Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Design特集
‘デ
ザ
イ
ン
に
お
け る
時
代
陛
’に よ せて
On
Special
Issue
鬮
IDesignDooumenta
【y
onPrestand
Present
’
”
遠 藤 武 雄 (
Endo
Takeo
)
遠藤
武 雄
デ
ザ イン研 究
室
・
工房
こ の特
集
は、
敗戦
の年
1945
年
〜
現
在 1994
年
の 目本
を 主に対象
と し て いる。
各執筆 者
に は、
そ れ ぞ れの専
門分
野から副
題 を き め、
自由
にペ ンを とっ て頂い てい る。編
集
方
針 と していわ ゆ る研 究論 文
という体裁
ではな
く、
生 な表
現 であ
っ た り可 能 な 限 り のド
キュ
メ ンタリ
ー
を
通して、
生活
とデ ザ
インの現 場
で何 が起
こっ た の か、
そこ か らデ ザ
インと はfl1
∫だ
っ たのかn
海
外 を 場 とす
ることで比較デ ザ
イン考
に なっ たの も あ る.
,
さ まざ
ま な分
野、
多
くの断 面 を 水 平 に並
べ ることで考
え を深 め、
明口 のデ ザ インは ど う あ るべ き か、
21
世紀
の人 間 生 活のあ り方 を 共学
し て い く研 究の場 に してい き たかっ た。
1945
年
の夏
、
その 日は暑
く晴
天 だっ た。
焦 土 と化
した中
で 人々 はモ ノ造 り
のな
がい道 を歩
み始 め
て いたn漠 と
した 日々 であ
り食 物 と
いう
よ りも、
餌
を求
め る痩
せ た 人 び と がさ迷
っ てい た。
その よ うな 中
か ら 「パ ン焼 き道
具」が多
くの手で作 られバ ラッ ク 小 屋の中で使
わ れ た。
IDov
電 源、
の単 純 な もで中 学一
年 生の 自分 も作 り、
ア メリカ か らの救援
小 麦 粉で四角 形のパ ンを焼
い た.
水分
が 無 く な り通電
が 自然
に でき な く なると焼
き 上 がるの であ
る。
通 産 省
の承 認 も許
可も何 もな
かっ た。
自然
の秩序
によ
っ て、
生命
と形態 が創 ら
れ る生物
とは異 な
り人間
の造
るモノ の形 態
に は ドラマ が あっ た。
「これか
ら
はデ
ザ インや
で 」 「日本 中
に ある水
のよう
に家 庭
の電気 道 具 を
生産
す
るのや
」と松 下幸
之助 社 長
は言
っ た。
40
年後
の今
日、
1
億
2 千 万 人の 日本 人、
4千 万 を越 す 家 庭 に、
三種の神 器 と言 わ れ た電気 冷蔵 庫
・
テ レ ビ・
電 気洗
濯 機 を第
・
一
一
期 とし て、
今
日の情
報 機 器・
自
動車
にい たるモ ノ群
は、
日常
生活の 中に定
着し ていっ た。
生 活者
は商
品 を選 択購
入す
る自
由 も もっ た,デザ
イナー
は 何 が 売 れ るのか、
市
場調
査デ
ー
ター
を横
に置
いた、
.
売
れ筋 他社
商
品のあ と も追
わ ねば
な らな かっ た。
「モノ
創
りは一
日に して成
らず
」 の道程
であっ た、
生活 者
は、
企業
が考
える
より賢 く経
済的 計算
に長
けて い た.
