早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学)
菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の機能的特徴
Functional Characteristics of Scapular Muscles Centering on Rhomboid Muscles
2011年7月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
橘内 基純 Kitsunai, Motozumi
研究指導教員: 矢内 利政 教授
目 次
第 1 章 序論 ... 1
第 1 節 序 ... 2
第 2 節 研究小史 ... 3
第 1 項 肩甲骨運動に関する知見 ... 3
第 2 項 肩甲骨周囲筋に関する分析 ... 5
第 3 項 菱形筋に関する報告 ... 7
第 3 節 本論文の目的,構成 ... 11
第 2 章 肩関節外転運動時の肩甲骨周囲筋群の筋活動特性 ... 12
第 1 節 緒言 ... 13
第 2 節 方法 ... 14
第 3 節 結果 ... 21
第 4 節 考察 ... 23
第 5 節 結論 ... 25
第 3 章 投球動作における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の筋活動特性 ... 26
第 1 節 緒言 ... 27
第 2 節 方法 ... 28
第 3 節 結果および考察 ... 31
第 1 項 ストレート投球時の筋活動 ... 32
第 2 項 変化球投球時の筋活動およびストレートとの比較 ... 38
第 3 項 ソフトボール投球時の筋活動および野球との比較 ... 43
第 4 節 結論 ... 48
第 4 章 菱形筋に対する選択的トレーニングの効果検証 ... 49
第 1 節 緒言 ... 50
第 2 節 方法 ... 52
第 3 節 結果 ... 56
第 4 節 考察 ... 59
第 5 節 結論 ... 61
第 5 章 総合論議 ... 62
第 6 章 結論 ... 65
引用文献... 67
研究業績... 78
謝辞 ... 80
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第 1 章 序論
2
第 1 節 序
近年のスポーツ医学界の発展は目覚ましく,特に外傷・障害発生メカニズムの解明や治療・
リハビリテーション法の確立がなされてきたことから,21世紀の取り組みとしては,いかに外 傷・障害を予防するかという取り組みにシフトしてきている[1].予防に関する研究を実践する 上で,一般的に用いられる概念として,van Mechelen et al[1]の提唱した4段階があげられる.
それは,①外傷の発生頻度や重症度を調査し問題の認識を把握,②外傷発生のメカニズムやリ スクファクターの解明,③リスクファクターに対して介入を行い効果検証,④再び疫学調査を 行い,介入効果を検証する,というものである.この4段階を踏まえ,これまで様々な研究が 実施されてきており,今日の予防に対する取り組みの基礎となっている.
肩甲上腕関節外傷予防に関する取り組みについては,これまで様々な研究が行われてきた.
近年では,肩甲上腕関節への力学的負荷を軽減させるためには,機能的関節である肩甲胸郭関 節の運動が重要であるという議論が盛んに行われ始めた.骨結合を持つ構造的関節とは異なり,
筋協調により運動遂行が可能となるこの関節は,僧帽筋,前鋸筋,菱形筋,肩甲挙筋により構 成されている.肩甲胸郭関節の基本的機能としては,肩甲骨を胸郭上に保持するということが あげられるが,オーバーヘッドスポーツのような高速度運動時には肩甲胸郭関節の運動が鍵と なるといわれている.中でも,深層部に存在するといわれる菱形筋は,肩甲挙筋と共に脊柱と 肩甲骨をつなぐものであり,肩甲骨を脊柱方向に牽引することで肩甲骨の過剰運動を防ぐ役割 を果たしている.また,菱形筋は,起始部の違いにより大・小の二つに分化されているという,
極めて珍しい存在である.しかし,菱形筋を含む肩甲胸郭関節に関する研究は,計測が困難で あることなどに起因し,報告が少なく,菱形筋については大・小の機能性の差異について言及 した研究は見あたらない.最近では,肩甲上腕関節障害のリハビリテーションや予防トレーニ ングの一環として,肩甲胸郭関節の可動性や固定を生み出すための方策が実施されてはいるも のの,エビデンスについては,極めて少ない.
このように,肩甲胸郭関節に関するスポーツ医学的見地からの研究は,まだまだ不十分であ るといえる.そのため,外傷・障害研究や予防に必要な基礎的データの構築から,臨床現場に
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おける有用な取り組みといった実践的研究までの包括的な取り組みが最重要課題であるとい える.本論文においても過去の報告からの現状の課題等を踏まえ,肩甲上腕関節運動に伴う菱 形筋を中心とした肩甲胸郭関節運動機能について,基礎から応用までの包括的データを示した い.
第2節 研究小史
第1項 肩甲骨運動に関する知見
肩甲帯とは,上腕骨,肩甲骨,そして鎖骨から構成される複合体である.肩甲帯には,肩鎖 関節や胸鎖関節,肩甲上腕関節のように骨的結合をもつ構造的関節と肩甲胸郭関節のように骨 的結合を持たず,筋により保持されている機能的関節の2つに分類される.中でも,肩甲上腕
関節は,ball socket jointと呼ばれ,6自由度運動が可能な人体の中でも最も可動性の大きな関節
である.一方,機能的関節である肩甲胸郭関節は,僧帽筋,前鋸筋,菱形筋,肩甲挙筋により 胸郭上に肩甲骨を保持するために存在している関節機構であり,互いの筋緊張によりその安定 性が保たれている.特に肩甲骨回旋のような動きについては,僧帽筋と前鋸筋間でのforce couple(偶力)により運動が行われていると言われており,肩甲骨運動および安定性における これら筋群の拮抗関係は非常に重要な要素であるといえる.
肩甲上腕関節運動との関連性が深い肩甲骨運動の分析については,1938年にCodman[2],1944
年にInmanら[3]が提唱した「肩甲上腕リズム:Scapulohumeral rhythm:(SHR)」が最も有名であ
り,以降の肩甲上腕関節・肩甲骨運動の分析に関する基礎となっている.肩甲上腕関節外転運 動において,肩甲上腕関節外転30°以降,肩甲骨1°に対して肩甲上腕関節は2°移動すると いうこの理論は,オーバーヘッドスポーツやリハビリテーションなどの基礎運動を考える上で ほぼすべての研究で用いられている.このSHRについては,その妥当性を検証するために,数 多くの研究者が取り組んでおり,肩甲上腕関節:肩甲胸郭関節=2:1の比率以外にも,Poppen
ら,Baggら[4]は1.25:1,McQuadeら[5]は3:1などの報告をしてはいるが,多くの研究が2:1の
Inmanらの結果を支持している.
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しかし,これまで肩甲骨の運動分析については,諸所の問題から実現が不可能とされてきた.
理由としては,体表からの計測が困難であること,肩甲骨下角の運動計測が困難であることが あげられる.実験を実施したものについても,2次元平面上からの肩甲棘の運動観察による推 定や凍結肩など屍体を対象としたものが多い[6].体表からは,骨ピンなどを肩甲骨に刺入して 行う方法もあるが[7],被験者への侵襲性の高さから,推奨されていない.また,体表マーカー を用いた方法では,中村らが体表マーカーに20mm程度のずれが生じることを報告しているよ うに皮膚動揺の影響を受けてしまう[8].肩甲骨動態の正確性を検討するためには,二次元且つ 体表からの計測には困難が伴うことがわかる.
近年では3次元動作解析による運動分析が多く行われるようになった.時代の進歩とともに,
画像分析の高度化が進み,それに伴い研究も進歩してきた.特に,CT画像やfluoroscopyや
cineradiographyと呼ばれるエックス線透視連続撮影による動画像を用いた分析では,それらの
画像から肩甲骨の3次元画像を構築し,動態を検証した報告がなされている.これらの装置は 元来心臓血管系の検査や手術に用いることを目的として作られた医療機器であるが,この装置 を利用して骨の位置変化が計測可能である.Nishinakaら[9]は,CTおよびfluoroscopyから得ら れた画像から3D画像を生成し,SHRの変化を計測している.Konら[10]も同様にダンベルを 把持した際のSHRの変化について,同様の手法を用いて検討している.本方法の特徴としては,
被験者個人の運動特性や変化を検証することが可能であり,より正確な骨移動の変化を知るこ とができる点である.しかし,これらの方法の問題点としては,通常7.5~30 Hzの周波数で画 像が取得されることが多いため,研究として肩甲上腕関節外転運動のような基礎的な動作や極 めて低速で行われる運動計測にとどまっており,スポーツ活動中に起こると想定されるような ダイナミックな動きの計測は達成されていない.
