【書評】
上垣豊編『はじめて学ぶフランスの歴史と文化』
(ミネルヴァ書房、2020 年)
名古屋大学小栗栖 等
文学作品が時代的・文化的背景と強く結びついていることは今さら言う までもない。だが、既存の文学史の参考書では、それらの記述が手薄であっ た。もちろん、限られた紙幅で、作家の生涯や作品の粗筋までをも網羅す るという荒技を行う以上、それは止むを得ない。問題は、卒論のテーマを 選ぼうとする仏文学の学生が、文学史のそうした弱点を、どう補うかであ る。もちろん、歴史や文化に関して書かれた書物を読めば良い。だが、た いていの場合、そうした書物が読者に要求する知識は、高校教科書のレベ ルを大きく超えており、何冊もの書物を闇雲に読み通して、徐々に身に着 けるほかないような代物なのである。むろん、テーマが決まれば、それを 行うのは不可能ではない。しかし、その前の、広い時代を十分に見渡して 本当に興味を持てるものを探し出そうとする段階では、途方もない作業と なる。そうした困難を最小限に抑えるべく、『はじめて学ぶフランスの歴 史と文化』は編まれたと言える。 たとえば、第一部「フランスの生成―15 世期まで」では、第一章で中 世の政治史が、第二章で社会史と文化史がまとめられているが、いずれの 章も、短時間で読み通せる分量に収められつつも、歴史の主要な流れを読 者が自力でたどるための、最小限の情報は盛り込まれている。すなわち、 章末にあげられた専門書をコンパクトにまとめあげてはいるが、高校教科 書のような脈絡のない情報の羅列(高校の世界史が無味乾燥な暗記科目と みなされる所以である)とはなっていない。また、各章の末尾に付された コラム(「歴史の扉」)は、「騎士道精神と宮廷風恋愛」、「ゴシック美術」 を紹介する、いわばミニ文学史、ミニ美術史となっている。面白いのは、 「歴史の扉」は、必ずしも、各章の時代区分に厳密には縛られないという ― 69 ―ことである。たとえば、第二部「ルネサンスからバロックへ―16 世紀か ら 18 世紀」の「歴史の扉 5 文学と修辞学の伝統」は古代や中世における 修辞学をもわかりやすく紹介してくれている。時代区分よりも読者の理解 を優先した結果だろう。 以上のことから、『はじめて学ぶフランスの歴史と文化』が、既存の文 学史の参考書と補い合って、迷える学生の格好の道案内になるのは間違い ない。だが、告白しておこう。本書は、学生だけでなく、私のような不勉 強な教師にとっても大変ありがたい存在なのである。 ― 70 ―