美 的価 値感
も そ れ ぞ れが持
っ ていた。
し か しデ ザ
イナー
の美 的感 性
と反 す る もの も多
かっ たtt
商
品開
発の異 常
な まで の ス ピー
ドは、
デ ザイ ン部
の強
化 とな
り、
教 育領 域
から
は多
くの卒業
生 がデ ザ
イナー
の卵
として実 社
会
に 入っ ていっ た。 ま た、
通 産 省 が 力 をいれ た ものに、
欧 米のデ ザ
イ ナー ・
教育
者 を招聘
し、
現 代
デ ザ イン の本 質
・
基礎
の講
習会
が あっ た。
小 生 も1
ヶ」]、
IIT
のダ ブ リン教
授。
工 業 デ ザ イ ナー
のチャップマ ン氏にハー
ドな教
え を受 け
た が、
眼
から鱗
が落 ち
る思
いをし た。
1959
年
の こ と であ
る。
外 国か ら兎 小 屋 と ま で 言われ て し まっ た
住
居 に は、
生 活道
具 が増
え続
け、
主 婦の仕事効
率 は高
ま り自分
の時
間 を持
て る よ う に なっ た 。 し か し便
利 な道
具 は住
居 空 間 を 浸食
していっ た.
な か に は道 具本
来の機 能
を 十分
に は た すこと が 無 理 なモ ノも
で た。
生 産 サ イ ドに 対 し
警 告
が 出 た。
「マ スプロ
ダ
クシ ョンを続
け てい るが、
人 間生
活の必 要商
品 を製
造 す るの か、
欲 望商
品 を製
造 す るのか ?」これ は 必 要商
品 が機能
主義
で、
欲
望商
品 が ポス トモ ダー
ンな ど と言 う
ものでは ない,
デ ザ イ ナー
は 企業
の生産
企
画 (プロダ
ク ト・
プ ランニ ング
)の大 切 さ を認 識 し始 め て いっ た.
形態
の軽 薄 短
小 を可 能 に す る テ クノロ ジー
が加 速
し企業
間 技術
の格
差 は 少 な く な り は じ め た。
日本の 工
業
生産
を考 察 す
る と きひ とつ に、
TQC
.
があ
る。
多
く の 工場
が デミ ング賞
を め ざし、
次々 と受 賞
し て いっ たe デミ ン グ氏の 母国
、
ア メ リ カ で は、
その合
理生 が 理解 さ
れず
ま た実行
が 困難
であ
っ た時代
であ る。
日本
人の性格
がT
と相
性が良
い のだ
と論 評
した 人 もいた が。
そ れ は、
海
外 に輸
出 す る商
品の質
を保
証 した。1940
年 代
の 「安
か ろ う悪
か ろ う」 の汚 名 も消 え貿
易
黒字
の始 ま り と なっ ていっ た。
企 業 は 海 外 に デ ザ イン部
門 を置
き、
国
際化
に積
極姿
勢 を とるよう
になっ た、
日本 国
内の需要
を 大 き く上回 る生 産 力 をメー
カー
は持
っ た。
し か し重
要な盲
点 が あっ た。
「
明
日 のコ ン セプ ト、 が 無かっ た の である。
目本 的知 恵
によるマ イ ナー
チェ ンジは限 り無
く行
わ れ、
な
か に生
活道 具
と して優
れ た もの の誕 生 も み た。 が、
モー
ドと もい え ない流
行 現象
の流
れの 中 で、
デ ザ
インは病
ん で もい た。
皮 肉
な こ と にデ
ミ ング賞
に輝
く⊥場
が生
んだモ ノ の一
部
は、
必ず
し も生 活者 を満
足さ
せな
かっ た。
こ の
半世 紀
の間、
口本
列島 中
で 人 間の移 動 が続
い てい る。
時
代 に よっ て意 味 す る ところ が 異 な る が、
社 会 学 的 結 節 点の多い 東 京・
大 阪 な どの人工集 中 地 は、
なかな か 都 市の形 態 を成 さず 基 本 的 機 能 に 欠 け てい たc 東 京 に1964
年、
オ リン ピック が 開催
さ れスポー
ツ施 設 を国
際レ ベ ル に ま で引
き 上 げ た。
勝 見 勝
氏 を ディレク ター
一
に し た デ ザ イン活 動
は、
