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オイルショックが起こった後で, 経済状況や社会環境がだんだん複雑になってきて, 昔のように工業一辺倒ではなくなりました 工場労働者を前提にしたルールが当てはまらないような産業, 職種や労働者がたくさん出てきたのです 例えば, サービス業というのは,1 日のなかでも特定の時間にニーズがあるというように

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変容する労働法と課題 ~労働契約法・労働基準法改正をめぐって~ 東京大学社会科学研究所 准教授 水町勇一郎 【はじめに】 今日の話は大きく2つに分けると,前半部分は,労働法の置かれている状況について話し ます。世界的に労働法はどういう状況にあって,どういう観点から改革が進んでいるかと いう話をします。その上で,今の日本の労働法の問題点を意識しながら,これから5年, 10年で改革のテーブルにのぼるであろう大きな絵を描きたいと思います。 後半部分では,労働契約法について話します。全体の改革像の中でどう位置付けられて, 具体的にどういう中身で,皆さんの人事管理や労務管理,労働運動をしている中で,どう いう意味を持つのかをお話ししたいと思います。 Ⅰ 社会の変化と「労働法」の変容 「労働法」が形成された歴史的・社会的背景 今の労働法の原型は,ヨーロッパやアメリカでは150年ぐらい前,日本では100年ぐ らい前に出てきました。労働法は工業化とリンクしながら,民法の契約の自由を修正する 形で出てきたものなのです。そこで,労働法がどういうものとしてできたかというと,工 場で働く人たちを同じような形で保護しようという形でできたのです。つまり均質な社会 における画一的な法として,労働法が出てきたのです。工場で悲惨な状況で働いているこ の人たちに,法は民法と違う武器を2つあげたのです。1つは,法律で基準を定めて,み んなにそれを守らせる集団的保護です。例えば,労働時間が週52時間以上の契約を結ん ではいけないとか,週48時間以上の契約を結んではいけないとか,12歳未満の子ども を働かせてはいけないとか,それを法律で決めて,それに反する契約は無効だとするのが 集団的保護です。もう1つは,個人だと弱いので,集団的自由というのを与えたのです。 それが,いわゆる団結権とか団体交渉権,それに伴うストライキ権です。1対1で交渉す ると労働者は弱く,民法がいうような平等,対等な市民ではないので,集団的自由を与え て,使用者と交渉する場合には,組合をつくって集団的に,場合によってはストライキを してもいいということにしたのです。今の労働法も基本的には,集団的保護として労働基 準法が細かい基準を定め,それに違反してはいけないとか,それと違う契約を結んではい けませんとか,最低賃金法もそうですが,集団的保護が一方の柱になっています。もう1 つは,団結権,団体交渉権,ストライキ権という集団的自由が大きな柱になっています。 社会の変化と「労働法」の危機・変容 実は,それがずっと100年ぐらい続いていったのです。工業を中心に経済が成長してい くと,労働法と経済成長が合わさって,国の経済が発展していくという現象が世界的に起 きたのです。それが,戦後の高度経済成長です。 だけど,その後,1970年代から,そのシステムが少しおかしくなり始めたのです。1 970年代には,オイルショックが起こって,競争が世界的に激しくなったのです。かつ,

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オイルショックが起こった後で,経済状況や社会環境がだんだん複雑になってきて,昔の ように工業一辺倒ではなくなりました。工場労働者を前提にしたルールが当てはまらない ような産業,職種や労働者がたくさん出てきたのです。例えば,サービス業というのは,1 日のなかでも特定の時間にニーズがあるというように需要の波,いわゆる労働力需要の波 動性があるのです。そういう意味で,サービス業が広がっていくと生産システムとか経営 のあり方が多様化,複雑化してきます。みんなが工場で同じように働いて,同じような給 料をもらって,同じような商品を買って消費者となるという画一的な社会が世界的に崩れ てきたのが1970年代です。その社会の多様化,複雑化が進めば進むほど,均質的な社 会,工場労働者を前提としてできてきた世界の労働法は大きな改革が必要だということに なりました。世界的には,1980年代,今から20年ぐらい前から労働法の大きな改革 が進んでいます。 Ⅱ 世界における新しい議論の潮流 新たな労働法理論 労働法の改革の大きな流れの中で,世界的に新しい法的な動きとして見られているのが, 手続的規制理論とか構造的アプローチと言われているものです。何でこういう理論が出て きているのかという理論的な背景はアメリカとヨーロッパで違うのですが,言っている中 身は非常に似ているものです。何が大切だと言っているかというと,プロセスを重視した 法ということです。これは労働法だけでなくて,環境法とか行政法とかいろいろなところ で言われている新しい法の流れだといえます。社会が多様になればなるほど,国が硬直的 にルールを決めて,上からお達しを出して,これを守りなさいといっても,現場はそんな に単純ではありません。現場の複雑さに対応するためには,現場での話し合い,プロセス, 集団的コミュニケーションを重視した法になるべきだというのが,ここ10年ぐらいの世 界の主流なのです。 「構造的アプロ-チ」(アメリカ) アメリカの労働法の動きは,人事管理の発想から出てきています。アメリカでは一人ひと りが考えて,一人ひとりでブースをつくって,私はこれでやりますというやり方より,日 本のようにこっちの人とあっちの人で複数の人が話し合って,アイデアを出し合って,共 通の知識なり,知恵を出し合ってやっていくのが重要だと言われるようになってきたので す。その方が,経済的にも儲かるというので,トヨティズムとか,日本的な経営がアメリ カで1980年代に取り入れられました。アメリカのシステムでは,上の人がマニュアル を書いたら,下の人はマニュアルどおりに従い,マニュアルと違うことが起こったら,ボ タンを押してラインを止めてしまっていたのです。ラインを止めたら,生産はストップし ます。日本だと上からマニュアルはありますが,マニュアルと違う不具合がわかっても, そこで発見して調整できるのです。いかにラインを止めずに調整できるかという違いがあ るのです。現場の人が自分のことだけではなく,ライン全体のことをよく知っているので,

