1. 問題
2019 年に厚生労働省が発表した認知症施策推 進大綱 注 1 において,早期発見・早期支援や本人 視点の支援が重視されている。一方で早期発見を しても,告知後に支援を提供できなければ絶望感 をもたらすとも指摘されている(松下,2015)。 しかしながら,日本神経学会監修(2017)の『認 知症疾患診療ガイドライン』では,わが国におけ る診断後の支援については「慎重な議論が必要」 としか述べられていない。軽度認知障害(以下, MCI)や初期認知症の本人のもの忘れ外来の受診 時のニーズについて調査した扇澤ほか(2017)で も,受診前に MCI や初期認知症などの本人が問 診表に記載した内容や相談員が聴取した内容をも とに解析しており,本人を対象とする構造化され た面接調査は実施されていない。一方,宮村 (2016)は認知症高齢者本人を対象に面接調査を 注 1 認知症施策推進体綱 https://www.mhlw.go.jp/content/000522832.pdf (2020 年 1 月 28 日検索)外来通院中の軽度認知障害と初期認知症の
高齢者本人におけるニーズおよび生活への願望の把握
藤田 雄
* 藍野病院大庭 輝
大阪大学大学院人間科学研究科宮 裕昭
市立福知山市民病院中野 明子
藍野病院園田 薫
藍野病院杉野 正一
藍野病院 本研究の目的は,第一に外来通院中の軽度認知障害(MCI)と初期認知症の高齢者本人のニーズおよび生活へ の願望の内容と出現頻度を把握することであり,第二に MCI と初期認知症それぞれのニーズおよび生活への 願望の特徴を検討することである。対象はもの忘れ外来通院中の MCI 17 名,初期認知症 20 名の計 37 名であ った(男性 11 名,女性 26 名,平均年齢 80.6 ± 5.50 歳)。半構造化面接によりニーズおよび生活への願望を 聴取し,得られた回答をテキスト化し,計量テキスト分析をした。計量テキスト分析には KH Coder 3 を使用 した。調査の結果,ニーズがひとつでもあると回答したのは MCI の 58.8%,初期認知症の 35.0%であり,初 期認知症の本人は身体面に関するニーズ以外はほとんど表出しない特徴があった。MCI と初期認知症の比較 では,初期認知症は MCI に比して否定的感情が少なく,夫との関係に関するニーズが 0 個だったことが特徴 的であった。一方,生活への願望はすべての対象者から表出された。MCI,初期認知症ともに最も出現率が高 かったのは,現在の生活の維持・継続であった。ただし,初期認知症は MCI に比して自己充足的な活動や楽 しみについて表出しない点が特徴的であった。ニーズや生活への願望の抑制には,認知機能障害だけでなく, 発症前後から長期間に渡って傷ついた自尊心も影響すると考えられた。 キーワード ⇒ 認知症,軽度認知障害,診断後支援,支援ニーズ,KH Coder *[連絡先](勤) 〒567-0011 茨木市高田町 11-18原著 ・ 研究報告 し,疼痛がニーズとして最も頻度が高かったこと を明らかにした。しかしながら,この研究の対象 となった認知症高齢者は認知症の重症度がさまざ まであり,また MCI の高齢者は対象にされてい ない。 海外でも MCI や初期認知症の高齢者本人から の診断後のニーズの把握を目的にした研究は見当 たらなかった。一方で,地域在住の認知症の高齢 者本人を対象とした研究が蓄積され,既存の支援 サービスの見直しや新規の支援サービスの開発 が目指されている(Kutzleben, Schmid, Halek, Holle, & Bartholomeyczik, 2012)。ニーズは介護 の量や質,サービスの有無に規定され(Orrell, & Hancock, 2004),国家間による違いが大きい と考えられる。たとえば,オランダでは van der Roest et al. (2009)が,「記憶」「情報」の順にニ ーズの出現頻度が高かったと報告している。「記 憶」は最近の情報を思い出せなかったり,物を失 くしたりするが,適切な援助を受けられていない ことを,「情報」は診療に関する情報が不十分で 不満があることを示す。この研究と同じ尺度を使 用してイギリスでは,「心理的苦痛」「日中の 活動」の順にニーズの出現頻度が高かったと報 告している(Miranda-Castillo, Woods, & Orrell, 2013)。「心理的苦痛」は生活に支障をきたす心理 的苦痛があるが適切な援助を受けられていないこ とを,「日中の活動」は日中にする活動が十分に ないが適切な援助を受けられていないことを示す。 また両研究とも,本人のニーズと,家族の推定し た本人のニーズとに乖離を報告している。以上か ら,本人視点の支援を検討するには,わが国の MCI および初期認知症の本人を対象にニーズを 調査する必要があると考えられる。なお,本研究 では「ニーズ」を先行研究にならって (Orrell & Hancock, 2004),「生活上の困難や問題による支 援の必要性」と定義する。 先行研究によると本人はニーズをあまり表出 し な い 傾 向 が 指 摘 さ れ(van der Roest et al., 2007;Kutzleben et al., 2012),van der Roest et al. (2009) では平均 0.5 個,Miranda-Castillo et al. (2013) では,平均 1.17 個と報告されている。 わが国の研究をみると,宮村 (2016) では,本人 1 人につき 2~6 回の面接を実施して,ひとり当 たり平均 1 個程度しかニーズが表出されなかった。 一方,扇澤ほか (2017) では,MCI 高齢者の 37.0 %,認知症高齢者の 29.0%が受診のきっかけと なった自覚的体験内容について言及したことを示 したが,それらのニーズについては明らかにされ ていない。これらの研究から,わが国の MCI や 初期認知症の本人もニーズを表出しない傾向があ ることが示唆されるが,扇澤ほか (2017) ではど のようなニーズをどの程度表出するか明らかにな っていないため,ニーズの内容と出現頻度を把握 する必要がある。 