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歴史心理学の現実的問題

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Academic year: 2021

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(1)歴史心理学の現実野間題 島. 宮 ActuralProblem. The. 肇. of. Historical. Psychology. MIYAJIMA*. Hajime. StTM班ARY In. this. l intend. treatise. Is it really possible In conclusion, Ifind cultural. interest,. or. to. for that. rise. to. some. suggest. the. to. answers. to. bistorial. psychology the historicalpsychology a. theory. so・called. the make. followi喝qtleStion: kind. a. of science? ′. must. of. action,. have. the. in order. more. to. actual・ a. make. social-. kiⅢd of. SClenCe.. Contents Preface l.. Theory. 2.. Sterility. 3.. Social. 4.. Possibility. of. iI一terpretation. of historical. psychology. or. or. theory. psychology historical. of making. of the. of action? the bermeneutical. standpoint・. and. psychology?. historical. 目. psychology. as. a. kind. of. science・. 次. 序 1.解釈の理論か,あるいほ行為の理論か 2.歴史心理学の不毛と解釈学的立場 3.社会心理学か歴史心理学か一現実的社会的関心の問題 4.歴史心理学の学としての成立の可能性 序. かねて,文化の琴静や歴史の理論について,関心をもって勉強してきた学徒の一人とし て,私は文化心理学や歴史心理学が一つの体系的な理論として構想されることができた ら,歴史学や社会科学の学問領域にも益することが少なくないだろうと,日頃考えてき た。特に,歴史心理学については,二,三の日本古代史や中世史の専攻の学者たちから ち,歴史に関する'b理学といったものが構想されるとすればたいへん有効であるという意 見のあることを聞き,心ひそかにそのことの可能性や目的や方法について,自分なりの考 え方をまとめてみたいと考えているところであったoた宮た部毘を得て,近年出た文化心 理学や歴史心理学の書物を二,三ひもどく機会を得たので詮1,それらに啓発されて,歴史 註1. Barbu:. Problems. of Historical. 196芦年,等. *哲学教室(°ept.. of. Pbilosopby). Psycbology・. 1960・および築島謙三『文化心理学基礎給』.

(2) 2. 宮. 島. 肇. 心理学の可能性についてかねて考えていたことを,覚え書き的に整理してみようという気 になったoいわば私流の歴史心理学の可能性についての覚え書ともいうべきものである。 1 A. 解釈の理論か,あるいは行為の理論か. 「しかし,幸にも,人塀にとっては,過去は跡形もなく死滅してしまうものではな. いoよし人糞酌ま過去をまったく忘れてしまうことがあっても,必ずそれを自分のうちに保 存しているものであるoおのおのの時代の人撰のおのずからなる姿は,必ずや過去の諸時. 代の所産と要約とにほかならないからであるo人塀は自分の霊魂のうちに深く沈潜してゆ くならば,過去の各時代がそこに残したところにしたがって,それらの時代を再発見し, 識別することができるであろう.」. (クーランジュ, 『古代都市』(1864年),. 「緒言」o田辺訳本,. 43貢). 「マキヤヴュリによれば,人間は必ずしも生れつきの悪人ではない。. B. -・しかしな. がら彼はあらゆる所で,次のことだ桝ま,即ち人間は,それに対する障害さえなければ, 自然的欲望からずるずると藩行へすべり込む傾向をもっているものであること,換言すれ ば,動物性,衝動,情念が人間性の中核であり,就中,愛と恐怖とがその中核であるとい うことだ桝ま,主張したいようである.」. ・(ディルタイ,. 「15,. 16世紀における人間の把握と分. 析」 (1891年). 「さて歴史は元来,応用心理学に過ぎない。従って,理論的心理学が歴史の内面的. C. 理解に手引を与うべきことは自明である。実際この意味で心理学は既にしばしば精神科学 の,特に歴史学の力学とよばれたのであった。 -・このような状態は,漸次社会心理的方 向へ発展してきた歴史学にとっても都合がよかったo今や歴史学が史的変遷の基礎的な深 みに突入してゆくと,それには既に心理学が下準備をしていてくれたことをわれわれほ見 出す。そうしてもし歴史学が自らの諸種の発見を発表するに当って,それをより一層一般 的に通用せしめるに最も適しい形式をもってしようとするならば,歴史学はほとんど何の 困難もなしに,個人心理学の業績を主導音としてそれに追従してよいわけである。」 ブレヒト,. D. 『近代歴史学』(1904年)第1章宮島肇訳本,. (ラム. 23-25貢). 「人物や物を,その特徴によって個別的に確認できるか否かは,それが歴史に属し. ているか否かにかかっているのである。こうしてこのような知覚は,知覚する当人によっ て,その歴史の諸状況に応じて異なるものであるから,その意味で個人的で歴史的な知覚 であるといってさしつかえないであろう.」. (ブロソデル, 『集団心理学入門』(1927年),第2部 第1章。清水,武者小路両氏訳『社会心理学入門』第2部第1章「知覚」より) E. 「しかし心理学的に考えれば,そうでないことがわかるo. 不安の状態,無力と無意. 味の感情,、とくに死後の世界についての慎疑は,だれにもほとんどたえられないような精 神状態を示している。. --このたえがたい不安の状態や,自己の無意味さについての萎縮. した感情から,逃れることのできるただ一つの道は,カルヴイニズムできわめて優勢とな. ったまさにその特性だけである。すなわち熱狂的な活動となにかをしようという衝動の発 達である。このような意味の活動は強制的な性質をおびてくるo個人ほ疑いと無力さの感 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●.

(3) 3. 歴史J[J理学の現実的問題 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 情を克駁するために,活動しなければならない。このような努力や活動は,内面的な強さ や自信から生れてくるものでほない。それは不安からの死にものぐるいの逃避である.」 98-99頁) (フロム, 『自由からの逃走』 (1941年),日高訳, F. 「この同じ観念は史実によっても支持され′る。この場合,心理学者は,個人の精神. 墳造がどのように彼の属するコソミュニティーの歴史的環境に依存しているかを証明する ために,歴史の提供するデータを使用することができるo. ここでもまた,コソミュニチ. イ-や文化の歴史的発展ほ,個人の精神に,単に表層的な影響だけでなく,更にまた深部 約な影響を及ぼすものだということが,明らかにされねばならない。こうしてわれわれ. ほ,古代のまたほ古典時代のギリシャ社会に特有なパーソナリティー構造辛,あるいは中 世のまたほ近代のパーソナ.)ティー構造や,について語ることができる.同様にわれわれ. 「他人意向」と「内部志向」という現代並びに初期. -ほ,かのリースマンが企てたように,. (バーブ,. のアメ1)カ文化に特有なパ-ソナリティー構造についても論ずることができる.」 『歴史心理学の諸問題』 (1960年), 「序論」より). 歴史心理学というものが,例えば民族心理学や社会心理学などのような形で,確乎たる 学問的な市民権を要求できるだけの可能性を今日もちうるものかどうか,もちうるものと. すればそれはどう定義付けられうるか,その任務や課題や,その対象や方法は,どういう 立場と視角からどう規定されうるか,といった問題については,後で触れることにして, ここでほまず初歩的な発生史的なまたは系譜的な回顧談からでも始めてみたい。一体,あ る一定の理論組織がこれまでそれが包含されていた理論領域から自らを区別して一つの核 駒な自己形成を始めて独立の科学組織の方向へ動き出すにほ,それだけの理論的なあるい はそれを支えるだけの行動的な理由と根拠がなければならない。そのことは,十七,八世 寵以後の近代の社会科学の発展史またほ分化史をふり返ってみればおおよそ推察できるよ うに思う。十八,九世紀の英国で,アダム・スミス流の広義の道徳哲学または道徳的政治. 約科学から経済学や政治学や倫理学などの諸科学がどういう経過を迫って分化発展してき たか,あるいはまた十九世紀の前半コントが社会学の成立を操唱してのち,やがて心理学 が,そしてまた経済学や法律学や道徳学や言語学や国家学などの社会的諸科学が,どうい うプロセスを経て独仏の学界で,近代科学として分化発展せしめられてきたか,それらの 髄を辿ってみると,その理由や根拠や動因はおおよそどの辺にあるか推察がつくのであ る。端的に言って,それはコソトの言う「予見せんがために見るo」の一語に集約される ●. ●. ●. と患うが,それをもう少し数えんして言えば,大まかに次のようになるかと患う。即ち, そこにはまず第一に,従来達成されていた理論的枠組と,その枠内での一定の説明原理や 衝動指針的原則ではもはや処理することのできないような未知未解決な事象が新たに生成 出現しまたは予感されていて,そこに矛盾的類閑が露呈しつつあるということ,したがっ てつぎには,その難関を打開せんがために,より一層整合的で精敵な理論組織を新たに分 イヒさせ独立させようという要請,これである。ところでこの場合,当面の理論的閑,bとし ては,この未知未解決の新事象が新しく分化しまたは組織化された理論の枠組によって整 合的に説明され解釈されてくれば,一応自足し安定を得るわけであるが,社会的諸科学に.

