• 検索結果がありません。

<論説>リージョナリズム再考─TPP、一帯一路構想は何が新しいのか─

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "<論説>リージョナリズム再考─TPP、一帯一路構想は何が新しいのか─"

Copied!
25
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

リージョナリズム再考

── TPP、一帯一路構想は何が新しいのか──

椛島 洋美

1.リージョン、そしてリージョナリズム 2.歴史的プロセスの中で 3.何が新しいのか 4.結びにかえて

1.リージョン、そしてリージョナリズム

 2018 年 5 月 1 日 段 階 で、287 件 の 地 域 貿 易 協 定( Regional Trade Agreement)が発効している。1998 年に 64 件、2008 年に 176 件と、この四半 世紀の増加は著しい1)。そして貿易のみならず、金融、人の移動、環境等の政 策において、従来の国家の権限を越えた取り決めが一部の国家間でしばしば行 われる。本稿では、一定の分野について、複数の国家の取り決めにより協調行 動や共通の方針が現れる空間を、リージョン(region)あるいはリージョナリ ズム(regionalism)と呼ぶ。「地域」あるいは「地域主義」という言葉を使わ ずにリージョンやリージョナリズムをわざわざ使うのは、リージョンの言葉自

論  説

       1) https://www.wto.org/english/tratop_e/region_e/region_e.htm#facts    http://rtais.wto.org/UI/PublicMaintainRTAHome.aspx 2018 年 9 月 26 日確認。

(2)

体に特定の4 4 4「地域」という意味が含まれていることと、全体の中の、ある限ら れた部分である局所という意味が含まれており、単に「地域」や「地域主義」 という日本語になじまないからである。  ここでリージョンの意味を、既存の国家を超え、相互に政治的、経済的、社 会的、文化的に結びつきのある空間として当座措定しよう。留意すべきは、実 態として国家を超える空間が存在するとしても、その多くは近代国家を前提と していることから、国境の概念を伴う主権国家と同様、本稿が指すリージョン も近代の産物ということになる点である。リージョンの例として、1868 年の 改正ライン川航行条約で対象となる空間や、植民地主義に由来する旧宗主国と 植民地との関係、戦後においては EC(ヨーロッパ共同体)などヨーロッパの 統合、NATO(北大西洋条約機構)、マーシャル・プ ラ ン、OPEC(石油輸出 国機構)などが挙げられよう。  リージョンはもともと地理的な意味合いがあるものの、現行のリージョンす べてにおいて物理的、地理的近接性が伴うかどうかでは議論が分かれる。EC や NATO においては、まさにヨーロッパが前提にあり、そこからは地理的近 接性が不可避であると考えられる。ヨーロッパのように地理的に近かったり一 定の領域でのグループであったりすることによって、土地由来の歴史やアイデ ンティティを共有したり、モノ、カネ、ヒトの相互交流が活発になったりする ことはしばしば見られる。地の利そのものがリージョンを生み出してきたとし て地理的要因をリージョン成立の必要条件とする視角は無視できない。他方で、 OPEC の加盟国には中東のみならず、ガボンやコンゴ共和国などサブサハラ・ アフリカの国々も含まれている2)。APEC(アジア太平洋経済協力会議)はア ジア太平洋地域を対象にしているという建前から、日本、チリ、パプアニュー ギニアなど相互に見て地理的に決して近いとは言えない国と地域からなる。近        2) インドネシアは唯一のアジアからのメンバーであったが、2016 年 11 月の総会において減 産不参加によりメンバーシップが停止された。

(3)

年の経済協定は、日本とヨーロッパ間で結ばれるなど、必ずしも地理的な近接 性を伴わない場合もあり、地理的範囲を前提としない空間としてリージョンを とらえる必要がある。  それでは、地理的な近さや密接性から離れてリージョンを成り立たせるもの は何か。たとえば、必ずしも地理的に近接とは言えない国家間での「共通の文 化、言語、宗教、民族的背景の共有」はリージョンの 1 つの条件だ。しかし国 際関係の諸理論によれば、リージョンには文化、言語、宗教、民族的背景といっ た静的な要件以上に、社会に存在する行為主体による認識、行為、関係などが 少なからず影響しているようにみえる。リアリズムに基づけば覇権国や大国が、 それぞれの損益計算に基づきリージョンを形づくる。覇権国や大国なしのリー ジョン形成は難しい。大国が常に自己拡大を目指して攻撃的に振る舞うとする J. ミアシャイマーの攻撃的リアリズムからすれば、パワーの拡大や争いを目的 として大国が構想し相互に緊密化を図る国家間の関係がリージョンとして反映 される3)。一方、リベラリズムでは、経済交流や課題認識の共有、あるいは行 為主体間の活動がリージョンの構成を規定する。ここでいう行為主体は、必ず しも国家ではなく、企業、NGO、自治体、公式な領域として扱われてこなかっ た地域などが往々にして含まれる。これらの行為主体による経済交流について は枚挙にいとまがない。香港やマカオを含む華南経済圏は典型例である。また、 北東アジア地域自治体連合のように環境、防災、鉱物資源開発などの認識共有 と情報交換によってつながっている例もある。市場原理に時に寄り添い、時に 離れ、その行為主体間での自治や、必ずしも通商と関係しないところでの協力 がリージョンを規定づけるダイナミズムとなっている場合もある。  リアリズムとリベラリズムは、リージョンを行為主体の合理的計算の結果と して創出、維持される空間と見るのに対して、合理的計算の前提部分に着目す        3)ミアシャイマーの議論については、(Mearsheimer, 2001)などを参照。

(4)

るのがコンストラクティヴィズムである。APEC は 1980 年代までに日本の投 資エンジンによるモノ、カネ、ヒトの国際移動が活発になり、各政府の合理的 判断が働いて生み出されたものとされるが、その前提となるリージョンとして のアジア太平洋は、国家アイデンティティの再構成の中で創出された(大庭 , 2000)。つまり、リージョンは不変の客体ではなく、歴史的に経験的に間主観 的に各行為主体によって構成されるものであり、リージョンがどのように定義 されるかにおいて、象徴的に構築されたり議論されたりすることが重視される という。  こうして見ると、リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズムと いった国際関係の理論間でリージョンの要素、要件について違いはあるものの、 いずれの理論に足場を置いても、必ずしも地理的に近接した中でリージョンが 立ち現れているわけではない。  さて国境を超える枠組み形成の試みについては、リージョナリズムとして 1990 年代に盛んに議論された。それから 30 年近くが経過し、世界で発効して いるリージョン・レベルの協定が増化していることからも明らかなとおり、実 態としてのリージョン及びリージョナリズムは世界的に認識されている。国際 関係の研究者による論考において、ひところほどリージョナリズムという言葉 が前面に出てくることはないが、リージョナリズムの存在を前提にしている研 究は、今日、国際政治経済学の一角を成している4)。そうとはいえ、現代のリー ジョナリズムが 30 年前のそれと同様の構造を維持してきているのかというと、 世界の実態から見ても学界を取り巻く状況から見ても、新たに議論されるべ き時代に突入していると言えるかもしれない。TPP(環太平洋パートナーシッ プ)協定や一帯一路構想が昨今注目されているが、それらは既存の枠組みと比 べて、いかなる新しさがあるのか。それを考えるために、今、改めてリージョ       