本人があまりニーズを表出しない傾向があるこ とを踏まえると,別のアプローチから本人視点の 支援を検討する必要がある。すなわち,本人がど のような生活を送りたいのか,それをどのように 実現していくのかを検討するという,生活への願 望からのアプローチである。ニーズは生活上の困 難や問題と関連することから,生活上の支障や自 己の弱みに焦点が当たり,マイナス面の回復を志 向するアプローチといえる。一方,生活への願望 は生活上の困難や問題と直接関連せず,自己の維 持されている機能や生活の肯定的な面にも焦点が 当たると考えられ,それらの維持・増強を志向す るアプローチといえる。この 2 つのアプローチを 併用することにより,本人視点に立った支援につ いてより多くの情報を得ることが可能と考えられ る。生活への願望に関しては,堀口 (2013) が自 記式による質問紙調査をしているが,健常高齢者 を対象とし,MCI や初期認知症(以下,「認知 症」)の高齢者を対象としたわが国の研究は見当 たらなかった。 そこで本研究では,第一に MCI と認知症のニ ーズおよび生活への願望の内容ならびに出現頻度 を把握すること,第二に MCI と認知症それぞれ のニーズおよび生活への願望の特徴を検討するこ
MCI 認知症 total N 17 20 37 年齢 80.9±6.2 80.3±4.9 80.6±5.5 男性/女性 6/11 5/15 11/26 同居/独居 13/4 19/1 32/5 介護保険サービス利用中/未利用 6/11 10/10 16/21 MMSE 27.2±2.4 23.6±2.3 25.2±3.0 DASC-21 28.1±3.9 36.6±4.9 32.6±6.0 MMSE, Mini-Mental State Examination; DASC-21, The Dementia Assessment Sheet for Community-based Integrated Care System-21 items.
Table 1 対象の記述統計 とを目的とした。
2. 方法
2-1 対象 対象は X 病院もの忘れ外来を受診中の MCI もしくは認知症の高齢者 37 名(平均年齢 80.6 ± 5.50 歳,レンジ 70~90 歳)であった。選定基 準は a) MCI もしくは認知症(原因疾患を問わな い)と診断がされている,b) 65 歳以上,c) 在宅 とし,「初期」認知症の操作的な基準を Mini-Mental State Examination (MMSE) ≧ 20 でかつ, 地域包括ケアシステムにおける認知症総合アセ スメントシート(Dementia Assessment Sheet in Community-based Integrated Care System-21 items ; DASC-21)で「軽度認知症の可能性あり」 の判定をされることとした(粟田,2016)。すな わち,DASC-21 の合計点が 31 点以上で「遠隔 記憶(項目 3)」,「場所の記憶(項目 5)」,「社会 的判断力(項目 9)」,「身体的日常生活動作 (項 目 16~21)」のいずれもが 1 点または 2 点である ことが基準となる。なお,抑うつや妄想などの精 神症状についての記載がカルテにある場合は対象 から除外した。その理由は精神症状が結果に影響 すると考えたためである。対象の概要を Table 1 に示す。認知症の原因疾患はアルツハイマー型認 知症 (AD) 14 名,血管性認知症 (VD) 2 名,脳 血管障害を伴うアルツハイマー型認知症 2 名,調 査時未特定 2 名であった。 2-2 調査構造とリクルート方法 基準を満たした全ての対象者について,第一著 者が認知機能検査を 1 時間~1 時間 30 分実施し た後に,半構造化面接を実施した。面接時間は 20~30 分であった。対象者の 37 名中 35 名と第 一著者は初対面であり,2 名とは 1 年前に認知機 能検査を実施したことがあった。 リクルート方法は,カルテで事前に調べて基準 を満たした全ての対象者について本人および同伴 した家族に依頼をした。 2-3 倫理的配慮 X 病院医学倫理委員会の承認を得て,病院長の 承諾を得たうえで調査を実施した。通常診療で行 われた認知機能検査前に本人と同伴した家族に文 書を用いて研究の説明をした。この説明では a) 研究内容と,b) 研究が診療とは一切関係がなく, 参加は自由意思によること,c) 協力を拒否して原著 ・ 研究報告 も今後の診療に不利益をもたらさないこと,d) 学会など外部に発表する際は個人情報を匿名化し, 個人を特定できないように配慮することを伝え, 本人に研究を依頼することについての同意を本人 と家族から口頭で得た。なお,この時点で本人も しくは家族のどちらか一方が同意しなかった場合 は中止とした。 認知機能検査後に改めて文書を用いて本人に研 究の説明をし,同意の署名を得た。家族介護者に も本人への面接調査終了後に,同意の署名を得た。 また研究に関する問い合わせ先として第一著者の 連絡先を説明文書に明記した。 2-4 調査手続き 面接は「ニーズ」から聴取し,次に「生活への 願望」を聴取した。「ニーズ」はまず「以前より も上手くできなくなったこと,不都合や不自由に 感じられること」(以下,「生活上のつまずき」) を聴取して,次に「生活上のつまずき」のなかか ら困っていることの有無を尋ねて「ニーズ」を聴 取した。このように段階的に聴取した理由は,本 人に困っていることを尋ねても「特にない」とい う回答が臨床経験上,非常に多く,病態失認によ って「特にない」と回答しているのか,それとも 生活上の支障があるのを認識しつつも,「困って いない」と回答しているのか区別できなかったた めである。 「ニーズ」は次の①~③の手順で聴取した。① 「以前よりも上手くできなくなったこと,不都合 や不自由に感じられることは?」と記載したカー ドを提示し,本人に回答を促した。