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蒙文法程 [ 清 ] 景珲辑, 赛尚 清道光二十 1 按音序排 235 对照故宫 阿补 八年刻 满蒙辞典 4 卷 [ 清 ] 佚名辑清抄 4 按音序排 对照内图 蒙汉 蒙文总汇 12 卷 [ 清 ] 佚名辑清抄 12 按音序编 排 对照内图 蒙文辑要 5 卷 [ 清 ] 佚名

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ワークショップ「モンゴル語の辞書」 2011 年 2 月 12・13 日 於:東北大学

清代におけるモンゴル語の辞書の発展と変遷について

春花

*

はじめに

267 年におよぶ中国清朝の統治時代におけるモンゴル語の古典文献が、後世に数多く残さ れた。その中でモンゴル語の辞書(注1)はおよそ 55 種類であり、最も貴重な文献資料にな っている。それらは、清代に行われた「満蒙連合」政策の有力な傍証であり、満洲語とモン ゴル語、漢語に通じた文化交流および民族間の緊密な関係において欠かせない役割を果たし た。辞書の詳しい状況は次の表のとおりである。 语种 数量 语种 顺序 词典汉文名称 责任者 版本 册 书 词语编排 方式 词汇量 词 典 功能 馆藏 《蒙古字典文鉴》 16 卷 [清]佚名辑 清抄本 3 按类排 15392 注解 内社 蒙语 《各种名词解释》 不分卷 [清]佚名辑 清抄本 1 按类排 800 注解 内社 一体 梵语 《御制翻译名义集正 讹》 不分卷(汉藏满蒙文) [清]乾隆敕章嘉国 师纂 清乾隆三十 三年殿刻本 25 按类排 1015 注音 故宫 《清文合蒙古鉴》 20 卷 [清]康熙敕修 清康熙五十 六年殿刻本 29 按类排 12110 注解 故宫 《御制满蒙文鉴》 20 卷 [清]乾隆敕修 清乾隆八年 殿刻本 21 按类排 12110 注解 注音 故宫 《蒙语词释义》 不分卷 [清]佚名辑 清抄本 1 按类排 注解 内社 《官职录》1 卷 [清]佚名辑 清抄本 1 按类排 500 对照 内社 《满蒙辞典》3 卷 [清]佚名辑 清抄本 1 按类排 1200 对照 内社 二体 满蒙语 《实录馆蒙文成语》 不分卷 [清]佚名辑 清宣统元年 油印本 1 按类排 1000 对照 首图 * 中国・北京故宮博物院図書館, [email protected]

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《蒙文法程》 [清]景珲辑,赛尚 阿补 清道光二十 八年刻本 1 按音序排 235 对照 故宫 《满蒙辞典》4 卷 [清]佚名辑 清抄本 4 按音序排 13384 对照 内图 《蒙文总汇》12 卷 [清]佚名辑 清抄本 12 按音序编 排 36000 对照 内图 《蒙文辑要》5 卷 [清]佚名辑 清抄本 6 按音序排 10858 对照 首图 蒙汉语 《蒙语》不分卷 [清]富俊译 清抄本 2 无序 912 对照 内大 汉蒙语 《 汉 蒙 合 璧 名 词 词 典》1 卷 [清]佚名辑 清抄本 1 按类排 400 对照 内图 《御制满洲蒙古汉字 三合切音清文鉴》 [清]乾隆敕修 清乾隆四十 五年殿刻本 32 按类排 13835 注音 故宫 满蒙合璧三字经注解 [宋]王应麟撰[清] 王相注,陶格满译, 富俊蒙译 道光十二年 三槐堂刻本 4 177 注解 民图 《择钞三合便览》1 卷 [清]佚名编 清抄本 1 按音序排 2700 对照 国图 《三体合璧文鉴》 32 卷 [清]佚名辑 清光绪年钞 本 16 按类排 10000 注音 大连 《三体合璧文鉴》 25 卷 [清]佚名辑 清抄本 8 按类排 10656 对照 内大 《文鉴》13 卷 [清]佚名辑 清抄本 13 按类排 6359 对照 翁 连 溪 满 蒙 汉 语 《满蒙汉字书》 [清]佚名编 清内府精写 本 25 按类排 7205 注解、 注音 故宫 《翻译教本》 不分卷 [清]舒明阿编 清雍正十三 年抄本 3 按类排 5000 标音 大连 满 汉 蒙 语 《清文鉴》不分卷 [清]佚名辑 清抄本 4 按类排 10800 标音 中 科 院 《三合便览》 12 卷 [清]敬斋公辑,富 俊增补 清乾隆四十 五年(1780) 刻本 13 按音序排 20144 标音 故宫 《满汉会话》不分卷 [清]佚名编 清抄本 5 按音序排 3760 标音 辽图 《蒙文指要》4 种 [清]景煇辑,赛尚 阿增补 清道光二十 八年刻本 按音序排 2593 对照 故宫 三体 满 汉蒙 语 《蒙文晰义》 上、下 2 卷 [清]景煇辑,赛尚 阿增补 清道光二十 八年刻本 2 按音序排 1514 对照 故宫