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ラインを止めないで対応できるのです。そこで発見した不具合をまた上に上げてマニュア ル自体を変えさせるということをやっているのです。これが,集団的コミュニケーション の1つのあり方です。そういうコミュニケーションをした方が生産性は上がるのです。そ ういう柔軟なコミュニケーションとか話し合いを法の中にとりいれて,ルールを設計する 方がいいのではないかということがアメリカでも言われるようになってきたのです。 「手続的規制」(ヨーロッパ) ヨーロッパの労働法はもともと組合を中心とした労働運動から始まっていて,企業の利 益を重視した労働法ではありません。ではなぜ集団的コミュニケーションの観点が大切と いわれるようになったかというと,民主主義の観点からです。なぜ民主主義の観点から集 団的コミュニケーションが重要かというと,人々の意見がばらばらになってきているので す。昔は,工場労働者には,似たような人たちがいて,その人たちが労働組合をつくって, 労働組合と使用者団体が話し合えばルールが決まっていたのです。似たようなものだから, まとめて似たようにやればよかったのですが,今は工場で働いている人の中にもいろいろ な利益があります。例えば,フランスならフランスの人もいるし,アフリカからやってき た人たちとか,他の国から来た人もいるし,男性もいるし,女性もいます。いろいろな人 たちが出てきているのです。利益は一緒ではないのです。かつ,工場で働いている以外の ホワイトカラーの問題も出てきています。民主主義の観点からすると,多様な人たちの利 益を調整するためには,現場にいる人たちがコミュニケーションをすることが重要なので す。新しい多様な時代には,多様な意見を吸い上げられる民主主義の基盤をつくらなけれ ばいけないということで,柔軟な集団的コミュニケーションを法的に制度化することがヨ ーロッパでは言われるようになっています。 Ⅲ 日本の「労働法」の特徴と課題 実際に集団的コミュニケーションのプロセスが重要だというのは,学問で理論的に言われ ているだけではなくて,具体的な法律とか判例の中でもヨーロッパでは取り込まれるよう になっています。それを踏まえて日本ではどうかということです。日本では,今の世界の 議論と照らしてみた場合,世界と同じ問題と日本の固有の問題と2つの問題を抱えていま す。 まず,世界と共通の問題は,法が実態と乖離して,法がうまく現場でまわらなくなってき ているという点があります。ここで,最近の問題として私が強く思うのは,2007 年の4月 から改正均等法が施行されて,間接差別というのが導入されたというのをご存知ですか。 間接差別でいう男女差別というのは,男女という性を用いていない中立的な基準なのだけ れど,結果として女性差別に当たるようなものを間接差別だとして禁止するのです。日本 で間接差別を導入する場合にどうなったかというと,厚生労働省令で間接差別は3つある と明記したのです。その 1 つが,採用における身長,体重要件です。例えば,170セン チ以上で70キロ以上の人を雇いますというのは,性に中立的なのですが,170センチ

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で70キロという基準を立てて採用すると結果的に男性の方が多く雇われることになりま す。これは,間接差別なのです。2つめは,総合職を採用する場合に引越しを伴う転勤要 件をつけてはいけないということです。これは,総合職を雇う時にはどこでもやっている ことです。総合職は転勤有り,一般職は地域限定で転勤なしというのが多いのですが,こ れは間接差別として違法とされることとなりました。もう1つは,昇進の時に転勤経験要 件をつけてはいけないということです。昇進する時,例えば課長以上になる時に,他の支 店とか他のところで経験を積んできていることが必要であるというのがあります。均等法 はそれを間接差別に当たるというふうにしました。この3つについては,間接差別に当た るとしました。 ただし,合理的な理由があればOK だということがついているのです。企業は,どういう ふうに対応したかというと,どういう場合だったら合理的理由としてセーフになるのかと いう点を,厚生労働省の担当者とか労働局の雇用均等室に問い合わせをしたんです。それ で,長い通達が作られたのです。その通達というマニュアルがあって,マニュアルでセー フであれば合理的で OK ということになるのです。総合職に転勤要件をつけたままにする のだけど,通達で書かれたマニュアルどおりにしておけば,とりあえず間接差別として違 法になるわけではないということになります。2007 年の4月から施行されたんですが,実 際の企業の中で,総合職を採用する時に転勤要件を外したり,昇進の時に転勤経験要件を 外すというのは,ほとんどなかったのです。ここで何が問題かというと,法のマニュアル 化という現象が日本では顕著に起こっていることです。法がマニュアルになったらどうな るのかというと,現場の人は無思考になってしまうのです。日本企業の差別の問題という のは,マニュアルで対応できるような簡単なものではないのです。意識しないところで, 無意識の差別意識があるのです。「少なくともこのポストの後任は男性でないと取引先と の関係もあって難しい」とか,そういう無意識の差別意識が残っています。いろいろな意 味で,歴史的,文化的に深い根をもつ差別ですが,法的にはマニュアルの対応になってい ます。そうなると,それぞれの企業のなかにある本当の問題が,どんどん地下にもぐって いってしまいます。社会が複雑になれなるほど,問題は複雑で深刻になっているのに,法 はマニュアルになって,問題が解決しないままマニュアル的な対応でおしまいになってい るのです。それで,均等法などいろいろな法律が作られたり改正されているんですが,日 本の本当の問題はなかなか解決しないのです。 もう1つの特徴は,企業の中のコミュニケーションがヨーロッパよりも密になされている ところにあります。特に,組合があるところでは,労使間の交渉が,企業別にある程度し っかりなされているのです。それで問題の解決がなされているのです。実は,労使コミュ ニケーションの基盤が企業の中に歴史的にあるということは,分権的なコミュニケーショ ン,現場での話し合いの基盤が日本にはあるということを意味します。その意味では,ア メリカやヨーロッパと異なる特徴だといえます。すでに日本には,現場で話し合う基盤が できているのです。日本の製造業が,70年代,80年代に高いパフォーマンスを示して,