なお,カード は,認知機能障害があって途中で分からなくなっ ても本人が目視で確認できるように提示した。得 られた回答は,回答に関連する発言のみを可能な 限り本人が発言した通りに手書きで記録し(沈黙 などの非言語的コミュニケーションや有声休止は 除く),回答ごとに「生活上のつまずき」として 妥当かを本人に確認した。たとえば「不都合とい うほどではない」などと,本人が妥当でないと述 べた場合は回答から除外した。②後述するインタ ビュー・ガイドに記載した調査項目が回答されな かった場合は,その調査項目が「生活上のつまず き」に該当するかをひとつずつ本人に尋ねた。た とえば,「目が見えにくくなった,耳が聞こえに くくなったということについてはいかがですか」 などと尋ねた。③「生活上のつまずき」の回答を 要約してすべてを読み上げて困っているものの有 無を尋ね,「困っている」と回答されたものを 「ニーズ」とした。「困っていない」と述べた場合 は「ニーズなし」とした。データは本人が妥当と 回答した「生活上のつまずき」「ニーズ」のみを データとし,テキスト化した。「ニーズ」のデー タは「生活上のつまずき」の該当箇所を転載した。 「生活上のつまずき」に関するインタビュー・ ガイドの調査項目は以下の a) ~ x) であった。 これらの調査項目は先行研究を参考にして作成し た(Orrell & Hancock, 2004; Kutzleben et al., 2012)。インタビュー・ガイドに記載した調査項 目を以下に列挙する。a) もの忘れ・物の置き場 所が分からなくなること,b) 視覚・聴覚,c) 歩 行,d) 持病,e) 服薬(薬を飲む気がしない,副 作用がある,飲み忘れるなど,f) 身体的な健康 全般,g) 睡眠(夜に眠れない,起床時にぐっす りと眠れた感じがしない),h) アイデンティティ (以前できたことができなくなって,これまでの 自分とは違和感がある),j) 感情(不安や悲しみ, 怒り,悔しさ,焦燥感など),k) コミュニケーシ ョン,l) 家族,m) 話し相手,n) 相談相手,o) 親密感(配偶者や友人),p) 家事,q) 趣味活動・ 日中にすること,r) 財産管理,s) 誰かの世話 (配偶者や子ども,孫など),t) 住環境(自宅や 近所),u) 情報(自分の状態や治療に関して十分 な説明がされない),v) サービス全般(市役所や 介護保険などの利用可能なサービスが分かりにく い),w) 自動車運転,x) 移動手段(利用しやす いバスや自動車などの交通手段がない)。 「生活への願望」はまず「今後の生活に望んで いること」について尋ね,現在の生活で楽しいこ
とや幸せを感じることを尋ねたり,次のようなス ケーリング・クエスチョンを使用したりした。現 在の生活の満足度を「1:不満」~「5:満足」で 尋ね,「3 です」と答えたら「では,いまの生活 がどうなったら満足度が3から4になりますか?」 とか「満足度が 3 から 4 になるには,どのような ことができたらそうなりますか?」などと尋ね, 可能な限り多くの回答が得られるよう配慮した。 得られた回答は第一著者がニーズと同様に回答に 関連する発言のみを手書きで記録し「生活への願 望」として妥当かをその都度本に本人に確認し, 本人が妥当としたもののみをデータとし,テキス ト化した。 2-5 分析方法 データ分析は計量テキスト分析を用いた。この 手法によって,質的データを量的な情報に変換し 処理することでデータの特徴を計量的に把握する ことが可能である(樋口,2014)。ソフトは KH Coder 3 を使用した。データ分析は以下の手順で 行った。 1) 「ニーズ」および「生活への願望」のカテゴリ, すなわちコードとコーディングルールの作成 データをカテゴリ分類するために,「ニーズ」 および「生活への願望」それぞれのコードとコー ディングルールを作成した。コーディングルール とはテキストデータ中の語をカテゴリ,すなわち コードに分類するための基準を指す。たとえば, テキストデータ中の「カラオケ」「編み物」とい った語を一括して「趣味活動」というコードに分 類する基準を指す。なお,ここでいうコードは排 他的なものではなく,複数に分類される場合もあ る(樋口,2014)。コーディングルールは階層的 クラスター分析の結果に基づいて作成し,共同研 究者 2 名と妥当性を検討した。具体的に述べると, 階層的クラスター分析は,KH Coder 3 からコマ ンド入力し,方法はデフォルトの Ward 法を,距 離はデフォルトの Jaccard を選択した。クラスタ ー数は Auto で分析した後に,クラスター併合水 準のプロットと,出力されたデンドグラムの解釈 のしやすさから判断した(樋口,2014)。この分 析 結 果 か ら 第 一 研 究 者 が 先 行 研 究(Orrell & Hancock, 2004)を参考にしてコーディングルー ルを作成した。作成過程で判断に迷った際には共 同研究者 2 名と全員の見解が一致するまで検討し た。 2) 「ニーズ」および「生活への願望」の各コード の出現頻度と MCI,認知症との関連の検討 まず「ニーズ」および「生活への願望」の各コ ードの出現頻度について MCI,認知症ごとに集 計した。次にニーズおよび「生活への願望」の各 コードの出現頻度との関連について共起ネットワ ークを描出して検討した。ここでいう共起ネット ワークとは,データ中の語が MCI あるいは認知 症という外部変数と特定のコードに分類された場 合に共起したとされ,外部変数と特定のコードと の関連の強さを図示したものである。共起ネット ワークのコード間の関連の強さを示す指標として Jaccard 係数を使用した。Jaccard 係数は 0~1.0 の値を取り,値が大きいほど共起しやすく関連が 強いことを示す。
3. 結果