一方では,三次元磁気センサーを用いた肩甲骨動態の分析も行われてきている[11-13].これ は,肩甲棘や肩峰など数点のランドマークを頂点とした磁気センサーを設置し,空間座標から 肩甲骨の移動を計算するものである.本方法はfluoroscopyとは異なり,急速な運動計測も可能 とされる.Konda et al.[14]は,テニスのサービス動作における肩甲上腕関節最大外旋時の肩甲骨
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回旋を三次元磁気センサーを用いて行っている.しかし,本方法も皮膚動揺による影響を完全 に排除することは出来ず,測定誤差が生じるとされる[15].Karduna et al.[15]は,骨ピンと皮膚 動揺を低下させた方法を用いてその誤差を検討しており,肩甲骨内旋/外旋,上方回旋,前傾
/後傾角度についてそれぞれ6.2°,4.4 °, 3.7 °の測定誤差であったとしている.Karduna らの方法は,これまでの報告に対して極めて測定誤差が解消されてきているが,正確性に関し てはまだ発展段階にあると述べられている[16].また,上腕骨長軸方向の回旋の計測について も困難であるため,肩甲上腕関節と肩甲骨運動の関与については,明らかとなっていない部分 が多い.
このように未だ肩甲骨運動に関して,不明な点が多く,議論の余地は多いとされる.
第2項 肩甲骨周囲筋に関する分析
肩甲骨動態に関するキネティクスやキネマティクス分析としては,バイオメカニクス的検討 のほかに,筋電図を用いた研究もこれまで行われてきた.
筋電図手法としては,体表からの計測が可能である表面電極と,主に深層筋を対象にした針 またはワイヤ電極を使用した2つの方法が一般的である.表面電極は,検査が簡便であり,電 極位置の再現性の高さや広範囲の運動単位を計測することができるという利点を持つものの,
皮膚動揺によるノイズ混入や表層筋からの測定のみに限られるというデメリットがある[17].
一方,ワイヤ電極は,深層筋に対する評価が可能であり,小さな運動単位の計測やその運動単 位の特異性を評価することができる一方,Komi et al[18]やBuskirk et al.[19]が報告しているよう に,ノイズ混入などにより表面電極よりもデータの信頼性が低くなってしまうといった問題が あった.ワイヤ電極の方法は,針内部にワイヤ電極を挿入し,針刺入後,筋内部に電極を留置 し測定を行う方法である.かつては,技術的要素がデータ採取に大きく影響し,表面電極より も計測が困難であるとされた.しかし,近年では計測機器や画像診断による刺入位置の特定な ど,科学技術の進歩により技術的困難が解消され,データ信頼性も大きく向上している.多数
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の筋の活動によりその運動の安定性が保たれているとされる肩甲骨動態を評価する上では,表 面電極およびワイヤ電極両方を使用することで,より詳細なデータを得ることが可能となる.
肩甲骨周囲筋とは,肩甲骨に付着部を持つ大・小20以上の筋の中でも,肩甲胸郭関節を構 成する僧帽筋や前鋸筋,肩甲挙筋,菱形筋等を指していることが多い.これら筋に対する過去 の報告では,表層筋である僧帽筋および前鋸筋に関するものが多くを占めている.
僧帽筋は,脊椎から鎖骨,肩甲棘に対して付着部を持ち,肩甲骨表面を幅広く覆う筋である (Table.1&Figure.1).その筋線維方向も上部,中部,下部それぞれの部位において異なっており,
肩甲上腕関節・肩甲骨運動に関する関与も各部位では異なるとされる.一方,前鋸筋について は,肋骨から肩甲骨内側縁に向かって放射状に付着する筋である(Table.1&Figure.1).これら筋 群に関する報告については,1980年代後半に発表されたBaggら[4,20]によるものが代表的であ り,多くの研究に利用されている.彼らは,挙上運動初期から中間にかけては,僧帽筋上部と 前鋸筋が働き,その後挙上後半から僧帽筋下部が働き,最終域にて前鋸筋が再度働くとしてい る.しかし,これらの報告は定量的に調査されたものではなく,信頼性には疑問符がつく.近 年では,Ebaughら[21]も挙上運動後半における僧帽筋上・下部,前鋸筋の関与を報告している が,未だ定量的検討は少ない.
これら肩甲骨周囲筋の主な役割について,Kiblerら[22]は,①肩甲上腕関節運動時の回転中心 の維持,②投球動作の様な急速運動時に肩甲骨を胸郭上に保持する,③肩峰挙上の誘導と肩峰 下におけるRotator cuffのインピンジメントの予防,④下肢・体幹・上肢への運動の伝達,とし ている.健常者による運動では,これらの運動機能は円滑に行われているが,インピンジメン ト症候群や不安定肩などの障害肩では,これらの運動機能が破綻すると言われている.インピ ンジメント症候群では,Ludewigら[23]は僧帽筋上部・下部の活動が上昇し,前鋸筋の筋活動は 低下するとしている.Coolsら[24]は反応時間という観点に着目し研究を行っているが,それに よるとインピンジメント群では僧帽筋中部・下部の反応時間が遅延し,その代わり上部の貢献 が増加すると報告している.
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上記のように,障害肩と肩甲骨周囲筋の運動連鎖の破綻は,比例関係にあり,障害肩を有し ている場合,肩甲骨周囲筋にも運動異常が起こるということが報告されている.特に肩甲骨周 囲筋は,協調した活動によって発生するForce Couple(偶力)により安定性および活動が生まれて いることから[25],代償運動の発生により筋間の相互関係が崩れてしまう.代表的な疾患とし ては,翼状肩甲[26]や肩甲骨不安定症(Multidirectional instability:MDI) があげられるが,これら の障害は前鋸筋や僧帽筋,菱形筋などのimbalanceが大きく影響しているといわれ,リハビリ テーションでは筋機能の改善を中心とした運動指導が行われている.しかし,肩甲骨周囲筋 各々の筋機能特性については,不明な点が多く,特に深層部の動態は明らかとなっていない.
そのため,リハビリテーションやトレーニングに関するエビデンスも不足しており,統一した 見解が足りないことが伺える.
第3項 菱形筋に関する報告
深層部にある大・小菱形筋は,肩甲挙筋とともに脊柱と肩甲骨を結ぶ唯一の筋としてその存 在は知られている.肩甲胸郭関節は,肩鎖関節や肩甲上腕関節のように,骨的結合を持つ関節 とは異なり,筋により保持されている機能的関節である.それ故,脊柱と肩甲骨を結ぶ,肩甲 挙筋や大・小菱形筋の存在は肩甲骨を胸郭上に保持する上でも極めて重要といえる.
小菱形筋および大菱形筋は,起始および停止部の違いにより分割されている(Table.1).小菱 形筋は,第7頸椎および第1胸椎から肩甲骨内側縁上角に付着し,大菱形筋は第2~4胸椎か ら肩甲骨内側縁全体に付着している.また,肩甲骨内側縁では,前鋸筋と付着部を共有してい る[27].両筋の機能については,一般的に肩甲骨牽引,下方回旋,内転とされている.Kibler et al.[28]は,菱形筋が持つ役割として,肩甲骨の安定と肩甲上腕関節や上肢障害の評価をする上 で重要であるとしている.また,菱形筋機能の障害では,二次的な肩峰下インピンジメント症 候群の発生や肩甲骨間における筋膜痛などが起こることも報告されている.Replogie[29]は,小
菱形筋のsprainにより,外転動作などで疼痛が増幅され,肩甲骨運動および安定性に異常を来
すとしている.大・小菱形筋のstrainおよびsprainでは,肩甲骨のインバランスが発生するこ
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とがわかっており,このことからも肩甲上腕関節および肩甲骨運動と菱形筋機能との関連性は 高いことがわかる.
