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脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした急性期の理学療法

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 280 47 巻第 3 号 280 ∼ 288 頁(2020 年) 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 理学療法トピックス シリーズ 「脳卒中重度片麻痺者の歩行再建を図る理学療法技術の進歩」. 連載第 1 回 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした. 急性期の理学療法* 阿 部 浩 明 1).  再生医療の実現化やロボティクスの臨床普及などにみ. はじめに. られる昨今の技術革新はすさまじく,その恩恵を医療分.  古くより脳卒中者の歩行能力の再獲得はリハビリテー 1). 野でも享受できつつある。残念ながら,コストや制度な. であり,その. ど未解決の問題もあり,先端的技術・ツールによるサー. 再建に理学療法士は深く関与する。ここでは重度の片麻. ビスがすべての施設で提供できるわけではない。ここで. 痺例に対して長下肢装具を用いて進める歩行再建につい. 述べる重度片麻痺例の歩行再建を図る取り組みは,どの. て述べる。歩行再建というタイトルで興味をもって読ん. 施設でも提供可能な内容で,脳卒中患者の治療に関わる. でくださった読者の皆様の中には,「装具」という文字. すべての理学療法士が共通して認識しておくべき治療技. をみた途端に,すっかり興味をなくした方もいらっしゃ. 術と考えている。. ションにおける主要なゴールのひとつ. るのではないだろうか。下肢装具には negative な印象 をもっている方もいらっしゃるかもしれないが,どうか “乗り掛かった船”と諦めて読み進めていただきたい。  脳卒中治療ガイドライン. 2). に明記されている通り,. 歩行の神経機構  歩行の制御に関わる神経機構には図 1 に示すように意 図的な制御機構と自動的な制御機構がある. 3). 。大脳皮質. 歩行の再建において下肢装具の使用は強く推奨されるも. を中心とした意図的な歩行の制御機構は障害物をかわし. のであるが,装具療法に対する理学療法士の考え方は実. たり,歩行を開始したりと意図を伴う歩行の制御に関わ. に多様であり,その必要性をあまり感じていない方もい. るのに対して,主に脳幹より下位の領域が関わる自動的. れば,有効なツールと捉えて積極的に使用する方もいる. な歩行制御機構は,意識しないでも歩行を続けるような. ようである。特に長下肢装具に対する意識は理学療法士. 歩行制御に関わっている。たとえば,我々は考えごとを. 間でかなり異なるように思う。長下肢装具は膝の動きを. しながらでもなんら問題なく歩き続けることができる。. 制限(制動)するため,足関節(足部)のみならず膝に. 考えごとに集中している際に,たとえば,右足を前に出. も問題を抱える片麻痺者が対象となる。本来,遊脚時に. す,骨盤を挙上する,手を振るなど歩容を意識してはい. 屈曲する膝が曲がらないことで,望ましくない,代償的. ないだろう。歩行中に他のことに意識を向け,他の事象. で非対称的な歩行パターンを学習してしまうという意. に注意を十分に配分できるのは,自動的な歩行制御機構. 見,最終的には長下肢装具を使用して自立することはな. が果たす役割が大きいと考えられる。動物実験では脳幹. く短下肢装具で自立することから長下肢装具の使用はむ. の歩行誘発野に刺激を加えると除脳された状態でも歩行. しろ病棟内 ADL および歩行自立度の向上を妨げてしま. が出現することが明らかとなっている。除脳されている. い昨今の改善効率(FIM 利得 / 日数)の上昇に負の影. ということは大脳皮質に上行する情報は途絶え,下行す. 響を与えるといった意見を耳にすることがある。そう考. る情報も下位に伝わることがない状態である。そのよう. えている方にこそぜひとも読んでいただきたい。. な状態でありながら歩行が出現するのは脳幹より下位の 神経機構によっても歩行が形成されることを示唆するも. *. The Physical Therapy for Reconstruction of Gait Function in Severe Hemiplegic Stroke Patients in Acute Phase 1)一般財団法人広南会広南病院リハビリテーション科 (〒 982‒8523 宮城県仙台市太白区長町南 4‒20‒1) Hiroaki Abe, PT, PhD: Department of Physical Medicine, Kohnan Hospital キーワード:長下肢装具,歩行,脳卒中. のである。脊髄にもまた,Central pattern generator(以 下,CPG)が存在し,特定の刺激を加えることにより下 肢に歩行様の周期的運動や筋活動が出現する 報告されている。. 4). ことが.

