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滿洲國に於ける棉花並に羊毛に就いて-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

現今本邦に於ける綿花漁重商は年週百萬伐と呼ばれ、米閲に次ぐ世界第二の消費高を示してゐる。然も其棉製 品の輸出叡は年三倍一千萬禦昭和七年度︶を爽破して生顆に次ぐ本邦輸出品申の王座を占め、その行く鹿世界由

阿 部 久 次

本稿は昭和八年の盛夏、繁者繍洲の地K放し、公立嶺及熊岳城の壌挙式醸婁や繍戟本紀等を見学Lた際にえた衣料 亜に教示された研究結典等を放心として観めじものである。拙けれども繍洲施行思ひ出の堀の叫つである。 浦洲図忙於ける棉花並に羊毛に就いて

清洲囲に於ける綿花並に羊毛に裁いて

経済一研究 弟九竜顔表 ︵凋月詞十監︶

清 洲 綿 花

㌣∵∵㌧ふ ︵叫︶

(2)

警風靡し、各閻根菜忙大なる波紋塞げてゐる。資に琵すべき進展ぶりである。然るに∵カその棉花生産

原料綿花の益鳥外に仰が

高鳥るに内地約二苗斤、朝鮮約葦萬斤にして合計十薦俵程度に過ぎす、年々

ねばならない状況である。

試みに内地綿花輸入高を次に蓼げて見やう。

備 考 丸搾経野超野年鑑所載

即ち昭和七年度に於て竺百八品偵姦鷲敷賢二倍七→川忘斤、金額農学七完十蓋㌫舶の

輸入克てゐる。原料生産面恵まれない繊警柴幽がこ阜有事に際し如何蒜臍的動播忙悩むかは最近印度わ紬

布紺税引上げに封して印棉不買の決議をなし、朝野豪あげてその封策に腐心し允る近況衷見れば思箪に過ぎる

ものがあるの棉花の自給自足の大理想は本邦園民経済の濁立の見地よりして寸時も忽にすべからざるもので此の

第九金 環 仙 栗 食 難 攻 支 米 印 及 那 餞 皮 根 焼 柚 棉 計 昭和五年庶 搾 ﹁五二六、五七〇 て〇九三、掴九三 四五二、四九四 三三、七二六 四六、七六八・ tニ、劇五六、〇六∴ 昭利∴ハ年暦 俵 〟、五四四、二二六 て四二六、五二二 四七三、C二六 九∴五入三 叫○、二七仙 三、五〇五、五三入 昭 利七年度 俵 八六三、入七八 二、四八〇、〇五匹l 三鞘∴、七三三 六三、三三九 六六、〓粗相 三、八⊥五、〟四七 ︵〓︶

(3)

貰現こそは観家緊急の題材でなくてはならない。

かゝる意味から浦洲棉花の現況並に将来を打診するは無意義ではなからふ。

現在せ界に於ける棉花栽増地帯と呼ぼれてゐるのは赤道を挟み南北締約三七度以内とされ、例へば米問に布少

ては北繹三〇−三八鹿にわ売る壷の地方、印度に在りては北緯6土五度の範囲である。然るに満洲閉は北

絆三八鹿川○分キり垂二度三〇分に及んでゐる闘係上、棉花栽培が果して可能であるや否や。

棉はその選管還により、議には律しえないが表に気温高きを好む植物である。米囲棉蘇地南部の克則平

均気温は二七ユニ○慶位である。流木満洲憶所謂大陸的気候の馬に厳寒の冬季を経へるや四月の下旬頃より気温

が急激に昇り棉の成長期聞たる五、六、七、八月の平均沌慶は遼陽︵北緯拍〓こ庶劇∩分︶に於て二竺壷・関原︵北 緯讐墜二六分︶に於てニ∵八鹿、鄭家屯︵望皮四〇分しに於て二?六度を示し、朝鮮の陸地棉の本場たる木浦︵北 路三四皮相七分︶のニ∵八鹿、朝鮮在来棉の中心樺地平墟︵北締約三九度︺に於ける二〇・九度に匹敵する気警示

してゐる。特に夏季平均重商脱皮は鄭家屯に於てさへ木浦のそれに比し高温を示してゐる。秋季に入り気温が急

に降下する傾向は克棉作些不適嘗の如く見えるが浦洲礪特の気候は選に誓書垂範乾煉し、日中の束浩

比較的高く夜間は冷えて盲に於ける気組の高低の羞大なる為に棉花の開架は促進される傾向がある。

蒲洲励忙於ける柏花並に羊毛に就いて .者.、 ︵三︶ 三

(4)

﹁棉は太陽のチ、雨の友ならす﹂と云はれてゐる如く袖にとつては陽光は特に必螢にして降雨の過多は汲も忌む

べきものである。殊に七月の初の頃より八月にかけでの開花期にはH腐りは絡封に必蓼である。開架期に於ける

日照りの豊富は重蔵を乾馳せしめ開基む促し棉繊維の畠質を高める勒がある。浦洲はこの鮎に就いては患まれて

ゐると云へる。

降雨の過多は棉作にとつては大なる危険を射すが誉田の雨螢の必要なるはいふまでもない。殊に播挿偶に於け

る軽い牒雨は塗芽をたすけ生育を曝す上に好ましいのである。浦洲はこの偶に雨量乏しく耕地の乾燥するは卿鮎

で六月に至るも降雨なく磯芽不能の場曾などは棉作期間の充分ならざる土地とて其の収穫を望むことは困難であ

る。この障碍は港漑により補ふことは可能であるが兎に角不利である。更に満洲は降雨の忌むべき開花期七、八

月が雨期に箇る℃とは好ましくない。開花中の降耐は花粉を筈ひ、受精を妨げひいて収穫を滅する恐れがある。

然し綿花の危放たる開架期、・収穫期跨る九、十月に於て降雨少く天気乾燥するが故に綿花に極めて好適である。

萌花開き棉花の吹き‖でたる際の降関過多は棉花の質を寄ひ、繊維の弛さを訝くし途に紡績不能に垂らしめ柿業

者に犬なる損失を衰えるものである。

棉作忙とつて恐るべきものに降霜の宰がある。この意味で無茄親閲の長短は棉作の適、不適を左右する潰蓼條

件の一とも見られる。米団棉作地鱒於ける無箭期間は南部地方は二高六十日をこへ、北部に於ては約二日目と云

はれてゐる。藩洲の棉作地に於ける無霜期間は比餃的短く、奉天以南の地方及び奉山級地方では約劇六〇1劇八 丸谷 第一鶉 ︵四︶ .四

(5)

現今満洲転於て栽培されてゐる棉種の生育期問を見るに藤木柵は約百柑十日、陸地棉は約百五十日を要する。 故に満洲棉作地としては少くも百五十日以上の無窮期間をもつ土地でなくてならない。元来棉の開花期はその秤 類により、栽培場桝により、勝気仮によつて差異あるが満洲では大凡七月中旬より和まり、給餌によつて枯死す るに至る迄約八千口内外開花を焼ける。故忙或る時期以後に開花せるものは降霜に遭ひ途に開梨取結を見すして 突はれるものである。この時朋−−之を棉の有効開花期問と呼んでゐる1−iは遼暢地方道は八月十日頃で好條件 の年でも八月二十日を起ることはないと云はれてゐる。更に開花期の呪いもの梓開架に長日数を質するが赦に硯 水滴洲に於ては陸地棉は勿論、在来棉もその産畳を増加せしめ、耕地を凍張せしめんが為には優良なる改艮早熟 牲の至見が肝要である。 ・次に油洲の土質は発して棉作に通するや否やを瞼討せねばならぬ。血般に棉作地としては砂質壌土を最適とし ○〓、開原、鄭家屯附近は二六〇11酬七〇日放である。 平均線箱期日 鴻洲鯛に於ける柵花漁に尊宅に就いて 鄭 寮 遮 熊 大 家 岳 屯 天 陽 城 違 四 月 t 日 四 月 叫 五 日 五 月 二 日 四 月 血 四 日 平均初審期日 一〇月三〇日 加○月入日 一〇月四 日 一〇月 二 日 仙○月 剛 8 無霜 期 間 二 剛 ○ 一七 七 仙 七 山 一六 〇 六 七 日 口︼ 日 日 日 ︵五︺ 五 ′