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経済も成長し,失業率も上がらなかった基盤にあるのは,労使が共に手を携えて我慢した というのがあるのです。場合によっては,賃上げを我慢したり,労働時間で調整をしたり しながら,労使で我慢しながら柔軟に現場の話し合いで状況の変化に対応できたというこ とがあると言われています。そういう意味で,70年代,80年代の日本経済の高いパフ ォーマンスを日本の労使は支えてきたのです。 このように日本の企業別の労使関係が日本経済を支えてきたというプラスの側面もある のですが,実は90年代以降,これには問題があるのではないかということが強く言われ るようになってきました。日本の分権的な労使の問題というのは何かというと,労使が仲 良くなりすぎて共同体的になってしまっている。労使一体となった企業共同体は,閉鎖的 で非民主的だと言われています。具体的にどういうことが起こっているかというと,1つ は外部者の排除とか差別です。基本的に組合で組織されている人には,正社員が多くて, 日本では,正社員と非正社員の格差が世界の中でも非常に大きくなっています。パートと かアルバイトを内部者,社員ではなく,部外者としてみるという風潮が長く見られました。 その弊害は,今日では,派遣や請負の問題として広がっていっています。また,正社員で あっても,管理職になると組合から外れますが,組合から外れたとたんに,急にリストラ の対象になったり,管理職定年制とか,管理職の手当をなくすとか,そういう話になるの です。労使の話し合いの中にいる人と,外にいる人との間で,壁ができてしまっていると いう問題です。 それと同時に,労使の話し合いの中で守られている人もぬくぬくといい思いをしていられ るかというと,中でぬくぬくと守られてきたと思われていた人に,ここ10年ぐらいで深 刻な問題が起こっているのです。それが,働きすぎの問題です。ここ10年ぐらいで,パ ートとかアルバイトだけでなく,派遣とか請負労働者も増えていって,どんどん非正社員 が増えていってしまったのです。そうなると正社員はどうなったかというと,正社員の数 はどんどん減っていった。正社員で入社したものの,部下となる正社員がぜんぜん入って 来ないという時期が1990年代後半から10年ぐらい続きました。正社員が減ってその 分仕事が減ったかというと,仕事はなかなか減らないし,仕事の内容はどんどん難しくな ります。仕事の内容が難しくなると同時に競争が激しくなって,製品の寿命とか商品の寿 命がどんどん短くなってくるので,ノルマが厳しくなってきています。 そういう状況で,で正社員の過剰労働が深刻化して,ここ10年ぐらいは,過労死,過労 自殺という問題が深刻化してきています。そこまでいかなくても,メンタルヘルスの問題 がかなり広くみらるようになっています。10年ぐらい前には,どの企業もメンタルヘル ス対策というのはやっていなかったのです。それがメンタルヘルス問題として注目されて, どこの企業も真剣に取り組まなければいけないという状況になったのは,ここ5年ぐらい です。この10年ぐらいで,企業共同体の閉鎖性とか非民主性のために,この中で守られ ている人と,その外の人のバランスが悪かったために,非正社員は格差でかわいそうな目 にあい,守られていると思っていた正社員の人たちは自分で自分のくびを絞めている状況

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になっているのです。これが,すごく深刻化して現在に至っているのです。特に,今言っ た企業共同体の閉鎖性とか非民主性に基づく問題は日本特有の問題です。日本ほど,正社 員,非正社員という意味での格差の大きい社会は先進国の中にはないですし,正社員がこ こまで働きすぎて,過労死,過労自殺,メンタルヘルスが一般的な問題として広く広がっ ている国は,少なくとも欧米の先進国ではないです。どちらにしても日本は深刻な問題を 抱えています。 【改革の方向性と理念】 そういう中で,法的な課題として,どういう課題があるかというと,大きく2つの方向性 があります。1つは,労働者個人の権利をきちんと守っていかなければいけないというこ とです。これまで,企業共同体という閉鎖的な集団の中で個人は意見がなかなか言えなか ったのです。その個人の権利を保障するということが1つ必要な点です。集団の中に埋没 しているだけではなくて,個人というものにきちんと着目しないといけないというのが1 つです。もう1つは,個人だけに着目すればいいかというと,個人はやはり弱いのです。 個人を支える集団というものをきちんとつくらなければいけないのです。ヨーロッパとか アメリカでも集団的なコミュニケーションが重要だと言われてきています。日本で集団を 築くときのポイントは何かというと,これまでの集団の問題点を解消するようなシステム にすることが必要です。例えば,組織の内と外の壁が高いというのをやめて開放的にする とか,個人がなかなか意見を言えないような集団であるとよくないので,透明な組織にす るとか,そういう意味で集団のあり方を開放的で透明なものにしていくための基盤を築き 上げていくというのが,重要な政策課題なのです。 それを支える背景にある理念は何かというと,大きく3つあります。1つが,社会的に「公 正」だということです。格差が非常に大きいとか,すごく働きすぎているというのは,社 会的に見て公正ではないのです。社会的にバランスのとれた公正なものにしつつ,かつ, そうすると経済的にも効率的なものになるということがいわれています。みんながこんな 処遇なら非正社員はやる気がないし,正社員もこれだけ働かされたらやる気をなくしてし まいます。このバランスをうまくとることによって,社会的にも公正になるし,それぞれ がそれぞれの能力を活かせるような,やる気を持って働ける社会にすることによって,経 済的にも「効率的」な社会にするのです。そこでは,実は国がいろいろ手取り足取り命令 をするのではなくて,当事者がそのプロセスの中に個人として参加したり,そのプロセス の中のルールづくりに関与することが重要になってきます。自分自身も主体的にルールづ くりに参加していくことによって,社会的に公正で,効率的な社会を実現していこうとい うのが今後の改革の大きな理念になっています。これは,世界的にも言われていることで すし,今言ったような日本の特質を考慮しながら,日本のシステムをつくっていかなけれ ばいけないという状況になっています。

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Ⅳ 新たな「労働法」のグランドデザイン 今の理念に即して,今後5年,10年で考えられる労働法改革のモデルがどうなのかとい うことを簡単に示しておきたいと思います。 私は労働法を専門としていますが,労働法とか労働経済学者,そして労使の方にも参加し てもらって,こらからの労働法のグランドデザインを描き出す研究会を開催しています。 トヨタの人事担当部長さんや,情報労連の労働政策部長さん,連合の方,労働法学者,労 働経済学者などに参加してもらって,今後,5年から10年ぐらいの間に,どういうふう な労働法の改革のグランドデザインがあるかという姿を描いたものが上の図です。 この改革には,5つの柱があります。当事者の参加を重視しながら,公正で効率的な社会 を実現するためには,労使関係法制,労働契約法制,労働時間法制,雇用差別禁止法制, そして労働市場法制という大きく5つの点で,それぞれ具体的な改革を行っていく必要が あるということをビジョンとして示したものです。それぞれ5つについて,ポイントにな る点だけ,ここではお話しします。 第1 は,労使関係法制です。これは労使の話し合いの基盤をつくるための大きな柱になる ところです。ここでは,労働者代表法制で,労働者代表を各事業場において比例代表選挙 で選出するというビジョンを掲げています。これには2つの意味があります。1つは,今, 組合があるところにとっては,多数組合があって,ほとんど多数組合で労使交渉していま すが,そこの中に非正社員が代表されていなかったり,管理職が代表されていなかったり するのです。組合員以外の意見がなかなか浸透していかなくなっているのです。比例代表 では,組合員以外の管理職も場合によっては,比例的に代表に選出されるかもしれないし,

