルシールの漏れ特性測定法 18

(1) 従来の漏れ特性測定法 18

(2) 新しい漏れ特性測定法 19

2・2・4 血液密封下におけるメカニカルシールの摩擦特性測定法 20 2・2・5 密封血液の溶血特性測定法 20 2・2・6 エチレングリコール水溶液密封下のしゅう動面における密封流体の体積割合測定法

21

(1) 完全混合状態 21

(2) 完全分離状態 23

2・2・7 実験条件 24

(4)

ii

2・3 実験結果 27

2・3・1 血液密封下における漏れ特性 27

(1) 回転数の影響 27

(2) 従来の漏れ量測定法との比較 30

(3) Ht値の影響 30

2・3・2 血液密封下における摩擦特性 33

2・3・3 溶血特性 34

2・3・4 エチレングリコール水溶液密封下のしゅう動面における密封流体の体積割合 35

2・4 考察 37

2・4・1 しゅう動面のすきまの大きさ 37 2・4・2 血液の密封メカニズム 37

2・5 本章のまとめ 38

第 3 章 平行なしゅう動面間における平均流モデル

3・1 はじめに 40

3・2 表面粗さ分布における統計的性質の定義 40

3・3 Patirの平均流モデル 42

3・3・1 検査体積における仮定 43 3・3・2 圧力流量係数およびせん断流量係数 43 3・3・3 修正レイノルズ方程式 45

3・3・4 Patirの平均流モデルにおける課題 46

3・4 平行なしゅう動面間における平均流モデル 46 3・4・1 検査体積における仮定 46 3・4・2 圧力流量係数およびせん断流量係数 47 3・4・3 修正レイノルズ方程式 49 3・4・4 流体膜圧力の修正係数 49

3・4・5 せん断応力係数 50

3・4・6 数値計算法 51

(1) 検査体積における圧力分布の計算法 51

(2) 解析手順 53

3・4・7 入力パラメータ 54

(1) 圧力の境界条件の影響の検討およびPatirの平均流モデルにおける流量係数との比較 54

(2) 自乗平均粗さの影響の検討 55

(3) 歪みおよび尖りの影響の検討 55

(5)

iii

(4) 本研究で用いるシートリングおよびシールリングのしゅう動面における流量係数の検討 55

3・5 解析結果と考察 56

3・5・1 表面粗さ分布 56

(1) 確率密度関数が正規分布に従う場合の表面粗さ分布 57 (2) 統計的性質が表面粗さ分布に及ぼす影響 57 (3) 本研究で用いるシートリングおよびシールリングのしゅう動面における表面粗さ分布

61 3・5・2 確率密度関数が正規分布に従う表面粗さ分布を用いる場合の流量係数 63 (1) 検査体積における圧力の境界条件が流量係数に及ぼす影響 63

(2) 流量係数のばらつきの影響 65

(3) その他の流量係数 67

3・5・3 表面粗さ分布における統計的性質が流量係数に及ぼす影響 70

(1) 自乗平均粗さの影響 70

(2) 歪みの影響 72

(3) 尖りの影響 78

3・5・4 本研究で用いるシートリングおよびシールリングのしゅう動面における流量係数 83

3・6 本章のまとめ 86

第 4 章 平均流モデルを用いたメカニカルシールの潤滑特性解析

4・1 はじめに 88

4・2 メカニカルシールの潤滑特性解析 88

4・2・1 解析対象と仮定 88

4・2・2 流体膜力 89

4・2・3 接触力 90

4・2・4 メカニカルシールにおける漏れ量と摩擦係数 91

4・2・5 数値計算法 91

4・2・6 入力パラメータ 92

(1) 流量係数のばらつきの影響の検討およびPatirの平均流モデルとの比較 92

(2) 自乗平均粗さの影響の検討 93

(3) 歪みおよび尖りの影響の検討 94

(4) 実験結果との比較 94

4・3 解析結果と考察 94

4・3・1 流量係数のばらつきの影響 94 4・3・2 表面粗さ分布における統計的性質の影響 104

(6)

iv

(1) 自乗平均粗さの影響 104

(2) 歪みの影響 109

(3) 尖りの影響 113

(4) 歪みと尖りの関係の影響 117

4・3・3 実験結果との比較 121

4・4 本章のまとめ 124

第 5 章 結 言

5・1 本研究の成果 126

5・2 今後の課題 130

付録 A 表面粗さ分布の数値シミュレーション法 132

付録 B 数値計算で用いた無次元量 139

付録 C 膜厚さと流量係数の関係式における係数 142

謝辞 148

参考文献 149

研究業績 157

(7)

記 号

1

記 号

本論文中で使用する記号を以下に示す.

ak,l : 変換係数

Ac/A : しゅう動面における接触面積の割合

b : しゅう動幅 [m]

B : しゅう動面における密封流体の体積割合 [%]

E : エチレングリコール水溶液の体積濃度 [%]

Em : 完全混合状態の仮定において,混合溶液としてのエチレングリコール水溶液の 体積濃度 [%]

Eo : 密封流体としてのエチレングリコール水溶液の体積濃度 [%]

E( ) : 期待値

E’ : 等価ヤング率 [Pa]

F : 押付け力 [N]

G : ストライベック数,ηUb/F

h : 表面粗さ分布を考慮しない場合の膜厚さ(平均膜厚さ)[m]

hT : 表面粗さ分布を考慮する場合の膜厚さ [m]

Hbb1 : 実験開始時の血液におけるヘモグロビン濃度 [ppm]

Hbp1, Hbp2 : 実験開始時および測定時の血漿成分におけるヘモグロビン濃度 [ppm]

Ku : 尖り

Ku1, Ku2 : 表面1および表面2における尖り Lx, Ly : 検査体積の大きさ [m]

Mfc : 表面粗さ突起の接触による摩擦トルク [Nm]

Mfh : 流体摩擦による摩擦トルク [Nm]

MFI : 溶血指数 [%]

n : 表面粗さ突起の密度 [1/m2] pc : 接触面圧 [Pa]

ph : 表面粗さ分布を決定論的に考慮する場合の流体膜圧力 [Pa]

ph : 表面粗さの影響を平均化する場合の流体膜圧力の期待値 [Pa]

pi, po : しゅう動面の境界における圧力 [Pa]

pa, pb : 検査体積の境界における圧力 [Pa]