(6)

︵六︶ 六 第九魯 簡 劇 渋 壌土、礫質壌土及粘質ある駐土も好適とされてゐる。然し之は其地方の気候により左右されるもので例へぼ降水 果多き地方に於ては排水及乾煉のよい砂質土壌が良好で、降雨少き地方は保水力の強き軌質壌土が通常である。 浦洲に於ける農耕地の大部分は埴土又は堵質土壌であつて、有税質即ち窒素分の含最少い快鮎はあるが燐酸、加 里、石衣等の含量は要員で化蓼的には兜づ良好である。粗土は基気の流通不良にして容水菜に乏しいが浦洲の如 き降雨少く乾燥し勝ちなる土地に於ては、排水乾燥の良好な砂原土より寧ろこの保水力ある堆質が棉作に好適で あると云へる。 かくの如く満洲の地は棉作地として最良傭件を満足してゐるとは云へないが緯度の高きに拘はらす其の天意の 気候により、南方は閃泉州より北は些二度幽、五〇分にあたる鄭家屯、通遼完仰の地方までは稲作が可能である と結論して誤らないであらふ。 三 現在、満洲に於ける綿花作付面鏡は東南町歩といひ戎竺ハ萬町と呼ぼれてゐるが正確な耶沓材料に軟く島に正 鵠を期し難い。 満洲産柴統計に記叔せる昭和六年度に於ける棉花作付面積を輿ぐれば次の如L︵単位粕︶

(7)

備 考け山附は;00入三町歩に相常す 綿花以外の統計は後草に於て引用の番組我 おに依れば約州萬町歩である。然し之に関東州に於ける千七育徐町歩及其他を加算すれば約旦筒町と見て大差 なからう。砕作他の主なるものは奉天以前の地方で就中遼陽を中心として大石橋に及ぶ満餓沿線は盛況である。 吹で奉山線沿線地帯並に関原、鋳嶺の地方であるが前者に及ぶべくもない。然し奉山換地方は束候風土が満鉄治 緑地方と大差なく古来棉霹地として闘えてゐる摘係上将来畿展の像裕がある。 主なる棉産地たる願に付き耕作地を見るに次の如し。︵昭和六年度︶ 奉天以南地方 泰山緑地方 関 原 地 方 寮海線地方 長 公 地 力 四挑鰊地力 語長緑地方 間 島 地 方 計 合 輔洲園に於ける棉花並に羊毛に就いて 棉 花 こ四、五三〇 七、八木〇 五、六九〇︵ 八〇 こ00 ニ三〇 血相〇 三八、七三〇 大 豆 三五七、七七〇 七二、二八〇 二九∵二〇〇 l二二、〇九〇 三人ニ﹁ニ仙九〇 二二六、四川○ 二八七﹂ハ九〇 七六、九州○ 州、七二六、六四〇 高 染 五六二、三ニ〇 四仙三、二四〇 二八−、八三〇 七三、〇二〇 こ八七、〇二〇 l〓ハ﹁四〇〇 九九、六五〇 脚五、七大〇 鵬、九九四、刷四〇 渠 丁七劇、三人〇 七四、九五〇 岬四四、五二〇 五入、劃六〇 仙人八、八こ○ こ鵬二、二八〇 脚五入、四山〇 六大、七〇〇 劃、〇七五、二こ○ へ七し 七 水陸棺 四〇、八五〇 七、五二〇 二ニ、三四〇 二四、入四〇 二四、〇九〇 二﹁九〇〇 二三、三二〇 山嵐、九三〇 山六二、七人〇

(8)

四十斤足らずの地方もある。今反常牧最の平均を凶十斤と見、更に棉花発途騨の敬遠最や地方の賛地躇奄等の報 償より推算して少くも二千萬斤忙達することは疑ひがない。 現在栽増されてゐる棉花を在来墟と陸地棉とに大別することが出来る。 在来棉は遠く皆の太宗時代より栽培されたと俸へられ、朝鮮、日本等の在来種の如く束洋系の柵花に屈するも ので敏感の多きに達するっ三原新三博士はこれを左の五種に分けてゐる。 第九春 希 仙 波 遮 蔽 鵬七、二〇〇 康 平 鳥 山 血、五入○ 海 城 絃 中 −、000 輿 城 蓋 甲 七五〇 二仙00 西 安 単位隋、蒲洲産染統計による 生産高に関しても正確なる統計がない。 ① 赤 木 ㊤ 赤 木 ④ 薄赤木 何 語赤木 廉 廉 磨 於 葉 菜 充 実 反忠敬畳も地方により興り、密陽地方に於ては繰柵五十斤位であるが 栄 華 黄 葉 ノ托 花 花 花 ニ﹁○仙O ﹁二八〇 九〇〇 七五〇 遼 申 彰 武 銭 嶺 錦 有 有、有 有 限 吸 取 眼 〓、四囲〇 義 ∴二王〇 璽 安 関 原 九〇〇 按 摩 六四〇 百 黒 白 魚 種 穣 穣 種 ︵八︶ 八 ∴九四〇 ∴000 入七〇 五〇〇

(9)

規準は各地に於て之等の品接が入報って栽培されてゐる。例へぼ澄暢地方及奉山級沿線地方では①の赤木黒接

が大部分を占め其れに㊤の赤木自校、㊤の蹄赤木異種及④の薄赤木白樺が混じて居り、関原鍍嶺より剣豪屯に至

る地方では特に鄭家屯白酷と呼ばれてゐる薄赤木自種の一種に限られてゐる。之等の在来種中にて婿釆を潤持さ

れてゐるものは赤木黒稀と鄭家屯日揮である。

ヽう︳ヽ

赤木異種 現今沸洲棉を代表してゐる親あり、作付両横四馬町歩以上と見られ廉く奉天以南、率山線山背の

地方で栽増されてゐる。実は贋菓で撞く五裂し先端は尖り、薬躁は蕃と同校に猫特の紫蘇色を豊L二許して他種

と置別される。花は行抑よりなり黄色を呈し郷の基部に三療博士の所謂眠と補する波打な斑紋がある。放電の筍

片は基部互に癒合し、先端は鋸歯状に尖ってゐる。

棉花は手燭り柔軟、細長く二二1二三粍に達し、張力は満洲棉花申最も強く平均八⊥〇・禿瓦に及んでゐる。 格は米棉P−ミツドリング或は印度棉プロ−チ級と稀され二十二番手︵普通一〇−二義手︶まで紡細可能である と云ふ。現今主として中入相用に供されてゐるが繰棉収量歩合少く︵約二三−二叫%︶且つ議の相見の少覚は散

大快鮎である。

鷹番城農事試験場に於ける昭和初年以降掴ケ年の試験正より女の給水が朝ぜられてゐる。

繍洲園に於ける棉花漁K羊毛に就いて や 赤 木 靡 光 栄花赤痢 但L抄の品種は今日殆んど蟹見されずと云ふ。 有 限 黒 秤 ︵九︶ 九

(10)

