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世界金融危機に関する覚書

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Academic year: 2021

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(1)研究ノート. . 世界金融危機に関する覚書 上  川  孝  夫 目 次 Ⅰ 問題の所在. Ⅳ 国際通貨体制再編への胎動. Ⅱ 世界金融危機の概観. Ⅴ 世界金融危機とアジア経済. Ⅲ 世界金融危機の歴史的位相. Ⅵ 結語. Ⅰ 問題の所在.  米国のサブプライムローン問題に端を発した. に分けることができるように思われる.すなわ ち,今回の危機は,まず米国の住宅バブル崩壊 に伴う「サブプライムローン危機」として始ま. 世界金融危機は,世界経済や国際金融に対して. り,次にリーマン・ショックをきっかけにして. 深刻な影響を与えた.本稿は,この世界金融危. 「世界金融危機」へと発展し, さらにその後「世. 機に関する主要な論点を整理するとともに,今. 界金融・経済危機」へ深化する,というプロセ. 後の検討課題を提示しようとするものである.. スを辿ってきたと考えられる.以下では,これ.  以下ではまず,今回の世界金融危機の展開過. ら三つの局面それぞれの経緯と特徴を述べてお. 程を概観したのち,その特徴を歴史的視点から. こう 2).. 分析する.次に,今回の世界金融危機を受けて 急浮上するに至った国際通貨体制や国際金融改. [1] 「サブプライム危機」の顕在化. 革をめぐる議論を整理し,世界秩序再編への動.  まず,最初の局面は,米国に端を発する「サ. きを探る.最後に,世界金融危機がアジア経済. ブプライムローン危機」の顕在化であるが,そ. に及ぼした影響について,危機前のアジア経済. の時期はおおよそ 2006 年の後半であったと考. の特質と比較しながら分析するとともに,アジ. えられる.米国では,2001 年の IT バブル崩壊. ア通貨金融協力の今後の課題を検討することに. のあと,米連邦準備制度理事会(FRB)の政策. する .. 金利(FF レートの誘導目標 )は年 6.5%から段. 1). Ⅱ 世界金融危機の概観. 階的に引き下げられ,03 年 6 月には年 1%とい う歴史的な低水準をつけた.この低金利と過剰.  今回の世界金融危機の流れを振り返ってみる. 流動性に支えられて,住宅価格は上昇を続け,. と , 現在までのところ,少なくとも三つの局面. 信用力の低い個人層向けの住宅融資(サブプラ イムローン)が急増した.サブプライムローン. 1)本稿は,上川孝夫・李暁編『世界金融危機− 日中の対話−』春風社(中国語版,清華大学出版 社),いずれも近刊,に掲載する論文の準備草稿と して用意されたものであり,原則として 2009 年 9 月末までの情報にもとづいて執筆されている.な お,世界金融危機に関する包括的研究として,別途, 上川孝夫編『国際通貨体制と世界金融危機』日本 経済評論社,近刊,を予定している.. 2 ) 以 下 ,特 に 注 記 の な い も の は ,各 種 新 聞 報道;IMF, Global Financial Stability Repor t, Oct.2008,April 2009;IMF, World Economic Outlook, April 2009; 内閣府『世界経済の潮流』2007 年 12 月, 2008 年 6 月,12 月,2009 年 6 月;日本銀行『金融 市場レポート』2009 年 1 月 , による.. 『エコノミア』第 60 巻第 2 号(2009 年 11 月),1 - 21 頁[Economia Vol. 60 No.2(November 2009),pp.1 - 21].

(2) . には様々な形態があるが,特に利用が増加した. ししていた.しかし , サブプライムローンの延. のは最初の数年間の金利負担が優遇されたロー. 滞率が増加し,また証券化商品の格付けが大量. ンである.また,住宅価格の上昇期待に基づい. に引き下げられるに及んで,2006 年末頃から. て将来の借り換えを想定した借り入れが多かっ. サブプライム MBS の価格が下落に転じ,次い. たとされる.さらに,借り手の所得等からみた. で他の MBS や CDO の価格にも波及していく. 返済能力を十分審査せずに融資が行われた杜撰. のである 5).. なケースも多く見られたといわれる.しかしそ.  2007 年初頭の段階で注目すべき点は,この. の後インフレ懸念が台頭するとともに,政策金. 米国発のサブプライム危機の影響が,欧州の金. 利は 04 年 6 月から順次引き上げられ,06 年 6. 融機関へと直ちに波及したことである.その代. 月には年 5.25%となり,上昇を続けていた住宅. 表例が「パリバ・ショック」であった.2007. 価格も 06 年半ばをピークに反転する.このよ. 年 8 月,フランスの大手金融機関である BNP. うな金利上昇と住宅価格下落のなかで,06 年. パリバは,証券化商品の価格急落によって,同. 後半からサブプライムローンの延滞率や差し押. 行が販売した投資信託の基準価格の算定が困難. 3). え率が高まるのである .. になったとして,投資家からの解約・換金請求.  サブプライムローンの急増をもたらした一つ. に応じないことを発表した.これをきっかけと. の重要な要因は,そこに「証券化」という手法. して,欧米の短期金融市場の流動性が逼迫,と. が利用されていたことである.すなわち,サブ. くにロンドン銀行間出し手金利(LIBOR)にお. プライムローン債権の多くは,米国の投資銀行. けるドル金利が急騰し,TED スプレッド( 同. 等によって買い取られ,後者はそれを担保とし. じ満期をもつ米国債との利回り格差)が拡大した.. て MBS(Mortgage-Backed Security. モーゲージ担. このため,欧米の主要中銀は短期金融市場に大. 保証券 ) ,あるいは MBS 等も含めて再証券化. 量の資金を供給した 6).このようにサブプライ. した CDO(Collateralized Debt Obiligation. 債務担. ム危機が欧州に直ちに波及したのは,米国の金. 保証券)を発行して,内外の投資家に売り捌い. 融機関だけでなく欧州の金融機関もサブプライ. ていた.しかも,この証券化商品には格付会社. ム MBS や CDO などを大量に保有していたた. がしばしば公平性を欠くと思われる高い格付け. めである.これに対して,アジアの金融機関の. を与えており,事実上証券化業務の拡大を後押. 保有額は比較的に少なく,それが危機の初期段. 4). 階での欧州との違いを生んだと考えられる 7).. 3)サブプライムローンの中でも特に普及したの は,固定金利と変動金利を組み合わせた「ハイブ リッド ARM」(Hybrid Adjustable-Rate Mortgage) である.これは,例えば米国で一般的な返済期間 30 年の住宅ローンの場合,当初の 2 年間または 3 年間は実勢よりも低い固定金利を適用する代わり に,その後は市場金利にプレミアムを上乗せした 変動金利が適用されるというものである.この場 合,住宅価格が上昇していれば,変動金利が適用 される前に,住宅価格の上昇分を担保にして低利 ローンへの借り換えが可能であるとの期待があっ たとされる.詳しくは,小林正弘・安田裕美子『サ ブプライム問題と米国の住宅金融市場』住宅新報 社,2008 年,12-31 頁,参照. 4)MBS の中でも住宅ローン担保証券は RMBS (Residential MBS)と呼ばれる.. 5)IMF,G l o b a l F i n a n c i a l S t a b i l i t y R e p o r t , Oct.2008,p.13. 6)この「パリバ・ショック」時に注目を集めた ものに,ABCP(Asset-Backed Commercial Paper. 資産担保コマーシャルペーパー)市場の混乱があ る.同市場で特に問題とされたのは SIV (Structured Investment Vehicle) で あ っ て, こ れ は MBS や CDO を担保として ABCP を発行していた.欧米 の大手金融機関が簿外で運営しており,ABCP が 売れない時には銀行が資金繰りをつける流動性補 完ファシリティを提供していたが,これがこの時 に実際に発動され,ドル資金需要を高める一因と なったとされる.詳しくは,IMF, Global Financial Stability Report, April. 2008, chap. Ⅲを参照..

