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グローバリゼーション下の経済と倫理 : 小学校社会科での援助と開発の扱い

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Ⅰ.はじめに

 本稿は,グローバリゼーション下の経済と倫理を内 容項目とした,小学校社会科での「援助と開発」の扱 いを論じるものである。  学校教育におけるグローバリゼーションの扱いに関 しては,高等学校公民科で「グローバル化の進展」と して国際政治経済をはじめとしたあらゆるトピックで 記述されている。一方,初等段階では,高学年の「国 際理解」単元がそれにあたるが,異文化理解や国際交 流・国際協力,国際連合の学習として展開されてきた。 すなわち,中等段階では,グローバリゼーションとい う社会事象・社会現象を社会科学的に扱い,初等段階 では,児童の認識,発達をふまえた制度と現状への心 情的理解をさせることが眼目となっている。  こうしたグローバリゼーションの扱いで注意しなく てはならないのは,グローバリゼーションという事 象・現象の背後に,否定的にせよ,肯定的にせよ,グ ローバリズムという見方考え方,あるいは価値判断が 組み込まれていることである。  グローバリゼーションが,地球規模の拡大・一体化 であるとすれば,グローバリズムは,その事象への評 価でもある。すなわち,1980 年代の予め「善きこと」 としての見方は,次のようなものであろう。世界は一 つの共同体であり,マクロの視点から環境・人口・食 糧・エネルギー問題などを世界市民として解決すべき であり,それは可能だというものである。一方,現在 的な見方としては,次のようなネガティブなものであ る。たとえば,市場主義の滲透としてのアメリカ的価 値観・社会システムの複合を世界に展開・拡大・深化 させようとする新たなる経済的・文化的世界支配戦略 であるというようなものである。そこでは,世界市民 としての可能性を棄却したのではなく,一極支配への 批判としての否定である。  これらに関する学校教育での扱いは,グローバル教 育として継続的に扱われ,特に社会科では,魚住忠久 が,経済教育を基軸に取り組んできた(魚住1987, 1995,2003)。彼の立場は,世界市民的資質の育成で あったから,グローバリゼーションを是認しつつも, 「グローバル・リスポンシビリティ」を強調すること が研究の到達点となった(魚住2003,168-172)。  実のところ,グローバリゼーションを経済教育とし て扱う際には,「義務」に関する考察や事象への是非 を問う,まさに「経済と倫理」ともいうべき社会科学 と価値の課題を認めないわけにはいかない。こうした 見立てをするなら,学校でのグローバリゼーションの 扱いは,グローバル化という「社会事象や社会現象」 を扱うと同時に,グローバリズムという「見方考え 方」,価値判断も含んだ授業への考察も必要となる。  本稿では,以上のような問題意識をふまえて,特に 初等段階のグローバリゼーション下の「経済と倫理」 を吟味し,特に「援助と開発」に焦点をあてた内容構 成を論じる。  はじめに,小学校社会科でのグローバリゼーション の扱いとその具体的な実践を検討する。それらをふま え,グローバリゼーション下の経済と倫理の内容構成 として,発展途上国の開発と援助を巡る論争を基にし た内容を提示する。すなわち,イースタリーとサック スの論争,バグワティとセンの論争をはじめとした, 発展途上国の開発と援助をめぐる経済的意義と倫理に 関して,子どもにとって関わりの深い事例から考察す る。次に,小学校レベルの教材構想としてのフェアト レード事例を提示する。

Ⅱ.小学校社会科でのグローバリゼーショ

ンの扱い

1.学習指導要領と社会科教科書のバウンダ リー  学習指導要領の小学校社会科においては,グローバ

グローバリゼーション下の経済

と倫理

─小学校社会科での援助と開発の扱い─

The Journal of Economic Education No.34, September, 2015

Economic and Ethical Education in Globalization: A Program in Aid and Development in Elementary Social Studies