然しこの品種は範候風土に好適し、年々の態凶の差も比較的小なる特性あるが故に遵等の牧野さへ改良すれ ば将来有望である。 ヽttヽヽ 鄭家屯白軽 部豪屯地方に圧する薄赤木白櫛の別柄で現今関原、錯視を中心とする奉天以北の地方で主とし て栽増され共耕作両横約三千町歩と云はれてゐる。 実は廣薬で五1七片に深く裂けその先端は鋭く尖り、菓脈、要は赤木黒秤の如き紫蘇色の特性を扱く。筍片は 他の東洋系棉と同様に基部に於て相互に癒合し児端は銀歯状を呈し、花開は五にして黄色恕鹿、砺は表面粗にし て角張り陸地柵に比し小さい。 繊維の品質の良好は預想外である。長さは平均二八粍に達し中に些ニ○粍を超えるものあり、満洲棉花中最も 長く、光澤、手燭り又良好、張力は陸地棉に優る。硯在米棉のストリクト・ロー・ミツドリング把相督し、将来の 改良を待てばミツドリング級に達する可能性充分である。繰柵収量歩合は二二−二三%に過ぎないが熊晶城農事 備 考 敬意は刑町歩嘗り、木浦二 赤 木 集 積 鄭家屯白種 木浦劇 二ニー四 岡 森 第九稔 第 仙 波 開花始 月 日 七二八 七、叫五 七、二二 七.二〇 lニT四ほ陸地棉早熟稗、森閑は日本棉 開架始 8り ︻P 九、 ︼ 入、二六 九、一九 九、劇0 繰棉歩合 収 盈 斤 ∝ル 五血五 こ玉●三 四四二 二二●九 三五●脚 五九人 六九二 ニ〓了〇 ︵山○︶ 血○ 織推長 張 カ 粍 二≡ 二八 二五 こ五 比 八●二 六●五 五●九 七・九

(11)

試験場に於ける試験によれぼ繊維長三五粍に達する系統のみならす、繰棉収量歩合の二七1三〇%に達する農産 系の分離に成功すと云はれてゐる。之等の改良種は三瓦−凶○帝手の紡蘇可能性あり、将来剣豪屯白種に力をか りること大なる時あるを信する。 ヽ’ヽ 陸地柚 米綿アップランド系の棉である。明治週十年大連に於ける農事試験場で米関節陸地棉の試作を開始 したのが清洲に於ける米綿栽培の剋原である。然し之は悶十四年迄五ケ年間試作されたが結果思はしからす途に 米柵不適なりとして贋止された。その後十年にして大正十一年是を朝鮮より移入し、再び大連に於て試作を開始 するに及び始めて艮結氷を招き今日の州内の盛況む至したのである。現存栽培されてゐるのは早熟系のキングス インブルーヴド樫である。 この楳の某は五裂してゐるがその裂目は礫く突端は鋭く尖ってゐる。筍片は在来棉と興り、その基部は相分離 L、兜端は在木綿に比し著しく鋸歯状を呈す。花は概ね白色にして露抑よりなり成るものは粥の基部に紅色の班 別がある。職は在来柵のそれに比し太く滑で園昧を帯び二五−三〇︵稀に川○︶の種子を癒してゐるり繰棉収量歩 合は三三−三五%に及び〓朔の柵盈は在来柿の約些倍に達する。 繊維は長さ平均二拘粍、張力は約亨川瓦を示し光輝は在来秤より柵々劣るも捻回は俊れ柔軟度は勝つてゐる。 格付は米綿ミツドリング或はスL﹁川リクト・ロー・ミツドリングに相常し三二−主三番の箪猫紡麻が可能である。 今繍洲棉鹿各種の紡絞低値を見る秀忙昭和三年の格付を航すに左の如し︵猫洲棉花栽培手引妨我︶ 搬洲囲に於ける柵花瓶に羊毛に就いて ︵仙 こ一一

(12)

現今の栽培置域は囲束州こ幣の地方で作付同機約千七百叫歩、その産畳は稜々たるものである。然し試作試験 によれば遼陽以南は確宵であると云はれてゐる。本積は繰柵歩合良好にして二Ⅶ柵巌叉豊富、品質優良の長所は あるが気候の影響をうけ易く病虫寄に封し比較的弱く且つ生育期問割合に長い焉に藩洲の如き無罪購問の短い 地方では霜寄をうけ易きが故に年により豊凶の差の大なる紋削がある。陸地棉の改良早熟秤の必要の所以こ1に 凍る。本年四月沸洲囲に於てその棉花政策の具醒化として棉花協禽を設立し二十ケ年間に楠花栽培面積を三十萬 町歩に撰張し、繰棉収量一億五千萬斤を生産せしめんと計宣してゐるが其筋山別に於ける奨励品種として傘げて なほ常時に於ける支那棉の点上款棉︵温州棉︶、印度棉の最上級棉︵ブローチ棉︶及米棉の相暴を抱げて見る 品 穣 柵 温 州 ブ ロ ー チ 朝鮮産陸地棉特等晶 第九魯 第 剛 鶉 品 種 1、赤 水 巣 稗 2、薄赤大黒稽 3、薄赤太白穣 4、赤 木 白 樺 円 慣 格 五二●00 鼠四●00 円 甘斤の慣格 内七〇〇〇 四八・〇〇 四九●0〇 五〇●00 五六●00 r 品 秤 5、鄭家屯良種 6、陸地棉キングスインブルーサド 7、陸地棉ウニツバー 8、同ライtニングエツキスブレス 品 種 スlりクト・ロー︰ミツドリンダ ミ ツ ド リ ン グ スt﹁りクlこ、、ツドリング ︵二∵︶ 劇二 円 慣 格 五六●0〇 五入〇五〇 六〇●00 六四●00 六二。五〇 五大〇〇〇 五四●0〇 膏斤の慣格 円

(13)

備 考 森岡は日本相中の優支種、赤木鼎梯は在衆棉他は陸地棉である。 牧瀬蒜二町歩嘗 この種の陸地棉は特に優秀なる早熟棍とは云ひ難いが赤木黒蹄より約十日ぼかりその開花期が呪いのみで から遼暢以南の地方に於ては充分耕作可能と見られる。 四 前述の如く浦洲綿花の現況は耕作面積並に生産高に於て嘗に微々たるもので朝鮮に於ける二十萬町歩、繰棉五 熊番場農事試験顔に於ける早熟檻の試作結果次の如し。 ゐる金州数寄試験顔の改良陸地棉二三一統及遼暢綿花試作場の改良陸地舶二lニ批は何れもこの早熟種である。 清洲圃に於ける棉花沌に羊毛に就いて 穏 ノ ブ ロ ー ス キー 熊岳城キングス 劇七七1三 同 キングス短果赦 金 州 早 熟 積 木浦キングス山 二ニー四

赤 木 黒 穣

岡 森 開 花 月 ︼H 七、一入 七、﹁七 七.仙人 七、仙八 七、二〇 七、〓ハ 七、一七 開架墟 月 q 九、劇〇 九二− 九、小 山 九二一 九、山 劇 八、三一 九、二 開架期 月 日 九二五 九、山六 九、T七 九、︼七 九二五 九、二 九、四 ︵二ニ︶ 〓ニ 七七五 六二〇 四〇七 六〇七 七二八 七ニ⋮七 ︼ル 六六三 ∵ ̄

(14)