4) 最近の書籍として、例えば、(Hearn & Myers, 2017)、(Engel, Zinecker, Mattheis, Dietze, & Plötze, 2017)。

(5)

ナリズムが問われる必要がある。近年の世界的な動きとの関連で、リージョナ リズムをどのようにとらえればよいのか。

2.歴史的プロセスの中で

(1)集合財としてのリージョナリズム

 1950 年代から 1960 年代初頭にかけて、リージョンとしての枠組み形成が相 次いだのを受け、欧米の学界を中心に国際的相互依存や地域統合理論に関す る関心が高まった5)。そのような時代の流れを受けて、リージョナリズムに ついても定義について議論されてきたが、「単なる国際社会ではない何か」以 上のところで統一した見解はいまだ見られていない。A. ハレルは、「社会的結 合(エスニシティ、人種、言語、宗教、文化、歴史、共通の伝統意識)、経済 的結合(貿易パターン、経済的補完関係)、政治的結合(政治体制、イデオロ ギー)、組織的結合(公式の地域制度の存在)の点からリージョナリズムが分 析される場合が多い」と指摘している(Hurrel, 1995)。リージョナリズムにつ いては、EU の単一市場へ至るヨーロッパの試みがあまりにも注目を集めてき たために、経済的結合ばかりが取り沙汰される。しかし、シェンゲン協定に伴 うヒトの自由移動や歴史的文化的背景による社会レベルの結びつき、あるいは ARF(ASEAN 地域フォーラム)や NATO(北大西洋条約機構)などリージョ ンとしての信頼醸成ないし安全保障協力が育まれてきたことを勘案すると、政 治的結合、社会的、組織的結合もリージョナリズムの礎たりえるという議論は 妥当である。なお、リージョナリズムは、実態に対する説明概念として使われ ることもあれば、国際関係をいかに組織化すべきかという規範概念として使わ れることもある。本稿では特に断りのない限り、説明概念としてのリージョナ        5)当時の地域統合理論については、たとえば、(Balassa, 1961)。

(6)

リズムについて理解を進めていく。  リージョンとして取り組む対象のアジェンダは、経済はもちろん、近年、開 発協力、環境、人の移動など様々な分野に広がりつつある。世界大での人の移 動に関する取り決めがない中で、シェンゲン協定がヨーロッパ独自のヒトの自 由移動に関わる取り決めとして展開されてきているように、あるアジェンダで 世界レベルでの枠組みがないことを補完する形でリージョンを創出するという ことがある。他方で、FTA(自由貿易協定)などの経済協定は、WTO(世界 貿易機関)など世界レベルでの枠組みがあるにもかかわらず締結されてきた。 なぜ世界レベルの枠組みがあるのに、リージョン・レベルの取り決めをしよう とするのか。そこには、国際社会における集合行為問題がある。集合行為問題 とは、集合財を提供する集団に参加する合理的で自立した個人が、合理的計算 を行うがゆえに、ただ乗りする事態が発生することである。国際社会での集合 行為問題では、個人というよりは国家や企業等が行うただ乗りが焦点となる。  コストを払わなくとも排除されず、他者が利用してもその効用は妨げられな いという特性を有するものを公共財と言い、灯台はその典型例とされる。国際 アリーナにおいて追求される平和、安定、自由貿易、クリーンな環境も同様の 特性を持っており、国際公共財と呼ばれる。公共財に関して問題となるのは、 誰が公共財を供給するコストを払い、誰がイニシアティブを取るのかというこ とである。公共政策に関する教科書的な説明では、自分でコストを払わずとも 利用できるならば、自分ではコストを払わずにすませ、公共財を利用する、い わゆる「ただ乗り」がおきる。みんなが損得勘定によってただ乗りをすれば、 公共財のコストを払う者がいなくなり公共財が供給されなくなる。これが集合 行為問題である。国内社会では、集合行為問題を回避するために、国家政府が 税金を国民から徴収して、すなわち全員に強制的に負担させて、国家が公共の 財やサービスを供給する。他方、国際的には覇権国が圧倒的なコストを引き受 けて公共財を生み出す国際制度を構築、維持し、運営のイニシアティブをとっ てきた。そして、いったん国際公共財を生み出す国際制度が実現すると、その

(7)

後覇権国が衰退したとしても国際制度自体は残り、維持されることを私たち は経験的に知っているし、理論的にもそのような説明がされたきた(Keohane 1984)。たとえば、GATT/WTO 体制が長年維持され、加盟国数を拡大し、協 力を深化させてきたプロセスを見るとよい。GATT 自体は米国のイニシアティ ブで生み出され、維持されてきたが、今日では、GATT/WTO 体制維持のコ ストを国際的に分担し、その恩恵に各国が預かろうとする形になっている。  このように国際制度は、集合行為問題を解決するメカニズムが埋め込まれて いるはずだが、参加する行為主体が多数の場合、決定が遅延したり玉虫色になっ たりコストを払わなかったりすることもしばしばある。それに対して、限定さ れた国々では、どの国がどの分野でどの程度合意できるのか、つまりどの程度 コスト負担をするのかが互いに明らかになりやすい。また、締結された協定に たとえ強制力がないとしても、具体的に顔の見える国家間で「仲間の圧力」(peer pressure)が働きやすい6)。仲間の圧力とは、特定のグループに所属する場合、 グループの仲間と歩調を合わせないことから生じる罪悪感、当惑、脅威などの ために自主的に仲間の行動に合わせるような行動をおこす作用を指す。自己の 利得を最大化するために、仲間と事前に合意した内容とは異なる行動をとろう とする誘惑は、個別具体の仲間の存在によって払拭される。さらに、リージョ ナリズムとして国家どうしで相互に期待が収斂するポイントが明確になること で、各国家は独自の政策形成や行動を確実なものとすることができることから も、限定された国々によるリージョナリズムをベースとした協調行動は評価を 受ける。  一方で、二国間あるいは三国間協定のように公共財創出に向けて協調行動を おこす行為主体の数が少なければ、限定的な公共財供給になってしまうので        6) APEC で合意された内容は法的拘束力がなく、各自が自主努力で達成することになって いるとして、その存在価値がしばしば問われてきたが、外務省からの聴き取りなどから 判断するに、仲間の圧力こそが APEC を動かしてきたと言えよう。