また,これまでは大・小菱形筋と表層部に存在する僧帽筋中部線維との機能性は同一である との認識が多かった.しかし,Johnson et al[30]やPolgar et al.[31]によると,両者の筋線維タイ プは異なっていることがわかる(Table.2).各筋内の筋線維タイプ比率では,菱形筋はtype 1が
type2よりも多く,僧帽筋ではtype2の方が多いとしている.直径においても,菱形筋は,type1
がやや大きく,僧帽筋ではtype2が大きいとしている.筋繊維方向では,大・小菱形筋は脊柱 から肩甲骨方向に対して斜線維であるのに対し,僧帽筋中部繊維は脊柱から肩甲棘に対して横 線維である.以上のことからも,大・小菱形筋および僧帽筋中部線維における筋活動様相は異 なることが考えられるが,これまで明確にその差異について検討したものは見あたらない.
これまで肩甲骨周囲筋群の筋電図学的および運動学的な研究は,体表から計測可能なものが 中心であり,深層筋活動を含めた検討については計測が技術的に困難であるため,十分になさ れては来なかった.また,大・小菱形筋について,分化して検討したものはこれまで見あたら ない.肩甲上腕関節障害予防やスポーツにおけるパフォーマンス向上のためには,大・小菱形 筋を含めた肩甲骨周囲筋群の機能性について明らかにすることは有用であると考える.これよ り,将来スポーツ医学の分野での応用が可能な,肩甲骨周囲筋群の筋活動特性について,基礎 的見地からダイナミック動作およびトレーニングまで含めた包括的研究の実施が必要である と考えた.
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Table. 1 Anatomical function of scapular muscles (Origin, Insertion, Nerve, Function)
Figure. 1 Scapular muscles anatomy (A)Trapezius m., (B)Rhomboid minor and major m.., (C)Serratus Anterior m.(Modified with Sakai et al.[32])
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Table. 2 Distribution of fiber types and size about rhomboid and trapezius muscles. (Modified with Johnson et al. [30]and Polgar et al.[31])
11 第3節 本論文の構成・目的
【本論文の目的,構成】
本論文では,菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の機能的特徴を明らかにすることを目的に 研究を進めた. 一連の研究は,筋機能に関する基礎的研究からスポーツ活動中の筋活動,ト レーニング研究まで一貫して実施した.
本論文の構成を以下に示す.
第2章においては,肩甲上腕関節外転および屈曲運動時の肩甲骨周囲筋群の活動様式を明ら かにした.
第3章においては,代表的なスポーツ活動である投球動作時の肩甲骨周囲筋群の活動様式に ついて,ボールおよび球種による相違について明らかにした.
第4章においては,トレーニング研究として,肩甲骨内転運動による菱形筋および僧帽筋に 対するトレーニング効果の検証を行った.
第5章においては,第2章から第4章までの実験結果を踏まえ,本研究で得られた新しい知 見について考察を行った.また,本論文での課題,今後の展望についても述べた.
第6章においては,本論文によって得られた結果を簡潔にまとめた.
本論文中では,肩甲骨の前額面での動きについて,内転・外転,挙上・下制,上方回旋・下 方回旋と定義した.また,運動中における筋活動の変化については,筋活動量として表記した.
論文の引用については,原文に従い日本語に訳した.
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第 2 章
肩甲上腕関節外転運動時の肩甲骨周囲筋群の筋活動特
性
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第 2 章 肩甲上腕関節外転運動時の肩甲骨周囲筋群の筋活動特性
第1節 緒言
肩甲胸郭関節は機能的関節といわれ,骨構造のような構造的関節とは異なり,その運動にお ける安定性は周囲筋の協調による力学的作用によりもたらされる.例えば,肩甲上腕関節外転 運動では肩甲骨の上方回旋,外転が付随するが,これらのような複合運動を円滑に遂行するた めには,僧帽筋や前据筋,大・小菱形筋,肩甲挙筋などの肩甲骨周囲筋の協調した活動によっ て発生するForce Coupleが重要な働きをしているとされる.
野球やテニスといったオーバーヘッドスポーツにおいて,肩甲上腕関節及び肩甲骨運動はパ フォーマンス[33-35]や障害予防[12,36]といった観点からも重要な役割を担う身体機能である.
特に,野球の投手やテニスのサービス動作では,肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節により大きな可 動域での高速度運動が可能となり,関節部における回旋速度や力を生み出すと言われている [33].しかし,肩甲上腕関節障害の発生により,肩甲骨運動は異常をきたすことが報告されて いる[37].このときの筋活動を見てみると,肩甲骨運動のための偶力を生成する僧帽筋と前鋸 筋間との筋活動の量的バランスが正常な場合と異なることがLudewigら[38]やKiblerら[28]によ り述べられている.従って,オーバーヘッド動作による肩甲上腕関節機能障害を予防および治 療するためには,肩甲骨運動の詳細なメカニズムをより深く理解し,その知見からエクササイ ズ方法などを構築することが必要であると考える.
これまでの研究においては,僧帽筋と前鋸筋における肩甲骨回転運動における偶力・協調関 係について検討がなされてきてはいるものの,菱形筋を含めた肩甲骨周囲筋群の筋間の協調に 関する研究は検索した限りではない.菱形筋は,肩甲骨を内転位に保持する働きがあると考え られている.また肩甲骨内側縁で前鋸筋と付着部が近接していることなどから,他の周囲筋と ともに肩甲骨の協調運動に影響を与えているものと考える.過去には,Inmanら[3]が菱形筋の 筋活動について報告しているものの,周囲筋との関連性や詳細な機能について言及しているも のはない.
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そこで本研究においては,肩甲上腕関節外転運動における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋 群各筋における筋活動量の変化を検討することを目的とした.
第2節 方法 対象
肩甲上腕関節に既往のない健常な男子大学生6名(24.3±0.5歳,175.6±5.3cm,71.3±5.9kg:平 均±標準偏差)の右肩を対象とした.被検者はすべて右利きであった.被験者には,事前に早稲 田大学スポーツ科学学術院倫理委員会並びに独立行政法人産業総合技術研究所人間工学実験 倫理委員会により承認された説明書により文書及び口頭にて実験に関する十分な説明を行い,
同意後署名を得た.
運動課題
被験者は立位姿勢にて,肩甲上腕関節外転運動を行った.肩甲上腕関節外転運動における負
荷量は0, 1, 2kgの3種類とし,負荷の方法としてダンベルを用いた.1回の試技における時間
は3秒とし,60 拍/分に設定した電子メトロノーム(ME-50,YAMAHA,Japan)を使用するこ とにより,一定速度で試技を行った.なお,動作課題に慣れるため,試技開始前に十分に練習 を行った.また,一つの負荷量に対し試技を2回づつ行った.
また測定時家庭用ビデオカメラ 1 台(30Hz,Panasonic)を用いて,被験者後方からから撮影 を行い,二次元・三次元動作解析ソフトFlame Dias-Ⅱ(DKH,Japan)を用いて肩甲上腕関節外転 角度を算出した.算出は二次元平面上より行った.身体計測点は,肩峰,上腕骨外側上顆,第 7頸椎棘突起,第5胸椎棘突起とし,脊柱に対する肩峰-上腕骨外側上顆点間の移動を肩甲上 腕関節外転角度と定義した.測定では,個人間の肩甲上腕関節可動域(ROM:Range of Motion) による影響を除外するために,測定の対象とする可動域を肩甲上腕関節外転0°~135°とした.