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《便览正讹》不分卷 [清]赛尚阿编 清道光二十 八年刻本 1 按音序排 297 对照 故宫 《便览补遗》不分卷 [清]赛尚阿编 清道光二十 八年刻本 1 按音序排 828 对照 故宫 《摘钞三合便览》不 分卷 [清]佚名编 清朱格抄本 1 按音序排 294 对照 国图 《蒙文成语》1 卷 [清]佚名编 清末抄本 2 按音序排 1745 对照 国图 《满汉杂抄》不分卷 [清]佚名编 清光绪年抄 本 1 按音序排 2750 对照 国图 《蒙文重字》 [清]佚名编 清抄本 2 按音序排 2302 对照 国图 《满汉蒙词汇》 上、下 2 卷 [清]佚名编 清油印本 2 按音序编 排 1584 对照 内大 《蒙文汇书》16 卷 [清]赛尚阿编 清咸豊元年 (1891)抄 本 16 按音序排 18924 对照 国图 《钦定蒙文汇书》 16 卷 [清]赛尚阿编,松 森等重编 清光绪十七 年(1891) 内府刻本 17 按音序排 21089 对照 故宫 《蒙文总汇》12 卷 [清]固什喇嘛品三 李鋐编,昭甫裕彰、 福心甫等校。 清光绪十七 年(1891) 刻本 12 按音序排 18396 对照 首图 蒙 汉 满 语 《蒙文字汇》16 卷 [清]佚名编 清抄本 16 按音序排 24352 对照 内图 《满蒙汉合璧文鉴》 3 卷 [清]佚名编 清抄本 3 按类排 420 标音 内社 《新译蒙汉千字文》 [清]佚名译 清光绪三十 三年北京振 北石印馆印 本 1 无序 250 标音 首图 《汉满蒙合璧词典》 不分卷 [清]佚名编 清抄本 1 按类排 480 标音 内图 汉 满 蒙 语 《新刻校正买卖蒙古 同文杂字》 [清]佚名编 清嘉庆六年 京都老二酉 堂刻本 1 无序 738 标音 国图

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汉 蒙 满 语 《 新 译 成 语 摘 钞 词 林》不分卷 [清]白音毕力格图 译 清光绪三十 四年钞本的 复印本 4 按音序排 3571 标音 国图 满 蒙 维 语 《 满 蒙 维 语 三 体 字 书》 [清]佚名编 清内府精写 本 3 按类排 1256 注音 故宫 托 忒 蒙 满汉语 《蒙古托忒汇集》 不分卷 [清]富俊编 清嘉庆二年 抄本 8 按音序排 16704 注音 故宫 满 汉 托 忒蒙语 《满蒙汉一学三贯》 不分卷 [清]佚名编 清抄本 4 按类排 14280 对照 国图 满 藏 蒙 汉语 《御制四体清文鉴》 36 卷 [清]乾隆敕修 清乾隆年殿 刻本 36 按类排 18667 对照 故宫 满 蒙 藏 汉语 《四体合璧文鉴》 不分卷 [清]佚名编 清嵩祝寺天 清番经局刻 本 10 按类排 18012 注音 故宫 满 蒙 藏 维语 《 满 蒙 汉 维 四 体 字 书》 [清]佚名编 清内府精写 本 1 按类排 400 注音 故宫 四体 满 蒙 藏 嘉 戎 维 语 《满蒙汉藏嘉戎五体 字书》不分卷 [清]佚名编 清内府精写 本 8 按类排 746 注音 故宫 满 藏 蒙 维汉语 《御制五体清文鉴》 36 卷 [清]乾隆敕修 清内府精写 本 36 按类排 18670 注音 故宫 梵 藏 满 蒙汉语 《辑要》6 卷 [清]佚名编 清修改稿本 6 按类排 996 对照 故宫 梵 藏 满 蒙汉语 《五译合璧集要》 2 卷 [清]佚名编 清定稿本 2 按类排 996 对照 故宫 五体 满 汉 蒙 藏 维 托 忒语 《御制西域同文志》 24 卷 [清]乾隆敕修 清乾隆二十 八年(1763) 殿刻本 8 按地序排 3202 注解、 注音 故宫 表でみると、責任者、版本、言語の種類、配列方式、収録された語彙の数、辞書の機能な ど辞書の書誌情報が明らかであり、これらのモンゴル語の辞書の最も典型的な特徴は、内容 の豊富さ、体裁の多様さであることが分かる。内容とは、収録された語彙の科目内容及び発 音表記、注釈などを指しており、体裁とは、収録された語彙の配列と方式を指す。以下、編 纂方式と年代の観点から清代のモンゴル語辞書について分析を行う。