(8)

はないか、あるいはリージョンとしてアジェンダに対処するダイナミズムを 限定的なものにするのではないかという疑問も成り立つ。これについて S. ハ ガードによれば、リージョンを構成するグループのサイズは、リージョンに よって生み出される集合財の多寡とは関係しない。ハガードは、NAFTA の 例に明らかなように、リージョンの効果は参加する主体の数ではなく、参加主 体が相互にいかに意見を収斂させ一致して行動できるかが影響すると主張する (Haggard, 1997)。

(2)20 世紀のリージョナリズム・ブーム

 第二次世界大戦後から今日まで、リージョナリズム・ブームは三度訪れた。 1 回目は 1950-60 年代、2 回目は 1980-90 年代前半、3 回目は 1990 年代後半 から 2010 年代である。1 回目のブームの背景には、第二次世界大戦後の新し い世界秩序と冷戦のはじまりがある。国連やブレトンウッズ体制など世界レベ ルの国際制度が構築される一方、戦後の欧州をどうするのかというのが ECSC (欧州石炭鉄鋼共同体)を始めとする経済枠組みの端緒であった。また、冷戦 によって世界が 2 つに分断される中で、自由民主主義の地域秩序形成として出 てきたリージョナリズムが NATO であった。NATO 初代事務総長であったイ スメイ卿の「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑える」とい う言葉は、特定の共通目的の下に国家を超えて特定の構成員で結びつくことを 志向するリージョナリズムそのものを示している。安定した秩序という公共財 を供給するために、NATO では米国にかなりのコスト負担とイニシアティブ を負わせることになったが、それ以外は、構成国間でのコストを分担して、と もに裨益する体制であった。1 回目のブームでは、近隣の少数の国家群による リージョナリズムであり、共通する歴史や文化を有する構成員によるものだっ た。むしろ、そのような限られた構成国だったからこそ、安定した秩序という 公共財が供給可能だという確信を生み出したと言えるかもしれない。  2 回目のブームをもたらした背景は、1970 年代初頭まで遡る。第二次世界大

(9)

戦後、金とドルの交換を米国政府が保証することによって成り立っていた体制 を維持することが難しくなり、1971 年 8 月に金とドルの交換を停止して、米 ドルを基軸通貨とするそれまでの国際通貨制度は崩壊した。いわゆるニクソ ン・ショックと呼ばれるものである。同年 12 月に米国はドルを 10%切り下 げ、新たな固定相場制を立ち上げたが、1973 年 2 月にドルを再び切り下げた 後、翌 3 月に、主要通貨は変動相場制に移行した。通貨の相場が市場で決まる ことになり、国際的投機が可能となった。さらに時代が下って 1985 年 9 月に は、ドル高を是正することを目的として、先進 5 カ国蔵相・中央総裁会議で協 調して介入するという、プラザ合意がなされた結果、円高ドル安が進み、1987 年 2 月の先進 7 カ国蔵相会議では、今度はドル安の行き過ぎを是正するための 合意(ルーブル合意)がなされた。これらの出来事は、カネの国際移動を活発 化させるのと同時に、モノの国際移動も促進させた。プラザ合意に伴う円高ド ル安によって韓国や台湾などアジア諸国の輸出競争力が強化され、アジアの経 済成長は世界中から注目されるようになった。しかしそのことは、米国経済の 相対的低下や経済不均衡問題の断続的発生など、世界的に見れば経済的不安定 化をもたらすことにもなった。1990 年前後に冷戦が終焉して旧共産圏諸国の 市場経済化が進められたこともまた、それまでの世界経済秩序をドラスティッ クに改変するものであった。国際的に良好な貿易環境や投資環境という公共財 を供給、維持するために、新しい時代にコストをどのような形で負担していく のか。すでに GATT から WTO へ移行することは決まっていたが、GATT/ WTO での議論は何度も暗礁に乗り上げ、GATT/WTO の原則である自由、無 差別、多国間という公共財の維持について懸念される状況であった。ヨーロッ パ、北アメリカ、アジア太平洋を筆頭とするリージョナリズムは、いずれも良 好な国際経済環境という公共財を確実に創出するための枠組みと位置づけられ た。たとえば APEC では、成長と安定に帰する国際経済環境を実現するために、 アジアだけでなく、米国、豪州などを入れる必要があった。この第二のリージョ ナリズム・ブームで特徴的なのは、APEC に限らず、構成メンバーの数が比較

(10)

的多く、地理的範囲も広範囲にわたっていることであり、また政治的、経済的、 社会的多様性が顕著に見られることである。世界秩序の大転換がおきる中、求 められる国際公共財のリアリティの合わせた構成が選ばれたと言えよう。  国際公共財のリアリティという点では、この当時、オープン・リージョナ リズムという概念が出てきたことには留意されなければならない。オープン・ リージョナリズム自体に共通した定義は存在しないが、域外との断絶を特徴 とするクローズド・リージョナリズムと反対の概念とされ (Nesadurai, 2003)、 「多国間か、それとも二国間か」あるいは「グローバル化か、リージョンか」といっ た二項対立を解消する第三の道として知られてきた7)。クローズド・リージョ ナリズムの極端な形であるブロック経済はともかく、中か外かによって差別化 するリージョン特有の性格は、常に域外や世界全体の経済厚生を減じる方向に 傾く危険性と隣り合わせにある。オープン・リージョナリズムでは、公式の交 渉によって経済自由化を進めるのではなく、片務的に自主的に自由化を進める ことにより、域内外を問わず無条件にその恩恵を享受できる点で、リージョン が本来持つ排他性を回避できるとしている (Drysdale & Garnault, 1993)。ただ、 そうなると、域外の業者や国が、オープン・リージョナリズムによる自由化の 恩恵を自らの負担なしに享受できる──つまり、ただ乗りが可能になる。たと えばアジア太平洋地域でオープン・リージョナリズムが実現されると、EU で は農業輸出に関する補助金を残したままで、一方的に自由化されたアジア太平 洋市場に入り込めることになる。これについて R. ガーノーは、条件付きの最 恵国待遇を伴うことによって、域内にとっても域外にとっても Win-Win の関 係が実現できると主張した (Garnaut, 1996)。  APEC は設立当初、オープン・リージョナリズムをドクトリンとして主張 しており、オープン・リージョナリズムの具体形として知られてきた。そも        7) オープン・リージョナリズムと批判的に検討したものとして、(椛島,1999)。

(11)