右表により紬鹿、綿布の畳を綿花忙概算し、現在満洲囲に於て消費される綿花東を推定するに約一億二千萬斤

1二倍三千萬斤︵中入棉も食む︶と看倣し得る。

然るに硯産蚤年二千萬斤に過ぎざれば解決さるべき現下の問題は満洲園自牒の自給自足が牌米英して可能なり

ゃ否やに在って日本の原料供給地としての待望は殆ど夢想に等しいと言はねばならない。

浦洲固に於て綿花治安量州債二千萬斤を訂給せんが為には反富平均牧盈囚十斤として約三〇萬町歩の耕作地を

必箪とする。これに今後の人口増加に件ふ消費畳の増加、更に品位の改良並に栽培法の進歩によりて生する戊茸

敬呈の増加を考慮に入るれば少くも三二−三三萬町歩、繰棉二億五千薦斤を必要すと見て大差ないであらふ。 籍九舎 弟 血 鶉 二四︺ ∵四 千萬斤にさへ比眉すべくⅧない状況であるが其の将来に於て果して期待し得るもの有りや否や。 先づ現在の浦洲闊に於ける棉花滑費盈を知る叫助として満洲貿易詳細統計による昭和六年度の綿花、締麻及綿 布の輸移出入高を鞠げて見る。 綿製品其他 輪 移 入 高 花 ⋮⋮⋮=⋮︰︰二八〇〇。○︵濁斤︶⋮⋮⋮︰・・・ 競・⋮⋮ 至至::二霊禦発汗ス︶ 戌州 :︰=︰︰:︰:: 三九四。○へ萬反︶ 九・三へ萬塘︶⋮⋮⋮︰︰︰ 五言七・三萬鶴︶ 二〇四〇〇︵萬嗣︶⋮⋮︰=⋮︰ こ柑・〇︹蔑爾︶ 輪 移 出 高 八︵萬斤︶ 一;六︵萬据︶ ○●七五︵萬反︶ C●○ニ≡陶塘︶

(15)

備 考 繍洲産米統計に凝る︵螢位桁︶ 故に棉花の焉の新地域張を未耕地に多きを期待すること不能であり、勢、棉作増加の馬には規春の他の作物の 耕地む山部棉作に縛ずる外策なしと見られる。現今南備に於ける主なる作物としては大音、高梁、菜並に水陸楕 を撃げることが出来る。︵七貢統計参躇︶ この中高染、菜、、水陸楕比農家の主要食物であり且一部不足してゐる 地方もあれぼ之を棉作に樽することは梅封不可能である。加之棉花は比較的投撥的の性質をもつ商品だけに之に 過大の面積を割雷てることは満洲問農家総研上不安である。 然しち且を見るに共耕地、奉天以南地方より奉山線にわたつて凶二1凶三馬町歩、関原地方に約三〇常町歩あ り、合計七十三萬町歩忙及びその生産高は八十九萬五千砿に飴り、然も地方消費高は産量の約三分の一に過ぎな い現況である。故に大貫耕地の山部を棉作に縛するは可能で今日の見込ではその約三分のて約二期−二五萬町 歩は棉作地に柑換し得ると思はれる。元来棉作は他の一般作物に比L頗る人手を要するものであるが之等の労賃 前述の如く綿花栽培の適地は奉天省並に熱河省の一部に限られ然もその地方は可耕地の約八1九割は既耕地で ある0 奉天以南地方 春山緑地方 桐 原 地 方 濾洲団に於ける棉花並に尊宅に就いて 可 耕 地 二、二〇六、七九〇 七九六、tニ七〇 ﹁二〓ニ、〇五〇 銑 新 地 ﹁七五三、三七〇 七四〓∴八州〇 九六ニコニ七〇 未 耕 地 四五≡、四二〇 五四、五六〇 山五九、六八〇 へ仙五︶ 仙五 吋耕地に封する 既耕地の比率 % 七九・五 九亭二 八五・八

(16)

︵一六︶ 〓ハ

第九怨 第一渋

を支彿ふても大豆其他に比し平均二主意偶の増収あるものなれぼ大豆耕地わ棉作縛携は充分可能性がある。 試みに満鉄農事試鹸坊に於ける試頗結苑による収支計算を抱げて見る。 備 考 鳩碓は熊岳城、他は公圭嶺忙於ける二天地︵六反恕︶に封する成績結泉である。

前述の如く棉作は頗る多くの労力を要するがこの大部分は婦女子労働で驚ことは棉作の表徴でその螢鹿の低廉漁忙勢働

供給の安全であるととは非常なつよみである。

これに現在排地五寓町歩と禾耕地約六十萬呵禁言責統計参躇︶の開墾による跡地若干を加算すれば待望の三 二−三三萬町歩の耕地凍張には充分碓暦性がある。

この寛現に聾する期間は固より藩洲凶官民の努力如何による。然して浦洲固に於ては今春既に従来の机上論を

厳して鷺行的な棉花政策を樹立してその驚現に汲々としてゐる。即ち棉花栽培を奨励普及して極力生産の増加を

圃り、国防上の需要を発すと同時に紡欝原料自給の一助たらしめ、他面農家経済の向上を固る目的のもとに本年

陸 地 柚 赤 未 発 高 大 県 税 試瞼年次 四 ケ 年 間 ︼伺 ニケ 年 ニケ 年 点. 四〇〇七 四〇。二 田六●一 一叫九。八 一三四●○ 平均支出 平均収入 こ九〇六 二人●〇 三〇。三 七七。≡ 七九・脚 円 収 益 劇 ∵ニ ー二〇こ 二誉七 四二・嵐 五四。九 円 反雷収益 円 ;入六 二〇〇三 二●六二 七●〇八 九●〟五

(17)

より昭和二十七年に至る二十ケ年間に耕作地計二二十萬町歩に椀張し、繰棉一億五千萬斤を生産せんと計零して

ゐる。

奨勘品種として何を選ぶべきか?

陸地棉も在来棉も前述の如き特性と映鮎を有す・るが故にその欽鮎を改度し特性を生かす様に栽培壁掛すべきで

ぁる。元木棉は外界の影響に勤し敏感であるから各地方に於ける過程を改度し以て増穂栽培するが最も賢明な集

である。表に遼陽以南の地方は陸地棉栽培が確蜜なれぼ本棟を奨励し、奉天以北の地方は在来種に好適なれぼ

この耕作に主力を迩すべきである。在来種は気候風土に適する上に品質も頗る優良で陸地棉に比し多少粗硬の感

はあるにしても光渾、細さ、張力に於て腐るものあ少、更にその最大映鮎と見られる繰棉敬螢歩合及二朔棉盈の

少量も試験の結果、改良が充分可能である由なれぼその将来は有望である。殊に邸家屯白橙に期待すること大

である。

浦洲囲では綿花栽培期間を二偶に分ち、第扇は大同二年︵昭和八年︶よりとし、この期には金州農事試験場に 於て育成せる改良陸地棉三=表及び遼陽棉花試作場の改艮陸地棉一二二能の爾審を奨励頓にあげ、七年後の大 同九年︵昭和十五年︶よりを第二期とし此期には節義の丙種の改良陸地棉若くは今後試験試作の結果優良と認め

られし改艮陸地棉及改良在来棉をもつて奨励品種としてゐる。然して竺年は原種囲、第二年、第三年は民間委

託採種園の橿千増殖時代とし、第毎年目以降は農家の桂子を貰ひ上げ奨励品恕哀配布してこの普及を間らんとす

蒲洲囲に於ける綿花弘に羊毛に就いて ︵仙七︶ 叫七

(18)

るに在る。 息ふに満洲園に於ける棉作他の武張並に品種の改良普及は極めて困難なる専業でその嘗現には前途娩多の難関 を爽破しなければならぬ。然し滴洲団忙於ては本年四月既に満洲綿花協愈を設立して棉花栽増の指導奨励、原柾 ︵註二︶ 間の経営、更新梯子の配給、融作組合の指導、共同放棄並に購貿の斡旋等に速力し、又本邦に於ても拓務省の主 唱に基く日浦棉花協昏も民間側の支持を得て基金二官萬鳳を以てその蜜硯を約束され、史にその代行検閲たる白 濁棉花骨敢の設電計茸も企図されつゝある現況なれば沸洲圃棉花自給自足の計宣も案外早く蜜瑛を見るのではあ へ蔑二︶ るまいか。この賛現の既には層に進んで朝鮮棉花と相携へて本邦紡蹟の原料供給地とLて本邦棉花肖給自足の大 理想蜜現に曙光をあ潅ふる忙至るであらふ。 註山 浦洲囲の楠花政策の樹立と時を同じうして朝鮮棉花檜轟計造の箕施を見たことは本邦国民経済忙と・つて頗る凛大意義 をもつり現在朝鮮棉施は作付画境二十萬町歩、資相生産品一億五千萬斤に達し、栽堵地方は仝隊商迫、平曳南進﹂慶倫北 進、密命両道を初め黄海、忠清南北、仝薙北、京畿の浦波に及んでゐる。 第九巻 ∴男 山 携