Pb1, Pb2 : 実験開始時および測定時における血液成分におけるカリウムイオン濃度 [ppm]

Pbc1, Pbc2 : 実験開始時および測定時における血球成分におけるカリウムイオン濃度 [ppm]

Pc1, Pc2 : 実験開始時および測定時におけるクーリングウォータにおけるカリウムイオ ン濃度 [ppm]

qx, qy : x, y方向の単位幅あたりの流量 [m3/s]

Q : 漏れ量 [m3/s]

QI-IVx, QI-IVy : DF領域における単位幅あたりの流量 [m3/s]

rb : 完全分離状態の仮定において,密封流体とクーリングウォータの境界半径 [m]

ri, ro : しゅう動面の内側半径および外側半径 [m]

(8)

記 号

2 rm : しゅう動面の平均半径,(ri+ ro)/2 [m]

q ,

Rp : 自己相関関数

Sb1, Sb2 : 実験開始時および測定時における密封血液におけるナトリウムイオン濃度 [ppm]

Sbc1, Sbc2 : 実験開始時および測定時における血球成分におけるナトリウムイオン濃度 [ppm]

Sc1, Sc2 : 実験開始時および測定時におけるクーリングウォータにおけるナトリウムイ オン濃度 [ppm]

Sp1, Sp2 : 実験開始時および測定時における血漿成分におけるナトリウムイオン濃度 [ppm]

Sk : 歪み

Sk1, Sk2 : 表面1および表面2における歪み t : 時間 [s]

U : しゅう動速度 [m/s]

U1, U2 : 表面1および2のしゅう動速度 [m/s]

Vb, Vbc, Vc, Vp : 密封血液,血球成分,クーリングウォータおよび血漿成分の体積 [ml]

Wc : 接触力 [N]

Wh : 流体膜力 [N]

z : 表面粗さ高さ [m]

z1, z1 : 表面1および表面2における表面粗さ高さ [m]

za : 表面粗さ突起高さ [m]

β : 表面粗さ突起の曲率半径 [m]

δ : 表面粗さ分布の平均面からの高さ [m]

ΔPc’ : 溶血した赤血球成分が血漿成分とともにしゅう動面を通過することによって 増加するC.W.中におけるカリウムイオン濃度 [ppm]

ΔVb, ΔVbc, ΔVp : 血液,血球成分および血漿成分の漏れ量 [ml]

ΔVhbc : 溶血した赤血球成分の漏れ量 [ml]

Δε : 表面粗さ分布のサンプリング間隔 [m]

 

z

 : zの確率密度関数

sx : Patirの平均流モデルにおけるせん断流量係数

xx, yy : Patirの平均流モデルにおける圧力流量係数 Φf : 膜厚さに関するせん断応力係数

Φfsx, Φfxx, Φfyx : 直交座標系におけるせん断応力係数 Φfsθ : 円筒座標系におけるせん断応力係数

Φp : 流体膜圧力の修正係数

Φpc : 接触領域における流体膜圧力の修正係数 Φph : 非接触領域における流体膜圧力の修正係数 ΦphSD : Φphの期待値を零とするときの標準偏差

Φrr : 円筒座標系における圧力流量係数 Φsr, Φ : 円筒座標系におけるせん断流量係数

ΦsrSD : Φsrの期待値を零とするときの標準偏差 Φsx, Φsy : 直交座標系におけるせん断流量係数

ΦsySD : Φsyの期待値を零とするときの標準偏差 Φxx, Φxy, Φyx, Φyy : 直交座標系における圧力流量係数

η : 潤滑流体の粘度 [Pa・s]

(9)

記 号

3

ηm : 完全混合状態の仮定における混合溶液の粘度 [Pa・s]

ηi, ηo : C.W.および密封流体の粘度 [Pa・s]

λx, λy : xおよびy方向の相関距離 [m]

μ : 摩擦係数

c : 表面粗さ突起の接触面における動摩擦係数

k : 平均まわりのk次のモーメント

k : 原点まわりのk次のモーメント σ : 自乗平均粗さ [m]

σ1, σ2 : 表面1および表面2における自乗平均粗さ [m]

h : 流体摩擦によるせん断応力 [Pa]

l, k

 , kl, : 乱数

l, k

 : 標準正規乱数 ω : 角速度 [rad/s]

(10)

1章 緒 言

4

第 1 章 緒 言

1・1 本研究の背景

重症心不全患者の最良の治療法は心臓移植であるが,ドナー不足のため,心臓移植への 橋渡し(Bridge to Transplantation: BTT)の役割をもつ補助人工心臓の重要性が高まっている.

近年では,補助人工心臓の安全性および患者の生活の質(Quality of Life: QOL)向上のため の小型化や患者の経済的負担を減らすための高効率化など,さらなる技術の向上が求めら れている.

植込み型の補助人工心臓は拍動流型と定常流型に分類される.拍動流型は第 1 世代の補 助人工心臓と呼ばれ,Thoratec 社の HeartMate Iおよび HeartMate VE1),World Heart 社の

Novacor2)などが挙げられる.拍動流型人工心臓は部品数が多く小型化が困難であることが

課題であり,これらを解決するために定常流型補助人工心臓の開発が進められた.

定常流型補助人工心臓には遠心ポンプや軸流ポンプが用いられており,軸受もしくはシ ールなどのしゅう動部の構造によって第2 世代と第3世代に分類される.第2世代の補助 人工心臓は,しゅう動部が血液に浸る構造をもち,MicroMed Technology 社の MicroMed Debakey3),Thoratec社のHeartMate II4),Jarvik Heart社のJarvik-2000 FlowMaker5)などが代表 例である.これらの補助人工心臓では回転軸がピボット軸受によって支えられており,し ゅう動部の摩擦による血液の溶血現象や凝固現象を抑えることが最も重要な課題であった.

そこで開発が進められたのが第 3 世代の補助人工心臓であり,サンメディカル技術研究所 のEVAHEART6),Terumo Heart社のDuraHeart7)などが代表例である.EVAHEARTにおいて は,血液の軸シールとしてメカニカルシールを用い,Cool-Seal Systemによってしゅう動部 における摩擦の問題を解決している.また,DuraHeartは,磁気浮上式の構造をもち,しゅ う動部に血液が流れ込まないよう設計されている.