そも 1980-90 年代のアジアでは、保護主義として悪評の高かった日本、韓国、 中国 3 ヶ国のまわりに、低賃金労働で製品や原材料を納入できる国々が存在し ていた。そのような環境の中で日本、そのあとに韓国の企業が通貨調整のあお りをうけて近隣諸国へのプラントを次々に移転させる過程において、日中韓を 含むアジア諸国が一方的に自由化を進めることが、自国ならびに他国の利得を 高め、結果的にアジア太平洋地域経済の底上げにつながることを体験した。ア ジアでは、生産に関わる域内貿易の割合がそれほど高くなく、域外にもかなり 頼っていたことから、域外からのただ乗りの危険があるとしても、一方的に経 済自由化を進めて域外との輸出入を拡大させることに躊躇はなかったと言えよ う8)

(3)経済危機と 21 世紀のリージョナリズム・ブーム

 リージョナリズムの 3 回目のブームは、WTO が頓挫する危惧と経済危機に よってもたらされた。1995 年に設立された WTO は 1999 年のシアトル閣僚会 議で新ラウンドの立ち上げに失敗し、またドーハ・ラウンドが立ち上がった後 も、加盟国間で決裂するなど先行きが危ぶまれた。一方、1994 年にメキシコ 金融危機、1997-98 年にタイ、インドネシア、韓国などアジア諸国で金融危機、 1998 年にロシア金融危機、1999 年にブラジル金融危機など経済危機が相次い だ。        8) しかし 1997 年のアジア経済危機後、アジア太平洋地域の成長エンジンであった東南アジ アの多くの国が自国経済を守ることに注力し、排他的な動きが出てきた頃から、オープン・ リージョナリズムという言葉は、説明概念としても規範概念としてもほとんど聞かれな くなった。なお、日本政府は小泉政権下で唱道された東アジア共同体構築の基本的立場 の 1 つにオープン・リージョナリズム(開かれた地域主義)を掲げ、小泉政権後もしば らく外務省資料等にオープン・リージョナリズムを明示していた。2006 年外務省資料「東 アジア共同体と東アジア首脳会議」   https://www.mlit.go.jp/singikai/kokudosin/keikaku/16/08.pdf(2018 年 9 月 9 日参照)。

(12)

 リージョナリズムはいかにして創出されるのかについては、次の 2 つに類型 化される。政策的意図とは関係ない企業、市民レベルの経済的、社会的相互作 用が国家政府群の主導するリージョナリズムに先行する場合と、政府間での合 意後に実態としての経済、社会交流が生じる場合である9)。それに加えて近年 では、危機、特に経済危機がリージョナリズムの原動力になることについて指 摘されており、3 回目のブームはまさにそれが当てはまる。  1990 年代前半、ア ジ ア 太平洋地域 の 代表的 な リージョナ リ ズ ム で あ る APEC は、その展開が注目されていたが、次第に瀕死の状態と揶揄され、アジ ア太平洋地域の国境を超えた枠組み自体の可能性が疑問視されるようになり、 アジア太平洋全体や域外に対してのアジア太平洋といったリージョナリズムの 基盤そのものの正統性も揺らいでいた。そのような折に発生した 1997-98 年 のアジア金融危機によって、日本、中国、韓国などがグローバル化に対応する 政策を仕切り直す中で、再びこの地域にリージョナリズムの波が起こることに なった (Pempel, 2008)。アジア金融危機は直接的にはタイの通貨バーツの暴落、 さらにインドネシアや韓国をはじめとしてアジア諸国に深刻な影響をもたらし たが、この危機に直面して救済融資を求めた国々に与えられた、国際通貨基金 (IMF)による条件付きの支援パッケージは、経済危機をさらに悪化させ、結 果的に受け取り国側に不満が高まった。日本は IMF がタイに支援した金額と 同額の 40 億ドルを供与するとともに、アジア諸国に呼びかけて二国間支援パッ ケージを実現させた。この金融協力の延長線上で日本が提案したアジア通貨基 金構想は米国や中国の反対に遭って実現しなかったが、その後、各国間の通貨 スワップであるチェンマイ・イニシアティブが 2000 年に合意され、日本主導        9) ハレルは地域化(regionalization)を「政策的意図がなくても進行する社会的、経済的相 互作用」であり、「より高度の経済的相互依存につながるような自立的経済プロセス」と 説明する (Hurrel, 1995)。その意味でアジアでの実務レベルでの経済交流の緊密化は、地 域化の例と言える。地域化とリージョナリズムとの関係については (椛島, 2000)がある。

(13)

によるアジア地域独自の金融協力に関心が集まることとなった。この時期欧州 では、通貨統合の第二段階目であるマクロ経済政策に関する協調強化の最終局 面に入ったのに続き、1999 年 1 月からは第三段階目として 11 カ国で単一通貨 ユーロが導入されることになっていた。アジアでは、通貨統合とはいかないま でも、政府間の通貨協力へ向けた一歩を踏み出すのに十分な環境にあった。そ の後、2008 年にリーマン・ショックがおきると、チェンマイ・イニシアティ ブを二国間からマルチ化へ発展させることについて検討を加速させ、2009 年 5 月の ASEAN+3 財務省会議でチェンマイ・イニシアティブは 1200 億ドルに 規模を拡大させるとともに完全なマルチ化へ移行することになった10)。対外 支払いに困難を来すような状態に直面した際にそれを乗り切ることを可能とす る公共財として、チェンマイ・イニシアティブは確実なものになりつつあり、 2018 年 9 月現在、ASEAN+3 の合計 13 カ国がそれぞれの負担に基づいて参加 している。  一方、アジア金融危機後、貿易面でのリージョナリズムにも新しい動きが見 られるようになった。前述したとおり、オープン・リージョナリズムを掲げて いた APEC においては、域内外に無差別かつ自発的な自由化が合意されつつ も、その実効性について内外から疑問視されていたが、アジア金融危機のため にアジア諸国の多くは自国経済を回復、維持することに専心し、経済自由化 を後回しにする雰囲気が高まった。ASEAN 諸国と緊密な経済関係を構築して 成長してきたシンガポールは、APEC での早期自主的分野別自由化(EVSL) の失敗からくる経済自由化停滞の兆しも相俟って、WTO 等多国間協力を待 つのではなく、二国間経済協定を積極的に締結する方向へ舵を切る決断をし、 日本やニュージーランドなどとの二国間経済協定締結へ歩みを進めはじめる        10) チェンマイ・イニシアティブのマルチ化に合意しつつもさらに協議を続けていく姿勢を 共同声明で示したことで、ASEAN+3 のメンバー国のみならず国際社会に金融リージョ ナリズムの存在が一過性のものではないことを明示した (Amyx, 2008)。