(4) 4. 宮. 島. 聾. 関する限りそれだけでは未だ完結とは行かない。というのは,数学や純粋論理学のような 純粋な理念科学は別として,科学の理論的整合や法則的首尾一貫性はただそれ自身が目的 ではなく,何らかの意味で現実に働らきかけ現実を変形し,または再形成するための現実 認識の知的手段に外ならないと見るべきものであり,特に社会的現実の法則的藩論をこと とする社会的諸科学においてほ,この現実社会の再形成と創建とはその究極の課題と考え られているからである。このようにして,第一次的理論的要請としてほ整合と説明と解釈 との要求が,第二次的実践的要請としては働らきかけと再形成と創建との要求が,新しい 理論組織または科学組織の分化的形成の基本的な要因またほ根拠と考えられるのである. ●. ●. ●. ●. これをわれわれは,簡単化して,前者を解釈の要請,後者を行動の要請,とよんでおきた い。. ところでこのことについて,解釈が先きか,実践が後か,実践が板濠的で,解釈ほ二次 的か,などという問題は,今日のように相当高度な科学意識の段階に達してみると,一世 紀前のマルクスの「フォイエルバッ-に関するテーゼ」式の議論ではもはや間に合わな い。今日では如何なる科学といえども理論的整合性や合理的解釈だけで自足しているもの ほないし,数字や論理学でさえも何らかの意味での実践的行動のための合理的予見的手段 体系であるという意識が通用しつつあるように考えられるからである。即ち,理論と実 践,解釈と行動,とは今日では相当高度な密挨な相関関係の下に媒介し合っているという 意識の下に捉えられているのである。そうすると問題は,そのうちのどちらをどういう形 どういう程度に,強調し重視するかという条件の分析になってくるが,ここまでくる 純粋形式的な数学的な理念科学群と自然科学的な技術科学的な科学群と社会科学群と でほそれぞれまたニュアンスもちがってくるように思われる.例えば,発生的に成立史的 に言って,数学や物理学や天文学などのいわゆる数学的自然諸科学のように対象もその方 法も数世紀にわたって討究に討究を重ねて確乎たる科学体系に構築し上げた科学群と,十 九世紀後半になって漸く対象や方法について本格的な討究に這入ったばかりの社会科学群 とでは,いきおいその段階もニュアンスも著しくちがうのである。このようにして,各々 の科学群の成立史やその本質や任務やその方法などのちがいに応じて,この理論と実践, 解釈と行動,との問題は,なおいろいろ条件分析的な考察の余地があるように思われる が,今日的な学問意識から言うと,それらの密接な相互媒介の関係ほ,一世紀前に比べて 長足の進展をとげているように思われる甲である. さて,やや長々と解釈か実践かの問題に立ちとどまった感じがするが,しかしこれだけ の準備的論議をしておかないと,歴史心理学の課題の問題には簡単に取りつきにくいと考 えたからである。なぜかというに,歴史心理学の問題ほ,今日盛行の社会心理学,それも 特に歴史心理学と一番密接な親摂関係にあるところの社会心理学ほどには,解釈のための 理論か,それとも行為のための理論か,という原則がはっきりしておらず,ややともする とその社会的行動的必要性がぽけて見え,したがってまたそれを理論的解釈的に裏付け分 析してゆこうという積極的意欲が研究者の問にも十分に感じられないからである。私ほ先 きに日本史研究の専門学者の問からも歴史心理学要望の声があると紹介したが,それがも.

(5) 5. 歴史心理学の現実的問題. しも単に,古代史や中世史の乏しい史料を解釈し理解するための一種の補助科学として歴 史心理学が要望されるということであったら,そういう次元からだけの要望では,積極的. な力強さは期待されにくいように思われるのである。というのは,後で見るように歴史心 理学を仮りに一つの科学として確立しようと企てるならば,その仕事や任務ほ棲めて困発 でたいへんな労力の要るものであり,それにもかかわらずそれが十分な科学的な立証性に. までこぎつけることのできるものかどうかさえ,今日の段階では見透しがつかないもので あるからである。端的に言って,もしそれが前記のような歴史学の補助科学程度のものに しか成り得ないというなら,それは労だけ多くて功の少ないもの,吾郎こ合わないもの,と なってしまうからであるoだから,それを一つの科学として成立させるだけの積極的な必 要性と要因とが,その程度では薄弱であるということになりかねないからであるo茄芽的 な生成の系譜から言えば,社会心理学的なものとほとんど同じ胎内から生じてきていると 想定できる歴史心理学的なものが,一つの組織的な理論体系に成長してゆく過程では,す っかりおくれをとって,社会心理学の後塵を拝している理由は,この辺の消息にもあるよ うに考えられるのである鑑1。 念のため,本節の冒頭にかかげたフユスチル・ドゥ・クーラソジュ以下,フロムまでの 六つの引用句をふり返ってながめてみたい。これら六つとも,人間性と人間Jb理とが歴史. 的なものであることを示唆する文章である。即ち人間性の内実を成す精神と心理とが,也 域と民族との異なるに応じてちがっているものであること(民族学的,人類学的)だけで ほなく,更にまた社会的拡がりにおける人間対人問,人間対集随,人間対制度,集団対集 団等の社会的交渉国係においてはそれら固有の多種多様な行動や事象が生じてくるもので あること(社会心理学的)だけではなく,たとえ同一地域の同一民族も,同一社会の行動 や事象も,その時代と歴史とのちがいによって,それぞれにちがってくるものであること (歴史心理学的)を,示唆している文章である。即ち人間の精神と心理とは,単に民族的 に地域的に,あるいはまた社会関係的に,それぞれちがっているというだけではなく,更 に時間的に時代的にさかのぼるにつれてそれぞれ歴史的にちがっているものであるという ●. ●. ●. ●. ●. ●. ことを,示唆している文章である。こういう第三の方向を仮に歴史心理学的とよんでおく ならば,以上の六つの文章は,程度のちがいこそあれ,何れもこの歴史心理学-の方向を 何らかの形で含んでいるものである。それにもかかわらず,これらの人々の学問方向から ほ-Eのバープは別として一未だ一つの科学としての歴史心理学は成長し確立されて 「コソミュニチイや文化やの歴史的発展は,個人の精神に,単に いない。 Eのバープほ, 表層的な影響だけでなく,さらにまた深部的な影響を及ぼすものだということが,明らか にされねばならない詮2。」と述べて,歴史心理学を形成する中核的な特質または条件をわ れわれに明示しているが,しかしこれだけでは未だ歴史心理学が具体的に成立してくる条 件は十分に尽くされているとは考えにくい。なぜなら,そういう程度の理論なら,. Aのク. Bのディルタイにも,十分に読み取れるからである.私の見るところで. ーラソジュにも,. は,問題の急所はそこにはなく,むしろ他にある。端的に言ってそれほ,歴史心理学なる ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ものが単に解釈の理論としてでほなく,もっと積極的に一種の行動の理論として,今日の.