3-1 「ニーズ」における各コードの出現頻度 「ニーズ」の出現頻度は MCI が 1.1 個,認知症 が 0.6 個であった。「ニーズ」がひとつでも「あ る」と回答した MCI は 17 名中 10 名(58.8%) であり,認知症は 20 名中 7 名(35.0%)であった。 「生活上のつまずき」と「ニーズ」の出現頻度 を Figure 1 に示した。Figure 1 が示すように, 「生活上のつまずき」と回答されても,その大半 は「ニーズ」として回答されず,MCI,認知症の 本人は「困っていない」と回答する傾向が示唆さ れた。また,手段的日常生活動作(IADL)に関 連する【家事】【財産管理】や,近親者以外との 対人交流に関連する【対人交流】【会話上の能力】 は MCI,認知症ともに「ニーズ」が 0 個であった。原著 ・ 研究報告 Figure 1 MCI および認知症の「生活上のつまずき」と「ニーズ」の出現頻度 0 2 4 6 8 10 12 14 16 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知症 M CI 認知 症 M CI 認知症 記憶 障害 否定的 感情 歩行 能力 身体的 不調 会話上 の能力 買い物 家事 親密感 対人 交流 夫との 関係 財産 管理 出 現 頻 度 (人) 「生活上のつまずき」と「ニーズ」のコード名 生活上のつまずき ニーズ Note. 作図にあたって「生活上のつまずき」のテキストデータからコーディングルールを作成 したため,「ニーズ」のテキストデータからコーディングルールを作成した Table 2 とは 一部コード名が異なる。 1 2 4 2 2 2 3 3 0 0 1 0 0 0 1 1 0 0 3 0 0 0 「ニーズ」は計 9 個のコードに分類された。コ ード名とそのコーディングルール,各コードの出 現頻度を Table 2 に示す。なお,先行研究(Or-rell & Hancock, 2004)では配偶者との関係は 【親密感】に含まれるが,【夫との関係】として区 別して夫との否定的な関係を示す語を分類した。 なぜなら「ニーズ」のテキストデータ中で夫を表 す「主人」の 6 回が,最も出現頻度が高かった 「言う」の 7 回に次いで多かったからである。【夫 との関係】はデータ中で「 主人 が 自分勝手 。家事 とか家のこととかし ない 。こっちが段取りしてる のに,好きな時に起きて来て好き勝手する。『あ れもせなこれもせな』で 気持ちが落ち着かない (id32, MCI)」や,「 主人 と話すと イライラ する。 声が大きくて偉そうに話すから(id18, MCI)」と 語られた( 「 」中の下線は当該コーディングルー ルに該当した語を示す)。一方【親密感】は家の 中で話し相手がいないことや配偶者を亡くしたこ とを示す語を分類した。データ中では「 話し相手 がいない。 嫁さん がい ない ので(id11, MCI)」, 「 家 の中で 話し相手 がい ない (id12,認知症)」。 また【買い物】は買い物に関する語を分類したが, ニーズとして回答されたものは記憶障害や IADL 障害によるものではなく,自動車運転をしなくな ったために買い物が不便になったことを示す。こ れはデータ中では「いろんな 買い出し とかが困る。 今まではどこに行くにも車だったけど。自転車に は荷物載せられないし(id36, MCI)」。 その他のコードを以下で説明する。【否定的感 情】は否定的感情に関する語を分類し,データ中 では「何をするのにも時間が掛かって自分にイラ イラする(id25, MCI)」と述べられた。【身体的 不調】は併存疾患や身体的な不調を示す語を分類 し,たとえば「 血圧 が高いのは困っている。食べ たいもの食べられないし,薬ずっと飲まなきゃい けないし(id3,認知症)」と述べられた。【歩行
MCI 認知症 total 否定的感情 イライラ | 不安 | '落ち着かない' | 不満 | 寂しい | '気持ちを分かってもらえない' | 自分勝手 4 (23.5%) 2 (10.0%) 6 (16.2%) 身体的不調 血圧 | '糖尿病' | '膠原病' | リウマチ | 透析 | 腎臓 | しんどい 3 (17.7%) 3 (15.0%) 6 (16.2%)
歩行能力 歩く & 不自由 | 足 & 悪い | ( 膝 & 曲がる & にくい ) |
外出 & ない | 杖 2 (11.8%) 2 (10.0%) 4 (10.8%)
疼痛 痛い 2 (11.8%) 1 (5.0%) 3 (8.1%)
夫との関係 <*否定的感情> & 主人 | (主人 & 会話& ない) 3 (17.7%) 0 (0.0%) 3 (8.1%)
記憶障害 'もの忘れ' | 忘れる | 覚える & ない 1 (5.9%) 2 (10.0%) 3 (8.1%)
親密感 ( '話し相手' & ない & 家 | '嫁さん' &
'いない' ) &! <*夫との関係> 1 (5.9%) 1 (5.0%) 2 (5.4%) 買い物 買う & スーパー 1 (5.9%) 0 (0.0%) 1 (2.7%) 介護支援専門員 'ケアマネ' 1 (5.9%) 0 (0.0%) 1 (2.7%) total 18 11 29 コード名 コーディングルール 出現頻度 (人・%) Note. 表中の演算子は以下を意味する。 「|」=「or」,「' '」:=「『'』で前後を括った文字列の強制抽出」,「&」=「and」,「<*>」=「すでに定義したコード」, 「!」=「not」をそれぞれ意味する。 Table 2 「ニーズ」のコード名・コーディングルールと出現頻度 能力】は歩行能力の低下と関連する語を分類し, データ中では「 外出 でき ない のが困る。 歩く のが 自信 ない 。歩きに出て途中で歩け なく なってしま うと 不安 になる (id5, 認知症)」と語られた( 「 」 中の下線は【歩行能力】の該当箇所を,二重下線 は【否定的感情】の該当箇所を示す)。【疼痛】は 痛みに関する語を分類し,データ中では「腰が 痛 い 。寝ていて 痛い 時もある。寝返りをする時に 痛 い (id33,認知症)」と述べられた。【記憶障害】 はもの忘れや物の置き場所が分からなくなるとい った語を分類し,データ中では「自分ではそれほ ど 忘れる とは思わないけど,他人から言われる。 それで,この先が 不安 になる。 もの忘れ がもっと ひどくなるとか。とんでもないことを言ったりし たりするんじゃないかとか (id17,認知症)」と 述べられた( 「 」中の下線は【記憶障害】のコー ディングルール該当箇所を,二重下線は【否定的 感情】の該当箇所を示す)。【介護支援専門員】は 介護支援員を表す「ケアマネ」という語を分類し 「 ケアマネ があまり来てくれないことが困る。た くさんの人を担当しているから。無理言って煩わ せたら気の毒やから『来て』とは言いにくい」と 語られた。 次に「ニーズ」の各コードの出現頻度と MCI, 認知症との関連について検討するために MCI お よび認知症を外部変数とする共起ネットワークを