(2) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした急性期の理学療法. 281. 図 1 歩行に関わる神経機構 文献 3)より引用. 脳卒中片麻痺の出現背景と脳卒中例の損傷領域. その影響をみることができよう。  脳卒中後の片麻痺そして歩行障害を呈する症例の多く.  片麻痺は随意運動の障害であり,その評価として本邦. は,病変がテント上にあり,特に内包の周辺である被殻. で広く用いられているのは Brunnstrom recovery stage. や視床そして放線冠に病巣が及んでいる頻度が高い. 7)8). 。. (以下,BRS)であろう。BRS では肩の屈曲を要求した. すなわち,我々が臨床で担当することの多い典型的な片. り,足の背屈を要求したりと,随意的に運動を起こすよ. 麻痺患者の多くは,随意的な歩行に関連する部位が高い. う求め,その結果を評価している。随意運動の指令は,. 頻度で損傷を受けるが,自動的な歩行の制御に関連する. 一次運動野から下降する皮質脊髄路(以下,錐体路)に. 領域は損傷を免れていることが多いということになる 。. よって伝えられ,その経路は放線冠,内包後脚,中脳大 脳脚,橋底部を通過し,延髄錐体にて錐体交差した後. 3). 脊髄損傷例を対象とした歩行に関わる知見. に,対側の脊髄前角細胞に至るものである。脳卒中は皮.  脊髄損傷例の損傷領域より下位の脊髄への電気刺激に. 質の損傷よりも基底核や視床およびその周辺の白質が損. て運動パターンを出現させる CPG の存在が示唆. 傷することが多く,この長い神経線維である錐体路が損. 完全脊髄損傷者においてもロボットや免荷式トレッドミ. 傷し運動麻痺を引き起こすことが多い。錐体路の損傷の. ルなどを用いた荷重下での他動運動の提供によって歩行. 程度は運動麻痺の重症度と関連することが知られ,その. 時と類似した筋活動が生じる. 5). 4). され,. 9‒11). ことが広く知られるこ. 。一方,随意的ではな. ととなった。随意運動が困難な脊髄損傷例の歩行再建に. い運動もあり,姿勢制御などでは重要な働きをしてい. おいて重要なことは,荷重下で,前型(交互型)のリズ. る。たとえば立位で右肩の屈曲を要求し運動が遂行され. ミカルな歩行様運動を提供することにある. る際には,自分の意思とは関係がなく,対側のハムス. 脊髄損傷例を対象としたロボットを使用した研究. トリングスが三角筋が活動する数十ミリ秒前に活動す. 股関節の屈曲と伸展に膝の屈曲と伸展を組み合わせた条. 損傷が大きいほど重症となる. 6). 9‒11). 。なお, 9). では. 。このような活動は随意運動を引き起こす経路とは. 件と,股関節の屈曲と伸展のみ提供した条件ではその筋. 別の経路(錐体外路系)による支配を受けている。そし. 活動に差がなかった。また,片側の下肢のみを動かして. て,この錐体外路(網樣体脊髄路や前庭脊髄路)は歩行. も両下肢の筋活動は得られなかった. 中にも重要な役割を果たすことが知られている。例える. 9) 荷条件では筋活動は明らかに減少した 。すなわち,脊. ならば,皮質脊髄路に損傷がなく運動麻痺を伴わない前. 髄損傷による対麻痺により随意運動が困難となった症例. 庭脊髄路の機能障害を伴う Wallengerg 症候群を呈した. に対して,下肢筋活動を引き起こすために重要なのは,. lateropulsion 例の歩行障害,特に同側の下肢の立脚相に. 荷重条件での交互的な両側の股関節屈曲伸展の運動感覚. る. 10). 。そして,完全免.