(6) 6. 宮. 島. 聾. 現実社会的関心から切実に要求せられているものかどうか,ということであるo言葉を換 えて言えば,歴史心理学に対する要望が,単なる歴史科学の補助学として,即ち歴史を理_ ●. ●. ●. ●. ●. 解し解釈するための解釈の理論としてではなく,更にそれが今日の人間的社会的文化的諸 ●. ●. ●. ●. ●. 課題を分析し解明し,その解決への指針を与える所の行動の理論に直接間接つながらない 限り,その科学的成立の条件は具体的には熟してこないというのが,私の見方である。そ して先き廻りして言うならば,. Dのブロソデルにも,. Fのフロムにも,この現実社会的関. 心へのつながりが大きく貫ぬかれて行動への理論と化し,これがやがて社会心理学の骨阻 を支えている大きな支柱となっているように考えられるのである。 註1アメリカの社会J[J理学の開拓者といわれるミード,ロス,. -ルウッドらほ既に第一次大戦前. に,社会心理学に関する著書論文を多く発表している。 註2. Barbu:. Problems. of. Historical. Psychology.. 1960.. p.. 4.. 2歴史心理学の不毛と解釈学的立場. さて前掲のAのクーラソジュの文章の趣旨を要約すると,人間はつねにその各時代の所 産であり縮図であるとともに,またその過去の全時代の所産でもあり縮図でもあるから, 各人は自己の心内をよく反省して,各時代が彼自身の中に残しているものを媒介にすれ ば,人間はよく,. 「それらの時代を再発見し,識別することができるであろう」,というこ. とにつきるoそして,この立場は,いわば歴史学上で言う過去の復元と再発見であり,再 現であるoだから彼のこの考え方を一言で言えば,歴史的過去の時代を再現するために, 各人が自己の内心を反省し分析するというのである.クーランジュは,前掲の文章のすぐ 前のところで,. 「しかし,これらの(ギ1)シャ・ローマの)諸制度に信仰を配してみたま. え,事実はたちまち明白になり,その説明はおのずから眼前にあらわれてくるであろう。」 と言い,更に語をつづけて,. 「われわれは当時の信仰と法律とを比較研究することによっ. て,原始宗教がギリシャ・ローマの家族制度を構成し,結婿と家長の権威とを確立し,親 族関係の序列を固定し,所有権と相続権とを神聖化した理由を知ることができる。」と言 い,そして「古代人の制度は,彼らのすべての私法とひとしく,また宗教から由来した。 都市がその原則・法規・慣習・行政官聴などをえたのも,宗教によるのである。」註1と結. んでいる。まことに美事な整合と解釈との理論であるo Bのディルタイの文章に移ってみる。この文章の元になっている「十五,六性 紀における人間の把起と分析」 (1891年)は, 「生(歴史と文化)を生そのものから理解す つぎに,. る」といういわゆるディルタイの解釈学的立場が理論体系として確立される前の,またそ の基礎作業としての「記述的分節的心理学考」. (1894年)の善かれる前の,いわばそれら. への準備期における人間性分析の仕事である.マキヤヴェリやエラスムスやモンテーニュ 等のヒユマニストたちや,またルーテルやツウイングリやセバスチアン・フランクらの宗 教改革期の人々や,の人間観や世界観を,十五,六世紀という時代と社会とを背景にして 分析し描出しようとしたものである.意図や着想としては,当時として内在静的な人間学 的な新生面を開いたものとして意義深いものと言えるし,いわゆるディルタイの独乙精神.

(7) 7. 歴史心理学の現実的問題. 史の第一の環をなすものと考えられるo. ところが,今日われわれがそれを読みかえしてみ. るといろいろ不満が起こる。それらの中の基本的なものをあげてみると,その人問性や人. 間観の捉え方や分析の仕方がまず平均的で,類型的で,知識層中心的であり,したがって 平板で,生きた血の通った人間性や,矛盾と苦悩をはらんでいるはずの社会生活が何ら示 唆されていないということである。したがってまたつぎに,そこに描き出された十五,六 世紀の人間と世界というものが,類型的な人間観や世界観からの観念史的再現に終ってし まって,今日のわれわれの時代的生き方に何らの現実的示唆も関心付けももち得ないとい. うこと,これである。ディルタイは後にだんだんと自分の学問的立場を精練して,いわゆ る解釈学的方法をはっきり提唱するのであるが,その基本前提なり基本原理なりもー当 時の時代的学問発達的制限をのりこえることができずに一右のような平均的な類型的な 「われわれは歴史の考察着であ 形式的な規定を十分に脱却していないのである。例えば, る前に,先ず第一に歴史的存在体であるoそうしてわれわれほ歴史的存在体であるがゆえ. にのみ,歴史の考案者になるのであるo」詮2とか,. 「解釈学的方法の究極の目的は,作者を. ば,作者自らが理解したよりも一層よりよく理解することである.」註3とか,の類いであ る.今日から見れば,いかにも良識的額塾的で,解釈のための整合理論という感じが強 い。. さてクーラソジュといい,ディルタイといい,彼らのもっている学問的方向には,歴史. 心理学へ展開しうるだけの可能的な方向を含みながらも,二十世紀になってからの実際の 学問分化史では,現実に歴史心理学を生み出すことには至り得なかった。その理由や要因 がどこにあるかについては,前節の終りで,それらが単に解釈の理論に終っていて,行動 の理論につながり得なかったという点にあるのではないか,という私なりの想定をのべて おいたが,そのことは実際の学問展開史の面からも証言できるかと患うのである。周知の ように,ク-ランジュやディルタイなどの活動していた十九世紀の後半は,精神科学や社 会科学の発達史から言うと,全く初期の揺らん時代に属していた。即ち,当時の学問界の 状況としては,十九世紀の前半に例のコントが社会学の独立分化の旗上げを試みたにもか かわらず(序に言えば,コントの主著「実証哲学講義」六巻の刊行は1830年から42年 にかけてである),全般的には後半に這入っても,法律学や歴史学や言語学などの文化科 学や社会科学の成立ほ揮沌としており,人々ほこれらの新生の文化的歴史的諸科学を数学 的物理学的諸科学や生理学的生物学的諸科学の支配から独立させて,それら独自の存在意 義と課題とそれに適切なる方法論とを模索することに手一杯の有様であったo. ディルタイ. やウインデルバンドやマックス・ウエーバ-やデュルケ-ムなどの歴史科学方法論や社会 科学方法論の努力が,正にこれに当るわけである。例えば,歴史心理学成立の一方の土合 になる心理学について見るに,かのウイル-ルム・ヴソトの生理学的実験心理学の自然科 学的な即ち要素分析的構成心理学的な立場から,心理学を脱却させるた糾こ,十九世紀末 から二十世紀初めにかけて実に多くの試みが企てられた(ディルタイ,ベルグソソ,ウイ リアム・ゼ-ムスら).ディルタイなどもこのためにいわゆる記述的分節的心理学なるも のを提唱して,生きた人間の精神生活の全体を,それぞれの意味的な構造連関として分節.