先進 国
に まさる
ほどのデ ザ インを提 出
した,
1何
よ りも疲
れ かけ
て いた日本 人 を元気 ず け
た。
当時
、
世界
一
の ス ピー
ドを も
つ新 幹 線 を 開通 さ
せた。
後 にこ の交 通 網 は
、
出 張 す るビ ジネ
ス マ ン のタ イム テー
ブル に 大 き く影 響 を 及ぼ
すこ と に なっ た。
終 わっ て 我 が家
に座っ た時
そこ は変
わ るこ とのな
い兎
小屋 (
貧
しく小さ
い家
) だったe 上水道
は あっ て も 下 水道
は無
かっ た。都 市
ホ テルか ら、
”
湯
水 が たっ ぷ り見 え て、
実湯
量 が 少 ないバ ス タブ
”
のデザ
イン発
注 が想
いだ され る。
土 地の経済 的価値 高 騰
に よっ て住 居
地の ドー
ナッツ 現 象 が おこり、
ま す ます都
市機
能のない場
に 生活者
は追
わ れて いっ た。
逆
に都
心部
は、
ビジネ
ス スAe−一
ス と し て設 備
が進
められ、
昼 間 人口と夜
間 人口 の差
が開 き無 機的 な街
が出現
し て き た。
午
後3
時
に は 銀 行のシ ャッター
が下り、
楽
しかるべ き 散策
の道
が消え て い っ た。
日本の
社 会
に おいて、
必ず
し もその立 場 が強
くな
かっ たデ ザ
イ ナー
は集
い 互いに勉 強
を進
め てい た。数
多
くのデ ザ
イン会 議
が開 催 さ
れ たな
か に、
「
Design
f
。rNeeds
」を討論
テー
マ に し たJIDA
デ ザ
イン会 議
もあ
っ た。
その頃
の生産環 境
はマ スプデザ イン学 研 究 特 集 号 SPECIAL ISSUE OF
.
JSSD VoL 2 No.
3 19941Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designロに
よ
る市 場経 済
の発 展 が 主流
で あ り、
その果
実 を輸
出
す るこ とでGNP
を 上げ企 業
は成
長
し て いっ た。
そ のよう
な工業社 会
を持つ 日本 を、
体で知っ て いた デ ザイ ナー
は、
生活者
の必 要と す るモ ノ、
欲
求 す るソ フトにつ い てブレー
ン・
ス トー
ミン グ を や っ た。
8
人前 後
が 円卓 を
囲 み具 体的
テー
マを ひ とつ持
ち自
由 に討 論
した。
円卓
の数
は、
40
を こ え ていた。
生 活 者の主 婦も
参加
し ていた。
会 議型 式
が 固 ま りか け てい る と きユ ニー
ク な会 議
で参加者
の多
くが勉 学
の喜
び を持
っ て 散会
してい っ た。
こ こ で発 言
し、
聞 き
、
考 え
た会
員達
の中
か ら、
後 にデ ザ
イン部のヘ ッド
とな
り活 躍 す
るデザ
イ ナー
も多
くでた。
また、
優
れ たモ ノを
開発、
誕 生 させて いっ たフ リー
デザ
イナー
も 出た。1973
年、
1
〔rSID
京都会 議
が開催 さ
れ た。
労 多
い準備
がな され た事 もあ
っ て、
その国際
レベ ル の会
議 雰 囲気
に 圧 倒 され た 人、
逆
にハ ッ ス ル しお おい に楽
しんだ
人 も多
かっ た。
西 欧の一
神教
を持
つ参加 者
から多 神教 (
八 百 万神
) を前
提 に す る考
え に クレー
ムがで て混乱
し かけ
た りも
したが
、
分科 会
は進
んでいっ た。
明 日のイ
ンダ リ
アルデザ
インを考
え る分
科 会に出席 し て いた が、
熱
い 雰 囲 気の中 で、
ドイツ・
ブ ラ ウン社の有名
な ト リオによる プ レゼンテー
シ ョ ンが 始 め られ た。
デ ザイン誌で良
く知られ て いる商
品群
が彼 らの言葉
と共 に展 開
されていっ た。
や
おら大 き
な 手 が、
議 長
ク リソニ エー
ル女 史
に上げ られ
た.
