1. は じ め に
含硫アミノ酸類 (Sulfur-containing amino acids, SCAAs)
は,生体内で恒常性の維持など重要な役割を担う1).一例 として,システイン (Cys) は,ジスルフィド結合の形成 を介したタンパク質の二量体2),メタロチオネインによる 重金属イオンの解毒作用3),リジン残基のアセチル化4), お よび鉄 - 硫黄クラスターの電子移動5)などの生理学的プロ セスに寄与することが知られている.関連して,Cys は抗 酸化物質であるグルタチオン(GSH) に変換され,好気性 代謝中に生成される活性酸素を除去するための抗酸化剤と して作用する6).他方,ホモシステイン (HCy) は Cys の 生合成中に生成され7),血中のHCy 濃度増加は心血管疾患 のリスクを高めることが知られている8).従って,Cys と GSH を含む含硫アミノ酸類は重要なバイオマーカーであ り,それらの網羅的検出と定量分析は意義深い.従来は高 速液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析法9)10)や酵 素結合免疫吸着測定法11)などの信頼性の高い分析法が主 流であったが,大型の機器分析装置や専門の技術者による 操作が必要不可欠であり,誰でも・どこでも・簡便に分析 できる手法には課題がある.これに対し,ケモセンサは分 子レベルで生じる分子認識情報を色調変化や蛍光応答を介 して可視化することができるため,手軽に使用できる分析 ツールになり得る12)13).さらに,ケモセンサの交差応答性 を活かしたケモセンサアレイは,多変量解析技術と組み合 わせることで,多成分同時分析や実サンプル中での定量分 析を可能とする14-16).これまで筆者らはヒト尿中17),iPS 細胞の培養液中18)などの生体サンプルや,飲料水19)やワ 図 1 (a) クマリン誘導体 (1, 2) と標的含硫アミノ酸類の分子構 造 . (b) 競合応答を用いた標的種の蛍光検出. *東京大学生産技術研究所 物質・環境系部門
含硫アミノ酸の検出を指向した蛍光ケモセンサアレイ
A fluorescent chemosensor array for the detection of sulfur-containing amino acids佐々木 由 比
*・南 豪
*Yui SASAKI and Tsuyoshi MINAMI
要 旨 含硫アミノ酸類は,生体内で恒常性の維持など重要な役割を担うため,その検出は意義深い.本論文では,バイ オマーカーとなり得る含硫アミノ酸類を標的種とし,超簡便に多成分の当該種を検出するセンシング法を紹介する. 具体的には,市販の蛍光色素 2 種と金属イオンを混合するだけで自発的に形成される金属錯体型ケモセンサと多変 量解析技術を組み合わせ,多成分同時分析を達成した.さらに,ヒト血清中の標的種を対象とした定量分析にも挑 戦し,上述の少ないセンサ数で構築したケモセンサアレイを用いてその未知濃度予測を達成した. Abstract
We herein report a chemosensor array for the detection of sulfur-containing amino acids (SCAAs) that play crucial roles in maintaining the homeostasis of organisms in our bodies. The chemosensor array was fabricated using two off-the-shelf coumarin dyes and a zinc(II) ion, which showed various optical changes by adding SCAAs. With pattern recognition techniques, the chemosensor array succeeded in the simultaneous multi-SCAAs recognition and the quantitative detection of SCAA in human blood serum. We believe that the proposed chemosensor array could be used as an easy-to-handle analytical method for biological samples.
イン20)などの食品,さらには除草剤21)などの環境分析を 対象とし,幅広い領域でケモセンサアレイの分析能を評価 し,複雑な環境下でも正確な分析を達成し得ることを実証 している. 従来のケモセンサアレイは,多成分分析を達成するため に,様々な光学応答パターンを準備する必要があり,1 つ のケモセンサを得るための合成的労力を考慮すると,少な いケモセンサ数で達成する多成分分析手法の具現化は意義 深い14, 22).このような背景に基づき,筆者らは,より簡便 にケモセンサアレイを調製するため,分子の自己組織化現 象を活用したケモセンサアレイの作製に取り組んでいる. 具体的に,センサを構築するビルディングブロックをin situ で混合することで自発的にケモセンサが形成される.23) さらに,ビルディングブロックに市販試薬を活用すること で,超簡便にケモセンサを得ることができる24).従って, 本研究では,市販の蛍光色素 2 種を用いて蛍光ケモセンサ アレイを作製し,パターン認識に基づく含硫アミノ酸類の 同時分析とヒト血清中での定量分析に挑戦した25). 図 1 に示すように,本研究では市販試薬のクマリン誘導 体 (1, 2) を指示薬として選定した.カテコール部位を有す る当該蛍光団は金属イオンと結合し,錯形成に伴い消光す る26).続いて,得られた金属錯体に対して標的種となる含 硫アミノ酸を添加すると,競合応答により新たな金属イオ ン-標的種の複合体が形成され27),蛍光団が解離して蛍光 回復を示す.