(14)

(Dent, 2006)。シンガポールは、自由化による経済成長という公共財を確実な ものとするために、二者間での合意と履行という、目に見える関係を選んだの であった。このシンガポールの動きは近隣諸国に影響を与え、とりわけ日本、 中国、韓国などは経済自由化を含む通商政策、二国間協定に積極的になっていっ た11)。しかし、日本、中国、韓国は、国内市場の開放というコスト負担がリー ジョン全体としての公共財を供給する一方、公共財供給のコストが公共財から 得られる利得を上回ることを危惧した。日本がこれまでアジア諸国と結んでき た二国間の経済連携協定は、まさに公共財供給に関する計算の結果であり、コ スト負担の大きい貿易の自由化を正面に出すような合意を避けるものとして位 置づけられる。そもそも「アジア太平洋」と言いつつも、内実は特に自由化を めぐってアジアと欧米との意見の齟齬が各所で見られていた。アジア金融危機 によってその二極分裂が明白になったことで、日本がよりアジア側の主張に加 担するとともに、APEC よりもずっと小さな二国間などの枠組みで、そして自 国の負担をより小さくする形で、貿易リージョナリズムを選択するようになっ たのであった(Ravenhill, 2009)。  ここまで、世界的な構造変動や新たな問題に直面する中で、国際公共財を供 給する手段としてリージョナリズムが選択されてきたことを見てきた。アジア では、APEC、TPP、RCEP(東アジア地域包括経済連携)、一帯一路構想など が外交の一角を占めている。かつて国家を超える枠組みとして注目された欧州 では、英国の離脱交渉ばかりが注目されるが、他方でデジタル単一市場に向け た規格等の統合のように深化している部分もある。北米では NAFTA に代わ る協定である USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定= NAFTA 新協定)に おいて、市場アクセス以外にもデジタル経済、特許、金融サービス、労働、環 境、知的財産権などのルールの共通化へ向けた模索が進められている。今日、        11) アジア金融危機は貿易面にも若干の原因があったために、危機を教訓に、アジアでは生 産ネットワークも変化した(Ravenhill, 2008)。

(15)

リージョナリズムの実態は国際貿易の理論に正統性を置いてきた経済の自由化 に限られず、もはや、30 年前の状況とは大きく異なっていることは明らかだ。 しかしなぜ、今、リージョナリズムなのか。リージョナリズムにどこか新しい ところはあるのか。

3.何が新しいのか

(1)今日のリージョナリズム

 TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)では、 米国が入っていた 12 ケ国体制の TPP と同様、モノ、サービス、投資の自由化 を進めるとともに、知的財産権、電子商取引、金融サービス等のルールの共通 化を図ってビジネスをやりやすくし、経済成長を実現させるという公共財の供 給が期待されている。TPP11 及び TPP の由来を辿ると、そもそもは APEC の 理念の中に含まれつつも、APEC では短期間に合意や実施が難しい部分── アジア太平洋地域における自由と責任に基づく競争及び市場原理──を実現す ることにあった12)。APEC では、特定の分野に限っても、結局経済自由化を 実現できてこなかった。合意の非拘束性や内政不干渉の原則が APEC 発足以 来、前提となってきたからである。そのことに不満を持ち、拘束力のある枠組 みで市場原理による自由競争の環境を用意しようとしたのが米国が離脱する前 の TPP そして TPP11 であった。  2018 年 1 月、東京で行われた、TPP11 の高級事務レベル会合では、協定本        12) 1990 年代後半のアジア金融危機、APEC での早期自主的分野別自由化の失敗、WTO で の不透明感から、S. バーシェフスキー米国通商代表部長官が APEC の中でも自由化に積 極的なニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、チリに呼びかけ APEC の内 部グループとして P5(Pacific 5)を作ろうとしたことに端を発する。詳しくは、(椛島 , 2013)参照。

(16)

文及び締結項目を確定させた。後日シンガポールの貿易産業大臣は日刊紙ス トレーツ・タイムズのインタビューに対し、高級事務レベル会合での合意が 「TPP11 諸国の貿易自由化のさらなる拡大と地域統合への集団的コミットメン トを再確認するものであった」と振り返っている13)。このことの現れとして、 2018 年 3 月に米国を除く TPP11 カ国が署名した TPP11 では、前文において、 「開放された市場を維持」したり、「地域における貿易の自由化及び投資の促進」 を進めたりすることへの強い意思が示されている14)。もともとの TPP から米 国が離脱したとは言え、自由な通商と投資のトーンは少しも変わらず、自由で 開かれたビジネス環境を確実にする公共財創出に 11 カ国が合意し、市場経済 による競争の下地を完成させたのであった。  一方で TPP11 では、12 カ国で合意したときと同じく、非関税障壁について 何をどこまで規制し、どのような基準にそろえていくかということも交渉の重 要な論点とされてきた。先進国と新興国、途上国の間で認識にギャップのある 労働や環境に関する規制のほか、金融サービス、知的財産権、電子商取引、電 気通信、政府調達などにおいて、メンバー国の中で一部留保される部分がある としても、一定のルールの共通化により、ビジネス活性化につなげていくこと が目標とされてきている。  TPP11 において共通ルール、共通規制の合意が求められるのは、グローバ ル競争の中で、自国あるいは自らのリージョンの産業に有利な基準や標準を採 用することで、国際標準の選択や交渉過程で影響力を及ぼそうという意図があ るためだ。たとえば、自動車のように工業製品としての規格や基準は民間レベ ルで国際標準が定められてはきていても、自動車の安全や環境の国際的な統一       

13) The Straits Times, Jan 23, 2018, web version. https://www.straitstimes.com/asia/east-asia/ tpp-11-deal-a-major-boost-to-pacific-rim-economies(2018 年 10 月 10 日参照)

14) TPP11 の 協定文 の 日本語訳 に つ い て は、下記 を 参照。https://www.cas.go.jp/jp/tpp/ naiyou/pdf/text_yakubun_tpp11/text_yakubun_tpp11.pdf(2018 年 10 月 10 日参照)

(17)