以上のように,定常流型補助人工心臓における軸受部およびシール部の設計は非常に重 要であり,これらの機械要素の性能が補助人工心臓自体の高性能化の鍵を握るといっても 過言ではない.本研究で研究対象とする定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシール を図1.1に示す6).メカニカルシールは,高圧側の血液がモータ側に漏れることを抑える役 割をもち,血液の漏れおよびしゅう動部における摩擦をともに小さく抑えることが求めら れる.しかし,その設計は経験則に頼るところが大きく,技術の向上のためには,血液密 封下における潤滑特性に関する現象解明およびメカニカルシールの潤滑理論の確立が必要 である.

(11)

1章 緒 言

5 1・2 メカニカルシール技術

1・2・1 メカニカルシールの概要

メカニカルシールは回転機械における軸シールの1つである.図1.2に,メカニカルシー ルの構造例を示す8).メカニカルシールはシールリングとシートリングから構成され,いず れか一方,もしくは両方が軸とともに回転する.シールリングとシートリングの平行に向 き合う端面はしゅう動面と呼ばれ,サブミクロンオーダーのすきまが生じている.しゅう 動面にはばねなどによって押付け力が与えられており,シールリングはしゅう動面の摩耗 に従って軸方向に動くことができる.その結果,メカニカルシールは小さなすきまを保つ ことが可能であり,密封流体の漏れを抑えることができる.メカニカルシールは以下のよ うな特長をもつ9)

 適用範囲が広い.

 設計の自由度が高い.

 漏れ量が少ない.

 寿命が長い.

 軸動力損失が少ない.

 自動調整機能があるため,運転中の調整が不要である.

 軸が摩耗しない.

 ランニングコストが安い.

メカニカルシールの性能は,密封流体の漏れ量やしゅう動面における摩擦トルクから評 Fig. 1.1 Schematic view of the rotary blood pump with the mechanical seal6)

(12)

1章 緒 言

6

価される.これらはしゅう動面のすきまの大きさによって決定し,すきまの大きさは回転 速度などの運転条件やしゅう動面の表面粗さなど様々な因子の影響を受ける.

1・2・2 メカニカルシールの設計

メカニカルシールは,しゅう動面のすきまの大きさを適切にコントロールすることによ って,漏れおよび摩擦をともに小さく抑えることが求められる.しゅう動面にはばねなど によって押付け力がはたらいているため,すきまを設けるためにはしゅう動面に圧力が生 じる必要がある.従来,小さなすきまにおける潤滑理論にはレイノルズ方程式が用いられ てきたが,一般的なレイノルズ方程式は回転方向にすきまが小さくなるくさび領域をもた なければ動圧を生じない.したがって,平行なしゅう動面間をもつメカニカルシールは,

理論的には圧力を生じない.そこで現状の設計法においては,しゅう動面に生じる力Wh[N]

は式(1-1)のように仮定されている8)

Wh=KcA1po (1-1)

A1はしゅう動面積[m2],poは密封流体の圧力[Pa]を示す.また,Kcは密封流体の物理的特性 により決まる無次元定数である.図 1.3 にしゅう動面に生じる圧力 ph[Pa]の概念図を示し,

表1.1に,密封流体の種類とKcの関係を示す8).メカニカルシールにおけるその他の設計は,

以上に基づいて決定する.現状の設計法は,経験則に頼るところが大きいため汎用的な条 件の下では有効といえるが,血液密封下などの特殊な環境下においては検討しなおす必要 がある.

1・2・3 メカニカルシールの潤滑状態

メカニカルシールの潤滑状態を表す指標として,図1.4に示すようなストライベック曲線 がある.ストライベック数Gは式(1-2)に示すように押付け力F[N],回転速度U[m/s],潤滑 流体の粘度η[Pa・s]およびしゅう動幅b[m]で表される無次元数である10)

Fig. 1.2 An example of the structure of a mechanical seal8)

(13)

1章 緒 言

7

Table 1.1 Examples of the sealed fluid8)

Sealed fluid Kc

Oil Kc<0.5

Water Kc=0.5

Liquefied gas Kc>0.5

Fig. 1.3 Conceptual diagram of the fluid pressure in the sealing faces8)

Fig. 1.4 An example of the stribeck curve10)

(14)

1章 緒 言

8 G=

F

Ub

(1-2)

一般的に,ストライベック数G が大きくなるにつれて,摩擦係数μが減少する領域を混合 潤滑領域と呼び,摩擦係数 μ が増大する領域を流体潤滑領域と呼ぶ.しゅう動面のすきま の大きさは,ストライベック数 G が大きくなるにつれて広がるといわれており,混合潤滑 領域では表面粗さ突起の接触を生じ,流体潤滑領域ではすきまに十分な潤滑流体が存在す るとされている10).メカニカルシールは,漏れおよび摩擦をともに小さく抑えるために,2 つの領域の境界で運転することが望ましい.

1・3 従来の研究

1・3・1 血液密封下におけるメカニカルシールの潤滑特性に関する研究

Yamazaki,Tomiokaら6), 11)-13)は,定常流型補助人工心臓における血液の軸シール問題を解

決するためにCool-Seal Systemを開発した.Cool-Seal Systemでは,図1.1に示すように,血 液の軸シールにメカニカルシールを用い,しゅう動面の内側にクーリングウォータ(C.W.) を循環させることによって摩擦熱によるしゅう動面の温度上昇を抑制している.C.W.は,

メカニカルシールのしゅう動面の冷却のほかにしゅう動面の潤滑および洗浄の役割も担い,

ジャーナル軸受部やモータ部の冷却も行っている.Cool-Seal Systemを用いた血液ポンプの

in vivo試験およびin vitro試験において,血液ポンプは良好な性能を示した.また,Tomioka

14), 15)は,血液密封下におけるメカニカルシールの潤滑特性をin vitro試験によって詳細に

測定した.その結果,メカニカルシールは混合潤滑状態から流体潤滑状態にまたがって運 転されていることがわかった.また,血液の漏れ量および溶血量は,十分小さいことが明 らかになった.さらに,しゅう動面の表面粗さがメカニカルシールの潤滑特性に及ぼす影 響を検討した 16)-18).しかし,これらの研究においては,血液が血球成分や血漿成分など異 なる物理的特性をもつ様々な成分から構成されていることは考慮されておらず,それぞれ の成分がメカニカルシールの潤滑特性に及ぼす影響は明らかにされていない.また,神田

19)-21)は,なじみがしゅう動面の表面自由エネルギーに及ぼす影響を検討し,血液密封下

における摩擦トルクとの関係を明らかにした.さらに,神田ら 22)-24)は,血液密封下におい て摩擦トルクが不安定になる現象について,血液中のタンパク質がしゅう動面に吸着する ことに着目し,検討を行った.