ここでは,競合応答に基づく多彩な光学応答 パターンを得るため,金属イオンはクマリン誘導体と標的 種に対して中程度の結合能 (Kassoc = 103 M−1) を示すZn(II) イオン (Zn2+) を選定した.さらに,標的種として 5 種の 含硫アミノ酸 [L- システイン (Cys), ホモシステイン (HCy), L- シスチン (CySS), 還元型グルタチオン (GSH), 酸化型グルタチオン (GSSG)] を採用し,金属錯体型ケモ センサの分子認識能調査を進めることとした. 2. 亜鉛(II)錯体を用いた含硫アミノ酸の検出 はじめに,クマリン誘導体 (1) を用いてHEPES 緩衝液 中 (pH 7.4) での Zn2+に対する光学応答変化を調査した. 図 2(a) に示す UV-vis 滴定実験において,1 は Zn2+の濃 度増加に伴い等吸収点を通る長波長シフトを示した.同様 に,蛍光滴定実験では 1 の消光応答が観測された (図 2 (b)).本現象は,Zn2+の配位に伴うクマリン誘導体の 2 つ の水酸基の脱プロトン化に起因し26),質量分析の結果は 1 とZn2+の 1:1 錯体形成を示唆した.2 も同様にZn2+との錯 体形成に伴う光学応答変化を示し,1:1 の結合モデル28)を 用いて算出した結合定数 (KI) はそれぞれ(3.2 ± 0.5)× 103 M−1 (1 -Zn2+) と(2.1 ± 0.1)× 103 M−1 (2 -Zn2+) と 見積もられた.関連して,1 または 2 の発光量子収率は 6.6% と 8.9% を示したのに対して,Zn2+を添加すると,3.9% と 4.8% に減少し,本結果は蛍光滴定実験の消光応答を支持 した. 続いて,Zn2+錯体に対して含硫アミノ酸を添加すると, 2 -Zn2+複合体に由来するUV-vis 吸収スペクトルは短波 長シフトし,蛍光滴定実験でも蛍光強度の回復が観測され た.当該応答は,含硫アミノ酸存在下において金属錯体か らZn2+が引き抜かれ,金属イオンと標的種との間で新た な複合体が形成されたことに由来する.Zn2+共存下の 1 ま たは 2 に対して,標的種 (例:GSH) を添加すると発光量 子収率は 5.1% と 6.6% に変化し,これは滴定実験における 蛍光強度の回復と一致した.他方,1 および 2 の発光寿命 はZn2+との錯形成及び標的種との競合応答でも変化しな かった.すなわちZn2+との錯形成によって生じる消光は, 静的な結合によってもたらされる光学応答であると推測さ れる.選択性の調査より,1 -Zn2+および 2 -Zn2+錯体 はそれぞれ 5 種の含硫アミノ酸類に対して光学応答を示す ことがわかった.ここで,式 1, 2 を用いて見かけ上の結合 定数を算出した29). 図 2 Zn2+の濃度増加に伴うクマリン誘導体 (1) の (a)UV-vis 吸 収スペクトル変化及び (b) 蛍光スペクトル変化 (λex = 371 nm). 本測定は HEPES 緩衝液を用いて行った.
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Eq. 2 [I]tはクマリン誘導体の濃度,[H]tはZn2+の濃度,[G]tは 標的種の濃度を表す.KGとKIはそれぞれクマリン誘導体 -Zn2+とZn2+-標的種の結合定数を意味する.[H] は未知 濃度のZn2+を表し,K GとKI,滴定実験で設定した [I]t,[G] t,[H]tから算出される.εIとεHIはクマリン誘導体とその Zn2+錯体のモル吸光係数 (L mol−1 cm−1) をそれぞれ表す. 各標的種に対するKGは,1 -Zn2+錯体の場合, (5.9 ± 0.1) × 103 M−1 (GSH), (17. 0 ± 2.9)× 103 M−1 (GSSG), (8.8 ± 1.2)× 103 M−1 (HCys), 2 - Zn2+錯体の場合 , (2.1 ± 0.2) × 103 M−1 (GSH), (3.9 ± 0.6) × 103 M−1 (GSSG), (3.8 ± 0.7)× 103 M−1 (HCys)と見積もられた.標的種の構造の 違いによって導き出される様々な結合定数は,本ケモセン サの交差応答性を示唆した. 3. パターン認識に基づく多成分分析 続いて,天然アミノ酸類に対する選択性調査を行った. その結果,図 4(a)に示すように,ほとんどのアミノ酸 類 (Ala, Arg, Asn, Gln, Glu, Gly, Ile, Leu, Lys, Met, Phe, Pro, Ser, Thr, Trp, Tyr, Val) に対してごくわずかに応答するない しほとんど応答しないことが明らかとなった.対して, Asp と His では蛍光回復が観測された.Asp を含む酸性アミノ酸の場合,そのカルボキシ基がZn2+との複合体形成 に寄与するため,クマリン誘導体-Zn2+錯体との競合的 配位をもたらしたと考えられる.一方Glu との錯体は Asp に比べて低い結合定数を示すため,小さな光学応答変化が 観測されたと考察される30).His の場合,Zn2+との配位に おける結合定数はAsp - Zn2+に比べて大きいため,それ に対応する光学応答を示したと予測される31).当該ケモセ
ンサに対してCys, CySS, HCy, GSH, GSSG, Asp, His が光学 応答変化を示したため,この 7 種を用いて定性分析を行う こととした. 本研究では,たった 2 種類のZn2+錯体を用いてケモセ ンサアレイを作製し,7 種の標的種の同時判別を試みた. ここでは,迅速かつ正確に多成分分析を行うため,パター 図 3 GSH の濃度増加に伴う 1 - Zn2+錯体の (a)UV-vis 吸収スペ クトル変化及び (b) 蛍光スペクトル変化 (λex = 364 nm). 本 測定はHEPES 緩衝液を用いて行った. 図 4 (a) アミノ酸類,ペプチドの添加に伴う 1 - Zn2+錯体の蛍光 強度変化.[ 標的種濃度 ] = 300 µM. (b)LDA を用いた定性分 析の結果.1 つのクラスターには 20 回の繰り返し測定を意味 する 20 プロットが含まれている.