陸地棉

衣衆棉

昭 和 四 年 〓〓ニ、入九五 t 〓ニ、五二こ∵四入山 六こ、ニ〓一玉 四四、七〓ハ、〇九九 昭 和 五 年 〓ニこ、四五九 ニー七、≡二九、二九入 六〇、四仙五 四∴四四﹁五ニー 二八︶ 小人 昭 和 六 年 一三劇、叫〇九 七人、七ニー、八四六 六仙、四≡七 ≡七、山九∴四四〇

(19)

備 考 作付反別単位町、収穫高は茸棉にて革位斤、勒鮮親密府農染統計表に撼る

槍屋計逮はこれを昭和八年以降こ十ケ年む期Lて作付反別五十萬町歩、箕棉生産高六億鶏斤に逢せしめんとするものであ

る。賛施を二期に分ち即ち発表は昭和八年以降十ケ年間で全党南北、息晴南北、慶倫南北、末娘、黄海及平安爾汝の九

温を舞踏区域とし、作付反別二十五箇町歩、欝相生座高三億斤、反嘗吸盤箕棉甘二十斤︵繰棉救急四十斤︺に至らしめ、定

に第二期として其後十ケ年間を期し威境北箪を除く仝鮮十こ造を奨翻区域とし、作付反別絶計五十苗町歩、漁薯柏生産高

六億萬斤たらしむに在る。同時に繰棉遠七千萬斤を内地に移出し、内地需要高十三億斤に刻し約二ニ%を供給しうる見

込である。

最近印度の調布闘魂引上げを端にして由衆せる印度相不買同盟はこの檜産計遥に拍寮をかけ儀二伽禦計恕の作付面積を三

十五潟町歩にし貨相生座高四億〓干潟斤に攣賞して国衆藩行上その将産の急速を企鼠きれてゐる。

軍山 最近報ずる研によれば大同二軍度計諾として遼攣巣山、義、銀、蓋平、海城及遼中の七慮に十五ケ所の耕作組合を

新設するに決定せりと。久本年度桶花収穫見込み由は二吏士官薦斤に達し浦洲紡麓の利用率は昨年の五官萬斤に封し入官

萬斤の激増を改想され、魂高血千五雷芹は農民の自家用とLて使用される見込みであると0 稀洲鯛に於ける綿花銀忙羊毛に就いて 合 計 叫八六、二二〇 完二、八七四 満仲反別 完二、五望ハ

釘穫高

妄八、二三八、五入〇 一六八、宝○、八石 〓五、九;一、二八六 ︵叫九︶ 劇九

(20)

+ 十年前〓九二四年︶僅に五千九有馬封慶に過ぎざりし本邦の羊毛滑費高は昨年︵山九三二年︶に於て二倍四百萬 封虔の宜融を示し、兇に本年上半期に・は既に叫憶週千六百萬封度に達し前年同期に比し山千班百萬封慶の増加を 示す盛況である。この躍進ぶりは世界羊毛工業界の鮨咲を招致し各国とも本邦尊宅工業の前途に勤して少からぬ 恐怖の念を抱いてゐる、。やがて近き将来に於て我が羊毛製品が綿製品の如くに世原市場を風靡するのではあるま いか。 然しながら本邦の慶弔高僅に二十萬封皮に過ぎす原料羊毛の凡てを渉外に仰がねばならない現況に思ひ至らば 心自ら塞きを覚えるであらふ。今本邦学宅輸入高を国別に示せば次の如し。 珠 アルゼンチン 支 那 第九巻 第 仙 波

端 洲 羊 毛

数丑︵官庁︶ 八四人﹂三〇九 九、六二ハ 六四二 昭 和 償格︵千凰︶ 七こ、ニニニ﹂ハ 六ニー 五四 五 年

﹁一二七二、九ニー 山九、四四こ 九二四 昭 和 六 年 償格︵千固︶ 入ニ7ニ九五 入七四 六七 数畳︵官庁︶ 一、四八八二九八 八、〇九五 六〇八 〇一〇︶ 二〇 昭 和 七 年 、1一ll>llllノ 慣格︵千凰︶ 入四、二四六 四八叫 六人

(21)

右表の如く輸入羊毛の九割六分以上は濠洲羊毛で弼占され、ひいて本邦羊毛工業の原料は殆んど濠洲羊毛であ るといふも過言でない。かの欧洲大戦にさいし濠洲羊毛の輸出停止の為に箱阿、支那等により辛うじて露命を繋 ぎし常時の悲境を回顧すれぼ羊毛の自給自足も亦現時の急務なるを領かれる。 然し本邦の風土、気候が牧羊に適せす殊に土地狭糧なる上蓋耕地に使用さる1期廉く、放牧法によること不能 なれば本邦牧草業の牌奔把期待される新鹿て少lハ。この意味で満蒙羊毛の購氷こそは特に興味をそゝる。 〓 現今既く満蒙の地に飼育されてゐる細筆は蒙古在来軽と呼ばれるものである。隈謳の形状、重質等は地方の気 倣、風土、飼育方法等により異同はあるが羊毛が粗モと緬重よりなる桝謂脱毛秤であること1侍椎骨を包尉して 扁平な脂肪より卑る熔のある桝謂脂肪尾柾であることは共通の特徴である。 二恢に頭部は比較的小さく瞞狭く、鼻梁は前方に轡曲し眼は少し︿突出し耳は大きく側方に垂れる︵然し稽小 形で垂れないもの、稀に耳菜殆どなく僅に突起せるものも有る︶を普通とし、牡串は官大な角あり牌重十二、ニT 合共 闘 英 束 封・他 洲 国 浦洲国忙於ける綿花諷に羊毛に就いて 三四〇 三、〇六︺ハ 四 七七 二五五 五、四五劇 入六七.〓ハニ 七三、大凧○ 二六八八 一仙人 三五、三ニー ∴四三〇、四〇五 一五七 六 ︼、七四七 八六、劇四六 四、二﹂ハ三 三七六 一 劃〇 二、三入七 四二、八州八 ﹁五四三、九九二 八七、五五九 ︵こニー∵〓

(22)

弟九令 弟 血 鶉 ︵二こ︶ ここ 十七、八貫、牝羊は賠整七、八−・十二、三貰にして無角を普通とし時に紬き角あるものもある。頭部及四肢は短く して硬く光渾ある粗毛のみで、他の部分は長い光澤ある粗毛と短く弾力ある細毛に蔽はれてゐる。混毛の割合は 慣脂の部分により異なり両船に頚部及鰭の側面の下方は粗毛多く、脊及腰の部分には細毛が多い。綿毛は毎年五 月末より七月頃まで大部分脱落する。尾は特殊の形状を呈し長くはないが多最の脂肪を沈積して園ぐ膨大し甚し きはその重豊五−六斤に及ぶものもある。 現今浦洲閏に於ける飼育学朝敵に就いては正確な統計なく報告も隆々にして信を置くに足るものないが二仮に 約四百馬頭と云はれてゐる。主なる産地は北は興安省の西部即ち海由爾を中心とする呼倫貝爾蛾帯、中央は奉天 省の北部即ち挑耐、適法附近の完野、南は熱河省の錦州、赤峰を中心とする内蒙古劃帯の地方で主として満洲囲の オルヶ′ 四年部に捗ってゐる。殊に呼倫貝爾は束方は興安嶺の唆峯に掠り、西方は額爾名訳河の流れを以て蕗領に境し、 その東北一背は輿安嶺の山嶽地帯で探山幽谷をなしてゐるが西南山背は頗漠たる大平原をなし地味肥沃にして、 水軍に恵まれ寒冷ではあるが満蒙第山の牧草地帝をなしてゐる。この地域のみで羊頭激高五十萬頭或は二百路頭 と稲されてゐる。 満洲蘇柴統計によれば昭和六年度の清洲国学頭数次の如しっ 寒 天 省 搾 五山八、二〇〇 萱感瀾基層惑溺男爵層温ぷ溺 膏 林 者 諏 劇八二、四≡○ 黒 龍 江 倉 島 て九三九、九三〇