定常流型補助人工心臓において血液の漏れおよびしゅう動面の摩擦を小さく抑えること は,人工心臓の信頼性を高めるほか,メンテナンス回数の低減および高効率化につながり,

患者の負担の軽減に貢献する.しかし,メカニカルシールの設計は経験則に基づくところ が大きく,さらなる技術の向上のためには,血液密封下のメカニカルシールの潤滑特性に 関する現象解明とメカニカルシールの潤滑理論の確立が求められる.

(15)

1章 緒 言

9

1・3・2 平行なしゅう動面間における基礎的な潤滑特性に関する研究

Fogg25)は,メカニカルシールのように平行なしゅう動面間において圧力が生じていること を実験によって初めて示した.Denny26)は,幅広い運転条件において潤滑特性の詳細な測定 を行い,押付け力が小さくなるにつれて,または回転数が大きくなるにつれて,しゅう動 面のすきまの大きさは広がることを示した.また,石渡ら 27)は,メカニカルシールが混合 潤滑領域から流体潤滑領域にわたって運転されることを示し,流体潤滑領域においてスト ライベック数と摩擦係数の関係式を実験的に導いた.山本 28)は,しゅう動面に発生する圧 力と摩擦トルクの関係式を実験的に求めた.このように,多くの研究者によって平行なし ゅう動面間における潤滑特性が検討され,Lebeck29)はそれらの研究をストライベック曲線に まとめた.また,これらの実験とともに,平行なしゅう動面における圧力の発生メカニズ ムに関する多くの検討が行われてきた.

Salama30)は,しゅう動面のマクロな粗さ,すなわちうねりの影響について,理論および実

験の両面から検討した.Pape31)は,しゅう動面のすきまの大きさの測定を行い,うねりの影 響を検討した.石渡ら 27)は,うねりが大きいほどくさび効果によって圧力が発生し,すき まが広がって摩擦係数が小さくなると考察した.Lebeck は,しゅう動面にうねりが生じる メカニズムを理論的に検討し 32),さらに,しゅう動面にうねりを与えたメカニカルシール の潤滑特性の測定を行った 33).池内ら34)-38)は,うねりを与えたしゅう動面において,キャ ビテーションの影響を考慮した潤滑特性解析を行い,実験結果との比較を行った.

Hamilton ら 39)は表面粗さの影響を考察するために,表面粗さを模擬したミクロンオーダ

ーのディンプルを考慮した解析を行い,マイクロキャビテーションが負荷容量を発生させ る要因であるとした.同様の研究を Annoら40), 41)が行い,現在においても表面テクスチャ の研究として盛んに行われている 42)-59).これらのマイクロディンプルを施したメカニカル シールは,高負荷下における適用が期待されている.特に,近年,徳永ら 60),61)は,しゅう 動面の高圧側に動圧を発生させる形状の溝を施し,低圧側には漏れを生じさせない形状の 溝を施すことによって,メカニカルシールにおける潤滑と密封を両立させるための研究を 行っている.

山本28) ,62)-64) は,シールリングおよびシートリング自体に働く外力の向きと大きさによっ

てそれぞれのしゅう動面が傾くと考え,圧力分布の計算を行った.このような組立て誤差 を考慮した研究はNau65)やEtsion66)も行っている.

以上のように,メカニカルシールにおいて圧力が生じる要因は様々と考えられるが,表 面のうねりや組立て誤差は,しゅう動面を平行にコントロールするメカニカルシールの設 計思想に反する.一方,メカニカルシールの潤滑状態を明らかにするためには,しゅう動 面の表面粗さの影響を無視することはできない.

(16)

1章 緒 言

10

1・3・3 しゅう動面における表面粗さに関する実験的研究

前項に述べたとおり,しゅう動面における表面粗さは,メカニカルシールの潤滑特性と 密接な関係がある.Lenning67)は低回転数域において,Brix68)は幅広い回転数域において,表 面粗さが平行なしゅう動面における摩擦係数に影響を及ぼすことを実験的に示した.中原 ら 69)はしゅう動方向に平行な溝と直交する溝すなわち平行粗さおよび直交粗さが潤滑特性 に及ぼす影響を実験的に検討した.さらに,Shimomura ら 70)-73)は,表面粗さ分布における 算術平均粗さ,自乗平均粗さおよび歪みなど,表面粗さ分布の様々なパラメータを詳細に 測定し,メカニカルシールの潤滑特性に及ぼす影響を検討した.Wongら74)は,初期の表面 粗さの大きさによってしゅう動面のなじみ過程に差が生じることを示した.

1・3・4 しゅう動面における表面粗さに関する理論的研究

平行なしゅう動面間において,表面粗さが潤滑特性に影響を及ぼすことは実験的に明ら かである.したがって,しゅう動面における表面粗さの影響を考慮したメカニカルシール の潤滑理論の確立が必要であり,表面粗さの影響を考慮した潤滑理論は表面粗さ分布の取 扱い法によって確率論的モデルと決定論的モデルに分類される.

表面粗さ分布を確率論的に取扱ったレイノルズ方程式が初めて導出されたのはTzengら75) の研究である.Tzengらは,直交粗さにおいて,表面粗さ分布を考慮したすきまの大きさの 期待値を表面粗さ分布の確率密度関数から算出した.Christensenは直交粗さ,平行粗さおよ び等方性粗さに適用可能なレイノルズ方程式を導出し 76),77),傾斜スライダ軸受に適用して 混合潤滑特性解析を行った78).Patirら79),80)は表面粗さの影響を流量係数に集約した修正レ イノルズ方程式を導出する平均流モデルを提案した.流量係数は,表面が滑らかな場合の 流量と表面が粗い場合の流量を比較して求められ,等しい統計的性質をもつ表面粗さ分布 をパラメータとした期待値として算出される.Patir の平均流モデルは以下のようにいくつ かの仮定がおかれていた.