ン学習の一種である線形判別分析 (LDA) を採用した15, 16). 教師有り学習に分類されるLDA は多成分の化学情報を含 むインセットデータの次元を削減しながら,各成分の類似 性を見出して標的種の判別を行う.本研究では,測定毎に 24 回の繰り返し測定を行い, Student の t 検定によって 4 点の外れ値を除き,データの前処理を行った.LDA を用 いた解析では,交差検定を組み合わせることでケモセンサ アレイの正確性を調査した.図 4(B) に示す LDA の結果 では,1 つのコントロールと 7 種の標的種からなる 8 つの クラスターが全て判別されている.クラスターの位置に注 目すると,グルタチオン類,システイン類,含硫アミノ酸 以外の 3 グループにクラスター分けすることが出来る.す なわち,当該センサアレイは標的種の構造類似性に基づく クラスターの分類を行い,さらに還元型と酸化型の構造差 異の判別にも成功した. 4. ヒト血清を用いた実サンプル分析 含硫アミノ酸の中でもCys と GSH はとりわけ加齢性疾 患に係るバイオマーカーとなり得る.そこで,本ケモセン サアレイのバイオマーカー検出能を評価するために,この 2 種標的種を添加したヒト血清を用いて定量分析に挑戦し た.実サンプル中での分析の場合,センシング環境は複雑 になるため,強力な解析技術であるサポートベクターマシ ーン (SVM) を使用した32).SVM は機械学習の一種であり, 例えばヒト血清のようにタンパク質,ホルモンなど夾雑物 質を多数含む複雑な環境下で得られる光学応答からでも直 線性のある検量線を構築することができる.ここでは,当 該センサアレイにSVM を組み合わせ,ヒト血清中に存在 するCys と GSH の未知濃度の予測を行うこととした. 図 5 に示すように,Cys と GSH の予測した濃度のプロッ ト は そ れ ぞ れ 検 量 線 上 に 配 置 さ れ て い る. 図 に 示 す RMSEC と RMSEP はそれぞれ検量線と予測に対する二乗 平均平方根誤差を意味する.すなわち,本研究では,超簡 便に作製されるケモセンサアレイとパターン学習を組み合 わせ,ヒト血清中においても含硫アミノ酸の定量分析を達 成した. 5. お わ り に 本論文では,様々な疾患に係る含硫アミノ酸類の超簡便 同時分析を目指したケモセンサアレイについて紹介した. 誰でも・どこでも・簡便に行う分析を目指し,市販試薬を その場で混合して調製するケモセンサに着目した.市販試 薬のクマリン誘導体 (1, 2) はZn2+との錯形成に基づいた 光学応答を示し,続く標的種の添加に伴う競合応答により, 色調が変化し,蛍光強度が回復した.当該錯体 2 種は,標 的種の構造の違いに基づく様々な光学応答を示すため,多 変量解析技術を組み合わせて 7 種の標的種の判別に成功し た.さらに,本センサアレイを実サンプル分析へと応用展 開し,機械学習のSVM を導入してヒト血清に含まれる Cys と GSH の未知濃度の予測を行った.その結果,夾雑 物質が多数含まれる複雑な環境下でも本センサアレイは各 標的種の濃度を正確に予測することが出来た.本検証では, 分子間に働く相互作用を活用することによって,少ない数 のセンサを用いてケモセンサアレイを作製し,実サンプル 分析へと展開した.本取り組みによって提案されたセンシ ングシステムは,目的の標的種に合わせて,センサ構成要 素を適切に選定することで,様々な標的種に適用し得る可 能性を秘めている14, 23). 謝 辞 本研究を遂行するにあたり,東京大学大学院総合文化研 究科広域科学専攻の滝沢進也助教に発光量子収率と発光寿 命の測定においてご協力いただきました.また,選定研究 の支援を受けて行われました.この場を借りて深謝申し上 げます. (2021 年 4 月 16 日受理) 図 5 ヒト血清中に含まれる (a) Cys と (b) GSH の定量分析結果 (SVM).
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