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1.モンゴル語の辞書の配列方式による「音序辞書」

「義序辞書」

「無序辞書」

(1)清代モンゴル語の分類辞書の特徴は、辞書の数と言語種類の多さ、表記と注釈の複雑さ、 収録された語彙の豊富さである。現在知られているのは、ほぼ清代モンゴル語辞書の50.9% を占める28 種類である。 康煕年間にはじめて満洲語やモンゴル語辞書を編纂する時に、古代漢語の義序辞書(注2) の分類体系を採用し、一部の中小型分類辞書を編纂した。例えば、『満漢類書』の全 31 類、 『同文広彙全書』の全 44 類は、いずれも『爾雅』と『広雅』の分類項目に増加・編修を加 えたものである。このほかにまた、『太平御覧』などの「類書」(注3)の分類項目に基づき、 それを改訂することによって多くの大型分類辞書(注4)が編纂された。例えば、『御製清文 鑑』(注5)と『御製増訂清文鑑』(注 6)は、それぞれ 280 類と 292 類に分類されている。 これらの分類体系は、清代の大型分類辞書の手本になり、後に編纂された数多くのモンゴル 語分類辞書はこの二つの体系を採用している。 1) 280 類の分類体系を採用したモンゴル語辞書には、『清文合蒙古鑑』、『御製満蒙文鑑』、 『満蒙漢字書』、『満蒙漢一学三貫』などがあり、そのうち、康煕帝の勅令で翻訳された『清 文合蒙古鑑』(『御製清文鑑』、『御製満蒙文鑑』とも称する)は、清代における最初の朝廷に よって編修された満洲語・モンゴル語の合璧注釈辞書である。清朝は、「満蒙聯盟」の政策を 強化するために、一貫してモンゴル言語文化の発展を重視していた。しかし、入関後の八旗 モンゴル人たちのモンゴル語・モンゴル文の学習が疎かになっていたことにより、康煕帝が モンゴル語の整理・規範化を図って『御製清文鑑』をモンゴル語に翻訳するよう命じて、康 煕56(1717)年に武英殿から刊行された。この辞書に+収録された分類項目、語彙、体裁な どはすべて『御製清文鑑』と一致し、注釈に引用した古書からの例文だけが削除された。康 煕帝は、モンゴル文字に点圏がなく、一つの文字に二つの音が対応していることがあり、読 み書きには区別し難い欠点があることを考慮し、『清文合蒙古鑑』のモンゴル語をすべて満洲 文字で表記するよう命じた。そして、発音表記と注釈を合わせた『御製満蒙文鑑』が編纂さ れ、乾隆 8(1743)年に武英殿から刊行された。後に永璂による補編の「總綱」が乾隆 41 (1776)年に刊行された。 中国北京の故宮に蔵されている『満蒙漢字書』(『御製満蒙文鑑』とも称する)は、無名氏 編集の満洲語・モンゴル語・漢語の合璧表音辞書であり、『御製満蒙文鑑』を基にした写本で ある。同書のモンゴル語は満洲文字で表記され、漢語の音訳借用語は少ない。その中で、満 洲語とモンゴル語の発音、文法および飲食に関する内容、例えば「モンゴル文字の十二字頭」 類、漢語を付した「淀粉菜肴」類、「制作奶制品」類など10 類の語彙はほかの辞書に見られ ないものである。 中国国家図書館に蔵されている無名氏編集の『満蒙漢字書』は、満洲語・漢語・トド文字 (オイラート文語)の対照辞書、4 冊からなる写本である。 2) 292 類の分類体系を採用したモンゴル語辞書には、『御製満珠蒙古漢字三合切音清文鑑』、 『御製四体清文鑑』、『四体合璧文鑑』、『御製五体清文鑑』などがある。その内、乾隆帝の勅