(3) 282. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. ῠம৉৏पਘ਑৓प৸ଌೲம৉धऩॊ‫؛‬. శଞपଫःॱॖ঑থॢदৣ࿔ऋઉয়‫؛‬ ঃॵ७থ४ক‫ش‬धট॥ঔ‫شॱش‬भ ॔ছॖওথॺप६ঞऋেगॊ‫؛‬. ଌ৖ऋಕ৒औोూ༽दऌङ‫⑫ؚ‬इ஑నষ‫؛‬. ෰੎ૢ௦਋प ৐ᶫ෗൙ऋ ೫ੱਙઽೠख ೹ृऊऩೲ༽ ऋउऒॊ. ῠம৉৏पਘ਑৓प৸ଌೲம৉धऩॊ‫؛‬. ঃॵ७থ४ক‫ش‬धট॥ঔ‫شॱش‬भਜ਼઼भ ६ঞप૟इथँैऊगी৬ୌ॑৐ൊ‫؛‬. ଌ৖ऋಕ৒औोూ༽दऌङ‫⑫ؚ‬इ஑నষ‫؛‬. ँञऊु౵য়ஷ৕भेअऩ஄धऩॊ. ῠம৉৏पి২ऩசऔदೲ༽૭ચऩञी ෰੎ૢ௦਋ऋ஄ਛऔोॊ‫؛‬. ిજऩॱॖ঑থॢदয়࿄র਋ष୎ষ‫؛‬ ঃॵ७থ४ক‫ش‬धট॥ঔ‫شॱش‬भ६ঞऋ েगऩःेअ৹ତ૭ચदँॊ‫؛‬. ూ༽ऋ਑଒औोङ‫ؚ‬৐஑నষ‫؛‬. 図 2 長下肢装具の足部継手の相違がパッセンジャーユニットとロコモーターユニットのアライメントへ及ぼす影響 文献 26)より引用. の入力ということになる。. 限は立脚中期以降の下肢の前傾を妨げるため,非麻痺側. 脳卒中片麻痺例に対する前型歩行トレーニン グが麻痺側下肢筋活動に及ぼす効果. 歩幅の増大(麻痺側股関節の伸展)を困難とさせる。歩 行の力学的パラダイムである倒立振子(図 2 右)を形成 した歩容を再現することは歩行時のエネルギー消費量を.  脊髄損傷例に対する先行研究を背景とし脳卒中後の片. 考慮した場合にきわめて有益と考えられ,その歩容を再. 麻痺に対しても自動的な歩行制御機構の賦活を標的と. 獲得するためには図 2 左下に示したように長下肢装具で. し,股関節への屈曲伸展運動入力の提供を意識した足部. あっても足継手に可動性のあるものを使用する必要があ. 可動性をもつ長下肢装具を利用した前型歩行トレーニン. る. グの提案がなされ,このトレーニングの提供が麻痺側下.  大鹿糠ら. 12). 16). 。 12). は歩行練習実施に際して長下肢装具を必. が調査された。なお,膝の支. 要とした脳卒中重度片麻痺者 15 名を対象として,背屈. 持性に問題を有する脳卒中片麻痺者に対し,荷重条件で. 遊動と底屈制動可能な足継手を装備した長下肢装具を用. 股関節を伸展させる歩行トレーニングを提供するとすれ. いて,前型で杖を使用せずに歩行した際と,同装具の底. ば,足部を固定する訳にはいかない。足部を固定したな. 屈と背屈を制限して揃え型で杖を用いて歩行を行った際. らば,踵接地後に急激に全足底接地となり,強制的に股. の麻痺側下肢筋活動を表面筋電図にて調査した。測定筋. 関節より上方の体幹や頸頭部の質量を後方に置き去りに. は麻痺側の大殿筋,大. して下. 筋,前脛骨筋,腓腹筋内側頭であった。麻痺側立脚期中. 肢筋活動に及ぼす影響. と大. は一直線となり直立する(図 2 左上) 。. 筋膜張筋,大. 直筋,半腱様. その場合,支持基底面に対して身体質量中心は後方に位. の筋電図積分値を算出し,2 つの条件で比較したところ,. 置して,非常に不安定となり,この後,患者は踵接地後. 前型歩行した際に揃え型で歩行した際よりも麻痺側下肢. に急激に生じる全足底接地に備え,あらかじめ股関節を. 12) 筋活動が有意に増加したことを報告した(図 3) 。こ. 屈曲させ体幹を前傾させて,身体質量中心と支持基底面. の所見を背景として積極的な前型歩行トレーニングを試. のズレを補正しようとする(図 2 左中)。また,背屈制. み,複数の症例. 13‒20). において,これまでの治療効果を.