(3) .  だが,その後も問題は噴出し続けた.まず,. られている 8).. 2007 年の秋から冬にかけて,欧米の金融機関 がサブプライム関連投資等で巨額の損失を計上. [2] 「世界金融危機」への発展. し,中東やアジアの政府系ファンド(SWF)等.  続く第二の局面は,サブプライム危機が「世. から出資を受入れた.また,07 年末から 08 年. 界金融危機」へと発展・拡大していく局面であ. 初頭にかけて,証券化商品の保証業務を行って. る.そのきっかけとなったのは,いうまでもな. いたモノライン(信用保証会社)の経営危機が. く 2008 年 9 月の米大手投資銀行リーマン・ブ. 表面化した.08 年 3 月には, 米投資銀行べアー・. ラザーズの破綻であった.いわゆる「リーマ. スターンズが,証券化商品の販売不振,市場性. ン・ショック」である.破綻の背景には,同社. 資金の引き揚げ等から資金繰りが悪化し,米大. がサブプライム証券化商品の評価損等で経営が. 手商業銀行 JP モルガン・チェースに救済買収. 悪化するとともに,株価が急落し,資金の引き. された.この時点で米連銀は,緊急利下げを行. 揚げに見舞われたことがあった.リーマン破綻. うとともに,プライマリー・ディーラー(投資. の翌日,米大手保険会社 AIG が政府管理下に. 銀行を含む)向けに,貸出限度を設けない融資. 置かれた.同社の場合には,証券化商品を保有. 制度(PDCF)を新設した.米連銀の監督下に. していただけでなく,証券化商品のデフォルト. ある預金取扱金融機関以外にまで「最後の貸し. が生じた際の支払を保証する取引である CDS. 手」としての役割を拡大したわけである.さら. (Credit Default Swap)の権利の売り手となって. に 7 月には,米政府は,住宅公社二社を一時的. いたことから,同社が破綻した場合のシステ. に政府管理下に置くことを発表した.この措置. ミック・リスクが懸念されたこと等が指摘され. は,民間の住宅ローンが急速に収縮する中で,. ている.この時,米連銀は , この AIG に対して. その機能を代替・補完することに目的があった. も「最後の貸し手」として異例の流動性支援を. が,これら二公社の発行している債券(GSE 債). 行った.. が海外の通貨当局によって保有されていたこと.  リーマン破綻以降,世界の主要金融市場は激. から,ドルの信認確保という狙いもあったとみ. しく揺さぶれられた.欧米の短期金融市場では, 金融機関相互間でカウンターパーティー・リス クが強く意識されるようになり,ロンドン銀行. 7)例えば,米国の民間金融機関が発行してい る MBS(これを「民間 MBS」という)の海外保 有高をみると,2007 年 6 月末現在 5937 億ドルの うち,欧州 3420 億ドル(57.6%),カリブ海 1800 億 ド ル(30.3 %), ア ジ ア 514 億 ド ル(8.7 %) で あり,欧州が最も多い.これは公的・民間の両保 有分の数値であるが,このうち民間保有が 5679 億ドル(95.7%)と圧倒的である.以上により民 間 MBS の保有は欧州の民間部門に多いことが分 かる.以上は,US Dept.of Treasur y,et al., Repor t on Foreign Portfolio Holdings of US Securities as of June 30,2007, Statistical Appendix,Table 23, April 2008(http:// www.treas.gov)による.なお,米国 で発行されている ABS(Asset-Backed Security, 資 産担保証券.MBS はその一種)は世界の ABS の 発行額の 67.9%を占めており,そのうち 99.5%が ド ル 建 て で あ る(1999 ∼ 2008 年 の 集 計 値 ). 以 上は,ECB, The International Role of the Euro, July 2009,pp.31-32, を参照.. 間出し手金利(LIBOR)におけるドル金利が急 騰し,TED スプレッドも拡大した.この TED. 8)住宅公社二社とは Fannie Mae(連邦抵当金 庫)と Freddie Mac(連邦住宅貸付抵当公社)であ り,GSE(Goverment-Sponsored Enterprise)債は これら住宅公社の発行している MBS や中長期債で ある.この GSE 債の海外保有高は 2007 年 6 月末 現在 5697 億ドルであるが,そのうち中国 2062 億 ドル,日本 1026 億ドルと両国で 54%を占めており, また部門別では公的部門が 2358 億ドルと 41%を占 めている.このように,GSE 債は,先にみた民間 MBS とは異なって,東アジア諸国,特に日中が外 貨準備として保有している割合が大きいという特 徴がある.以上は,US Dept.of Treasury, et.al., op. cit., Appendix, Table 20,23 による..

(4) . スプレッドの拡大幅は,2007 年 8 月のパリバ・.  なお, 米国で2008年10月に成立した 「緊急経済. ショック時や 08 年 3 月のべアー・スターンズ. 安定化法」 (Emergency Economic Stabilization Act. 危機時とは比較にならないほど大きなもので. of 2008) は,当初,公的資金による金融機関から. あった 9).そうした事態に対応して,米欧日 5. の不良債権の買い取りを想定していたが,その. 中銀は,それぞれの市場で自国通貨を大量に供. 後方針が変更され,金融機関への資本注入が優. 給しただけではなく,米連銀との二国間通貨ス. 先的に行われることとなった.これは米国の金. ワップ協定に基づいて,ドル資金を自国市場に. 融機関の問題が単なる「流動性」 (liquidity)問題. 供給した.しかしその効果は乏しく,10 月に. にとどまらず,「支払能力」 (solvency)の問題で. はドル供給の限度額を撤廃して,事実上無制限. もあることが認識されるようになったためと指. のドルを供給する取極めへと発展した.なお,. 摘されている11).同10月末に初めて実施された. 米連銀と通貨スワップ協定を締結した海外中央. 資本注入には,大手商業銀行のシティ・グルー. 銀行は 10 月末までに 14 行に拡大した .. プやバンク・オブ・アメリカ,銀行持株会社に.  こうした緊迫した情勢のもとで,危機が深刻. 転換されたゴールドマン・サックス, モルガン・. 化した欧米を中心に,金融機関の業績が悪化. スタンレーなどが含まれている.. 10). し,様々な金融再編や公的介入の動きが進行し た.米国では,リーマン・ショック後の 9 月下. [3] 「世界金融・経済危機」への深化. 旬に,五大投資銀行のうち残存していたゴール.  今次危機の第三の局面は,金融危機の実体経. ドマン・サックスとモルガン・スタンレーが銀. 済への波及が明確になり,世界金融危機から. 行持株会社へと移行し,大手投資銀行は単体と. 「世界金融・経済危機」へと深化していく時期. しては事実上消滅した.一方,欧州やユーロ圏. である.筆者はこの時期を 2008 年の 11 月頃と. では,ある意味では米国以上に金融危機が深刻. 考えている.一般には,リーマン・ショック直. 化し,金融機関の業績悪化が続出した.こうし. 後から実体経済が急速に悪化したと指摘されて. た事態に対して,欧米では,国により違いがあ. おり,この二つの時期を区別する必要はないの. るものの,金融機関への公的資金の注入や国有. かもしれない.しかし,それにもかかわらず,. 化,金融機関からの不良資産の買い取り,預金. 筆者が両者を区別して考えようというのは,銀. 保護の強化(預金保護上限の引き上げ,または全. 行間市場と株式市場の状態の比較考量によって. 額保護化 ) ,銀行間債務や社債に対する政府保. いる.すなわち,この時期に入ると,ロンドン. 証の付与など , 次々と金融安定化策が打ち出さ. 銀行間出し手金利(LIBOR)におけるドル金利. れることとなった.. は,9 月のリーマン・ショック直後に急騰した のち,11 月にかけて急速に低下し,09 年に入っ てからもその状態が続いた 12).銀行間市場の緊 張が完全に払拭されたとまではいえないとして. 9)IMF, Asian Development Outlook, March 2009,p.3. 10)米欧日 5 中銀とは米連銀,欧州中央銀行,イ ングランド銀行,スイス国立銀行,日銀である.ま た,米連銀が通貨スワップ協定を締結したのは以上 の 4 中銀のほか,カナダ,オーストラリア,ニュー ジーランド,ノルウェ―,スウェーデン,デンマー ク,メキシコ,ブラジル,韓国,シンガポールの各 中銀である.このスワップ協定の詳細は,米連銀 のホームページを参照.http://www.federalreserve. gov/monetarypolicy/bst_crisisresponse.htm.. も,ここには世界の主要中銀による大量の資金 供給が効いた形となっている.これに対して,. 11)Bordo, M.D.,“A Historical Perspective on the Crisis of 2007-2008,”NBER Working Paper, No.14569, Dec.2008, pp.12-16. 12)IMF, Asian Development Outlook, March 2009, pp.3, 6..