(8) 8. 宮. 島. 聾. 的に取り出すことを企てたのであるが,これとても今日のわれわれから見れば,厳密な意 味での科学的実証性に乏しく,精神科学的領域の独自性を保証するための一般論的な哲学 的心理学とも言うべきものにすぎなかった.だから,歴史と心理学とを内在関係的に結び つけて,生と精神の表現としての歴史と文化をば,生そのものの精神軌b理的構造から理 解し解釈してゆこうとする彼の控え目な解釈学的方法も,哲学的な巨視的な立場と方向と を打ち出しただ桝ことどまって,今日われわれが想定し期待しているような科学的実証性 のある歴史心理学には成長し得なかったのである。当時としては,科学全体の発展水準 ち,またそれを支え動かす当時の人間生活的社会生活的現実状況も,まだまだそこまでは 熟していなかったと,見うるのである.. 最後に, Cのラムブレヒトに眼を転じてみよう.ラムブレヒトまでくると,歴史学と心 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 理学との結合ほ,前記のディルタイ式の小心よくよくのはにかみ屋の解釈学よりも,もっ と大胆で大っぴらであるo心理学は歴史学の不可欠の方法的力学であり,したがってまた 歴史学は応用心理学であり,近代歴史学は社会心理学的学問に外ならないと,ラムブレヒ トは何の疑うところもなく断言するのである。尤もそれにはそれだけの時代的な変化と学 問的な進歩が対応していると,彼は見ているo即ち,時世は正に十八世紀中葉以後の工業 化と資本主義化とを背景にして上昇してきた二十世紀初めの個人主義的自由主義文化の栄 えた西欧市民社会であり,学問的にはそういう自由な個人の主観的心理的特性やその分化 せる多様性を明らかにしようとして心理学が新たに解放された市民社会の人間学として遷 頭し,そしてダントにつづいてニッピソグ-ウスやリップスらの心理学的業績がつぎつぎ. に発表されている二十世紀初頭の心理学時代である。自分自身がすぐれた独乙経済史家兼 一般独乙史家であるラムブレヒトと-しては,自らの企てた独乙経済史の時代区分の上に立 って・歴史(文化)と心理学とを結合し,そして独乙国民の文化史の展開をばその国民精 神または国民心性(彼はこれを広く社会心die saziale psycbeとよんでいる。)の発展と して理解したとしても,それはそれほど不自然とは考えられなかったわけである。いや, ●. ●. ●. そのことを歴史家として立証し羊うと企てているのが,彼の「近代歴史学」の第一章であ る。彼は前掲のCの文章につづけて次のようにも書いているのである。. 「今や心理学と歴. 史学とは右のような状態にある.両者の問の隔ては取れ初めている.そうしてもう確か. に,心理学が歴史のために益々力学の役目を果しつつあると言ってよい。」註4と。 彼はこのようにして,近代の市民社会の歴史学は正に社会心理学的歴史学であり,した がってまたこれは精神的諸科学の基礎的理論であると考えて,この社会心の歴史的体現と しての言語や詩や芸能や科学や世界観などの蒐集と観察と比較と分析とに大いに力をつく したのである。そして独乙史に関しては,自らの経済史的分析に立脚して,原始ゲルマン 社会から二十ゼ蛸己初頭までの歴史時代を六つの経済史的発達段階に区分して(社会占有経 済から個人占有経済を経て,十九世紀末の個人的貨幣経済まで六段階を数えている),こ れらを物質的文化の六時期とよび,この六時期に対応して,独乙国民の社会的心性の展開 に六つの発展段階を取り取し区分した。これが彼の有名な独乙文化史の六時代区分であ るo即ち,原始時代の「アニミズム期」を出発点として,象徴主義(900年迄),類型主.

(9) 9. 歴史心理学の現実的問題. 義(900年から1200年迄),因習主義(1200年から1400年迄),個人主義(1400年か ら1750年迄),主観主義(1750年から1900年迄),の各時代がそれであるoそしてこれ らの時代区分とその内容と特質を叙述し立証するために,彼は独乙の各時代の物質的並び に精神的諸文化をあらゆる限り蒐集し観察したばかりでなく,更に世界各国の諸文化をも 史料的に蒐集して比較史的研究にまでふみ出したのであった去 では,このラムブレヒト的な歴史心理学的な方向,即ち歴史学と社会心理学とを結合し. た社会心理学的歴史学の方向は,どういう発展過程をその後遂げたのであろうか。彼の門 下から文明史論の専門家が多く輩出したことはよく知られているが,では歴史心理学の方 への展開はどうなったであろうか。彼は,個人心理学がその心的活力のあらゆる全範囲を 確めるために,成人の心理学の他に,児童や老人の額域にも分け入って児童心理学や老人 心理学を成立させる必要があると説き,更にまた同じ論法で,人類の社会心理的範囲を確 定するためには歴史学に援助を求め,人類文化史の各時代に分け入ってそこに種々の社会 心理的事象を資料的につきとめるべきことを,説いている。そ-して,. 「こうすることによ. って初めて心理学は人間心力の対立的諸傾向を経験可能な全範囲にわたって認識すること こういうラムブレヒトの考え方の方向には,た が可能となる」註5と述べているのであるo しかに人間の心的諸能力の展開を時間的歴史的経過の中で追及するという歴史心理学固有 の方向が含まれていると考えられるのであるが,ここでも残念ながらその方向は現実化し なかった。彼の場合でも,いわゆるその社会心理学的研究ほ,あくまでも歴史学の補助学 であって,したがってやがては歴史学の中に吸収されてしまい,社会心理そのものを時間 的歴史的経過のなかで実証的に追及するという一個独立の歴史心理学にまでは成長するこ とはできなかったのである。. 以上私は第一節に掲げたA,. B,. Cの短い文章を手がかりにして,クーラソジュ,ディ. ルタイ,ラムブレヒトらの見解を紹介し,その中に内包されているはずの歴史心理学的方 向が具体的に一個独立の歴史心理学に・まで成長することのできなかった消息を簡単に追及 してみたのであった。そして,これら三者の見解からわれわれが兵通に看取することので きたその原因として,第一には,彼らにおける心理学的研究が過去の歴史的事象をより整 ●. ●. ●. ●. ●. 合的に理解し解釈し,あるいは過去の時代をより客観的に再現するための,解釈の理論に 足ぶみしているということであり,したがって第二に,心理学的研究は結局歴史学の補助 学以上には考えられていないということであり,第三には,歴史心理学が当然持つと予想 される学問的(歴史学的)因襲さを乗りこえて,それを一個独立の学問にまで成長させる だけの現実社会的関心とのつながりが未だ稀薄であること,などであった。既に前にも触 れたように,人間の感覚,知覚,記憶,情緒,意志というような移ろいやすい心理的能力 や事象を,一定の間接史料を手がかりにして,過去のそれぞれの時代の中で,追跡し且つ 確定するということが,歴史心理学の大きな任務とするならば,これはおそらく想像を絶 するをまどの困難な課題であると考えざるを得ないoそれほ通常の歴史学の困難さを更に上 まわるものであろうことは,その当面の対象が感情や意志というような移ろいやすい非合 理的な要素を多く含んでいるものや,クーラソジュの言う「信仰や輿論など極めて消えや.