Inose, Takenori

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ル化に関する直接的な記述はない。一方,中等教育で は具体的な記述が確認できる。1)  初等レベルで「グローバル化」の文言は確認できな いながらも,グローバル化は冒頭に述べたとおり国際 理解,異文化理解としてとらえれば,6 学年の国際理 解単元と 4 学年の地域学習,5 学年の産業学習にその 一端を確認することができる。  国際単元の該当部分は次の通りである。  世界の中の日本の役割について , 次のことを調査し たり地図や地球儀 , 資料などを活用したりして調べ , 外 国の人々と共に生きていくためには異なる文化や習慣 を理解し合うことが大切であること , 世界平和の大切 さと我が国が世界において重要な役割を果たしている ことを考えるようにする(文部科学省 2008:112)。  以上の記述の「次のこと」とは,「我が国と経済や 文化などの面でつながりが深い国の人々の生活の様 子」と「我が国の国際交流や国際協力の様子及び平和 な国際社会の実現に努力している国際連合の働き」を さしている(文部科学省 2008:112)。  さらにこれらの細目は,次のように示される。すな わち,「我が国が教育や医学 , 農業などの分野で国際協 力を行っている様子」,「我が国は世界の平和や発展の ために貢献していること」を調べさせることである (文部科学省 2008:114)。  これらを受けて小学校社会科教科書では,グローバ リゼーションの現状と制度的事実と予め定められた徳 目としての支援が展開される。具体的には次の 2 点で ある。  第一に,現状を示すために,子どもの発言として, 「アフリカの国では,紛争や貧しさのために食べ物や 飲み水に困っている人がいる」,「学校に通えない子ど もが沢山いる」,「病気になっても医師や薬が不足して いる」という吹き出しから,支援の必要性が展開され る。  第二に,支援の事実として「NGO が募金やボラン ティアで支えられ,医療や環境などで国際協力」して いることが確認される。扱われている NGO は,医療 活動の AMDA,地雷や不発弾の被害にあわないため の教育を行う「難民を助ける会」,多様な支援活動を 行う青年海外協力隊である。  これらはいずれも,国連との関連で,支援援助すべ き(日本自身もされてきた)ことが強調され,日本自 身が,重要な役割を果たしてきたことが確認される。 現場では,こうした文脈をうけて,「貧しく苦難する 発展途上国に対して,国連や募金を通して援助すべ き」であり,学習指導要領の「事実の記述」や徳目的 援助論が展開されることとなる。  もちろん,援助や支援に異論はない。むしろ,この 学習になお残されている二つの課題を深化させるべき ではないかという問題意識がある。すなわち,第一に, 日本が「国際協力を行っている」にもかかわらず,あ るいは,「世界の発展に貢献している」にもかかわら ず,なぜ発展途上国の貧困は解消されないのか,その 因果関係を問うことはできないだろうか。第二に,世 界の在り方に関して,予め定められた交流・協力の倫 理を,自明の前提として注入するのではなく,なぜそ れが必要であり,その現状はなぜ変革が困難なのか, それを問い直させる必要はないのだろうか。  小学生の子どもも,その日常で発展途上国の開発や 支援にかかわる出来事に出会っている。たとえば,外 食チェーンのレジで,子どもはフェアトレード・コー ヒーを知る。高い価格で珈琲を買うことにより,発展 途上国の農民の幸せにつながるというが,本当に発展 途上国の農民の厚生が向上するのか,その因果関係と 課題はより正確に問われねばならないのではないか。  また,身近な服や靴が,さまざまな発展途上国でつ くられて,なぜ安価にそれが提供されるのか。テレビ のバラエティで未知の不思議な国としておもしろおか しく扱われる国々と関連して結びつけられることはな く,また,その隣国の人々がニュースでの飢餓や難民 として報道されていることにも結びつくことはない。  小学校社会科の国際理解単元では,事実の表層的な 理解と国際関係の価値的前提の注入のために,その因 果関係や支援や援助の論理と倫理がないがしろにされ るおそれがある。  もちろん,これらの課題は,次章で見るように,国 際理解学習として一部取り組まれてはいる。しかし, 付随した扱いではなく,むしろ,積極的な「開発と援 助」を巡る経済と倫理を巡る課題として扱う必要があ ることを強調したいのである。静的事実の理解と,予 め教師が用意した在り方の答えを注入する構成を問い 直し,経済的見方考え方による事実と因果関係のとら え直しと経済的在り方(倫理)の問い直しを図る構成 の必要性があるのだ。2)