(5) . 世界の主要株価は,リーマン・ショック後には. いく 13).さらに,金融安定化策についても,各. むしろ一段と下落のテンポを早め,09 年に入っ. 国政府による追加対策が相次ぎ,金融機関への. てからも,しばしば大幅な安値をつけるのであ. 公的資金の注入ないし再注入,銀行債務の政府. る.ちなみに 09 年に入ってから年初来の最安. 保証,金融機関からの不良資産の買い取り策な. 値をつけたのは,ニューヨーク・ダウは 3 月. どが実施された.その一方で,金融危機は,中. 9 日の 6547 ドル,日経平均株価は 3 月 10 日の. 東欧諸国やアイスランド等においても深刻化. 7054 円であり,後者はバブル崩壊以降の最安. し,IMF による緊急融資が行われた.. 値であった(09 年 9 月末現在) .言いかえれば,.  この時期にさらに特筆される出来事は,初め. 銀行間市場での流動性危機の激化は抑えられた. て G20 による金融サミットが開催されたこと. ものの,主要国の実体経済は急降下していくの. であろう.これは,先進国だけでなく新興国. である.. や途上国等を含む首脳会議の場であり,これま.  この世界金融・経済危機への深化を示す典型. での先進国中心の体制から,より多極化した世. 的な例は,金融機関の後を追うようにして,世. 界経済新秩序への転換を予兆させる会議となっ. 界的なメーカーの決算が軒並み悪化し,雇用調. た.この G20 金融サミットは 2008 年 11 月に. 整や生産調整などが本格化したことであろう.. ワシントンで初会合,09 年 4 月にロンドンで. 米国の大手自動車メーカー( ビッグ 3)の経営. 二回目が開催され,世界不況を回避するための. 危機やその救済策をめぐる議論が大きくクロー. 財政金融政策のあり方,国際金融市場や金融機. ズアップされたのもこの期の特徴であった.一. 関に対する規制・監督問題,国際金融機関の改. 方,金融機関の側も,実体経済の悪化を受けて ,. 革等のテーマが取り上げられた.財政規模への. 不良債権の増加や株式評価損等による自己資本. 数値目標の導入や金融規制の中身等をめぐって. の新たな毀損を防ぐために貸出態度をいっそう. 対立も見られたが,このサミット以降,主要国. 厳格化したといわれる.かくて,この時期に. では,金融規制改革や監督体制に関する具体案. 入ると,金融危機と実体経済悪化との悪循環が. や見解が発表された.. 指摘されるようになるのである.2009 年 1 月,.  以上のように,今回の世界金融危機は,ま. ILO は,年次報告の中で,08 末時点の世界の. ず米国の住宅バブル崩壊に伴う「サブプライム. 失業者数が過去最大に達したことを明らかにし. ローン危機」として始まり,次いでリーマン破. た.. 綻をきっかけに「世界金融危機」へと発展し,.  世界の実体経済が急降下する中で,主要国で. さらには「世界金融・経済危機」へと深化する,. は,危機克服に向けて,文字どおり,経済政策. という三つのプロセスを辿ってきたと考えられ. 手段を総動員する方向へと進んでいく.財政政. る 14).. 策についてみると,米国では 2009 年 2 月にオ バマ新大統領のもとで,過去最大級の財政出動. Ⅲ 世界金融危機の歴史的位相. を盛り込んだ「米国再生・再投資法」 (American.  では,今回の世界金融危機は,これを歴史的. Recovery and Reinvestment Act of 2009)が成立し. にみた場合,どのような特徴をもつ危機として. たほか,欧州やアジア諸国でも景気刺激策が実. 捉えられるであろうか.この点については,筆. 施された.次に,金融政策についても,米国や ユーロ圏では,政策金利が歴史的低水準まで引 き下げられるとともに,短期金利の誘導による 金融政策の余地が縮小したことから,長期国債 や民間債務(CP,社債など)の買取り等の形で, いわゆる「非伝統的金融政策」へと踏み出して. 13)世界金融危機の中で主要中央銀行が行って きた政策運営の性格を整理したものとして , 日本 銀行企画局「今次金融経済危機における主要中央 銀行の政策運営について」BOJ, Reports & Research Papers, 2009 年 7 月,がある..

(6) . 者は,少なくとも長期,中期,短期という三つ. の異なるこれら三つの現象が交差したところに. の視点(時間軸)から捉える必要があるのでは. 生じた複合的危機とみられるのであり,それゆ. ないかと考えている.すなわち,第 1 に,今回. えに,歴史的にも重大な危機になったと考えら. の世界金融危機は,1929 年に始まる大恐慌以. れる.. 来の世界的危機であり,その意味で,資本主義 経済の長期変動という視点が必要である.第 2. [1]1930年代大恐慌以来の危機 -長期的視点-. に,基軸通貨国である米国が,とくに 1980 年.  まず長期の視点であるが,今回の世界金融危. 代から経常収支赤字を定着させ,海外からの巨. 機は「100 年に一度か,50 年に一度の事態」だ. 額の資本流入に依存するようになっていたとい. と指摘される 15).今回の世界金融危機の歴史的. う事実に照らして,国際通貨体制の中期的変化. 含意をどのように言い表すかはともかく,少な. という視点も重要である.さらに第 3 には,今. くとも 1929 年に始まる大恐慌以来の世界的危. 回の危機がもたらされた前提には,2001 年 IT. 機であることは間違いないところであろう.今. バブル崩壊後における低金利と過剰流動性に支. 回の危機はまず,こうした長期の時間軸から捉. えられた住宅バブルがあったという意味で,短. えられなければならない.. 期循環の視点も欠かすことはできない..  1929 年恐慌は,実は,その当時の金融グロー.  今回の世界金融危機は,このように,時間軸. バル化の流れを終息させ,それを解体するきっ かけとなったものである.当時の金融グローバ. 14)以上にみた今次世界金融危機の流れを振 り 返 っ て み る と,2008 年 9 月 15 日 の リ ー マ ン・ ショック時には,少なくともドルの銀行間市場は 一時的に貨幣恐慌ないし信用恐慌の状態に陥った と考えられる.直後の 9 月 24 日にバーナンキ米連 銀議長が世界的規模でドルを大量供給しても銀行 間取引金利が下がらず「異常な緊張」に直面して いると議会で証言したこと,また同 29 日に白川日 銀総裁が「ドル資金の流動性はほぼ枯渇した」と 記者会見で発言したことなどは,その証といって よいだろう.その後,主要中銀による無制限のド ル供給により銀行間市場の流動性危機の激化は抑 えられたものの,新たに金融機関の支払不能危機 (資本不足問題)が懸念されるようになり,また実 体経済もまさに激震と呼ぶにふさわしいような急 降下を経験し,歴史上の産業恐慌に匹敵する現象 が見られたと考えられる.ちなみに,危機時にお ける中央銀行の行動ルールとしては 19 世紀後半 の金本位制下で定式化された「バジョット・ルー ル」 (高利で無制限の融資を行う)が有名だが,今 回の危機のもとでは低利での無制限融資となっ ている.この違いを指摘したものとして Bordo, op.cit.,pp.12-13; 上川孝夫「ドルはポンドの轍を踏む か,19 世紀の危機が示唆する危機後の秩序」ロイ ター通信インタビュー記事(一部),2008 年 12 月 11 日配信.なお,本稿では世界金融危機という用 語を,今回の危機全体を特徴づける広義の意味と, リーマン・ショック直後の危機を示す狭義の意味 の二つの意味で用いている.また,最後の局面の 「世 界金融・経済危機」は時間の経過とともに「世界 経済危機」へ移行していったと考えられる.. ル化は,19 世紀末から第一次世界大戦に至る 「大不況期」と 1920 年代の「相対的安定期」に 進展するが,これらの過程で急速な信用拡張 がみられ,後者の時期の金融グローバル化は 1929 年の米国の株大暴落をきっかけに崩壊す る.その後,世界経済は保護主義,為替管理, ブロック化の動きが強まる.第二次世界大戦後, ブレトンウッズ体制のもとで,当初は為替管理. 15)Greenspan,A.,The Age of Turbulence in a New World, Special Edition, The Penguin Press,2008(山 岡洋一訳『波乱の時代(特別版) 』日本経済新聞出 版社,2008 年). 16)この新旧二つの金融グローバル化を比較検 討したものとして,上川孝夫「金融グローバリゼー ションと国際通貨システム」 『歴史と経済』第 179 号,政治経済学・経済史学会編,農林統計協会, 2003 年,を参照.なお,いま,縦軸に国際投資残 高の対世界名目 GDP 比率,横軸に 19 世紀後半か ら現代までの時間の流れをとって,これをグラフ 化すると,U 字形になる.これは「U 字仮説」と呼 ばれる.ちなみに縦軸の比率は現代のほうが高く なっている.詳しくは,Taylor,A., “Global Finance: Past and Present,”Finance & Development, March 2004,chart 1; Obstfeld,M.and A.Taylor, Global Capital Markets:Integration,Crisis and Growth, Cambridge Univ.Press,2004, を参照..