沌 二、六四〇、五六〇

(23)

かくの如く満蒙k於ける緬孝の大部分は熟河、輿安二省の蒙古地方の放牧地背に寄蓋として飼育され、農耕地 澤でほ農家の副業として特殊の地方で飼育するのみでその教は少ない。蒙古地方では学は蒙苗人の主なる財産で 二戸二、三百頚を飼育するは普通で多きは∴、二千頭に及ぶものもあるゥ飼育の方法は極めて幼稚で夏は河川湖 沼の遮りに水草を迫ひつ1放牧し﹂冬は雪少く北方に丘陵を背にする柏革の多き地にさすらふ。豊新地帯では簡 単な学舎を試け、夏期は附近の丘陵、河畔に放牧するも冬季は二、三ケ月間食餌し乾草、穀類を輿へる。従つて 夏期放牧し得る地方の農家佗限り副菜的に飼蕃するのみなれぼ飼養頭数も少く佳に叫戸十五、六頭乃至二十頭位 に過ぎない。 ︵詐〓︶ 満洲闊産書風は︼頭よりの抹モ盈を平均年二−二・相対度︵二ハ1∵九斤︶と推算して約れ首萬封度︵六百八十 筒斤飴︶と見られる。 謹ヤ ︼餅嘗万の収毛虫は地方により、性別により、年齢によりて劇定してゐない。坪井清氏の調査による呼倫見爾地方に 但し本統計は繍渕沓行政院割にして、且つ熟河訝玖統計を含まず これに熟河省の推盟約百四十路頭を加算すれぼ週育苗頭となる。 叉満蒙毛細軋蛮行のパンフレットによる満洲図省別学頭数の概数を拳ぐれぼ︵畢酔千頭︶ 喘洲囲軋於ける棉花故に羊毛に就いて 奉 天 訝 劇、000 書 林 密 三〇〇 黒龍江者 三〇〇 熱 河 者 ﹁四〇〇 興 安 倉 て000 ︵二三︶ 二三 合 計 千頭 四、000

(24)

敬愛は次の如し。 市 場 ︵二四︶ 二四 弟九巻 弟 仙 波 於ける放電盈ほ枇串が≡・叫斤、牝串は.丁入六斤、久マイスキー氏の外蒙古の調査によれば牡単四・五斤、牝羊ニ・〇斤夏 に公害餌腿事武胎婁の蒙古在衆穐に就いての調査は最大三・七八斤にして平均二・四斤なりとLてゐる。 是等の調査より血般に牡学は約三斤︵約四紺度︶、牝単は二−二・五斤︵二・六−三三樹皮︶と見られる。叉飼養割合は地方 により異なるも坪井氏の調査による呼倫見爾の牝単四五%、牡羊︵去勢半︶二五%、仔半ニ6%の飼育割合に接って計算ナ れば︵但し仔羊は扶毛不能なれば除去︶︼顕懲り平均抜毛盈約Tエハ量劇。九斤︵約二−二●四扮度︶と推定される。 この中約二百萬封皮内外は生産地置域内で消費され約七甫萬封度は輸移出される。貴意る取引市場及其推定集 備 考 硲洲年鑑及浦鍍数行﹁支那尊重﹂忙墟る。 赤 細 道 郵 挑 容 家 噂 州 遼 屯 南 天 集 散 虫 干斤 ﹁00〇 四五〇 二五〇 ∴000 ﹁苔○−ニ、000 〓、000 ニ占宍Tニ、吾○ 考 備 輪伐沿線、四挑、寒山飴忙東支沿線により衆集したもの 札衆特、陶什染特、郭爾羅斯清廉より衆集 主として壁山、長嶺及康平等より出廻る 東部蒙古の牧草地背を睦へ集散蓋多し 内近螺魔のもの百蔑斤他は赤噂経由のもの 林西、経棚、国鬱及鳥丹城方面より衆集、内春竜育三十萬斤軟毛七十萬斤 内外 烏塊穆泌頗等より衆集

(25)

三 蒙盲森永療のモ質は山般に極めて粗患である。勿論毛質は気候、風土、飼嬢、牧畜方法等によ・り影響されるこ と大なれば品位も地方により笛々である。例へぼ南部地方︵錦州附近︶に飼育されるものは気候比較的温暖なれぼ 毛質精々柔軟であるが北部蒙古地方のものは冬季の酷寒、牧草の快乏、管理の粗放等により粗硬にして死屯多く 長さ瞞共に不捕である。 羊毛の色は土地の状況により欒ってゐるが一般に白色である。中には錦州套毛の如く淡貨色のもの庵叉振放爾 地方産忙見る黒色のものもある。光輝は叉産地にょり異なるも眺南、錦州方面産のものは比較的大である。元来 光輝は尊宅繊鮮を含む鱗片−−セレーション ー の形状、性質、配雷の状態並にその透明度に郎関するもので鱗片 の表面平滑にして配列の均斉なるもの程光線の反射二様で光洋犬である。英国産のリンコルン、レスクーの如き 所謂ラスター種はこの好例である。光詳ある蒙苫串モを検鏡すれば鱗片は質細密にして平滑、メリノ羊毛た見る 如き皮質部より離れて突出する所謂遊離線を認めす鱗片は殆んど凡て皮質部に密着するを胡察する。遊離繚の存 在は苧毛に縮絨性 − フエルティンダート1敬輿ふるもので、メリJ軽率毛がよくフェルトし易きは遊離線が著し く皮質部より・離れて突出してゐる馬である。蒙古学毛はこの性状大いに劣る。 尊宅繊維は叫般に自然の波状のう頻り所謂掩縮−トタリンブス ー を恍弔してゐる。この数は繊維が細い程多 浦洲囲忙於ける棉花組忙串毛に就いて ○仙五︶ 二王

(26)

く.、剛毛には殆んど紋如してゐるが細手メリノ程の如きは品吋聞三〇!去〓ハに及ぶものもある。山般に繊維細く

隣片数多いもの程玲縮数多きが故に、多数の掩縮の存在は串毛織緋に紡麻製終に好適の性状を輿ふるは勿論、柔

軟性、縮絨性及耐撹性をも附興するものである。蒙古羊毛の鴇縮数披二吋問瓦1七に過ぎず普通メリノの一五Ⅰ

二四に比眉すべくもない。

鱗片数、鴇縮教及繊度との問に於ける関係につ・いては井島民の賛験がある。

叉蒙古羊毛に紺する満繊中央試験所の蜜鹸報骨を蓼ぐれぽ次の如しバ 庫 倫 套 電 鈴 州 蛮 電 挑 南 蛮 電 飾家屯泰毛 支 那 羊 毛 ウ ンコ ル γ 珠洲産メリノ サウスダーン サキソニーメリノ 第九巻 第 劇 鏡 直径︵粍︶ 長き︵糎︶ ズて九 〇.〇四六 〇・〇四〓 九●八 一;七 〇●〇四六 〇●〇四八 大●八 鱗片歎︵劇吋間︶ 三、000 仙、六〇〇 二、五〇〇 ﹁三〇〇 二女00 槍縮数︵二璧間︶ 三〇‡三五 一こ!一入 二二 − 三〇 一ニー 五 五 − 〟○ 鱗片数 、韓縮欺 五●一 四こ〇 五●六 三五五 五●七 四〓五 玉●六 三五〇 繊度︵ミクロン︶ 劇○●九〇 二九〇〇〇 岬六●五山 四二●四六 二二●五〇 強度︵茸︶ 伸度︵%︶ 鵬五・九 三五●○ 〟八●六 三三・〇 二ハ●四 三二●六 三九・〇 〓ハ・ニ鵬 ︵二六︶ 二六