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そこで働いているパートとかアルバイトとか派遣とか請負の人がいたとしても,その人た ちも比例的に選出された労働者代表として,使用者側と話し合いながら労使のコミュニケ ーションをしていくのです。組合があるところでは,そのコミュニケーションを民主的な ものにするという意味があります。また組合がないところでは,これまであまり実質的な 労使交渉がなされていませんでした。組合がないところにも,法的にこういう制度をつく ることによって,きちんとした労使交渉の基盤をつくっていこうというのが,第1の大き な柱です。 第 2 は,労働契約法制です。これは,昨日(2007 年 11 月 28 日)国会で成立したもので すが,この労働契約法制をきちんと整理・充実させることによって,契約内容の公正さを 担保していくことが課題です。こういう契約にしておくと内容が公正になりますよという ことを担保するのです。昨日成立した労働契約法の今後の課題としては,労働契約法の中 身に集団的コミュニケーションをどう組み込んでいくかです。この後お話ししますが,就 業規則の合理性とか解雇の合理性とか,合理性という概念が労働契約法制の中には入って います。その合理性を判断する時に労使できちんと話し合えば合理的だといえると位置づ けて,労働契約法制の中に集団的コミュニケーションをとり入れていくという解釈をすべ きではないかということが言われています。 第3 は,労働時間法制です。これは,今回の労働基準法改正のところで1つの大きなメイ ンだったのですが,結局,労使が折り合わず,法改正には至りませんでした。ホワイトカ ラー・イグゼンプションというのを聞いたことがありますよね。ホワイトカラー・イグゼ ンプションは,残業代ただ法案とか,過労死促進法案とかマスコミで言われて頓挫してし まいました。実はその中にも大切な改革があったのです。ここでポイントになるのは,長 時間労働への対応をきちんとすることです。長時間労働問題の対応としては,法定労働時 間は週40時間になっていますが,ヨーロッパでは残業時間まで含めて最長労働時間が定 められています。ヨーロッパではこれが週48時間になっています。週48時間なので, 日本でいうと法定労働時間の週40時間にプラスして週8時間しか残業ができないのです。 こういう基準を日本でもつくるべきではないかということです。週8時間では無理だとい うことになったら,週10時間とか15時間になるかもしれませんが,とりあえず基準を きちんとつくるべきです。かつ休憩時間というのは,1日 8 時間労働の場合には45分と 定められていますが,それと同時にヨーロッパでは,休息時間というのが定められていま す。休息時間というのは,前の日の仕事終わりと次の日の仕事始めの間に,きちんと休息 を与えなさいということです。休息時間が,ヨーロッパでは11時間に設定されています。 皆さん,遅くまで働く日は何時ぐらいまで働いていますか。夜11時まで働いたとすると, 休息時間をそこから11時間保障しないといけないので,次の日の朝10時までは休ませ ないといけないのです。前の日に夜11時まで働いた場合には,次の日の朝10時までヨ ーロッパでは働かせてはいけないことになっています。日本でも何らかの形でこの休息時 間の保障をすることが1つの方法としてあり得るかもしれません。更に週休二日の徹底と

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か,年休の完全付与というのも今後の重要な課題になっています。年休の未消化というの があるのは,日本だけなのです。なぜだと思いますか。年休のシステムが違うのです。日 本では,年休の時季を指定する時季指定権が労働者にあるのです。労働者が年休をいつ取 るか決められるから,労働者が自発的に選ばないと未消化で残ってしまうのです。アメリ カでは年休制度が法律上定められていませんので,会社は労働者に年休を与えなくてもよ いことになっています。ヨーロッパは,年休の母国で,どういう制度になっているかとい うと,労使で話し合って,年の初めに年休カレンダーをつくるのです。1年のうち30日 年休があるとすれば,年の初めに私の年休はこの時期とこの時期であわせて30日と,年 休カレンダーで決まっているのです。このカレンダーどおりに消化していくので未消化と いうのがないのです。このカレンダーの決定は,労使で話し合った上で使用者が年休の時 期を決めるということになっています。会社に年休を与える義務を課しているのです。日 本の制度は,これとは逆に,年休をいつ取るか決める権限が労働者側にあります。これは 一見,労働者にとって得なようにも思えるのですが,その結果,平均して日本の労働者は 年休の半分も消化していないのです。これが本当に年休としていい制度なのか。日本だけ 特異な状況です。制度を変えたら年休の消化率とか未消化の問題がなくなって,年休の完 全消化という世界になるかもしれません。そういう改革が一方で必要です。 同時に,多様な労働者への柔軟な対応や,健康問題への対応という問題も重要になります。 健康問題というのは実は,何時間働きなさいとか何時間以上働いてはいけませんというも のだけではうまくいかないので,労働時間の規制とはまた別に健康問題に対してきちんと 組織的な対応をしているかというのを制度的に促すことが大切になります。労働安全衛生 法上の安全衛生マネジメントシステムとして,PDCAサイクルという形態で労災予防に 取り組むということが行われている事業場も少なくないと思います。ホワイトカラーの労 働時間管理についても,過労死,過労自殺も一種の労災ですから,PDCA サイクルという プロセスを作り出して,組織的に健康問題が生じないように取り組んでいくことを法的に 促していくことも,今後の1つの重要な課題になります。 第4 は,雇用差別禁止法制です。これも世界的に見ると,日本はすごく遅れています。ア メリカとかヨーロッパでは,包括的な雇用差別禁止法制があるのですが,日本ではまだ均 等法がようやく形が整ったぐらいで,その他の議論があまりなされていません。ヨーロッ パとかアメリカの議論からすると,年齢差別や障害者差別を含めて包括的に差別を禁止し ます。合理的理由のないこういった差別を禁止するといったことが,日本でも検討されて しかるべきで,近い時期にこういう議論になると思います。日本で今のところ議論がある のは,性別と国籍・信条・社会的身分ぐらいまでです。今後の課題は,例えば性的指向, 男性が好きだとか,女性が好きだとかいう指向を理由とした差別の禁止です。後は,障害 を理由とする差別の禁止です。日本では,障害者と健常者を分けて,障害者について法定 雇用率を1.8%と設定しています。「障害者は1.8%雇いなさい。重度の人とか,知的 障害はダブルカウントしていい」ということになっていますが,これはそもそも障害者と