また,運動速度について,電子メトロノームにより規定したものと実際の運動速度との間でず れる可能性があったため,画像上にて正確性を確認した.検討した結果,運動時間が 3.0±0.1
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秒の範囲内に当てはまらないものは解析対象から除外した.
動作は疲労の影響を除去するため,試技毎に十分な休息時間を設けた.また,筋電図と動画 を同期させるために,光および電気信号発生装置を用いた(Figure.2).この装置は,検者がスイ ッチを押すとLEDが点灯し,その光信号と同期して5V振幅の矩形波を発生させるものであっ た.光信号は,ビデオカメラの画角に収まるように設置し,矩形波の電気信号は,筋電図と共 にAnalogue to Digital変換ボード(NI SCXI 1000,National Instruments,Japan)を経由してパー ソナルコンピュータ(VAIO,Windows XP,Sony,Japan)に取り込んだ.この同期の方法では,
動画撮影の周波数から 30msec 未満のずれが,ビデオカメラおよび筋電図信号の間で生じる可 能性があった.しかし,今回の課題とした動作は3秒間と,予測されるずれ時間からは十分に 長い動作時間と判断し,あらかじめそのずれは容認した.
筋電図計測及び処理
まずワイヤ電極刺入に際しては,オートクレープにより減菌処理されたカテラン針を用いた.
刺入の前には,アルコールによる消毒を行った.刺入に使用した23Gのカテラン針内にあるワ イヤ電極は,複合的な動きを呈す肩甲骨周囲筋群の筋活動に対応するために,過去の報告を参 考に直径 25μm のウレタンコーティングされたファインワイヤ電極(双極貼合ワイヤー電極
TN208-018,Unique Medical,Japan)を貼り合わせ,先端部分のみウレタン絶縁コーティングを
剥がしたものを用いた.
ワイヤ電極の刺入は,小菱形筋,大菱形筋の2筋に対し行い,双極誘導によりそれぞれの筋 活動を導出した(Figure.3).刺入後にファインワイヤ電極を留置した後に,針のみを抜去した.
その後,超音波エコー像(Volson I,G.E.,Japan)により刺入の位置と刺入された針先の位置を確 認した.刺入位置の決定については,一般的に述べられている解剖学的位置を参考に,標的筋 の起始,停止と肩甲骨の位置を体表から確認した後に,超音波エコー像にて筋腹を特定した.
刺入に際しても,超音波画像を確認しながら行うことで,針の先端部分の位置を確認すること ができる(Figure.4).刺入後は,電気刺激装置(EMG Electronic Stimulator SEM-42D1,日本光電,
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Japan)を使用して,電極に電気刺激を加える事により大・小菱形筋それぞれが単独で収縮する ことを確認した.これによりワイヤ電極の刺入位置が適切であるかどうかを判断した.また,
大・小菱形筋の表層には僧帽筋中部線維が横方向に走行しているとされるが,刺入後の超音波 画像および電気刺激により,深層部の大・小菱形筋のみが単独収縮していることを確認してい ることから,本実験において大・小菱形筋は僧帽筋のモーションアーチファクトを受けていな いものとする.
また,ファインワイヤ電極には,金子ら[39]の方法をもとに,スプリングクランプを用いて 固定した.2 本のスプリングクランプの間には絶縁体を用いて,それぞれの干渉を受けないよ うにしている.スプリングクランプは,ワイヤ電極部が動くことによって入るモーションアー チファクトの低減に効果があり,これまでのクリップ式などの固定法よりもノイズの混入が少 なく,正確な電気信号を得ることができる.また,スプリングクランプは入力インピーダンス 及び出力インピーダンスがそれぞれ10MΩと100Ωの小型バッファアンプ(増幅度:10倍)に 直接接続されている.さらにワイヤ電極は,電極リード線に固定するスプリング部分が直接皮 膚に接触しないようにするため,粘着性伸縮ガーゼでワイヤ電極及び連結部分を固定した.本 方法により,視覚的にモーションアーチファクトが激減することが確認した(Figure.5).また,
ワイヤ電極は筋収縮により筋内部を数mm移動するため, ワイヤ電極は3-5cm程度皮膚表面 に余剰分を残すように接続した.
次に表面電極貼付時にはアルコールによる除菌,皮膚研磨材skin pureを用いた皮膚抵抗の除 去を行った.そして,能動型表面電極(D.E-2.1,Delsys,USA)を用い,僧帽筋中部線維,前鋸 筋より双極誘導にて筋活動を導出した.使用した電極は,シングルディファレンシャルディテ クションのパラレルバー電極であり,電極間距離は10mm,電極面積は100mm2であった.電 極の貼付位置は,僧帽筋中部線維は肩甲棘中点と同じ高さの脊椎棘突起と結んだ線分の中間,
前鋸筋は肩甲骨下角と腋窩中央を結んだ線の交点とした.
電極の装着後,徒手筋力検査法(MMT:Manual Muscle Test)を行い,各筋から適切な筋活動が 記録されるかどうかを確認した.本研究における菱形筋のMMTは,肩甲上腕関節内旋・肘関
17
節90°屈曲位で前腕が肩甲骨後面に位置する肢位にて,肩甲骨内転運動を行う方法により計測
した.
筋電図記録・処理に関しては,金子ら[40]の方法に基づいて行った.サンプリング周波数は
2000Hzとし,フィルタ処理及び整流平滑化処理(ARV:Average Rectified Value)はオフラインで
行った(Lab View ver6.0,National Instruments Corp,USA).フィルタは低域通過フィルタを使用 し,低域遮断周波数を5Hz,次数を4とした.フィルタ処理後,5Hzの低域通過フィルタ(2次 の低域通過フィルタ)により平滑化しARVを算出した.結果はそれぞれの筋において,5秒間 の最大随意収縮(MVC:Maximum Voluntary Contraction) 時に記録した筋電図について,中間の
1秒間のARVを100%とし,正規化した.MVCの計測には,各筋MMTを用い,計測を行っ
た.
各試技で得られたEMGデータ及び角度データは,個人間における比較及び同期を行うため に,角度データにより正規化した.角度データは,30Hzのビデオ画像から60fields/sのサンプ リングで,2000HzのEMGデータとともにMATLAB ver.7.3(The MathWorks Inc.,USA)により 50Hz へダウンサンプリングの後,spline 関数を用いてキュービックスプライン補間を行った.
補間によりEMGデータ及び角度データは,0.2秒間隔のデータに変換され,トリガーによる同 期を実行することで,角度基準のデータへ変換した.
角度変化により規格化されたEMGデータ(n ARV:Normalized ARV)は,上腕が規定した角度 を通過した際の筋活動量であり,個人内でそれぞれ2回の試技毎に平均し,計測値とした.
18
Figure. 2 EMG recording diagram
Figure. 3 Positions of insertion of fine-wire EMG in rhomboid minor and major muscles..
19
Figure. 4 MMT method of rhomboid major and minor muscles
Figure. 5 Cross-sectional ultrasound of middle trapezius and rhomboid muscles.
20
Figure. 6 Fixation of fine wire into active electrode(Modified with Kaneko[39])
統計学的手法
n ARVの記載は,すべて平均±標準誤差(mean±SE:Standard Error)とした.
また本実験によって得られた nARV に関し,二元配置分散分析を行い,多重比較検定として
Bonferroni法を行った.また,有意水準は5[%]未満とした.
21 第3節 結果
ある肩甲上腕関節外転運動(負荷2kg)に伴う代表的なEMG生波形とARV波形をFigure.7に 示す.目視観察ではモーションアーチファクトの影響は見られなかった.
また,肩甲上腕関節外転運動を行ったときの各筋における筋活動量の変化について,Figure.8
に示す.Figure.8では,肩甲上腕関節外転0°から135°まで15°毎の各筋筋活動量の推移につ
いて,負荷毎にその変化を図示した.
