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笑い学研究 25(2018.7) 論文 乳児の自発的微笑と外発的 社会的微笑の質的な違い 生後 1 年間における 1 事例の縦断的観察を通して 池田正人 要旨乳児の微笑には 外部刺激がなくても睡眠中に出現する自発的微笑と 外部刺激に反応して起こる外発的 社会的微笑がある 先行研究では 自発的微笑が成

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論 文

乳児の自発的微笑と

外発的・社会的微笑の質的な違い

― 生後1年間における1事例の縦断的観察を通して―

池田 正人

要旨  乳児の微笑には、外部刺激がなくても睡 眠中に出現する自発的微笑と、外部刺激に 反応して起こる外発的・社会的微笑がある。 先行研究では、自発的微笑が成長に伴い社 会的微笑になるという立場と、2つの微笑 は並存し、置き換わるわけではないという 立場がある。  本研究は、1名の乳児から自発的微笑と、 養育者による外部刺激を提示したときの外 発的・社会的微笑を週1回以上の間隔で測 定し、成長に伴う微笑反応数の変化や、微 笑時の顔の形態等から2つの微笑の関係を 調べた。  週齢0週から51週まで1年間調べた結 果、自発的微笑の頻度は出生直後の高水準 が、週齢13週以降減少するのに対して、外 発的・社会的微笑は週齢13週までの間増加 した。その後は、どちらの微笑も頻度は減 りながら併存していた。また、出生後から 1年間通して、自発的微笑は口を閉じ、外 発的・社会的微笑は口を開けるという形態 の違いが見られたことから、2つの微笑は 出生時から質的に異なるものであると考え た。 はじめに  育児の世界で「エンジェルスマイル」と いう言葉があるように、生まれたばかりの 新生児でも微笑を見せることは、一般的に も広く知られている。Wolff(1963)は、生 後1週間の新生児の観察から、外部刺激 の存在とは関係なく口角が引き上げられ る「自発的微笑(Spontaneous smile)」と、 外部刺激への反応として起こる「外発的微 笑(elicited smile)」を区別する必要があ るとした。 自発的微笑 自発的微笑は睡眠中、特に急 速眼球運動を伴うREM睡眠時に出現する ことが多く、主に新生児期に見られるため、 新生児微笑、生理的微笑とも呼ばれる。高 橋(1995)の研究では、在胎32週以降の早 産児に自発的微笑が見られた。川上(2009) は、4次元超音波診断装置を用いて、在胎