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健常者を分けて考えているのです。障害者の雇用差別の禁止は,今のところ法律には定め られていません。この障害者差別の禁止というのは,国連の条約で日本でもこれを批准す るということになってきていますので,今後,日本でも法律上の課題になるのはほぼ間違 いありません。また,年齢差別の禁止も課題になります。さらに,雇用形態による差別の 禁止も今後の重要な課題になってきます。雇用形態による差別の禁止は,パートタイム労 働法が改正されて,2008年の4月から,改正パートタイム労働法が施行されることに なりました。そこで,一定の要件のもとにフルタイム労働者とパートタイム労働者の差別 が禁止されることになります。改正パートタイム労働法によって,パートタイム労働者の 差別が一定の要件のもとで禁止されるのです。次の課題は,有期契約労働者と無期契約労 働者の差別をなくすことにあると,厚生労働省のなかでは言われています。さらにヨーロ ッパの議論でいくと,派遣労働者に対する差別とか,請負労働者に対する差別をどうする かというのが,今後の議論の対象になってくると思います。そういう意味で,雇用形態を 差別の理由とした差別の禁止というのも,今後議論として進んでいく可能性があります。 もう1つは,労働市場法制です。これはいま,日雇い派遣とか偽装請負というので,非常 に問題になっていますが,法的に重要な問題は何かというと,大きく2つあります。1つ は,定義が曖昧なのです。定義が曖昧なので,これは派遣に当たるのか,請負に当たるの か,もし実態は派遣だけど形式は請負だすると偽装請負に当たるとされていますが,その 定義自体が非常に曖昧なのです。通達でマニュアル化した定義づけがなされていますが, マニュアル化するとその裏をかくということができてしまいます。マニュアルは守ってい るけれど,その形式の裏をとって,これは本当の請負だから偽装請負ではないですよとい うようなことが,たくさんみられています。実態としてどちらかの判断が非常に難しいの です。定義が曖昧なので,もうちょっと定義を明確にすることが必要です。 もう1つの問題は,法規制のアンバランスです。派遣になると労働者派遣法ですごく細か い規制があって,許可制,届出制の下におかれて,労働者派遣法の細かい規制を守らない といけないのです。3年の期間があり,3年を超えたら派遣先が契約の締結を申し込まな くてはいけないとか,いろいろな規制があるのです。派遣の方は非常に厳しいのに,請負 になったら,こういう規制はかからない,フリーハンドになるのです。請負になったら何 の規制もないので請負でやりたいのだけど,やはり指揮命令したいので偽装請負になって しまうということが起こっています。ここでのポイントは,定義をきちんとした上で,か つ派遣になったら100%重い規制があって,請負になったら0%のフリーハンドという アンバランスを直すことです。派遣にも適切な規制を,請負にも適切な規制を実態に即し て施すというのが,大きな課題です。 Ⅴ 「労働契約法」について 1 経緯 ここで,今日のメインである労働契約法の話をしたいと思います。

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労働契約法は,先ほどの5つの柱でいうと2番目の柱に当たるところです。最初のスター トとして,とりあえず労働契約法が今回成立して定められるに至ったという感じです。こ の労働契約法が制定された背景には,従来多かった集団的な労使紛争にかわって,個別の 労働紛争が増えてきたという事情があります。かつては,労働組合がらみで労働委員会で 調整・解決されるような不当労働行為の紛争が多かったのですが,集団的紛争がだんだん 減ってきて,労働者個人の賃金不払いとか解雇の問題とか,ハラスメントの問題といった ような個別の労働紛争が最近増えてきました。そこで,労働者個人の保護を図る規範が必 要だということで,労働法学者や厚生労働省が2つのことを考えました。1つは,労働契 約法をつくって,労働契約に関するルールを明確にしよう。これが労働契約法です。労働 契約に関するルールは,これまで法律では定められていなかったのです。どこに定められ ていたかというと,裁判所が権利濫用法理とか信義則をつかって,判例上定めたものが多 かったのです。判例という点では,今までもうルールになっていたものがほとんどなので すが,判例だとわかりにくいので,これを法律の形に明文化して,労働契約に関するルー ルをはっきりさせようというのが,1つの柱です。 もう1つの柱が,ルールをはっきりさせた上で,労働者個人でも簡単に紛争解決に到達で きるような制度をつくろうといって,約2年前にできたのが労働審判制度です。労働審判 官としての裁判官1人と労使から選ばれた審判員2人,合計3人で紛争解決の手助けをし てくれる制度です。労働者個人が,弁護士付きでも弁護士なしで行ってもいいですが,裁 判所にいって労働審判を申し立てると,原則として3ヶ月以内に紛争解決の提案をしてく れます。その解決案に使用者が従わなければ,そのまま裁判になるという制度が,200 6年4月にできました。発想としては,この労働契約法と労働審判法はセットだったので す。労働契約法がルールの中身を書いて,労働審判制度がその処理のための制度としてで きるはずだったのです。このうち,順調に行ったのが労働審判制です。労働審判制は,1 年半前に施行されて,今は実績がどんどん上がっています。 これに対して,労働契約法は,今まで生みの苦しみを味わいながらようやく昨日(200 7年11月28日)成立しました。今から4~5年前に,今後の労働契約法制に関する在 り方に関する研究会というのが,厚生労働省の中にできました。これは,基本的に労働法 学者を中心に労働契約法制の整理をしようとしたもので,そこでこういうルールをつくろ うという案がつくられました。その案が出たのが2005年9月で,この案を審議会にか けたんです。審議会は公労使の代表から構成されていますが,普通は,審議会にかけて, いいですよという答申をもらったら,政府が法律案をつくって,国会に提出して,国会で 通るということになります。このプロセスでいうと,2005年9月に研究会案が出て, すぐに審議会にかけて,国会で通して,2006年4月から労働審判法と一緒に施行する という予定だったんです。だけど,審議会でもめたのです。労使が納得しなかったのです。 特にそもそもの研究会報告案だと,解雇の金銭解決制度がありました。今は,解雇だと解 雇無効という判決が出て,労働契約は継続しているものとして取り扱われます。これを,