(7) . が容認されていたが,主要通貨の交換性回復や. 去の再現ではない.そこには新しい特徴もみら. ユーロ市場の発達もあって,民間資本移動が活. れる.すなわち,第 1 に,貨幣制度からいえば,. 発化していく.主要国で為替管理が廃止され,. 1929 年恐慌は金本位制( 厳密には「再建金本位. 金融グローバル化の動きが再び顕著に現われて. 制」)のもとで発生したが,今回は金本位制離. くるのは 1980 年代のことであり,さらに 90 年. 脱後に管理通貨制が定着しているなかで発生し. 代に入ると新興国や途上国にもこの動きは広. た危機である.そのこともあってか,今回の危. がっていく. 機ではマクロ政策の動員の余地が大きく,実体. .. 16).  今回の世界金融危機は,このように新たな金. 経済の落ち込みは大恐慌時ほどではないとも指. 融グローバル化が進展する中で,米国を震源地. 摘されており,実際にその効果がみられないわ. として発生したものであり,その点に 1929 年. けではない.しかし他方で,主要国では国債残. 恐慌との共通性が見られる.. 高の累積,名目ゼロ金利の制約などの形で,マ.  この二つの時期の共通性について,さらに立. クロ政策の展開に新たな困難が生じている点も. ち入って考えてみると,次のような点が指摘で. 見逃せない.. きる.すなわち,第 1 に,二つの時期ともに,.  第 2 に,資本主義経済との関連では,この間,. 危機発生前には,経済成長期待もあって住宅市. 寡占経済化が一段と進む一方,金融グローバル. 場や株式市場中心にブームが起きており,また. 化の程度も強まり,グローバルな寡占間競争が. 急速な信用拡張がみられたこと(前回の場合に. 激化していたとみられる.今回の危機は,この. は住宅ブーム破綻後に株式ブームが起きたという. ような現代の「グローバル資本主義」のもとで. 相違はある)17),第 2 に,金融セクターの決済・. 発生した初めての世界的な危機といえる.なお,. 信用システムに重大な機能障害が発生し,金融. これに関連して,金融技術革新の点では,前回. 市場において,いわゆる「流動性選好」が顕著. の米国のブームでは,持株会社方式,投資信託. にみられたこと,第 3 に,金融危機が国境を越. 制度,賦払信用などが挙げられるが , 今回のブー. えて次々に波及し,世界規模の危機となったこ. ムでは IT 技術の飛躍的な発達と結びついて,. と,第 4 に,汎用工業品中心に物価下落圧力が. 証券化商品市場やデリバティブ取引が拡大した. 続き,いわゆる「負債デフレーション」の様相. 点に特徴がある 19).. もみられたこと( ただし,1920 年代の場合には.  第 3 に,金融機関の破綻という点では,1930. これに一次産品価格や農産物価格の下落が加わっ. 年代初頭には全米規模で商業銀行に対する預金. ていた )18),第 5 に,国際通貨体制の面では,. の取付けが起こり,三波にわたる「銀行恐慌」. 基軸通貨の激動期にぶつかっていたこと(前回. が発生した.これに対して , 今回の危機では,. はポンドとドル,今回はドルとユーロ ) ,などで. ある.  とはいえ,今回の世界金融危機は,単なる過. 17)Kindleberger,C.P., The World in Depression 1929-1939, Univ.of California Press, 1973,chap.4,5 (石崎昭彦・木村一朗訳『大不況下の世界』東京大 学出版会,1982 年,第四章,第五章) . 18)「 負 債 デ フ レ ー シ ョ ン 」 に つ い て は, Fisher,I.,“The Debt-Deflation Theor y of Great Depressions,”Econometrica, Vol.1,No.4,1933. また, 当時の物価の動向については,Kindleberger,op. cit.,chap.4(前掲訳書,第四章).. 19)1920 年代後半の米国の株式ブームにおいて 持株会社方式と投資信託の果たした役割を重視し ているものとして,Galbraith, J.K., The Great Crash 1929, Pelican,1954(7nd ed.,1997), chap.3,がある. 20)現在までのところ,1930 年代初頭のような 大規模な「銀行恐慌」に発展していないのは,プ ルーデンス政策として,預金保険制度,自己資本 比率規制などが導入され,また自己資本比率規制 をクリアするために相次ぐ増資や公的資本の注入, さらに当局による預金保護の強化や大量の流動性 供給が行われてきたことなどがあると考えられる. ただし,米国の地銀の場合,実体経済の悪化など から,破綻するケースが増加している..

(8) . 市場性資金に依存して証券化業務を行っていた. から経常収支赤字を定着させ,海外からの巨額. 投資銀行や,デリバティブ取引に関わっていた. の資本流入に依存するという状況が続いている. 保険会社などに深刻な危機が発生した.ここに. 中で発生したという特徴をもつ.そのため,サ. は預金・貸出市場中心から証券化商品・デリバ. ブプライム危機は当初からグローバルな性格を. ティブ市場の拡大へという,金融市場の歴史的. もっていたのである.米国がこのように国際. な構造変化が示されている.これは,米連銀が. 収支節度を大きく喪失するきっかけとなったの. 商業銀行以外の金融機関にまで 「最後の貸し手」. は,1971 年 8 月の金ドル交換停止と 73 年春の. としての役割を拡大せざるをえなかった背景で. 変動相場制移行であろう.70 年代初頭のこの. もあろう. 二つの変化によって,国際通貨体制を基本的に. .. 20).  第 4 に,国際協調の点では,1930 年代にお. 市場ベースに委ねるという「ノン・システム」. ける保護主義やブロック化,特に 1933 年のロ. が始まったからである.先にみた長期の時間軸. ンドン世界通貨経済会議の失敗という歴史も踏. と次に見る短期の時間軸の中間にあるという意. まえてか,比較的早い対応がとられてきたこと. 味で,この変化は中期の時間軸で捉えられる.. に重要な特徴がある.また,1930 年代にはま.  第二次大戦後の米国の国際収支をみると,貿. だ創設されていなかった IMF など国際金融機. 易収支が初めて赤字を記録したのは,金ドル交. 関による緊急融資が行われた点も,両時期の相. 換が停止された 1971 年のことである.そこか. 違であることはいうまでもない 21).. らさらに進んで,経常収支レベルの赤字が急拡 大したのは,80 年代前半期と 90 年代半ば以降. [2]1970 年代以降の国際通貨体制と世界不均衡 ―中期的視点-. である.今回の世界金融危機との関連で重要な のは, 後者の時期に見られた米国と残余世界(特.  次に中期的な視点からみると,今回の世界金. に日本,中国等の東アジア )との間の経常収支. 融危機は,基軸通貨国である米国が 1980 年代. 不均衡の拡大であろう.これは一般に「グロー バル・インバランス」と呼ばれる.このインバ ランスは,関係国の貯蓄・投資インバランスに. 21) な お,1929 年 恐 慌 に 関 連 し て, 周 知 の と おり,ケインズは景気循環における恐慌を,高 い利子率によるよりも「資本の限界効率の突然 の崩壊」によるものと捉えた(Keynes,J.M., The General Theory of Employment, Interest and Money, Macmillan, 1936,chap.22[間宮陽介訳『雇用,利 子および貨幣の一般理論』(上),岩波書店,2008 年,第 22 章]) .これに対して,フリードマン= シュウォーツが 1929 ∼ 33 年の大収縮を米連銀の 「金融政策の不適切さ」に帰着させたことも,よ く知られている(Friedman, M.and A.J.Schwartz,A Monetary History of the United States, 1867-1960, Princeton Univ. Press,1963, pp.407-419;Friedman,M. and A.J.Schwartz, The Great Contraction, 1929-1933, New Edition, Princeton Univ. Press, 2008, pp.186 -207) .一方,キンドルバーガーは 1930 年代の大不 況を英米の側での「国際経済システム上の指導性」 の欠如によるものとみており,後に「覇権安定仮説」 と呼ばれる視点を提示した(Kindleberger, op.cit., p.291[石崎昭彦・木村一朗訳『大不況下の世界』 東京大学出版会,1982 年,264 頁] ).これらの見 解との比較研究も重要な課題である.. 対応しており,米国は家計部門や政府部門を中 心とした貯蓄不足・投資超過,海外部門は貯蓄 超過・投資不足という関係であった.このよう な状況のもとで,米国に大量に流入した海外の 資金は,米国債,GSE 債,民間 MBS や CDO などの証券化商品,さらに各種ファンドへの投 融資等の形で運用されたのである.この場合,. 22)なお,このようなアジアと欧州におけるド ル保有動機の相違が「復活したブレトンウッズ体 制」論の基礎にある考え方だったと思われる.こ の議論においては,米国=「中心国」,アジア諸国= 「貿易勘定地域」(trade account regions),欧州等= 「資本勘定地域」(capital account regions)と分類 して,ドル体制維持のメカニズムを説明しようと した.Dooley,M.P.,D.Folkerts-Landau and P.Garber, “An Essay on the Revived Bretton Woods System,” NBER Working Paper, No.9971, Sept.2003..