(10) 10. 宮. 島. 肇. すくとらえがたい事柄」であるということからも十分に推察できるのである。してみる と,それだけの想像を絶するような因襲さをも克駁して,歴史心理学が一個独立の理論体 系にまで成長するためには,それだけの寝めて強力な要請と刺激と動因とがなければなら ないことも容易に想像できるのである。ではそれは何であるか。次ぎにその間題の考察に 移ってゆこう。 註1クーランジュ,. 『古代都市』,田辺氏訳本, 41貢-42頁. Diltbey:. Gesamt.. 註3 註4. Diltbey:. Gesamt.. 註5. 同右, 26京. 註2. ラムプレヒト,. 3. Werke.. Bd. VII.. Werke.. Bd. V.. s. s.. 278. 331.. 『近代歴史学』宮島訳本, 25頁. 社会心理学か歴史心理学か一現実的社会的関心の問題. 次ぎに前掲のDの文章を取上げる。これはかの『病態意識』. (1914年)の研究を土台に. して,今世紀のフランス社会学界および社会心理学界に大きな寄与をしたプロソデルの文 ●. ●. ●. ●. ●. 章である。しかし彼はこの文章を通して,単に,具体的な存在に関する個別的知覚が個人 的歴史的なものであるということを理論付けようとしているわけではない。ましてや,知. 覚は歴史的だから十六世紀のフランスの文学や芸術の知覚的心理描写を理解するにはこの 歴史心理学的方法を活用せよ,などと主張しているわけでもない。そ-うではなくて,この 第二部第一章の「知覚」と,その前におかれている第一部第四章「諸学説の帰結」とをつ き合せて絶括的に読んでみると,彼のこの知覚研究の学問的動機には,もっとちがった現 実的社会的閑'bと,したがってまた行動の理論-の債斜とが深く潜められていることを知 るのである。まず,プロソデルによると,われわれの知覚には,イ)具体的な存在に閲す ●. ●. ●. ●. ●. ●. る個別的知覚(Perception ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. singuliere)と,ロ)形や有体物に関する感覚的知覚と,. -). 種的あるいは知的ともいいうる知覚と,の三種が区別される。そしてこういう種別付けを. ば彼は,彼自身の専門的分野である精神病理学的研究,特に持続的遡行性健忘症とよばれ る精神障害の観察研究を通して明らかにしているのである。ところでこういう研究を根本 的に動榛付け,彼をそこへおし進めている根本的動因は,彼によると,われわれ人間の精 神生活とその遂行の様式において,個人に依存している要因と社会に依存している要因と しかもそれを. を何とか区別し,はっきりさせようとするところから出発していると言うo 大きく学問的に動横付けているのは,あの「タルドかデュルケ-ムか」,. 「社会学か心理学. か」,という十九世紀末から二十世紀初めにかけてのフランスの哲学界,心理学界,社会. 学界の大きな動きに深くつながっているのである。彼は言う。. 「タルドにとっても,デュ. ルケ-ムにとっても,人間は二重の性格をもつ.第一に人間は動物である..だから,人間 の精神生活は,その生理生活を反映しているといえる。しかし,人間は同時に精神でもあ るo したがって,彼を包摂する社会と文明とを反映しているといえるo --要するに,わ れわれが具体的に観察する人間は,皆,真底から社会化している.彼らの中には,厳密な.

(11) ll. 歴史心理学の現実的問題. 意味でもっばら個人だ桝こ属するようなものほ何一つとしてないのであって,個人が所属 する一つまたは多数の集団に,何らかの形で依拠しないものは一つもない。それゆえ,感 覚,思考,行動の一定の様式をとりあつかう場合,われわれは,. -・とにかく,まずその. 単純性,独立性,固有性を疑わしいものと考えて,これを,徹底的に綿密に分析して,そ の様式の中で個人に依拠している要因と,社会に依拠している要因とを分かつ義務があ る.」註1と。. こういう動機に促がされてブロソデルは,前掲書の第二部部においては,第一章「知 覚」,第二章「記憶」,第三章「感情生活」,の分析に移るわけであるが,この第一の主題 である知覚研究において,次のような過程を通って,前記の三種の知覚を区別せざるを得 なくなったのである.即ち,前記の持続的遡行性健忘症とよばれる精神障害の患者におい 「べつべつに ては,前記のような個別的知覚と感覚的知覚と種的知覚とが別々に働らき, 顔つき,べつべつに失われる」場合がしばしば観察され,特にこれらの患者では,種的知. 覚ほあるが,個別的知覚は全く失われているという事実が顕著なこととして観察されたの である。例えば,自分が寝台にねていることは知っていながら,それが自分の寝台である かどうかはわからないとか,あるいはまた,自分が,着物を着ていることは知っているけ れども,それが自分の着物であるかどうかを知らないとか,の輝いである.ブロンデルの 言葉をそのまま引桝も「彼らは,自分の知覚の所与を確認する能力がありながら,これ を個別化できないという事実であるo」詮2と。こうしてブロソデルは,これらの臨床例を 通して,. 「さまざまな知覚的活動の中で,個人的,歴史的とよばれる知覚(個別的知覚)を. 分離してもさしつかえない」という帰結に到達する.いや,それだけでなく,感覚的知覚 も種的知覚も同断であると推論してゆくのである。これをまとめて言うと,前記の精神障 害患者の臨床例の観察の結果,イ)これらの患者においては種的または知的知覚はある が,個別的知覚は傷き失われていること,そして,ロ)そのことは,個別的知覚と感覚的 「それぞれ実際にほ独立であり自律的であることを示してい 知覚と種的知覚との三つは, る」ものであること,これである。. ブロソデルの仕事は,これを一段落として,更にこれらの三種の知覚活動が人類共通的 なものか,個人的特殊的なものか,集団的社会的なものか,を測定し規定することに向け られるo既に前をこも述べたように,彼の本来の学問上の主題的関心ほ,これらの精神の諸 東城について,それらが個人的要因に属するものか,それとも,集団的,社会的要因に帰 するものか,をたしかめることにあったので,ここでも彼ほ心理学的社会学的に,粍神病 理学的に,幾多の資料を駆使しながら,詳細な分析を企てているのである。それを結論的 に大ざっばに言うと,感覚的知覚活動は人類に共通で普遍的なものであるから,本来の心 理学的研究特に心理生理学的研究に,個別的知覚活動はおのおの自分特有の過去と自分独 自の記憶とをもっている個人に属するものであるから差異心理学的研究に,委すべきもの と,プロソデルは考えた。ところがこれらに対して,種的またほ知的知覚活動は,それぞ れの社会的所産である言語を必須的媒体とし,個人成員がそこで生まれ育ち社会化される ところの集団表象(世界観や価値体系等)によって参透され影響付けられて成立するもの.