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令で編纂された『御製満珠蒙古漢字三合切音清文鑑』は、清代に編纂された数多く辞書のう ち、言語学的価値が最も高い一部である。乾隆帝は、「満蒙聯盟」の政策を強化するために、 まず最初に、モンゴル言語文化を残し、それを発展させる措置を取った。そして、モンゴル 語の音韻を残すために、『御製増訂清文鑑』を基に同書を編纂するよう命じた。同書は、乾隆 45(1780)年に武英殿から刊行された、清代で初めて朝廷によって編修された満洲語・モン ゴル語・漢語の3 言語合璧辞書であり、その本文が、満洲語・モンゴル語・漢語の 3 種類の 言語による対訳語彙および3 種類の文字による相互の発音表記 11 項目からなっている。 乾隆帝の命令によって編纂された『御製四体清文鑑』は、満洲語・チベット語・モンゴル 語・漢語の 4 言語合璧対照辞書である。『御製増訂清文鑑』に基づき、それにモンゴル・チ ベット語の語彙を加えたが、元の発音表記と注釈の部分は削除された。その巻数、分類項目、 語彙の配列順などはほとんど『御製増訂清文鑑』と一致し、乾隆年間に武英殿から刊行され ている。 無名氏編集の『四体合璧文鑑』は、『御製増訂清文鑑』に基づいた、11 冊からなる満洲語・ チベット語・モンゴル語・漢語の4 言語合璧表音辞書であり、乾隆年間に嵩祝寺天清番経局 から刊行された。同辞書の本文は、「八卦」順に 8 冊に分けられ、満洲語・チベット語・モ ンゴル語・漢語の対照語彙が配列されると共に、漢文の傍らに満洲文字による発音表記が付 されている。本文の前に満洲語・モンゴル語の總目があり、後に満洲語・モンゴル語の「總 綱」が付されている。 乾隆帝の命令によって編纂された『御製五体清文鑑』は、満洲語・チベット語・モンゴル 語・ウイグル語・漢語の5 言語合璧表音辞書であり、『御製増訂清文鑑』を基にモンゴル語・ チベット語・ウイグル語を増加した内府の写本である。その巻数、分類項目、語彙の配列順 などは『御製増訂清文鑑』と『御製四体清文鑑』に近い。このほかに、チベット語とウイグ ル語に満洲文字による発音表記が付されており、表記された言語の種類から見れば、正に『御 製満珠蒙古漢字三合切音清文鑑』の続編のようである。 中国北京の故宮に蔵されている『輯要』(『五訳合璧輯要』とも称する)は、無名氏編集の サンスクリット語・チベット語・満洲語・モンゴル語・漢語の合璧対照辞書であり、一百余 部の仏典から仏教の専門用語を選んで収録したものである。同書には、黄色い張り紙で改訂 されている箇所が多く、満洲語の語彙の傍らに朱筆で訂正している所もあり、草稿の状態の ままである。おそらく乾隆年間に満洲語の『大蔵経』を翻訳・編纂する際に備えた最初の段 階の成果であろう。 乾隆帝の勅令によって編纂された『御製翻訳名義集正訛』は、乾隆帝が皇太后の八十歳の 誕生日を祝うために命じて編修した「敬書」である。同書は、『欽定同文韵統』を基準に、『翻 訳名義集』の中の専門用語の誤りを訂正し、それにチベット文字と満洲文字、モンゴル文字 のアリ・ガリ文字を増加して作成した満洲語・漢語・モンゴル語・チベット語の合璧表音辞 書であり、乾隆 33(1768)年に武英殿から刊行されている。これは、仏典の翻訳や、清代 仏教文化の研究の重要な資料である。