 側方漏れを考慮しない.

 表面粗さ分布は正規分布に従うとする.

 キャビテーションを考慮しない.

 表面粗さ突起の変形を考慮しない.

 しゅう動面を形成する二面の表面粗さ分布を一面に合成する.

そこで,Elrod81),Tripp82),Lo83)は,側方漏れを考慮するために流量係数を二階のテンソル

に拡張した.また,表面粗さ分布が正規分布に従うと仮定すると,表面粗さ突起の形状を 表す重要なパラメータである歪みや尖りの影響を検討することができない 84).そこで,

Morales-Espejel85),Kimら86)は歪みや尖りが平均流モデルにおける流量係数に及ぼす影響を

検討した.Kim87),Mengら88),Harpら89)は表面粗さ突起の弾性変形やマイクロキャビテー ションを考慮して流量係数を算出した.また,Huら90)は,解析対象によって適切な境界条 件を与える必要があることを指摘した.

Patir の平均流モデルは,表面粗さの影響を考慮した潤滑理論として現在もよく用いられ

(17)

1章 緒 言

11

ており,メカニカルシールへの適用例も多い91)-96).Lebeckは,メカニカルシールのしゅう 動面において流体膜力と表面粗さ突起による接触力が生じているとして,確率論的モデル による潤滑特性解析を初めて行い 95),さらに,解析結果を他の研究者の実験結果と比較し てまとめた 96).しかし,Patir の平均流モデルは,動圧発生源をもたないメカニカルシール に適用しても表面粗さの影響を十分に評価できないという問題があり,これらの研究にお いては組立て誤差などの動圧発生源を与えることによって解析を行っている.さらに,こ れらの研究においては,歪みや尖りなど表面粗さ突起の形状を表すパラメータについて検 討が行われていない.

一方,決定論的モデルは,レイノルズ方程式においてランダムな表面粗さ分布を直接用 いて潤滑特性解析を行う.計算時間が長いため,決定論的モデルを用いたメカニカルシー ルにおける潤滑特性解析は,Minetら97),98),Brunetiereら99)によってわずかに行われている だけである.

以上の 2 つのモデルを比較すると,決定論的モデルは,ある形状の表面粗さ分布に対し て厳密な潤滑特性の解が得られるという長所がある.しかし,表面粗さ分布は再現性が低 いため,表面粗さ分布の設計指針を得る観点において決定論的モデルは適切ではないとい える.一方,確率論的モデルは,表面粗さ分布を統計的に扱うことによって潤滑特性の期 待値を求めるため,表面粗さ分布の設計指針を得るには優れている.したがって,メカニ カルシールの潤滑特性を理論的に明らかにするために,平行なしゅう動面間に適切な平均 流モデルを検討する必要がある.

1・4 本研究の目的

定常流型人工心臓におけるメカニカルシールは,血液の漏れおよびしゅう動面の摩擦を 小さく抑えることによって,人工心臓の信頼性を高めるほかに,メンテナンス頻度の低減 や高効率化の実現に貢献することが期待される.そのために,血液密封下におけるメカニ カルシールの潤滑特性に関する現象を明らかにする必要がある.また,漏れおよび摩擦の 低減の両立を実現するためには,適切なしゅう動面のすきまの大きさをコントロールする ことが求められる.すきまの大きさは,回転数などの運転条件やしゅう動面における表面 粗さの影響を受けるが,これらの因子の設計指針を得られるような潤滑理論は確立されて いない.そこで本研究では,まず実験において,血液密封下におけるメカニカルシールの 潤滑特性の詳細な測定法を確立し,血液密封のメカニズムについて考察する.さらに理論 において,平行なしゅう動面間において表面粗さの影響を確率論的に検討する潤滑理論を 提案し,新しい理論を用いてしゅう動面における表面粗さ分布の統計的性質がメカニカル シールの潤滑特性に及ぼす影響を明らかにする.以下に具体的な目的を述べる.

1) 血液密封下におけるメカニカルシールの潤滑特性を実験的に明らかにすることを目的 とする.本研究では,血液が血球成分および血漿成分から構成されることを考慮し,そ れぞれの成分の漏れ特性を明らかにする新しい漏れ量測定法を提案する.また,漏れ特

(18)

1章 緒 言

12

性,摩擦特性および密封血液の溶血特性を明らかにし,血液の密封メカニズムについて 考察する.さらに,定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールは,血液と C.W.

を分離する液々分離型であることを考慮し,密封血液がしゅう動面に占める割合を実験 的に求める手法を提案する.

2) 平行なしゅう動面間における新しい平均流モデルを確立することを目的とする.平均流 モデルは,しゅう動面における表面粗さの影響を流量係数に集約し,表面粗さ分布の設 計指針を確率論的に得ることができるが,Patirの平均流モデルは平行なしゅう動面間に おいて表面粗さの影響を十分に評価することができない.本研究においては,側方漏れ と粗面の相対運動によって生じる付加的な圧力を表す係数を定義することによってこ の課題を解決し,Patirの平均流モデルにおける流量係数と比較する.また,表面粗さ分 布における自乗平均粗さ,歪みおよび尖りの値が流量係数に及ぼす影響を明らかにし,

これらの統計量が示す表面粗さ形状の物理的な意味と流量係数の関係について考察す る.さらに,平均流モデルにおいて,しゅう動面を構成する2面のそれぞれの表面粗さ 分布を考慮する場合の流量係数の算出法を検討する.

3) 新しい平均流モデルを用い,表面粗さ分布の統計的性質がメカニカルシールの潤滑特性 に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.平均流モデルでは,等しい統計的性質 をもつ表面粗さ分布をパラメータとして流量係数を算出し,期待値を求める.本研究に おいては,流量係数のばらつきが潤滑特性に及ぼす影響を考察し,Patirの平均流モデル を用いる場合との比較を示す.また,解析結果と実験結果の比較によって,本研究で提 案した理論が有効性を示す範囲を検討する.

1・5 本論文の構成

本論文の構成は以下のとおりである.

第1章 緒言

第2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験 第3章 平行なしゅう動面間における平均流モデル

第4章 平均流モデルを用いたメカニカルシールの潤滑特性解析 第5章 結言

第 1 章においては,本研究の背景を示し,従来の研究をまとめることによって,血液密 封下におけるメカニカルシールの課題点を述べている.また,本研究の意義および本研究 で明らかにする点を目的とともに示している.