(12) 12. 宮. 島. 肇. であるから,どうしても集団的社会的という性格を脱することができない。こういうわけ でブロソデルほ,. 「すべての種的な知覚は,とりもなおさず集団的な知覚であるというこ. とができる.」註3と考え,したがって種的な知覚の研究は集軌む理学に属するものと,結 論付けるのである。 このようにしてブロソデルの学問的課題は,更に記憶活動の額域と感情生活の餌域にま で進入して,それらの各活動が個人的要因に属するか,それとも社会的集団的要因に帰す るかを確めることに拡充されてゆくのである。そしてこの仕事は直接的学問的にはダルド かデュルケ-ムか,. J[J理学か社会学か,の問題につながっているが,それを更に掘り下げ てゆくと,人間の鯖神生活の諸機能や社会生活の適不適等の諸問題を心理学的レベルにお. いてあるいはまた社会学的レベルにおいて考察してゆくか,という現実的社会的関心に深 く根を下ろしているのである。これが,集団心理学または社会心理学の方向へ,心理学と 社会学とが協して大きく展開してゆく強力な動因となっているわけである。彼の場合,個 別的知覚の問題が,おのおの自分特有の過去と自分独自の記憶とをもっている個人に属す るものとして,いわゆる「個人的で歴史的な知覚」であるという意味で,この方向は展開 の仕方如何によっては,歴史心理学の方向に大きく開けてゆくはずのものであったと考え られるのに,そうならなかったのは,この方向が前記の現実的社会的関心に十分につなが ることのセきなかったことにあるのでほないか,こうも考えられるのであるo歴史心理学 的方向はプロソデルの場合でも,それを生み出すだけの強力な現実的社会的関心につなが ることができなかったのである。. 最後に, Eのフロムの文章に移ろう。上に掲げた文章そのものは,. 『自由からの逃走』. の第三章「宗教改革時代の自由」の第二節「宗教改革の時代」の中の-断章であるが,ち ちろんこの章・節の書かれた動機や目的は,宗教改革の時代を歴史学的に理解し再現する ということにはない。そのことば,上掲の文章の終りのところに,. 「それほ不安からの死. にものぐるいの逃避であるo」という一句からも示唆されているように,近代的および現 代的個人の心理的メカニズムとパ-ソナリティー構造とに焦点が当てられていて,現代人 がその自由と不安と無力感とから脱出したいために,何かある権威的なものを求めて,そ れにすべてを捧げて熱狂的な活動に身を要せたいという「自由と不安からの逃走」の心理 的メカニズムを,宗教改革期のカルヴイニズムが美事に解析しているからということにつ ながっている。いうまでもなく,この現代人の「自由と不安からの逃走」の心理的メカニ ズムとパ-ソナリティー構造とをば,フロムは,ナチス支配時代の全体主義的人間心理の 中にその典型を見ているわけであり,このナチズムとの戦いをどう考えどう理解しどう対 処するかという,現実政治的社会心理的動機がこの研究の基底には強力にはたらいている のであるo. そのことは,彼がこの書物の序文の中で,. 「本書は近代人の性格構造について. の,また心理的要因と社会的要因との交互作用という問題についての,広範囲な研究の一 部であるム私は数年来この研究にしたがってきたが,その完成は今後なおかなり長くかか るであろう.ところが現代の政治的発展(本書の出版は1941年であって,ヒトラーのサ チス軍が′<1)を陥落させ,日独伊軍事同盟を作り上げ,更にソ連に侵入した,いわゆるナ.

(13) 歴史心理学の現実的問題. 13. チス万才の時期に当っている一筆者)が,近代文化のもっとも偉大な業績-個性と人格 の独自性一にとって危険なものとなっているのをみて,私は大規模な研究の続行を中断 し,現代の文化的社会的危機にたいして決定的な意味をもつ一つの側面,すなわち近代人 にとっての自由の意味ということに集中しようと決心したo」と書いていることからも十 分にうかがわれるのである.いや,それどころか,彼ほこの序文の最後のところで, 書は予測よりもむしろ診断であるが,その結果はわれわれの行為の進路に一つの方向をあ. 「本. たえている。なぜなら,全体主義がなぜ自由から逃避しようとするかを理解することが,. 全体主義的な力を征服しようとするすべての行為の前提であるから。」鑑4と,はっきり断 じている。これらの言葉を見れば,フロムのこの書物がいかなる関心と動横のもとに善か れているか,解説するまでもないと思う。 以上私は,ブロソデルとフロムとの文章の分析を通して,集団心理学および社会心理学 を実質的に支え動かしている学問的動因を瞥見してみた。そしてそのことと同時に,彼ら の学問的分析の中には,歴史心理学-の方向一人問の心理的諸活動はもともと伝統的歴史 的制約のもとに成立っているものであるから,それらの充全なる把撞は歴史的取扱いを必 要とするという,大まかな方向-を多分に含みながら,しかもそれらはもっばら社会心理. 学的方向へ展開して,何ら歴史心理学への方向を開拓することができなかったということ をも,併せて瞥見した。そしてそのことの学問的理由と'しては,これまでに見てきたクー. ラソジュ,ディルタイ,ラムブレヒトらの見解とも合せて,綜合的にながめてみると,結 局それらの可能的な歴史心理学的方向が,その可能性を現実化するだけの現実的社会的文 化的関心と直接結びつくことができずに,単なる歴史再現とか解釈とかの立場以上に出る ことができなかったということにあるのでほないか,ということであった。だから私の予. 断的な見透しをまず言えば,それらの歴史心理学的方向が,単に解釈の理論に立とどまっ ている限りは,それが現実化して一つの学としての歴史心理学-成長することほ塩めて困 難であり,したがってまたそれが現実化して一個の歴史心理学と成るためには,それに堪 えるだけの現実社会的文化的関心に何らかの形でつながり結びつくことが絶対に必要であ る,と。ではそのことは,今日構想されているような歴史心理学の形で,十分に保証でき るだろうか。その一つの具体的構想例として,前記のバーブの『歴史心理学の諸問題』を 借用して,この間題の考察を簡単に企ててみたい。 註1. ブロソデル,. 註2. 前掲書, 128貢. 註3. 前掲書, 137頁. 註4. フロム,. 『社会心理学入門』(邦訳本), 108貢. 『自由からの逃走』(邦訳本), 4貢 4. (a). 歴史心理学の学とLての成立の可能性. 「これまで述べたすべての事柄は,人間精神ほ,ある特定の社会の歴史的発展に. よって,その構造が規定されているという意味で,社会的現象であるという観念を示唆す るのである。かくて,歴史心理学は,人間精神の研究に対して新しい視野を開いてくれ.