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このほか、乾隆帝の勅令によって編纂された『御製西域同文志』では、「地域順による配列」 という新しい「義序辞書」の編纂形式を制定した。同書は、特に西北地区の人名、地名を収 集し、それに発音表記と注釈を付した満洲語・漢語・モンゴル語・チベット語・トド文字(オ イラート文語)の合璧辞書である。乾隆24(1759)年に西北を平定した後、『平定西北方略』 を編纂するために、乾隆帝の特命で本辞書を編纂し、乾隆 28(1763)年に武英殿から刊行 された。収録された語彙は新彊、青海、西蔵など地区の分布順で配置され、またそれぞれの 地域には地名、山名、水名、人名順に配列されている。 要するに、多言語合璧表音辞書は、清代モンゴル語の「義序辞書」の中心となっており、 すでに知られている15 種類は清代モンゴル語辞書全体の 27.3%を占める。表記方法の特徴 から、それらを次の二つに分けることができる。第一は、ある民族言語の語彙に対して、当 該民族の使用する文字、或いは他民族の使用する文字による音韻表記を用いる表音辞書であ る。例えば、『御製満珠蒙古漢字三合切音清文鑑』、『四体合璧文鑑』、『御製五体清文鑑』、『御 製西域同文志』、『漢満蒙合璧辞典』など。第二は、ある民族の使用する文字によって、他民 族言語の語彙を表記する二言語合璧、または多言語合璧辞書である。例えば、『御製満蒙文鑑』、 『満蒙漢字書』、『満蒙維三体字書』、『満蒙蔵維四体字書』、『満蒙蔵嘉戎維語五体字書』、『三 体合璧文鑑』など。これらの辞書は、主に満洲語とモンゴル語および他民族言語(文字)の 音韻を残すために編纂された。 これ以外の注釈辞書はすべて分類辞書である。例えば、『清文合蒙文鑑』、『御製満蒙文鑑』 は完全に対応している二言語合璧注釈辞書であり、『蒙古字典文鑑』、『各種名詞解釈』はモン ゴル語によってモンゴル語の語彙を解釈した単言語注釈辞書である。『満蒙漢字書』、『御製西 域同文志』は、単なる漢語による注釈を付した二言語、または多言語合璧注釈辞書である。 こうした辞書はすべて8 種類ある。 (2)「音序辞書」における「字母順」の編纂形式は、古代の表音文字辞書に特有の編纂形式 である。満洲文字とモンゴル文字はいずれも表音文字である。表音文字ならばそのすべての 字母には一定の順序があり、字母ごとの位置が決められている。康煕朝からはじめ、満洲文 字の字母順に語彙を配置し、満洲語と漢語の合璧音序辞書が編纂された。例えば、『大清全書』 は清代に刊行された第一部の満漢合璧音序辞書であり、康煕 22(1683)年に出版された。 同辞書の編纂形式は、中国における辞書の編纂史上の新発明であり、速く効果的に語彙を検 索することができるため、利用するのに非常に便利である。ゆえに、清代ではこうした編纂 形式が広く用いられ、満洲語・漢語・モンゴル語の合璧、モンゴル語・漢語・満洲語の合璧、 満洲語・モンゴル語合璧といった多くのモンゴル語の音序辞書が相次いで編纂された。その 数は、20 種類あり、清代のモンゴル辞書の 36.4%を占める。 敬斋公と富俊の父子二人が編纂した『三合便覧』は、清代における第一部の満洲語・漢語・ モンゴル語の三体合璧音序辞書である。これもまた、モンゴル語の伝統的な言語学の理論を 越えて、漢語の言語学理論と方法でモンゴル語の文法を解釈した初めてのモンゴル語の言語 学的著作として、乾隆45(1780)年に刊行された。第一巻では、「満洲文字の十二字頭」、「清