「わ れ わ れ が
、
今
日、
こ の場
で討 議す
べ き は、
そのプ レゼン テー
ション のような
、
如何
にデ ザ
イン したか では な く、
何 をデ
ザ
イン し てい くべ き か が問題 な
の であ
る。
」 オランダ
・
フ ィ リップ社
のチー
フデ ザイ ナー
であ
っ た。
会
場 は 緊 張 した空 気 に なっ た。
日本のデ ザイ ン会議
では味
わ え ない質 と なっ た。
議長
は、
この本質 的提 案
を 深 め るべ く他の発
言 を 求 め た。
しか し関
係のない発 言 が日本
人参席 者
か ら な され て し まっ た。
残 念
な思
い を今 も
生々 しく想
いだ す
ので あ る。大企業
は、
優
れ た技術 蓄
積
と技術者
を 持 ち、
生産 設備 も新
し く、
そのポ リ シー
に シー
ズ指
向 が多 く
み られ た。
が、
時 代
の風
は動
き は じめていた。
半 世紀
にわ たる平和
は生活者
の時代
を も た ら した。
シー
ズだ けによる商
品造
りにズレを感
じ ないわ け に は い かなかっ た。
ニー
ズに答
えるモ ノ こそ 売 れ ていっ た。
社 会
生 活のニー
ズ と は何
か。
具体 的
に企業
は 知 り たかっ た。
ま た 知らな け
れ ば 企業
の存
立 に関 わ
っ て く る重
要 な ソフ トで あ る。
マー
ケ
テ ィ ング
の研 究 が進
め られ た。
大学
の講
座 に学
生 が集
ま
っ た。一
方
、
デ ザ
イ ナー
はデ
ー
ター
を活 用す る
ことのな
かっ た プロ ジェ ク トも
あっ た。
自
己の感 性
に自信
があ ること か ら か、
経 験か らか。
小 生は イ タ リ アの優
れた建 築家
マ ン ジ ャロ ッ テイ 氏に質 問
し たが、
「マ
ー
ケ ティング
は、
悪魔
だ。
デザ
イン は創 造
であ るから調 査か らは 出 てこない。
」 と はっき り
し て い た。
開発競 争
は、
日本
のGNP
を 大 き く 上 げ 経済
大国
とまで言
わ れ る よう
に なっ た が、
社 会 環境
は カ オス状 況
でも
あっ た。
しか し生活道 具
のな
か にはロ ングセ ラー
で定番 商
品とな
っ て行
く も の も 出てきていた。
激
しい変
動の流
れの 中 で、
企 業
の 中 に は定
番 (
当
た り前
で正直
な )商
品の生 産 を 阻 む体
質
的
な ものが あっ たことも
考
え られ た。
一
方、
疑都 市化
の生活 圏
に住
む人
々は、
文明
と外 部 環境
へ
の不満
から
文化
と地域 社 会形成
へ
の動 き を
し て いっ た。
各地
で村
おこ し とボ ランテア活 動
が 少 しづっ 日常化
してき た.
さ らに 大 切 なことで内部 環境
(心 )の空白
を思う人
々 が多
くな
っ てき
た.
.