(4) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした急性期の理学療法. 283. 図 3 3動作揃え型(無杖)歩行と2動作前型(杖)歩行を実施した際の麻痺側下肢筋活動の変化. 上回るような改善事例が報告されている。. 本ら 13)は. 拡散テンソル画像を用いて皮質脊髄路の描出を試み,損 傷半球では皮質脊髄路が描出できない若年脳出血(脳動 静脈奇形破裂による)による重度片麻痺例の歩行再建に. 重度片麻痺例に対する長下肢装具を用いた歩 行トレーニングの効果(長下肢装具の早期作 製の影響とは). 際して足部可動性のある継手を備えた長下肢装具を用い.  長下肢装具は膝の支持性に問題がある症例が装着すれ. た前型歩行トレーニングを実施した。長下肢装具で前型. ば歩行が可能になるためその効果は臨床的には明らかで. 歩行の歩容を構築して,その歩容を大. のカフを短くし. あるが,長下肢装具使用例と非使用例を比較した研究は. た固定性の弱い長下肢装具,さらには軟性膝装具(膝伸. ほとんどない。そもそも長下肢装具の適応ではない症例. 展位保持目的の装具)に足部可動性のある短下肢装具を. と適応となる症例を分類して比較しても群間に大きな偏. 装着した状態での歩行トレーニングを経て,短下肢装. りが生じ,そのバイアスにより正しく比較できず,また,. 具へ移行させ,立脚相で膝が急減に進展する extension. 必要と判断される症例に使用しないという選択は倫理的. thrust pattern を出現させずに,歩行速度を向上させた. にできかねるので,長下肢装具の効果を検証するような. 経過を報告した。本症例は皮質脊髄路がまったく描出さ. 前向き研究を進めることは現実的に難しい。高島ら. れないほど大きな損傷を受けており,運動麻痺のグレー. は,回復期病棟に転院した患者のうち,急性期病院で長. ド(BRS)には改善がみられなかったが,歩行能力を大. 下肢装具を作製した者(以下,作製群)と作製群と同様. きく改善させたことになる。すなわち,運動麻痺が重度. の身体機能を有した者(以下,非作製群)を対象として,. であることは,確かに歩行能力の低下と深く関わるこ. FIM の歩行と階段昇降の自立度の変化が生じるタイミ. とは事実. 21). だが,運動麻痺が重度であっても,歩行能. 24). ングを後方視的に調査した。このような調査が行えたの. 力は回復する可能性が十分にあることを示唆している。. は,回復期病院に入院した患者のうち,急性期に装具を. よって,皮質脊髄路損傷が明らかな重度片麻痺例で,運. 作製しないまま転院する症例はめずらしくないためであ. 動麻痺の回復の可能性が低いとしても,歩行能力の回復. る。この研究では作製群のデータを詳細に調査し,作. も乏しいとはいいきれないことを考慮して治療にあたる. 製群と年齢や発症からの期間,そして,麻痺の重症度,. べきだろう。実際に皮質脊髄路損傷と機能障害である運. FIM 運動項目,FIM 認知項目,さらには回復期病院退. が,能力. 院時の麻痺の程度まで酷似した非作製例を後方視的に調. と報告されている。. 査し,そのうえで比較している。作製群は全例が足部可. 動麻痺の重症度との関連性は比較的高い 低下である歩行との関連は弱い. 5)22). 23). 動性をもつ長下肢装具を用いて前型歩行トレーニング を実施しており,回復期病院転院後もその長下肢装具を 使用した歩行トレーニングを重ね,やがて短下肢装具に.