第 2 章においては,血液が血球成分および血漿成分から構成されることを考慮し,血液 密封下におけるメカニカルシールの潤滑特性を実験的に明らかにする.実験は,血液の漏 れ量測定,しゅう動面の摩擦トルク測定,密封血液の溶血指数測定を行う.特に,漏れ量 測定法は,血球成分および血漿成分それぞれの漏れ量を求める新しい手法を提案し,従来 の測定法を用いる場合と比較する.これらの実験結果をまとめることによって,血液の密

(19)

1章 緒 言

13

封メカニズムを考察する.また,定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールは血液

と C.W.を分離する液々分離型であることを考慮し,密封血液がしゅう動面に占める割合を

実験的に求める手法を提案する.

第 3 章においては,しゅう動面における表面粗さ分布の設計指針を確率論的に得るため に平行なしゅう動面間における平均流モデルを提案し,新しい平均流モデルにおける流量

係数をPatirの平均流モデルを用いる場合と比較する.本章においては,まず,表面粗さ分

布における自乗平均粗さ,歪みおよび尖りの定義を明らかにする.次に,側方漏れや粗面 の相対運動によって生じる付加的な圧力を考慮した新しい平均流モデルにおける流量係数 およびその他の係数の算出法を述べる.また,表面粗さ分布における自乗平均粗さ,歪み および尖りの値が流量係数に及ぼす影響を検討し,これらの統計的性質が示す表面粗さ形 状の物理的な意味と流量係数の関係について考察する.さらに,本研究で用いるシートリ ングおよびシールリングのしゅう動面における表面粗さ分布の統計的性質を測定してこれ らを考慮した流量係数を算出し,2面のそれぞれの表面粗さ分布を考慮する場合の流量係数 の算出法を明らかにする.

第 4 章においては,第 3 章で提案した平均流モデルを用いて,しゅう動面のすきまの大 きさ,漏れ量および摩擦係数を求める手法を明らかにし,定常流型補助人工心臓の回転数 を想定した0-4000min-1において,これらの潤滑特性の解析結果をPatirの平均流モデルを用 いる場合と比較する.平均流モデルにおける流量係数は等しい統計的性質をもつ数通りの 表面粗さ分布に対する期待値として得られるが,本章においては流量係数のばらつきが潤 滑特性に及ぼす影響を明らかにする.また,表面粗さ分布における自乗平均粗さ,歪みお よび尖りの値が潤滑特性に及ぼす影響を検討し,これらの統計的性質が示す表面粗さ形状 の物理的な意味と潤滑特性の関係を考察する.また,血液密封下および水密封下の解析結 果を示し,実験結果と比較することによって,理論の有効性が示される範囲を明らかにす る.

第 5 章においては,定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性につい て得られた結論を述べ,今後の課題を明確にする.

(20)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

14

第 2 章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

2・1 はじめに

定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールは,血液の漏れおよびしゅう動面の摩 擦を小さく抑えることによって,人工心臓の高性能化に貢献することが期待される.図2.1 に,メカニカルシールを用いた定常流型補助人工心臓を示す6).本章においては,図2.1に 示すような血液密封下のメカニカルシールの漏れ特性,摩擦特性および密封血液の溶血特 性を明らかにすることを目的とする.特に,漏れ特性測定実験においては,血液が血球成 分および血漿成分から構成されることを考慮し,それぞれの成分の漏れ特性を明らかにす る新しい漏れ量測定法を提案する.さらに,定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシ ールは,血液とクーリングウォータ(C.W.)を分離する液々分離型であることを考慮し,

密封血液がしゅう動面に占める割合を実験的に求める手法を提案する.

Fig. 2.1 Schematic view of the rotary blood pump with the mechanical seal6)

(21)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

15 2・2 実験装置と方法

2・2・1 実験装置

図2.2に実験装置の概要を示し,図2.3にシール部の拡大図を示す.本実験装置は,図2.1 に示した定常流型補助人工心臓実機の機構を基にして設計されているが,本研究において はメカニカルシールの潤滑特性のみに着目するため,インペラは取付けていない.メカニ カルシールは,回転軸に取付けられたシールリングと固定側のシートリングによって構成 される.図2.4に回転軸およびシールリングとシートリングの外観を示す.シールリングの 材料はカーボングラファイト(C)であり,シートリングの材料は炭化ケイ素(SiC)である.こ れらは定常流型補助人工心臓実機と同様の材料を用いている.また,しゅう動面の大きさ も実機と同様であり,外径が 11mm,内径が 8.2mm である.本実験装置においては,メカ ニカルシールのしゅう動面に生じる摩擦トルクを測定するために,回転軸とモータ

(Portescap・35NT2R82-426SP 2)のあいだにトルク計(小野測器(株)・MD-502C)を取付

けている.回転軸はマグネットカップリングを介して回転し,定常流型補助人工心臓の運 転条件100)を想定した回転数を与えることができる.また,血液は人間の血圧を想定した圧 力に加圧してチャンバに密封する.本研究においては,入手が簡単であることから,密封 血液にブタ血液を用いた.また,ブタ血液は,ヒト血液とよく似た組成をもつ.しゅう動 面の押付け力には,一般的にはばね力を用いることが多いが,実機の機構を基にして,マ グネットの反発力を用いる.しゅう動面の内側には C.W.として純水を循環させ,C.W.のリ ザーバの温度を一定に保つ.

(22)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

16

Fig. 2.2 Schematic view of the experimental apparatus

Fig. 2.3 Enlarged view of the seat ring and the seal ring

(23)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

17 2・2・2 ヘマトクリット値(Ht 値)の調製法

血液は,約45%が血球成分,約55%が血漿成分で構成される101).血球成分は約99%が赤 血球で構成され,白血球および血小板などが少量含まれる.図2.5に赤血球成分の顕微鏡写 真を示す102).赤血球の直径は約8μm,周辺部の厚さは約2μmである.

式(2-1)に示すように,血液中における血球成分の体積割合をヘマトクリット値(以下,

Ht値と表す)と呼ぶ.

Ht=

b b c

V

V ×100 (2-1)

(a) Seat ring

(b) Seal ring assembled to the shaft

Fig. 2.4 Photographs of the seat ring and the seal ring

(24)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

18

ここで,Vbは血液の体積[ml]を表し,Vbcは血球成分の体積[ml]を表す.また,Ht 値[%]は,

血液中における赤血球成分の体積割合とみなすことができる.