原著 ・ 研究報告 Figure 2 「ニーズ」と MCI および認知症との共起ネットワーク 描出した (Figure 2)。なお,共起ネットワーク は見やすさを考慮して,Jaccard 係数の高い上位 10 番目までを描出した。図中の「MCI」「認知症」 は外部変数を,外部変数と線で結ばれた円は外部 変数と共起したコードを示す。円の大きさは出現 頻度を表し,円が大きいほど出現頻度が高いこと を示す。数値は Jaccard 係数を示し,0~1.0 の値 を取り,値が大きいほど共起しやすく関連が強い ことを表す。共起したコードの配置位置やコード 間の距離は意味を持たない。Figure 2 で最も強 く共起したのは MCI と【否定的感情】であった (Jaccard 係数 0.21)。これは MCI と【否定的感 情】との関連が強いことを示す。次に強い共起を 示したのは,【夫との関係】であった(Jaccard 係数 0.18)。特徴的だったのは,MCI と最も強く 共起した【否定的感情】が認知症とはそれほど強 く共起しなかったこと(Jaccad 係数 0.08),MCI と 2 番目に強く共起した【夫との関係】の「ニー ズ」が認知症では 0 個だったことであった。 3-2 生活への願望における各コードの出現頻度 と MCI,認知症との関連 「生活への願望」は「ニーズ」とは対照的に, 全員から表出された。MCI では平均 4.6 個,認 知症では平均 3.8 個表出された。 「生活への願望」は計 13 個のコードに分類され
MCI 認知症 total 維持・継続 現状 | 今 & ( 続く | 満足 | 十分 ) | '今のまま' | 'このまま' | 'これまで' | 続ける 14 (82.4%) 13 (65.0%) 27 (73.0%) 健康 健康 | 元気 | 病気 & ( ない | ぬ ) | 患う & ( ない | ぬ ) | '無病息災' | '長生き' | ( 病院 | 入院 ) & ( ない | ぬ ) | '良い薬' | 腰痛 & ( 取れる | なくなる ) 11 (64.7%) 9 (45.0%) 20 (54.1%) 趣味活動 ( 散歩 | '畑仕事' | 囲碁 | 編み物 | 手芸 | 本 | 雑誌 | 'グランドゴルフ' | パソコン | パチンコ | 百貨店 | パッチワーク | 'バレーボール' | 植木 | 読書 | 写経 | 'カーブス' | 野球 | ( お花 & 植える ) | ラジオ体操 ) &! <*配偶者との関係> 10 (58.8%) 7 (35.0%) 17 (46.0%) 楽しみ 楽しみ | 楽しい | 楽しむ 7 (41.2%) 5 (25.0%) 12 (32.4%) 自立・自律 自分で' | '自分のこと' | seq(自分-する)[5] | 介護 & ない | 'ひとりで' 7 (41.2%) 5 (25.0%) 12 (32.4%) 迷惑回避 迷惑 & ( ない | ぬ ) | 面倒 & ( ない | ぬ ) | ( 世話 & ない ) &! 犬 7 (41.2%) 5 (25.0%) 12 (32.4%) 勝手気まま 勝手 | 気まま | '好きなよう' | '好きなとき' | '好きなこと' | 気兼ね & ない | 気楽 | 自由 4 (23.5%) 6 (30.0%) 10 (27.0%) 最期の迎え方 死ぬ | 'お迎え' | 最期 | 亡くなる | 後始末 | 遺言 | 墓 | '死ねない' 5 (29.4%) 4 (20.0%) 9 (24.3%) 配偶者との関係 主人と' | '家内と' | ( 主人 | 家内 ) & ( 一緒 | 2人 ) | 主人 & ほしい 4 (23.5%) 3 (15.0%) 7 (18.9%) 友達との交流 友達 | 会社 & 連中 | 同窓会 3 (17.7%) 4 (20.0%) 7 (18.9%) デイサービス デイサービス | デイ 3 (17.7%) 4 (20.0%) 7 (18.9%) 娘とのつながり 娘 & ( 来る | 一緒 | 暮らす | 話し相手 | '元気でいてほしい' | 手助け | 旅行 ) 3 (17.7%) 3 (15.0%) 6 (16.2%) 家族団らん 家族 & ( 揃う | 集まる ) | 孫 & ( 来る | 食事 ) | ひ孫 & 会う 1 (5.9%) 3 (15.0%) 4 (10.8%)
total 79 71 150 コード名 コーディングルール 出現頻度 (人・%) Note. 表中の演算子は以下を意味する。 「|」=「or」,「&」=「and」,「' '」:=「『'』で前後を括った文字列の強制抽出」,「<*>」=「すでに定義したコード」,「!」=「not」, 「seq」=「『-』の前の語が出現したあと,『-』の後の語が近い位置に出現する」をそれぞれ意味する。 Table 3 「生活への願望」のコード名・コーディングルールと出現頻度 た。コード名とそのコーディングルール,各コー ドの出現頻度を Table 3 に示す。MCI も認知症 も【維持・継続】,【健康】,【趣味活動】の順に出 現頻度が高かった。【維持・継続】は,これまで 通りの生活が続くことや,これまでしてきた活動 を続けることに関わる語を分類した。データ中で はたとえば「 今のまま で十分満足。