(5) 284. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 図 4 初期評価時から著明な筋緊張異常を呈した症例の初期評価時歩行中の下肢筋活動とトレー ニング後の筋活動. カットダウンして歩行練習を継続していた。一方で,非. までの期間が短縮するという効果は,立替払いという金. 作製群は,急性期病院にて長下肢装具を使用したトレー. 銭的な負担を超える benefit があるのではないだろうか。. ニングが行われた患者はわずかで,かつ,回復期病院で は 1 例を除いて全例が長下肢装具を使用せず短下肢装具. 歩行様式と歩行中の筋活動. を使用するか,あるいは装具を使用しない状況でトレー. 1.急性期脳出血例(AVM 破裂による). ニングが行われていた。すなわち,身体状況が酷似して.  筋活動は運動パターンによって変化する。動作を妨. いても理学療法士の治療に対する考え方の違いで提供さ. げるような異常な動作時筋緊張(筋活動)もまた運動. れる理学療法の内容が異なっていたことを示唆してい. パターンに応じて変容し得る。我々は発症早期から足. る。歩行と階段の自立度(FIM 得点)の改善のタイミ. 部筋緊張がきわめて亢進した若年脳卒中重度片麻痺例. ングに及ぼす影響. 24). については,早期に長下肢装具を. (AVM 摘出術後)を経験した. 3)18)19). 。足部を背屈させ. 作製した群は非作製群よりも FIM 歩行が改善するタイ. た際の modified Ashworth scale は 3 で腱反射も著明に. ミングが早く,最終評価時における FIM 階段昇降の自. 亢進していた。足関節背屈の他動関節可動域は 0 度で. 立度が高いという衝撃的な結果が得られた。後方視的研. あった。重度の片麻痺(BRS:Ⅱ)と重度の感覚障害を. 究で具体的な介入内容の調査までは不可能であり,長下. 伴っていた。麻痺側遊脚相では足部は底屈位となり,立. 肢装具作製群がなぜ早期に改善したのか,その要因を追. 脚相での支持性も著しく乏しい状態であった。下. 求することは難しいが,長下肢装具は高い支持性が得ら. 筋の筋緊張が著しく亢進した症例では,底屈制動の継手. れるため,早期から十分な立位および歩行練習の時間が. は底屈を抑制しきれないと考えられ,底屈制限する継手. 確保できると考えられる。このことが歩行の自立度を早. を選択することが一般的である。しかし,安静時の筋緊. 期に改善させる要因になったものと思われる。また,早. 張の高さと動作時の筋緊張の高さは一致しないこともあ. く歩行能力が高まれば,さらに応用的な歩行や階段昇降. る. などにも挑戦できる機会が生まれる。その機会の増大が. れるものであり,動作時の活動と別の側面を評価してい. 関与し,退院時の階段昇降の自立度の差が生じたと推察. ることになる。我々は本症例の動作時の筋緊張(筋活動). される。高額な立替払いなどが必要となる長下肢装具の. を評価するために表面筋電図を用いて歩行中の下. 作製だが,在院日数の短縮が求められる昨今の医療事情. 筋を評価した。その結果,麻痺側遊脚中の下. において,早期の歩行自立を獲得するうえでは有力な治. 活動はみられなかった。そのうえ,下. 療手段のひとつとなると考えられる。自立度向上に至る. 動すべき麻痺側立脚相においてもほとんど活動がみられ. 三頭. 25). 。そもそも,筋緊張の評価は静的で他動的に行わ. 三頭. 三頭筋の. 三頭筋が本来活.