Ht 値は個体差が大きいため,血液を用いたメカニカルシールの潤滑特性測定実験では,

以下の手順でHt値を任意の値に調整する.

1) 遠心分離機((株)久保田製作所・Model 2410)を用いて血液を血球成分と血漿成分に 分離し,調整前の血液のHt値を調べる.

2) 調整前の血液に血球成分または血漿成分を加えることによって任意のHt値に調整する.

2・2・3 血液密封下におけるメカニカルシールの漏れ特性測定法 (1) 従来の漏れ特性測定法

従来の研究16), 17) においては,血液中に最も多く含まれるナトリウムイオンに着目し,血 液の流入によって増加する C.W.中のナトリウムイオン濃度をイオンクロマトグラフによっ て測定して血液の漏れ量を算出した.実験開始前と漏れ量測定時において,系全体のナト リウムイオン量は等しいとすると式(2-2)が成り立つ.

Sb1VbSc1VcSb2

VbVb

Sc2

VcVb

(2-2) ここで,Sはナトリウムイオン濃度[ppm],Vは体積[ml],ΔVは漏れ量[ml]を表し,添え字の bは密封血液,cはC.W.,1は実験開始前,2は漏れ量測定時を表す.式(2-2)において,実 験開始前の密封血液中のナトリウムイオン濃度 Sb1[ppm]と漏れ量測定時の密封血液中のナ トリウムイオン濃度Sb2[ppm]が等しいとすると,血液の漏れ量ΔVb[ml]は式(2-3)のように求 められる.

ΔVb= c

c b

c

c V

S S

S S 

 

2 1

1

2 (2-3)

Fig. 2.5 Photographs of red blood cells with a scanning electron microscope102)

(25)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

19

この手法では,血液の漏れ量における血球成分の漏れ量割合が密封血液のHt値と等しいと している.しかし,この手法は,血液が血球成分や血漿成分など物理的特性が異なる様々 な成分から構成され,さらに,それぞれの成分におけるイオン構成が異なることが考慮さ れていなかった.そこで,本研究では,血球成分および血漿成分それぞれの漏れ量を算出 する新しい手法を提案する.

(2) 新しい漏れ特性測定法

血球成分と血漿成分それぞれの漏れ量を算出するために,血球成分に最も多く含まれる イオンであるカリウムイオンと血漿成分に最も多く含まれるイオンであるナトリウムイオ ンに着目する.それぞれの成分中におけるカリウムイオン濃度Pbc1およびPp1とナトリウム イオン濃度 Sbc1およびSp1を図2.6に示す.漏れ量は,C.W.中におけるこれらのイオン濃度 を測定し,増加量を換算することによって以下のように算出する.

図2.6から,本研究において,血漿成分中におけるカリウムイオン濃度Pp1は,血球成分 中におけるカリウムイオン濃度Pbc1よりも十分小さいとして無視する.実験開始前と漏れ量 測定時において,系全体のカリウムイオン量およびナトリウムイオン量は等しいとすると,

式(2-4)が成り立つ.

   

     





bc p c c bc bc bc p p p c c bc bc p p

bc c c bc bc bc c c bc bc

V V V S V V S V V S V S V S V S

V V P V V P V P V P

2 2

2 1

1 1

2 2

1

1 (2-4)

ここで,Pはカリウムイオン濃度[ppm]を表し,添え字のbcは血球成分,pは血漿成分を表 す.式(2-4)において,Pbc1= Pbc2Sbc1= Sbc2およびSp1= Sp2を仮定すると,血球成分の漏れ量 ΔVbc[ml]および血漿成分の漏れ量ΔVp[ml]は式(2-5)のように求められる.















 





 





 



 

 

c c b c

c c c p

c b c c

p c p c

c c b c

c b c c

P V P

P P S S

S S S

S S V S

P V P

P V P

2 1

1 2 2 1

2 1 2

1 1 2

2 1

1 2

(2-5)

したがって,血液の漏れ量の和Vb[ml]は式(2-6)のように表される.

VbVbcVp (2-6)

ここで,実験開始時の血球成分におけるカリウムイオン濃度Pbc1,血球成分におけるナトリ ウムイオン濃度Sbc1および血漿成分におけるナトリムイオン濃度Sp1は,図2.6に示した値 を用いる.図2.6に示したイオン濃度の測定は,イオンクロマトグラフ(東亜ディーケーケ

ー(株)・IA-200)の測定可能範囲に従い,血球成分および血漿成分ともに純水によって10,000

(26)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

20

倍希釈して行った.したがって,赤血球成分は溶血して細胞内液が漏出した状態である.

一方,本研究においては C.W.に純水を用いたため,C.W.中の赤血球成分も溶血した状態で ある.したがって,式(2-4)および式(2-5)が成り立つ.ただし,図2.6に示した値は,それぞ れの成分を10,000倍希釈して測定を行ったことを考慮し,測定値を10,000倍した値であり,

それぞれの成分における実際のイオン濃度を示している.

2・2・4 血液密封下におけるメカニカルシールの摩擦特性測定法

定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑状態を把握するため,トルク計 を用いて摩擦トルクの測定を行う.

2・2・5 密封血液の溶血特性測定法

溶血とは,時間経過や物理的な負荷などにより赤血球膜が破壊され,赤血球内のヘモグ ロビンが漏出する現象である.本研究では,漏れ量測定終了後の密封血液の溶血指数を測 定し,密封血液の溶血特性と漏れ特性の関係から血液の密封メカニズムを考察する.

溶血指数は,式(2-7)に示すように,MFI(Mechanical Fragility Index)を用いる103)

MFI=

1 1

1 2

p b

p p

Hb Hb

Hb Hb

 ×100 (2-7)

ここで,Hbはヘモグロビン濃度[ppm]を表し,MFIは実験開始前の赤血球成分のうち溶血し た赤血球成分の割合[%]を示す.ヘモグロビン濃度は,分光光度計((株)島津製作所・

MPS-2000)を用いて吸光度を測定し,これを換算することによって求める.