人 間環
境
で最 も
大切
なのは9‘
人
”
で あっ た。
思想
とコ ンセプ トが 不 十分
な ま ま に人
工化
す る 生活環 境
が 日本
の各
地 に見
られ る が、
自然
との ア ン バ ラン スもあ
っ て、
な
かな
か文化
(
カ ル チャー一
に なっ て いか ない。
カルチャー
の語 源
であ
る 「耕 す
」 か らみ
ても
、
収 穫
が あっ て こそ 楽
しみも あ り
、
その地 域
の文
化
・
伝
統 となっ て いく。
都 会
から離
れ た地域
に根
を 生や
し は じ め た、
視 点
を変
え キー
ワー
ドに 「時
間」 を置
いて み る。
平 等の24時
間のなか で個 人 (所 有 ) 時 間 と社 会 (所 属 ) 時 間 は、
たえ ず 攻め ぎ あ
っ ている。
他 国
と 比較
し た と き、
日本
人 は あ ま りに個
人時
間 を削
られ た 生 活 を し て き ていた。
だ か らこそ今
日 の経 済的
繁栄
を もた ら したのだ が、
ア ン バラン ス にな
っ た時間
の直接 要
因 を 知りな が らも習 慣 化
、
身 体
化 し てきて し まっ た。
人 間 と動 物の本 能 に 群 れる’
行 動 が ある。
それは心の安
心感
とな
り生 活の経 済 を 支 え るこ とでも
あっ た。
し か しバ ブル経済 構 造
の崩
壊
は、
社会
時間
の減
少 と なり不鮮 明 な個
人時 間
の増 加
にな
っ て いっ た。
あ ら
ため てマ イホー
ムの中 に 座っ て み た が、
出費
した割 り
には豊
か で美
し く はな
かっ た。
個 室
が な く個
人時
間の消費
が困難
であ
っ た。
自
己の健 康
を思
う と き 「心身
一
如
1
に は 無 理 であ
っ た。
ま
た外部 環 境
に触 れ
た とき 「心物
一
如
」の場 に は少 し距 離
があ
っ た。
個
人時
間の集 合
で あ る家
族 生 活 時 間 は、
核家
族化
に よっ て逆 に個 人化 が 強 ま り、
家
族 間 に個
人 時 間の ズ レが日常化
した。
デ ザ インの コ ンセプ トは、
こ こ に パー
ソナル・
グッズの商
品 化 を考
え提 案
していっ た。
その生活道 具
は、
よ り個 人 時 間 を
ふや
し家 族
共有
の時間
を減
少さ
せて いっ た。
家 族
の誰 も
が心
の寂
しさ
をお
ぼ え る が、
住居
の モ ノ群
は個 人
に働 き
かけ過 ぎ
、
家 庭本 来
のかたちが変
化 し てい っ た。
あ
ら た め て 周 囲 を 見 回 してみ る と ハ イ テ クノロ ジー
が 使 わ れ たモ ノは、
個 人
時間帯
に多 く存在
し ア ノニ マ スで、
シンプル なモ ノ ほ ど人 をつ な ぎ、
そ の 回 りに家
族
が集 う時 間 帯
に納 ま
っ てい る。
当時
のデ ザイ
ン・
コ ン セプト
に人 と
人の縁 を考 え
た ‘事
と物
’ を 深 め て ほ しかっ た。1993
年
、
街 路
に は み 出 す自
動 販 売機
が 問 題 とな り薄 型機
にモ デルチェ ンジさ
れ た。
物 流
シ ステ ムに強
く 関 心 を もつデ ザ
イ2SPECIAL
ISSUE OF JSSD Vol.