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解雇無効ではなくて,金銭で解決できる制度を作ろうということを経済団体が強く主張し て,それが案に入っていたのです。しかし,そんなのはだめだと組合側が言いました。ほ かに変更解約告知という制度があったのですが,これもヨーロッパ並みにきちんと制度化 しようという案だったのですが,これもだめだということで,労使が折り合わない事項が たくさん出てきたのです。そういうなかで,スケジュールどおりには進まず,紆余曲折を 経た上で審議会の答申が出たのが,それから約1年半後の2007年2月です。審議会が 2~3ヶ月で終わる予定だったのに1年半ぐらいかかったのです。出てきたものは,労使 が妥協できたものだけでした。原案として,研究会報告ではもっといろいろなルールが定 められていたのですが,結局,労使が納得できたものだけなので,かなりやせ細ったもの になってしまいました。やせ細ったもので,どういうものが残ったのかというと,今まで の判例で既に確立しているルールだけが残ったのです。今までの判例で言われていなかっ た新しいルールは,労使の話し合いの中で合意が得られずに抜け落ちてしまいました。こ れが,今年の2月に審議会で通って,国会に政府法案として3月に提出されたのですが, 2007年夏の参議院選挙前のごたごたで審議ができないまま継続審議になり,今になり ました。その参議院選挙で民主党が大きく勝ったので,民主党からこういう条項を入れた いという修正が入りました。政府案に対して,野党側の修正を入れて,与野党提出の修正 案として,11月7日に衆議院の厚生労働委員会に出されて,衆議院で可決されて,さら に参議院の厚生労働委員会で通って,昨日(11月28日)成立したのです。実際に国会 の場では,与野党が合意したものが修正案として出てきたので,1ヶ月であっという間に 通ってしまったという状況です。国会で成立して,公布から3ヶ月以内に施行ということ が法律に書かれていますので,2008年の3月までには施行されることになります。 2 内容 労働契約法のなかに具体的にどういうことが定められているかというと,大きく見ると2 点あります。1つは,そもそも労働契約とはどういうものかという定義と労働契約に関わ る諸原則が定められています。これが,1つの大きな柱です。2番目の大きな柱が,具体 的に労働契約を締結したり,内容を変更したり,労働契約を終了させることについての具 体的なルールが書かれています。こういう諸原則を明確化して,かつ具体的なルールを明 らかにすることによって,労働契約に関するルールを定めて,労働契約を締結する労働者 個人の保護も法律の中に見える形にしようとしたのが,この法律です。 まず,第一の定義と諸原則というのが,第一章総則で,第1条から第5条まで書かれてい ます。第1条は目的で,「合理的な労働条件の決定又は,変更が円滑に行われるようにする ことを通じて,労働者の保護を図りつつ,個別な労働関係の安定に資することを目的とす る」と書かれています。法律には,たいてい1条にその目的が書かれていますが,目的が こうだから直接何かがどうなるというものではなく,こういう目的でこの法律ができてい るのだということを宣言したものです。その次に定義が書かれています。この法律の適用

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対象です。 第2 条に「この法律において,「労働者」とは,使用者に使用されて労働し,賃金を支払 われる者をいう」と書かれています。この定義自体は,労働基準法の中にある労働者とか 使用者の定義と同じものになっています。ただし,19 条に適用除外というのが,定められ ていて,「この法律は,国家公務員及び地方公務員については,適用しない」と書かれてい ます。この中に,国家公務員,地方公務員の方がいらっしゃるとすれば,残念ながらその 方々には労働契約法の適用はありません。19 条2項に,「この法律は,使用者が同居の親族 のみを使用する場合の労働契約については,適用しない」と書かれています。この点は, 労働基準法も同じように,同居親族のみを使用する場合には適用しないとなっています。 そして3 条で労働契約の原則というものを定めています。3条1項には,「労働契約は, 労働者及び使用者が対等の立場のおける合意に基づいて締結し,又は変更すべきものとす る」と書かれています。この,「対等の立場で合意をして締結したり,変更すべきもの」と いうのも,できるだけ対等な方がいいですよと言っているだけで,本当は対等ではないと 3条1項違反になるのかというと,そういう性質のものではなくて,合意に基づいてやり なさいよということを宣言しているだけです。 実は,今回の修正案で重要なのは,この3条に2項,3項というのが新しく加わった点で す。これは,民主党が連合等の意向を踏まえて新しく加えたものです。2項は,「労働契約 は,労働者及び使用者が就業の実態に応じて均衡を考慮しつつ締結し,又は変更すべきも のとする」としています。就業の実態に応じて労働契約を締結したり,変更しなければな らないのです。いわゆる均衡処遇というものが,ここで書かれています。ただし,これが, どれぐらい法的な意味を持つかというと,均衡を考慮しつつ変更を定めたり,変更しなけ ればいけないという曖昧な表現の規定なので,ただちにこの規定自体から,私法的な法的 拘束力が生じるものではなくて,これはある意味,訓示的な規定といえます。この規定が 入って成立したから,ただちに正社員とパート,正社員とアルバイトの雇用の実態を考慮 しながら,バランスをとった処遇をしなければいけない,それが法的に強制されて,裁判 上,そういうバランスをとっていないと違法とされるかというと,この条文自体からそこ まで強い効力は出てこないだろうと考えられます。 3条3項も新しく加わった規定ですが,「労働契約は労働者及び使用者が,仕事と生活の 調和にも配慮しつつ締結し,又は変更すべきものとする」と書かれています。これは,ワ ーク・ライフ・バランスに配慮しながら契約を締結したり,変更しなさいということです。 これも配慮しつつという曖昧な文言になっているので,配慮するに越したことはないのだ けど,配慮しなかったから,この規定に違反して直ちに私法上違反と裁判で判断されるも のとまでは解釈できない性質のものです。ある意味訓示的な規定といえます。 ただし,この2項,3項については,注意しないといけない点があります。この2項,3 項がなくても,場合によっては,正社員とパートタイム労働者の処遇が,公序良俗に違反 すると言われることがあるのをご存知ですか。丸子警報機事件判決というのがあって,同