(27)

但し伸度はニ○。四度︵描氏︶、浪度七二●五%の際測定 学毛は強鹿の鮎は他の植物性繊維に比し著しく劣るも伸度は造に大なる特性がある。これは尊宅繊維の特殊な 構造即ち鱗片の状態、皮質部の構造並に構成分子たるケラチンの特異の構造式等に蹄因すると見られる。然しそ の太いさは学種にょるは勿論同州フリースにてもその部分により異なり、叉浪皮により著しく影響される。蒙古 羊モは伸皮は相常なるも強力に於て外囲の相督級種に此して暫しく劣等である。 粗毛、ケンプ並に爽雑物等の混在は羊毛の品位を落す重大原因である。蒙菖羊毛は殆んどすペて之等を混入す ること大である。蒙古在来租は脱毛種である関係上租毛は極めて多い。元来緬草はその飼育管理方法によつては 親電も羊毛に轡化するものであるが前述の如く蒙古地方の飼育法は粗放を極め、加ふるに寒気厳しけれぼ粗毛は 更に著しく通常三〇1五〇勿、少くも﹁五1二五郎を混入してゐる。ケンプ 一 死モト1は﹁種の病的の羊毛で 鱗片は相互に地溝し、髄質は枯死或は後背不完全kして張力に炊き、指輪なく且染料の吸着性に乏しく染色不能 或は困難のものでこの混在は毛織物業者の最も嫌患する虚である。菟米ケンプはメリノ種の如き優良種でも苧軍 猫洲国に於ける棉花亜に羊毛に就いて 一丁九 林 画 賓 竜 一〇●六 探測下等雑積羊毛 二;六 南米離礁羊毛 新西蘭クラッチンダ ニ四●九 ○。○闇七 〇■〇四八 〇・〇三八 〇。〇四八 玉〇五 四四玉 四・九 三四〇 九●六 五入七 四●五 五四〇 一入●四 劇二●三 こ四●九 三三・八 三二・入 二二了八 四二・こ 二六●八 ︵〓七︶ 〓七ノ

(28)

︵〓八︶ 二八

第九谷 第一渋

の特殊の部分例へぼ軍部や脛の部には粗毛と共に嶺生するを常とするが蒙古種に在りては草健全般にわたりて存 在し時には死毛のみにより家はれてゐる部分もある。 羊毛の爽雑物としては脂肪、ヨーク以外に牧草組子︵バー︶、土砂、塵填及糞尿の汚れ等である。土地乾燥し土砂 にとむ地方ではサンデーとかアーシーとか呼ぼれる土砂を混するもの多く、牧草のよく繁茂してゐる地方産のも のはバーを附着すること多くバーリー、シーデーと呼ぼれるものが多い。蒙笛羊毛は之等の土鞄の状況による自 然の爽難物以外に支那商人の通解たる目紡の利を漁るに急なるため人馬的に混入する爽雑物が多い。例へば羊毛 に水を散布したり、羊毛の色に類似の土砂を混じたり、或は土砂を経り込める紬にて包装したりする等曹激増加の 不正を固らん為に節する方法は頗る多く且巧妙を極めその識別困難である。錦州に於ては天津に喩迭する羊毛に は必ず二割以上の砂を混入するを常とすと云はれてゐる。か1る好策は毛質を掩傷するは勿論であるが更にこれ が馬歩留り鑑定は至難を棲め、如何なる鮭験者にしても正確を期すことは困難である。 かくの如く蒙古羊毛は長さ、繊度不揃にして鴇縮乏しく縮絨性に劣り手職り粗硬にして艶度少く、加ふるに粗毛 死毛の混在多い快癒がある。故に本邦羊毛工業の如く濠洲共他欧米庚羊毛の如き優秀療に総合して発達せる紡紋 設備にとつては蒙古羊毛は全く利用不能の状態である。/現今主として下等絨、毛布及絨武用に供され、殊にカー ペットウールとしては世界的の名聾がある。故に本邦に於ても現在のところは徒に不適営の方面に利用せんとす る労を持て蒙古学童癌自の品質を生かす製品の原料として利用すべきである。

(29)

然らば蒙古羊毛のかゝる宅質劣等は何に1蹄凶するか?勿論羊蹄そのものにも揺るが前述の如く気候、風土の 影響馳に飼育管理方法の粗放に躍因する朗が多い。可来飼串の目的が肉用牢王として皮用、肥料採取にあり、羊毛 は革に副産物に過ぎざりし紬係上比較的軽視され、その改良、品質の向上には何等肝心を持たなかったのである。 叉学位改長の設備も毎年恒例の寧乱により賛絞は竜も馨らず、且つ飼学者の偏狭は日本人及外人の施設は艮香 に拘らす排斥する弊風をかもして串種改良不能なりしもー因である。更に商取引の方法は地方により千差萬別で 品質にもー先の槙準たるペき格付なく、商人同志は相互に盈昌の増加に不正行馬をなし、取引相手を註して目前 の利を漁るに汲々とするのみでこれが馬モ質の損傷するも意とせず、毛質改良の永遠発を講じなかったことも蒙 省筆毛の品質を劣等ならしめし素因と見られる。 四 前述の如く蒙古在来楳は気候風土に慣れ、粗放な飼育法にも耐えうる健康な長所はあるが毛質の不良並に産毛 畳の甚しく少恩な秋鮎がある。硯尭の満表人の飼辛目的は羊肉及辛皮の利用にあるが故にか1る摘草の紋鮎に関 しては特に著しい痛棒を感じてはゐないが文化程度の進歩と共に将来は毛皮利用よりもモ織物の利用に進むべき は論なく、その際こそ現在の蒙古在来癒では轟くその目的に副ふこと不能である。こゝに学柾改良の必要が起 る。東に本邦尊宅工業の原料供給地として尊宅の自給自足の大理想賓規の為には草種を改艮し毛質の向上、産毛 浦洲既に於ける棉花瓶に羊毛に就いて ︵一山九︶ 二九

(30)

蒙古在来種の改良瓢験は可なり竃くより始められ七ゐる。大浜ニニ年端扱が公義損試験場に於て秤章及蒙古凝粟 ︵話ニ︶ 種二百八十六頭を購入して紬草に関する試験を開始し予大正凶年には稀串としてランブイエ・メリノ掟牡八頭︵ ︵諌≡︶ 牝二十五胡、サウスダウン種牡一頭、ノ牝二軍む米観よサ輸入して改良試験をつ甘けし以来数ケ年にして優良雑踏 を得ることに成功したのである。 註ニ ランブイエメリノは彿甜ニ7ンブイエ地方に飼育吹浸きれたメリノ種で珠洲メリノに比して鹿毛にして太いが電蔑頗る 多く嵐候風土の耐性大である。髄格偉大kして櫨盈は牡は平均二十て 二寛牝羊ほ平均十五、六貰あり、毛は長さ四−五 吋にして捲縮に富み密生してゐ牒。篭醤は牡は平均十六、七粉塵内外、牝は平均十二、三封度内外であるが牝単には時に 二十五、六掛度を越すものもある。叉蕃砥カは旺盛、肉質もメリノ種としては蒐好である。 琶ニサウスダウンは英国の所謂丘陵種忙虚し英観短毛穏の代表的のものである。計質はメリノ穣と赦似す㌃臥イギリスメ ウノの名がある。羊毛の良さは二−五吋、∴フリース盈七−八掛度、緒性つよきが故にメサヤス用として好評あり。魂今壊 洲、新西蘭、米国及南光忙至るまで飼育されメリノ礁壱雑種をつくるに用ひらる。叉シロップシヤーも英国のダウン稀で 電肉両用慮電種︵二−四吋︶で壕洲、新西蘭等で鴻雑種用そLて飼育tてゐる。 今その改良試験成績の大要を述べて見やう。︵浦鋳敢数行支那学毛参照︶ て雑種の形態 外囲橿敬老蒙古麗釆鹿牝に交配したる場合鱒﹁般に鰐脂は其太さを増し∵設苫在来種藤嘉 の脂肪尾は一回雑種で中間形に、二回雑種では栗に外国種に近似し、宅は著Lく密となり、殊に雑種回数の進むと 第九巻 第−渋 盈の増加をはかるは現下の急務である。 ︵三〇︶ 三〇