2 No.
3 1994 デ ザ イ ン学 研 究 特 集 号Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service
Japanese Sooiety for the Soienoe of Designナ
ー
は少 ないが、
パッケー
ジ
のデ ザ
インに は多
くのデザ
イ ナー
が仕 事
を して き た。
あ ら
た め て生 活
の場
を 見 回 し、
年鑑
を 開いてみ る と
、
その多
く がONE
WAY
SYSTEM
であっ たこ とに 気 がっ
く
。
ア ノニ マ ス・
デ ザ イン であっ た一
升 瓶 や
牛乳 瓶
風 呂敷
はTWO
WAY
SYSTEM
の パ ッケ
ー
ジ
であ
っ た。
現今
の大
量販 売
を経
済
原 則 とす
る と き、
その システムに は一
方
向 に流
れ るパ ッケー
ジ
が最
適
で あ る と し て き た。
そこで は多
くの素材
開 発 が おこな はれ、
加工技 術 も
デ ザ インも新
しく なっ て いっ た。
広い意 味
で考
える と工業製
品・
商
品のBlack
BQX
化 も
パ ッ キングである。
だ が 異 な るのは、
中 身の消費
を 目的 と してい る か、
中身の機
能 を 目的 と してい る か、
であ る。
工業 社 会 以 前のア ノニ マ スなモ ノは、
GlassBox
であっ た。
ひ と と
き
、
デザ イ
ナー
は機 能形 態 を覆
い隠す
とす
る意味 を
込 め カバー
デ ザ イ
ンと して嫌
っ た。
確
か にア ノニ マ スな
モ ノに は素朴 な美
しさを持
った も
のが 多 くあ
っ た。
しかし、
機 能 を内
に もっ 工業形 態
に も、
必然性
のあ
る合
理性
を持
っ た美
しい モ ノ が多
く あっ た。
「形 態 は 機 能 に 従 う」だ け で は なかっ た
。
上 に 出 した
、
パ ッケー
ジと工業製
品・
商
品 に は共 通 す る点
が出
てき た。
社 会
公害
をも
た ら したので あ る。一
方 通行化
した 空容器 は
、
ゴ ミとな
っ た。
回収 率 を高
め最 活 用
の技術 研 究
が進
められ
ている。
デザ イ
ナー
も
プロ ジェ クト
の一
員
にな り始
めてき
た。
ひとつの モ ノ(
商 品)
が安 定
して生産 さ
れ ることの ひ とつ に部 品点数
の少数 化
があ
る。
し か し、
高 品質
の モ ノは構 成 点数
が 増 加 しが ち で あ る。
だ が、
マ スプロダ
クショ ン の コ ン ベ アー
に はのせ る 必 要 が あ る。
その答 え は、
複
数 部 品の パ ッケー
ジ化
・
ユ ニ ッ ト化
であ
っ た。
流 通 経 済
の 上 からも合
理性
が あっ た。
が、
生活 者
の使 用
マ ナー
の低 下
と、
販 売 優先
、
モ デルチェ ンジの激
しさ
、
修 理 費
の高騰 な
どから廃 棄 さ
れ るモ ノが激 増
し ていっ た。
大
は自動 車
から
、
小
は ボー
ル ペ ン にいた る までがゴ ミ化 され
夢
の島 に 捨 て られ た。
日本 に 限 らず 先進
国 と言 わ れ る 場 で悩
む社 会
公害問題
とな
っ た。
1990
年 代
から は、
部
品の リサ イ クル を設 計
・
デ ザ
インに 取 り 入 れ たプ
ロジ
ェ ク トが始
めら
れ てき た
。生
物
の世界
に自然
淘 汰
:Natural
Selection
が働
く とす
る研 究 は な お進
め られ ている が、
日本の半 世紀
を考
え る と き、
工業
淘
汰 :Industrial
Selection
或
いは 社 会 淘 汰 :Social
Selec
−
tion ま た は
人 為淘
汰 :Artficial
Selection
とす る その働
き を考 察
し て みた く なる。
それ らの変 動によっ て生 活者
の日常習
慣
が新
しく生 ま れ、