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Ⅲ.「グローバリゼーション下の開発と援

助」をめぐる内容開発の課題

1.小学校での「開発と援助」の学習  前章で,表層的事実と徳目論による学習から,より 因果関係を問いつつ,経済と倫理の深層に迫る学習展 開の必要性を述べた。そこで,本章ではそれを具体的 に示す具体的実践から,その可能性と課題を考察する。  その実践とは,子ども達が体験的学習を通して支援 の必要性を認識し,実行したにもかかわらず,その支 援を断られることから,援助と貧困の因果関係を考え, 自らの成長と共に,改めて援助の意味をとらえ直す実 践である(原2010)。展開には,海外の貧困問題を知 り,学級講演会・映像視聴などの学習活動,実体験的 学習(ストリート・チルドレン宿泊体験,児童労働体 験),それらの体験から自ら考え出した支援(衣類援 助,マラウイ共和国支援,東ティモール難民キャンプ 支援,イラクの子ども支援)を行い,そこから「ある べき援助」について考え,意欲を持続させるための取 り組みをして,子ども達の意識・価値観の変化を認め ることができたというものである。  この実践の眼目は,異論もありうる「過酷」な体験 をさせることによって,支援の必要性を痛感してそれ を試みたのに,一部拒否されたこと(アフリカ・マラ ウイ共和国への支援としての文房具・ボール)から, 貧困の因果関係を考えるに至った点である。  貧困の原因についての子ども達の認識および追究は, 「肥育のための穀物輸入による食糧不足」,「先進国の ぜいたく」,「自分の土地を取り戻すこと」と拡がる。 支援を断られた後の子ども達の認識の変化は,まさに 価値観の変化であり,「幸福・自己有能感や物質主義 への反省」であった。  マラウイの人々が支援をなぜ断ったのかについての 子ども達の議論は,次のように展開される。「平等に 分けられないからじゃない ?」,「これまで,貿易やな んかで先進国の会社に利益を取られたりして,先進国 が嫌いなんだよ。先進国の人を信じたくないんじゃな い ?」,「だまされると思うのかな ?」,「競争心・向上 心のために使ったらどうか ?」,「がんばったごほうび にする」,「物をもらうと,それで頼っちゃうからじゃ ないかな。」,「自分たちで頑張る気がなくなってっ ちゃうからじゃないかな。」  以上はあくまで子ども達の推測であり,当然ながら 確かな事実に基づいたものではないものの,その逢着 するところは,「援助を必要としない国にするのが やっぱり大事なんじゃない ?」という,自立支援への 眼差しである。  そして,子ども達の議論は,「本当のあるべき援助」 に向かう。「援助を制限したら ?」,「やる気が出ない のは栄養が足りないから。食料こそ援助すべき ?」, 「『食料援助』でやる気がでるとは限らない」,「食料に 頼ってしまうんじゃないか ?」,「先進国に作らされて いる商品作物を買わないようにしたらどうか ?」,「そ んなことをしたら国がつぶれる」,「じゃあだんだん やったら ?」,「商品作物を作っているのは契約農園だ からそこをやっている先進国の会社を解散させるべき (賛成あり)」,「昔は農業をしていて飢えている人はほ とんどいなかったとビデオで言っていた『自給自足の 生活』が出来るように応援する(賛成多数)」,「その 農業の作物を先進国が高く買ってマラウイを支えてや る(賛成多数)」,「高く買っても国の借金を返すこと で消えてしまうんじゃないか ?」,「先進国が借金を減 らしたらどうか ?(賛成多数)」  ここでは,あるべき援助が,食料からモノカル チャー構造,フェアトレード,債務返済免除となるべ きことへ,認識の進展がある。ここに,これまでの体 験と推測を越えた,社会科学的な探究と価値の追究が 始まる余地が醸成されている。つまり,子ども達の追 究は体験による支援援助の心情から,因果関係を問う ことによる社会科学的な探究・価値的探究に転換され たのである。  この転換こそは,次章に示す「論争群」としての内 容構成によって,進展するものである。それは, 「サックスとイースタリーの論争」を包含した援助の 論理であり,「反グローバリゼーション,反貿易,反 市場」への考察であり,「経済的思考と功利主義倫理」 の省察である。次章で,これらをふまえた内容構成を 示す。

Ⅳ.グローバリゼーションを巡る経済教育

内容

 下表の内容構成は,初等中等を通した内容構成であ る。  学習項目として,(1)貿易と開発,(2)グローバリ ゼーションと自由貿易,(3)開発と経済成長,(4)開 発援助と自助自立,(5)投資とマイクロファイナンス, (6)募金援助と超国家格差原理を設定した。  それぞれに関連する論争,それらに内包する論点, さらに背景となる理論や知識を抽出した。その主なも のは , フェアトレードを巡る論争,貿易に関連するグ ローバリゼーションを巡る論争,開発援助を巡る論争,