化や相互認証は、国際的なフォーラムにおいて政府間で合意することが必要と なってくる。民間レベルでの規格の共通化と政府レベルでの規制の国際標準化 は、まさに車の両輪として動いてきているのである。  欧州では官民一体となって欧州標準化を確立させ、さらに国際標準化を推進 して国際市場のシェアを高める政策がとられてきた(石川,2000)。また、米 国は IEC(国際電気標準化会議)や ISO(国際標準機構)への関与を強めた り、国際標準化機関の相対化を図ったりして、米国の規格を国際標準化へ格上 げしようとしている(吉田,2015)。国際標準化については、中国も意欲的だ。 2016 年、中国は IEC や ISO に議長、副議長を次々と送り込み、新たに 4 つの ISO 技術機関で中国が事務局を務めることになった。中国政府は、中国の企業 や研究機関にも国際標準化へ参加することを促し、国際市場のシェア獲得に積 極的になっている。2017 年 12 月、浙江省烏鎮で開かれた第 4 回世界インター ネット会議で、中国はデジタル・シルクロード構想を発表し、電子商取引や 電子決済での中国基準をアジア標準化にさらには国際標準化へともっていこ うとする方針を明らかにした。これは、中国の技術を世界展開するためのデ ジタル・インフラを輸出するという、一帯一路構想の 1 つの具体的政策の表 明であった15)  このように、国際標準化につながるような規格、基準をリージョン・レベル で協力して創り共有していくという意味で、今、各地で「共創のリージョナリ ズム」が起こりつつある。特に欧州は、研究開発から協働して行う体制を数十 年積み重ねてきた上で、規格、規制の共通化体制を推進しているという点で、 「共創のリージョナリズム」の先頭を走ってきたと言ってよいかもしれない。 他方、「共創のリージョナリズム」は、「競争のリージョナリズム」としての性 質をあわせて持っている。これまでもリージョナリズムを通して関税障壁を削        15) http://www.abc.net.au/news/2017-12-05/china-presents-foundations-of-digital-silk-road-at-internet-meet/9223710 (2018 年 10 月 10 日参照)

(18)

減、撤廃し、競争原理を導入するなど、「競争のリージョナリズム」は存在し てきた。これに加えて今日では、国際競争で優位な立場に身を置くためにリー ジョン・レベルで協力をするという意味で、まさに「競争のための協力」が進 み(椛島,2013)、「競争のリージョナリズム」が現れてきている。リージョン としての基準を統一化し、さらにそれを国際標準化へ格上げしようとする形で の「競争」の動きは、現代リージョナリズムの特徴の 1 つであると言えよう。 そもそもリージョナリズムの役割の中には、自己の利得を最大化するような行 動に走りがちな国家群を、リージョンでの自由化やルールの共通化によって制 御するというリベラリズム的社会の構築があった16)。しかし今日のリージョ ナリズムでは、共通化されたルールを国際標準化することを通して世界での市 場競争に勝ち、自国あるいは自らのリージョンの利得を拡大させるリアリズム 的意図が世界各地で見られる。共創、協調の側面に焦点を向けられがちだった リージョナリズムの、その先に、競争があるという見方は現代の国際関係を見 る上で重要な視角と言ってよいかもしれない。

(2)国際化、グローバル化、リージョナリズム

 20 世紀の後半、とりわけ 1970 年代のドル危機と石油危機を経験して国際化 という概念が広く使われるようになり、冷戦の終結する 1990 年前後からはグ ローバル化という言葉もたびたび登場するようになった。国際化とグローバル 化は同じ意味で使われることもあるが、それらの決定的な違いとして、国際化 では国家を基礎的な行為主体と見るのに対し、グローバル化では国家だけでは なく、非国家主体も行為主体とした視角を前提とする。ただ、国際化とグロー バル化の違いはそれだけにとどまらないことから、ここで国際化とグローバル        16) その意味で、リージョナリズムは国際レジームと重なる部分がある。国際レジームは、 それによる行為主体への制御に着目するのに対し、リージョナリズムは国際環境の構造 変動をめぐる利害に関心を置く。

(19)

化の構造の違いをあらためて確認してみよう。  経済的に相互に結びつきを強める結果、ある国家が経済目標を達成する際 に、他国が採る政策や方針による影響を考えざるを得なくなっている国際的相 互依存の状況を考えてみよう。国際的相互依存は、ドル危機、石油危機による 世界的な構造転換に加え、通商問題が政治化する状況が生じるにつれて議論さ れるようになった。R. コヘインと J. ナイによれば、世界政治における相互依 存とは、「国家間あるいは異なる国家に属する行為者の間の相互作用によって 特徴づけられる状況」と定義される(Keohane & Nye, 1977)。ここで相互依存 は、力関係が相互に均衡する水平的な関係だけではなく、力関係に差があった り一方に依存しすぎたりするような垂直的、非対称的関係も含まれ、むしろ現 実の国際社会では非対称的な相互依存関係が少なくないことに留意しなければ ならない。コヘインとナイは、非対称的な相互依存関係がパワーの源泉となり 得る状況を指摘した (Keohane & Nye, 2011)。国家はいずれも等しく国境と領 域によって規定されているにもかかわらず、ときに非対称的な相互依存関係の 中で、政策決定を余儀なくされる。国家はそもそも、同一の通貨でマクロ経済 政策を自ら支配できる経済主権など、内政と外交において最高権威を持つ国家 主権の構造を確固として備えていたはずだった。しかし、その構造が非対称的 な相互依存関係の中で揺さぶられ、国家の所期の目的や国家独自の判断を貫く ことが難しくなり、国家のあり方の転換が求められることを意味する国際化の 波に翻弄されがちになった。あらゆる事件や出来事が不均等な形で世界中に拡 散し、各国の国内事情に影響を与えることは珍しくなくなったし、プラザ合意 のように、国家の専権事項とされてきたマクロ経済政策を国際的に調整する場 面は、それ以前の時代よりも格段に多くなった。規制緩和などを含め、国内制 度の改革や変更が促されるようになり、また国際協調に向けた国際交渉過程を 経る中で国内制度を動かしがたい場合には、一部特例を認めてでも国際協調を 実現すべきとするなど、国際化による政治的結果が次々と現れるようになった (Katzenstein, 2005)。

(20)

 それではグローバル化についてはどうか。グローバル化が、モノ、サービス、 カネ、ヒトの脱国境的動きと、技術革新とを両輪として促進されるものである と理解されるならば、『80 日間世界一周』が発表された 19 世紀にも、20 世紀 後半に航空旅客輸送が一般的になったときにも、そこではグローバル化なるも のがおこっていたと言ってよい。今日のグローバル化は一般に 1990 年前後か らの現象とされるが、かつてのグローバル化と一線を画すのは、サイバー空間 をはじめとする技術革新が領域的境界や社会的境界の脱境界化と再境界化をも たらすとともに、行為主体間のフラット化と分断が同時におこってきたところ にある。インターネットの普及によって、世界大で人々がつながり、情報が瞬 時に拡散することが可能になったことで、経済活動や社会活動が既存の境界 ──国境、民族間の境界、性的境界、社会的地位の境界など──を越え、とも すると境界が移動したり曖昧になったり新たな意味づけが行われたりする時代 に入っている。かつて国家政府が集中的に持っていた情報と権限は、EU のよ うな地域制度、自治体、民間企業などにそれぞれ拡散されていることも指摘で きよう(藪野,2002)。現代のグローバル化の結果、例えば情報を共有するこ とで社会のフラット化が進められる一方、階層をはじめ、あらゆる点で社会分 断が深刻化しつつある。  リージョナリズムは、これら国際化とグローバル化の 2 つが影響している。 今日のグローバル化に関わるほとんどの問題に対して、1 つの国家で対処する のは困難であり、また影響を受ける一定の地理的社会的範囲にちょうど合致 するような政策を、国家としては採りにくいこともしばしば指摘されてきた。 国家以上、あるいは国家未満のことに対してどのように対応すべきなのか17) このような領域的、社会的境界に関わる動向、変化に対応するものとして出て きたのが、リージョナリズムであった。        17) 1990 年代にローカル・イニシアティブが唱えられるようになったことも、このことと無 縁ではない(藪野,1995)。