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じような仕事をして,同じような帰属意識を持った人パートと正社員の間で,賃金の格差 が2割を超える場合には,公序良俗違反として,8割との差額を不法行為として損害賠償 請求できるという判決もあるのです。それは,ここにいう労働契約法3条2項の問題では なく,公序良俗(民法90条)の問題なのですが,その公序良俗の解釈の中でこの3条2 項が場合によっては,考慮される可能性があります。この3条2項自体からは,法的拘束 力は出てこないけれど,公序良俗の判断で影響が出てくる可能性があるのです。 同じように3条3項で,ワーク・ライフ・バランスに配慮しながら労働契約を締結し,変 更すると書いてあります。この条項自体は直接拘束力を持つものではないとしても,例え ば配転とか出向を命ずる場合に,生活上の制約が強い人については権利濫用になる可能性 があります。例えば,単身赴任をして家族と別々に生活しなければいけないとか,介護を している人がいる場合にその人を置いていかなければならない,もしくはその人を連れて 新しい病院を探さなければいけないという場合には,ワーク・ライフ・バランスに配慮し なければいけません。この育児とか介護の問題に配慮するというのは,今までは権利濫用 (民法1条3項)の問題でした。判例の言葉でいうと,「通常甘受すべき程度を著しく超え る不利益」を労働者に与える時には,権利濫用として無効にするという法理がすでにあり ます。この権利濫用になるかどうかの判断で,この3条3項の存在が考慮される可能性が あります。労働契約法の3条3項でこういう規定が定められたということになると,人事 異動における労働者の不利益の配慮の点で,もうちょっときちんとケアした方がいいとい うことになるかもしれません。そういう意味で配転命令などの権利濫用性判断の中で,こ の3条3項が考慮される可能性があるといえます。規定自体に直接の効力はなくても,他 の規定の解釈の中に影響してくる可能性があるということを頭に入れておいてください。 この民主党が入れた野党の修正案は,訓示的な規定だけれど,もしかしたら裁判上一定の 効果が間接的に出るかもしれません。 3条には4項,5項という規定が続けて定められています。4項には,「労働者及び使用 者は,労働契約を遵守するとともに,信義に従い誠実に,権利を行使し,及び義務を履行 しなければならない」と書かれています。これは,労働契約を締結したり履行する場合に, 信義に基づいてやりなさいということです。これは,今まで民法1条2項に規定があった ものを,労働契約についてもきちんと信義則に照らしてやりなさいと確認したものです。 5項の「労働者及び使用者は,労働契約に基づく権利の行使に当たっては,それを濫用す ることがあってはならない」と書かれています。これはこれまで民法1条3項で言われて きたものです。民法1条3項だけでなく,労働契約についてもそれが同じように当てはま りますということを確認した規定です。内容は変わりません。民法1条2項とか1条3項 と言われたものを労働契約についてもきちんと頭に入れてやりなさいよということが確認 されたものです。 4条は,「使用者は,労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について,労働者の 理解を深めるようにするものとする」と書かれています。労働者の理解を深めるに越した

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ことはないですが,深めなかったらどうなるのか,この条文だけではわかりません。これ も訓示的な規定です。なるべく理解を深めるようにしなさいということです。2項で,「労 働者及び使用者は,労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む)に ついて,できる限り書面により確認するものとする」と書かれています。これも,できる 限りという非常に曖昧な言葉が使われています。できる限りやろうとしたけれど,できな かったという場合にどうなるかというと,別に何ということはないのです。これも訓示的 な規定で,できる限りやりなさいという意味です。 そして,5条で,「使用者は,労働契約により,労働者がその生命,身体等の安全を確保 しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする」と書かれています。こ れは,判例法理で安全配慮義務というものが確立されていますが,これを法律上明文化し たものです。労働者を働かせる上では,労働者の生命,身体に配慮して,事故や病気にな らせるようことがないようにしなさいというものです。もし,そこでけがをしたり死亡さ せたりすると,会社は安全配慮義務違反として損害賠償をする義務を負うことがあるとい う法理を確認したものです。 以上が原則で,原則の中で言われているもののほとんどが訓示的なものです。ただし,修 正で加わった3条2項,3項については,間接的に公序良俗の判断とか,権利濫用の判断 の中で影響があるかもしれないものです。 さらに具体的なルールを定めた規定として,6条以下に労働契約の成立とか変更とか終了 に関する規定があります。ここらへんから,少しずつ具体的になってきます。 第6条で,「労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃 金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する」と書かれ ています。いわゆる労働契約の定義で,労働契約がどのようなものかというと,労働者が 使用されて労働し,使用者がこれに賃金を支払うことについて合意があれば,これは労働 契約ということになります。労働契約の定義というのは,これまで日本の法律上どこにも ありませんでした。労働基準法には労働契約という章があるんですが,定義がなかったの です。これまでは,民法623条,民法上の雇用契約の定義を参考にしながら,雇用契約 や労働契約はこんなものだねと考えられていたのです。労働契約法6条は,この民法62 3条を参考に言われてきたこれまでの定義を確認したものです。労働契約を定義するとし たら,こういうふうになりますよということです。これまで,一般に言われてきたものを 法律上明示したという意味があります。 そして,7条では,「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合 理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていたときは,労働契約の 内容は,その就業規則で定める労働条件によるものとする」と書かれています。これは, これまで判例で,具体的には秋北バス事件やフジ興産事件で言われていた点です。就業規 則については,場合によっては労働者が同意していない場合がありますが,労使間で合意 がなくても,労働者に周知して,内容が合理的であれば労働契約の内容になるというこれ

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までの判例法理を,こういう形で確認したものです。就業規則は,周知と合理性が必要で, 周知と合理性があれば労働契約の内容となるということです。「ただし,労働契約において, 労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意した部分については,第12 条 に該当する場合を除き,この限りでない」と書かれています。この第12条というのは,後 で見ますが,結局,就業規則よりも有利な合意がある場合には,その限りではないという ことです。就業規則よりも有利な合意があれば,合意の方が優先すると,これまで一般的 に言われてきたことをここで確認しています。就業規則は周知と合理性があれば,労働契 約内容になるけれど,個別に労働者とそれよりも有利な合意があれば,有利な合意が労働 契約に内容になるということです。 第8条で,「労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変 更することができる」と書かれています。合意があれば,労働条件を変更することができ るのは,当然ですが,第9条で,「使用者は,労働者と合意することなく,就業規則を変更 することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはでき ない。ただし,次条の場合は,この限りでない」と書かれています。合意がなければ,不 利益変更はできないという原則を掲げながら,第 10 条で,「使用者が就業規則の変更によ り労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業 規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規 則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照ら して合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規 則に定めるところによるものとする」と書かれています。これは,秋北バス事件をはじめ とする最高裁の判決で言われてきたことを,9条,10 条でまとめたものです。原則として, 合意がなければ労働条件の変更はできないけれど,就業規則による労働条件の不利益変更 は,労働者に周知して,かつ内容が合理的であればできるということが,これまで判例で 言われてきました。これを条文で示したのです。周知と合理性があれば,労働者の同意が なくても労働条件を変更できるのです。そして,その変更の合理性については,ここでは 4つの基準が挙げられています。労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性, 変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合などとの交渉の状況といった4つの点などに 照らして,合理的かどうか判断するのです。これまで判例では,5つとか7つと言われて いましたが,その中で4つをここで明示して,それらなどを総合考慮して合理性を判断す るものとしました。これは,これまでの法理を文言上まとめたものになっています。これ も判例法理の確認です。明文化しただけです。「ただし,労働契約において,労働者及び使 用者が就業規則の変更によって変更されない労働条件として合意していた場合については, 第12 条に該当する場合を除き,この限りでない」と書かれています。就業規則変更では変 更されないという合意があったとすれば,その部分については就業規則で無理に変更する ことはできないというのは,これまでも言われていたことをそういう形で確認したものと いえます。