(6) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした急性期の理学療法. 285. 図 5 2度の既往のある脳卒中例の初期評価時歩容. てないことが明らかとなった(図 4 左)3)18)19)。この筋. 期に足関節は底屈位となり,つま先から接地し,その後,. 電図所見から本症例に対し,足継手は背屈遊動・底屈制. 全足底接地,その際に膝関節は急激に伸展(過伸展)し,. 動が可能な足部可動性のある継手(gait solution 足継手). 麻痺側立脚相では股関節は屈曲位で,非麻痺側の下肢接. を採用した長下肢装具を使用することとした。そのうえ. 地以降に股関節屈曲位から幾分伸展する歩容であった。. で積極的な立位・歩行トレーニングを行い,遊脚中の下. この歩行の際の下肢筋電図を調査すると図 6 上に示す通. 三頭筋(腓腹筋内側頭)の異常亢進を引き起こすこと. り,遊脚期中に下. 三頭筋(調査筋はヒラメ筋)が活動. なく麻痺側立脚相における筋活動の向上を図ることがで. している。正常歩行ではこの活動はみられない。これを. きた(図 4 右)。仮に,筋緊張が高いことから,筋緊張. 動作中の異常筋緊張と捉えたとすれば,治療はこの異常. の抑制を図ろうと取り組んでいたらどうなるであろう. 筋緊張を抑制することに注力することになるかもしれな. か。そのように考えた場合,下. い。我々は,この現象の背景には,踵接地後の衝撃を緩. 三頭筋には筋力強化は. 不要と考えてしまうであろう。筋緊張が高いことと発揮. 衝し下. できる筋力が高いことは異なるものである。. し,立脚中に膝関節の前方に床半力を発生させるよう,. を前方へ推進(前倒)するシステムが機能低下. 膝関節を過伸展させ,機能低下した衝撃緩衝システムを 2.生活期脳出血例─歩容を改善させるためのツールと しての長下肢装具の活用─. 代償しようとしていると解釈した。この衝撃を緩衝する システムを再構築するためには踵接地を確立させ,さら.  これまでの話は急性期の症例を対象としたものである. にその直後の荷重応答期に緩やかに底屈し,下. が,生活期の症例においても歩行様式(歩容)の変化に. てその上部に続く大. よって筋活動は変化しうる。我々は過去に 2 度の脳卒中. 痺側立脚相におけるパッセンジャーユニット(図 7 左上). 既往のある脳出血例(以前の病巣の近傍に出血)を担当. とのアライメントを再学習する必要があると考えた。通. した。本症例は発症後数日で神経症状が消失し,3 度目. 常,短下肢装具で自立していた患者に長下肢装具を使用. の発症以前の状態に回復し,本人も家族もすっかり元に. して練習するという発想は思いつかないかもしれない。. 戻ったと自覚されていた。初回評価時に明らかな歩容異. 本症例に短下肢装具を用いただけでは下. 26). 常(図 5). を呈していたが,この歩容異常は発症前,. ,そし. を前倒させ股関節を伸展させ,麻. も,それより上部の大. は前倒れして. ,股関節,パッセンジャーユ. つまり以前(14 年前)の脳卒中既往の後遺症に関連す. ニットが後方に残り適切なアライメントを再構築できな. る歩容異常である。歩容異常の特徴としては麻痺側遊脚. いため,備品の長下肢装具(図 7 右上)を活用して倒立.

(7) 286. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. 図 6 長下肢装具を使用して分節的なステップ練習を行った後の麻痺側下肢筋活動の変化. 図 7 パッセンジャーユニットとロコモーターユニットのアライメントの再学習を進めるための備品長下肢装具を 用いた step トレーニング 文献 26)より引用. 振子モデルの構築を図りつつ歩容の再構築(図 2 右)を. 7 右下)から開始し,歩幅の拡大,立脚中期から後期の. 図った。足部可動性を有する長下肢装具を用い,麻痺. 股関節の伸展可動域の拡大,アライメントの再学習を. 側の step 練習(図 7 左下)と非麻痺側の step 練習(図. 図った. 26). 。紙面の都合上,詳細に記載できないが,具.