(21)

 欧州では、欧州統合初期の構想者たちが主権を制限するようなリージョナリ ズムを想定していたこともあり、欧州統合による国家主権の喪失を懸念する声 もそれなりにあったが、21 世紀になるころから、国家主権の喪失や移譲といっ たことに対する反発は弱まった。国家主権が欧州統合によって喪失するかどう かという以前に、世界的な経済交流の高まりやその他のグローバル化に伴う問 題によって国家主権が危うい状況に陥っており、主権を回復する手段として リージョナリズムが認識されるようになったからである。EU では公式文書等 において、主権の共同管理や共同保有というメタファーを採用し、「共同体の 脱政治化」を図る形でのリージョナリズムへと進化を遂げることになった(押 村,2012)。グローバル経済の中で国家主権を回復するという公共財を供給す るにあたって、ヨーロッパの求心力を伴った共同体が求められるが、主権の委 譲を伴う共同体型のリージョナリズムでは本末転倒となる。「共同体の脱政治 化」は、ヨーロッパが求める国際公共財を供給するために必要な形であった。  他方アジアでは、多くの国々が長らく植民地として支配され、戦後独立した 経験を持つことから、主権の共同管理や共同保有といった欧州のスタンスとは 一線を画した。アジアでは、グローバル化を経済主権の強化と弱体化の両方の 可能性をはらむ挑戦ととらえ、経済主権の弱体化を避けるために、政治問題と は切り離した形のリージョナリズムを構築してきている。APEC 創出の際も、 政治問題を持ち込まないという整理で ASEAN 等新興国、途上国を納得させ た。機能的協力と機能的整備というのが、アジアのリージョナリズムの基本姿 勢と言えるかもしれない。アジアの場合は、安定した地域秩序という公共財供 給において、徹底してリージョナリズムを市場原理や機能主義に限定し、政治 分野と隔絶する道、「市場の脱政治化」を選んできたのだった。  こうして国家以上、あるいは国家未満の対応が求められる中、単純化して言 えば、欧州では「共同体の脱政治化」、アジアでは「市場の脱政治化」の方向でリー ジョナリズムが構築、維持されてきた(押村,2012)。但し、「共同体の脱政治 化」のディスコースは、主に EU 構成国の政治エリートや EU 本部のエリート

(22)

に、「市場の脱政治化」のディスコースは各国の政治エリートやビジネス界に 負われてきたことに留意しなければならない。つまり、リージョナリズムを成 り立たせる上で重要な「脱政治化」のディスコースが、市民の頭越しに正当化 されてきた。その視点からすると、2016 年のイギリスでの国民投票で EU 離 脱派が過半数に至ったことは、「脱政治化」のディスコース空間に市民不在で あったことの現れとも見ることができよう。また、米国が関わるリージョナリ ズムでは、欧州やアジアの文脈とは多少異なるが、NAFTA や TPP 等地域貿 易協定に関して共和党政権、民主党政権を問わず市民の頭越しに政策展開され てきたという不満が、D. トランプを第 45 代米国大統領に就任させたと言える かもしれない。国家の排他的権限について揺さぶりをかけられている中で、社 会のフラット化と分断が進行し、他方で市民の頭越しのリージョナリズムが展 開されてきたとすれば、政治、経済エリートと市民との間の分断と、市民間の 分断の 2 つの分断を生じさせていることになる。  それに対して、皮肉にも、政治経済空間での市民不在を常態とする国が集中 するアジアでは、「市場の脱政治化」によるリージョナリズムが活発になって いる。政治的要素が経済交流を阻害しないよう、政治と経済を切り離した形の 一帯一路構想や TPP が具体化で加速し始めてきた。非対称な相互依存関係の 国際環境のもとで、政治、経済エリートと市民との間の分断と、市民間の分断 の 2 つの分断がおきていていることは、アジアにおいても欧州やアメリカの状 況とそう変わらない。それにもかかわらず、その構造を抱え込んだまま、グロー バル化が見せる社会のフラット化の部分と国際公共財供給に向けた政府の「適 切な」対応を政府サイドが強調することによって、一帯一路構想や TPP を確 固たるものとしてきていると見ることができる。

4.結びにかえて

 今日、リージョナリズムの 1 つの例である地域貿易協定の量的拡大が広く知

(23)

られる中、リージョナリズムが国際公共財を供給する枠組みとして新たな世界 構造の構築に向け、質的な転換を見せてきていることを本稿では概観した。20 世紀に起こった 2 回のリージョナリズム・ブームに関し、第 1 ブームにおいて は近隣の少数の国家群、第 2 ブームにおいては政治的、経済的、社会的多様性 がある国家、地域によって、安定した秩序や国際的に良好な貿易、投資環境と いう公共財を供給することが目的とされ、展開された。他方近年では、第 1、 第 2 のリージョナリズムと同様の公共財供給の意図も見られつつ、平時のみな らず危機等緊急時での公共財、さらに現在の国際関係の構造を転換していく ような公共財の供給に意欲的な動きが散見される。特に、グローバルな経済活 動が進行する中で国際標準化の争いが顕著になるにつれて、自国や自らのリー ジョンでの規格、基準、ルールを国際標準へ昇格させようと、「共創」し、か つ「競争」していく傾向は強まっていると言ってよい。  このように、多くのリージョナリズムは 21 世紀の今日、通貨、金融、国内 規制という分野に大きく入り込んできている。リージョナリズムによる、これ らの分野での国際公共財の供給は、国家の有してきた主権の領域に抵触する場 合が多く、国家主権との葛藤が予想される。しかし、欧州では「共同体の脱政 治化」、アジアでは「市場の脱政治化」というディスコースを用いることで克 服してきた経緯もあり、規格、基準、ルールの共通化での主権論争はそれほど 高まらないかもしれない。ただ、市民不在での「共同体の脱政治化」、「市場の 脱政治化」が、今後リージョナリズムの政策設計者の予想を超えた反応を導き 出すことになる可能性は否定できない。  欧州の試みがリージョナリズムのモデルというわけではなく、またリージョ ナリズムが単線的発展をしないことも既に明らかだ。アジアを中心に近年の リージョナリズムをわずかばかり振り返った本稿での議論は、実態と理論の両 面でさらに補完される必要があり、世界各地でおこっているリージョナリズム をミクロ的に丹念に見ていく作業は今後も続けられなければならない。その中 で、リージョナリズムが何に影響され、またリージョナリズムを通してどのよ