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文指要」、「蒙文指要」など満洲語とモンゴル語の文法を解説した。その中、満洲文字とモン ゴル文字の正書法、語尾の付け方の要点を簡単に述べ、一部の虚詞の用法について実例によ って説明した。第二巻から第十二巻までは、「満洲語・漢語・モンゴル語の対照語彙集」であ り、本文が縦の順に上から満洲語の語彙、漢語、モンゴル語、満洲文字表記モンゴル語が並 べられている。第十一巻と第十二巻は富俊が付け加えた内容であり、その本文の形式は父の 遺稿と全く一致するものである。 富俊が編纂した『蒙古托忒彙集』は、モンゴル語・トド文字(オイラート文語)・満洲語・ 漢語の合璧表音辞書であり、嘉慶2(1797)年の写本がある。富俊が参贊大臣と辦事大臣に 任命され新疆に駐在していた間、オイラート文語の学習・翻訳する後学のために、『三合便覧』 を基に語彙を集め、オイラート文語の訳語を付け加えて同書を編集した。本文は、縦の順に 上からモンゴル語の語彙・満洲文字で表記したモンゴル口語・オイラート文語・満洲語・漢 語が並べられている。内容は、主に生産、生活用語を中心とした総合的な語彙であり、その 中で名詞と動詞が多く、形容詞、副詞、接続詞なども含まれている。 中国国家図書館所蔵の賽尚阿が編纂した『蒙文彙書』(別名は『満漢蒙文対訳単語語彙』) は、モンゴル語・漢語・満洲語の合璧対照辞書であり、咸豊元(1851)年の写本がある。以 前に編纂された『三合便覧』、『蒙文指要』などモンゴル語の音序辞書や、『清文合蒙古鑑』、 『御製満蒙文鑑』など分類辞書の「總綱」(語彙索引)は、すべて満洲文字の字母順に配列さ れているため、満洲語からモンゴル語へ翻訳する時に便宜であるが、モンゴル語から満洲語 へ翻訳する時は使い難い面があった。賽尚阿は、こうした点を考慮し、『御製四体清文鑑』、 『御製満蒙文鑑』に基づいて、語彙を収集し、『清文彙書』形式でモンゴル語の語彙を配列し た。そして、三十余年を経て、咸豊元(1851)年に編集が終わった。 『蒙文彙書』、『蒙古托忒彙集』などは、清代の満洲語とモンゴル語辞書の編纂事業におい て、モンゴル語を見出し語とした音序辞書の先例を開いたものである。後の『欽定蒙文彙書』、 『蒙文総彙』、『蒙文字彙』など多くのモンゴル語の音序辞書はすべてそれらを手本として編 纂された。例えば、『欽定蒙文彙書』は、松森らが理藩院の官員を集め、賽尚阿が編纂した『蒙 文彙書』を詳細に考証・訂正すると共に、『御製四体清文鑑』、『御製満蒙文鑑』を参考にし、 語彙を増補することによって、光緒 17(1891)年に刊行された。書名は『蒙文彙書』をそ のまま用いたが、皇帝の勅令によって刊行されたために『欽定蒙文彙書』とした。同書の刊 行されたその年に、グシラマ李鋐(字は品三)らも賽尚阿が編纂した『蒙文彙書』を基に詳 細な校勘を行うと共に、語彙を増補し、漢語による注釈を付して、『蒙文総彙』と題されるモ ンゴル語・漢語・満洲語の三体合璧音序辞書を編纂・出版した。後に、これらの三体合璧音 序辞書に基づいて、『蒙文総彙』(注 7)、『蒙文字彙』といった題名が同じ、あるいは類似の 辞書が相次いで編纂された。それらの中には、三体合璧辞書もあれば二言語合璧辞書もあり、 モンゴル語の「彙書」と言える類書が形成された。 即ち、三体合璧対照辞書は、清代モンゴル語の「音序辞書」の中心となっており、その中 で満洲語・漢語・モンゴル語の合璧音序辞書が最も多い。例えば、『三合便覧』、『蒙文指要』、

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『満漢雑抄』、『蒙文成語』などは、満洲語の見出し語を満洲文字の字母順に配列した満洲語・ 漢語・モンゴル語の合璧音序辞書であり、あわせて 11 種類ある。また、満洲語・モンゴル 語・漢語や、モンゴル語・漢語・満洲語の合璧音序辞書も少なくない。例えば、『三体合璧文 鑑』、『満蒙漢字書』、『文鑑』などは、満洲語の見出し語を満洲文字の字母順に配列した満洲 語・モンゴル語・漢語の三体合璧辞書であり、『蒙文彙書』、『欽定蒙文彙書』、『蒙文総彙』な どは、モンゴル語の見出し語を満洲文字の字母順に配列したモンゴル語・漢語・満洲語の三 体合璧辞書である。このほか、数少ないものの、満洲語・モンゴル語や、モンゴル語・漢語 の二言語合璧音序辞書がある。例えば、『蒙文法程』、『満蒙辞典』は、満洲語の見出し語を満 洲文字の字母順に配列した満洲語・モンゴル語の合璧辞書であり、『蒙文総彙』、『蒙文輯要』 は、モンゴル語の見出し語を満洲文字の字母順に配列したモンゴル語・漢語の合璧音序辞書 である。 「無序辞書」とは、枚数が少なく、収録された語彙の配列が自由であるために、決まった 形式がなく、或いはその形式が不完全である辞書を指す。例えば、『新訳蒙漢千字文』と『蒙 語』はいずれも教科書であり、自由な配列方式を用いている。 清代のモンゴル語辞書には、「叢書式辞書」がある。例えば、景輝と賽尚阿の父子二人が編 纂した『蒙文指要』は、『蒙文晰義』、『蒙文法程』、『便覧正訛』、『便覧補遺』といった 4 部 の「子辞書」から構成され、道光 28(1848)年に刊行された。同辞書は、辞書と文法を合 わせた満洲語・漢語・モンゴル語の合璧教科参考書であり、清代の第三部モンゴル語の音序 辞書でもある。景輝が、『三合便覧』の体裁を手本にして、満洲語・モンゴル語合璧の『蒙文 晰義』と『蒙文法程』を編纂し、後に賽尚阿が語彙の増加・訂正を行なった上、『蒙文晰義』 に漢語を付け加えると共に、自分が編集した『便覧正訛』と『便覧補遺』を合わせて出版し た。『便覧正訛』と『便覧補遺』とは、いずれも『三合便覧』を訂正・補充することによって 編集されたものである。 要するに、分類辞書と音序辞書は、清代のモンゴル語辞書の主となっており、合わせて48 種類があり、モンゴル語の辞書全体の87.3%を占めている。分類辞書と音序辞書の収録され た語彙の豊富さも、その主役であることを示している。つまり、語彙数が1 万項目を上回る 辞書が約 20 種類あり、モンゴル語の辞書全体の 87.3%を占めている。これに対して、唯一 の「地序辞書」と、2 部の「無序辞書」は、すべて小型辞書であり、辞書の数も収録された 語彙数も、分類辞書と音序辞書に遥かに及ばない。