(14) 14. 宮. 島. 肇. る。心理学の一分科としてのその課題は,人間構神を歴史的現象として研究するところに as an the human historical ある。」 (its task is to study mind phenomenon.)註1 (b). 「文化心理学とバープの歴史心理学とは,文化の観点から人間を対象とする点は. 共通しており,文化心理学において歴史的にさかのぼって問題をあつかい歴史心理学的色 合いを示すことがありうるし,また,歴史心理学でも,バープがしばしば示しているよう. に,現代人にふれてくることがあるので,科学館域として両者ははなほだしく相接近した 位置にあるのである。しかしやはり,文化心理学はあくまでも主たる対象は現代人であ り,歴史心理学は主として過去人を対象とするのであるから,両者を一つの科学額域に体 系化してしまうことにほ困難があろう。個人心理学に対して社会心理学をたて,心理学を 大きく二つに区分するとしたとき,むろん文化心理学ほ社会心理学の下位領域として位置 することになると先にのべたが,同様にして,その場合歴史心理学も社会心理学に属する ことになる。文化心理学と歴史心理学とは,それぞれ独自の額域をもち,したがって個別. 性を保ちながら,広義の社会心理学の中に位置するものと考えてよい。」詮2 以上のうち,. (a)はバーブの,. (b)は文化心理学者築島謙三氏の,歴史心理学の規定付. けである。これらによって,私がこれまで漠然と使ってきた歴史'b理学とか歴史心理的方 向とかの表現が,最近の新進の研究者たちの問でどういう内容と方向とをもったものとし て使用されているかが,大体はっきりしたと思う。即ち,バープは,人間精神の研究とし ての心理学に新生面を開くものとして,人間精神を歴史的現象として研究することをその 課題とする心理学の一分科を,歴史心理学とよび,築島民は更にこのバープの定義を受け 入れた上で,文化心理学が社会心理学の下位館域として文化の観点から主として現代人を その研究対象とするのに対して,歴史心理学は等しく社会心理学に属しながら主として過 去人をその研究対象とするものである,と。これで歴史心理学が何であるかの大きな骨組 ●. ●. ●. ●. ●. はおおよそ理解できたように思われるが,この歴史心理学(Historical. Psychology)と. いう新しい学問領域を,一つの科学として成立せしめようとして,最近開拓者的な努力を しているバーブについて,その意図や動機を推測しながら,その内容的な方法的な規定 を,もう少し聞いてみよう。 さて,前出の,第一節のFの文章と,第四章の(a)の文章とは,原本ではそのままひ とつながりの文章である。いわば,. (a)の文章の初まりの「これまで述べたすべての事柄. ほ」,というのは,、実はFの文章を引き受けたもので,したがって(a)の文章ほ, Fの文 章から引き出された帰結とも言えるものであるo ここで内容的な問題として注目すべきこ とは,. Fのところで,古代ギリシャ社会に特有なパーソナリティ構造や,中世のまたは近 代のパーソナリティ構造やなどについて論ずるとともに,バープがまた,リ∵スマン流の 現代人の「他人志向型」や「内部志向型」のパーソナリティ構造をも,研究対象としてひ としく取り上げているということである。こうしてみると,築島民が,文化心理学は主と して現代人を,歴史心理学は主として過去人を,その研究対象とするという規定も,弾力 的に考えねばならないように思われる。歴史心理学についての通念的な観念から言って, r他人志向型」というごとき現代大衆社会的なパーソナリティ構造まで詠ずるということ.

(15) 15. 歴史心理学の現実的問題. 紘,形容矛盾ではないかという疑問さえ起こるかと思うが,しかしここのところにバープ の構想する歴史心理学の特色があるように考えられるので,もう少し彼の言い分をきいて みたい。. バープのこの書物では,現代人奨学と社会心理学と歴史心理学という三つの型の心理文化理論が区別されているが,社会心理学と歴史心理学との間にはそれほどのはっきりし た方法上の区別論はない。それは彼の場合,人間の心理と文化とが社会的文化的に制約さ. れているだけでなく,更にまた歴史的時代的にも制約されていると考えるので,それを取 救う両者の間にほそれほどの本質的な区別はないと彼ほ考えるo歴史心理学も広義の社会 心理学の中に属していて,本質的区別はないが,それでも主として人間精神や文化の構造 をばその時問的歴史的発展の軸で捉えようというのが,歴史心理学の独自の任務と考えて いるようである。ところが現代人類学即ち心理学的方向をもった人類学となると,これと は大分ちがうo人類学も歴&JLh理学もひとしく人間精神を歴史的現象と見て研究するとい う点では共通でありながら,そのねらいや方法が相当ちがうので,バーブはこの二つの類 似の科学について相当はっきりした区別論を展開しているのであるoそれを少しばかり拾 ってみよう。. まず歴史心理学と人質学との間の相違点の第一ほ,探究方法のちがいである。人奨学著 紘,例えば,バリ島人の精神構造が今日のアメリカ人のそれと異っていることを容易に証 明することができるo即ち,それらの集団の成員の示す実際の行動の一つ一つを観察し, 分析し,あるいは測定し,そしてその証拠を集めることができる。だが,これは,歴史心 理学者の場合にはあてはまらない。歴史心理学者は実際の行動を観察することができな い。彼はただ,歴史的諸資料の中で彼に役立つ間接的で不充分な証拠から,それを推察し あるいは構成しうるだけである.要するに,人類学者が直接に観察し,証拠を集めること ができるのに対して,歴史心理学者は間接的で不充分な資料を用いて推察し構成するだけ である.これが一つの相違点である.. 次ぎに第二に,歴史心理学と人類学との問のより一層根本的な相違点は,人間精神の研 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 究へのアプローチの仕方にかかっている。即ち,人類学は,水平線上における人間精神の ●. ●. ●. 多様性に,即ち諸集団を特徴付ける精神構造相互間の相違性に関心を向けるが,これに対 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. して歴史心理学は,垂直線上における人間精神の多様性を,即ち時間の経過のうちでその 文化全体が発展することによってひき起こされる諸個人の集団の精神構造の変化を研究す るのであるo言いかえれば,人類学は精神構造における文化相互問の相違に,そして歴史 心理学は文化内部での相違に,それぞれ関心を寄せるのである。したがって,人類学が単 ●. ●. ●. ●. ●. なる差異的概念(differ甲tialconcept)を用いて作業するのに対して,歴史心理学は発展 ●. ●. ●. 約概念(evolutionary. developmental. concept)を用いて作業するのである。 以上ほ相違点であるが,両者はまた補足し合う点もある。第三にそれをながめてみよ or. ●. う.彼は言うo. ●. 「例えば,人類学者は普通,恥の感覚と罪の感覚に基礎付けられたパーソ. ナリティ構造のそれぞれの形成を,完全に臭った二つの社会および文化と結びつけて考え る。だが実際は,それらのパーソナリティ構造ほ,同時に,社会の歴史的発展の二つの段.