健康だったら, そ れ で い い 。 自 分 で 何 で も で き る か ら(id4, MCI)」や「「 今 で 十分 。元気でこうしていられる だけで有り難い。病院にも来られるから。主人が 助けてくれる。いろいろ気に掛けてくれる (id10, 認知症)」と述べられた。【健康】は健康に関する 語を分類し,通院や入院を避ける語が分類され 「 健康 になって,少しでも 病院 にかから ない よう になれたら (id20, MCI)」,「 無病息災 。誰かに面 倒掛けずに,ある日ころっと死にたい (id22,認 知症)」 などと述べられた。なお,【趣味活動】は 主にひとりで行う活動に関連する語を分類し, 「主人とドライブ」「娘と旅行」など特定の他者と 語られた活動はその他者との交流と区別して,趣 味活動に含めなかった。一方で【楽しみ】は,趣 味活動に限らず,楽しみに関連する語を分類し, データ中では「手芸をするのが 楽しい 。お花を植 えたり,種をまいたり,世話をするのが 楽しい (id37, MCI)」や「 デイサービス 2 か所行ってい て,時間ギリギリまで,お友達とおしゃべりする のが 楽しい (id33, 認知症)」 と語られた ( 「 」 中 の下線は 【楽しみ】 の該当箇所を, 二重下線は
原著 ・ 研究報告 【デイサービス】の該当箇所を示す)。 自分の生き方に関連する願望について以下順番 に説明する。【自立・自律】は自立や自律を表す 語を分類し,データ中では「他人から 介護 され ず , できるだけ 自分で したい (id2, MCI)」と語られ た。【迷惑回避】は他者,特に家族に迷惑を掛け たくないことと関連する語を分類した。データ中 では「人に 迷惑 を掛け ず に妻が亡くなって自分ひ とりになっても, ひとりで 生きていきたい (id19, MCI)」と語られた( 「 」中の下線は【迷惑回避】 の該当箇所を,二重下線は【自立・自律】の該当 箇所を示す)。【勝手気まま】は,他人から干渉さ れず,自分の好きなように過ごすことと関連する 語を分類した。データ中ではたとえば,「自分の 好きなよう に 勝手気まま に過ごしたい。好きなと ころへ行って,おいしいもの食べて (id18,認知 症)」と述べられた。【最期の迎え方】は「 自分 の 後始末 を し たい。 遺言 とか (id8, MCI)」と述べ られた( 「 」中の下線は【最期の迎え方】の該当 箇所を,二重下線は【自立・自律】の該当箇所を 示す)。 その他のコードについて以下順番に説明する。 【配偶者との関係】【友達との交流】はそれぞれ配 偶者,友達や会社仲間などとの交流に関連する語 を,【デイサービス】はデイサービスの語を分類 した。デイサービスは上述した結果が示すように 対人交流の場にもなっていることが示唆された。 【家族団らん】は家族の団らんやひ孫との交流に 関する語を分類した。【娘とのつながり】は娘と の何らかのつながりに関する願望を分類し,デー タ中では「 娘 がちょっとでも顔を見せてほしい。 話し相手に来てほしい (id1,認知症)」と語られ た。娘を【家族団らん】に含めなかった理由は 「娘」が家族の中で 13 語と最も多く出現したため である。「息子」はデータ中 4 語しか出現せず, 息子に対する「生活への願望」は「今のマンショ ンに住み続けて息子も今の部屋に住み続けてほし い (id19, MCI)」のみであった。また「子ども」 はデータ中 2 語出現したのみであった。 次に,「生活への願望」の各コードの出現頻度 と MCI,認知症の関連について検討するために MCI および認知症を外部変数とする共起ネット ワークを描出した(Figure 3)。「ニーズ」の共起 ネットワークと同様に Jaccard 係数の高い上位 10 番目までを描出した。MCI と認知症で特徴的 だったのは MCI が【自立・自律】【迷惑回避】 【楽しみ】と強く共起し(Jaccard 係数はすべて 0.32),認知症は【勝手気まま】と強く関連した ことであった(Jaccard 係数 0.25)。また,MCI では 2 番目に強く関連した【趣味活動】が(Jac-card 係数 0.42),認知症では共起したコードのな かで最も関連が弱かった(Jaccard 係数 0.23)。
4. 考察
4-1 MCI,認知症におけるニーズの特徴 本研究では,「生活上のつまずき」を感じてい るにもかかわらず,認知症は MCI に比して本人 が「ニーズ」を表出することが少なく,表出され る個数も少なかった。ニーズの内容に着目すると, IADL に関連する【家事】【財産管理】や,近親 者以外との対人交流に関連する【対人交流】【会 話上の能力】は MCI,認知症ともに「ニーズ」 が 0 個であった。MCI と認知症の相違は,MCI に比して認知症では身体面以外のニーズが表出さ れにくく,特に夫との関係に関するニーズが 0 個 だったことである。 「生活上のつまずき」を感じているにもかかわ らず,身体面以外のニーズが表出されなかった理 由の一つとして,取り繕い反応が考えられる。認 知症であっても病感があるからこそ,自分は認知 機能に問題のないかのように取り繕って(松田・ 翁・長濱,2009),一般的な身体面以外の事柄に ついて「特に困ってはいない」と回答したと考え られる。 「生活のつまずき」として数個回答されたにも かかわらず,IADL に関連するニーズが 0 個とな ったのは,家族介護者の援助があって困っていなFigure 3 「生活への願望」と MCI および認知症との共起ネットワーク い状況にあったからであると考えられる。特に財 産管理はその能力が低下しても,本研究ではたと えば「 財産管理 は娘に頼んでいる。主人の年金も (id35, MCI)」と語られ,子どもなど周囲の家族 が代わりにしているので,本人は特に困っていな かったと考えられる。料理についても異変を感じ ながらも,家族介護者が作った料理をもらったり, 手間のかからない料理で済ませたりして,特に困 っていないと考えられる。これらを支持する結果 として,たとえば「娘がおかずを持ってきたり, しょっちゅう来てくれるのが嬉しい。気に掛け てくれるのが (id35, MCI)」や「掃除や料理に 時間が掛かるようになった。だから料理は魚を焼 くとかさしみとか簡単なものしかしない (id25, MCI)」があげられる。 一方で,近親者以外との対人交流に関するニー ズが 0 個になったことは,ニーズがないというわ けではなく認知症の発症前後から認められた対人 関係上の失敗や不具合により,対人交流に回避的 になっている可能性が示唆される。実際,デイサ ービスを対人交流の場として楽しんでいることも 一方で語られた。 夫との関係に関するニーズが 0 個だったことは, 心理的な負債感が影響しているかもしれない。本 研究の調査中に夫への不満を語る認知症の女性は 少なくなかったが,第一著者が「生活上のつまず