Fig. 2.6 Ion concentrations in blood cell components and plasma components

(27)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

21

2・2・6 エチレングリコール水溶液密封下のしゅう動面における密封流体の体積割合 測定法

本研究で用いるメカニカルシールは高圧側に血液が存在するが,血液と同時に C.W.も分 離する液々分離型である.したがって,しゅう動面における潤滑流体の100%を密封血液が 占めているとは限らない.そこで,しゅう動面における密封血液の体積割合を実験的に算 出する方法を提案する.ただし,本実験においては,簡単のため密封流体としてエチレン グリコール水溶液を用いた.エチレングリコール水溶液は,濃度を調製することによって,

血液相当の粘度を簡単に再現することが可能である.

まず,しゅう動面における密封流体と C.W.の存在状態について,以下の2通りの仮定を おく.それぞれの仮定の概念図を図2.7に示す.

a) 完全混合状態 b) 完全分離状態

図2.7 (a)に示す完全混合状態においては,しゅう動面間で密封流体とC.W.が均質に混合

し,図2.7 (b)に示す完全分離状態においては,ある半径rbの位置において,密封流体とC.W.

が完全に分離しているとする.それぞれの仮定における密封流体の体積割合の算出法を以 下に示す.

(1) 完全混合状態

完全混合状態においては,粘度ηoの密封流体と粘度ηiのC.W.がしゅう動面で均一に混合 し,しゅう動面における潤滑流体は未知の粘度 ηmの混合溶液になると仮定し,しゅう動面 における密封流体の割合を算出する.まず,予備実験として,エチレングリコール水溶液 の体積濃度E[%]と粘度η[mP・s]の関係を調べておく.298Kにおいて,Eηの関係は図2.8 に示すとおりであり,実験式として,式(2-8)が得られた.

(a) Completely mixed state (b) Completely separated state Fig. 2.7 Assumptions of state of the lubricating fluid in the sealing faces

(28)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

22

η=0.845exp(0.286E) (2-8)

また,密封流体およびC.W.ともに体積濃度Eoのエチレングリコール水溶液を用いてしゅう 動面における摩擦トルクを測定しておく.このとき,ストライベック曲線は図2.9のように 得られた.摩擦係数μは式(2-9)のように算出され,ストライベック数Gは式(2-10)のように 算出される.

μ= 3 3

2 2

2 3

i o

i f o

r r

r r F M

 (2-9)

Fig. 2.8 Relationship between the viscosity and the volume percentage of ethylene glycol solution

Fig. 2.9 Stribeck curve with the ethylene glycol solution

(29)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

23 G=

 

F r r rm o i

m  

 where ηmo (2-10)

ここで,Fは押付け力[N],Mfは摩擦トルク[Nm],riはしゅう動面の内側半径[m],roはしゅ う動面の外側半径[m],rmはしゅう動面の平均半径[m],ηmは潤滑流体としての混合溶液の 粘度[Pa・s],ηoは密封流体の粘度[Pa・s]を表す.ここで,G が大きくなるにつれて μも増加 する流体潤滑領域においては,式(2-11)が成り立つと仮定する27)

μ=aGb (2-11)

最小二乗法によって無次元定数 a および b の値を求めると,本研究においては,a=72.6,

b=0.475となった.

しゅう動面における密封流体の体積割合 B[%]を算出するために,密封流体に体積濃度 Eo[%]のエチレングリコール水溶液を用い,C.W.に純水を用いて摩擦トルクMf[Nm]を測定し,

式(2-9)を用いて μ を求める.このときメカニカルシールは流体潤滑状態で運転されている

と仮定すれば,式(2-11)を用いて,Gを算出することができる.さらに,式(2-10)から,しゅ う動面における潤滑流体の粘度ηm[Pa・s]が求められ,式(2-8)を用いて混合溶液としてのエチ レングリコール水溶液の体積濃度Em[%]が算出される.求められたEmを式(2-12)に代入すれ ば,Bが算出される.

B=

o m

E

E ×100 (2-12)

(2) 完全分離状態

完全分離状態においては,しゅう動面は,密封流体による摩擦が生じる領域と C.W.によ る摩擦が生じる領域に分離することに着目し,しゅう動面における密封流体の割合 B を算 出する.このとき,密封流体に体積濃度 Eo[%]のエチレングリコール水溶液を用い,C.W.

に純水を用いる場合の摩擦トルクMf[Nm]は,式(2-13)のように表すことができる.

Mf = 2 2

3 3

3 2

i o

b o o

r r

r Fr

  + 2 2

3 3

3 2

i o

i i b

r r

r Fr

  (2-13)

ここで,μo は潤滑流体の粘度が ηo[Pa・s]のときの摩擦係数を表し,μiは潤滑流体の粘度が ηi[Pa・s]のときの摩擦係数を表す.これらの値は,密封流体およびC.W.ともに体積濃度Eo[%]

または Ei[%]のエチレングリコール水溶液を用いてしゅう動面における摩擦トルク Mf[Nm]

を測定し,式(2-9)を用いて算出しておく.式(2-13)から境界位置の半径rb[m]が算出されるの で,しゅう動面における密封流体の体積割合B[%]は式(2-14)を用いて求めることができる.

(30)

2章 定常流型補助人工心臓におけるメカニカルシールの潤滑特性測定実験

24 B= 2 2

2 2

i o

b o

r r

r r

 (2-14)

2・2・7 実験条件

メカニカルシールを用いた定常流型補助人工心臓は,患者によって異なるが,およそ

2000min-1付近の低回転数領域において運転される100).メカニカルシールの潤滑特性は回転

数に依存するため,本研究では補助人工心臓の運転条件を想定し,表2.1に示す実験条件に おいて漏れ量および摩擦トルク測定実験を行った.すなわち,漏れ量測定は1000min-1およ び 2000min-1において行い,摩擦トルクは200min-1から3000min-1まで200min-1刻みで変化 させて測定した.密封血液の溶血指数は,漏れ量測定実験終了後,すなわち実験開始から 3h 後に測定した.また,血球成分および血漿成分それぞれの漏れ特性を明らかにし,メカ ニカルシールの密封メカニズムを考察するために,密封血液のHt値を0, 10, 20, 30, 40%と 変化させて実験を行った.また,表2.2に,しゅう動面における密封溶液の体積割合測定実 験における実験条件を示す.50%エチレングリコール水溶液の粘度はHt値40%の血液の粘 度に相当する.

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