小菱形筋は, 0kgに対し2kg75°において有意に高い筋活動を示した(P<0.05).角度変 化に伴う筋活動の上昇は,低負荷では少ないものの,2kgにおいては45°以降筋活動が増 加する傾向にあった.大菱形筋では 0kg に対し 2kg 75°,105°で有意に高値を示した (P<0.05).角度変化では 2kg(60°-105°)で有意な変化が見られた (P<0.05).両筋では,
Figure. 7 Typical examples of raw electromyography(EMG)(A) and average reflected value (ARV) (B) in shoulder abduction.
22
大菱形筋が25%MVCと全体的に低値であるのに対して,小菱形筋は負荷増加に伴い筋活動が 増加する傾向が見られた.
前鋸筋では,角度変化及び負荷変化で有意な筋活動変化が見られ,0kg では 75,90°で 有意な角度変化が見られ (P<0.05),2kgでは 75,120,135°で0kg に対し有意な筋活動 量の増加が見られた.
僧帽筋中部線維は,角度変化及び負荷増加に伴う筋活動変化に有意な差は見られなかっ た.また,いずれの試技においても,筋活動量は約20%以下と低値であった.
これら肩甲骨周囲筋4筋の中でも小菱形筋と前鋸筋は,無負荷である0kgでの筋活動量の角 度変化及び筋間での筋活動差異は小さいものの,1kg,2kgと負荷が上昇するにつれて筋活動量 が増加する傾向が見られた.
Figure. 8 Electromyography activity of scapular muscles in shoulder abduction.
23 第4節 考察
本研究では,肩甲上腕関節運動における肩甲骨周囲筋,特に菱形筋に着目し,小菱形筋,大 菱形筋,前鋸筋,僧帽筋中部線維それぞれの筋活動量の関係について検討した.
これまで肩甲胸郭関節の運動[4,21,41]や肩甲骨周囲筋の偶力や協調性など[20,35,42-44]につ いては研究がなされてきたが,その多くが僧帽筋や前鋸筋を対象としており,菱形筋もしくは 菱形筋と他の肩甲骨周囲筋との筋活動の関連について述べているものは少ない.その理由とし て,菱形筋は深層筋であるが故に体表から筋活動を計測することが難しいということが挙げら れる.本研究ではワイヤ電極を用いることにより,菱形筋の筋活動を選択的に捉えることを試 みた.この方法として,まず菱形筋から筋電図を記録できていることを確認するために,超音 波エコー像によるモニタリングと電気刺激を同時に実施した.これにより,確実にワイヤ電極 が菱形筋に留置されたことを確認した.また電気刺激では,3~5Vの低刺激で菱形筋がその線 維方向に対して移動することをモニター上で確認可能であり,僧帽筋中部線維との筋腹の移動 が異なることも確認された.本研究ではこのような厳密な手順を踏む事で菱形筋の筋活動を記 録するための方法的限界を克服し,新規的かつ妥当性の高いデータを収集することに成功した.
本研究では,1kg,2kgと段階的な負荷の増加に伴い,小菱形筋及び前鋸筋の筋活動量が有意 に増加した.小菱形筋は2kgで45°までの外転初期の筋活動量が負荷増加に伴い増加し,以降 一定の高い筋活動量を示した.前鋸筋では,外転75°で負荷0kgの時は40%MVCであるのに 対し,負荷2kgでは70%MVCを超えていた.一方,大菱形筋では2kg65°‐105°において15°
時に比較し筋活動量が有意に増加していた.しかし,小菱形筋と比較すると全体的な筋活動量
は約30%MVC 以下と低値であった.僧帽筋中部線維では,負荷および角度変化に伴う有意な
変化は見られなかった.本研究で筋電図を記録した4筋は,これまで前鋸筋と僧帽筋中部線維 が肩甲骨上方回旋に,大・小菱形筋は肩甲骨下方回旋や挙上に作用するとされ,それぞれ肩甲 骨回旋運動に関与すると考えられてきた[25].本研究における大・小菱形筋の筋活動量の差異 は,絶対値ではなく,あくまでも筋固有のMVC時の筋活動量を基準とした相対的なものであ る.したがって,本研究で示された,肩甲上腕関節外転運動における小菱形筋と大菱形筋の筋
24
活動量が異なっていたことは,その差を生じた関節可動域において,筋固有の最大の活動量の 内,運動にかかわった結果の筋活動量が異なっていたということを示す.これまで,両筋は単 一筋として扱われており,2 つの筋の機能的差異は明らかとされてこなかったが,外転運動中 における両筋間の筋活動量に相違が見られることから,両筋間では肩甲上腕関節外転運動によ る肩甲骨の移動に対する貢献度が異なる可能性が考えられた.
また,過去にはX線や動作解析[45,46]や近年ではOpen MRI[47]やfluoroscopy[48]などの画像 分析を用いて,Inmanら[3]によって提唱された肩甲上腕リズムに関する研究が報告されている が,その中でも多くが前鋸筋と僧帽筋における偶力の存在及び関係について述べている.しか し,小菱形筋と前鋸筋のカップリングの存在や関係性についてはこれまで述べられていない.
前鋸筋については,筋出力及び機能低下が,肩甲胸郭関節における異常運動や肩甲上腕関節の 不安定性[4,49-51]に関与するとしている.両筋は肩甲骨内側縁で付着部を共有し,筋線維方向 もほぼ平行になることから,筋張力が拮抗して作用する関係にあると考えられる.特に負荷増 加に伴い筋活動量が増加した本結果より,小菱形筋と前鋸筋の筋張力,カップリングの関係に より,肩甲骨を胸郭に引きつけ肩甲骨上方回旋が円滑に行われたと推察される.
今回,対象とした被験者間では,特に大・小菱形筋に関して個人間での筋活動量に若干のば らつきが見られた.これには,前述したとおりMMT肢位による最大の筋力発揮能力や肩甲上 腕関節や肩甲胸郭関節の可動域の違いが関与しているものと予測する.
本研究の新規性は従来十分に明らかにされてこなかった,菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋 の機能を解明するための基礎的知見として,外転運動における大・小菱形筋の筋活動量とその 差異を示した点である.今後は菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群と肩甲上腕関節関節周囲筋 の筋活動の関係,あるいは肩甲骨の運動との関連性について解明するための研究が求められる.
25 6.結論
本研究では,肩甲上腕関節外転運動における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の筋活動を 計測した.その結果,大・小菱形筋間において,肩甲上腕関節外転運動時の相対的な筋活動量 の変化パターンが異なっていることが示された.また,肩甲上腕関節外転運動時小菱形筋と前 鋸筋は負荷依存的に活動量を変化させていることが明らかとなった.これより,大菱形筋と小 菱形筋では,肩甲上腕関節外転運動において機能的な差異があるものと考えられる.また,小 菱形筋と前鋸筋は,互いの張力を拮抗させることにより肩甲骨を胸郭に保持しているものと推 察する.
26
第 3 章
投球動作における菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群
の筋活動特性
27
第 3 章 投球動作における菱形筋を中心とした筋活動特性
第1節 緒言
投球動作における肩甲骨および肩甲骨周囲筋群には,肩甲上腕関節の位置と円滑な動きを補 助するという重要な役割を担っている.これらの動きの破綻は,肩甲上腕関節の動きを非効率 にし,障害発生の原因やパフォーマンスの低下を生み出してしまう.
過去には,多くの研究者が投球動作に関する研究成果を報告しているが,いずれにおいても 肩甲骨周囲筋群,特に肩甲胸郭関節の重要性が述べられている.Kiblerら[28]は投球動作中の肩 甲骨運動の役割として,①肩甲上腕関節の安定,②胸郭上での内転・外転運動,③インピンジ メント症候群を防ぐための肩峰の挙上,の3点を上げている.また,Burkhartら[37]も投球動作 において過度な関節移動をコントロールするためには,肩甲骨の位置とそれら周囲筋群の筋活 動が重要であるとしている.一方,肩甲骨位置および運動の破綻は,投球障害肩への関与も大 きく[52,53],障害予防の観点からも肩甲胸郭関節の運動は円滑に行われる必要があるといえる.