原著 ・ 研究報告 き」を聴取している際に「それではいまおっしゃ ったことは不自由なことになりますか」と尋ねる と「いや,不自由ということはない。主人も一生 懸命にしてくれています」と否定する発言もみら れた。佐藤(2015)は,人に何かをしてもらった 「借り」を返すことができず心理的な負債感を抱 えると,相手に従うしかないと感じて自分の気持 ちを抑えつけるようになると指摘している。夫に 介護されている状況を認識する中で生じた心理的 な負債感がニーズの表出を抑制した可能性がある。 4-2 MCI,認知症における生活への願望の特徴 「生活への願望」は「ニーズ」とは対照的にす べての対象者が複数個表出した。MCI,認知症と もに出現頻度が高かったのは【維持・継続】であ り,これまで通りの生活を維持したり,現在して いる趣味活動などを継続したりする願望があるこ とが示唆される。 MCI と認知症の生活への願望の内容の違いに 着目すると,MCI は自立・自律や迷惑回避に関 する願望と関連し,趣味活動や楽しみとの関連が 強かったのに対して,認知症は自由で勝手気まま に過ごす願望と関連し,趣味活動や楽しみとの関 連が弱くなった。この結果から MCI の述べる 「これまで通りの生活」は自立・自律できており, 趣味活動などの自己充足できる活動や楽しみを得 られる生活であることが示唆される。一方,認知 症の「これまで通りの生活」は趣味活動や楽しみ との関連が弱かったことから,MCI に比して趣 味活動の継続や楽しみについては表出されなかっ たことが示唆される。また自由で勝手気ままな生 活との関連が強かったことは,家族からの援助に 対する心理的な負債感が累積した結果,家族にコ ントロールされていると感じていることが影響し ていると考えられる(佐藤,2015)。したがって, 認知症の本人の望む「これまで通りの生活」は生 活障害により家族からの援助が増え,実行機能な どの障害により,MCI に比して自己充足的な活 動や作業を行いにくく,自立性・自律性が喪失し つつある現在の生活が反映されていると考えられ る。 自立性・自律性が喪失されつつある中で現在の 生活を維持・継続したいという内容からは,失わ れつつある自己をどうにかつなぎとめておきたい, という願いが垣間見える。発症前後から生活上の 失敗を繰り返して家族による援助が増え,これま でしてきた自己充足的な活動や作業ができなくな れば,自尊心が傷つき,かつ慢性的な欲求不満な 状態に置かれると考えられる。そのような状態に 置かれると,周囲の目を気にして願望を表出する のを控え,願望を認知することさえもが難しくな る可能性がある。 以上,認知症の本人のニーズや生活への願望の 表出が抑制されるのは,認知機能障害だけでなく, 心理的負債感を長期間抱えることによる自尊心の 傷つきの影響も大きいと考えられる。上田(2015) は,初期 AD の治療対象は認知機能障害よりも 傷ついた自尊心や減退した自己肯定感であると述 べている。したがって,MCI や認知症に関しては, 本人が具体的なニーズを述べなくても傷ついた自 尊心を回復させる支援の検討が必要と考える。そ のような支援を検討するためには,目の前の本人 に関心を寄せて,本人の生活への願望から具体的 な支援につなげようとする姿勢や工夫が支援者に 求められる。 4-3 本研究の限界と課題 本研究の限界として 2 点挙げる。第一は,対象 者に偏りがあることである。本研究の対象から, カルテに抑うつなどの精神症状が記載されている 高齢者を除外した影響もあってか,認知症の原因 疾患は AD が主となった。また本研究の対象に はひとり暮らしで,かつ家族と疎遠な高齢者が含 まれなかった。ひとり暮らしで家族に頼みごとの できない高齢者は社会的に孤立し(小林,2012), 医療につながりにくく,様々な困難を抱えている と予測される。したがって,本研究の結果を一般 化して解釈するのは慎重にすべきである。第二に,
マンパワーの不足により第一著者が認知機能検査 を実施した後に半構造化面接も実施したため,認 知機能検査を実施したことが半構造化面接の回答 に影響を与えた可能性を否定できない。また,対 象者の 2 名とは 1 年前に第一著者が認知機能検査 を実施しており,初対面ではなかったために対象 者の条件を統制できなかった。さらに,本研究デ ザインでは対象者の自由な語りの中からデータを 抽出するのではなく,特定の質問に対する回答を 記録し,内容についてもその都度確認する方法を とったため,録音は不要と判断したが,データの 正確性を担保するためには質問に対する回答の録 音などを行う必要があったと考える。今後の研究 として,認知症の診断や居住形態など,多様な背 景を持つ高齢者を対象とした調査や,より厳密な 研究デザインの検討が必要である。
5. 実践へのサジェスチョン