(9) . 既に述べたように,東アジア通貨当局は経常収.  今一つ,グローバル・インバランスをめぐる. 支黒字で稼いだドルを米国債や GSE 債の形で. 議論において注意すべき点は,確かに米国は資. 大量に運用していたのに対して,欧州の金融機. 本輸入国になっているが,同時に資本輸出国で. 関は民間 MBS の保有が多く,このことがサブ. もあり,ネットでみて資本輸入国になっている. プライム危機の影響がいち早く欧州に飛び火し. にすぎないという点である.国際資本移動をグ. た背景にあったと考えられる 22).. ロスでみると,双方向での巨額の流れとなって.  しかし歴史的にみると,このようなグローバ. おり,その結果,主要国の対外債権残高と対外. ル・インバランスなる事態もまた,近年に始まっ. 債務残高が両建てで積み上がるという構造が形. たことではない.19 世紀末には基軸通貨国の. 作られてきている.こうした特徴は,世界の決. 英国は経常収支黒字国であり,周辺国との間に. 済・信用システムの中核に位置する金融機関の. 経常収支不均衡が存在していた.戦間期には,. 場合には特に顕著であり,クロスボーダーの銀. 米国とフランスが経常収支黒字により資本や金. 行間取引を中心に,大きな規模に達していた.. を吸引していた.第二次大戦後の 1960 年代を. 今回の世界金融危機では欧米の短期金融市場を. 通じて,基軸通貨国の米国は基本的に経常収支. 中心にドル資金の枯渇という異例の事態が生じ. 黒字国であった(ただし,経常収支黒字を上回る. たが,これはクロスボーダーの銀行間取引を含. 長期資本収支の赤字のために,基礎収支が赤字と. めて,世界の金融機関が相互にいかに緊密に連. なり,ドル危機が引き起こされるという構図であっ. 結していたかを示すものである.世界金融危機. た) .このようにみると,過去にもグローバル・. をグローバル・インバランスとの関連で検討す. インバランスはあったが,ただしその場合に. る場合には,こうしたインターバンク取引を含. は基軸通貨国はいずれも経常収支黒字国であっ. めて,グロスとストックの視点も重視すべきで. た.これに対して近年のグローバル・インバラ. あろう 24).. ンスは基軸通貨国の米国が経常収支赤字国に転 落して,大量の資本輸入国となっている点に特. [3]21 世紀初頭における低金利と信用膨張. 徴がある.そしてまさにこのことが,米国発の. -短期的視点-. サブプライム危機の影響を世界中に波及させる.  最後に短期の視点でみると,今回の世界金融. 重要な経路になったと考えられる 23).. 危機は,2001 年の IT バブル崩壊後における低 金利,インフレ率の低下,経済成長期待のもと で住宅ブームが起こり,サブプライムローンや. 23) グ ロ ー バ ル・ イ ン バ ラ ン ス を 歴 史 的 に 回 顧 し た も の と し て,Dooley,M.D.,“Historical Perspective on Global Imbalances,”NBER Working Paper, No.11383, May 2005,がある.なお,グロー バル・インバランスに関連して,2009 年 1 月,米 国のポールソン前財務長官は今回の世界金融危機 の原因の一端は中国や産油国など新興国の「過剰 貯蓄」が金利の低下をもたらし,リスクを世界中 に広げたことにあると指摘した(Financial Times, 2 Jan. 2009).この種の責任の所在をめぐる議論は大 恐慌の際にも行われており,1932 年 12 月,当時の フーヴァー米大統領は,議会に送付した外交教書 の中で,不況の原因は米国側ではなく,第一次世 界大戦後の諸結果に対する欧州側の調整の失敗が 発端であり,1931 年の欧州金融恐慌により激化と したと指摘していた(Kindleberger, op.cit., pp.83-84 [前掲訳書,61 頁]).. その証券化業務が急拡大したことが関係してい る.米国の政策金利(FF レートの誘導目標)は. 24) グ ロ ー バ ル・ イ ン バ ラ ン ス を 考 え る 際 に ス ト ッ ク の 視 点 を 重 視 し て い る も の と し て, Bracke,T.,et al.,“A Framework for Assessing Global Imbalances,”Occasional Paper Series, No.78, ECB, Jan.2008,がある.また,次の論稿は,今回の世界 金融危機の際に見られた「ドル不足」現象を BIS 報告銀行のバランスシートの分析により検討した も の で あ り, 有 益 で あ る.Mcguire,P.and G.von Peter,“The US dollar shortage in global banking and the international policy response,”BIS Working Papers, No.291, Oct.2009..