消 えて行 く行 動 も あっ た。
や がて良い質
を伴
っ た と き 生 活 文化
と なっ て いくのだ ろ うか。
風 呂場
から家
人の声
が聞
こえて く る。
手
に持
つ ことな
くコー
ドレス・
フ ォ ン のマ イ ク に話
しが続
く 。 通話 先
の友
人が
ドレ ス アッ プ し ている とす る と、
話 し方
に多
少の差 異 が で て く るのだ ろ う か。
視
覚 に よ るコ ミュ ニ ケー
ション がゼ
ロ で あ ること で成
立 し、
日常
化、
習 慣 化い く可 能 性 は あ る。
都会
で一
一
t
人 生 活 を し ていく 人の年齢
層 は拡 が
っ て き ている。
サ
ニ タ リー
ルー
ムにい る時、
困っ た経
験 は 誰 も が 持っ ている し、
積
極 的 に 自分
か ら ダ イヤ ルす
る人 も考
えら
れる。
ま た、
開
発商 品
とし てTV
電話
が進
め られ ている が、
家
庭
に 入っ ていく と き生
活者
の選択
は ど う なのだ ろ うか。 ま た新
しい生
活習
慣
が生
ま れ るのだ
ろ う か。
情
報機
器の商
品 開 発 は加 速
され、
優
れ た もの が 仕事
の場 に家
庭
のなか に設置
され き た。
これ らハー
ドの機
器 に 対 し、
マ ス コ ミュ ニ ケー
ショ ンとミニ コ ミュ ニ ケー
シ ョ ンが24
時 間 出 入 り し、
そ れ らは国境
を 簡 単 に 越 えている。
マ ルチメデ イアのシス テムを 生 活のな か に どの よ うに取 り入 れ る かの宿 題 を持 ち 始 め ている。
が、
情 報
ハ イウ
エ イ に乗
れ ない と き、
人
は移 動 行 動
を と るD朝刊 を読
む窓外
は林
と畑
が続
いている。
自宅 を
6
時
に出
て いる
のだ が、
そ
ろそ
ろ9
時
にな る
。
アナウ
ン スが成
田空 港 到
着 を告 げ始 め
た。
実
に欧州
一
東 京 間
の5
分
の1
も
の時 間
が必要
だ
っ た。
前 前
日、
パ リから到 着便 を知 ら
せるFAX
は、
58
秒
で き てい る。
こ こで問 題 なのは、
こ のよ うな 生 活 行 動 をひと りの 人 間 が 日常
化 している時 代
に、
バ ラン ス をひ どく欠い た ま ま で い ること で あ る。
ヨー
m ッ パ の都 市
と空港
の関 係 に は とて も見ら
れ ない。
今秋
(1994
年 ) 関
西国際
空 港 が オー
プン し た。
調
査 による
と9
害似
上の利 用者
が成
田 空 港 に 比 し便利
と し ている。
敗戦
の年
、
1945
年 か ら 半 世紀
が たっ た。
指 が 動 く ま ま ワー
プ
ロ のキー
を叩
い てみ
た。
世
は無 常
、
とはいえ社会
変
動
の流
れの なかで 日本の生 活者
は 生 き て きた。
デ ザ
イ ナー
は、
生
活提 案
を 具 体 的 なモノの形 態 に したt/
だ がモ ノ離 れ現 象
が 見 え 隠 れ し て い る。
1
〔SID
会 議
で 出 され た[
何 を デ ザ インす るのか 」 を再
び 深く考
えね ば な ら ない。
ソフ ト とハー
ドが一
如 に な りき れ な かっ たこと が反 省
され る。
デ ザ イ ナー
の社 会的
力 不 足 もあ
っ た。
よき
バラン スを 求 め仕事
を して き た デ ザ イ ナー、
教
育
者
た ちであっ た が・・
。
三 十数
年 前、KAK
で‘
ブ
ルー
トレイ ソ のデ ザ
イン ワー
クがあ
っ た。
胸 高鳴
る思
いだっ た。
こ の特集
が 刊 行 す る 頃 廃 車 され る。
時 代
の波
で あ る。
東京 駅
の夜
、
最
後
の列車 を見
に行
こうと思 う
。
尾 燈
が美
しい こ とだ ろう
。
20
世
紀 が終 わ
り明朝
は21
世 紀 だ
。
デ ザ イ ン学研究 特 集 号 SPECIAL ISSUE QF JSSD Vol