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22週の胎児にも見られることを確認してい る。これらの研究から、自発的微笑は生得 的であると考えられている。  島田(1969)は、週齢7週までの乳児を 調べ、成長に伴い自発的微笑の頻度が減少 し、持続時間は長くなり、形態的には口が 開き、「完全なsmile」になっていくと述べ ている。高井ら(2005, 2008)は、月齢2 か月以降になると、微笑は片頬よりも両頬 により多く見られるようになるが、微笑の 持続時間が長くなる傾向は見られないと述 べている。  その後の自発的微笑は、高橋(1995)に よれば月齢4か月以降は減少し、8か月 以降は稀になると言われている。しかし、 Kawakamiら(2009)は、1歳前後の幼児 でも睡眠中に自発的微笑が見られると報告 している。 外発的・社会的微笑 外発的微笑は、丹羽 (1961)と島田(1969)が共に、生後4 日目の新生児に、沐浴や口角への触覚刺 激を与えることで生起すると述べている。 Cecchiniら(2011)は、出生直後の新生児 でも、実験者の指を握らせて、その指を動 かすことで口を開けた微笑を見せ、触覚刺 激や聴覚刺激への微笑も見られると述べて いる。しかし、高橋(1973)の研究では、 生後3〜6日の新生児への触覚刺激で14名 中2名のみが微笑し、人の声による聴覚刺 激では誰も微笑を示さなかったため、触覚 刺激や聴覚刺激によって微笑が生起すると は言い難く、きわめて不安定な性質である としている。また、人の顔に対する微笑は、 月齢1か月で14名中1名しか見られなかっ たことから、人の顔への微笑はまだ生起し ないと述べている。このように、外発的微 笑の出現時期については、出生直後から出 現するという研究と、出生直後は不安定で あり、刺激によって出現時期が異なるとす る研究がある。  外発的微笑はその後、母親など養育者の 顔や声に対する選択的な反応として「社会 的微笑」に発達すると言われている(島田, 1969)。これは乳児の認識能力の発達に伴 い、触覚や聴覚といった五感への部分的な 刺激から、人として対象全体を認識し、そ のやり取りにおいて社会的微笑が起こると 考えられている。乳児は言葉による報告が できず、主観を測定できないため、乳児が 人に向けて微笑を見せたとしても、人から の働きかけを五感による部分的な外部刺激 として反応したのか、「人」という認識を 持って反応したかの識別は難しい。乳児期 において外発的微笑と社会的微笑は識別し にくいため、本研究では人からの働きかけ によって生じた乳児の微笑を、全て「外発 的・社会的微笑」と呼ぶこととする。 2つの微笑の関係 自発的微笑と外発的・ 社会的微笑の関係については、研究者間で 意見が分かれている。松阪(2013)の展望 論文によると、2つの微笑には連続性があ り、出生前から存在する自発的微笑が月齢 2か月を過ぎた頃から減少し、社会的微笑 に入れ替わるとする立場と、2つの微笑は 入れ替わるのではなく、独立の発達過程を たどるという立場があると述べている。  2つの微笑が連続するという立場である 島田(1969)は、自発的微笑が成長に伴っ

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て次第に口を開けて「完全なsmile」になり、 外発的微笑と合わさって社会的微笑に発展 すると述べている。高橋(1995)は、新生 児期の自発的微笑の頻度と、のちの社会的 微笑の頻度の相関を調べ、新生児期に自発 的微笑をよく見せた乳児は、生後4か月以 降において顔模型などの視覚刺激に対して よく微笑を見せたと報告し、自発的微笑が のちに発達する微笑反応の基礎になってい ると論じている。  一方、Kawakamiら(2007)は、月齢2 〜3か月以降、睡眠中の自発的微笑と覚醒 中の社会的微笑が並存する期間があるう え、1歳前後でも自発的微笑が見られるこ とから、2つの微笑に連続性はなく、置き 換わるものではないと述べている。また、 Cecchiniら(2011)は、睡眠中の新生児は 口を閉じた微笑、覚醒時に刺激を与えた場 合には口を開けた微笑が多いことから、2 つの微笑は形態的に異なり、出生直後から 分化していると述べている。  このように2つの微笑の関係には様々 な見解があるが、Messingerら(2002)は、 新生児の微笑と、その後の社会的微笑との 一貫性を調べるには、縦断的研究により同 じ子どもたちの追跡が必要だと述べている。 本研究の目的 ここまで見てきた乳児の微 笑研究では、①自発的微笑は週齢が進むと 持続時間が長くなり、口を開けたり、両頬 で微笑するなど形態的に「完全なsmile」 になっていくのか否か、②外発的・社会的 微笑は新生児期に出現するのか否か、③自 発的微笑は社会的微笑と入れ替わるのか否 か、について研究者間で見解が異なってい る。本研究では、1名の乳児の自発的微笑 と外発的・社会的微笑を縦断的に観察する ことで、2つの微笑の関係や、成長に伴う 変化を調べていくこととした。  高井ら(2005, 2008)は、1名の乳児の 自発的微笑を出生後から半年間、週齢ごと に調べているが、多くの先行研究は2か月 程の調査期間であったり、長期間の調査で は月に1回の測定頻度であることが多い。 乳児は成長速度が速く、変化を細かく調べ る必要があると考えたため、本研究では自 発的微笑と外発的・社会的微笑を、週齢0 週から週1回以上の頻度で、1年間縦断的 に調べることとした。対象は1名のみであ るため、先行研究と比較することで、測定 された傾向が他の乳児にも見られるものか どうかを検討することとした。 方法 対象児 2015年5月14日生まれの健康な女 児。出生時体重3,084グラム。在胎日数は 40週4日。妊娠期、周生期、乳児期を通し て異常所見はなし。 調査期間 2015年5月17日から2016年5月 14日までの間。 実施場所 週齢0週3日に実施した外発 的・社会的微笑の測定のみ乳児の入院先の 病院で実施したが、それ以外はすべて乳児 の自宅で実施した。 倫理上の問題への配慮 本研究は、乳児と、 実験協力者である養育者(乳児の母親)に 週1回以上実験をおこなうことから、実生 活への負担が懸念された。そのため、養育 者には事前に研究計画と実施ペースについ