(10) . 概して数年おきに利上げと利下げの循環を繰り. や市場性資金(CP,レポ取引など)に依存して. 返しているが,今回の住宅ブームは直接には. 巨額の資金調達を行い,ローンの買い取り,証. 01 年の IT バブル崩壊後における利下げの局面. 券化・再証券化商品の組成・販売などに従事し. で起きており,米国の政策金利は 03 年 6 月に. て,大きな収益を得ていた.財務的にいえば,. 年 1%台という歴史的な低水準をつけた.また,. 自己資本に対する資産の比率(レバレッジ比率). 欧州でも同様に利下げが進展し,英国,スペイ. は,曲がりなりにも自己資本比率規制が課せら. ン,アイルランド等において住宅バブルが引き. れていた商業銀行に比べて極めて高く(30 倍前. 起こされていた.. 後) ,負債と資産が両建てで拡大するという結.  このような低金利は,機関投資家や投資ファ. 果をもたらしていた.高レバレッジ経営はヘッ. ンドなどからすれば,伝統的資産(社債,国債. ジファンドや SIV などの場合にも見られるも. など)の中でもハイリスク・ハイリターン型の. のであったが,こうしたミクロ経済主体の行動. 投資や,伝統的資産に代わる「オルタナティブ. こそが,マクロ経済面では,実体経済を上回る. 投資」を積極化するきっかけを与えたと考えら. 金融資産(金融負債)の膨張を促すように作用. れる.前者についていえば,例えば,2004 年. していたと考えられる 26).. 頃から 07 年半ばまで格付けの低い社債のスプ.  また,これに政策面で拍車をかけたのが,. レッド( 国債との利回り格差 )が小幅に推移し. 1999 年 11 月に成立した「グラム・リーチ・ブ. ていたことからも伺える.また,後者について. ライリー法」 (Gramm-Leach-Bliley Act)にほか. は,MBS や CDO など証券化商品(特に利回り. ならない.これによって 1933 年 6 月の「グラ. の高い下位メザニンやエクイティ・クラス)の購. ス・スティーガル法」 (Glass-Steagall Act. 公式の. 入,ヘッジファンドへの投融資,デリバティブ. 法律名は Banking Act of 1933)で定められた銀行. 取引の積極化などとして現れたのである. と証券の分離規定が一部を除いて撤廃されたた. .. 25).  ところで,既に述べたように,米国の政策金. め,業態を超えた金融機関の競争が激化したか. 利は 2004 年半ば以降に利上げに転じるが,そ. らである.具体的には,商業銀行による証券子. れ以降も住宅価格は 06 年半ばまで上昇を続け,. 会社の保有,商業銀行と投資銀行の役員兼任な. サブプライムローンやその証券化の残高が増加 していたことに注意する必要がある.これは, 当時,米国の長期金利が引続き安定していたこ とにくわえて,米国の政策金利の引上げが行わ れる一方,日本の政策金利( 翌日物コールレー トの誘導目標)が量的緩和政策からゼロ金利政. 策へと続く中でゼロ近傍に維持されていた結 果,日米の短期金利差が拡大し,いわゆる「円 キャリー・トレード」が活発化して,米国への 資本流入を促進する一因になったとみられるの である.  一方,証券化業務を手がけていた米国の投資 銀行は,商業銀行とは違って,主に銀行借入れ. 25)US Gover nment, The Road to the London Summit : The plan for recovery, 2009, pp.31-32.. 26)米国の商業銀行と投資銀行における各レ バレッジ比率の推移については,内閣府,前掲, 2008 年 12 月 , 第 1 章第 3 節を参照.なお,近年に おける金融機関の産業組織面の特徴は,例えば証 券化業務にみられるように,伝統的な与信業務を 様々な機能に分解し,これを別々の最適な業者に 担わせるという「アンバンドリング」が進展して きた点にある(UK Government, op.cit., p.4).これ は,従来分離されていた貸出市場と証券市場の結 合による「市場型間接金融」の現われといえるが, 今回の危機では,リスクの所在や大きさを不明に し , 危機が次々に波及する重要なルートとなったと 考えられる. 27) 今 回 の 世 界 金 融 危 機 に 関 連 し て, 次 の 論 文 は グ ラ ス・ ス テ ィ ー ガ ル 法 に 係 る 規 制 の 緩 和 を 重 視 し て い る.Eichengreen,B,“Origins and Responses to the Crisis,”Oct.2008.(http:// emlab. berkeley.edu/users/webfac/eichengreen /e183_sp07/origins_responses.pdf).

(11) . どが容認された 27).. 金融危機は,資本主義経済の長期変動,国際通貨.  さらに,2004 年 8 月には米 SEC( 証券取引. 体制の中期的変化,短期の景気循環・規制緩和. 委員会 )は,資産 50 億ドル以上を有する投資. 要因という,三つの時間軸が交差したところで. 銀行に対して,自己資本を 5 億ドル以上保有す. 生起した複合的危機とみられるのであり,これ. ることを条件に,SEC の自己資本ルールであ. らいずれの視点を欠落させても今回の危機の特. る「ネット・キャピタル・ルール」 (Net Capital. 徴を捉えることはできないであろう.いいかえ. Rule)の適用除外を認めたが,これが投資銀行. れば,時間軸の異なるこれら三つの現象が交差. の高レバレッジ経営に道を開くこととなった.. したところに生じた複合的危機だからこそ,歴. ちなみに,SEC の自己資本ルールでは,負債. 史的にも重大な危機になったと考えられるので. は自己資本の 15 倍までと規定されていた .. ある31).. 28).  このほか,デリバティブ取引である CDS が 急拡大したのも 2000 年代であり,その想定元. Ⅳ 国際通貨体制再編への胎動. 本残高は 01 年末の約 9200 億ドルから 07 年末.  今回の世界金融危機においては,この危機の. には 62 兆ドルに達していた. .世界的な金融. 原因や対応策との関わりで,いくつかの重要な. 自由化の動きは少なくとも 70 年代半ばまで遡. 議論が浮上してきている.こうした動きが国際. ることができるが,今回の世界金融危機の背景. 通貨体制再編への胎動を示すものなのかどうか. を考える際には,以上のような 2000 年代に入っ. が注目されている.ここでは,これらのなかか. てからの金融環境の変化という短期の視点も欠. ら特に重要と思われる二つの問題を取りあげて. かせない 30).. みたい.一つはドル基軸通貨体制をめぐる議論.  以上で,今回の世界金融危機の特徴を捉える. であり,いま一つは国際金融市場や国際金融機. ために,長期,中期,短期という三つの視点(時間. 関の改革をめぐる問題である 32).. 29). 軸) を提示してきた.言いかえれば,今回の世界 [1]ドル基軸通貨体制をめぐる議論.  まず,ドル基軸通貨体制をめぐる議論である 28)内閣府,前掲,2008 年 12 月 , 第 1 章第 2 節, を参照. 29)『週刊エコノミスト』臨時増刊,2008 年 12 月 22 号,毎日新聞社,60 頁. 30)ここにはまだ残されている重要な研究課題 がある.それは米国における通貨供給構造の分析 であり,とくに証券化が進展している場合には, そうでない場合に比べて,マネタリー・ベースや マネーサプライの構造にどのような特徴がみられ るのかという問題である. 31)本稿の結論に関連して,周知のように,シュ ンペーターは,1929 年恐慌の原因について,これ はコンドラチェフ,ジュグラー,キッチンという, 長さの異なる三つの循環の不況局面が一致した結 果だと指摘している(Schumpeter, J.A., Business Cycles : A Theoretical, Historical and Statistical Analysis of the Capitalist Process, Vol. Ⅱ , 1939, p.907 [吉田昇三監修,金融経済研究所訳『景気循環論』 第Ⅴ分冊,1964 年,有斐閣,1356 頁] ).筆者の見 解はこのシュンペーターの見解から着想を得たも のでなく,あくまでも国際金融史から得られた仮 説であるが,今後,比較研究を進めたい.. が,サブプライム危機の初期の段階で報じられ たのが,ドル防衛策に関する「秘密合意」であっ た.これは,2008 年の 3 月 15 日から 16 日に かけて,日米欧通貨当局がドル買いの協調介入 を柱とするドル防衛策で合意したとされるもの である.米ブッシュ政権はかねてより為替介入 に慎重な姿勢であったが,当時は,折からのベ アー・スターンズ危機により世界的なドル安・ 株安に歯止めがきかなくなり,ドル資産離れに 発展しかねないという米当局の危機感があった といわれる.この合意を裏書きするかのように, 同年 4 月の G7 の共同声明には 7 年 7 カ月ぶり に為替急変動に対する懸念が明記されたほか,. 32)以下,特に注記のないものは,各種新聞報 道による..