ニーズは MCI,認知症ともにあまり述べられ なかったのに対して,生活への願望は対象者全員 が複数個述べた。この結果から,支援を検討する 際にはニーズだけでなく,生活への願望も本人に 尋ねることが重要であると考えられる。生活への 願望を尋ねる際に提案したいことの第一は,本人 から聴取できなかった情報を,周囲の家族から得 ることである。特に初期認知症の高齢者本人は趣 味活動や楽しみに関する願望を述べない傾向が示 唆された。本人との面接で QOL に資する情報を 十分に聴取できなかった場合,日常生活の様子を よく知る家族から話を聴くことで,本人が楽しそ うにしていることや,熱心にしている作業・活動 などに関する情報を得られる可能性がある。 第二は,身体面や否定的感情を尋ねて本人との 信頼関係の形成につなげることである。本研究で はニーズのなかでも,身体的な不調や歩行能力の 低下,疼痛といった身体面に関するニーズや,不 安などの否定的な感情は述べられた。特に身体的 な不調は見過ごされやすく,家族介護者も気付き にくいので(宮村,2016),身体面や気掛かりな ことについて丁寧に尋ねることが必要である。そ のようにして本人の語りを傾聴し信頼関係を築く ことで,生活への願望を引き出しやすくなると考 える。 文献 粟田主一 2016 地域包括ケアシステムにおける 認知症総合アセスメント DASC-21 標準テキス ト メディア・ケアプラス 樋口耕一 2014 社会調査のための計量テキスト 分析;内容分析の継承と発展を目指して ナカ ニシヤ出版 堀口康太 2013 高齢者の「願い」の特徴とその 構造 高齢者のケアと行動科学,18,74-84. 小林良二 2012 ひとり暮らし高齢者のニーズと 支援関係,福祉社会開発研究,5,55-61. Kutzleben, von. M., Schmid, W., Halek, M.,Holle, B., & Bartholomeyczik, S. 2012 Com-munity-dwelling persons with dementia: What do they need? What do they demand? What do they do? A systematic review on the subjec-tive experiences of persons with dementia.
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, 19 (3), 559-592. 付記 本研究は日本老年行動科学会平成 30 年度研究 助成を受けて実施した。 (受稿:2020 年 2 月 27 日) (受理:2020 年 9 月 5 日)Understanding lifestyle needs and wishes of older adults
with mild cognitive impairment and early dementia in regular outpatient care
The content and frequency of lifestyle needs and wishes of older adults with mild cognitive impairment (MCI) and early dementia undergoing regular outpatient care were assessed to identify the characteristics of their lifestyle needs and wishes. Participants (
N
=37, 11 males and 26 females, mean age 80.6±5.50 years) included 17 older adults with MCI and 20 older adults with early dementia who regularly receive outpatient treatment for forgetfulness. Semi-structured interviews were conducted on their daily life needs and wishes. The responses were transcribed, and quantitative text analysis was conducted using the KH Coder 3. The results indicated that 58.8% of MCI and 35.0% of early-stage dementia patients expressed few needs other than those related to physical needs. Early-stage dementia patients compared to MCI pa-tients had fewer needs related to negative emotions and no needs related to the relationship with their spouse. On the other hand, all the participants expressed lifestyle wishes. The most frequent lifestyle wishes in MCI and early dementia patients were maintaining or continuing their current lifestyle. Howev-er, early dementia was characterized by a lack of self-contained activities and enjoyment compared to MCI. It is concluded that cognitive impairments and self-esteems damaged by the prolonged sense of psychological debt might suppress lifestyle needs and wishes.Key words ⇒ dementia, mild cognitive impairment, post-diagnosis support, support needs, KH Coder