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て説明し、了承を得た。実験予定日であっ ても、乳児が泣き止まず、安静状態の測定 ができないときは、日程を変更するか、取 りやめた。また、乳児が月齢9か月の頃、 養育者が忙しくて外発的・社会的微笑の実 験の実施が難しかったことから、毎週の測 定を隔週間隔に変更して、母子への負担に 配慮した。 手続き 自発的微笑の測定は、夜間に照明 を落とした寝室で、柵で囲ったベビーベッ ド(キンタロー アン)に乳児を寝かせ、 養育者(乳児の母親)が見ていない状況で 実施した。三脚で固定したデジタルビデオ カメラ(Panasonic HC-W570M)を用いて、 入眠後10分以内から1時間、乳児の顔を撮 影した。  外発的・社会的微笑の測定は、授乳後 30分以内に、ベビーラック(Combi プル メアS)に乳児を座らせた状況で実施し た。最初に、実験協力者である養育者が同 じ部屋にいながら乳児と顔を合わせず、外 部刺激を与えない安静状態で、実験者が デジタルビデオカメラ(Panasonic HC-W570M)を用いて乳児の顔を30秒間撮影し た。  その後、養育者が乳児に以下の4つの介 入を連続でおこない、その際の乳児の顔を、 実験者がデジタルビデオカメラでそれぞれ 30秒間ずつ撮影した。 ・声かけ条件:何も書かれていない画用紙 で養育者の顔を覆い、養育者の表情が乳児 に見えない状態で、乳児に向けて名前を呼 びかけたり、口鳴らしをする。 ・抱擁条件:何も書かれていない画用紙で 養育者の顔を覆い、養育者の表情が乳児に 見えない状態で、ベビーラックから乳児を 取り出し、軽く揺らしながら抱擁する。 ・笑顔条件:養育者が乳児に笑顔を向け、 乳児が養育者の顔を見た時から撮影を開始 する。 ・全条件:上記3条件を組み合わせ、養育 者が乳児を抱擁し、笑顔を向けながら名前 を呼びかけ、乳児が養育者の顔を見た時か ら撮影を開始する。  これらの4条件は、順序効果を避けるた め、実験毎に条件の提示順序を入れ替えた。 結果の処理 乳児の顔を撮影したビデオ映 像から、乳児の微笑を測定した。微笑の定 義は川上ら(2012)に倣い、①唇の端が上 がっていること、②1秒以上続くこと、③ 連続の場合、1/6秒以内に出現したら同一 とすることとした。微笑の判別は、2名が 独立に映像を見て判定した結果、一致率は 92%であった。なお、2名の判定結果が異 なった場合は、協議によって判定を決定し た。  週齢3週6日の外発的・社会的微笑の測 定で、介入前の安静時に微笑が見られた。 この場合、その後に微笑が起こっても、介 入による反応なのかが疑われるため、この 日のデータは除外した。  自発的微笑、外発的・社会的微笑の頻度 と反応持続時間、口角が上がった方向を、 月齢、週齢ごとにまとめた。同じ週齢で複 数回測定した場合は平均値を算出した。ま た、ビデオの映像から、微笑時の口の開閉 を調べた。このとき、微笑中に一度でも口 が開いたと確認されものは「口が開いた」

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として分類した。自発的微笑の観察時、睡 眠中の動きで乳児が横向きになって表情全 体を撮影できず、口角の上昇は確認された が、口の開閉が見えなかった8件を「判定 不能」として分類した。 結果 自発的微笑について 週齢0週4日から51 週3日までの間、自発的微笑の観察を113回 実施したところ、週齢0週4日から自発的 微笑が出現し(図1)、期間中に計688回の 微笑が観察された。 図1 週齢0週4日で見られた自発的微笑  表1は、1回1時間の観察あたりの平均 微笑出現回数、平均持続時間などを月齢別 に示したものである。自発的微笑の平均出 現回数は、月齢0か月時の13回(SD=5.15) が最も多く、その後は減少し、月齢11か 月の0.71回(SD=0.49)が最も少なかった。 出生直後が最も多く、その後減少する傾向 は、島田(1969)や高橋(1994)などの先 行研究と一致した。また、本研究では、月 齢12か月1日目においても自発的微笑が1 回出現しており、1歳以降も自発的微笑が 見られるとしたKawakamiら(2009)の研 究結果と一致した。  自発的微笑の持続時間を見ると、全期間 の平均持続時間は2.04秒であった。週齢毎 に測定した島田(1969)や高井ら(2005, 2008)の研究と比較するため、週齢毎の平 均持続時間の変化を図2にまとめた。島田 (1969)と同じ条件で週齢0週から7週の 平均持続時間を見ると、週齢0〜 4週の平 均2.27秒(SD=1.60)と比べて、5〜 7週 は平均3.09秒(SD=2.89)と増加しており、 表1 自発的微笑の月齢別各種平均値(1回1時間あたり)

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島田の結果と同じ傾向のように見える。し かし、その後の週齢8〜 51週の平均は2.19 秒(SD=1.68)となり、1年を通して見た 場合、微笑持続時間が長くなる傾向は見ら れなかった。  次に、微笑時に口角が上がった方向を見 てみると、両側が396回、右側が227回、左 側が65回となった。月齢毎に微笑の方向別 で平均回数をまとめたものが図3である。 高井ら(2005, 2008)と同じ方法で、月齢 0〜1か月と2〜5か月に分けて比較した ところ、0〜1か月は両側が209回、片側(左 右だけの値を合算)が168回、2〜5か月 は両側が145回、片側が80回出現し、2か 月以降は両側に出現しやすくなるという先 行研究と同様の結果となった〔χ2(1)=4.72, p<.05〕。しかし、月齢6〜 11か月では両 側が47回、片側が64回で片側の方が多くな り、1年を通してみた場合、両側が増える という傾向は見られなかった。  次に、自発的微笑時の口の形態に注目し たところ、図4にあるように、全期間で口 を閉じた状態が多かった。週齢別に見ても、 全期間で口を閉じた微笑が多く、週齢21週 以降は口を開けた微笑が見られなかった。 このことから、島田(1969)が言うような、 週齢とともに口を開けた微笑が増える傾向 は見られなかった。 図2 週齢別自発的微笑の平均持続時間 図3 月齢毎自発的微笑の出現部位別回数

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外発的・社会的微笑について 週齢0週3 日から51週2日までの間、養育者による4 つの介入条件時の外発的・社会的微笑の測 定を102回実施した。最初の外発的・社会 的微笑は週齢0週3日で全条件のときに見 られ(図5)、期間中に計287回の微笑が測 定された。週齢8週以降は微笑時に声を出 したり、笑い声を伴うことが増えた。 図4 月齢別自発的微笑の口の開閉数 表2 外発的・社会的微笑の月齢別各種平均値(各条件1回30秒あたり) 図5 週齢0週3日の乳児の外発的・社会的微笑

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 表2は、4条件を合わせた平均出現回数、 介入条件別の平均出現回数、微笑時の口の 開閉などを月齢別に示したものである。外 発的・社会的微笑の平均出現回数は、出生 直後から月齢3か月まで増加し、その後 は低下した。これは、Messinger & Fogel (2007)の研究で、生後3か月頃の乳児が 最もよく外発的微笑を見せた結果と一致す る。  介入条件別の微笑総数は図6にあるよう に、全条件が123回で最も多く、笑顔条件 が90回、声かけ条件が66回と続き、抱擁条 件は8回で最も低い値となった。  月齢毎に介入条件別の平均微笑回数をま とめたものが図7である。全ての月齢にお いて、抱擁条件での微笑はほとんど出現せ ず、月齢2か月、4か月以外は全条件が最 も多かった。笑顔条件と声かけ条件の平均 微笑回数を比較してみると、「笑顔条件> 声かけ条件」となった月齢が6回、「笑顔 条件<声かけ条件」が4回、「笑顔条件= 声かけ条件」が2回あり、一貫した傾向は 見られなかった。 自発的微笑と外発的・社会的微笑の比較  自発的微笑と外発的・社会的微笑の増減を 見るため、週齢毎に平均微笑回数を算出し たところ、図8のようになった。自発的微 笑は1回1時間、外発的・社会的微笑は4 条件をそれぞれ30秒ずつ測定した回数であ るため、2つの微笑の数の大小を単純に比 図6 介入条件別の外発的・社会的微笑総数 図7 介入条件による外発的・社会的微笑の月齢変化

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較はできないが、自発的微笑は出生直後の 高水準が週齢13週以降は減少するのに対し、 外発的・社会的微笑は出生後から週齢13週 まで増加している。また、月齢3か月以 降、2つの微笑は出生直後のような一貫し た変動が見られないで共に増減を繰り返し ており、月齢2〜3か月以降は自発的微笑 と社会的微笑が並存する期間が続くという Kawakamiら(2007)と同じ結果となった。  次に、自発的微笑と外発的・社会的微笑 時の口の形態をあらわしたものが図9であ る。  自発的微笑では、口を開いた形態が58回、 閉じた形態が622回だったのに対して、外 発的・社会的微笑では、口を開いた形態 が239回、閉じた形態が48回となり、自発 的微笑では口を閉じた形態、外発的微笑 では口を開いた形態が多く〔χ2(1)=529.86, p<.001〕、Cecchiniら(2011) と 同 様 の 結 果となった。  自発的微笑は、外部刺激がない状態で出 現するのに対して、外発的・社会的微笑は なんらかの外部刺激への反応である。本研 究では、養育者が笑顔を向ける視覚刺激が 図8 自発的微笑と外発的・社会的微笑の週齢別出現回数変化 図9 2つの微笑における口の開閉別総数

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あることから、乳児が養育者の笑顔を模倣 して口を開けている可能性が考えられた。 そのため、外発的・社会的微笑のうち、養 育者が乳児に笑顔を向けた全条件、笑顔条 件と、養育者が顔を隠した状態の声かけ条 件、抱擁条件の組み合わせ別に、微笑時の 口の開閉を調べたところ、図10のように なった。笑顔刺激があるときに口を開いた 形態は183回、閉じた形態は35回で、笑顔 刺激がないときに口を開けた形態は56回、 閉じた形態は13回となり、両群ともに口を 開けた形態のほうが多く、群間の差は見ら れなかった〔χ2(1)=0.29, n.s〕。これらのこ とから、外発的・社会的微笑は外部の笑顔 刺激の有無に関係なく、口を開けているこ とがわかった。 考察 先行研究との比較から言えること 本研究 では、一名の乳児の自発的微笑、外発的・ 社会的微笑を縦断的に調べ、先行研究との 比較をおこなった。以下に、先行研究で見 解が分かれていた部分について、本研究の 結果を元に考察していく。 ① 自発的微笑は週齢が進むことで持続時 間や形態に変化があるか  本研究では、月齢0か月から11か月まで の間、自発的微笑の持続時間は2秒前後で 増減を繰り返しており、一貫して長くなっ たり、短くなる傾向は見られなかった。自 発的微笑の形態は、月齢0ヶ月から11か月 まで一貫して口を閉じた微笑が多かった。 また、高井ら(2005, 2008)が観察した「片 頬のみの自発的微笑が減って両頬の微笑が 増える」という変化は、先行研究と同じよ うに月齢0〜1か月と2〜5か月を比較し たときには見られたが、月齢6〜 11か月 では両側より片側の方が多くなり、一貫し た傾向は見られなかった。これらの結果を 合わせると、自発的微笑は、週齢が進むこ とによる頻度の減少は見られるものの、持 続時間や形態については一貫した変化はな く、島田(1969)が言う「完全なsmile」 への変化は見られなかった。島田(1969)は、 84名の乳児を観察しているが、その中で週 齢7週まで継続的に追跡したのは4名のみ であった。そこでの週齢による持続時間や 形態の変化は、個人差要因も含まれていた 図10 笑顔刺激有無による口の開閉反応総数

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可能性があり、それが原因で、1名の個人 内変化を調べた本研究と違う結果になった のではないかと考える。  そして、Kawakamiら(2009)と同様に、 週齢52週においても自発的微笑が見られた ことから、成長に伴い自発的微笑の頻度は 減少するが、1歳になってもなくならない ことが示唆された。 ② 外発的・社会的微笑が新生児期に出現 するか  新生児期である月齢0か月の外発的・社 会的微笑は、9回調べた中で6回測定され、 月齢11か月までの間で最も低い値となった。 最初に調べた週齢0週3日では、養育者が 笑顔で抱擁しているときに外発的・社会的 微笑が出現した。その一方で、週齢1週で は2回調べても微笑が測定されなかった。 そのため、新生児期に外発的・社会的微笑 は出現するものの、きわめて不安定である と考えられる。先行研究では外部刺激とし て口角に触れたり(島田, 1969)、お面や音 の鳴るオモチャなどの刺激(高橋, 1995) を用いたのに対して、本研究では養育者に よる抱擁や笑顔、声かけをおこなっており、 外部刺激の違いが影響したのではないかと 考える。今後は、先行研究と同じ外部刺激 を用いることで、新生児期に外発的・社会 的微笑が安定して出現するか否かを調べて いく必要がある。  また、本研究で用いた外部刺激の内容は、 新生児期だけでなく、その後の成長によっ ても外発的・社会的微笑への影響力が変化 し、微笑頻度の増減を引き起こした可能性 がある。本研究の乳児は、月齢5か月頃か ら実験中の養育者に近づこうとしたり、養 育者の顔を覆う画用紙を触ろうとするなど、 積極的な行動が見られるようになった。出 生直後の乳児は、外部刺激に対して受動的 に反応していたが、成長に伴って能動的な 働きかけが強まり、養育者との間で双方向 のやり取りが見られるようになった。月齢 4か月以降の外発的・社会的微笑の減少に は、母子関係のあり方の変化が影響したの ではないかと考えられ、これを確かめるた めには、母子関係にも注目した研究が今後 必要である。 ③ 自発的微笑と社会的微笑との関係につ いて  松阪(2013)は自発的微笑の機能として、 社会的微笑の表情を出せるようにするため の表情筋の訓練であるという考え方(表情 筋の発達促進仮説)と、養育者への注意喚 起行動としての考え方(親からの愛着強化 仮説)があるとしている。これらの仮説は、 自発的微笑と社会的微笑との連続性に関す る考えにも繋がっている。  成長するにつれて自発的微笑が「完全な smile」の形態に近づくという島田(1969) の主張は、表情筋の発達促進仮説に繋がる。 既に述べたように、本研究のデータからは、 自発的微笑が社会的微笑の形態に近づく傾 向は見られなかった。むしろ、自発的微笑 では口を閉じ、外発的・社会的微笑では口 を開いているという形態上の違いが、出生 直後から月齢11か月まで一貫して見られる ことから、Cecchiniら(2011)の見解が支 持される。つまり、これらの自発的微笑と 外発的・社会的微笑の2つは、出生直後か

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ら分化しており、質的に異なるのではない かと考える。  自発的微笑における親からの愛着強化仮 説について、井上ら(1997)は、新生児の 自発的微笑に周囲の大人が反応し、より積 極的に関わることを自身の体験から述べて いる。そして、大人の反応を見た新生児が 笑いの効用を知ることで、相互交流に発展 していくと言う。本研究のデータから、こ の仮説を直接検証することはできないが、 今回測定した自発的微笑は、養育者を含め て誰も見ていない状況で、乳児が寝ている ときに出現した。誰も見ていないことが多 い睡眠時の自発的微笑は、相手に向けて微 笑する外発的・社会的微笑に比べて、周囲 の大人の注意を喚起させる機会が少ないと 思われる。田中ら(2012)は、2つの微笑 時の母親の対応に違いがみられ、生後2〜 3日の自発的微笑に対する母親の接触行動 生起率は低いが、生後4か月の社会的微笑 時には母親の接触行動が急増すると述べて いる。自発的微笑は生得的なものであるが、 出現時の状況や、田中ら(2012)の結果を 踏まえると、養育者からの関わりを強化す るために進化したものだとは考えにくい。 自発的微笑と外発的・社会的微笑の質的な 違い 本研究の結果は、自発的微笑と外発 的・社会的微笑に連続性はなく、質的に異 なるものであるという立場を支持している。  質的に異なる笑いについて、van Hooff (1972)は進化論の視点から、ヒトの笑い がラフ(laugh)とスマイル(smile)に大き く二分できるとし、それぞれの進化的起源 が同じと考えられる音声、表情をヒト以外 の霊長類に見出した。一つは遊びの場面 などで、口を開けて口角を後方に引く表 情で、relaxed open-mouth display(以下、 ROM) ま た はplay faceと 呼 ば れ る。 も う一つは上下の歯を合わせて、口角を後 方に引いて歯を露出させる表情で、silent bared-teeth display(以下、SBT)と呼ばれ、 自分より優位な相手に向ける表情だと言わ れている。松阪(2008)はvan Hooffの笑 いの進化モデルを部分修正し、愉楽的で友 好的なヒトの笑い(スマイルの一部とラフ) は霊長類のROMに起源を持ち、不安など のネガティブな情動を伴う非デュシェンヌ スマイル(頬の上昇がない笑顔)は、恐怖 にひきつる表情であるSBTを、愉楽的なス マイルに似せようとすることで生じたので はないかと述べている。  van Hooff(1972)は、SBTが進化してヒ トの微笑になったのだろうと考察している が、本研究で調べた外発的・社会的微笑 は、口を開け、笑い声が起こることもある 点から、ROMに近いのではないかと考え られる。自発的微笑は、SBTとは形態的に 似ていないため、van Hooffの笑いの進化 モデルをそのまま当てはめることはできな い。しかし、自発的微笑はニホンザルやチ ンパンジーなど霊長類の新生児にも見られ (川上ら, 2012)、快の情動と関連があるこ とが示されていない(松阪, 2013)ことか ら、外発的・社会的微笑とは異なる機能を 持って進化してきたのではないかと思われ る。高橋(1995)は、自発的微笑が内的興 奮状態によるエネルギーを放出しているの ではないかと考察したが、本研究は自発的

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微笑の機能を調べていないため、さらなる 研究が必要である。  また、自発的微笑と外発的・社会的微笑 が質的に異なるとする本研究の考察を一般 化させるためには、複数の乳児を対象に、 微笑時の形態と、発達経過に注目した追試 研究が必要である。 (いけだ まさひと) 引用文献

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London: Methuen, 113-138. プロフィール 公務員。修士(臨床心理学)。1979 年兵庫県洲本市生まれ。川崎医療福 祉大学大学院博士課程を中途退学。 大学院では表情操作による感情への 影響を研究していた。現在は臨床業 務に従事しつつ、私的に表情研究を 続けている。

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