しかし,これまでにその筋活動や筋機能特性について述べているものは少ない.多くは,
Rotator cuffの活動や障害について述べており[13,54-56],肩甲骨周囲筋群に関しては,僧帽筋や
前鋸筋,広背筋などの表層から測定可能なものに留まっているため[57-60],深層筋である菱形 筋については,あまり行われていない.菱形筋は,肩甲骨回旋運動に関与するとされ,肩峰下 インピンジメント症候群に代表されるような肩甲上腕関節障害との関連性も高いとの報告が あるが,測定上の限界から投球動作中の筋活動についてはこれまでほぼ行われてこなかった.
そこで,本研究においては,菱形筋を中心とした肩甲骨周囲筋群の投球動作中の筋活動の特 性を明らかとすることを目的とする.
28 第2節 方法
対象
肩甲上腕関節に既往のない健常な男子大学生9名(年齢=20.5±1.2歳,身長=170.0±7.5cm,
体重=68.3±4.4kg,競技歴=8.5 ± 2.1年:平均±標準偏差)の右肩を対象とした.被検者はすべ て右利きであった.また,被験者は,ストレート及びカーブボールの投げ分けが出来るものを 対象とした.被験者には,事前に早稲田大学学術研究倫理委員会により承認された説明書によ り文書及び口頭にて実験に関する十分な説明を行い,同意後署名を得た.
運動課題
被験者は十分なウォーミングアップの後,5m前方のネットに向かって全力投球を行った.
投球方法は,全例オーバーヘッドスローにて行い,ボールおよび球種を変化させてそれぞれ実 施した.ボールは硬式球(質量:152.35 ± 3.55g, 周径:23.80 ± 0.30cm)またはソフトボール(質量:
187.82 ± 10.63g, 周径:30.48 ± 0.32cm)を使用し,球種はストレートまたはカーブを投球した.
投球方法は,全例オーバーヘッドスローにて実施した.硬式球を使用したストレート投球のみ 10球とし,その他は5球とした(Table.3).
また投球動作時ハイスピードデジタルカメラ1台(210fps,Hi-Speed EXLIM, CASIO, Tokyo,
JAPAN)を用いて全身の動作を撮影することができる3塁方向より撮影を行い,投球相の分類
を行った.相分類については,Jobe et al[60]やFleisig et al[61].,金子ら[62]の方法をもとに,6 相(wind up, early cocking, late cocking, acceleration, deceleration, follow through)に分類し,early cockingからfollow throughまでの5相を分析対象とした(Figure.9).
動作は疲労の影響を除去するため,試技毎に十分な休息時間を設けた.また,筋電図と動画 を同期させるために,光および電気信号発生装置を用いた.この装置は,検者がスイッチを押 すとLEDが点灯し,その光信号と同期して5V振幅の矩形波を発生させるものであった.光信 号は,ビデオカメラの画角に収まるように設置し,矩形波の電気信号は,筋電図と共にAnalogue to Digital変換ボード(NI SCXI 1000,National Instruments,Japan)を経由してパーソナルコンピ
29 ュータ(Windows XP,HP,JAPAN)に取り込んだ.
Table. 3 Throwing motion, pitching style and number during pitching.
Figure. 9 Pitching Motion was divided into six phases (Modified of Fleisig el al.[53])
30 筋電図計測及び処理
本研究で対象とした筋は,ワイヤ電極にて大・小菱形筋(rhomboid major/minor: RMJ/RMN),
棘上筋(suprasupinatus:SSP),棘下筋(infrasupinatus:ISP),表面電極にて僧帽筋上部・中部・下部 (upper/middle/lower trapezius: UT/MT/LT),前鋸筋(serratus anterior:SA)の計8chとした.尚,ワイ ヤ電極の刺入については,第2章で用いた流れと同様の方法で行ったため,第2章の方法を参 照されたい.
表面電極貼付時にはアルコールによる除菌,皮膚研磨材skin pureを用いた皮膚抵抗の除去を 行った.そして,能動型表面電極(Harada Electronics lab. Sapporo, Japan)を用い,僧帽筋上部
/中部/下部,前鋸筋より双極誘導にて筋活動を導出した.
電極の装着後,徒手筋力検査法(MMT:Manual Muscle Test)を行い,各筋から適切な筋活動が 記録されるかどうかを確認した.本研究における菱形筋のMMTは,肩甲上腕関節内旋・肘関
節90°屈曲位で前腕が肩甲骨後面に位置する肢位にて,肩甲骨内転運動を行う方法により計測
した.
筋電図記録・処理に関しては,金子ら [40]の方法に基づいて行った.サンプリング周波数は
1000Hzとし,フィルタ処理及び整流平滑化(ARV:Average Rectified Value)はオフラインで行っ
た(Lab View 2009,National Instruments Corp,USA).フィルタは低域通過フィルタを使用し,
低域遮断周波数を10Hz,次数を4とした.フィルタ処理後,5Hzの低域通過フィルタ(2次の低 域通過フィルタ)により平滑化しARVを算出した.結果はそれぞれの筋において,5秒間の最 大随意収縮(MVC:Maximum Voluntary Contraction) 時に記録した筋電図について,中間の1秒
間のARVを100%とし,正規化した.規格化されたEMGデータ(n ARV:Normalized ARV)を
個人内で試技毎に平均し,計測値とした.
統計学的手法
n ARVの記載は,すべて平均±標準偏差(mean±SD:Standard Deviation)とした.
また本実験によって得られたnARVに関し,各筋における相の種類を要因とした,一元配置分
31
散分析を行い,多重比較検定としてTurkey法を行った.また,有意水準は5%未満とした.
32 第3節 結果および考察
あるストレート投球時のフィルタ処理後の EMG 生データと平滑化した波形の 1 例を
Figure.10に示す.目視観察ではモーションアーチファクトの影響は見られなかった.
Figure. 10 Typical examples of raw electromyography(EMG)(A) and average reflected value (ARV) (B) during pitching.
33 第1項 ストレート投球時の筋活動
【結果】
ストレート投球時の筋活動量の変化をFigure. 11およびTable.4に示す.
小菱形筋は,deceleration phase (114.00±80.9)で最も筋活動が大きく,late cocking phaseとfollow through phase (25.62±16.6, 42.98±26.6)に対して有意に筋活動が大きかった(p<0.05).大菱形筋 は,小菱形筋同様deceleration phase (94.37±64.5)の活動が最も大きく,early cocking phase, late cocking phase (58.88±35.4, 21.41±22.7)に対して有意に高い筋活動を示した.両筋間では,early
cocking phaseを除きその他のphaseすべてで大菱形筋の筋活動が小菱形筋に対して大きかった
(p<0.05).また,early cocking phaseにおいて,小菱形筋が大菱形筋よりも早期に筋活動を開 始している傾向が見られた.
僧帽筋では,中部でdeceleration phase (92.64±59.7)の筋活動量がlate cocking (22.91±19.2)に対 して有意に大きく,下部においてもdeceleration phase (48.27±24.9)がearly cocking (17.14±10.4)に 対して有意に大きな活動を示した(p<0.05).
前鋸筋は,late cocking phase (63.24±43.1)での筋活動が最も大きく,early cocking phase, dece- leration phase, follow through phase (16.64±6.7, 18.73±12.0, 28.91±15.4)に対して有意に高い筋活動 を示した(p<0.05).
棘上筋及び棘下筋では,有意な筋活動変化は見られなかった.棘上筋,棘下筋共にいずれの
phaseにおいても筋活動量が20‐40%の間を推移していた.
