早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学)
概要書
菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の機能的特徴
Functional Characteristics of Scapular Muscles Centering on Rhomboid Muscles
2011年 7 月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
橘内 基純 Kitsunai, Motozumi
研究指導教員: 矢内 利政 教授
【緒言】
肩甲胸郭関節は,僧帽筋や前鋸筋などの肩甲骨周囲筋群により保持されている機能的 関節である.スポーツ活動において,肩甲上腕関節の円滑な運動や障害予防を行う上で は,肩甲骨運動が重要であるとされ,近年では肩甲骨周囲筋群のトレーニングが実践さ れてきている.肩甲胸郭関節を構成する周囲筋の中でも,深層部に位置する菱形筋は,
肩甲骨と脊柱をつなぐ筋組織として,肩甲骨の安定性に寄与していると考えられている.
しかし,その機能については不明な点も多く,特に運動中の活動パターンや.また,大 菱形筋・小菱形筋と付着部の違いにより分化されているが,機能の違いについては検討 されていない.そこで,本研究では菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の機能的特徴を 明らかにすることを目的とし,以下の研究を行った.
【肩関節外転運動時の肩甲骨周囲筋群の筋活動特性】
ワイヤ筋電図を用いて肩関節外転運動における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群 の筋活動量の変化を検討した.方法として,ワイヤおよび表面筋電図を用いて,異なる 負荷を把持した中で肩関節外転運動時の肩甲骨周囲筋群の筋活動量の変化を比較した.
その結果,小菱形筋,前鋸筋,大菱形筋では,負荷増加に伴い,筋活動量が有意に増加 がしていたが,僧帽筋中部線維では,有意な変化は見られなかった.大・小菱形筋間で は肩関節外転運動時の筋活動量に差異が見られ,肩関節外転動作に伴う変化パターンが 異なる可能性が示唆された.また,小菱形筋と前鋸筋では,負荷依存的に活動量を共に 増加させており,筋付着部を共有していることから両筋間には相互的に活動を変化させ ている可能性が考えられた.
【投球動作における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の筋活動特性】
ワイヤ筋電図を用いて,投球動作における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の筋活 動量の変化を検討した.方法として,肩甲骨周囲筋にワイヤ電極および表面電極を貼付 し,ストレート,カーブ,ソフトボール投球時の筋活動量を投球phase毎に分析・比較 した.その結果,ストレート投球では,大・小菱形筋および僧帽筋は,deceleration phaseがearly cocking やlate cocking phaseに対して有意に筋活動量が大きかった.
前鋸筋は,late cocking phaseが他のphaseに対して有意に筋活動量が大きかった.棘 上筋,棘下筋では有意な筋活動量の変化は見られなかった.カーブ投球では,ストレー ト投球と比較し,小菱形筋の筋活動量がlate cocking phaseにおいて有意に低かった.
ソフトボール投球では,小菱形筋の筋活動量が低下し,僧帽筋上部や棘下筋の筋活動が 上昇する傾向にあった.
これより,投球動作では大・小菱形筋や前鋸筋など肩甲骨周囲筋群と肩甲上腕関節周 囲筋群が,相互的に活動を変化させることにより動作が遂行されていることが考えられ た.特に,大・小菱形筋と前鋸筋のlate cocking phaseやdeceleration phaseにおける 筋活動量の相互変化が,棘下筋への筋活動量を変化させる可能性が考えられ,パフォー マンスや障害発生に対して影響を及ぼす可能性が高いことが示唆された.また,小菱形 筋は大菱形筋よりも筋活動開始時期が早期である傾向が観察され,両筋の機能的役割が 異なることが示唆された.
【菱形筋に対する選択的トレーニングの効果検証】
MRIを用いて,菱形筋に対する肩甲骨内転運動によるトレーニング効果の検証を行っ
た.方法として,肩関節45°位での肩甲骨内転運動を1,3,5セット実施し,トレーニ ング前後の菱形筋,僧帽筋のT2 値の変化を検討した.その結果,トレーニング後,
菱形筋および僧帽筋のT2値は有意に上昇した.僧帽筋は,1セット目から活動が高く なるのに対し,菱形筋は3セット目以降に有意なT2値の上昇が見られた.これより,
肩関節外転45°における肩甲骨内転運動が菱形筋に対してトレーニング効果をもた らす可能性が示唆された.また,両筋間では活動時期の相違が見られたことから,
菱形筋への選択的トレーニング効果は低負荷・高回数によってもたらされる可能性 が考えられた.
【結論】
本研究では菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の筋活動について,包括的にその機能 的特徴を明らかとすべく研究を行った.その結果,新たな知見を得ることができた.具 体的には,これまで同一筋としての扱いであった大・小菱形筋の活動量に差異が見られ た.付着部を共有する小菱形筋と前鋸筋との間には主動筋―拮抗筋関係が存在している 可能性があること示唆された.また,シーティッドローイングによる肩甲骨内転運動に より菱形筋に対するトレーニング効果をもたらすことが示唆された.これらの結果より,
菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群では,筋張力を相互的に変化させることにより,肩 甲骨の動作を遂行していることが示された.