(31)

共に頭部、腹部及脚部に羊毛が密生してくる。

二、悪の宅野 蒜は酎か酎表芸に菅てはメカノ警告秦種の蒜と異警讐篭る。即

ち蒙古在来榛に比して軸モは減少し、羊毛は潜七ぐ増加し、電の蟄生状態揉密となり、繊繚は細く、捧縮及鱗片 数は増加し柔軟度並に均整慶が著しく進化する。更に第⊥国難恕の牝にメ・サノ種の聴を麗して第二回雑種をつく るときは、メリノ型羊毛の軋のと一回雑範型尊宅のものが的中数づゝ生する。メリノ型のものは全く粗毛を炊き その毛質は各くメリノ種の特徴を示してゐる。 然もこのメリ′型草モを有するものは週俸上条く固定されたものでこの礫揖伺志を交配すれぼ純メサJ埋草毛 を有する草のみを生じ、更に之を蒙古准釆種に配するときはメリノ種を交配せると全く同叫の結果を癒すのであ る。之を囲解すれぼ次の如し。 哺洲圃忙於ける棉花故に羊毛に就いて メ リ ノ 旦︵牡︶

圭謂諸高層

丁リ ノ 碑首

×f + エ㍍謂二回層一︵志雄琶︶

すす 文 様アリノ聖

︵≡こ.ニ〓

(32)

第九春 希一成

︵三二︶ニ三 メリノ転の代りにサウスダウン積又はシロップシヤー拉を用ひて蒙古在来種と雑種を作る場合も叉同様の遭侍 をなし、第二回雑種に於て外国種型のものと雑稀塑のもの1二種を生する。然して共宅質を見るに笛二回雑種、 第二回雑種共にメリノ系のもの最も僅少、サウスダウン、シロップシヤー種系順次相つぐ結果を示してゐる〇 三、雑種の毛盈 各雑置共に凝石衣釆瞭に比較して著しくその雪盈を増加してゐる。 今左に公主嶺農事試験場に於けるメリノ種系についての試験結果を撃げて見る。

媚痩順一回雑種

媚咤誓回雑種 ︵メリノ型︶ 袋 宙 在 来 種 メ 可′ ノ種︷⋮

ーヽ ′−一一、−−ヽ 牝 牡 牝 牡

f=⊥▲−・ニヽ { 五 五 九五 九五 月 月 月月 月月 別宅期 五 月 五月 ︷︰mいγ ︵旭朋 紬 i四〇 三日〇 四五 二﹂ハ ヘ四二 七八︼ 仙潤四 〓〓ハ .五五二 四五〇 三二 六九 延頭数 年 齢 三1仙一 ≡−一一 ニー入 ≡−九 二−九 ≡−九 l一−七 二−七 tl !l 九八 二・ニ 別宅畳︵平均︶ 逝 七・七二五 五。六七丸 山●〇六叫 ○●八五五 〇・五九三 〇・四三九 二●六ニー l●〓六八 一・三八四 〇●八こ五 四・六八四 こ・五九五 要 摘 入歯年の試助成貴 国 六箇年の試験成績 同 同 国 五箇年の試験成蔽 同

(33)

即ち二騨雑種に在りては牡、牝北ハに蒙古在釆踵の約二倍、二国難樟に在りては粗毛全く消失し、羊毛のみで屯

畳±吉†⊥三倍に達するを見る。∴然してメリノ租の雑粒は前記サウスダウン及シロップシヤー種の雅称に比し毛

蚤の増加が最も大である。

叉これ等和樹の肉畳及肉質に就いても試験してゐるが、これ蜂蒙古在来細と大差なく、肉質に於ては寧ろ良好

な成績をあげてゐるっ更に餉黎管坪試飽結果によれぼメリノ柄の身鰭庚弱の為に満蒙の如き気候風土に適せざる

快鮎がその雑様に在りては改良され、共籍死革も在来種に劣らぬ成績を示してゐる。

かくの如くメリノ柾真言在来柾に配して改良雑種を作ることにより、従来の在来種に比してモ質は向上して

其侶格は∵産−ニ偶にのぼり、更に義歯の宅盈は約三倍に増加するが故に結局川Tl五倍の牧谷を辟げること

が難からざる状況である。

現在満城に於ては公立嶺を初め黒山屯︵大正十年設立︶並に沙男昭和四年設豆︶忙種草場を設けて改良硫の養璃

普及につとめてゐる。今日まで浦餓、東支、奉山沿線並に束部蒙古に配布したるものを加算して改良納車は義

に近い頭数を示し、その産毛畳も昭和六年に於て瓦萬八千封度、昭和七年には九萬三千五首封度︵預定︶を示し、 浦洲図に於ける綿花租忙羊毛に就いて ︵雑 媚鳩雄二掴 種 難 ′」 ヽ−−・■■・\ 牝 牡 ′−へ一ヽ 【ノーーヽ 九五九五 月月 月月 ㌧ 四八 00 五入 1董 ‡; 六五五四 三●〓劇四 ;ニ〇八 二●三五五 〇●九大〇 ︵≡三︶ 三吉 三簡年の試験戒鏡 詞 二

(34)

史に昭和八年鑑には十五萬七千封度の産盈をも辣怨されてゐる。

今現在飼養頭数槻百萬がすべて改良されたと椴嘉すれば一頭あて庶モ蚤七・五封度として轡華二千萬封慶の収

量となり、更に現麗の趨勢よりして満蒙六百萬頭の飼育激増加の可能性は考へらるゝが故に床豪州千粛軍常勤度

の見込は強ち紙上の計算のみとは云へない。

勿論この改良梯の普及啓発は極めて困酢にして前途幾多の雅細あり、二間劇夕忙して別姓しうるものではな

u。然し睾品洲囲の成立により従来の雉踊たりし政治的事情の解約と比ハに今後地方治安の確立、交通横開の整

備等の懸案解決も比較的容易なれぼ、かすに時日を以てし、日浦両国相投撰し繭園官民⋮致して不断の努力を他

しまざれば満蒙五省をして健艮羊毛の産地に化せしめ、更に本邦羊毛自給自足の大望を嘗現せしむることは強ち

夢想ではあるまい。

園に公主我農事試政審畜産科に於てはカラクール梯締羊忙よる蒙古斑東棟の欧文親鹸を行ひつ1あり、慰に脾衆竺ニー ジーランド産コリエテール雑極細学︵本税はメリノ積と英園長竜硝とのクロスプレツドで崖竃盤大にしてHつ肉用とtて極 めて裳好である︶による蒙古森永棟の改笈を企慈してゐることは別H忙隠デる。 籍九巻 発 劇 携 ︵lニ囲︶ 三四

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