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マイクロファイナンスを巡る論争,絶対的貧困への援 助義務を巡る論争などを取り上げた。  冒頭のフェアトレードを巡る問題に関しては,次章 でふれる。  次の,「グローバリゼーションと自由貿易」では, 「グローバリゼーションは人々を幸せにするか?」と して,バグワティのグローバリゼーションを擁護する 議論をもとに,反グローバリゼーション派が批判する 「貧困の拡大」,「児童労働の増加」,「女性問題の悪化」, 「地域文化の衰退」,「賃金と労働水準の低下」,「環境 問題の深刻化」,「多国籍企業による搾取」の論点に対 する実証データも絡めた反論を扱う(バグワティ 2005)。この議論に,スーザン・ジョージとマーティ ン・ウルフの論争(ジョージ & ウルフ2002)及びス ティグリッツの提起(2002,2006,2007)から「グ ローバリゼーションの賛否」も焦点化する。これらは 常に,双方の「具体的事例」を対比的に扱い構成する ことによって,児童が選択可能なレベルまでに「概念 砕き」がなされなくてはならない。  さらに,「開発援助と自助自立」では,J.サックス (2006)や W.イースタリー(2003)らの論点「ビッグ プッシュか自立支援か」を扱う。「外国援助は役に立 つのか,立たないのか」,「自由市場に任せるべきか否 か」を追究する。ここでは,サックスが,貧困撲滅に は,十分援助することが必要不可欠なのであり,これ までの援助は,その額や規模,そして継続性などにお いて十分とはいえないとし,援助を拡大すべきだとす る主張を扱う。そして,援助は,被援助側の文化,制 度,地理的条件や気候を考慮したうえで,さまざまな 政策を組み合わせたものとすべきであるとする。一方, イースタリーはサックスの提起を悉く否定し,援助で 貧困から脱出できないこと,貧困脱出の最良の処方箋 は,人々がインセンティブによって,「貧困の罠」か ら抜け出すことだとし,再分配よりもインセンティブ を内包する経済成長を強調する主張を対比させる。こ れについても双方が示す具体的な事例から,その効果 と失敗(無駄)を対比的に扱うことにより,児童に選 択しやすくする。  その点で,バナジーとデュフロ(2012)が提起した 「ランダム化対照試行」による援助への具体的な処方 の検討は具体的なものとなる。それは,いわゆる発展 途上国や貧困に対するステロタイプの見方に揺さぶり 表1 グローバリゼーション下の経済と倫理の内容構成(筆者構成) 学習項目 論争 論点 背景となる理論や知識 1 貿易と開発 フ ェ ア ト レ ードの是非 フェアトレードは発展途上国の経済と自立を歪め,貧しい人々 を豊かにしない 需要と供給,慈善的価格方針,関税障壁,助成 金,スティグリッツ,オックスファム,埋没費 用,インセンティブ 2 グローバリゼーション と自由貿易 バ グ ワ テ ィ の グ ロ ー バ リ ゼ ーション擁護 グローバリゼーションは人々を 幸せにするか。 自由貿易,スウェットショップ,児童就労,貧 困の拡大,女性地位問題,地域文化,賃金と労 働水準,環境問題,多国籍企業 3 開発と経済成長 バ グ ワ テ ィ とセンの論争 所得向上の経済成長 VS 格差や栄養失調などの成長を妨げる社 会問題に取り組むべきか 経済成長,ケイパビリティ,貿易自由化,調整 支援プログラム,二重基準 4 開発援助と自助自立 イ ー ス タ リ ー と サ ッ ク ス の 論争 ビッグプッシュか自立支援か インセンティブ,開発経済学,莫大な援助によ る改善,自立支援,ランダム化対照試行, ODA,倫理的 バ ナ ジ ー と デ ュフロの提起 じゃあ,どうしたらよいという のか?(援助実験による検証と 効果からやれることを考える) 5 投資とマイクロファイ ナンス マ イ ク ロ フ ァ イ ナ ン ス と そ の実態 貧民を食い物にする高利貸しか, 自立した起業家育成か マイクロファイナンス,MFI,グラミン銀行,起業,金融,利子,担保,自立 6 募金援助と超国家格差 原理 シ ン ガ ー と ロ ールズ 万人の幸福は国家を越えるか 功利主義,二層理論,正義,公正,格差原理 7 発展途上国の累積債務 問題 ジ ュ ビ リ ー 2000 を巡る問 題 債務取り消しは,自立支援とな るか 最貧国,累積債務,IMF,宗主国と後発先進国のポリティクス,貿易と債務