(24)

うな秩序構築を指向しているのか、あるいはリージョナリズムが既成概念や既 存の境界にどのように作用しているのかについて、引き続き問われつづける必 要がある。

〈参考文献〉

Amyx, Jennifer. (2008). “Regional Financial Cooperation in East Asia since the Fincancial Crisis” in A. MaCIntyre, T. Pempel, and J. Ravenhill (eds.), Crisis as Catalyst: Asia’s

Dynamic Political Economy. Ithaca: Cornell University Press.

Balassa, Bela. (1961). The Theory of Economic Integration. Illinois: Irwin.

Dent, Christopher (2006). New Trade Agreements in the Asia-Pacific. Hampshire and New York: Palgrave Macmillan.

Drysdale, Peter and Garnault, Ross (1993). “The Pacific: An Appliciation of a General Theory of Economic Integration” in F. Bergsten (ed.), Pacific Dynamism and the International

Economic System, Washington D.C.: Institute for International Economics.

Engel, Ulf., Zinecker, Heidrun, Mattheis, Frank, Dietze, Dietze, Antje, and Plötze, Thomas (2017). The New Politics of Regionalism: Perspectives from Africa, Latin America and Asia-Pacific.

Oxon and New York: Routledge.

Garnaut, Ross. (1996). Open Regionalism and Trade Liberalization: an Asia-Pacific Contribution to the

World Trade System. Singapore: Institute of Southeast Asian Studies.

Haggard, Stephen. (1997). “The Political Economy of Regionalism in Asia and the Americas” in Mansfield, E. and Milner, H (eds.), The Political Economy of Regionalism. New York: Columbia University Press.

Hearn, Adrian and Myers, Margaret. (2017). The Changing Currents of Transpacific Integration:

China, the TPP, and Beyond. Colorado and London: Lynne Rienner Publishers, Inc.

Hurrel, Andrew. (1995). “Regionalism in Theoretical Perspective” in Fawcett, L and Hurrell (eds.), A. Regionalism in World Politics: Regional Organization and International Order. Oxford:

Oxford University Press.

Katzenstein, Peter. (2005). A World of Regions: Asia and Europe in the American Imperium. Ithaca: Cornell University Press.

Keohane, Robert (1984). After Hegemony: Cooperation and Discord in the World Political Economy. N.J.: Princeton University Press.

Keohane, Robert and Nye, Joseph (2011). Power and Interdependence. New York and London: Longman.

(25)

Longman.

Mearsheimer, John. (2001). The Tragedy of Great Power Politics. New York and London: W.W. Norton & Company Inc.

Nesadurai, Helen. (2003). Globalisation, Domestic Politics and Regionalism: The ASEAN Free Trade

Area. London: Routledge.

Pempel, T.J. (2008). “Restructuring Regional Ties”. In A. MaCIntyre, T. Pempel, & J. Ravenhill, Crisis as Catalyst: Asia’s Dynamic Political Economy (pp. 164-180). Ithaca: Cornell University Press.

Ravenhill, John. (2008). “Trading out of Crisis” in A. MaCIntyre, T. Pempel, and J. Ravenhill (eds.), Crisis as Catalyst. Ithaca: Cornell University Press.

Ravenhill, John. (2009). “East Asian Regionalism: Much Ado about Nothing” Review of

International Studies (35), pp.215-235.

Snyder, Glenn. (1997). Alliance Politics. Ithaca: Cornell University Press.

石川誠(2000)「国際標準の獲得と標準化政策」『国際公共政策研究』第 5 巻第 1 号、23-37 頁。 大庭三枝(2000)「「境界国家」と「地域」の時空論─日豪の地域アイデンティティ模索とア ジア太平洋地域の創出─」『レヴァイアサン』第 26 巻、99-131 頁。 押村高(2012)「地域統合と主権ディスコース」山本吉宣、羽場久美子、押村高(編著)『国 際政治から考える東アジア共同体』ミネルヴァ書房、62-80 頁。 椛島洋美 (1999)「ポスト冷戦期における国際統合理論の視点─オープン・リージョナリズム の批判的検討─」『政治研究』第 46 号、83-128 頁。 椛島洋美(2000)「グローバライゼーションと地域秩序形成─アジア太平洋の地域形成が持 つ意味」『政治研究』第 47 号、85-110 頁。 椛島洋美(2013)「TPP ─競争のための協力─」『横浜国際経済法学』第 21 巻第 3 号、135-161 頁。 椛島洋美(2017)「国際レジームからプライベート・ガヴァナンスへ─海洋空間をめぐって─」 『横浜法学』第 26 巻第 2 号、1-23 頁。 星野三喜夫(2011)「「開かれた地域主義」と環太平洋連帯構想」『新潟産業大学経済学部紀要』 第 39 巻、27-43 頁。 藪野祐三(1995)『ローカル・イニシアティブ─国境を超える試み─』中央公論社。 藪野祐三(2002)「アジア太平洋時代の分権」藪野祐三編『アジア太平洋時代の分権』九州 大学出版会、3-28 頁。 吉田直未(2015)「国際制度の競争歪曲効果─日本企業の技術力と国際標準化制度─」『国際 政治』第 179 号、96-110 頁。 本研究は、JSPS 科研費 15K03314 の助成を受けて行われたものである。

参照

関連したドキュメント

自由主義の使命感による武力干渉発想全体がもはや米国内のみならず,国際社会にも説得力を失った

存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ

これは基礎論的研究に端を発しつつ、計算機科学寄りの論理学の中で発展してきたもので ある。広義の構成主義者は、哲学思想や基礎論的な立場に縛られず、それどころかいわゆ

したがって,一般的に請求項に係る発明の進歩性を 論じる際には,

子どもたちは、全5回のプログラムで学習したこと を思い出しながら、 「昔の人は霧ヶ峰に何をしにきてい

非正社員の正社員化については、 いずれの就業形態でも 「考えていない」 とする事業所が最も多い。 一 方、 「契約社員」

フィルマは独立した法人格としての諸権限をもたないが︑外国貿易企業の委

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな