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消渇
【定義】 消渇とは、飲食の不節制や情志の失調によりひき起こされる多飲、多食、多尿、身体消痩、尿に 甘味があるなどを特徴とする病証をいう。その病理変化は主に陰虚燥熱である。 【歴史沿革】 本病を《内経》では「消癉」と称し、発病病理や症状の違いによって、「消渇」、「鬲消」、「肺消」、 「消中」などと称した。消渇についての記載は、《内経》中十四編に散見され、病因、病理、臨床 症状、治則、予後にすべて分けて論述されている。先ず、病因については、肥甘の過食、情志の失 調、五臓の柔弱さなどが素因であり、消渇病の発生と密接な関係がある。《素問・奇病論》におい ても、「此れ、人、必ず、しばしば甘美にして多く肥なるを食するなり、肥は人をして内熱せしめ、 甘は人をして中満せしむ、よって、其の気は上溢し、転じて消渇をなす」、《霊枢・五変篇》では「怒 すれば気は上逆し、胸中蓄積、血気逆流、髕1 1 髕:骨+寛 皮充肌、血脈不行し、転じて熱となす、熱すれば肌 膚を消す、故に消癉をなす」、「五臓皆柔弱なる者は、よく消癉を病む」と記している。病理につい ては、胃腸に熱結して津液を耗傷することが、発病の主な機理だとして、《素問・陰陽別論》に「二 陽結するを、これ消という」と述べている。主な症状としては、多飲、多食、多尿、形痩などが記 されており、《素問・気厥論》「肺消は、飲一溲二なり」、「大腸の熱を胃に移せば、よく食して痩す」、 《霊枢・師伝篇》の「胃中熱すれば消穀し、人をして懸心善飢せしむ」などがみられる。治療につ いては、膏粱厚味や、芳草、石薬など燥熱傷津作用のあるものの飲食を禁ずることを強調し、《素 問・腹中論》に、「しばしば、熱中、消中と言いて、高粱、芳草、石薬を服すべからず」と更に、 性味甘寒を用いてよく消津止渇するという蘭草の治療をあげている。《素問・奇病論》に「之を治 するに蘭を以てし、陳気を除くなり」とある。予後についても、脈象より病状を判断して、たとえ ば《素問・通評虚実論》には、「消癉・・・脈実大は病久しくても治すべし。脈、懸小堅なるは、 病久しくして治すべからず」と述べている。消渇に対する《内経》の認識は、後世の消渇の理論発 展の源泉であり、今日にいたっても、なお大きな指標となっている。 西漢の淳于意の診籍中に、「肺消癉」という、本病についての最も古い医案がみられる。この医 案中には、発病原因、症状、治療経過ばかりでなく、「形弊」、「尸奪」という表現で、本病の重症 患者の身体消痩している典型的な状態をあらわしている。(《史記・扁鵲倉公列伝》) 東漢の張仲景は、《金匱要略》中に「消渇」という篇をもうけて、本病についての論述を行って いる。それによると、胃熱と腎虚こそが本病をひき起こす主原因であって、治法では、先ず白虎加 人参湯、腎気丸などの方剤をあげている。これは、今なおきわめて有効な手段であることは、多く の臨床家の認めるところである。なお他の篇においても、消渇に肺痿などを併発した病証の記載が みられる。たとえば、《金匱要略・肺痿肺癰咳嗽上気病》篇に、「肺痿の病は、何に従いて之を得る や。・・・あるいは消渇にて、小便利すこと数なるに従い、・・・重ねて津液を亡ぼす、故に之を得」 とある。 後世は、この《内経》と《金匱要略》を基礎として、その病因病理、症状、併発病、治法などを2 補充、発展させたものである。 隋代の巣元方は、消渇の証候症状、兼証、予後の相違を参考にして、《諸病源候論・消渇病諸候》 中で、消渇を八種の類型に帰納している。すなわち、消渇候、渇病候、渇后虚乏候、渇利候、渇利 後損候、渇利後発瘡候、内消候、強中候の八証である。本病の病因病理についても、その内容の充 実をはかり、発病原因の主なものとして、五石散を服し、下焦虚熱、腎燥陰虧したためだとしてい る。更に彼は、癰疽や水腫が発し易くなることも明確に認識しており、また、導引や散歩が、本病 治療の良薬であるとして、「先ずは一百二十歩、多き者は千歩を行き、然して後、之を食す」と、 食前の散歩を奨励している。これは、すでに、運動療法が初歩的にでも認識されていた点に、重要 な意味がある。 唐代には、本病に対する認識や治療法などに、大きな発展がみられた。孫思貘は、《千金方・消 渇》中、消渇すなわち嗜酒の人として、「三觴の後、制することいまだ已まず、飲瞰かんして度なく、・・・ 積年長夜、・・・遂に三焦を猛熱せしめ、五臓を乾燥せしむ」ために起こるとし、これは後世の消 渇病機燥熱説に一定の影響を及ぼした。孫氏は、消渇病の「小便多きは飲する所に於る」という論 理は、内熱消穀し、「食物消して小便を作す」ことよりくるものとし、この考え方は、本病の減食 療法の理論的根拠となった。本病の病状についても多くの補足が行われ、「三多」症状以外にも、「呼 吸少気、多く語るを得ず、心煩熱、両脚酸、食はすなわち皆常より倍し、故に気力をなさず」、あ るいは、「精神恍惚」などの症状をあげている。更に、本病は治りにくく、再発し易いことを説い て、「枸杞湯を服すれば即ち効す、ただ常に愈ゆること能わず」と述べている。孫氏のこうした論 述の中で、最も有意義な点は、減食療法を明確に最もすぐれた治療方法であることをうちだした点 であり、「能く此を慎しむ者は、薬を服さずといえども自ら他なかるべし。此れを知らざる者は、 たとえ金丹ありとも、また救うべからず。深く思いて之を慎しめ」と述べている。薬物治療につい ては、消渇治療のために、五十二首にも及ぶ方剤を収載しており、天花粉・麦門冬・地黄・黄連な どの清熱生津薬を多用している。 王壽《外台秘要・消渇消中門》ではじめて、消渇病の尿甜症状の指摘がなされた。《古今録験方》 を引用して「渇して飲水多く、小便数、脂なく麩片に似て甜き者は、皆消渇病なり」、また、《外台 秘要・消渇消中門・祠部李郎中消渇方》には、「消渇の者・・・発する毎に、すなわち小便甜きに 至る」、更に服薬後、「小便鹹もしくは常の如きを得る」の記載がみられる。このことは、当時すで に小便の甜味の有無が、本病が治癒したか否かを判断する指標に使われていたことを示している。 また、尿甜の発生する病理についても、素朴かつ科学的な論述がなされ、「消渇なる者は、もと、 その発動は此れすなわち腎虚の致す所にして、発する毎に即ち小便甜に至る。医者の多くは其の疾 を知らず、・・・今、其の要を略陳す。《洪範》を按ずるに、稼穡は甘を作し、物の理を以て之を推 し、淋錫醋酒は脯法を作せば、須臾にして即ち皆よく甜す。人食しての後、滋味みな甜、流れて膀 胱にあり、若し腰腎の気盛なれば精気を上蒸し、気は則ち骨髄に下入し、其の次は以て脂膏をなし、 其の次は血肉をなすこと明らかなり。其の余は別れて小便をなし、故に小便黄は血の余なり。騒気 は五臓の気、鹹潤なるは下味なり。腰腎すでに虚冷なれば、上に蒸すること能わず、穀気はことご とく下りて小便をなすものなり、故に甘味変わらず」とある。これは、実験手段によるものではな く、実際の観察より推論した仮説であるので、現代知識と類似しているが、あまり重要なことでは ない。具体的な要件をあげて、減食療法の実施についても、「先ず腹空、積飢を候いてすなわち食 す」、無制限な飲食の過多に反対して「食は少にして数を得るを欲し、頓にして多きを欲せず」、す
3 なわち少食多餐である。更に、食後は、「すなわち行歩すべし」によく、「飲食して便ち臥し、終日 久しく坐す」のは宜しくない、また、「人、小労を欲し、但だ労極まることなかれ」と、適当な肉 体労働の必要性を主張している。薬物治療については、方四十七首、薬味九十八味の多きを収載し ている。 宗代、王懐隠などの著書《太平聖恵方》に、「三 痟論」という一巻があり、「三痟」という言葉を 明らかにして、「夫れ、三 痟なる者、一に痟渇と名づけ、二に痟中と名づけ、三に痟腎と名づける」、 「一は、飲水多くして小便少なき者、 痟渇なり。二は、吃食多くして飲水少なく、小便少にして赤 黄の者、痟中なり。三は、飲水、飲むに随って便下り、小便の味甘にして白濁し、腰腿消痩の者、 痟腎なり」と記している。この後になると、多くの医家は、消渇の「三多」症状の偏在で、上、中、 下三消に区別するようになった。また、王氏は、症状と、発病や予後の相違などから、消渇病を 14 種の証候類型に分けて論述し、薬方も 177 首載せ、人参・天花粉・黄連・甘草・麦門冬・知母・地 黄などの薬物を常用した。 金元時代、劉河間、張子和らは、三消の理論を発展させて、三消燥熱学説を提唱し、三消の治療 は清熱瀉火、養陰生津を主要とすべきだと主張した。劉河間の《三消論》は、三消燥熱学説を明確 に述べた著書で、三消の病因病理が、「飲食服餌の宜しきを失し、腸胃干涸し、而して気液は宣平 なるを得ず、あるいは精神を耗乱して其の度を違うことを過ぎ、あるいは大病により陰気損して血 液衰虚し、陽気は悍にして燥熱の醗甚し」によるとしている。三消の本証と兼証の関係についても 詳しく論述し、「消渇は、聾盲瘡癬痤疿の類に多くは変ず」、「虚熱蒸汗、肺痿労嗽す」と説いてい る。更に、本証と兼証の種々の症状も、すべて「熱燥太甚」によるものであって、「三消なる者、 燥熱の一なり」と結論づけている。治則については、「腎水陰寒の虚を補いて、心火陽熱の実を瀉 し、腸胃燥熱の甚を除き、人身津液の衰を済えば、道路は散ぜしめて結せず、津液は生じて枯れず、 気血は利して渋せず、病は日に已む」と述べ、白虎、承気諸方を推す一方、肺気を補って津液を布 すという趣旨から宣明黄耆湯を創っている。劉氏の論治は寒涼にかたより、寒涼薬による本病の治 療を補充発展させた。劉氏のこの独創は、張子和や李東垣の賞賛と賛同を受けることとなる。 朱丹渓は、劉河間の三消燥熱学説を発展させ、《丹漢心法・消渇》中で、消渇の治療はまさに「養 肺、降火、生血を主とす」べきだと説き、同篇《附録》でも「肺は津液の臓となす、上よりして下 り、三焦臓腑は、みな、天一真水の中に囿し、《素問》の、水の本、腎にあり、未だ肺にあらざる 者を以て此れなり、真水竭せざれば、いずくんぞ、いわゆる渇あらんや」と記している。こうして 三消学説は、丹渓学派の補充を受け、養陰を主とする一つの治療体系をつくりあげた。 明代の医家は、消渇治療の探求に意を注いだ。戴元礼は益気に重きをおき、《証治要訣・消渇》 に「三消はこれ気の実、血の虚に得る、久久治せざれば、気は尽く虚し、よく力をなすことなきな り」といっている。彼は、ある僧が専ら黄耆飲(すなわち黄耆六一湯:黄耆、甘草)加減で三消を治 療していることを知り、益気こそ治療の第一法だとした。このことの、後世医家への影響はきわめ て大きい。戴氏は臨床を通して、三消の予後と併発病に新たな見解を示し、「三消、久しくして、 小便臭わず反って甜を作し、気、溺桶中にありて滾涌するは、其の病は重きとなす」、「三消これを 久しく、精血すでに虧し、あるいは目、見ること無く、あるいは手足偏廃すること風疾の如くにし て風に非らざるなり」と論じている。とりわけ「小便臭わず反って甜を作し、気、溺桶中にありて 滾涌す」の現象は、消渇病が一段と重くなったことを診断する簡易な指標で、臨床的にも符合する。 李埏は、消渇の治療には補脾益腎に重きをおくことを主張し、《医学入問・消渇》で「渇を治す
4 に,初めは養肺降心、久しければ滋腎養脾に宜し。けだし、本は腎にあり、標は肺に本づく、腎暖 まれば気は上昇して肺は潤い、腎冷れば気は昇せず肺は焦す、故に腎気丸は消渇の良方となすなり、 しかして、心腎みな脾に通じ、養脾すれば津液自生す、参苓白朮散これなり」と述べている。 趙献可は三消腎虚学説を力説し、治療は腎を治すを本とすべきだと提唱している。《医貫・消渇 論》に、「人の、水火その平を得、気血その養を得れば、何の消やこれ有らん。その間、摂養失宜、 水火偏勝、津液枯槁し、以て竜雷の火上炎を致し、熱煎すでに久しく、腸胃合消し、五臓乾燥し、 ……故に消を治すの法は、上中下に分けることなく、先ず腎を治するを急とす。ただ六味、八味、 加減八味丸を、証に随いて服せば、其の心火を降し、其の腎水を滋し、渇自ら止む」と説いている。 張景岳や喩嘉言なども、腎を治すを本としている。 周慎斎は、脾胃の調養、とりわけ脾陰の補養を、治療の中心にすべきだと説き、《慎斎遺書・渇》 に、「けだし多食して飽きず、飲多くも止渇せざるは脾陰の不足なり」、「専ら、脾陰の不足を補う は、参苓白朮散を用う」と述べている。 清代の医家は、消渇の認識や治療について、前人の精華を吸収した上で、更に発展させている。 たとえば、発病病理についても、黄坤載や鄭欽安は肝にその原因を置き、本病を肝より治療する理 論の根拠としている。黄氏は《四聖心源・消渇》で「消渇は足厥陰の病なり。厥陰風木は少陽相火 と表裏をなし、……およそ木の性は専ら疏泄を欲し、……疏泄遂げざれば……則ち相火は其の蟄藏 を失す」、また《素霊微蘊・消渇解》においても「消渇の病は、則ち独り肝木を責め、肺金を責め ず」と説いている。鄭氏も《医学真伝・三消症起於何因》で、「消症は厥陰風木の主気に生ず。け だし、厥陰は水を下し火を上げ、風火相い煽するを以ての故に消渇諸証を生ず」と論じている。治 療については、費伯雄が化痰利湿の治法を拡大させ《医醇賸義・三消》において、「上消なる者、 ……まさに、大隊清潤中に於て、佐くるに滲湿化痰の品を以てす、けだし、火盛なれば痰燥し、其 の消煉の力、皆、痰、これ虚を助けるをなすなり、達原飲之を主る。中消なる者、……痰、胃中に 入りて火と相乗じ、力更に猛となし、食入れば即ち腐し、消煉に易し、……陽明の熱を清し、潤燥 化痰す、除煩養胃湯之を主る。下消なる者は腎病なり、……急ぎ真陰を培養し、少しく以て清利す るを参ずるに宜し、烏竜湯之を主る」と述べている。陳修園は、脾の喜燥悪湿する特徴をとらえて、 《医学実在易・三消症》で「燥脾の薬を以て之を治す」ことを強調し、理中湯倍白朮加瓜楼根によ る治療を主張している。 以上のように、本病に対する中医の歴史は長い。その理論は《内経》に源を発し、弁証論治は《金 匱》より出で、証候分類は《諸病源候論》に始まり、唐宋に至って体系化された。そして、唐宋以 後は、本病へのアブローチが多岐に分かれ、各々が発展して内容に富み、今日の消渇病の研究に貴 重な資料を提供することとなった。 【範囲】 本篇の消渇病は西洋医学の糖尿病と基本的に同じであり、また尿崩症も本病のある種の特微をも つので、本篇を参照して弁証施治を行う。 【病因病機】 飲食の不節制、情志の失調、房労による傷腎、先天的稟賦不足、温燥薬の過服などは消渇発病の 重要な素因であり、陰津の虧損、燥熱の内生は発病の基本病理である。 (一)飲食を節せず、積熱が津を傷る 美食、厚味、酒や辛燥刺激物を長期に過食し、脾胃を損傷 して運化作用が失調すると、胃中に醸成された内熱が積し、穀液を消耗し、津液が不足して、臓腑
5 経絡がみな濡養されなくなり消渇となる。《丹漢心法・消渇》には「酒麺に節なく、灸縛2 (二)情志が失調し、鬱火が陰を傷る 長期の過度な精神刺激により、たとえば鬱怒が肝を傷ると、 肝気が鬱結し、鬱が長びき火と化し、火熱が熾盛となり、上は胃津を灼するばかりなく、下は腎液 を耗し、更に肝の疏泄作用が太過になり、腎の閉蔵が失調して、火は上炎し津液は下泄して三多の 症をひき起こし消渇となる。このほか、心気が鬱結し、火と化して心火亢盛となり、心脾精が損耗 し、腎陰が虧損して水火が済らず消渇となる。《医宗己任篇・消症》は「消の病たる、一に心火熾 炎を原とす、……然るに其の病の始は、皆嗜欲を節せず、喜怒を慎まざるに由る」とあり、《慎斎 遺書・渇》篇では「心思度を過し、……此れ心火脾に乗じ、胃燥して腎に救いなくして消渇となる」 としている。 を酷嗜し、 ……是により炎火上熏し、腑臓熱を生じ、燥熱熾盛して、津液干焦し、水漿を渇飲して、自ら禁ず る能わず」とあり、飲食の不節制と本病の発生とは密接な関係があると述べている。 これらの論述は、情志の失調、五志の過極が消渇発病の重要な素因であると述べている。つまり 《劉河間・三消論》の「消渇は、……精神を耗乱し、其の度違えるを過ぎ、燥熱鬱盛の成す所なり」 である。 (三)先天の稟賦不足で、五臓が虚弱となる 先天の稟賦不足、五臓の虚弱、とりわけ生来の腎臓 虚弱は本病の発生と一定の関係がある。五臓は蔵精を主り、精は人の生の根本であり、腎は五臓六 腑の精を受けてこれを蔵することから、もし五臓が虚 臝であれば精気は不足し、気血も虚弱となっ て腎は蔵すべき精を失い、更に調摂機能の失調により、遂には精、液が虧竭して消渇となる。《霊 枢・本蔵》篇に「心脆ければ則ち消痺熱中を善々病む」、「肺脆ければ則ち消癉易傷を善々病む」、「肝 脆きは消癉易傷を善々病む」、「脾脆ければ則ち消癉易傷を善々病む」、「腎脆きは消癉易傷を善々病 む」とある。《医貫・消渇論》は「人の水火其の平を得、気血其の養を得れば、何んぞ之を消する ことあらんや?」とあり、体質の強弱は消渇の発病と一定の関係があると述べている。 (四)房労の過度で、腎精が虧損する 房事の不節制や過度な労傷により、腎精が虧損し虚火が内 生すると、「火は水竭するによりて益烈しく、水は火烈するによりて益干く」ことになり、遂には 腎虚、肺燥、胃熱がともに現れて消渇となる。《千金方・消渇》に「盛壮の時、自ら情を快にし欲 を縦にし、房中に 意こころを極め、稍やや年長に至れば、腎気虚竭す、……此れ皆房室節せざるの致す所に よるなり」とあり、過度な房事による腎精の耗損は本病発生と一定の関係があると述べている。 (五)温燥薬物を過服し、陰津を耗傷する 古人は壮陽の石類薬物を嗜服することにより、燥熱が 陰を傷って消渇病になると認めていた。現代は石薬を服用する風習は存在しないが、長寿への願望 や情欲を満たすために温燥壮陽剤を長期に服用したり、久病で温燥薬を誤服して、燥熱が内生し陰 津が虧損して消渇となるものがある。 消渇の病理は主に陰津の虧損と燥熱の偏勝であり、陰虚が本、燥熱が標である。両者は互いに因 果関係をもち、陰虚になるほど燥熱は盛んになり、燥熱が盛んになるほど陰虚がひどくなる。消渇 の病変部位は五臓のすべてと関連するが、肺、脾(胃)、腎の三臓が主であり、この中で腎が最も重 要である。 肺は気を主り、水の上源として津液を敷布する。肺が燥熱に傷られると津液を敷布できなくなり、 直ちに下行して小便とともに体外に排出されるため、小便頻数多量となり、津液が敷布しないので 口渇多飲となる。《医学綱目・消癉門》に「肺は気を主る,肺病なければ則ち気は能く津液の精微を 2 縛 火+専
6 管摂し、筋骨血脈を守養し、余りは溲をなす。肺病めば則ち津液は気の管摂なくして、精微は亦た 漫に随いて下る、故に一飲二溲す」とあり,肺と消渇発病の関連を述べている。 胃は水穀の海であり,水穀の腐熟を主る。脾は後天の本であり運化を主り、胃のためにその津液 を行らせる。脾胃が燥熱に傷られると胃火が熾盛となり、脾陰が不足して口渇多飲、多食善飢とな る。脾気虚になると水穀の精微を転輪できなくなり、水穀の精微は下流して小便となるので小便の 味は甘となり、水穀の精微が肌肉を濡養できないために形体は日々次第に消痩する。《類証治裁・ 三消論治》に「小水臭わず反って甜き者、此れ脾気下脱の症最も重し」とあり、脾胃と消渇発病の 密接な関係を述べている。 腎は先天の本であり、蔵精を主り、元陰元陽のもとである。腎陰が虧損すれば、虚火が内生し、 心肺を上燔すれば煩渇多飲となり、脾胃を灼すれば胃熱消穀となる。陰虚陽盛して腎の開閉機能が 失調し固摂作用が異常になると、水穀の精微は直ちに下泄して小便として体外に排泄されるので、 尿多味甜、あるいは脂膏のように混濁する。《丹台玉案・三消》に「惟腎水一たび虚すれば、則ち 以て余火を制することなく、火旺撲滅する能わず、臓腑を煎熬す、火は水竭するによりて益々烈し く、水は火烈するによりて益々干く、陽盛陰衰は此の証を構成して、三消のぐ患劇しきを始めるな り」とある。腎陽虚になると気化上昇作用が失調し、津液が散布しないので口渇多飲となり、下焦 が統摂しないので多尿をひき起こす。《景岳全書・三消干渇》に「陽の気化せざるあれば、則ち水 精布かず、水は火を得ざれば、則ち降ありて昇なく、ゆえに膀胱に直入す、而して一飲二溲し、以 て泉源滋しげらざるを致し、天壌枯涸する者は、是れ皆真陽不足し、火下に虧くる消症なり」とあり、 腎は消渇発病と非常に密接であると述べている。 消渇病には肺、脾胃、腎という所在の違いはあるが、常に互いに影響しあう。もし肺燥して津が 傷耗し、津液が敷布されないと、脾胃は濡養できなくなり、腎精は滋助できなくなる。脾胃の燥熱 が偏盛すると、上は肺津を灼傷し、下は腎陰を耗損する。腎陰が不足して陰虚火旺になると、肺胃 を上灼する。遂には常に肺燥、胃熱、脾虚、腎虧が共存するようになり、同時に「三多」の証が現 れる。しかし肺、脾(胃)、腎の三臓の中で腎が最も重要である。すなわち肺や脾(胃)に症状を現す のは腎と密接に関連している。《石室秘録・巻六・内傷門》に「消渇の証、上中下に分つと雖も、 腎虚して渇を致すを以て、則ち同じからざるはなきなり」とある。これによって消渇病は腎が本で あることがわかる。 消渇病が長期にわたり治癒しないと、常に五臓に累を及ぼし、精血が枯竭し、陰陽が衰え、燥熱 が内蘊して多くの合併症を起こす。 【診断と鑑別診断】 一、診断 次にあげるいくつかの点が本病証の診断の参考となる。 (一)本病は老若男女を問わず発病する。一般に多飲、多食してもすぐ空腹を覚え、多尿、消痩、 あるいは尿に甘味があるなどの臨床特徴があり、これが消渇である。中年以後の人で、栄養の多い ものを嗜食し、酒類や焼いたり焙あぶったりしたものを好む人に多発する。青少年が本病に罹患した場 合は、一般に病状は比較的重い。 (二)患者の体質、病程の長短によって、その臨床症状は異なる。多飲であったり、多食であった り、多尿であったりし、そして大多数は多飲、多食、多尿、あるいは多飲、多尿が同時にみられ、
7 更に精神倦怠乏力、自汗、心煩、不眠、皮膚乾燥、大便乾結、小便混濁、あるいは脂肪のような尿、 あるいは小便清白などの症が併見される。舌質は多くは紅で少津、舌苔は薄白か黄燥である。脈象 は弦数か細数無力などが多い。 (三)消渇病は長期間治癒せず、種々の兼症を併発する。たとえば、背中や下肢に大小のできもの やはれものを生じ、皮膚が掻痒し、口内炎ができたり、肺痿労嗽したり、そこひ3 臨床では、一般にはじめ消渇本病がみられるが、病状が進展するにつれて併発症が出現する。し かしこれと反対の場合もある。元代の僧、継洪の《澹寮集験方》に、消渇病は「先ず渇して後瘡す、 先ず瘡して後渇す」、あるいは「二症ともに発す」という記載がある。臨床上は、「先ず瘡して後渇 す」や眼疾によって本病を発生するものがよくみられる。 、とり目、耳聾、 あるいは中風で手足がきかなくなったり、四肢の関節が疼痛したり、あるいは水腫、泄瀉したり、 あるいは頭痛、嘔吐、食欲不振、腹痛、呼吸は深く長くリンゴの腐ったような嗅いがするなどの症 状がある。女子では月経不順、男子では陽痿がみられ、重篤なものは陰絶陽亡になって死亡するに 至る。 二、鑑別診断 消渇病は、口渇症や癭病と鑑別する必要がある。 (一)口渇症 口渇症は口渇して水を飲みたがる一つの臨床症状であり、外感熱病によくみられ、 消渇病の口渇して水を飲みたがるのと似ている。右代文献中において、外感熱病の経過中に現れる 口渇飲水の症状を「消渇」としているが、これは五苓散の証のことである。しかしこのような口渇 では多飲、多食、多尿という兼症はみられないので、消渇病とは異なる。 (二)癭病 西洋医学の甲状腺機能亢進症が、中医の 癭病に属する。本病では、情緒の激動、多食、 身体の漸進的消痩、心悸、眼球突出、頸部の片側または両側の腫大が特徴である。その中でも多食 善飢、消痩は、極めて消渇の中消と類似している。しかし、眼球突出、前頸部に腫物が生ずるのは、 消渇病とはっきりした違いである。癭病は病機も消渇病とは異なり、痰気鬱結し、長びいて火と化 し、心肝火旺、心胃陰虚となって起こる。病変臓腑は主に肝である。 【弁証論治】 一、弁証 (一)要点 1. 年齢を弁ず 本病は一般に中年以後に多発するが、青少年のものも罹患する。発病年齢の違い によって、病状の進展、軽重の程度や予後転帰にそれぞれ差異が生ずる。年の若いものは、一般に 発病が急で、進展も早く病状も重い。症状は典型的であり、予後は芳しくない。これは、年少児童 は陰陽が未熟の体であり、人体も虚し易く実し易いという生理上の特徴と関係がある。中年以後に 発病するものは、一般に発病は緩慢で、病程も比較的長く、一部の患者では臨床症状も典型的でな く、その臨床症状は虚労に類似しており、常にはれもの、肺瘍、心、脳、腎、眼などの併発症がみ られる。このような年齢による特徴を掌握し、弁証治療と予後転帰を理解することは、大変参考と なる。 2. 標本を弁ず 本病は陰虚が本で、燥熱が標である。両者は互に因果関係があり、常に病程の長 短と病状の軽重によって異なり、陰虚と燥熱の症状にはそれぞれ偏重がある。大体初期は燥熱が主 3 そこひ:白内障のこと。「白底翳」(しろそこひ)。
8 で、病が比較的長びけば陰虚と燥熱が互見され、長期にわたるものは陰虚が主であり、更に進行す ると陰より陽に損傷が及び、陰陽両虚の証を呈するに至る。 3. 弁証と弁病の結合 中医では、いかなる病証にもかかわらず、証によって弁じ、同時に寒熱虚 実、どの臓腑か、更に病が気にあるのか面にあるのか、などということを明確に弁証して、法を立 て処方用薬しなければならないと考えられている。間違いなくその病であれば、証がなくても弁ず ることができる。この場合は弁病論治する必要がある。消渇の患者の初期や治療後、はっきりした 臨床症状がない場合は、弁病で治療するのが主となる。陰虚燥熱という本質を掌握して、また同時 に患者の体質を考慮して論治を進めて行かなければならない。 4. 本証と併発症を弁ず多飲、多食、多尿と消痩が、本病の基本的臨床症状であり、諸々の併発症 は本病の別の特微である。本証と併発症の関係は、一般に本証が主であり、併発症が従である。大 部分の患者では先ず本証がみられ、病状の発展につれて併発症が出現する。しかしこれと異なる場 合もある。たとえば、中年あるいは老年の患者において、「三多」や消痩という証がはっきりせず、 あるいは罹患しているにもかかわらず見過し、できもの、眼疾、心血管疾患によって本病を発見す ることがある。治病は必ずその本を求めるという基本原則に基づいて、本証と併発症の関係を弁明 し、治療上本末転倒して本病の治療をないがしろにしてはならない。 (二)証候 古今の数多くの医家は、三消分証を採用している。三消の間の関係は、上消は軽く、中消は重く、 下消は危重であり、上、中消は軽証で、下焦にまで伝っていないものである。それ故下消は上、中 消の伝変の結果ということができる。三消の症状は互見されるものが多く、かつ密接に内在的連係 をもち、はっきりと区分することはできない。本病は常に多尿によって津液を傷耗し、津液が傷耗 されると多飲、多食となる。いわゆる上消、中消の証が起こってくる。水穀の精微が下泄されるの で、肌体を濡養できなくなり、多食、多飲しても肌体は日益しに消痩し、五臓は枯焦してくる。こ のように、三消の臨床症状はそれぞれ異なっているが、病機は基本的には一つであるので、画然と 三消分証として分ける必要はない。本篇では、本証と併発症とに分けて分類し、燥熱と燥熱傷陰に よって起こる肺胃燥熱、腸燥津枯、肝腎陰虚などの病変は、それぞれ一類として分けて論じる。消 渇が長びいて癒えず、病状が重くなるにつれて出現する、できもの、眼疾、泄瀉、水腫、四肢麻木 などの病変は、併発症の中で一項として記載する。 本証 [肺胃燥熱] 1. 症状 煩渇して飲を欲し、消穀善飢、小便頻数し量多く、尿は黄色く濁り、身体は次第に痩せて、 舌紅舌苔少、脈滑数。 2. 病機の分析 飲食を不節制し、胃に積熱し、胃熱が肺に熏灼し、肺熱が津を傷って津液が傷耗し、 水を飲んでそれを補おうとするので、煩渇引飲する。飲む水は多いが、水液を摂納管理して全身に 敷布できず、津液は自然と下泄し、また腎の固摂機能が失調して、水穀精微が小便として流れ出る ので、尿は多く、黄色く濁っている。水穀精微が大量に外泄するので、人体の営養物質が欠乏し、 日増しに消痩してくる。このような病理現象を古人は具体的に次のようにたとえている。消渇の候 は、たとえば乳母は、穀気が上泄してみな乳となり、消渇のものは、穀気が下泄して尽く小便とな る。舌紅舌苔少、脈滑数は、津液が損耗し、燥熱が内盛した象である。 [腸燥津傷]
9 1. 症状 多食しても空腹を覚え、口渇して大量に水を飲み、大便燥結、あるいは便秘、舌紅少津、 舌苔黄燥、脈実有力。 2. 病機の分析 陽明の燥熱が内盛し、津液を奪い取って損傷し、腸燥津枯となり、大便は燥結また は便秘する。舌紅少津、舌苔黄燥、脈実有力は、腸燥津傷の象である。 この証は、肺胃燥熱の病機、臨床症状と大体同じであるが、ただ大便が燥結しているかどうかが 異なる点である。 [肝腎陰虚] 1. 症状 尿は頻数で量が多く、混濁して脂のようで、甘味があり、腰膝酸軟無力、めまい、耳鳴、 多夢遺精、皮膚乾燥、全身瘙痒、舌紅少苔、脈細数。 2 病機の分析 肝腎陰虚で、肝の疏泄が過度となり、腎の固摂作用が失調し、津液が膀胱に直通す るので、尿は頻数し量が多くなる。大量の水穀精微が下泄して、尿は混濁し脂のようで、甘味があ る。腰は腎の府、腎の主る所、膝は筋の府、肝の主る所であり、筋骨が充養を失うので、腰膝酸軟 乏力となる。肝腎の精血が清竅を濡潤できないので、めまいや耳鳴りがする。水穀精微が肌膚に行 きわたらなくなり、皮膚は乾燥、瘙痒する。舌紅少苔、脈細数は、陰虚内熱の象である。 本証は前の二種の証候が発展してなったもので、前の二者にくらべると陰液、精血の傷耗が更に 重い。 [陰陽両虧] 1. 症状 小便頻数、混濁して膏のようで、甚だしいと一飲一溲、手足心熱、咽乾舌燥、容貌は憔悴 し、耳たぶは枯燥し、顔色は黒ずみ、腰膝酸軟乏力、四肢は温かくなく、寒がり、甚だしいものは 陽萎となる。舌淡、舌苔白で乾、脈沈細無力。 2. 病機の分析 人の陰陽は互根であり、燥熱傷陰が本病の基本的病理とはいっても、病程が長びけ ば陰損が陽に及び、あるいは苦寒を過用して陽を損傷するなどの不適当な治療により、遂には陰陽 両虧の証を形成するに至る。つまり、手足心熱、咽乾舌燥、容貌憔悴、耳たぶの乾枯などは、陰虧 の証であり、また四肢が温まらず、寒がり、甚だしい場合は陽痿などの陽虚の証がある。 本証候は、多くは肺胃燥熱、腸燥津傷、肝腎陰虚の証が演変してなるもので、治療ではこれらの 演変を阻止することが重要である。 [脾胃気虚] 1. 症状 口渇して大飲し、多食と便溏が併見され、あるいは飲食が減少し、精神不振、四肢乏力、 舌淡、舌苔白で乾、脈細弱無力。 2. 病機の分析 消渇は本来「三多」、消痩が特徴であるが、不適当な治療や大寒大苦の薬物を過用 したりすると、消渇は止まず、脾胃が反って損傷され、脾が健運を失調し、穀気が下泄して大便と なって出、よく食べて大便は溏する。もし脾虚で健運せず、湿濁が中焦を阻めば、腹脹少食となる。 この消渇の症状は脾虚であり、よく食べるかどうかは人によって異なるので、具体的に分析しなけ ればならない。 消渇は,「三多」、便結の場合が多く、食少の多くは病状が発展して転化したもの、あるいは不適 当な治療によって起こるものであり、変証に属する。この種のものは極めて少ないが、知っておく 必要がある。 [湿熱中阻] 1. 症状 渇して多飲し、多食して空腹を覚え、あるいは空腹感があるばかりでなく 脘腹痞悶する。
10 舌苔黄膩、脈濡緩。 2. 病機の分析 消渇が長びき脾虚になり、湿を生じて熱と化し、あるいは新しく湿熱の邪を感受し、 湿熱が脾胃に蘊結するので、湿熱中阻の証がみられる。本証は、消渇の常見証や必見証ではないが、 病状の転化中とか兼挟素因としてみられる。しかしこの種の証は、あまりはっきりあらわれない。 古人は疾病に対する認識で、「疾病は、見証あり、変証あり、転証あり、必ず其の始終転変を灼見 し、胸に成竹あり、之を施すに方を以てす」と強調している。このような論述を消渇の病状の分析 に用いるのは、まさに実際に即応したものである。 併発証 [瘀血証] 1. 症状 消渇に、舌質瘀暗、舌上に瘀点や瘀斑、舌下静脈の怒長、あるいは胸中刺痛、あるいは半 身不随、めまい耳鳴、心悸健忘多夢が併見され、脈渋か結代。 2. 病機の分析 消渇が長びいて病が絡に入れば、瘀血が阻滞し、瘀血阻絡の証があらわれる。阻滞 の部位によって異なった証がみられる。胸中を阻めば胸中刺痛し、経絡を阻めば半身不随となり、 清竅を阻めばめまい耳鳴、健忘多夢となる。舌瘀暗、脈渋か結代は瘀血の徴である。 [癰疽] 1. 症状 消渇に、癰疽、あるいは歯齦膿腫を併発して、なかなか癒えず、甚だしい場合は高熱を 出して意識がなくなり、舌紅苔黄、脈数。 2. 病機の分析 消渇に癰疽が併発するのは、燥熱の内盛によるものである。小便過多、津液枯涸 は癰疽併発の別の素因である。《諸病源候論・消渇病諸候》に、「小便利すれば津液竭つき、津液竭つき れば経絡渋る、経絡渋れば営衛行らず、営衛行らざれば熱気留滞するにより、故に癰疽となる」と ある。瘡毒が内陥し、邪熱が心を攻め、神明を擾乱すれば、神昏譫語する。古代では、この併発症 のものは多くは死に至るといっている。 [白内障、あるいはとり目、耳聾] 1. 症状 初期は物がかすんで見え、眼の前に黒っぽい片が乱れ飛び、あるいは蝿や蚊が飛びかい、 あるいは薄いもやがかかったようである。眼球検査では、淡白ですっきりせず、あるいは水面に油 滴が浮んだようで、次第に物がはっきり見えなくなり、長くたつと瞳が白くなり、甚だしい場合は 完全に失明するに至る。一部の患者は、夜暗いと見えなくなり、明るくなると視力が回復するとい うとり目になる。またあるものは耳鳴耳聾となる。 2. 病機の分析 消渇が長びくと、精血を傷耗し、肝腎陰虚となる。肝は目に開竅し、腎は耳に開 竅するので、精血が頭に上承し耳目を濡養できなくなり、耳目は充養を失って、白内障、とり目、 耳聾などの証となる。 本証の症状は目あるいは耳というように異なるが、その病機の根本は一つで、いずれも肝腎精血 の虧虚によって起こるものである。 [労咳] 1. 症状 消渇病を患い、乾咳少痰、痰中帯血、五心煩熱、潮熱盗汗、舌紅少苔、脈細数。 2. 病機の分析 消渇の患者は多くはもともと燥熱が盛んであり、肺を熏灼し、肺津を傷耗して、 常に陰虚肺熱咳嗽が出現する。咳嗽が長く癒えず、更に虚労の症状があるものは、労咳と称する。 消渇に併発する労咳について、劉河間は《三消論》で、「消渇は多くは聾盲に変ず」、「或は蒸熱虚 汗、肺痿労咳す」と明確に述べている。臨床では、消渇に併発する肺労は少なくない。
11 [泄瀉] 1. 症状 食飲減退、精神不振、四肢は温まらず、大便溏瀉、あるいは消化不良、舌淡舌苔白、脈 細無力。 2. 病機の分析 消渇が長びけば、脾腎がともに損傷され、腎陽が虚衰して脾胃を温養できなくな り、脾腎陽虚の証となる。 この型は、消渇そのものは大して重くないが、重篤な併発症の一つである。 [水腫] 1. 症状 腹部の脹満、四肢の浮腫、甚だしい場合は全身の浮腫、小便不利、舌淡、舌苔白、脈沈 遅。 2. 病機の分析 「五臓の傷、窮まれば必ず腎に及ぶ」。消渇が長びけば、腎気が虚衰し、水液を蒸 化することができなくなり、水液が貯留して浮腫が生ずる。歴代医家の記載や臨床所見によれば、 この種の浮腫は多くは陰陽両虚あるいは陽虚水泛によって起こるものである。 [肢体麻木] 1. 症状 肌肉消痩、肢体酸軟乏力、麻木して感覚がなく、フワフワした綿毛の上を歩くようであ る。 2. 病機の分析 消渇が長びき、精血が傷耗し、気血が虧虚すれば、肢体肌肉筋骨を濡養できなく なり、肢体酸軟乏力、麻木して感覚がなくなる。 [虚脱] 1. 症状 主な症状は、煩躁不安であり、甚だしい場合は意識昏迷する。一部の患者では突然人事 不省となり、四肢が逆冷して、脈がかすかで絶えそうになる。このような虚脱の証には、弁証上亡 陰、亡陽の相違がある。亡陰の症状は、高熱、口渇して水を飲みたがり、呼吸は荒く、珠のように 汗出し、意識もうろうとなってうわ言をいい、舌は紅、舌苔黄で乾、脈象は虚数である。亡陽の症 状は、食欲不振、悪心嘔吐、痰涎を吐き、冷や汗をかき、精神困倦し、甚だしきに至っては意識不 明となり、四肢厥冷する。舌淡、舌苔白、脈微で絶えそうである。 2. 病機の分析 人体の陰陽は、「陰平かにして陽秘せば、精神はすなわち治る、陰陽離決すれば精 気すなわち絶ゆ」である。本証は病状が重篤で、陰陽離決に瀕する危象、つまり亡陰、亡陽であり、 弁証の要点は寒熱の正確な弁証にある。 二、治療 (一)治療原則 本病の基本病理は陰虚が本で、燥熱が標であるので、清熱生津、益気養陰が基本治則である。本 病の発病経過は、常に陰虚燥熱から始まり、病状が発展するにつれて元気精血まで損傷され、長び くと陰から陽に損害が及び、陰陽両虚あるいは陽虚を主とする証に発展し、ついには陰陽竭亡ある いは重い癰疸、労咳、泄瀉などの併発症を起こして死亡するに至る。それ故、治療にあたっては清 熱生津、益気養陰の基本治則のほか、臨機応変に具体的病状によって、適宜清熱瀉火、健脾益気、 滋補腎気、補腎渋精、活血化 瘀などの治法を合理的に選用しなければならない。このように人体の 陰陽気血を調整すれば、病状を好転させ治癒させることができる。 (二)治法と方剤 本証 [肺胃燥熱]
12 1. 治法 清熱生津止渇。 2. 方剤 白虎加人参湯、方中の石膏は辛甘大寒で、肺胃を清瀉して煩熱を取り除き、主薬となっ ている。知母は苦寒で、肺胃の熱を清泄し、性質は潤で燥を潤し、輔薬となっている。石膏に知母 を配合すれば清熱除煩の力が増強される。人参・甘草・粳米は益胃して津を保護し、大寒の剤によ って脾胃が損傷されるのを防ぐ。諸薬の合用により、清熱生津の功を奏する。最近の研究によれば、 本方は消渇の治療に極めて良い効果があり、その中の石膏が主要な作用をなしていることが証明さ れている。 このほか、本証には玉泉丸、玉液湯、滋膵飲などを選用してもよい。玉泉丸は消渇の治療薬とし て、現在すでに国内外で販売されており、一部の患者に一定の治療効果がある。玉液湯、滋膵飲は、 張錫純の《医学衷中参西録》の中で推奨されている。玉液湯は黄耆を主とし、元気を上昇させる葛 根を配合し、腎陰を滋す山薬・知母・天花粉を兼用し、更に腎関を固封する五味子を用いて、水液 が急速に下流しないようにしている。諸薬の合用により、陽を上昇して下の陰に対応させている。 滋膵飲は玉液湯に類似した作用があるが、張錫純はこれを用いて消渇を治療し、しばしば良効を得 ている。 [腸燥津傷] 1. 治法 滋陰養液、潤腸通府。 2. 方剤 増液承気湯。本方では増液湯を用いて生津止渇、潤腸通便し、芒硝・大黄を配合して軟 堅化燥し、「増水行舟」の法となっている。本証候の治療は、劉河間の《素問病機気宜保命集・消 渇論》に出ている。消中を治すには、熱が胃にあって多食し、小便赤黄のものをは、これを微利す るのがよく、多く利してはならず、厚朴・大黄・枳実を服してゆるやかに利し、多食を欲しなくな ると癒える。劉氏の論述から、下法を用いて消渇を治療する場合、主証は胃熱能食であり、必ずし も大便閉の証があるわけではない。どうやって下法を用いて消渇を治療する方法を把握したらよい のだろうか。張錫純の《医学衷中参西録・治消瀉方》の中で具体的に分析されている。「中消は承 気湯、これ須く細に斟酌をなすべし。もし其の右部の脈滑にしてかつ実なれば、之を用いるにもっ とも可なり。もし其の人飲食甚しく勤め、一時食せず、即ち心中 怔忡し、かつ脈象微弱の者は、胸 中大気下陥し、中気また之に随いて下陥するに系る。宜しく補中の薬を用い、佐するに収渋の品と 脾胃を健補する品を以て、後の 4 古人は、下法を用いて消渇を治療したことがあるが、現在でもこれを用いて消渇を治療して効を 奏している。しかし下法の応用に際しては、適当な所で止めないで過用すると変証を生ずる。李用 粹は《証治彙補・消渇》に、「苦寒を過用し、久しくして中満の証をなす、いわゆる上熱未だ除か れず、中寒また起こるなり」。《張氏医通・消 癉》に「渇家誤りて火と作して治し、涼薬を乱投すれ ば、人、生命を促す」とある。 拙擬せ つ ぎの昇陥湯の治験案を参観すべし。もし誤りて承気を用いて之 を下せば、危きこと踵を施さず」。これは臨床の参考となる。 [肝腎陰虚] 1. 治法 滋養肝腎、益精補血、潤燥止渇。 2. 方剤 六味地黄丸。方中では、滋腎填精の熟地黄を主とし、肝腎を養って益精する山茱萸、脾 陰を補って精微を摂する山薬を佐として三薬を合用して三陰併補の功を達成している。これが補の 一面である。また淡滲脾湿の茯苓を配し山薬の益脾を助け、沢瀉で腎火を清泄して熟地黄の滋膩を 4 拙擬せ つ ぎ (つたなぎ)つたない立案。謙遜して言っているのか。
13 防ぎ、牡丹皮で肝火を清泄し、山茱萸の温を制している。ともに佐薬として使用しており、これが 瀉の一面である。各薬の合用によって、滋補して邪を留めず、降泄して正を傷らず、消渇患者の長 期服用に適合している。臨床において、本方は消渇病に極めてよい治療効果があることが証明され ている。陰虚火旺、骨蒸潮熱、盗汗夢遺には、本方に知母・黄柏を加え、つまり知柏地黄丸として 滋陰降火する。 本証の治療では六味地黄丸を服用するとともに、生地黄飲子を併服すれば、なお治療効果を高め ることができる。方中の麦門冬・天門冬・生地黄・熟地黄・石斛は養陰補血し、人参・黄耆は益気 生津止渇し、批杷葉・枳殻を佐として宣肺散津止渇し、また沢瀉を用いて火府を疏導し、心火を下 行させれば小便は清利する。諸薬を合用して生精補血、潤燥止渇の効がある。沈金鰲の《雑病源流 犀燭・三消源流》に本方を賞賛して、「造化精深にして、妙なること倫比り ん ひ5 [陰陽両虧] なし」といっている。 1. 治法 温陽滋陰補腎。 2. 方剤 金匱腎気丸。本方は六味地黄丸を以て滋陰補腎し、同時に附子・桂枝を用いて温陽暖腎 する。これは微火を生じさせて腎気を鼓舞する。「少火気を生ず」の意である。方中での補陽薬と 補陰薬の併用は、すなわち《景岳全書・新方八陣略》の「善く陽を補うは必ず陰中に陽を求む、則 ち陽は陰の助けを得て生化無窮す。善く陰を補うは必ず陽中に陰を求む、則ち陰は陽の昇を得て泉 源竭つきせず」ということである。腎気丸使用による消渇の治療は、張仲景をはじめとして、後世では 趙献可、張景岳らによって発展し手本とされている。消渇の治療にどうして附子・肉桂(あるいは桂 枝)などの熱薬が必要かという問題について、趙献可は《医貫・消渇論》の中で詳細に論述している。 「蓋し命門の火衰によりて、水穀を蒸腐し、水穀の気上りて肺を熏蒸し潤す能わず、釜底に薪なき が如く鍋蓋乾燥す、故に渇す。肺また稟うくる所なきに至り、水津を四布し、五経に併行すること能 わず、其の飲む所の水、未だ火化を経へずして膀胱に直入す、正に飲むこと一升 溲しゅうすること一升、 飲むこと一斗 溲しゅうすること一斗という。試みに其の味をためすに、甘にして鹹ならざるを知るべし。 故に附子、肉桂の辛熱を用いて、其の少火を壮んにし、灶底そうていに薪を加え、枯籠蒸溽こごもじょうじょく6、藁こう稲とう7 腎気丸はもとより消渇治療の良方であり、陰陽両虚あるいは陽虚を主とするものによいが、すべ ての消渇の証に一概に用いるのはよくない。《雑病源流犀燭・三消源流》に、「確然として命門火衰 を審かにし、然る後桂附を用いるべし、熱結によりて致すが如きは、咽を下りて立ちどころに 斃たおれる」 といっている。 雨うを得 て、意を生じて新をつなぐ(維新す)」。李用粹は《証治彙補・消渇》中に、「久病は滋腎養脾に宜 し、蓋し五臓の津液は皆腎に本づく、故に腎暖まれば気は上昇して肺は潤う。腎冷えれば気は昇ら ずして肺は枯れる。故に腎気丸は消渇の良方となすなり」といっている。 [脾胃気虚] 1. 治法 健脾益気、生津止渇。 2. 方剤 七味白朮散。方中の四君子湯は健脾益気し、木香・藿香は醒脾せ い ひ行気散津さんしんし、葛根は昇清 して生津止渇し、本方は消渇治療の常用方剤となっている。本方は消渇の脾虚の証で、能く食べる ものにも、食べることができないものにも応用することができる。趙献可はその論中で、「蓋し食 5 倫比り ん ひ =倫りん輩ぱい なかま、同類、同輩、倫匹りんひつ、配偶者 6 枯籠蒸溽こごもじょうじょく 枯籠=枯れこもる? 蒸溽=蒸 暑じょうしょ、むしむしとした暑さ 7 藁こう稲とう 藁=稿 わら。稲はイネ 藁稲雨は稲の稔る頃の秋雨
14 する能わざる者は脾の病なり、脾は四旁を澆 灌ぎょうかん8 本証は、参苓白朮散、昇陽益胃湯を用いても治療することができる。参苓白朮散は七味白朮散と 大体同じであり、昇陽益胃湯は人参・黄耆・茯苓・白朮・甘草・大棗を用いて健脾益気し、半夏・ 陳皮・生姜・沢瀉を以て運脾化湿し、白芍で斂飲生津し、黄連で清熱し、柴胡・独活・防風で昇津 止渇している。それ故本方は健脾益気生津、化湿昇清して津液を上承させる作用がある。本方に用 いられている独活・防風などの風薬は、脾胃を鼓舞し、健脾益気薬を昇動する作用があり、健脾の 方中に常用される良薬である。 し、胃と其の津液を行らす者なり。脾胃既に虚す れば其の津液を敷布すること能わず、故に渇す。其の間たとえ能食ある者、またこれ胃虚穀を引き て自ら救う、概ね白虎承気の類の如き寒涼瀉火の薬を以てするが如きは、則ち内熱未だ除せず、中 寒また生じ、末に伝わらずして鼓脹を能くするや? ただ七味白朮散、人参生脈散の類を恣意し い多飲 し、また八味地黄丸を以て其の化源を滋す、是れ治法なり」と述べている。《張氏医通・消 癉》で は本方の適応証を、「食已おわりて飢えるが如く、胃熱消穀し、陽明の脈盛ん、心火上行し、面黄肌痩、 胸満脇脹し、小便赤渋す、七味白朮散」。このほか本方は《医宗金鑑》などにも消渇の常用方剤と してあげられている。 本証の治療では常に健脾益気の方に六味、八味を同用し、その治療効果を増強する。 [湿熱中阻] 1. 治法 清熱化湿。 2. 方剤 黄芩滑石湯。本方は中焦の湿熱を主治する。消渇で中焦の湿熱がみられるものを本方で 治療すれば、湿熱の邪気が消退するにつれて、消渇も自然に改善される。湿熱が鬱して中焦を阻ん で渇するものには本方を用いるほか、 張ちょう錫てきじゅん純の二妙散や丹渓の越鞠丸を適宜用いてもよい。 湿熱中阻は消渇の変証に属するものであり、変証治療に際しては消渇の本証に注意し、標本同治 しなければならない。 併発症 [瘀血証] 1. 治法 活血化瘀。 2. 方剤 降糖活血方。方中には活血化瘀の丹参・川芎・益母草、養血活血の当帰・赤芍・白芍、 活血化瘀薬の化瘀効果を増強する行気導滞の木香、生津止渇の葛根が用いられている。気陰両虚が みられるものは、本方に生脈散を配合して使用する。陰虚陽亢のものは、本方に麦門冬・天門冬・ 牡蠣・石決明などを加えて滋陰平肝潜陽する。 瘀血と消渇の関係については、古今の認識には変遷がある。古人は多くは瘀によって渇を起こす と認識していた。《血証論・ 瘀血》に、瘀によって渇を致すという記載がある。本篇では、消渇病 は渇によって瘀を起こすのが特徴であるとし、したがって瘀血を消渇の併発症の一つとしてあげた。 [癰疽] 1. 治法 清熱解毒。 2. 方剤 五味消毒飲。方中の金銀花は清熱解毒、消散癰腫し、主薬となっており、紫花地丁・紫 背天葵・蒲公英・野菊花はいずれも清熱解毒の作用があり、癰疽治療の要薬で輔となっている。諸 薬の合用は清熱解毒の効果を増強する。癰瘡で腸中に熱結があり、大便が閉結するものには、梔子 金花丸を用いて治療する。本方は黄連解毒湯に知母・大黄・天花粉を加えたもので、清熱解毒の作 8 澆 灌ぎょうかん =灌漑かんがい、田に水をそそぐ
15 用が極めて強く、同時に通腑泄熱し、大便が閉結し脈が実で有力の癰瘡の患者に最も適している。 癰瘡患者の治療では、現在この方法だけで治療を行うことは極めて少なく、常に消渇本病治療の法 と併用している。《金匱翼・消渇統論》では消渇方との兼服を強調している。癰疽の回復期におい ては、治療は托膿生肌の法を重視する。 [白内障、あるいはとり目、耳聾] 1. 治法 滋補肝腎、益精補血。 2. 方剤 明目地黄丸。方中は六味地黄丸を以て肝腎の陰を滋補し、また生地黄・熟地黄を同用し て精血の滋補の力を増強する。当帰・五味子は補血斂精し、清気を昇提する柴胡を佐として諸薬を 患部の耳目に上達する。このほか、杞菊地黄丸、磁朱丸、石斛夜光丸などの方も選用してよい。磁 朱丸は、薬物は三味に過ぎないが、本証の常用方剤となっている。方中の磁石は腎に入って益陰潜 陽し、朱砂は心に入って清心安神する。二薬の合用は水火を融合し心腎を相交させて耳目を聡明に する。更に六麹を用いて健脾して消化を助け、金石の薬物による胃気の損傷を防ぎ、薬力の運行を 助ける。臨床上、常に本方は明目地黄丸、杞菊地黄丸と同用して効果を高める。石斛夜光丸は平肝 熄風、滋陰明目の名方であり、物がかすんで見えるものやまた白内障などの証に常用される。本方 の薬物は種類が多いが、その組成から分析すれば、消渇本病と併発する耳目の疾病に一定の治療作 用があり、常用方剤の一つとなっている。 [労咳] 1. 治法 養陰清熱、潤肺止咳。 2. 方剤 百合固金湯。方中の百合と生地黄・熟地黄は肺腎を滋養し、主薬である。麦門冬は百合 を助けて潤肺止咳し、玄参は二地を助けて滋陰清熱し、当帰・芍薬は養血和陰し、貝母・桔梗は清 肺化痰止咳して佐薬となり、甘草は諸薬を調和して使薬となっている。 百合固金湯は労咳を治療するとともに、消渇本病を治療し、標本同治の効がある。効果の増強の ために、病状に基づいて更に前述の本病治療と関係のある方剤を選用してもよい。労咳の詳細な弁 証論治は、肺労篇を参考にされたい。 [泄瀉] 1. 治法 温補脾腎。 2. 方剤 中焦虚寒に偏しているものは理中湯を用いる。方中の党参は甘温扶脾、補中益気、脾胃 の強壮が主である。虚寒のものは、これを熱する辛熱の乾姜を輔として、温中して陽気を扶ける。 白朮は苦温燥湿健脾し、更に使として甘草を用いて補中扶正している。諸薬の合用により温中 祛寒、 健脾止瀉の剤となっている。ある医家の経験によれば、本方は単に併発の虚寒泄瀉を防治するばか りでなく、消渇治療の良方でもある。陳修園は《医学実在易・三消》の中で、黄耆六一湯、七味白 朮散、理中湯を用いて本証を治療すると主張している。彼は理中湯の人参・白朮・灸甘草でよく中 州を固め、乾姜は中を守り、釜薪の焔によって湯気を騰のぼらせる。これによって穀が陰に入り、気に より陽を長じさせ、上方の肺に転輸し、下の膀胱を固摂し、五臓六腑すべて気を受けることができ るといっている。これが理中湯を用いる主旨である。陳氏の論は、一般とは区別して用いる変法と なっており、一般的常法を用いて無効、あるいは中焦虚寒の証がみられるものに用いられる。脾腎 陽虚に偏重した泄瀉の症状のものには、理中湯合四神丸を常用する。 このほか附子理中湯、赤石脂禹余粮丸、一甲煎などを選用する。 [水腫]
16 1. 治法 温腎化気行水。 2. 方剤 済生腎気丸合真武湯。水腫の詳細論治は水腫篇を参考にする。 [肢体麻木] 1. 治法 補益気血。 2. 方剤 黄耆六一湯合四物湯。方中で黄耆六一湯は補気益血し、四物湯は補血調血する。 [虚脱] 1. 治法 亡陰のものは益気養陰固脱し、亡陽のものは回陽固脱する。 2. 方剤 亡陰には、生脈散に酸棗仁・竜骨・牡蠣・浮小麦などを加えて用いるか、三甲復脈湯の 類を用いる。あるいは生脈注射液を静注する。亡陽には、参附湯、四逆湯や参附注射液を筋注する。 最近は、亡陰、亡陽の救治に対して陰陽寒熱を区別せず、大容量の生脈注射液を静注してよい効果 を収めている。このような用法は、弁証と弁病の結合によって得られたものである。 消渇併発の虚脱の証は、病勢が危急であり、あるものは瞬時にして生命に危険を及ぼすものなの で、一刻を争って救急処置を講じなければならない。 (三)その他の治法 1.民間療法 歴代の消渇の治療に対する民間療法は数々あるが、今回はその一部を載せて臨床上の参考に供す る。 ① 黄連3g、天花粉 15g、生地黄 24g、蓮の汁 90g、牛乳 120g。黄連・天花粉・生地黄を先に煎じ 滓を去り、牛乳を入れ沸騰させ、蓮の汁を加えてこれを頓服する。 ② 豚の膵臓 7 個、こま切れにして十分に煮て蜂蜜 500g を加え、膏のようになるまで煮る。毎回 15g を服用する。 ③ 生地黄12g、黄耆 24g、山茱萸 18g、豚の膵臓 1 個を水で煮る。3~4 回に分けて服用する。 ④ 天花粉・黄連各90g を末にして蜜丸とし、麦門冬湯で 1 日 2 回服用する。 ⑤ タニシ500g、水 1500g。1 晩水に浸し煮て汁を飲む。1 日 1 剤とする。 ⑥ 活きた水蛇〔Enhydvis chinensis(Gray)〕一匹の皮をはぎ末としたもの、天花粉末、麝香少々、 かたつむり50 匹を水に浸し丸剤とし、生姜湯で服用する。 ⑦ 生しょう芭蕉根を搗いた汁の1~2 合を適時服用する。 ⑧ 薔薇根一把。水煎し、常服する。 ⑨ 炒黒大豆・天花粉の等分を末にし、糊で梧子大の丸とし、1 日 2 回、黒豆の湯で 70 丸を服用す る。 ⑩ 緑豆の煮汁でおかゆを作って食べる、あるいは研じて得た汁を服用する。 ⑪ 生の大根を搗きつぶした汁を服用する、あるいはこの汁で煮たおかゆを食べる。 ⑫ 冬瓜の皮を去ったものを毎食後に 60~90g 食べる。 ⑬ 松樹二層皮 60g(干したもの、古い松の大木がよい)、焼いた豚の骨(量の多少にかかわらず)。毎 日1 剤を服用する。 ⑭ 熟地黄 30g、山薬 30g、党参 15g、覆盆子 15g、五味子 5g、五倍子 3g。水煎して、毎日 1 剤服 用する。 2. 導引と気功導引は身体運動、呼吸運動と自己按摩などの結合された特色をもつ一種の保健、去病 の方法である。《荘子・刻意》「吹呴す い く呼吸、 故ふるきを吐し 新あたらしを納おさめ、熊ゆう経けいちょう鳥伸しん、 寿いのちをなして已やむ」。
17 導引は常に気功療法と組み合わされる。《保生秘要》に、「口乾導引法、左右の足心毎に三十六回搓 る、時を按じて吐納し、津は回る」及び「運功は舌をもって上腭じょうがくに托し、懸壅穴に凝す。一窟涼 水を貫き漸提し口噀こうそん咽に至る」とある。気功は一種の特殊療法で、消渇の病に対して一定の治療効 果がある。もしこの治療法を採用する時は気功医師の指導下で進める。 【転帰及び予後】 典型的な消渇病の発病過程について述べると、常に陰虚燥熱から始まり、病状が長期化すると、 陰損が陽に及び、陰陽両虚を形成し、あるいは陽虚を主とする重症となり、常に各種の相当重い合 併症がみられ、最後に、多くは陰竭陽亡となり死亡する。治療上は、清熱、益気、生津、滋補精血、 陰陽の調整などの方法を施すことによって、病状の悪循環を防いで発展をくい止める。 本病の予後に対しては、歴代の医家が豊富な経験を積み重ね、現在は後に述べるようにまとめら れている。 一、「三多」と消痩の程度。これは、病状の軽重の目安となる。もし「三多」が非常に重く、同時 に大骨枯槁、大肉陥下があれば多くは危険な症候である。これが反対であれば病状は軽い。 二、気きにょう尿は本病が重くなる兆候である。戴元たいげん礼れいは《証治要訣・三消》の中で、「三消久しくして小 便臭わず、反って甜を作し、気は 溺にょう桶おけ中にありて滾涌こんようす、其の病重きをなす」と指摘している。 三、《外台秘要》より始まって、歴代の多くの医家は、消渇の併発症の神志恍惚、嗜眠、煩躁、癰 疽、水腫、泄瀉などを悪候としている。 四、多食は消渇の特徴の一つで、もし発病しているのに反って少食のものは、多くは伝変して悪候 となる。《医宗金鑑・消渇》には「若し能く食し大便鞭こう、脈大強で実なる者は胃の実熱となし、之 を下して尚医す可きなり、若し能く食せず、湿多く舌白滑なる者、病久しければ則ち伝変して水腫 泄瀉し、熱多く舌紫乾なる者、病久しければ則ち癰疽を発して死するなり」とある。 【予防と看護】 (一)飲食と情欲の節制 油っこい物、甘い物と酒、火であぶったものの食べ過ぎ、並びに情欲、怒 りが過ぎるのは、本病の重要な発病原因である。そのため飲食の節制に注意し、七情の内傷を避け ることは、本病に対しいずれもある程度の予防的意義をもっている。既に発病した後は、更に飲食 面で、油っこい物、甘い物、濃い味の物と小麦粉を使った物を節制し、房事も慎しむべきである。 もし患者が身を慎しまなければ、「縦たとえ9 (二)生活態度に注意する 患者を助けて、規律のある生活設計を立て、労働と休息に気をつけ、生 活起居を慎み、気候の寒暖の変化に適応させ、外邪の侵襲を予防する。 金丹ありといえども、亦た救うベからず」の結果を招くこ ととなる。 (三)適当な運動 各種のサークル活動に参加したり、スポーツや肉体労働をし、食後すぐ横になっ たり、一日中長く坐っていたりはすべきではない。太極拳による鍛練を続けることは、また病状の 回復に有効である。 (四)針治療を少なくする 消渇の患者の皮膚はやつれて乾燥しているので、もし針を不当に打つと、 皮膚を損い癰疽が現れる。灸法は、本病に対し一定の治療効果があるので今後の研究に値する。 (五)褥瘡の予防 特に消渇による昏迷の患者に対しては、つとめて寝返りをうたせ、軽くこすって 9 縦たとえ 仮に~としても
18 洗ってやり、褥瘡の発生を防止する。 (六)積極的な治療 本病は、多くは宿根があり、速やかに完治するのが難しい。治療によって「三 多」症状が消失し、体重が正常に回復しても、すぐに治療を中止してはならない。さもなければ病 状は再発することになる。長期間七味白朮散や六味地黄丸の類を服用するか、あるいは黄耆を茶の 代わりに飲み続け、療養と治療を結合させて行えば、治療効果を強化にし、再発を予防することが できる。 【現代研究】 一、糖尿病 最近中医の消渇理論を用いて多量の臨床治療観察を行い、一定の成果と発展を収めている。 (一)弁証論治の臨床研究 祝氏は長年の臨床観察と、施氏の経験を参考にして、弁証弁病結合とい う方法を用い、糖尿病の治療経験を総括している。本病を気陰両虚、燥熱入血、気虚血 瘀、陰陽両 虚の四種に分けている。気陰両虚には、生脈散、増液湯合玉鎖丹、更に蒼朮を加えて玄参を配し、 黄耆に山薬を配するという組成の「降糖基礎方」(党参・麦門冬・五味子・生地黄・茯苓・五倍子・ 生竜骨・生牡蠣・蒼朮・玄参・黄耆・山薬)を用いている。尿糖が下がらないものには、天花粉・生 地黄や鳥梅を重用し、血糖の下がらないものには、人参白虎湯を、飢餓が著明なものは玉竹・生地 黄・熟地黄を加え、尿中アセトンがみられるものには黄芩・黄連を随証加減する。燥熱入血型には 温清飲(黄芩・黄連・山梔子・黄柏・当帰・地黄・川芎・赤芍に蒼朮と玄参、黄耆と山薬の対薬を更 に加える)を加える。気虚血 瘀型には補陽還五湯を用いる。気滞血 瘀に偏しているものには血府逐瘀 湯を用いる。インシュリンの長期使用で 瘀血の証のあるものには、降糖活血方(広木香・当帰・赤芍・ 川芎・益母草)を主に用い、これにはインシュリンを減量または停薬して、尿糖と血糖を下降する作 用がある。陰陽両虚型には八味地黄湯を用い、二つの対薬を加えて随証用薬する。祝氏は二つの対 薬は一気一陰、一脾一腎で、血糖、尿糖の降下に確かに良い効果があると強調している。更に上述 の治療法は尿崩症にも適用されると指摘している。中医研究院は 100 例の糖尿病を治療観察して、 本病を三型の論治に分けている。その中で陰虚熱盛型は11 例(11%)で、単純糖尿病で合併症がない ものに多くみられ、白虎湯、天花粉散(生地黄・麦門冬・天花粉・葛根・五味子・甘草)、枸杞湯(枸 杞・天花粉・生石膏・川黄連・甘草)を用いている。気陰両虚型は 80 例(80%)を占め、病程が長く、 心血管病及び末梢神経炎合併の患者に多くみられ、治療には人参白虎湯、黄耆湯(黄耆・生地黄・麦 門冬・五味子・天花粉・茯苓・甘草)、玉液湯(黄耆・山薬・知母・葛根・五味子・天花粉・鶏内金) を用いている。陰陽両虚型は9 例(9%を占める)で、糖尿病後期の腎炎、血管炎などの合併症によく みられる。金匱腎気丸、秘元煎(山薬・五味子・金桜子・ 芡実・人参・白朮・茯苓・甘草・遠志・酸 棗仁)などを用いて治療する。日本では、寒熱虚実弁証によって選方用薬し、実熱肥満のものには防 風通聖散を、胸脇苦満のものには大柴胡湯(加地黄)を、虚熱で胸脇苦満のものには小柴胡湯(加地黄) を、口渇するものには白虎加人参湯を、下肢倦乏のものには六味地黄丸を、虚弱のものには麦門冬 湯を用いるという。虚寒には一般に八味丸加人参を用い、胃腸症状のあるものには四君子湯を用い る。 また弁病を基礎として専方の応用を主たる治療として良い効果をあげている人もいる。蘇州雷允 上製薬工場は、王氏の験方(炒党参・生黄耆・肥玉竹・山梔子根・麦門冬・大熟地黄・天花粉)をも とにして消渇衝剤を作り、50 例(療程 1 カ月)に応用した結果、総有効率は 92%を示し、血糖の顕著