34
Figure. 11 Muscle activity in the scapular muscles during the phase of baseball straight pitching. The pitching phase was five phase: early cocking(EC), late cocking(LC), acceleration(ACC), decelera- tion(DCC), follow through(FT).8 scapular muscles: rhomboid minor(RMN), rhomboid major(RMJ), supurasupinatus(SSP), infrasupinatus(ISP), upper/middle/lower trapezius(UT/MT/LT), serratus ante-
rior(SA).
35
Table. 4 Scapular muscles activity during baseball pitching
36
【考察】
本研究では,全力投球時の肩甲骨周囲筋群の筋活動について計測した.深層筋である大・小 菱形筋を含めた肩甲骨周囲筋群の筋活動を投球相に分類して比較検討することは,Rotator cuff を含めた肩甲上腕関節周囲筋群との関連や投球動作のキネティックス・キネマティクスへの影 響を考察する上では,重要な役割を持つと考えられる.また,急速運動中の肩甲骨動態を肩甲 骨回旋に作用するとされる周囲筋群の筋活動から考察することが出来る.
また,本研究で用いたファインワイヤ電極については,動的安定化機構として肩甲骨および 肩甲上腕関節回旋に影響を与えるとされる大・小菱形筋や棘上筋,棘下筋の筋電図を計測する ために,表層筋からの信号混入を防ぐという理由から用いた.しかし,Soderbergら[17]が述べ ているようにワイヤ電極などの筋電図記録方法ではモーションアーチファクトの混入が多い とされる.実際,これまでも投球動作などの急速運動などでワイヤ電極が使用されてきてはい るが,亀山ら[63]のようにモーションアーチファクトの影響により,フォロースルー期の分析 を断念しているものもある.本研究においては,金子ら[40]の方法を用い,さらには改良され た小型アンプシステムを使用することにより,投球動作のような急速運動においても従来の方 法よりも正確なモーションアーチファクトの影響を受けにくいデータの採取に成功した.
本研究では,小菱形筋,大菱形筋,僧帽筋ではdeceleration phaseの筋活動が最も高いという 結果を得た.Deceleration phaseの投球動作における役割としては,ボールに伝達されないよう な投球側の余剰な運動エネルギーを分散させ,障害のリスクを最小限にさせるということがあ げられる[64,65].この時の肩甲上腕関節運動は,ボールリリースから肩甲上腕関節最大内旋位 までであり,約 50ms と非常に短い運動ではあるが,約7000deg/sec[65]の極めて大きな角速度 を減速させるものである.また,肩甲上腕関節腱板障害やSLAP lesion[66], 肩甲上腕関節不安 定症などの多くの投球障害は,deceleration phaseに後方関節包が急激に伸張されることなどに より発生するといわれており,deceleration phaseの活動が障害予防やパフォーマンスの観点か らも重要であると考えられる.正常な投球時の肩甲骨の動きとしては,内転・下方回旋・後傾 から急激に外転・上方回旋・前傾へとシフトすると述べられており[67],これは上腕骨頭と関
37
節窩の間隔を最大限広げて円滑な回旋運動を促し投球を行うために自動的に行われている.こ のとき肩甲骨制御に関する周囲筋の活動については,DiGiovineら[68]やGowanら[59]は小円筋 や広背筋など肩甲上腕関節後方筋群の働きが遠心性収縮の影響により大きくなると報告して いる.本研究で対象とした大・小菱形筋,僧帽筋といった筋群は,肩甲骨内転や下方回旋など の運動が主たる機能として考えられているが,deceleration phaseでは遠心性収縮の活動である ことが考えられる.そのため,大・小菱形筋,僧帽筋は肩甲骨の外転・上方回旋方向への急速 な移動を減速させるために,肩甲骨を牽引したことにより活動量が増加していると考えられる.
特に,大・小菱形筋は,第2章で行った外転運動時も肩甲上腕関節外転60~120°位で筋活動 が増大しており,投球動作中の肩甲上腕関節・肩甲骨運動も外転動作時の肩甲骨運動と類似し ている.これは,菱形筋が肩甲骨内側縁に停止部を持つため,脊柱方向への肩甲骨の運動制御 へ寄与し,投球動作のような急速運動では活動性が大きくなることが示唆される.
前鋸筋は,late cocking phase で最も筋活動量が大きくなるという結果を得た.Late cocking
phase の役割としては,体幹の回旋が起こることでエネルギーを生成し,ボールスピードなど
のボールパフォーマンスを大きく左右する時期である[53].Phase分類としては,フットコンタ クトから投球側肩甲上腕関節最大外旋位までである.全身の動きとしてはフットコンタクト後
0.03–0.05 sec で骨盤の角速度は約 600deg/sec,0.05-0.07sec で上位腰椎の回旋角速度が
1200deg/sec 近くまで達する[69].このときの肩甲骨周囲筋群の役割として,Escamilla ら[57]は
肩甲骨を安定させ,さらには肩甲上腕関節の回旋と水平内転を行う時の肩甲骨を適切な位置で コントロールすることであると述べている.前鋸筋の一般的に述べられている機能としては,
肩甲骨の前方突出があげられるが,late cocking phaseでは肩甲骨は内転方向に移動しているこ とから,前鋸筋は遠心性収縮をしているものと考えられる.
また,late cocking phaseでは,大菱形筋,小菱形筋ともに筋活動が小さかった.これは,late
cocking phaseが肩甲上腕関節内旋位から最大外旋位までの運動であり,その時肩甲骨は受動的
に内転方向に移動していることが起因していると考えられる.肩甲骨内転は,菱形筋の筋機能 として考えられているが,この時期の運動は随意的収縮活動によるものではなく,肩甲上腕関
38
節外転に伴う受動的,不随意的な肩甲骨移動が行なわれたと考えられたため,筋活動が少なか ったと推察される.
棘上筋,棘下筋については,各phaseでの活動性に大きな変化は見られなかった.Rotator Cuff を構成する 4筋(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋)は,上腕骨頭の求心性を保つ為に機能し ていると考えられている.投球動作では,最大外旋位にて 65-70N・m もの内旋トルクが生成 されるとの報告もあり[61,70],肩甲上腕関節への負荷は大きい.特に late cocking phase から
deceleration phaseにおいては肩甲上腕関節外旋から内旋へ急激にシフトすることから,"人体の
動作の中で最もダイナミックな動作のひとつ"[65]として考えられている.それ故,動作の破綻 が起きた場合,障害発生が最も起こりやすい部位でもある.過去の報告では,Jobe ら[60]は棘 上筋,棘下筋などrotator cuffには動的安定性の機能があると述べている.本研究では,棘上筋
が40%MVC前後,棘下筋は30%MVC前後で推移していた.一般的な筋機能は,棘上筋は外転,
棘下筋は外旋に作用すると考えられているが[71],投球動作のようなダイナミックな運動にお いては骨頭の安定性を保つ為に一定の範囲内の活動を継続的にするものと考えられる.これよ り,ダイナミックな動作においては,動作の力源は肩甲骨周囲筋が担い,肩甲上腕関節安定性 は肩甲上腕関節周囲筋の活動により保たれているものと考えられる.
本研究における限界としては,肩甲骨動態が計測困難である点があげられる.周囲を筋によ り覆われている肩甲骨は,体表からその3次元的動作を計測することは難しい.近年では,磁 気センサーなどによる3次元計測法が考案されているが,正確性や信頼性,測定誤差など発展 段階にある.同じく診断用連続X線透視法 fluoroscopyを用いて3次元構築された画像から動 作計測する方法も行われているが,投球動作のような高速運動になると画像撮像など環境的要 因により計測ができないという問題がある.
39
第2項 変化球投球時の筋活動およびストレートとの比較
【結果】
カーブボール投球時の筋活動の変化をFigure. 12に示す.また,ストレート投球時の筋活動 との比較をtable.5に示す.