(12) . 6 月にはポールソン米財務長官が為替介入を検. ること,また SDR を主要な準備資産として育. 討対象から排除しない旨の発言をした.しかし. 成し,金や準備通貨(ドルなど)の役割を縮小. 結局,合意に沿った介入は実施されなかった.. するという「SDR 本位制」の方向が示されて.  その後,米国の金融危機対策が本格化するな. いた.SDR 自体は 1969 年の IMF 協定第一次. かで,新たに国債の増発にともなうドル不安. 改正によって創出されたものであり,加盟国が. 定化の懸念が指摘されはじめた.日本は,2009. IMF に出資を行うことなく配分を受けるもの. 年 2 月の日米首脳会談の場などで,繰り返しド. で,加盟国はそれと引き換えに外貨準備の豊富. ル基軸通貨体制の維持を表明した.一方,中国. な国から外貨を取得することが可能になる.す. は,同じ 2 月,中国人民銀行の周小川総裁が講. なわち,トリフィン(Trif fin,R.)の「流動性ジ. 演でドル一極是正の必要性に言及した.同月下. レンマ論」の影響を受けて,米国の国際収支に. 旬には,ヒラリー国務長官が胡主席ら中国幹部. 依存することなく創出される新しい準備資産と. と会談した際,米国債の保有継続を期待してい. みなされたのである.この SDR の配分は 1970. ると発言した.その後 3 月には,同じく周総裁. 年 1 月∼ 72 年 1 月,および 79 年 1 月∼ 81 年. が,中国人民銀行のホームページに掲載した論. 1 月にかけて行われたものの,それ以降,配分. 文の中で,IMF の SDR(特別引出権)制度を拡. は全く行われていなかった.このように SDR. 充し,主権国家と結びついていない準備資産を. の配分は低調だったのであるが,これは 70 年. 育成することが,国際通貨体制改革の理想的な. 代以降ドル供給が急増し,国際流動性問題が後. 目標である,との見解を示した. 退したとみられたためであった.それゆえ,今. .. 33).  このようにドル基軸通貨体制をめぐる議論が. 回の SDR の配分は実に約 30 年ぶりのことだっ. 活発化する中で,2009 年 4 月に開催された第. たことになる 34).. 二回金融サミットでは,IMF の SDR の新規配.  世界金融危機の中で,ドルと並んでその動向. 分を行うことが合意され,実際に後述するよう. が注目されたのは,1999 年に導入から 10 年を. に同年 8 ∼ 9 月にかけて,SDR の一般配分と. 迎えた欧州単一通貨ユーロである 35).ユーロの. 特別配分が実施された.これは直接には SDR. 対ドル相場は当初こそドル独歩安から堅調に推. をつうじた IMF の融資機能の強化を目指した. 移していたが,その後急落し,2009 年 2 月頃. ものであるが,SDR にはドル基軸通貨体制の 改革に絡む面もあり,それが今後どのような展 開をみせるかが注目される.  周知のように,1971 年 8 月の金ドル交換停 止を受けて国際通貨制度改革論議が再燃した 際,72 年に 20 カ国委員会(C20)が創設され, 74 年 6 月に同委員会は『国際通貨制度改革概 要』を最終報告書として提出した.この中で は,将来の国際通貨制度の目標として調整可 能な平価に基礎をおく固定相場制を原則としつ つ,変動相場制も特殊な状況のもとで容認され. 33)Zhou,X.,“Reform the International Monetary System,”The People’s Bank of China,23 March, 2009.(http://www.pbc.gov.cn). 34)SDR 創設とその後の経緯については,上川 孝夫「ドル危機と国際通貨制度改革への胎動」『金 融グローバリゼーションの理論』信用理論研究学 会編,大月書店,2006 年 ; 上川孝夫「ブレトンウッ ズ体制の崩壊とドル」新岡智・板木雅彦・増田正 人編『国際経済政策論』有斐閣,2005 年,を参照. なお,IMF スタッフによる近年の SDR 研究として, Clark, P.E.and J.J.Polak,“International Liqudity and the Role of the SDR in the International Monetary System,”IMF Staff Papers, Vol.51,No.1,2004,を 参照. 35)ユーロ導入 10 年の評価に関する論稿を集 めたものとして,Pisani-Ferr y, J.and A.S. Posen, eds., The Euro at Ten : The Next Global Currency?, Peterson Institute for International Economics, 2009. また,ユーロの国際的役割に関する ECB の最新 の分析として,ECB, The International Role of the Euro, July 2009, を参照..

(13) . から再び堅調さが目立つようになった.ユーロ.  一方,アジア通貨のうち,日本円の国際化に. 急落の背景には,第 1 に,世界的なドル資金手. ついては,バブルの崩壊以後,低迷状態が続い. 当ての動きからユーロ売り・ドル買いが加速し. ている 37).もちろんそれを打開する試みがない. たこと,第 2 に,欧州の一部地域で住宅バブル. わけではなく,例えば,2009 年 5 月,日本政. がみられ,住宅価格の下落による金融機関の経. 府はアジア向け危機対応策として 10 兆円枠の. 営悪化が進展したこと,第 3 に,中東欧諸国へ. 資金を用意し,そのうち 6 兆円については,危. の金融危機の拡大により,EU 大手金融機関の. 機発生時に相手国と通貨スワップ協定を締結し. 同地域向けローンが焦げ付くのではないかとの. て円資金を供給することを表明した(これは後. 懸念が増大したことなどが指摘できる.. に述べる CMI とは別枠扱いである) .一方,中国.  しかしその一方で,ユーロの加盟国は,2008. 人民元の国際化についても,人民元と相手国通. 年 1 月にキプロス,マルタ,09 年 1 月にはス. 貨を交換するスワップ協定の締結(08 年 12 月. ロバキアの加盟により,計 16 カ国に拡大した.. 以来 ) ,東アジア一部地域での人民元建て貿易. また,08 年 10 月にポーランド,11 月にはス. 決済の解禁(09 年 7 月)など新しい動きがある. ウェーデンが,ユーロ導入を目指す方針を表明. ものの,まだ遠い先の話であろう 38).. した(その後,09 年 7 月にポーランドは財政赤字.  したがって,現実的に考えれば,世界金融危. 拡大を理由にユーロ導入の延期を表明した) .一方,. 機後の国際通貨体制としては,当分の間はドル. 09 年 6 月の EU 首脳会議においては,同年 2 月. の優位性が続き,中長期的にはドル・ユーロの. の「ラロジェール報告」を受けて,金融監督機. 「複数基軸通貨体制」へ向かう可能性が高いと. 能が各国の管轄下に置かれていたために国境を. 筆者は考えている.しかしながらこのような国. 超えた危機対応が遅れたとの判断から,金融リ. 民通貨を軸に通貨体制を考えるアプローチに対. スクを把握する ESRC(欧州システム・リスク理. しては,上に述べたように SDR を育成・強化. 事会) ,および横断的な金融監督を進める ESFS. して「SDR 本位制」を目指すという選択肢も. (欧州金融監督システム)の二つの欧州機関を設. 存在する.SDR の強化はドル基軸通貨体制の. 置することを決定した 36).今回の危機で欧州は. 改革に絡む面もあり,今後どのような展開をみ. 実体経済の大幅な落ち込みを経験し,また中東. せるかが注目される.. 欧の深刻な金融危機に直面したが,危機後には, EU 統合の拡大と深化が新たなレベルに達して. [2]国際金融問題をめぐる議論. いることも予想される..  今回の世界金融危機の中で浮上した今一つの 重要な論点は,国際金融市場や国際金融機関の 改革をめぐる問題である.G20 金融サミットを. 36)「ラロジェール報告」については,次を参照. The High Level Group on Financial Supervision in the EU, Report, Feb.2009. 37)日本円,および東京国際金融市場の動向に ついては,上川孝夫・今松英悦編『円の政治経済学』 同文舘,1997 年 ; 上川孝夫「グローバル化のなか の円」川波洋一・上川孝夫編『現代金融論』有斐閣, 2004 年 ; 上川孝夫「世界金融危機の教訓と東京の 今後」 『都市問題』第 101 巻第 1 号,東京市政調査会, 2010 年 1 月号,を参照. 38)近年における人民元のアジア化・国際化の 動きについては,李婧「人民元の台頭とアジア化・ 国際化戦略」上川孝夫・李暁編『世界金融危機― 日中の対話−』春風社,近刊,を参照.. 中心に協議され,その後も引き続いて議論され ている項目として,次のようなものがある 39).  第 1 は,国際金融市場や金融機関,金融商品 に対する規制・監督の問題である.既に述べた. 39) 以 下, 各 種 新 聞 報 道, お よ び,London Summit,“Leaders’Statement,”“Declaration on Delivering Resources through the International F i n a n c i a l I n s t i t u t i o n s , ”“ D e c l a r a t i o n o n Strengthening the Financial Systemm,”2 April 2009,による..