2.モンゴル語の辞書の時代特色による啓蒙・発展時期と衰退時期

(1)康煕、乾隆年間の啓蒙・発展時期 『清文合蒙古鑑』は、康煕年間における刊行年が明らかな唯一のモンゴル語辞書である。 乾隆年間になると、モンゴル語辞書の発展として主に、言語と文字の種類の増加、発音表記 方式の増設および語彙の内容の増加と規範化などが挙げられる。例えば、『御製満珠蒙古漢字 三合切音清文鑑』、『御製四体清文鑑』、『御製五体清文鑑』、『満蒙蔵嘉戎維語五体字書』、『五

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訳合璧集要』、『御製翻訳明義集正訛』、『欽定西域同文志』などがあり、その多くは表音辞書 である。これらはすべて早期の満洲語・漢語と、満洲語・モンゴル語の合璧辞書に基づき、 チベット語とウイグル語などを増加することによって編纂された。その中で、ある辞書には 満洲文字、或いはモンゴル文字、漢字による発音表記が付された。 この時期のモンゴル語辞書は、編纂体裁、組版特徴、製本形式などにおいて、古代漢語辞 書と早期モンゴル語の訳語の優れた伝統を継続し発展させたのである。例えば、『清文合蒙古 鑑』における分類体系は『太平御覧』に基づき、『三合便覧』は『大清全書』の字母順の体裁 を用い、『欽定西域同文志』を編纂する際に「地序配列」の体裁を制定したのである。また、 この時期のモンゴル辞書の多くは線装の装丁様式を採用し、まれに梵挟装、折本、毛装など 装丁様式が用いられた。 (2)嘉慶から光緒年間の衰退時期 嘉慶、道光年間には、政治の腐敗、国力の衰微によって、清代社会が次第に多元文化の共 同発展時代に入った。嘉慶帝と道光帝は、多様化した社会の需要に応じるために、「実政」と いう文化政策を採用ざるを得なかった。この政策は、モンゴル語の辞書の発展・変遷に多少 なりとも影響を与えた。 まず、当時編纂されたモンゴル語の辞書の体裁がさらに複雑になり、多様化され、検索機 能もいっそう整った。例えば、音序辞書に関して、以前は「国語」を重んじることを提唱し、 満洲語を見出し語にするとともに、満洲文字の字母順に配列していた。しかし、多様化した 社会の需要に応じて、嘉慶年間から音序辞書の見出し語の種類と配列する文字の種類が、モ ンゴル語や漢語になった。嘉慶2(1797)年に編纂された『蒙古托忒彙集』、咸豊元(1851) 年に編纂された『蒙文彙書』などの見出し語はすべてモンゴル語である。 次に、清朝末期のモンゴル語の辞書は、数の上では明らかに増えたが、官辺性と刊行部数 はに以前に及ばなかった。光緒 17(1891)年に内府から刊行された『欽定蒙文彙書』だけ は官辺編集の辞書であり、それ以外はすべて非官辺編集辞書である。官辺編集の辞書が衰退 するにつれて、この時期のモンゴル語の辞書の言語と文字の種類および注釈、発音表記の項 目などが少なくなり、主に満洲語・モンゴル語・漢語の三体合璧辞書になった。しかも、そ の多くは、乾隆時代のモンゴル語の辞書に基づいて、筆写を重ねたものであり、流布するこ とが非常に限られていた。それらの装丁様式は、線装と毛装が多く、組版形式も簡略である。 当時のモンゴル語の辞書の発展と認めるべきところは、主に収録された語彙の豊富さである。 例えば、『欽定蒙文彙書』に収録された語彙は21,089 項目、モンゴル語・漢語の合璧『蒙文 総彙』に収録された語彙は 36,000 項目、『蒙文字彙』に収録された語彙は 24,352 項目であ り、それらの語彙数は『御製満蒙文鑑』、『御製四体清文鑑』、『御製五体清文鑑』など早期に 編纂された大型辞書をはるかに上回っている。