(16) 16. 宮. 島. 聾. 階における心理層のあらわれでもあるだろうo. --古代ギリシャ,特にアプチィカは,. 「罪」にもとずく文化へと,歴史的発展をとげ. 「恥」にもとずく文化および性格構造から,. ●. たコソミュニティーの典型的な例であるo ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 「耳ら」と「罪」とを単なる差異. --このことは,. 的概念としてでなく,歴史的発展的概念として取扱うことを可能ならしめているように恩 ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. われる。私はこれと同じやり方で,知覚,情緒性,パーソナリティ,国民性などの心理的 概念をも扱ってみたのである.」詮3,とo. さて,ここまできてみると,現代人額学の仕事. が,それだけではまだ不充分で,やはり人間精神を歴史的現象として取扱う歴史心理学の 援助が必要となってくることがよく理解できる.そ・の意味で,ル-ス・ベネディクトの 『菊と刀』(1946年)など椎,この点を考えてみるのに,日本人にとってまことに良い材 料になると思う。歴史心理学成立の積極的現実的意義をつかむ一つの重要な糸口になりそ うである。. バ-ブは,更にこの発展的立場と歴史的立場との細かい相違点や,方法上の細かい論議 をいろいろ企てているが,ここでは省略する。そして右のような考え方から,歴史心理学 の成立を促がす当面の仕事として,次の三つの課題をとり上げる。それらの課題の試みが いわば彼のこの『歴史心理学の諸問題』の内容となるのである。彼は言う。この研究が解 答を与えねばならない主要な問題は, 「いかに,どの程度,人間精神ほ歴史過程によって 影響をうけるのか?. 」,ということである。そ・して,これに関する論議ほ次の三点をめ. ぐって行なわれる。. 1.歴史の発展とさまざまな特殊の心的諸焼能。 2.歴史の発展と個人の心的組織。 3.歴史の発展と集団的な心的構造。 第一の点については,知覚領域の歴史的変遷が, 第二の点については,古代ギリシャ文明のなかにおける個人が, 第三の点については,イギリスの国民性の起源が, それぞれ追及の対象とされるであろう註4,と。 このようにして,彼の当面の歴史心理学確立の具体的プランが描き出される.即ち, 第一が,知覚と情緒性の歴史的発展の研究であり, 第二が,ギリシャにおけるパ-ソナ1)ティの発生成立の研究であり, 第三が,イギリス国民性の起源の研究である. そして言うまでもなく,これが,彼の『歴史心理学の諸問題』の具体的計画であり,普 た叙述内容となるわけである。. 以上が,バープの構想する歴史心理学のおおよその方向であり内容であるoでは,この ようなバープの歴史心理学は,彼が考えているような一個独自の心理学的科学にまで成長 しそして科学の世界に確乎たる市民権を要求しうるものであろうか.私は先きに,歴史心 理学的方向が一個独立の科学にまで成長し確立されるためには,単なる解釈の理論という 立場だけでなく,更に深く行動への理論として現実社会的関心と結びつく方向をもたなけ れば,それだけの現実化する原動力をもちえないことを,のべておいた.でほ,パーブの.

(17) 17. 歴史心理学の現実的問題. 構想する歴史心理学にほ,そういう深い現実関心的動因と結びつき,それを内に含んでい るような面を,十分にもっ1ているものと考えられるだろうか.最後にこの点を簡単にふれ て,本稿を閉じることとしよう。 さてこの問題に関する限り,バーブの立論態度の中にほ,この現実社会的関心への配慮 がある程度までうかがえると思う。これは,例えば,前掲の第一節のFの文章の後半のと ころからもうかがい知ることができるように思う。即ち,そこでは彼は古代ギリシャのパ ーソナリティ構造を,更にまた中世の,また近代のそれを,その社会文化的な,歴史的な 環境から条件分析的に明らかにしてゆこうとするのであるが,それは単に古代ギリシャ 辛,中世や近代やの,パーソナリティー文化構造を歴史学的に再現するというだけではな いようであるoそれはそのつぎに,. .)-スマン流の現代社会のパーソナリティ構造の問題. 「他人志向型」や「内部志向型」などを持ち出していることからも知られるよう. として,. に,やはり現代社会の問題に深くつながっていることを感じさせるのである。科学罷識の 立場から言って, .) -スマン流のパーソナリティ-社会文化構造の論証が,近代のそれに ち,中世のそれにもそして古代ギリシャのそれにも,ひとしくあてはまり通用することが わかれば,現代社会の人間や文化の理解にもそれだけ普遍的説得力ができ,したがってま たその社会的解決の指針にもそれだけの力強さをもつと考えられるからである。そ.れだけ ●. ●. ではない。バープは,この文章のすぐ前のところで,人類学者が罪や恥の感じにもとづく 特殊な精神構造を規定するに当って,それに対応する社会関係や社会組織が根砥にあるこ ●. ●. ●. ●. とをもとにして,解明している態度を容落した上,更に彼らが,分裂症的(バ1)島民族 ●. ●. ●. ●. の),あるいは偏執狂的(ドープ一民族またはナチス・ドイツの)な精神構造を理解する に当って,それらを創り出すカをもっている特殊な社会と文化がその重要な制約要因とし て構わっていることを寓めていることに,睦目しているo即ち,彼の立論態度の全体に, たえず現代の人間と文化とをどう操えてゆくかという生きた関心が,全編をひきしあてい ●. ●. ●. ●. ●. るように感じられるのである。そういう生動的な現代-の関心は,彼の言う心理的一社会 ●. ●. ●. ●. ●. 的サイクル(Psycho-Social. cycle)の理論を,ドイツナチズムの分析などから引き出し た個所などによく見られ, 「ヒトラーの偏執狂的傾向は,ある一定の社会的条件にその起 源をもっている.」註5という言葉となって現われているo そしてこのような事実の立証を 通して彼は, 「人間心理は歴史的プ′pセスの統合的(積分的)部分であるo」詮6という確信 を強めていくのであるo このように見てくると,メ-プに関する限り,歴史心理学を成長させるだけの現実社会 的関心ほ十分に罷められると思う。あとはその具体的な叙述と展開が,一般的な社会心理 学的取扱の枠を超えて,どれだけ歴史心理学固有の額域と課題とを掘り出して体系化しよ うと企てているかにかかってくると思うが,このような内容にわたる検討は他の横会にゆ ずる外ほない。端的に言って,歴史心理学の成否の鍵は,人間の精神と文化との形成構造 において,従来強調されてきた社会的環境的条件の制約を超えて,それだ捌こほどうして も還元することのできないような歴史的時間的制約がどの程度あるか,そしてそれを不充 分な史料を唯一の手がかりにしてどう取り出し追跡して立証することができるか,という.

(18) 18. 宮. 島. 峯. ことにかかっているように患われる。したがって,そのような事態は歴史の浅い単層的な 米国社会などにおけるよりも,西欧社会や日本のような歴史と伝統の古い重層社会におい て,より多く取り出される可能性が大きいように推測される。私は発きにべネディクトの 『菊と刀』について触れたが,現代日本人の心理構造などについてほ単なる社会心理学的 分析を超えて,歴史心理学的取扱をまって初めて明らかにされ,且つ現代へのつながりも 見事な解決を得るような面が多いかと思われる。仮りに現代の日本女性の心理構造が平安 朝文学に括れた女性心理と深い歴史的つながりのあることが示唆されるとするならば鼓7, これを学問的に追跡することによって歴史心理学への方向が,日本的史料をもとにして, 展望できそうである。とはいえ,歴史心理学の学的確立までには,われわれはなお幾多の 課題をのりこえて進む努力が必要のようであるo 註1. Barbn:. 註2. 築島諌三, 『文化心理学基礎論』,20貢. 註3. Barbu:. 註4. op.. °it.,p.8-9.. 註5. op.. cit.,p.. 15.. 註6. op.. °it., p.. 14.. 註7. 例えば,竹西寛子「女性と文学」. Problems. Problems. of. Historical. of Historical. Psychology.. Psychology.. p.. 4.. p.. 5-6.. (毎日新聞昭和40年2月以降連載)など参照.

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参照

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