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を与える事例に溢れるからだ。すなわち,「飢えてい てもカロリー増よりうまいものやテレビを優先する」 事例,「最貧困にある人たちが食費の 7% を砂糖にあ てる」事例,「就学率が上がらないのは学校がないた めではなく子どもや親が行きたがらない,行かせたが らないという」事例,「貯金口座を作っても目先の消 費に惑わされ使ってしまう」という事例など,さまざ まな「意表を突く」トピックをもとに,経済的側面へ の考察,需要供給と共に双曲割引やそれぞれの民族が もつ文化や信念への考察に至らせることができるので ある。  投資とマイクロファイナンスでは,グラミン銀行の 成功とその影を扱う。自立した起業家育成の一方で, 貧民を食い物にする高利貸しとして告発する文献を加 工したものからマイクロファイナンスの困難を扱う (シンクレア2013)。  最後に,「募金による援助と超国家格差原理」とし て,ピーター・シンガー(2005,2014)の「絶対的な 貧困者を,われわれは援助する義務がある」という主 張とその論証をたどらせる。そして,ロールズによる 一国正義論と対比させ,さらにポッゲ(2010)による 消極的義務論による援助の義務化について議論させる。  以上の構成は,いずれも,あえて論争的に問いかけ, そして二項対立的に構成することにより,問題意識を 高め,議論を喚起することに主眼を置いている。  細目の具体化については,別稿を参照されたい。3)

Ⅴ.「グローバリゼーション下の開発と援

助」の構成—フェア・トレードをめ

ぐって

 1.構成の位置づけ  現在,フェアトレードは,中学校社会科,高等学校 公民科の一部の教科書で扱われているものの,小学校 社会科での扱いは確認できない。前章で示したとおり, 小学校での援助の扱いは,青年海外協力隊や日本の位 置を確認するものに留まり,公正価格によって発展途 上国への援助に消費者の立場から関わるような所にま で踏み込んでいない。  したがって,このフェアトレードの教育的意義は, 子どもにとっての身近な消費での「工夫」(あえて高 いものを買う我慢と共感)によって,発展途上国への 支援・援助が可能になるという点にあり,扱う学年は, 必ずしも小学校 6 年の国際理解単元のみならず,小学 校 3,4 学年の地域学習における生産販売・消費の単 元の扱いも可能だ。 2.視点と課題  義務教育レベルの教科書での,フェアトレードの扱 いは次の通りである。  中学校社会科公民的分野の教科書では,「コラム」 とし次のような内容の記述がされている。すなわち, 「発展途上国のコーヒー生産農家の手にする金額が 3 ~ 9 円に対して,先進国のコーヒーショップのコー ヒーは,330 円,大半は流通・小売業者が得る」こと に疑問を投げかけ,「南北の経済格差を解消し,発展 途上国の生産者と先進国の消費者をつなぐパートナー シップを目ざす,フェアトレード(公正取引)は,発 展途上国で作られた作物や製品を公正な価格で取引し, それを買うことで生産者の生活を支えようとするしく みで」あり,「援助する側の負担も少なく . 無理なく鰍 続的な支援ができる方法として注目されています」と ある。  展開上は,子どもにとって身近な消費から「援助」 に結びつけることが可能な点で,前章での子ども達の 支援・援助を忌避された課題を乗り越える有効な手段 として位置づけることが可能である。  それが経済の倫理的視点であるとすれば,同時に, このフェアトレードには,経済教育からの課題も確認 ができる。  第一に,公正価格を巡っての「価格」についての考 察であり,第二,需要と供給を巡っての「過剰生産に よる価格低下」のメカニズムの認識である。  確かに,フェアトレードには,公正取引が原意だと しても,公正な貿易,適正な価格,慈善的価格方針な どが訳語となっており,「援助」「慈善」的意味合いと 同時に,価格からのアプローチを無視することはでき ない。  フェアトレードの定義に関して,フェアトレード・ ジャパンは,「開発途上国の原料や製品を適正な価格 で継続的に購入することにより,立場の弱い開発途上 国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す『貿易 のしくみ』」4)としている。まさに「適正な価格」がポ イントであり,その内実は,最低価格保障である。経 済学的には,最低価格保障は,歪みを生み出すととら えられる。一方,フェアトレード推進の立場から見れ ば,最低価格保障は,支援であり援助である。まさに, この「価格」をめぐる構成に視点と課題があるのであ る。