大・小菱形筋は,ストレート投球時同様deceleration phase(それぞれ94.42±54.6,149.06±65.7) での筋活動量が最も大きく,小菱形筋は,early cocking phase(14.36±9.0)に対して有意に大きく (P<0.05),大菱形筋はearly cocking, late cocking phase(60.90±43.5,38.59±43.3)に対して有意に大 きな活動を示した(P<0.05).
前鋸筋は,late cocking phase(61.38±48.4)で活動量が最大となり,early cocking, deceleration, follow through phase(15.73±6.5,17.36±23.3,26.41±16.1)よりも有意に大きな活動を示した(p<0.05).
僧帽筋は,中部および下部において deceleration phase の活動が最も大きく,中部は late chocking phaseに対して,下部はearly cocking, late cocking, follow through phaseに対して有意に 活動量が大きかった(P<0.05).
棘上筋及び棘下筋は,いずれのphaseにおいても変化が小さく,有意な変化は見られなかっ た.
ストレート投球時との比較では,小菱形筋の筋活動量がlate cocking phaseにおいてカーブ投 球時の方が有意に筋活動量が小さかった(P<0.05).また棘下筋は,late cocking phaseにおいて,
ストレート投球時より筋活動が増加する傾向にあった.全体的には,カーブ投球時の方がスト レートに対して筋活動量が小さくなる傾向にあった.
40
Figure. 12 Muscle activity in the scapular muscles during the phase of baseball curve ball pitching.
The pitching phase was five phase: early cocking(EC), late cocking(LC), acceleration(ACC), decelera- tion(DCC), follow through(FT).8 scapular muscles: rhomboid minor(RMN), rhomboid major(RMJ), supurasupinatus(SSP), infrasupinatus(ISP), upper/middle/lower trapezius(UT/MT/LT), serratus ante-
rior(SA).
41
Table. 5 Comparison scapular muscle activity between straight ball and curve ball during pitching.
42
【考察】
本研究では,カーブボール投球時の肩甲骨周囲筋群の筋活動を計測し,ストレート投球時と の変化の比較を行った.その結果,大・小菱形筋,僧帽筋中部・下部,前鋸筋に関して,各相 毎に有意な変化があることを認めた.また,ストレート投球時との比較では,カーブボール投 球時の肩甲骨周囲筋群の筋活動量が小さく,反対に肩甲上腕関節周囲筋の筋活動量が大きくな る傾向が見られた.
変化球投球時のキネティクスやキネマティクスの変化については,Elliotら[72]が1986年に 報告したものが最初であるといわれている.この中では,ストレート投球のほうがカーブ投球 に対して,ストライド長や前腕,手関節の動作が異なるものの肩甲上腕関節には変化はないと している.Sakuraiら[73]も同様の結果を報告している. Nissenら[74]は,カーブ投球時のほう が肩甲上腕関節内旋トルクと手関節屈曲トルクが小さくなるとしている.以上を踏まえると,
キネティクスやキネマティクス的分析では,カーブ投球により前腕や肘関節,手首などの運動 が変化するが,肩甲上腕関節の回旋運動が減少する可能性があると考えられる.
本研究では,大・小菱形筋,僧帽筋中部および下部にて,ストレート同様deceleration phase での筋活動が最も高くなっていた.しかし,いずれもストレート投球と比較すると筋活動量は 小さく,特に小菱形筋については, late cocking phaseにおいて有意に低い筋活動であった.ま たこのとき,肩甲上腕関節外旋に作用する棘下筋の筋活動量が増加していた.Late cocking phase では,肩甲骨は上腕骨頭と関節窩との間でインピンジメントが起きないように,内転運動が重 要であるといわれている[28].このときの,大・小菱形筋や僧帽筋中部の働きとしては,肩甲 骨の内転および挙上であると推察されるが,これら周囲筋の筋活動量の減少は,肩甲骨内転・
挙上運動の減少に関与していると考えられる.特に,肩甲棘内側縁に付着部を持つ小菱形筋の 筋活動量の減少は,肩甲骨挙上量の減少を引き起こすものと考えられ,肩峰下インピンジメン ト症候群など障害発生のリスクが増加するものと推察される.筋活動量減少の要因としては,
ひとつは体幹側屈動作の影響が考えられる.Fleisig ら[53]は,カーブの投球では,ボールリリ ース時に体幹の前傾・側屈がストレートと比較し大きくなると述べている.カーブ投球の変化
43
は,縦または横方向へ回転量が増加することにより起こる.そのため,投球動作では,肩甲骨 内転運動の減少に変わり,体幹の前傾・側屈といった代償動作にてボールへの回転量を増やす ことが行われていると考えられる.もう一点は,筋出力の低下が影響したものと考えられる.
本研究では,ボールスピードの測定は行っていないが,一般的にストレートよりもカーブ投球
では 10km/h の速度低下が起こるといわれている.そのため,筋出力の低下が筋電図の結果に
も反映されたものと考えられる.
しかし,カーブ投球に伴う肩甲骨挙上・内転運動の減少,体幹前傾・側屈の増加は,投球動 作の運動連鎖の破綻を喚起しやすく,障害発生の一因ともなり得る.本研究では,大・小菱形 筋,僧帽筋の筋活動が低下するに変わって,棘下筋の筋活動が上昇していた.Lymanら[75]は,
カーブの多投によりストレート時よりも52%肩甲上腕関節痛のリスクを増加させると述べて おり,また体幹の回旋量が減少するという報告[76,77]もある.これらは前述のカーブ投球時の 肩甲上腕関節への負荷が少ないという報告と一見矛盾しているように写るが,本研究の結果か ら肩甲胸郭関節の活動性が低くなっていることが予想される.これは,Kiblerら[28]が述べてい る肩甲上腕関節の運動の補助という肩甲胸郭関節の機能低下を喚起し,肩甲上腕関節内での障 害発生リスクを増大させる可能性があると考えられる.これまでは,キネマティクス・キネテ ィクス的観点からカーブ投球の力学的負荷,身体への影響が考えられてきたが,今後は筋活動 を含めた包括的な研究を実施することで,パフォーマンス分析や障害発生リスクの検討などを 詳細に実施することが可能になると推察する.
本研究における限界としては,変化球の習熟度に対して個人差が見られた点にある.また,
被験者の競技レベルが大学生である点があげられる.今後については,プロアスリート等を対 象とし,ボール変化量と筋活動変化について検討することが求められる.
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第3項 ソフトボール投球時の筋活動および野球との比較
【結果】
ソフトボールを用いたストレート投球時の筋活動の変化をFigure. 13およびTable.6に示す.
大・小菱形筋は,deceleration phaseでの筋活動が最大であり,小菱形筋はlate cocking, follow through phaseに対して,大菱形筋はearly cocking, late cocking, follow through phaseに対して有意 に高い筋活動を示した(p<0.05).
僧帽筋では,いずれの部位でもdeceleration phase の活動が最も大きく,中部は late cocking
phase に対して,下部は early cocking, late cocking phase に対して有意に高い筋活動を示した
(p<0.05).
前鋸筋は,late cocking phaseの筋活動が最も大きく,early cocking, deceleration phaseに対して 有意に大きい筋活動を示した(p<0.05).
棘上筋及び棘下筋はでは,各phaseにおける有意な筋活動変化は見られなかった.
硬式球との比較では,統計学的に有意な結果は得られなかった.しかし,棘下筋の筋活動が 全体的に増加する傾向にあり,反対に棘上筋は全体的に低下する傾向にあった.
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Figure. 13 Muscle activity in the scapular muscles during the phase of softball straight pitching. The pitching phase was five phase: early cocking(EC), late cocking(LC), acceleration(ACC), decelera- tion(DCC), follow through(FT).8 scapular muscles: rhomboid minor(RMN), rhomboid major(RMJ), supurasupinatus(SSP), infrasupinatus(ISP), upper/middle/lower trapezius(UT/MT/LT), serratus ante-
rior(SA).
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Table. 6 Comparison scapular muscle activity between baseball and softball during pitching.