(8) 脳卒中重度片麻痺者の歩行再建をめざした急性期の理学療法. 287. 図 8 最終評価時の歩容. 体的方法については成書 26)を参照いただきたい。本症. 肢装具の足部を可動性のあるものにすると発想できただ. 例は一度の治療によって,図 6 下に示したようにヒラメ. ろう。ここで述べた長下肢装具を用いた歩行トレーニン. 筋の筋活動が出現するタイミングが遊脚相の後半にみら. グはこれまでの常識を覆す“脳卒中重度片麻痺者に対す. れるようになった。このことは歩行(トレーニング・運. る理学療法・歩行トレーニングの概念の革新”といって. 動)様式の変化に伴い動作中の筋活動は変化することを. よいかもしれない。しかも,すでに多くの報告によって. 示唆している。このような治療を続け,最終評価時は図. その有効性は報告され,理学療法士が知っておくべき基. 8. 26). に示す通りの歩容となった。すなわち,理学療法. 士の介入によって 14 年前に発症した症例の歩容を変化 させることができるのである。歩行速度は初期評価時の 3 倍まで向上し,屋内外とも歩行自立し退院された。. 礎的な知識となってきているように思う。  長下肢装具の使用に積極的ではない読者の方には, 「長下肢装具」と聞いて真っ先に思い浮かぶ歩容とは まったく異なる歩容でトレーニングしていることが理解 いただけたのではないだろうか。この企画は急性期・回. おわりに. 復期・生活期の 3 つのフェーズの立場からそれぞれ装具.  我々は重度片麻痺症例に対する理学療法のあり方を模. を用いた歩行再建について述べることになっており,次. 索するために,立位や歩行,さらには歩行でも異なる様. 号以降,回復期,生活期の記事が続く。最後までお読み. 式の歩行を実施した際にどのような下肢筋活動の差異が. いただいた読者の方々にはぜひそちらもお読みいただき. 生じるのかを複数例で検証し報告してきた. 3)12)19)20). 。. たい。. その中には,随意運動はもちろんのこと,立位で麻痺側.  最後に,“長下肢装具の足部を底屈制動・背屈遊動に. 下肢への荷重トレーニングを実践しても下肢筋活動がほ. する”という話をはじめて耳にしたのは,2007 年の福. とんど生じない症例も存在した。そのような症例でも,. 岡で開催された理学療法学術大会の公募型シンポジウム. 歩行を介助にて実践すると下肢筋活動が観察される症例. の事前打ち合わせのときであった。そのとき,筆者は初. 3)12)19)20). 。特に前型歩行の様式で歩行した. 経験のシンポジストとして学会に参加していた。シンポ. 場合,さらに筋活動は高まった。筆者が長下肢装具を学. ジウムを企画され,当日の司会も担当なされた千里リハ. んだ学生時代は 20 年以上も前のことであるが,その当. ビリテーション病院の吉尾雅春先生から各シンポジスト. 時,誰が膝の固定が必要な脳卒中片麻痺例に対する長下. に対して「このような装具をどう思いますか?」と問い. が存在した.

(9) 288. 理学療法学 第 47 巻第 3 号. かけがあった。その当時は下肢装具の使用さえも否定的 な意見が多かった時代である。長下肢装具の有効性には 強く賛同したものの,足部可動性のある長下肢装具の提 案は,その当時の著者にとって,にわかには信じがたい ものであった。そんな筆者が現在はその装具を多用して いるのであるから不思議なものである。興味をもたれた 方にはぜひ一度このツールを用いて治療を試みていただ きたい。きっとその有効性をご理解いただけることであ ろう。吉尾先生の慧眼に脱帽するとともに,脳卒中理学 療法に関わるすべての理学療法士に早くこの技術が認識 されることを願って筆を置くこととする。 文  献 1)Jones PS, Pomeroy VM, et al.: Does stroke location predict walk speed response to gait rehabilitation? Hum Brain Mapp. 2016; 37: 689‒703. 2)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会:脳卒中治療 ガイドライン,Ⅶ リハビリテーション.協和企画,2015, pp. 270‒318. 3)阿部浩明, 本直秀,他:急性期重度片麻痺例の歩行ト レーニング.脳卒中片麻痺者に対する歩行リハビリテー ション.阿部浩明,大畑光司(編) ,メジカルビュー,東京, 2016,pp. 98‒120. 4)Dimitrijevic MR, Gerasimenko Y, et al.: Evidence for a spinal central pattern generator in humans. Ann N Y Acad Sci. 1998; 860: 360‒376. 5)Zhu LL, Lindenberg R, et al.: Lesion load of the corticospinal tract predicts motor impairment in chronic stroke. Stroke. 2010; 41: 910‒915. 6)吉田翔太,桐本 光:補足運動野に対する経頭蓋直流電気 流陰極刺激が先行随伴性姿勢調節に及ぼす影響.臨床神経 生理学.2013; 41: 202‒208. 7)Moon HI, Lee HJ, et al.: Lesion location associated with balance recovery and gait velocity change after rehabilitation in stroke patients. Neuroradiology. 2017; 59: 609‒618. 