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3.フェアトレードの虚構と構成的展開  フェアトレードでの価格を巡って,倫理的経済的に 構成するうえで,公正性と妥当性を子ども達は吟味す る必要がある。  あらためてフェアトレード概念を捉えさせるための 枠組みを確認すれば,次のようなものである。  (1)コーヒー豆の買い取り価格は,農家の生活や生 産維持に必要な資金から計算し,グローバル化した市 場にまかせない,(2)そのため,最低価格を設定する, (3)消費者に発想の転換を求め,生産者の生活・生産 賃金を保証するために,商品の品質・価格に期待しな い,(4)新しい公正な価値を求める。  以上の概念的枠組みを,「知識」として展開,ある いは注入しようとすれば,子ども達に,共感をもたら す一方で,違和感ももたらすだろう。たとえ,貧困に あえぐ,あるいは不当に低位に貶められている発展途 上国の生産者に寄与するためとはいえ,「低品質で あっても,低価格を期待しない」という厳格主義は, 不当なものではないかと。  なにより,先の概念枠組みで構成するためには, ハーフォード(2006)が指摘したフェアトレードにつ いての事実も教授しなくてはならない。すなわち,次 のような事実である。 1 コーヒーの価格に占める原材料費はわずかであ り,一杯あたりの豆の原価は数セントである。 2 コーヒー豆の価格は長期間低下を続けており, その原因は世界的な生産過剰にある。 3 代替産業がない熱帯地域での適作,高度技術不 要で参入が容易。 4 フェアトレード団体はコーヒー豆を生産者から プレミアム価格で買い付けて,生産者の生活支 援,そのため年間所得が倍増する農家。 5 企業は,フェアトレード仕入れ商品を高価で販 売。「何らかの理由があれば多めに支払ってよ い」客と「低価格でなければ買わない」客との 間で異なる価格で売る「差別化戦略」がなされ る。 6 背景に,欧米の農業保護政策。他の農産物は輸 出できず。欧米では競合なし。関税への関心も なし。貧しい熱帯の途上国が参入する。 (以上は,梶谷懐が,ハートフォードの議論をまと めたものを参照した。)5)  梶谷がまとめたハートフォードの議論は,フェアト レードに関する極めて明快なまとめである。ここでの ポイントは,豆の原価は数セント(数円程度),価格 低下は生産過剰,生産の理由は適地適作以上に代替産 業の欠如と新規参入が容易であること,企業の差別化 戦略としての価格である。ここにはじめて,公正価格 としての価格維持には,生産過剰による低価格という 背景があること,原価は極めて低く,価格の上乗せが ただちに,小売価格に反映されずとも,戦略的「差別 化」によって「高価格」となることを示している。  この中でも特に,生産過剰による価格低下の因果関 係が,ジョセフ・ヒース(2012)が指摘するように, フェアトレードの価格維持による「生産過剰」である とすれば,ここに「需要と供給」を学ぶ糸口を確認す ることができる6)  一方で,フェアトレードの負の現実を活写する事例 として,コナー・ウッドマン(2013)の提起も構成す る必要がある。すなわち,次の 5 点である。 1 フェアトレードの最低価格は、1 キロ 2.81 ドル (筆者換算 : 著者執筆時 2011 年 1 月レートで 232 円。取材時 2010 年レートで 227 円~ 261 円、現 在、348 円程度…ざっくり 1 キロ 230 円から 350 円程度) 2 農家の受け取りは、1 キロ 1.38 ドル(同上 : 執筆 時 112 円、取材時 113 円~ 129 円、現在、171 円) …ざっくり 110 円から 170 円ぐらい 3 フェアトレード以外の買い取りの方(Ethical Addictions)が、財団に支払わない分、2.4%高 く売れる 4 コーヒーの国際価格は、2002 年 1.38 ドル(キ ロ)から 2010 年 3.38 ドル、2011 年 5.73 ドルに 上がっているが、フェアトレード買取は 2.81 ド ルで市場価格を大幅に下回っている。 5 フェアトレード財団が与えた影響は素晴らしい ものだが、国際価格が下落し続けて、最低価格 保証が機能し始めると、企業はそのコストに堪 えられない可能性がある。 6 倫理的認証から地元のコーヒー協同組合が受け 取る 30%から 40%は長老の懐に入る場合がある。 7 フェアトレード財団の活動は、不均衡の是正に 成果を上げたとはいえないが、意識を高めるこ とに成功したのであり、企業は「社会的責任と 利益をあげることが両立する」ことを気づき始