(14) . ように,今回の世界金融危機の重要な特徴は,. を助長する可能性があること,三つ目に証券化. 商業銀行にとどまらず,それ以外の様々な経済. 商品への投資については,そのリスクを勘案し. 主体が預金以外の金融商品を中心に業務や投資. て多くの自己資本を積む必要性があると考えら. を拡大してきた点にある.そのため,第二回の. れること,などが指摘されている.なお,この. 金融サミットでは,金融システム上重要なすべ. ほか,商業銀行は,ヘッジファンドに対しても,. ての金融機関,金融商品および金融市場を当局. プライム・ブローカーとして巨額の融資を行っ. の規制・監督のもとにおくこと(これにはヘッ. ていたことは周知のとおりである.. ジファンドを含む) ,格付会社に登録制を導入す.  第 2 は,国際金融機関や国際組織における加. ること,タックス・ヘイブンへの監視を強める. 盟国の拡充と機能強化である.この点では,な. こと,などに合意している.. によりもまず,先進国に新興国,途上国など.  こうした合意に基づいて,その後,欧米諸国. を加えた G20 の金融サミットが開催されたこ. では金融規制や金融監督体制に関する改革案が. と自体,注目すべきであろう.これによって,. 相次いで発表された.2009 年 6 月に米政府が. G7 ないし G8 がこれまでのような影響力を維. 1930 年代の大恐慌以来といわれる金融規制改. 持していくことが困難になるのは必至だと思わ. 革案を発表したのに続いて,同じ 6 月に EU 首. れる.その一つの証として,第二回金融サミッ. 脳会議も上述のように金融監督体制改革案を決. トでは,IMF の長年の懸案だった加盟国の出. 定し,加盟国の討議に付した.翌 7 月には英財. 資比率を 2011 年までに見直すことに合意した.. 務省が議会に金融監督規制改革案の提出を行っ. 出資比率は加盟国の議決権にリンクするととも. た 40).これらの改革案に共通して見られる重要. に,融資枠の算定根拠にもなるので,新興国や. な特徴は,金融システムの安定化を目的とした. 途上国からの要望が従来から強かったものであ. 「プルーデンス政策」について,これまでの個. る.また,G20 金融サミットにおいては,FSF. 別金融機関を対象とするもの(ミクロ・プルー. (金融安定化フォーラム)を FSB(金融安定理事会). デンス政策)に限らず,金融市場全体のリスク. に格上げするとともに,この FSB のメンバー. を幅広く監視する観点( マクロ・プルーデンス. を,BCBS(BIS バーゼル銀行監督委員会)のメ. 政策)が重視されていることである.. ンバーとともに,G20 に拡大することが合意さ.  他方,商業銀行を対象とした従来の自己資本. れた.. 比率規制についても,金融サミットの合意を.  各国の金融監督機関の連携組織としては,こ. 受けて,BIS バーゼル銀行監督委員会が 2010. のほかに,証券に関しては IOSCO(証券監督者. 年中に見直し案を提出することを予定してい. 国際機構) ,保険に関しては IAIS(保険監督者国. る.見直しの背景には,一つ目に現行の規制. 際協会)などがあり,FSB はこれらの組織をま. では所要の自己資本比率を維持する限り,自. とめる機能も有するとみられている.今後の焦. 己資本額を増やせるため,景気循環増幅効果. 点は,このような連携をさらに進めて,世界的. (procyclicality effect)を持つ可能性があること,. に一元的な国際監督機関の創設に向うのかどう. 二つ目に SIV の設立などをつうじた簿外取引. かであろう.  第 3 は,国際金融機関の資金基盤の強化であ る.まず,IMF については,世界金融危機の. 40) 米 国 の 金 融 規 制 改 革 案 に つ い て は US Treasur y,“White Paper: Financial Regulator y Reform”17 July(http://www. ustreas. gov/press/ releases/tg175.htm),また英財務省の案について は HM Treasur y,“Reforming Financial Markets,” White Paper,July 2009.. 中で緊急融資が相次いだことから財源問題が浮 上し,増資のほか,借入財源として NAB( 新 借入取極め)の増額,市場を通じた借入れ(IMF 債など) ,さらには SDR の新規配分を行うこと. が,金融サミットで合意された.また, ADB(ア.

(15) . ジア開発銀行)などの国際開発金融機関につい. (sustainable globalisation)という言葉が使用さ. ても,資金規模を拡大することで合意されてい. れているが 42),これはおそらく 1930 年代に蔓. る.. 延した保護主義やブロック化,あるいは 1933.  その後,2009 年 7 月に IMF 理事会は,IMF. 年のロンドン世界通貨経済会議にみられる国際. の創設以来,初めての債券を発行することを了. 協調の失敗なども念頭においたものであろう.. 承し,それと前後して,ロシア,中国,ブラジ. G20 の動向を含めて,今後の行方が注目される.. ルが IMF 債の購入の表明を行った.また,上 述したことだが,同じく 7 月の IMF 理事会では,. Ⅴ 世界金融危機とアジア経済 . 約 2500 億ドル相当の SDR(1612 億 SDR)の配. [1]アジア経済の対外的特質. 分を行い,そのうち約 1000 億ドルを途上国と.  さて,今回の世界金融危機は,アジア経済に. 新興国に優先的に配分することを決定した.そ. 対して,どのような影響を与えたであろうか.. して翌 8 月には,この方針に基づいて SDR の. アジアはこれより先の 1997 年に通貨危機を経. 配分が実施された.以上は SDR の一般配分の. 験していたが,これは既に述べた金融グローバ. 話であるが,これと並行して,同年 9 月には,. ル化の波が初めてアジアを襲った出来事であっ. 約 330 億ドル相当の SDR(215 億 SDR)の特別. たと考えられる 43).それから 10 年余りの間に. 配分も実施された.この特別配分は,ロシアな. アジア経済は急速な回復を遂げたが,特に注目. どの旧社会主義国が IMF に新規加盟したにも. されるのは,いわゆる「デカップリング」論が. かかわらず SDR の配分が行われてこなかった. 登場したことであろう.以前に比べればアジア. ことから,SDR 配分の公平性の問題が生じて. 経済の自立性が高まったことは事実であるが,. いたことが背景にある.1997 年 9 月の IMF・. 同時に欧米など海外市場頼みの構造も続いてお. 世銀総会では,IMF 協定第四次改正を行って. り,それが今回の世界金融危機から影響を受け. SDR の特別配分を行うことを決定していた.. る重要なルートとなったと考えられる.. それが今回,09 年 6 月に米国が協定改正を受.  第一に,貿易取引を考えてみると,確かに. 諾し,8 月に協定改正が発効したのを受けて,. アジアの域内輸出比率は過去 20 年間(1986 ∼. 特別配分となったものである.これらの一般配. 2006 年)において 23%から 41%へと上昇した.. 分と特別配分の結果,SDR の累積配分額は 214. しかしながら,これは単純にアジア経済の自立. 億 SDR から約 2040 億 SDR へと 10 倍に増加し. 化傾向を示すものではなく,アジア貿易の重要. た 41).既に述べたように,今回の SDR の配分. な特徴は,日本や NIEs で生産した中間財や資. は IMF の融資機能を高めることが目的であっ. 本財を ASEAN や中国に供給し,それをもとに. たが,他方ではドル基軸通貨体制の在り方と絡. 組み立てた最終財を欧米日などに輸出するとい. む点もあり,今後どのような展開をみせるかが. う「三角貿易」構造にあった.その構造がアジ. 注目される.. アの域内輸出比率を高めたわけであるが,これ.  以上において,G20 の金融サミットの前後な. を支えたのが多国籍企業や地場企業による「域. どに行われてきた国際金融市場や国際金融機関 の改革等をめぐる議論をみてきた.今後の世界 経済の方向性として,第二回金融サミットの首 脳声明では「持続可能なグローバリゼーション」. 41)IMF,“Special Drawing Right(SDR)Allocations,” Oct. 22, 2009. (http://www. imf.org) 42)London Summit, op.cit.. 43) ア ジ ア 通 貨 危 機 に つ い て は,ADB,“Ten years after the crisis: The facts about investment and growth,”Asian Development Outlook, March 2007; 上川孝夫「アジア通貨危機と為替相場制度」山本栄 治編『アジア経済再生』日本貿易振興会 , 1997 年; 上川孝夫・新岡智・増田正人編『通貨危機の政治経 済学』日本経済評論社,2000 年,を参照..

参照

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