8)Moon HI, Pyun SB, et al.: Neural substrates of lower extremity motor, balance, and gait function after supratentorial stroke using voxel-based lesion symptom mapping. Neuroradiology. 2016; 58: 723‒731. 9)Dietz V, Müller R, et al.: Locomotor activity in spinal man: significance of afferent input from joint and load receptors. Brain. 2002; 125: 2626‒2634. 10)Kawashima N, Nozaki D, et al.: Alternate leg movement amplifies locomotor-like muscle activity in spinal cord injured persons. J Neurophysiol. 2005; 93: 777‒785. 11)Hubli M, Dietz V: The physiological basis of neurorehabilitation ̶ locomotor training after spinal cord injury. J Neuroeng Rehabil. 2013; 10: 5. 12)大鹿糠徹,阿部浩明,他:脳卒中重度片麻痺者に対する長. 下肢装具を使用した二動作背屈遊動前型無杖歩行練習と三 動作背屈制限揃え型杖歩行練習が下肢筋活動に及ぼす影 響.東北理学療法学.2017; 29: 20‒27. 13) 本直秀,阿部浩明,他:皮質網様体路の残存が確認され た歩行不能な脳卒中重度片麻痺者に対する長下肢装具を用 いた前型歩行練習と歩行および下肢近位筋の回復経過.理 学療法学.2018; 45: 385‒392. 14)門脇 敬,阿部浩明,他:脳卒中発症後 6 ヵ月経過し歩行 に全介助を要した状態から長下肢装具を用いた歩行練習を 実施し監視歩行を獲得した重度片麻痺を呈した症例.理学 療法学.2018; 45: 183‒189. 15)門脇 敬,阿部浩明:中枢神経内多発血管症(Susac 症候 群)により両片麻痺を呈し歩行に全介助を要した状態か ら足部可動性を有する長下肢装具を用いた歩行練習を実 践し監視歩行を獲得した症例.東北理学療法学.2019; 31: 74‒82. 16)門脇 敬,阿部浩明,他:倒立振子モデルの形成をめざし た下肢装具を用いた歩行トレーニングの実践により歩行能 力が向上した片麻痺を呈した 2 症例.理学療法学.2019; 46: 38‒46. 17)神 将文 : 下肢装具の作成の必要性を適切に判断するため に必要な脳画像情報の活用.歩行再建を目指す下肢装具を 用いた理学療法.阿部浩明(編) ,文光堂,東京,2019, pp. 29‒34. 18) 本直秀:下肢筋緊張亢進例に対する理学療法評価に基づ いた装具療法.歩行再建を目指す下肢装具を用いた理学療 法.阿部浩明(編),文光堂,東京,2019,pp. 13‒19. 19)阿部浩明,大鹿糠徹,他:急性期から行う脳卒中重度片麻 痺例に対する歩行トレーニング.理学療法の歩み.2016; 27: 17‒27. 20)阿部浩明, 本直秀,他:急性期から行う脳卒中重度片麻 痺例に対する歩行トレーニング(第 2 部) .理学療法の歩 み.2017; 25: 11‒21. 21)Kluding P, Gajewski B: Lower-extremity strength differences predict activity limitations in people with chronic stroke. Phys Ther. 2009; 89: 73‒81. 22)Koyama T, Marumoto K, et al.: Outcome assessment of hemiparesis due to intracerebral hemorrhage using diffusion tensor fractional anisotropy. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2015; 24: 881‒889. 23)Sivaramakrishnan A, Madhavan S: Absence of a Transcranial Magnetic Stimulation-Induced Lower Limb Corticomotor Response Does Not Affect Walking Speed in Chronic Stroke Survivors. Stroke. 2018; 49: 2004‒2007. 24)高島悠次,阿部浩明:重度片麻痺例における急性期からの 長下肢装具作製が歩行および階段昇降の予後におよぼす影 響.日本義肢装具学会誌.2018; 34: 52‒55. 25)Ada L, Vattanasilp W, et al.: Does spasticity contribute to walking dysfunction after stroke? J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1998; 64: 628‒635. 26)阿部浩明:短下肢装具にて自立歩行していた脳卒中既往の ある症例に対する長下肢装具を用いた歩行トレーニング. 歩行再建を目指す下肢装具を用いた理学療法.阿部浩明 (編),文光堂,東京,2019,pp. 148‒192..

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