2.おわりに

要するに、康煕朝における官辺編纂辞書の開拓と雍正朝における文化施設の強力な推進は、

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乾隆朝における官辺編纂辞書の繁栄の基礎となった。よって、乾隆朝におけるモンゴル語の 辞書の編纂は最初から優れた成果を有し、それを継承すると共に、創造と進展を遂げた。辞 書の種類の拡充、内容の充実、語彙の規範化、表記と注釈項目の増加を経て、乾隆朝のモン ゴル語の辞書の編纂はすでに隆盛を極めた。それと同時に、辞書の編纂方法と経験を積み重 ねて、後世に大きな影響を与えた。こうした成果は、すべて康煕、乾隆時代の豊かな経済条 件に保証され、辞書編纂事業の優れた伝統を継承し、各民族間の交流の需要に応じたことに よるものである。

(1) 清代のモンゴル語の辞書:主にモンゴル語とトド文字の語彙が含まれている。多くのモ ンゴル語辞書には満洲語の語彙も含まれており、まれにチベット語やウイグル語など他 民族言語の語彙を含むものもある。「トド文字」とは、トドモンゴル文字の略称であり、 以下同様。これは、准噶尓額魯特部の用いるモンゴル文字であり、清の順治5(1648) 年にオイラートのザヤ・バンディダ・ナムハイジャムスがオイラート方言の特徴に基づ き、伝統的なホダム・モンゴル文字に様々な補助記号を加えて創った文字である。トド は、「明晰」という意味のモンゴル語である。ナムハイジャムス(1599-1662)は、オイ ラートモンゴルの人で、原名はシラハボグ(希剌哈宝格)という。17 歳の時に仏教の戒 律を受けた。チベットで仏教学を学び、バンディダ称号を獲得したため、ザヤ・バンデ ィダとも呼ばれる。後に故郷へ戻り、一生仏教活動に従事した。 (2) 義序辞書:義序辞書とは、語彙の意味によって分類された辞書を指す。中国の古代漢語 の辞書の中には多くの義序辞書があり、『爾雅』、『広雅』などは最も早い時期のもので ある。 (3) 「類書」:古書における熟語、典故、詩と詞、文章を集め、別々に分類し、幾つかの見 出しの下に纏めた資料集である。内容的には、歴史事実、詩文詞章、法令制度、天文地 理、鳥類と獣類、草木魚虫などあらゆるものに関する資料が含まれている。特に元の資 料を編纂し、出典を明記すると共にすべてを引証した、まさに中国の古代百科事典に相 当するものである。 (4) 春花著「论〈御制清文鉴〉类目体系来源考」, 载《沈阳故宫博物院院刊》, 2007 年, 第 3 期。 (5) 清の聖祖玄燁の勅令によって編纂された『御製清文鑑』、20 巻、康煕 47(1708)年の 武英殿刻本、10 冊。この辞書は、清の皇帝の勅令によって編纂された第一部の満洲語の 辞書である。康煕帝が、清朝における権威的な満洲語の辞書を整備し、満洲語の普及と 規範化のために、フダリ(傅達礼)らに特に命じて同辞書の編纂を遂行させた。二年後 にフダリ(傅達礼)が亡くなったため、マチ(馬斉)とマルハン(瑪尓漢)らをこの仕 事に任命した。同書は、『字彙』に基づいて項目を定めており、最初に満洲語の語彙、 次に満洲語による注釈、その次に古書からの例文を付した。『太平御覧』の部、類を抽 出し、分類体系を決めた。全36 部、280 類、見出し語は約 12,110 項目であり、本文の 後に満洲語の「総綱」が付されている。 (6) 清の高宗弘暦の勅令によって編纂された『御製増訂清文鑑』、47 巻、乾隆 36(1771) 年の武英殿刻本、48 冊。同書は、皇帝の勅令によって編纂された最初の満洲語・漢語の

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合璧辞書である。乾隆帝が満洲語の語彙を規範化させるために、『御製清文鑑』の翻訳・ 増補・訂正を命じ、それに発音表記を加えることによって編纂された。しかし、注釈の 下に引証された古書からの例文は削除された。主に、『御製清文鑑』における漢語の音 訳借用語が満洲語によって書き換えられると共に、4,700 項目の新定語彙と 1,636 項目 の古代語彙を増補した。したがって、同辞書は、清代の満洲語と漢語を規範化した最も 直接的な拠り所である。 (7) ここで言う『蒙文総彙』とは、一部のモンゴル語・漢語の対照辞書である。 (原文は漢語 スチンバト訳)

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