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めた。 8 寄附による博愛主義だけでは解決しない。長続 きするのは採算がとれる取り組みであり、教育 と技術の提供が実効性を持つ。  以上は,フェアトレード認定・評価仕組み(高価な 認定継続費用による買い取り価格の低下)の再評価の 問題,最低取引価格と乖離した国際価格による農家の 実質的損失,一方で,フェアトレード「ブランド」と しての消費者への訴求効果があるため,企業は戦略的 にフェアトレードに対応することが活写されている。  ここで冒頭の問でもある,消費者としての選択は, 高い安いという価格を超えて,どのような価値観に基 づき,どのような経済的な対処をしなくてはならない のかという選択の問題にもなってくるのである。  つまり,フェアトレードという「善行」が,逆に発 展途上国を苦しめることになったり,なんらかの不正 や搾取が行われることになるのであるとしたら,主観 的願望だけではなく,構造や世界の在り方へ考察を拡 げなくてはならないことを認識する糸口になるのであ る。  子どもにとって善かれと思う行為が,逆に発展途上 国の人々を苦しめるのだとしたら,あるいは助けるこ とにならないのだとしたら。そもそも,支援・援助が, 発展途上国の人々を苦しめたり,拒否されたりするの だとしたら,というのが,前章での実践での子ども達 の苦悩であった。  そこで,これらの重層的視点を編成しつつ,唯一の 正解を求めるのではなく,ボードゲームをはじめとし たシミュレーション教材を開発することを課題とする こととしたい。それによって,ゲームで現出する多様 な出来事と「現実」に子ども達を疑似体験させること によって,「経済と倫理」に関する新たな「価値観」 を創出する内容開発が果たされるはずである。

Ⅵ.おわりに

 以上,グローバリゼーション下の経済と倫理を巡り, 小学校社会科での「援助と開発」とその扱いを論じ, フェアトレードの内容開発の視点を提示した。  グローバリゼーション下の経済と倫理の内容構成と して,発展途上国の開発と援助を巡る論争を基にした カリキュラム内容を提示したが,具体的な指導計画や ボードゲームなどの教材を提示することはできなかっ た。イースタリーとサックスの論争,バグワティとセ ンの論争をはじめとした,発展途上国の開発と援助を めぐる経済的意義と倫理を考察する上で,子ども自身 の価値観を問い,それらを発展させていく構成は,方 法の提示と共に課題である。これらをさらなるプロ ジェクトで具体化していく。 (本研究は、JSPS 科研費 26285195 の助成を受けたも のです。) 註 1) 高等学校公民科で,グローバリゼーションは,グローバ ル化として扱われている。   科目「現代社会」では,大項目(2)「現代社会と人間 としての在り方生き方」,中項目オ「国際社会の動向と日 本の果たすべき役割」の中に,「グローバル化が進展する 国際社会における政治や経済の動向」という項目がある。 高等学校学習指導要領解説公民編には,グローバル化の 進展により経済的な格差拡大 , 情報・金融システムを巡る 問題 , 資源や食料価格の変動など , 国家を超えた解決困難 な問題の増加を扱い , 国際社会における政治や経済の動向 及び国際社会の諸問題を概観させることが記述されてい る。   科目「政治・経済」においても,大項目(2)「現代の 経済」,イ「国民経済と国際経済」の中に,「グローバル 化が進む国際経済の特質」の解説に,国際経済での労働 や資金などの移動が , 地球的規模で自由に行われるように なっている現状と問題点に気付かせ , 市場経済の原則に基 づく一体化の動きが強まる国際経済の特質を把握させる ことが記述されている。また,大項目(3)「現代社会の 諸課題」,ア「現代日本の政治や経済の諸課題」では, 「産業構造の変化と中小企業」で,グローバル化の進展に 伴う問題点を扱うこととされている。 2) 既に,米国経済教育協議会は,貿易とグローバリゼー ション,開発と援助をめぐるカリキュラム教材『グロー バリゼーション』(Wattsetal.2006),『経済学の倫理的 基礎付け教授』(Mortonetal.2009)を刊行している。そ の分析は,猪瀬(2007,2008)参照。そこでは,従来の 自由貿易を巡る経済学的意義付けのみならず,グローバ リゼーション下での環境・文化・伝統などを保護・保守 の課題,経済学の基本的見方考え方に対して功利主義・ 徳倫理(共同体主義)・リベラリズムの相克の課題などが 扱われている。しかし,これらはいずれも中等後期のカ リキュラム教材であり,初等を範囲としたものではない。 また,開発と援助を巡る総括的な問題提起はなされてい ない。 3) 科学研究費・基盤研究 B『現代社会の課題を考察する見 方や考え方を身に付けさせる公民教育カリキュラムの再 構築』(代表唐木清志)の「グローバリゼーション下の産 業と貿易部会」でのディスカッション・ペーパー参照。 4) フェアトレード・ジャパン(http://www.fairtrade-jp.org, 2015 年 4 月 1 日確認) 5) 梶谷懐のブログ「梶ピエールの備忘録。」(http://d.hatena. ne.jp/kaikaji/) 6) 妹尾(2009)は、コーヒー国際価格の暴落・暴騰の要因を、 次の二点から説明する。第一に、コーヒーの国際価格の 安定化に貢献していた国際コーヒー協定(International CoffeeAgreement)の経済条項(輸出割当制度)が停止 したこと、第二に、新興生産国ベトナムの台頭と最大生