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第11 条は,「就業規則の変更の手続きに関しては,労働基準法第 89 条,及び第 90 条の 定めるところによる」と書かれています。10 条で変更の要件は周知と合理性と書いてあり ましたが,労働基準法では周知以外にも過半数代表の意見聴取と労働基準監督署長への届 出を定めていますので,忘れないでねということを念のために書いているのです。 そして,12 条,13 条は,労働基準法上の規定がここに移ってきたものです。12 条を見て みると,「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分につい ては,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準によ る」と書かれています。これは,就業規則に関する労働基準法93 条が,労働契約法 12 条 に移ってきたものです。そして,13 条は,「就業規則が法令又は労働契約に反する場合には, 当該反する部分については,第7 条,第 10 条及び前条の規定は,当該法令又は労働協約の 適用を受ける労働者との間の労働契約については,適用しない」と書かれています。就業 規則は,法令とか労働協約に反するものであってはならないということが,労働基準法 92 条に書かれていますが,これがここでも確認的に書かれています。労働基準法第92 条とほ ぼ同じ内容のものが労働契約法の中でも確認的に第13 条で定められています。 そして,労働契約の継続及び終了に関して,さらにいくつか規定があります。まず,14 条では出向に関する規定があります。配転の規定はなくて,ここでは出向だけあります。「使 用者が労働者に出向を命ずることができる場合において,当該出向の命令が,その必要性, 対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして,その権利を濫用したものと認めら れる場合には,当該命令は無効とする」と書かれています。これは,配転命令とか出向命 令については,権利の濫用がある場合には無効にするということが,これまでも判例上言 われてきていました。判例で言われていた点はどういう点かというと,まず業務上の必要 性がなければ権利の濫用になります。ここでは,それが,「その必要性」と書かれています。 また,「対象労働者の選定に係る事情その他」と書かれていますが,判例では,業務上の必 要性があったとしても,その動機・目的が不当な場合,例えばいやがらせやいじめ目的で その人を配転とか出向の対象にしたときには,権利の濫用になるとされています。また, 労働者に著しい不利益を与えた場合には,権利の濫用になると言われています。そういう 意味で,動機・目的の不当性とか,労働者に著しい不利益を与えるといった事情が,ここ では「対象労働者の選定に係る事情」と書き改められて,これまでの判例法理がこういう 形で確認されています。出向命令の権利濫用性に関するこれまでの判例法理を,こういう 形で法律上明文化したものです。 第15 条は懲戒に関する規定で,「使用者が労働者を懲戒することができる場合において, 当該懲戒が当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的 に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用し たものとして,当該懲戒は,無効とする」と書かれています。懲戒処分については,これ は権利の濫用に当たるものであってはならないということが,これまで判例で言われてき て,客観的で合理的な理由があり社会通念上相当として是認できるかという観点から権利

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の濫用性が判断されてきました。この懲戒処分に関する判例法理を法律上明文化したもの が,この第15 条です。 そして,16 条は解雇についてです。「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上 相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする」と書か れています。これも,どこかで見たことがある規定です。労働基準法18 条の 2 は,平成1 5年労働基準法改正の時に入れられたのですが,この規定はよく考えると罰則付きで基準 を強制する労働基準法とは趣旨が違うものなので,今回,労働契約法に移されることにな りました。労働基準法18 条の2が削除されて,ここに労働契約法 16 条という形で,解雇 権濫用法理が明示されることになったのです。 そして,最後に17 条で,「使用者は,期間の定めのある労働契約について,やむを得ない 事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇す ることができない」と書かれています。期間の定めのない契約については,解雇権の濫用 法理という話がありましたが,期間の定めのある契約は,期間の途中で解約できると思い ますか。1年契約という場合に,1年の途中で解約できるかというと,これについては民 法 628 条という雇用契約に関する規定があって,期間の定めのある契約もやむを得ない事 由がある場合には,途中で解約できるという規定があります。それを反対から確認したの がこの規定です。やむを得ない事由がなければ,期間の定めのある契約は途中で解約,解 雇できないと定めたのです。これまで,民法 628 条の反対解釈として言われていたことが こういう形で確認されたのです。実質的にこれまで言われていたものと同じですが,こう いう形で法律上明文化されました。そして,2項で,「使用者は,期間の定めのある労働契 約について,その労働契約により労働者を使用する目的に照らして,必要以上に短い期間 を定めることにより,その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければな らない」と書かれています。本当は,ずっと雇おうと思っているのに,例えば,3ヶ月契 約とか6ヶ月契約とか短い期間を付けて,何回も何回も更新するようなことはしないよう に配慮してくださいねと規定したものです。これも配慮なので,この条文自体からは,直 接,私法上の効力,法的拘束力が出ると解釈するのは難しいものです。ですが,これも3 条2項,3項と同じように,他の法的判断に影響を与える可能性があるものです。期間の 定めのある労働契約を反復更新して,期間が満了した時に雇用を切るという雇止めについ ては,解雇権濫用法理の類推適用がありうるという判例法理があります。期間の満了だか ら,当然切っていいわけではなく,それが例えば,反復更新されて期間の定めのない契約 と同視できるような場合とか,雇用を継続することについて労働者に合理的な期待がある 場合には,雇止めに解雇権濫用法理が類推適用されるという法理です。この場合,きちん とした理由,つまり客観的に合理的で社会的に相当な理由がなければ,雇止めはできない ものとされています。この雇止めの合理性・相当性の判断の中で,この条文に反するよう な取扱いをしていれば,雇止めは不合理だと判断されやすくなるといえるかもしれません。 条文自体の効力はないけれど,雇止めの合理性という別の法的判断の中で,権利濫用性を

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高める解釈がなされうるという意味を持つものだと思います。 以上が労働契約法です。 これを聞いてもおわかりのように,ほとんどが確認的なもので,新しいものはほとんどな いものです。判例法理を含む今までのルールを,法律に書かれていなくてもみんな知って いて,そのとおりに運用していたところは,何も心配することはないのです。ですが,判 例ルールを知らなくて,適当にやっていたところでは,法律でこのように明文化されたの で,その点を確認してきちんとやらなければいけませんよという意味合いをもちます。こ の法律については,よく「小さく産んで,大きく育てる」ということが言われていますが, さらにこの中にどういう規定を盛り込んで充実させていくかは,今後の課題といえます。 この法律は,これから進んでいく労働法改革の第一歩を記すものとなるかもしれません。 今日は,熱心に聴いていただきありがとうございました。

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