(8)

産国ブラジルの大増産による需給バランスの著しい不均 衡の発生である。前者は、生産国と消費国の価格・生産 協定であり、その生産・輸入管理が廃止されたために価 格のコントロールが効かなくなったことを説明している。 互恵的、あるいは博愛的な発展途上国への先進国への供 与の「真意」が、国際政治上の「深謀遠慮」にあるとし ても、国際的「価格管理」が、コーヒーの国際価格安定 に寄与したことは認めなくてはならない。そして、これ らをふまえれば本文で述べた「フェアトレードがコー ヒー増産をもたらし、価格を暴落させた」というヒース の批判はあたらないことになる。 参考文献 [1] バグワティ,ジャグディッシュ(北村行伸・妹尾美起訳) (2004)『自由貿易への道―グローバル化時代の貿易シス テムを求めて』ダイヤモンド社 [2] バグワティ,ジャグディシュ(鈴木主税・桃井緑美子訳) (2005)『グローバリゼーションを擁護する』日本経済新 聞社 [3] バナジー & デュフロ(2012)『貧乏人の経済学- もうい ちど貧困問題を根っこから考える』みすず書房 [4] ジョージ ,スーザン ,& ウルフ ,マーティン(杉村昌昭訳) (2002)『徹底討論グローバリゼーション賛成 / 反対』作 品社 [5] 原 郁雄(2010)「グローバル教育コンクール 2010 レポー ト 実体験的学習の実感から支援活動をし,与えて与え られた私たち」(外務省・政府開発援助 HP,http://www. mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/edu/contest/2010/index. html) [6] ハーフォード ,ティム(遠藤真美訳)(2006)『まっとうな 経済学』ランダムハウス講談社 [7] ヒース ,ジョセフ(栗原百代訳)『資本主義が嫌いな人の ための経済学』NTT 出版 [8] 猪瀬武則(2007)「グローバル教育における環境問題」グ ローバル教育学会編『グローバル教育の理論と実践』教 育開発研究所 ,pp.86-89. 第 1 号 [9] 猪瀬武則(2008)「経済教育は『在り方生き方』に答える ことが出来るか?NCEE教材『経済学の倫理的基礎付け 教授』の場合」『弘前大学教育学部紀要』99、pp.33-44. [10]イースタリー ,ウィリアム(小浜裕久・冨田陽子・織井啓 介訳)(2003)『エコノミスト南の貧困と闘う』東洋経済 新報社 [11]文部科学省(2008)『小学校学習指導要領解説社会編』 [12]ポッゲ ,トマス(立岩真也監訳)(2010)『なぜ遠くの貧し い人への義務があるのか―世界的貧困と人権』生活書院 [13]サックス , ジェフリー(鈴木主税・野中邦子訳)(2006) 『貧困の終焉―2025 年までに世界を変える』早川書房 [14]妹尾裕彦(2009)「コーヒー危機の原因とコーヒー収入の 安定・向上策をめぐる神話と現実 - 国際コーヒー協定 (ICA)とフェア・トレードを中心に」『千葉大学教育学 部研究紀要』57,pp.203-228. [15]シンガー , ピーター(山内友三郎訳,塚崎智訳)(1999) 『実践の倫理』,昭和堂 [16]シンガー , ピーター(2005)『グローバリゼーションの倫 理学』昭和堂 [17]シンガー ,ピーター(児玉聡ほか訳)(2014)『あなたが救 える命 : 世界の貧困を終わらせるために今すぐできるこ と』勁草書房 [18]シンクレア ,ヒュー(大田直子訳)(2013)『世界は貧困を 食いものにしている』朝日新聞出版 [19]スティグリッツ ,ジョセフ(鈴木主税訳)(2002)『世界を 不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店 [20]スティグリッツ ,ジョセフ(楡井浩一訳)(2006)『世界に 格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』徳間書店 [21]スティグリッツ , ジョセフほか(高遠裕子訳)(2007) 『フェアトレード―格差を生まない経済システム』日本経 済新聞出版社 [22]魚住忠久(1987)『グローバル教育の理論と展開』黎明書 房 [23]魚住忠久(1995)『グローバル教育—地球人・地球市民を 育てる』黎明書房 [24]魚住忠久(2003)『グローバル教育の新地平—「グローバ ル社会」から「グローバル市民社会」へ』黎明書房 [25]ウッドマン ,コナー『フェア・トレードのおかしな真実- 僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た』

参照

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